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【事件名】函館市長選名誉棄損事件
【年月日】平成22年4月28日
 函館地裁 平成20年(ワ)第104号 損害賠償等請求事件

判決


主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1請求
1被告は、原告に対し、金1100万円及び内金1000万円に対する平成19年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は、被告の費用をもって、原告のために株式会社北海道新聞社発行の北海道新聞及び株式会社函館新聞社発行の函館新聞に、見出し2倍活字本文1倍活字記名各2倍活字を使用して、別紙広告目録記載の文面の謝罪広告を1回掲載せよ。
3訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
1本件は、函館市長であった原告が、現在函館市長であり、同市助役だった被告の、助役辞任後函館市長選挙までの間の発言により名誉を毀損されたと主張して、被告に対し、民法709条及び710条に基づき1100万円の損害賠償及び内金1000万円に対する継続的不法行為の終了した日である平成21年4月21日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、同法723条に基づき新聞紙上への謝罪広告の掲載を求めた事案である。
2前提事実(特記した事項以外は当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア 原告
 原告は、平成11年4月25日から平成19年4月26日まで、2期8年間、函館市長であった。
イ 被告
 被告は、昭和48年4月1日に北海道亀田市の職員となり、同市と函館市との合併によって、同年12月1日に函館市の職員となり、その後、平成15年7月19日から函館市助役を勤め、平成18年12月31日に辞任した。
 被告は、遅くとも平成19年2月24日までに、同年4月15日に告示され、同月22日に実施された函館市長選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補することを表明した(乙17)。
 被告は、本件選挙において当選し、同月27日から現在に至るまで、函館市長である。
(2)被告の発言
ア 被告は、平成19年1月29日、函館市役所内の市政記者室での記者会見において、「助役辞任の理由および背景・経過について」と題する文書を出席者に配付した上、被告が助役を辞任した理由の一つとして、「ひとつは、福祉の利権を巡って、私や職員に脅迫的に迫り、誹謗中傷を続けているブラックジャーナル(ここでいうブラックジャーナルが、Sの発行する季刊誌であるT及び同誌編集部によってインターネット上に掲載されるUを指すこと並びにTの編集・発行人がAであることは当事者間に争いがない。以下、T及びUを併せて指す場合は「TU」という。)と手を切るよう市長に再三申しあげましたが、実現できなかったこと。さらに、その周辺にはいつも議会首脳・経済界首脳がいるということ。」という趣旨の発言をした(以下、この発言を「第1の1発言」という。)。
 被告は、更に、辞任の理由の前提事実の説明として、平成18年に発生したVが設置を検討していた介護付き有料老人ホーム(以下「本件施設」という。)の設置許可に係る問題(以下「本件施設設置問題」という。)に触れて、「困った状態だなと心配しておりましたが、こうしたことがしばらく続き、結果、7月20日になって、市長室に福祉部長(同日当時の福祉部長B(以下「B部長」という。)を指す。)・次長(同日当時の福祉部次長C(以下「C次長」という。)を指す。)が呼ばれ、D議長(同日当時の函館市議会議長Dを指す。以下「D議長」という。)同席のもと、強く再検討の指示があったとのことであります。当日夜、私の家にB部長が深刻な面持ちで来て、そのことの報告がありましたが、私としては、まず冷静になって、許可の内申をした場合どういう結果になるのか、また、許可しない場合は、どのようなことが派生するのか、箇条書で問題点を整理したうえで、改めて市長と協議すべきであると指示をしました。」という趣旨の発言をした(以下、この発言を「第1の2発言」という。)。
イ 被告は、平成19年4月11日、函館市M町所在のY1で開催された「Eを励ます総決起集会」において、「私一杯書いているものですから、友だちが、日本人に・・・Eの話は難しくて駄目だ。もっと日本人に分かりやすいように言えと。なんだと。それはですね、基本的には水戸黄門だって言うのです。水戸黄門。なんで何十年も水戸黄門の番組は続いていると思うと。おんなじストーリーなのですよね。見ているのですよ。それはですね、必ず悪代官が出てくる。いや、私Fさんを悪代官にしたくはないのですが、そんなに悪い人でないのです。だけど悪代官にはいつも悪徳商人の越後屋さんというのがついてます。そしてもう1人、必ず地回りのやくざの親分がついてるんです。いつもその3人が悪いのですね。さらに函館の場合はブラックジャーナルとか舌が回らないような言葉でなくて、かわら版屋さんがついているのですね。それはですね、水戸黄門は印籠を出して、これが見えないか、とやる。そして、引っ立ていとやるのですけど、Eの印籠は小さい。これが7万5000集まれば、印籠がでかくなって、これで世の中は変わる。それを言えば、E絶対だ。Eの話は難しい、と親友が言っておりまして。でも私はFさんを悪代官にはしたくありません。ただ、権力の構造っていうものがそうなっている、悪代官と、越後屋さんと地回りの親分と、かわら版屋さん。これはですね、お引き取り願わなきゃ駄目だ。」と発言した(以下、この発言を「第2発言」という。)。
3争点
(1)被告が、本件選挙の選挙期間中、第2発言と同様の発言を繰り返したか
(2)第1の1発言、第1の2発言及び第2発言(以下、これらを併せて指す場合は「本件各発言」という。)により、原告の社会的評価が低下したか
(3)本件各発言の違法性
ア 本件各発言が、公共の利害に関する事実に係る発言であり、もっぱら公益を図る目的でされたか
イ 本件各発言が事実の摘示である場合、その摘示された事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったか
ウ 本件各発言が意見ないし論評である場合、その前提としている事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったか
エ 本件各発言が意見ないし論評である場合、その発言が意見ないし論評としての域を逸脱したものでないか
(4)損害の内容及び謝罪広告の可否
