判例全文 line
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【事件名】「弁護士のくず」著作権侵害事件
【年月日】平成21年12月24日
 東京地裁 平成20年(ワ)第5534号 著作権翻案物発行禁止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年10月29日)

判決
原告 X
同訴訟代理人弁護士 芳永克彦
同 内藤隆
同 福山洋子
被告 株式会社小学館
被告 Y
被告ら訴訟代理人弁護士 福井健策


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、被告Yを著作者とする漫画「弁護士のくず」『蚕食弁護士』を掲載した書籍を発行し、頒布してはならない。
2 被告らは、各自、原告に対し、500万円及びこれに対する平成20年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、@ 被告Yが執筆し、被告株式会社小学館(以下「被告小学館」という。)の発行する雑誌「ビッグコミックオリジナル」(以下「本件雑誌」という)に掲載された。漫画「弁護士のくず」『蚕食弁護士』(以下「被告書籍」という。)の出版、頒布行為は、原告の執筆したノンフィクション小説である書籍「懲戒除名”非行”弁護士を撃て」(以下「原告書籍」という。)について原告が有する著作権(翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権、著作者の名誉声望)を侵害する、又は、A 被告書籍は、原告書籍を無断で利用して作成されたものであり、被告書籍を出版、頒布する行為は、社会的に許容される限度を超えた違法な行為であって民法上の一般不法行為(709条)が成立すると主張して、被告らに対し、著作権及び著作者人格権侵害の停止又は予防として被告書籍の出版等の差止めを求めるとともに、主位的に、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づき、予備的に、民法上の一般不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告は、昭和50年に東京弁護士会に弁護士登録をし、同会に所属する弁護士である(甲1)。
 被告小学館は、雑誌書籍の出版等を目的とする株式会社であり、本件雑誌を毎月2回(5日及び20日)、全国の書店、販売所において発行している。
 被告Yは、漫画家であり、平成16年ころから本件雑誌に漫画「弁護士のくず」を連載している。「弁護士のくず」は、白石誠法律事務所に所属する九頭(くず)弁護士(以下「九頭」という。)を主人公とする物語であり、他の登場人物として、白石誠所長(以下「白石所長」という。)、白石所長の息子で九頭の同僚である白石寿仁也(じゅにや)弁護士(以下「寿仁也」という。)、同じく九頭の同僚である新人の武田弁護士などがいる(乙7の1ないし7の5)。
(2) 原告書籍
ア 原告書籍の発行(甲1)
 原告は、平成5年から平成13年までの間に同人が弁護士として体験した後記イの事件(以下「本件事件」という。)を基に、ノンフィクション小説である原告書籍を執筆し、同書籍は、平成13年9月28日、株式会社太田出版から発行された。原告は、原告書籍について、著作権及び著作者人格権を有している。
イ 本件事件(乙1ないし3、9の1、甲1、8)
(ア) 本件事件の関係者
a α2は、潟ソ8の代表取締役であり、同社の発行済み株式総数14万株のすべて(以下「本件株式」という。)を所有していた。α3はα2の妻であり、α4はα2とα3の子である。
b 潟ソ8は、同社が東京都江東区千石に所有する5200坪の土地(以下「本件土地」という。)で駐車場を経営しており、同土地の時価は100億円以上と評価されていた。
c α1は、昭和52年に第二東京弁護士会に弁護士登録をし、同会に所属していた元弁護士であり、後記のとおり、本件事件に関与したことを理由に、平成9年3月、同弁護士会から除名処分を受けた。
 α1は、潟ソ8の顧問弁護士を務め、昭和61年にα2から本件株式の信託を受け、昭和62年に潟ソ8から本件土地の信託を受けていた。
(イ) 本件土地に対する担保権の設定及び担保権の実行
 潟ソ8は、昭和62年初めころから不動産事業に乗り出し、その経営判断をα1に委ねていった。
 潟ソ8は、東京都千代田区神田神保町所在の土地(以下「神保町の土地」という。)のいわゆる地上げ計画に関連して、昭和63年に合資会社東洋キネマ(以下「東洋キネマ」という。)から神保町の土地を代金30億円で購入し、地上げをした上で、平成3年に中外鑛業株式会社(以下「中外鑛業」という。)に対して同土地を代金約95億円で転売した。
 なお、中外鑛業は、α1の顧問先である株式会社東洋機工(以下「東洋機工」という。)の系列会社であり、神保町の土地を購入する資金を有しなかったため、大和ファイナンス株式会社(以下「大和ファイナンス」という。)から115億円を借り入れて上記代金の内金約87億円を潟ソ8に支払い、α1は、同代金の中から、同人の弁護士報酬として約8億円を受領した。また、上記借入れの際、潟ソ8は、大和ファイナンスに対し、本件土地を担保として提供した。
 ところが、中外鑛業は、平成4年4月ころから上記借入金の返済ができなくなり、同年11月に本件土地について競売開始決定がされ、平成9年2月、本件土地は競落され、潟ソ8は、本件土地の所有権を失った。
 さらに、潟ソ8は、同社と東洋キネマとの間の神保町の土地の売買契約について、東洋キネマから、同契約は東洋キネマの無限責任社員2名のうち1名の承諾を得ていないから無効であるとして、東京地方裁判所に同契約の無効確認を求める訴えを提起され、同裁判所は、平成4年11月18日、東洋キネマの請求を認容する旨の判決を言い渡した。
(ウ) 潟ソ8の新株発行及び本件株式の一部のα3への贈与
 潟ソ8は、平成4年11月、新株6万株を発行し、α1の法律事務所の元事務員が代表取締役である有限会社ブルータス(以下「ブルータス」という。)が、新株のすべてを引き受けた。また、本件株式のうち5万株が、平成5年1月、α2からα3に贈与された(なお、α2は、後記(カ)の裁判において、α3への上記贈与は、本件株式の信託を受けていたα1がα2に無断で行ったものであると主張した。)。
(エ) α2から原告に対するα1の解任手続の委任
 α2は、上記(イ)のとおり、本件土地が担保権の実行により失われるおそれが出てきたこと、神保町の土地の売買契約について東洋キネマから無効確認訴訟が提起され、同土地の確保自体に不安が生じたこと、潟ソ8の経営内容についてα1が十分に説明をしてくれないことなどから、平成5年初めころには、α1に対して不信感を抱くようになった。
 そこで、α2は、弁護士である原告に対し、α1を潟ソ8の顧問弁護士から解任し、α2及び潟ソ8とα1との間の法律事務の委任契約並びに本件土地及び本件株式の信託契約を解除することを委任した。
 原告は、上記委任を受けて、平成5年4月、α2及び潟ソ8の代理人として、α1に対し、上記委任契約及び信託契約を解除する旨を通知し、信託財産及び受任事務に関する一件記録の返還を求めた。
(オ) α2の潟ソ8代表取締役からの解任及び本件株式の差押え、競売
a これに対し、α1は、上記解任及び解除の意思表示に先立つ取締役会決議によりα2は潟ソ8の代表取締役を解任されているため、上記解任等の意思表示は無効であると主張した。
 すなわち、潟ソ8の当時の取締役は3名であり、α2のほか、α1の法律事務所の事務員であるα5及び同事務所の事務員であるα6の弟のα7が取締役に就いていたところ、α2の知らないうちに、α2を潟ソ8の代表取締役から解任してα7を代表取締役に選任した旨の取締役会議事録が作成され、その旨の登記手続がされていた。
b さらに、潟ソ8は、昭和61年ないし62年に作成された、潟ソ8を債権者としα2を債務者とする2通の執行受諾文言付き債務弁済公正証書に基づき、平成5年6月、同証書に記載された貸金債権約1億3000万円を執行債権として、α2がα1に対して有する本件株式9万株の引渡請求権を差し押さえた(なお、α2は、後記(カ)の裁判において、上記公正証書に記載された債権は架空のものであると主張した。)。本件株式9万株は、同年7月に競売に付され、α2の妻のα3によって6642万円で競落されたが、α3は、競売代金の調達に関与しておらず、取得した株式も直ちにα1に信託した。
 なお、潟ソ8による上記強制執行は、権利行使の名目で行われたものであるものの、執行債権である上記貸金債権は、それまで5、6年近くも放置されていたものであり、強制執行の真の目的は、α2を潟ソ8の株主から排除することであった。また、α1は、単なる助言者にとどまらず、これに主体的に関与していた。すなわち、α1は、α3に対し「α2が9万、 株を事件屋や暴力団のような者に譲渡しては大変なことになるので、そうならないうちに多少強引でも競売で完全に奪い取る必要がある。」などと説明し、この説明を信じたα3及び子のα4がα1の意見に賛成し、これにα5及びα7が従った結果、α2の知らないところで、潟ソ8がα2に対して上記強制執行を行うことが決定された。
