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【事件名】ラーメン店「我聞」パブリシティ権事件
【年月日】平成22年4月28日
 東京地裁 平成21年(ワ)第25633号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年12月8日)

判決
原告 株式会社3 6 5
被告 シンボルタワー開発株式会社
同訴訟代理人弁護士 大内猛彦


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、575万5000円及びこれに対する平成18年6月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、被告が高松市内で管理、運営する商業施設ビル内に俳優、タレントであるAの芸名や肖像等を利用したラーメン店を誘致して、その営業をさせたほか、上記商業施設の宣伝にAを利用したことがAに係るパブリシティ権を侵害するものであるとして、Aの所属する芸能プロダクション会社である原告が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求として、575万5000円及びこれに対する不法行為の後である平成18年6月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は、演劇、音楽のタレント養成及びマネージメント等を目的として平成18年12月5日に設立された株式会社(芸能プロダクション)である。(甲1)
イ 被告は、不動産の維持管理及び運営業務等を目的とする株式会社であり、高松市サンポート2番1号に存在する「高松シンボルタワー」内の商業施設「マリタイムプラザ高松」(以下「本件施設」という。)を所有し、その運営をしている。(甲2、弁論の全趣旨)
(2) 株式会社アップ・デイト(以下「アップ・デイト」という。なお、その代表者は、原告代表者と同一である。)は、平成5年8月28日、俳優、タレントであるAとの間で、次の内容(抜粋)の専属実演家契約(以下「本件専属実演家契約」という。)を締結した。(甲6の1)
 第1条(契約の目的)
  アップ・デイト及びAは、互いに対等独立の当事者として、相互の協力と業務の提携により、Aの実演家としての才能、資質及び技能の向上並びに業績、名声の増大を図り、ひいてはアップ・デイトの業績の増大を実現し、もって相互の利益の増進と発展に寄与するものとします。
 第2条(専属的出演)
  Aは、本契約期間中、アップ・デイトの専属実演家として、専らアップ・デイトのためにのみ第4条に定める業務を行うものとします。
 第3条(独占的許諾)
 (1) Aは、第4条によりAが行う歌唱、演奏、演技その他の実演(以下「実演」という。)の録音、録画、放送、有線放送及び衛星放送(以下「録音・録画等」という。)並びにその一切の利用については、アップ・デイトに対してのみ独占的に許諾します。また、アップ・デイトが第三者にAの実演の録音・録画等及びその一切の利用を許諾することを承諾します。
 (2) アップ・デイト及びAは、Aの氏名(芸名、通称等を含む。)、写真、肖像、筆跡及び経歴等についての権利を共有するものとし、その処分や使用については、すべてアップ・デイトの判断と指示に基づいて行うものとします。
 第4条(Aの業務)
  Aは、第1条の目的を達するため、本契約期間中、下記の各号に定める業務をアップ・デイトの指示に従って行うものとします。
 記
 @ アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者が企画、制作あるいは販売する「CD、MD、ミュージック・テープ、レコード」等への実演
 A アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者が企画、制作あるいは主催する「コンサート、イベント、催事、舞台」等への出演
 B アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者が企画、制作する「テレビ、ラジオ、衛星放送、有線放送、CATV」等放送への出演
