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【事件名】商標“クリスタルキング”侵害事件
【年月日】平成22年3月26日
 東京地裁 平成21年(ワ)第1992号 商標権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成22年2月9日)

判決
原告 株式会社クリスタルキングカンパニー
原告 A
原告ら訴訟代理人弁護士 前田博之
同 土屋真理
原告ら訴訟復代理人弁護士 桐原明子
被告 B
訴訟代理人弁護士 桑野雄一郎


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、「クリスタルキング」の標章を、音楽の演奏、音楽の演奏の興業の企画又は運営のために使用してはならない。
2 被告は、原告株式会社クリスタルキングカンパニーに対し、50万円及びこれに対する平成20年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、被告が現在もバンド「クリスタルキング」のメンバーである旨及び「クリスタルキング」は解散した旨の事実を、文書、インターネット又は口頭などいかなる手段を用いても第三者に告知又は流布してはならない。
4 被告は、原告Aに対し、1000万円及びこれに対する平成20年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、@後記の登録商標の商標権者である原告株式会社クリスタルキングカンパニー(以下「原告会社」という。)が、被告に対し、被告が歌手として出演するコンサートの新聞広告に被告の芸名及び顔写真とともに「クリスタルキング」の標章を掲載させたことにより原告会社の商標権を侵害したとして、商標法36条1項に基づく上記標章の使用の差止め及び不法行為に基づく損害賠償を求め、Aバンド「クリスタルキング」のメンバーである原告A(以下「原告A」という。)が、被告に対し、被告が「クリスタルキング」を脱退した後にそのメンバーである旨名乗ったり、「クリスタルキング」が解散した事実はないのに「クリスタルキング」は解散した旨述べて、原告Aの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為)を行ったとして、同法3条1項に基づく上記告知又は流布する行為の差止め及び同法4条に基づく損害賠償を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者
ア 原告会社は、音楽・芸能に関する企画制作等を目的とする株式会社である。
 原告Aは、バンド「クリスタルキング」に所属するメンバーであり、歌手である。また、原告Aは、原告会社の代表取締役である。
イ 被告は、バンド「クリスタルキング」にかつて所属していた元メンバーであり、歌手である。
(2) 原告会社の商標権
 原告会社は、「クリスタルキング」の文字を標準文字で横書きして成り、指定役務を「映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営、音楽の演奏、録音物及び映像物の企画制作、音楽の教授、楽器及び音響機材の貸与」とする登録第4640546号の登録商標(平成10年7月3日商標登録出願、平成15年1月31日商標権の設定登録。以下、この商標を「本件商標」といい、その商標権を「本件商標権」という。)の商標権者である。
(3) バンド「クリスタルキング」の活動の経緯等
ア バンド「クリスタルキング」は、昭和46年ころ、長崎県佐世保市において、原告Aをリーダーとして結成された。
 「クリスタルキング」は、昭和51年にいわゆるメジャーデビュー(メジャーレーベルと呼ばれる大手レコード会社からの作品の発表)をした後、昭和54年に、「大都会」という曲名の楽曲で第18回ヤマハポプコン全国大会及び第10回世界歌謡祭においてそれぞれグランプリを受賞した。「大都会」は、原告Aが低音部を、被告が高音部を歌唱するツインボーカルの楽曲である。
 その後、「大都会」は、昭和54年から昭和55年にかけて、大ヒット曲となり、「クリスタルキング」は、一躍日本全国で有名なバンドとなった。当時の「クリスタルキング」のメンバーは、原告A、被告を含む7名であった(甲1)。
 その後、「クリスタルキング」は、楽曲「蜃気楼」などをヒットさせた後、昭和59年にも、アニメ「北斗の拳」の主題歌「愛をとりもどせ!!」(原告A及び被告のツインボーカルの楽曲)をヒットさせた。
 その後も、「クリスタルキング」は、バンドとしての音楽活動を続けている。
イ 「クリスタルキング」においては、その結成以来現在に至るまで、数々の加入、脱退によるメンバーの入れ替わりが行われた。その中で、リーダーの原告Aのみが一貫してメンバーを続け、平成10年以降、「クリスタルキング」で専属的に音楽活動を行っているのは、原告Aのみである。
 また、原告会社は、昭和61年5月16日の設立以来、「クリスタルキング」の音楽活動及び宣伝活動の企画・運営等を行っている。
ウ 被告は、昭和48年に「クリスタルキング」に加入し、昭和49年に脱退した後、昭和50年に再び加入し、昭和61年に脱退した。さらに、被告は、平成7年10月に3度目の加入をし、平成9年12月に脱退した。
 その後、被告は、バンド「クロスロード」のメンバーとしての音楽活動や「田中雅之」という芸名を使用したソロ歌手としての音楽活動等を行っている。
(4) 被告が出演するコンサートの新聞広告
 被告は、株式会社読売広告社(以下「読売広告社」という。)が企画して平成20年9月20日に開催された「ザ・エターナル・ソングス・コンサート」と題する音楽コンサート(以下「本件コンサート」という。)に出演し、その中で「大都会」をソロで歌唱した。
 それに先立つ同年8月7日、東京都内などで配布、販売された同日付け読売新聞の32面に、本件コンサートの広告(以下「本件新聞広告」という。)が掲載された。
 本件新聞広告(甲4)には、「永遠に歌い継がれる歌がある・・・」の見出し、「いままで、星の数ほどの歌が生まれてきました。」、「そして、そんな数ある歌の中には、ある種の魂が宿り、永遠に光を放ち続ける歌があります。」、「それは時代を超え、世代を超え、人々に愛される特別な歌。」、「“永遠の歌”を生み出したアーティストが集うコンサートです。」等の本文、出演する20組のソロ歌手又はグループの名称、顔写真、曲名などが記載され、被告については、「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」との記載及び被告の顔写真の下部に「田中雅之(クリスタルキング)」との記載がされた。
2 争点
 本件の争点は、原告会社の請求については、被告が、「クリスタルキング」の標章を付した本件新聞広告を頒布して本件商標を使用し、本件商標権を侵害したかどうか(争点1−1)、被告が賠償すべき原告会社の損害額(争点1−2)であり、原告Aの請求については、被告が原告Aの営業上の信用を害する虚偽の事実の告知又は流布(不正競争防止法2条1項14号)を行ったかどうか(争点2−1)、原告Aの損害賠償請求権の消滅時効の成否(争点2−2)、被告が賠償すべき原告Aの損害額(争点2−3)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1−1(本件商標権の侵害の有無)
(1) 原告会社の主張
ア 被告は、次のとおり、読売広告社を介して、被告の芸名及び顔写真とともに本件商標と同一の「クリスタルキング」の標章を使用した本件新聞広告を頒布したものであり、しかも、本件新聞広告は、本件コンサートに関するものであって、被告の本件コンサートへの出演(歌唱)は本件商標の指定役務である「音楽の演奏」に含まれるから、被告の上記頒布行為は、本件商標の使用(商標法2条3項8号)に該当する。
(ア)a 本件コンサートを企画した読売広告社の担当者のC(以下「C」という。)は、被告が本件コンサートに出演する話が出た当初から、被告のマネージャーであるD(以下「D」という。)に対し、被告を表示するに当たって「クリスタルキング」というグループ名を使用してよいかどうかを再三確認した。Dは、Cに対し、その使用を認める発言を繰り返した。
 また、Cは、本件新聞広告が読売新聞に掲載される前に、本件新聞広告の案をメールでDに送付したが、Dからは特に返事がなかった。
 原告会社が本件商標の商標権者であることを知らないCは、Dの上記言動から、本件新聞広告の案に問題はなく、被告を表示するに当たって「クリスタルキング」というグループ名を使用することに問題はないものと考えた。その結果、読売広告社は、平成20年8月7日に配布、販売された同日付け読売新聞に掲載された本件新聞広告に被告を表示するに当たり、「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」との表記(前記第2の1(4))をした。
b Dは、被告の唯一のマネージャーであり、かつ、被告と個人的に親密な関係にあるから、Dの前記aの言動は、被告の意思・意向に基づくものとして被告自身の言動と同視することができる。
