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【事件名】医学書の表紙デザイン類似事件
【年月日】平成22年7月8日
 東京地裁 平成21年(ワ)第23051号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年5月21日)

判決
原告 株式会社南江堂
同訴訟代理人弁護士 藤原宏高
同 宮内宏
同 関口尚久
同 阿久津匡美
同 板倉陽一郎
被告 ブレーン出版株式会社
同訴訟代理人弁護士 花岡康博


主文
1 被告は、別紙書籍目録記載の書籍につき、表紙の別紙図版1を変更しなければ、これを印刷、出版、販売又は頒布してはならない。
2 被告は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成21年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを5分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
5 本判決は、第2項及び第4項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項と同旨
2 被告は、原告に対し、760万1134円及びこれに対する平成21年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、本判決確定後1か月以内に、株式会社新文化通信社が発行する「新文化」に、別紙謝罪広告目録記載1の謝罪広告を、同目録記載2の掲載条件で1回掲載せよ。
4 被告は、原告に対し、本判決確定後1週間以内に、被告の管理するホームページ上に、別紙謝罪広告目録記載1の謝罪広告を、同目録記載3の掲載条件で6か月間掲載せよ。
第2 事案の概要
 原告は、株式会社C(以下「C」という。)が制作した別紙図版2のデザイン(以下「原告図版」という。なお、同デザインの著作権は、後に、Cから原告に譲渡された。)を表紙に用いた書籍(ただし、Cの名前は公表されていない。)を発行しており、被告は、別紙図版1(以下「被告図版」という。)を表紙に用いた別紙書籍目録記載の書籍(以下「被告書籍」という。)を発行している。
 本件は、原告が、被告書籍の表紙に用いられた被告図版は原告図版のデザインを無断で複製又は翻案、改変したものであるなどと主張して、被告に対し、@ 著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)に基づき、被告図版を表紙に用いて被告書籍を印刷、出版、販売、頒布することの差止め、A 著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害の不法行為に基づく損害賠償として、760万1134円(著作権侵害について460万1134円、著作者人格権侵害について300万円)及びこれに対する不法行為の後である平成21年7月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払、B 著作権法115条又は民法723条に基づき、名誉又は声望を回復するための適当な措置として別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告の掲載を求めた事案である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠を掲記した事実以外は、当事者間に争いがない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者
 原告は、医学、薬学等、学術専門図書・雑誌の出版を営む株式会社である。
 被告は、医学、心理学等、学術専門図書の出版を営む株式会社である。
 Cは、図案・漫画・デザインの創作及び販売等を目的とする株式会社であり、aは、同社の代表取締役である(甲27)。
(2) 原告図版の制作及び原告書籍の発行
ア Cは、原告の依頼を受けて、原告の発行する書籍(題号を「入門漢方医学」とし、編者を「社団法人日本東洋医学会学術教育委員会」とするもの。以下「原告書籍」という。)の表紙に用いるものとして、原告図版のデザインを制作し、同デザインを、代金8万円で原告に使用許諾をした。なお、原告図版は、aが、Cの職務著作として作成したものである(甲2、27、弁論の全趣旨)。
イ 原告は、平成14年12月20日から、原告図版を表紙として用いた原告書籍(以下、原告書籍の表紙を「原告表紙」という。)を発行している。なお、原告書籍の発行に当たり、原告図版の著作者の名前は公表されなかった(甲1の2)。
ウ Cは、平成21年2月10日、原告に対し、原告図版の著作権を譲渡した(甲3・第3条(3))。
(3) 被告図版の制作及び被告書籍の発行
ア 被告は、組版業者であるbに対し、被告の発行する書籍(被告書籍)の表紙のデザインを依頼した。bは、被告の依頼に応じ、被告図版のデザインを制作し、被告に納品した(乙6の1〜4)。
イ 被告は、平成20年12月10日ころから、被告図版を表紙として用いた被告書籍(以下、被告書籍の表紙を「被告表紙」という。)を、印刷、出版、販売及び頒布した(なお、被告が現在も被告書籍を販売、頒布しているか否かについては、後記のとおり当事者間に争いがある。)。
(4) 原告の被告に対する警告、仮処分及び間接強制の申立て
 原告は、原告訴訟代理人弁護士に委任し、被告に対し、平成21年2月12日付け内容証明郵便(以下「本件内容証明郵便」という。)を発送し、同郵便は、同月13日、被告に到着した。原告は、本件内容証明郵便において、被告表紙が原告表紙に係る原告の著作権(複製権)を侵害している旨を指摘し、被告書籍の出版の中止を求めた。
 これに対し、被告は、被告訴訟代理人弁護士に委任し、同月19日付け回答書を原告に送付し、書籍の表紙のデザインはいわゆる応用美術であって著作物に該当しないこと、複製に当たらないこと、などを主張し、原告の請求に応じることはできないと回答した。
 そこで、原告は、原告訴訟代理人弁護士に委任し、被告を債務者として、東京地方裁判所に対し、被告図版を表紙に用いた被告書籍の出版等の差止めを求める仮処分を申し立て、同裁判所は、平成21年5月28日、「被告は、被告書籍につき、表紙の被告図版を変更しなければ、これを印刷、出版、販売又は頒布してはならない」旨の仮処分決定を行った(甲5の3)。
 また、原告は、原告訴訟代理人弁護士に委任して、同月29日付けで、東京地方裁判所に対し、上記執行力のある仮処分決定正本に基づく間接強制の申立てをした。同裁判所は、同年6月18日、原告の申立てを相当と認め、被告に対し、被告が本決定送達日以後に被告図版を表紙に用いて被告書籍を印刷、出版、販売又は頒布したときは、当該違反行為をした日の1日につき5万円の割合による金員を原告に支払うよう命じた(甲6の1、3)。
(5) 被告による被告表紙の廃棄
