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【事件名】プロレス暴露本事件(2)
【年月日】平成22年6月2日
 知財高裁 平成22年(ネ)第10016号 著作権使用料等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成21年(ワ)第23129号)
 (口頭弁論終結日 平成22年5月26日)

判決
控訴人 X
被控訴人 インフォレスト株式会社
同訴訟代理人弁護士 湊信明
同 廣木康隆
同 太田善大
同 野村奈津子
同 齋藤大
同 服部毅
同 歌丸彩子
同 鈴木章浩
同 深津雅央
被控訴人 株式会社スポーツサポートシステム


主 文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して128万円及びうち118万円に対する平成18年4月3日から、うち10万円に対する平成21年3月27日から各支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
3 被控訴人インフォレスト株式会社は、控訴人に対し、10万円及びこれに対する平成21年2月27日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、プロレスラーである控訴人の出版関連事業を行っている被控訴人ら(その略称は、原審の審級に応じた部分を当審の審級に応じて読み替えるほか、以下、本判決において訂正する場合を除き、原判決に従う。)に対する次の@ないしDの請求からなる事案である。
 @ 控訴人が被控訴人スポーツに本件原稿を寄稿し、被控訴人インフォレストがこれを本件記事にして本件書籍に掲載して出版したことを原因として、原稿料として、被控訴人らに対して連帯して68万円及びその遅延損害金の支払を求める請求
 A 本件書籍の表題中に「プロレス八百長伝説」との語句が入れられたことによって控訴人の名誉が毀損されたとして、不法行為(以下「不法行為1」という。)に基づく損害賠償として、被控訴人らに対して連帯して25万円及びその遅延損害金の支払を求める請求
 B 本件書籍において、本件記事とともにA元議員のメールアドレス(以下「本件メールアドレス」という。)が掲載されたことにより、同人から控訴人を告訴したと発表され、控訴人の名誉が毀損される事態を招いたとして、不法行為(以下「不法行為2」という。)に基づく損害賠償として、被控訴人らに対して連帯して25万円及びその遅延損害金の支払を求める請求
 C 被控訴人らが、被控訴人スポーツの虚偽の住所を控訴人に知らせることで訴訟提起を困難にしたとし、不法行為(以下「不法行為3」という。)に基づく損害賠償として、被控訴人らに対して連帯して10万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める請求
 D 被控訴人インフォレストが、控訴人について「みずからの優柔不断を棚に上げ」と記載した書面を送付したことにより控訴人を侮辱したとして、不法行為(以下「不法行為4」という。)に基づく損害賠償として、同被控訴人に対して10万円及びその遅延損害金の支払を求める請求
2 原判決は、上記@ないしDの控訴人の本件各請求につき、いずれも理由がないとして棄却したため、控訴人は、これを不服として本件控訴に及んだ。
3 前提となる事実
 控訴人の本件各請求について判断する前提となる事実は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決2頁25行目ないし4頁11行目に摘示のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決3頁1行目の「下記の7つの原稿」を「下記の各表題の7つの原稿」と、1ないし2行目の「(以下「本件原稿」という。)」を「(以下「本件原稿」といい、その原稿料を「本件原稿料」という。)」と改め、3ないし11行目を以下のとおり改める。
 「@ 「Aが裁判でプロレス内幕公表? 『プロレスは事前の協議において筋書きないし試合の流れを決めておく・・・・』」(甲4の1)
