判例全文 line
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【事件名】プロレス暴露本事件
【年月日】平成22年1月21日
 東京地裁 平成21年(ワ)第23129号 著作権使用料等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年11月10日)

判決
原告 A
被告 インフォレスト株式会社
同訴訟代理人弁護士 湊信明
同 市川太
同 廣木康隆
同 太田善大
同 野村奈津子
同 齋藤大
同 服部毅
同 野坂真理子
同 歌丸彩子
被告 株式会社スポーツサポートシステム


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して128万円及び内金118万円に対する平成18年4月3日から、内金10万円に対する平成21年3月27日からそれぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
 被告インフォレスト株式会社は、原告に対し、10万円及びこれに対する平成21年2月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、元プロレスラーである原告が被告らに対し、@原告が被告株式会社スポーツサポートシステム(以下「被告スポーツ」という。)との契約に基づいてプロレスに関する記事を寄稿し、被告インフォレスト株式会社(以下「被告インフォレスト」という。)が同記事を書籍に掲載して出版したにもかかわらずその原稿料が支払われていないとして、上記契約に基づく原稿料として連帯して68万円及びその遅延損害金の支払を求め、A被告らが上記書籍を「八百長伝説」というタイトルで出版したことにより原告の名誉を毀損したとして、不法行為に基づく損害賠償として連帯して25万円及びその遅延損害金の支払を求め、B被告らが上記書籍の原告の記事とともに国会議員のメールアドレスを掲載したことにより、同議員から原告を告訴したと発表される結果を招き、原告の名誉を毀損したとして、不法行為に基づく損害賠償として連帯して25万円及びその遅延損害金の支払を求め、C被告らが被告スポーツの虚偽の住所を原告に知らせることで訴訟提起を困難にしたとして、不法行為に基づく損害賠償として連帯して10万円及びその遅延損害金の支払を求めるとともに、被告インフォレストに対し、D同被告が「自らの優柔不断を棚に上げて」との表現を用いた書面を送付したことにより原告を侮辱したとして、不法行為に基づく損害賠償として10万円及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 被告スポーツは、原告に対し、平成18年2月、被告インフォレストから発行予定のプロレスに関する書籍のための原稿の作成を依頼し、原告は、この依頼に基づき、下記の7つの原稿を作成した(以下「本件原稿」という。)。
@ 原告自身のインタビュー記事(甲4の1)
A 「プロレスマスコミは本当に墓場まで秘密を持っていく気迫があるのか!?」(甲5の1)
B 「ジャイアント馬場はジョークである」(甲6の1)
C 「プロレスは総合格闘技でも間違いなく勝てる!!」(甲7の1)
D 「アマチュアイズムを提唱する長州力が総合格闘技を嫌う矛盾」(甲8の1)
E 「ディック・マードックの哲学」(甲9の1)
F 「ドン荒川こそケーフェイの象徴である」(甲10の1)
(2) 被告インフォレストは、平成18年5月10日を発行日として、本件原稿とほぼ同一内容の記事(甲4の2、甲5の2、甲6の2、甲7の2、甲8の2、甲9の2、甲10の2)を掲載した書籍を「プロレス八百長伝説ケーフェイ」とのタイトルで発行した(甲11、乙8。以下「本件書籍」という。)。
(3) 本件書籍中の原告自身のインタビュー記事(甲4の2)の冒頭には、B参議院議員(当時。以下「B元議員」という。)から送信された携帯電話の電子メール(以下「携帯メール」という。)であるとして、「プロレス界にいられなくしてやる」等の本文と送信者のメールアドレスが表示された携帯画面を撮影した写真が掲載された(甲4の2)。
