判例全文 | ||
【事件名】医学論文の共同著作事件 【年月日】平成21年11月27日 東京地裁 平成18年(ワ)第2591号 著作権侵害確認等請求事件 (口頭弁論終結日 平成21年10月30日) 判決 原告 X 訴訟代理人弁護士 高橋謙治 同 高谷進 同 鶴田進 同 中田貴 同 荒木邦彦 同 中村仁志 被告 Y 訴訟代理人弁護士 難波修一 訴訟復代理人弁護士 松浪聖一 主文 1 被告は、原告に対し、40万円及びこれに対する平成16年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを2分し、それぞれを各自の負担とする。 4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、別紙著作目録記載の論文について、別紙通知目録記載のとおり、別紙通知先目録記載の通知先に通知せよ。 2 被告は、原告に対し、320万円及びこれに対する平成16年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は、原告が、被告が原告の同意を得ずに別紙著作目録記載の論文(英文論文。以下「第2論文」という。)を作成し、別紙通知先目録記載の通知先「Lippincott Williams & Wilkins」(以下「LWW社」という。)が発行する学術雑誌「NeuroReport」(以下「ニューロレポート誌」という。)に発表したことが、原告及び被告の共同著作物である未公表の英文論文(論文の題名・「An fMRI study on common neural correlates of reading aloud and writing to dictation」。以下「第1論文」という。)について、その共有者全員又は著作者全員の合意(著作権法64条1項、65条2項)によらずにした複製、翻案、改変及び公表に当たり、原告の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権、公表権)を侵害する旨主張して、被告に対し、著作権法117条、112条1項、2項に基づく侵害の停止のための措置又は同法115条に基づく名誉又は声望の回復のための措置として、LWW社に第2論文の撤回の通知をするよう求めるとともに、上記著作権侵害及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。 2 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。) (1) 当事者 ア 原告は、平成5年から平成9年までの間、東京大学医学部教授(音声言語医学研究施設言語神経科学部門)、平成9年から平成15年までの間、東京大学大学院医学系研究科教授(脳神経医学専攻、認知・言語神経科学分野)として、脳と言語の関係に関する研究を行っていた。 その後、原告は、平成16年に財団法人脳血管研究所(以下「脳血管研究所」という。)教授となった後も、上記研究を継続していた。 また、原告は、昭和59年から日本神経心理学会理事、平成5年から日本失語症学会理事、平成8年から認知神経科学会理事長、平成10年から雑誌「Neuropsychologia(Pergamon)」の編集委員、平成11年から日本脳機能マッピング学会運営委員を務めていた。 イ 被告は、平成8年に筑波大学(第2学群人間学類心理学専攻)を卒業後、平成10年に東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程を修了した後、同年、東京大学大学院医学系研究科博士課程(認知・言語神経科学分野)に進学し、同博士課程で原告が主宰し、指導教官を務める研究室の一員となった。 被告は、平成14年3月、同博士課程を修了した後、同年4月、東京大学医科学研究所の研究員となり、A(以下「A」という。)助教授の指導の下で研究を行うようになった。 (2) 第1論文 ア 第1論文(甲1)は、論文の題名を「An fMRI study on common neural correlates of reading aloud and writing to dictation」(訳・「音読と書き取りに共通の神経的相関についての機能的磁気共鳴画像研究」)とする英文論文である。 第1論文は、fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)(訳・「機能的磁気共鳴画像法」。以下、単に「fMRI」という。)を用いて、日本語のかなの音読における「書記素−音素変換」(grapheme to phoneme conversion)及び書き取りにおける「音素−書記素変換」(phoneme to grapheme conversion)によって生ずる脳の共通の賦活部位を明らかにすることを目的とした研究論文である。 第1論文には、著者(author)として、「Y1(1,2), A1(2), X1(1,CA)」との表示がある。