判例全文 line
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【事件名】京大教授らアカハラ事件
【年月日】平成22年6月24日
 大阪地裁 平成19年(ワ)第16569号 損害賠償請求事件

判決


主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告1は、原告1に対し、被告国立大学法人京都大学(以下「被告大学法人」という。)と連帯して660万円(ただし、110万円の限度で被告2と連帯して)及びこれに対する平成20年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告2は、原告1に対し、被告1及び被告大学法人と連帯して110万円及びこれに対する平成20年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告大学法人は、原告1に対し、1320万円(ただし、110万円の限度で被告1及び被告2と連帯し、550万円の限度で被告1と連帯して)及びこれに対する平成20年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告1は、原告2に対し、被告大学法人と連帯して440万円(ただし、110万円の限度で被告2と連帯して)及びこれに対する平成20年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告2は、原告2に対し、被告大学法人と連帯して220万円(ただし、110万円の限度で被告1と連帯して)及びこれに対する平成20年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告大学法人は、原告2に対し、1100万円(ただし、110万円の限度で被告1及び被告2と連帯し、330万円の限度で被告1と連帯し、110万円の限度で被告2と連帯して)及びこれに対する平成20年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 原告らは、原告らが国立京都大学(以下「京都大学」という。)大学院文学研究科(以下「文学研究科」という。)博士後期課程に在籍中、指導教授であった被告1、被告2及び京都大学を設置、運営する被告大学法人には原告らの研究教育環境に配慮する義務(研究教育環境配慮義務)があるにもかかわらず、この義務に違反し、これにより原告らは京都大学大学院を退学せざるを得なかったと主張して、被告1及び被告2に対し、不法行為による損害賠償請求権、被告大学法人に対し、債務不履行責任による損害賠償請求権、国家賠償請求権(平成16年3月31日以前の行為について)又は不法行為(同年4月1日以後の行為について)による損害賠償請求権に基づき、慰謝料及び訴状送達の日の翌日である平成20年2月7日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実及び証拠によって容易に認定することのできる事実。なお、末尾に証拠を掲記しないものは争いのない事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告1は、平成11年に文学研究科博士前期課程(修士課程)に入学、平成13年に同課程を修了し、同後期課程に入学した。
イ 原告2は、平成12年に文学研究科博士前期課程(修士課程)に入学、平成14年に同課程を修了し、同後期課程に入学した。
ウ 被告1は、原告らが京都大学大学院に在籍した当時、文学研究科X学専修(以下「本研究室」いう。)において、主としてギリシア文学を担当する指導教授であり、原告1の主たる指導教授であった。
エ 被告2は、原告らが京都大学大学院に在籍した当時、本研究室において、主としてラテン文学を担当する指導助教授であり、平成15年4月に教授となった。
オ A教授は、平成9年から本研究室の教授であり、平成14年3月に退官した。A教授は、原告2の主たる指導教授であった。
カ 被告大学法人は、国立大学法人法に基づき、京都大学及び同大学院の設置を目的として設立された国立大学法人である。京都大学は、平成16年3月31日まで、国が設置、運営していたが、同年4月1日、被告大学法人は、その業務に関する国の権利義務を承継した。
(2) A教授による共著提案
ア A教授は、平成14年2月8日、原告2に対し、原告2の修士論文をもとにした文章を、A教授を第一著者、原告2を第二著者として、雑誌に投稿することを提案した。
イ 原告2は、同月13日及び同月17日、A教授に対して、上記共著提案を拒否する趣旨のメールを送付した。
ウ 被告2は、同年3月7日、原告2に対し、A教授からの共著提案を受けるように勧めるメールを送付した(以下「本件メール1」という。)。これに対し、原告2は、共著を断る気持ちに変わりがない旨返信したが、被告2は、原告2に対し、再度、A教授との共著を勧める趣旨のメールを送付した(以下「本件メール2」といい、本件メール1と併せて「本件各メール」という。)。
(3) 原告1の研究報告の不合格判定
ア 原告1は、平成14年3月6日ころ、博士後期課程1年次の研究報告を提出した。
イ 被告1、被告2及びA教授は、同月22日、原告1が提出した上記研究報告に関して、原告1と面談した(以下「本件面談」という。)。
ウ 被告1は、本件面談後、原告1の研究報告を「否」と判定した(以下「本件不合格判定」という。)。
(4) 原告らの退学
ア 原告1は、平成16年1月から文学研究科博士後期課程を休学し、同年12月末に退学した。
イ 原告2は、平成17年4月から文学研究科博士後期課程を休学し、平成19年11月30日に退学した。
(5)ア 博士後期課程の修了要件は、同過程に3年以上在学して研究指導を受け、かつ、研究科の行う博士論文の審査及び試験に合格することである(京都大学通則50条1項)。
イ 文学研究科博士後期課程では、学生が、各年度の初めに研究計画を作成して指導教員に提出し、学生は、その研究計画に沿って研究を進め、通常、研究報告提出年の2月に中間発表をした上、学年の終了時に、研究報告を提出して評価を受ける、という指導方法をとっていた。
(6) 京都大学におけるアカデミック・ハラスメント対策制度の制定状況
ア 平成7年から平成16年9月まで
 文学研究科では、平成7年、人権問題が生じた場合の相談窓口として、セクシャル・ハラスメント等相談窓口(以下「相談窓口」という。)を設置した。また、京都大学には、平成14年当時、全学の組織として、人権問題対策委員会及びカウンセリングセンターが存在した。
イ 平成16年10月以降
 被告大学法人の文学研究科・文学部は、平成16年10月、「キャンパス・ハラスメント・ガイドライン」(甲2、3)を定めた。同ガイドラインでは、研究科長への報告義務、研究科長から文学研究科・文学部人権問題対策委員会への問題解決のための要請などの手続が定められ、相談者は、人権問題対策委員会による調停の手続と処分追及のいずれかの手続を選択できるものとされた。
ウ 平成17年4月以降
(ア) 被告大学法人は、同年4月、全学の人権委員会を設置し、平成17年9月、「京都大学ハラスメント防止・対策ガイドライン」(甲4)を定め、同月27日、同ガイドラインの基礎となる「京都大学におけるハラスメントの防止等に関する規程」(甲5)を施行した。
(イ) 同ガイドラインでは、以下の定めがある。
a 全学相談窓口において相談を受けた場合、部局人権委員会では適正な対応が困難であると全学相談窓口が判断し、相談者が希望する場合は、全学のハラスメント専門委員会(以下「専門委員会」という。)に調査・調停を依頼することができる。
b 専門委員会が、前記調査・調停の依頼を受けた場合、同委員会が、調査・調停を行うためには、関係部局の部局人権委員会と連携し、関係部局が専門委員会の調査に協力すること及び専門委員会が設置する調査・調停委員会で成立した調停内容ないし調査・調停委員会の提示する対応案に従うことを関係部局の長が確約することが必要であり、この確約がない場合には、専門委員会は、前記の調査・調停を行うことができない。
c 全学の専門委員会が設置する調査・調停委員会は、(全学の)人権委員会及び関係部局の教職員それぞれ若干名で構成される。
d 上記の調査・調停委員会は、両当事者及び関係者からヒアリング等を行って調停のための調査を実施し、また必要に応じて調停案及び対応案を策定する。そして両当事者が調停案に合意すれば調停が成立するが、調停の成立が困難であると判断される場合には、調査・調停委員会は、適切な処置を含む対応案を策定し、両当事者及び関係部局に提示する。被害者が対応案の受入れを拒否する場合には、その範囲に限って、対応案の効力は失われるが、調査によって認められた事実の部分については、受入れを拒否することはできない。
第3 争点に対する当事者の主張
1 被告1及び被告2の行為の違法性
(原告らの主張)
(1) 指導教授の研究教育環境配慮義務
 被告1及び被告2は、指導教官として、原告らの博士論文の作成に当たって、日々の指導を行い、審査における絶大な権限を有しているから、被告1及び被告2と原告らとの間には教育上の支配従属関係が存在した。このように支配的立場にある指導教授は、原告が良好な環境の中で研究し教育を受ける権利を侵害しないように配慮する義務(研究教育環境配慮義務)を負っている。
(2) 被告1の行為
 被告1は、研究教育環境配慮義務に違反し、以下の各行為によって原告らの研究教育環境を侵害し、原告らに退学を余儀なくさせた。
ア 本件不合格判定及び留年処分
 被告1は、平成14年3月22日から同月26日ころの間に、本件不合格判定をして、原告1に対し、留年処分をした。
