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【事件名】絵画の鑑定証書事件
【年月日】平成22年5月19日
 東京地裁 平成20年(ワ)第31609号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年2月26日)

判決
原告兼亡A訴訟承継人 B
同訴訟代理人弁護士 伊藤一
被告 株式会社東京美術倶楽部
同訴訟代理人弁護士 東松文雄
同 杉井孝


主文
1 被告は、原告に対し、6万円及びこれに対する平成20年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを2分し、それぞれを各自の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、12万円及びこれに対する平成20年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、画家である亡Cの相続人である原告及び亡A(ただし、本件訴訟係属中に死亡し、原告が訴訟手続を受継した。)が、美術品の鑑定等を業とする被告に対し、被告が、鑑定証書作製の際に亡Cの絵画を縮小カラーコピーしたと主張して、著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償請求(民法709条、著作権法114条2項又は3項)として、12万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成20年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 争いのない事実等(争いのない事実以外は、証拠を項目の末尾に記載する。)
(1) 当事者等
ア 原告ら(甲1、5〜7、11、12)
(ア) 亡Cは、著名な女流画家であり、別紙絵画目録記載の各作品の著作者である。亡Cが、画家の亡Dと婚姻し、3人の子をもうけたことは、美術業界において比較的よく知られた事実である。
(イ) 亡A(平成21年12月27日死亡)は、亡Cの長男である。原告は、亡Aの長男であり、亡Cの養子である。
(ウ) 亡Cは、平成4年4月15日、横浜地方法務局所属公証人E作成の平成4年第1386号遺言公正証書により、亡A及び原告に対し、一部の不動産を除き、絵画、貴金属、預貯金、現金、有価証券その他一切の財産を相続させることとし、相続分は各2分の1とする旨の遺言をした。
(エ) 亡Cは、平成11年4月18日に死亡した。
(オ) なお、原告は、亡Cの作品について、鑑定業務を行っており、亡Aも、生前、同様の鑑定業務を行っていた。
イ 被告
 被告は、美術展の開催及び美術品の鑑定等を業とする株式会社であり、美術品を鑑定し、被告が真作と認める作品について、被告の鑑定委員会名義の「鑑定証書」を発行している。
(2) 被告による鑑定証書の作製
ア 被告は、平成17年4月25日ころ、亡Cが創作した別紙絵画目録1記載の絵画(以下「本件絵画1」という。)を鑑定し、被告の鑑定委員会名義の鑑定証書を作製したが、その際、当該鑑定証書と本件絵画1を縮小カラーコピーしたものとを表裏に合わせた上で、パウチラミネート加工したもの(以下「本件鑑定証書1」という。)を作製した。
イ 被告は、平成20年6月25日ころ、亡Cが創作した別紙絵画目録2記載の絵画(以下「本件絵画2」という。)を鑑定し、被告の鑑定委員会名義の鑑定証書を作製したが、その際、当該鑑定証書と本件絵画2を縮小カラーコピーしたものとを表裏に合わせた上で、パウチラミネート加工したもの(以下「本件鑑定証書2」という。)を作製した。
(3) 本件訴訟の提起等
ア 原告及び亡Aは、当裁判所に対し、平成20年11月5日、本件訴訟を提起した。
イ 亡Aは、本件訴訟係属中の平成21年12月27日に死亡した。同人の相続人は、長男の原告のみであり、原告は、同人の権利義務を相続し、訴訟手続を受継した。
3 争点
(1) 複製権侵害の成否
(2) 故意過失の有無
(3) 損害の額
(4) 権利の濫用、フェアユース
4 争点に対する当事者の主張
(1) 複製権侵害の成否
(原告)
