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【事件名】商標“スマイルマーク”侵害事件B(2)
【年月日】平成22年3月30日
 知財高裁 平成21年(行ケ)第10339号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年1月28日)

判決
原告 X株式会社
被告 グンゼ株式会社
訴訟代理人弁護士 金井美智子
同 重冨貴光
同 高田真司


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が無効2009−890013号事件について平成21年10月1日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 被告は、登録第2353908号商標(以下「本件商標」という。)の商標権利者である。本件商標は、別紙(1)「本件商標」のとおり、顔の輪郭を表す円の中に一対の目と円弧状の口を配した構成よりなり、第17類に属する「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として、平成元年1月24日に登録出願され、平成3年3月8日に登録査定がされ、同年11月29日に設定登録がされた。その後、平成13年7月3日に商標権の存続期間の更新登録がされ、さらに、平成16年1月21日には、指定商品を、第5類「失禁用おしめ」、第9類「事故防護用手袋、防じんマスク、防毒マスク、溶接マスク、防火被服」、第10類「医療用手袋」、第16類「紙製幼児用おしめ」、第17類「絶縁手袋」、第20類「クッション、座布団、まくら、マットレス」、第21類「家事用手袋」、第22類「衣服綿、ハンモック、布団袋、布団綿」、第24類「布製身の回り品、かや、敷き布、布団、布団カバー、布団側、まくらカバー、毛布」及び第25類「被服」とする書換登録がされた(甲1)。
 原告は、平成21年1月23日、本件商標について無効審判(無効2009−890013号事件)を請求した。
 特許庁は、平成21年10月1日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は、平成21年10月13日、原告に送達された。
2 審決の理由
 審決の理由の概要は、以下のとおりである(別紙審決書写し参照)。
(1)商標法4条1項7号該当性について
 @出願された商標の使用がたとえ他人(ハーベイ・ボール)の著作権と抵触する商標であったとしても、それは、商標法4条1項7号所定の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には当たらない。また、A商標法4条1項7号該当性の判断の基準時は、本件商標の登録査定時である平成3年3月8日であるところ、請求人(原告)が主張する引用図形(別紙(2)「引用図形」参照)がその当時の米国において既に平和のシンボルとされていたとか慈善活動に使用されてきたことを認めるに足りる証拠がない上、たとえ引用図形が1970年代の米国で流行していたとしても、本件商標の使用が登録査定時に国際信義に反するとはいえない。よって、本件商標は、商標法4条1項7号には該当しない。
(2)商標法4条1項15号該当性について
 本件商標の登録査定当時において本件商標が不正の目的で商標登録を受けたものと認めるに足りる証拠はないから、商標法4条1項15号所定の「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」に該当することを理由とする無効審判請求は、設定登録の日から5年の除斥期間の経過により、許されなくなるところ(商標法47条1項)、本件の無効審判請求は、平成3年11月29日の設定登録の日から5年の除斥期間を経過した後の平成21年1月23日にされたものであるから、不適法である。
(3)商標法4条1項19号該当性について
 本件商標の登録査定時において、原告主張の引用図形がハーベイ・ボール財団及びその関係者の業務に係る商品を表示する商標として広く知られていたと認めるに足りる証拠はないし、本件商標が不正の目的で商標登録を受けたものと認めるに足りる証拠もない。したがって、本件商標は、商標法4条1項19号に該当しない。
(4)商標法3条1項6号該当性について
 商標法3条1項6号該当を理由とする無効審判請求は、本件商標の設定登録の日である平成3年11月29日から5年の除斥期間が経過した後の平成21年1月23日にされたものであるから、不適法である。
第3 当事者の主張
1 取消事由についての原告の主張
(1)商標法4条1項7号該当性の判断の誤り
ア 他人の著作権との抵触に係る判断の誤り
