判例全文 line
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【事件名】“売上高データ”の著作物性事件C
【年月日】平成22年6月17日
 東京地裁 平成21年(ワ)第27691号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年4月20日)

判決
原告 宏文出版株式会社
同訴訟代理人弁護士 川村武郎
被告 A
同訴訟代理人弁護士 松村幸生


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金500万円及びこれに対する平成21年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、別紙対照表記載の原告図表1ないし9(以下、まとめて「各原告図表」という。)について著作権を有すると主張する原告が、別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)の執筆者である被告に対し、@本件書籍中に掲載された別紙対照表記載の被告図表1ないし9(以下、まとめて「各被告図表」という。)は各原告図表の複製物に当たり、被告が本件書籍中に各被告図表を掲載した行為は、各原告図表に係る原告の著作権(複製権)を侵害する行為であるか、あるいは、仮に、各原告図表が著作物であると認められないとしても、原告の財産権を侵害する行為であるとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金250万円の支払を求めるとともに、A被告が、本件書籍の表題中に「カラクリ」という言葉を使用し、かつ、その著者の肩書きとして「株式会社通販新聞社、通販新聞・執行役編集長、月刊ネット販売・編集人」と、その経歴として「通販新聞社に入社し、記者を経て3年前から現職」と表記したことにより、原告の名誉・信用が毀損されたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金250万円の支払を求める事案である。
 なお、附帯請求は、それぞれ不法行為の後の日である平成21年8月14日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求である。
1 前提事実(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者等(甲21、乙3、弁論の全趣旨)
ア 原告は、ネット販売についての業界専門紙誌、一般雑誌、書籍の発行等を業とする株式会社であり、月刊誌である「月刊ネット販売」を刊行している。
 通信販売業界についての新聞、雑誌、書籍の発行等を業とする株式会社通販新聞社(以下「通販新聞社」という。)は、原告と同一系列に属する会社であり、「週刊通販新聞」と題する新聞を刊行している。
 原告及び通販新聞社の代表取締役は、B(以下「B」という。)である。
イ 被告は、平成5年ころに通販新聞社に入社し、その後、記者、編集次長を経て、平成18年に同社の執行役編集長に任命され、「週刊通販新聞」の編集業務に従事するとともに、原告の刊行する「月刊ネット販売」の編集人にも任命され、同誌の編集業務に携わっていた者である。
 被告は、平成20年7月、通販新聞社から懲戒解雇する旨の意思表示を受けた。なお、被告は上記解雇の効力を争っている。
(2)各原告図表の「月刊ネット販売」への掲載(甲14)
 各原告図表は、「月刊ネット販売」2007年9月号に掲載された(17頁、20頁、21頁、22頁、24頁、43頁)。
(3)被告による本件書籍の執筆等(乙1)
 被告は、本件書籍を執筆し、本件書籍中に各被告図表を掲載した(53頁、71頁、87頁、89頁、115頁、117頁)。
 本件書籍は、平成20年6月ころ、出版・配本された。
2 争点
(1)本件書籍中に各被告図表を掲載した行為は各原告図表に係る原告の著作権(複製権)を侵害する行為であるといえるか
ア 各原告図表は著作物として保護されるか(争点1−a)
イ 各被告図表を本件書籍に掲載した行為は、著作権法32条1項の「引用」に当たるか(争点1−b)
ウ 原告は、被告が本件書籍を執筆するに当たって、各原告図表を利用することを許諾したか(争点1−c)
(2)仮に、各原告図表に著作物性が認められないとしても、本件書籍中に各被告図表を掲載した行為は原告の財産権を侵害する不法行為であるといえるか(争点2)
(3)被告が、本件書籍の表題中に「カラクリ」という言葉を使用したこと等が、原告の名誉・信用を毀損する不法行為であるといえるか(争点3)
(4)損害の有無及びその額(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−a(各原告図表の著作物性)について
〔原告〕
 各原告図表は、編集著作物(著作権法12条1項)又は創作性のあるデータベース(同法12条の2第1項)であり、著作物として保護される。