 被告1が主張する本件不合格判定の学問的根拠にはいずれも理由がない。そして、原告1以外には、京都大学の博士課程の研究報告が不合格とされた例がないこと、被告1が、本件面談の際、原告2の修士論文を酷評し、A教授からもクレームが出たと述べていたことからすれば、被告1は、原告1に不利益を及ぼし、原告2にA教授の共著提案を受け入れさせる目的で本件不合格判定をしたというべきである。
 博士後期課程においては、単位という概念はなく、修了要件は博士論文の作成のみであるから、留年処分に関する規定はない。被告1は、原告1に不利益を及ぼす目的で規定にない留年処分を行ったのであるから、被告1の処分は、内容面でも、手続面でも違法である。
イ 原告2は、同月31日、被告1に対し、原告1に対する留年処分について抗議した。これに対し、被告1は、自らの非を認めるどころか、原告2に対し、いつでも大学をやめてもらってよいなどと言った。
ウ 文学部に個別に設置された人権問題対策委員会は、同年8月5日、被告1による、本件不合格判定及び原告1に対する留年処分をいずれも取り消した。しかし、被告1は、その非を認めず、現在に至るまで原告1に対して謝罪をしていない。
エ 被告1は、平成15年5月16日、文学研究科による原告らの本研究室復帰のためのプログラムが終了した後も、原告らが退学した日(原告1は、平成16年12月末日、原告2は、平成19年11月30日)まで、原告らに対して、本研究室への復帰を働きかけることなく放置した。
オ 被告1は、平成15年7月16日ころ、原告1の指導教官を降りると告げ、同年11月10日ころ、複数の学生がいる中で、「原告1と原告2が大学に訴えるなんて、彼女らは、A教授によれば、Y国ならすぐに病院に連れて行かされますよ、自分だってそう思います」などと、原告らを誹謗中傷し、原告らの本研究室への復帰を一層困難にした。
カ 被告1は、平成18年4月17日から同年8月24日ころまでの間、調査・調停委員会での調査において、以下のとおりの不当な対応をした。
(ア) 文学研究科の人権問題対策委員会の調査結果において、被告2のメールは、謝罪が相当とされていたにもかかわらず、被告1は、何ら問題がないものと評価した。
(イ) 被告1の原告らに対する態度が変わったのは、原告らが申立てをしたから当然であると、原告らが申立てをしたことに対する不利益取扱いを公言した。
(ウ) 原告らが本研究室へ復帰できない雰囲気があるのは、原告らが勝手に作ったと公言した。
(エ) 原告2が、相談窓口で相談した際、修士論文を被告1やA教授によって発表されるのではないかと懸念を伝えたことを「誣告」とし、また、専門委員会に対し、原告2に、同相談の被告1に関する部分を撤回させるように迫り、調査・調停委員会をして、原告2に対し、同部分の撤回を命ずる調停案を出させた。
(3) 被告2の行為
 被告2は、研究教育環境配慮義務に違反し、以下の各行為によって原告らの研究教育環境を侵害し、原告らに退学を余儀なくさせた。
ア 被告2は、平成14年3月7日から同月19日までの間、原告2に対し、本件各メールを送付し、原告2の修士論文を正確に理解しないままに低く評価し、A教授からの「借り物の考え」であると決め付け、A教授の共著提案は、原告2に対する好意であるのに、同原告がこれを断ったと非難した。その上で、A教授による共著提案に応じるか否かは、原告2が本来自由に判断すべき事柄であるにもかかわらず、A教授に謝罪して、共著提案を受け入れることを慫慂し、原告2の人格を傷つけた。
イ 相談窓口は、同年7月14日、本件各メールについて、原告2に対して謝罪することが相当であるとした。しかし、被告2は、現在に至るまで謝罪しない。
ウ 被告2は、平成15年5月16日、文学研究科による原告らの復帰プログラムが終了した後、原告らが退学するまでの間、原告らに対し、本研究室への復帰を働きかけることなく放置し、原告らの本研究室への復帰を困難にした。
(被告らの主張)
(1) 研究教育環境配慮義務の内容
 京都大学は、自由闊達な気風を求める「自由の学風」を歴史的に育んできており、その教育課程は、学生個々人の自発自啓を基本精神としている。
 特に、博士後期課程においては、個々人が自ら研究テーマを設定の上、これについて自己研鑽のもとで研究を深め、論文という形で成果物を創造するものであるから、文学研究科博士後期課程においては、学生は、自らの研究課題に没頭するのであり、指導教員が逐一指導・助言をする義務はない。
(2) 被告1の行為
ア 本件不合格判定、留年処分について
(ア) 司法審査の対象外であること
 大学における単位認定行為は、教育・研究の一環としての行為であり、特に、修士・博士課程においては、高度の成果が問われるのであるから、論文の審査は、学部や指導教授の裁量に任されざるを得ない。
 したがって、このような行為は、純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであって、裁判所の司法審査の対象にはならない(最高裁昭和52年3月15日第三小法廷判決・民集31巻2号234頁)。
(イ) 本件不合格判定は、後述のとおり、博士後期課程1年次において必要とされる水準に達していなかったから、次の年次においても再度1年次の教育を繰り返すとするものであるが、年次は進むため、留年処分をしたものではない。
 京都大学通則第50条1項には3年「以上」の在学とあり、また、同条第6項には、博士後期課程においては6年を超えることができないと規定されていることから、博士後期課程の修了に3年を超えること、同一年次の教育を繰り返すことは当然にありうることである。
 そして、被告1が本件不合格判定をした主な理由は@ 論旨が的外れである、A ギリシャ語の間違いが多く、博士後期課程1年次終了時点における成果として乏しい、B 読んでいない論文を多数引用している、というものであり、また、原告1は、研究テーマを頻繁に変更しており、十分な準備もなく研究報告を提出したのであるから、本件不合格判定は、不合理なものではない。原告2がA教授の共著提案を断ったことと、本件不合格判定とは、無関係である。
イ 原告2に対する発言について
 被告1は、原告2が「こうなっては研究を続けられないので、京大を去ります。」と述べたのに対して「どうぞご自由に。」と返しただけであり、違法性はない。
ウ 被告1が謝罪していないことについて
 平成14年8月5日、文学部に設置された人権問題対策委員会より、原告1の研究報告を同年平成4月1日付けで「合」とし、博士後期課程2年次在籍であることを確認する和解案が示された。
 同和解案は、本件不合格判定について、学問的に白黒をつけることはせず、原告1が本研究室復帰に至るような和解の道を探るという原告1の望んだ方針で作成されたのであり、被告1が不合格とした判断自体の誤りが認められたものではなく、被告1が原告1に対して謝罪する義務はない。
エ 本研究室への復帰を働きかけなかったことについて
 被告らは、原告らが本研究室への復帰を望んだことから、復帰プログラムや本研究室の学生に向けた説明会を実施し、原告らが研究に励むことができる環境を整えたのであり、被告1は、復帰プログラムに基づいて行動し、従前と同様に、研究会や講演会などの行事内容を連絡していた。
 それにもかかわらず、原告らが本研究室に復帰しなかったのは、原告らの意思に基づくものであって、被告1の責任ではない。
オ 文学部学友会ボックスでの発言について
(ア) 被告1は、原告らの主張のみに偏った扇動ビラが何度も撒かれ、また、文学部学友会が作成した立て看板に「責任教授出てこい」などとかかれていたため、平成15年11月10日、文学部の学生用に解放された教室である学友会ボックスに赴いた。
 被告1は、文学部学友会ボックスにいた学生に、本件の状況の説明をする中で、原告2がA教授の提案を拒否したため、被告1が、そのことが動機で、本件不合格判定をした、という主張は、誰が見てもおかしいことであって、このようなことを言い立てる学生は、Y国でならカウンセラーに行かせて、それで終わりです、とA教授は言っている、旨の発言をしたのであり、誹謗中傷には当たらない。
(イ) 被告1が原告1の指導教官を被告2に交代することを希望したのは、原告1がテーマ変更を行ったことに起因する。
 すなわち、原告1は、修士論文においてはラテン語を選択し、博士課程で突如としてギリシア文学に変更したが、原告1がギリシア文学では合格レベルに達していなかったことから、被告らが話し合い、原告1をオウィディウス研究に復帰させることとし、そのためには、指導教官を被告1からラテン文学を担当する被告2に変更する必要があった。
カ 被告1の専門委員会における対応について
(ア) 本件各メールに関する発言
 本件各メールメールは、原告2に対して圧力をかけるような内容ではなく、被告1が、本件各メールについて問題ないと判断したとしても、違法ではない。
(イ) 原告2による申立てについての発言
 被告1が「原告2に対する姿勢が変わったとすれば、文学研究科に原告2が訴えたことによる。」と発言した事実は認める。しかし、その発言の趣旨は、原告2が事実と全く異なることを申し立て、これにより被告1が調停に巻き込まれたのであるから、被告1は、原告2に対して心情を悪化させたというものであって、申立てにより、原告2を不利益に扱ってはいない。
(ウ) 本研究室に復帰できない雰囲気は原告らが作ったとの発言
 被告1が、原告主張の内容の発言をしたことは認める。
 文学研究科は、原告らの要望どおり、学生への説明会を開催し、復帰プログラムを実施したにもかかわらず、原告らは本研究室に出向こうとしなかったし、被告1は、原告らと他の学生との間に感情的疎遠が存在していたことを聞いていた(乙3)ことから、同発言をしたのであって、不当ではない。
(エ) 原告2が相談窓口に懸念を伝えたことに対する対応