(イ) 本件新聞広告では、被告の芸名である「田中雅之」と同じ文字ポイントで「クリスタルキング」の表記がされており、その外観及び称呼は、本件商標と同一である。
 したがって、本件新聞広告中の「クリスタルキング」の表記は、本件商標と同一の標章である。
(ウ) テレビや雑誌・新聞などの視聴者・読者である一般人は、各アーティストのグループ等への所属状況を正確に把握しているわけではない以上、わざわざ個人名とグループ名が併記されていれば、現在もその個人がそのグループに所属しているものと考えるのが通常である。
 そして、バンド「クリスタルキング」は現に活動しているため、被告の芸名とともに「クリスタルキング」の表記がされれば、一般人としては、被告が現に活動中のバンド「クリスタルキング」に所属していることを表すものと誤信するのが当然であり、被告の活動を「クリスタルキング」の活動と誤認混同するおそれは極めて高いといえるから、本件新聞広告における「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記は、「クリスタルキング」の標章について商標の識別機能を果たす態様での使用(商標的使用)に当たるというべきである。
 また、被告が本件コンサートで歌唱する楽曲が「クリスタルキング」が発売した楽曲であることを説明するためには、曲名とともに「クリスタルキング」の表記をすれば足り、当該楽曲がヒットした当時、被告が「クリスタルキング」のボーカル(ボーカリスト)であったことを説明するためには、被告の芸名とともに「元クリスタルキング」の表記をすれば足りるから、「クリスタルキング」の前に「元」をつけずに、被告の芸名とともに「クリスタルキング」の表記をしなければならない合理性はない。
(エ) 前記(ア)ないし(ウ)によれば、被告は、読売広告社において本件商標の商標権者が原告会社であることを知らないのを奇貨とし、読売広告社を介して、平成20年8月7日、被告の芸名及び顔写真とともに本件商標と同一の「クリスタルキング」の標章を使用した本件新聞広告を頒布したものである。
 そして、本件新聞広告は、本件コンサートに関するものであって、被告の本件コンサートへの出演(歌唱)は本件商標の指定役務である「音楽の演奏」に含まれるから、被告の上記頒布行為は、原告会社が有する本件商標権の指定役務と同一の役務について、本件商標と同一の標章を使用する行為(商標法2条3項8号)に当たる。
イ 被告は、後記のとおり、「クリスタルキング」は、被告の著名な芸名又はこれに準じるものであり、本件新聞広告における「クリスタルキング」の表記は、被告自身の著名な芸名を普通に用いられる方法で表示したものであるから、商標法26条1項1号の適用又は類推適用により、本件商標権の効力は及ばない旨主張する。
 しかし、「クリスタルキング」が楽曲「大都会」のヒットにより一躍世間に知られるバンドになったものであるとしても、一般人において、「クリスタルキング」という表示から想起するグループは、あくまで「クリスタルキング」という一貫して存在するグループであって、楽曲「大都会」をヒットさせた特定の時期の「クリスタルキング」に限定されるものではない。また、被告は、昭和48年から昭和49年まで、昭和50年から昭和61年まで、平成7年から平成9年までの各期間、「クリスタルキング」に所属していただけであり、昭和46年の結成から現在まで活動を継続する「クリスタルキング」の歴史において被告が所属していた期間は短く、被告はクリスタルキングの過去の1メンバーにすぎない。
 したがって、「クリスタルキング」が被告自身の著名な芸名に該当せず、これに準じるものでもないことは明らかであり、被告の上記主張は失当である。
ウ 以上のとおり、被告は、読売広告社を介して、被告の芸名及び顔写真とともに本件商標と同一の「クリスタルキング」の標章を使用した本件新聞広告を頒布して本件商標を使用し、原告の有する本件商標権を侵害したものである。
(2) 被告の主張
ア Dの言動に関する主張に対し
 被告のマネージャーであるDが、Cに対し、被告を表示するに当たり「クリスタルキング」というグループ名の使用を認める発言を繰り返した事実はない。仮にDがそのような発言をしたとしても、被告はこれまで繰り返し積極的に「クリスタルキング」を脱退した旨告知してきており、Dの発言は、被告の意思・意向に基づくものではない。
 また、Dが読売広告社から本件新聞広告の内容を知らされたのは、本件新聞広告が読売新聞に掲載された平成20年8月7日当日である。
イ 商標的使用に当たらないこと
 商標権者が、登録商標と同一又は類似の商標を商品又は役務について使用する第三者に対し、その使用の差止め等を請求し得るためには、当該第三者の使用する商標が単に形式的に商品又は役務に表されているだけでは足りず、それが、自他商品、役務の識別標識としての機能を果たす態様で用いられていることを要すると解すべきである。
 しかるに、本件コンサートは、1970年代後半から1990年代後半にかけてのヒット曲を、当時歌っていた歌手が自ら歌唱するという企画のコンサートであり、本件新聞広告には、出演する歌手について、その氏名・芸名とともに、歌唱される楽曲がヒットした当時の氏名・芸名又は所属していたデュオ、グループ、バンド名を併記して表示されている(例えば、「Runner/サンプラザ中野くん(爆風スランプ)1988」、「サンプラザ中野くん(爆風スランプ)」)。この併記の趣旨は、1970年代後半から1990年代後半にかけてのヒット曲を、当時その歌を歌っていた歌手が自ら歌唱するという本件コンサートの魅力を告知し、来場者を誘引することにあり、このことは本件新聞広告を見れば一目瞭然である。本件新聞広告を見た需要者としては、出演する歌手がその氏名・芸名と併記されたデュオ、グループ、バンドで現在活動していると考えるものではない。むしろ、あえて個人を示す氏名・芸名が表示されている以上、当該デュオ、グループ、バンドが出演するものではないことを自明のこととして受け止めるのである。
 本件新聞広告における被告に関する表記もこれと同様であり、「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記は、被告が「田中雅之」という芸名で活動していることを表示するとともに、被告が本件コンサートで歌唱する「大都会」が1979年(昭和54年)に「クリスタルキング」というバンドがヒットさせた楽曲であること、被告がそのメンバー(ボーカリスト)であったことを表示する記載である。
 したがって、本件新聞広告における「クリスタルキング」の表示は、本件コンサートで歌唱される「大都会」という楽曲を1979年(昭和54年)に発表したバンド名及び被告が当時当該バンドに所属していたという事実を表示する趣旨の説明的記載にすぎないから、商標を識別標識としての機能を果たす態様で使用するもの(商標的使用)でないことは明らかである。
ウ 商標法26条1項1号の適用又は類推適用により本件商標権の効力が及ばないこと
 需要者の間で、「クリスタルキング」というバンド名から想起されるのは、「大都会」という曲をヒットさせ、その後もヒット曲を出した昭和54年ころから昭和60年ころにかけての時期の「クリスタルキング」である。そして、この時期の「クリスタルキング」において、被告は、原告Aとともにボーカルを担当しており、3オクターブの高音の地声により聴衆観衆に極めて強い印象を与えるなど、 バンドの代表的・象徴的な存在であった。
 このように「クリスタルキング」というバンド名が、昭和54年ころから昭和60年ころにかけての「クリスタルキング」を指すものとして著名・周知であり、被告がその代表的・象徴的な存在であったことからすれば、「クリスタルキング」は、被告の著名な芸名に該当し、又はこれに準じるものというべきである。
 したがって、本件新聞広告における「クリスタルキング」の表示は、被告自身の著名な芸名を普通に用いられる方法で表示したものであり、商標法26条1項1号の適用又は類推適用により、本件商標権の効力は及ばない。
エ 以上のとおり、被告が本件商標権を侵害したとの原告の主張は理由がない。
2 争点1−2(原告会社の損害額)
(1) 原告会社の主張
ア 被告の故意又は過失
 被告は、前記1(1)のとおり原告会社の本件商標権を侵害し、その侵害行為について故意があるか、少なくとも過失がある。
 したがって、被告は、原告に対し、本件商標権の侵害行為により原告が受けた損害を賠償すべき不法行為責任を負う。
イ 損害額
 被告が本件商標権の侵害行為により受けた利益額は、商標法38条2項により、原告が受けた損害額と推定される。
 本件コンサートのチケットが1枚8400円で販売されたこと、本件コンサート会場の座席数が5012席であること、本件コンサートには20組の歌手が出演したことからすれば、被告が本件商標権の侵害行為によって受けた利益額は、50万円を下らない。
 したがって、原告会社が被告の本件商標権の侵害行為によって受けた損害額は、50万円を下らない。
ウ 小括
