判例全文 line
line
【事件名】経済学論文の共同著作事件(2)
【年月日】平成22年3月29日
 知財高裁 平成21年(ネ)第10053号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成19年(ワ)第13505号)
 (口頭弁論終結日 平成21年11月5日)

判決
控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 鈴木仁
被控訴人 Y
同訴訟代理人弁護士 富岡英次
同 外村玲子
同 佐竹勝一


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙論文目録記載の各論文を発行し、販売し、贈与し、又は頒布してはならない。
3 被控訴人は、国立国会図書館及び国立大学法人一橋大学に対し、それぞれの所蔵する原判決別紙論文目録記載の各論文につき、閲読禁止の措置を申し出よ。
4 被控訴人は、原判決別紙広告文目録記載の広告文を日本経済新聞の全国版朝刊の社会面に掲載せよ。
5 被控訴人は、控訴人に対し、50万円を支払え。
6 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、被控訴人と共に本件各原著(原判決の略称に従う。以下同じ。)を共同執筆した控訴人が、被控訴人において、本件各原著の一部を控訴人に無断で使用して被控訴人各論文(本件博士論文の一部を構成するもの)を作成した上、経済学博士の学位請求のために本件博士論文を被控訴人の単独名義の論文として一橋大学に提出し、これを国立国会図書館等において一般の閲読に供させたことは、本件各原著に係る控訴人の著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権及び公表権)を侵害すると主張して、被控訴人に対し、著作権法112条及び同法115条の規定に基づき、控訴の趣旨2ないし4項のとおり、被控訴人各論文の発行等の差止め、国立国会図書館等に対する被控訴人各論文の閲読禁止措置の申出及び日本経済新聞への謝罪広告の掲載を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として、控訴の趣旨5項記載の金員(弁護士費用相当損害金)の支払を求める事案である。
 原判決は、被控訴人各論文をその一部に含む本件博士論文における本件各原著の複製及び本件博士論文を被控訴人の単独名義の論文として一橋大学に提出しこれを国立国会図書館等において一般の閲読に供させたことにつき、控訴人の承諾があったものと認め、控訴人の本件各請求をいずれも棄却したため、控訴人は、これを不服として本件控訴に及んだ。
2 前提となる事実
 控訴人の本件各請求について判断する前提となる事実は、原判決2頁16行目から5頁12行目までに摘示(なお、認定事実については、末尾に証拠を掲記する。)のとおりであるから、これを引用する。
3 本件訴訟の争点
 本件訴訟の争点は、原判決5頁14行目から21行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
第3 当事者の主張
1 原審における主張
 当事者の原審における主張は、原判決5頁23行目から29頁11行目までに摘示のとおりであるから、これを引用する。
2 当審における主張
 当事者の当審における主張は、専ら争点2(被控訴人による本件各原著に係る著作権(複製権)侵害の成否・控訴人による承諾の有無)についてであって、概略、以下のとおりである。
〔控訴人の主張〕
 本件各原著の利用につき控訴人の承諾があったことを推認させる間接事実として原判決が挙げる下記事情は、以下のとおり、当該承諾があったことを推認させるものではない。
(1) 控訴人と被控訴人との関係
 本件各原著に係る控訴人の貢献度と被控訴人のそれとの間には相違があり、控訴人は、本件共同研究において最も肝要で独創的な発想は控訴人によるものであったと考えていたのであるし、被控訴人も、そのことを認識していたのであるから、控訴人と被控訴人とが親しい関係にあり、頻繁に連絡を取り合っていたからといって、控訴人が本件各原著の利用を承諾したことの根拠となるものではない。