4争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(被告が、本件選挙の選挙期間中、第2発言と同様の発言を繰り返したか)について
ア 原告の主張
 被告は、平成19年4月19日の函館市N所在のY2での個人演説会及び同月20日の函館市O町所在のY3での個人演説会においても、第2発言と同様の発言を繰り返した。
イ 被告の主張
 被告は、Y2での個人演説会では、そのような発言はしていない。また、Y3での個人演説会においては、「Fさんは悪人じゃないので悪代官ではなく代官」と述べたが、原告が悪代官である旨の発言はしていない。
(2)争点(2)(本件各発言により、原告の社会的評価が低下したか)について
ア 原告の主張
 被告は、記者会見において、「助役辞任の理由および背景・経過について」と題する文書を配付した上で、第1の1発言及び第1の2発言を行ったものであるところ、これらの内容は、あたかも原告が、TUの発行者であるAや議会首脳、経済界首脳と結びついており、福祉部長らに対し、法律上認められていない有料老人ホームの建設について脱法的に許可がされるように再検討を行うよう指示したかのような印象を与えるものであり、また、いわゆる天の声によって、本来許可できないものを許可するよう指示することにより、原告が法による行政を歪める行為に及んだかのような印象を与えるものであることから、これらによって、原告の社会的評価は低下したというべきである。さらに、「さらにその周辺にはいつも議会首脳、経済界首脳がいる。」との発言は、市長とブラックジャーナルが悪の中核であり、市議会議長と商工会議所会頭が、その周辺で暗躍しているというものであり、函館市長としての社会的評価を低下させるものである。
 また、第2発言において用いられた、原告についての悪代官という呼称は、悪徳商人の越後屋、地回りのやくざという呼称と一体となって、原告が悪人集団の1人であるという印象を与え、原告の政治家としての名誉を著しく毀損するものであることは明白であり、第2発言によって原告の社会的評価は著しく低下した。
イ 被告の主張
 第1の1発言及び第1の2発言は、当時の市長である原告に対し、TUとの関係について再考を求める趣旨及び内容であり、第2発言は、被告が、本件選挙への立候補を決めた後、当時の市長である原告の政治姿勢を批判し、自らの政治姿勢や公約について説明する趣旨及び内容であって、悪代官という表現も、原告が、TUによる攻撃から部下を守ろうとせず、反対に、TUで自己の宣伝をしてもらったり、現場で職員や市民と一緒に汗を流そうとせずに現場から離れてしまった原告の政治姿勢を批判し、そのことを分かりやすく説明するために、テレビドラマの水戸黄門(以下、水戸黄門というときは、テレビドラマの水戸黄門を指す。)の例を用いて説明をしたものであり、いずれも原告個人を誹謗中傷するものではないから、本件各発言により、原告の社会的評価は低下していない。
(3)争点(3)(本件各発言の違法性)について
ア 争点(3)ア(本件各発言が、公共の利害に関する事実に係る発言であり、もっぱら公益を図る目的でされたか)について
(ア)被告の主張
 第1の1発言及び第1の2発言は、函館市長の政治姿勢という公共の利害に関する事実について、同市長の政治姿勢に再考を促すためというもっぱら公益を図る目的に基づくものであった。なお、被告は、第1の1発言及び第1の2発言の当時は本件選挙に立候補する意思を有しておらず、本件選挙に立候補するためにことさらに原告を批判する争点を作出する意図などはなかった。
 第2発言は、被告が本件選挙への立候補を決めた後、被告の支持者を前にして、現職市長という公人としての原告の政治姿勢を批判し、自らの政治姿勢や公約について説明する趣旨及び内容であって、個人としての原告を誹謗中傷するものではなく、函館市長の政治姿勢などの公共の利害に関する事実について、選挙戦を前にして次期市長に相応しい政治姿勢を訴えるという、もっぱら公益を図る目的に基づくものであった。
(イ)原告の主張
 第1の1発言及び第1の2発言の時点で、被告は本件選挙への立候補を決めていたのであり、原告との政策面での相違を際立たせるために発言したものであるから、それらの発言は、公益を図る目的でされたものではなかった。本件各発言の目的は、対立候補としての原告個人の社会的評価を低下させ、原告の市長としての資質に重大な疑問を有権者に抱かせることにあった。
イ 争点(3)イ(本件各発言が事実の摘示である場合、その摘示された事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったか)及び争点(3)ウ(本件各発言が意見ないし論評である場合、その前提としている事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったか)について
(ア)被告の主張
 本件各発言において摘示された事実又は前提としている事実が、重要な部分について真実であり、少なくとも、真実であると信じるについて相当な理由があった。すなわち、第1の1発言及び第1の2発言は、被告が、原告に対し、福祉の利権を巡って被告や他の市職員に脅迫的に迫り誹謗中傷を続けているブラックジャーナル(TU及びその編集・発行人であるA)との関係を切るように進言したにもかかわらず、原告が、これを実行しなかったこと、本件施設設置問題について、既に、函館市として、これを許可すべきではないとする内容の意見書を北海道に提出していたにもかかわらず、原告から再検討を行うようにとの指示があったこと等の事実を摘示したものであり、本件第2発言は、上記の事実関係を前提として、原告の政治姿勢や函館市の権力構造について論評を加えたものである。そして、現実に、被告は、平成18年6月ころに2回、同年9月ころに1回、原告に対してTUやAとの関係を切るように進言したにもかかわらず、原告がこれを実行しなかったほか、原告は、平成18年7月20日に、D議長同席のもとで、B部長、C次長に対して本件施設設置問題についての再検討を指示していることから、上記の事実関係は、その重要部分において真実であり、仮に、真実でないとしても、被告において、少なくとも真実であると信じるについて相当な理由があったというべきである。
(イ)原告の主張
 被告が原告に対してブラックジャーナルとの関係を切るように進言したとの事実は存在しない。また、被告の主張によれば、ブラックジャーナルとの関係を切るということの前提として、原告がブラックジャーナルと称されるAとの癒着により、市政が歪められて運営されたという事実が存在しなければならないところ、かかる事実は存在しない。
