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【事件名】「北朝鮮の極秘文書」翻訳書の貸与権事件
【年月日】平成22年2月26日
 東京地裁 平成20年(ワ)第32593号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年12月16日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 小口恭道
被告 国立大学法人東京大学
被告 国立大学法人東京学芸大学
被告 国立大学法人大阪大学
被告 国立大学法人筑波大学
被告 国立大学法人九州大学
被告 学校法人青山学院
被告 財団法人日韓文化交流基金
上記7名訴訟代理人弁護士 清水幹裕
同 溝内健介
被告 学校法人専修大学
同訴訟代理人弁護士 宮岡孝之
同 迫野馨恵
同 鈴木健三


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、それぞれ、その所蔵する別紙文献目録記載2の出版物につき、これを閲覧、若しくは謄写をさせたり、又は貸出しをしたりしてはならない。
2 被告らは、それぞれ、その所蔵する別紙文献目録記載2の出版物を廃棄せよ。
3 被告国立大学法人東京大学(以下「被告東京大学」という。)は、原告に対し、316万2800円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告国立大学法人東京学芸大学(以下「被告東京学芸大学」という。)は、原告に対し、158万1400円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告国立大学法人大阪大学(以下「被告大阪大学」という。)は、原告に対し、158万1400円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告国立大学法人筑波大学(以下「被告筑波大学」という。)は、原告に対し、158万1400円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被告国立大学法人九州大学(以下「被告九州大学」という。)は、原告に対し、158万1400円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 被告学校法人青山学院(以下「被告青山学院」という。)は、原告に対し、158万1400円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9 被告財団法人日韓文化交流基金(以下「被告日韓文化交流基金」という。)は、原告に対し、158万1400円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10 被告学校法人専修大学(以下「被告専修大学」という。)は、原告に対し、158万1400円及びこれに対する平成18年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、別紙文献目録記載1の出版物(以下「原告著作物」という。)を著作した原告が、大韓民国(以下「韓国」という。)の出版社である高麗書林が出版した韓国語の書籍である別紙文献目録記載2の出版物(以下「本件韓国語著作物」という。)が原告の原告著作物に係る著作権(複製権、翻訳権・翻案権)を侵害するものであることを前提に、被告らに対し、(1)@被告らが、それぞれ設置する図書館等において本件韓国語著作物を閲覧、謄写、貸与する行為が、原告の著作権(二次的著作物に係る貸与権)を侵害する、A被告らが、それぞれ設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵、貸与する行為が、原告の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害すると主張して、著作権法112条に基づき、本件韓国語著作物の閲覧、謄写、貸出しの差止め及び廃棄を求めるとともに、(2)@主位的に、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告東京大学につき合計316万2800円の損害賠償金(後記4(3)アのとおり著作権侵害と著作者人格権侵害による損害額の割合は各2分の1ずつ)、その余の被告につき各自合計158万1400円の損害賠償金(著作権侵害と著作者人格権侵害による損害額の割合は各2分の1ずつ)、及びこれらの金員に対する不法行為の後の日である平成18年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、A予備的に、被告らがそれぞれ設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵、貸与する行為が一般不法行為に該当すると主張して、民法709条に基づき、上記@と同額の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(証拠等は各項に掲記)
(1) 原告著作物の発行
 原告著作物は、原告がその内容を編集及び解説したものであり、平成8年(1996年)2月28日、夏の書房から発行された。
