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【事件名】商標“スマイリー”侵害事件(2)
【年月日】平成22年4月27日
 知財高裁 平成21年(行ケ)第10327号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年2月23日)

判決
原告 X
訴訟代理人弁護士 中村誠一
同 千川原公一
訴訟復代理人弁護士 近藤誠一
被告 有限会社ハーベイ・ボール・スマイル・リミテッド
訴訟代理人弁護士 仲村晋一


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1請求
 特許庁が取消2007−301534号事件について平成21年6月25日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
 原告は、指定商品を第34類「たばこ、喫煙用具(貴金属製のものを除く。)、マッチ」とし、別紙「本件商標」のとおり、人の笑顔様図形を上部に、「SMILEY」の文字を下部に、それぞれ配した構成よりなる登録第4383223号商標(以下「本件商標」という。平成8年12月17日登録出願。平成12年5月19日設定登録)の商標権者である(甲21の1及び2)。
 被告は、平成19年11月28日、本件商標について、商標法50条1項に基づく不使用を理由とする商標登録取消審判(取消2007−301534号)を請求し、同年12月18日、商標権取消審判の予告登録(以下「本件予告登録」という。)がされた。
 特許庁は、平成21年6月25日、本件商標の商標登録を取り消す旨の審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は、平成21年7月7日、原告に送達された。
2審決の理由
 審決の理由を要約すると、以下のとおりである(別紙審決書写し参照)。
(1)被告が本件商標の使用の事実を証明するために提出した、株式会社ライテック(以下「ライテック社」という。)作成のインターネットホームページ上の商品「スマイリーLED」に係るカタログ図形部分(別紙「スマイリーLED」。甲12)は、不鮮明であるため、本件商標と社会通念上同一の商標であると認めることはできない。その他に、本件予告登録前3年内に本件商標が使用された事実を認めるに足りる証拠もない。
(2)そして、本件商標の不使用について正当な理由があるとはいえない。すなわち、被請求人(原告)は、@株式会社Z(以下「Z社」という。)が、被請求人の代理人スマイリー・ライセンシング・コーポレーション(以下「SLC社」という。)との間で本件商標に係る専用使用権設定契約(以下「本件専用使用権設定契約」という。)を締結していたから、その間は本件商標を自ら使用することができず、また、本件専用使用権設定契約が平成16年10月30日に終了した後にも、Z社がその登録抹消に直ちに応じなかった、Aそして、実際にその専用使用権の登録抹消がされた平成19年5月9日から本件予告登録日(平成19年12月18日)までのわずかな期間内に、外国在住の被請求人(原告)が日本国内において新たにサブライセンス契約を締結して本件商標を使用することは、不可能であった、Bよって、本件商標の不使用については正当な理由がある、と主張する。しかし、商標法50条2項所定の正当な理由があることとは、地震、水害等の不可抗力によって生じた事由、放火、破壊等の第三者の故意又は過失によって生じた事由、法令による禁止等の公権力の発動に係る事由等、商標権者等の責めに帰すことができない真にやむを得ないと認められる特別の事情が発生したために、商標権者等において、登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することができなかった場合をいうものと解される。そうすると、被請求人が主張する前記理由は、被請求人(原告)が自らの自由な意思に基づく選択によって締結した契約に起因していることであるから、このような当事者間における契約を原因とする事情は、商標権者等の責めに帰すことができない真にやむを得ない特別の事情に当たると認めることはできず、正当な理由があるとはいえない。