 原告は、平成18年7月20日、本件施設設置問題を巡って、D議長、B部長及びC次長と面談したが、その際、原告は、原告がAと面談する場合に備えて、Aから提起されるであろう質問を部下に向けて発しただけであり、再検討の指示は行っていない。Vの計画を前提とした場合、本件施設の設置を許可することは法的に不可能であり、原告が、B部長やC次長に対し、違法な指示をする理由はまったくない。なお、原告は、Vの計画が、本件施設を市街化調整区域内に建設する内容であったことから、市街化調整区域内において、福祉施設の建設が許可された事例を調査するよう指示して、この日の会合は終了している。
 第2発言は、これを根拠付ける事実の摘示がないため、そもそも真実性を証明する対象がない。
ウ 争点(3)エ(本件各発言が意見ないし論評である場合、その発言が意見ないし論評としての域を逸脱したものでないか)について
(ア)被告の主張
 本件各発言が意見ないし論評である場合、その前提となっている前記の事実関係に照らせば、その発言は意見ないし論評としての域を逸脱したものではない。
(イ)原告の主張
 第2発言は、具体的事実の摘示もなく、いきなり、悪代官と称される原告が、悪徳商人や地回りのやくざの親分と一体となって悪事を働いているという内容であり、悪意に満ちた人身攻撃であるから、論評に値しない。
(4)争点(4)(損害の内容及び謝罪広告の可否)について
ア 原告の主張
 被告の発言により、原告の名誉を傷つけられ、市民からの信頼も失墜した。これらにより原告が被った精神的苦痛は甚大であり、原告の名誉を回復し、苦痛を慰謝するには少なくとも金1000万円の支払及び請求の趣旨第2項記載の謝罪広告の掲載が必要である。
 また、原告は、原告訴訟代理人らに本件訴訟の追行を委任しているところ、被告に負担させるべき弁護士費用の額は、100万円が相当である。
イ被告の主張
 原告の主張は争う。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(被告が、本件選挙の選挙期間中、第2発言と同様の発言を繰り返したか)について
 原告は、被告が、平成19年4月19日にY2で開催された演説会及び同月20日にY3で開催された演説会において、第2発言と同様の発言を繰り返したと主張し、G、H及びI作成の各確認書(甲15ないし17。)には、これに沿う記載があるほか、証人Gの証言にもこれに沿う部分が存在する。しかし、上記各確認書には、被告が原告を悪代官になぞらえる発言があった旨とその演説の一般的な印象、感想が記載されているのみであり、その内容が抽象的かつあいまいなものに止まっていること、証人Gの証言も、いかなる文脈で、被告から「悪代官」との言葉が発せられたのかについては不明確であるなど、全体としてあいまいであることに加え、平成19年4月19日にY2で開催された演説会に行った動機として、被告の選挙活動等に疑義を持っていたためであると述べながら、始まって15分くらいで「悪代官」との言葉が発せられたのを聞いてすぐに出てきたと述べるなど、被告の選挙活動等に疑義を持った者の行動としては不自然な証言内容であることに照らすと、上記各確認書の記載及び証人Gの証言はにわかに採用することができず、他に、被告が、平成19年4月19日にY2で開催された演説会及び同月20日にY3で開催された演説会において、第2発言と同様の発言を繰り返したと認めるに足りる的確な証拠はない。
 よって、原告の主張は、採用することができない。
2争点(2)(本件各発言により、原告の社会的評価が低下したか)について
(1)ある表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、それが記者会見や聴衆の面前での演説によりされた場合には、これを聴く一般人の普通の注意と聴き方を基準として判断すべきである。
 以上を前提に、本件各発言によって原告の社会的評価が低下したかについて、検討する。
(2)第1の1発言について
 第1の1発言は、@被告が原告に対し、福祉の利権を巡って被告や市の職員に脅迫的に迫り、誹謗中傷を続けているブラックジャーナルとの関係を切るよう進言したこと、Aそれを実現できなかったこと(原告がブラックジャーナルとの関係を切らなかったこと)の各事実を摘示するものである。
 第1の1発言は、それを聴く一般人に対し、原告が、利権を巡って不当な要求をするようなブラックジャーナルと称される特定の報道機関と親密な関係を築き、市政を歪めているという印象を与え、原告の市長又は政治家としての信用を害するものであるから、第1の1発言によって原告の社会的評価が低下したことは否定できない。
 なお、原告は、第1の1発言のうち、「さらにその周辺には、いつも議会首脳、経済界首脳がいる。」との事実を摘示する部分についても、原告の名誉を毀損するものと主張するが、当該主張は、弁論準備手続が行われて争点整理がされ、証拠調べが終了した後に初めて主張されたものであり(平成22年1月22日付け最終準備書面25頁)、当該主張について判断した場合、その結論によっては争点(3)に対する判断をする必要が生じ、そのためには相当の期間にわたる審理を要することが明らかであるから、当該主張は、時機に後れたものとして、民事訴訟法157条により却下する。
(3)第1の2発言について
 第1の2発言は、平成18年7月20日、原告からB部長及びC次長に対し、本件施設設置問題に関して強く再検討の指示があったとの事実を摘示するものである。
 第1の2発言は、それを聴く一般人に対し、原告が、部下に対し、福祉施設の設置許可に関し、脱法的に許可されるよう再検討するよう指示し、原告が法による行政を歪める行為に及んだという印象を与え、原告の市長又は政治家としての信用を害するものであるから、第1の2発言によって原告の社会的評価が低下したことは否定できない。
(4)第2発言について
 弁論の全趣旨によれば、第2発言は、一般に、元水戸藩主徳川光圀が全国を行脚しながら、各地において、権力を濫用している地元の権力者を懲らしめるという内容で広く親しまれている水戸黄門が、地元の権力者として権力を不当に利用する悪代官、悪代官に賄賂を提供しその権力の庇護を受ける悪徳商人(なお、水戸黄門においては、主人公である水戸光圀は、自らの身分を隠すために越後のちりめん問屋の隠居の光右衛門を名乗っているため、悪徳商人の名称として「越後屋」は用いられていない。)、悪代官と癒着し賭博場などを主宰する地回りのやくざがしばしば登場する設定であることから、これになぞらえて、原告が、悪代官の役回りであり、その悪代官には悪徳商人と地回りのやくざの親分がついており、函館においてはさらにかわら版屋が付いている、函館市の権力の構造がそうなっており、彼らにお引き取り願わなければならないという内容の発言であると認められる。このように、第2発言は、主として第1の1発言及び第1の2発言が摘示する事実関係を前提として、函館市の権力の構造を水戸黄門の登場人物の役回りと比喩的に対照させたものである。
