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【事件名】「ウルトラマン」営業誹謗事件(2)
【年月日】平成21年12月15日
 知財高裁 平成21年(ラ)第10006号 不正競争仮処分申立却下決定に対する抗告事件
 (原審・東京地裁平成21年(ヨ)第22011号)

決定
抗告人 ユーエム株式会社
同代理人弁護士 山崎順一
同 今村憲
同 酒迎明洋
同 小林陽子
相手方 株式会社円谷プロダクション
同代理人弁護士 遠山友寛
同 水戸重之
同 千葉尚路
同 鈴木優
同 坂井はるか


主文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人の負担とする。

理由
第1 抗告の趣旨
1 原決定を取り消す。
2 相手方は、日本国内外の第三者に対し、抗告人が原決定別紙第二目録記載の各著作物について日本以外の国において独占的利用権を有しない旨を告知し又は流布する行為を行ってはならない。
3 相手方は、日本以外の国において、抗告人が同独占的利用権を有しないことを理由とする抗告人に対する主位的に(1)の行為、予備的に(2)の行為を行ってはならない。
(1) 裁判上の請求
(2) 差止請求、損害賠償請求、不当利得返還請求及び刑事告訴
第2 事案の概要
1 本件は、原決定別紙第二目録記載の本件著作物(以下、特に断らない限り、略称は原決定に従う。)の日本以外の国における本件独占的利用権の許諾を相手方から受けたAから同利用権を譲り受けたと主張する抗告人が、相手方が国内の映像事業関係者に対し相手方書面(原決定にいう債務者書面)を送付した行為が不正競争防止法2条1項14号の「虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に該当し、また、本件契約上の義務に違反することを前提に、相手方に対し、不正競争防止法3条に基づく本件独占的利用権の利用妨害行為の差止請求権ないし本件契約に基づくという差止請求権を被保全権利として、抗告の趣旨2記載の告知・流布行為(以下、日本国内の第三者に対する当該行為を「国内告知・流布」、日本国外の第三者に対する当該行為を「国外告知・流布」という。)及び同3の(1)記載の裁判上の請求(以下「国外裁判」という。)ないし(2)記載の差止請求等(以下「国外訴訟など」という。)の差止めを求める仮処分申立事件である。
2 原決定は、相手方の相手方書面の送付行為は不正競争防止法2条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に該当しないし、また、相手方に本件契約上の義務違反も認められないとして、同法3条に基づく差止請求権も、本件契約に基づくという差止請求権も認められないとして、本件申立て(ただし、国外訴訟などの差止めを除く。)を却下したため、抗告人は、原決定を不服として本件抗告を提起するとともに、国外裁判の差止めを主位的申立てとし、その予備的申立てとして、国外訴訟などの差止めを追加した。
3 本件申立てに対する判断の前提となる事実は、次のとおり訂正するほかは、原決定の理由の要旨第2の1(原決定2頁3行〜6頁25行)のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原決定2頁21行、3頁4行の「日本」を「我が国」と改める。
(2) 原決定3頁8行の「本件契約書は」を「本件契約書はAと相手方との間で」と改める。
(3) 原決定5頁25行の「映像事業関係者」を「国内の映像事業関係者」と改める。
4 本件申立てにおける争点
 本件申立てにおける争点は、以下のとおりである。
(1) 本件の準拠法(争点1)
(2) 不正競争防止法21条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」の存否等(争点2)
(3) 本件契約に基づく差止請求の可否(争点3)
(4) 保全の必要性(争点4)
第3 当事者の主張
 前記争点に係る当事者の主張は、次のとおり訂正付加するほか、原決定の理由の要旨第2の4(原決定7頁20行〜24頁22行)のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原決定8頁3行の「日本において」を「日本国内において」と改める。