(3)請求人(被告)による本件取消審判請求は、信義則違反・権利濫用には当たらない。この点について、被請求人(原告)は、本件商標の不使用状態はZ社により意図的に作り出されたものであり、そのZ社と請求人とは役員構成からみても実質的に同一であるから、請求人による本件取消審判請求は、信義則に反し、権利の濫用である旨主張する。しかし、商標法50条1項が何人も登録商標の不使用取消審判を請求することができる旨を規定していることからすると、請求人による本件取消審判請求が専ら被請求人を害することを目的としていると認められる特段の事情がない限り、当該審判請求を違法なものとすることはできない。本件取消審判請求は、請求人が、アメリカで発足したハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の日本支部として、「スマイル・マーク」に係る事業を行う上でその障害となる本件商標を排除するためにしたものであると推認されるが、そのような動機による請求は、不使用取消審判請求として想定される主要なものの1つであるから、被請求人を害することを目的とする違法なものであるとは認められない。また、被請求人及びその当時の独占的総合代理店であった株式会社イングラムによる「SMILEY FACE(スマイリー・フェイス)」事業については、東京高等裁判所平成11年(ネ)第5027号平成12年1月19日判決において、「本件放送(FM東京のラジオ番組)の核心的部分である『被控訴人(株式会社イングラム)のビジネスが国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めた』との摘示事実は、・・・その主要部分が真実であるから、本件放送は・・・違法性を阻却される」などと判示され、そのことが新聞報道されていたから、Z社において被請求人の本件商標を前面に打ち出して事業を行うことには困難が伴ったものと推測される。それにもかかわらずZ社が被請求人との間で本件専用使用権設定契約を締結したのは、本件商標を使用するためではなく、被請求人からの苦情を防ぐためであり、それにはやむを得ない側面があったといえる。そうだとすれば、Z社が被請求人との間で専用使用権設定契約を締結しておきながら本件商標を使用しなかったことが被請求人を害する目的に基づくものであったとは認め難い。また、Z社に契約違反があったのならば、被請求人(代理人SLC社)がより早い段階で所要の措置を講ずることが可能であった。以上によれば、仮にZ社と請求人が実質的に同一であるとしても、請求人による本件取消審判請求が信義則違反・権利濫用に当たるものとはいえない。
第3当事者の主張
1審決の取消事由に係る原告の主張
 審決には、(1)使用の事実を認めなかった誤り(取消事由1)、(2)不使用に係る正当な理由を認めなかった判断の誤り(取消事由2)、(3)本件取消審判請求が信義則違反、権利濫用に当たらないとした判断の誤り(取消事由3)がある。
(1)取消事由1(使用の事実を認めなかった誤り)
 原告は、平成12年10月30日、本件商標の管理権を与えていたSLC社を代理人として、Z社との間で、本件商標について契約期間4年の約定で再許諾権を含む本件専用使用権設定契約を締結し(甲1)、Z社は、ライテック社(旧商号株式会社廣田)との間で、契約期間を平成20年1月31日までとする約定で、本件商標についての通常使用権許諾(再許諾)契約を締結した。本件専用使用権設定契約は、平成16年10月30日に契約期間満了により終了したが、その設定登録が平成19年5月9日まで抹消されずに残っていたので、その抹消登録時までは本件専用使用権も有効に存続し、ライテック社の通常使用権も有効に存続していた。
 ライテック社は、平成19年5月9日まで、本件商標と社会通念上同一のSMILEY関連の商標を使用して喫煙具(ライター、携帯灰皿)の製造・販売をし、インターネットのホームページにおいて通信販売のために本件商標と社会通念上同一の図形部分(別紙「スマイリーLED」)を付した商品のカタログを展示していた(甲12〜15)。甲12の3枚目の商品「スマイリー/シルバーカラビナ付」(SOLD OUT)のカタログ図形が本件商標と社会通念上同一であることから、同じ甲12の1枚目の商品「スマイリーLED」の図形が本件商標と社会通念上同一であると認められる。
(2)取消事由2(不使用に係る正当な理由を認めなかった判断の誤り)
 本件商標の不使用については、以下のとおり、正当な理由がある。
ア 前記のとおり、原告は、平成12年10月30日、Z社との間で契約期間を4年とする本件専用使用権設定契約を締結したが、Z社は、その契約期間4年を上回る10年を存続期間とする専用使用権設定登録の同意書をSLC社に対して送付し、契約期間を4年とする登録の同意書であるとSLC社を誤信させてその同意書に署名をさせ、契約期間を10年とする専用使用権の登録を行い、もって公正証書原本不実記載の罪に当たる違法な行為をした。