 そして、一般に広く知られた水戸黄門における悪代官の上記のような役回りに照らせば、これを聴いた一般人に対し、悪代官に例えられた者が、何らかの悪事を行っているとの印象を与えることは避けられないというべきであることから、本件第2発言によって、原告の社会的評価が低下したというほかない。
3争点(3)(本件各発言の違法性)について
(1)事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的がもっぱら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。
 また、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的がもっぱら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁、最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。
 そして、当該表現が事実を摘示するものか、意見ないし論評を表明するものかの区別は、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張しているものと理解されるか、証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議と理解されるかによって区別される(最高裁平成15年(受)第1793号、第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)。
 以上を前提に、本件各発言の違法性について検討する。
(2)争点(3)ア(本件各発言が、公共の利害に関する事実に係る発言であり、もっぱら公益を図る目的でされたか)について
ア 前記前提事実(2)アのとおり、第1の1発言及び第1の2発言は、被告が函館市助役を辞任した後に、函館市役所内の市政記者室での記者会見の場において、辞任の理由を説明する中でされたものである。その内容は、原告の函館市長としての政治姿勢に関する問題点を指摘するものであるから、第1の1発言及び第1の2発言が、函館市の公共の利害に関する事実に係る発言であり、もっぱら公益を図る目的でされたものと認めることができる。
 また、本件第2発言についても、当時の市長であった原告の政治姿勢を批判し、被告の政治姿勢や公約について説明する趣旨及び内容であって、悪代官という表現も、原告の政治姿勢を比喩的に表現するために使用されたものと認めることができることを考慮すると、公共の利害に関する事実に係る発言であり、かつ、もっぱら公益を図る目的でされたものと認めることができる。
イ この点について、原告は、被告が対立候補たる原告との政策の違いを際立たせることで、原告の社会的信用を低下させ、原告の市長としての資質に重大な疑問を有権者に抱かせる目的で本件各発言を行ったものであるから、本件各発言には公益を図る目的がなかった旨を主張する。
 しかしながら、第1の1発言及び第1の2発言については、被告が同発言をした平成19年1月29日の時点で、本件選挙への立候補を決めていたと証拠上認めることはできず、この点において、原告の主張は失当というほかない。
 また、第2発言については、仮に、原告の主張するとおり、対立候補者である原告との政策面での違いを際立たせ、有権者に、対立候補者としての原告の資質に重大な疑問を抱かせる目的でされたものであったとしても、それらの発言は函館市長選挙の候補者の政治姿勢を批判するものであるから、函館市の公共の利害に関する事実に係る発言であることは明らかであり、かつ、一般に、選挙戦においては、対立候補の政治姿勢等についての問題点を指摘するに際し、対立候補の社会的評価を低下させるような事実を摘示したり、論評を加えたりすることがしばしば行われるところ、これらについては、選挙戦において自己を有利にするという目的が含まれることをもって、公益目的が否定され、不法行為が成立するとすれば、およそ自由な選挙運動は成り立たなくなると考えられることに照らすと、自らも立候補する予定の選挙において、選挙戦を自らに有利に戦う目的でされた発言であることをもって、もっぱら公益を図る目的でされたものではないということはできない。
 以上によれば、原告の主張は採用することができない。
(3)争点(3)イ(本件各発言が事実の摘示である場合、その摘示された事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったか)及び争点(3)ウ(本件各発言が意見ないし論評である場合、その前提としている事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったか)について
ア 認定事実
 前記前提事実並びに掲記の証拠等及び弁論の全趣旨によれば、争点(3)イ及びウについての判断の前提となる事実として、次の事実が認められる。
(ア)本件施設設置問題について
(a)Vは、平成17年11月4日、函館市福祉部(以下「福祉部」という。)に対し、本件施設について、市街化調整区域である函館市P町の土地に設置することを計画していると伝えたのに対し、福祉部は、現時点での指定は困難である旨を回答した。
 Vは、平成18年1月27日、函館市との協議が不十分なまま、北海道に対し本件施設の設置計画事前協議書を提出した。北海道は、これを受けて、同年2月1日、函館市に対し、北海道有料老人ホーム設置運営手続要領2条3項に基づき、設置計画に対する意見を求めた。
 福祉部は、同月10日、北海道に対し、@函館市における特定施設入居者生活介護について第3次函館市高齢者等保険・医療・福祉計画(以下「福祉計画」という。)に定める設備計画数を消化していること、A特定施設入居者生活介護の指定を希望する事業者に対し、同年4月以降に改めて協議する運用をしていること、Bその運用に従い、他の複数の業者が函館市の運用を尊重し、事前協議を見合わせている状況にあること、CVが函館市との協議を十分しないまま北海道に対し事前協議書を提出したこと、DVに対し指定を与えた場合、函館市に対する不信の念を抱き、介護保険事業の円滑な推進に支障をきたすことが懸念されること、E設置予定地は市街化調整区域であり、基本的に立地できないこと等を内容とする意見書(以下「本件意見書」という。)を提出した。
(当事者間に争いがない。)
(b)原告は、本件意見書の提出に先立ち、本件意見書の内容を確認した上で、前記Eについての記載を、「なお、当該施設の立地場所については、市街化調整区域であり、これまで当市においては、有料老人ホームの整備事例がないことを申し添えます。」との表現から、「なお、当該施設の立地場所については、市街化調整区域であり、基本的には立地ができないものであります。」との表現に変更するよう指示した(乙29、証人Bの証言、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。