 A 「日本人選手にはバッシングするがプロレスマスコミは昔から暴露している」(甲5の1)
 B「検証EのブリッジE=プロレス史上最大のケーフェイ」(甲6の1)
 C 「プロレスラーの総合での戦い方」(甲7の1)
 D 「Fのアマチュアイズム」(甲8の1)
 E 「Gのプロレスの楽しみ方」(甲9の1)
 F 「Hのセメント」(甲10の1)」
(2) 原判決3頁17行の「インタビュー記事」を「インタビュー形式の記事」と改める。
(3) 原判決3頁20行目の「送信者のメールアドレス」を「本件メールアドレス」と改める。
(4) 原判決3頁14行目の「甲10の2」の次に「。(以下「本件記事」という。ただし、本件記事の各表題は、本件原稿の各表題からそれぞれ変更されている。)」を、4頁3行目の「書面」の次に「(以下「2月27日付け書面」という。)」を加える。
(5) 原判決4頁7行目の「文書」を「書面(以下「3月24日付け書面」という。)」と、11行目の「承諾書」を「承諾書(以下「本件承諾書」という。)」と、「文書」を「書面(以下「3月27日付け書面」という。)と改める。
4 本件訴訟の争点
 本件訴訟の争点は、次のとおりである。
(1) 原稿料請求権の存否及びその額(争点1)
(2) 不法行為1の成否及びその損害賠償額(争点2)
(3) 不法行為2の成否及びその損害賠償額(争点3)
(4) 不法行為3の成否及びその損害賠償額(争点4)
(5) 不法行為4の成否及びその損害賠償額(争点5)
第3 当事者の主張
1 争点1(原稿料請求権の存否及びその額)について
 この点に関する当事者らの主張は、原判決5頁9、14行目の各「本件原稿の原稿料」、25行目の「本件書籍の原稿料」及び6頁12行目の「本件原稿の原稿料」をいずれも「本件原稿料」と改め、また、5頁18行目の次に、改行のうえ、次のとおり付加するほか、原判決4頁20行目ないし6頁13行目のとおりであるから、これらを引用する。
 「エ 原判決は、被控訴人スポーツから控訴人に対して支払われた12万円が本件原稿料として支払われたものと考えられるとの憶測に基づく判断をした。しかしながら、この12万円は、控訴人の記者会見出演費であって、控訴人は、領収書を発行し(甲36)、確定申告もしており(甲40)、また、この12万円の支払を受けた時点で、被控訴人スポーツから、これが本件原稿料であるとの話を一切聞かされていない。他方、被控訴人らは、この12万円が本件原稿料であるという証拠を何ら提出しておらず、それにもかかわらず、この12万円を本件原稿料であるとした原判決は不当である。
オ 控訴人は、平成18年5月9日、被控訴人スポーツの代表者であるB(以下「B」という。)に対し、『原稿用紙1枚(400字)当たり1万円で請求する。』と告げ、Bは『それで結構です。』と了承している。
 原判決は、12万円は、本件書籍の全94頁のうちの控訴人記事22頁の本件原稿料として相当なものと判示したが、Cの証言によると、Dには、本件書籍中6頁の原稿料として約20万円が支払われたとされ、Dに対する同原稿料と比較すると、控訴人が受け取るべき本件原稿料として12万円が相当なものということはできない。
カ 被控訴人インフォレストには、控訴人が著作権を有する著作物である本件原稿が本件書籍で使用されるに当たって、原稿料が控訴人に対してしっかりと支払われるよう管理監督する義務がある。しかるところ、被控訴人インフォレストは、金銭関係において信用のない被控訴人スポーツに対し、控訴人を含めた第三者の原稿料を支払ってしまったものであるから、上記管理監督義務違反による責任として、控訴人に対して本件原稿料の支払義務がある。」
2 争点2(不法行為1の成否及びその損害賠償額)について
 この点に関する当事者らの主張は、原判決6頁20行目の次に、改行のうえ、次のとおり付加するほか、原判決6頁16行目ないし7頁13行目のとおりであるから、これらを引用する。
 「原判決が、『ケーフェイ』について、八百長との意味と解されることもあるとの認定の証拠とした乙5は、ユーザ書込み型のウェブサイトに書き込まれた、だれが書き込んだかも不明のものであって、これを基に『ケーフェイ』という意味を認定することは不当である。