c 次いで、α3及びブルータスが出席した潟ソ8の株主総会が、平成5年8月ころに開催され、α2を潟ソ8の取締役から解任し、新取締役にα3及びα4らを選任する旨の決議がされた。そして、同日に開催された取締役会において、α4が代表取締役に選任された。
d α2は、上記aの取締役会決議は適法な招集手続を経ていないとして、α7の代表取締役選任を争い、原告を代理人として、東京地方裁判所に対し、α7の職務執行停止の仮処分を申し立てた。
 東京地方裁判所は、α2の申立てを認めてα7の職務執行停止の仮処分決定を行う予定であったところ、かかる決定がされる直前に、上記b及びcのとおり本件株式が競売されてα2が潟ソ8の株主の地位を失い、潟ソ8の取締役からも解任されるとなどしたため、α2の申立ては却下された。
(カ) α1に対する民事訴訟の提起
a α2は、平成5年、原告を訴訟代理人として、α1が上記(オ)bのとおり潟ソ8に本件株式を差し押さえさせ、競売によりこれを喪失させたことは、α2とα1との間の信託契約に違反するなどと主張して、α1に対して約13億円の損害賠償を求める訴えを東京地方裁判所に提起した。
 東京地方裁判所は、平成10年3月、α1がα2との信託契約が解除された後も本件株式を返還しなかった行為は、信託契約の終了に伴う原状回復義務の履行遅滞であり、さらに、α1は、α2を除く潟ソ8の執行部に働きかけて本件株式を差し押さえさせ、競売により上記原状回復義務の履行を不能にしたと認定し、α1に対して損害賠償金約1億円の支払を命じる判決を言い渡した。α1は、同判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが、同裁判所は、同年10月、控訴を棄却した。
b α3及びα4は、上記(オ)bのとおり、当初はα1を信頼し、本件株式の差押え及び競売や、α2を潟ソ8の取締役から解任することに協力していたが、その後、α1に対して不信感を抱くようになり、原告に対して協力するようになった。
 そして、潟ソ8は、原告を訴訟代理人として、α1が前記(ウ)のとおり神保町の土地の地上げ転売が成功していないにもかかわらず約8億円の報酬を受け取ったことに関する損害賠償請求訴訟等を東京地方裁判所に提起し、同裁判所は、平成10年11月、潟ソ8の請求を認容する判決を言い渡した。
 潟ソ8は、そのほかにも、原告を訴訟代理人として、α1やブルータスらに対する損害賠償請求訴訟を提起しており、いずれの訴訟においても、原告勝訴(一部勝訴のものや、一審で敗訴したが控訴審で勝訴したものを含む。)の判決が言い渡された。
(キ) α1に対する懲戒請求及び弁護士会による除名処分
 α2は、平成5年8月、原告を代理人として、α1の所属していた第二東京弁護士会に対し、@ α1が、事実上東洋機工グループの代理人でありながら、潟ソ8の代理人として、同グループに属する中外鑛業との間で神保町の土地の売買契約を行ったことが、民法108条で禁じられている双方代理に当たること、A α1は、法が禁ずる双方代理によって、売主である潟ソ8が買主である中外鑛業の売買代金調達のために本件土地を担保に入れるという、潟ソ8にとって危険な取引を行い、その結果、潟ソ8に本件土地の所有権の喪失という損害を被らせる一方、潟ソ8から上記取引に関する報酬等の名目で約8億円を受領したこと、B 解任後にα1が行った、α2の潟ソ8の代表取締役からの追放、信託を受けていた潟ソ8の株式の返還拒否、同株式の差押え及び競売が懲戒事由に当たるとして、α1に対する懲戒請求の申立てをした。
 第二東京弁護士会は、平成9年3月、上記請求を理由あるものと認め、α1を除名する旨の懲戒処分を行った。
ウ 原告書籍の概要
 原告書籍は、第1章ないし第8章(終章)の本文部分に、「まえがき」及び「あとがき」を加えた小説であり、総頁数は318頁である。各章の見出し及び主な内容は、次のとおりである。
(ア) 第1章「諸戦完敗(1993.4 〜 1993.5) 資産100億の御曹司を食い物にした悪徳弁護士に挑む」(原告書籍11-36 頁)
a X弁護士(原告)は、学生時代にベトナム反戦運動や全共闘運動に参加した経歴を持ち、ほぼ同世代で同様の運動体験を持つ同僚2人(β1弁護士、β2弁護士)と、新宿に共同事務所を持っている。
 原告は、平成5年4月16日、株式会社林田(以下「蒲ム田」という。)の代表取締役で同社の株式すべて(14万株)を所有する林田則男(以下「則男」という。)から、蒲ム田の顧問弁護士である稲山信実(以下「稲山」という。)に100億円近い資産を食い潰されそうなので、稲山を解任して、奪われた資産を取り戻したいとの依頼を受け、軽い気持ちでこれを引き受ける。
b 原告が上記依頼を受けたときに則男から聞いた内容に、その後に原告が収集した情報を加えると、事の概要は、次のとおりである。
(a) 蒲ム田は、東京都大田区大森に約5200坪の土地(時価100億円以上。以下「大森の土地」という。)を所有し、これを駐車場として賃貸していた。
(b) 稲山は、則男から、同人の所有する蒲ム田の株式すべての信託を受けたほか、蒲ム田から、大森の土地の信託を受けていた。また、稲山は、蒲ム田の3名の取締役のうち、則男を除く2名に自分の法律事務所の事務職員である野本弘夫(以下「野本」という。)及び魚沼昭雄(以下「魚沼」という。)を就任させ、蒲ム田の経営を完全に支配した。
(c) 則男は、頼りない性格で、稲山に意のままに操られ、稲山の言われるままに、稲山に有利な書類(遺言書、領収書、誓約書等)を簡単に作成してしまうような人物である。則男は、蒲ム田の経営のすべてを稲山に任せ、大森の土地の賃料収入もすべて稲山の口座に振り込まれ、稲山から毎月の生活費として100万円程度(なお、このうち50万円近くは、稲山が、則男の妻である林田好子(以下「好子」という。)に送金していた。)をもらうだけであった。則男は、いろいろと女性問題を起こして家族を悩ませ、家計についても十分な手当をしなかったため、好子は、稲山に感謝し、同人を信用していた。
(d) 蒲ム田は、昭和63年7月、合資会社昭和シネマ(以下「昭和シネマ」という。)から、豊島区池袋所在の土地(以下「池袋の土地」という)を30。億円で購入し、建物の借家人らを立ち退かせた上で、平成3年6月、約95億円で木下産業株式会社(以下「木下産業」という。)グループの国際メタル株式会社(以下「国際メタル」という。)に転売した。稲山は、当時、木下産業の顧問もしており、この立場を利用しての土地転がしであった。国際メタルは、池袋の土地の購入代金を調達するため、新和ファイナンス株式会社(以下「新和ファイナンス」という。)から115億円を借り入れ、蒲ム田に対し、上記代金のうち約87億円を支払った。なお、蒲ム田は、上記借入れに当たって、大森の土地を国際メタルのために担保に入れた。
(e) しかし、その後、昭和シネマと蒲ム田の池袋の土地の売買が、昭和シネマの無限責任社員2人のうち1人の承諾しか得ていないため無効であるとして、昭和シネマのもう1人の無限責任社員から訴訟を起こされ、一審で蒲ム田が敗訴した。そうこうしているうちに、国際メタルは、1年後の返済期日に上記借入金の返済をすることができなくなり、大森の土地は前記担保権の実行により競売に付されることになってしまった。
(f) ところが、稲山は、上記(d)の数字上の転売益を根拠にして、蒲ム田から約8億円の報酬を受け取り、また、稲山の法律事務所の元事務員が代表者である有限会社オリーブ(稲山の分身ともいうべきペーパーカンパニー。以下「オリーブ」という。)も、転売の仲介報酬として、蒲ム田から約3億円の報酬を受け取っていた。
(g) 則男は、稲山が蒲ム田のことを全く則男に報告せず、大森の土地は担保に入れられて失われてしまう可能性が高くなり、池袋の土地をめぐる裁判では敗訴したことから、さすがに不安になり、稲山に不信感を持つようになった。そこで、則男は、則男の愛人のβ3の紹介で中小企業連合会に相談し、同連合会から、同連合会の顧問を務めていた弁護士である原告を紹介された。
c 原告は、平成5年4月23日、稲山に対し、同人を蒲ム田の顧問弁護士から解任する旨を通知し、同月27日に一件書類の引渡しを受けるために稲山法律事務所へ赴く旨を連絡する。原告は、同月27日、稲山事務所を訪れ、稲山に対し、同人の不正が明らかになったので解任することを伝え、蒲ム田及び則男関係の書類をすべて返すよう求める。これに対し、稲山は、いろいろと整理しなくてはならないこともあるので書類の引渡しは5月9日にしてほしいと述べ、原告は、これを了承する。原告は、この際、稲山の様子を見て、ひ弱そうで一発脅かしてやれば簡単に事件が解決すると稲山を侮る。
d 原告は、5月9日、再び稲山事務所を訪れ、上記書類の返還を求める。これに対し、稲山は、則男が4月27日付けで蒲ム田の代表取締役から解任され、現在の代表取締役は魚沼であること、稲山は魚沼の委任を受けて引き続き蒲ム田の顧問弁護士の任にあるので、書類を返還することはできない旨を述べる。