 原告2が、被告1やA教授に原告2の論文を盗用されることを危惧して、相談窓口に対し、被告1のギリシャ訪問の目的を聞くよう依頼したことは事実である。被告1やA教授が原告2の論文を発表することなどあり得なかったことであり、原告2の懸念は単なる思いこみであり事実に反することである。
 したがって、被告1の発言は真実であり、違法ではない。
 被告1が、専門委員会に対し、原告2による前記相談の、被告1に関する部分を撤回させるように迫り、同部分の撤回を命ずる調停案を出させたという事実は否認する。
(3) 被告2の行為
ア 本件各メールの送信について
 本件各メールは、A教授の共著提案が原告2にとって好ましいものであることを指摘するものであって、その内容は非常に丁寧なものであり、原告2に対して圧力をかけるような内容ではない。
イ 原告2に対する謝罪について
 被告2は、平成14年4月1日、原告2に対して、謝罪の意を示した非常に丁寧な書面を送った。この手紙により、被告2の原告に対する謝罪は尽くされている。
ウ 本研究室への復帰を働きかけなかったことについて
 被告2は、原告らが本研究室に復帰するための復帰プログラムに沿って行動しており、それ以上に、原告らに対して、本研究室への復帰を働きかける義務はない。
2 公務員個人の不法行為責任(争点2)
(被告1及び被告2の主張)
 京都大学は、平成16年3月31日以前は、国が設置、運営する大学であり、京都大学の教員である被告1及び被告2は、「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員」(国家賠償法1条1項)に該当する。したがって、同日以前の行為について、被告1及び被告2が個人的に責任を問われることはない。
(原告らの主張)
 公務は、私的業務とは際だった特殊性を有するものであり、その特殊性ゆえに、民事不法行為法の適用が原則として否定され、国家賠償請求によってのみ責任追及が認められるものであるが、国が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負う場合であっても、当該行為を故意により行った公務員は、民法上の不法行為責任を免れないと解するのが相当である。
 本件において、被告1及び被告2の行為の態様は、研究教育環境配慮義務違反に該当する行為を、故意に行っているものであるから、国が国家賠償法に基づく責任を負うとともに、被告1及び被告2の個人の不法行為責任が十分に認められるものである。
3 国ないし被告大学法人の行為の違法性(争点3)
(原告らの主張)
(1) 研究教育環境配慮義務違反による責任
 大学は、学生との間の在学契約に基づき、学生に対し、良好な環境で研究し教育を受けることが可能になるよう、その環境を整える義務を負っている(研究教育環境配慮義務)。
 研究教育環境配慮義務の具体的な内容として、大学は、学生から、研究教育環境が侵害されているとの被害申告を受けた時には、迅速に調査を行うとともに、調査の間、学生の研究教育環境が侵害されることがないように配慮する義務を負う。さらに、被害が確認された場合には、学生が受けた損害を賠償する責めを負うだけでなく、抜本的な救済策を実施し、将来にわたり、学生の研究教育環境が害されることがないように配慮しなければならない。
 したがって、研究教育環境配慮義務に違反したときは、在学契約の債務不履行責任を負うこととなる。そして、大学の同義務違反は、同時に、学生の良好な環境で研究し、教育を受ける権利を侵害するものであるから、国家賠償法上違法であるとともに、民法上の不法行為にも当たる。
(2) 京都大学及び被告大学法人の研究教育環境配慮義務違反行為
 京都大学及び被告大学法人は、研究教育環境配慮義務に違反して、以下の各行為をした。
ア 文学研究科は、平成15年1月、本研究室の学生に対して本件に関する説明会を行った際、被告1による本件不合格判定について、「ギリシャ語をより一層習熟させたいという教育熱心さから行われた」と事実に反した評価をし、その問題点を大学が合否判定や留年に関する制度の正確な規程を作成してこなかったことに転嫁して、被告1を免罪した。
イ 京都大学は、同年5月16日まで、原告らに対する特別な学業指導(復帰プログラム)を行ったが、同プログラム終了の時点で、本研究室への引継ぎを行い、原告らの本研究室復帰への具体的日時や段取りを被告1や被告2と相談すべきであった。しかし、京都大学及び被告大学法人は、引継ぎ等を行うことなく、原告らを放置した。
ウ 原告1は、同年8月1日、復帰プログラムが終了しても何ら事態が改善されなかったことから、文学研究科に対し、調査委員会の設置を要求した。しかし、文学研究科は、「話合い路線で来たことを崩すことはできない」との不当な理由で、調査委員会の立ち上げを拒否した。そして、その後も原告らが本研究室に復帰できない状態が続いているにもかかわらず、何らの対策もとらなかった。
エ 被告大学法人が定めた「京都大学ハラスメント防止・対策ガイドライン」(甲4)では、全学の組織において調査・調停を行うためには、関係部局が全学の専門委員会の調査に協力することや、専門委員会が設置する調査・調停委員会で成立した調停内容ないし対応案に従うことを関係部局の長が確約することを必要としており、関係部局の長の判断で全学の調査・調停委員会の権限が制約されてしまう点で不十分なものであった。このため、文学研究科は、平成18年7月30日から同年8月24日までの間、専門委員会の調査結果に従うとの確約をせず、その結果、原告2は、被告2に対する専門委員会による調査・調停の機会を不当に奪われた。
オ 前記ガイドラインは、調査・調停委員会の委員が、関係部局から選任されることを禁止していない点でも不十分であった。その結果、調査・調停委員会の委員5名のうち2名が文学研究科から選任され、専門委員会は、ハラスメントに対する救済機関であるにもかかわらず、被告1の主張に対応することに腐心し、同年12月20日、以下のとおりの不当な対応により、原告らに二次被害を与えた。
(ア) 調査・調停委員会は、文学研究科において、被告1による、本件不合格判定及び留年処分が取り消され、被告2のメールも謝罪が相当とされ、その他にもハラスメントを推測される諸事情が存在したにもかかわらず、被告1が、原告2に対して、明確にハラスメントと認定できるような言動をしたという事実関係は見出せないと認定した。
(イ) 調査・調停委員会は、原告2が、被告1に対する申立ての中で、原告1の研究報告について、被告1が、報告を読まないままに厳しい対応をしたと主張したのに対して、被告1が、ほかの原因により厳しい指導態度をとる必要があったと考えていたとしても不合理ではないと、具体的な証拠を示すことなく認定し、原告1が申立人となっていない手続において、原告1の名誉を害した。
(ウ) 調査・調停委員会は、復帰プログラムが行われた後も、原告らが本研究室に復帰できなかった原因について、調停草案において、他の学生・大学院生との間に感情的疎隔が存在していたなどと全く事実に基づかない認定を行い、原告2の抗議により、最終の調停案ではこの認定を撤回したが、公正であるべき専門委員会での手続においてかかる偏頗な事実認定を行ったことで、原告らの専門委員会に対する信頼を著しく損なった。
(エ) 調査・調停委員会は、被告1が、復帰プログラムの後も、原告らを本研究室に受け入れることを拒み、原告1の指導教授を降りると伝えたり、原告らを不特定の学生がいるところで誹謗中傷したりしていたにもかかわらず、被告1に特に不適切な言動が認められるわけでないと判断して、被告1を免罪した。
(オ) 調査・調停委員会は、原告2が、平成14年3月29日、文学研究科相談窓口に相談した際に、被告1の学会への参加に関して、原告2が、相談窓口に行った聞き合わせを、申立てとして被告1に伝え、被告1から誣告であるなどとの不当な対応がなされると、それを慰留するどころか、原告2の事実誤認であると認定し、被告1の名誉回復を図るべきだとして、原告2に、申立ての撤回を命じた。
 そして、専門委員会の作成した対応案は、原告2の申立てによるものであるにもかかわらず、被申立人である被告1の名誉回復には言及しても、原告2の名誉回復には全く言及しないものであった。
(被告らの主張)
(1) 研究教育環境配慮義務の内容について
 京都大学が、一般的に研究教育環境配慮義務を負うことは認める。しかし、前記1(被告らの主張)(1)で述べたとおり、同義務の内容は争う。
(2) 研究教育環境配慮義務違反行為について
 京都大学では、原告らの要求に応じて、原告らが研究に復帰できるように、本研究室の学生に対する説明会の開催や、原告らへの復帰プログラムを実施するほか、様々な措置を講じており、原告らが研究に復帰しようと思えば、可能であった。
 被告らは、原告らに対して、研究・指導機関として、研究の継続に向けた措置をとったのであるから、研究教育環境配慮義務違反はない。
 また、以下のとおり、被告大学法人の行為は違法ではない
ア 説明会での対応について
 人権問題対策委員会の委員であったB教授が、平成15年1月22日、本研究室の学生向けの説明会において、被告1が、原告1に対してギリシャ語を習熟させるという教育的見地から不合格としたこと、また、大学の規定において、留年について曖昧なところがあったことを説明した事実は認める。
 原告1の研究報告が不合格から合格とされた経緯は前記1(被告らの主張)(2)ウで述べたとおりであり、B教授による前記説明には、何ら問題はない。
イ 復帰プログラム終了後の対応について
 原告らは、本研究室復帰に向けて、本研究室の学生に対する説明会の開催と、復帰プログラムを要求した。そして、これらは、原告らの要求どおりに実施された。そして、平成14年10月4日の話合いの際、原告らは本研究室に復帰する旨明言し、被告1及び被告2は、本研究室への復帰を支援する旨確約した。この時点で原告らは本研究室への復帰が可能になったのである。