 原告著作物は、米国国立公文書館が所蔵する朝鮮戦争時に米国が北朝鮮から押収した文書等の中から、原告が選別した文書をまとめた全3巻からなる資料集であり、各巻末には原告が著作した各資料についての日本語による解説文が掲載されている。(甲1の1〜3、3の1〜3、4の1〜12、5の1〜12、6の1〜14)
(2) 本件韓国語著作物の発行
 韓国の出版社である高麗書林は、平成10年(1998年)6月、全6巻からなる韓国語の書籍である本件韓国語著作物を発行した。(甲1の1〜3、3の1〜3、7の1〜11、8の1〜6、9の1〜8、10の1〜6、11の1〜8、12の1〜の8)
(3) 被告らによる図書館等の設置及び本件韓国語著作物の所蔵
ア 被告東京大学、被告大阪大学、被告筑波大学、被告九州大学、被告青山学院及び被告専修大学は、それぞれ図書館を設置し、学生及び教職員等に対し、所蔵する図書を閲覧させ、貸出しをしている。
イ 被告東京学芸大学は、B研究室を設置し、所蔵する図書を研究室内での研究に利用している。
ウ 被告日韓文化交流基金は、図書センターを設置し、職員や研究者等に対し、所蔵する図書を閲覧させ、貸出しをしている。
エ 被告東京大学、被告大阪大学、被告筑波大学、被告九州大学、被告青山学院及び被告専修大学は、それぞれが設置する図書館において(被告東京大学は、文学部図書館及び東洋文化研究所図書館に各1組、合計2組)、被告東京学芸大学は、B研究室において、被告日韓文化交流基金は、図書センターにおいて、それぞれ本件韓国語著作物を購入し、所蔵している。
(4) 貸出し等の状況
ア 被告東京大学
 本件韓国語著作物は貸出し可能な状況にあるが、現に貸出しがされた記録はない。
イ 被告東京学芸大学
 B研究室所蔵の書籍について閲覧、貸出しはされていない。本件韓国語著作物のような研究資料は、教員等の使用責任者が保管責任を負い、原則として当該研究室のみで利用されているが、一般利用者から利用の申出があった場合には、支障のない範囲で応じるものとされている。本件韓国語著作物は所蔵以来現在に至るまで、現に貸出しがされたことはない。
ウ 被告大阪大学
 本件韓国語著作物は貸出し可能な状況にあるが、現に貸出しがされたことはない。
エ 被告筑波大学
 本件韓国語著作物は、所蔵以来現在に至るまで、現に貸出しがされたことはない。
オ 被告九州大学
 本件韓国語著作物は貸出し可能な状況にあるが、平成15年8月7日以降現在に至るまで現に貸出しがされたことはない(平成15年8月7日より前については、記録がなく不明である。)。
カ 被告青山学院
 本件韓国語著作物は貸出し可能な状況にあるが、現に貸出しがされたことはない。
キ 被告日韓文化交流基金
 本件韓国語著作物は、平成19年6月以降現在に至るまで、現に貸出しがされたことはない。
ク 被告専修大学
 平成20年11月8日、原告著作物の販売元であるレインボー通商の代表者Cから被告専修大学図書課に、原告が被告専修大学に対し訴えを提起したとの電話連絡があった。被告専修大学は、本件韓国語著作物は海賊版と認定することはできないが、暫定的な処置として、同月10日、本件韓国語著作物を書架から一時取り外して事務所内で保管することとした。(弁論の全趣旨)
3 争点
(1) 著作権侵害の成否(争点1)
(2) 著作者人格権侵害の成否(争点2)
(3) 損害額(争点3)
(4) 一般不法行為の成否・損害額(予備的請求−争点4)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(著作権侵害の成否)について
ア 原告の主張
(ア) 原告著作物と本件韓国語著作物は、収録されている資料及びその配列が同一であること、目次及び解説部分の内容がほとんど同一であること、奥付の書名がほとんど同一であること(本件韓国語著作物の表紙では「北朝解放直後極秘資料」となっているが、甲1の3及び甲3の3の奥付では「北朝鮮の極秘文書」のままになっている。)、両著作物の違いは書名や巻数など些細な点しかないことから、本件韓国語著作物は、原告著作物に依拠した実質的に同一内容の複製物であり、高麗書林が本件韓国語著作物を出版することは、原告の原告著作物に係る複製権(著作権法21条)及び翻訳権・翻案権(著作権法27条)を侵害する。
(イ) 被告らは、それぞれが設置する図書館等において本件韓国語著作物を購入して所蔵し、これを利用者に対して閲覧、謄写させたり、貸し出したりしている。
 被告らによる本件韓国語著作物の閲覧、謄写、貸出しは、原告の二次的著作物に係る貸与権(著作権法26条の3)を侵害するものである。
(ウ) 被告らは、各図書館等は平成16年8月1日時点において現に公衆への貸与の目的でそれぞれ本件韓国語著作物を所蔵していたのであるから、平成16年の著作権法の一部を改正する法律(平成16年法律第92号。以下「平成16年改正法」という。)附則4条により、被告らが所蔵する本件韓国語著作物の貸与については貸与権の規定は適用されないと主張するが、平成16年改正法附則4条の経過措置は、貸本業者が以前から所持しているすべての書籍について貸与権が及ぶとすると、貸本業者に予期せぬ不利益を課し現実的に妥当でないことから設けられたものであること等、貸与権規定の制定、変遷の経緯からすると、平成16年改正法附則4条、同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2により貸与権が及ばない書籍又は雑誌の範囲は、貸本業者が所持する書籍又は雑誌に限定されると解するのが相当である。