 被告は、平成21年6月22日、被告が在庫として保有していた被告書籍50冊について、原告の従業員の立会の下に、被告表紙を削除し、同表紙を廃棄した。
2 争点
(1) 原告図版は著作権法上の著作物か(争点1)
(2) 被告図版は、原告図版を複製又は翻案したものか(争点2)
(3) 被告書籍を出版、販売等する行為は、著作者人格権(同一性保持権)を侵害するか(争点3)
(4) 被告の故意、過失の有無(争点4)
(5) 差止請求の可否(争点5)
(6) 原告の損害の有無及び損害額(争点6)
(7) 謝罪広告請求の可否(争点7)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(原告図版は著作権法上の著作物か)について
[原告の主張]
ア 原告図版のデザインは、以下のようになっている。
(ア) 左上端、左下端及び中央やや右下寄りに、大きな「正方形」が描かれている。このうち、左上端の大きな「正方形」は、角によって切れている。
(イ) 右端及び上端に接する形で、「サ」の字形に、縦棒2本と横棒1本が交差し(このうち、縦棒の色を「色1」といい、横棒の色を「色2」という。)、左端中央やや上寄りから、色2の横棒が右端から約3分の1程度の場所まで延び、左下端の大きな「正方形」の右で十字型に色2の横棒と色1の縦棒が交差し、このうち横棒は右端まで、縦棒は下端まで延びている。
(ウ) 左上端及び左下端の「正方形」にかかる形で、小さな「正方形」による縦棒が、上端から下端まで続いており、中央やや右下寄りの大きな「正方形」の下部に、同じ小さな「正方形」による縦棒が、十字の横棒にかかる形で存在する。
(エ) 書名は、縦方向においては、上から1本目の横棒と上から2本目の横棒の間に存在し、横方向においては、上端から下端まで続く小さな「正方形」による縦棒と「サ」の字の右の縦棒との間に存在し、出版社名は、縦方向においては、上から3本目の横棒と下端の間に、横方向においては、下端に接する縦棒と右端の間に存在する。書名及び出版社名は、いずれもゴシック体で描かれている。
イ 上記デザインは、aが、漢方医学において、陰−陽、虚−実の座標軸を用いて漢方を選択するところから着想を得て、垂直に交差する軸の中で漢方がちりばめられているイメージを具現化すべく、デザインしたものである。
 すなわち、原告図版において表現されている横棒と縦棒の交差は、上記座標軸をイメージしており、原告図版の左上、左下及び中央やや右下寄りに存在する3つの大きな「正方形」や、左端及び右端に存在する小さな「正方形」で構成された縦棒にちりばめられた小さな粒は、座標軸の中でそれぞれの漢方に照準を合わせることをイメージしている。
 そして、上記の横棒、縦棒、大きな「正方形」、小さな「正方形」による縦棒は、無為に配置されたものではなく、上記イメージを最大限伝えることができるように、aが、独自の着想から配置したものである。
ウ 以上のとおり、原告図版は、aの思想、感情が創作的に表現されたものであり、著作権法上の著作物に該当する。
[被告の主張]
 原告の主張を否認ないし争う。
 原告図版は、原告書籍の表紙のデザインとして用いられており、いわゆる応用美術と評価されるものであるから、著作権法上の著作物に該当しない。
 デザイン(意匠)が美術の著作物(著作権法10条1項4号)に該当するか否かは、その実用目的を離れて、絵画や彫刻と同等に純粋美術としての鑑賞性を有するか否かによって判断すべきである。原告書籍の表紙は、実用に供され、産業上利用され、量産される実用品であって、それ自体鑑賞性を有するものではない。
 原告書籍の表紙のように、簡単に線と丸からなる書籍表紙のデザインは、意匠法によって保護すれば十分である。
[被告の主張に対する原告の反論]
 応用美術に属するためには、「意匠登録が一般的な物品」でなければならない。書籍の表紙は、これに該当しないから、原告表紙は、純粋美術である。
 仮に、原告表紙が応用美術であったとしても、書籍の表紙は、Tシャツや、着物の帯、大量に製造され安価で頒布される小型のおまけと異なり、通常の絵画同様、紙の表面に自由に表現することができるものであり、実用目的のために実質的な制約を受けることはない。また、原告表紙は、「平面的な物」であって、観賞目的の純粋美術との判別が困難な類型に属するものであり、原告表紙を著作物と認めることは、このような類型に属するものを著作物又は著作物の複製として取り扱うとされる著作権制度審議会最終答申第2案の趣旨にも適合する。
 したがって、原告図版は、著作権法上の著作物に該当する。
(2) 争点2(被告図版は、原告図版を複製又は翻案したものか)について
[原告の主張]
 被告は、次のとおり、被告図版を表紙に用いた被告書籍を印刷、出版、販売又は頒布することにより、原告表紙に係る原告ないしCの複製権又は翻案権を侵害している。また、被告書籍を販売する行為が原告図版に係る原告ないしCの譲渡権を侵害するものであることは、明らかである。
ア 複製権侵害について
(ア) 原告図版のデザインは、前記(1)[原告の主張]アのとおりである。一方、被告図版のデザインは、以下のようになっている。
a 左上端、左下端及び中央やや右下寄りに、大きな「丸」が描かれている。このうち、左上端の大きな「丸」は、角によって切れている。
b 右端及び上端に接する形で、「サ」の字形に、縦棒2本と横棒1本が交差し(このうち、縦棒の色を「色A」といい、横棒の色を「色B」という。)、左端中央やや上寄りから、色Bの横棒が右端から約3分の1程度の場所まで延び、左下端の大きな「丸」の右で十字型に色Bの横棒と色Aの縦棒が交差し、このうち横棒は右端まで、縦棒は下端まで延びている。
c 左上端及び左下端の大きな「丸」にかかる形で、小さな「丸」による縦棒が、上端から下端まで続いており、中央やや右下寄りの大きな「丸」の下部に、同じ小さな「丸」による縦棒が、十字の横棒にかかる形で存在する。
d 書名は、縦方向においては、上から1本目の横棒と上から2本目の横棒の間に存在し、横方向においては、上端から下端まで続く小さな「丸」による縦棒と「サ」の字の右の縦棒との間に存在し、出版社名は、縦方向においては、上から3本目の横棒と下端の間に、横方向においては、下端に接する縦棒と右端の間に存在する。書名及び出版社名は、いずれもゴシック体で描かれている。
(イ) 被告図版と原告図版は、「丸」と「正方形」が入れ替わり、色が変わっていること、及び、小さな「正方形」(変更後の「丸」)から漢方の図柄を取り除き、縦棒、横棒及び正方形から陰影を取り除いたこと以外は、図形、棒線、書名及び出版社名の配置等において、ほぼ同一のものであり、被告図版が、原告図版の内容及び形式を覚知させるに足りるものを有形的に再製したものであることは明らかである。なお、被告図版と原告図版との間で、「丸」と「正方形」を入れ替え、色を変えるなどの変更が加えられたことについては、単なる劣化にとどまるものというべきであるから、この点に創作性を認めることはできない。