 原告らが要求したとおりに復帰プログラムが実施されたにもかかわらず、本研究室に出向かなかったのは、原告らの自発的な意思によるものであって、被告らに原告ら主張の義務違反はない。
ウ 調査委員会の設置拒否について
 原告1は、平成15年7月4日、調査委員会の設置を求め、同月22日、人権問題対策委員長に対し、話合い路線を打ち切ることを求めた。これに対し、人権問題対策委員会は、原告1も合意の上で、話合い路線をとり、様々な措置を講じたのであるから、この時期になっての路線変更は無理であると判断した。ただし、同委員会は、弁護士、カウンセラーを含む学外の専門家と、全学の人権委員会委員長に対し、これまでの対処プロセスの検証を依頼し、その結果を原告1にも伝えることを決定し、同年8月1日、この決定内容を、原告1に伝えた。
 したがって、人権問題対策委員会が調査委員会を設置しなかったのは不当ではない。
エ 被告2に対する申立てについて確約しなかったことについて
 京都大学におけるハラスメント対策は、第一に、教育研究等の主体となっている部局において適切に解決することを期待し、それを補充・支援するために全学の専門委員会を設置しているのである。
 ハラスメントの問題では、当事者の利害が密接に関係するため、教育研究等の現場である部局において円満な解決が模索されることは当然のことである。
 専門委員会が、文学研究科に対し、調査協力及び対応策に従うことについての確約を打診したが、文学研究科がこの確約に応じなかった事実は認める。文学研究科が応じなかったのは、これまでの経緯から、被告2の件については進展を望むことはできないと判断したからであり、正当である。
オ 専門委員会の構成員について
 調査・調停委員会を設置する専門委員会は、教育研究等の主体となっている部局による主体的な解決を求めつつ、これを補完するものであって、当該部局から委員が選任されることにより、部局の事情を確認することができ、適切かつ公平な判断を行うことができるのである。
 「京都大学ハラスメント防止・対策ガイドライン」において、「調査・調停委員会委員は、両当事者と直接関係のない公正な立場の者でなければなりません」(甲4、5頁)などと記載されていることからも明らかなとおり、公正について最大限の配慮がされている。
 したがって、関係部局からの委員の選出が禁止されていないことは、違法ではない。また、調査・調停委員会の行った活動に違法はない。
4 損害の発生及び額(争点4)
(原告1の主張)
(1) 被告1の行為による損害
ア 退学前の行為
 原告1は、前記1(原告らの主張)(2)ア、ウ、エ、オの被告1の各行為によって、その時々に精神的苦痛を受けたほか、退学に追いやられ、研究者としての道を閉ざされた。被告1の行為によって、原告1が被った精神的損害は500万円を下らない(なお、うち100万円については、前記1(原告らの主張)(2)エによる慰謝料であり、被告2との共同不法行為となる。)
イ 退学後の行為
 原告1は、前記1(原告らの主張)(2)カ(イ)、(ウ)の被告1の各行為により、精神的苦痛を被り、その損害額は100万円を下らない。
(2) 被告2の行為による損害
 原告1は、前記1(原告らの主張)(3)ウの被告2の行為により、本研究室への復帰が困難となり、精神的苦痛を被り、その損害額は100万円を下らない。
(3) 京都大学及び被告大学法人の行為による損害
ア 退学前の行為
 原告1は、前記3(原告らの主張)(2)ア、イ、ウの京都大学の各行為によって、その時々に精神的苦痛を受けたほか、退学するしかない状況に追いやられ、研究者としての道を完全に閉ざされた。原告1が被った精神的損害は、500万円を下らない。
イ 退学後の行為
 原告1は、前記3(原告らの主張)(2)オ(イ)、(ウ)の被告大学法人の各行為によって、精神的苦痛を被り、その損害額は100万円が相当である。
(4) 弁護士費用
 原告1は、原告ら訴訟代理人との間で、本件につき、以下のとおり、弁護士費用の支払を約した。
ア 被告1に対する請求について 60万円
イ 被告2に対する請求について 10万円
ウ 被告大学法人に対する請求について120万円
(原告2の主張)
(1) 被告1の行為による損害
 原告2は、前記1(原告らの主張)(2)ア、イ、エ、オ、カ(ア)、(イ)、(ウ)、(エ)の被告1の各行為により精神的苦痛を被り、その損害額は400万円を下らない。
(2) 被告2の行為による損害
 原告2は、前記1(原告らの主張)(3)ア、イ、ウの被告2の各行為によって精神的苦痛を被り、その損害は200万円を下らない(なお、うち100万円は、前記1(原告らの主張)(3)ウの行為によるものであり、被告1と共同不法行為となる。)。
(3) 被告大学法人の行為による精神的苦痛
 原告2は、前記3(原告らの主張)(2)イ、エ、オ(ア)、(ウ)、(エ)、(オ)の被告大学法人の各行為によって精神的苦痛を被り、その損害は500万円を下らない。
(4) 弁護士費用
 原告2は、原告ら訴訟代理人との間で、本件につき、以下のとおりの弁護士費用の支払を約した。
ア 被告1に対する請求について 40万円
イ 被告2に対する請求について 20万円
ウ 被告大学法人に対する請求について100万円
(被告らの主張)
 すべて否認する。
5 消滅時効(争点5)
(被告らの主張)
(1) 原告らは、被告1、被告2及び被告大学法人の各行為の時に、損害及び加害者を知った。
 被告1及び被告2の行為のうち、平成16年12月27日までの行為についての国家賠償請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権は、各行為の日から本件訴訟が提起された平成19年12月27日までに3年が経過しているから、被告らは、消滅時効を援用する。
 京都大学及び被告大学法人の行為のうち、平成16年12月27日までの行為についての国家賠償請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権について、各行為の日から、平成19年12月27日までに3年が経過しているから、被告大学法人は、消滅時効を援用する。
(2) 原告らの主張する被告らの行為は、それぞれ日時場所を異にするものであり、原告らとしては、主張する各行為の時点(不作為の場合は不作為を知った時点)で損害賠償の請求をすることに何らの妨げもなかったものであって、これらを不可分一体のものとして把握しなければならない必要性はなく、これらの行為による損害賠償請求権は、それぞれ、その行為のときから進行するものである(大阪地判平成12年10月11日・判時1737号66頁参照)。
(原告らの主張)
(1) 被告1及び被告2の行為について
ア 被告1及び被告2の不法行為のうち、不作為による不法行為は、現在まで継続しているか、あるいは原告らの退学(原告1が平成16年12月末日、原告2が平成19年11月30日)に至るまで継続していたものである。したがって、これらの行為について、消滅時効は完成していない。
イ また、被告1及び被告2の不法行為による最大の損害は、原告らの退学であるから、原告らが「損害及び加害者を知った時」とは、原告らが退学した時である。
ウ よって、いずれの行為についても、消滅時効は完成していない。
(2) 被告大学法人の行為について
ア 被告大学の不法行為のうち、不作為による不法行為は、原告らの退学まで継続しているものである。したがって、これらの行為について、消滅時効は完成していない。
イ また、被告大学法人の不法行為による最大の損害は原告らの退学であり、不法行為の消滅時効の起算点は、原告らの損害が明らかになった日、すなわち原告らが退学した日である。
ウ よって、いずれの行為についても、消滅時効は完成していない。
第4 当裁判所の判断
1 前記前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告2に対する共著提案
ア 原告2は、平成14年1月、「ヒポクラテスの作品『歯牙の萌出について』」と題する修士論文を提出した(甲40)。
イ A教授は、同年2月8日、原告らを昼食に誘い、その席で、原告2に対し、原告2の修士論文をもとにした文章を、A教授を第一著者、原告2を第二著者として、X学の学術雑誌に投稿することを提案した(甲65、69、原告1、原告2)。
ウ 原告2は、同月13日、A教授に対し、原告2は、修士論文を自分の名前で、日本の歯科ジャーナルにて出版したいと考えている旨、A教授との共著を婉曲に断るメールを送信した。これに対し、A教授は、同日、原告2に対し、再度、共著で学術雑誌に出版したいとのメールを送信したため、原告2は、同月17日、A教授に対し、「私自身で、私自身の名前で」の出版に挑戦したいとして、上記提案を明確に拒絶する内容のメールを送信した。
 A教授は、同月21日、原告2に対し、「世界中であなたが出版できることを望む」旨のメールを返信し、その後、A教授と原告2の間で、共著についてのやりとりはなかった(甲7ないし10〔枝番号含む〕)。
エ 被告2は、同年3月7日、原告2がA教授からの共著提案を断ったことを知ると、同日、原告2に対し、本件メール1を送付した。被告2は、同メールにおいて、「原告2さんの論文で、少なくとも古典学の関心から、もっとも読むに値すると思われるのはそのcheimon の部分(実際のところ、ほとんどそれだけというのが小生の正直な感想)ですが、それはもともとA先生の指摘だと原告2さんの論文にも断ってありました。それを原告2さんの単著で発表すれば、なんだ他人の借り物の考えか、と見られますが、A先生と共著の形になれば、断り書きも不要で、堂々と自分のものとして発表できます。」などと記載するとともに、Y国の学術雑誌に掲載されることが大きな業績として評価され、原告2にとっても有利であることなどを記載した(甲11)。