 C アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者が企画、制作する「映画、ビデオ、レーザー・ディスク」等への出演
 D アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者が企画、制作する「コマーシャル」への出演(Aの音声等の使用のみを目的とした出演、契約を含む。)
 E アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者が企画編集する新聞、雑誌、書籍等出版物への掲載を目的とした「取材・撮影、会見」等への出演
 F アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者のために行う「作詞・作曲、編曲、プロデュース」等の業務
 G アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者のために行う執筆等の業務
 H アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者が制作、販売するAの実演あるいはAの氏名(芸名、通称等を含む。)、写真、肖像、ロゴ及び意匠等を用いた各種の商品の企画等に関する業務
 I その他前各号の業務に付随する一切の業務
 第5条(アップ・デイトの業務)
  アップ・デイトは、第1条の目的を達するため、本契約期間中、以下の業務をアップ・デイトの判断するところに従って行うものとします。
 (1) Aに対し、前条各号の業務を提供するとともに、それらの業務の企画制作、企画調整、スケジュール調整、交渉、営業、プロモーション、出演契約管理等及びその他一切のマネジメント業務を行うこと
 (2) 前条各号の業務を目的とした契約を第三者との間で締結するとともに、その対価を請求し、これを受領すること
 第6条(権利の帰属)
  本契約の有効期間中に前2条の業務により制作された著作物、商品その他のものに関する著作権、商標権、意匠権、パブリシティ権、所有権その他一切の権利は、本契約又は第三者との契約に別段の定めのある場合を除き、すべてアップ・デイトに帰属するものとします。
 第7条(対価の帰属)
  第3条に基づく許諾、処分及び使用並びに第4条と第5条に基づく出演、契約等により第三者から受領すべき対価(出演料、契約料、使用料、印税その他一切の対価)は、すべてアップ・デイトに帰属するものとします。
 第8条(Aの肖像等の宣伝利用)
  アップ・デイト又はアップ・デイトが指定する第三者は、Aのプロモーションのために、Aの氏名(芸名、通称、愛称、親称等を含む。)、肖像、写真、ロゴ、筆跡及び経歴等を自由に、かつ、無償で利用することができ、Aは、これら業務に積極的に協力するものとします。
 第10条(契約の期間)
 (1) 本契約の有効期間は、平成5年9月1日から平成7年8月31日までの満2か年間とします。
 (2) アップ・デイト又はAが、前項の期間の満了する3か月前までに契約を更新しない旨の書面による通知をしないときは、本契約は自動的に期間満了の翌日から前項の期間と同一期間更新されるものとします。
(3) 本件専属実演家契約は、その後、更新されていたが、アップ・デイトは、平成15年3月1日以降、同契約に基づくAのマネジメント業務に係るすべての権利(判決注:同契約上の地位をいうものと解される。)を有限会社エターナル・ヨーク(以下「エターナル・ヨーク」という。なお、エターナル・ヨークの代表者は、原告代表者の当時の妻である。)に譲渡し、Aもこれに同意した。(甲6の2)
(4)ア被告は、平成17年7月9日、株式会社KNOS(以下「KNOS」という。)との間で、本件施設内の「高松拉麺築港」(高松ラーメンポート)に存在する店舗(ホール棟3階のうち、E306−2区画61.19u。以下「本件店舗」という。)について、以下の内容の定期建物賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。(乙2)
 賃貸借期間 平成17年7月25日から1年間