 したがって、貸本業者ではない被告らが所蔵する書籍である本件韓国語著作物の貸与については、貸与権の規定が適用される。
 また、本件韓国語著作物のような違法複製物に対して著作権法附則4条の2により貸与権の規定の適用がないと解することは、著作権法に違反する行為を放置、容認、保護することになり著作権法の目的に反するものであって、著作権法113条1項2号により違法複製物をそれと知りつつ貸与することは認められないこととの関係からも、許されないことである。
(エ) 被告らは、著作権法38条4項の適用により原告の貸与権は制限されると主張するが、被告らが設置する図書館等で所蔵している本件韓国語著作物は原告著作物の違法複製物であり、このような違法複製物の貸与は、文化的所産の公正な利用や文化の発展への寄与という著作権法の目的に反し、公益上の必要性がないこと、著作権法113条1項2号との関係から違法複製物をそれと知りつつ貸与することは認められないこと等からすると、本件韓国語著作物の貸与につき著作権法38条4項の適用はなく、貸与権が制限されることはない。
イ 被告らの主張
(ア) 本件韓国語著作物が原告の原告著作物に係る複製権、翻訳権・翻案権を侵害するとの主張は、否認ないし争う。
(イ) 被告らが設置する図書館等においては、所蔵する本件韓国語著作物が現に貸し出されたことはない。
 被告らによる本件韓国語著作物の閲覧、謄写、貸出しが、原告の二次的著作物に係る貸与権を侵害するとの主張は、否認ないし争う。
(ウ) 昭和59年の著作権法の一部を改正する法律(昭和59年法律第46号。以下「昭和59年改正法」という。)により付加された著作権法附則4条の2により、書籍又は雑誌の貸与については、当分の間、貸与権の規定は適用されないこととされたが、平成16年改正法により同附則が削除され、書籍又は雑誌の貸与についても貸与権の規定が適用されることになった。
 もっとも、平成16年改正法の公布日(平成16年6月9日)の属する月の翌々月の初日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌の貸与については、引き続き貸与権の規定は適用されないこととされた(平成16年改正法附則4条)。
 被告らがそれぞれ設置する図書館等は、いずれも平成16年7月31日以前から本件韓国語著作物を所蔵しているから、各図書館等が所蔵する本件韓国語著作物は、平成16年8月1日時点において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍であり、その貸与につき貸与権の規定は適用されないから、被告らによる本件韓国語著作物の閲覧、謄写、貸出しが原告の貸与権を侵害することはない。
(エ) 仮に、被告らの設置する図書館等が本件韓国語著作物の貸出しを行っていたとしても、被告らによる本件韓国語著作物の貸出しは、営利を目的とするものではなく、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けないで行われているため、原告の貸与権は制限され、原告の貸与権を侵害することはない(著作権法38条4項)。
(2) 争点2(著作者人格権侵害の成否)について
ア 原告の主張
 本件韓国語著作物は、原告が執筆した解説を原告に無断で韓国語に翻訳した上で、著作者である原告の氏名を表示せず、かつ、一部の文章を削除するなどして内容を改変するものであるから、原告の著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権〔著作権法19条、20条〕)を侵害するものである。
 被告らが、このような内容の本件韓国語著作物を所蔵し、貸与することも、原告の著作者人格権を侵害するものである。
イ 被告らの主張
 否認ないし争う。
(3) 争点3(損害額)
ア 原告の主張
 原告は、被告らによる著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為により、以下の損害を被った。著作権侵害による損害額と著作者人格権侵害による損害額の割合は、それぞれ2分の1ずつとする。
 なお、被告東京大学は、設置する2つの図書館でそれぞれ本件韓国語著作物を所蔵していることから、被告東京大学に対しては他の被告の倍額の損害賠償を求める。
(ア) 各被告らの侵害行為により、それぞれ原告著作物(全3巻)の販売価格28万1400円相当の損害を被った(ただし、被告東京大学については56万2800円相当である。)。
(イ) 被告らの侵害行為により原告は精神的苦痛を受け、これを金銭に評価すると各被告につきそれぞれ100万円を下らない(ただし、被告東京大学については200万円を下らない。)。
(ウ) 原告は、本件訴訟を提起するため、原告代理人に対し、着手金として90万円(各被告当たり10万円。ただし、被告東京大学は20万円。)を支払い、報酬金として180万円(各被告当たり20万円。ただし、被告東京大学は40万円。)を支払うことを約した。
(エ) 損害合計額
a 被告東京大学につき合計316万2800円
b その余の被告につき各自合計158万1400円
イ 被告らの主張
 否認ないし争う。
(4) 争点4(一般不法行為の成否・損害額:予備的請求)
ア 原告の主張