(ウ) また、被告は、被告図版が原告図版に依拠して作成されたものであることを認めている。
(エ) したがって、被告図版は、原告図版の二次的著作物ではなく、原告図版を「複製」(著作権法21条)したものである。
イ 翻案権侵害について
 仮に、原告図版に上記アの変更を加えて被告図版を制作したことについて創作性が認められるとしても、上記のとおり、被告図版は、原告図版の表現上の本質的な特徴を直接感得するに足りるものである。
 したがって、被告図版は、原告図版を「翻案」(著作権法27条)したものである。
ウ 著作権法118条1項の適用
 原告図版は、原告書籍の表紙として公表されたものであり、その際、Cの名前は公表されなかったから、原告表紙は、無名の著作物(著作権法118条1項)である。
 原告が原告図版を表紙に用いた原告書籍の発行者であることは、明らかであるから、原告は、同人がCから原告図版の著作権を譲り受ける以前の被告書籍の販売等による損害についても、無名の著作物である原告図版を表紙に用いた原告書籍の発行者として、原告図版の著作権者であるCのために、著作権侵害に係る損害賠償請求を行うことができる(著作権法118条1項)。
[被告の主張]
 被告図版が原告図版を参考にして作成されたものであることは、認める。被告図版は、bの息子が、原告のホームページに掲載されていた原告書籍の表紙(原告表紙)を参考にして作成したものである。なお、被告が同事実を知った時期は、原告から本件内容証明郵便を受領し、事実関係を調査した後である。
 被告の行為が原告図版に係るCないし原告の複製権又は翻案権を侵害するものであるとの主張については、争う。その理由は、次のとおりである。
ア 複製権侵害に当たらないこと
 著作権法21条所定の「複製」とは、基本的には、そっくりそのままデッド・コピーすることをいうが、被告図版は、原告図版をデッドコピーしたものではない。
 したがって、被告図版は、原告図版の複製物ではない。
イ 翻案権侵害に当たらないこと
 著作権法27条所定の「翻案」権侵害が問題となるのは、文芸作品を脚本化したり、漫画を映画化するなど、既存の著作物の内面形式を維持しつつ、外面形式、すなわち、具体的な表現形式を変える場合である。
 一方、原告図版と被告図版は、いずれも、単なるデザインであり、外面形式を変えるものではない。
 したがって、被告図版は、原告図版の翻案物ではない。
(3) 争点3(著作者人格権侵害の有無)について
[原告の主張]
ア 同一性保持権の侵害
 被告図版は、原告図版における「正方形」を「丸」に変更したほか、小さな「正方形」(変更後の「丸」)から漢方の図柄を取り除き、縦棒、横棒及び「正方形」(変更後の「丸」)から陰影を取り除くという、安易な改変を加えている。このような改変が、著作者であるCの意に反することは、明らかである。
 したがって、被告は、原告図版に係るCの著作者人格権(同一性保持権)を侵害している。
イ 名誉・声望の侵害
 被告は、原告図版の著作者であるCから何らの許諾を得ることなく、原告図版の粗悪な劣化コピーである被告図版を作成して被告表紙とし、被告書籍450冊以上を頒布した。
 そして、原告書籍には、姉妹編である『実践漢方医学』が存在し、原告書籍と同様に原告図版を表紙に用いていること、原告図版が無名の著作物であることからすると、被告図版についても、Cが著作者ではないか(しかも、今回は、原告図版を基に、仕事を使いまわし、手を抜いた表紙を作成した。)という、あらぬ疑いを抱く者が現れることも容易に考えられる。
 したがって、被告の上記行為によって、原告図版に係るCの名誉、声望が侵害されたことは明らかである。
ウ 著作権法118条1項の適用
 原告が、無名の著作物である原告図版の発行者として、原告図版の著作権者であるCのために、著作者人格権侵害に係る損害賠償請求を行うことができることについては、前記(2)[原告の主張]ウと同様である。
[被告の主張]
 原告の主張を否認ないし争う。
(4) 争点4(被告の故意、過失の有無)
[原告の主張]
ア 被告の故意
 原告は、前記1(4)のとおり、被告に対し、本件内容証明郵便により、被告図版を表紙に用いた被告書籍を出版、販売する行為が原告図版に係る複製権を侵害している旨を警告した。
 したがって、被告は、少なくとも、本件内容証明郵便が同人に到達した平成21年2月13日の時点で、上記被告の行為が原告図版に係る複製権ないし翻案権を侵害するものであることを認識していたにもかかわらず、同日以後も被告書籍の販売を続け、同日以後に合計166冊の被告書籍を納入した(直販で97冊、トーハンに19冊、日本書籍販売に43冊及び大阪屋に7冊。)。
イ 被告の過失
 被告書籍の参考文献欄には、2か所において原告書籍が記載されており(甲14の3)、原告書籍は、被告書籍にとって重要な参考文献であった。また、原告書籍は、概して販売部数が少ない医学書(初版部数は、多くても3000部と言われている。)の中では、販売数が相当多く、平成21年3月6日の時点で2万3000冊以上を売り上げていたほか、社団法人日本東洋医学会(以下「日本東洋医学会」という。)を発行元とする、原告書籍と題号が同じで、表紙も原告表紙とほぼ同じである書籍(甲21。なお、同書籍の表紙と原告表紙との相違点は、発行所の「南江堂」が「日本東洋医学会」に変更されている点だけである。)が、1万冊発行されて、平成14年12月に全学会員に頒布され、原告書籍の姉妹編である『実践漢方医学』(甲24)にも、原告表紙とほぼ同じ表紙(なお、原告表紙との相違点は、書籍の題号及び発行所名並びに原告表紙はカラー印刷であるが、『実践漢方医学』の表紙は白黒であることのみである。)が用いられるなどしており、原告書籍及び原告表紙の知名度は、非常に高かった。
 さらに、原告書籍の編者は日本東洋医学会学術教育委員会であるところ、被告書籍の執筆者のうち少なくとも4名(c、d、e、f)は、被告書籍の編者である日本歯科東洋医学会の会員であるとともに、日本東洋医学会の会員でもあり(甲25の1〜4)、同じく執筆者であるgは、第36回日本東洋医学会での講演に、共著者として名を連ねている(甲25の5)。また、上記のとおり、日本東洋医学会の会員には、原告表紙とほぼ同じ表紙の書籍が配布されていたものであるから、上記両学会に所属している者は、原告書籍及び原告表紙について当然に知り又は知り得る立場にあったといえる。
 上記事情に鑑みると、被告は、被告書籍の発行以前の段階において、被告図版が原告図版の複製権ないし翻案権を侵害していることを容易に知り得たというべきであり、かかる事実を看過して被告書籍を出版、販売等したことについて過失がある。
[被告の主張]
 被告が平成21年2月13日に本件内容証明郵便を受領したこと及び被告が同日以後も被告書籍を販売していたことについては、認める。
 原告書籍及び原告表紙の知名度が非常に高いことについては、否認する。被告が原告表紙と被告表紙の類似性を認識したのは、本件内容証明郵便を受領した時である。また、被告が本件内容証明郵便の受領後も被告書籍の販売を続けたのは、原告図版はデザインであり、著作物には該当しないと判断したためである。