(2) 本件各原著の関係
 本件原著1の主たる執筆等が被控訴人の担当によるものであったのに対し、本件原著2のそれは控訴人の担当によるものであったことや、本件原著1は、学術論文として後進性を有するもの(甲9)であったため、控訴人は、これを進化・発展させるべく、実質的にはほぼ独自に、本件原著2に著されたような論考をしたものであることからすると、本件各原著については、それらの利用の承諾につき別異の取扱いがされるのが当然であるから、本件各原著が相互に関連するものであったからといって、控訴人が本件各原著の利用を承諾したことの根拠となるものではない。
(3) 本件電子メールの存在
 一般に、親しい者の間でやり取りのされる電子メールは、日常会話のように用いられ、関係者間における共通の認識を当然の前提とするものであるから、本件電子メールの内容についても、このことを踏まえて解釈すべきである。そして、上記(2)のとおり、本件各原著については、それらの利用の承諾につき別異の取扱いがされるのが当事者双方の共通認識であり、控訴人としても、本件電子メールの後半部分に、それが本件原著1のみを指すとの断り書きをわざわざ付す必要がなかったことに照らすと、本件電子メールの内容は、原審における控訴人の主張のとおり解釈すべきであるから、本件電子メールが存在するからといって、控訴人が本件各原著の利用を承諾したことの根拠となるものではない。
(4) 他の共著者による承諾及び学界の慣行
ア 本件博士論文に利用されている被控訴人と控訴人以外の他の研究者との共同研究論文について共著者による承諾があったとしても、それは、当該共著者の意向(それは、共同論文における貢献度、共著者間の人間関係等、個別の要因によって左右されるものである。)を示すものにすぎず、控訴人が本件各原著の利用を承諾したことの根拠となるものではない。
イ 仮に、原判決が認定したとおり、共著者の承諾を得さえすれば、共同研究に係る論文を学位請求論文において利用し得るというのが学界の慣行であったとしても、それと異なる行動、約定等をすることは、法の許容するところであるから、当該慣行があったからといって、控訴人が本件各原著の利用を承諾したことの根拠となるものではない。
〔被控訴人の主張〕
 控訴人が指摘する(1)ないし(4)の各事情は、本件各原著の利用につき控訴人の承諾があったことを推認させる間接事実として原判決が認定した様々な事情の一部にすぎないから、(1)ないし(4)の各事情から当該承諾があったことが推認されるものではないとする控訴人の主張が失当であることは明らかであるが、控訴人の主張に対する個別の反論は、以下のとおりである。
(1) 控訴人と被控訴人との関係
ア 控訴人と被控訴人との間に親しい関係が継続されており、頻繁に連絡が交わされていたとの事情は、本件各原著の利用につき控訴人の承諾があったことを推認させる重要な間接事実である。
イ 被控訴人は、本件各原著の発想や作成過程に主体的に深く関与していたのであるから、本件各原著に係る控訴人の貢献度と被控訴人のそれとの間に相違があり、本件共同研究において最も肝要で独創的な発想が控訴人によるものであって、控訴人も被控訴人もそのように認識していたなどということはできない。
(2) 本件各原著の関係
ア 本件各原著が相互に関連するものであることは、本件各原著の利用につき控訴人の承諾があったことを推認させる重要な間接事実である。
イ 上記(1)イのとおりであるから、控訴人が実質的にほぼ独自に本件原著2に著されたような論考をしたものであって、本件各原著についてはそれらの利用につき別異の取扱いがされるのが当然であるなどということはできない。
(3) 本件電子メールの存在
 本件電子メールの内容によると、その後半部分が本件原著1のみに係るものであると解釈することはできず、かえって、控訴人が被控訴人の本件博士論文において本件原著1及び2の双方が利用されることを了承していたことがうかがわれるというべきである。
(4) 他の共著者による承諾及び学界の慣行
ア 本件博士論文に利用されている被控訴人と控訴人以外の他の研究者との共同研究論文について共著者による承諾があることは、被控訴人が控訴人に対してのみ承諾を求めないで本件各原著を本件博士論文に利用するような特段の事情がない限り、本件各原著の利用についても、他の共著者と同様に、控訴人の承諾があったことを推認させる重要な間接事実である。
