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【事件名】テレビ朝日の「地下室マンション」報道事件(2)
【年月日】平成22年5月25日
 知財高裁 平成21年(ネ)第10019号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・横浜地裁平成16年(ワ)第3897号)
 (口頭弁論終結日 平成21年12月21日)

判決
控訴人(附帯被控訴人) 株式会社テレビ朝日
同訴訟代理人弁護士 村田恒夫
同 田中喜代重
同 中山善太郎
被控訴人(附帯控訴人) 荒川建設工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 関葉子


主文
1 本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の申立て等(訴訟費用等に関する部分を除く。)
1 原審における被控訴人の請求
 被告(控訴人)は、原告(被控訴人)に対し、2000万円及びこれに対する平成16年5月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原判決の主文
(1) 被告(控訴人)は、原告(被控訴人)に対し、330万円及びこれに対する平成16年5月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告(被控訴人)のその余の請求を棄却する。
3 控訴人の控訴の趣旨
(1) 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
4 被控訴人の附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中、附帯控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 原判決を次のとおり変更する。
 控訴人は、被控訴人に対し、2000万円及びこれに対する平成16年5月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、マンションの専有卸を業としている被控訴人兼附帯控訴人(一審原告。以下「被控訴人」という。)が、放送事業等を目的とする控訴人兼附帯被控訴人(一審被告。以下「控訴人」という。)に対し、被控訴人が、平成14年5月、横浜市中区本牧満坂所在の土地にマンション(以下「本件マンション」という。)を建設する計画を立案し、ディベロッパーに対する販売活動等に当たっていたところ、控訴人は、平成15年6月17日、同月23日、同年9月10日、同年12月19日及び平成16年3月16日の5回にわたって放送された番組「スーパーモーニング」(以下「スーパーモーニング」という。)並びに同年5月4日に放送された番組「スーパーJチャンネル」(以下「スーパーJチャンネル」といい、「スーパーモーニング」と併せて「本件各放送」という。)において、本件マンション計画を取り上げ、これに反対する周辺住民らと結託して、本件マンションが危険なマンションであり、被控訴人が悪徳業者である旨を一般視聴者に印象付ける報道を行ったことにより、被控訴人の社会的評価は低下し、その結果、上記マンション建設予定地(以下「本件土地」という。)の売買の話が解消され、その後も、長期間売却先が見つからなかったばかりか、ようやく見つかった売却先には解消された上記売買よりも低い代金額で売却せざるを得なくなり、これによって、被控訴人は、売却代金減額等の損害、売買決済の遅れによる損害、無形損害、弁護士費用として少なくとも合計1億0802万0177円の損害を被ったと主張し、また、控訴人は、被控訴人が交付した本件マンションの完成予想図(以下「本件完成予想図」という。)を被控訴人の了解なく加工して放送に使用して被控訴人の著作者人格権を侵害し、それによって被控訴人は少なくとも50万円の損害を被ったと主張して、不法行為を理由とする損害賠償請求権に基づき、上記合計1億0852万0177円の一部である2000万円及びこれに対する不法行為の最終日である平成16年5月4日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 原審は、控訴人は、本件各放送において、本件マンションの建築が法を潜脱する実質的に違法な行為であると論評したとして名誉毀損の成立を認め、本件各放送によって被控訴人に生じた名誉・信用の低下に対する損害賠償金300万円及び弁護士費用30万円の限度で被控訴人の請求を一部認容したので、控訴人が、これを不服として、控訴人敗訴部分の取消し及び被控訴人の請求の全部棄却を求めて本件控訴を提起した。
 これに対し、被控訴人は、被控訴人敗訴部分の取消しを求めて附帯控訴した。
3 争いのない事実
 本件の争いのない事実については、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」中の「2 争いのない事実」記載のとおりであるから、これを引用する。
4 争点及び争点に関する当事者の主張
 争点及び争点に関する当事者の主張については、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」中の「3 争点」記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 当審における控訴人の追加主張
1 争点(1)(本件各放送は被控訴人に対する名誉毀損として不法行為を構成するか否か) について
(1) 「専ら地盤面をかさ上げする目的で盛土を行ったこと」について
 被控訴人は、控訴人が、盛土は専ら地盤面のかさ上げが目的であるとして放送したと主張する。
 しかしながら、控訴人は、本件各放送において、そのような放送はしていない。
 すなわち、「本件土地は第一種低層住居専用地域のため、高さは10メートルに制限されているところ、被控訴人は本件盛土をすることによって地盤面の高さを底地よりも高くし、本件マンションの建設を可能にした」という趣旨の放送はしているものの、地盤面のかさ上げが盛土の「専ら」の目的であり、他の目的はないという趣旨を放送したものと評価されるべき箇所はない。
 仮に本件各放送が、盛土が地盤面のかさ上げを「専らの目的としている」と放送しているものと評価されるとしても、同放送内容は、「本件マンションの建設が脱法的な行為である」との論評を導くのに不要であり、真実立証の対象たる前提事実の重要な部分とはいえないというべきである。すなわち、「本件マンションの建設が脱法的な行為である」との論評を導くためには、「地盤面のかさ上げの目的もあった」ということで足りる。この点に関し、被控訴人は、盛土をしたことについて本件マンションを北側道路に接続することが目的であったと主張するが、道路に接続するという点では、北側の道路ではなく、南側の道路と接続することによってもその目的を達成でき、また、北側道路との接続という点で検討しても、本件マンションと北側道路を架橋するなどの方法によっても目的は達せられる。他方、本件マンションは盛土をして地盤面をかさ上げしなければ、地上3階地下6階にすることはできず、建築確認の申請に当たり、盛土によって地盤面をかさ上げして実質的には地上階である部分を地下階として申請しなければ、建築確認を得ることはできなかったのであるから、建築確認を得るためには盛土による地盤面のかさ上げが不可欠であったといえる。以上の客観的な事情を総合考慮すると、盛土が、地盤面のかさ上げを少なくとも主たる目的としていたことは明らかである。
(2) 「盛土は危険であること」について
ア 被控訴人は、控訴人が本件各放送において、盛土が危険である旨を放送したと主張する。しかしながら、スーパーモーニングでは、盛土の危険性に関して放送した部分はない。被控訴人が引用する放送内容は盛土の危険性について放送したものではなく、マンション建築計画地の地盤が軟弱であること、崖崩れの恐れがあることを放送したものである。すなわち、被控訴人は、盛土という工法が危険であるか否かという論点と、建設現場の地盤に土砂崩れ等の危険があるか否かという論点とを混同している。例えば、Aの発言も、「本来建物を建てちゃいけない危険な場所」「なんて言ったって災害危険区域ですから」などと建設現場の地盤の危険性については言及しているが、盛土という工法について危険であるとは述べていない。また、このAの発言も、住民側の意見を紹介したにすぎず、放送局の意見ではない。