 原告は、稲山に対し、「そんな取締役会がいつなされた。開催通知だって受け取っていないぞ」、「ふざけるな。こんなことが許されると思っているのか。これは犯罪だ。」などと抗議するが、稲山は、「通知は口頭でしました」と述べ、原告の抗議に応じない。
 原告は、稲山が想像以上に悪質かつ周到な人物であることを知り、これまでの弁護士生活の中で接したことのない得体の知れない人物を相手にしているのかと不気味な感じを抱き、この事件は怒りだけでは勝てないと思う。
(イ) 第2章「反撃への準備(1993.6 〜 1993.8) 盟友・キツネ目の男、β4が参戦」(同37-60 頁)
a 原告は、則男の依頼を受けて本格的に稲山との闘いを始めるが、稲山側に資料も株も何もかも押さえられているため、裁判を起こせるだけの情報を集め、共に闘ってくれる盟友を必要とする。
 原告の学生運動仲間であるβ4は、バブル経済期に都心の地上げなどで活躍し、昭和59年に起きたいわゆるグリコ・森永事件では、その容貌がモンタージュ写真によって容疑者として手配された「キツネ目の男」にそっくりであったことから、グリコ・森永犯に擬せられたことがあった。
 原告は、以前にβ4と会った際にβ4がバブル期に池袋で地上げをしていた話が出ていたことを思い出し、β4に連絡を取ったところ、同人が池袋の土地の地上げに深く関与していることを知り、共同戦線に参加してもらう。
b 原告がβ4の協力を得て稲山に対する反撃の準備を整えている間に、稲山は、β3を説得して則男との争いを止めさせようとし、それが効を奏さないとみると、β3を脅しにかかり、好子の代理人であるβ5弁護士から、β3に対し、則男との不貞行為を理由として1億円の損害賠償を求める旨の内容証明郵便が送られる。また、則男は、前記のとおり稲山から毎月送金を受けていたが、稲山を解任したとたん、稲山からの送金を止められる。
c 稲山は、則男を蒲ム田の代表取締役から追放するに当たり、則男の家族に対し、「β3が同和団体と組んで蒲ム田の乗っ取りを図り、則男に稲山を解任させた、このままでは蒲ム田はβ3の自由になる、それでもいいのか」などと迫り、稲山に対する支持を取り付けていた。
 原告は、則男の家族の気持ちを稲山側から取り戻さなければならないと思い、則男とともに好子の下を訪れ、好子及び則男の継母β6と面談し、稲山の不正を説明して好子らを説得しようとするが、好子は一切しゃべらず、説得に失敗する。
 原告は、その2週間後、再度好子らを説得しようとして、アポイントを取らずに好子ら宅を訪問するが、インターホン越しに応対した好子は、β6は不在である、帰ってくれの一点張りで、またも説得に失敗する。
d さらに、稲山は、則男が稲山を解任したことの報復として、2通の公正証書(則男が蒲ム田から合計3億5000万円を借り入れた旨が記載されている)に基。づき、蒲ム田をして、則男が稲山に預けていた蒲ム田の株式9万株を差し押さえさせた上、同株式を競売に付させ、好子に競落させる(なお、上記公正証書も、則男が稲山の意のままに作成したものであり、実際に借入れが行われたものではない。)。また、稲山は、平成4年11月に蒲ム田に新株6万株を発行させ、これをオリーブに引き受けさせたほか、平成5年1月に則男所有の蒲ム田の株式のうち5万株を好子に贈与していた(なお、この贈与も、則男は承知していない。)。
e 則男は、同人を解任して魚沼を蒲ム田の代表者にしたのは無効であると主張し、原告を代理人として、魚沼の代表者としての職務執行停止及び職務代行者の選任を求める仮処分を申し立てる。これに対し、稲山は、同申立てに対する裁判所の決定がされる直前に、蒲ム田の株主総会を開催し、魚沼に代表取締役を辞任させ、則男の息子である林田宏(以下「宏」という。)を代表取締役に就任させる。
 則男は、改めて、宏を相手方として仮処分の申立てをするが、その時には、上記のとおり則男の所有する蒲ム田の株式のすべてが競売され、則男は株主ですらなくなっていたため、これらの申立てはいずれも却下される。
(ウ) 第3章「いざ、反撃へ(1993.8 〜 1995.12) 悪徳弁護士に「除名」の鉄槌を!」(同61-100 頁)
a 則男は、平成5年8月、原告を代理人として、稲山の属する第二東京弁護士会に対し、稲山の懲戒請求を申し立てる。申立ての理由は、@ 稲山が、事実上木下産業グループの代理人でありながら、蒲ム田の代理人として、同グループの国際メタルとの間で池袋の土地の売買契約をしたことは、民法の禁ずる双方代理に当たること、A 稲山は、法の禁ずる双方代理によって、蒲ム田にとって危険な取引を行い、蒲ム田に損害被らせる一方、稲山及びオリーブは、報酬等の名目で約12億円を得たこと、B 稲山は、則男に解任されると、その報復として、則男を蒲ム田の代表取締役から追放し、則男から寄託を受けていた蒲ム田の株式の返還を拒否し、蒲ム田に同株式を差し押さえさせ、競売させたこと、である。第二東京弁護士会綱紀委員会は、平成6年6月、上記申立てに対し、「懲戒相当」との結論を下し、同弁護士会懲戒委員会での審理が始まる。この件は、新聞、テレビ、週刊誌にも大きく取り上げられる。
b 一方、則男は、蒲ム田からの代表取締役の報酬の支払を稲山に止められ、則男の個人口座も(稲山の意向により)蒲ム田に差し押さえられたため、無一文となる。原告にとって、則男の生活をどう支えるか、裁判費用をどうするかが大きな問題になり、原告自身も少しは援助するが、学生運動仲間であるβ7及びβ8に対して共同戦線への参加を呼びかけ、β7から資金の提供を受ける。また、則男の身の安全を確保し、則男に対する稲山側からの寝返りの勧誘を防ぐため、β8が伊豆で経営する旅館に則男を避難させる。
c 則男は、平成6年4月、稲山が池袋の土地の転売に絡み蒲ム田からオリーブに仲介手数料名義で約3億円を支払わせたことが背任又は横領に当たるとして、原告を代理人として、東京地方検察庁に稲山を告発する。しかし、検察庁の事情聴取に対して則男がうまく対応できなかったり、被害者であるはずの好子が稲山をかばうなどしたことから、捜査は難航する。また、β4が、裁判所内で野本に暴行をふるって負傷させたとの容疑で逮捕されたり(ただし、勾留はされずに釈放される。)、原告が稲山から懲戒請求(上記暴行事件に関与したことや、マスコミを使って虚偽の報道をさせたこと、事件屋(β4)と組んで稲山を解任させ、蒲ム田を乗っ取ろうとしていることなどを懲戒事由とする。)を受ける(約半年後、東京弁護士会は、「懲戒不相当」との決定をする。)など、則男陣営の苦戦が続く。稲山に対する懲戒請求についての第二東京弁護士会懲戒委員会での審理も、なかなか結論が出ない。
(エ) 第4章「被害者同盟の成立と内部分裂の危機(1996.1 〜 1996.12)」(同101 頁-158 頁)
a 木下産業は、稲山が顧問を務めていた会社であるが、稲山の息のかかった国際メタルの社員によって数十億円の資産を横領されたため、稲山らに対し約3億円の損害賠償の支払を求める訴えを起こしていた。原告は、木下産業のβ9社長との連携を模索し、β9社長は、原告に対する側面援助を約束する。
b 一方、稲山との闘いが長期化し、膠着化する中、則男陣営の全員が、それぞれの立場でいらいらを募らせるようになり、β4は、原告に対し、稲山との和解(稲山が則男に2、3億円を支払い、則男は稲山に対する懲戒請求を取り下げる。)を勧める。原告は、いったんはこれを拒否するが、β7やβ8からも、「和解によって則男の生活を保障することができるならば、稲山側と和解してもよいではないか」と、和解を強く勧められ、乗り気ではなかったものの、条件次第では稲山との和解に応じることとする。しかし、稲山は、則男側の提示した条件の受入れを拒み、和解交渉は決裂する。
(オ) 第5章「形勢逆転!(1997.1 〜 1997.7) 稲山に除名処分」(同159頁-176 頁)
a 第二東京弁護士会懲戒委員会は、平成9年3月、稲山を除名処分とする決定を下す。さらに、同年4月、稲山が上記懲戒委員会の審議内容を録音したテープを不正に入手していたことが、週刊誌の記事により明らかにされる。第二東京弁護士会は、同会の事務局次長であるβ10が録音テープ流失の犯人であるとして、同人を懲戒免職にする。
b 則男は、稲山によって蒲ム田の取締役を追放され、株主としての権利を奪われたことについて、稲山に対して10億円の損害賠償を支払うよう求める訴えを東京地方裁判所に提起していたところ、同裁判所は、平成10年3月、原告の請求の一部を認め、稲山に約1億円の支払を命じる判決を言い渡す。
(カ) 第6章「稲山陣営分裂!(1997.7 〜 1998.1) β5弁護士、そして好子がわが陣営へ」(同177-217 頁)
a β5弁護士は、録音テープ流出事件でβ10次長が懲戒解雇されたにもかかわらず、「大の虫(稲山)を生かすためには小の虫(β10)を殺すことも仕方ない」と平然と言い放つ稲山に対し、愛想を尽かし始め、原告の説得に対して心を開くようになる。また、好子も、稲山から、絶対に危険のない取引であると言われ、断る余地を与えられないまま、株の信用取引に2億円を投資させられたにもかかわらず、結局、同取引で2億円の損失を被った上、これに抗議した好子に対し、同取引は好子が承諾して行ったものであり、責任は好子にあるかのような返事をされたことから、稲山に不信を抱くようになり、β5弁護士とともに、則男陣営に加わる。