 使用目的 KNOSは、上記期間中、本件店舗を次の営業内容のためにのみ使用する。
  名称 我聞
  営業の種類 飲食
  取扱品目 創作ラーメン
 賃料 KNOSは、月額賃料として、売上総額(現金、クレジット、売掛、売上金管理規則に定める本件店舗における一切の売上げを指す。ただし、配送料、消費税、地方消費税等の預かり金は含まない。)の14%相当額を、それに賦課される消費税及び地方消費税相当額と合わせて被告に支払う。
 売上預かり金 KNOSは、本件店舗における毎日の売上金及び預かり金の全額をレジスターに登録し、登録後の売上預かり金を毎日被告指定の方法により被告に引き渡し、預託するものとする。
 賃料の支払方法 被告は、上記によりKNOSから預託を受けた売上預かり金を毎月15日及び末日に締め切り、15日締切分については当月末日、末日締切分については翌月15日に、被告が別途定める商業施設の売上金管理規則に従い、賃料、諸経費その他KNOSが支払うべき金額及びこれらに賦課される消費税等相当額をそれぞれ控除した金額をKNOSに支払って精算を行うものとする。
イ KNOSは、平成17年7月30日、本件店舗内に「我聞」という名称のラーメン店を出店し、Aの肖像を広告に用いて、その営業をしていたが、平成18年6月4日、同店を閉店した。
 その間、Aは、平成17年12月31日に本件施設において開催された年末年始イベントに出演したほか、本件店舗にも複数回来店し、自ら麺を茹でたり、接客に当たるなどした。
(5) エターナル・ヨークは、平成18年12月18日、Aの実演家活動全般に関するマネジメント業務権(本件専属実演家契約によりアップ・デイトが取得した契約上の地位で、上記(3)のとおり、エターナル・ヨークがアップ・デイトから譲渡を受けたもの)のすべてを原告に移譲し、Aもこれに同意した。(甲3の1、甲3の2の1)
 また、アップ・デイト、エターナル・ヨーク及び原告は、平成21年7月13日、アップ・デイト及びエターナル・ヨークがAとの専属実演家契約期間中に取得した、Aに係るパブリシティ権を含む独占的権利等を侵害されたことに基づく一切の債権(未確定のものを含む。)について、原告がこれを譲り受けることを合意した。(甲4)
3 争点
(1) 被告によるAに係るパブリシティ権侵害の成否
(2) パブリシティ権侵害について被告の過失の有無
(3) エターナル・ヨークの損害額
(4) 原告はエターナル・ヨークからパブリシティ権侵害による損害賠償請求権の譲渡を受けたか
(5) 原告による本訴請求は権利の濫用に当たるか
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(被告によるAに係るパブリシティ権侵害の成否)について
ア 原告
(ア) 被告は、エターナル・ヨーク(Aの芸能プロダクション会社)と何ら交渉することもなく、本件店舗にAの芸名、肖像等を使用したラーメン店「我聞」を誘致し、平成17年7月30日から平成18年6月4日まで、本件店舗において同店の営業を展開させ、顧客が支払った飲食代金を直接受領して、利益を得ていた。
(イ) 被告は、高松拉麺築港(高松ラーメンポート)のウェブサイトや地元新聞(四国新聞)の記事(PR広告)等にエターナル・ヨークに無断でAの芸名、肖像を使用したほか、「実演」、「顔見せ」と称して、Aに本件施設において実演させるなどしており、本件施設の宣伝のためにも、エターナル・ヨークに無断でAの芸名、肖像等を利用した。
(ウ) 被告の上記行為は、エターナル・ヨークが本件専属実演家契約(6条)に基づいて有する、Aに係るパブリシティ権を侵害するものである。
 なお、エターナル・ヨークが作成した平成16年12月1日付け承諾書(乙9)は、Aがタレントとしてではなく個人的に行う各種事業に付随して、Aの氏名、肖像等を使用することを承諾したものであるが、本件専属実演家契約やパブリシティ権に抵触するような態様での使用は除外する旨明記しているし、原告は、その後、Aに対し、平成21年3月12日付けで、上記承諾を無効にする旨通告している(甲16)。
