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【事件名】「弁護士のくず」著作権侵害事件(2)
【年月日】平成22年6月29日
 知財高裁 平成22年(ネ)第10008号 著作権翻案物発行禁止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第5534号)
 (口頭弁論終結日 平成22年4月15日)

判決
控訴人 X
訴訟代理人弁護士 芳永克彦
同 内藤隆
同 福山洋子
被控訴人 株式会社小学館
被控訴人 Y
被控訴人ら訴訟代理人弁護士 福井健策


主 文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人ら(1審被告ら。以下「被告ら」という。)は、被控訴人Y(1審被告。以下「被告Y」という。)を著作者とする漫画「弁護士のくず『蚕食弁護士』」を掲載した書籍を発行し、頒布してはならない。
3 被告らは、各自、控訴人(1審原告。以下「原告」という。)に対し、500万円及びこれに対する平成20年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 原審の経緯等
 原告は、@被控訴人株式会社小学館(1審被告)発行の雑誌「ビッグコミックオリジナル」に掲載され、被告Yにより執筆された漫画「弁護士のくず『蚕食弁護士』」(以下「被告書籍」という。)を出版し、頒布する行為は、原告執筆のノンフィクション小説「懲戒除名“非行”弁護士を撃て」(以下「原告書籍」という。)について原告が有する著作権(翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権、著作者の名誉声望)を侵害する、又は、A被告書籍は、原告書籍を無断で利用して作成されたものであり、被告書籍を出版し、頒布する行為は、社会的な許容限度を超えた違法な行為であるから、民法上の一般不法行為(709条)が成立すると主張して、被告らに対し、著作権及び著作者人格権侵害の停止又は予防として被告書籍の出版等の差止めを求めるとともに、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為損害賠償請求権(主位的請求原因)又は民法上の不法行為損害賠償請求権(予備的請求原因)に基づき、損害金500万円及びその遅延損害金の支払を求めた。
 原告が、原告書籍中の著作権(翻案権)が侵害されたと主張する箇所及び被告書籍中の著作権を侵害したと主張する箇所は、それぞれ原判決別紙対照表の原告書籍欄記載及び被告書籍欄記載の8箇所である(以下、前者については「原告書籍第1部分ないし第8部分」又はこれらをまとめて「原告書籍各部分」といい、後者については、「被告書籍第1部分ないし第8部分」又はこれらをまとめて「被告書籍各部分」という。)。
 原判決は、原告の各請求をいずれも棄却した。
2 争いがない事実等、争点及びこれに関する当事者の主張
 争いのない事実等、争点及びこれに関する当事者の主張は、当審における当事者の主張を次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第2の「事案の概要」の1ないし3(原判決2頁14行目から29頁25行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における当事者の主張(補充))
(1)原、被告書籍第1部分について
(原告の主張)
 原告書籍第1部分の記述は、「男は林田則男といい、・・・100億円近い資産を食い潰されそうなので、・・・取り戻したいという依頼であった。」、「私は、軽い気持ちで、同業としてそんな面汚しはとことん懲らしめてやらねばならないと思うと同時に、この依頼を首尾よく解決すれば、わが貧乏弁護士事務所にもそれなりの潤いがもたらされるかもしれないとの期待も抱いた。」というものである。