 これに対し、原告2は、同月19日ころ、修士論文は、原告2自身の研究成果であり、A教授の指摘によるものではないこと、それにもかかわらず、A教授の指摘によるものとしてY国で発表することに納得がいかないとして、共著を断る気持ちに変わりがない旨返信した(甲12)。
 被告2は、同日、原告2に対し、原告2の修士論文のうち、A教授が共著提案した箇所は、A教授の指摘によるものであるとして、A教授との共著を勧める趣旨で、本件メール2を送付した。また、被告2は、同月25日、A教授の退官パーティーにおいて、原告2に対し、共著を薦める趣旨の発言をした(甲13、65、原告2)。
 原告2は、同月29日、被告2に対し、再度共著を拒否するとともに、被告2の本件各メールについての抗議を記載したメールを送信した(甲14)。
オ 原告2は、同日、原告1とともに、相談窓口を訪れ、原告1の本件不合格処分について相談する中で(後記(2)オ)、本件各メールについても伝えた。その際、原告2は、被告1が、4月にギリシャで行われる学会に出席すると聞き、被告1とA教授が、学会で原告2の修士論文の内容を公表するのではないかと考え、被告1の出張の目的を問い合わせた(甲65、69)。
カ 被告2は、同日付けで、原告2に対し、本件各メールについて、原告2が精神的苦痛を感じたことについて配慮が足りなかったと反省し、謝罪する旨の手紙を作成し、この手紙は、同年4月1日に、原告2宅に届いた(甲15の1・2)。
(2) 本件不合格判定及び留年措置
ア 原告1は、平成13年11月20日及び平成14年2月23日、博士後期課程1年次の中間発表を行った(甲69)。
イ 原告1は、同年3月6日、サッポー(Sappho)の「断片31」に関する博士後期課程1年次の研究報告を提出した(甲63)。
ウ 被告1、被告2及びA教授は、同月22日、原告1と本件面談をした。
 被告1は、本件面談において、「2年になって心を入れ替えるか、あるいは1年足踏みしてちょっと考えますか。どっちがいいですか。」、「1年次としてもういっぺん勉強をやりきれますか。」、「その方がいいと思いますよ。2年になるよりも。」、「2年になってしまうときょう言われたことはまあ1週間か10日で忘れてしまうおそれがありますので、1年間その覚悟を見せてもらうと。この1年、1年でどうか。」と発言し、原告1に、2年次に進むのではなく、1年次に留まることを強く勧めた(甲36)。
エ 被告1は、本件面談後、本件不合格判定をし、原告1に対し、留年措置をとった(被告1)。
オ 原告1は、同月29日、原告2とともに、相談窓口を訪れ(前記(1)オ)、本件不合格判定及び留年措置について相談した。
 文学研究科長は、同日、緊急措置として、原告1を1年次に留年させる措置を保留とした(甲69)。
(3) 原告2による抗議
 原告2は、同月30日、被告1の自宅を訪れ、同被告に対し、原告2が共著提案を断ったことを理由として、原告1に対する留年処分を行ったと、抗議した。原告2と被告1は口論となり、その中で、原告2が、原告1に対する処分の問題が解決しなければ、大学をやめざるを得ないなどと発言をしたのに対し、被告1は、やめてもらっても構わない、という趣旨の発言をした(原告2、被告1)。
(4) 原告らは、同年4月1日以降、本研究室での研究活動を行っていない(弁論の全趣旨)。
(5) 人権問題対策委員会の対応
ア 人権問題対策委員会の方針
 文学部は、同年5月末ころ、原告らの件について、個別に人権問題対策委員会を設置し、同委員会は、原告ら、被告1及び被告2から聞き取り調査を行った。
 人権問題対策委員会は、原告らの研究復帰を第一に考えることとし、本件不合格判定を研究報告の内容から判断することはせず、話合いによる解決を図るという方針をとることとした(弁論の全趣旨)。
イ 人権問題対策委員会は、同年7月14日、京都大学の規程において、研究報告の認定制度の規定が曖昧であること、これまで、研究報告を提出しない場合等以外は、原則として「合」としてきたとの運用の実態、原告1に対し、事前に十分な説明が行われなかったことなどの事情にかんがみて、原告1に対する本件不合格判定が、教育指導的に不適切であったとの理由で、同年3月31日付けで、原告1の研究報告の指導認定を「合」とするとの判断を示した。また、原告2については、共著提案に不当な圧力はかけられるべきではなく、被告2は、原告2に対し、謝罪するのが適切であるとの判断を示した。
 そして、人権問題対策委員会は、原告らの研究復帰のために、以下の内容の復帰プログラムを実施することを提案した(甲48、54)。
(ア) 本研究室の教官、大学院生を対象として説明会を開催し、制度上、教育指導上の不備により、原告らに不利益が及んだことについて謝罪し、文学研究科の責任について、研究科長が謝罪する。
(イ) 原告らの要望に応じて、原告らが希望する学外の研究者への指導協力依頼をする。
ウ 人権対策委員会は、同年8月5日、原告1が現在後期博士課程2年次に在籍し、1年次の研究報告については「合」認定であること、原告2が、原告2についての同委員会の前記イの判断を基本的には了承したと理解しているという判断を示した(甲52の1・2)。
 原告1は、前記イの提案に対し、書面による謝罪を要求したが、人権問題対策委員会は、書面による謝罪には応じられない、原告1が法的措置を取るのならば、やむを得ないと回答した(甲53・11頁)。
エ 原告1は、手続的な理由で研究報告が「合」判定になったとしても、問題の解決にはならないと主張する一方で、本件不合格判定の理由が明らかになるのであれば、話合いによる解決も可能であると回答したため、人権対策委員会は、同年9月17日及び同月28日、原告1の研究報告の内容についての議論の場を設定し、原告1、被告1、B教授、C教授などが出席した(甲38、39)。
オ 原告らは、同年10月4日、D文学研究科長同席の上で、被告1、被告2、B教授と話合いをした。D文学研究科長は、原告1に対し、研究報告の取扱いが不適切であったことについて謝罪し、原告2に対する共著提案の件については、学生が作成した論文は学生のオリジナルのものであるという趣旨の発言をするとともに、原告らが早期に研究に復帰することを期待すると述べた(甲70)。
 また、原告らの本研究室への復帰に向けた支援の一環として、B教授の指導による復帰プログラムの実施と、学生を集めての説明会を実施することが確認された(弁論の全趣旨)。
(6) B教授及びC教授と原告らは、同年10月16日、同年11月26日、同年12月18日及び平成15年1月17日の4回、原告らの復帰についての話合いを実施した(乙10、証人B)。
(7) 人権問題対策委員会は、同年1月22日、本研究室の大学院生を対象として、説明会を開催した。B教授は、同説明会において、客観的な事実経過を説明するとともに、原告らが本研究室に出られなかったことにつき、原告らには非がないことを説明し、文学研究科として謝罪をした。そして、原告1の研究報告の問題については、本件不合格判定及び留年措置の手続が不適切であったこと、制度の規程が不十分であったことについて謝罪し、被告1が不合格とした理由については、ギリシャ語をより習熟させたいという、教育熱心さによるものと説明した。また、B教授は、原告2の共著問題の件については、修士論文の著作権が著者自身に帰属することを確認したという説明をしたが、被告2のメールが不適切であったことは明言しなかった(甲55)。
 人権問題対策委員会及び文学研究科長の判断により、文学研究科長及び専修の教授は、同説明会には出席しなかった。
(8) B教授は、平成15年1月31日、同年2月21日、同年3月19日、同年4月16日、同年5月16日に、原告らに対し、前記(5)オの合意に基づく研究指導をした(乙10、証人B)。
(9) 同年5月、原告1は、博士後期課程2年次研究報告を、原告2は、博士後期課程1年次研究報告を、それぞれ提出した(甲44、76、弁論の全趣旨)。
(10) 原告1は、同年6月、博士論文提出資格認定の申請書を提出した際、同申請書の博士論文指導教官の欄に、被告1、被告2、B教授、E教授と記載した(甲57、69)。
 被告1は、同年7月16日、文学部事務局を通して、原告1に対し、原告1の指導主査を、被告1から被告2に変更したい旨及び研究内容について被告2に相談するように伝えた。また、被告2は、同月22日、原告1に対し、被告2が指導教官であることを前提として、手伝えることはあるかと尋ねるメールを送信した(甲56、71)。
(11) 一方、原告1は、同月4日、調査委員会の設置を要請しており、同月17日に、人権問題対策委員会との間で話合いをした(甲53)。
 調査委員会は、同年7月当時、明文の規則等により定められた機関ではなく、人権問題対策委員会が人権侵害の疑いがあると判断した場合に、教授会に調査委員会の設立を諮るという申合せに基づいて設置されるものであった(甲57・5頁から6頁)
 人権問題対策委員会は、同月24日、これまで、話合いを前提として、原告1の研究復帰のために、博士課程の研究報告の締切を平成14年3月末から5月末まで延期したり、博士論文の資格認定申請の締切を延ばしたりするなど、大学の規程に反するような措置を多々行ってきたことから、同時点で方針を変更することは困難であり、調査委員会を立ち上げないことを決定した。他方で、学外の専門家に対し、これまでの対処プロセスを検証することを依頼し、その結果を原告1に伝えることを決定して、同年8月1日、原告1に対し、これらの決定を伝えた(甲62)。
(12) 被告1は、原告1の留年問題及び原告2の共著問題を、アカデミックハラスメントとして取り上げた学友会作成のビラを見たことなどから、同年11月10日、文学部学友会ボックスに赴き、その場に居合わせた複数の学生に対し、原告2がA教授の共著提案を拒否したことを理由として、被告1が本件不合格判定をしたとの原告らの主張について、ばかげていると評し、Y国でならそのような学生は病院(カウンセラー又は精神科)に行かせて終わりだと思うなどと述べた(甲25、乙6)。