 以上によれば、原告会社は、本件商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償として、被告に対し、50万円及びこれに対する不法行為の日である平成20年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告の主張
 原告会社の主張のうち、本件コンサートのチケットが1枚8400円で販売されたこと、本件コンサート会場の座席数が5012席であること、本件コンサートには20組の歌手が出演したことは認めるが、その余は争う。
3 争点2−1(被告による不正競争行為の有無)
(1) 原告Aの主張
 被告は、以下のとおり、競争関係にある原告Aの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為)を行った。
ア 「クリスタルキング」の脱退後に、そのメンバーを名乗る行為
(ア)a(a) 被告が所属するバンド「クロスロード」が平成10年4月7日に関内小ホールにおいてコンサートを行った際、ポスター(甲20)に、被告の表示として、「Vo田中(クリスタルキング)」との表記がされた。
(b) 被告が所属するバンド「クロスロード」が平成10年4月19日に横浜の「STORMY MONDAY」という店でライブを行った際、雑誌「BAY MA」第19号に掲載されたライブ情報(甲21)の中に、被告の表示として、「田中(Vo)(クリスタルキング)」との表記がされた。
(c) 被告が平成10年10月ころにフジテレビのテレビ番組「笑っていいとも!」に出演した際に作成された出演者名簿に、被告の表示として、「クリスタルキング」の略称である「クリキン」との表記がされた。
(d) 被告が平成10年10月11日放送のNHKのテレビ番組「青春のポップス」に出演した際、この番組を案内する新聞の番組表(甲18)に、被告について、「クリスタルキングB初登場」との表記がされた。
(e) 被告が平成16年9月1日放送のフジテレビのテレビ番組「クイズ!ヘキサゴン」に出演した際、この番組を案内する雑誌「TVガイド」の番組表に、被告について、「クリスタルキング田中」との表記がされた。
(f) 平成20年8月7日に配布、販売された同日付け読売新聞32面に掲載された本件新聞広告の中に、被告について、「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」との表記及び被告の顔写真の下部に「田中雅之(クリスタルキング)」との表記がされた。
b 前記aのポスター、ライブ情報、出演者名簿、番組表及び本件新聞広告における各表記は、被告がそれぞれの表記がされた時点においてバンド「クリスタルキング」のメンバーであることを表示するものであり、上記ポスター等の作成には、被告が当然関与したものである。
 しかし、被告は、平成9年12月に「クリスタルキング」を脱退し、上記各表記の時点において「クリスタルキング」に所属していなかったのであるから、被告が上記ポスター等に上記各表記をさせたことは、被告が上記各表記の時点において「クリスタルキング」のメンバーである旨の虚偽の事実の告知又は流布に当たるというべきである。
(イ) 被告は、平成20年1月14日に開催された「2008年ブルーインベスターズ新年会」と題するイベント(甲9)に、「クリスタルキング」を名乗ってゲスト出演した。
 しかし、被告は前記(ア)bのとおりその当時「クリスタルキング」に所属していなかったのであるから、被告が「クリスタルキング」を名乗ったことは、「クリスタルキング」のメンバーである旨の虚偽の事実の告知又は流布に当たるというべきである。
(ウ) 原告A及び被告は、いずれも歌手として競争関係にあるところ、被告が平成9年12月に「クリスタルキング」を脱退するに当たっては、被告のステージにおける態度等にファンからクレームがつくなどしたために、強制的に脱退させられたという経緯があることからすれば、被告が上記脱退後に「クリスタルキング」のメンバーである旨の虚偽の事実を告知又は流布することにより、被告が現在も「クリスタルキング」のメンバーであると誤解されることは、「クリスタルキング」のリーダーであり、その結成以来の唯一のメンバーである原告Aの営業上の信用を害するものである。
イ 「クリスタルキング」は解散した旨述べる行為
(ア)a(a) 被告は、昭和61年6月ころ、雑誌「週刊FM」からの取材を受けた際、「クリスタルキングは解散した」旨述べた。その結果、昭和61年6月30日付けの「週刊FM」の被告の活動についての紹介記事(甲10)の中に、「解散したクリスタルキングのヴォーカルだったBは・・・」との記載がされた。
(b) 被告は、平成10年7月9日放送のフジテレビのテレビ番組「おはようナイスディ」に出演した際、番組の中で、「クリスタルキングはもう残念ながら解散したんですが、残党もかなり残って、クロスロードというバンドでやってますので、絶対頑張りますので、ひとつよろしくお願いします。」(甲24)と述べた。
(c) 被告は、平成10年10月6日放送の日本テレビのテレビ番組「ルックルックこんにちは」の「淳二のLet’s豪邸」というコーナーに出演した際、日本テレビの担当者に対し、「クリスタルキングは解散した」旨述べた。その結果、番組の中で、「97年再びクリスタルキングを新結成しツインボーカルのムッシュ吉崎との魅力的な歌声がよみがえった。しかし。同年12月解散する」というテロップ(甲19)が流れた。
(d) 被告は、平成16年9月1日放送のフジテレビのテレビ番組「クイズ!ヘキサゴン」に出演した際、「クリスタルキング」は既に解散したかのような振る舞いをした。
b バンド「クリスタルキング」は、昭和46年の結成から現在まで音楽活動を継続し、解散したことは一度もないから、前記aの被告の言動は、「クリスタルキング」が解散した旨の虚偽の事実の告知又は流布に当たるというべきである。
(イ) 「クリスタルキング」が解散したとの誤った情報が「クリスタルキング」の音楽活動に悪影響を与えることは明らかであるから、被告が「クリスタルキング」が解散した旨の虚偽の事実を告知又は流布することは、クリスタルキングのリーダーで、かつ、その結成以来の唯一のメンバーであり、しかも、歌手として被告と競争関係にある原告Aの営業上の信用を害するものである。
ウ 小括
 以上のとおり、被告の前記ア及びイの各行為は、不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為に該当する。
(2) 被告の主張
ア 「クリスタルキング」の脱退後に、そのメンバーを名乗る行為の主張に対し
(ア)a 前記(1)ア(ア)aのうち、(a)、(b)、(d)、(f)の事実は認めるが、(c)、(e)の事実は否認する。
 同bは争う。
b 前記(1)ア(イ)のうち、被告が原告A主張のイベントにゲスト出演したことは認めるが、被告が「クリスタルキング」であると名乗ったとの事実は否認する。
c 前記(1)ア(ウ)のうち、原告A及び被告が歌手であることは認めるが、その余の事実は否認する。
(イ) 被告は、「クリスタルキング」を脱退した後も、「大都会」などの「クリスタルキング」のヒット曲を歌うことがあったところ、その際に関係者から被告の経歴として当該楽曲をヒットさせた当時の「クリスタルキング」の中心メンバーであったとの客観的事実を述べられたり、表示されたりすることを容認したことはあったが、自ら積極的にそのように述べたり、表示したことはなく、まして現在も「クリスタルキング」のメンバーであるなどと述べたことはない。
 また、仮に被告が現在も「クリスタルキング」というバンドのメンバーであるとの抽象的な表現を行ったとしても、被告が現在原告Aが行っている「クリスタルキング」の活動に関与しているかのような具体的な誤認が生じる可能性はなく、さらに、仮にそのような誤認が生じるとしても、これにより原告Aの営業上の信用が害されるものではない。
イ 「クリスタルキング」は解散した旨述べる行為の主張に対し
(ア)a 前記(1)イ(ア)aについては、(a)のうち、昭和61年6月30日付けの「週刊FM」の被告の活動についての紹介記事の中に「解散したクリスタルキングのヴォーカルだったBは・・・」との記載がされたこと、(d)のうち、被告が平成16年9月1日放送のフジテレビのテレビ番組「クイズ!ヘキサゴン」に出演したことは認めるが、その余の事実は否認する。
 同bのうち、「クリスタルキング」が昭和46年から現在まで音楽活動を続けていることは認めるが、その余は争う。
b 前記(1)イ(イ)は争う。
(イ) 「クリスタルキング」というバンド名から一般的に想起されるのは、昭和54年ころから昭和60年ころにかけての「クリスタルキング」であるから、この時期のバンドを支えていた被告ほか2名のメンバーが平成9年12月に一斉に脱退したことは、上記の「クリスタルキング」の終焉と評価できるものである。
 したがって、平成9年12月以降に、「クリスタルキング」というバンド名から一般的に想起される上記の「クリスタルキング」は解散し、現在は存在しないという趣旨で「クリスタルキングは解散した」と述べることは、虚偽の事実の告知又は流布に当たらない。