イ また、スーパーJチャンネルの放送の趣旨は、「住民が建築予定地の地盤の軟弱性や崖崩れの恐れを危惧している」という内容にすぎず、仮に、放送内容が控訴人の意見を述べたものと判断されるとしても、これらはすべて、建築予定地の地盤の軟弱性や崖崩れの恐れを指摘したものであり、盛土の危険性を指摘したと評価されるべき箇所はない。
ウ そうでないとしても、スーパーJチャンネルにおいて放送した「被控訴人が行った盛土は危険であること」とは事実の摘示ではなく論評である。すなわち、「事実の摘示」と「論評」の区別の基準については、「証拠等によってその存否を決することが可能な事項を主張するもの」が事実の摘示であり、「証拠等によってその存否を判断できない事項を主張するもの」が論評である。最高裁平成16年7月15日第一小法廷判決においても、「当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するもの」が事実の摘示であり、「証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議など」が意見ないし論評の表明であると判示されている。したがって、「危険である」とは、表現行為者の主観に基づく評価であり、上記判例の例示する物事の価値、善悪、優劣等と同じく証拠によって直接その存否を判断できないから論評であり、その前提事実が真実立証の対象となるにすぎないというべきである。
エ そして、放送内において主張される前提事実は、「一番危険なのは、大雨が降ってですね、北側の大量の盛土の中に水が含まれてですね軟弱になり、そして水圧もかかってくる、地すべりを起こす可能性がですね、本件においてもありうるんではないかな。」という番組中のBのインタビュー内容のみである。そして、その重要な部分は、「大雨が降ったときに、北側の盛土に水が含まれることにより盛土が軟弱になり、また盛土に水が含まれることにより水圧がかかる」であるところ、当該内容は、極めて抽象的な「地滑りの可能性」であって、何ら具体的な数値や事実が示されていない。かかる事実が基礎とする具体的事実が真実証明の対象となるのである。
 したがって、この前提事実の重要な部分が基礎とする具体的事実は、
@ 日本各地において、本件マンション同様の谷埋め盛土の地すべり事例が多数存在すること(乙9)
A 本件マンション付近の急傾斜地においても、過去に崖崩れが起きたこと(乙8、乙12ないし14)
B 本件マンションの形状は、本件敷地のV字谷の出口を塞ぐように造られていることにより、専有面積について1階が237u、2階が404u、3階が577u、4階以上の階が670uと、ちょうど逆三角形のように建物下部の方が上部よりも小さい形状であり、このような不安定な形状の建物は、同じ地下室型マンションの中でも前例がないこと(甲1)。
C 上記Bのとおり変則的な形状であることに加えて、大きな土圧を建物で受ける構造となっていること(乙9の14ないし17頁)。
D 山止め壁の横矢板が木製であり直接土に接触していること(乙9)。
E 山止め壁の横矢板の隙間から地下水が染み出していること(乙9)。
F 本件マンションの工事は、盛土の転圧が十分にされていないこと(乙20)。
G 建築の専門家であるBが本件マンション建築現場における崖崩れの危険性を指摘していること(乙8)。
H 上記@及びAに関連して、斜面災害の専門家であるCにより本件マンションの盛土同様の谷埋め盛土一般に地滑りの危険のあることが指摘されていること(乙9)。
I 加えて、斜面災害の専門家であるCが、上記BないしFの各事実を踏まえて、本件マンション計画自体に、盛土の崩壊の危険性があると指摘していること(乙9)。
 以上であるところ、これらの具体的事実については、真実であることの立証があるので、「被控訴人が行った盛土は危険であること」との論評は違法性が阻却されるというべきである。
 この点について、被控訴人は、「危険性」につき、斜面安定解析による安全率の数値によりその存否を決することが客観的に可能であるから、論評ではなく事実の摘示であると主張する。しかしながら、斜面安定解析の結果を具体的に示唆するような放送内容であれば、斜面安定解析の結果の真否が真実立証の対象となるであろうが、本件各放送の内容において、そのような具体的な事実の主張はないのであるから、抽象的な「危険性」が証拠等による証明になじまないことは明らかである。
オ さらに、本件各放送内容を総合すると、本件各放送は、地下室マンションに関する諸問題を提起することに主題があったのであり、本件の地下室マンションの盛土等が危険であると断定することに主題があったのではない。すなわち、控訴人が特に提起しようとしたのは、盛土によりかさ上げされた地盤面を基準としてマンションを建築するいわゆる地下室マンションの建築は、建築基準法上合法であるとしても、斜面の乱開発となり、景観保護や周辺住民の住環境の保護などの観点から、何らかの対策を講じる必要があるのではないかという問題であった。このような問題の提起が放送の主たる内容である以上、内容についての真実性の証明は、安全性に疑問を差し挟むことができる、あるいは専門家の中に危険性を指摘する者がいることについての証明で足りると解すべきである。
 そうすると、スーパーモーニングにおける地盤の軟弱性や崖崩れの恐れについては、建築の専門家であるBがその旨を指摘しており(乙8、25、37)、また、その他にも、本件マンション計画の周辺土地は急傾斜崩壊危険区域に指定され、過去に大雨が降った際に崖崩れが起きた事実があるのであって、以上の事情からすると、本件においては、地盤が軟弱であることや崖崩れの恐れについて、その安全性に疑惑を差し挟むことができる程度の証明があることは明らかである。また、スーパーJチャンネルにおける盛土の崩壊の可能性についても、前記の建築の専門家であるBをはじめ、C(乙9、21)、D(乙36)がそれぞれの立場から、同様の危険性を指摘しており、かつ、日本各地において、本件マンション同様の谷埋め盛土の地滑り事例が多数存在すること(乙9)等の諸事情を併せ考慮すると、本件において、盛土の安全性について疑惑を差し挟むことができる程度の証明があることは明らかである。この点について、被控訴人は、盛土が安全であることの証拠としてEの意見書(甲67)を提出するが、同意見書は、盛土について安全であると考える専門家もいることを示すにとどまり、さらに進んで盛土が明らかに安全であることを証明するものではない。
カ さらに、盛土の危険性という前提事実とマンションの実質的な違法性との間には論理的な関係はない。
(3) 「法を潜脱する実質的に違法な行為」について
 控訴人は、本件各放送において、「脱法的な行為」であると論評したことは認めるが、「実質的に違法な行為」であると論評したことについては争う。つまり、法律には違反しないものの、法の想定外の脱法行為であるとの論評にすぎない。その他に、建築確認が違法に取得されたと論評した箇所はない。逆に、建築確認が合法であることを前提にコメントされているのである。すなわち、スーパーモーニング及びスーパーJチャンネルの放送の内容は、本件マンション建設にかかる行政上の許可が合法であることを前提としたものであって、これが「違法」であるとの事実適示は行われていない。したがって「本来得られないはずの許可を受けて」という文言をもって本件マンションの行政上の許可が違法であったとの事実を本件各放送が摘示したとする原審の事実認定は誤りである。
(4) 「条例の適用を免れる目的で本工事に着工した事実」について
 被控訴人は、マンション建設用の土地を仕入れて、マンション建設計画を立案し、マンション建設に必要な開発許可、建築確認等の手続を一手に行い、これによって取得した地位と建設用地を併せて建設ディベロッパーに売却することを業とする専有卸業者であり、そもそも営業方針として自らマンション建設を行うことは予定していない。本件においても、 被控訴人は、本件土地について販売先を見つけて売却することを予定していたのであり、 自らマンション建設を着工することは当然予定していなかった。そして、被控訴人が本工事に着工した平成16年2月9日当時、本件土地は、法的に着工が可能な状態ではあったが、本件土地の販売先、すなわちマンション建設を着工する業者が見つかっていなかったのであり、被控訴人の営業方針によると、事実上マンション建設を着工できない状態であった。