(c)Tの編集・発行人であるAは、Vの顧問と称して、同年2月3日、福祉部に対し、北海道からの前記意見照会について、肯定的な意見を書くように求めた。Aは、その際、同日当時の福祉部長J(以下「J部長」という。)に対し、「話が聞けないなら、もっと上に話す。」と述べた。(乙25、28、弁論の全趣旨)
 Aは、同月17日、福祉部に本件意見書に関する質問書を提出する際、同日当時の福祉部担当助役であった被告及びJ部長に対し、政治的な判断により本件施設を設置できるよう指示することを要求した。同人らがその要求を拒んだところ、Aは、「政治的判断をしないのであれば、被告をこれから徹底的に叩く。福祉部についても、半年から1年かけて潰してやる。」と述べた。(乙25、33、証人Jの証言、被告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)
 Vの専務は、同年4月6日、当時の福祉部次長であるC次長に対し、上記質問書とほぼ同じ内容の質問書を提出した(乙25、34、弁論の全趣旨)。
 Vの専務、施設長及び事務長は、同月25日、同年6月1日及び同月5日、福祉部に対し、本件施設の設置予定地が市街化調整区域であることを理由に本件施設の設置許可が出ないのは納得できない旨の意見を述べた(乙25、34、35、36、弁論の全趣旨)。
 Aは、同年7月31日、福祉部を訪問し、B部長及びC次長に対し、本件施設の設置に関する質問状を手渡した(乙25、41、弁論の全趣旨)。
 B部長は、同年8月4日、Aに対し、上記質問状に対する回答文書を手渡した(乙25、42、弁論の全趣旨)。
 北海道は、同月9日、Vが北海道に提出した前記事前協議書を送り返したが、Vは、同月10日、その受け取りを拒否し、同月14日、北海道に対し、質問状を提出した(乙32、弁論の全趣旨)。
 北海道は、同年9月22日、Vが前記事前協議書を受け取る旨の意見を述べたため、再度、前記事前協議書を送り返し、その旨を函館市に通知した(乙25、32、44、弁論の全趣旨)。
(イ)TUについて
(a)平成18年3月1日発行のT2006年春季号において、「「死に体」E助役居残り決定、今日に至るまでの顛末!」と見出しの付いた記事が掲載され、同号の広告が同月3日付け北海道新聞に掲載された(乙48、49)。
 同月14日付けUとして、「「辞表を持ってきたらすぐ受理する」(F市長サイド)、ごく最近の話である。トップにここまで言われている助役が居座り続ける。(中略)T・春季号の中で、E助役の子供的、幼稚さ、鈍感さ、当然の帰結である助役としての器失格、等々は報じたが、トップが辞表を持ってくるのを待っているものの、本人は「ガキ」の如く地べたにしがみつくといった状況になっている。」等の内容を含む記事が、インターネットのホームページ上に掲載された(乙50)。
 同月20日付けUとして、「例の死に体化しているE助役問題では相変わらず、本人が辞表も提出せず居残っている状態が続いているが、この一方でK氏を商観部長として続投させたことから、E助役が身の程知らずに望んでいるなどといわれている来春の再任は消え去ったとみられている。一皮めぐれば問題の多い福祉部で部長と次長ともに交代となった。」等の内容を含む記事が、インターネットのホームページ上に掲載された(乙51)。
 同年6月1日ころ発行されたT2006年夏季号において、「中には、議員の強引な手続きもへったくれもない、談合話に聞き入って、事例によっては計画もずさんで極めていい加減なために、正規の手続きを踏んだ正当な申請等を『ダメだ、ダメだ』などと訳も分からず跳ね返すばかげたことも起きている。」等の内容を含む記事が掲載された(乙8)。
 同年8月16日付けUとして、「福祉部にあってはこれらの許可問題の担当次長(S次長)が何と同部に在職すること33年にも及んでいて、くるくる変わる福祉の「素人」部長のもとでボスとなり、中心的な役割を果たしている。33年も同じ福祉部に置くことは何を意味するか。ボウフラが沸くどころの騒ぎではなかろう。F市政の人事とは一体如何なるものであるのか。これらのことについては追って取り上げるとしよう。」等の内容を含む記事が、インターネットのホームページ上に掲載された(乙9)。
(b)原告とAとは、約20年前からの知り合いであり、Aは、原告が市長在任中、市長室を訪ねることがあり、原告が職員の立ち会いなくAの取材に応じる場合があった。また、Aは、平成18年1月2日には、原告宅で開かれた年始の宴会の場にも参加していたほか、TUにおいて、原告の政策について、肯定的な記事を掲載することがしばしばあり、本件選挙においても、原告の3選に肯定的な記事を掲載した。なお、上記宴会の場に参加した報道関係者は、A以外にはいなかった。(甲18、乙7の1、乙53、54、109、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果)
 函館市役所においては、少なくとも15年ほど前から、管理職を中心として、Tを購入しており、原告もそのことを認識していた(乙72、証人Jの証言、被告本人尋問の結果。なお、原告は、上記事実について、本件訴訟が提起されるまで知らなかった旨の供述をするが、乙72号証によれば、原告自身が平成18年12月28日の定例市長記者会見で、上記供述に反する内容の発言をしていることが認められるから、TUに関する原告の上記供述を信用することはできず、他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。)。
(c)被告は、原告に対し、前記T2006年夏季号が発行された後の、平成18年6月ころ、「危険なので、市長は、A氏とは関わらないように一線を画しておいてください。」と述べた。
 同年9月の市議会が終了した後の議場において、Tについて、原告が被告に「Aから、そろそろ100冊くらい買ってやらなければならないな。」と言ったのに対して、被告は、原告に、「脅迫や誹謗中傷を行っている雑誌を買うことは私の立場ではできません。」と述べた。被告は、その直後に、当時のL助役(以下「L助役」という。)及びJ部長を助役室に呼び、両名に対し、「もし、市がTを職員に買わせるということであれば、私はこの政権チームから下ろさせていただくので、その旨を市長に伝えてほしい。」と述べた。
 L助役及びJ部長は、市長室を訪れ、原告に対し、被告の上記発言を伝えた。
(乙109、証人Jの証言、被告本人尋問の結果)
(d)函館市において、函館市が関わる許認可に係る事項について申入れ等をする報道機関又はその関係者は、Aのみであった(原告本人尋問の結果)。
(e)原告は、平成18年11月ころ、Tの単独インタビューを受け、その内容は、同年12月1日に発行されたT2007年新年特別号に掲載された(乙7の1、弁論の全趣旨)。