 また、被告が「クリスタルキングは解散した」と述べたとしても、その「解散」という表現が上記のような趣旨で使用される限り、上記当時の「クリスタルキング」とは実態としては別のバンドである、現在の「クリスタルキング」としての活動をしている原告Aの営業上の信用が害されるものではない。
ウ 小括
 以上のとおり、被告が不正競争行為を行ったとの原告Aの主張は、理由がない。
4 争点2−2(損害賠償請求権の消滅時効の成否)
(1) 被告の主張
ア 原告Aにおいては、原告A主張の前記3(1)ア(ア)a(a)ないし(e)及びイ(ア)a(a)ないし(d)に係る被告の各不正競争行為について、各行為がされたのとほぼ同時期に、「損害及び加害者」(民法724条前段)を認識した。
 原告Aが本件訴訟を提起した平成21年1月26日の時点において、原告Aが上記「損害及び加害者」を知った時から既に3年が経過しているから、原告A主張の上記各不正競争行為に基づく損害賠償請求権については消滅時効が完成している。
 被告は、本訴において、上記消滅時効を援用する。
イ 原告Aは、後記のとおり、被告による各不正競争行為は、継続的な不正競争行為であって、全体として一個の不法行為に当たるから、本件訴訟の提起の時点において消滅時効は完成していない旨主張する。
 しかし、被告は、「クリスタルキング」の脱退後は、「元クリスタルキング」との表示をはじめ、既に「クリスタルキング」を脱退し、現在はメンバーではない旨の表示を行ってきており(乙4ないし6)、原告Aが主張するように被告が継続的に間断なく不正競争行為を行ってきた事実はない。
 また、原告A主張の被告による各不正競争行為は、それぞれ時、場所、相手方及び態様を異にする別個の行為であり、全体を合わせて初めて違法性を有するに至るというものではなく、それぞれ個別に不正競争行為を構成するものであって、それらの行為による信用の毀損等の損害も、それらの行為がされるごとに個別に発生し、一連の加害行為の影響が積み重なって単一かつ不可分の損害が生じるというものではない。
 したがって、原告Aの被告に対する各不正競争行為に基づく損害賠償請求権は、被告の各行為ごとに個別に成立するのであって、その消滅時効も、各行為について原告Aが「損害及び加害者を知った時」から個別に進行するものと解するのが相当であるから、原告Aの上記主張は理由がない。
(2) 原告Aの主張
 被告は、原告Aの音楽・芸能活動を妨害し、被告自身の音楽・芸能活動を有利にしようという意思に基づいて、継続的に間断なく、「クリスタルキング」の脱退後にメンバーを名乗ったり、「クリスタルキングは解散した」と述べる行為を行ってきたものであり、前記3(1)ア及びイの被告の不正競争行為は、このような意思・目的のために継続的に行われた一連の行為であるから、全体として一個の不法行為に当たるとみるべきである。また、原告Aが被った損害についても、このような継続的な不正競争行為を構成する個別の具体的行為と時間的に一対一の対応として割り切ることのできない関係があり、包括して一個の損害に当たるとみるべきであり、個別の具体的行為を消滅時効の起算日とすべきではない。
 そうすると、前記3(1)ア及びイの被告による一連の不正競争行為は、昭和61年6月ころ(前記3(1)イ(ア)a(a))から平成20年8月7日(前記3(1)ア(ア)a(f))まで継続して行われていたものであるから、原告Aが本件訴訟を提起した平成21年1月26日の時点において、原告Aの上記不正競争行為に基づく損害賠償請求権について、3年の時効期間は経過していない。
 したがって、被告の消滅時効の主張は理由がない。
5 争点2−3(原告Aの損害額)
(1) 原告Aの主張
ア 被告の故意
 被告は、故意に前記3(1)の継続的な不正競争行為を行って原告Aの営業上の利益を侵害したものであるから、原告Aに対し、不正競争防止法4条に基づき、原告Aが受けた損害を賠償すべき責任を負う。
イ 損害額
(ア) 主位的主張
 被告が前記3(1)の継続的な不正競争行為により受けた利益額は、不正競争防止法5条2項により、原告Aが受けた損害額と推定される。
 被告は、上記継続的な不正競争行為を行うことによって、自己の音楽活動を有利にし、また、原告Aの音楽活動を妨害することによって、平成10年に株式会社ポッカコーポレーション(以下「ポッカコーポレーション」という。)のコーヒーのCFに起用されるなどして、少なくとも2000万円の利益を受けている。
 したがって、原告Aが被告の上記継続的な不正競争行為によって受けた損害額は2000万円を下らない。
(イ) 予備的主張(被告主張の前記3(1)の消滅時効が成立する場合)
 被告は、前記3(1)ア(ア)a(f)の不正競争行為によって少なくとも出演料として50万円、前記3(1)ア(イ)の不正競争行為によって少なくとも出演料として50万円の合計100万円の利益を受けている。
 したがって、原告Aが被告の不正競争行為によって受けた損害額は、100万円を下らない。
ウ 小括
 以上によれば、原告Aは、不正競争防止法4条に基づく損害賠償として、被告に対し、2000万円の一部である1000万円及びこれに対する不正競争行為の終了の日である平成20年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告の主張
ア 主位的主張に対し
 原告A主張の損害額は争う。
 原告Aの主張によっても、平成10年のポッカコーポレーションのCFへの被告の出演行為は原告Aの営業上の利益に対する侵害行為とされておらず、その出演料は、被告の不正競争行為ないし原告Aの営業上の利益に対する侵害行為と何ら因果関係のない利益であることは明らかである。
イ 予備的主張に対し
 原告A主張の損害額は争う。
 原告A主張のイベント及び本件コンサートへの被告の各出演料は、被告の歌手としての魅力、被告が「大都会」をヒットさせた当時のバンド「クリスタルキング」のメンバーであったという事実、そして何より被告が上記イベントあるいは本件コンサートに出演したという事実に基づくものであり、原告Aが主張する被告の不正競争行為ないし原告Aの営業上の利益に対する侵害行為と何ら因果関係のない利益であることは明らかである。
第4 当裁判所の判断
1 原告会社の請求について
(1) 争点1−1(本件商標権の侵害の有無)
 原告会社は、被告は、読売広告社を介して、被告の芸名及び顔写真とともに本件商標と同一の「クリスタルキング」の標章を使用した本件新聞広告を頒布し、しかも、本件新聞広告は、本件コンサートに関するものであって、被告の本件コンサートへの出演(歌唱)は本件商標の指定役務である「音楽の演奏」に含まれるから、被告の上記頒布行為は、本件商標の使用(商標法2条3項8号)に該当する旨主張する。
 平成20年8月7日に東京都内などで配布、販売された同日付け読売新聞の32面に掲載された本件新聞広告に、本件コンサートの出演者である被告について、「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記がされたことは、前記争いのない事実等(前記第2の1(4))のとおりである。
 そして、被告が本件コンサートに出演して歌唱することは、本件商標の指定役務である「音楽の演奏」に含まれると解されるから、本件新聞広告中に被告について上記態様で「クリスタルキング」の表記がされ、上記読売新聞が配布、販売されたことは、「音楽の演奏」という「役務に関する広告」に、「クリスタルキング」という「標章を付して頒布する行為」(商標法2条3項8号)に形式的には該当するものといえる。
 ところで、商標の本質は、当該商標を使用された結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの(商標法3条2項)として機能すること、すなわち、商品又は役務の出所を表示し、識別する標識として機能することにあると解されるから、商標がこのような出所識別機能を果たしていない態様で使用されている場合には、形式的には同法2条3項各号に掲げる行為に該当するとしても、商標の「使用」に当たらず、商標権侵害は成立しないと解するのが相当である。
 そこで、本件の事案にかんがみ、本件新聞広告における「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記が、「クリスタルキング」の標章について出所識別機能を果たしていない態様での使用に当たるかどうかについて、まず、判断することとする。
ア 前記争いのない事実等と証拠(甲1、4、17、30ないし36(いずれも枝番のあるものは枝番を含む。)、証人E、原告A本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(ア) バンド「クリスタルキング」は、昭和46年ころ結成された後、昭和54年に、原告Aが低音部を、被告が高音部を歌唱するツインボーカルの楽曲「大都会」で、第18回ヤマハポプコン全国大会及び第10回世界歌謡祭においてそれぞれグランプリを受賞し、同年から昭和55年にかけて「大都会」が大ヒットしたことから、日本全国で有名なバンドとなった。