イ 原判決が認定した学界の慣行は、被控訴人が本件博士論文において本件各原著を利用することにつき控訴人が承諾したとしても不自然でないことを示すものであり、本件各原著の利用につき控訴人の承諾があったことを推認させる重要な間接事実である。
第4 当裁判所の判断
1 被控訴人による本件各原著に係る著作権(複製権)侵害の成否・控訴人による承諾の有無(争点2)について
 この点に対する判断は、次のとおり加除訂正するほかは、原判決29頁13行目から45頁16行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決29頁13行目の「1」、20行目の「(「第2 事案の概要」1(4)記載のとおり)」をそれぞれ削る。
(2) 原判決29頁21行目の「本件博士論文」を「被控訴人各論文をその一部に含む本件博士論文」と改める。
(3) 原判決29頁24行目から25行目までを削る。
(4) 原判決35頁3行目の「被告論文2」を「被控訴人論文1」と、同行目から4行目にかけての「被告論文3」を「被控訴人論文2」と、同行目の「被告論文4」を「被控訴人論文3」と、37頁18行目から19行目にかけての「陳述書(乙15)において、」を「陳述書(乙15)に記載された」とそれぞれ改める。
(5) 原判決42頁6行目から19行目までを削る。
(6) 原判決42頁20行目の「ウ」を「イ」と改める。
(7) 原判決43頁16行目の「経済学界」から18行目の「F」までを削る。
(8) 原判決44頁3行目から16行目までを以下のとおり改める。
 「もっとも、原審における控訴人の供述は、承諾の事実を真っ向から否定するのに対し、これに対する被控訴人の供述は、承諾の事実を前提にするものの、その具体性に欠けるきらいもないわけではないが、乙4によれば、平成12年11月20日、控訴人が被控訴人に宛てて送信した本件電子メールの文面は、「Y様:学会のときにちょっとお話しましたが、我々の共同論文2本(貴兄担当分と小生担当分)を、早いところ、どのジャーナルでも良いからpublishしてしまいませんか(高望みせずに)? publicationが宙ぶらりんですと、いつまでも貴兄の博士論文が出版できませんから。しばらくたっていますから、一度、お会いして、方針を決めたいと思いますが、ご都合は如何でしょうか。X」というものであって、被控訴人が本件博士論文を出版する前に、控訴人と被控訴人とで共同して本件各原著を出版することを提案しているものであって、その提案の前提として、被控訴人が本件博士論文を一橋大学に提出していることを理解し、かつ、本件博士論文が国立国会図書館等において一般の閲読に供されるものとなることを了承していたことも考慮に入れていることが、当該文面上から明らかであるばかりでなく、本件博士論文の提出については、控訴人に何ら異論がなかったことも明らかであるから、これをもってしても、控訴人において、被控訴人が本件博士論文に控訴人との共同研究に係る本件各原著を収録することを承諾していた事実を優に推認し得るものといわなければならない。
 ウ 控訴人は、当審において、上記推認が妨げられるべき事情として、第3の2のとおり主張するが、当該主張を考慮しても、上記推認が妨げられるものではない。
 (ア) 控訴人と被控訴人との関係及び本件各原著の関係について
  控訴人と被控訴人とが親しい関係にあり頻繁に連絡を取り合っていたこと及び本件各原著が相互に関連するものであること(原判決認定のとおり、本件各原著は共通の研究テーマの下に作成されたものであり、本件原著1は特殊論的なモデルに係るもの、本件原著2はこれを発展させた一般論的なモデルに係るものである。)が、本件博士論文における本件各原著の利用を控訴人が承諾したとの事実を推認させる間接事実であることはいうまでもないから、この点に関する控訴人の主張は、要するに、@本件各原著に係る控訴人の貢献度と被控訴人のそれとの間に相違があり、本件共同研究において最も肝要で独創的な発想が控訴人によるものであったことを控訴人及び被控訴人が認識していたこと、A本件原著1の主たる執筆等が被控訴人の担当によるものであったのに対し、本件原著2のそれは控訴人の担当によるものであったこと、B控訴人が、学術論文として後進性を有するものであった本件原著1を進化・発展させるべく、実質的にはほぼ独自に、本件原著2に著されたような論考をしたものであることが、当該推認を妨げる間接事実である旨をいうものと解される。