(2) 原決定8頁7行、9〜10行、14行、14頁20行、15頁5行、末行、17頁10行、15行、19頁12行、20頁9行、21頁13行、22頁末行、24頁3行の「日本」を「我が国」と改める。
(3) 原決定9頁6〜8行を「(2) 争点2(不正競争防止法2条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」の存否等)について」と改める。
(4) 原決定12頁22行の次に、改行の上、以下を加える。
 「オ 原決定は、相手方書面の送付行為は、不正競争防止法2条1項14号所定の『虚偽の事実を告知し、又は流布する行為』に該当するとは認められないとした。しかしながら、そもそも『虚偽』であるか否かは、原決定のように厳格に判断されるべきではなく、注意深く検討すれば、必ずしも虚偽の事実とはいえないような内容なり体裁を採っていても、告知・流布の受け手になる者が一見すると誤解を招くような内容になっていれば、虚偽の事実に該当すると解すべきである。
  本件において、相手方書面には、『本権利の譲渡については、法的に重大な疑義があるため、既に正式に異議を申し上げ、法的手続きを採る予定でございます。』『上記のような状況の中、B・Cらによる76年書面譲渡の主張は、現在のところ、彼らの一方的な考えにすぎず、当然、弊社と致しましては法的処置を実施いたします。』と記載され、タイ最高裁判決をも紹介して、『Cによる76年書面に基づく権利主張等も禁じられ』と明記し、最後に抗告人書面(原決定にいう債権者書面)について『客観性・正当性を欠いた情報』と指摘しており、その他、東京高裁判決においてCが権利者であると判示されていることなどは全く触れていないことを総合考慮すると、相手方書面は、一見すると、相手方が、日本国内外の第三者に対し、抗告人が本件著作物について独占的利用権を有しないと告知したものであることは明白である。
カ また、抗告人は、既に配布されてしまった相手方書面に限定してその更なる配布の差止めを求めているだけではなく、相手方書面に実例として表現された虚偽の告知・流布の差止めを求めているのであるから、仮に相手方書面の記載が全くの虚偽でないと認定したとしても、なお、相手方書面を含む一切の事情を考慮して、本件仮処分命令の要否を判断すべきであったにもかかわらず、原決定はこれを怠っている。
キ 抗告人は、『不正競争によって営業上の利益を侵害され』ているだけでなく、『不正競争によって営業上の利益を侵害されるおそれがある』ことから、その侵害の停止又は予防を請求したものである。いまだ侵害の事実がなくとも、現在の相手方の態度から、近い将来侵害されるおそれがあると判断される場合もあり得るもので、このような場合には、将来の予防の必要性が存在する。
 本件において、仮に相手方書面の送付行為が侵害行為又は契約違反に該当せずとも、相手方は、タイ王国や中国において、Aが無権利者であると主張し、抗告人の権利を否定する趣旨の相手方書面を送付するなど、抗告人が本件独占的利用権者であることを強く否認しているものであって、このような相手方の態度及び相手方書面のような書類が一度送付されると、抗告人はもはや営業活動の停滞を余儀なくされてしまうことに照らすと、抗告人の営業上の利益が侵害されるおそれがあり、本件申立てが認められるべきである。」
(5) 原決定17頁23行の次に、改行の上、以下を加える。
 「エ 抗告人は、申立ての趣旨において、相手方書面の配布が不正競争防止法上の『虚偽の事実を告知し、又は流布する行為』に該当するとして、相手方書面の配布の差止めに限定して仮処分命令の発令を求めているものではなく、その他のあらゆる方法による抗告の趣旨記載の仮処分命令の発令を求めている。
  すなわち、本件申立ては、本件独占的利用権の内実である相手方の不作為義務に対する具体的・現実的な違反行為の差止めを求めるものであって、利用権の許諾者と被許諾者という契約関係にある当事者間の不作為義務違反にかかわるものであるから、たとえ相手方の告知・流布内容がこのような契約関係にない第三者を相手方とすることを前提とする不正競争防止法における差止めの対象となる虚偽性の要件を充足しないとしても、なお、利用権許諾の趣旨に照らして、相手方は、被許諾者の利用権行使を妨害してはならず、無関係な第三者に比してより重い不作為義務を負うべきである。具体的には、利用権許諾の契約当事者である許諾者は、一定の社会的接触関係にある以上、契約に内在する当然の義務として、又は本来的債務に付随する信義則上の義務として、被許諾者に付与した権利を否定するような告知・流布を第三者にも被許諾者にも行ってはならないという不作為義務を有していると解される。許諾者が第三者に対して行った告知・流布が、虚偽とまでは断定し得なくとも、被許諾者に付与した権利を否定する趣旨の告知・流布であるならば、差止対象となる不作為義務違反行為を構成すると解される。