ア 被告は、上記争いのない事実等(2)ア及びイの各行為により、それぞれ本件絵画1及び2の著作権(複製権)を侵害した。
イ 複製というためには、原著作物に依拠して作成されたものが、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を、一般人に覚知させるに足りるものであることを要する(東京高裁平成14年2月18日判決、判時1786号136頁)。
 本件鑑定証書1及び2の裏面には、亡Cの作品が127mm×152mmの鮮明なカラー印刷で縮小コピーされており、通常の注意力を持つ者がこれを見た場合、画面一杯に花を配した大胆な構図、絵具を重ね合わせて表現された鮮烈な色彩、勢いのある絵筆のタッチ等、亡Cの作品の創造的な表現部分を十分に感得することができる。よって、本件鑑定証書1及び2は、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を、一般人に覚知させるに足りるといえ、これらの作製は、本件絵画1及び2の複製に当たる。
 上記裁判例の事案は、書が、紙面の大きさが6mmないし20mm、文字の大きさが3mmないし8mmという小ささで撮影された写真に関するものであり、書かれた文字を識別することはできるものの、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の当該書の美的要素の基礎となる部分を感得することは到底できないものであり、本件事案とは大きく異なる。そもそも、上記裁判例は、いわゆる「写し込み」の事案であるが、本件鑑定証書1及び2は、本件絵画1及び2そのものを利用したものであり、このような差異が生じて当然である。すなわち、被告の本件鑑定証書1及び2の裏面の本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは、まさに複製物であり、記号のような存在であるとは到底いえない。
(被告)
ア 原告の主張は争う。
イ 本件鑑定証書1及び2に係る本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは、被告が鑑定した絵画の特定のためのみに用いるものである。本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは、著作権法が本来その保護の対象とする芸術性や美の創作性や感動を複製したものではなく、流通の安全性を図り不正品を防ぐための単なる記号の意味合いにすぎず、その性格上、本来の保護の対象となる複製権の趣旨にはなじまないものである(東京地裁平成11年10月27日判決、判時1701号157頁)。
(2) 故意過失の有無
(原告)
 亡Cが、婚姻し、3人の子をもうけたことは、美術業界において比較的よく知られた事実である。また、亡Cの子である亡Aも、画家としての名声を得ている。したがって、被告は、本件絵画1及び2の著作権が亡Cの親族に相続されていることを知っていたか、当然、知り得べきであった。
 したがって、被告には、上記(1)の各複製権侵害行為について、故意又は過失がある。
(被告)
ア 原告の主張する事実のうち、第1文は認め、第2文は不知である。
イ 故意過失の主張は争う。
(3) 損害の額
(原告)
ア 著作権法114条2項に基づく損害
 本件において、被告は、本件絵画1及び2の縮小カラーコピーを使用して本件鑑定証書1及び2を作製し、本件鑑定証書1及び2作製の対価として合計12万円を得ているところ、鑑定証書の作製に要する費用は、紙代等微々たるものであり、上記対価がほぼ全額被告の利益となっているものと考えられる。
 そして、鑑定証書に著作物のカラーコピーが付されていなければ、その証書は、いずれの著作物について鑑定したものか特定できず、鑑定証書として意味を成さないから、鑑定証書とカラーコピーは不可分一体である。
 したがって、本件鑑定証書1及び2の対価は、全額において、被告が本件絵画1及び2を複製するという複製権侵害行為により得た利益ということができ、当該利益12万円が、著作権法114条2項に基づく損害と推定される。
イ 著作権法114条3項に基づく損害
 原告は、亡C制作の絵画の鑑定を行っており、鑑定を行うことで、絵画1作品につき、鑑定料として5万円(鑑定料3万円及びカタログ・レゾネ掲載料2万円)を得ていた。