 原告書籍第1部分には、表現上の特徴がある。すなわち、原告書籍第1部分は、原告は、依頼を受けた際、報酬への期待を抱いていなかったにもかかわらず、事件を受任する際に弁護士が報酬を期待するという感情を抱いたというユーモアを交えた表現を加え、笑いと親近感を持たせようとの意図を表現した。上記表現は、ありふれたものではない。
 他方、被告書籍第1部分の記載は、「これはいい事件だ。数億円を損害賠償させれば、報酬が・・・」、「それより顧問弁護士が数億円も横領した事件を解決すれば、ニュースになるぞ」など、原告書籍第1部分と共通する内容を記載している。
 被告書籍第1部分は原告書籍第1部分の表現上の本質的な特徴において共通するから、原告書籍第1部分の翻案に当たる。
(被告らの反論)
 原告書籍第1部分は、原告は、受任当時から報酬を期待していなかったにもかかわらず、「報酬を期待する俗物たる内心」を付加した点に、表現上の創作性があると主張する。
 しかし、原告書籍第1部分の「報酬を期待する」との内容は、表現ではなく、アイデアである。原告書籍第1部分と被告書籍第1部分との間において、「報酬を期待する」との共通する内容が含まれていても、後者が前者の翻案であることにはならない。
(2)原、被告書籍第2部分について
(原告の主張)
 原告書籍第2部分には、「(株)林田の事務所を自分の法律事務所のあるビルの1階上に移転させ、そこに(株)林田の社長室及び弁護士室の表示をして同室を自由に使い、(株)林田を場所的にも完全に支配したのである。」、「5階の社長室、弁護士室と書かれた部屋に通され」との記述が存在する。
 原告書籍の上記部分は、顧問弁護士とオーナー(依頼者)との主従逆転の人間(支配)関係を冒頭で読者にわかりやすく印象づけるため、訪問先の稲山弁護士の事務所の入り口の情景を、「5階の社長室、弁護士室と書かれた部屋に通され…」と表現し、場所的にも支配されていることを伏線として記載したものであるから、その表現上の特徴がある。
 他方、被告書籍第2部分は、オーナー側弁護士(寿仁也)が、一件書類受け取りの「約束の日」に亜喰弁護士事務所を訪問する交渉前の場面に、上下に並んだ「亜喰妖児法律事務所」と「(株)富鳥」の表札を描き、「(株)富鳥は、会社と言っても自分の社屋があるわけじゃなし、ここが事務所ってことになるのか…」と寿仁也の独り言を入れることにより(第1話90頁3コマ目)、依頼者の会社が自前の事務所も持たず、顧問弁護士事務所に同居し、顧問弁護士によって場所的にも支配されているという様子が描かれている。
 原告書籍第2部分と被告書籍第2部分は、内容において共通するから、被告書籍の前記部分は、原告書籍の前記部分の翻案に当たる。
(被告らの反論)
 原告書籍第2部分は、稲山と林田の「支配関係」「主従関係の逆転」を印象づけるための情景描写として部屋の位置関係を選択して表現した点に、表現上の特徴があると主張する。
 しかし、依頼者の「社長室」と顧問弁護士の「弁護士室」が同じ部屋であったこと、一心同体のように振る舞っていたことを意味することは事実であるから、これに着目して選択した点は、アイデアであり、表現上の特徴とはいえない。被告書籍第2部分は、「社長室」と「弁護士室」を描くことはなく、「(株)富鳥が亜喰妖児法律事務所に間借りしている」シーンを挿入したものであり、エピソードとしての共通性があったとしても、表現上の特徴において相違する(甲4の1、90頁3コマ)。
(3)原、被告書籍第3部分について
(原告の主張)
ア 部屋の様子を記述した部分について
 原告書籍第3部分には、「5階の社長室、弁護士室と書かれた部屋に通され、やがて稲山があらわれた。別段判例集や法律書が並べられているわけでもなく、あまり人の出入りのある部屋のようには見えなかった。」との記述がある。
 原告書籍第3部分の上記箇所は、以下のとおり、表現上の特徴がある。すなわち、弁護士が交渉のため訪問するに当たり、事実を紹介するだけであれば、相手方事務所の様子を詳しく表記する必要はない。原告書籍では、依頼者と顧問弁護士との異常な関係性を前もって読者にほのめかすために、事務所室内の様子を、上記のとおり表現したした点で、表現上の特徴がある。
