判例全文 line
line
【事件名】商標“十二単の招福巻”侵害事件(2)
【年月日】平成22年1月22日
 大阪高裁 平成20年(ネ)第2836号 商標権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成19年(ワ)第7660号)
 (平成21年10月20日 口頭弁論終結)

判決
控訴人( 被告)  イオン株式会社
訴訟代理人弁護士 藤川義人
同 仲井晃
補佐人弁理士 三上祐子
被控訴人(原告)  株式会社小鯛雀鮨鮨萬
訴訟代理人弁護士 白波瀬文夫
同弁理士 濱田俊明


主文
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記の部分につき、被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、「招福巻」なる登録商標(本件商標)を有する被控訴人が、全国でスーパーマーケット「ジャスコ」を展開する控訴人に対し、ジャスコ各店舗で節分用に販売した巻き寿司の包装に「十二単の招福巻」なる標章(控訴人標章)を付す等した控訴人の行為が本件商標に係る被控訴人の商標権を侵害するとして、商標法(以下、単に「法」という。)36条に基づき上記行為の差止め等を求めるとともに、民法709条に基づき損害賠償(2300万円及び遅延損害金)を請求した事案である。
 控訴人は、控訴人標章中「招福巻」の部分は法26条1項2号、4号の商標に該当し本件商標権の効力が及ばないなどとして争ったが、原審は、被控訴人の請求のうち差止め等の請求については全部、金銭請求については51万4825円及び遅延損害金の限度で一部認容した。
2 本件における争いのない事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり当審での補充主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の1〜3のとおりである。ただし、原判決3頁4行目から10行目を次のとおり変更する。
 「控訴人は、ジャスコ各店舗で、平成18年及び19年の各節分の日(2月3日)に向けて販売する節分用巻き寿司(本件商品。)につき、控訴人標章を付した広告チラシやポスターを頒布、貼付し、その包装に控訴人標章を付した上、これを展示、販売した(本件行為))。
 本件行為は、本件商標の指定商品につき、法2条3項の1号、2号及び8号の態様で控訴人標章を使用する行為である。」
(控訴人)
(1) 争点(1)(控訴人標章は本件商標に類似するか)について
 控訴人標章は「十二単」(じゅうにひとえ)との部分と、「招福巻」(招福巻)との部分を結合させた結合標章というべきものであるところ、本件商標と控訴人標章とを比較する際に控訴人標章において比較の対象とすべきは、「招福巻」との部分だけでなく、「十二単の招福巻」という標章の全部である。
 控訴人標章における「招福巻」との部分は、後記のとおり、福を招く行事である節分において慣用されている「招福」という語句と、一般的に巻き寿司を表す接尾語である「○○巻」という語句から構成されるもので、節分用巻き寿司の名称としてもはや普通名称化していることは明らかである。また、「十二単」との部分についてみると、十二単という単語は、広辞苑(乙45)に記載のとおり、「@女房装束の俗称。肌着の単(ひとえ)の上に、数領の袿(うちき)(五つ衣など)を重ね、その上に唐衣(からぎぬ)と裳(も)をつける服装。じゅうにのおんぞ。」との意であり、その本来的に意味するところは、日本古来の女性の着物の呼称である(なお、乙49の1ないし4)。そして、「十二単」という単語自体が直ちに「12種類の」という意味を有するものではなく、「十二単の招福巻」という名称だけから、一般消費者等において直ちに「12種類の具材が入っている」ということは想起できず、たとえば、女房装束としての十二単のように多数の衣が重ねられているとか、多数の色とりどりの具材が入っているとか、或いは単に重厚さ、高級さを感じるに止まることも十分あり得るから自他識別力がないとまではいえない。
 以上のとおり、控訴人標章は、本件商標と共通する「招福巻」の部分に自他識別力はなく、他方で「十二単」の部分に自他識別力がないとはいえない以上、本件商標との対比は、「十二単の招福巻」の全部との間でなされるべきである。