 また、エターナル・ヨークは、KNOS及びAに対し、平成18年5月25日付けで、ラーメン店「我聞」にAの氏名、肖像等を使用することを許諾する旨の「肖像等使用許諾書」(乙10)を交付しているが、原告は、その後、KNOSに対し、約束違反を理由として、平成21年2月26日付けで、上記許諾の効力を白紙解消する旨通告している(甲15)。
イ 被告
(ア) ラーメン店「我聞」を経営し、その売上金を収益として計上していたのはKNOSである。被告は、単なる商業施設ビル業者であり、本件賃貸借契約に基づき、KNOSの売上げの中から賃料(売上総額の14%相当額)を収受していたにすぎない。
 なお、KNOSによるラーメン店「我聞」の営業は、自らその設立に参加し、取締役(平成17年12月14日から平成19年4月4日までは代表取締役)にも就任しているAの事業にほかならないものであるところ、エターナル・ヨークは、Aに対し、平成16年12月1日、Aが行う事業にAの氏名、肖像等を使用することを承諾している(乙9)のであるから、ラーメン店「我聞」の経営については、エターナル・ヨークが事前に包括的承諾を与えていたものである。また、エターナル・ヨークは、平成18年5月25日、KNOS及びAに対し、同年4月1日から平成20年3月31日まで、ラーメン店「我聞」にAの氏名、肖像等を使用することを承諾しているところ(乙10)、この承諾は、上記事前承諾(乙9)の事実も併せ考慮すれば、それ以前のラーメン店「我聞」の営業に対する事後承諾の趣旨をも含むものである。さらに、エターナル・ヨークは、ラーメン店「我聞」の営業を知った後も、被告に対して抗議等は行っていなかったのであるから、ラーメン店「我聞」にAの氏名、肖像等を使用することについて、黙示の承諾を与えていたというべきである。
 以上のとおり、KNOSは、Aの氏名、肖像等を使用してラーメン店「我聞」を経営すること(Aによる実演を含む。)について、エターナル・ヨークの承諾を得ていたのであるから、被告によるAに係るパブリシティ権の侵害は認められない。原告は、上記各承諾を解除したかのような主張をするが、解除により第三者である被告の権利を害することはできないから(民法545条1項ただし書)、その効力を被告に対抗することはできない。
(イ) ラーメン店「我聞」が紹介されたウェブページ(甲5の1の2〜8頁)は、いずれも第三者が作成したもので、被告とは無関係であるし、地元新聞(四国新聞)によるラーメン店「我聞」に関する記事(甲5の1の1頁)も、同新聞社の記者が執筆したもので、被告から掲載を依頼したものではない。
(ウ) 平成17年12月31日に開催された被告主催の年末年始イベント(サンポート高松カウントダウンパーティ)において、Aが本件店舗外でドラム演奏をした事実はあるが、これは期間拘束を伴わない単発的なものである上、KNOSが企画したもので、被告が実演させたものではない。また、被告は、Aの上記実演について、KNOSから出演料名目の金員(30万円)の請求を受け、これをKNOSに支払っている(乙4〜6)。その他、Aが本件店舗に何度か来店して、麺を茹でたり、接客したりしたことはあるが、これらについても、いずれもKNOSの企画によるもので、被告は何ら関与していない。
(2) 争点(2)(パブリシティ権侵害について被告の過失の有無)について
ア 原告
 タレントの所属事務所は「タレント年鑑」や「タレントブック」等に掲載されているから、これらの書籍を見れば、被告は、Aの所属事務所がエターナル・ヨークであり、エターナル・ヨークがAに係るパブリシティ権を有していることを容易に知ることができたはずである。
 被告は、この調査、確認を怠ったまま、上記(1)アの各行為に及んだものであるから、Aに係るパブリシティ権の侵害について過失があったことは明らかである。
イ 被告
 被告は、本件賃貸借契約を締結するに当たり、KNOSに対し、その商業登記簿謄本等の提出を求めており、KNOSから提出された履歴事項全部証明書(乙7)を見て、KNOSの営業目的に「芸能タレント、音楽家、文化人等の育成並びにマネジメント」が含まれていることや、AがKNOSの取締役に就任していることなどの事実を確認したが、これらの事実から、KNOSが経営するラーメン店に「我聞」の屋号を用いることや、Aがラーメン店「我聞」の店内でラーメン作りをすること等が、エターナル・ヨークが有するAの氏名、肖像に係るパブリシティ権を侵害するなどとは思いもよらなかった。