 当時の「クリスタルキング」のメンバーは、リーダーの原告A、被告を含む7名であった。その後、被告は、昭和61年に「クリスタルキング」を脱退した後、平成7年10月に再加入し、平成9年12月に脱退した。この間、「クリスタルキング」では、原告Aを除くメンバーの加入、脱退が繰り返され、被告が平成9年12月に脱退した際には、当時所属していた他の2名のメンバーも共に脱退した。
 その結果、平成10年以降「クリスタルキング」で専属的に音楽活動を行うメンバーは、原告Aのみとなったが、その後も、「クリスタルキング」は、バンドとしての音楽活動を続けている。
 また、原告Aが代表取締役を務める原告会社は、昭和61年5月16日の設立以来、「クリスタルキング」の音楽活動及び宣伝活動の企画・運営等を行っている。この間の平成10年7月3日に、原告会社は、本件商標(「クリスタルキング」の文字を標準文字で横書きして成る商標)の商標登録出願をし、平成15年1月31日に商標権の設定登録を受けた。
 一方、被告は、「クリスタルキング」を脱退した後、バンド「クロスロード」のメンバーとしての音楽活動や「田中雅之」という芸名を使用したソロ歌手としての音楽活動等を行っている。
(イ) 平成20年9月20日に開催された本件コンサートは、1970年代から1990年代にかけてのヒット曲20曲を、“THE ETERNAL SONGS”(永遠の歌)と題し、それらをヒットさせた当時のアーティスト自身が歌唱するという企画の音楽コンサートであった。
 本件コンサートで歌唱された20曲には、ソロの歌手が歌ってヒットさせた曲とグループが歌ってヒットさせた曲とが含まれる。本件コンサートでは、前者については、すべて当該ソロ歌手が出演、歌唱し、後者については、当該グループがグループとして出演、歌唱するケースと当該グループのボーカリスト1名が個人として出演、歌唱するケースとがあった。
(ウ) 本件新聞広告は、平成20年8月7日付けの読売新聞32面全体に掲載された本件コンサートに関する広告であり、その上段部分には、「ザ・エターナル・ソングス・コンサート」との表題に続き、「永遠に歌い継がれる歌がある・・・」の見出し、「いままで、星の数ほどの歌が生まれてきました。」、「そして、そんな数ある歌の中には、ある種の魂が宿り、永遠に光を放ち続ける歌があります。」、「それは時代を超え、世代を超え、人々に愛される特別な歌。」、「“永遠の歌”を生み出したアーティストが集うコンサートです。」等の宣伝文が記載され、中段部分には、本件コンサートで歌唱される20曲の曲名、アーティスト名、曲がヒットした年が、例えば「まちぶせ/石川ひとみ1981」、「ラブ・イズ・オーヴァー/欧陽菲菲1983」、「大阪で生まれた女/BORO 1979」のように記載され、更に下段部分には、各出演者の写真とその下にアーティスト名が記載されていた。
 上記中段部分及び下段部分のアーティスト名の表示は、ソロ歌手がヒットさせた曲を当該ソロ歌手が歌唱するもの及びグループがヒットさせた曲を当該グループが歌唱するものについては、いずれも当該ソロ歌手又はグループの名称が記載されていた。
 他方、グループがヒットさせた曲を当該グループのボーカリスト1名のみが出演して歌唱するものについては、バンド「もんた&ブラザーズ」の楽曲「ダンシングオールナイト」を歌唱する「もんたよしのり」を除き、当該ボーカリスト個人の名称に続けて当該グループの名称が括弧書きで記載されていた。具体的には、「サンプラザ中野くん(爆風スランプ)」、「タケカワユキヒデ(ゴダイゴ)」、「田中雅之( クリスタルキング) 」( 被告) 、 「津久井克行( c l a ss)」、「藤田恵美(Le Couple)」の5名である。
(エ) 原告会社の取締役のEは、平成20年8月7日、本件新聞広告を見て、読売広告社に電話し、担当者から、本件新聞広告に「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記がされるに至った事情を聞いた。
 原告会社の代理人弁護士は、原告会社の依頼を受けて、平成20年8月12日到達の内容証明郵便で、読売広告社に対し、本件新聞広告中の「田中雅之(クリスタルキング)」の記載は本件商標権の侵害行為に当たることを理由に、損害賠償及び訂正・謝罪広告の掲載を求める旨の通知をした。
 その後、読売広告社は、本件コンサートのポスター(甲34の1、2)及び中吊り広告(甲35)に、被告について「田中雅之(元クリスタルキング) 1979」、「※本コンサートの一部広告で田中雅之氏の表記に誤解を招く表現がありましたので訂正いたしました」との記載をした。
 なお、原告会社と読売広告社は、同年9月29日ころ、本件新聞広告に「田中雅之(クリスタルキング)」の表記がされた件に関し和解(甲36)をした。
イ そこで、前記アの認定事実を前提に検討するに、本件コンサートは、1970年代から1990年代にかけてのヒット曲を集め、これをヒットした当時のアーティスト本人が歌唱する点に特徴があり、本件コンサートの主な需要者は、当該アーティスト本人のファンやこれらの曲がヒットした当時に当該曲に慣れ親しみ、当時を懐かしんでアーティスト本人の歌唱を生で聞きたいと欲する視聴者層であると認められる。
 本件コンサートについての宣伝広告を行うに当たっては、これらの需要者において、本件コンサートで歌唱する者が当該曲がヒットした当時のアーティスト本人であることを認識し得るようにすることが重要であり、そのためには、曲がヒットした当時のアーティスト名を明示することが不可欠であるといえる。
 そして、グループがヒットさせた曲については、ヒットした当時の当該グループの曲として認識されているのが一般であるから、グループがヒットさせた曲を当該グループのボーカリスト1名のみが出演して歌唱するものについては、ヒットした当時のグループのボーカリスト本人が歌唱することを認識し得るようにする表記の方法としては、当該ボーカリストの個人名と当該曲がヒットした当時のグループ名とを併記することが通常考えられる方法であるといえる。
 一方で、本件コンサートで歌唱される曲は、1970年代から1990年代にかけてのヒット曲であって、本件コンサートに関する本件新聞広告が掲載された平成20年8月7日の時点では、ヒットした当時から既に約10年ないし30年が経過していることに照らすならば、上記の需要者においては、グループがヒットさせた曲を当該グループのボーカリスト1名のみが出演して歌唱するものについて、当該グループが上記時点においてもヒットした当時と同じメンバーで音楽活動を行っているものと通常考えるものではなく、また、本件コンサートは当該曲がヒットした当時のボーカリスト本人の歌唱によって再現される点に魅力があるのであって、そのボーカリストが上記時点において当該グループに所属しているかどうか、当該グループとどのような関わりを持っているかについて特段の関心を持つものとは認め難い。
 加えて、本件新聞広告では、「永遠に歌い継がれる歌がある・・・」の見出し、「いままで、星の数ほどの歌が生まれてきました。」、「そして、そんな数ある歌の中には、ある種の魂が宿り、永遠に光を放ち続ける歌があります。」、「それは時代を超え、世代を超え、人々に愛される特別な歌。」、「“永遠の歌”を生み出したアーティストが集うコンサートです。」等の宣伝文(前記ア(ウ))にみられるように、本件コンサートにおいて歌唱される曲が当該曲がヒットした当時のアーティスト本人(ボーカリスト本人)の歌唱によって再現されることを強調していることを併せ考慮するならば、本件コンサートにおける被告を含む5名の出演者(前記ア(ウ))について、ボーカリスト個人の名称に続けて当該グループの名称が括弧書きで記載され、歌唱するボーカリストの個人名と当該曲がヒットした当時のグループ名が併記されたのは、当該曲がヒットした当時のグループのボーカリスト本人の歌唱によって再現されることを説明する趣旨によるものと認められる。
 そうすると、本件新聞広告に接した上記の需要者においては、「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」の表記は、「クリスタルキング」が1979年(昭和54年)にヒットさせた楽曲「大都会」を当時の「クリスタルキング」のボーカリストであった被告が歌唱することを説明する記載であると認識し、また、被告の写真の下部の「田中雅之(クリスタルキング)」の表記は、上記写真と相俟って、本件コンサートに出演して歌唱するのは、「大都会」がヒットした当時の「クリスタルキング」のボーカリストであった被告であることを説明する記載であると認識するものと認められる。
 以上によれば、本件新聞広告における「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記中の「クリスタルキング」の表記は、被告が本件新聞広告が掲載された時点において「クリスタルキング」に所属すること、あるいは被告が「クリスタルキング」として歌唱を提供することを表示するものではなく、被告が「大都会」がヒットした当時の「クリスタルキング」のボーカリストであったことを説明する記載であるといえるから、「クリスタルキング」の標章について被告による音楽演奏の役務の出所識別機能を果たしていない態様での使用に当たるものと認めるのが相当である。