b これに対し、稲山は、好子から預かっていた蒲ム田の株式9万株を好子に無断で譲渡して蒲ム田の乗っ取りを策動したり、オリーブを請求人としてβ5弁護士に対する懲戒請求(上記録音テープ流出事件に関与したことを理由とする。)を申し立てたり、林田家やβ9社長に対して陰湿な怪文書攻撃を行うなどしたりする。
(キ) 第7章「追撃、また追撃(1998.2 〜 1998.12)」(同219 頁-293 頁)
a 好子が則男陣営に加わった後、蒲ム田は、原告を訴訟代理人として、稲山らに対して複数の民事訴訟(損害賠償請求訴訟等)を提起する。これらの裁判は、稲山の卑劣な裁判引き延し戦術にあったり、要領を得ない供述をする則男の証人尋問に悩まされたりしたものの、おおむね蒲ム田側有利のうちに進み、勝訴を重ねる。
b 稲山は、平成10年5月、偽造商品券500万円を換金しようとして金券ショップに持ち込むが、偽造と見破られ、詐欺未遂の容疑で逮捕される(なお、その後、処分保留で釈放される)。原告は、さらに稲山を追い詰めるべく、稲山が好子の株式9万株を無断で処分した件について、好子の代理人として、稲山を告訴する。一方、β5弁護士は、平成11年3月、第二東京弁護士会から、業務停止1年8か月の懲戒処分を受ける。
c 稲山の豪邸は、抵当権者である銀行によって競売に付される。稲山は、他者が落札できないように賃借権を設定するなどの競売妨害工作を行うが、これを察知した則男陣営は、稲山側に競り勝って上記豪邸及び稲山の別荘を落札し、稲山に打撃を与える。
d 平成12年に入り、グリコ・森永事件の時効の完成が近づく。β4は、同人が作成した陳述書の中に稲山を中傷する記載があったとして、稲山から名誉毀損で告訴されていたが、そのころ、警察から事情聴取のため出頭を求められる。β4は、上記時効の完成時にいろいろ騒ごうと思っていたため、逮捕されることを恐れるが、結局、逮捕には至らない。
(ク) 終章「勝者なき闘い」(同295 頁-313 頁)
 則男や蒲ム田が提起した稲山関連の裁判13件は、すべて則男側の勝訴に終わり、林田家は、池袋の土地ほか1筆を失うことなく済む。しかし、稲山が隠している資金を探し出し、これを差し押さえるまでは、稲山との闘いは終わらない。また、好子が稲山を告訴していた件では、結局、稲山に対する強制捜査は見送られる。原告は、事件を振り返り、「この物語には勝者はいない」との感慨を抱く。
エ 原告書籍には、別紙主張対照表(以下「別紙対照表」という。)の「原告書籍」欄記載の記述が存在する。
(3) 被告書籍
ア 被告Yは、原告書籍(小説)を参考として被告書籍(漫画)を執筆し、被告小学館は、次の@ないしCのとおり、合計4回(96頁)にわたって、被告書籍を本件雑誌に掲載した。なお、このように被告書籍が本件雑誌に掲載される以前に、「弁護士のくず」シリーズは、本件雑誌にcase1(第1話)からcase57(第57話)までが掲載され、単行本も、第1巻ないし第6巻が被告小学館から発行されていた。また、それまでの連載の中で、九頭については、毒舌で露悪的ではあるが、建前、外面、体裁、面子などをかなぐり捨てて人間の本音を見せられる、信用できる弁護士として描かれ、寿仁也については、態度は大きいが仕事ができないダメ弁護士として描かれている。
@ 「case58.蚕食弁護士@」(平成20年1月5日号)
A 「case59.蚕食弁護士A」(同年1月20日号)
B 「case60.蚕食弁護士B」(同年2月5日号)
C 「case61.蚕食弁護士C」(同年3月5日号)
イ 被告書籍(漫画)のあらすじは、次のとおりである。
(ア) 蚕食弁護士@
a 寿仁也のもとを、株式会社富鳥(以下「兜x鳥」という。)の代表取締役で、同社の株式の80%を所有する富鳥央一(以下「央一」という。)及びその愛人の円野綺麗女(以下「円野」という。)が相談に訪れ、兜x鳥の顧問弁護士の亜喰妖児(以下「亜喰」という。)が多額の横領をしているので、これを解任して不正を暴いて欲しいと訴える。円野は、寿仁也に対し、蒲ム田は、央一の父が残した広大な土地(資産約100億円)で駐車場等を経営している不動産管理会社であること、亜喰は、央一から会社を任せきりにされているのをいいことに、億の単位で横領をしていることを説明する。寿仁也は、央一の依頼を承諾し、事件を解決すれば多額の報酬が入り、悪徳弁護士の横領事件を解決した正義のヒーローとしてメディアに取り上げられると期待する。
b 寿仁也は、亜喰に対して内容証明郵便を送り、兜x鳥の顧問弁護士を解任する旨を通知した上、亜喰の事務所で同人と面談し、同人が預かっている兜x鳥の書類等の返還を求める。寿仁也は、亜喰の要望により、上記書類等の返還を1週間猶予し、その際の亜喰の慌てた様子を見て、同人を侮る。
c ところが、亜喰は、1週間後に同人の事務所を訪れた寿仁也に対し、昨日開かれた取締役会で央一が兜x鳥の代表取締役を解任され、甲斐雷太(以下「甲斐」という。)が新たに代表取締役に選任されたこと、取締役会の通知は一週間前に口頭で央一に伝えたこと、亜喰は甲斐から引き続き顧問弁護士の委任を受けたことを伝え、書類等の引渡しを拒む。寿仁也は、憤慨し、亜喰に対し、「デタラメ言うんじゃねぇ!」、「雇われてる顧問弁護士が社長をクビにするなんてそんなバカな話があるかーっ!」などと言って抗議する。寿仁也は、亜喰が自分の関係者2名を形式的に兜x鳥の取締役にしておき、自分がクビになるのを防ぐために、形式的に取締役会を開いたことにして央一を解任したことを知る。
d 寿仁也は、央一の家族が亜喰にだまされていると考え、富鳥家を訪ね、央一の妻待子(以下「待子」という。)に面会を求めるが、先回りしていた亜喰の指示を受けた待子は、面会を断る。亜喰は、待子に対し、今回の事件は円野が亜喰を排除して兜x鳥を食い物にするために仕掛けてきたものであり、円野の背後には暴力団の影がちらついている、このままでは央一の保有する株が円野を通して闇社会に流出するおそれがあるため、富鳥家のために会社を守る体制を作らなければならないと説得する。
e 一方、央一は、兜x鳥の代表取締役の報酬として受け取っていた毎月100万円の支払を亜喰に止められた上、央一の個人口座も、兜x鳥からの借金があるとして差し押さえられる。また、待子から不倫の慰謝料1億円を請求された円野がいなくなってしまったため、泊まる所もなく、生活に困窮し、寿仁也に借金を申し込む。寿仁也は、央一のふがいなさにいら立つ。
f その間、九頭は、円野から相談を受け、つい最近まで亜喰は央一の女遊びを奨励し、蒲ム田の金を使って、互いに愛人同伴で海外旅行に行ったり、円野に度々プレゼントを贈ったりするなどしていたこと、円野が親切で亜喰の悪事を央一に忠告したとたん、待子から円野に対して1億円の慰謝料を請求してきたことなどを知り、亜喰の本性は、表では善人の顔で仕えるふりをしながら、裏に回れば主人を貪り食う寄生獣なのかもしれないと考える。
g 寿仁也は、待子の説得をいったんあきらめ、甲斐の職務執行停止及び職務代行者選任の仮処分を申し立てる。ところが、いつのまにか央一は兜x鳥の株式すべてを失い、甲斐が正式に兜x鳥の代表取締役になっていたため、申立てを却下される。寿仁也は、ショックを受け、自分はダメ人間だと自責するが、九頭から、寿仁也がダメなのではなく亜喰の方が化け物なのだと励まされる。亜喰は、九頭に接触し、脅しを含めて懐柔をはかるが、九頭は拒絶する。
(イ) 蚕食弁護士A
a 九頭は、自宅で九頭の娘に対し、央一が兜x鳥の株式すべてを失ったのは、亜喰が本件紛争の始まる以前から計画していた悪巧みによるものであると説明する。すなわち、亜喰は、央一から同人の財産の管理を任されていたが、央一が人並み外れてお人好しでボンヤリしていることにつけ込み、もっともらしいことを言って、本人もあやふやなうちにハンコを押させて、株式の31%を待子に贈与させ、同様に、央一が兜x鳥から借金をする旨の借用証書にもハンコを押させ、同証書に基づき、央一の残りの株式49%を差し押さえ、待子に競落させていた。
b 寿仁也は、闘志を取り戻し、白石法律事務所の仲間に協力してもらい、亜喰との闘いを進めることとする。しかし、兜x鳥の株式の80%を持つ待子の協力が得られないことが障害となり、亜喰の不正に関する証拠(兜x鳥の経理の書類)を入手することができず、苦戦する。
 一方、円野と面会した九頭は、円野から、央一の愛人になるよう勧めたのは亜喰であり、亜喰は兜x鳥家の財産を管理する立場にいて財産を好き放題に食い散らかしていたこと、円野も初めは割り切っていたが、いい人すぎる央一がだんだんかわいそうになってきたこと、愛情に恵まれない央一の生い立ち(生母は央一が5歳の時に父と離婚して家を出て行き、父には見放され、父の再婚相手(義母)も父の入院中に浮気をして父と離婚するなど)、結婚してもさびしさは癒えず、待子も浮気していること、央一は待子の浮気に気付いているが、人を責めるのが苦手なために待子には言っていないこと、亜喰の豪華な暮らしぶりや違法な手口(双方代理、ペーパーカンパニーを使った土地転がし)などを聞く。円野は、九頭に対し、央一への好意からできる限りの協力はすると約束する。