 そして、鑑定証作製及びカタログ・レゾネ掲載については、いずれも、絵画についての著作権の行使として、カラーコピーという形で複製するものであるから、上記鑑定料の3万円(鑑定料)及び2万円(カタログ・レゾネ掲載料)は、いずれも「著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」(著作権法114条3項)といえる。
 したがって、本件絵画1及び2についての著作権を行使して受けるべき金銭の合計10万円が、著作権法114条3項に基づく損害と推定される。
(被告)
ア 原告の主張は、いずれも争う。
イ 被告の利益について
 被告の鑑定説明書(乙7)によると、鑑定証書の発行対価は、鑑定作品1点について3万円と記載されているから、本件においては、絵画作品2点について、合計6万円しか得ていない。
ウ 使用料について
(ア) 美術品の著作権使用料は、真に商業的な利益追求の場合に限ってのみ、概ね2次産品の販売価格の2%〜10%の範囲の額に発行数を乗じた額が支払われる慣行となっているが、たとえ対価を伴うような行為であっても、その利用目的が芸術文化の振興、著作者の尊厳の維持、あるいは、その他美術界の貢献に繋がるような場合等は、著作権使用料を免除して許諾する慣行もある。
 本件鑑定証書1及び2の裏面に本件絵画1及び2の縮小カラーコピーを貼付するのは、鑑定作品の特定化のために実施している行為であるが、鑑定行為そのものが、当該作品の著作者の贋作を社会から排除するなど、美術界にも貢献し、著作者の尊厳を維持するためにも貢献していることからすると、当該画像の複製利用についての著作権使用料は、慣行上免除の範疇に入ると考えるのが相当である。
(イ) 著作権使用料2%〜10%の料率は、業界における経験則に従うものである。被告の著作権管理業務における「使用料規程」(乙8)によっても、最終的には使用料率の大半が、二次産品の販売価格の2%〜10%に該当している。また、被告が著作権を管理する例でも、著作権使用料率は、二次産品販売価格×部数×5%とされている。これを本件に当てはめると、著作権使用料は、二次産品価格(鑑定料6万円)×部数(1部)×5%=3000円となる。
 なお、著作権使用料の免除がされる事例もあり、著作物の使用者から著作権使用料の免除の強い依頼が記載された「著作権使用許諾申請書」(乙9の2)及び被告の「著作権使用許諾書」(乙10)が用いられているが、このような事例は、著作権使用料の免除が業界慣行として通用するとの認識からの依頼があることを表している。
(4) 権利の濫用、フェア・ユース
(被告)
ア 著作権法は、思想又は感情を創作的に表現する著作物につき、著作者の権利を保護するとともに、権利の濫用やフェア・ユース等により、公共の福祉や文化の享受者である者の著作物の利用を考慮することも趣旨としている。
イ 権利の濫用とは、形式的にみると権利の行使と見ることができるが、その行使が社会性に反し正当な権利の行使とは見られない場合をいう。権利の濫用に該当するか否かは、権利者の権利の行使によって生じる利益と相手方又は社会全体に及ぼす損害との比較考慮によると解される。
ウ フェア・ユース
(ア) フェア・ユースの法理については、我が国の著作権法では、権利の制限規定が、一般規定では立法されていないものの、個別の規定により例外規定として存在し、また、同法1条において、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。」と定めていることから、同法理が適用されるべきものと考える。
(イ) 平成21年法律第53号による著作権法改正により新設された同法47条の2(美術の著作物等の譲渡等の申出に伴う複製等)は、フェア・ユースに関連する条文であり、同条はオークションのカタログやネット・カタログにおける複製物の利用を想定したものであるが、鑑定証書も譲渡のための複製物の利用であり、同条が適用ないし準用されることになると考えられる。
エ 本件
(ア) 被告の鑑定委員会には、次のような特徴があり、先人達(取引のあった画商、遺族、研究者、その他関係者)の個人的知識のノウハウを確認、検証し、微妙な感覚的知識である「見識」を正確に伝承し、社会的に確実に残していく大事な作業を行っており、財としての美術品の価値を後世に残す社会経済的な仕事を行っている。