 控訴人は、原審における本人尋問において、プロレスは、決めたことをいかに完璧にこなすかという、体操競技やフィギュアスケートに近い競技であり、アクション映画を生でやるようなものであって八百長ではないと供述していたものであって、『ケーフェイ』に八百長という意味はない。また、Cは、原審における証人尋問において、当初は違うタイトルだったが八百長伝説に変わったが、著者たちが怒ると思い、タイトルが変わったことを告げなかったと証言しており、控訴人を含めた執筆陣の執筆後に、だまし討ち的にタイトルが変えられたことが明らかとなっている。」
3 争点3(不法行為2の成否及びその損害賠償額)について
 この点に関する当事者らの主張は、原判決7頁21行目の次に、改行のうえ、次のとおり付加するほか、原判決7頁16行目ないし8頁19行目のとおりであるから、これらを引用する。
 「被控訴人インフォレストは、本件メールアドレスの掲載について『ミスだった』と非を認めて謝罪しているものであるから(甲22)、この点について損害賠償請求は認められるべきである。また、A元議員は、本件書籍に本件メールアドレスが掲載されたことにつき、上記のとおり、議員会館において、テレビカメラを前にして、控訴人を名指しで刑事告訴したと発表したものであって、これによって控訴人の名誉が毀損されたことは明らかである。」
4 争点4(不法行為3の成否及びその損害賠償額)について
 この点に関する当事者らの主張は、原判決8頁24行目の「平成21年3月24日付けの書面」を「3月24日付け書面」と、25行目の「同月27日付けの書面」を「3月27日付け書面」と改め、9頁8行目の次に、改行のうえ、次のとおり付加するほか、原判決8頁21行目ないし10頁1行目のとおりであるから、これらを引用する。
 「加えて、被控訴人スポーツが住所を長期間にわたって実在しない千代田区岩本町に置いたままにしておくこと自体が不法行為である。」
5 争点5(不法行為4の成否及びその損害賠償額)について
 この点に関する当事者らの主張は、原判決10頁6行目の「侮辱的な書面」を「侮辱的な2月27日付け書面」と、11頁5行目の「甲22号証の書面」を「2月27日付け書面」と改め、10頁13行目の次に、改行のうえ、次のとおり付加するほか、原判決10頁3行目ないし11頁6行目のとおりであるから、これらを引用する。
 「控訴人は、本件書籍の出版以前の平成18年3月16日、最終校正をしてほしいとの依頼を受けて、本件書籍の編集を行っている会社の事務所へ出向いた際、Cに対し、タイトルが『プロレス八百長伝説ケーフェイ』となっていたことから、『八百長は駄目だから外すように』と警告し、翌日、Cに対し、再度、電話で、『八百長という文字を外すように』と警告した。
 控訴人は、『ケーフェイ伝説』というタイトルの書物に寄稿したものであって、『八百長伝説』などというタイトルの書物には、寄稿しておらず、控訴人の論稿の使用も認めていない。」
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 証拠(甲1の1・2、甲3、甲4〜10の各1・2、甲11、14〜26、乙1の1〜3、乙2、4、6〜8、丙1、原審における証人Cの証言、原審における控訴人本人の尋問結果)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア 控訴人と被控訴人スポーツとは、平成17年12月10日付けで、本件書籍とは別の控訴人とA元議員との裁判内容を控訴人が記述した書籍を出版する別件書籍出版契約を締結した(甲3)。
 別件書籍出版契約の22条(プロモーション協力)2項では、「本著作物に関するプロモーションとして著者並びに著作物を各メディアに露出する。そのギャランティを甲85%、乙15%の配分とする。」(同契約書において、甲は控訴人、乙は被控訴人スポーツを指す。)と規定されていた。
イ 平成18年2月6日、別件書籍が出版され、同日、控訴人は、出版記者会見に臨んだ。
ウ また、それとは別に、被控訴人インフォレストは、平成18年2月ころ、プロレスに関する書籍を出版することを企画し、被控訴人スポーツに対し、その原稿の作成等を委託した。同委託においては、編集委託システムが採られ、被控訴人インフォレストが被控訴人スポーツに対して一括して編集委託費を支払い、執筆者の選定・依頼、原稿料の支払は被控訴人スポーツが行うものであった(甲15)。