  本件において、仮に相手方書面の内容が『虚偽』と認定されないものであるとしても、少なくとも、相手方は、タイ王国におけるAの権利を否定し、抗告人への権利譲渡についても問題があると告知しており、抗告人の権利を否定する趣旨の告知をしていることが明白であり、利用権許諾に係る本件契約についての不作為義務違反があるというべきであるから、このような契約上の不作為義務違反に対しては、損害賠償のみならず、差止めによる救済が認められるべきである。
オ 原決定は、本件申立ての基本をなす上記不作為義務の一部を構成する『裁判上の請求を行わない合意』について、『本件全疎明資料によっても、本件契約上、相手方とAの間において、Aが本件独占的利用権を有しないことを理由とする相手方からAに対する裁判上の請求を日本以外の国で行わない旨の合意があったとは認めることはできない。』と否定したが、これが本件独占的利用権許諾とは許諾者による被許諾者に対する著作権に基づく排他的不行使義務を負うことの同意にほかならないことを否定する趣旨であるとするならば、知的財産権許諾の法的性質を全く理解しないものであって、法解釈の誤りがある。
カ また、著作権法に基づく著作権の本質は、他人が著作物について著作権法に規定されている利用行為をすることに対する禁止権・排他権であり、著作権者以外の被許諾権者が利用権を有するとは、著作権者がこの禁止権を当該被許諾者に限り解除すること、すなわち、利用権付与契約の相手方に対して差止請求権、損害賠償請求権、不当利得返還請求権を行使しない、又は刑事告訴をしないという不作為義務を負うというものであって、申立ての趣旨における『裁判上の請求を…行ってはならない』ということも、この不作為義務の履行強制を求めるものである。
 抗告人は、抗告の趣旨の主位的請求における『裁判上の請求』との範囲が、文言上、包括的な訴訟上の請求禁止と解される余地があるとされる場合に備え、抗告の趣旨における予備的請求を求める。
キ 本件契約に基づく差止請求においても、上記(2)キのとおり、『不正競争によって営業上の利益を侵害されるおそれがある』ことをもって、本件申立てが認められるべきである。」
(6) 原決定22頁15行を「(4) 争点4(保全の必要性)について」と改める。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件の準拠法)について
 本件申立ては、いずれも日本法人である抗告人が相手方に対して、国内告知・流布及び国外告知・流布の差止めと、国外裁判ないし国外訴訟などの差止めを求めるものであって、抗告人が主張する被保全債権の有無を検討するには、本件申立てにおいて差止めの対象とされている以上の行為(以下「本件対象行為」という。)が差止めの認められる行為であるのか否かについても、また、外国人であるAが契約当事者となっている本件契約の効力についても、法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)の規定に基づき、その準拠法が決定される必要がある。
(1) 不正競争防止法に基づく請求の準拠法
 抗告人は、相手方の国内の映像事業関係者に対する相手方書面の送付が不正競争防止法2条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に該当することを前提に、相手方に対し、本件対象行為の差止めを求めているが、本件対象行為は、日本国内において行われる国内告知・流布、日本国内から行われる国外告知・流布を除き、日本国外における行為の差止めを求めるものであるから、不正競争防止法の適否の以前の問題として、通則法に基づいて、その差止めの準拠法を定めなければならない。
 しかるところ、抗告人の主張に係る差止請求権については、通則法に明文の規定がないが、本件対象行為が抗告人に対する関係で違法であることを原因としてその差止めを求めることができるというものであって、通則法17条にいう「不法行為」を原因として法の適用が問題となる場合であると解するのが相当であるから、同条所定の「不法行為によって生ずる債権の成立及び効力」として、「加害行為の結果が発生した地の法」によるべきことになる。