@ 被告は、東京美術商協働組合の組合員株主で構成された会社であり、歴史もあり、体質的に財団に近い株式会社であるため、鑑定における個人的恣意が働き難く、永続性もあり資料整備にも利便性がある。
A 日本の絵画取引市場の大部分が、被告で機能している。
B 被告のメンバーには、戦前から物故作家や関係者に取引や知己をもつ人が多数いる。
C 物故作家については、遺族を含めて、研究者や画商による鑑定業務が個人的な能力に依存しているため、鑑定能力を構成する資料や見聞、見識の伝承が困難であり、所定の鑑定人が亡くなるとその継続が難しく、また、現存作家についても、画商として作品を扱い、作家や関係者にも親しくしていた人のノウハウを当該作家が生存している間に鑑定書として作製し、後世に永く伝えることが重要であるところ、被告の鑑定委員会は、昭和52年に設立され、既に30年以上にわたって集積された膨大な資料と見識は、現在まで被告の鑑定委員会に引き継がれ、美術品の安全で健全な流通に貢献し、社会的にも高く評価認知されている。
(イ) 被告における鑑定制度は、絵画等の美術品の市場を正常かつ健全に機能させるために必要不可欠のものであり、極めて高い公共性、公益性がある一方、鑑定証書の裏面の作品の複製物は、被告の鑑定委員会の刻印付きでパウチラミネート加工されているので、当該鑑定証書の従たる存在であり、作品のオリジナリティもなく、また、感動を伝えるような複製ではなく、記号のような存在である。作品の複製物を利用した鑑定証書は、作品の本来的価値を保持する手段として利用され、著作権者にとっても、その存在が有意義なものである。
(ウ) 被告は、厳正・公平・慎重に鑑定作業に当たっており、被告の鑑定によって、原告及び亡黄太郎が原告が主張するような迷惑を被ったことはないはずである。
(エ) したがって、本件請求は、権利の濫用ないしフェア・ユースの法理に反するものである。
(原告)
ア 被告の主張は、いずれも争う。
イ 原告の請求は、権利の濫用に該当しない。すなわち、権利の濫用が認められるのは、@自分の利益を守るために権利行使をするのではなく、他人を「いじめる」ために行う主観的権利濫用の場合と、A権利者の主張する権益が極めて小さいのに対し、訴訟により相手方が失う利益があまりに大きいという場合に、客観的に利益考量をして判断されるときであって、権利者が「しかるべき許諾料の支払」を求めるだけであれば、害悪は認められない。原告は、本件絵画1及び2の複製物の掲載について、相当額の許諾料の支払を望むだけであり、本件訴訟によって被告を害する意図はない。また、原告の請求額は高額ではなく、原告の主張する権益に対して、被告の失う利益が過大であることもない。
 したがって、権利濫用の主張は認められない。
ウ フェア・ユースについての被告の主張は、立法のない現在においては、主張自体失当である。なお、仮に、著作権法にフェア・ユースの規定が導入されたとしても、以下のとおり、本件は、当該規定が適用されない事案である。
(ア) 米国著作権法107条は、著作権についての権利制限の一般規定として、以下のように、フェア・ユースを定めている。
 「批評、解説、ニュース報道、教授(教室における使用のために複数のコピーを作製する行為を含む。)、研究又は調査等を目的とする著作権のある著作物のフェア・ユース(コピー又はレコードへの複製その他106条に定める手段による使用を含む。)は、著作権の侵害とならない。著作物の使用がフェア・ユースとなるか否かを判断する場合に考慮すべき要素は、以下のものを含む。
@ 使用の目的及び性質(使用が商業性を有するか、又は非営利的教育目的かを含む。)
A 著作権のある著作物の性質
B 著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量及び実質性
C 著作権のある著作物の潜在的市場又は価値に対する使用の影響
(イ) そして、米国におけるフェア・ユース関連の判例の大きな流れについては、ケース・バイ・ケースの判断が求められ、前記(ア)の法定の4要素については、すべての要素が検討されるべきであり、結果は、著作権の目的に照らして、まとめて考慮されるべきであると分析されている(甲10、著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究」参照)。