 他方、被告書籍第3部分では、交渉開始時の段階で、通された亜喰弁護士事務所の情景を、法律書も判例集もない、サイドボードのある落ち着いた応接間風に描いており、共通する内容を描いているから、被告書籍の前記部分は、原告書籍の前記部分の翻案に当たる。
イ 解任通告に慌てた様子を記述した部分について
 原告書籍第3部分の上記箇所は、以下のとおり、表現上の特徴がある。すなわち、現実には、顧問弁護士は、慌てふためく様子を見せなかった。原告書籍第3部分では、読者にわかりやすく説明し、オーナー社長解任という後に起きた衝撃的場面を際だたせるために、顧問弁護士が慌てている様子や、オーナー側弁護士の間抜け振り等を付加して記述したものであり、同記述は、表現上の特徴がある。
 他方、被告書籍第3部分では、亜喰弁護士が慌てている様子、寿仁也弁護士が、「あいつたいしたことないなふふ」と侮らせている様子等を描いており、内容において共通する。被告書籍第3部分は、原告書籍第3部分の翻案に当たる。
ウ 顧問弁護士を侮る様子を記述した部分にについて
 原告書籍第3部分は、以下のとおり、表現上の特徴がある。すなわち、原告書籍第3部分では、交渉の際、顧問弁護士の慌てた様子に欺されたとの結論部分を、倒置させて記述している点で、特徴がある。
 他方、被告書籍は、4コマにまとめて描写し、亜喰弁護士本人の外見描写(七三分けの髪型で眼鏡をかけた外見により、「一見ひ弱そうな感じ」を描写している)を含め、書類返還の猶予を認めさせる状況を描いている。被告書籍の前記部分は、原告書籍の前記部分と創作的表現において共通し、原告書籍の前記部分の翻案に当たる。
(被告らの反論)
ア 部屋の様子を記述した部分について
 原告は、原告書籍第3部分は、当事者間の異常な人的関係を示すために、あえて法律書や判例集のない顧問弁護士の応接間風の部屋の様子を表現した点に、表現上の特徴がある等と主張する。
 しかし、顧問弁護士の応接間風の部屋に専門書がなかったのは、事実であるから、原告書籍第3部分においてそれを表記したことに表現上の特徴はない。また、多くの事実から、応接間に専門書がなかったという状況を選択した点に、工夫があったとしても、その点はアイデアにおける工夫である。さらに、応接間に書籍が存在しないことは特異なことではない。被告書籍第3部分は、原告書籍第3部分と、客観的事実やありふれた内容において共通しているのみで、翻案権侵害に当たるものとはいえない。
イ 解任通告に慌てた様子を記述した部分について
 原告は、原告書籍第3部分には、実際には、顧問弁護士は慌てていないし、原告も顧問弁護士を侮ったわけでなかったが、事実と異なる内容の記載をした点において、表現上の特徴があると主張する。
 しかし、原告書籍が、ノンフィクション作品であることを前提に公表されている以上、脚色をした点があったからといって、その点が創作的な表現とされるものではない。被告書籍第3部分が、「相手を侮った」「相手が慌てた」という内容において共通することにより、原告書籍第3部分を翻案したということはできない。
ウ 顧問弁護士を侮る様子を記述した部分について
 原告は、原告書籍第3部分が顧問弁護士のひ弱そうな外見から侮った点を先に記述し、その後に同弁護士の慌てた様子を記載した点等に、表現上の特徴があると主張する。
 しかし、@原告書籍第3部分では、原告が顧問弁護士の「一見ひ弱そうで粘液質な感じ」から侮っていることが明記されている(甲1、33頁)のに対し、被告書籍第3部分では、亜喰弁護士は寿仁也や九頭とほぼ同じ体格で別段恰幅は悪くなく、顔も四角若しくは丸顔であるから、ひ弱に表現されていない、A原告書籍第3部分では、原告は内心で稲山弁護士を侮ったとあるだけで、同弁護士への丁寧な言葉使いで叙述されている(甲1、33頁、34頁)のに対し、被告書籍第3部分では、寿仁也弁護士は、「そんなに時間がかかるの?さっさとやってよ!」「何度も足を運ばせないでよ、忙しいんだから、こっちも。」などの発言や露骨に見下す態度を示している(甲4の1、90頁7コマ)点で、相違する。