(5) 争点5(差止請求の可否)
[原告の主張]
 被告は、本訴提起前に原告から警告状を受け取った後も、61回にわたり被告書籍を出荷し、反復継続して著作権侵害行為を繰り返し、現在も、Amazonやジュンク堂において被告書籍を販売している。また、著作権侵害の事実を確認した以上、書店からの自主回収を行うのが出版社として誠実な態度であるにもかかわらず、被告は、書店からの自主回収を行わず、侵害行為をしたことの謝罪も賠償金支払の申入れもしない。被告において被告図版の電子データを破棄した証拠も存在しない。
 これらの事情に鑑みると、前記1(5)のとおり被告が被告書籍の在庫50冊について被告表紙を廃棄したとしても、差止請求の必要性は失われていないというべきである。
[被告の主張]
 被告は、既に、被告表紙を用いた被告書籍の販売を中止しており、被告が保有していた被告書籍の在庫50冊についても、原告従業員立会の下に、被告表紙を削除して、同表紙を廃棄した。
 また、被告は、被告書籍を委託販売したことはなく、取次店への販売は注文販売の方法で行ったものである。Amazonやジュンク堂において販売されている被告書籍は、被告において販売、頒布しているものではない。
 したがって、差止めの必要性はない。
(6) 争点6(原告の損害の有無及び損害額)
[原告の主張]
ア 著作権侵害による損害
(ア) 財産定損害 160万1134円
(または、80万円)
a 著作権法114条2項による損害額の推定
 被告は、被告書籍を少なくとも463冊、印刷、出版、販売又は頒布した。その納品金額は、被告が認めるところによると、423冊について146万2807円であり、「献本」と称しているところの40冊についても、同様の割合で(献本することによる無形の)利益が被告にあるものと考えると、被告書籍の合計卸売価格に相当するものは、160万1134円であるといえる。
 1,462,807円×463/423=1,601,134円
 上記利益は、被告表紙のみによる利益ではなく、被告書籍にかかる侵害行為による利益ではあるものの、書籍は表紙なしには販売、頒布できないものであるから、原告図版の著作権を侵害したことによる被告の利益は、被告書籍の販売による利益のすべてととらえるのが相当である。
b 著作権法114条3項による損害額の推定
 仮に、上記aの主張が認められない場合、原告は、予備的に、著作権法114条3項による損害額を主張する。
 すなわち、前記のとおり、Cは、原告書籍の表紙に用いるものとして原告図版を制作し、原告に対して同図版を代金8万円で使用許諾をしているから、著作権法114条3項による損害の算定の基礎とされるべき金額は、8万円とするのが相当である。
 そして、本件では、@被告は、前記のとおり原告表紙を劣化版として改変していること、A被告による著作権侵害には、故意が認められること、B原告と被告は、同じ出版業、しかも医学関係の書籍を出版している会社であるから、被告に対して原告図版の使用許諾がされることは、本来あり得なかったこと、など、Cないし原告の損害額を増加させる要因が存在し、これらの諸事情に照らすと、本件における原告図版の妥当な使用料額は、少なくとも、上記使用許諾料の10倍である80万円を下らない。
(イ) 慰謝料200万円
 原告は、明治12年に創業された伝統ある出版社であって、出版界の中で指導的な立場にあり、書籍の表紙デザインにかかる著作権の処理についても、デザイナーの権利を守るべく、出版界を挙げての取組みを進めていた。
 ところが、被告は、侵害品である被告表紙を備えた被告書籍を印刷、出版、販売及び頒布し、また、前記1(4)のとおり、原告から本件内容証明郵便により被告書籍の出版等を中止するよう警告を受け、さらに、被告図版を表紙に用いた被告書籍の出版等の差止めを命じる仮処分決定が出されたにもかかわらず、その後も、被告書籍の販売を継続し、あえて被告書籍を売り切ろうという悪質な行動に出ている。
 その結果、原告の著作権を侵害している被告書籍が市場に出回り続けることにより、他の出版社、著者及び表紙デザインを担当するデザイナーらから、原告の取組みに対して疑義が呈され、原告の名誉及び信用は著しく毀損され、原告は、著しい精神的苦痛を被った。また、原告は、被告が上記対応をとったため、警告書を発するにとどまらず、仮処分、間接強制、本件訴訟と、3度もの争訟を余儀なくされ、その期日のほぼすべてに原告取締役が立ち会うなど、負担を強いられている。
 これによって原告が被った精神的損害は、200万円を下らない。
(ウ) 調査費用及び弁護士費用100万円
 原告は、被告に対し、平成21年2月13日に本件内容証明郵便を送付し、被告書籍の出版中止を求めたのに対し、被告は、被告の著作権侵害について不合理に否認し、その後は、あえて手元の被告書籍を売り切ろうという、非常に悪質な行動に出た。
 原告は、このような被告の行動に対応するため、社内の人的・物的資源を調査のために割く必要が生じた。また、本件は知的財産権をめぐる専門的な事件であることから、弁護士費用の拠出を余儀なくされた。
 これらの調査費用及び弁護士費用による損害は、100万円を下らない。また、上記の本訴提起に至る事情に鑑みると、本件では、仮処分、間接強制及び本件訴訟の全体の弁護士費用相当額の賠償が認められるべきである。
イ 著作者人格権侵害による損害
(ア) 慰謝料 200万円
 被告は、原告図版の著作者であるCから何らの許諾を得ることなく、前記(2)のとおり、粗悪な劣化コピーを作成して被告表紙とし、被告書籍450冊以上を頒布したものであり、原告から警告書の送付を受け、仮処分及び間接強制を申し立てられ、本件訴訟を提起された後も、被告書籍の販売を停止せず、被告書籍の自主的な回収措置もとっていない。
 Cは、被告の上記行為によって原告図版に係る同一性保持権を侵害されたほか、原告表紙が無名の著作物であることから、被告表紙についてもCが著作者なのではないか(しかも、原告表紙を基に、仕事を使いまわし、手を抜いた表紙を作成した。)、との風評が立ちかねない危険にさらされ、名誉・声望を著しく傷付けられた。
 このような極めて悪質な被告の著作者人格権侵害行為によってCに生じた損害を慰謝するための金額は、200万円を下らない。
(イ) 調査費用及び弁護士費用100万円
 Cは、原告と相談の上、原告名義で本件内容証明郵便を被告に送付したところ、上記のとおり被告がこれに応じなかったため、原告と協力し、社内の人的・物的資源を割く必要が生じた。また、本件は知的財産権をめぐる専門的な事件であることから、弁護士の選任が必須であり、この点の費用負担は、原告及びC間で協議される予定である。
 これらの調査費用及び弁護士費用相当額の損害額は、100万円を下らない。
[被告の主張]
ア 著作権侵害による損害
(ア) 著作権法114条2項による損害額の推定