c そんな中、白石法律事務所に九頭の以前の行いを告発する怪文書が届く。白石所長は、上記行為の中には懲戒請求されれば業務停止にされそうなものもあり、マスコミに取り上げられれば取り返しがつかないことになるおそれもあるので、慎重に対処するよう指示する。そのころ、駅のホームで接近してくる電車を待っていた円野は、何者かに線路に突き落とされる。
(ウ) 蚕食弁護士B
a 亜喰は、白石所長に電話をし、所長の過去の不名誉な行状を知っていることを匂わせ、白石所長を動揺させる。白石所長は、亜喰が不正を行っていることは間違いないが、裁判で勝てるだけの証拠を集めるのは容易でなく、金と時間がどれだけかかるかわからないこと、その間に亜喰は富鳥家の財産をどんどん食い潰すであろうこと、仮に裁判に勝ったとしても、そのころには亜喰は同人の財産を処分しているだろうから、亜喰から金員を回収するのは困難であろうことなどを考慮すると、亜喰と早期に和解して、央一の生活と残りの財産を確保するしか方法はないのだろうかと、苦悩する。
 また、亜喰は、寿仁也に電話をし、央一に夫婦和解を勧めて亜喰側と和解しないかと打診し、解決すれば寿仁也に1億円の報酬が入ると誘惑する。
b 央一は、しばらくの間九頭の自宅でかくまわれることとなり、九頭に対し、待子の浮気の件は亜喰から知らされたものであり、調査は亜喰が行ったこと、相手の男も央一の前で浮気の事実を認めたこと、しかし、お人好しのため、浮気の件を待子には話していないことなどを話す。九頭は、央一の義母の浮気事件との酷似から、待子の「浮気疑惑」に疑念を抱く。その時、円野から電話があり、九頭に対し、駅のホームで突き落とされて殺されかけたこと、これは亜喰の仕業だと思うこと、怖いので、もう亜喰に関して何も話したくないし、関わりたくもないことを告げる。
c 九頭は、白石法律事務所のメンバーに対し、円野からの電話の件や、義母の浮気事件も待子の浮気事件も、義母や待子を排除して富鳥家の財産を央一に独占させ、亜喰の自由とするために同人がでっち上げたものであることなどを告げる。また、仕事とはいえ命まで賭ける義理はないこと、時間と金がかかるだけで実際に損害を取り戻すことはできないかもしれないことなどを述べ、亜喰から和解したいと言ってきたときに「和解しちゃった方がいい」と、事務所のメンバーを挑発する。白石法律事務所のメンバーは、これに逆に発奮し、亜喰と断固戦うことを決意し、結束する。
(エ) 蚕食弁護士C
a 亜喰は、同人の事務所の元事務員の名を使って、九頭の過去の不祥事(依頼者の言動に腹を立てた九頭が依頼者を殴り倒した事件など)を理由に、九頭に対する懲戒請求を申し立てる。これに対し、白石所長は、テレビに出演し、懲戒請求の裏には亜喰が関わっている凶悪事件が隠されており、この請求は同事件に取り組む九頭らの活動を妨害するために亜喰が行ったものであると説明し、世論の支持を得る。
b 待子は、テレビで騒がれている顧問弁護士が亜喰であると知り、ようやく亜喰に対する疑いを抱くに至り、説明を聞くために九頭と会う。待子は、九頭から、亜喰が央一と待子を離婚させるために待子の浮気をでっち上げたこと、央一は、待子が浮気をしたと信じて長い間苦しんでいたが、待子を好きだったため離婚をしなかったこと、待子の母は央一の小学校時代の担任教師であり、央一を人の痛みがよく分かる優しい子と褒めてくれた唯一の人であり、央一は昔から待子に憧れていたこと、亜喰は、待子が央一と結婚するのは財産目当てであるとして猛反対したが、央一は初めて亜喰に逆らい、待子と結婚したことなどを聞かされる。待子は、母が亡くなった時に自分と同じくらい悲しんでくれた央一はかけがえのない人であると述べ、涙する。部屋の奥に隠れていた央一は、待子の話を聞いて同人の真意を知り、夫婦は和解する。
c しかし、亜喰は、待子が敵になるときに備え、待子が央一の株式の49%を競落した際、その資金を亜喰の息のかかったリフジン社から借りさせ、株式に担保権を設定しており、口実を作って担保権を実行し、待子から上記株式を奪う。この結果、待子の手元に残った兜x鳥の株式は31%だけとなり、亜喰が事実上兜x鳥を支配することとなる。
d 九頭らは、央一から亜喰に対する損害賠償請求訴訟等を提起し、弁護士会に対する懲戒請求も行う。しかし、亜喰は、どんな無茶な契約もすべて央一が了承していたと受け取れるように、亜喰がワープロで打った文書を央一に手書きさせ、ワープロ文書は回収していたため、九頭らは、上記手書き文書を亜喰が央一に作成させたことをいかにして立証するかについて、悩む。そんな中、九頭は、亜喰が回収し忘れたワープロ文書を見付ける。九頭は、寿仁也に対し、懲戒処分を受け業務停止中の自分に代わって、寿仁也が亜喰に対する反対尋問を行い、この事件にけりをつけろと奮起を促す。
e 裁判の当日、亜喰は、寿仁也の反対尋問に対し、ワープロ文書は自分が作成したものではなく、亜喰を陥れるために央一側が捏造したのではないかなどと答え、寿仁也をあしらう。しかし、央一の手書きの文章の中の一文「二頭を追う者は一頭をも得ず」ということわざの中の「二頭」とはどんな動物と思うかという寿仁也の尋問に対し、牛か馬ではないか、このことわざはもちろん知っていると答えたため、寿仁也から、このことわざは、正しくは「二兎を追う者は一兎をも得ず」であり、亜喰に恥をかかせてはかわいそうだと思った央一が、間違ったことわざをそのまま書き写したものであり、ワープロ文書を作成したのは亜喰だと指摘され、絶句する。
f 上記尋問から3年が経つ。亜喰は、弁護士会から除名処分を受け、弁護士資格を失う。亜喰に対する損害賠償請求訴訟でも、央一側は亜喰を追い詰めるが、往生際の悪い亜喰の妨害工作、引き延ばし工作のため、全面解決にはなお至らない。しかし、白石法律事務所のメンバーは、亜喰の兜x鳥に対する蚕食は食い止めることができ、央一夫婦が和解できた点に救いを見い出す。
 一方、亜喰は、弁護士資格を失い、次々と損害賠償請求訴訟を起こされるなどしたため、金銭的に苦しくなり、偽の商品券を金券ショップに持ち込んで警察の事情聴取を受け、怪文書作成のための調査等を依頼した非合法の闇の力に対する支払もできなくなって、破滅する(山中でひそかに殺されることが暗示される)。
ウ 被告書籍には、別紙対照表の「被告書籍」欄記載の漫画が存在する。
2 争点
(1) 被告書籍は、原告が原告書籍について有する翻案権を侵害するものか(争点1)
(2) 被告らは、原告が原告書籍について有する著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権、原告の名誉声望)を侵害したか(争点2)
(3) 差止請求の可否(争点3)
(4) 被告らが被告書籍を制作、出版した行為は、一般不法行為に当たるか(争点4)
(5) 原告の損害(争点5)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(翻案権侵害の有無)について
[原告の主張]
 原告が、被告書籍により原告書籍の翻案権を侵害されたと主張する部分は、別紙対照表の「原告書籍」欄及び「被告書籍」欄記載の部分であり、翻案権侵害を主張する理由は、別紙対照表の「原告書籍の創作的表現」欄及び「被告書籍における原告書籍の創作的表現の利用」欄記載のとおりである。
[被告らの主張]
 原告の主張を否認ないし争う。
 被告らの反論は、別紙対照表の「原告主張への反論」欄記載のとおりである。
(2) 争点2(著作者人格権侵害の有無)について
[原告の主張]
ア 氏名表示権
 原告は、原告書籍の原作者として、原告書籍の翻案物である被告書籍の公表に当たり原告の氏名を表示する権利がある。被告らは、かかる氏名表示権を侵害した。
イ 同一性保持権
 原告書籍は、相手方弁護士を信頼して時間の猶予を与えたところ、オーナーが顧問弁護士に「解任」され、会社が顧問弁護士の食い物にされてゆくという、原告自身の苦い体験を起点として、相手方弁護士の信じ難い不正を暴き、その弁護士資格を剥奪するに至るという、弁護士としての正義感の発露に貫かれたものであるとともに、原告の人生経験、人間関係、個性が強く打ち出された作品になっており、そのことが原告書籍への評価を支えている。これに対し、被告書籍は、これを弁護士の力量、能力の問題や安易な人情物に矮小化しており、原告の意に反する改変が行われている。
ウ 名誉声望
 被告書籍では、その主人公を、無能な二代目弁護士(寿仁也)と有能だが非情な弁護士(九頭)とに二極化し、原告書籍を改変している。このような改変は、原告書籍の主人公像を歪めるものであり、原告書籍の著作者であるとともに主人公でもある原告の名誉声望を毀損する。
[被告らの主張]
 原告の主張を否認ないし争う。
 被告書籍は原告書籍の翻案物ではないので、著作者人格権侵害には当たらない。
(3) 争点3(差止請求の可否)について
[原告の主張]
 被告らは、漫画「弁護士のくず」の既公表分を被告小学館から同名の単行本として刊行中であり、被告書籍についても、今後、単行本として刊行するおそれがある。
 よって、原告は、被告らに対し、著作権法112条に基づき、被告書籍を掲載した書籍の発行及び頒布の差止めを求める。
[被告らの主張]
 原告の主張を争う。
(4) 争点4(一般不法行為の成否)について
[原告の主張]