 被告書籍第3部分は、原告書籍第3部分を翻案したものとはいえない。
(4)原、被告書籍第4部分について
(原告の主張)
 原告書籍第4部分には、@「本日がその指定された日だった」、A「約束の5月9日に、…約束どおり書類等の返還を受けるために稲山法律事務所を訪れた。」、B「ところが解任されたはずの弁護士は席につくや、我々の鼻先に会社の商業登記簿を示し、『4月27日の取締役会で林田則男氏は代表取締役を解任され、ここにおられる魚沼昭雄さんが新たに代表取締役に選任されました』と述べた。」、C「弁護士は涼しい顔付きでさらに続けた。『私は新代表取締役の魚沼さんの委任を受け、引き続き会社の顧問弁護士の任にあります。したがいましてお約束の書類等は返還できません』」、D「そんなことが起こりうることなのか。」、E「そんなことがあり得るのかと、一瞬呆然としてしまった。」との記述がある。
 原告書籍第4部分は、悪徳弁護士との「長くつらい闘い」の始まりにおいて完敗した点を読者に強く印象づけるために、顧問弁護士の手法の悪質性やオーナー側弁護士の間抜け振りを強調すべく、事実に反して、「呆然とした」とオーナー側弁護士の内心の動きを誇張して表現した点において、表現上の特徴がある。
 他方、被告書籍第4部分では、オーナー側弁護士の「呆然とした」内心をことさらに強調する必要がなかったにもかかわらず、顧問弁護士の手法・やり口の悪質性と対比させて、オーナー側弁護士が欺される間抜け振りを強調させた点において共通する。よって、被告書籍の前記部分は、原告書籍の前記部分の翻案に当たる。
(被告らの反論)
 原告は、原告書籍第4部分は、現実には、オーナー側弁護士(原告)は、瞬時に気を取り直し冷静に対応しており、大声をあげるなどはしていないこと、一連の流れは必要不可欠な場面でないにもかかわらず記載した点で、表現上の特徴があると主張する。
 しかし、オーナー側弁護士と顧問弁護士との初対面から意外な反撃までの経緯を記載することは自然であり、そのような展開を記述したことに表現上の特徴はない。また、原告書籍第4部分(甲1、12頁〜14頁、34頁)では、原告の態度は「一瞬意外と思ったが瞬時に気を取り直し冷静に対応」したように記述されているのに対し、被告書籍第4部分では、寿仁也が完全に呆然となり頭が真っ白になったように表現されている点(乙4の1、91頁1〜4コマ)において、相違する。
(5)原、被告書籍第5部分について
(原告の主張)
 原告書籍第5部分は、オーナー側弁護士の欺される間抜け振りと対比させてより強調する目的で、オーナー側弁護士が顧問弁護士に感情的に詰め寄る場面、顧問弁護士が、「涼しい顔つき」で平然と対応する場面、オーナー側弁護士が「ふざけるな」と大声を上げる場面が詳細に記載され、表現上の特徴がある。他方、被告書籍第5部分においても、大声を上げるオーナー側弁護士の様子を描く必然性がないのに、「一瞬呆然とした」寿仁也は、顧問弁護士に対して感情的にたたみかけるように問い質し、これに対して平然と応対する顧問弁護士を対比的に描き、寿仁也が「ふざけるな」と大声を上げる様子を描いている。被告書籍第5部分は、原告書籍第5部分の翻案に当たる。
(被告らの反論)
 上記(4)における反論と同じである。
(6)原、被告書籍第6部分について
(原告の主張)
 原告書籍第6部分は、必要不可欠ではないが、顧問弁護士の異常性等を効果的に著すために、オーナーの妻が、当初は夫(オーナー)に協力せずに顧問弁護士の側に立った理由を説明する場面等を記述した点において、表現上の特徴がある。
 他方、被告書籍第6部分は、寿仁也をして、オーナーの妻から面会拒否される場面を描き、亜喰弁護士がオーナーの妻に対して、「オーナーの愛人が会社を食い物にしている」、「愛人の背後に暴力団がいる」、「オーナーが会社の株式を裏社会に譲渡するおそれがある」と話す場面を描き、オーナーの妻がマインドコントロールされる様子を、視覚的に表現している。被告書籍第6部分は、原告書籍第6部分の翻案に当たる。
(被告らの反論)