(4) 被告インフォレストは、原告に対し、平成21年2月27日付けで、
 「『プロレス八百長伝説』のタイトルも同様です。これは編集部の責任においてつけたタイトルであり、C氏にもこのタイトルでいくことは伝えてありました。C氏が貴殿にどんな説明をしていたかは知りませんが、もしどうしてもこのタイトルで納得できないなら、貴殿には掲載を『降りる』という選択肢もあったはずです。そうした選択をせず、結果的に本は発売になりました。みずからの優柔不断を棚に上げ、弊社に対し『詐欺的行為』『名誉毀損行為』と言うのはフェアではありません。」などと記載した書面を送付した(甲22)。
(5) 原告は、被告インフォレストに対し、平成21年3月24日、同被告及び被告スポーツを相手に本件原稿料の支払を求める法的措置をとる旨及び被告スポーツの住所を知らせてほしい旨を記載した文書を送付した(甲25)。
 これに対し、被告インフォレストは、原告に対し、同月27日、裁判書類送達先として被告スポーツの取締役であるCの横浜市青葉区の住所を原告に伝達することを承諾する旨が記載された被告スポーツ作成の承諾書を添付した文書を送付した(甲1の1・2)。
2 争点
(1) 原稿料請求の可否
(2) 本件書籍のタイトルを「八百長伝説」としたことによる名誉毀損の成否
(3) B元議員のメールアドレスを掲載したことによる名誉毀損の成否
(4) 虚偽の被告スポーツの住所を伝えたとする不法行為の成否
(5) 被告インフォレストによる侮辱を理由とする不法行為の成否
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原稿料請求の可否)
〔原告の主張〕
ア 原告は、被告スポーツからB元議員との裁判内容を記述した書籍を出版したいとの依頼を受け、同被告との間で、平成17年12月10日付けの出版契約(以下「別件書籍出版契約」という。)を締結し、同契約に基づき、平成18年2月6日、「バッジを外せ!!リングを降りろ!!」と題する書籍(以下「別件書籍」という。)が出版された。別件書籍出版契約では、別件書籍に関するプロモーションとして原告及び別件書籍を各メディアに露出することとされ、そのギャランティについては、原告が85パーセント、被告スポーツが15パーセントの配分を受けるとされていた。
 原告は、被告スポーツから、本件書籍について、別件書籍を宣伝するためのものであり、本件書籍の表紙に別件書籍を載せ、巻頭に原告のインタビューを載せるので執筆してほしいと依頼されて寄稿した。そして、本件書籍の出版につき被告インフォレストから被告スポーツへ80万円が支払われたというのであるから、被告スポーツは、別件書籍出版契約に従い、受け取った80万円の85パーセントである68万円を原告に支払う義務がある。
イ 被告スポーツのCは、原告に対し、本件原稿の原稿料は被告インフォレストから出ると話していた。そして、被告インフォレストは、本件書籍への寄稿が別件書籍の宣伝を兼ねているということを承知していたのであるから、被告インフォレストも、被告スポーツと連帯して、別件書籍出版契約に定められたとおりの支払をすべきである。
ウ 被告スポーツが本件原稿の原稿料として12万円を振り込んで支払ったことは否認する。
 この支払は、平成18年2月6日、東京神楽坂の日本出版クラブで行われた別件書籍のプロモーションでマスコミ各社を集めて行った記者会見の出演料である。
〔被告インフォレストの主張〕
 別件書籍出版契約の当事者は、原告と被告スポーツであり、被告インフォレストは何ら関与していない。したがって、被告インフォレストは、別件書籍出版契約には拘束されず、原告の被告インフォレストに対する別件書籍出版契約に基づく請求が認められないことは明らかである。
 また、被告スポーツから原告に対して12万円が支払われており、これは、本件書籍の原稿料として支払われたものである。
〔被告スポーツの主張〕
