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【事件名】ケイ・オプティコムへの発信者情報開示請求事件
【年月日】平成22年3月25日
 大阪地裁 平成21年(ワ)第16348号 発信者情報開示請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、別紙1の発信者情報目録記載の発信者情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文と同旨
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、原告が、氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)がしたインターネット上のブログへの書込みによって名誉を毀損されたとなどと主張して、いわゆる経由プロバイダである被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、本件発信者の氏名及び住所の開示を求めた事案である。
2 前提事実(末尾に証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがない事実である。)
(1)ア 原告は、産婦人科医師であり、理事長を務める医療法人A(旧名称「医療法人B」)が開設する診療所(以下「本件クリニック」という。)において、診療行為を行っていた者である。(甲1、弁論の全趣旨)
イ 被告は、サーバー等を管理・運営する、いわゆる経由プロバイダであり、法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に当たる。
(2) 原告は、本件クリニックに来院した患者3名に対し、診療行為を装ってわいせつ行為をしたとして、いずれも準強制わいせつ罪により、福岡地方裁判所に起訴されたが、同裁判所は、平成20年2月4日、上記患者のうち、1名について無罪とし、2名については、それぞれ一部を有罪、一部を無罪とする判決を言い渡した。同判決に対し、原告及び検察官が、それぞれ福岡高等裁判所に控訴したところ、同裁判所は、平成21年5月28日、上記一審判決中の有罪部分を破棄し、同部分を無罪とし、無罪部分に対する検察官の控訴を棄却する判決を言い渡し、同判決は、同年6月12日、確定した。(甲3、4の1及び2)
(3) 本件発信者は、「調査会社の社員」と名乗って、平成21年5月28日、C株式会社が管理・運営する別紙2のウェブサイト目録記載のブログ(以下「本件ブログ」という。)に、「Bの(原告)氏、わいせつ診療で逮捕〜逆転無罪」の見出しで、別紙3の記事目録記載の記事(以下「本件記事」という。)の書込みをして、不特定多数の閲覧に供した。(甲5)
3 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 本件記事が本件ブログに掲載されたことにより、原告の名誉が毀損されたことが明らかであるか(権利侵害の明白性)。
【原告の主張】
 本件記事は、上記前提事実(2)の福岡高裁判決が否定した公訴事実等が事実であるかのように書かれており、原告を誹謗中傷する内容であって、明らかに原告の名誉を毀損し、社会的評価を著しく低下させるものである。そして、本件記事が摘示する事実は、いずれも虚偽である上、本件記事の記載内容に照らし、本件記事の掲載が公益目的に基づくものでないことも、また明らかである。
 なるほど、本件記事の見出しや本文中には「逆転無罪」の文言が記載されているけれども、このような文言があることによって原告の社会的評価を低下させないことになるわけではないし、これら摘示した事実が虚偽でなくなるものでもない。
【被告の主張】
 法4条1項1号は、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」と定めているところ、開示請求者は、上記要件について、当該侵害情報によりその社会的評価が低下したなどの権利侵害に係る客観的事実に加え、その侵害行為について違法性阻却事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことを主張立証すべきである。
 原告から開示請求を受けた被告が、法4条2項に基づいて、本件発信者に対し、開示するかどうかについて意見を求めたところ、本件発信者は、本件記事について、「これは2006年7月21日に主要新聞、及び新聞各社のインターネット版ニュースで知り得た情報(新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていた)を元に書いたものです。(中略)記事を書いた当時は新聞各社が大々的に取り上げ、多くの人が関心を持っていたニュースで、再逮捕という事実もありました。そうした状況で私はそれらの報道を元にブログというかたちで表現したのです。また、無罪のニュースを知ったときはそれを追加しました。」などとして、発信者情報開示に同意しない旨回答した。本件発信者の上記回答にかんがみると、本件記事により原告の社会的評価が低下したなどの権利侵害に係る客観的事実、並びにその侵害行為について違法性阻却事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことが主張立証されたというべきであるから、法4条1項1号にいう「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」との要件を充たさないものというべきである。
(2) 原告に発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか(発信者情報開示の正当理由の有無)。
【原告の主張】
 原告は、本件発信者に対する名誉毀損等による損害賠償を請求するためには、本件発信者を特定する上で、発信者の氏名及び住所の開示を受ける必要がある(なお、原告は、C株式会社に対し、本件発信者の住所及び氏名を開示するように求めたところ、発信者の氏名について回答がなされたものの、発信者の住所については、情報は取得していないとして開示されていない。)。