 原告は、原告書籍第6部分において、オーナーの妻が顧問弁護士側に立った経緯の紹介は必要不可欠ではないにもかかわらず記載したなどの点で表現上の特徴があり、被告書籍第6部分にも、妻は亜喰にマインドコントロールを受けたように描かれている点で共通すると主張する。
 しかし、実在の事件を描くドキュメントにおいて、必要不可欠ではない事実を選択しただけで、創作性が生じるものではない。また、原告書籍第6部分において、客観的事実を描写するのに「マインドコントロール」という表記をした点に工夫があるとしても、被告書籍第6部分において、そのような語は使用していない点で共通性はない。被告書籍第6部分は、原告書籍第6部分を翻案したものとはいえない。
(7)原、被告書籍第7部分について
(原告の主張)
 原告書籍第7部分は、顧問弁護士による悪質性、異常性を印象づけるべく、実際の出来事の中から、「送金停止」等の事実を選択して、記載した。会社からオーナー社長への「送金停止」や、オーナー側弁護士からオーナー社長への資金援助は、詳細に記載する必要はなかったにもかかわらず、これを選択して、記載した点において、表現上の特徴がある。他方、被告書籍第7部分は、@社長の報酬100万円が送金停止されたこと、A会社への借金を形にオーナーの預金口座が差し押さえられたこと、B無一文となったオーナーからオーナー側弁護士に援助が申し込まれることの各場面を描いている点で共通する。被告書籍第7部分は、原告書籍第7部分の翻案に当たる。
(被告らの反論)
 原告は、原告書籍第7部分において、「送金停止」及び「愛人を伴った海外旅行など」のエピソードは、必要とまではいえないにもかかわらず、選択して表現した点で、表現上の特徴があると主張する。
 しかし、「送金停止」及び「愛人を伴った海外旅行など」はその記載が重要な事実である以上、その選択は自然であり、表現上の特徴はない。また、原告書籍第7部分と被告書籍第7部分とは、表現において、共通性はない。
(8) 原、被告書籍第8部分について
(原告の主張)
 原告書籍第8部分では、顧問弁護士が、反倫理的な手法によって、依頼者を籠絡するという異常性を印象づけるべく、本件事件の中で起きた様々な手段の中から、あえて女性を使った方法を選択して記載した点において、表現上の特徴がある。他方、被告書籍第8部分は、顧問弁護士の弁護士らしからぬ異常性を漫画で描いている点において共通するから、原告書籍第8部分の翻案に当たる。
(被告らの反論)
 上記(7)における反論と同じである。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、@原告書籍各部分は、表現においてありふれたものであって創作性がないか、創作性があったとしても表現上の特徴はないこと、そして、被告書籍各部分と原告書籍各部分とは、取り上げられたエピソードやアイデアにおいて共通する部分があるものの、原告書籍各部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものとはいえないから、被告書籍各部分は、原告書籍各部分を翻案したものとはいえない、A被告書籍を出版、販売する行為は、原告の有する著作者人格権(同一性保持権等)を侵害するとはいえない、B被告書籍を出版、販売する行為は、不法行為を構成しない、と判断する。その理由は、次のとおり付加変更するほかは、原判決の「第3 当裁判所の判断」(原判決30頁1行目から44頁16行目まで)の記載と同じであるから、これを引用する。
1 原判決の付加変更
(1)原判決32頁21行目の「弁護士が」の次に、「正義感に駆られる一方で内心においては」を加える。
(2)原判決36頁16行目の「、原」から19行目末尾までを削除する。
(3)原判決43頁25行目の「事実若しくは事件という」を削除する。
(4)原判決44頁13行目の「あるから」を、「ある上、被告書籍は原告書籍の表現それ自体でない部分、表現上の創作性がない部分又は表現上の本質的特徴のない部分を利用したにとどまり、違法な行為態様と解することはできないから」と改める。