 現に、ビッグヴァンとの話は、上記開発許可と建築確認等の手続を一手に行い、 これによって取得した地位と建設用地を併せての売却であったはずである。以上の事実関係の下、マンション規制条例の施行日が平成16年6月1日であるところ、施行日以前に本工事に着工した建築物には同条例の適用がないという事実、そして、被控訴人が同事実を認識し、本件土地の販売先も見つかっていない状態においてマンションの建設に自ら着工したという事実を考慮すると、被控訴人に同条例の適用を免れる目的があったことは明らかである。
(5) 真実と信じたことの相当性について
ア 被控訴人は、被控訴人が控訴人の取材を拒否したのは当初段階のみであると主張する。しかしながら、被控訴人の取材拒否はスーパーモーニングの第1回放送から第3回放送時に及び、その間3回放送が行われている。控訴人は、電話で取材を断られ、さらに現地でも被控訴人の担当者に取材を断られ続けたのであり、控訴人は取材努力を続けていたのである。そして、被控訴人が最初に取材に応じたのは、平成16年3月15日であったことからすると、被控訴人の取材拒否を「当初の段階のみ」とする被控訴人の主張は失当である。
イ 被控訴人は、本件各放送に当たっては、被控訴人の言い分についても十分に調査等を行うべきであって、少なくとも予想される相手方の言い分についても十分に検討する必要があったと指摘する。
 しかしながら、相手方の言い分を知るには、相手方を直接取材して、その言い分を聴取することが基本である。取材を拒否された場合でも、相手方の言い分を予想して放送することはあり得ない。放送局が、沈黙する人物の言い分を勝手に予想し、その予想した言い分を前提に番組を放送すれば、別の名誉毀損問題が生ずる恐れのあることは明らかである。
ウ 被控訴人は、Bを地下室マンションに反対する活動を行っている人物であって、本件マンションについてもその建設に反対する住民の協力者といえる立場の人物であると評価して、Fによる取材を住民側の人物のみを取材した不十分なものである旨述べる。
 しかしながら、Bは、地下室型マンションに関して、深い知見を有し、その危険性を指摘する人物であるところ、被控訴人と住民との関係における立場は中立であり、地下室マンションに反対する活動を行っているものでもなく、住民の協力者たる立場にはない(乙30)。Bを取材したことは、むしろ住民との関係において中立な立場であり、かつ地下室マンション問題について専門的知識を持つ人物の意見を聴取することに趣旨があったのであり、この点においてFの取材に不十分な点はない。
2 争点(2)(控訴人が、本件完成予想図を加工して、報道に使用したことが被控訴人の著作者人格権を侵害し、不法行為を構成するか否か) について
(1) 控訴人による本件完成予想図の利用は、被控訴人の同意の範囲内である。
 すなわち、本件完成予想図は、被控訴人が「拡大解釈をしないなら、資料として使ってください。」として参考資料として控訴人に交付したものである。被控訴人が、本件完成予想図が、建設される建物の具体的内容・態様や建設された場合の状況を客観的に説明する資料として、テレビ番組の中で使用されることを了承していたことは明らかである。テレビ番組において資料として使用することを了承しているのであるから、その説明を判りやすくするために本件完成予想図を編集して使用される場合もあることは当然に予想される事柄であり、相当の範囲で了承していたことは明らかである。
 また、本件完成予想図の建物部分を切り出したり、建築前と建築後の状況を明瞭に示す意図で動画化したり、そのような利用に際して、合成の映像であることを明らかにする上で建物部分の色彩を暗めのコントラストにすることなどは、上記了承の範囲内の事柄にすぎない。
 以上のとおり、本件におけるテレビ番組内での利用は、本件完成予想図が交付されたときの了承の範囲内のものであり、テレビ番組での利用として当然に想定される程度の変更がされたにすぎないものであるから、被控訴人の意に反する改変には当たらない。
(2) 控訴人による本件完成予想図の利用は、著作権法20条2項4号の「やむを得ない改変」に当たる。
 テレビ番組内において使用する場合には、その説明を判りやすくするために本件完成予想図を編集して使用することや、その際に、はめ込み合成の映像であることを明らかにする上でコントラストを暗くすることなどは、当然に行われる事柄である。そして、本件完成予想図が、美的鑑賞を目的として作成される美術の著作物とは異なり、本件マンションなどが完成した状況を容易に理解できるように3次元的に描いたものであることに照らせば、仮に著作者の意に反する改変に該当するとしても、著作権法20条2項4号により許容されるというべきである。
第4 当審における被控訴人の追加主張
1 争点(1)(本件各放送は被控訴人に対する名誉毀損として不法行為を構成するか否か) について
(1) 「専ら地盤面をかさ上げする目的で盛土を行ったこと」について
ア 本件各放送において、「専ら地盤面をかさ上げする目的で盛土を行った」と視聴者に受け取られる表現があったことは明らかである。すなわち、控訴人は、盛土の本来の目的である道路への接続という、開発行為において不可欠な要件を満たすために必要な盛土が必要な高さまで行われたという点については、一連の報道において一切言及していない。視聴者は、そのような内容の報道が一切ないのに、この目的の存在を知ることはできないはずである。したがって、「専ら」という言葉を用いずとも、それが目的であると断定するような報道を行い(控訴人は、取材もしていないのに、「そこで業者は考えました」などと盛土の目的に関する業者の言い分を捏造して報道している。)、本当の目的を含め他の目的に一切言及しなければ、視聴者は「専ら」報道された目的により盛土が行われたと受け止めるのであり、これを否定する控訴人の主張は詭弁の誹りを免れない。
 また、盛土が地盤面のかさ上げを専らの目的としているという事実は、本件では、本件マンションの建設が実質的に違法な行為であるという論評に対する前提事実であると同時に、それ自体が摘示事実でもある。すなわち、事実摘示と論評の区別が問題になる判例は、このような事実摘示がされることなく、抽象的に論評がされた場合であって、事実摘示がされている事案については、端的にそれ自体の違法性を検討すれば足りる。
イ 控訴人は、地盤面のかさ上げの目的が道路に接続するという点にあるという被控訴人の主張について、道路に接続する目的であれば、北側の道路ではなく、南側の道路と接続することによってもその目的を達成でき、また北側道路との接続という点で検討しても、本件マンションと北側道路を架橋するなどの方法によっても目的は達せられると主張する。しかしながら、本件マンションの敷地はすり鉢状の敷地であるから、マンションを建築しようとすれば、土地の区画形質の変更を伴うことになり、また、横浜市の開発許可制度の規定により、宅地以外の地目(本件土地は山林及び雑種地であった。)の土地に建築物を建築する場合は、都市計画法上の開発許可(都市計画法29条)が必要であるところ、都市計画法令においては、原則として6メートル以上の道路に接道することが要求されており(都市計画法33条1項2号、同施行令25条、同施行規則20条)、例外的にそれ未満で認められる道路についても、横浜市の開発許可の基準において、最低でも4.5メートル以上、マンションの場合は5.5メートル以上の公道に接道していることが必要とされているため、当該計画敷地の場合は北側の約6.3メートルの建築基準法42条1項1号の道路に接道させることが必要不可欠であり、マンションの出入り及び主な車の出入りは、上記北側道路から行わなければならない。このため、当該マンションのエントランス及び駐車場の出入口は、北側の道路部分に設ける必要性があるのであって、被控訴人は、北側の道路と同等の高さまで盛土して、エントランスから道路に接続する通路及び駐車場を設置する計画としたのであるから、盛土の本来の目的が道路への接続であったことは明らかである。
 また、架橋ができたという点についても、前述のように、マンションの出入り及び主な車の出入りは北側道路から行わなければならないところ、控訴人が述べるように架橋することによって、ピット式3段駐車施設やエントランスを設けることはできないのであるから、そのような方法を採用することはできない。
(2) 「盛土は危険であること」について