 原告は、平成18年12月28日の定例市長記者会見において、Aが、本件施設の設置に係る許認可に関し、被告及び福祉部に対してかなり強圧的な要請をしていたことを認識していた旨、及び、TUについて、地域に定着しているいわゆるミニコミ誌である旨の発言をした(乙72)。
(ウ)平成18年7月20日の原告の発言について
(a)Aは、本件施設設置問題を巡り、平成18年7月20日までに3回にわたって、D議長と面会し、D議長に対して「なぜVが許可にならないのか、その法的根拠と理由を明確にしてもらいたい。」、「福祉部は、何度尋ねても、許可にならない理由を明確にしない。」、「調整できないか。」、「担当のE助役(被告)の話は、聞いても信用できないので、市長の回答が直接欲しい。」などと強く不満を述べた。
 D議長は、Wから依頼を受けて、Wが函館市内に介護付き有料老人ホームを建設することについて協力したことがあり、その際、Wの代表者らから計画についての話を聞く際に、福祉部の担当者に対して同席を求め、当時の福祉部次長ほか1名を同席させたり(平成17年2月2日)、Wの代表者が福祉部に相談に訪れた日の夕方に、福祉部の担当者を議長室に呼び、同日の同社への対応内容について説明を求めたり(同年6月10日)したことがあった。
 上記のような経緯から、D議長は、Wが施設設置の許可を受けることができ、Vが本件施設の設置の許可を受けることができなければ、Aが、Wについて、D議長の圧力によって許可がされたかのような報道をすることについての危惧感を抱いていた。そこで、D議長は、平成18年7月20日、市長室に赴き、原告と面会し、本件施設設置問題について協議した。
(甲14、乙25、証人Dの証言)
(b) 同日、B部長及びC次長が、原告から市長室に呼ばれたところ、同室にはD議長が在室しており、同日5時ころから約50分間、上記4名で会談をした(以下、この会談を「本件会談」という。)(当事者間に争いがない。)。
(c) 原告は、B部長及びC次長に対し、本件施設設置問題に関し、「もう意見書を出したから駄目というのは理由にならないだろう。意見書を出したから駄目ということではなく、良いか、悪いかを決めるのが先。仮にいいのであれば、意見書を差し替えればいいのではないか。これでは相手を納得させられない。」という旨の発言(以下「本件発言」という。)をした。
 さらに、原告は、本件会談において、「『P−V』は、市街化調整区域であるが、より市街地に近いので認めても良いのではないか。福祉部が認めると、都市建設部も合意するのではないか。」という旨の発言、「Vに悪徳業者という先入観を持つな。Vがつぶれるなら、それで良いではないか。Xのように、その時は苦労するが、捌くことはできるだろう。一時混乱しても整理がつく。」という旨の発言、「市内では、QやRのように、市街化調整区域にある有料老人ホームもあるでしょう。」という旨の発言、「市街化調整区域に有料老人ホームの建設がダメであるという理由の中に、市街化区域で有料老人ホームをやりたいという事業者がたくさん待っている状況にあるので、市街化調整区域でやらせる必要がないという判断があった。しかし、現状では、事業者が少ない状況にあることから、『P−V』は考えられないかということである。」旨の発言及び「有料老人ホームの職員配置基準は3対1である。最低基準をクリアしていれば良いのではないか。2.5対1や2対1が良いとはいえないでしょう。」という旨の発言をした。
 また、D議長は、本件会談において、Vについて、本件施設の設置の許可がされなかった場合、Aが、Wについては、D議長の圧力によって許可がされた旨の誤った報道をするおそれがある旨を述べた。
(甲18、乙38、証人Dの証言、原告本人尋問の結果)。
(d)C次長は、原告の本件発言を聞き、本件施設設置問題に関し、本件意見書を提出したことについて再検討するよう指示があったものと受け止め、B部長は、指示命令か質問か判断に迷ったが、命令に近いものと受け止めた(証人C及びBの各証言。)。
(e)B部長は、本件会談の後、その日の夜に、被告の自宅を訪れ、原告の本件発言について報告した。被告は、その際、Vについて認める場合と認めない場合について、メリットとデメリットを整理して原告と協議するよう指示するとともに、本件会談の内容について、C次長と記憶を確かめて、正確な記録を残すよう指示した。(証人Bの証言、被告本人尋問の結果)
(f)原告は、同月21日午後1時ころ、B部長に対して電話を架け、北海道に提出した意見書の差し替えについては、同年2月に提出したものとは思っていなかった、それであれば差し替えは無理だという旨の発言をした(乙39、証人Bの証言。この点について、原告は、本人尋問において、当該発言をした記憶はないと供述するが、乙39号証が同日、B部長のメモに基づいて作成されたことに争いはなく、B部長が同日時点において虚偽の内容のメモを作成する動機も必要性も認められないばかりか、原告からの電話を受けた際に首の皮一枚つながったと感じたとの証人Bの証言は迫真性があり信用するに値するのに対し、当該事実に関する原告の供述は単に記憶にないと供述するにとどまるものであって、採用することができない。)。
(g)B部長及びC次長は、平成18年7月24日、原告に対し、Vに対して本件施設の設置の許可を与えるに当たっての問題となる事項や許可を与えた場合と与えなかった場合とでどのような影響が予想されるかなどを整理した「平成18年7月24日市長に説明し了解を得た資料」と題する書面(以下「本件説明書面」という。)を示し、その内容の説明を行った。原告は、B部長に対し、本件説明書面の記載のうち、許可を与えなかった場合に関する部分の「市長は、『不当な要求に屈せず、毅然として対応した。』として、市民から受け止められる。」との記載のうち、「市長は」とあるのを「市は」と訂正するように指示した。(甲18、乙40、証人B及びCの各証言、原告本人尋問の結果)
イ 第1の1発言について
(ア)第1の1発言は、事実を摘示するものであるから、その摘示された事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったかにつき判断する。
 第1の1発言が摘示する事実の重要な部分は、@被告が、原告に対し、福祉の利権を巡って、被告や職員に脅迫的に迫り、誹謗中傷を続けているブラックジャーナルとの関係を切るように言ったこと(以下、第1の1発言のうちのこの事実を「@事実」という。)、Aその後も、原告が、ブラックジャーナルとの関係を切らなかったこと(以下、第1の1発言のうちのこの事実を「A事実」という。)の2点にあるものと解される。
(イ)@事実について