イ そして、本件専用使用権設定契約は、平成16年10月の契約期間満了時に更新契約がされなかった上、再三にわたる原告からの専用使用権登録抹消要求にもかかわらず、Z社は平成19年1月9日(甲19)までその登録抹消に同意せず、抹消登録が経由されたのは、同年5月9日であった。
ウ その間、原告は、Z社のための本件専用使用権の登録が残っていたために、使用許諾契約をしようとしても、相手方から本件商標の通常使用権許諾契約の締結を拒絶された。また、本件専用使用権の登録抹消がされた平成19年5月以降においても、本件取消審判請求がされた同年11月まではわずかな期間しかなかったことから、外国在住の原告が新たに日本における代理人を選定してサブライセンス契約を締結する段階にまで至ることは、不可能となった。
エ 以上のとおり、原告が本件予告登録前3年以内に日本国内において本件商標を使用することができなかったのは、Z社が、公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をしたことに原因があるから、その不使用については商標法50条2項にいう正当な理由がある。その正当理由を認めなかった審決の判断は誤りである。
(3)取消事由3(本件取消審判請求が信義則違反、権利濫用に当たらないとした判断の誤り)
 本件取消審判請求が信義則違反、権利濫用に当たらないとした審決の判断は、次のとおり誤りである。
ア 被告とZ社は、取締役Tが共通しているほか、被告取締役のMの父(L)がZ社の取締役であり(甲4〜6)、実質的に同一である。
イ 被告(甲4)とハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の日本支部の住所は、同一であるが、その住所とされているマンションには、被告らの表示がなく、被告らあての郵便物は926号室の「N会計事務所」に届くようになっており、いずれもその活動の実体がうかがわれない(甲10の1及び2)。
ウ 他方、被告が平成15年に会社の目的をスマイル関連事業に変更する前から(甲4)、Z社は、ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の代理人として活動していたが、平成15年以降は、被告名義で、同財団日本支部の「ワールド・スマイル・デイ」活動を実質的に行い(甲8、9)、被告名義を利用して原告の営業活動を妨害する形態を取っている。
エ そして、そのZ社は、前記のとおり、公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をした上で、本件専用使用権設定契約の更新をすることができなかったことから、原告の利益を害することを目的として、実質的には被告名義を利用して本件取消審判請求をした。したがって、被告による本件取消審判請求は、信義則に違反し、権利濫用に当たる。
オ なお、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標に関する商標法4条1項7号の適用に関しては、「特定の商標の使用者と一定の取引関係その他特別の関係にある者が、その関係を通じて知り得た相手方使用の当該商標を剽窃したと認めるべき事情があるなど、当該商標の登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり、その商標登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合も、この規定に該当すると解するのが相当である。」とされている(東京高等裁判所平成16年(行ケ)第7号平成16年12月21日判決参照)。この法理は、商標法50条による商標取消審判請求にも適用されるべきであり、本件取消審判請求は、商標権者である原告と本件専用使用権設定契約を締結していたZ社が、前記のとおり公正証書原本等不実記載罪を構成する違法行為及び信義則違反並びに権利濫用による行為により2年6か月余にわたって原告による本件商標の使用を妨害した上で、不使用期間3年の経過を待って商標法50条1項により被告名義で本件商標の登録取消審判請求をしたものであり、被告はそのZ社と実質的に同一である。よって、被告による本件取消審判請求は、商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合に該当するから、信義則違反又は権利濫用として、許されない。