 すなわち、各原告図表は、原告が通販新聞社と共同して長年にわたり行ってきた関係業界に対する調査の集積を基に作成されたものである。そして、各原告図表を構成する、各通販業者の売上高、増減率、各通販商品の売上高等の各種データ自体は客観的な事実又は事象にすぎない。しかしながら、各原告図表は、原告において、当該データを独自の目的・方針に従って取捨選択した上で、配列に工夫をして表現したものであるから、編集著作物又はデータベースとして著作物性を有する。
〔被告〕
 各原告図表は、素材の選択及びその配列に創作性が認められない。
 また、各原告図表は、情報の選択や体系的な構成に創作性が認められない。
 したがって、各原告図表には著作物性がない。
2 争点1−b(著作権法32条1項の「引用」該当性)について
〔被告〕
 仮に、各原告図表に著作物性が認められるとしても、本件書籍中における各被告図表の掲載は、著作権法32条1項の「引用」に該当する。
 したがって、被告が本件書籍中に各被告図表を掲載した行為は、適法な行為であって、原告の著作権を侵害する行為であるとはいえない。
〔原告〕
 本件書籍における各被告図表は、本文とはおよそ無関係の独立した掲載となっており、本件書籍と各被告図表との間には、前者が主、後者が従の関係があるとは認められない。
 よって、本件書籍における各原告図表の使用は、著作権法32条1項にいう「引用」には当たらない。
3 争点1−c(各原告図表の利用についての許諾の有無)について
〔被告〕
(1)被告は、「週刊通販新聞」の編集次長に任命された後、「週刊通販新聞」、「月刊ネット販売」等についての編集実務を一任されており、著作権に関する許諾権限も付与されていた。なお、著作権に関する許諾は、口頭で行われることが通例であり、Bから書面による許諾を得るようなことは行われていなかった。
 他社から、「週刊通販新聞」や「月刊ネット販売」の掲載記事や図表等を使用したいとの依頼を受けた場合、被告は、依頼先の社名や使用目的等を確認した上で、自身の判断で使用の許否を決定していた。また、被告が自ら執筆する場合には、原告代表者に口頭で許諾を受けることになっていた。
(2)被告は、平成19年12月初旬ころ、本件書籍の出版を企画していた株式会社秀和システム(以下「秀和システム」という。)の編集担当者から執筆の依頼を受けた。
 そこで、被告は、秀和システムの編集担当者から企画の詳しい内容を聴取した上で、同月25日ころ、Bに対し、「ビジネス書の執筆依頼が来たので、ランキング表などの資料を使わせてほしい」旨を口頭で伝えた。これに対して、Bは、「いいんじゃない。宣伝になるし、やれば。」と答えた。
 なお、平成20年4月中旬ころ、被告が、「原稿がほぼ完成しました。大変でしたが、書くことが好きなため、楽しくてたまりませんでした。」と、本件書籍の執筆についての感想を述べたのについても、Bは、特に異議を述べることもなかった。
(3)以上のとおり、被告は、本件書籍において各原告図表を利用するにつき、原告から許諾を受けた。
〔原告〕
(1)被告の主張は否認する。
(2)被告に委任されていた著作物利用に係る許諾権限は、本件書籍における利用のような経済的行為に関するものは含まれておらず、利用範囲が業界貢献活動や他紙における資料としての引用など、限定的な場合に限られていた。
 しかしながら、本件書籍における各原告図表の利用は、上記の場合とは量的にも質的にも大きく異なっている。すなわち、他紙における資料の使用については、その使用が部分的であり、発行紙の権威を高めるものである限り、原則として利用を許諾しているものの、本件書籍における利用は、上記の場合とは、量的にも質的にも大きく異なっており、これら他紙における利用と同一視することはできない。
4 争点2(被告の行為が、原告の財産を侵害する不法行為に当たるか)について
〔原告〕
(1)仮に、各原告図表に著作物性が認められないとしても、これらは、原告が独自の工夫をもって作成したものであって、長年にわたる調査の蓄積、業界との厚い信頼関係の構築、多額の費用の投入によって築き上げた重要な財産である。すなわち、各原告図表は、原告が築き上げてきた信用と実績を元にして、膨大な費用をかけて通販新聞社と共同でアンケートを実施し、ネット販売関連会社からの回答を得て、あるいは、回答が得られなかった場合には根拠のある推計をして、まとめたデータに独自の工夫を施し、作成したものである。
 他方、各被告図表は、各原告図表の全体、若しくはその一部を、そのままの形で使用したものである。
(2)被告は、本件書籍に各被告図表を掲載し、各原告図表という原告の財産を原告に無断で利用することにより、原告の財産を毀損したのであり、上記被告の行為は不法行為に当たる。
〔被告〕
(1)原告の主張は否認ないし争う。
 そもそも、争点1−c(前記3)の被告の主張のとおり、被告は、本件書籍において各原告図表を利用するにつき、原告から許諾を受けていた。
(2)また、仮に、各原告図表に著作物性が認められるとしても、被告が本件書籍において各原告図表を利用した行為は、著作権法32条1項の引用に該当し、適法なものである。