【被告の主張】
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(権利侵害の明白性)について
(1) 法4条1項1号が定める「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」とは、発信者が有するプライバシー及び表現の自由の利益と被害者の権利回復を図る必要性の調和という観点から権利侵害がされたことが明らかであることを必要としたものであるから、権利が侵害されたことに加え、違法性阻却事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことが必要であると解すべきである。
(2)ア そこで、まず、本件記事により、原告の名誉が毀損されたか否かについて検討するに、もとより名誉毀損とは、人の社会的評価を低下させることをいうところ、証拠(甲5)によれば、本件記事には、原告が「性犯罪の権威ドクターと報道するところもあるほど実績のある医師だ。」「医療行為と称して患者女性のカラダを触り、写真も撮った。」、「逮捕される直前にデジタルカメラ画像を消した。」「証拠隠滅するあたり、犯罪者の素質ありとこのブログでも書いた。」「2003年頃にも、患者に執拗(しつよう)に受診するよう誘ったり、上半身を裸にする際に女性看護師を同席させないなどの噂が医療関係者の間で浮上。」などの各記載があるところ、これらの各記載は、原告が患者に対して医療行為と称してわいせつ行為を行った事実、原告がその証拠を隠滅した事実及び平成15年ころに原告が患者を執拗に受診するように誘ったり、上半身を裸にする際に女性看護師を同席させず、医師会から注意を受けたとの事実を摘示するものであり、これを閲覧する者に対して、原告が患者に対して診療行為を装ってわいせつな行為を行ったり、医師として不適切な行為を行ったとの印象を与えるものであって、明らかに原告の社会的評価を低下させるものと認められる。
イ なお、被告は、本件記事に記載した情報は、平成18年7月21日に主要な新聞や新聞各社のインターネット版ニュースで知り得た情報を元に書いたものであり、既に繰り返し報道されて社会的に広く知れ渡っていた情報であるから、原告の社会的評価を低下させるものではないとの主張をするようであるが、上記前提事実(2)及び(3)のとおり、本件記事は、平成21年5月28日に原告に対して無罪判決がなされた後に書き込まれたものであり、たとえ平成18年7月21日当時に主要新聞等により同内容の情報が報道された事実があったとしても、それから既に3年近くが経過しており、その内容も上記アのとおり、原告が無罪となった事実以外にもわいせつ行為を行っていることをうかがわせる記載であることからすると、本件記事が掲載されたことによって原告の社会的評価が低下したものというべきである。
ウ また、本件記事の見出しと本文中には、原告がわいせつ行為について逆転無罪となった旨の記載(甲5)があることが認められるけれども、本件記事の記載は、上記アのとおりであり、原告がわいせつ行為を行ったことを断定するような表現が用いられているばかりか、あたかも原告が無罪とされたわいせつ行為以外にもわいせつ行為を行っていたかのような記載であって、これらの記載内容全体からして、一般の閲覧者に対して、原告は、無罪となったものの、実際には患者にわいせつ行為を行っていたとの印象を与えるものといわざるを得ない。したがって、本件記事中に「逆転無罪」の記載があるからといって、本件記事が原告の社会的評価を低下させるものではないなどとはいえない。
(3) 続いて、本件記事の記載内容に関する違法性阻却事由について検討するに、上記(2)アで認定した本件記事の各記載内容にかんがみると、本件記事の上記各記載が専ら公益を図る目的のために掲載されたものといえないことは明らかである(なお、被告は、本件記事を書いた当時は新聞各社が大々的に取り上げ、多くの人が関心を持っていたニュースであったとか、再逮捕の事実もあったなどと主張するが、これらの事実をもって、本件記事の掲載が公益目的に出たものとは認められない。)。
 そして、本件記事に記載された原告が診療行為を装って患者にわいせつな行為を行ったという事実については、前提事実(2)のとおり、無罪判決が確定しているから、真実でないというべきであり、また、真実であると信ずる相当な理由があることをうかがわせる事情も見当たらないから、違法性阻却事由は存しないと認められる。
(3) そうすると、本件記事の流通によって原告の名誉が侵害されたことは明らかというべきである。
2 争点2(発信者情報開示の正当理由の有無)について
 証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対して損害賠償を請求するために、被告に対して本件発信者に関する情報の開示を求めていると認められるところ、損害賠償請求権行使の前提として発信者を特定することは不可欠であるから、原告には、損害賠償請求権を行使するために、被告から発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものと認められる(なお、証拠(甲6)によれば、原告は、本件ブログを管理するC株式会社から、本件発信者の氏名を開示されていることが認められるけれども、上記のとおり、発信者を損害賠償請求権行使の相手方として特定するためには、発信者の氏名のみならず、住所も併せて開示されることが必要と考えられるから、上記C株式会社から発信者の住所を開示されていない以上、原告には被告から発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものというべきである。)。
第4 結論
 以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第23民事部
 裁判長裁判官 河合裕行
 裁判官 眞鍋美穂子
 裁判官 塚田有紀
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