カ また、被告が前提事情ないし背景事情として述べる事実関係は、否認又は争う。本件商標は、原告が1971年に創作したものである(乙12の1及び2)。米国人ハーベイ・ボールがスマイル・マークの著作者であると認めるに足りる証拠はない。さらに、仮に米国人ハーベイ・ボールがスマイル・マークの著作者であったと仮定しても、原告が本件商標の商標権者であることに何らの影響を及ぼすものではない。また、原告が詐欺的ビジネスをしたという事実は全くない。
2被告の反論
(1)取消事由1(使用の事実を認めなかった誤り)に対し
 原告提出の商品「スマイリーLED」のカタログ図形部分(別紙「スマイリーLED」)は、不鮮明であるため、本件商標と社会通念上同一の商標であるかどうか不明である。のみならず、被告の登録商標(第4523722号、第5163737号、5187433号)を使用したものであると推測される。
 また、ライテック社は、原告とZ社との間の本件専用使用権設定契約が平成16年10月30日に期間満了により終了したことに伴い、通常使用権者としての地位を当然に喪失したから、その後に本件商標を使用したとしても、「通常使用権者」としての使用には当たらない(知的財産高等裁判所平成21(行ケ)第10122号平成21年11月30日判決・乙71参照)。
(2)取消事由2(不使用に係る正当な理由を認めなかった判断の誤り)に対し
ア 前提となる背景事情
(ア)原告は、スマイル・マークの著作者ではないこと
 原告は、1971年にスマイル・マークを自ら創作、著作したと主張する。しかし、原告は、仏国の「フランス・ソワール」紙が1970年当時に「スマイル・キャンペーン」を行った際のスマイル・マークを盗用して、その商標登録をした者にすぎず、著作権者ではない(乙10、11)。なお、1968年ころ原告を含む3人のフランス人が、アメリカ旅行をした際にスマイル・マークを見て、帰国後に3人の名前でフランスでの商標登録の出願をしようと約束したが、原告が単独でスマイル・マークの商標登録出願をした旨の記載がある(乙17、49頁)。
 また、原告は、すべての「スマイル」関連商標について、米国特許庁により「拒絶」されている。
 さらに、原告は、米国「People」誌及び仏国「Capital」誌において、「自分はスマイルを創作・著作した事はない。商標登録をしただけだ。」と告白している(乙20、43)。
(イ)米国人ハーベイ・ボールがスマイル・マークの著作者であること スマイル・マークは、1963年に米国人ハーベイ・ボールが創作、著作したものである。スマイル・マークが創作・著作された経緯は、ハーベイ・ボールの故郷である米国マサチューセッツ州ウスター市の2つの保険会社「ステート生命保険」と「ウスター火災保険」が合併する際、両社の社員の融合を図るために「ステート生命保険」の副会長であった「J」が、当時ウスター州でグラフィック・デザイナーをしていたハーベイ・ボールにバッジやカード、ポスター等に使える小さなシンボルマークの制作を依頼した。ハーベイ・ボールは、同依頼に基づきスマイリー・フェイスを制作した(乙24)。当初、同保険会社は、「バッジ」を顧客に配布していたが、「バッジ」の人気が全米に広まり、米国民1億人の胸に「スマイル・バッジ」が着けられた(乙25)。2001年4月12日、ハーベイ・ボールが死去したときには、全世界の新聞で「スマイルの生みの親」の死去として紹介された(乙35〜37)。
 ハーベイ・ボールは、スマイル・マークの基本マーク(「DESIGNED BY HARVEY R. BALL USA 1963」と一体となったもの)を米国で商標登録し(乙39)、我が国でも「著作権登録」している(乙40、41)。
(ウ)日本でのスマイリー・フェイスの登場
 日本では、1970年(昭和45年)、「ニコニコ・マーク」、「ラブ・ピース」の大流行とともに、スマイリー・フェイスの人気が高まった。文具メーカーが、スマイル・マークを使用して、文具等の企業26社は「ラブ・ピース・アソシエーション」を作って、大規模な共同宣伝を行った(乙38)。その結果、人気が高まり、スマイル・マークは、知らない者がいないほど著名になった(乙38)。「ニコニコ・マーク」の大流行は、当時のアメリカを訪問した文具メーカーの担当者がアメリカの大流行を真似したものであり、それもハーベイ・ボールの功績であるといえる。
(エ)原告の日本での権利主張
 他方、原告は、平成9年ころ、来日し、当時の代理人であった株式会社イングラム(以下「イングラム社」という。)と共同で「記者会見」を行い、「スマイルは自分が『著作権』と商標権を有している。」、「無断使用者には断固たる処置を行う。」旨宣言し、同時に平成9年2月11日付け及び同年4月10日付けの日本経済新聞において、「私を勝手に使わないで!」などとする全面広告による警告を行った(乙13の1及び2)。