 仮に、被告らによる著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為が認められないとしても、著作権法の保護の対象とならない著作物(違法複製物)である本件韓国語著作物が保護されることは著作権法の趣旨に反すること、被告らによる本件韓国語著作物の所蔵、貸与は複製権侵害の幇助と評価できることから、被告らが、本件韓国語著作物を所蔵し、貸与することは民法709条の不法行為に該当する。
 被告らの不法行為により、原告は、自らが執筆及び編集した原告著作物の違法複製物が第三者により所蔵、貸与されることがないという利益を侵害された。その損害額は、上記(3)アと同額である。
イ 被告らの主張
 否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(著作権侵害の成否)について
 当裁判所は、仮に本件韓国語著作物が原告の原告著作物に係る複製権及び翻訳権・翻案権を侵害するものであったとしても、被告らがそれぞれ設置する図書館等において、本件韓国語著作物を利用者に閲覧・謄写させたり、貸し出したりすることが、原告の著作権(二次的著作物に係る貸与権)の侵害には該当しないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1) 貸与権の規定
 貸与権の規定(著作権法26条の3)は、昭和59年改正法により設けられた規定であるが(当時の条文は26条の2。)、同改正法により付加された著作権法附則4条の2により、書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与による場合には、当分の間、適用しないこととされた。その後、平成16年改正法(平成17年1月1日施行。)により、上記附則4条の2は削除され、平成17年1月1日から書籍及び雑誌の貸与にも貸与権の規定が適用されることになったが、同改正法附則4条により、同法の公布の日(平成16年6月9日)の属する月の翌々月の初日において現に公衆への貸与の目的をもって所持されている書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については、上記附則4条の2の規定は平成16年改正法の施行後もなおその効力を有するとされ、平成16年8月1日において現に公衆への貸与の目的で所持されていた書籍又は雑誌(主として楽譜により構成されているものを除く。)の貸与については、引き続き貸与権の規定は適用されないこととされた。
(2) 上記経過規定を本件に当てはめると、被告東京大学は平成11年5月19日(東洋文化研究所図書館)、平成13年3月9日(文学部図書館)に、被告東京学芸大学は平成12年2月4日に、被告大阪大学は平成15年12月18日に、被告筑波大学は平成10年11月25日に、被告九州大学は平成12年7月24日に、被告青山学院は平成12年9月18日に、被告専修大学は平成16年4月8日に、被告日韓文化交流基金は平成11年4月6日に、それぞれ本件韓国語著作物を購入し、そのころ、それぞれが設置する図書館等に本件韓国語著作物を所蔵し、現在に至っているが、被告らが設置する図書館等における本件韓国語著作物の貸出し等の状況は上記第2の2(3)、(4)のとおりである(乙イ1の1、2、乙イ2〜7、乙ロ3、4、弁論の全趣旨)。
 そうすると、被告らが設置する図書館等で所蔵する本件韓国語著作物は、いずれも平成16年8月1日の時点において現に公衆への貸与の目的をもって所持されていた書籍であり、かつ、本件韓国語著作物は主として楽譜により構成されているものでないことは明らかであるから、平成16年改正法附則4条、同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2により、その貸与につき貸与権の規定は適用されないこととなる。したがって、被告らが所蔵する本件韓国語著作物については貸与権の規定が適用されず、本件韓国語著作物に係る著作者の貸与権が及ばない以上、仮に原告が本件韓国語著作物の原著作物の著作者であったとしても、二次的著作物である本件韓国語著作物に係る原告の貸与権が及ぶことはなく(著作権法28条)、原告の二次的著作物に係る貸与権の侵害に該当することはないため、原告の著作権侵害に基づく各請求は失当である。
 原告は、被告らによる本件韓国語著作物の閲覧、謄写も貸与権の侵害になると主張する。しかし、著作権法の「貸与」とは、使用の権原を取得させる行為をいうが(著作権法2条8項)、図書館等において書籍を利用者に閲覧、謄写させる行為は利用者に使用権原を取得させるものではないから、「貸与」に当たるということはできず、原告の上記主張は誤りというほかない。
(3) 原告は、貸与権の規定の制定、変遷の経緯からすると、平成16年改正法附則4条、同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2により貸与権が及ばない書籍又は雑誌の範囲は、貸本業者が所持する書籍又は雑誌に限定されると解するのが相当であると主張する。
 しかし、平成16年改正法附則4条及び同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2の文言上、貸与権の規定が適用されない書籍又は雑誌には、主として楽譜により構成されているものを除くとするほかには何ら限定はなく、貸本業者が所持する書籍等に限定されると解すべき理由はないから、原告の上記主張を採用することはできない。