 審決は、特許庁の審査官が、出願された商標が他人の著作権と抵触するかどうかについて必要な調査及び認定判断を遂げた上で当該商標の登録査定又は拒絶査定を行わなければならないとすると、極めて多数の商標登録出願を迅速に処理すべき特許庁の事務処理の著しい妨げとなるから、商標法4条1項7号が、商標審査官にこのような調査義務を課していると解することはできない旨判断する。
 しかし、審決の判断は誤りである。すなわち、出願された商標が著作権と抵触するものかどうかを調査するについて特許庁の審査態勢が不足しているというのであれば、それに対応した方法を考えるのが役所の取るべき対応であるから、著作権との抵触を考慮しない審決の判断は誤りである。
 なお、原告と関係を有する有限会社ハーベイ・ボール・スマイル・リミテッドは、日本において、121のスマイリー・フェイス図形について登録著作権を有する(甲65、66)。
イ 国際信義違反に係る判断の誤り
 また、審決は、商標法4条1項7号該当性の判断時期は、本件商標の登録査定時である平成3年3月8日であるところ、請求人(原告)が主張する引用図形(別紙「引用図形」参照)が平成3年3月8日当時の米国において既に平和のシンボルとされていたとか慈善活動に使用されてきたことを認めるに足りる証拠はないから、本件商標の使用が登録査定時に国際信義に反するとはいえない旨判断する。
 しかし、審決の判断は、誤りであり、争う。
(2)商標法4条1項15号該当性の判断の誤り
 平成3年3月8日の登録査定時において、本件商標も含めたスマイル・マーク(スマイリー・フェイスと同義である。)は日本で既に有名であったが、それは米国人ハーベイ・ボールが創作したスマイリー・フェイスが1963年以降米国で大流行し、これを日本が真似をしたものであり、日本での大流行も、ハーベイ・ボールの功績であるといえる(甲15)。この日本でのスマイル・マークの第1次ブームもやがて終焉した。商標登録権者らの多くは、スマイル・マークは誰が使っても良いという当時の風潮の下で、登録更新をしなくなり、大半の権利者が商標権を放棄した。そのような風潮の中で、被告は、平成3年、スマイル・マークを「自己で独占すべき」と考え、商標登録の出願をした。原告は、平成10年ころ、膨大な投資を行い、ハーベイ・ボールのストーリーやエピソードを日本国内で宣伝し、各種のボランティア活動を行った結果、再びスマイル・ブームが到来した。すなわち、原告は、莫大な投資をして、@名誉スマイル大使制度(甲28、73)、A「ワールド・スマイル・デイ」(WSD。甲67の1及び2、甲68、78)、B「スマイリー・ニュース」の36回にわたる発行(甲69、74の1及び2)、C著名人の参加を得た各種「スマイル集会」やエイズ・キャンペーンなどの実施を支援し(甲75、甲76の1〜10)、スマイリー・フェイスの良いイメージを形成してきた。被告は、それに便乗して自己で使用することなく他人に本件商標を貸与して利益を獲得し続けているものであり、登録商標のあるべき利用態様ではない。
 以上の経過からすると、本件商標は、原告が関係してきた故ハーベイ・ボール及びハーベイ・ボール・ワールド・スマイル財団の著名性、歴史、話題性、コンセプト、原告のボランティア活動の実績に便乗して利益を上げるために、不正の目的をもって登録されたものというべきであり、商標法4条1項15号に該当し、同法47条1項所定の「不正の目的」の存在を認めることができる。よって、「不正の目的」を認めることができず、5年の除斥期間の経過により、商標法4条1項15号該当を理由とする無効審判請求は不適法であるとした審決の判断は、誤りである。
 なお、現在、有限会社ハーベイ・ボール・スマイル・リミテッドは、アメリカにおいて合計102件の登録商標を有しており(甲61、甲81の1及び2、甲82)、スマイリー・フェイスの権利が一層確立されている。
(3)商標法4条1項19号該当性の判断の誤り
 前記(2)で指摘した事情によれば、本件商標は、商標法4条1項19号にも該当するから、同号に該当しないとした審決の判断は、誤りである。
(4)商標法3条1項6号該当性の判断の誤り
 本件商標は、本件商標登録出願がされた平成元年1月24日には、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標として、商標登録を受けることができないものとなっていた(甲11、甲16、甲57の1〜甲59参照)。ハーベイ・ボールが債権者となって申し立てた仮処分命令申立事件においても、スマイル・マークが商標法3条1項6号に該当する旨の債務者株式会社インセンティブの主張を認めた裁判所から、ハーベイ・ボール(その申立てに事実上関与していた原告)が上記仮処分申立ての取下勧告を受けたこともある(甲60)。このような事情に照らせば、本件商標は、商標法3条1項6号に該当するというべきであり、同号該当性に係る審決の判断は、誤りである。