2 当審における原告の主張に対する判断
(1)原、被告書籍第1部分について
 原告は、原告書籍第1部分は、正義の闘いを行う弁護士が、報酬への期待を抱いているとの内容を記載した部分であるが、同記載部分は、事実とは異なるものであり、それ故に表現上の特徴があると主張する。
 しかし、原告の主張は、採用の限りでない。すなわち、原告書籍第1部分の「男は林田則男といい、・・・100億円近い資産を食い潰されそうなので、・・・取り戻したいという依頼であった。・・・私は、軽い気持ちで、同業としてそんな面汚しはとことん懲らしめてやらねばならないと思うと同時に、この依頼を首尾よく解決すれば、わが貧乏弁護士事務所にもそれなりの潤いがもたらされるかもしれないとの期待も抱いた。」との記述は、ごくありふれたものであり、個性的な表現が用いられているものではない。表現された内容が事実に反するものであったとしても、そのことの故に、当該表現が特徴的なものと解することもできない。
 他方、被告書籍は、弁護士が報酬を期待したという内容を、「それより顧問弁護士が数億円も横領した事件を解決すれば、ニュースになるぞきっと。」、「俺は正義のヒーローだ。」、「きっとあの番組からオファーが来るな・・・」、「うふふモテモテだぜ」などの台詞によって表現しているものであり、原告書籍第1部分とは、表現において相違し、原告書籍第1部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。被告書籍第1部分は、原告書籍第1部分の翻案には当たらない。
(2)原、被告書籍第2部分について
 原告は、原告書籍第2部分は、依頼人が場所的にも顧問弁護士に支配されていることを説明するために、依頼人と顧問弁護士の事務所の住所が同一であることを記述した部分であるが、描写する必然性がないにもかかわらず、記述した点で、創作性があり、他方、被告書籍第2部分にも似通った記載があるから、被告書籍第2部分は、原告書籍第2部分を翻案したものであると主張する。
 しかし、原告の主張は採用の限りでない。原告書籍第2部分の「(株)林田の事務所を自分の法律事務所のあるビルの1階上に移転させ、そこに(株)林田の社長室及び弁護士室の表示をして同室を自由に使い、(株)林田を場所的にも完全に支配したのである。」、「5階の社長室、弁護士室と書かれた部屋に通され」との記述は、ごくありふれたものであり、個性的な表現が用いられているものではない。表現された内容が、全体の流れとの関係で、読者にわかりやすく印象づけるものであるとしても、そのことの故に、当該表現が特徴的なものであると解することもできない。
 他方、被告書籍第2部分には、顧問弁護士法律事務所のドアの表示の下に依頼者の会社の表示があることが描かれ、「(株)富鳥は、会社と言っても自分の社屋があるわけじゃなし、ここが事務所ってことになるのか・・・」と記載があり、原告書籍第2部分とは、表現において相違し、原告書籍第2部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。被告書籍第2部分は、原告書籍第2部分の翻案には当たらない。
(3)原、被告書籍第3部分について
ア 部屋の様子を記述した部分について
 原告は、原告書籍第3部分は、顧問弁護士の事務所の様子を詳しく描写する必要性がないにもかかわらず、これを記述した点で表現に特徴があり、他方、被告書籍第3部分も、同様に、亜喰弁護士事務所の部屋について、背景に判例集や法律書を並べずに落ち着いた応接間風の異様な情景を記述しているから、原告書籍第3部分の翻案に当たると主張する。
 しかし、原告の主張は、以下のとおり失当である。すなわち、弁護士事務所で面談の場面を描く際に、「別段判例集や法律書が並べられているわけでもなく、あまり人の出入りのある部屋のようには見えなかった」とした記載は、ごくありふれたものであり、個性的な表現が用いられているものとは解されない。他方、被告書籍第3部分の情景の描写は、原告書籍第3部分の表現において共通することもなく、原告書籍第3部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。