 各原告図表に著作物性が認められた場合ですら、本件書籍における各原告図表の利用は適法なのであるから、各原告図表に著作物性が認められない場合であれば、なおさら、その利用行為が適法性を有することは明らかであるといえる。
 被告は、著作物性を有しない各原告図表を、出典を明示した引用という適法な方法で使用しているのであり、本件書籍中に各被告図表を掲載した行為は、不法行為には当たらない。
5 争点3(本件書籍の表題における「カラクリ」という言葉の使用が原告の信用を毀損する不法行為に当たるか)について
〔原告〕
(1)本件書籍の表題に使用されている「カラクリ」という言葉は、「種々のやりくり算段をする人」、「物事をたくらんで人をあざむくもの」という意味を有する。
 したがって、本件書籍の表題は、読者らに対し、「通販業界には消費者を欺く仕掛けが施してあり、本件書籍がその仕掛けを暴露する」というイメージを与えることになる。
 原告は、ネット販売市場を含めた通信販売業界と信頼関係を構築しており、同業界の指導者的立場にあった。しかしながら、原告の刊行する「月刊ネット販売」の編集人である被告が、被告の氏名に「株式会社通販新聞社、通販新聞・執行役編集長、月刊ネット販売・編集人」との肩書きを付し、「通販新聞社に入社し、記者を経て3年前から現職」との経歴を記載した上で、業界を貶める「カラクリ」という言葉を本件書籍の表題に使用したことにより、原告は、本件書籍に関与したと誤認されるなど、長年にわたって築き上げてきた通信販売業界からの信用を著しく毀損された(なお、本件書籍の内容が原告や通販業界を誹謗中傷するものでないことは認める。)。
 また、被告の上記行為は、原告が「カラクリ」と表されるような、表沙汰にはし難い暗部を抱える業界と密接な関係を有しているとの印象を与え、原告の社会的評価を低下させた。
(2)被告は、本件書籍の表題に「カラクリ」という言葉が用いられることを認識しており、本件書籍の表題が、「カラクリ」という言葉を使用することにより、ネット販売市場を含めた通信販売業界のイメージを貶めることになることを認識していたといえる。
(3)被告の上記行為は、原告に対する不法行為に当たる。
〔被告〕
(1)被告が、本件書籍の表題に「カラクリ」という言葉が使用されることを知っていたことは認め、その余は否認ないし争う。
(2)被告の氏名に肩書きを付し、あるいは、その経歴を記載したからといって、原告の公認を当然に意味するようなものではなく、本件書籍の表題に「カラクリ」という言葉が使用されていたからといって、原告の信用の毀損や社会的評価の低下を招くものではない。
 「カラクリ」という言葉自体は、対象を誹謗中傷したり、これに決定的なマイナスイメージを与えるようなものではない。また、本件書籍の表題は、「最新通販業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本」であり、この表題に「業界人、就職、転職に役立つ情報満載」、「発展を続ける通販業界がわかる最新トピック満載」と併記されていることからも、本件書籍が興味本位な業界暴露本であるとか、通販業界の暗部を暴いたり、誹謗中傷したりするようなものであるとの印象を与えるものではない。
 そもそも、本件書籍は、「業界の歴史や規模、仕組み、媒体、主力企業のビジネスモデル、関連法、課題など通販業界を基本的な視野から一望できる内容」となっており、その内容には、暴露本的な要素はなく、通販業界を興味本位に取り上げたものでもない。したがって、本件書籍は、原告に対し、媒体促進に繋がる宣伝効果と企業イメージの良質化等の利益を与えることはあっても、損害を与えるようなものではない。
 「カラクリ」という言葉が表題に使用された本件書籍は、秀和システムの「業界シリーズ」のうちの一冊である。同シリーズは、平成15年以来これまで約7年間にわたって、80冊近くが刊行されてきた人気シリーズである。この間、書籍の表題が不適切であるという苦情が寄せられたことはない。このことからも、「カラクリ」という言葉が業界や原告の信用を毀損したり、社会的評価を低下させたりするものではないことが明らかである。
6 争点4(損害の有無及びその額)について
〔原告〕
(1)原告は、被告が本件書籍中に各被告図表を掲載し、各原告図表に係る原告の著作権(複製権)を侵害したこと、あるいは、仮に、各原告図表に著作物性が認められないとしても、被告が上記行為により原告の財産を侵害したことにより、250万円の損害を被った。
(2)原告は、被告が業界を貶める「カラクリ」という言葉を本件書籍の表題に使用したことにより、通信販売業界からの信用を著しく毀損され、その社会的評価が低下した。上記信用毀損に対する慰謝料は250万円を下らない。
〔被告〕
 否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(著作権侵害行為であるか否か)について
 原告は、各原告図表は編集著作物(著作権法12条1項)又は創作性のあるデータベース(同法12条の2第1項)であり、著作物として保護される旨主張するので、まず、各原告図表が編集著作物に該当するか否か(争点1−a)について検討する。