「Y1」は被告, 「A1」はA、「X1」は原告の各氏名の英文表記である。「X1(1,CA)」中の右肩の「CA」は、「Corresponding Author」(訳・「文責著者」。以下「コレスポンディングオーサー」という。)を意味する。 イ 第1論文は、「言語の著作物」(著作権法10条1項1号)であり、被告は、その「著作者」(同法2条1項2号)である。 第1論文は、平成14月8月30日までに完成していたが(甲1、24、弁論の全趣旨)、未だ公表されていない。 (3) 第2論文 ア 第2論文は、論文の題名を「Neural correlates of phoneme-to-grapheme conversion」(訳・「音素から書記素への変換に関する神経的相関」)とする英文論文である。 第2論文は、fMRIを用いて、日本語のかなの書き取りにおける「音素−書記素変換」(phoneme to grapheme conversion)によって生ずる脳の賦活部位を特定することを目的とした研究論文である。 第2論文には、著者(author)として、「Y1,(CA) C1,(1) B1,(2) D1,(2) A1」との表示がある。この表示中の「Y1(CA)」のとおり、被告はコレスポンディングオーサーとして表示されている。なお、「B1」はB(以下「B」という。)、「C1」はC(以下「C」という。)、「D1」はD(以下「D」という。)の各氏名の英文表記である。 イ 第2論文は、「言語の著作物」(著作権法10条1項1号)であり、被告は、その「著作者」(同法2条1項2号)である。 被告は、平成15年12月15日、第2論文をニューロレポート誌に投稿した。第2論文は、ニューロレポート誌の編集者の査読を経て、2004年(平成16年)4月29日発行のニューロレポート誌第15巻6号に掲載された。 (4) 第1論文と第2論文との対比 ア 第1論文と第2論文は、いずれも、@「Abstract」(訳・「抄録」)、A「Introduction」(訳・「導入」)、B「Materials and Methods」(訳・「材料と方法」)、C「Results」(訳・「結果」)、D「Discussion」(訳・「議論」)、E「Conclusion」(訳・「結論」)及びF「References」(訳・「参考文献」)の各章で構成されている。 イ 第1論文と第2論文を対比すると、別紙対比表1(「Abstract」、「Introduction」及び「Materials and Methods」の各章)及び別紙対比表2(「Discussion」の章)のとおり、各下線部の箇所において、同一の英単語、句、節又は文が用いられ、上記箇所の表現は同一又は類似している。 なお、「Results」及び「Conclusion」の各章においては、第1論文と第2論文の記載内容が異なり、その表現において類似する箇所は存しない。 3 争点 本件の争点は、第1論文が原告及び被告を著作者とする共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たるか(争点1)、被告による第2論文の作成が第1論文についての原告の複製権及び翻案権の侵害に当たるか(争点2)、被告による第2論文の作成・発表が第1論文についての原告の同一性保持権及び公表権の侵害に当たるか(争点3)、原告は、被告に対し、著作権法117条、112条1項、2項に基づく侵害の停止のための措置又は同法115条に基づく名誉又は声望の回復のための措置として、第2論文の撤回の通知をするよう求めることができるか(争点4)、被告が賠償すべき原告の損害額(争点5)、原告の被告に対する本件請求が権利の濫用に当たり許されないか(争点6)である。 第3 争点に関する当事者の主張 1 第1論文の共同著作物性(争点1)について (1) 原告の主張 ア 第1論文の作成経緯 通常、大学研究室における科学論文の作成に当たっては、論文になりそうな課題を教授が学生に指示して、学生が原稿を作成し、教授がそれを添削して作成する。英語による科学論文の場合には、教授は、英語文法の添削と論文内容(テーマ設定、実験方法の指示、論文の構成、議論、結論の内容等)の添削の両方をしなければならない。 第1論文は、以下のとおり、原告の指導の下に被告が原稿を作成し、原告がその添削をしたり、自らが文章を書き下ろすことによって作成されたものである。 (ア) 原告は、平成9年以降、日本学術振興会から研究費を受け、「PET及びfMRIによる言語機構の解析−脳機能画像解析の技術的確立と新技術の開発−」プロジェクト(日本学術振興会未来開拓学術推進事業)の研究を行っていた。原告は、その研究の一環として、第1論文に係る研究を行うこととし、その研究テーマ、刺激方法(日本語の無意味音節の使用を含む。)、必要な実験器具の準備、共鳴画像の撮像条件や画像の処理方法などをすべて決定した。 原告は、この研究の実際の実験を、原告が主宰する研究室(東京大学大学院医学系研究科博士課程)に属する大学院生であった被告に手伝わせることによって、被告の博士論文の研究に必要な知識と手法を学ばせ、また、被告の業績を作るため、実験終了後のデータの処理と研究結果の論文原稿の作成を被告に担当させることとした。 