 前記(1)[原告の主張]のとおり、被告書籍は、その構想、構成、ストーリー展開、登場人物、その人物像、テーマが原告書籍と共通し、原告書籍における物語の骨格そのものをことごとく利用して作成されている。被告らは、原告とα1との8年間にわたる壮絶な闘い、そしてその「事実」をノンフィクション小説としてまとめるための長年にわたって費やした原告の労力を、原告に無断で使用した。
 無断利用という不当・不法な方法により、安易に他人の著作物を改変して自分の著作物に取り込み、思うがままやりたい放題に利用することが許されるならば、社会の法秩序は維持されず、創作へのインセンティブなど誰も抱かなくなってしまう。加えて、被告らは、日本有数の出版社及び有名漫画家であり、社会的見地からもコンプライアンスが特に高く要請されるのであって、悪質性は極めて高い。
 このような行為は、著作権の侵害とは別に、社会的許容限度を超えた違法な行為として許されず、民法上の一般不法行為(民法709条)が成立する。
[被告らの主張]
 原告の主張は争う。
 被告Yは、先行する文献に記載された社会的事実を参考に、原告書籍とは全く別の作品として、独自の世界観・エピソード・キャラクターに彩られた被告書籍を執筆したものであり、原告は何らの営業利益の侵害も被っていない。原告が被害だと感じていることは、「自分がドキュメントで明らかにした事実は自分が独占できるはずであり、自分の許可なく漫画の参考にすることなど許さない」という感情論にすぎない。
(5) 争点5(原告の損害)について
[原告の主張]
ア 著作権侵害及び著作者人格権侵害による損害
 原告は、被告らが原告の著作権及び著作者人格権を侵害する被告書籍を本件雑誌に掲載したことによって、経済的、精神的損害を被った。本件雑誌の発行部数は、被告らの主張によれば83万5000部であり、1号当たりの売上高は2億2545万円に達することから、被告らの上記行為に
 よって原告の被った損害は、500万円を下らない。
 よって、原告は、主位的請求として、被告ら各自に対し、著作権(翻案権)侵害による著作権法114条2項に基づく損害賠償金250万円及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権、原告の名誉声望)侵害による慰謝料250万円、並びに、これらに対する不法行為の後である平成20年3月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 一般不法行為に基づく損害
 原告は、予備的請求として、被告ら各自に対し、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償として、500万円及びこれに対する不法行為の後である平成20年3月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
[被告らの主張]
 原告の主張を否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(翻案権侵害の有無)について
(1) 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁第1小法廷平成13年6月28日判決・民集55巻4号837頁)。
(2) これを本件についてみると、原告書籍及び被告書籍に、それぞれ、別紙対照表の「原告書籍」欄及び「被告書籍」欄記載の部分が存在することは、前記認定のとおりであり、原告は上記の部分につき翻案権侵害を主張しているところ、原告書籍と被告書籍とは、上記の部分において、その具体的表現において異なるものの、@ 100億円の資産を有する不動産管理会社のオーナー社長(以下「オーナー」という。)から、会社資産を食い物にしている(横領している)顧問弁護士(以下「顧問弁護士」という。)を解任してほしい旨の依頼を受けた弁護士(以下「オーナー側弁護士」という。)が、事件を解決した際には相当の報酬を得ることができるかもしれないと期待すること(別紙対照表の番号1)、A オーナー側弁護士は、顧問弁護士の事務所を訪れ、顧問弁護士に対して解任を通告し、会社書類の引渡しなどを求めるが、顧問弁護士の要望により、数日間引渡しを猶予すること、オーナー側弁護士は、この事件を簡単に解決することができると甘く考えたこと(同番号2、3)、B オーナー側弁護士は、約束の日に再度顧問弁護士の事務所を訪れるが、顧問弁護士から、先日開催された取締役会においてオーナーは代表取締役を解任され、新しい代表取締役から新たに顧問弁護士を依頼されたので、書類を返すことはできないと告げられること(同番号4)、Cオーナー側弁護士は、本当に取締役会を開いたのか、開催通知はいつ行ったのかなどと顧問弁護士を追及するが、口頭で伝えたなどととぼけた返答をされ、憤慨すること(同番号5)、D オーナー側弁護士は、顧問弁護士に対抗するためにオーナーの妻の協力を得ようと考え、妻に面会を求めるが、妻は、顧問弁護士から、今回の騒動はオーナーの愛人が仕掛けたものであり、背後には別の団体がいる、オーナーに株式を渡せば裏の世界(闇の世界)に株が流れてしまうおそれがあるなどと説得され、顧問弁護士の言葉を信じて、オーナー側弁護士との面会を断ること(同番号6)、E 顧問弁護士は、オーナーに対する報復として、オーナーに対する毎月の報酬の支払を止めた上、会社のオーナーに対する架空の債権に基づきオーナーの預金口座を差し押さえ、オーナーを無一文に追い込むこと(同番号7)、F 顧問弁護士は、会社の金で、オーナーの愛人にプレゼントを贈ったり、オーナーと一緒に愛人同伴で海外旅行に行くなどしていたこと(同番号8)を表現している点において共通し、同一性があることが認められる。
(3) しかしながら、上記@ないしFの事柄がいずれも実在の事実ないし事件であることについては、当事者間に争いがないので、上記の点における同一性は、表現それ自体でない部分において同一性が認められるにすぎず、翻案権の侵害の根拠となるものではない。また、上記事実の中には、原告書籍の出版以前には一般に知られていなかった事実(原告が顧問弁護士の事務所を訪問した際の同弁護士とのやりとりや、原告がオーナーの妻の自宅を訪問するが面会を拒否されることなど)も存在するが、これらの事実も、あくまで事実である以上、一般に知られた事実と異なる取扱いがされるものではない。
(4) 事実ないし事件を素材とする作品であっても、素材の選択や配列、構成、具体的な文章表現に著作者の思想又は感情が創作的に表現された場合は、著作物性が認められ、このような表現上の創作性がある部分において既存の著作物と同一性を有する場合は、翻案権の侵害となり得る。
 しかしながら、原告書籍と被告書籍との間には、次のとおり、表現上の創作性のある部分において同一性を有すると認められる部分も存在しないというべきである。
ア 別紙対照表の番号1
 原告は、原告書籍において、事件を受任するときに抱いた様々な気持ちの中から経済的に多額な事件が入ってきたと安易に報酬を期待している感情を選択した表現が創作的表現に当たり、被告書籍はこの創作的表現を利用していると主張する。
 この点について、原告書籍には、「男は林田則男といい、・・・100億円近い資産を食い潰されそうなので、・・・取り戻したいという依頼であった。」、「私は、軽い気持ちで、同業としてそんな面汚しはとことん懲らしめてやらねばならないと思うと同時に、この依頼を首尾よく解決すれば、わが貧乏弁護士事務所にもそれなりの潤いがもたらされるかもしれないとの期待も抱いた。」との記述が存在する。また、被告書籍では、寿仁也が、にやけた表情をしながら、「これはいい仕事だ 数億円を損害賠償させれば報酬が・・・」と内心でつぶやく様子が描写されている(被告書籍第1話87頁3コマ目)。
 このように、両者は、オーナーからの依頼を受けた弁護士が事件を解決した際には相当の報酬を得られるかもしれないと期待する点を描いている点については同一性が認められるものの、事件を受任する際に弁護士が報酬を期待するという感情を表現すること自体はごく自然でありふれたものというべきであり、この点に創作性を認めることはできないから、両者が表現上の創作性のある部分において同一性を有するとは認められない。また、この点についての表現内容をみても、原告書籍においては、原告が悪徳弁護士を懲らしめてやらなければならないという正義感に基づく感情と経済的に多額の事件の依頼を前にして成功報酬を期待する感情という、二つの入り混じった感情を抱いたことが表現されており、安易に報酬を期待した様子は感じ取れないのに対し、被告書籍においては、寿仁也が、安易に多額の報酬を期待するとともに、マスコミにも取り上げられることを夢想する軽薄な様子が表現されていることが認められるのであって、両者の表現は異なるというべきである。
イ 別紙対照表の番号2
 原告書籍には、「蒲ム田の事務所を自分の法律事務所のあるビルの1階上に移転させ、そこに蒲ム田の社長室及び弁護士室の表示をして同室を自由に使い、蒲ム田を場所的にも完全に支配したのである。」、「5階の社長室、弁護士室と書かれた部屋に通され」との記述が存在する。