ア 本件各放送において、「盛土は危険である」と視聴者に受け取られる表現があったことは明らかである。すなわち、控訴人は、平成15年6月17日放送において、「建築計画を専門家に見てもらったところ、住民の主張どおり土を盛って地盤を作る方法に問題があるという結果だ。」として、専門家として関東学院大建築学科非常勤講師の肩書きのあるBを登場させた。そして、Bは、この手法について、高さが自由に設定できてしまうという問題と、地盤が軟弱であることや崖崩れの恐れを指摘している。土を盛って地盤を作る方法に問題があるという専門家の一連のコメントとして軟弱地盤であることが指摘され、さらに崖崩れの恐れまで指摘されている以上、土を盛ることが危険だと視聴者が受け止めるのは当然である。
 また、盛土を行う建築計画について、「本来建物を建てちゃいけない危険な場所」「安全性についてはチェックもしていない」と専門家である弁護士が指摘したと報道されれば、一般の視聴者は、危険な場所に行われる安全性のチェックのされていない盛土を危険なものであると受け止めるのが自然である。
 さらに、控訴人は、本件において、「危険な場所」「大きな危険」と大きくかつ不気味な印象の文字を用い、視覚的に恐怖感を抱かせる演出を施したうえで、専門家が危険と指摘したなどとして、危険性を強調する報道をしている。しかも、スーパーJチャンネルにおいては、「だが、こうして急斜面に造られたマンションには大きな危険がひそんでいる。」とのナレーションを挿入し、急傾斜地崩壊危険区域の指摘(許可の事実は隠蔽)、建築家の「地すべり」発言、さらにはGの暴言コメント(実際は危険性とは無関係にされたもの)を続けるという著しく恣意的な編集により、殊更に危険性を際だたせた。
 このような報道を通常の視聴者が見れば、本件マンションには一般の建築物において社会的に許容される範囲を著しく逸脱した危険性が存すると受け止めるのが普通である。なぜなら、一般の建築物に関しても、一定の危険性は存するのであり、そのような通常存する危険性が認められるからといって、ある特定のマンションを殊更にとりあげて危険性を報道するはずはないと通常一般人は考えるからである。
 この点について、控訴人は、本件各放送内容は、盛土の危険性について放送したものではなく、マンション建築計画地の地盤が軟弱であること、崖崩れの恐れがあることを放送したものであるなどと主張する。
 しかしながら、本件マンションは、すり鉢状の敷地に盛土を行って建物で支えるという計画であり、その計画は地盤や既存の敷地の状況を前提としながら必要な安全性を確保するという内容である。視聴者は素人である。通常の視聴者は、崖崩れの危険や地盤が軟弱といった問題は、盛土を行う本件マンションに倒壊等の危険があると受け止めるのが自然であり、この点を細かく区別して危険性に関する報道はしていないと述べることは不相当である。そもそも、既存の崖は盛土により消滅するのであり、控訴人自身が、崖崩れの危険というものを、盛土後の本件マンションに倒壊等の危険があるという意味で用いていたと考えられるし、たとえば「安全性についてはチェックもしていない」というAの発言も、盛土を行うことを前提とした本件マンションの建築計画に関して必要な安全性のチェックが行われていないことを批判するものであるから、いずれも、盛土を行う前提での本件マンションの危険性を摘示したものと解するのが相当である。
 これに対し、控訴人が指摘する最高裁判決が判示する「証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議など」というのは、たとえば、どちらの絵画が芸術的かとか、ある小説が駄作か否かとか、建物を建築するために木を伐採することは善か悪かとか、捕鯨は正しいか、といった、人の価値観に大きく左右される事柄のことを指しているのであって、構造計算や安全率等により、客観的に検証可能な事柄についてもそれに含まれると解することは相当ではない。
 したがって、本件マンションの危険性は事実摘示そのものであって、控訴人がその真実立証責任を免れることはない。
イ そこで、本件マンションが、一般的に許容される安全性の水準を著しく逸脱
する危険性を有するかどうか、という点が証拠による証明になじむかがここでの問題ということになるが、これについては、斜面安定解析を行い、常時の安全率が1.0を著しく下回るかどうかによりその存否を決することが客観的に可能である。現に控訴人は、かかる真実立証を行おうとしていた(乙9・16頁)。しかし、控訴人が提出したCの意見書(乙9、21)は、Eの意見書(甲37、40)においていずれも弾劾された。したがって、本件においては、盛土に一般的に許容される安全性の水準を著しく逸脱する危険性があることの証明は存しない。
ウ 控訴人は、本件各放送内容を総合すると、本件各放送は、地下室マンションに関する諸問題を提起することに主題があったのであり、本件の地下室マンションの盛土等が危険であると断定することに主題があったのではないと主張する。
 しかしながら、控訴人が述べるように本件各放送が社会問題の提起にとどまる程度のものであれば、控訴人は本件訴訟に巻き込まれていない。現に、他にも本件マンションを社会問題の一つとしてとりあげたマスメディアは複数存在したが、被控訴人は控訴人以外のマスメディアに対して内容証明郵便を送付し、訴訟を提起した等の事実は一切ない。控訴人のような著しい偏向報道をしなくても、社会問題の提起は十分に可能である。むしろ、急傾斜地崩壊危険区域の許可の存在や、容積率緩和に関する通達の存在など被控訴人が強調していた重要な事実を隠蔽して報道することは、視聴者の知る権利を侵害して故意に一定方向に洗脳し誘導する報道であって、社会問題の提起として著しく不相当といわざるを得ない。
エ 控訴人は、盛土の危険性という前提事実とマンションの実質的な違法性との間には論理的な関係はないと主張するが、報道を一般の視聴者の普通の注意と見方で視聴するならば、被控訴人が、危険な土地であるにもかかわらず地盤面を上げるために敢えて盛土を行うという危険な行為に及び、これにつき横浜市が市に義務づけられた安全性のチェックを怠って被控訴人に許可を与えてしまったのであり、いったん許可を与えたものを今さら覆すのは難しい状態となっているが、本来、市がきちんとなすべき安全性のチェックをしていたならば、許可は与えられていなかったはずである、という論理構造で報道されており、視聴者もそのように受け止めるのが自然である。
(3) 「法を潜脱する実質的に違法な行為」について
 本件各放送に、「法を潜脱する実質的に違法な行為」と視聴者に受け取られる表現があったことは明らかである。本件の一連の報道においては、本件マンションが適法であることを前提として、その脱法性を強調する報道がみられることは事実である。しかしながら、それと同時に、視聴者をして本件マンションが本来は許可されるべきではない実質的には違法な建物であると誤解させる報道もされている。
 これは、本件報道が通常の名誉毀損事案とは異なり、全6回という多数回にわたり、異常なまでの執拗さをもって長時間報道されたことに起因すると考えられる。
 そして、本件のように、朝晩の忙しい時間帯の番組、しかも多数回にわたり報道される番組にあっては、視聴者が、すべての報道を一貫して注意深く視聴するとは限らないのであるから、控訴人の上記主張をもって、違法を前提とする報道部分を視聴した者までが本件マンションが合法であることを前提とした報道であると受け止めることにはならない。
(4) 「条例の適用を免れる目的で本工事に着工した事実」について
 控訴人は、被控訴人が地下の基礎の部分だけを地元の業者にやらせるとの事実を摘示した上で、「地下の基礎の部分だけを地元の業者に‥‥やらせると、あまり全国的にもこういう着工の仕方というのを私は聞いたことがありません。」とのBの発言をそのまま放映してその不自然さを強調し、そのうえで、「6月1日の条例の施行の期限までに一部の工事を始めることで着工という形を残すというのだ」という事実を摘示し、視聴者に、被控訴人は極めて不自然な方法で条例の「抜け道」を悪用した不誠実な業者であるとの印象を与えた。
 しかし、被控訴人は、奈良建設に対し、地下の基礎の部分だけの施工をさせたのではない。すなわち、被控訴人は、奈良建設に対し、本件マンションの本工事を含むすべての工事を施工させたものであるから、「基礎の部分だけを」ということはない。