@ 上記(ア)@の要素(以下「第1要素」という。)
 著作物のすべての商業的利用は、著作権者に帰属する独占的な特権の不公正な利用と推定される。営利と非営利との区別のポイントは、利用者が、通常の価格を支払うことなく著作物を利用することから利益を得られるか否かである。
 第1要素の検討の中心は、新しい作品が、原作品の「目的にとってかわる」か否か、すなわち、最初の表現を、新しい表現や意味又は主張を伴って変化させることで、更なる目的や異なる性格を伴い、何か新しいものを付け加えているか否か、換言すれば、新しい作品が「変容力がある」か、それはどの程度かを問うことである。新しい作品が変容力を持てば持つほど、フェア・ユースを認定する上で不利となるであろう要素、例えば商業性のような他の要素の重要性は少なくなる。
A 上記(ア)Aの要素(以下「第2要素」という。)
 一定の作品は、他の作品に比べて、著作権が意図する保護の核心により近くなるため、前者が複製された場合、フェア・ユースの立証はより難しくなる。
B 上記(ア)Bの要素(以下「第3要素」という。)
 許されるべき複製の程度は、利用の目的と性格によって変化する。
C 上記(ア)Cの要素(以下「第4要素」という。)
 この要素は、最も重要なフェア・ユースの構成要素であり、裁判所に、侵害者と主張されている者の特定の行為によって生じた市場の害の程度だけでなく、被告によって行われたのと同様の行為が、限定されず、かつ、広範囲に行われた場合に、原作品(及び派生的作品)の潜在的な市場に実質的に悪影響を与えることになるか否かを検討することを求める。
 なお、後行の利用が変容力のあるものである場合、市場での代替性は、少なくとも明白ではなく、市場の害も容易には推定されない。また、潜在的な派生的利用の市場には、原作品の創作者が一般的に活用し、又は活用のために他者にライセンスするもののみが含まれる。
D 総合評価
 フェア・ユースが認められるか否かは、上記の4要素の評価を総合して判断する。なお、上記の4要素以外に、公益に関する考慮事項等が存在すれば、それも勘案する。
(ウ) 本件についての検討
@ 第1要素のうち、商業性については、被告は絵画等の鑑定を行うことを業とする会社であり、鑑定証書と本件絵画1及び2を縮小カラーコピーした複製物とを表裏に合わせた上でパウチラミネート加工した本件鑑定証書1及び2を発行することにより、鑑定料及び鑑定証書代として1件につき6万円の利益を得ているから、商業性があることは明らかである。
 次に、変容力については、本件鑑定証書1及び2は、本件絵画1及び2の複製物を裏面に貼り付けただけであり、オリジナルの表現に何ら変更を加えておらず、本件絵画1及び2をそのままの状態で提示しているにすぎないため、変容力は認められない。米国の判例を見ても、本件のように絵画作品を縮小コピーし貼付しただけというような事例で変容力が有ると判断されたものは、原告が調査した限りでは見当たらなかった。
 よって、フェア・ユースを認める上で不利となる。
A 第2要素については、本件絵画1及び2は、芸術的創作物であり、著作権が保護しようとする目的の核心部分に極めて近い。
 よって、フェア・ユースを認める上で不利となる。
B 第3要素については、本件絵画1及び2の複製物は、量的には、絵画作品の全体が複製されており、質的にも、画面一杯に花を配した大胆な構図、絵具を重ね合わせて表現された鮮烈な色彩、勢いのある絵筆のタッチ等がよく分かる鮮明なコピーである。
 よって、フェア・ユースを認める上で不利となる。
C 第4要素については、被告は自己の事業のために原告の作品を無料で使うことにより、許諾料の支払を逃れている。また、本件絵画1及び2の複製物は、本件絵画全体が複製されており、印刷も鮮明であるため、被告によるこのような複製行為が限定されず広範囲で行われた場合には、市場における原作品や、原作品を基にした画集、ポストカード等の派生作品の代替物となってしまう可能性があり、原作品又はその派生的作品の市場価値を著しく害する。
 よって、フェア・ユースを認める上で不利となる。