(2) 争点(2)(本件商標権の効力は控訴人標章に及ばないか)について
ア 法26条1項2号(普通名称)、4号(慣用商標)該当性について
 乙2、3、16〜25(枝番を含む。)の各チラシにつき、「招福巻」の使用例を@「節分用巻き寿司を示す一般的な名称」として用いられている例と、Aその中の「一商品名」として用いられている例に分けて分析する方法は、ある特定の表示が「一般的な名称」であると同時に「一商品名」であることもあり得ることを見落とすものである。
 この点をさて措くとしても、原審で提出された証拠だけをみても約30にものぼる全国のスーパーマーケットや寿司店が複数年にわたって節分用巻き寿司に「招福巻」を含む文言を使用することにより、自他識別力を失っており、特定人の独占を許すことが適切でない事態に至っていることは明らかである。また、節分に「招福」という語句を使用するのは一般的であり(乙4の1〜5)、かつ、巻き寿司に「巻」との語を使用するのも一般的である以上、両者を足した「招福巻」を節分用巻き寿司に使用することも一般的であるというべきであるから、これが普通名称又は慣用商標に該当することも明らかである。
イ 法26条1項2号(記述的商標)該当性について
 節分用巻き寿司を指す名称としての「招福巻」は、節分に「福を招く」ために巻き寿司を食する慣習のもとでは記述的な表示にすぎず、自他識別力はない。また、同号の事由は限定的に列挙されたものではなく例示列挙と解すべきである。
 被控訴人は、「招福(福を招く)」や「開運(運を開く)」などの願望や願い事は、「おみくじ」や「お守り」の効能にあたることは格別、本件の対象商品である「寿司その他の食品」については法にいう「効能」に当たらないというべきであると主張するが、節分に恵方を向いて巻ずしを食べるという風習によって需要者等が巻き寿司の属性として「福を招く」こと、すなわち「招福」の効果があると考えることは、2号にいう「効能」に当たるし、仮に上記「効能」の本来的意義に当たらないとしてもこれと実質的には同様のものであり、また、同号に列挙された事由が例示列挙であることを考え合わせれば、「効能」又は「効能」に類するものとして法26条1項2号の要件に該当することは明らかである。
 そして、控訴人標章中の「招福巻」の部分は、普通名称であるか、効能もしくは効能に類するものに該当するものであるところ、控訴人による当該構成部分の使用方法は、「普通に用いられる方法」による使用であるというべきである。
(被控訴人)
(1) 争点(1)(控訴人標章は本件商標に類似するか)について
 控訴人標章は、「招福巻」という名称の物を前段の「十二単の」という形容語で修飾しているものであり、両者は自他識別力のある「招福巻」という名称部分が共通である。そして、これに「十二単の」が付加されたとしても、需用者たる一般消費者は、「招福巻」を供給している業者が(「12種類の具材が巻かれている」といった)ある種類の「招福巻」を販売していると認識し、出所を混同することになるから、これらが類似することも明らかというべきである。
(2) 争点(2)(本件商標権の効力は控訴人標章に及ばないか)について
ア 法26条1項2号(普通名称)、4号(慣用商標)該当性について
 普通名称とは、その名称が特定の商品の一般名称として世俗一般に普通に使用され、その対象となる商品を離れて使用した場合でも、その普通名称を見聞きした需要者が対象となる商品の一般概念を直ちに想起できる程度に普遍化した場合を指すべきである。
 巻き寿司は生鮮食品であり、製造者が直接消費者に販売するのがほとんどであるから、「招福巻」の表示が商標としての識別力を有しているか又は識別力を失い普通名称化したかを判定するについては、一般消費者の認識が決定的に重要であるところ、本件では、一般消費者が普通名称と認識していることを裏付ける新聞・雑誌・書物等の関係証拠は何ら存しない。