 被告スポーツは、原告の著書である別件書籍の売れ行きが非常に芳しくなかった状況の下で、被告インフォレストから本件書籍の編集依頼があったことから、その数ページを別件書籍のプロモーションに利用しようと考えた。無名のタレントや新人のタレントの場合、宣伝になるためならギャランティなしでも掲載を切望しており、出版社側が望まない条件の案件のプロモーションにはギャランティが発生するとは限らない。本件書籍は、大量在庫となっている別件書籍の紹介を無理矢理掲載したものであり、発行元の被告インフォレストから原告のインタビュー記事の掲載を望まれたものではない。
 このようなことから、被告スポーツは、本件原稿のうち原告へのインタビュー記事はプロモーションであるため0円、その他の6つについては各2万円とし、合計12万円と算出した。
 被告スポーツは、原告に対し、平成18年6月12日、本件原稿の原稿料として、12万円を原告の口座へ振り込む方法により支払った(丙1)。
2 争点2(本件書籍のタイトルを「八百長伝説」としたことによる名誉毀損の成否)
〔原告の主張〕
 被告らは、原告に対し、本件書籍のタイトルを「ケーフェイ伝説」とすると言ってだまして寄稿させながら、「八百長伝説」というタイトルで出版した。このため、原告は、今までリングで闘ってきたことが八百長であったというように世間に誤解されることにより、名誉を毀損された。
 よって、被告らは、名誉毀損に基づく損害賠償として連帯して25万円を原告に支払う義務がある。
〔被告インフォレストの主張〕
(1) 被告インフォレストが、原告に対して本件書籍のタイトルが「ケーフェイ伝説」であると言ってだまして寄稿させたことはない。平成18年2月初めに本件書籍の企画をした当初は、仮のタイトルとして「ケーフェイ伝説」が挙がっていた。しかし、制作を進める中で「プロレス八百長伝説ケーフェイ」とのタイトル案が出て、被告インフォレストは、遅くとも同月末頃には、被告スポーツ及びその他関係者に相談の上、上記タイトルで出版することを決定し、これを被告スポーツ及びその他関係者に伝えた。そして、当該決定のとおり「プロレス八百長伝説ケーフェイ」というタイトルで本件書籍を出版した。被告インフォレストは、原告に対して寄稿を依頼したこともなければ、本件書籍のタイトルが「ケーフェイ伝説」であると伝えたこともなく、そのようなタイトルとすることを約束したこともない。
(2) 「ケーフェイ」という用語は、プロレスにおけるいわゆる八百長という意味も有するから、本件書籍のタイトルの一部が「ケーフェイ伝説」から「八百長伝説」に変更されたことにより、原告の名誉が毀損されたとはいえない。
〔被告スポーツの主張〕
 争う。
3 争点3(B元議員のメールアドレスを掲載したことによる名誉毀損の成否)
〔原告の主張〕
 被告らは、B元議員から原告へ送信されてきたと思われる携帯メールの写真を、送信者のメールアドレスを黒塗りすることなく本件書籍に掲載した。これにより、原告は、B元議員から、議員会館におけるテレビ、新聞等のメディアの前での記者会見で名指しで刑事告訴をしたと言われ、名誉を毀損された。
 よって、被告らは、名誉毀損に基づく損害賠償として連帯して25万円を原告に支払う義務がある。
〔被告インフォレストの主張〕
 以下に述べるように、被告インフォレストが本件書籍にB元議員が原告に送信したと思われる携帯メール画面の写真を送信者のメールアドレスを黒塗りせずに掲載したことと、平成18年10月26日にB元議員が記者会見で原告を刑事告訴したと告げた事実との間に因果関係はない。
 本件書籍の発売前である平成18年2月6日に、原告によるB元議員に対する告発本である別件書籍が出版されており、また、同月17日には、週刊誌フライデーにもB元議員が原告に送信したと思われる携帯メールの本文が表示された携帯電話画面の写真と原告の写真入りの記事(乙3)が掲載されている。さらに、B元議員が上記記者会見を開いたのは、原告とB元議員との間の民事訴訟における東京高等裁判所の判決が言い渡された平成18年10月25日の翌日であり、当該判決に対して上告する旨を当該記者会見で表明したということである(甲16)。そうすると、B元議員が原告を刑事告訴したのは、原告が別件書籍を出版したり、様々な媒体でB元議員から原告に送信したと思われる携帯メールの内容を公開してB元議員から脅迫された旨の事実その他の事実を発信するなどしたからであると考えられ、また、上記B元議員の記者会見は、原告との間の民事訴訟の判決結果を受けて開かれたものであると思われるので、被告インフォレストの上記行為とB元議員が記者会見を開き、そこで原告を刑事告訴した旨を伝えたこととの間に因果関係はない。