 なお、被控訴人スポーツは、同被控訴人の取締役であるCのオーナー会社であり、Cは、代表取締役ではないが、「被控訴人スポーツ代表取締役会長」との肩書を使用し(甲3、乙1の1)、同被控訴人の代表者のように行動しており、被控訴人インフォレストも、本件紛争が生ずるまでは、Cが被控訴人スポーツの代表取締役の地位にあるものと信じていた。また、Cは、横浜市青葉区所在の自宅の一部を被控訴人スポーツの事務所として使用しており、被控訴人スポーツの住所として、同所を表示することもあった(甲3、乙1の2)。
エ Cは、控訴人に対し、平成18年2月15日、被控訴人インフォレストから発行されるプロレスに関するムック本のための原稿の作成を依頼し、控訴人はこれを承諾した。その際、Cは、控訴人に対し、書籍のタイトルは「ケーフェイ伝説」であると説明した。ただし、原稿料の額について、特に協議はされなかった。
オ 控訴人は、上記の原稿作成依頼に基づき、平成18年3月1日ころまでに、本件原稿を順次作成し、被控訴人スポーツに渡した。
カ 控訴人は、平成18年3月16日、本件書籍の編集を行っている会社の事務所へ出向き、A元議員からの脅迫メールであるとして、「プロレス界にいられなくしてやるぞ。」などといった内容の受信文面が表示された控訴人の携帯電話のメール画面の写真を本件書籍に掲載することを承諾し、その写真撮影が行われた。その際、控訴人は、本件書籍の校正刷りを見るなどして、本件書籍のタイトルが、「ケーフェイ伝説」ではなく、「プロレス八百長伝説ケーフェイ」とされる予定であることを知り、Cに抗議したところ、Cから、本件書籍のタイトルは、出版社である被控訴人インフォレストが決めるものであるから、こちらで変更することができないと告げられた。
 翌17日、控訴人は、被控訴人スポーツに電話し、タイトルに八百長と入るのは駄目であると告げたが、やはり、Cから、タイトルは本件書籍の出版社である被控訴人インフォレストが決めるものなのでどうしようもないと告げられた。控訴人は、本件書籍の最終校正の段階に至っており、この段階で本件原稿の掲載の中止を申し入れると、他の執筆者、編集者、被控訴人インフォレスト、その他の関係者等に迷惑を掛けることになるため、今更本件原稿の掲載を取りやめるとの申入れもできないと考え、「プロレス八百長伝説ケーフェイ」とのタイトルの本件書籍に本件原稿が掲載されることもやむを得ないと考え(甲23)、それ以上、何らかの措置を執ることもなかった。
キ 平成18年4月3日、本件書籍が、「プロレス八百長伝説ケーフェイ」とのタイトルで出版され、本件原稿とほぼ同一内容の本件記事が掲載された(甲4〜10の各2、乙8)。また、上記カのメール文面が、本件メールアドレスとともに撮影された写真が、A元議員からの脅迫メールであるとして、本件原稿のうちの控訴人のインタビュー形式の記事の冒頭部分に掲載された(甲4の2、乙8)。
 本件書籍は、税込価格1000円で、1万5073部が納品され、5606部が返品され、売上額は約580万円であった(乙6〜8)。また、本件書籍は95頁からなり、本件原稿に係る部分は、そのうちの22頁(ほぼ写真で占めるページを含む。)であった(乙8)。
ク 平成18年5月9日、Bは、控訴人に対し、本件原稿料が同年6月10日ころに振り込まれる旨を伝えた。
ケ 平成18年6月5日、被控訴人インフォレストは、被控訴人スポーツに対し、本件書籍の編集委託費として、83万9160円(84万円から振込手数料を差し引いた金額)を振り込んだ(乙2、4)。
 同月12日、被控訴人スポーツは、控訴人の銀行口座に12万円を振り込んだ(丙1)。
コ 被控訴人スポーツでは、原稿料については、執筆者、その内容等に応じて、400字原稿用紙1枚当たり1000円から1万円くらいまでに分けており、控訴人の原稿については1枚当たり3000円程度と考えていた。
サ 平成18年10月26日、A元議員は、参議院議員会館において、「脅迫メール問題」について控訴人を名誉毀損で刑事告訴したと記者会見で発表した(甲16)。同記者会見において、A元議員は、本件メールアドレスは自分のものではなく、そのようなメールを送っていないと述べており、控訴人が本件メールアドレスを公表したことそれ自体を問題にしていたものではなかった。