 なお、各原告図表は、月刊誌である「月刊ネット販売」2007年9月号の誌面上に掲載された図表であって、電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの(著作権法2条1項10号の3)ではないから、各原告図表がデータベースの著作物に該当する旨の原告の主張は失当である。
(1)原告図表1
ア 原告図表1は、インターネットによる通信販売を実施する企業について、年間実績(平成18年6月から平成19年5月までの間に迎えた本決算期のインターネットによる通信販売の数値)として「PC+携帯売上高」、「増減率」、「携帯売上高」、「月間アクセス数」、「累積会員数」を、これらに加えて「決算期」と「主要商材」を、素材として選択し、上位150社を「PC+携帯売上高」の高い順に1位から順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値や情報を横に並べて配列した図表のうち、1位から50位までの50社分の掲載部分である(甲14の16頁ないし19頁)。
イ 証拠(乙8の1・2、乙9)によれば、通信販売、通信教育、訪問販売等特定の業界について、これらの商取引を実施する企業や当該業界全体の売上高などの実態の把握や動向分析のために、各企業の「年間売上高」、「前年比」や「増減率」あるいは「増収率」、「決算期」、「主力商品」や「取扱商品」という素材を選択することは、原告図表1が「月刊ネット販売」2007年9月号に掲載される(平成19年8月25日発行。甲14)以前から、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる。また、パソコンや携帯電話がインターネットを利用する際に用いる主要な道具であることに照らせば、インターネットによる通信販売を実施する企業において、年間売上高のうち「PC+携帯」の売上高(パソコン又は携帯電話を経由した売上高)や「携帯」の売上高(携帯電話を経由した売上高)は基本的な営業情報であるといえ(乙4参照)、上記実態の把握や分析のために、これらの素材を選択することも、ありふれたものであったと認められる。
 そして、上記証拠によれば、当該商取引を実施する企業を「売上高」の高い順に1位から順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値や情報を横に並べて配列することは、原告図表1が「月刊ネット販売」2007年9月号に掲載される以前から、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる。
 したがって、原告図表1は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(2)原告図表2
ア 原告図表2は、EC(電子商取引)上位150社の商品ジャンル別の売上高シェア(占有率)について、「総合」、「衣料品・雑貨」、「化粧品・健食」、「食品」、「PC・家電製品」、「書籍・CD・DVD」、「通教」、「家具」、「その他」という商品ジャンルに分類して(素材を選択し)、これらを全体に占める割合(%)に応じて円グラフとして配列した図表である(甲14の20頁)。
イ 証拠(乙8の1・2、乙9)によれば、通信販売、通信教育、訪問販売等において、これらの商取引を実施する企業の取扱商品のジャンルについて、「総合」、「通信教育」、「化粧品・健康食品」、「衣料・家具」、「家電」、「パソコン」、「食料品」、「衣料品」、「生活雑貨」、「オフィス用品」などの分類を用いること(素材を選択すること)は、原告図表2が「月刊ネット販売」2007年9月号に掲載される以前から、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる。また、「衣料品・雑貨」、「化粧品・健食」、「PC・家電製品」、「書籍・CD・DVD」のように、類似する、あるいは、関連性のある複数の商品を同一の商品ジャンルとしてまとめて分類することは、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる(上記証拠のほか、乙10の4頁の分類も参照)。
 そして、商品ジャンル別の売上高シェア(占有率)を示すに当たり、全体に占める割合(%)に応じて円グラフとして配列することは、情報の一覧性を高める手法として、原告図表2が「月刊ネット販売」2007年9月号に掲載される以前から、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる(乙9参照)。
 したがって、原告図表2は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(3)原告図表3