 また、条例施行の前後だけ一部の工事を実施したことにより、条例の適用を潜脱したかのような事実摘示も誤りである。すなわち、そもそも、施行前後に着工という事実さえ残せば着工と認められるわけではない。建築基準法上、着工と認められるためには、@根切り工事の開始及びA工事の継続が必要と解されている。しかるに、「法律の適用逃れのためだけの工事」という事実摘示は、一般の視聴者の通常の視聴の仕方からすれば、形の上だけ着工して、実際の着工という既成事実だけを残して本工事は行わない工事であるように理解するのが自然であるが、形だけ着工しても、工事が継続されなければ、「現に工事中の建物」とはいえないのである。すなわち、本工事を継続する予定がないのに、根切り工事だけしても、根切り工事で工事を止めてしまえば、継続的に工事しているとはいえないから、このような工事は建築基準法3条2項の「現に工事中の建築物」には当たらない。
 このように、専門家からみれば誤った事実摘示であっても、大半が素人である一般の視聴者は被控訴人が基礎の部分の工事だけを形だけ行ったと受け止めるのであり、被控訴人の社会的評価を著しく低下させたことは明らかである。
 さらに、そもそも法を悪用したのは横浜市側であり、それを被控訴人による法の潜脱であるかのように報道することは被控訴人の社会的評価を低下させる行為にほかならない。
 被控訴人は、建築基準法において認められている当然の権利の行使として建築確認取得済みの工事に着工したにすぎず、これは何ら法の潜脱に当たらないにもかかわらず、本件マンション建築を妨害する意図をもってスピーディーに制定される違法な条例の施行前に着工したことを法の潜脱に当たり、しかも、着工の仕方がかかる潜脱の意図の現れであるかのような事実を摘示した控訴人の報道内容は真実ではない。
(5) 真実と信じたことの相当性について
 この点に関し、控訴人は、被控訴人が控訴人の取材を拒否したことをことさら問題とするが失当である。被控訴人が取材を拒否したのは当初の段階のみである。その後は、取材の申込みはなく、逆に、被控訴人が控訴人に聞かせるために行った平成16年2月9日の記者会見は、控訴人が司法記者クラブの当番である日に日程調整の電話を入れて調整したにもかかわらず、控訴人だけが欠席をしたものである。そして、平成16年3月15日に、控訴人から被控訴人に対して、「翌日放送するから」という非常識な取材申込みがあった。このように、控訴人の取材の申込みは、いつも放送の直前であり、取材に応じられるかも分からないほど一方的な申入ればかりであった。このような控訴人の態度からすれば、控訴人は、被控訴人に取材を断らせたかったとしか思われないというべきである。
 また、控訴人は、被控訴人が、本件各放送に当たっては被控訴人の言い分についても十分調査すべきであって、少なくとも予想される相手方の言い分についても十分に検討する必要があったと主張したことに関し、取材を拒否された場合にまで相手方の言い分を予想して放送することはあり得ないなどと主張するが、事実に反する。すなわち、控訴人は、取材もしていないのに、「そこで業者は考えました」などと盛土の目的に関する被控訴人の言い分を捏造して報道し、平成15年9月10日には、「3者の言い分」なるフリップを用意し、「業者」欄に勝手に「施工・販売の業者が未定」という表記をなし、この画面を写した状態で、「ただし、ああいう風な危険な場所ですので今のところ施工業者が決まっていない、見つかっていないという状況で。工事が始められないんです。」とのFのコメントを流している。事実は、控訴人の報道を見てビッグヴァンが契約をキャンセルし、それ以降も、報道を警戒してなかなかデベロッパーが契約してくれない状況が続いていたのである。控訴人は、取材もしていないのに、被控訴人の言い分として、「ああいう風な危険な場所」だから買い手がつかないような報道をしているのである。
 繰り返し述べるとおり、Bは、地下室マンションに反対する活動を行っている人物であって、本件マンションについてもその建設に反対する住民の協力者といえる立場の人物であるから、同人に中立性はない。
2 争点(2)(控訴人が、本件完成予想図を加工して、報道に使用したことが被控訴人の著作者人格権を侵害し、不法行為を構成するか否か) について
 控訴人が主張するように、控訴人による本件完成予想図の利用は、被控訴人の同意の範囲内の行為であったなどということはない。すなわち、被控訴人は、控訴人が本件完成予想図をテレビカメラで写すことは承諾していたが、Hから、その色彩を変えるとか、動画編集するといったことについて了承を求められた事実は一切ない。
 テレビカメラで紙の絵画等を写す場合に、その写し方(カメラの位置や図面の置き方、光線の加減等)にはいろいろな条件設定が考えられる。そして、写し方について被控訴人は特段の指定はしていないから、かかる範囲において一定の裁量を認めて使用に同意したことは事実であり、その点に関しては不相当ではない。しかしながら、立体的な動画に編集することは、上記とは明らかに一線を画する。静止画と動画とでは見る者が受ける印象が全く異なる。したがって、当然に著作者の承諾を得るべきであって、テレビカメラで写すことの同意が、かかる承諾まで含んでいると認められないのは明らかである。
第5 当裁判所の判断
1 本件における事実の経過
 本件における事実の経過については、次のとおり、加除訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」中の「1 本件における事実の経過」(原判決18頁15行目から41頁末行目)記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決25頁25行目の後に、改行して次の文を挿入する。
 「そして、『マンション問題に詳しい建築家』との肩書でBのインタビューを放送し、『(市長は市民と)共に戦うというようなことをおっしゃいましたが』『戦う姿勢を市民の中で見せて頂きたかった』とのテロップ付で、『共に戦うということをおっしやいましたけれども、具体的にルール作りと言っても、具体的にルール作りがまだ出来上がっていませんし、全く白紙の状態だと思っております。』『戦う姿勢を市民の中で見せて頂きたかった、止める中で緊張感の中でしかですね、問題の解決はなかなか図って行くことは出来ないと思っております。』というBの発言を放送した。」
(2) 原判決27頁16行目から28頁10行目を、次のとおり改める。
 「また、控訴人は、『弁護士』というテロップ及びナレーターにより専門家あるいは住民側の弁護士として紹介されたAの『本来建物を建てちゃいけない危険な場所なんだけれども、安全性についてはチェックもしていない。』とのコメントに続き、『専門家が危険な場所と指摘した、そんな土地に建てられるマンションとはいったい。』という女性のナレーションを放送したりし、『この計画には建築専門家も驚愕した。土を盛って地盤を作る方法があまりにも強引だというのだ。』という女性のナレーションに続き、『これ以上の手法をもってですね、斜面の乱開発は出来ないくらいの悪質さだという認識しております。よくここまで行ったなという感じですね。』というB(テロップによる肩書は『ハイテック建築研究所』)のコメントを放送したり、さらに、再びAの『土砂崩れの恐れのある地域であるというふうなこともあるし、まあなんていったって災害危険区域ですから。』というコメントを繰り返しテロップ付きで放送したり、Fが、『もともと軟弱地盤で。』『雨が降ったときに、昔、死人もよく出てた場所だという話なんです。』『ああいう風な危険な場所ですので。』といった解説をするなど、本件土地の危険性を問題として取り上げたほか、『現在業者はマンション建設を始められる状態にはない。実際に工事を行う業者や販売する業者が決まっていないのだという。そんな中で伐採だけが行われた。このまま放置されたら非常に危険である。』というナレーションを入れたり、スタジオでFが、『業者は当然ながら、建築基準法に合っているわけですから、法的に全く問題なし。ただし、まぁ、ああいう風な危険な場所ですので今のところ施工業者、販売業者そういったものが決まっていない、見つかっていないという状況で。工事が始められないんです。』等の解説をするなど、被控訴人が、施工業者、販売業者が見つからないまま伐採工事を行った旨を報道した(なお、Fが述べた死人がよく出たという場所は、本件土地とは離れた全く別の場所であり、Fは、取材によりこのことを認識していたが、他に死亡事故が起こったか否かについての資料等は有していなかった。また、Fは、特に根拠となる情報を得ていたわけではないのに、上記のとおり、本件マンションの施工業者、販売業者が決まっていない理由が本件土地が危険な場所であることによるかのような発言をした。)。」