2 被告の反論
(1)商標法4条1項7号該当性の判断の誤りに対し
ア 他人の著作権との抵触に係る判断の誤りに対し
 審決は、東京高裁平成13年5月30日キューピー事件判決(判例時報1797号150頁)に準拠して、本件商標の使用が他人の著作権と抵触するものであるとしても、商標法4条1項7号に規定する商標には当たらないと判断したものであり、正当である。この点に係る原告の主張は、単に上記キューピー事件判決を論難するものにすぎず、理由がない。
イ 国際信義違反に係る判断の誤りに対し
 原告は、本件商標の登録査定時である平成3年3月8日当時において、引用図形が米国で平和のシンボルとされ、又は慈善活動に使用されていたとの立証を何ら行っていない。むしろ、引用図形を含むいわゆるスマイル・マークについては、米国のみならず、我が国においても、遅くとも昭和45年(1970年)以降、不特定多数の業者がライセンス契約を締結することなくスマイル・マークを使用した各種商品を多数販売していることが認められる(甲11、甲13、甲15、甲53、甲57の1及び2、甲58の1及び2、甲59)。また、スマイル・マークについては、我が国においても昭和30年ころより、数多くの当事者が個別具体的なデザインを異にするスマイル・マーク図形を対象とする商標の登録を得ていることが認められる(甲16)、このような事実からすれば、本件商標の登録査定時である平成3年3月8日において、引用図形をはじめとするスマイル・マークが専ら米国で平和のシンボルとされ、又は慈善活動に使用されていたとの原告主張事実は存在せず、少なくとも不登録事由を構成するような使用実態があったとはいえない。
 また、いかなる事情に基づいて本件商標の登録が米国、マサチューセッツ州及びウスター市との関係において国際信義に反するのかという点については、原告の主張によっても不明である上、1970年代の米国においてスマイル・マークが流行したことをもって本件商標登録が国際信義に反するとはいえないから、審決の判断に誤りはない。
(2)商標法4条1項15号該当性の判断の誤りに対し
 抽象的なスマイル・マーク自体は、昭和46年ころには、いわばパブリック・ドメインに属するものとして、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標(商標3条1項6号)となっていたものと解される。しかし、そのような当時の事情の下において、被告は、抽象的なスマイル・マークのうち、本件商標の公報(甲1。別紙「本件商標」)記載のとおり個別具体的なデザインとしての図形を特定した上で、平成元年1月24日に本件商標の登録出願を行い、本件商標の登録を受けたにすぎず、このような一連の行為は、何ら不正の目的に基づくものではない。よって、本件商標が商標法4条1項15号に該当しないとした審決の判断に誤りはない。
(3)商標法4条1項19号該当性の判断の誤りに対し
 本件商標の登録査定時において、抽象的なスマイル・マークについての商標はパブリック・ドメインに属していた。引用図形がハーベイ・ボール財団及びその関係者を出所として示すものとはいえない。よって、商標法4条1項19号該当性を否定した審決の判断に誤りはない。
(4)商標法3条1項6号該当性の判断の誤りに対し
 原告による無効審判請求時(平成21年1月23日)には、本件商標の設定登録の日(平成3年11月29日)から5年が経過しているから、商標法3条1項6号を理由とする無効審判請求は不適法であり(商標法47条1項)、これと同旨の審決に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件商標が、商標法4条1項7号、15号(同法47条1項の「不正の目的」)又は同法4条1項19号及び同法3条1項6号に該当するとの原告の主張は、いずれも理由がないか、又は主張自体失当であると判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 商標法4条1項7号該当性の判断の誤りについて
(1)他人の著作権との抵触に係る判断の誤りについて
 原告は、本件商標を構成する図柄が、第三者(故ハーベイボール)の有する著作権の範囲に含まれることを理由に、本件商標は、商標法4条1項7号に該当する商標であると主張する。
 しかし、原告の主張は、以下のとおり理由がない。