ウ これに対し原告会社は、テレビや雑誌・新聞などの視聴者・読者である一般人は、各アーティストのグループ等への所属状況を正確に把握しているわけではない以上、わざわざ個人名とグループ名が併記されていれば、現在もその個人がそのグループに所属しているものと考えるのが通常であること、バンド「クリスタルキング」は現に活動していることからすれば、本件新聞広告における「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記は、一般人において、被告が現に活動中のバンド「クリスタルキング」に所属していることを表すものと誤信するのが当然であり、「クリスタルキング」の標章について商標の識別機能を果たす態様での使用に当たる旨主張する。
 しかしながら、前記イ認定のとおり、本件コンサートは、1970年代から1990年代にかけてのヒット曲を集め、これをヒットした当時のアーティスト本人が歌唱する点に特徴があり、本件コンサートの主な需要者は、当該アーティスト本人のファンやこれらの曲がヒットした当時に当該曲に慣れ親しみ、当時を懐かしんでアーティスト本人の歌唱を生で聞きたいと欲する視聴者層であって、これらの需要者においては、グループがヒットさせた曲を当該グループのボーカリスト1名のみが本件コンサートに出演して歌唱するものについて、当該グループが本件コンサートに関する本件新聞広告が掲載された平成20年8月7日の時点においてもヒットした当時と同じメンバーで音楽活動を行っているものと通常考えるものではなく、また、本件コンサートは当該曲がヒットした当時のボーカリスト本人の歌唱によって再現される点に魅力があるのであって、そのボーカリストが上記時点において当該グループに所属しているかどうか、当該グループとどのような関わりを持っているかについて特段の関心を持つものとは認め難いというべきであるから、本件新聞広告における「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記に接した上記の需要者が、上記表記中の「クリスタルキング」の記載が、被告が上記時点において「クリスタルキング」に所属すること、あるいは被告が「クリスタルキング」として歌唱を提供することを表示するものと認識するものとはいい難く、ましてや原告Aをメンバーとして現に活動中のバンド「クリスタルキング」に所属していることを表すものと誤信するのが当然であるものとは認められない。
 もっとも、被告は平成9年12月に「クリスタルキング」を脱退し、本件新聞広告が掲載された平成20年8月7日の時点では「クリスタルキング」に所属しておらず、他方で、原告Aをメンバーとする「クリスタルキング」が現に活動中であったこと(前記ア(ア))に照らすならば、被告が「大都会」がヒットした当時の「クリスタルキング」のボーカリストであったことを説明するに当たっては、「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」と表記するよりも、「田中雅之(元クリスタルキング)」などのように「クリスタルキング」の前に「元」をつけて、被告がクリスタルキングの現メンバーではないことを明示するのがより正確で、適切であったというべきであり、その点では配慮不足を否めない(読売広告社が、本件新聞広告が掲載された後に、本件コンサートのポスター及び中吊り広告に、 被告について「田中雅之( 元クリスタルキング) 1 9 79」、「※本コンサートの一部広告で田中雅之氏の表記に誤解を招く表現がありましたので訂正いたしました」との記載をしたのは(前記ア(エ))、このような趣旨によるものとうかがわれる。)。しかし、この点を勘案しても、本件新聞広告における「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記中の「クリスタルキング」の記載は、「クリスタルキング」の標章について被告による音楽演奏の役務の出所識別機能を果たしていない態様での使用に当たるとの前記イの認定を左右するものではない。
 したがって、原告会社の上記主張は、採用することができない。
エ 以上のとおり、本件新聞広告における「大都会/田中雅之(クリスタルキング)1979」及び「田中雅之(クリスタルキング)」の表記は、「クリスタルキング」の標章について被告による音楽演奏の役務の出所識別機能を果たしていない態様での使用に当たるものと認められるから、本件商標の「使用」に当たらず、本件商標権を侵害するものではない。
(2) まとめ
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告会社の被告に対する本件差止請求及び損害賠償請求は、いずれも理由がない。
2 原告Aの請求について
(1) 争点2−1(被告による不正競争行為の有無)
ア 原告Aは、被告が「クリスタルキング」を脱退した後に、そのメンバーである旨名乗ったことは、原告Aの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に当たる旨主張するので、以下において判断する。
(ア)a 原告Aは、被告が所属するバンド「クロスロード」が平成10年4月7日に関内小ホールにおいてコンサートを行った際、ポスター(甲20)に、被告の表示として、「Vo田中(クリスタルキング)」との表記がされたことについて、この表記は、被告がバンド「クリスタルキング」の現メンバーであることを表示するものであり、被告が上記ポスターの作成に関与し、上記表記をさせたことにより、被告が「クリスタルキング」のメンバーである旨の虚偽の事実の告知又は流布を行った旨主張する。
 上記ポスターに上記表記がされたことは、当事者間に争いがない。
 そこで検討するに、甲20及び弁論の全趣旨によれば、上記ポスターは、バンド「クロスロード」が単独で行うコンサートに関するポスターであること、上記ポスターには、ポスター全体の約4分の3を占める大きさで被告の写真が掲載され、「Vo田中(クリスタルキング)」の記載のほかに、「クリスタルキング・リードヴォーカルBを中心に結成された、数少ない本格的Rock & Blues Band。」、「●主催/クロスロード●企画/製作(有)オーディック」との記載があることが認められる。
 上記認定事実に加えて、上記コンサートが開催される平成10年4月7日の時点では、被告が平成9年12月に「クリスタルキング」を脱退してから4か月程度しか経過していないこと、グループに所属するアーティストがソロ又は他のグループのユニットとして音楽活動を行うことがあり得ることは一般に知られていることを総合すれば、上記ポスターにおける「Vo田中(クリスタルキング)」の表記は、「クロスロード」でボーカルを担当する被告が、「クリスタルキング」の現メンバーであることを示す表示として認識されるものと認めるのが相当である。
 次に、上記ポスターには、「●企画/製作(有)オーディック」との記載があることによれば、有限会社オーディック(以下「オーディック」という。)が上記コンサートを企画し、上記ポスターを作成したものと推認される。
 本件においては、上記ポスターの具体的な作成経緯や、その作成における被告の関与を裏付ける直接的な証拠は提出されていないものの、上記ポスターには「クロスロード」が上記コンサートの主催者として表示され、ポスター全体の約4分の3を占める大きさで被告の写真が掲載されていることからすれば、被告は、上記ポスターの作成に直接関与し、少なくとも上記ポスターに「Vo田中(クリスタルキング)」の表記がされることを積極的に容認していたものと推認される。
 以上によれば、被告が上記ポスターの作成に関与し、上記表記をさせることにより、被告は、「クリスタルキング」を脱退後に、被告が「クリスタルキング」のメンバーである旨の事実を告知又は流布したものと認められる。
b しかし、他方で、被告が「クリスタルキング」を脱退後に「クリスタルキング」のメンバーである旨名乗ることが、原告Aの「営業上の信用を害する」(不正競争防止法2条1項14号)ものと認めるに足りる証拠はない。すなわち、不正競争防止法2条1項14号の「営業上の信用を害する」とは、その営業によって提供される商品又は役務の社会的評価、その者の支払能力や営業能力等についての社会的信頼などの営業活動に関する外部的評価を毀損又は低下させることをいうものと解されるところ、被告が「クリスタルキング」を脱退後に「クリスタルキング」のメンバーである旨名乗ることが、原告Aの営業活動に関する外部的評価を毀損又は低下させるものと認めるに足りる証拠はない。
 この点について原告Aは、被告が平成9年12月に「クリスタルキング」を脱退するに当たっては、被告のステージにおける態度等にファンからクレームがつくなどしたために、強制的に脱退させられたという経緯があることからすれば、被告が現在も「クリスタルキング」のメンバーであると誤解されることは、「クリスタルキング」のリーダーであり、その結成以来の唯一のメンバーである原告Aの営業上の信用を害する旨主張する。