シ 平成20年12月以降、控訴人は、被控訴人インフォレストに対し、控訴人からの本件原稿料の支払請求、本件メールアドレスがそのまま本件書籍に掲載されたことの責任の問題、本件書籍のタイトルに「八百長伝説」という語句が使用された問題等について、複数回にわたって書面を送付したが(甲14、17、19、21)、その中には、被控訴人インフォレストも詐欺的行為や名誉毀損的行為に関与していると非難するような記載もあった(甲21)。これらに対し、被控訴人インフォレストは、控訴人に対し、複数回にわたって回答を送付した(甲15、18、20、22)。
 被控訴人インフォレストが控訴人に送付した上記各書面のうち、2月27日付け書面には、「『プロレス八百長伝説』のタイトルも同様です。これは編集部の責任においてつけたタイトルであり、C氏にもこのタイトルでいくことは伝えてありました。C氏が貴殿にどんな説明をしていたかは知りませんが、もしどうしてもこのタイトルで納得できないなら、貴殿には掲載を『降りる』という選択肢もあったはずです。そうした選択をせず、結果的に本は発売になりました。みずからの優柔不断を棚に上げ、弊社に対し『詐欺的行為』『名誉毀損行為』と言うのはフェアではありません。」との記載がされていた。
ス 控訴人は、被控訴人インフォレストに対し、平成21年3月15日、本件原稿料の支払を求める同日付け書面を発送し、翌16日、被控訴人インフォレストに到達したが、同書面には、被控訴人スポーツが商業登記簿上の住所に存在せず、裁判書類の送達ができない状態にあることが記載されていた(甲24)。
 また、控訴人は、被控訴人インフォレストに対し、平成21年3月24日、被控訴人両名に対して本件原稿料の支払を求める法的措置を執ること、被控訴人スポーツの住所が不明のため裁判書類が届かない等の状態になっているとして、同住所を明らかにするよう求めることを内容とする3月24日付け書面を発送し、翌25日、被控訴人インフォレストに到達した(甲25)。
 これに対し、被控訴人インフォレストは、被控訴人スポーツに連絡し、同被控訴人の裁判書類送達先として、Cの自宅である横浜市青葉区所在の住所を伝達することを承諾する旨のC及びBの連名による本件承諾書を得た上、これを3月27日付け書面とともに控訴人に送付した(甲1の1・2)。
2 争点1(原稿料請求権の存否及びその額)について
(1) 被控訴人インフォレストに対する請求について
 控訴人は、本件原稿料の支払を被控訴人インフォレストに対しても請求するところ、上記1の事実によると、控訴人に本件原稿執筆の依頼をしたのは被控訴人スポーツであって、被控訴人インフォレストではなく、本件原稿は、被控訴人インフォレストが出版した本件書籍に掲載されたが、控訴人は、そのことを知った上で、被控訴人スポーツの依頼で本件原稿を執筆してその掲載に応じているものであって、被控訴人インフォレストと控訴人との間に本件原稿の執筆を目的とした契約関係があったとまでは認められないから、本件原稿料支払義務を負うのは被控訴人スポーツにすぎず、被控訴人インフォレストが控訴人に対して本件原稿料の支払義務を負うものではない。
 この点について、控訴人は、Cが控訴人に対し「本件原稿料は被控訴人インフォレストから出る」と話していたと主張するが、Cからそのような話があったとしても、その趣旨は、控訴人に支払われる本件原稿料支払の原資が被控訴人インフォレストから被控訴人スポーツに支払われる編集委託料によるものであるとの趣旨であったと解され得るし、仮に、被控訴人インフォレストが控訴人に本件原稿料を支払う趣旨あるいは被控訴人スポーツの支払を被控訴人インフォレストも負担する趣旨であったとしても、同被控訴人の取締役や従業員でさえないCのそのような話によって、直ちに被控訴人インフォレストが控訴人に対する本件原稿料支払義務を負うべき理由はない。
 したがって、控訴人の被控訴人インフォレストに対する本件原稿料の支払請求は、その支払を求め得る前提を欠き、失当である。
(2) 被控訴人スポーツに対する請求について
ア 控訴人は、別件書籍を宣伝するために本件原稿を執筆して本件書籍に掲載したものであるとし、別件書籍出版契約22条(プロモーション協力)2項に基づき、被控訴人スポーツが受け取った80万円の85%である68万円を原告に支払う義務があると主張する。