 また、原告は、本件韓国語著作物のような違法複製物につき貸与権の規定の適用がないと解することは、著作権法に違反する行為を放置、容認、保護することになり著作権法の目的に反し、また、著作権法113条1項2号により違法複製物をそれと知りつつ貸与することは認められないこととの関係からも、許されないと主張する。
 しかし、平成16年改正法附則4条及び同改正法により削除される前の著作権法附則4条の2は、貸与権の規定が適用されない書籍又は雑誌につき、違法複製物を除く適法なものに限定していないから、当該書籍等が適法なものか否かにより上記各規定の適用が異なるものと解することはできない。原告が主張するように、本件韓国語著作物が原告の原告著作物に係る著作権を侵害するものである場合には、本件韓国語著作物の貸与につき貸与権の規定の適用がないとしても、これを情を知って貸与し、又は貸与の目的をもって所持すれば、原告の著作権を侵害する行為とみなされるのであるから(著作権法113条1項2号、2条1項19号)、著作権者の権利保護に欠けることはなく、著作権法の目的に反することはない。したがって、上記原告の主張も採用することはできない。
 なお付言するに、被告らは、原告から、各図書館等で所蔵する本件韓国語著作物が原告著作物を違法に複製・翻訳したものである旨の警告を受け、原告が株式会社高麗書林(韓国の高麗書林とは別法人)外1名を被告とする別件訴訟(当庁平成20年(ワ)第20337号事件)において著作権侵害を主張して争っているという事情を認識してはいるものの(甲23、弁論の全趣旨)、本件韓国語著作物を原告の著作権を侵害する行為によって作成されたものであると知って所持しているものと認めることはできないから、被告らにつき著作権法113条1項2号の「侵害とみなす行為」が成立するということもできない。
2 争点2(著作者人格権侵害の成否)について
 被告らが設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵し、貸与する行為自体は、著作物及びその題号を改変するものではないから、原告の同一性保持権を侵害することはない。
 また、上記第2の2(3)、(4)のとおり、被告らは、それぞれが設置する図書館等において、利用者に対する閲覧、貸与等のために本件韓国語著作物を所蔵しているものである。そして、一般に、図書館等において所蔵する書籍等を利用者へ貸与する際に、当該書籍等に表示されているもののほかに著作者の氏名は表示しないのが通例であり、そのことによって著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれはなく、公正な慣行にも反しないといえる。そうとすれば、書籍等の貸与に当たっては、公衆への提供又は提示に際して付すべき著作者名の表示とは、書籍等に付された表示に尽きるものであり、被告らが本件韓国語著作物を利用者へ貸与する際に改めて著作者名を表示しなかったとしても原告の氏名表示権を侵害する行為があったとはいえない。また、被告らが設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵する行為は、「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)に当たらず、氏名表示権を侵害することはない。
 よって、原告の著作者人格権侵害に基づく各請求は理由がない。
3 争点4(一般不法行為の成否:予備的請求)について
 著作権及び著作者人格権侵害の不法行為が認められないことは上記1、2のとおりであるところ、民法709条の規定に照らしても、被告らが設置する図書館等において本件韓国語著作物を所蔵し、貸与することは、法令に違反するものとは認められず、また、不公正な行為として社会的に許容される限度を超えるものと認めることもできないから、被告らの行為が一般不法行為を構成するということもできない。
 原告は、著作権法の保護の対象とならない著作物(違法複製物)である本件韓国語著作物が保護されることは著作権法の趣旨に反する、被告らによる本件韓国語著作物の所蔵、貸与は複製権侵害の幇助と評価できるなどと主張するが、結局のところ著作権侵害の違法をいうものにすぎず、その主張に理由がないことは上記1、2に説示したとおりである。
 よって、原告の民法709条の不法行為に基づく各請求も理由がない。
4 結論
 以上のとおり、原告主張のいずれの不法行為も認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する各請求はいずれも理由がない。よって、原告の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 岡本岳
 裁判官 中村恭
 裁判官 坂本康博


(別紙)文献目録
1 書名 「米国・国立公文書館所蔵北朝鮮の極秘文書」(上・中・下)
 編集・解説 萩原遼(本名 A)
 発行 夏の書房
 発行日 平成8年(1996年)2月28日
2 書名 「美國・國立公文書館所蔵北韓解放直後極秘資料」(全6巻)
 発行 圖書出版 高麗書林(韓国)
 発行日 平成10年(1998年)6月21日
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日本ユニ著作権センター
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