イ 解任通告に慌てた様子を記述した部分について
 原告は、原告書籍第3部分は、実際には、顧問弁護士は慌てていなかったにもかかわらず、慌てているように記述した点等に表現上の特徴があり、他方、被告書籍第3部分も、顧問弁護士が慌てているように描かれている点で、被告書籍第3部分は、原告書籍第3部分を翻案したものであると主張する。
 しかし、原告の主張は採用の限りでない。すなわち、原告書籍第3部分は、不正発覚の端緒となり得る関係書類の返還を催促され、慌てるという動きを、ごくありふれた言葉で表記したものであり、個性的な表現が用いられているものとは解されない。被告書籍の当該部分は、原告書籍第3部分の表現において共通することもなく、その表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。
ウ 顧問弁護士を侮る様子を記述した部分について
 原告は、原告書籍第3部分では、交渉の際、顧問弁護士の慌てた様子に欺されたとの結論部分を倒置させて記述している点で、表現上の特徴がある、被告書籍第3部分も顧問弁護士の慌てた様子と外見により侮ったものと理解されるように描かれている点で共通性があるから、被告書籍第3部分は、原告書籍第3部分の翻案に当たる旨主張する。
 しかし、原告書籍第3部分では、顧問弁護士について「一見ひ弱そうで粘液質な感じ」と記述されているが、同記述は、ごくありふれたものであり、個性的な表現が用いられているものではない。これに対して、被告書籍第3部分は、顧問弁護士は、ひ弱な姿には描かれていない点において、相違し、原告書籍第3部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。被告書籍第3部分は、原告書籍第3部分の翻案とはいえない。
(4)原、被告書籍第4部分について
 原告は、顧問弁護士の手法・やり口の悪質性と、オーナー側弁護士の間抜け振りを読者に強く印象づけるため、事実に反して、「そんなことがあり得るのかと、一瞬呆然としてしまった」とオーナー側弁護士の内心の動きを誇張して記述した点に表現上の特徴がある旨主張する。
 しかし、原告書籍第4部分の「そんなことがあり得るのかと、一瞬呆然としてしまった。」との記述は、ごくありふれたものであり、個性的な表現が用いられているものではない。表現された内容が、事実とは異なるものであったとしても、そのことの故に、当該表現が特徴的なものであると解することもできない。これに対して、被告書籍第4部分では、オーナー側弁護士(寿仁也)は、非常に驚いた顔つきを戯画的に表現している点において、原告書籍第4部分と相違し、原告書籍第4部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。被告書籍第4部分が原告書籍第4部分の翻案に当たるとはいえない。
(5)原、被告書籍第5部分について
 原告は、原告書籍第5部分は、@実際には、オーナー側弁護士は、憤慨して大声を上げなかったにもかかわらず、大声を上げた状況を記述した点、A顧問弁護士の悪質性を示す数多くの事実の中から、慌てた振りをしてオーナー側弁護士を欺く顧問弁護士の性格の異常さ、オーナー側弁護士の間抜け振りと怒りを爆発させて弁護士らしからぬ態度を取った様子を選択した点に、表現上の特徴があると主張する。
 しかし、原告の主張は採用の限りでない。すなわち、原告書籍第5部分は、オーナー側弁護士と顧問弁護士との会話から成り立っているが、その記述は、ごくありふれたものであり、個性的な表現が用いられているものではない。表現された内容が事実に反するものであったり、流れの一部のみを選択して、会話形式としたとしても、そのことの故に、当該表現が特徴的なものと解することもできない。他方、被告書籍第5部分におけるオーナー側弁護士と顧問弁護士との会話は、「ふざけるな。」と「ふざけるなーっ!」とが類似しているのみで、その他の表現は相違し、原告書籍第5部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。被告書籍第5部分が原告書籍第5部分の翻案に当たるとはいえない。