 そのため、スマイル商標を使用していた日本の企業約30社は、原告に対して、合計約1億円の金額を支払った(乙8)。
 イングラム社は、平成10年、株式会社エフエム東京に対し、「原告及びイングラム社が、詐欺ビジネスを行っている。」旨の放送が営業妨害又は信用棄損に当たると主張して、損害賠償等を求める訴訟を提起した。二審の東京高等裁判所は、平成12年1月19日、原告はスマイル・マークの創作者でも著作権者でもなく、スマイル・マークの商標権を有しておらず、「『国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている』と形容することも、あながち不当ではない」などと指摘して、イングラム社敗訴判決を言い渡し(東京高等裁判所平成11年(ネ)第5027号事件、乙9の1及び2)、これは広く新聞報道された(乙15)。
 同訴訟が契機となり、イングラム社は、平成11年12月31日、被告との代理人契約を終了させた。
(オ)Z社と原告との本件専用使用権設定契約の締結
 Z社は、既にハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団とのライセンス契約に基づく「スマイル商品化事業」を「文房具」等を中心として行っていた(乙53の1)。しかし、Z社は、イングラム社と原告との前記代理人契約終了により困窮したライセンシーの混乱を収拾し、ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団をライセンス元とする前記「スマイル商品化事業」に対する原告からの妨害を排除して、「スマイル商品化事業」を維持発展させるため、平成12年10月30日、被告との間で、契約期間を4年間とする独占的使用権(再許諾を含む。)を設定する契約(本件専用使用権設定契約)を締結した。
イ 公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権設定登録抹消の拒否による使用妨害行為が存在しないこと
(ア)Z社は、専用使用権設定登録における存続期間については「10年」とすることについて、原告に説明して、その同意を得ていた。すなわち、専用使用権設定登録については、その手続の煩雑さ、費用負担その他を考えて、商標権の存続期間10年にするのが業界の常識であり、それに従ったにすぎない。よって、公正証書原本等不実記載の違法行為はない。
(イ)しかし、Z社は、本件専用使用権設定契約の更新を懇願したにもかかわらず、原告から一方的に更新を拒絶され、平成16年10月30日の期間満了により終了した。なお、その「専用使用権」の登録抹消が遅れたのは、原告から平成19年まで要請がなかったため失念していたものにすぎない。
(ウ)なお、専用使用権設定登録がされたままでも、通常使用権許諾契約を締結することは可能である。実際にも、原告は、本件専用使用権設定契約が平成16年10月30日の期間満了により終了した後、「LICENSING ASIA2006・2007」に出展し、本件商標を使用するライセンシーを探していた。したがって、専用使用権設定登録が抹消されなかったことと、本件商標が使用されなかったこととの間に因果関係は存在しない。
(3)取消事由3(本件取消審判請求が信義則違反、権利濫用に当たらないとした判断の誤り)に対し
ア 被告とZ社は実質的にも同一ではないこと
 被告の代表者は、Oであり、Z社と実質的に同一ではない(乙7の1及び2)。すなわち、Z社は、被告の親会社である「ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団」の日本における「商品化事業」の代理人であり、日本の事情を良く知っていることから、被告が依頼をしたことがあるにすぎない。事務所も経費削減の観点から会計事務所の一室を借用しているのであって、不自然なことではない。
イ 信義則違反・権利濫用に当たらないこと
 前記のとおり、原告は、スマイル・マークの創作者ではなく、著作権者でもなく、スマイル・マークの商標権を有しておらず、「『国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている』と形容することも、あながち不当ではない」などとする東京高等裁判所の判決言渡しを受けた経緯がある。原告が、スマイル・マークのライセンス事業を拡大できないのは、そのような事情のあることが原因である。商標不使用取消請求は、何人も請求することができるとされている制度の下で、そのような事情によって使用されていない商標に対して、商標の不使用取消請求をすることについて、信義則違反や権利濫用が成立する余地はない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(使用の事実を認めなかった誤り)について