 甲第26の1〜3は平成21年1月21日インターネットの検索サイトであるGoogleにおいて「招福巻」の文言を検索した結果であるが、これによれば、「招福巻」を「節分用巻き寿司を示す一般的な名称」として使用している例はリスト上位には存在しない。このことは、現時点において「招福巻」が普通名称ではないとの社会的認識を反映しているということができ、「招福巻」という名称が現段階で未だ普通名称化するに至っていない証左である。また、ヒット数をみても、甲28の1・2によれば、Googleにおける「恵方巻」と「招福巻」のヒット数はそれぞれ17万3000件と703件であり、Yahoo!における検索結果と同様、前者のヒット数が普通名称であることを裏付けるに十分な使用例が存在する事実を示すのに対し、後者は節分用巻き寿司の一般的な名称として使用されていることを裏付けるヒット数には到底至っていないし、甲27の1・2においても、Yahoo!における「恵方巻」と「招福巻」のヒット数はそれぞれ136万件と1320件であり、前者のヒット数が普通名称であることを裏付けるに十分な使用例が存在する事実を示すのに対し、後者は節分用巻き寿司の一般的な名称として使用されていることを裏付けるヒット数には至っていない。
 さらに、被控訴人代理人作成の報告書(甲29の1・2)によれば、「招福巻」の検索結果のうち「節分用巻き寿司を示す一般的な名称」として使用されているのは実質的に7件であり、一般社会において「招福巻」が「節分用巻き寿司を示す一般的な名称」として用いられている事実はほとんど認められない。
 加えて、節分用巻き寿司を示す一般的な名称としては、「恵方巻」が存在しており、この語は広辞苑第6版(甲30)や大辞林第3版(甲31)にも掲載され、節分用巻き寿司を示す普通名称となっていることが明らかであるのに対し、「招福巻」は広辞苑や大辞林に掲載されていない。
 したがって、本件における「招福巻」が控訴人によって立証された程度の業者によって控訴人によって立証された程度の期間使用されたとしても、そのことを根拠に慣用商標化したとする結論は、到底是認できない。
イ 法26条1項2号(記述的商標)該当性について
 商人が、商品や役務に使用しようとする商標を選択する場合、その対象商品が食品であれその他の商品であれ、縁起の悪い商標を選択することはほとんどない。これは、商標の使用者はその商標に営業成果を期待しており、需要者は不幸を連想する商標より幸福を連想する商標が付された商品を好むのが通常であるからである。(甲32の1〜18)。控訴人は、本件商標について、「招福」という語句を法3条1項3号、26条1項2号でいう「効能」表示であると主張するが、そうであるとすれば甲32の各商標もすべて効能を表示する商標であるということになるが、これらの商標は全て登録商標として機能している。結局のところ、「招福(福を招く)」や「開運(運を開く)」などの願望や願い事は、「おみくじ」や「お守り」の効能に当たるのは格別、本件の対象商品である「寿司その他の食品」については法にいう「効能」に当たらないというべきである。
 また、控訴人標章における「十二単の招福巻」の表示は、本件商品の包装及びチラシにおいて、商品の名称として自他識別機能を果たす態様で使用しているものであるから、効能を「普通に表示される方法で表示したもの」にも当たらない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(控訴人標章は本件商標に類似するか)について
(1) 本件商標は、原判決別紙商標目録のとおり、「招福巻」の文字を筆記体で縦書きしてなるものであり、他方、控訴人標章は、後記2の(4)でみるとおり、「招福巻」の部分とこれを修飾する「十二単の」の部分から構成され、ゴシック体の文字で「十二単の」の部分を小さく「招福巻」の部分を大きく又は両者を同じ大きさで、横書き又は縦書きしてなるものである。
(2) 控訴人標章は、その構成自体から、本件商標の「招福巻」の前に「十二単の」という修飾語を付加したものにすぎないことは明らかである上、「十二単の招福巻」の語が漢字等で7文字、読みとしては更に長くなること、広告チラシにある「十二単の」の表記部分の多くは「招福巻」の文字部分よりもポイントを小さくしていること、広告チラシ中には「十二単の招福巻」とともに「瀬戸内産穴子の幸運巻」等の産地表示であることが明らかなものを並記しているものもあることを総合勘案すると、控訴人標章にいう「十二単の」の部分は、消費者等には、巻き寿司に12種類の具材が入っていることを示す記述的説明(甲3参照)が付加されたものと受け取るのが自然であって、控訴人主張のように、「十二単の招福巻」の表示をもって全体として一連一体のものとみることは困難である。