(3) 原判決40頁末行の「同年4月25日付け」を「平成17年4月25日付け」と改める。
2 本件各放送の背景事情
 本件各放送の背景事情については、原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」中の「2 本件各放送の背景事情について」(原判決42頁1行目から45頁4行目)記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点1(本件各放送は被控訴人に対する名誉毀損として不法行為を構成するか否か)について
 争点1については、次のとおり加除訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」中の「3 名誉毀損による不法行為の成否(争点1)」の記載(原判決45頁5行目から60頁17行目」)のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決49頁5行目の次に、改行して次の文を挿入する。
 「ウ以上に対し、控訴人は、本件各放送において、地盤面のかさ上げが盛土の『専ら』の目的であり、他の目的はないという趣旨を放送したものと評価されるべき箇所はない旨主張する。
 しかしながら、控訴人も認めるとおり、本件各放送においては、『本件土地は第一種低層住居専用地域のため、高さは10メートルに制限されているところ、被控訴人は本件盛土をすることによって地盤面の高さを底地よりも高くし、本件マンションの建設を可能にした』という趣旨の放送をする一方、控訴人は、盛土には他の目的もあること、特に、開発行為の許可を得るための北側の道路への接続という目的もあることについては、本件各放送において一切言及していない。そうすると、本件各放送の視聴者は、他の目的の存在を知ることはできないのであるから、盛土の目的は、10メートルの高さ制限を免れるため、すなわち、専ら地盤面をかさ上げする目的であったと受け取るのが通常というべきである。したがって、この点に関する控訴人の主張は理由がない。」
(2) 原判決53頁8行目の次に、改行して次の文を挿入する。
 「この点について、控訴人は、『本件マンションの建設が脱法的な行為である』との論評を導くためには、『地盤面のかさ上げの目的もあった』ということで足りるというべきところ、被控訴人が盛土の目的が本件マンションを北側道路に接続することであったとの被控訴人の主張については、道路に接続するという点では、北側の道路ではなく、南側の道路と接続することによってもその目的を達成でき、また、北側道路との接続という点で検討しても、本件マンションと北側道路を架橋するなどの方法によってもその目的は達せられる旨主張する。
 しかしながら、盛土が、専ら又は主として地盤面のかさ上げを目的としているものでなければ、本件マンションの建設が脱法的であるといえないことは明らかである。そして、証拠(甲30)及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の地目は山林ないし雑種地であったところ、宅地以外の地目の土地に建築物を建築する場合に、都市計画法に基づく開発許可(都市計画法29条)を取得するためには、横浜市の開発許可基準によると、マンションの場合は開発区域内の土地が幅員5.5メートル以上の公道に接道していることが必要とされていたのであって、本件土地の場合、この要件を満たす道路は北側の約6.3メートルの道路しかなかったことが認められる。したがって、本件土地は、上記道路に接道させることが必要不可欠であったと認められるから、盛土の主要な目的は、北側の道路への接続であったというべきである。
 また、架橋すれば足りるとの控訴人の主張については、本件土地を北側の道路へ接道させるためにどのような方法をとるかは、当該土地の形状、そこに建築されるマンションの構造やデザイン、敷地の有効活用の方法等、様々な観点から建築主の裁量により判断されるべきものであって、本件マンションにおいては、土地の北側に駐車場やエントランスを設けることが計画されていたのであるから、接道の方法が他にもあることをもって、本件において盛土の主要な目的が接道でなかったということはできない。逆に、架橋という方法による場合は、その架橋の仕方によっては、北側斜面がそのまま残存することになり、かえって崩落等の危険があるとも考えられるのであるから、この点に関する控訴人の主張は失当である。」
(3) 原判決53頁23行目から55頁5行目を、次のとおり改める。
 「a 前記のとおり、控訴人は、本件各放送で『盛土は危険である』ことを放送しているのであるから、その点について、真実性の証明をする必要がある。
 これに関して、控訴人は、スーパーモーニングでは、盛土の危険性に関して放送した部分はなく、マンション建築計画地の地盤が軟弱であること、崖崩れの恐れがあることを放送したものであり、また、スーパーJチャンネルの放送の趣旨は、『住民が建築予定地の地番の軟弱性や崖崩れの恐れを危惧している』という内容にすぎず、これらはすべて、建築予定地の地盤の軟弱性や崖崩れの恐れを指摘したものであって、盛土の危険性を指摘したと評価されるべき箇所はない旨主張する。
 しかしながら、前記1のとおり、スーパーモーニングに関しては、平成15年6月17日の放送において、『建築計画を専門家に見てもらったところ、住民の主張どおり土を盛って地盤を作る方法に問題があるという結果だ。』という男性のナレーションの後、Bが登場し、『この手法を使ったならば、高さが全て自由に設定できてしまう。』という発言をし、続けて、『さらに地盤が軟弱である事や崖崩れの恐れも指摘された。』という男性のナレーションが入るという一連の内容が放送されているところ、これら一連の内容を、一般視聴者の普通の注意と視聴の仕方を基準にしてみれば、その意味は、軟弱な地盤に土を盛って本件マンションを建築すると崖崩れの恐れがあって危険であると専門家が指摘していると視聴者が受け止めるのが自然である。また、平成15年9月10日の放送では、Aが『本来建物を建てちゃいけない危険な場所』『安全性についてはチェックもしていない』と指摘した後に、本件マンションの工事現場の映像を流しながら、『専門家が危険な場所と指摘した、そんな土地に建てられる建物とはいったい。』という女性のナレーションが入り、青文字で大きく『危険な場所』というテロップを放送し、『この計画には建築専門家も驚愕した。土を盛って地盤をつくる方法があまりにも強引だというのだ。』という女性のナレーションを放送したり、さらに、再びAが登場し、『本来建物を建てちゃいけない危険な場所なんだけれども、安全性についてはチェックもしていないし、土砂崩れの恐れのある地域であるというふうなこともあるし、まあ何ていったって災害危険区域ですから。』という発言の後、『この場所は大雨でこれまで何度も土砂崩れを起こしているという。』という女性のナレーションが入るという一連の報道をみれば、一般の視聴者は、土砂崩れの恐れのある危険な場所に土を盛るという方法でマンションが建てられるのに安全性のチェックもされていないと受け止めるのが自然である。
 また、平成16年5月4日放送のスーパーJチャンネルにおいて、『だが、こうして急斜面に造られたマンションには大きな危険がひそんでいる。』という男性のナレーションを挿入し、その際、『大きな危険』と大きくかつ不気味な印象の文字を用いたテロップを流した後、レポーターが急傾斜地崩壊危険区域の看板を指さしながら、『実はこの周辺は、このような急傾斜地崩壊危険区域に指定されています。実際、この周辺では過去に何度か崖崩れがあったこともあるんです。』と発言し、続いて、『建物と崖との隙間に盛られた土が不安材料だと専門家は指摘する。』というナレーションが挿入された後、その直後に、Bが登場し、『一番危険なのは、大雨が降ってですね、北側の大量の盛土の中に水が含まれてですね、軟弱になり、そして水圧もかかってくると、地すべりを起こす可能性がですね、本件においてもあり得るんではないかな。』という発言を放送している。これら一連の内容を、一般視聴者の普通の注意と視聴の仕方を基準にしてみれば、その意味は、何度も崖崩れを起こしているような急傾斜地崩壊危険区域において、建物と崖との隙間に盛土をする工法でマンションを建築した場合、大雨が降るなどしてマンションの壁に水圧などが掛かって地滑りを起こしマンションが倒壊するという大きな危険があると指摘していると視聴者が受け止めるのが自然である。