 原告A作成の平成9年12月25日付けの被告あての「解雇通知」と題する書面(甲15)には、「クリスタルキングのメンバーを解雇する」との記載が、原告会社ら作成の平成10年1月付けの書面(甲16)には、「平成九年十二月末日を持ちまして、メンバー(B、F、G、H)以上四名を解雇しました。」との記載がある。しかし、上記各書面には具体的な解雇理由についての記載はない。
 また、原告A本人の供述中には、被告が平成7年9月に「クリスタルキング」に再び加入した後、「1年ちょっと辺りから態度がおかしくなり、ずっと長い間支えられているお客様から、田中のステージでの態度、そしてクライアントからもクレームが来るようになりました。」との供述部分があるが、上記供述部分からは、具体的なクレームの内容、時期等は明らかではなく、そのようなクレームを受けたことが正当な解雇に当たることをうかがうことはできない。他に被告のステージにおける態度等にファンからクレームがつくなどしたために、被告が「クリスタルキング」から強制的に脱退させられたという経緯があったことを認めるに足りる証拠はない。
 かえって、原告Aの陳述書(甲29)中には、「平成9年5月ころ、私は、他のメンバーの全員から、「クリスタルキング」から脱退したいと言われました。しかし、このとき「クリスタルキング」には年内いっぱいまで仕事が入っていたため、私は、「年内いっぱいに仕事が入っている。」と言って、他のメンバーに脱退を止まるようお願いしました。」との記載部分があること、被告が平成9年12月に「クリスタルキング」を脱退した際には、当時所属していた他の2名のメンバーも共に脱退し、その結果、平成10年以降「クリスタルキング」で専属的に音楽活動を行うメンバーは、原告Aのみとなったこと(前記1(1)ア(ア))に照らすならば、被告は自主的に「クリスタルキング」から脱退したものとうかがわれる。
 以上のとおり、被告のステージにおける態度等にファンからクレームがつくなどしたために、被告が強制的に脱退させられたという経緯があったものと認めることはできないから、被告が「クリスタルキング」を脱退後に、「クリスタルキング」のメンバーである旨名乗ることが、原告Aの「営業上の信用を害する」との原告Aの上記主張は、その前提を欠くものとして採用することができない。
 したがって、被告が上記ポスターの作成に関与し、上記表記をさせることにより、被告は、「クリスタルキング」を脱退後に、被告が「クリスタルキング」のメンバーである旨の事実を告知又は流布したものといえるが、このことが原告Aの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に当たるものと認めることはできない。
(イ) 前記(ア)で認定のとおり、原告Aの主張を前提とする限り、被告が「クリスタルキング」を脱退後に、「クリスタルキング」のメンバーである旨名乗ることが、原告Aの「営業上の信用を害する」(不正競争防止法2条1項14号)ものと認めることができない以上、前記(ア)aのポスターの表記以外の態様(ライブ情報、出演者名簿、番組表及び本件新聞広告の各表記)により被告が「クリスタルキング」のメンバーである旨の事実を告知又は流布したかどうかを判断するまでもなく、被告が「クリスタルキング」のメンバーである旨名乗ったことが不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為に当たるとの原告Aの主張は、いずれも理由がないことに帰する。
イ 次に、原告Aは、「クリスタルキング」が解散した事実はないのに、被告が「クリスタルキング」が解散した旨述べて、原告Aの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)を行った旨主張するので、以下において判断する。
(ア) 原告Aは、被告が、昭和61年6月ころ、雑誌「週刊FM」からの取材を受けた際、「クリスタルキングは解散した」旨述べた結果、同月30日付けの「週刊FM」の被告の活動についての紹介記事(甲10)の中に、「解散したクリスタルキングのヴォーカルだったBは・・・」との記載がされた旨主張する。
 上記紹介記事に上記記載がされたことは、当事者間に争いがない。
 しかしながら、上記紹介記事の作成に当たって行われた「週間FM」の記者と被告との間でのやりとりの内容を認めるに足りる証拠はなく、被告から記者に対して、クリスタルキングに関する発言があったか否か、また、発言があったとしてその具体的な内容がどのようなものであったかについては、不明というほかない。
 そして、上記紹介記事が掲載された昭和61年6月当時の「クリスタルキング」は、その直前にメンバー7名のうち、被告を含む3名が同時に脱退するなど、メンバー構成が大きく変動して間もない時期であり(甲1、29、弁論の全趣旨)、第三者からみると、このようなメンバー構成の大きな変動をとらえて、「解散」と表現することもあながちあり得ないことではなく、このようなとらえ方をした記者が自らの判断で「解散したクリスタルキング」との表現を用いた可能性も否定できないというべきである。
 そうすると、上記記事の記載が存在するからといって、被告が「週間FM」の取材に対し「クリスタルキングは解散した」旨述べたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告Aの上記主張は理由がない。
(イ)a(a) 原告Aは、被告が、平成10年7月9日放送のフジテレビのテレビ番組「おはようナイスディ」に出演した際、番組の中で、「クリスタルキングはもう残念ながら解散したんですが、残党もかなり残って、クロスロードというバンドでやってますので、絶対頑張りますので、ひとつよろしくお願いします。」(甲24)と述べた旨主張する。
 そこで検討するに、テレビ放送を録画したビデオテープ(甲24)によれば、被告は、平成10年7月9日放送のフジテレビのテレビ番組「おはようナイスディ」に出演し、その番組の中で、「元クリスタルキングの田中さんは、現在クロスロードというバンドを結成、ボーカルとして活躍をしています」と紹介された後、「クリスタルキングはもう残念ながら解散したんですが、残党もかなり残って、クロスロードというバンドでやってますので、絶対頑張りますので、ひとつよろしくお願いします。」などと述べた事実が認められる。
 被告の上記行為は、「クリスタルキングは解散した」旨をテレビ放送を通じて視聴者に流布する行為であるといえる。
 そして、被告自らが「クリスタルキングは解散した」旨述べるのを聞いた視聴者の大部分においては、バンド「クリスタルキング」が音楽活動を行っていないものと理解するものといえる。
 しかし、実際には、上記番組が放送された当時、原告Aを専属的なメンバーとする「クリスタルキング」はバンドとしての音楽活動を行っていたのであるから(前記1(1)ア(ア))、被告の上記行為は、虚偽の事実の流布に当たるものと認められる。
(b) これに対し被告は、「クリスタルキング」というバンド名から一般的に想起されるのは、昭和54年ころから昭和60年ころにかけての「クリスタルキング」であり、このように一般的に想起されるバンド「クリスタルキング」は解散し、現在は存在しないという趣旨で、「クリスタルキングは解散した」と述べることは、虚偽の事実の告知又は流布に当たらない旨主張する。
 しかし、前記(a)の番組が放送された平成10年7月9日の時点では、被告が平成9年12月に「クリスタルキング」を脱退してから7か月程度しか経過していないことに照らすならば、上記時点において、「クリスタルキング」というバンド名から一般的に想起されるのは、昭和54年ころから昭和60年ころにかけての「クリスタルキング」であるものと一概にいうことはできないし、また、被告が上記番組で解散した旨述べた「クリスタルキング」が、昭和54年ころから昭和60年ころにかけての「クリスタルキング」を指すものと断ずることもできない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
b 前記a(a)認定のとおり、被告がフジテレビのテレビ番組「おはようナイスディ」の中で「クリスタルキングは解散した」旨述べるのを聞いた視聴者の大部分においては、バンド「クリスタルキング」が音楽活動を行っていないものと理解することからすれば、被告が上記番組で「クリスタルキングは解散した」旨述べたことは、バンド「クリスタルキング」の音楽活動に支障を来し、ひいてはその専属的なメンバーである原告Aの音楽活動における営業上の信用を損なうものといえるから、原告Aの営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為に当たるものと認められる。