 著作権法114条2項の推定規定が働くためには、被告の違法行為と原告の損害又は被告の利益との間に因果関係が存在することが必要であるが、本件では、このような因果関係は認められない。
 すなわち、被告の利益をもって原告の損害と推定されるには、少なくとも、被告商品と原告商品が、代替性、つまり、被告商品の売上げが増大することによって原告商品の売上げが減少するとの関係があることが必要である。そして、厳密な因果関係の立証までの必要はないとしても、被告書籍が売れたことにより原告書籍の売上げが減少したと判断される、両書籍の市場の共通性が必要である。
 しかしながら、被告書籍の内容と原告書籍の内容との間には、何らの重複する関係もなく、購買の主体も、被告書籍は歯科関係者であり、原告書籍は一般の医師関係者であるから、被告書籍の売上げと原告書籍の売上げとの間には、何らの関係もなく、原告の主張は理由がない。
 また、原告の主張は、金額においても過大である。本件は、書籍の表紙のみの著作権侵害の問題であって、書籍そのものが著作権侵害を構成するものではない。
(イ) 著作権法114条3項による損害額の推定
 原告がCに支払った原告図版の作成料は、8万円である。したがって、著作権法114条3項による使用料相当額の損害が8万円を超えることはない。
(ウ) 弁護士費用
 仮に、弁護士費用相当額が損害として認められるとしても、その金額は、基本となる損害額の一定割合の金額とすべきである。不法行為における弁護士費用は、通常、損害額の10パーセントを相当額とする。
イ 著作者人格権侵害による損害
 本件において、複製権の侵害を認めるとすれば、これと重複して同一性保持権の侵害を認める必要はない。また、被告の行為によって著作者の名誉、声望が損なわれた事実はない。
(7) 争点7(謝罪広告請求の可否)について
[原告の主張]
 被告による著作権及び著作者人格権の侵害は、そのほとんどが、故意による非常に悪質なものであって、差止め及び損害賠償請求だけでは、到底、原告及びCの被害を回復し得ないものである。
 また、被告は、書店での販売のほか、インターネットでの販売を通じて、原告の著作権及びCの著作者人格権を侵害し続けているため、謝罪広告は、雑誌だけでなく、インターネットにおいてもされなければならない。
 よって、原告は、被告に対し、著作権法115条又は民法723条に基づき、第1(請求)の第3項及び第4項記載の謝罪広告の掲載を請求する。
[被告の主張]
 本件では、仮に、複製権等の侵害が認められるとしても、実際に、著作者及び著作権者の名誉、声望が損なわれたとの事実はないので、原告の主張は理由がない。
第3 争点に対する判断
1 争点1(原告図版は著作権法上の著作物か)について
(1) 原告図版は、Cの代表取締役であるaが、Cの職務著作として、原告書籍の表紙に用いるために制作したものであると認められることについては、前記第2の1(2)アのとおりである。
(2) また、証拠(甲1の1、3、甲70の1〜3、乙20)及び弁論の全趣旨によれば、原告図版のデザインは、次のとおりであることが認められる。
ア 左上端、左下端及び中央やや右下寄りに、大きな、紫色の枠の「正方形」が描かれている。このうち、左上端の大きな「正方形」は、図版の上端によって、上部の約3分の1が切れている。
イ 右端及び上端に接する形で、「サ」の字形に、黄色の太い縦棒2本と朱色の細い横棒1本が交差し(このうち、縦棒の色を「色1」といい、横棒の色を「色2」という。)、左端中央やや上寄りから、色2の横棒が右端から約2分の1程度の場所まで延びている。また、左下端の大きな「正方形」の右で、色2の長い横棒と色1の短い縦棒が十字型に交差し、このうち横棒は右端まで、縦棒は下端まで延びている。
ウ 左上端及び左下端の大きな「正方形」の左から3分の1程度の位置に、上からかかる形で、黄緑色ないし黒色の、小さな「正方形」(計17個。なお、最上部の正方形の上部3分の1程度及び最下部の正方形の下部3分の2程度は、図版の上端ないし下端によって切れている。)による縦棒が、上端から下端まで続いている。また、中央やや右下寄りの大きな「正方形」の右下に、同じ小さな黄緑色の「正方形」(計3個)による縦棒が、十字の横棒に上からかかる形で存在する。
 上記の小さな「正方形」には、小さな黄色の丸い粒が、1個ないし3個ちりばめられている。また、上端から下端まで続く小さな「正方形」の約半数には、木の葉や木の実等のイラストのほか、鎖模様等が描かれている。
エ 書名(「入門漢方医学」)及び編者名(「社団法人日本東洋医学会学術教育委員会編集」)は、縦方向においては、上から1本目の横棒と上から2本目の横棒の間に存在し、横方向においては、上端から下端まで続く小さな「正方形」による縦棒と「サ」の字の右の縦棒との間に存在する。出版社名(「南江堂」)は、縦方向においては、上から3本目の横棒と下端の間に、横方向においては、下端に接する縦棒と右端の間に存在する。また、書面、編者名及び出版社名は、いずれもゴシック体で描かれており、書名は大きなゴシック体で、編者名及び出版社名は小さなゴシック体で、それぞれ描かれている。
オ 図版の背景は、クリーム色の無地である。
カ 上記デザインは、aが、漢方医学において、陰−陽、虚−実の座標軸を用いて漢方を選択するところから着想を得て、垂直に交差する軸の中で漢方がちりばめられているイメージを具現化すべく、デザインしたものである。すなわち、原告図版における横棒と縦棒の交差は、上記座標軸をイメージしており、大きな「正方形」や、小さな「正方形」で構成された縦棒にちりばめられた小さな粒は、座標軸の中でそれぞれの漢方に照準を合わせることをイメージしている。
(3) 以上のとおり、原告図版は、単に、正方形と線(縦棒、横棒)を漫然と並べたにすぎないものではなく、@大小の正方形及び太さの異なる縦横の棒の配置ないし配色、A書名、編者名及び出版社名の配置、字体ないし文字の大きさ、B小さな正方形に描かれた木の葉や木の実等のイラスト、そこにちりばめられた丸い粒など、の具体的な表現方法において、制作者であるaの思想又は感情が創作的に表現されたものであると認められる。
 したがって、原告図版は、著作権法上の著作物(著作権法2条1項1号)として、同法による保護の対象となるというべきである。
(4) これに対し、被告は、原告図版は原告書籍の表紙のデザインとして用いられており、いわゆる応用美術と評価されるものであるから、著作権法上の著作物には該当しないと主張する。
 しかしながら、上記(2)、(3)で認定説示したところによれば、原告図版は、いわゆる純粋美術に当たるものであり、著作権法上の著作物として保護されるべきものであるということができる。被告の上記主張は採用することができない。
2 争点2(被告図版は、原告図版を複製又は翻案したものか)について
(1) 被告図版のデザイン
 証拠(甲14の1、乙2)によれば、被告図版のデザインは、次のとおりであることが認められる。
ア 左上端、左下端及び中央やや右下寄りに、大きな、緑色の枠の「丸」が描かれている。このうち、左上端の大きな「丸」は、図版の左端及び上端によって、左上部が切れている。「丸」の大きさは、中央やや右下寄りのものが最も大きく、左下端のものが最も小さい。