 以上の内容によれば、本件各放送は、単なる建築予定地の地盤の軟弱性や崖崩れの恐れを指摘したものではなく、盛土が危険であることを指摘したというべきであるから、この点に関する控訴人の主張は失当である。
b 次に、真実性の対象についてであるが、確かに、控訴人が主張するように,「危険」か否かという判断自体は一定の主観的な評価というべきものであるから、盛土が危険であるか否かは一種の論評であって、それ自体が真実性の対象となるとはいえないと認められる。しかしながら、「危険」か否かは、あくまで、ある特定の事実関係を前提とする具体的な評価であるから、真実性の証明の対象となるのは、「危険」か否かという評価の前提となる事実の重要な部分であるというべきである。
 そして、本件において、本件各放送で表現された「盛土は危険である」という評価の前提事実となる重要な部分については、本件各放送を視聴した一般視聴者の普通の注意と視聴の仕方を基準とするならば、上記のとおり、それは、急傾斜地に造られた本件マンションにおいて急傾斜地とマンションとの間に盛土をすることによる危険性をいうものと解されるから、「盛土が危険である」との評価の前提事実である真実性の証明の対象となる重要な部分とは、北側の斜面に盛土を行うことによる本件マンションの倒壊等の危険性の有無であると認めるのが相当である。
 そうすると、本件マンション建築計画については既に都市計画法上の開発許可、建築確認、急傾斜倒壊危険区域における許可等がされており、それらの諸手続において一応「盛土の安全性」が検討されているはずであることを考慮すれば、これら諸手続において盛土の安全性については一応証明されていると考えるべきであるから、本件における真実性の証明は、盛土による倒壊の抽象的な危険性の立証、あるいは盛土の安全性に疑問を差し挟むことができるという程度の立証では足りず、上記の諸手続では見過ごされた、あるいはそれらの諸手続の審査では想定されないような倒壊等の具体的な危険性があることの立証を要するというべきである。
 この点に関し、控訴人は、前提事実の重要な部分が基礎とする具体的事実は、前記第3の1(2) エに記載された@ないしIの事実である旨主張するが、上記のとおり、一般視聴者の普通の注意と視聴の仕方を基準とすれば、本件各放送では、単なる建設予定地の地盤の軟弱性や崖崩れの恐れではなく、盛土が危険であることを指摘していると認められるから、真実性の証明の対象は、控訴人が主張する上記@ないしIなどの断片的な事実そのものではなく、盛土による本件マンションの倒壊等の具体的な危険性であると解すべきである。したがって、この点に関する控訴人の主張は失当である。
 また、控訴人は、本件各放送内容を総合すると、本件各放送は、地下室マンションに関する諸問題を提起することに主題があったのであり、本件地下室マンションの盛土等が危険であると断定することに主題があったのではないから、このような問題の提起が放送の主たる内容である以上、内容についての真実性の証明は、安全性に疑問を差し挟むことができる、あるいは専門家の中に危険性を指摘する者がいることについての証明で足りると解すべきである旨主張する。
 確かに、本件各放送は、抽象的には、いわゆる地下室マンションという社会問題についてその問題点を提起することをテーマにしていると認めることができる。しかしながら、前記1の認定事実によれば、本件各放送では、本件マンション建築計画は脱法的であり、「大きな危険」があり「安全性についてはチェックもしていない」というように、本件マンションの個別具体的な問題性にその大部分の時間を費やしていることが明らかであるから、結局、本件各放送の主題は、本件マンションの脱法性や盛土の危険性等の問題そのものを追及することにあったといわざるを得ず、その主題が単なる地下室マンションに関する社会問題の提起にあり、本件マンション建築計画自体はその1事例にすぎないと認めることはできない。本件マンション建築計画が地下室マンションの1事例にすぎないというのであれば、本件マンション建築計画の脱法性や危険性を殊更取り上げて、それを続編という形で何度も繰り返し報道する必要性はなかったというべきである。したがって、本件各放送が本件マンション建築計画の是非という個別具体的事案における具体的な危険について問題提起している以上(しかも、危険性に疑惑があるという問題提起をしているというよりはむしろ本件マンション建築には「危険がある」と断定的に放送しているといえる。)、真実性の証明としては、盛土による本件マンションの倒壊等の具体的な危険性を立証する必要があるというべきであり、地下室マンションに関する諸問題を提起することが本件各放送の主題であったとして、真実性の証明は、安全性に疑問を差し挟むことができる等の証明で足りるとする控訴人の主張は失当である。
c そこで、本件において、北側の盛土によって本件マンションが倒壊する等の具体的な危険性が存在するか否かについて、検討する。
(a) 証拠(甲37、40、67、乙9、21、36)によれば、次の事実が認められる。
@ 本件マンションが建築される本件土地は、北側から南側に向かって急傾斜地となっており、同北側斜面の地層は下層から順に、均質で硬い上総層群、硬さにばらつきのある下末吉層、その上に軟らかい圧密層(ローム)層が堆積した地形である。本件マンション建築計画では、南側の谷底に本件マンションの基礎(ラップルコンクリート)を置き、本件マンションの壁面と北側傾斜地との間を盛土で埋め、盛土の土圧を本件マンション自体で受けることになっている。その盛土の高さは最大16.5mとなる。盛土は高強度の改良土(セメント安定処理)となるよう現場で調整され、また、北側盛土には、施工段階で盛土部に仮設用ステージを組む際に設置されたH鋼を施工後も撤去せずに残置し、盛土の補強材として使用している。また、H鋼を用いた山止めを行い、これをアンカーで支える工法が行われている。山止め壁の横矢板は、木製で直接土に接している。
A 被控訴人の上記本件マンションの建築工法について、Cは、平成18年11月10日付けで最初の意見書(乙9。その後、平成19年11月6日付け意見書(乙21))を作成し、@地質調査が工事の規模に比べて不足していること、その結果、被控訴人は、建物及び造成盛土の基礎地盤に関して複数の重要な誤認や誤解を犯していること、A仮設桟橋の支柱として打ち込んだH鋼に関し、その工法の選択に誤りがあること、H鋼が盛土の中央部にしかなく、その施工幅及び根入れも不足していること、斜面安定解析をするに当たってH鋼の効果を過大評価していること、仮設用のH鋼を恒久対策として使用しているが、恒久対策用として使用されるために欠かせない二重防錆やグラウト(H鋼が土と触れ合わないように杭の周囲にセメントモルタルを注入すること)がされていないこと、B仮設アンカーの恒久的効果には問題があること、仮設アンカーのアンカー自体は、下末吉層内部に止まっており、安定的な支持層である上総層群には達していない可能性があること、C山止め壁の横矢板は木製であり長期的には腐食して壁材としての効果がなくなる可能性があること、D本件マンション建築計画のように、初めから大きな土圧を建物で受けようとする計画は前例がないこと、このような建物では異種基礎、異種地盤による不均一な変更をしながら、北側盛土の地すべり土圧(偏土圧)を受けることになるので十分な対策が必要であること、E地震力として0.45を用いて斜面安定解析を行ったところ、安全率は常時で0.76、地震時で0.50であり、いずれも基準を下回ったこと(ただし、後日、斜面安定解析に使用した強度に誤解があったとして訂正されている。)、F谷埋め盛土に地下水が浸入する可能性があり、現に、本件現場では仮設アンカーに地下水がしみ出しているところ、これを通常の処理で防ぐことは難しいこと、などが指摘され、全体的にみると、本件マンションでは、盛土の長期的な安定性に関する多くの問題点が残される結果となり、こうした建物は、大きな地震さえなければ、今後10年間程度の短期間は大過なく過ごせるかもしれないが、地中に残留させた仮設構造物や地下水配水施設の劣化・老朽化の進行によって、より、長期的には安全率が低下していくと結論付けられている。