〔被告スポーツの主張〕
 争う。
4 争点4(虚偽の被告スポーツの住所を伝えたとする不法行為の成否)
〔原告の主張〕
 原告は、被告インフォレストに対して、被告スポーツの住所が不明なため裁判書類が届かない状態となっている旨及び被告スポーツの住所を教えてもらいたい旨の平成21年3月24日付けの書面を送付した(甲25)。これに対して、被告インフォレストは、同月27日付けの書面(甲1の1)を原告に郵送して被告スポーツの住所は同封の「承諾書」のとおりであると回答し、被告スポーツの住所は横浜市青葉区の住所である旨記載された被告スポーツ代表者及びC作成の承諾書(甲1の2)を同封した。原告は、本件訴訟を提起するために、法務局へ被告スポーツの商業登記簿謄本を取得しに行ったが、上記住所に被告スポーツは存在しなかった(甲2)。
 原告は、被告インフォレストに対し、被告らに対して法的措置をとるために被告スポーツの住所を教えてもらいたいと尋ねたのに、被告らは、共謀して、被告スポーツの虚偽の住所を告知して原告をだまし、本件訴訟提起を困難にしたものであり、被告らの上記行為は、共同不法行為に当たる。
 したがって、被告らは、原告に対し、上記不法行為に基づく損害賠償として10万円を支払う義務がある。
〔被告インフォレストの主張〕
 原告は、横浜市青葉区の住所で被告スポーツの商業登記簿が見当たらないことをもって、同住所を虚偽の住所であると主張する。
 しかしながら、そもそも原告は、被告スポーツの商業登記簿上の本店所在地あてに裁判資料等を送達しようとしても届かないため、実際にこれらの書類が届く住所を教えてほしいということを被告インフォレストに依頼してきたのである。
 したがって、被告らが原告に知らせた被告スポーツの住所が商業登記簿上の住所でないことをもって、虚偽の住所を教えて本件訴訟の提起を阻止しようとしたとする原告の主張は、自らの行動と矛盾する不可解な主張である。被告インフォレストが甲第1号証の文書を原告に郵送した行為は、何ら不法行為に該当しない。
〔被告スポーツの主張〕
 被告インフォレストが伝えた横浜市青葉区の住所は、被告スポーツの取締役であるCの自宅であり、連絡場所として使用している。ここには、C本人が15年以上住んでおり、この住所にあてた郵便物は、Cあてのものはもとより、被告スポーツあてのものも配達される。
5 争点5(被告インフォレストによる侮辱を理由とする不法行為の成否)
〔原告の主張〕
 被告インフォレストは、「八百長伝説」というタイトルに関して「どうしてもこのタイトルで納得できないなら、『降りる』という選択肢もあったはず。自らの優柔不断を棚に上げて」という侮辱的な書面を原告に送付した(甲22)。原告は、被告インフォレストに対し、本件書籍のタイトルから「八百長」を外すように複数回警告済みであったものの、本件書籍の約4分の1を執筆した原告が「最終校正をしてほしい」とのことで編集事務所に呼ばれた編集作業最終日に本件書籍の執筆者から降りたら本件書籍の発行は困難となってしまい、他の執筆者や編集社、被告インフォレスト等に多大な迷惑をかけてしまうことは明らかであったことから、これに配慮して執筆者から降りなかったものであり、これを「優柔不断」と言われるいわれはない。
 したがって、被告インフォレストは、原告に対して上記不法行為に基づく損害賠償として10万円を支払う義務がある。
〔被告インフォレストの主張〕