 前記認定事実(ア)(a)及び(c)のとおり、函館市は、平成18年2月当時、特定施設入居者生活介護について福祉計画の定める設備計画数を消化していたこと、特定施設入居者生活介護の指定を希望する事業者に対しては平成18年4月以降に改めて協議する運用をしていたこと、その運用に従い、他の複数の業者が、事前協議を見合わせている状況にあり、Vに対して指定を与えた場合、他の事業者が函館市に対して不信感を抱くことになり、介護保険事業の円滑な推進に支障をきたすことが懸念されること、設置予定地は市街化調整区域であり、法律上、原則として、施設の建設が不可能であったこと等から、Vに対して本件施設の設置を許可することは、原告も自認するとおり、法的に不可能な状況であったことが認められる。そして、前記認定事実(ア)及び(イ)によれば、Aは、Vの顧問と称して、福祉部に対し、執拗に、北海道から本件施設の設置の許可が受けられるように要求し、被告や当時の福祉部長などがこれを拒絶すると、「政治的判断をしないのであれば、被告をこれから徹底的に叩く。福祉部についても、半年から1年かけて潰してやる。」旨を述べたこと、函館市の報道関係者の中で、函館市に対し、許認可事項について何らかの要求をする者は、Aのみであり、被告や当時の福祉部長などから要求を拒絶されたのと前後して、TUに被告や福祉部の職員を厳しく批判する記事を掲載していること、被告は、原告に対し、TUが被告又は福祉部に対して厳しい論調で批判を繰り返していた平成18年6月ころ、「危険なので、市長はA氏とは関わらないように一線を画しておいてください。」と述べ、更に、同様の批判が繰り返されていた同年9月ころ、L助役及びJ部長を通じて、「もし、市がTを職員に買わせるということであれば、私はこの政権チームから下ろさせていただく」旨を伝えたことが認められ、これらの事実を総合すると、Aが、介護付き有料老人ホームの設置に係る許認可という福祉の利権を巡って、福祉部に対し、法的に応じることが不可能な内容の不当な要求を執拗に行い、その要求が拒絶されるや、自己の発行するメディアを利用して、被告や福祉部の関係者を厳しく批判する行動に出たことから、被告が、原告に対し、前記認定事実(イ)(c)のようにAとの関係を切るよう進言するに至ったと認めるのが相当である。
 したがって、@事実は、その重要な部分について真実であると認められる。
(ウ)A事実について
 前記認定事実(イ)(e)のとおり、原告は、平成18年11月ころ、Tの単独インタビューを受け、その記事が、同年12月1日に発行されたT2007年新年特別号に掲載されたこと、また、平成18年12月28日の定例市長記者会見において、Aが、本件施設の設置に係る許認可に関し、被告及び福祉部に対して強圧的な要請をしていたことを認識した上で、TUについて、地域に定着しているいわゆるミニコミ誌である旨の発言をしていることに照らせば、原告が、被告からAとの関係を切るよう進言された後も、TUとの関係を切らなかったと評価できるから、A事実は、その重要な部分について真実であると認められる。
(エ)原告は、被告が原告に対してブラックジャーナルとの関係を切るように進言したとの事実は存在しない旨主張し、原告本人尋問の結果中には、これに沿う部分が存在する。しかし、前記認定事実(イ)(b)のような原告とAとの関係が存在しており、前記(イ)で説示したとおり、Aは、福祉部に対し、法的に応じることが不可能な内容の不当な要求を行っていたほか、TUには、被告の立場からみれば、誹謗中傷というべき内容の記事が多く掲載されていたことに照らすと、当時、助役であった被告が、市長であった原告に対し、Aと一線を画すべきである旨進言するのは、自然な流れとして首肯しうるのに対し、前記のような状況下で、被告が原告に対し、何らの進言もしないということは、むしろ、経験則上、不自然というべきであることから、原告の本人尋問の結果は、にわかに採用することができず、他に、上記認定を覆すに足りる的確な証拠はない。また、原告は、被告の主張によれば、ブラックジャーナルとの関係を切るということの前提として、原告がブラックジャーナルと称されるAとの癒着により、市政が歪められて運営されたという事実が存在しなければならない旨主張するが、第1の1発言は、必ずしも原告の主張するような事実関係を前提とせず、福祉の利権を巡って、不当な要求を行う者と市長である原告との間において、前記認定事実(イ)(b)のような関係があることを前提として、その関係を切るよう進言したことを述べているに過ぎないと認められることから、原告の主張は、失当というほかない。
ウ第1の2発言について
(ア)第1の2発言は、事実を摘示するものであるから、その摘示された事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったかにつき判断する。
 第1の2発言が摘示する事実の重要な部分は、「原告が、平成18年7月20日、B部長及びC次長に対し、本件施設設置問題に関して、再検討するよう強く指示した」点にあるものと解される。
(イ)そして、前記認定事実(ウ)(a)のとおり、D議長は、介護付き有料老人ホームの許認可事項に関係して、Wに助力しており、議長室に福祉部の担当者を呼び、Wの代表者らとともに協議したことがあったところ、Vが本件施設の設置の許可を得られない場合に、Aによって、Wに係る介護付き有料老人ホームの許認可について函館市に圧力をかけたかのような報道をされることを危惧したD議長が市長室に原告を訪ね、原告が説明を求めるためにB部長及びC次長を市長室に呼んだことにより、本件会談が始まっていること、本件発言は、D議長が同席する状態でされ、その内容は、本件施設の設置に関し、既に北海道に提出している本件施設の設置が認められない旨の本件意見書を、再度、実体的な要件等を吟味した上で、異なる結論の意見書に差し替えることもあり得ることを前提としたものであったほか、その余の原告の発言も、本件施設設置問題について、Vが施設設置の許可を受けることができないかという観点から、その立地や職員の配置等の実体的な要件を論ずるものであったこと、D議長も、本件会談において、Vが許可を得ることができなかった場合にAによって誤った報道がされることを危惧している旨発言していることに加えて、本件発言を聞いたB部長及びC次長において、C次長は、本件意見書を提出したことについて再検討するよう指示があったものと受け止め、B部長は、指示命令か質問か判断に迷ったが、命令に近いものとの受け止め方をしたことを総合的に勘案すると、原告の本件発言は、本件施設設置問題に関して、再検討するよう指示したものと認めるのが相当である。また、本件会談における原告の発言内容や同席していたD議長の発言内容に加えて、前記認定事実(ウ(e)のとおり、B部長は、午後5時から約50分間にされた本件発言について、その日のうちに原告に対して報告しているのであるから、B部長が、本件発言を、速やかに被告に報告すべき緊急性の高いものと捉えたと認められるのであって、本件発言による指示の程度は強いものであったというべきである。