(ウ)a 原告Aは、被告が、平成10年10月6日放送の日本テレビのテレビ番組「ルックルックこんにちは」の「淳二のLet’s豪邸」というコーナーに出演した際、日本テレビの担当者に対し、「クリスタルキングは解散した」旨述べ、その結果、番組の中で、「97年再びクリスタルキングを新結成しツインボーカルのムッシュ吉崎との魅力的な歌声がよみがえった。しかし。同年12月解散する」というテロップ(甲19)が流れた旨主張する。
 そこで検討するに、証拠(甲19、29、30、証人E、原告A本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告が、平成10年10月6日放送の日本テレビのテレビ番組「ルックルックこんにちは」の「淳二のLet’s豪邸」というコーナーに出演した際、番組の中で、被告の紹介として、「97年再びクリスタルキングを新結成しツインボーカルのムッシュ吉崎との魅力的な歌声がよみがえった。しかし、同年12月解散する」とのテロップが流れたことが認められる。
 そして、上記認定事実に加え、前記(イ)のとおり、上記「ルックルックこんにちは」が放送される約3か月前にも、被告がフジテレビのテレビ番組「おはようナイスディ」の中で「クリスタルキングは解散した」旨述べていることからすれば、上記テロップも、被告が日本テレビの取材担当者に対し、同趣旨の発言をしたことに起因するものと推認することができ、この推認を妨げるに足りる証拠はない。
 以上によれば、被告は上記「ルックルックこんにちは」に出演した際、日本テレビの取材担当者に対し、「クリスタルキングは解散した」旨述べた事実が認められる。
b 前記aの認定事実によれば、被告が日本テレビの取材担当者に対し「クリスタルキングは解散した」旨述べたことにより、日本テレビのテレビ番組「ルックルックこんにちは」の中で「クリスタルキング」が97年12月に解散した旨のテロップが流されたものと認められる。
 そして、被告の上記行為は、前記(イ)bと同様の理由により、バンド「クリスタルキング」の音楽活動に支障を来し、ひいてはその専属的なメンバーである原告Aの音楽活動における営業上の信用を損なうものといえるから、被告の上記行為は、原告Aの営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為に当たるものと認められる。
(エ) 原告Aは、被告が、平成16年9月1日放送のフジテレビのテレビ番組「クイズ!ヘキサゴン」に出演した際、「クリスタルキング」は既に解散したかのような振る舞いをした旨主張する。
 しかし、原告Aの主張を前提としても、被告が上記テレビ番組で具体的にどのような言動をしたのか明らかではないのみならず、本件全証拠によっても、被告が「クリスタルキング」は既に解散したかのような振る舞いをしたことを認めるに足りない。
 したがって、原告Aの上記主張は理由がない。
ウ 以上によれば、被告の前記イ(イ)及び(ウ)の各行為が不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為に当たるとする限度で、原告Aの主張は理由がある。
(2) 争点2−2(損害賠償請求権の消滅時効の成否)
ア 被告は、原告Aにおいては、前記(1)イ(イ)及び(ウ)の被告による各不正競争行為について、各行為がされたのとほぼ同時期に、「損害及び加害者」を認識し、原告Aが本件訴訟を提起した平成21年1月26日の時点において、原告が上記「損害及び加害者」を知った時から既に3年が経過し、原告A主張の上記各不正競争行為に基づく損害賠償請求権については消滅時効が完成しているから、本訴において、上記消滅時効を援用する旨主張する。
(ア) 前記(1)イ(イ)の不正競争行為に基づく損害賠償請求権について
 不正競争防止法のうち、私法的請求権について定めた部分は、民法の不法行為についての一般的規定に対する特別規定の関係にあり、不正競争防止法に特段の定めがない場合には民法の不法行為に関する規定が適用されるものと解される。そして、不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求権の消滅時効については、同法に特段の定めがないから、民法724条前段が適用され、上記損害賠償請求権は、被害者が「損害及び加害者を知った時から」3年間行使しないときは、時効によって消滅するものと解される。
 これを本件についてみるに、甲12の1、2によれば、原告会社の代表取締役の原告Aは、平成10年7月17日、被告に対し、被告が同月9日放送のフジテレビのテレビ番組「おはようナイスディ」において、「クリスタルキングはもう残念ながら解散しました。残党はクロスロードで頑張ってますのでよろしく」と事実に反する発言をし、それが原告会社の営業権を侵害し、クリスタルキングの名誉を毀損するなどとして、そのような業務妨害を一切行わないよう要求するとともに、要求に従わない場合には損倍賠償請求訴訟を提起する旨記載した警告書(甲12の1)を発送し、同警告書は、同月18日被告に到達したことが認められる。
 上記認定事実によれば、原告Aは、被告による前記(1)イ(イ)の不正競争行為に基づく損害賠償請求権についての「損害及び加害者」を、遅くとも上記警告書を発送した平成10年7月17日の時点において知っていたものと認められるから、上記損害賠償請求権は、平成13年7月17日の経過によって、3年の時効期間が経過し、消滅時効が完成したというべきである。
 したがって、原告Aの上記損害賠償請求権は、被告の消滅時効の援用により消滅したものと認められる。
(イ) 前記(1)イ(ウ)の不正競争行為に基づく損害賠償請求権について
 証拠(甲19、29、30、原告A本人)によれば、原告A及びその妻で原告会社の取締役であるEは、平成10年10月6日、被告が同日放送の日本テレビのテレビ番組「ルックルックこんにちは」の「淳二のLet’s豪邸」というコーナーに出演した際、番組の中で、前記(1)イ(ウ)のようなテロップが流れたことを直ちに認識し、Eが日本テレビの番組担当者に電話をかけて、上記テロップの内容が事実無根である旨の抗議を行ったことが認められる。
 前記認定事実によれば、原告Aは、被告による前記(1)イ(ウ)の不正競争行為に基づく損害賠償請求権についての「損害及び加害者」を、平成10年10月6日の時点において知ったものと認められるから、上記損害賠償請求権は、平成13年10月6日の経過によって、3年の時効期間が経過し、消滅時効が完成したというべきである。
 したがって、原告Aの上記損害賠償請求権は、被告の消滅時効の援用により消滅したものと認められる。
イ これに対し原告Aは、被告は、原告Aの音楽・芸能活動を妨害し、被告自身の音楽・芸能活動を有利にしようという意思に基づいて、昭和61年6月ころから平成20年8月7日までの間、継続的に間断なく、「クリスタルキング」の脱退後にメンバーを名乗ったり、「クリスタルキングは解散した」と述べる不正競争行為を行ってきたものであり、被告の不正競争行為は、このような意思・目的のために継続的に行われた一連の行為であるから、全体として一個の不法行為に当たるとみるべきであり、個別の具体的行為を消滅時効の起算日とすべきではなく、原告Aが本件訴訟を提起した平成21年1月26日の時点において、原告Aの被告に対する上記不正競争行為に基づく損害賠償請求権について、3年の時効期間は経過していない旨主張する。
 しかしながら、原告Aの主張のうち、被告の前記(1)イ(イ)及び(ウ)の各行為のみが不正競争行為に当たり、その余の不正競争行為の事実は認められないことは、前記(1)において認定したとおりであるから、原告Aの上記主張は、被告による不正競争行為が間断なく継続されてきたとの前提において失当であり、採用することはできない。
ウ 以上によれば、原告Aの被告に対する不正競争行為に基づく損害賠償請求権が時効消滅したとの被告の主張は理由がある。
(3) 差止めの必要性
 被告の前記(1)イ(イ)及び(ウ)の各行為(被告が「クリスタルキングは解散した」旨述べた行為)が不正競争防止法2条1項14号の虚偽の事実を告知又は流布する行為に当たることは、前記認定のとおりである。
 しかし、被告の上記各行為は、それぞれ平成10年7月9日及び同年10月6日までに行われたものであって、本件口頭弁論終結日(平成22年2月9日)の時点では、上記各行為の日から既に11年以上が経過していること、その間に被告が上記各行為と同様の行為を行ったことは認められないこと、被告の上記各行為の態様等に照らすならば、現時点において、被告が将来上記各行為と同種の不正競争行為を行って原告Aの営業上の利益を侵害するおそれがあるものと認めることはできず、その侵害の停止又は予防のための差止めの必要性があるものとは認められない。
(4) まとめ
 以上によれば、原告Aの本件差止請求及び損害賠償請求は、いずれも理由がない。
3 結論
 以上によれば、原告らの被告に対する請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 大鷹一郎
 裁判官 大西勝滋
 裁判官 関根澄子
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