 当裁判所は、ライテック社が、平成19年5月9日まで、本件商標と社会通念上同一のSMILEY関連の商標を使用して喫煙具(ライター、携帯灰皿)の製造・販売等をしたとしても、そのことが、通常使用権者による使用に該当するとはいえず、結局、原告は、商標法50条2項所定の通常使用権者等が登録商標を使用していることを証明していないものと判断する。
 すなわち、ライテック社は、専用使用権者であるZ社から本件商標の使用の再許諾を受けていたが、Z社と商標権者である原告との間の本件専用使用権設定契約は、平成16年10月30日に契約期間満了により終了したこと(当事者間に争いがない。)によって、ライテック社の通常使用権者としての地位は、当然に消滅した。したがって、その後の平成9年7月11日に、ライテック社が、指定商品「スマイリーLED」に、本件商標と社会通念上同一の商標を付してインターネットのホームページにおいて販売目的で展示していたとしても(甲12)、商標法50条2項にいう「通常使用権者」としての使用に該当しない。
 これに対して、原告は、本件のように商標の専用使用権の設定が期間満了により消滅したとしても、その抹消登録をしなければその効力を生じないことになる(商標法30条4項、特許法98条1項2号参照)、Z社の専用使用権も存続し、ライテック社の通常使用権者としての地位も存続すると主張する。しかし、原告の主張は、理由がない。すなわち、専用使用権の設定、消滅等は、「登録しなければ、その効力を生じない。」(商標法30条、特許法98条1項2号)とされているとおり、商標法は、登録を、対抗要件としてではなく、効力要件と定めたが、同規定は、実体上、専用使用権が存在しないにもかかわらず、登録されてさえいれば、その効力が生ずるものと扱われる趣旨を定めたものでないことは明らかである。したがって、原告とZ社との間において専用使用権設定契約が期間満了により終了した以上、Z社の専用使用権は、当然に消滅し、その再許諾を受けていたライテック社の通常使用権者としての地位も当然に消滅する。
 その他、本件において、平成19年12月18日の本件予告登録前3年以内に本件商標の商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが本件商標と社会通念上同一の商標を使用していたことを認めるに足りる証拠はない。
 よって、商標法50条2項の使用の事実の証明がないとした審決の判断は、結論において、誤りがない。
2取消事由2(不使用に係る正当な理由を認めなかった判断の誤り)について
 原告は、本件予告登録前3年以内に日本国内において本件商標を使用することができなかったのは、Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消の拒否による使用妨害行為をしたためであるから、本件商標の不使用については商標法50条2項にいう正当な理由がある旨主張する。
 しかし、原告の主張は、理由がない。以下、その理由を述べる。
(1) 当裁判所が認定した事実経過
ア 日本においては、昭和45年ころから、アメリカで既に大流行していたスマイル・マークに似た「ニコニコ・マーク」、「ラブ・ピース」が流行した(乙38)。
イ その後、同マークの流行は収まったが、Z社は、米国では米国人ハーベイ・ボールが「スマイリー・フェイス」の創作者であるとされていたことから、平成10年以降、米国のハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団をライセンス元とする「スマイリー・フェイス」のライセンス契約を締結し、許諾されたスマイリー・フェイスに関するサブ・ライセンス契約を締結し、現在まで、日本における同マークの商品化事業を継続してきた(乙53の1及び2、甲8、9)。そして、被告は、米国のハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の日本支部として、「スマイル・マーク」に係る事業を行っているが、Z社の支援を受けている(乙44の1〜乙47の1、乙62)。