 そして「十二単」の部分に独立した自他識別力がない以上、後記のとおり「招福巻」が普通名称化しているとしても、控訴人標章に接した消費者等が「招福巻」の部分に着目することは明らかというべきであり、その意味で、「招福巻」の部分が共通する本件商標と控訴人標章とは類似するものといわざるを得ない。
(3) したがって本件行為は法37条1号に該当する。
2 争点(2)(本件商標権の効力は控訴人標章に及ばないか)について
(1) 商標権者は、指定商品について登録商標の使用をする権利を専有し(法25条)、指定商品について登録商標に類似する商標の使用をする等の行為(法37条1号)を禁止する権利を有するが、法37条1号に該当する行為があっても、その使用に係る商標(他の商標の一部となっているものを含む。)が法26条1項所定の商標に該当する場合は、登録商標の禁止的効力はこれに及ばない。これは、同項所定の商標は、いずれももともと識別力がないか乏しいとともに、公益的な見地や商標保護の目的からして特定人に商標権として独占させるに適しないからであると解される。
 本件において、控訴人は、仮に本件行為が法37条1号の行為に該当するとしても、控訴人標章中の「招福巻」の部分は法26条1項2号(普通名称又は記述的商標)あるいは4号(慣用商標)所定の商標に該当し、本件商標権の禁止的効力が及ばないから、控訴人に対して差止め等を求めることはできないと主張しているので、この点について検討する。
(2) 本件商品(節分用巻き寿司)の由来等について
ア 証拠(甲16、乙5〜8)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 「節分」とは季節の分かれ目のことで、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれの前日を指すが、現在行事として残っているのは、立春の前日の節分(2月3日ころ)である。古く飛鳥時代に疫病を鬼に見立てて追い払う「追儺(ついな)」(鬼やらい)の儀式が行われたという記録があり、平安時代になって追儺の儀式が年中行事になり、さらに室町時代には鬼神が都に乱入しようとしたのを、炒り豆を投げつけて追い払ったということで、節分に豆まきの風習が行われるようになった。このように、「節分」はもともとは「鬼を追い払う」儀式であるが、次第に「福を呼び込む」儀式としての性格も帯びるようになった。
 豆まきについては、乙7(株式会社小学館2002年5月1日第1刷発行の「【ホームパル・デラックス】冠婚葬祭暮らしの便利事典改訂新版)に「豆まきは、季節の変わり目にありがちな災害や疫病を鬼に見立て、追い払って厄を祓う行事です。…家の外に向かって「鬼は外」、家の中に向かって「福は内」と2回ずつ唱えながらまきます。まき終わったらすぐに戸締まりをして鬼を閉め出し、福が逃げないようにします。」との記載がある。
(イ) 豆まきのほか、節分の日に巻き寿司を食するようになった起源は定かではないが、甲16(昭和7年に大阪鮓商組合後援会が得意先向けに作成した「巻寿司と福の神」と題するビラ)に花柳界で行われていた風習が一般に広まった旨の記載があるほか、乙5の書物中の大阪府すし商環境衛生同業組合平成2年発行のビラに「江戸時代の末期若しくは明治の始め頃から大阪の中心地、船場が発祥地とされております。商売繁盛、無病息災、家内円満を願ったのが事の始りです。」と記載がある。その後、大阪を中心に「節分の日にその年の恵方に向いて無言で壱本の巻寿司を丸かぶりすれば其年は幸運に恵まれる」と言い伝えられ、遅くとも昭和7年ころには大阪の一部地域において、節分に恵方を向いて巻き寿司を丸かぶりする風習が行われるようになった。