イ 右端及び上端に接する形で、「サ」の字形に、薄茶色の太い縦棒2本と茶色の細い横棒1本が交差し(このうち、縦棒の色を「色A」といい、横棒の色を「色B」という。)、左端中央やや上寄りから、色Bの横棒が、右端から約3分の1程度の場所まで延びている。また、左下端の大きな「丸」の右で、色Bの長い横棒と色Aの短い縦棒が十字型に交差し、このうち横棒は右端まで、縦棒は下端まで延びている。
ウ 左上端及び左下端の大きな「丸」に上からかかる形で、紫色の小さな「丸」(計22個。なお、最上部及び最下部の「丸」は、図版の上端ないし下端によって、その大半が切れている。)による縦棒が、上端から下端まで続いている。また、中央やや右下寄りの大きな「丸」の下部に、同じ小さな「丸」(計4個)による縦棒が、十字の横棒に上からかかる形で存在する。なお、上記の小さな「丸」には、イラストや模様等は描かれていない。
エ 書名(「入門歯科東洋医学」)は、縦方向においては、上から1本目の横棒と上から2本目の横棒の間に存在し、横方向においては、上端から下端まで続く小さな「丸」による縦棒と「サ」の字の右の縦棒との間に存在する。また、編者名(「日本歯科東洋医学会編」)は、縦方向においては、上から2番目の横棒の下に存在し、横方向においては、書名とほぼ同様の位置に存在する。出版社名(「ブレーン出版」)は、縦方向においては、上から3本目の横棒と下端の間に、横方向においては、下端に接する縦棒と右端の間に存在する。
 書名、編者名及び出版社名は、いずれもゴシック体で描かれており、書名が最も大きなゴシック体で、出版社名が最も小さなゴシック体で、それぞれ描かれている。
オ 図版の背景は、淡い緑色の無地である。
(2) 原告図版と被告図版の対比
ア 原告図版と被告図版とを対比すると、両者は、@左上端、左下端及び中央やや右下寄りに、同一の形状の、大きな枠で描かれた図形が記載され、左上端の図形は、図版の上端ないし下端によって、その一部が切れている点、A右端及び上端に接する形で、「サ」の字形に、太い縦棒2本と細い横棒1本が交差し、さらに、左端中央やや上寄りから、横棒が中央あたりまで延び、左下端の上記@の図形の右では、長い横棒と短い縦棒が十字型に交差し、横棒は右端まで、縦棒は下端まで延びている点、B上記Aの4本の縦棒の太さ及び色は、いずれも同じであり、上記Aの3本の横棒の太さ及び色も、いずれも同じである点、C左上端及び左下端の上記@の図形に上からかかる形で、上記@の図形と同じ形状で、同図形より小さいサイズの図形約20個より成る縦棒が、図版の上端から下端まで続いており、中央やや右下寄りの上記@の図形の下部にも、上記と同じ小さいサイズの図形3個ないし4個より成る縦棒が、上記Aの十字の横棒に上からかかる形で存在する点、D書名は、縦方向においては、上から1本目の横棒と上から2本目の横棒の間に存在し、横方向においては、上端から下端まで続く小さな図形より成る縦棒と「サ」の字の右の縦棒との間に存在し、編者名は、書名の下に描かれており、出版社名は、縦方向においては、上から3本目の横棒と下端の間に、横方向においては、下端に接する縦棒と右端の間に存在する点、E書名、編者名及び出版社名は、いずれもゴシック体で描かれており、書名が最も大きなゴシック体で描かれている点、F図版の背景は、上記@ないしBの図形及び棒よりも淡い色の無地であり、図版には、上記@及びCの図形、同A及びBの縦棒及び横棒並びに同D及びEの書名、編者名及び出版社名のほかには、格別の記載は存在しない点、などにおいて、共通することが認められる。
イ 他方、原告図版と被告図版は、@’上記@及びCの図形が、原告図版では正方形であるのに対し、被告図版では丸であり、上記@の図形の大きさも、原告図版ではいずれも同一であるのに対し、被告図版では中央右下寄りのものが最も大きくなっている点、A’上記@ないしCの図形ないし棒の配色が、原告図版では、大きな「正方形」の枠が紫色、小さな「正方形」が黄緑色ないし黒色、縦棒が黄色、横棒が朱色であるのに対し、被告図版では、それぞれ、緑色、紫色、薄茶色及び茶色である点、B’上記Cの小さなサイズの図形に、原告図版では、黄色の丸い粒がちりばめられたり、木の葉のイラストなどが描かれたりしているのに対し、被告図版ではイラストなどは描かれていない点、C’編者名の位置が、原告図版では1本目の横棒と2本目の横棒の間であるのに対し、被告図版では2本目の横棒の下となっており、文字の大きさも、原告図版では出版社名と同じであるが、被告図版では出版社名よりも大きくなっている点、などにおいて相違する。
(3) 被告図版の原告図版への依拠
 被告図版が原告図版に依拠して作成されたものであることについては、前記第2の3(2)[被告の主張]のとおり、当事者間に争いがない。
(4) 複製権侵害ないし翻案権侵害の成否
ア 複製権侵害の成否
 被告図版のデザインは、前記(1)のとおりであり、被告図版と原告図版との相違点は、前記(2)イのとおりである。
 このように、被告図版は、デザインに用いる図形として、「正方形」ではなく「丸」を選択した点や、図形等の配色など、原告図版と異なる点を少なからず有するものであることから、原告図版の複製物、すなわち原告図版と同一性を有するものを有形的に再製したものであるとまでは認め難く、複製権侵害に当たるということはできない。
イ 翻案権侵害の成否
 被告図版が原告図版に依拠して作成されたものであることは、当事者間に争いがない。そして、被告図版は、上記のとおり原告図版との相違点を有するものの、上記(2)アのとおり、A、Bの縦棒と横棒の形及び配置等は、原告図版と同一といえるものである上、@、Cの図形ないし棒の類型や個数、これらの図形ないし棒の配置箇所や組合せの方法において共通しており、Dの書名、編者名及び出版社名についても、その配置箇所などについて原告図版と共通していることが認められる。
 これらの点を総合すると、被告図版は、原告図版に依拠して作成され、かつ、原告図版の表現上の本質的な特徴といえる図形等の選択ないし配置の同一性を維持しながら、具体的な図形の形等の表記に変更を加えて、新たに被告図版の制作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり、これに接する者が原告図版の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるもの、すなわち、原告図版を翻案したものであると認められる。
(5) 小括
 以上によれば、被告図版は、原告図版の翻案物であると認められるから、被告において、原告ないしCの承諾を得ることなく原告図版の翻案物である被告図版を表紙に用いた被告書籍を印刷、出版、販売又は頒布する行為は、原告図版の著作権者の著作権(翻案権)を侵害するものであるといえる。また、被告が被告書籍を販売する行為が原告図版の著作権者の著作権(譲渡権)を侵害するものであることについては、上記説示に照らし、明らかである。