 原告らは、平成16年3月24日、被告1の上記発言を、学友会の学生から聞いて知った(甲65)。
(13) 原告1は、同年1月から休学し、同年12月末に退学した(前提事実)。
(14) 原告2は、平成17年4月から休学した(前提事実)。
(15)ア 原告2は、同年10月、被告1を被申立人として、前記(12)の被告1の発言について、全学の相談窓口を通して、専門委員会に調査・調停を申し立てた。平成18年4月17日、専門委員会は、調査・調停委員会を設置し、文学研究科からの委員2名を含む5名の委員を選任した(甲24、25)。
 原告2は、被告2に対する謝罪要求についても調査・調停委員会の設置を希望したが、文学研究科が被告2に関して、調査・調停委員会からの対応案に従うとの確約をしなかったため、調査・調停委員会では、被告2についての申立ては取り上げないこととなった(弁論の全趣旨)。
イ 調査・調停委員会は、原告2、被告1及び関係者から事情聴取を行い、提出された証拠を検討した上で、同年8月24日、「申立人・被申立人による申立内容の整理(案)」を作成した(甲25)。
 被告1は、調査・調停委員会の事情聴取に対し、被告2のメールについては、善意から出たもので、情実兼ね備えた文章と思っていること、原告2が、文学研究科の相談窓口に対して、被告1がギリシャの学会で、原告2の論文を報告すると誤解し、これをストップしてくれと申し立てたと認識していること、同申立ては誣告である、との意見を述べた。
 また、同整理案では、原告2が本研究室に復帰できなかった理由について、原告2が、二次的なアカデミック・ハラスメントを恐れて、教室に行くこともできなかった、としているのに対し、被告1の見解として、「原告らが本研究室に復帰できない雰囲気は、二人が勝手に作った」とするとともに、「原告1については、研究報告についての議論が復帰のためのセレモニーであると考えており、原告2については、A教授がこれで終わりといっていたので、もう終わったものと考えていた、なぜ原告2が復帰できないというのか分からない」、「A教授が終わった、といった時点でこの問題は終わっており、原告2に対する自分の姿勢が変わったとすれば、文学研究科に原告2が訴えたことによる。専修は、伝統的に、人格的に資するべきと考え、ギルド的にやってきた。そのような中で、訴えること自体がひどいことである。」などと記載されている。
ウ 調査・調停委員会は、同年12月8日、調停案草案を作成し、双方の意見を聴取した上、同月20日に調停案を作成した(甲26、27)。
 同調停案草案及び調停案は、いずれも、@ 被告1は、平成15年11月10日の文学部学友会ボックスにおける被告1の発言(前記(12))が教員として不適切であったことを認める、A 原告2は、平成14年3月29日(前記(1)オ)に、被告1によって原告2の修士論文がギリシャの学会で盗用されるおそれがあると訴えたことが不適切であったことを認める、という内容である。
 調査・調停委員会は、原告2及び被告1に対し、前記調停案を提示したが、双方とも受託せず、調停は成立しなかった。
 調査・調停委員会は、平成19年1月12日、原告2及び被告1に対し、対応案を提示した。対応案は、文学研究科が、@ 被告1が、平成15年11月10日に文学部学友会ボックスにおいて、原告2に関して「精神的な病」を示唆する発言をしたことを認定し、この発言が、人格的な誹謗中傷として受け取られる可能性があることを認め、被告1に対し、注意を与えるものとする、A 原告2が、平成14年3月29日に相談窓口を訪れた際に、被告1によってギリシャの学会で自分の論文が盗用されるおそれを訴えたことについて、この発言が事実誤認に基づくものであったことを認定し、原告2のこの部分の訴え(対応案では「申立て」という表現となっている。)が無効であることを確認し、被申立人である被告1の名誉回復を図るものとする、との対応を行うことが適切であるというものであった(甲28、弁論の全趣旨)。
 被告1は、前記対応案を受諾したが、原告2は、前記対応案について意見を述べるとともに、受諾できないと回答した(甲29ないし31)。
 調査・調停委員会は、原告2が前記対応案を受諾しなかったことから、作業を終了し、解散を決定した(甲32)。
(16) 原告2は、同年11月30日、京都大学大学院を退学した。
2 被告1及び被告2の行為の違法性(争点1)について
(1) 被告1の行為について
ア 本件不合格判定及び留年措置
(ア) 研究報告の合否判定及び留年措置(処分)は、大学内部における教育的措置であって、学問的な見地からの研究報告の当否の判定は、大学及び教授の広範な裁量が認めらるべきであるから、司法審査の対象にはならない。もっとも、教育上の措置とは関わりのない他事考慮により判定、処分がされたことが明白である場合や、判定、処分に至る手続に違法がある場合などには、裁量権の逸脱ないし濫用として、司法審査の対象となるというべきである。
(イ) 本件不合格判定
 原告らは、被告1が、原告2がA教授からの共著提案を拒否したことを理由として、本件不合格判定をした旨主張し、原告1は、その根拠として、被告1が、本件面談の際、日本語で提出された原告1の研究報告に対し、日本語が読めないはずのA教授からクレームがあったと述べ、また、本来無関係である原告2の修士論文について何の価値もないなどと言及したことを指摘する(甲36、69)。
 しかし、A教授は、原告1の所属する本研究室のギリシャ語担当の教授であり(甲69)、本件面談にも同席したことに照らすと、原告1の研究報告について事前に批評を加えること自体に特に不自然な点はない。そして、共著の提案をしたA教授自身は、原告2に対し、平成14年2月21日付のメールを送ったのを最後に、一度も共著提案について触れていないのであり、被告1は、A教授から原告2との共著提案について「終わったこと」として聞いていたことが認められる(被告1)。また、被告1は、本件面談の際、原告2の修士論文について言及しているものの、他方、他の学生についても言及している上、その前後の文脈を併せ読めば、原告1に対し、研究報告にギリシャ語の間違いがあることや、原告1が読んでいない論文を引用している点を指摘し、原告1の研究態度の改善を求めているものと認められる(甲36)。
 以上によれば、原告1が指摘する上記の点から、原告2がA教授の共著提案を拒否したことを理由として、被告1が本件不合格判定をしたと認めるには足りず、他に、A教授が被告1に対し、原告2との共著を実現させるために原告1の研究報告を不合格にするように働きかけたと認めるに足る証拠はない(原告1は、A教授が同原告の学部の卒業論文〔平成11年〕における発想を外部に漏らしたとの疑いを抱いており、A教授が原告2に対して共著提案をした際にも同様の疑念を抱いたというのであるが〔甲69〕、これらの疑惑と被告1が本件不合格判定をしたこととの間に関連があると疑うべき的確な証拠もない。)。
 したがって、原告らの上記主張は理由がない。
(ウ) 留年措置
 文学研究科は、平成14年当時、規定上、研究報告を修了に必要な要件とはしておらず、また、博士課程においては、学生の身分を原級に据え置くという留年制度も存在しなかったものと認められる。
 しかし、前記1(2)によれば、被告1は、本件面談の際、原告1に対し、2年次に進級するのではなく、1年次に留まることを強く勧め、原告1が1年次の身分に留まることを前提として本件不合格判定をしたものであるが、被告1は、原告1に対し、大学の規程にない留年措置をとったのであるから、被告1による留年措置は、教育的措置としての裁量を逸脱したものであり、違法というべきである。
イ 原告2に対する発言について
 前記1(3)のとおり、被告1は、平成14年3月30日、自宅を訪れた原告2に対して、大学をやめてもらって構わない、という趣旨の発言をしたことが認められる。
 しかし、被告1の上記発言は、原告2が共著提案を拒否したことと原告1に対する留年措置とを関係づけた内容の抗議に端を発して口論となった中で、原告2が「大学をやめざるを得ない。」と発言したことに対してした応答であり、原告2の抗議内容が前記ア(イ)のとおり的を射ていない上に、口論の過程でされた発言であったことを考慮すれば、原告2の研究教育環境を害する行為とは認められない。
ウ 被告1が非を認めず、謝罪をしていない点について
 前記ア(ウ)のとおり、被告1が原告1に対して留年措置をとったことは、教育措置としての裁量を超えて違法な行為であり、前記1(5)ウのとおり、文学研究科は、平成14年8月5日、原告1の研究報告については教育上の措置として「合」判定に変更し、原告1が2年次に在籍することを確認している。そして、被告1は、、その後も、原告1に対し、謝罪をしていない。しかし、被告1が、原告1に対して留年措置をとったことを謝罪しないことが、留年措置をとったという違法行為とは別個の違法行為になるとはいえない。
エ 被告1が復帰を働きかけなかったことについて
 前記1(5)ないし(8)のとおり、人権問題対策委員会(具体的にはB教授やC教授による取組み)によって、原告らの復帰に向けた相応の努力がされており、原告らの復帰を妨げる外部的要因も見受けられなかったのであるから、原告らが博士後期課程に復帰する環境は一応整えられていたというべきである。そして、大学院の博士後期課程における研究が、基本的には、学生の自主的取組みによってされることが予定されていることに照らすと、被告1が、原告らに対してさらに積極的に復帰を働きかけることまで要するとはいえず、被告1に、研究教育環境配慮義務違反があるとはいえないというべきである。
オ 指導主査を被告2にするとの発言について