ウ 他方、フランス人である原告は、平成9年ころ、来日し、当時の代理人であったイングラム社と共同で記者会見を行い、イングラム社は、平成9年2月11日付け及び同年4月10日付けの日本経済新聞において、「スマイルマークは登録商標です。」「私を勝手に使わないで!」「日本においてスマイルマークを使用される場合は、X氏及び弊社の事前承認が必要となります。」などとする全面広告による警告を行った(乙13の1及び2)。
 その後、当時のイングラム社について「詐欺ビジネスを行っている。」旨放送した「エフエム東京」に対し、イングラム社は、営業妨害又は信用棄損に当たるとして東京地方裁判所に提訴したが、2審(東京高等裁判所平成11年(ネ)第5027号事件)において、平成12年1月19日、敗訴判決の言渡しを受けた。同判決は、@原告は日本においてスマイル・マークの出願をしている者にすぎず、第三者に対して差止請求をし得る商標権者ではなく、スマイル・マークの創作者でも著作権者でもない、A原告がスマイル・マークの創作者、著作権者であり、スマイル・マークが登録商標であるなどとする広告内容は虚偽であり、イングラム社の許諾なしにスマイル・マークを使用することができないことを前提として、イングラム社が、同人との間でライセンス契約を締結するよう宣伝することは、原告の詐欺的商法に加担したと言われてもやむを得ない、B原告又はイングラム社の商法について「国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めている」と形容することも、あながち不当ではないというべきであるなどと認定して、イングラム社の請求を棄却した(乙9の1及び2)。同判決が日本国内において広く新聞報道されたことなどから(乙15)、イングラム社は、原告との間の代理人契約を終了させた(弁論の全趣旨)。
エ そこで、Z社は、イングラム社と原告との前記代理人契約終了により困窮した数多くのメーカーを、ハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団をライセンス元とする前記「スマイル商品化事業」に取り込み、併せて同事業に対する原告からの妨害を排除するため(甲3)、平成12年10月30日、本件商標を含む原告名義の本件商標権の管理を委託されていたSLC社(代表者原告)との間で、契約書添付の一覧に示す原告名義のスマイル・マーク商標について、「添付の一覧に記載のない現存の商標、およびSLCが本契約の調印後に登録する商標は、いずれも自動的に同一覧に含まれる。」との特約の下に、契約の有効期間を契約執行の日付けから4年間とし、許諾地域を日本とし、対象商品を商標権の全指定商品として、Z社に対して独占的権利(再許諾権を含む。)を設定する旨の本件専用使用権設定契約を締結した(甲1、弁論の全趣旨)。
オ 本件専用使用権の設定登録
 本件商標については、平成13年2月8日、期間満了日を平成22年5月19日とする専用使用権の設定登録がされた(甲2)。
カ 本件専用使用権設定契約は、Z社が契約更新を希望したにもかかわらず、原告がこれを受け入れなかったため、4年の契約期間の満了により平成16年10月30日に終了した。
キ 本件専用使用権設定契約の終了から約2年半後である平成19年5月9日に、本件専用使用権の設定登録が抹消された(甲2)。
ク 他方、原告は、平成18年と平成19年に、日本国内外の企業が著作物や商標権を展示して商談を行う「LICENSING ASIA 2006」又は「LICENSING ASIA 2007」に、それぞれ権利者として出展し、本件商標の「商品化事業」を行う相手先の日本企業を探す等の営業活動をした(乙60)。
(2)当裁判所の判断
ア 公正証書原本等不実記載の違法行為について
 以上の認定事実を踏まえて検討するに、原告主張のようにZ社が公正証書原本等不実記載の違法行為をしたと認めることはできない。すなわち、@Z社と原告との間の専用使用権の登録における満了日が、当初の契約期間満了日より遅い期限とされていることについては当然に原告(代理人SLC社)が知り得る事項であったにもかかわらず、特に異議を留めずに原告が各登録手続に協力して登録が完了していること、A本件専用使用権の設定登録の抹消を合意したZ社と被告との間の平成19年1月9日付け和解契約書(乙59)及びそれに先立つ「専用使用権抹消登録申請のご協力のお願い」と題するZ社あての書面(乙82)においても、Z社が原告を欺罔して無断で存続期間10年の長い設定登録をしたことをうかがわせるに足りる記載がないことに照らせば、原告は、当初の契約期間である4年よりも長い存続期間を想定した登録を了解していたと推認するのが合理的であるから、登録満了日が実際の契約期間満了日より後の日付とされたことをもって、Z社が原告を欺罔して公正証書原本等不実記載の違法行為をしたと認めることはできず、他に前記原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