3 争点3(著作者人格権侵害の成否)について
(1) 同一性保持権の侵害について
 原告図版の著作者は、前記第2の1(2)のとおりCであるから、Cは、原告図版について著作者人格権を有すると認められる。
 また、被告図版は、前記2のとおり原告図版を改変したものであると認められ、かかる改変がCに無断でされたものであることについては、当事者間に争いがない。
 したがって、被告において、被告図版を表紙に用いた被告書籍を印刷、出版、販売又は頒布する行為は、原告図版に関するCの著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであると認められる。
(2) 名誉、声望の毀損の有無について
 原告は、被告が、原告図版の粗悪な劣化コピーである被告図版を作成して被告表紙とし、被告書籍450冊以上を頒布したことにより、被告図版の著作者もCであり、原告図版を基に仕事を使いまわし、手を抜いた表紙を作成したという疑いを抱く者が現れることも考えられるため、かかる被告の行為によって、原告図版に係るCの名誉、声望が侵害されたと主張する。
 しかしながら、Cが手を抜いた表紙を作成したという疑いを抱く者が現れたことについては、これを裏付けるに足りる客観的な証拠が存在しない上、原告図版は、原告書籍の表紙に用いられているものの、原告図版の著作者がCである旨の表示はなく、無名の著作物であること(したがって、一般の者は、原告図版の著作者がCであることを知り得ないこと)、被告図版の販売数は450冊程度であり、比較的少数の販売数にとどまっていることなどの事情にかんがみると、被告書籍の出版によりCの名誉、声望が毀損されたとまでは認めることができない。
 原告の上記主張は理由がない。
4 争点4(被告の故意、過失の有無)について
(1) 被告において被告図版を表紙に用いた被告書籍を印刷、出版、販売又は頒布する行為が、原告図版の著作権者(Cないし原告)の著作権(翻案権ないし譲渡権)及びCの著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものであると認められることについては、前記2及び3で説示したとおりである。
(2) そして、前記争いのない事実等並びに証拠(甲26の1〜4)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成21年2月13日に被告に到達した本件内容証明郵便により、被告に対し、被告図版を表紙に用いた被告書籍を出版、販売する行為が原告図版に係る著作権(複製権)を侵害している旨を警告したにもかかわらず、被告は、その後も被告書籍の販売を続けたものであることが認められる。
 したがって、平成21年2月13日以後に被告が被告書籍を販売したことによる著作権及び著作者人格権の侵害については、被告に少なくとも過失があったことは明らかである。
(3) また、前記争いのない事実等に加えて、証拠(甲1の2、甲15の1〜4、甲21〜24、乙2、乙15の1・2、乙16の1〜4、乙17、20)及び弁論の全趣旨によれば、@原告は、平成14年12月20日から、原告図版を表紙として用いた原告書籍を発行しており、同書籍は、平成18年10月20日までに8刷を重ね、被告書籍が出版された平成20年12月10日ころまでの間に、約2万3000冊が販売されたこと、A日本東洋医学会は、平成14年12月、原告書籍と題号が同じで、原告図版とほぼ同じデザインを表紙に用いた書籍(甲21)を1万冊発行し、これを同学会の会員に頒布したこと、B原告書籍の編者である日本東洋医学会は、平成20年5月30日、原告書籍の姉妹編である『実践漢方医学』(甲24)を発行し、同書籍の表紙にも、原告表紙とほぼ同じ表紙を用いていること、C被告書籍の編者は日本歯科東洋医学会であり、同書の執筆は、同学会の会員約30名が分担して行ったもので、上記執筆者のうち少なくとも4名(c、d、e、f)は、日本東洋医学会の会員でもあること、D被告書籍は、東洋医学のうち歯科に関するものであるものの、同書には、総論として、東洋医学の歴史、基本構造、東洋医学的診断方法についても記載されており、広い意味における東洋医学に関する文献である原告書籍と関連性、共通性を有すること、E被告は、医学等、学術専門図書の出版を営む株式会社であり、被告書籍の発行に当たり、組版業者であるbに対して被告書籍の表紙のデザインを依頼し、bから被告図版の納品を受けたものであり、その際、bに対し、被告図版の作成経緯等について特段確認をしていないこと、などが認められる。
 上記認定事実によれば、被告は、出版を業として営む者として、被告書籍の発行に当たり、同書籍の表紙に用いた被告図版が他の者の著作権等を侵害するものであるか否かに関し十分な調査を行えば、被告図版が原告図版に依拠して制作された原告図版の翻案物であることを認識し得たにもかかわらず、このような調査を行うことなく、同図版を表紙に用いて被告書籍の印刷、出版、販売及び頒布を行ったものであるということができるから、本件内容証明郵便が被告に到達する以前の被告書籍の販売行為等による著作権及び著作者人格権の侵害についても、被告には、少なくとも過失があったというべきである。
5 争点5(差止請求の可否)について
 被告による、被告書籍の印刷、出版、販売及び頒布行為は、上記のとおり、原告図版に係る原告ないしCの著作権及びCの著作者人格権を侵害するものであると認められる。
 また、被告は、上記行為が著作権を侵害するものであることについて本件内容証明郵便により原告から警告を受けた(前記第2の1(4))後も、少なくとも、平成21年5月28日に東京地方裁判所から被告書籍の販売等の中止を命ずる仮処分決定を受けるまでの間、被告書籍の販売を継続し、本件訴訟においても、原告図版は著作権法上の著作物ではないなどと主張して、著作権及び著作者人格権侵害の有無を争っていることが認められる。
 そうすると、上記仮処分決定後に、被告が、同人の手元にあった50冊の被告書籍から被告表紙を削除し、同表紙を廃棄していることなどの事情を考慮したとしても、被告において、今後、被告図版を表紙に用いた被告書籍を印刷、出版、販売及び頒布するおそれがあると認められ、これらの行為の差止めを認める必要性があるというべきである。なお、原告図版の著作者はCであるが、前記第2の1(2)イのとおり、原告図版は、原告書籍の表紙として公表された際、著作者の名前は公表されなかったものであり、無名の著作物であると認められるから、原告図版を表紙に用いた原告書籍の発行者である原告(甲1の2)において、Cのために、著作権ないし著作者人格権侵害行為の差止請求を行うことができる(著作権法118条1項)。
6 争点6(原告の損害の有無及び損害額)について
(1) 著作権法114条2項による損害の推定