 しかしながら、上記1の事実によると、被控訴人インフォレストが被控訴人スポーツに支払った83万9160円は本件書籍の編集委託費であって、その内訳としては、執筆者への原稿料、被控訴人スポーツが負担した経費、同被控訴人の報酬等であって、別件書籍出版契約において控訴人に分配されるギャランティに該当するものではない。控訴人及び被控訴人スポーツにおいて、本件書籍が発行されることで別件書籍の販売促進に役立つことになると考えていたことをもって、本件原稿料が別件書籍出版契約におけるギャランティになるものではない。
イ また、上記1の事実によると、被控訴人スポーツが控訴人に本件原稿の作成を依頼し、控訴人がこれを承諾したが、その際、原稿料の額については特に協議されなかったものであるから、被控訴人スポーツが控訴人に対して本件原稿料を支払うべきものであるとしても、その額としては相当額を支払えば足りるものであったと解される。
 そして、上記1の事実によると、被控訴人スポーツの代表者であるBは、控訴人に対し、平成18年5月9日、本件原稿料が同年6月10日ころに振り込まれると伝えた上、被控訴人インフォレストから被控訴人スポーツへ本件書籍の編集委託費が支払われた同月5日からそれほど期間を置かない同月12日、被控訴人スポーツから控訴人に対して12万円が振込まれているものであって、この12万円は、被控訴人スポーツが控訴人に対して、本件原稿料として支払ったものと認められるところ、本件原稿の分量・内容、本件書籍に占める本件原稿の割合、本件書籍の発行部数・売上高、被控訴人インフォレストが被控訴人スポーツに支払った編集委託料の額などを考慮すると、12万円という額は、本件原稿料として相当なものであったと認められる。
 なお、控訴人は、上記12万円について、別件書籍の発売日に行った記者会見の出演料として支払われたものであるとし、その旨の領収書を発行し(甲36、39)、確定申告をした(甲40)と主張するが、別件書籍の販売促進のためである出版記者会見において、その85%のギャランティとして12万円という金額が得られたとするのは不自然であることや、上記領収書の作成や確定申告については、控訴人単独で行うことができるものであることに照らすと、控訴人の主張は採用することができない。
 したがって、控訴人の被控訴人スポーツに対する本件原稿料の支払請求は、同被控訴人の主張するとおり弁済によって消滅しているから、理由がない。
3 争点2(不法行為1の成否及びその損害賠償額)について
 前記1の事実によると、控訴人は、Cに対し、本件書籍のタイトルに「八百長伝説」との語句が入ることに抗議をしたが、Cから、タイトルは被控訴人インフォレストが決めるものなのでどうしようもないと告げられ、本件書籍の最終校正の段階で本件原稿の掲載の中止を申し入れると、被控訴人インフォレストを含む他の関係者に迷惑をかけることになると考え、タイトルに「プロレス八百長伝説」との語句が入る本件書籍に本件原稿が掲載されることもやむを得ないと考えたものであって、積極的ではなかったにせよ、これを了承していたものということができる。
 したがって、タイトルに「プロレス八百長伝説」との語句が入る本件書籍に本件原稿が掲載されたことをもって、控訴人主張の不法行為が成立する余地はなく、被控訴人らに対する当該不法行為に基づく損害賠償請求は失当である。
4 争点3(不法行為2の成否及びその損害賠償額)について
 控訴人は、控訴人へのA元議員からのものとする脅迫メールの本件書籍への掲載において、送信者のメールアドレスを黒塗りすることなく掲載されたことから、同元議員から、記者会見において名指しで刑事告訴をしたと発表されて名誉を毀損されたと主張する。
 しかしながら、前記1の事実によると、A元議員は、平成18年10月26日、参議院議員会館において記者会見をし、「脅迫メール問題」について控訴人を名誉毀損で刑事告訴したと発表したが、同元議員は、本件メールアドレスは自分のものではなく、そのようなメールを送っていないと述べていたものであることからすると、その刑事告訴の内容は、同元議員が控訴人に対して脅迫メールを送付したとの虚偽の事実を公表したことを問題とするものであって、本件記事中で本件メールアドレスが掲載されたことそれ自体を問題にしていたものではないから、本件メールアドレスの掲載と上記刑事告訴によって控訴人の名誉が毀損されたとされることとの間に因果関係はないといわなければならない。