(ウ) 昭和7年には、大阪鮓商組合後援会が節分に恵方を向いて巻き寿司を丸かぶりすれば幸運に恵まれるとするビラ(甲16)を発行し、その中で、その由来を紹介するとともに、これに用いる「幸運巻寿司」なる巻き寿司の販売を宣伝している。大阪鮓商組合後援会は昭和15年ころにも、これと同様の宣伝ビラを発行していた。その後、時を経て昭和52年ころ、大阪海苔問屋協同組合が「幸運巻ずし」と銘打って節分に巻き寿司を丸かぶりすることを勧める宣伝活動を始め、また、関西厚焼工業組合も同じころから広範囲で同様の宣伝活動を行うようになり、昭和62年ころには、関西地方のみならず、岐阜、浜松、金沢、新潟等の各都市や九州地方にまで上記同様の宣伝ビラを送付していた。その後、スーパーマーケットなどでも宣伝を行うようになり、節分に恵方を向いて巻き寿司を食する風習が関西地方を中心に次第に広い地域に広がっていった(乙5)。
 なお、乙3の6のインターネットサイトには、「節分に巻き寿司を食べる風習は、福を巻き込むという意味と、縁を切らないという意味が込められ、恵方(えほう)に向かって巻き寿司を丸かぶりするようになった。節分に巻き寿司を食べる風習は、主に関西地方で行われていたものだが、大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った「巻き寿司のまるかぶり」の行事をマスコミが取り上げ、それを見た全国の食品メーカーが便乗し全国へ広まっていった。(語源由来辞典より)」との記載がある。
(エ) 乙6(株式会社汐文社2006年2月第1刷発行の「日本の伝統文化・芸能事典」)には「節分【せつぶん】悪疫退散や招福の行事」として「太巻きを丸かじり節分の日に〈福を巻きこむ〉太巻き寿司を、恵方をむいて無言で丸かじりすると、一年間健康で(いら)れるといわれています。」と記載され、乙8(株式会社主婦の友社編著平成13年3月1日第1刷発行の「冠婚葬祭実用大事典」)にも、節分に係る風習の一つとして、「●恵方に向いて太巻きずしをかじる福を呼ぶというもの。」と紹介されている。
(オ) なお、「招福」の語については、平成11年7月10日株式会社三省堂発行の「新辞林」(乙9)及び平成18年10月27日株式会社三省堂発行の「大辞林第三版」(乙1)に「招福福を招くこと。(−の招き猫)」と記載されているほか、平成18年には広辞苑第6版(乙44)にも「しょう−ふく【招福】福を招くこと。幸運を呼び込むこと。」との記載が登載された。
イ 以上によれば、節分に恵方を向いて巻き寿司を丸かぶりする風習は遅くとも昭和7年の段階で少なくとも大阪の一部地域で行われていたものであり、大阪の巻き寿司関連業界の宣伝活動によって次第に広がり、昭和の終わりころには、大阪以外の関西地方、さらには関西地方以外の地域にも広がり、近年は、乙8のような全国の一般家庭向けの冠婚葬祭事典にも紹介される等、さらに広範囲に広がりつつあるということができる。
(3) 全国のスーパーマーケット等における「招福巻」の使用例原判決11頁19行目から23頁22行目記載のとおり(ただし、ア〜ネの各(ウ)の部分を除く。)である。
(4) 本件行為の具体的態様
 甲3、4の1〜11及び5によれば、本件行為は、具体的には、平成18年と19年のいずれも節分に向けた時期において、@「2月3日(土)節分恵方巻」「予約承り中」と大書した広告ビラに「イオンの太巻で、今年も福招き。恵方を向いて、丸かぶり。」「2月3日の節分の日には、『恵方(えほう)』と呼ばれるその年の縁起の良い方角を向き、太巻きを切らずに一本がぶりと黙って食べ、福を招くという習わしがあります。今年の恵方は「北北西」です。」との一般的説明を付した上、「穴子、海老など色とりどりの12種の具材を贅沢に使った恵方巻です。」として、価格とともに控訴人標章をゴシック体文字で「十二単の」の部分を小さく「招福巻」なる部分を大きく横書きし(甲3)、宮城県、山形県、福島県、富山県、石川県、長野県、静岡県、岐阜県、愛知県、三重県のジャスコ各店舗の広告チラシ中で、A「1/30火までご予約承り」「2月3日は節分節分恵方巻」と大書された枠内に、価格とともに控訴人標章をゴシック体で「十二単の」の部分を小さく「招福巻」なる部分を大きく横書きし(甲4の1〜3)、又は、「イオンの節分」と大書した枠内に「福を呼ぶ「巻き寿司」丸かぶりで今年も家族の幸せを迎えましょう。」「その年の縁起の良い歳徳神が司る方位、つまり恵方(えほう)を向いて、無言で巻き寿司(福を巻き込む)を丸かぶり(縁を切らないために包丁を入れない)すると福を呼ぶと言われています。」との一般的説明を付した上、価格とともに控訴人標章を同じ大きさのゴシック体文字で横書き又は縦書きした控訴人標章を付し(甲4の4〜11)、これを配布する等し、節分用巻き寿司を包装するパックに同じ大きさのゴシック体文字(タイプ文字)で横書きしてなる控訴人標章の記載された商品シールを貼付し(甲5)、これを展示、販売したというものである。