D したがって、本件では、すべての要素がフェア・ユースを認める上で不利となるため、フェア・ユースは適用にならない。
エ 原告は、原告及び亡Aが鑑定に関与した亡Cの作品について、被告の鑑定では偽作と鑑定されたとのクレームを受ける等しており、被告の鑑定により、多大な迷惑を被っている。被告の鑑定の在り方については、被告の元鑑定委員からも疑問を呈されており(甲8)、被告の鑑定行為は、およそ著作権を無視するものであって、保護されるようなものではない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)複製権侵害の成否について
(1) 争いのない事実等に加え、証拠(甲3(ただし、枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によると、次の各事実を認めることができる。
ア 亡Cは、著名な女流画家であり、同人の著作物である本件絵画1及び2は、題名が「花」であり、画材は、本件絵画2が油彩、キャンバスである。また、その大きさは、本件絵画1が33.2cm×24.4cm、本件絵画2が41.0cm×31.9cmである。
イ 本件鑑定証書1(鑑定証書番号005−0495、甲3の1)は、当該鑑定証書と本件絵画1の縮小カラーコピーとを、また、本件鑑定証書2(鑑定証書番号008−0923、甲3の2)は、当該鑑定証書と本件絵画2の縮小カラーコピーとを、いずれも表裏に合わせた上でパウチラミネート加工して作製されたものである。
ウ 本件鑑定証書1及び2は、いずれも全体の大きさが約190mm×約134mmであり、表面に貼付された鑑定証書は、大きさが183mm×120mm、裏面に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは、大きさが、それぞれ本件絵画1が162mm×119mm、本件絵画2が152mm×120mmである。
エ 本件鑑定証書1の裏面に貼付された本件絵画1の縮小カラーコピーには、緑色と白色の背景、画面下部中央の黒色、灰色及び暗赤色様の幹又は花瓶様のもの、画面全体に主に桃色による花が描かれている。本件鑑定証書2の裏面に貼付された本件絵画2の縮小カラーコピーには、白色の背景、画面下部中央の濃紫色様の花瓶様のもの、画面全体に主に黄色、橙色又は赤色による花が描かれている。いずれの縮小カラーコピーにおいても、本件絵画1及び2が、油彩を画材として、画題である「花」が、単純化され、勢いのある筆致で絵の具を塗り重ねて描かれていることを、感得することができる。
(2) 美術の著作物は、一般に、形状、色彩、線、明暗により表現された著作物であり、このうち、絵画は、画材、描く対象、構図、色彩、絵筆の筆致等により思想、感情を表現し、美的要素を備えるものとして、作者の個性的な表現が発揮されているのであれば、著作権の保護の対象となり得るものと解される。
 そして、複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうが、美術の著作物である絵画について、複製がされたか否かの判断は、一般人の通常の注意力を基準とした上で、美術の著作権の保護の趣旨に照らして、絵画の創作的な表現部分が再現されているか、すなわち、画材、描く対象、構図、色彩、絵筆の筆致等、当該絵画の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得できるか否かにより判断するのが相当である。
 本件において、前記認定事実によると、本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは、本件絵画1を約23%(約4分の1)の、本件絵画2を約16%(約6分の1)の各大きさに縮小したものであり、本件絵画1及び2そのものは提出されていないものの、これらの縮小カラーコピーにおいては、いずれも、画題である「花」が、油彩を画材として、上記構図、色彩及び筆致等により描かれており、その大胆な構図や、単純化された花の表現、鮮やかな色彩の対比や絵の具の塗り重ねによる重厚な印象等、本件絵画1及び2の作風が表れているところである。