 これに対し、被告書籍では、『亜喰妖児法律事務所』の表示の下に『兜x鳥』の表示が書かれたドアの前で、寿仁也が、「兜x鳥は、会社と言っても自分の社屋があるわけじゃなし、ここが事務所ってことになるのか・・・」とつぶやく描写があるだけで、顧問弁護士の事務所の1階上に会社の事務所があることや、『弁護士室』、『社長室』との表示がある部屋が存在すること、弁護士が会社を場所的に完全に支配したことなどは、描かれていない。
 そうすると、上記の点につき、原告書籍と被告書籍とは、その表現を異にするというべきである。
 原告は、原告書籍の前記表現は「弁護士と依頼人との逆転した支配関係」を表現したものであると主張する。しかしながら、このような支配関係を表現することはアイデアにすぎず、仮にこのようなアイデアが同一であったとしても、それだけでは、翻案には当たらないというべきである。
ウ 別紙対照表の番号3
(ア) 部屋の様子について
 原告は、顧問弁護士による会社及びオーナーの支配状況に基づく弁護士事務所内の部屋の異様な状況を示すために、弁護士事務所の様子を表した点が創作的表現である旨主張する。
 この点につき、原告書籍には、「5階の社長室、弁護士室と書かれた部屋に通され、やがて稲山があらわれた。別段判例集や法律書が並べられているわけでもなく、あまり人の出入りのある部屋のようには見えなかった。」との記述が存在するものの、これは、単なる事実をそのまま述べたごく短い文章にすぎず、表現上の創作性は認められない。また、被告書籍では、オーナー側弁護士が顧問弁護士と面談している際の背景として、弁護士事務所の応接間の様子がわずかに描かれているだけで、部屋内での判例集や法律書の有無や人の出入りの多寡を意識させるような描写がされているとは認められない。
 上記の点について、原告書籍と被告書籍とは、その表現を異にするというべきである。
(イ) 顧問弁護士の様子(解任通告に慌てた様子)について
 原告は、顧問弁護士が解任通告に慌てた様子を表した表現が創作的表現であり、被告書籍がこの創作的表現を利用していると主張する。
 この点につき、原告書籍には、「『ちょっと待って下さいよ、いきなり来て、解任だなんて。不正って、社長、どういうことなんですか』とあわてた様子。」との記述が存在し、被告書籍でも、第1話90頁5コマ目及び6コマ目において、「いや、そんな急に言われれも・・・」、「それじゃ・・・そうですね、連休があるから・・・」、「週明けにおいで下さい。その時までに用意しておきます。」と述べ、慌てる様子をみせる亜喰の姿が描かれていることから、原告書籍と被告書籍は、オーナー側弁護士から解任通告等を受けて顧問弁護士が慌てる場面が描かれている点について同一性が認められるものの、顧問弁護士が解任通告を受けて慌てた様子を示すことはごく自然な流れであってありふれたものであり、この点に創作性を認めることはできないから、両者が表現上の創作性のある部分において同一性を有するとは認められない。また、この点についての表現内容をみても、原告書籍では、上記記述に続けて、「『分かりました。返しますよ。といっても訴訟関係書類も多数ありますし、急にいますぐといっても。それに精算しなければならないものもありますしね』と今度はニヤニヤしながら稲山。」、「『そうですね、連休もありますし、いろいろ整理しなくてはならないこともありますので、連休明けの5月9日にして下さい』」との記述があり、単に慌てるだけではない顧問弁護士の様子が描かれているのに対し、被告書籍では、寿仁也の要望を受けて困惑し、汗をかきながら寿仁也に対して一方的に懇願する亜喰の様子が描かれており、原告書籍と被告書籍はその表現を異にするというべきである。
(ウ) 顧問弁護士を侮る様子について
 原告は、オーナー側弁護士が顧問弁護士を侮った様子を表した表現が創作的表現であり、被告書籍がこの創作的表現を利用していると主張する。
 この点につき、原告書籍には、「『何の御用でしょうか』と稲山の言葉遣いは慇懃無礼。細身で、頬と顎に髭をはやした、一見ひ弱そうで粘液質な感じの男だった。私は、なんだ、こんなガキかと思った。依頼者を犬のように飼いならし30億円近くを食い潰した悪党とはとても見えない。被害の額や手口からして、もっと違った感じを持っていたのだが、こんなガキなら一発脅かしてやれば、簡単に解決すると侮った。」、「私は則男とともに引き上げた。ちょっと先に延びてしまったが、関係書類等を受け取って、それを分析し、それから稲山の責任を追及すればいいと考えていた。これが甘かった。」との記述が存在する。
 これに対し、被告書籍では、寿仁也が、亜喰の事務所で同人と面談した時のことを思い出し、「しかし亜喰のヤツ・・・」、「この前解任通告してやったら慌ててたな」、「あいつたいしたことないな」などと考えながら、「ふふ・・」と一人でにやにやしたり(第1話90頁4コマ目)、亜喰に対し、同人を見下すような表情で、薄笑いを浮かべながら、「そんなに時間がかかるの?さっさとやってよ!」、「じゃ、週明けですよ。何度も足を運ばせないでよ、忙しいんだからこっちも。」と告げる様子が描かれている。
 このように、原告書籍と被告書籍は、オーナー側弁護士が顧問弁護士を侮る感情を表しているという点において同一性が認められるものの、原告書籍において、オーナー側弁護士は顧問弁護士の一見ひ弱そうな外観を見て同人を侮る感情を抱いたとされているのに対し、被告書籍においては、寿仁也は、亜喰が解任通告を受けて慌てた様子を見て同人を侮る感情を抱いたとされており、侮る感情を抱いた理由が異なること、原告書籍においては、オーナー側弁護士は顧問弁護士を見下すような態度を示している様子が描かれていないのに対し、被告書籍においては寿仁也が亜喰を見下すような態度を示している様子が描かれていることなどから、両者はその表現内容を異にするというべきである。
エ 別紙対照表の番号4
 原告は、顧問弁護士がオーナーを解任するという予想外の事態に直面して呆然とする、という感情を表した表現が創作的表現であり、被告書籍がこの創作的表現を利用していると主張する。
 この点につき、原告書籍には、「ところが解任されたはずの弁護士は席につくや、我々の鼻先に会社の商業登記簿を示し、『4月27日の取締役会で林田則男氏は代表取締役を解任され、ここにおられる魚沼昭雄さんが新たに代表取締役に選任されました』と述べた。」、「弁護士は涼しい顔付きでさらに続けた。『私は新代表取締役の魚沼さんの委任を受け、引き続き会社の顧問弁護士の任にあります。したがいましてお約束の書類等は返還できません』」、「そんなことが起こりうることなのか。」、「そんなことがあり得るのかと、一瞬呆然としてしまった」との記述が存在する。
 一方、被告書籍では、亜喰が寿仁也に対し、「書類はお渡しできません。」、「富鳥央一さんは、代表取締役を解任されました。」と述べ、この意外な回答に対して、「は?」と言っただけで、二の句を継げず、目を点にして冷や汗を流す寿仁也に対し、さらに亜喰が、「新たに代表取締役に選任されたのが、取締役の甲斐雷太さんです。」と、右隣に立つ甲斐を紹介し、甲斐が、「新社長の甲斐です。」、「私のほうから、亜喰先生に引き続いて顧問弁護士を引き受けて下さるよう委任しました。」と述べる姿が描かれている。
 このように、原告書籍と被告書籍は、顧問弁護士から会社の書類等の返還を受けるために同人の事務所を訪れたオーナー側弁護士が、顧問弁護士側から、先日開催された取締役会においてオーナーは代表取締役を解任され、新しい代表取締役から新たに顧問弁護士を依頼されたので、書類を返すことはできないと告げられ、呆然とする場面が描かれている点について、同一性が認められるものの、予想外の事態に直面して呆然とするという流れはごく自然でありふれたものであり、この点の表現に創作性を認めることはできず、その余の点については、事実を共通にするにすぎないから、両者は、表現上の創作性のある部分において同一性を有するとは認められない。
オ 別紙対照表の番号5
 原告は、オーナー側弁護士が、顧問弁護士の態度に憤慨して大声を出したことを表現した点や実際にあった事実の中から「招集通知は口頭でしました。」との顧問弁護士の発言を選択して表現した点が創作的表現であり、被告書籍がこの創作的表現を利用していると主張する。
 この点につき、原告書籍には、「林田氏が単なる雇われ社長ならともかく、オーナー社長から解任された弁護士が、逆に彼を代表取締役の地位から追放し、自分の息のかかった者を代表取締役に就け、その者から新たに委任を受ける、そんなことが起こりうることなのか。」、「『なにっ・・・・・・取締役会で解任? そんな取締役会がいつなされた。開催通知だって受け取っていないぞ・・・・・・』」、「・・・ついでに横に座っている魚沼と称する初老の男を怒鳴りつけた。『代表取締役に就任しただと・・・・・・あんたも共犯だぞ』」、「『ふざけるな。こんなことが許されると思っているのか。これは犯罪だ。弁護士がこんなことをしてただで済むと思ったら大間違いだぞ!』とつい大声を上げた。」との記述が存在する。
 これに対し、被告書籍では、寿仁也と亜喰との間で、以下のやりとりが行われる姿が描かれている。
 寿仁也 「な、な、何を言ってるんだ!富鳥さんはオーナーだぞ!!」
      「あんた取締役なんて名義だけじゃないのか!? 解任ってなんだよ!