 そうすると、日本国外における本件対象行為の差止めが認められるか否かについては、「加害行為の結果が発生した地」として、本件対象行為の結果が発生する当該外国となる。
 しかしながら、抗告人及び相手方とも我が国に本店所在地を有する日本法人であること、日本国外における本件対象行為についても、相手方が日本国内においてその意思決定を行うものと考えられること、国外における本件対象行為によって当該外国において結果が発生したとしても、その結果は日本国内の抗告人に対して影響を及ぼすものであることなどの事情に照らすと、明らかに当該外国よりも我が国が密接な関係がある他の地ということができるから、通則法20条により、その準拠法は日本国法と解するべきものである。
 したがって、日本国内における本件対象行為については、もとより不正競争防止法が適用されるほか、日本国外における本件対象行為についても同法がその準拠法として適用されることになる。
(2) 本件契約に基づく請求の準拠法
 抗告人の主張によると、本件契約は、通則法施行日以前の昭和51年、我が国において、日本法人である相手方とタイ王国人であるAとの間で締結されたものである。
 したがって、本件契約の成立及び効力については、通則法附則3条3項、法例7条により、当事者による準拠法の選択がある場合は当該選択地の法、当事者による準拠法の選択がない場合は行為地法(同条2項)によるべきものである。
 そして、本件契約書には、準拠法についての規定がなく、契約当事者である相手方及びAにおいて準拠法の選択について合意していたことを認めるに足りる証拠もないので、本件契約の成立及び効力の準拠法は、本件契約の行為地法である我が国の法によることになる。
2 争点2(不正競争防止法2条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」の存否等)について
(1) 証拠及び原審における審尋の全趣旨によると、一応、次の事実を認めることができる。
ア 相手方書面の送付に先立って、抗告人書面(疎乙2)が関係者に送付されているところ、同書面には、@平成20年11月に抗告人を設立したこと、A抗告人は、Aと相手方との間で締結された本件契約におけるAの一切の権利を引き継ぎ、運用していくことになったこと、B本件契約は、日本の最高裁判決で確定している(なお、実際は、東京高裁判決が最高裁の上告棄却兼不受理決定により確定したもの。疎甲3)ウルトラマンの日本を除く全世界の独占的利用権をAに認めたものであり、その海外利用権の一部として、タイ王国及び中国で独自の展開がされてきたものであって、今後、抗告人は、本件独占的利用権を行使して、世界的な展開を目指すことが記載されているが、他方、平成20年2月5日に言い渡されて確定したタイ最高裁判決(疎乙1)において、本件契約書が偽造された無効なものであって、タイ王国においては、Aが本件独占的利用権を実施できなくなっていること、中国においてAと相手方との間の訴訟が係属中であることについての記載はない。
イ Aは、平成21年2月10日、相手方に対し、本件契約に基づくAのすべての権利を平成20年12月24日に抗告人に譲渡した旨の通知をしたが(疎甲4の1、2)その一方で、抗告人代表者であるBは、雑誌のインタビューにおいて、Aは、同年12月24日、子のDに本件独占的使用権を譲渡し、その後、Dから抗告人に本件独占的利用権が譲渡されたと答えていた(疎乙3)。
ウ 相手方書面(疎甲5)には、@Aから抗告人に対する本件独占的利用権の譲渡については、法的に重大な疑義があるため、相手方は、これに異議を述べ、法的手続を執る予定であること、A平成20年2月5日に言い渡されたタイ最高裁判決において、本件契約書が偽造された無効なものであるとの判断がされて確定し、これにより、Aは、本件契約に基づく権利主張が禁じられ、タイ王国において相手方に対する損害賠償債務を負い、文書偽造の罪で訴追されていること、B相手方がこれらの事実を知らせるのは、抗告人書面に記載された客観性・正当性を欠いた情報により、関係者に迷惑を掛けることになってはならないと考えたからであることなどが記載されているが、他方、Aの本件独占的実施権を認めた東京高裁判決が存在すること、その後にタイ最高裁判決が出されたことによって東京高裁判決で確認されたAの本件独占的利用権に何らかの影響が生じるのかということについての記載はない。