なお、被告は、医学教育を受けておらず、論文作成に不可欠な脳解剖学、失語症及び脳機能画像についての知識に乏しかった。 (イ)a 被告は、原告の指導の下で、平成12年10月に第1論文の初期原稿である甲28の原稿を作成し、原告に提出した。しかし、甲28の原稿は、意味不明な文が多く、内容が貧弱で、しかも英語の初歩的誤りが余りにも多く、全面的な改訂をせざるを得なかった。 その後、被告は、平成13年6月ころ甲11の原稿を原告に提出した後、同月25日に甲12の原稿を、同年8月10日に甲13の原稿を、同月20日に甲14の原稿を、同月27日に甲15の原稿を、同月31日に甲16の原稿を、同年9月15日に甲17の原稿を、同月17日に甲18の原稿を、同月18日に甲19の原稿を、同月22日に甲20の原稿を、同年10月8日に甲21の原稿を、同月24日に甲22の原稿を、同月29日に甲23の原稿を、平成14年8月30日に甲24の原稿を、平成15年3月6日に甲25の原稿を原告にそれぞれ提出し、その都度原告に添削の依頼をした。 b これらの原稿について、原告は、被告に対し、論文全体の論文全体の方向性の指示に始まり、論文の構成の組み立て方から英語文法の訂正にまで至る広範な指導をした。これらの指導は、原告による各原稿への手書きの書き込みに表れており、その具体的な内容は、別紙書き込みによる指導の一覧表のとおりである。 c 原告は、原稿への手書きの書き込みによる指導だけでなく、被告に対し、口頭でも多々指導している。 例えば、甲28の原稿について、原告は、事前に書くべき内容を懇切丁寧に指示して、それを被告に日本語で記載させている。甲28の原稿の「(文献:X先生より聞く)」(11頁8行目)、「14.頭頂間溝の損傷で生じるalexiaの例:X先生より聞く」(15頁19行)などの記載からも明らかなとおり、被告は、当時、論文作成に必要な文献すら知らなかった。 また、甲12の原稿の被告による右欄の書き込み(別紙書き込みによる指導の一覧表の「甲12」の項参照)は、原告が甲11の原稿を検討した際に被告に口頭で指示した内容である。原告が口頭で指示した内容を被告がはっきり理解しているか不安だったので、甲11の原稿を書き直して甲12を作成することを指示した際に、甲12の右欄に原告の指導内容を書いてくるように予め被告に指示し、被告がこれに従ったものである。 さらに、甲17、20、21、23の各原稿におけるタイプされた「下線付きの日本語文」(例えば、甲17の9頁14行目の「1.共通の賦活部位を述べる」など)も、原告が被告に口頭で指示した内容である。原告が口頭で指示した内容を被告が甲13ないし16の各原稿に書いてこない場合があったので、原告は、甲16の原稿を検討した際に、次から原告が口頭で指示した内容をタイプで打ってくるように被告に指示した。甲17、20、21、23の各原稿の「下線付きの日本語文」は、こうしてタイプされたものである。 (ウ) 原告は、被告の依頼を受けて甲25の原稿の添削をしたが(別紙書き込みによる指導の一覧表の「甲25」の項参照)、第1論文(甲1)には、その添削部分は反映されていない。 なお、原告は、甲25の原稿についても、「何かを加えないと通らない。」、「大きな問題があり、それを解決するようにもう一度努力」することが必要であると考え、論文として発表できるまでのレベルではないと考えていた。それゆえ、現在に至るまで、第1論文は発表されていない。 (エ) 以上のとおり、第1論文における文章の構成や論じ方という創作的部分は、専ら原告によって作成されており、被告は、文章の大半について事実上タイプ打ちをしたにすぎない。このことは、被告の初期原稿である甲28の原稿の各章の構成が第1論文の最終稿(甲1)と異なっていること、甲28の原稿の文章が第1論文の最終稿にほとんど残っていないことからみても明らかである。 イ 原告が第1論文の共同著作者であること (ア) 医学・薬学系の学術論文誌の投稿規定では、国際医学雑誌編集者委員会(ICMJE)が定めた「生医学雑誌への投稿のための統一規定」(甲41)に準拠することが求められていることが多く、ニューロレポート誌もこの統一規定に準拠している。この統一規定によれば、@著作物の構想と設計、データ取得、データの解析と解釈に対する実質的貢献、A論文の起草又は重要な知的内容に対する決定的改訂、B掲載されることになる版の最終承認をした者は、文章を具体的に作成する作業に関わらなくとも、「著者」の資格を有する。学術論文においては、どのような内容をどのように組み立てて論理的かつ説得的に結論を導くかという点が特に重要であることから、この点を指示、指導した者は、当該論文の構想と設計を成した者であるから、仮に1文も書かなくとも、「著者」の資格を有する。 したがって、仮に被告だけが第1論文の文章をすべて書いたとしても、原告は第1論文の構想と設計に関与しているから、その「著者」であり、第1論文は原告及び被告の共同著作物となる。