ア 原告図表3は、2005年度(平成17年度)と2006年度(平成18年度)の「BtoC−EC市場」(消費者向け電子商取引市場)における業種別の売上高について、「総合」、「衣料・アクセサリー」、「食料品」、「自動車・パーツ」、「家具・家庭用品」、「電気製品」、「医薬化粧品」、「スポーツ・本・音楽・玩具」という業種に分類し(素材を選択し)、各業種ごとに、2005年度(平成17年度)と2006年度(平成18年度)の売上高を数値及び棒グラフとして配列した図表である(甲14の21頁)。
イ 証拠(乙4、10)によれば、原告図表3は、平成19年5月に経済産業省が公表した「『平成18年度電子商取引に関する市場調査』の結果公表について」と題する資料の「補足説明」8頁に掲載された図表7「日本における業種別2006年BtoC−EC市場規模の推移」の「小売」の欄に記載された業種分類と全く同一の分類を利用するとともに、各業種ごとの2005年(平成17年)と2006年(平成18年)の電子商取引市場規模の各数値についても、ほぼ、そのまま利用したものと認められ、素材の選択に創作性を認めることはできない。
 そして、年度ごとの売上高の数値を示すに当たり、棒グラフとして配列することは、情報の一覧性を高める手法として、原告図表3が「月刊ネット販売」2007年9月号に掲載される以前から、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる(乙10の3頁など参照)。
 したがって、原告図表3は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(4)原告図表4
ア 原告図表4は、2006年度(平成18年度)の「BtoC−EC市場」(消費者向け電子商取引市場)における業種別(ジャンル別)の市場規模について、「総合」、「衣料・アクセサリー」、「食料品」、「自動車・パーツ」、「家具・家庭用品」、「電気製品」、「医薬化粧品」、「スポーツ・本・音楽・玩具」という業種に分類し(素材を選択し)、各業種ごとに、2006年度(平成18年度)における市場規模の割合を円グラフとして配列した図表である(甲14の21頁)。
イ 証拠(乙4、10)によれば、原告図表4は、平成19年5月に経済産業省が公表した「『平成18年度電子商取引に関する市場調査』の結果公表について」と題する資料の「補足説明」8頁に掲載された図表7「日本における業種別2006年BtoC−EC市場規模の推移」の「小売」の欄に記載された業種分類、各業種ごとの2006年(平成18年)の電子商取引市場規模の各数値に基づき算出した市場規模の割合を用いたものと認められるから、素材の選択に創作性を認めることはできない。
 そして、業種別の市場規模を示すに当たり、全体に占める割合(%)に応じて円グラフとして配列することは、情報の一覧性を高める手法として、原告図表4が「月刊ネット販売」2007年9月号に掲載される以前から、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる(乙9参照)。
 したがって、原告図表4は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(5)原告図表5
ア 原告図表5は、2006年度(平成18年度)における主要カタログ通販事業者のモバイル通販売上高(携帯電話通販売上高)について、事業者7社を対象に、「売上高」(前期実績)、「増収率」、「携帯通販占有率」を素材として選択し、7社を売上高の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列した図表である(甲14の43頁)。
イ 証拠(甲14の42頁、乙4、乙8の1・2、乙9)によれば、一般に、通信販売は、ネット通販、携帯ネット通販、カタログ通販等の業態に分類されるものと認められるから、これらの商取引を実施する企業について、「カタログ通販事業者」、「ネット通販専業者」、「モバイル通販専業者」といった分類をし、これらを素材として選択することは、ありふれたものであったと認められる。
 また、前記(1)イで認定したとおり、通信販売、通信教育、訪問販売等特定の業界について、これらの商取引を実施する企業や当該業界全体の売上高などの実態の把握や動向分析のために、各企業の携帯電話を経由した売上高や増収率などの素材を選択することは、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる。
 さらに、携帯電話がインターネットを利用する際に用いる主要な道具であることに照らせば、通信販売を実施する企業において、携帯電話を経由した売上高が全体の売上高、あるいは、電子商取引の売上高のうちどの程度の割合を占めているのかということ(携帯通販占有率)は、基本的な営業情報であるといえ(乙4参照)、上記実態の把握や分析のために、これらの素材を選択することも、ありふれたものであったと認められる。
 そして、前記(1)イで認定したとおり、企業を「売上高」の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列することは、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる。