 原告1が平成15年7月4日に、調査委員会の設置を申し立てたことからすれば、原告1は、京都大学に対し、被告1に対する処分を求めるという関係となる可能性があったというべきである。同事情と、博士課程において、学生と指導教授との間には信頼関係が必要であると考えられることを併せ考慮すれば、被告1による指導よりも被告2による指導の方が適切であるとの判断は不合理なものではなく、原告1の指導主査を被告1から被告2に変えると述べたことが、原告1の教育研究環境を害する行為であると認めることはできない。
カ 文学部学友会ボックスでの発言について
 前記1(12)のとおり、被告1は、同年11月10日、不特定多数の学生の前で、原告2と原告1を指して、Y国でならそのような学生は病院に行かせて終わりだと思うという旨の発言をした。
 被告1が、原告らについてした同発言は、原告らの行動を指して原告らが精神的な疾病を患っているという評価を示したものであって、原告らの社会的評価を低下させる行為であるといえる。そして、上記発言が、学友会により、原告らに対するアカデミックハラスメントとして取り上げられ、糾弾されていたことに対する釈明として行われたものであるとしても、指導教官という立場の被告1が学生である原告らについて上記発言をすることは、原告らの名誉を毀損する違法行為であり、原告らの研究教育環境を害する違法行為でもある。
キ 調査・調停委員会における対応の違法性について
 被告1は、調査・調停委員会の調査に対して、前記(15)イのとおりの対応をしたことが認められる。
 被告1の上記対応は、文学研究科の人権問題対策委員会においてすでに謝罪が相当であるとされた本件各メールについてまで擁護するなど、必ずしも適切な対応ないし発言とはいいがたいものもあるが、過去の出来事についての自分自身の認識、意見を述べたものであり、原告らと被告1が紛争状態にあったことからすれば、被告1の対応が、社会的相当性を逸脱した行為であるとまでは認められない。
ク 小括
 以上のとおり、被告1の原告1に対する留年措置及び文学部学友会ボックスでの発言は、原告らが有する良好な環境で研究を行う法的利益や、原告らの名誉を侵害する違法な行為である。一方、その余の行為は、いずれも違法ということはできない。
(2) 被告2の行為について
ア 本件各メールについて
 学生が作成した修士論文について、共著として学術雑誌に投稿するか否かは、執筆者である学生自身が自由に決断するべき事項であって、指導教官が、教育指導上適切な範囲を超えて干渉する行為は、学生の人格権を害する違法な行為というべきである。
 本件において、被告2は、原告2が、本件メール1に対する返信のメールにおいて、修士論文は原告2自身の研究成果であるとして、A教授との共著について明確に拒絶の意思を示し、A教授からの共著提案自体に悩み、傷ついた旨述べていたにもかかわらず、重ねて本件メール2を送付して共著を勧め、これに対して原告2が返信しないでいたところ、さらに本件メール2に対する返答を求め、共著提案を受け入れるように勧めたものと認められる。
 そして、被告2と原告2の、指導教官と学生という関係を考慮すれば、本件各メールは、その文言が丁寧であることを考慮しても、原告2の意向に反し、自尊心を傷つける勧奨というべきであり、原告2が本件各メールによる勧奨を共著提案を受け入れさせるための不当な圧力と感じたのも無理からぬところである。したがって、原告2が、共著提案を受け入れる意思がないことを明確に示したにもかかわらず、被告2が本件メール2を送付したことは、指導教官としての指導の域を超える執拗で違法な行為というべきである。
イ 謝罪について
 被告2の共著勧奨行為自体は、前記アのとおり、違法な行為である。
 しかし、違法行為に及んだことを謝罪しないことが新たな違法行為を構成するとは一般的にはいえない。しかも、被告2は、前記1(1)カのとおり、原告2に対し、本件各メールを送信したことについて謝罪する手紙を届けているのである。その後、確かに、人権問題対策委員会は、被告2の共著勧奨行為について、原告2に対し謝罪するのが相当であると判断しているが、同判断は、大学内での解決方法として提案されたものであって、被告2に謝罪義務を発生させるものではないから、被告2が改めて謝罪しなかったことが違法となるとはいえない。
ウ 復帰を働きかけなかった点について
 前述(1)エのとおり、人権問題対策委員会によって、原告らの復帰に向けた相応の努力がされているのであって、被告2が、原告らに対し、さらに積極的に復帰を働きかけることを要するとはいえず、同被告に、研究教育環境配慮義務違反があるとはいえない。
3 公務員個人の不法行為責任(争点2)について
(1) 公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人は責任を負わないと解される(最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁、最高裁昭和47年3月21日第三小法廷判決・裁判集民事105号309頁、最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁)。
(2) 被告1の前記1(2)エの行為(留年措置)は、被告1の、原告1の指導教官としての研究報告の審査という教育活動に伴う行為であり、前記1(12)の行為(文学部学友会ボックスでの発言)は、教育活動そのものではないが、原告1の研究報告の審査に関連して、大学内の施設においてされた行為である。また、前記1(1)エの被告2の行為(本件メール2送信による共著勧奨)は、原告2の修士論文の発表という、教育活動に関連する行為である。そうすると、被告らの上記各行為は、原告らの教育、指導という職務を行うについて平成16年3月以前にされたものであり、京都大学を設置する国は、国家賠償法により、原告らに対し、損害賠償義務を負う。
 そして、同義務は、被告大学法人の成立の際、国が国立大学の設置、運営について負っていた義務であるから、被告大学法人は、国から同義務を承継し、原告らに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償義務を負う。
(3) したがって、本件において、前述のとおり、被告大学法人は、国家賠償法1条1項により、被告1、被告2の行為により原告1、原告2が被った損害について賠償すべき責任を負うのであり、被告1及び被告2が、直接原告に対してその責任を負うことはない。
4 国ないし被告大学法人の行為の違法性(争点3)について
(1) 国ないし被告大学法人の研究教育環境配慮義務
 国は、国立大学を設置、運営する主体として、在学関係における信義則上の配慮義務に基づき、被告大学法人は、在学契約に付随する義務として、それぞれ、一般的に、学生に対し、良好な環境で研究し、教育を受けることが可能となるよう、研究教育環境が維持されるよう配慮する義務を負う(なお、原告らは、京都大学が、在学契約に基づき研究教育環境配慮義務を負うと主張するが、国が設置する国立大学と学生との在学関係は、学長の入学許可処分によって発生する法律関係であって、一般私法上の契約関係ではないと解されるため、国は、契約上の義務を負うものではない。)。もっとも、そのような研究教育環境配慮義務として具体的にとるべき措置については、個別の状況に応じた各大学の裁量に委ねられるべきであって、その裁量の逸脱と認められる場合に限り、同義務の懈怠があり違法となると解すべきである。
(2) 大学の措置の違法性
ア 説明会での対応について
 前記1(7)のとおり、人権問題対策委員会は、平成15年1月22日、学生に対する説明会において、本件不合格判定の理由について、「ギリシャ語をより一層習熟させたいという教育熱心さから行われた」ものと説明したことが認められるが、被告1が本件不合格判定にした理由は、原告1のギリシャ語に対する理解不足にあるとするものであり、このことは、被告1が、本件面談の際に、ギリシャ語の理解が不十分である点を指摘し、また、平成14年11月27日に行われた原告らとの論文内容についてのB教授及びC教授を交えた議論の場でも、原告1のギリシャ語の理解について話題になっていること(甲51)からも明らかである。したがって、前記内容の説明が事実に反すると認めることはできない(なお、前記2(1)アのとおり、原告2が共著提案を断ったから本件不合格判定をしたと認めることはできない。)。
 また、人権問題対策委員会は、原告らの復帰を第一として話合いによる解決を前提として、原告1の研究報告の問題について、学問的な見地から判断するという手法を取らず、手続的な面から「合」判定に変更するという措置を採ったのであり、文学研究科として、合否判定や留年措置に関する規程の不備を謝罪したからといって、問題点をこれらの規程の不備に転嫁したとも、被告1の前記行為を免罪したものともいえず、説明会での対応に裁量の逸脱があるとは認められない。
イ 復帰プログラム終了後の対応について
 前記1(5)ないし(8)のとおり、人権問題対策委員会は、原告らからの相談を受けてから、原告らの本研究室復帰のため、両当事者及び関係者から事情聴取をし、原告1の研究報告を「合」判定にしたり、原告1の希望に応じ、被告1との議論の場を設定し、あるいは復帰プログラムを開始し、学生に対する説明会において原告らに非がないことを説明するなどの対応をとったのであり、これらの対応によって、原告らが本研究室に復帰することの障害(ないし障害となるべき外部的要因)はおおむね取り除かれたものと認められ、加えて、人権問題対策委員会としては、原告らの今後の研究について見守り、支援を約束するなどして、二次被害の発生防止に努めていたと認められるのであり、以上の事情に照らすと、復帰プログラム終了後の人権問題対策委員会の対応に裁量の逸脱は認められない。
ウ 調査委員会の設置拒否について