 被告インフォレストが、「どうしてもこのタイトルで納得できないなら、『降りる』という選択肢もあったはず。自らの優柔不断を棚に上げ、弊社に対し『詐欺的行為』『名誉毀損行為』と言うのはフェアではありません。」と回答したのは、被告インフォレストが本件書籍のタイトルについて「ケーフェイ伝説」であるとだまして原告に寄稿させた行為が詐欺的行為及び名誉毀損行為であるとする原告の主張を受け、これに対する正当な反論行為、回答行為として行われたものである。
 被告インフォレストは、原告に対して本件書籍への寄稿を依頼したこともないし、本件書籍のタイトルを原告に告げたこともない。被告インフォレストは、原告に対し、このことを説明するとともに、原告も遅くとも平成18年3月16日の本件書籍の校正の段階で、本件書籍のタイトルが「プロレス八百長伝説ケーフェイ」であることを知ったのであるならば、記事の引渡し、掲載を拒否することができたのに、それをせず最終的には掲載を了承しておきながら、被告らにだまされたと主張していることに対して疑問を呈したものである。
 以上のように、甲第22号証の書面における被告インフォレストの回答は、正当な反論行為、回答行為であって、何ら違法性を有しない。
第4 当裁判所の判断
1 前記争いのない事実等に証拠(甲1の1・2、3、4の1・2、5の1・2、6の1・2、7の1・2、8の1・2、9の1・2、10の1・2、11、14〜26、31、乙2、4、6〜8、丙1、証人C、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。
ア 原告と被告スポーツは、平成17年12月10日付けで、原告とB元議員との裁判内容を原告が記述した書籍を出版する別件書籍出版契約を締結した(甲3)。
 別件書籍出版契約の22条(プロモーション協力)2項では、「本著作物に関するプロモーションとして著者並びに著作物を各メディアに露出する。そのギャランティを甲85%、乙15%の配分とする。」と規定されていた(本契約書において、甲は原告、乙は被告スポーツを指す。)。
イ 平成18年2月6日、別件書籍が出版され、同日、原告は、出版記者会見に臨んだ。
ウ 被告インフォレストは、同月、プロレスに関する書籍を出版することを企画し、被告スポーツに対し、その原稿の作成等を委託した。
エ 被告スポーツの取締役であるCは、原告に対し、同月15日、被告インフォレストから発行されるプロレスに関する書籍のための原稿の作成を依頼し、原告はこれを承諾した。その際、Cは、原告に対し、書籍のタイトルは「ケーフェイ伝説」であると説明した(証人C、原告本人)。原稿料の額については、特に協議はなかった(証人C)。
オ 原告は、上記原稿作成依頼に基づき、同年3月までに、本件原稿を作成し、被告スポーツに渡した。
カ 原告は、B元議員からの脅迫メールであるとして、「プロレス界にいられなくしてやる」といった内容の携帯メールが表示された携帯画面の写真を本件書籍に掲載することを承諾し、その写真撮影が行われた。
キ 原告は、本件原稿を被告スポーツに渡した後、出版前に本件書籍のタイトルが「ケーフェイ伝説」ではなく「八百長伝説」とされる予定であることを知り、Cに抗議した(原告本人)。
ク 同年4月3日、本件書籍が「八百長伝説」というタイトルで出版され、本件原稿とほぼ同一の記事が掲載された。また、上記の携帯メール及びその送信者のメールアドレスの写真が、B元議員からの脅迫メールであるとして、本件原稿の原告のインタビュー記事の冒頭部分に掲載された(甲4の2)。
 本件書籍は、税込価格1000円で、1万5073部が納品され、5606部が返品され、売上は580万円ほどであった(乙6、7)。本件書籍は94ページからなり、本件原稿に係る部分は、その内の22ページ(ほぼ写真で占めるページを含む。)であった(乙8)。
ケ 同年5月9日、原告は、本件原稿の原稿料が同年6月10日ころに振り込まれる旨、被告スポーツ代表者から伝えられた(原告本人)。
 同年6月5日、被告インフォレストは、被告スポーツに対し、本件書籍の編集委託費として、83万9160円(84万円から振込手数料を差し引いた金額)を振り込んだ(甲15、乙2、4)。