 したがって、原告図表5は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(6)原告図表6
ア 原告図表6は、2006年度(平成18年度)における主要ネット通販専業者のモバイル通販売上高(携帯電話通販売上高)について、事業者7社を対象に、「売上高」(前期実績)、「増収率」、「携帯通販占有率」を素材として選択し、7社を売上高の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列した図表である(甲14の43頁)。
イ 前記(5)イで認定したとおり、「ネット通販専業者」を素材として選択すること、通信販売、通信教育、訪問販売等の商取引を実施する企業の携帯電話を経由した売上高、増収率、携帯通販占有率などを素材として選択することは、いずれもありふれたものであったと認められ、また、企業を「売上高」の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列することも、ありふれたものであったと認められる。
 したがって、原告図表6は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(7)原告図表7
ア 原告図表7は、2006年度(平成18年度)における主要モバイル通販専業者のモバイル通販売上高(携帯電話通販売上高)について、事業者7社を対象に、「売上高」(前期実績)、「増収率」、「次期見込み」を素材として選択し、7社を売上高の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列した図表である(甲14の43頁)。
イ 前記(5)イで認定したとおり、「モバイル通販専業者」を素材として選択すること、通信販売、通信教育、訪問販売等の商取引を実施する企業の携帯電話を経由した売上高、増収率などを素材として選択することは、いずれもありふれたものであったと認められる。
 また、証拠(乙8の2、乙9)によれば、企業や業界の実態の把握や動向分析のために、各企業の「次期における売上高の見込み」を素材として選択することは、原告図表7が「月刊ネット販売」2007年9月号に掲載される以前から、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる。
 そして、企業を「売上高」の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列することも、ありふれたものであったと認められることは、既に認定したとおりである。
 したがって、原告図表7は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(8)原告図表8
ア 原告図表8は、「衣料品・雑貨」という商品ジャンルのネット通販売上高について、事業者6社を対象に、年間実績(平成18年6月から平成19年5月までの間に迎えた本決算期のインターネットによる通信販売の数値)として「売上高」、「増減率」を素材として選択し、6社を売上高の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列した図表である(甲14の24頁)。
イ 前記(2)イで認定したとおり、通信販売、通信教育、訪問販売等において、これらの商取引を実施する企業の取扱商品のジャンルについて、「衣料品・雑貨」という分類を用いることは、ありふれたものであったと認められる。
 また、前記(1)イで認定したとおり、通信販売、通信教育、訪問販売等特定の業界について、これらの商取引を実施する企業や当該業界全体の売上高などの実態の把握や動向分析のために、各企業の「売上高」や「増減率」という素材を選択すること、企業を「売上高」の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列することは、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる。
 したがって、原告図表8は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(9)原告図表9
ア 原告図表9は、主要総合通販のEC(電子商取引)売上高について、事業者9社を対象に、年間実績(平成18年6月から平成19年5月までの間に迎えた本決算期のインターネットによる通信販売の数値)として「売上高」「増収率」、「うちモバイル売上高」を素材として選択し、9社を「売上高」の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列した図表である(甲14の22頁)。
イ 前記(1)イで認定したとおり、通信販売、通信教育、訪問販売等特定の業界について、これらの商取引を実施する企業や当該業界全体の売上高などの実態の把握や動向分析のために、各企業の「売上高」や「増収率」という素材を選択することは、一般に行われていたことであり、ありふれたものであったと認められる。