 被告において、上記の調査に加えて、Aの氏名、肖像等に係るパブリシティ権に関し、Aの他に権利者が存在するか否か、その有する権利の割合、KNOSがこれらを利用するについて許諾を受けているか否か等について調査をする義務はないから(なお、「タレント年鑑」や「タレントブック」等には、所属先としてプロダクション名が記載されているにすぎず、パブリシティ権の帰属先が明確に表示されているわけではない。)、仮に本件においてAに係るパブリシティ権の侵害が認められたとしても、被告には過失が認められない。
(3) 争点(3)(エターナル・ヨークの損害額)について
ア 原告
(ア) エターナル・ヨークが被告の不法行為(パブリシティ権侵害)により受けた損害の額は、次のとおりである。
a 被告は、ラーメン店「我聞」の顧客から、飲食代金として、合計7812万5417円の収入を得ている。
 芸名、肖像等使用許諾料の算定基準は様々であり、利益効率の最も高い飲食等店舗系の場合、業界相場は売上げの8〜15%であるが、被告の場合、テナント料を主体にビジネスをしていたものであるから、売上げの4%とするのが相当である。
 よって、被告によるAの氏名、肖像の使用につき、エターナル・ヨークが受けるべき許諾料は、少なくとも312万5000円である。
b Aは、平成17年12月31日、本件施設内で行われた年末年始イベントに出演しているところ、その報酬相当額は63万円である。
c 上記bのほか、Aは、本件施設内のイベントへの出演や本件店舗での顔見せ実演を少なくとも合計20回行っているところ、その報酬相当額は、1回当たり10万円として、合計200万円である。
(イ) 上記(ア)の合計額は575万5000円であり、これがエターナル・ヨークが被告の不法行為(パブリシティ権侵害)によって受けた損害である。
イ 被告
 否認ないし争う。
(4) 争点(4)(原告はエターナル・ヨークからパブリシティ権侵害による損害賠償請求権の譲渡を受けたか)について
ア 原告
 前記2(5)のとおり、アップ・デイト、エターナル・ヨーク及び原告は、平成21年7月13日付け合意書(甲4)を作成しており、原告は、この合意書に記載のとおり、エターナル・ヨークから、被告に対する不法行為(パブリシティ権侵害)による損害賠償請求権の譲渡を受けた。
イ 被告
 仮に、エターナル・ヨークが被告に対し、不法行為(パブリシティ権侵害)による損害賠償請求権を取得したとしても、前記2(5)の平成21年7月13日付け合意書(甲4)には、原告が譲り受けるべき債権として上記損害賠償請求権が明記されていないから、原告がエターナル・ヨークから上記損害賠償請求権の譲渡を受けたとは認められない。
 なお、原告がエターナル・ヨークから上記損害賠償請求権の譲渡を受けたとしても、被告は、エターナル・ヨークから、その譲渡についての通知を受けておらず、また、その譲渡を承諾したこともないから、原告は、被告に対し、上記損害賠償請求権の権利者であることを主張することができない(民法467条1項)。
(5) 争点(5)(原告による本訴請求は権利の濫用に当たるか)について
ア 被告
 仮に、被告について、エターナル・ヨークに対する不法行為(パブリシティ権侵害)が成立するとしても、軽過失に基づくものにすぎない。
 他方、Aは、本件専属実演家契約上の義務を果たさず(債務不履行)、第三者に対し、故意に自己の氏名、肖像を使用させたもので、その背信性は極めて高いにもかかわらず、原告は、今日まで、Aに対して損害賠償請求をしておらず、むしろ、その請求を放棄しているのではないかと思われる。
 また、エターナル・ヨークについても、Aの一挙手一投足を知り得る立場にあり、Aが同社の管理外で自己の氏名や肖像を不正に利用しようとした場合には、これを未然に防止、制止すべきであったにもかかわらず、本件のような事態を漫然と看過、放置して、自ら損害を招いたものである。
 以上の事情を考慮すると、原告が、主犯であるAに対する責任追及を怠りながら、本訴において、軽過失による不法行為者にすぎない被告に対し、損害賠償を求めることは、均衡を失するものであり、権利の濫用として許されないというべきである。