 同月12日、被告スポーツは、原告の銀行口座に12万円を振り込んだ(丙1)。
コ 同年10月26日、B元議員は、「脅迫メール問題」について原告を名誉毀損で告訴したと記者会見で発表した(甲16)。
 B元議員は、メールアドレスは自分のものではなく、こんなものは送っていないと、記者会見で述べた(原告本人)。
サ 平成20年12月15日、原告は、被告インフォレストに対し、本件書籍の原稿料として55万円を請求する書面を簡易書留で郵送した(甲14)。
 これに対し、被告インフォレストは、原告に対し、同月18日付けで、被告スポーツから原稿料の支払は終わっているとの報告を受けており、支払うべき債務は存しない旨を書面で回答した(甲15)。
シ 同月20日及び平成21年1月15日の2回にわたり、原告は、被告インフォレストに対し、原稿料の請求及びB元議員のメールアドレスを黒塗り等の処理をせずに本件書籍に掲載したことについて責任を追及する内容の書面を、簡易書留で郵送した(甲17、19)。被告インフォレストは、それぞれに対し、平成20年12月26日付け書面(甲18)及び平成21年1月16日付け書面(甲20)で回答した。
ス 平成21年2月25日、原告は、被告インフォレストに対して書面を郵送し、原稿料の件、本件書籍のタイトルの件、B元議員のメールアドレス掲載の件などについて責任を追及した(甲21)。このうち、本件書籍のタイトルの件については、「C氏に抗議をすると『タイトルは出版社が決めるものなので、もうどうしようもない』と言われました。リングに上がった選手が『八百長伝説』などというタイトルの本に寄稿するなどということは有り得ないことであり、このように選手を騙して寄稿させたことに関する詐欺的行為及び名誉毀損行為に関する御社からの御回答がございません。」と記載されていた(甲21)。
 これを受けて被告インフォレストは、同月27日付け書面で、「『プロレス八百長伝説』のタイトルも同様です。これは編集部の責任においてつけたタイトルであり、C氏にもこのタイトルでいくことは伝えてありました。C氏が貴殿にどんな説明をしていたかは知りませんが、もしどうしてもこのタイトルで納得できないなら、貴殿には掲載を『降りる』という選択肢もあったはずです。そうした選択をせず、結果的に本は発売になりました。みずからの優柔不断を棚に上げ、弊社に対し『詐欺的行為』『名誉毀損行為』と言うのはフェアではありません。」と回答した(甲22)。
 原告は、被告インフォレストからの上記回答(甲22)が侮辱的であるなどとして、同年3月2日、法的措置をとる旨の書面を同被告に送付した(甲23)。
セ 同月15日にも、原告は、本件書籍の原稿料の支払を求める旨の書面を被告インフォレストに送付した。同書面には、被告スポーツが商業登記簿上の住所に存在せず、裁判書類の送達ができない状態にあることが記載されていた(甲24)。
 同月24日、原告は、被告インフォレストに対して書面を郵送した。同書面には、被告スポーツについても法的措置をとること、同被告の住所が不明で裁判書類が届かない状態にあることから、被告インフォレストに被告スポーツの住所を明らかにするよう求める内容であった(甲25)。
 被告スポーツ代表者とCは、Cの自宅(被告スポーツの事務所としても使用されている)の住所(被告スポーツの商業登記簿上の本店所在地と異なる。)を被告スポーツの裁判書類送達先として原告に伝えることを承諾する旨の承諾書(甲1の2)を連名で作成し、被告インフォレストは、同承諾書を原告に郵送した(甲1の1、証人C)。
2 争点1(原稿料請求の可否)について
(1) 原告は、本件書籍への寄稿は別件書籍の宣伝を兼ねていることから、別件書籍出版契約に基づき被告スポーツが被告インフォレストから受け取った84万円の85パーセントを支払う義務を被告らは負っていると主張する。
 しかしながら、前記認定事実によれば、被告インフォレストが被告スポーツに支払った83万9160円は本件書籍の編集委託費であり、その内訳は執筆者への原稿料や被告スポーツが負担した経費及び同被告への報酬であると認められ、別件書籍出版契約において分配するとされている「ギャランティ」に該当するものと認めることはできない。