 すなわち、登録商標に係る図柄等について、第三者の有する著作物に係る支分権(複製権、翻案権等)の範囲内に含まれることがあったとしても、商標法及び著作権法の趣旨に照らすならば、そのことのみを理由として当然に当該商標が商標法4条1項7号所定の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するものということはできない。
 仮に、本件において、原告が主張するとおり、1963年に故ハーベイ・ボールが引用図形(別紙「引用図形」参照、スマイリー・フェイス)を著作、創作したものであったとしても、本件商標が、商標法4条1項7号に該当するとはいえない。すなわち、1960年代後半から1970年代に、米国でスマイル・マークが流行し、また、1970年代後半、我が国においてもスマイル・マークがブームを招いたという事情があったとしても、@ハーベイ・ボール自身は、スマイリー・フェイスについて商標登録をする意思もなく、第三者が自由にスマイリー・フェイスを使用することを容認し、金銭的な見返りを求めていなかったことが窺えること(甲5、6)、A原告の主張によっても、原告が多額の費用負担をしてスマイリー・フェイスを慈善活動やボランティア活動に活用し、同マークの社会的イメージを向上させるようになったのは、平成10年ころ以降であることから(原告準備書面(1)10頁G1)、被告には、平成3年3月8日の本件商標の登録査定時において、「スマイル・マーク」の良好なイメージに便乗する意図はなかったと解されること、B原告の主張によれば、平成3年の本件商標の登録査定当時には、日本でのスマイル・マークのブームは収束し、商標登録をしていた商標権者らもその更新登録をしないで商標権を放棄する傾向があったこと等の事情を総合考慮するならば、本件商標が、商標法4条1項7号所定の商標に該当すると認めることはできない。
(2)国際信義違反に係る判断の誤りについて
 前記(1)の@ないしBの諸事情のほか、本件において、原告が主張する引用図形(別紙「引用図形」参照)が本件商標の登録査定(平成3年3月8日)当時の米国において既に平和のシンボルとされていたとか慈善活動に使用されていたことを認めるに足りる証拠もないことに照らすならば、本件商標の使用が国際信義に反するとの理由により、本件商標が商標法4条1項7号に該当する商標ということはできない。
 よって、これと同旨の審決の判断に誤りはなく、この点に係る原告の主張は採用の限りでない。
2 商標法4条1項15号該当性の判断の誤りについて
 原告は、本件商標が商標法4条1項15号に該当すると主張する。
 しかし、原告の主張は採用の限りでない。すなわち、前記説示のとおり、原告が莫大な投資をしてスマイリー・フェイスを慈善活動やボランティア活動に活用し、同マークの社会的イメージを向上させるようになったのは、平成10年ころ以降のことであるから、平成3年3月8日の本件商標の登録査定時においては、上記イメージに被告が便乗する意図を有しなかったというべきであり、本件商標の登録が「不正の目的」によるものであると認めることはできない。よって、本件商標の設定登録の日から5年の除斥期間が経過したことにより、商標法4条1項15号を理由とする無効審判請求は不適法であるとした審決の判断に誤りはない。
3 商標法4条1項19号該当性の判断の誤りについて
 原告は、本件商標が商標法4条1項19号に該当すると主張する。
 しかし、前記1及び2で説示したとおり、本件商標は、「不正の目的」をもって使用をするものであるとは認められないから、商標法4条1項19号に該当するとはいえない。よって、これと同旨の審決の判断に誤りはなく、これを誤りであるとする原告の主張は採用の限りでない。
4 商標法3条1項6号該当性の判断の誤り
 原告は、本件商標は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができない商標として、商標登録を受けることができないものとなっていたから、商標法3条1項6号に該当すると主張する。
 しかし、原告による無効審判請求時(平成21年1月23日)には、本件商標の設定登録の日(平成3年11月29日。甲1)から5年以上が経過しているから、商標法3条1項6号を理由とする無効審判請求は商標法47条1項により不適法である。よって、これと同旨の審決の判断に誤りはなく、審決の判断に誤りがあるとする原告の主張は採用の限りでない。
5 結論
 以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。原告は、その他にも縷々主張するが、いずれも理由がない。よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 大須賀滋
 裁判官 齊木教朗


(別紙)略
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