(5) 控訴人標章の法26条1項2号(普通名称)該当性について
 「招福」はもともと「福を招く」を名詞化したもので馴染みやすい語であり、これと巻き寿司を意味する「巻」(乙10、11)を結合させた「招福巻」なる語を一般人がみれば、節分の日に恵方を向いて巻き寿司を丸かぶりする風習の普及とも相まって、極めて容易に節分をはじめとする目出度い行事等に供される巻き寿司を意味すると理解し、被控訴人の本件商標が登録されていることを知らないで「招福巻」の文字を目にする需要者は、その商品は特定の業者が提供するものではなく、一般にそのような意味づけを持つ寿司が出回っているものと理解してしまう商品名ということができる。
 現に、上記(3)によれば、遅くとも平成17年以降は極めて多くのスーパーマーケット等で「招福巻」の商品名が用いられていることが認められる上、同じ頃頒布されたと思料される阪急百貨店の広告チラシ(乙3の2の1)中では、被控訴人の商品(小鯛雀鮨「すし萬」招福巻)と並んで「京都・嵐山「錦味」錦の招福巻」や「「大善」穴子招福巻」が並記されていることからも、スーパーマーケット等のチラシをみて、「招福巻」と表示される巻き寿司が特定のメーカーないし販売業者の商品であると認識する需用者はいなくなるに至っていたことが窺われるというべきであるし、それより早い平成16年の時点で全国に極めて多くの店舗を展開するダイエーのチラシに「招福巻」なる名称の巻き寿司の商品広告が掲載されたことも、それ以前から「招福巻」が節分用巻き寿司の名称として一般化していたことを推認せしめるものといえる。
 なお、広辞苑に「招福」の語が収録されたのは平成20年発行の第6版(乙44)からであるが、既にみたとおり、「新辞林」や「大辞林」にはそれ以前から収録されていたし、上記広辞苑への収録も、それまでの少なくとも数年間の使用実態を踏まえてのことと考えられるから、その収録の事実は平成16年当時に「招福」の語も普通名称化していたことを裏付けるものといえる。
 したがって、「招福巻」は、巻き寿司の一態様を示す商品名として、遅くとも平成17年には普通名称となっていたというべきである。
 もっとも、「招福巻」が、本件商標の指定商品に含まれる巻き寿司についての登録商標であることが一般に周知されてきていれば格別であるが、被控訴人が警告をし始めたのはようやく平成19年になってからであり(甲21ないし22の各1・2)、本件全証拠によってもその時点までに本件商標が登録商標として周知されていたと認めるに足りず、かえって上記警告の時点までに「招福巻」の語は既に普通名称化していたものというべきである。
 さらに、控訴人標章中「招福巻」の部分の使用は、前記認定に係るその書体、表示方法、表示場所等に照らし、商品名を普通に用いられる方法で表示するものと認めることができる。この点に関し、被控訴人は、控訴人標章は、商品の包装及びチラシにおいて本件商品の名称として自他識別機能を果たす態様で使用している「普通に表示される方法で表示したもの」に当たらない旨主張するが、被控訴人がどの点を捉えて自他識別機能を果たす態様での使用と主張しているのか不明であるし、控訴人標章の使用をもって専ら自他を識別するために使用されているものとまでは認められないから、この点の被控訴人の主張は採用することができない。
3 そうすると、控訴人標章中「招福巻」の部分は、法26条1項2号の普通名称を普通に用いられる方法で表示する商標に該当するものとして、本件商標の商標権の効力が及ばないというべきである。
第4 結論
 以上によれば、被控訴人の請求はいずれも理由がないものとして棄却すべきであるから、これと結論を異にする原判決中の控訴人敗訴部分を取り消した上、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 塩月秀平
 裁判官 小野洋一
 裁判官 平井健一郎
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/