 したがって、原告の別件書籍出版契約に基づく原稿料支払請求は理由がない。
(2) なお、事案に鑑み、以下のとおり敷衍する。
ア 前記認定事実のとおり、被告スポーツは、原告に対し、被告インフォレストから出版される書籍に掲載する原稿の作成を依頼し、原告はこれを承諾したこと、その際、原告と被告スポーツの間で原稿料についての協議がされなかったことが認められ、これらの事実からすれば、原告及び被告スポーツとの間で、原告に原稿の作成を委託し、それに対して相当額の対価を支払うことを内容とする契約が成立したものと認められる。
 前記認定事実のとおり、被告スポーツ代表者が原告に対し、本件原稿の原稿料を平成18年6月10日ころに振り込む旨を伝えており、同月12日に被告スポーツから原告の銀行口座に12万円が振り込まれたことからすれば、この振込みは、上記契約に基づく原稿料として支払われたものと認められる。そして、本件原稿の分量・内容、本件書籍に占める本件原稿の割合、本件書籍の発行部数・売上額、被告インフォレストから被告スポーツに支払われた編集委託料の額などの事情を考慮すると、12万円という金額は本件原稿作成の対価として相当なものと認めることができる。
 したがって、原告の原稿料支払請求権は、弁済により消滅したと認められる。
イ この点について原告は、同月12日に被告スポーツから振り込まれた12万円は、別件書籍の発売日に行った記者会見の出演料として支払われたものであり、本件原稿の原稿料は未払いであると主張し、記者会見出演費として発行した領収書(甲36)や「謝礼」として申告した確定申告書の控え(甲40)を提出するとともに、本人尋問において、別件書籍の出版記者会見の出演料を支払うと被告スポーツ代表者から言われた旨供述する。
 しかしながら、前記のとおり12万円の支払が被告スポーツ代表者から原告に振込予定時期として伝えられていた時期に振り込まれたものであることからすれば、本件原稿の原稿料として支払われたものであることは明らかである。上記領収書(甲36)が被告スポーツに交付された形跡はなく、確定申告書の控え(甲40)も被告スポーツの関与なく原告が作成したものであることに照らすと、これらの証拠は前記判断を左右するものではない。また、上記記者会見により被告スポーツに何らかの収入があった事情は窺われないことから、別件書籍の出版記者会見の出演料を支払うと被告スポーツ代表者から言われたとする原告の供述はにわかに信用することができず、原告の主張は採用することができない。
(3) 以上のとおりであるから、原告の被告らに対する原稿料支払請求は理由がない。
3 争点2(本件書籍のタイトルを「八百長伝説」としたことによる名誉毀損の成否)について
 原告は、自ら寄稿する本件書籍が「八百長伝説」というタイトルで出版されたことにより、原告が今までプロレスラーとしてリングで闘ってきたことが八百長であったというように世間から誤解されることにより名誉を毀損されたと主張する。
 しかしながら、前記認定事実のとおり、原告は、本件書籍を「ケーフェイ伝説」とのタイトルで出版することは了承していたものである。「ケーフェイ」とは造語であり、一義的な意味があるとはいえないものの、八百長との意味と解されることもあること(乙5)、原告が自らの師匠であるプロレスラーのDについて「勝敗の取り決めのない試合は一度もやったことがない」と本件原稿に記述しており、八百長(前もって勝敗を決めておき、うわべだけの勝敗を争うことの意)と評され得る表現をしていること(甲4の1・2)からすれば、本件書籍に「八百長伝説」とのタイトルが付けられたことにより、原告の名誉が毀損されたものと認めることはできない。
 したがって、この点に関する原告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
4 争点3(B元議員のメールアドレスを掲載したことによる名誉毀損の成否)について