(2) 以上のアないしウの事実によると、相手方書面の内容は、タイ最高裁判決によって、タイ国内において、Aが本件独占的利用権を有することを主張することができないこと、Aは、タイ王国において相手方に対する損害賠償債務を負い、文書偽造の罪で訴追を受けているとの客観的事実を伝えるものと認めることができるところ、前記第2の3の前提となる事実によると、相手方書面は、その記載内容、配布先、作成に至る経緯等に照らし、その配布の直前に抗告人書面を受領している者に送付されたものであって、その送付を受けた者は、本件独占的利用権についてAと相手方との間で従前から紛争があり、我が国においては、確定した東京高裁判決によって、Aが本件独占的利用権を有することが確認されていることを認識している者であると認められることからすると、その後に相手方書面を受領しても、抗告人書面と対比して、相手方書面は、要するに、タイ最高裁判決によってタイ王国内においてAが本件契約書に基づく権利主張等をすることが禁じられたことなどを述べているにすぎないと理解すると認めるのが相当であり、さらに進んで、Aがタイ王国以外の外国でも本件独占的利用権を主張することが禁じられているとまで理解するとは解されない。
 また、上記雑誌によると、Aが有していた本件独占的利用権を抗告人が取得した経緯について、Aから直接に取得したのか、Aの子であるDを経て取得したのか、相手方において疑義を抱く余地があったこと、本件独占的利用権に基づくAの権利主張がタイ王国ではできなくなっていること、前記第2の3の前提となる事実のとおり、本件独占的利用権について中国において係争中であることなどに照らすと、第三者が我が国以外の国で抗告人との間で本件独占的利用権を基にした事業を行う場合には紛争が生ずるおそれがあることは否定し得ないことを踏まえると、相手方書面も、要は、この点について指摘するものであったと解することができる。
(3) そうすると、相手方書面をもって、抗告人の主張するように、タイ最高裁判決が東京高裁判決に優先し、抗告人が無権利者となるため、抗告人と取引に及べば損害を被ることが記載されたものとまで認めることができず、また、抗告人書面を受領した後に相手方書面の送付を受けた者がそのように理解すると認めることもできない。
(4) したがって、相手方書面の送付をもって、相手方において、抗告人の主張するように、東京高裁判決で認められたAの有する本件独占的利用権が無効であることを理由として、本件独占的利用権を譲り受けたとする抗告人が当該利用権を有しない旨を告知し又は流布したものと解するのは相当でなく、それ故に、そのような相手方書面の送付があったとの事実をもって、相手方において、Aが本件独占的利用権を有しない旨を告知し又は流布するおそれがあることの徴表と解することもできないし、さらに、相手方書面の送付以外に、相手方においてAが本件独占的利用権を有しない旨を告知し又は流布するおそれがあることの徴表となるような事実についての疎明があるともいえないから、そもそも我が国の不正競争防止法が国外における行為等に適用されるか否かという点はさておき、抗告人がAから本件独占的利用権の譲渡を受けていたとしても、抗告人の同法に基づくという請求について、抗告人主張の被保全権利の疎明があるということができない。
3 争点3(本件契約に基づく差止請求の可否)について
 本件全疎明資料によっても、本件契約上、相手方とAとの間において、Aが本件独占的利用権を有しないことを理由とする本件対象行為を行わない旨の合意があったと認めることはできず、本件契約に基づくという請求について、抗告人主張の被保全権利の疎明があるということができない。
 なお、抗告人は、利用権許諾の契約当時者である許諾者は、一定の社会的接触関係にある以上、契約に内在する当然の義務又は本来的債務に付随する信義則上の義務として、被許諾者に付与した権利を否定するような告知・流布を行ってはならないという不作為義務を有しており、被許諾者が第三者に対して行った告知・流布が、虚偽とまでは断定し得なくとも、被許諾者に付与した権利を否定する趣旨の告知・流布であるならば、差止めの対象となる不作為義務違反を構成すると解されること、また、著作権法に基づく著作権の本質は、他人が著作物について著作権法に規定されている利用行為をすることに対する禁止権・排他権であり、著作権者以外の被許諾者が利用権を有するとは、著作権者がこの禁止権を当該被許諾者に限り解除して利用権付与契約の相手方に対して差止請求権等を行使しないという不作為義務を負うものであることなどからして、本件申立てに係る差止請求権が認められるべきであると主張する。
