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【事件名】KDDIへの発信者情報開示請求事件(3)
【年月日】平成22年4月13日
 最高裁(三小) 平成21年(受)第609号 発信者情報開示等請求事件

判決


主文
1 原判決中、主文第1項(2)を破棄する。
2 前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 訴訟の総費用は、これを2分し、その1を上告人の負担とし、その余を被上告人の負担とする。

理由
上告代理人星川勇二ほかの上告受理申立て理由第4について
1 本件は、インターネット上の電子掲示板にされた書き込みによって権利を侵害されたとする被上告人が、その書き込みをした者にインターネット接続サービスを提供した上告人に対し、@ 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、上記書き込みの発信者情報の開示を求めるとともに、A 上告人には裁判外において被上告人からされた開示請求に応じなかったことにつき重大な過失(同条4項本文)があると主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
 論旨は、被上告人の損害賠償請求に関する原審の判断のうち、上告人に重大な過失があるとした判断の法令違反をいうものである。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、小学1年生から高校3年生までの発達障害児のための学校である「A学園」を設置、経営する学校法人A学園の学園長を務めている。
(2) 上告人は、電気通信事業を営む株式会社であり、「DION」の名称でインターネット接続サービスを運営している。
(3) 平成18年9月以降、インターネット上のウェブサイト「2ちゃんねる」の電子掲示板の「A学園Part2」と題するスレッド(以下「本件スレッド」という。)において、被上告人及びA学園の活動に関して、様々な立場からの書き込みがされた。本件スレッドにおいて上記のような書き込みが続く中で、平成19年1月16日午後5時4分58秒、上告人の提供するインターネット接続サービスを利用して、「なにこのまともなスレ気違いはどうみてもA学長」との書き込み(以下「本件書き込み」という。)がされた。
(4) 被上告人は、平成19年2月27日、上告人に対し、裁判外において、「本件書き込みのきちがいという表現は、激しい人格攻撃の文言であり、侮辱に当たることが明らかである」との理由を付し、法4条1項に基づき、本件書き込みについての氏名又は名称、住所及び電子メールアドレス(以下「本件発信者情報」という。)の開示を請求した。
(5) 上告人は、平成19年6月6日付け書面をもって、被上告人に対し、本件書き込みの発信者への意見照会の結果、当該発信者から本件発信者情報の開示に同意しないとの回答があり、本件書き込みによって被上告人の権利が侵害されたことが明らかであるとは認められないため、本件発信者情報の開示には応じられない旨回答した。
3 原審は、上記事実関係の下で、次のとおり判断して、被上告人の損害賠償請求を15万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
 対象となる人を特定することができる状況でその人を「気違い」であると指摘することは、社会生活上許される限度を超えてその相手方の権利(名誉感情)を侵害するものであり、このことは、特別の専門的知識がなくとも一般の社会常識に照らして容易に判断することができるものであるから、本件書き込みがこのような判断基準に照らして被上告人の権利を侵害するものであることは、本件スレッドの他の書き込みの内容等を検討するまでもなく本件書き込みそれ自体から明らかである。したがって、上告人が被上告人からの本件発信者情報の開示請求に応じなかったことについては、重大な過失がある。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 法は、4条1項において、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、侵害情報の流通によって自己の権利が侵害されたことが明らかであるなど同項各号所定の要件のいずれにも該当する場合、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、その発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。)の開示を請求することができる旨を規定する一方で、同条2項において、開示関係役務提供者がそのような請求を受けた場合には、原則として発信者の意見を聴かなければならない旨を、同条4項本文において、開示関係役務提供者が上記開示請求に応じないことによりその開示請求をした者に生じた損害については、故意又は重過失がある場合でなければ賠償の責任を負わない旨を、それぞれ規定している。
 以上のような法の定めの趣旨とするところは、発信者情報が、発信者のプライバシー、表現の自由、通信の秘密にかかわる情報であり、正当な理由がない限り第三者に開示されるべきものではなく、また、これがいったん開示されると開示前の状態への回復は不可能となることから、発信者情報の開示請求につき、侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなどの厳格な要件を定めた上で(4条1項)、開示請求を受けた開示関係役務提供者に対し、上記のような発信者の利益の保護のために、発信者からの意見聴取を義務付け(同条2項)、開示関係役務提供者において、発信者の意見も踏まえてその利益が不当に侵害されることがないように十分に意を用い、当該開示請求が同条1項各号の要件を満たすか否かを判断させることとしたものである。そして、開示関係役務提供者がこうした法の定めに従い、発信者情報の開示につき慎重な判断をした結果開示請求に応じなかったため、当該開示請求者に損害が生じた場合に、不法行為に関する一般原則に従って開示関係役務提供者に損害賠償責任を負わせるのは適切ではないと考えられることから、同条4項は、その損害賠償責任を制限したのである。
 そうすると、開示関係役務提供者は、侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなど当該開示請求が同条1項各号所定の要件のいずれにも該当することを認識し、又は上記要件のいずれにも該当することが一見明白であり、その旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ、損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。
(2) これを本件について検討するに、本件書き込みは、その文言からすると、本件スレッドにおける議論はまともなものであって、異常な行動をしているのはどのように判断しても被上告人であるとの意見ないし感想を、異常な行動をする者を「気違い」という表現を用いて表し、記述したものと解される。このような記述は、「気違い」といった侮辱的な表現を含むとはいえ、被上告人の人格的価値に関し、具体的事実を摘示してその社会的評価を低下させるものではなく、被上告人の名誉感情を侵害するにとどまるものであって、これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて被上告人の人格的利益の侵害が認められ得るにすぎない。そして、本件書き込み中、被上告人を侮辱する文言は上記の「気違い」という表現の一語のみであり、特段の根拠を示すこともなく、本件書き込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば、本件書き込みの文言それ自体から、これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできず、本件スレッドの他の書き込みの内容、本件書き込みがされた経緯等を考慮しなければ、被上告人の権利侵害の明白性の有無を判断することはできないものというべきである。そのような判断は、裁判外において本件発信者情報の開示請求を受けた上告人にとって、必ずしも容易なものではないといわなければならない。
 そうすると、上告人が、本件書き込みによって被上告人の権利が侵害されたことが明らかであるとは認められないとして、裁判外における被上告人からの本件発信者情報の開示請求に応じなかったことについては、上告人に重大な過失があったということはできないというべきである。

5 以上と異なる見解の下に、上告人に重大な過失があるとして被上告人の損害賠償請求を一部認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点をいう論旨は理由があり、原判決中、被上告人の損害賠償請求を認容した部分は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、第1審判決中、上記請求を棄却した部分は正当であるから、同部分に対する被上告人の控訴を棄却すべきである。
 なお、発信者情報の開示請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷
 裁判長裁判 官田原睦夫
 裁判官 藤田宙靖
 裁判官 堀籠幸男
 裁判官 那須弘平
 裁判官 近藤崇晴
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