 原告は、B元議員から送信されてきたとされる携帯メールが、送信者のメールアドレスを黒塗りすることなく本件書籍に掲載されたことにより、B元議員から名指しで刑事告訴したと記者会見で言われ、これにより原告の名誉が毀損されたと主張する。
 しかしながら、前記認定事実によれば、B元議員が原告を刑事告訴したのは、本件書籍や週刊誌(乙3)に記載されたB元議員が原告に脅迫メールを送ったとする内容が虚偽であることを理由とするものであって、メールアドレスが掲載されたことを原因とするものであるとは認められない。
 したがって、上記携帯メールの送信者のメールアドレスを本件書籍に掲載したことと、B元議員から名誉毀損で原告を告訴したと発表されたこととの間に因果関係を認めることができず、この点に関する原告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
5 争点4(虚偽の被告スポーツの住所を伝えたとする不法行為の成否)
 原告は、被告らから伝えられた被告スポーツの住所で商業登記簿謄本を取ることができなかったことから同住所は虚偽の住所であり、被告らは、原告に虚偽の住所を伝えることで本件訴訟提起を困難にしたと主張する。
 しかしながら、前記認定事実のとおり、原告は、被告スポーツが商業登記簿上の住所に存在せず、裁判書類の送達ができない状態にあることを伝えた後、被告スポーツの送達先とすべき住所を知りたいと被告インフォレストに依頼したことが認められ、このことからすれば、上記依頼は、被告スポーツの商業登記簿上の住所を尋ねるものではなく、被告スポーツにあてた裁判書類が受領される住所を尋ねたものであると解される。そして、被告らが原告に伝えた被告スポーツの住所は、同被告取締役のCの自宅であり、そこは被告スポーツの事務所として使用されていたというのであるから、同住所を原告に伝えたことは何ら違法なものとはいえない。
 原告は、被告らが被告スポーツの商業登記簿上の本店所在地の住所でない住所を知らせてきたことが不法行為に当たると主張する。しかしながら、上記の経過に照らすと、原告が被告スポーツの商業登記簿上の本店所在地の住所を上記依頼の当時既に知っており、そのことを被告らも認識していたことは明らかであるから、上記依頼の趣旨を被告スポーツの商業登記簿上の本店所在地の住所を尋ねるものであったと解することはできず、原告の主張は採用することができない。
 したがって、この点に関する原告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
6 争点5(被告インフォレストによる侮辱を理由とする不法行為の成否)
 原告は、被告インフォレストが「どうしてもこのタイトルで納得できないなら、『降りる』という選択肢もあったはず。自らの優柔不断を棚に上げて」と記載された書面を送ったことをもって、不法行為と主張する。
 しかしながら、被告インフォレストが原告に郵送した書面は、全体としてみれば、本件書籍のタイトルを「八百長伝説」としたことについて原告から「詐欺的行為」や「名誉毀損行為」などと書面で非難されたことに対する反論として、原告が書籍出版前に本件書籍のタイトルを「八百長伝説」とされていることを知っていたのに、その出版の差止め等を求めることをせずに出版を黙認しておきながら、出版後になってからタイトルが気に入らないと言って被告を非難することは態度として一貫しないことを指摘することに主眼があると認めることができるのであり、書面中に「自らの優柔不断を棚に上げて」という表現をしたことについては、いささか適切さを欠く面があるものの、原告を侮辱する違法な行為であるとまでいうことはできない。
 したがって、この点に関する原告の不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。
7 結論
 よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 山門優
 裁判官 舟橋伸行
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