 証拠(乙6の1〜4、乙7の1・2、乙10、11、乙12の1〜4、乙13の3)及び弁論の全趣旨によれば、@被告は、電算印刷株式会社に対し、被告書籍500冊の印刷を発注し、電算印刷は、平成21年3月6日ころ、被告書籍500冊を被告に納品したものであり、その印刷代金は、31万1220円(消費税込み)であったこと、A被告は、bに対し、被告図版のデザイン料として2万円を支払ったこと、B被告は、被告書籍を出版後、平成21年5月31日までの間に、被告書籍410冊を代金合計142万0648円で販売し、その他に40冊を献本したこと、C被告書籍は、B5版で、総頁数は224頁であること、D被告書籍の執筆者は、同書籍の執筆を無償で行ったものであり、被告は、これらの執筆者に対して報酬を支払っていないこと、が認められる。
 そうすると、被告が被告書籍の発行により得た利益額は、108万9428円(1,420,648円−311,220円−20,000円)となる。原告は、献本分の40冊についても、販売した書籍と同様の利益が被告にあったものであると主張するものの、このような事実があったことを認めるに足りる証拠は存在せず、同主張は理由がない。
 また、被告書籍の総頁数は224頁であり、このうち原告図版に関する原告ないしCの著作権を侵害するのは、被告表紙の部分のみである。原告は、書籍の表紙の重要性を強調するものの、本件証拠を精査しても、被告書籍の表紙の存在が同書籍の販売にどの程度寄与したかについては、明らかでない。
 そうすると、被告書籍の発行により原告図版の著作権が侵害されたことによる損害と推定されるのは、原告の主張する書籍の表紙の重要性を考慮に入れたとしても、せいぜい、上記被告の得た利益の数パーセント程度、すなわち、10万円未満にとどまるものであり、後記(2)の著作権法114条3項により推定される損害額を下回ることが明らかである。
(2) 著作権法114条3項による損害の推定
 前記第2の1(2)アのとおり、Cは、原告に対し、原告図版を原告書籍の表紙に用いることを8万円で許諾していることが認められる。これに加えて、前記2のとおり、被告図版は、原告図版を改変したものであり、改変の程度も軽微なものではないことや、ある書籍の表紙に用いられた図版の著作者が、同じ図版を他社が発行する同種の書籍の表紙に使用することを許諾することは通常想定し難いことなどを考慮すると、本件において、原告図版の著作権者が「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条3項)は、15万円であると認めるのが相当である。
(3) 以上によれば、上記(2)の金額の方が上記(1)の金額よりも高額であると認められるから、著作権侵害による財産的損害については、15万円と認められる。
(4) 慰謝料
ア 著作権侵害によるもの
 原告は、同人の著作権を侵害している被告書籍が市場に出回り続けることにより、他の出版社、著者及び表紙デザインを担当するデザイナーらから、原告の著作権保護のための取組みに対して疑義が呈され、原告の名誉及び信用は著しく毀損され、また、仮処分、間接強制、本件訴訟と、3度もの争訟を余儀なくされ、その期日のほぼすべてに原告取締役が立ち会うという負担を強いられるなど、著しい精神的苦痛を被った旨を主張する。
 しかしながら、被告書籍の販売により原告の名誉及び信用が毀損されたことを認めるに足りる証拠はない。また、著作権のような財産権の侵害に基づく慰謝料を請求し得るためには、侵害の排除又は財産上の損害の賠償だけでは償い難いほどの大きな精神的苦痛を被ったと認めるべき特段の事情が必要であると解すべきである。本件では、上記特段の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。
 よって、この点に関する原告の主張は、理由がない。
イ 著作者人格権侵害によるもの
 前記第2の1(2)アのとおり、原告図版は、イラストの制作等を業とする株式会社であるCが、原告の依頼を受けて作成し、同図版を原告書籍の表紙に用いることを8万円で許諾したものであることや、被告による著作者人格権の侵害態様、被告書籍の発行部数、販売部数等、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被告による著作者人格権の侵害によりCが被った精神的苦痛に対する慰謝料は、30万円と認めるのが相当である。
 これに対し、被告は、本件において著作権侵害に加えて著作者人格権侵害を認める必要はない旨主張する。
 しかしながら、著作権と著作者人格権は、別個の権利であり、本件では著作者人格権の侵害が認められる以上、これによる慰謝料請求を否定すべき理由はない。
(5) 調査費用、弁護士費用
 原告は、被告の行動に対応するために社内の人的・物的資源を割く必要にかられ、また、本件は知的財産権をめぐる専門的な事件であることから、弁護士費用の拠出を余儀なくされたものであり、これらの調査費用及び弁護士費用による損害は100万円を下らないと主張する。
 しかしながら、原告の主張のうち調査費用に関するものについては、原告は、その内訳、実際の支出額等について、具体的に主張しておらず、同主張を裏付けるに足りる客観的な証拠も存在しない。
 したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
 また、弁護士費用については、本件事案の内容、認容額、本件訴訟に至る経緯及び本件訴訟の経過等を総合すると、上記著作権侵害行為及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は、著作権侵害につき2万円、著作者人格権侵害につき3万円と認めるのが相当である。
(6) 小括
 以上のとおり、原告の被告に対する損害賠償請求は、著作権侵害について17万円(財産的損害15万円、弁護士費用2万円)及び著作者人格権侵害について33万円(慰謝料30万円、弁護士費用3万円)並びに、これらに対する不法行為の後(訴状送達の日の翌日)である平成21年7月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
7 争点7(謝罪広告の要否)について
 原告は、被告書籍の販売により、原告図版に係るCの著作権及び著作者人格権が侵害されてその名誉、声望が毀損されると共に、原告の著作権が侵害されて、その名誉、信用が毀損されたと主張して、被告に対して著作権法115条又は民法723条に基づく謝罪広告の掲載を請求する。
 しかしながら、被告書籍の販売によりCの名誉、声望及び原告の名誉、信用が毀損されたと認めることができないことについては、前記3(2)及び6(4)のとおりである。
 そうである以上、本件において、謝罪広告を命ずる必要性があると認めることはできず、原告の主張は理由がない。
8 以上によれば、原告の請求は、主文第1項及び第2項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 山門優
 裁判官 柵木澄子


(別紙省略)
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/