B これに対して、Eは、乙9に添付された平成17年7月11日付け及び平成18年2月1日の各意見書の外、本件においては、平成19年8月29日付けで最初の意見書(甲37。その後、平成20年1月19日付け(甲40)と平成21年12月16日付けの意見書(甲67))を提出し、上記@について、一部作図中の単純なミスはあるものの、現地踏査、4本のボーリング、3か所の載荷試験、土質検査等を実施しており、調査不足や、地層の誤認・誤解はないこと、A及びBについては、本件の盛土は、その試験結果及び材料の強度(一軸圧縮強度qu=41tf/u)からみると理論的には自立するものであり、土圧は本件マンション自体が受ける構造になっているので、H鋼やアンカーは土圧軽減の恒久対策工法ではなく、ない場合に比較してより安全であること、すなわち、本件マンションの場合、すべり土塊自体が材料の高度化により、抗すべり効果が発揮されているところ、H鋼やアンカー等の補強土的効果により、抗すべり効果は一層強いものとなっていること、恒久対策でない以上、防食やグラウト不足は問題とはならないが、腐食についていえば、近年の研究では、鋼管杭の腐食の進行は遅く耐用年間に1ミリメートルと考えればよく、しかも盛土はアルカリ性土に改変されているので、腐食の度合いは低いこと、本件マンションの場合、盛土厚が厚いのは中央部であるから、そこにH鋼やアンカーに抱えられた高強度の盛土体、一種の補強土があると、その周辺部は幅が少なく盛土自体も薄いことから、杭がなくても問題ではないこと、H鋼は下末吉層の下部と上総層群の硬質層に根入れがされており、下末吉層も十分に支持層となりうるのであるから、根入れ不足の問題もないこと、いずれにしても、本件マンションは、H鋼や仮設物の長期抵抗力に依存して設計されているわけではないのであるから、この点を問題視する必要はないこと、Cについて、横矢板の腐食に関しては、常時水面下での木材は数百年は腐食しないこと、Dについては、建築基礎構造設計指針によると、背面の土圧を建築物の外壁により処理する事例が掲載されており、また、横浜市斜面地建築物技術指針にも建物自体で土圧を受ける工法が掲載されているのであって、前例がないとの見解は調査不足に起因するものであること、Eについては、被控訴人側で実施した斜面安定解析の結果によると、常時の安全率は1.84、地震時の安全率は1.18であり、したがって、地すべり土圧による建物の変形の心配はないこと、Cは、斜面安定解析をする際に用いる震度係数として、α=0.45を用いているが、これは類例のないような巨大地震のファクターであるから不適当であって、震度係数としては、「宅地防災マニュアル」等に示されているα=0.25を用いるべきであること、Fについては、工事施工中の観測によると、建物の基礎下から約1ないし1.5メートルのあたりで地下水がしみ出していることがあったが、建物に影響を与えることのない程度のものであること、本件マンションでは浸出する地下水については、大量に貯留しないよう地表水の地下浸透防止用の排水施設が設置されていること等の反論がされている。
C これに対しては、平成21年9月25日付けで、さらに、Eの説明は理論的に誤りである旨のDの詳細な反論(乙36)がされており、その内容は、地すべり土圧等に関するEの見解に理論上の疑問を呈し、Cの見解が正当とするものである。
D なお、控訴人は、Bが中立・公正な立場の専門家であり、同建築士の陳述書(乙8)によっても危険性は明らかであると主張する。しかしながら、証拠(乙37)によれば、Bは、いわゆる地下室マンション問題についての専門家であるとは認められるが、地下室マンションの中には法の趣旨を逸脱した悪質な事例が頻繁に現れているとしてこれを問題視する立場の専門家であり、また、前記第5の1(1)において指摘した発言にも見られるとおり、本件マンション問題に関しては、住民側の立場に立って意見を述べている人物であることは明らかであって、本件に関する限り、中立な立場の専門家と認めることはできない。また、同建築士が提出した平成18年10月9日付け陳述書(乙8)も、本件土地が急傾斜地崩壊危険区域内にあること、本件土地から1キロメートル離れたマンション建設現場の斜面地の擁壁が雨水の影響により崩壊したこと、被控訴人は、本件土地の北側斜面緑地の樹木を伐採した後、根切り工事をした状態でしばらく放置し、極めて異常な姿であって安全性が問われる状態であると指摘するなど、本件マンション建設予定地の一般的な崖崩れの危険性や被控訴人の施工方法を非難する内容に止まり、北側の盛土の危険性を調査結果や科学的な根拠に基づいて具体的に指摘するものではないから、北側の盛土による本件マンションの倒壊等の具体的な危険性を証明するに足りる意見書とはいえない。
(b) 以上のとおりであり、控訴人が提出したC及びDの各意見書は、控訴人が本件各放送をするに当たって検討した意見書ではなく、控訴人は、本件マンションの盛土の危険性については、そうした専門家の意見を徴することなく、本件マンションの建設計画をめぐる論争に何らかの利害関係のあった者に対する取材のみに基づいていたものである。しかるところ、控訴人は、そのような取材に基づいて報道した本件マンションの盛土の危険性について、事後的に専門家の意見書を提出して、これを証明しようとするものであり、これに対し、被控訴人は、その反証として専門家の意見書を提出しているものであるが、その専門家の間でも、本件マンションの盛土の危険性については、意見が大きく分かれており、どの意見が正当かは明らかでないといわざるを得ないから、控訴人が提出したC及びDの意見書によれば、本件マンション建築の安全性に疑問を差し挟むことができる、あるいは専門家の中に危険性を指摘する者がいるという程度の証明は可能であるものの、北側の盛土による本件マンションの倒壊等の具体的な危険を証明するものということはできない。したがって、スーパーモーニング及びスーパーJチャンネルの放送における『盛土は危険である』との事実摘示に関し、真実性の証明があったということはできない。」
4 争点2(控訴人が、本件完成予想図を加工して、報道に使用したことが被控訴人の著作者人格権を侵害し、不法行為を構成するか否か)について
 争点2については、原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」中の「4 著作者人格権による不法行為の成否(争点2)」の記載(原判決60頁19行目から62頁8行目」)のとおりであるから、これを引用するほか、次のとおり付加する。
 「被控訴人は、控訴人による本件完成予想図の利用は、被控訴人の同意の範囲内ではない理由の根拠として、色彩を変更することや動画に編集することについてHから了承を求められたことはなかったことなどを指摘する。
 しかしながら、被控訴人は、本件完成予想図がテレビで報道される番組の中で使用されることを十分認識した上でその使用に同意していたのであるから、控訴人が報道番組の制作編集に当たって色彩の変更や動画編集などの改変を加えることは、当然にその同意の内容として含まれていたものというべきであり、被控訴人ないしその担当者が同意する際に有していた期待や実際にその言動に現れていた個々の意向等に左右されるものではない。控訴人による本件完成予想図の利用の態様等には、その使用の同意を得る経緯等にやや不適切な点は認められるものの、著作者人格権の侵害をいうほどの違法は認めにくい。被控訴人の主張は、本件完成予想図の内容の改変ではなく、むしろ、報道された内容そのものを問題にしているものと考えられるが、報道番組の制作者は、報道の具体的な内容が取材を受ける者の個別的な意向、期待等に沿うものを制作報道しなければならないというような拘束を受けるべきものではない。
 以上のとおりであるから、被控訴人の主張は、著作物の改変を理由として著作者人格権の侵害をいうが、その実質においては、報道された番組の内容が結果的に被控訴人の意向、期待等に沿わなかったことをいうものであって、相当ではない。」
5 争点3(損害)について
 争点3については、原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」中の「損害額(争点3)」の記載(原判決62頁10行目から66頁5行目」)のとおりであるから、これを引用する。
6 結論
 以上のとおり、原判決は正当であり、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 塚原朋一
 裁判官 東海林保
 裁判官 矢口俊哉
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