 これらの事実を総合すれば、原告の本件発言は、本件意見書の提出について強く再検討するよう指示したと評価することができるから、「原告が、平成18年7月20日、B部長及びC次長に対し、本件施設設置問題に関して、再検討するよう強く指示した」という事実は、その重要な部分について真実であると認められる。
(ウ)この点について、原告は、本件発言は、本件施設に関して、近いうちにAが原告に質問をしてくることが予想されたため、その場合にされるであろう質問に対する答えを準備するために市街化調整区域に介護付き有料老人ホームが設置された事例がないかを調べるよう指示したものに過ぎない旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分が存在する。しかし、原告の主張するとおり、本件会談が、Aに対して行う、Vに本件施設の設置の許可を与えることができない理由の説明内容の準備を行うための内部的な協議であったとすれば、これに市議会議長であるD議長が同席して発言することは不自然というほかないことや、長年に渡って函館市の行政に携わっていたB部長及びC次長が、本件会談後、Vに本件施設の設置の許可を与えることができない理由等を整理した資料ではなく、Vに許可を与える場合において問題となる事項や許可を与えた場合と与えなかった場合とでどのような影響が予想されるかなどを整理した本件説明文書を作成し、これに基づいて、原告に対する説明を平成18年7月24日に行なった合理的理由は見出せないこと(なお、原告本人尋問の結果中には、本件説明書面が、何らかの意図をもって作成されたものであるとする部分があるが、他方で、原告は、平成18年7月24日にB部長から本件説明文書を示されたことを自認しており、B部長らが、同日の時点で、原告に対する説明に使用すること以外の意図をもって本件説明文書を作成する理由は認められない。)を勘案すると、原告本人尋問の結果は、にわかに採用することができず、他に、前記認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
エ 第2発言について
 第2発言は、主として第1の1発言及び第1の2発言が摘示する事実関係を前提として、函館市の権力構造を水戸黄門の登場人物の役回りと比喩的に対照させたものであり、具体的な事実を摘示したものではなく、また、原告が、水戸黄門の登場人物における悪代官の役回りであることは証拠等による証明になじまないものであるから、第2発言は、被告の意見又は論評を表明するものというべきである。そこで、第2発言の前提としている事実が、重要な部分について真実であるか、少なくとも、真実であると信じるにつき相当な理由があったかについて判断する。
 まず、原告を悪代官になぞらえて原告の政治姿勢を批判した部分については、前記イ及びウで説示したとおり、被告が、原告に対し、福祉の利権を巡って被告や職員に脅迫的に迫り誹謗中傷を続けているTUないしAとの関係を切るように言ったにもかかわらず、その後も原告がこれらとの関係を切らなかったこと、原告がB部長及びC次長に対し、本件施設設置問題に関して再検討するよう強く指示したことが認められるから、意見ないし論評の前提となっている事実関係の重要な部分が真実であると認められる。
 次に、悪代官にかわら版屋がついているとした部分については、前記認定事実(イ)のとおり、TUが原告の政策について肯定的な記事を掲載し、原告がAと親しく交際していたこと、上記のとおり、原告がTUないしAとの関係を切らなかったことが認められるから、意見ないし論評の前提となっている事実関係の重要な部分が真実であると認められる。
 次に、悪代官に地回りのやくざがついているとした部分については、前記認定事実(ウ)のとおり、原告がB部長及びC次長に対して、本件施設設置問題に関して再検討するよう強く指示したのは、D議長が自らの保身のためにVを認めさせようと圧力をかけたと解釈されてもやむを得ないような行動をとった結果であると認められるから、意見ないし論評の前提となっている事実関係の重要な部分が真実であると認められる。
 これらの点を考慮すると、第2発言については、意見ないし評論の前提となっている事実関係の主要な部分が真実であると認めることができる。
(4)争点(3)エ(本件各発言が意見ないし論評である場合、その発言が意見ないし論評としての域を逸脱したものでないか)について
 被告は、第2発言において、原告を水戸黄門に登場する悪代官になぞらえているところ、前記2(4)で説示した水戸黄門における悪代官の役回りに照らすと、前記表現は、やや穏当さを欠く面があったことは否定できない。しかし、他方で、「Fさんを悪代官にしたくはないのですが、そんなに悪い人ではないのです。」とした上で、「だけど(中略)ついています。」として、悪徳商人や地回りのやくざの親分やかわら版屋がついていることを挙げ、あくまで悪いのは原告の人格や人柄ではなく、これらとのつながりを断ち切ることのできない政治姿勢であることが伝わるような表現をしていることに照らすと、直ちに人身攻撃ということはできず、また、悪意に満ちた表現であるともいえない。また、第2発言の前提となっている事実関係について、真実性が認められるのは、前記(3)エで説示したとおりである上、原告を悪代官になぞらえる発言は、被告が本件選挙に立候補することを表明した後の公示日直前の演説会において、対立候補と目される原告の政治姿勢について述べる際にされたものであり、結局のところ、有権者に訴えかけ、その判断を待つべき性格を有するものであって、原告においても、来るべき選挙戦において、反論を行うことが可能であったことを勘案すると、未だ選挙の候補者となるべき者の間における意見ないし論評の域を逸脱したものであるとまではいえない。
第4結論
 以上のとおり、本件各発言は、原告の社会的評価を低下させるものであることは否定できないが、これらの発言はいずれも、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的がもっぱら公益を図ることにあって、第1の1発言及び第1の2発言については、その摘示する事実の重要な部分は真実であることの証明があり、第2発言についてもその前提となる事実の重要な部分は真実であることの証明があり、かつ、その発言が意見ないし論評としての域を逸脱したものとは認められないから、違法性が阻却される。
 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

函館地方裁判所民事部
 裁判長裁判官 蓮井俊治
 裁判官 瀬保守
 裁判官 安井龍明
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