(6)原、被告書籍第6部分について
 原告は、原告書籍第6部分は、顧問弁護士の異常性・特質性(依頼者と顧問弁護士の「支配関係」「逆転した主従関係」)を、物語を通底するテーマ・背景と設定し、それを効果的に著すために、オーナーの妻が、当初は夫(オーナー)に協力せず顧問弁護士の側に立ったのかということを説明する場面や、オーナー側弁護士が面会を求めて拒否されるといった場面を選択し、配列したものであり、必要不可欠な事実でないにもかかわらず表現したものであるから、表現上の特徴があると主張する。
 しかし、原告の主張は採用の限りでない。すなわち、原告書籍第6部分は、オーナーの妻が顧問弁護士に協力的であったことの説明をごくありふれた言葉で記述したものであり、個性的な表現が用いられているものとは解されない。被告書籍の当該部分は、原告書籍第6部分の表現において共通することもなく、原告書籍第6部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。被告書籍第6部分は、原告書籍第6部分の翻案に当たるとはいえない。
(7)原、被告書籍第7部分について
 原告は、原告書籍第7部分は、顧問弁護士の悪質性、異常性を示す多くの出来事の中から、「送金停止」等の事実を選択した点に、表現上の特徴があると主張する。
 しかし、原告の主張は採用の限りでない。すなわち、原告書籍第7部分は、「送金停止」等の事実経緯を述べるに当たり、ごくありふれた言葉で記述したものであり、個性的な表現が用いられているものとは解されない。多くの事実経緯の中から、「送金停止」等の事実を選択したとしても、そのことの故に、表現が特徴的なものと解することもできない。被告書籍第7部分は、原告書籍第7部分と表現において共通するとはいえず、原告書籍第7部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。被告書籍第7部分は、原告書籍第7部分の翻案に当たるとはいえない。
(8)原、被告書籍第8部分について
 原告は、原告書籍第8部分は、顧問弁護士の異常性を印象づけるべく、実際の出来事の中から、顧問弁護士が、「女性を利用した方法」を選択して記載した点に表現上の特徴があると主張する。
 しかし、原告の主張は採用の限りでない。すなわち、原告書籍第8部分中の「女性を利用した方法」に関する事実経過の記述は、ごくありふれた言葉で表記したものであり、個性的な表現が用いられているものとは解されない。これに対して、被告書籍第8部分は、「一緒に」「海外旅行に行ったり」しているとの台詞を共通にしているのみで、その他、表現における共通点はなく、原告書籍第8部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものとはいえない。被告書籍第8部分が原告書籍第8部分の翻案に当たるとはいえない。
(9)まとめ
 以上のとおり、原告書籍各部分は、いずれも、表現において、ごくありふれた記述をしているにすぎない。他方、被告書籍各部分は、エピソードやアイデアを共通にしている点を含むものの、原告書籍各部分と表現上の本質的な特徴部分において共通するものは存在せず、原告書籍各部分の表現上の本質的な特徴を直接感得するものということはできない。したがって、被告書籍各部分は、原告書籍各部分の翻案に当たらない。また、同一性保持権等の侵害に当たるとの主張、民法709条所定の不法行為に当たるとの主張も採用の限りでない。
3 結論
 以上によれば、原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 齊木教朗
 裁判官 武宮英子
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