 したがって、本件メールアドレスが掲載されたことを理由として被控訴人らに対して不法行為に基づく損害賠償を求める控訴人の請求も理由がない。
5 争点4(不法行為3の成否及びその損害賠償額)について
 控訴人は、被控訴人スポーツに対する法的措置を執るために同被控訴人の住所を尋ねたものであるにもかかわらず、被控訴人らは、虚偽の住所を告知して控訴人をだまし、訴訟提起を困難にしたと主張する。
 しかしながら、前記1の認定によると、控訴人は、被控訴人スポーツが商業登記簿上の住所に存在せず、裁判書類が届かない状態になっていることを伝えた上で、同被控訴人の住所を明らかにすることを求めたものであって、これによると、控訴人としては、被控訴人スポーツあての裁判書類等が受領される住所を尋ねたものと解される。そして、被控訴人らが控訴人に伝えた住所は、被控訴人スポーツの事務所としても使用されていたCの自宅であるから、控訴人の求めに応じて被控訴人らが被控訴人スポーツの住所を伝えるべき義務があるか否かはともかく、同住所を控訴人に伝えた被控訴人らの行為に何ら違法があるということはできないし、現に、一審記録によれば、被控訴人スポーツは、Cの前記自宅を同被控訴人の住所地として記載したうえ、送達場所をBの自宅の住所地として記載した答弁書を提出しているのである。
 この点について、控訴人は、被控訴人らが知らせてきた被控訴人スポーツの商業登記簿上の住所でない住所それ自体を虚偽の住所であると主張するようであるが、上記のとおり、控訴人は、被控訴人スポーツの本店所在地に被控訴人スポーツの事務所が実在しないことを前提として、同被控訴人あての裁判書類等が受領される住所を尋ねたものであるから、商業登記簿上の住所以外で、被控訴人スポーツに対する裁判書類が受領される住所を知らせることがその前提となっているのであって、これを虚偽の住所という控訴人の主張は失当というほかない。
 また、控訴人は、被控訴人スポーツが住所を長期間にわたって実在しない場所に置いたままにしておくこと自体が不法行為であるとも主張するが、そのような事態が法人登記上で是認し得ないものであるとしても、直ちに私人間の不法行為となるものではなく、この点の控訴人の主張も採用することはできない。
 したがって、控訴人主張の不法行為の成立を前提とする被控訴人らに対する損害賠償請求も失当である。
6 争点5(不法行為4の成否及びその損害賠償額)について
 控訴人は、被控訴人インフォレストが2月27日付け書面において、控訴人について「みずからの優柔不断を棚に上げ」と記載したことが侮辱に当たり、不法行為を構成すると主張する。
 しかしながら、2月27日付け書面は、それまでの控訴人から被控訴人インフォレストに対する書面の中で、同被控訴人も詐欺的行為や名誉毀損行為に関与していると非難するような記載がされたことに対して、同被控訴人が、反論として、控訴人において、出版前に本件書籍のタイトルに「プロレス八百長伝説」との語句が入ることを知っていたにもかかわらず、本件書籍に本件原稿を掲載することを黙認しておきながら、出版後になってからタイトルに不満を述べて被控訴人インフォレストを非難するような記載をすることは正しくないと指摘するものであって、書面中の「みずからの優柔不断を棚に上げ」との表現についても、それまでの控訴人から被控訴人インフォレストに対する書面における同被控訴人を非難するなどの記載に照らすと、不法行為責任が認められるほどの違法なものと認めることはできない。
 したがって、2月27日付け書面の記載をもって不法行為に基づく損害賠償を求める控訴人の請求も理由がない。
7 結論
 以上の次第であるから、原判決は相当であって、本件控訴は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 本多知成
 裁判官 荒井章光
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