 前記1(11)のとおり、京都大学においては、平成15年7月当時、調査委員会の設置について定めた規則はなく、人権問題対策委員会あるいは教授会の申合せに基づいて認められていた制度にすぎないから、京都大学に調査委員会設置申立てに応ずべき法的義務はなかったというべきである。また、人権問題対策委員会は、当初より話合いによる解決を前提として、留年措置や本件各メールの問題についての判断を示し、原告らの本研究室への復帰プログラムを実施し、原告1による上記申立てまでの間、問題解決のための特例措置として、研究報告の提出期限の延長など、様々な措置を講じてきていたことからすれば、調査委員会の設置を認めないという判断は不合理なものではなく、同判断をしたことに裁量の逸脱は認められない。
エ 調査・調停委員会の規定について
 京都大学の規程によれば、専門委員会の設置のためには、関係部局の長が専門委員会の調査に協力し、調査・調停委員会の調停内容ないし対応案に従うことを確約することが必要であるとされていたが、関係部局を一次的な紛争解決の主体とする制度設計自体が不合理なものとはいえない。
 そして、文学部が設置した人権問題対策委員会が、既に被告2の本件各メール問題について調査し、謝罪が相当であると判断していた(前記1(5)イ)という経緯からすれば、文学研究科が、この点についてさらに専門委員会による調査をする必要はないとの態度をとったことに不合理な点はなく、したがって、専門委員会の調査結果ないし対応案に従うとの確約をしなかったことに裁量の逸脱は認められない。
オ 調査・調停委員会の対応について
 調査・調停委員会に、関係部局からの委員が選任されることを禁止していない点については、関係部局からの委員が参加することによって、実情を踏まえた解決が可能であるという利点があり、それ自体が不合理なものとはいえないし、以下のとおり、その対応に裁量の逸脱は認められない。
(ア) 明確にハラスメントと認められる行為はないとする点について調停案(甲27)によれば、調査・調停委員会は、原告1及び被告1の双方及び関係者から事情を聞き、また双方から提出された証拠を調べた上で、被告1が、平成15年11月10日に文学部学友会ボックスで発言をするまでの間、原告2との関係で、明確にハラスメントと認められる行為に及んだという事実関係は見出せないと判断しているところ、同認定が事実に反するとは認められないし、原告2を不当に不利に扱ったとも認められず、同判断に裁量の逸脱は認められない。
(イ) 原告1についての認定をした点について
 調停案(甲27)によれば、調査・調停委員会は、被告1が、原告1に対し、本件面談において、共著提案以外の原因により厳しい指導態度をとる必要があったと考えていたとしても不合理ではない旨の認定をしていることが認められる。
 しかし、調査・調停委員会は、原告2が、被告1は同原告による共著提案拒否の事実を知っていたからこそ、原告1に対し、本件面談において厳しい対応をしたという見解を示したから、その検討をしたまでであり、また、原告2による共著提案拒否とは因果関係が認められないとの判断をする過程で、原告1に対して厳しい処分をする原因となりうる共著提案拒否以外の事由について検討したものであるから、同認定は、まさに原告2の申立てに即しているというべきである。そして、その認定が抽象的な表現にとどまっていることについても、原告1が当事者となっていないことに配慮したものとも考えられる。したがって、調査・調停委員会が同認定を記載したことにつき、裁量の逸脱は認められない。
(ウ) 事実に反する認定をしたとの主張について
 調査・調停委員会は、同委員会の見解として、被告1が原告2による訴えを否定的に考えていたことが申立人の復帰を妨げる一要素となっていたものと考えられるとする一方で(甲26、27)、調停草案においては、別の要素として、原告2と他の学生・大学院生との間に感情的疎隔が存在していた旨の見解を記載している(甲26)。原告2の抗議によってその後の調停案では感情的疎隔に関する記述は削除されているので、この経緯に照らすと、調査・調停委員会は、調停草案作成までの段階で原告2に対してこの点への反論の機会を与えていなかったということはできるが、上記の記載は、当時研究室に属した複数の学生・大学院生へのヒアリングを根拠としているというのであり、事実に基づかない認定であると直ちにいうことはできず、調査・調停委員会が上記の記述をしたことが裁量を逸脱したものとは認められない。
(エ) 研究室への復帰に関する認定について
 調停案(甲27)には、被告1について、原告2の本研究室復帰に関して特に不適切な言動があったとは認めがたい、との記述がある。
 原告らは、被告1が、復帰プログラム後も本研究室への受け入れを拒み、原告1の指導教授を降りると伝えたり、文学部学友会ボックスで原告らを誹謗中傷する発言をしていたのに上記の記述をすることは被告1を免罪するものである旨主張する。
 しかし、同調停案を全体としてみた場合、調査・調停委員会は、被告1の原告2に対する発言(文学部学友会ボックスでの発言)については、教員として不適切なものであったことを認めるべきという見解を示しており(原告らのその他の指摘が問題とならないことは既に検討したとおりである。)、本研究室復帰に関する記載においてこの点について触れなかったとしても、そのことが被告1を免罪する趣旨であったとはいえず、上記の記述をしたことが裁量を逸脱したものとは認められない。
(オ) 原告2の申立内容に関する判断について
 調査・調停委員会は、前記1(15)ウのとおり、調停案及び対応案において、原告2が、被告1によって原告2の修士論文が盗用されるおそれがあると訴えたことが不適切であると判断している。
 この点、原告2は、「被告1がギリシャに行かれるんですね。ギリシャで何があるかといいますと、ヒポクラテス学会が多分あると思うんです。その時に二人で落ち合われて私の(修士論文の)内容を発表されるのではないかと心配しています。だから、4月5月の連休の時にギリシャに行かれるのは、いったい何の用で行かれるのか聞いて欲しいんです」と相談窓口に伝えたにすぎない旨主張する。
 しかし、原告2が主張する相談内容を前提としても、調査・調停委員会が、原告2の相談内容を「盗用のおそれ」と表現したことが違法とは認められず、調停案も、前記相談内容が結果的に事実とは異なっていたことについて、原告2が不適切であったことを認めるべきであるというものであり、その内容が、原告2を不利益に扱うものとも認められない。また、原告2の相談内容からすれば、同相談内容を、申立てと取り扱ったこと及び申立内容を被告1に伝えたことに裁量の逸脱があったとは認められない。
カ 以上より、京都大学及び被告大学法人は、平成14年5月末に人権問題対策委員会を設置して、紛争の両当事者及び関係者から事情を聴取し、留年措置や文学部学友会ボックスでの発言並びに本件各メール送信による共著勧奨について不適切である旨の判断を示すとともに、原告らが本研究室に復帰するための措置を講じ、話合いによる解決について相応の取組みをしたものと認められ、その対応に裁量の逸脱は認められないから、国及び被告大学法人に、研究教育環境配慮義務違反があるとの原告らの主張は理由がない。
5 消滅時効(争点5)について
 被告1及び被告2の、原告らに対する各違法行為は、それぞれ別個の行為であり、各行為時に損害が発生しており、各違法行為が、原告らの退学に至るまで継続したと把握すべきものではない。また、原告らとしても、各行為を知った時点で、慰謝料の支払を求めることを妨げられるものでもない。加えて、原告1に対する違法行為は、留年措置及び文学部学友会ボックスにおける名誉毀損行為、原告2に対する違法行為は、本件メール2送信による共著勧奨行為及び文学部学友会ボックスにおける名誉毀損行為であるが、社会通念上、これらの行為によって退学に至るのが通常であるとはいえない上に、留年措置については是正措置が講じられて原告らの復帰プログラムが実施されたこと、本件メール2送信による共著勧奨行為についても早々に被告2が謝罪していること、文学部学友会ボックスにおける被告1の名誉毀損行為についても、専門委員会が設置した調査・調停委員会において、調停案及び対応案が示され、その中で、被告1の上記行為が不適切であって謝罪すべきであるとされたことに照らすと、上記各違法行為と原告らの退学との間に相当因果関係を認めることは困難である。
 したがって、消滅時効の起算点は、原告らが個別の各違法行為について損害の発生及び加害者を知った時点と考えるべきである。
 そうだとすると、原告1は、遅くとも、平成14年3月29日、被告1による留年措置を知り、平成16年3月24日、被告1の文学部学友会ボックスでの名誉毀損行為を知ったと認められ、これらの各時点において同時に、精神的苦痛の発生をも知ったというべきであるから、これらの行為についての国家賠償請求権は、平成17年3月29日、平成19年3月24日の各経過により、それぞれ時効により消滅したと認められる。
 原告2は、平成14年3月19日、本件メール2の送信行為を知り、平成16年3月24日、被告1の文学部学友会ボックスでの名誉毀損行為を知ったと認められ、これらの各時点において同時に、精神的苦痛の発生をも知ったというべきであるから、これらの行為についての国家賠償請求権は、平成17年3月19日、平成19年3月24日の各経過により、それぞれ時効により消滅したと認められる。
 被告らが、平成20年12月1日、上記各消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著である。
 よって、被告らの消滅時効の抗弁には理由がある。
6 以上より、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第22民事部
 裁判長裁判官 小西義博
 裁判官 瀬戸茂峰
 裁判官 前田早紀子
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