 そうすると、本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、画材、描かれた対象、構図、色彩、絵筆の筆致等により表現される本件絵画1及び2の特徴的部分を感得するのに十分というべきである。
 したがって、本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは、本件絵画1及び2の美術の著作物としての本質的な特徴的部分が再現されているというべきであり、当該縮小カラーコピーを作製した被告の行為は、本件絵画1及び2の複製に該当すると認めるのが相当である。
(3) 被告は、本件鑑定証書1及び2に貼付された本件絵画1及び2の縮小カラーコピーは、著作権法が本来その保護の対象とする芸術性や美の創作性や感動を複製したものではなく、流通の安全性を図り不正品を防ぐための単なる記号の意味合いにすぎないと主張するが、上記認定のとおり、通常の注意力を有する者がこれを見た場合、本件絵画1及び2の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得することができるといえるから、被告の行為は複製に該当するというべきであり、被告の上記主張を採用することはできない。
2 争点(2)故意過失の有無について
 争いのない事実等(1)ア(ア)及びイのとおり、亡Cは、著名な女流画家であり、同人が、同じく画家の亡Dと婚姻し、3人の子をもうけたことは美術業界において比較的よく知られた事実であること、被告は、美術品の鑑定等を業とする株式会社であって、美術業界に属する一員であることからすると、被告は、本件絵画1及び2の著作権が亡Cの親族に相続されていることを知り得べきであったにもかかわらず、本件絵画1及び2を複製し、著作権侵害行為に及んだのであるから、被告には、少なくとも過失が認められるというべきである。
3 争点(3)損害の額について
(1) 被告は、上記1のとおり、本件鑑定証書1及び2を作製した際、本件絵画1及び2の縮小カラーコピーを作製し、原告の有する本件絵画1及び2についての複製権を侵害しているから、これにより原告に生じた損害を賠償すべきである。
(2) 損害額の算定
ア 争いのない事実等に加え、証拠(乙7)及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められる。
(ア) 争いのない事実等(1)ア(オ)、イのとおり、亡A及び原告並びに被告は、いずれも亡Cの作品について鑑定業務を行っている。
(イ) 被告は、鑑定業務において、依頼された作品の鑑定を行い、真作と認める作品についてのみ鑑定証書を作製している。費用は、一部画家の作品を除き、作品1点につき6万円(鑑定料3万円、鑑定証書作製費3万円)であり、受付作品が鑑定証書を作製するに至らないと判断された場合は、鑑定料のみとなる。
(ウ) 争いのない事実等(2)のとおり、本件絵画1及び2については、被告の鑑定委員会名義による本件鑑定証書1及び2がそれぞれ作製され、それぞれ本件絵画1及び2の縮小カラーコピーが裏面に貼付されている。
イ 以上の認定事実によると、被告は、鑑定及び鑑定証書の作製により、作品1点につき6万円を受領しているが、本件絵画1及び2について原告の有する複製権を侵害する行為は、本件絵画1及び2の縮小カラーコピーを作製し、これを貼付した本件鑑定証書1及び2を作製したことであって、本件絵画1及び2の鑑定を行うこと自体は、何ら原告の複製権を侵害するものではない。
 したがって、被告が作品1点につき受領した6万円の全額が被告の利益であるとする原告の主張は、採用することができない。
 そして、被告は、著作権侵害行為である本件絵画1及び2の縮小カラーコピーが貼付された本件鑑定証書1及び2の作製について、作品1点につき鑑定証書作製費3万円の対価を得ており、鑑定証書作製に要する経費の額については、被告による特段の主張立証はなされていないから、被告が、鑑定証書の作製により得た利益の額は、作品1点当たり3万円と算定される。そして、本件においては、2通の鑑定証書が作製されているから、複製権侵害行為である本件鑑定証書1及び2の作製により被告が得た利益の総額は、3万円×鑑定証書数2通=6万円と算定するのが相当である。
 以上によれば、著作権法114条2項に基づく原告の損害額は、6万円と認められる。