 しかしながら、差止請求権については、当事者間において対象行為を行わないとの合意が成立しているとき又は実定法に基づき差止請求権が付与されているときに認められるべきものであって、そのような合意又は実定法が存在しないにもかかわらず、著作権についての独占的利用権の付与があったことのみをもってこれが認められるものではない。そして、このことは、著作権という観点からみても、著作権法、不正競争防止法等の法律によって、一定の要件の下に差止請求権が認められているものであって、そのような要件がないにもかかわらず、差止請求を認めることは相当でない。
 加えて、相手方書面の送付が前記2で説示したとおりの趣旨のものと解されるにとどまる以上、本件契約についても、相手方にその義務違反又はそのおそれがあることの徴表となる事実についての疎明があるということはできないから、抗告人の主張は採用することができない。
4 争点4(保全の必要性)について
 以上のとおり、抗告人主張の被保全権利についての疎明がないので、本件申立ては理由がないことになるが、事案にかんがみ、保全の必要性についても付言する。
 抗告人が差止めを求める相手方の本件対象行為については、日本国内で行われる行為についてだけでなく、日本国外において行われる行為についても不正競争防止法が適用されるとして、本件は、そのような本件対象行為が現に行われていることを理由とする停止としてではなく、そのおそれがあることを理由とする予防として、その差止めが求められている事案であるから、日本国内外における本件対象行為を仮処分によってあらかじめ差し止める必要性があるのか否かについて、ここで検討することとする。
(1) 日本国外における本件対象行為の差止めの必要性
 本件申立ては、本件対象行為のうち、日本国外における行為の差止めを求める部分についても、仮の地位を定める仮処分命令の発令を求めるものであるが、仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができるもの(民事保全法23条2項)であって、断行的・満足的な仮処分として、その発令に際しては、高度の保全の必要性が要求されるものであるところ、本件において、相手方が日本国以外のすべての国において本件対象行為を行うがい然性があると疎明する資料はなく、抗告人の主張が具体的な国を特定することなく、漫然と日本国以外のすべての国において本件対象行為の差止めを求める必要性があるという趣旨であるとしても、そのような主張は到底これを首肯し得ず、不正競争防止法に基づく請求部分については、そもそも同法が国外における行為等に適用されるか否かという点はさておき、その必要性はないものといわざるを得ない。
 したがって、本件申立てのうち、日本国外で行われる本件対象行為の差止めを求める部分は、抗告人主張の被保全債権について検討するまでもなく、保全の必要性を欠く申立てといわざるを得ないことになる。
(2) 日本国内における本件対象行為の差止めの必要性
 日本国内における本件対象行為のうち、国外告知・流布の差止めを求める部分については、相手方が日本国外のすべての国の第三者に対してそのような告知・流布を行うがい然性があると疎明する資料はなく、抗告人の主張が具体的な国を特定することなく、漫然と日本国以外のすべての国の第三者に対する告知・流布の差止めを求める必要性があるという趣旨であるとしても、そのような主張は到底これを首肯し得ず、日本国外における本件対象行為についてと同様、その必要性はないものといわざるを得ない。
 そうすると、保全の必要性について検討する必要があるのは、日本国内における本件対象行為のうち、国内告知・流布の差止めを求める部分ということになるが、当該部分については、その被保全権利についての疎明がないことは前記説示のとおりである。
5 結論
 以上の次第であるから、いずれにしても本件申立ては理由がなく、原決定は相当であって、本件抗告は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 滝澤孝臣
 裁判官 本多知成
 裁判官 浅井憲
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日本ユニ著作権センター
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