イ 原告
 否認ないし争う。
 原告がAの責任を追及するか否かは、本訴請求とは何ら関係がない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告によるAに係るパブリシティ権侵害の成否)について
(1) パブリシティ権について
 人は、その氏名、肖像等を自己の意思に反してみだりに使用されない人格的権利を有しており(最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁、最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)、自己の氏名、肖像等を無断で商業目的の広告等に使用されないことについて、法的に保護されるべき人格的利益を排他的に有しているということができる。そして、芸能人やスポーツ選手等の著名人については、その氏名・肖像を、商品の広告に使用し、商品に付し、更に肖像自体を商品化するなどした場合には、著名人が社会的に著名な存在であって、また、あこがれの対象となっていることなどによる顧客吸引力を有することから、当該商品の売上げに結び付くなど、経済的利益・価値を生み出すことになるところ、このような経済的利益・価値もまた、人格権に由来する権利として、当該著名人が排他的に支配する権利(いわゆるパブリシティ権。以下「パブリシティ権」という。)であると解される。
(2) エターナル・ヨークの地位について
ア 本件専属実演家契約(甲6の1)は、「第3条(独占的許諾)」として「(1) Aは、第4条によりAが行う歌唱、演奏、演技その他の実演(以下「実演」という。)の録音、録画、放送、有線放送及び衛星放送(以下「録音・録画等」という。)並びにその一切の利用については、アップ・デイトに対してのみ独占的に許諾します。また、アップ・デイトが第三者にAの実演の録音・録画等及びその一切の利用を許諾することを承諾します。(2) アップ・デイト及びAは、Aの氏名(芸名、通称等を含む。)、写真、肖像、筆跡及び経歴等についての権利を共有するものとし、その処分や使用については、すべてアップ・デイトの判断と指示に基づいて行うものとします。」と規定しているが、上記(1)項の趣旨は、Aが実演家として行う実演に係る権利について、アップ・デイトに独占的に許諾したものであると解される。そうすると、続く(2)項において、氏名、写真、肖像等の「処分や使用については、すべてアップ・デイトの判断と指示に基づいて行う」とあるのは、(1)項の実演に関係する氏名、写真、肖像等の「処分や使用」について定めたものと解するのが相当である。また、「第6条(権利の帰属)」として、「本契約の有効期間中に前2条の業務により制作された著作物、商品その他のものに関する著作権、商標権、意匠権、パブリシティ権、所有権その他一切の権利は、本契約又は第三者との契約に別段の定めのある場合を除き、すべてアップ・デイトに帰属するものとします。」と規定しているが、上記「前2条」のうち「第4条(Aの業務)」としては、実演(@〜D)のほか、「『取材・撮影、会見』等への出演」(E)、「『作詞・作曲、編曲、プロデュース』等の業務」(F)、「執筆等の業務」(G)、「Aの実演…氏名…、写真、肖像、ロゴ及び意匠等を用いた各種の商品の企画等に関する業務」(H)及び「その他前各号の業務(判決注:上記@〜Hの業務を指すものと解される。)に付随する一切の業務」(I)が規定され、「第5条(アップ・デイトの業務)」として、マネジメント業務等が規定されている。
 したがって、本件専属実演家契約の上記規定内容からすれば、Aがアップ・デイトに独占的に許諾した対象は、Aの実演に係る権利に関係するものであり、第6条によりアップ・デイトに帰属することとされる権利も、上記実演(@〜D)及び実演家であるAの活動に関係する上記E〜Iの業務に関するものをいう趣旨と解するのが相当というべきであり、実演家の活動とは直接の関係を有しない店舗の経営にまで及ぶものと解することはできない。