(3) なお、原告は、著作権法114条3項に基づく使用料相当額の損害として、1作品当たり5万円(鑑定料3万円、カタログ・レゾネ掲載料2万円)×作品数2枚=10万円の損害を被ったと主張する。そして、証拠(甲11、12)によると、亡A及び原告が、亡Cの絵画の鑑定業務においては、上記金額を請求していること、鑑定した絵画のカラーコピーを付した鑑定証を交付していることが認められるところである。
 しかしながら、亡A及び原告による鑑定業務における鑑定料等の定め(甲11)によると、亡A及び原告の鑑定業務において、A家から既に鑑定証が発行されており、既存の鑑定証との引換えで新たな鑑定証を作製する場合のカタログ・レゾネ掲載料を含む費用は、1作品当たり3万円であることが認められる。そして、前記?イのとおり、絵画の真贋の鑑定を行うこと自体は、当該絵画についての著作権の行使とは認められず、また、当該費用には、鑑定証作製に要する経費等のほか、鑑定証の作製及びカタログ・レゾネへの掲載に伴い、作品を複製する等して使用することに対する対価をも含むものと解することができるから、鑑定証の作製のために作品を複製する場合の著作権使用料相当額については、上記の金額3万円を限度とするものであり、同金額を超えることはないものと解される。
 そうすると、本件において、本件絵画1及び2の著作権使用料相当額は、6万円(3万円×2作品)を超えることはないから、著作権法114条3項に基づく使用料相当額については、前記(2)において同条2項に基づき算定した金額6万円を超える損害額を認めることはできないというべきである。
 よって、原告の主張を採用することはできない。
4 争点(4)権利の濫用、フェア・ユースについて
(1) 被告は、原告の本件請求は、権利濫用又はフェア・ユースの法理により、許されないと主張する。
 しかしながら、原告は、原告が有する本件絵画1及び2の著作権に基づいて、被告による著作権侵害に対する損害賠償を求めているものであり、特段、被告を害する意図等は認められないこと、本件の請求額も2作品合計で12万円と少額であることからすると、原告の請求が、権利濫用に該当すると認めることはできない。
 また、フェア・ユースの法理については、我が国の現行著作権法には、同法理を定めた規定はなく、米国における同法理を我が国において直接適用すべき必然性も認められないから、同法理を適用することはできないというべきである。
 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(2) なお、被告は、平成21年法律第53号による著作権改正による同法47条の2(美術の著作物等の譲渡等の申出に伴う複製等)が、鑑定証書についても適用ないし準用されると主張する。
 しかしながら、上記条項は、「美術の著作物…の所有者その他のこれらの譲渡又は貸与の権原を有する者が」、当該著作物を「譲渡し、又は貸与しようとする場合には」、「当該権原を有する者又はその委託を受けた者は」、「その申出の用に供するため、これらの著作物について、複製又は公衆送信…を行うことができる。」旨を定めるものであるところ、当該著作物を鑑定し、真作であること証明する目的で作製される鑑定証書は、美術の著作物の所有者その他の譲渡等の権原を有する者又はその委託を受けた者によって作製されたものではなく、また、当該著作物の譲渡等の申出の用に供するために作製されるものと認めることはできないから、前記改正による条文が、その施行前に行われた行為に対して適用ないし準用できるか否かについて検討するまでもなく、上記条項を適用等することはできないというべきである。
 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
第4 結論
 以上により、原告の請求は、6万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 菊池絵理
 裁判官 坂本三郎


(別紙)絵画目録
1 作品題名 花
  寸法 縦33.2cm×横24.4cm
2 作品題名花
  寸法 縦41.0cm×横31.9cm
  画材 キャンバス
  製作手法 油彩
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/