 亜喰  「昨日、取締役会で決定しました。」
 寿仁也 「と、取締役会!? そんなものホントにやったのか!? 取締役会があるなんていつ通知したんだ!」
 亜喰  「1週間前に口頭で伝えたんですが・・・」、「央一さん、どうして欠席したんですかね?」
 寿仁也 「と、とぼけるな! デタラメ言うんじゃねぇっ!」
 亜喰  「こちらは確かに通知しました。そちらが忘れたんです。」
 寿仁也 「ふざけるなーっ!」
      「雇われてる顧問弁護士が社長をクビにするなんて、そんなバカな話があるかーっ!」
 このように、原告書籍と被告書籍とは、オーナー側弁護士が、本当に取締役会を開いたのか、開催通知はいつ行ったのかなどと顧問弁護士を追及するが、口頭で伝えたなどととぼけた返答をされ、憤慨して大声を上げる場面が描かれている点について、同一性が認められるものの、不誠実な対応をする相手方に対し憤慨して大声を出すという流れはごく自然でありふれたものであって、この点の表現に創作性を認めることはできず、その際の顧問弁護士の実際の発言(口頭で取締役会の開催通知をしたこと)を選択した点についても、開催通知の有無を追及されたことに対する回答として同発言を取り上げることはごく自然な流れであって、そのことにも創作性を見出すことはできない。その余の点については事実を共通にするにすぎないから、両者は表現上の創作性を有する部分において同一性を有するとは認められない。
 また、原告は、原告書籍における別紙対照表の番号3から番号5にかけての一連の流れ、すなわち、オーナー側弁護士が、顧問弁護士のあわて振り(演技)にだまされて同人を侮るが(番号3)、顧問弁護士の事務所を再訪した際の同人の態度の豹変に呆然とし(番号4)、烈火のごとく怒る(番号5)、という、原告が取捨選択し配列した創作的表現が、被告書籍においてそのまま利用されているとも主張する。
 しかしながら、本件事件を基にしてオーナー側弁護士を主人公とする作品を制作する以上、主人公が顧問弁護士と初めて顔を会わせる場面、すなわち、顧問弁護士に対して顧問弁護士の解任を通告するが、同人の懇願を受けて書類等の引渡しを一時猶予する場面(同番号3)、及び、主人公が顧問弁護士の悪質性、異常性に最初に気付く場面、すなわち、書類を受け取りに顧問弁護士の下を再訪するも、オーナーを代表取締役から解任するというまったく予期せぬ反撃を受ける場面(同番号4、5)は、いずれも本件事件の経過の中で極めて重要な場面というべきであるから、本件事件を題材とした原告書籍を書くに当たって上記事実を選択したことに創作性を認めることはできず、その配列についても、基本的には時系列で記述されているので、創作性を認めることはできない。
カ 別紙対照表の番号6
 原告は、実際にあった事実の中から、オーナーの家族が顧問弁護士のマインドコントロール下に置かれていた事実及びオーナー側弁護士がこのことを知らずに家族の説得を試み、失敗に終わった事実を選択し、配列したことが創作的表現に当たり、被告書籍は、この創作的表現を利用していると主張する。
 この点につき、原告書籍には、「依頼者であった則男を蒲ム田の代表取締役から追放するにあたっては、稲山に大義名分が必要だった。彼は則男の家族を巻き込むことによってそれを達成しようとした。今回の騒ぎの契機となった稲山弁護士解任策動の背後には、則男の愛人のβ3がいると、則男の家族に言いふらした。β3が同和団体と組んで蒲ム田の乗っ取りを図り、則男に稲山弁護士を解任させた、このままだと蒲ム田はβ3の自由になり、あなた方家族は則男の愛人のβ3から生活費を支給してもらうことになりますよ。それでもいいですかと、則男の家族に迫ったという。」、「この点について稲山側は、則男が手持ちの株式を第三者、たとえば裏世界の人物に譲渡するおそれがあり、そうなったら大変なので差し押さえ、競売によって予防的に則男の手持ち株式を確保したと弁明した。」、「この2週間後、則男の家族、とりわけβ6の説得を試みようと、再び好子、β6のところに向かった。(中略)ちょっと遅くなってしまったな、と思いながら訪れたところ、インターホン越しに好子が応対し、β6は不在だという。それならば好子にと思って話しかけるが、帰ってくれの一点張りである。またしても説得に失敗してしまった。」、「これらの失敗は、林田家における則男の位置についての理解が欠けていたことが大きな原因であった。想像以上に稲山は好子らの気持ちを取り込んでいたのであった。」との記述が存在する。また、被告書籍でも、寿仁也が、富鳥家を訪れて待子に面会を求めるが、インターホン越しに応対した待子に面会を拒否され、「大事な話なんです!聞いてくださいっ!」、「奥さんは亜喰に騙されているんですよーっ!」と叫ぶが、相手にしてもらえず焦燥する姿や、亜喰が待子と面談し、今回の事件を仕掛けてきたのは円野であり、円野は亜喰を排除して会社を食い物にするつもりであり、円野の背後には暴力団の影もちらついているため、このままでは央一の保有する株式が円野を通して闇社会に流出するおそれがあるので、富鳥家のために会社を守る体制を作らなければならないと説得する様子が描かれている。
 このように、原告書籍と被告書籍は、オーナー側弁護士が、顧問弁護士に対抗するためにオーナーの妻の協力を得ようと考え、妻に面会を求めるが、妻は、顧問弁護士から、今回の騒動はオーナーの愛人が仕掛けたものであり、背後には別の団体がいる、オーナーに株式を渡せば裏の世界(闇の世界)に株が流れてしまうおそれがあるなどと説得され、その言葉を信じて、オーナー側弁護士との面会を断ることなどの記述内容において似通った点もある。
 しかしながら、原告が選択、配列に創作性があると主張する前記の事実は、オーナー側弁護士が、顧問弁護士を相手とする闘いに当初は苦労するものの、最終的にはオーナーの家族の協力も取り付けながら勝利していくという本件事件の経過の中で、オーナーの妻が、なぜ当初は夫(オーナー)に協力せず顧問弁護士の側に立ったのかということを説明する重要な事実であり、本件事件に関連してα2がα1に対して損害賠償を請求した事件(前記第2の1(2)イ(カ)を参照)の判決でも指摘されている(乙1・293頁)事実であるから、本件事件を題材とした原告書籍を書くに当たって上記の2つの事実を選択したことに創作性を認めることはできず、その配列についても特段の工夫があるということはできないから、この点に創作性を認めることはできない。従ってこれらの事実を被告書籍が用いたとしても原告書籍の創作的表現を利用したものということはできない。
キ 別紙対照表の番号7
 原告は、実際にあった事件の中から、顧問弁護士がオーナーへの送金を停止し、預金口座も差し押さえるという攻撃を加えたこと、オーナー側弁護士が自ら困窮するオーナーに対し本来してはならないはずの援助をしたことという事実を選択して表現したことが創作的表現であり、被告書籍はこの創作的表現を利用していると主張する。
 この点につき、原告書籍と被告書籍は、顧問弁護士が、オーナーに対する報復として、オーナーに対する毎月の報酬の支払を止めた上、会社のオーナーに対する架空の債権に基づきオーナー個人の預金口座を差し押さえ、オーナーを無一文に追い込むことなどの記述内容において似通った点もある。
 しかしながら、原告が選択に創作性があると主張する前記の事実は、オーナに雇われているはずの顧問弁護士が、顧問弁護士を解任されたことに対する報復として、オーナを代表取締役から解任したにとどまらず、役員報酬の支払を中止しオーナーの個人口座も差し押さえることにより、オーナーを無一文にしてしまうという事実であり、顧問弁護士の悪質性を示すものとして、本件事件の経過の中でも重要な事実ということができ、原告書籍において実在の事実の中から上記の事実を選択して記述したことをもって創作的表現と認めることはできず、被告書籍がこれらの事実を用いたとしても原告書籍の創作的表現を利用したものということはできない。
ク 別紙対照表の番号8
 原告は、実際にあった事実の中から、顧問弁護士がオーナーと一緒に愛人を同伴して海外旅行に行った事実、オーナーの愛人にプレゼントを贈った事実及びこれらの資金が会社の金で賄われていた事実を選択して表現したことが創作的表現であり、被告書籍はこの創作的表現を利用していると主張する。
 この点につき、原告書籍と被告書籍は、顧問弁護士が、会社の金で、オーナーの愛人にプレゼントを贈ったり、オーナーと一緒に愛人同伴で海外旅行に行くなどしていたことなどの記述内容において、似通った点もある。
 しかしながら、原告が選択に創作性があると主張する前記の事実は、顧問弁護士が会社の金でオーナーの愛人まで接待していたという、同弁護士の悪質性を示すものとして、本件事件の経過の中で重要な事実であるということができるから、実在の事実の中から上記の事実を選択して記述したことをもって創作性があると認めることはできず、被告書籍がこれらの事実を用いたとしても原告書籍の創作的表現を利用したものということはできない。
(5) さらに、原告書籍と被告書籍のうち別紙対照表の番号1ないし8の記述が存在するのは、原告書籍の第1章ないし第3章と、被告書籍の第1話であるが、この範囲で両書籍を比べてみても、前記のとおり、被告書籍の分量は、原告書籍よりも相当短く、書籍の内容も、原告書籍では、オーナーが顧問弁護士に対して不信感を抱いた原因として、池袋の土地の地上げに絡む同土地の購入及び転売の際の問題が中心であることが紹介され、原告の学生運動仲間が対稲山の共同戦線に加わり、情報収集や資金援助の面で重要な役割を果たすことについても、相当な分量の記述がされているのに対し、被告書籍では、このような記述は存在しないなど、多くの相違点が認められる。
(6) 以上のとおりであるから、被告書籍は、事実若しくは事件という表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において原告書籍と同一性を有するにすぎず、被告書籍に接する者が原告書籍の表現の本質的な特徴を感得することはできないというべきであるから、被告書籍は、原告書籍に関する原告の翻案権を侵害するものとは、認められない。
2 争点2(著作者人格権侵害の有無)について
 前記1に認定のとおり、被告Yが被告書籍において原告書籍を翻案したとは認められない以上、これを前提とする著作者人格権侵害の主張は理由がない。
3 争点4(一般不法行為の成否)について
 原告は、仮に被告書籍の出版、頒布行為が原告の原告書籍に対する著作権及び著作者人格権の侵害に該当しないとしても、被告らの行為は民法上の一般不法行為に該当すると主張する。
 しかしながら、被告書籍は、原告書籍に記載された実在の事実を利用して執筆されたものであり、事実については特定の者に独占させることは許されないものであるから、被告Yが原告書籍を参照して被告書籍を執筆し、これを被告小学館が本件雑誌に掲載して出版したとしても、これを違法な行為であるということはできず、民法上の一般不法行為を構成することもないというべきである。原告の主張は理由がない。
4 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 山門優
 裁判官 柵木澄子
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