  しかしながら、上記@の点については、原判決認定事実に照らすと、被控訴人は、本件原著1のみならず本件原著2に関しても、共同著作者として相当の貢献をしたものと認められ、少なくとも、上記推認を妨げる程度にまで、控訴人の貢献度と被控訴人のそれとの間に大きな相違があったものと認めるに足りる確たる証拠はなく、したがって、そのような程度の相違があるものと控訴人及び被控訴人が認識していたと認めることもできない。
  上記Aの点については、控訴人主張の事実が認められることは原判決認定のとおりであるが、上記説示したところに照らすと、本件原著2に係る被控訴人の相当の貢献を否定することはできず、したがって、控訴人主張の事実によっても、上記推認が妨げられるということはできない。
  上記Bの点についても、上記説示したとおり、本件原著2に係る被控訴人の相当の貢献を否定することはできず、その他、控訴人主張の事実を認めるに足りる確たる証拠はない。
 (イ) 本件電子メールの存在
  控訴人は、本件電子メールの前記文言のうち前半部分の「パブリリッシュ」は本件原著1及び2についていうものであるが、後半部分の「パブリケーション」及び「被控訴人の本件博士論文」は本件原著1のみに係るものであって、本件原著1については本件博士論文に利用することを承諾したとしても、本件原著2については、本件博士論文に利用することを承諾したことはないと主張するが、本件博士論文に本件各原著を利用するに際して、被控訴人が本件原著1については控訴人の承諾を得たが、本件原著2については控訴人の承諾を得なかったというような事情は、当時の被控訴人と控訴人との関係からみても、また、本件各原著と本件博士論文との関係からみても、到底窺い知れないところであって、控訴人の主張を採用することはできないというべきである。
 (ウ) 他の共著者による承諾
  また、本件博士論文は、控訴人及び被控訴人による本件各原著のみならず、被控訴人、A教授及び控訴人による共同研究論文、被控訴人及びB教授による共同研究論文並びに被控訴人及びC教授による共同研究論文をも利用するものであるところ、被控訴人がA教授、B教授及びC教授からこれらの共同研究論文を本件博士論文において利用することにつき明示又は黙示の承諾を得ていることは、前記引用に係る原判決の認定するとおりであって、被控訴人が控訴人のみに承諾を求めないで本件博士論文に本件各原著を利用したと認めるべき特段の事情のない限り、本件各原著についても、控訴人にその利用の承諾を求めていたとの事実を推認させるばかりでなく、その承諾を得ていればこそ、本件博士論文に本件各原著を利用することになったものであると推認させるものということができるところ、その推認を妨げる特段の事情を認めるに足りる確たる証拠はない。
 (エ) したがって、控訴人の当審における主張は、本件博士論文における本件各原著の利用を控訴人が承諾したとの上記推認を何ら左右するものではないといわざるを得ない。」
(9) 原判決44頁20行目の「被告論文2」を「被控訴人論文1」と、同行目の「被告論文3」を「被控訴人論文2」と、21行目の「被告論文4」を「被控訴人論文3」とそれぞれ改める。
2 争点3(被控訴人による著作者人格権(氏名表示権及び公表権)侵害の成否)について
 この点に対する判断は、原判決45頁19行目から46頁11行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。
3 結論
 以上の次第であるから、控訴人の請求を棄却すべきものとした原判決は相当であって、本件控訴は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 本多知成
 裁判官 浅井憲
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/