イ 証拠(甲6の2)によれば、アップ・デイトは、平成15年3月1日以降、本件専属実演家契約に基づくAのマネジメント業務に係る契約上の地位をエターナル・ヨークに譲渡し、Aもこれに同意したことが認められる。
 しかしながら、上記経緯によりエターナル・ヨークが取得したのは、本件専属実演家契約上のアップ・デイトの地位であるから、その内容は、上記アに説示したものにとどまり、エターナル・ヨークがAのパブリシティ権の帰属主体になったものということはできない。そして、エターナル・ヨークの取得した地位が上記のものにとどまる以上、本件専属実演家契約は、実演家の活動とは直接の関係を有しない店舗の経営にまで及ばないから、KNOSがAの芸名や肖像等を使用してラーメン店を経営したことが、エターナル・ヨークの上記契約上の地位ないし権利を侵害するものということはできない。
(3) Aの許諾について
 また、証拠(甲5の1、2、乙7〜10)及び弁論の全趣旨によれば、本件において、Aは、ラーメン店の経営に興味を持ったことから、ラーメン、餃子等を扱う飲食店を全国に展開させた経験を有するB(KNOSの代表者)と共同してラーメン店「我聞」を立ち上げ、自らを「店長」と称し、KNOSの取締役(平成17年12月14日から平成19年4月4日までは代表取締役)にも就任するなど、同店の経営に自ら関与してきたものであり、同店の宣伝、広告のためにAの氏名、肖像等を利用することについては、A自身がこれを許諾していたことが認められる。
 ところで、エターナル・ヨークは、上記(2)に説示したとおり、Aのパブリシティ権の主体ではなく、本件専属実演家契約上の地位を譲り受けたにすぎないから、仮に同契約の効力がラーメン店の経営に及ぶとしても、同契約の効力は第三者であるKNOSには及ばない。そうすると、KNOSがAの許諾を得て、Aの芸名や肖像等を使用してラーメン店「我聞」を経営することは、自由競争の範囲内の行為というべきであるから、これが不法行為を構成するというためには、KNOSの行為が自由競争の秩序を逸脱したような場合に限られるというべきである。
 しかるところ、本件全証拠によるも、KNOSに自由競争の秩序を逸脱した行為があったものと認めることはできない。
(4) 上記(2)、(3)に検討したとおり、ラーメン店「我聞」におけるAの氏名、肖像等の使用は、エターナル・ヨークの前記契約上の地位ないし権利を侵害する不法行為を構成するということはできないから、被告が本件店舗にAの芸名、肖像等を使用したラーメン店「我聞」を誘致したとしても、これがエターナル・ヨークに対する不法行為に当たるとすることはできない。
 また、原告は、被告が高松拉麺築港(高松ラーメンポート)のウェブサイトや地元新聞(四国新聞)の記事(PR広告)にAの芸名、肖像を掲載したほか、本件施設内においてAに実演させるなど、本件施設の宣伝のためにも、エターナル・ヨークに無断でAの氏名、肖像を使用したとも主張する。しかしながら、原告が指摘する四国新聞の記事(甲5の1の1頁)は、同新聞の記者がラーメン店「我聞」等に対する取材に基づき執筆したもので、経済ニュースとして経済欄に掲載されたものであるから、これをもって、被告によるPR広告であると認めることはできない。また、原告が証拠(甲5の1の2〜8頁)として提出するウェブサイト上の記事は、いずれも被告が作成したものとは認められないから、その記事にAの氏名や肖像等が使用されていたとしても、被告がAのパブリシティ権を侵害したものと認めることはできない。さらに、Aが本件施設内においてドラムの演奏や、調理、接客等の実演をしたことが認められるが、証拠(乙4〜6)によれば、これらはいずれもKNOSの企画に基づきラーメン店「我聞」の宣伝、広告のために行われたものと認められ、被告が上記行為を行ったものと認めることはできない。その他、本件全証拠によるも、被告が自ら本件施設の宣伝、広告のためにAの氏名、肖像を利用した事実を認めることはできない。
2 よって、原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 岡本岳
 裁判官  鈴木和典
 裁判官 坂本康博
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