イ 本件専用使用権設定登録抹消拒否による使用妨害行為について
 また、前記認定の事実経過を踏まえて検討するに、Z社が本件専用使用権設定登録抹消を拒否し、本件商標の使用妨害行為をしたとの原告主張事実を認めることはできない。すなわち、本件専用使用権の設定登録の抹消を合意した前記和解契約書(乙59)及びそれに先立つ「専用使用権抹消登録申請のご協力のお願い」と題するZ社あての前記書面(乙82)においても、専用使用権の登録抹消が平成16年10月30日の契約終了時から約2年半遅れたことについて、Z社に原因があることをうかがわせるに足りる記載はないから、単に登録抹消が遅れた事実をもって、Z社が本件専用使用権設定登録抹消を拒否して本件商標の使用妨害行為をしたと認めることはできない。また、その他に前記原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。
ウ 不使用に係る正当な理由の存否について
 そうすると、Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消を拒否して使用妨害行為をしたために、原告が本件商標を使用しなかったことについて正当な理由があったとする原告の主張は、採用の限りでない。かえって、前記認定のとおり、原告は、平成18年と平成19年に、日本国内外の企業が著作物や商標権を出展して商談を行う「LICENSING ASIA 2006」及び「LICENSING ASIA 2007」に、それぞれ権利者として参加し、本件商標の「商品化事業」を行う相手先の日本企業を探していたと認められるから、平成19年12月18日の本件予告登録前3年以内に本件商標を使用しないことについて「正当な理由」が存在したと認めることはできない。
3取消事由3(本件取消審判請求が信義則違反、権利濫用に当たらないとした判断の誤り)について
 原告は、Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消を拒否して、原告の商標使用妨害行為をし、意図的に本件商標の不使用状態を作り出したものであり、そのZ社と被告とは役員構成からみても実質的に同一であるから、被告による本件取消審判請求は、信義則に反し、権利の濫用である旨主張する。
 しかし、原告の主張は理由がない。すなわち、Z社が公正証書原本等不実記載の違法行為及び専用使用権登録抹消を拒否して、原告による商標使用妨害行為をしたことを認めることができないことは前記説示のとおりであるから、原告の前記主張は、その主張自体失当である。
 そして、前記認定のとおり、本件取消審判請求は、被告が、アメリカで発足したハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の日本支部として、「スマイル・マーク」に係る事業を行う上でその障害となる本件商標を排除するためにしたものであると推認されるが(甲3)、そのような被告が、不使用取消審判を請求することは、格別違法なものであるということはできない。また、前記認定のとおり、@イングラム社を代理人として展開していた原告の事業は、「エフエム東京」とイングラム社との訴訟の控訴審判決において、「国際的詐欺ビジネスの様相を見せ始めていると形容することも、あながち不当ではない」などと厳しい評価を受け、その後のライセンシー獲得に困難を来したこと、AZ社が原告と本件専用使用権設定契約を締結した動機は、原告からの妨害行為を回避する目的によるものであったこと等の事実を総合すれば、本件専用実施権者であったZ社と関連のある被告が、本件取消審判請求をすることが信義則に反し、権利を濫用すると判断することはできない。
4結論
 以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他、原告は縷々主張するが、いずれも理由がない。よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 齊木教朗
 裁判官 大須賀滋は、填補につき、署名押印することができない。

裁判長裁判官 飯村敏明


(別紙) 「本件商標」(略)
(別紙) 「スマイリーLED」(略)
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