 また、前記(5)イで認定したとおり、通信販売を実施する企業において、携帯電話を経由した売上高が電子商取引の売上高のうちどの程度の割合を占めているのかということ(携帯通販占有率)を素材として選択することも、ありふれたものであったと認められる。
 そして、企業を「売上高」の高い順に縦に並べて配列し、各社ごとに、上記素材に係る数値を横に並べて配列することも、ありふれたものであったと認められることは、既に認定したとおりである。
 したがって、原告図表9は、素材の選択又は配列によって創作性を有するものであるということはできない。
(10)以上によれば、各原告図表は編集著作物(著作権法12条1項)に該当するとは認められないから、本件書籍中に各被告図表を掲載した行為が各原告図表に係る原告の著作権(複製権)の侵害行為に当たる旨の原告の主張は理由がない。
2 争点2(財産権侵害行為であるか否か)について
(1)原告は、各原告図表に著作物性が認められないとしても、各原告図表は原告が築き上げてきた信用と実績を元にして、膨大な費用をかけて通販新聞社と共同でアンケートを実施するなどして作成した原告の財産であるから、被告が本件書籍に各被告図表を掲載した行為は、原告の財産を侵害する不法行為に該当する旨主張する。
(2)しかしながら、各原告図表が著作物として保護されるものではないことは前記認定のとおりであり、原告において、各原告図表の素材や配列方法を独占し得るものではない。
 また、各被告図表は、各原告図表全体の体裁をそのままに写したものではなく、また、各原告図表が掲載された「月刊ネット販売」を出典元として明記した上で本件書籍に掲載されており、各原告図表の利用方法としても相当性を欠くものであるとはいえない。
 したがって、被告が本件書籍に各被告図表を掲載した行為が違法な行為であるということはできず、原告の上記主張は理由がない。
3 争点3(名誉・信用を毀損する不法行為であるか否か)について
(1)原告は、被告が、その執筆した本件書籍の表題に「カラクリ」という言葉を使用したことにより、原告の通信販売業界からの信用を著しく毀損し、また、原告が「カラクリ」と表されるような、表沙汰にはし難い暗部を抱える業界と密接な関連を有しているとの印象を与えて、原告の社会的評価を低下させたとして、被告の上記行為が原告に対する不法行為に該当する旨主張する。
(2)表題を含め書籍の表紙の記述の意味内容が他人の客観的な信用や社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記述についての一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従って判断すべきである。
 証拠(乙1)によれば、本件書籍の表紙の表面上部には、「図解入門業界研究」、「最新通販業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本」と、表面下部には、「業界人、就職、転職に役立つ情報満載」、「発展を続ける通販業界がわかる最新トピック満載!」、「急成長を遂げるネット通販の戦略とは!」、「カタログ・TVなど広告媒体がわかる!」、「アマゾンなどの最新ビジネスモデル紹介!」、「健康食品・化粧品通販、成長の秘訣とは!」、「通販に関わる法規制強化の最新事情解説!」と、表面の下端部には、「A著」と、それぞれ記載されており、背表紙には、「図解入門業界研究」、「最新通販業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本」と記載されていることが認められる。
 上記事実によれば、そもそも、一般読者は、本件書籍は通販業界の最新の動向やしかけについての解説を内容とするものであり、「カラクリ」という言葉は、「しかけ」といった意味(広辞苑第6版参照)として理解するものと認められ、原告が主張するように「カラクリ」という言葉を、ことさらに、「他者をあざむく計略や謀略」といった悪印象を与える意味に理解するとは認めることができない。
 したがって、被告が、その執筆した本件書籍の表題に「カラクリ」という言葉を使用したことが、原告の信用を毀損し、あるいは、原告の社会的評価を低下させるものであるとはいえない。
 よって、原告の上記主張は理由がない。
4 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 柵木澄子
 裁判官 小川卓逸


(別紙)対照表 省略

(別紙)書籍目録
 書籍名 図解入門業界研究「最新 通販業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本」
 発行日 2008年7月5日
 著者 A
 発行所 株式会社秀和システム
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/