ましてや、前記アのとおり、原告は、自ら多くの文章を第1論文に書き下ろしているから、第1論文は原告及び被告の共同著作物であることは明らかである。 (イ) コレスポンディングオーサーは、論文内容に最終的責任を負う著者であるところ、原告が第1論文のコレスポンディングオーサーとして表示されている点からも、原告が第1論文の著作者であることは明らかである。 ウ 小括 以上のとおり、第1論文は、原告及び被告が共同して創作した共同著作物(著作権法2条1項12号)であり、原告は、被告と共に、その「著作者」(同項1号)である。 (2) 被告の反論 ア 第1論文の作成経緯の主張に対し (ア) 原告は、被告の指導教官として第1論文の作成について指導すべき立場にあったものであり、被告は、第1論文に関する原告の関与自体を一切否定するものではない。 しかし、被告が原稿を提出して原告に指導を求めても、原告からは何ら具体的な意見・方向性が教示されることはなく、単に被告の作成した文章を否定し、書き直し・再提出を命じるばかりであり、原告は、実質的には何ら指導らしい指導を行わなかった。原告による指導は、削除を指示したものが多く、新たに書き直された部分は被告自身の考えにより書かれたものである。原告が直接表現を指示した部分もあるが、それらは瑣末な語句の訂正というべきものであり、内容について具体的な表現を指導したことはほとんどない。 また、別紙書き込みによる指導の一覧表に対する被告の反論は、同一覧表の各「被告の反論」欄に記載のとおりである。これらの原告の手書きによる書き込みをもって、原告が被告に十分な指導を行ったということはできない。 (イ) 第1論文について、原告が被告に対し口頭で多くの指導を行った事実はない。 原告主張の甲12の原稿における被告による右欄の書き込みは、原告が被告に口頭で指示をした内容を記載したものではない。これらの書き込みは、被告が「Discussion」の章を作成するに当たって思いついた、自らの着想ないし案を書きとめたメモ書きである。原告が原稿を検討する便宜のために、被告がこれらの書き込みを行うことは何ら不自然ではない。 また、原告主張の甲17、20、21、23の各原稿におけるタイプされた「下線付きの日本語文」は、被告が自ら考えた内容をメモしたものもあり、原告による口頭の指導に基づき記載されたものではない。 (ウ) 甲28の原稿と第1論文を比較すると多くの変更がされていること自体は認めるが、変更された部分は、専ら被告により具体的な表現がされたものであるから、原告が著作者であることの根拠となるものではない。被告が大学院生であった甲28の原稿を執筆した時期から第1論文を執筆するに至るまでの間に、被告自身が独力で試行錯誤を繰り返しながら、英文論文の執筆能力を高めていった背景を無視することはできない。 また、被告は、甲28の原稿から第1論文の最終稿に至るまで多くの修正を行っているが、その大部分は被告が考えた表現である。原告は、第1論文に至る原稿執筆の過程で、被告による表現の削除を求め、些細な語句の訂正などを行っているが、被告に対し、内容について具体的な表現を指導したことはほとんどない。 イ 原告が第1論文の共同著作者であるとの主張に対し (ア) 著作権法上の「著作者」は、具体的な創作活動を行った者をいうのに対し、一般に学術論文においては、論文の表現を創作した者のみならず、実験に何らかの形で協力した、あるいは、論文の構成などにアイデアを提供したといった態様で研究に対して知的貢献をした者も、「著者」として表示され得るのであり、学術論文において「著者」として扱われている者と、著作権法上の「著作者」は必ずしも一致するものではない。もっとも、自ら執筆を行わなくとも原稿を執筆するに当たって詳細な指導を行った者には、共同著作者の資格が認められることもあり得るが、第1論文に関する原告の指導状況にかんがみれば、原告が詳細な指導を行っていたと到底いうことはできないのであり、原告は、第1論文の著作権法上の「著作者」に当たらない。 (イ) 原告が第1論文にコレスポンディングオーサーとして表示されていることをもって、原告が第1論文の著作者であることを根拠付けることはできない。なぜなら、既に職を得ている研究者の発表した論文であれば、コレスポンディングオーサーとファーストオーサー(第1著者)は一致することも少なくないが、近い将来に就職による連絡先の変動の可能性がある学生の場合には、便宜的に指導教官の氏名にコレスポンディングオーサーの表示を付することが多く、第1論文も正にこの場合に当たるからである。さらに、コレスポンディングオーサーは、連絡先著者としての意味を持つものであり、当該論文が他の研究者の査読を経て、学術雑誌に出版・公表されて初めて有効となる概念である。原稿段階におけるコレスポンディングオーサーの表示をもって、不当にその権限を大きく主張することは不適当である。 ウ 小括 以上のとおり、原告は第1論文の「著作者」といえないから、第1論文が原告及び被告の共同著作物であるとの原告の主張は理由がない。 2 複製権及び翻案権の侵害の有無(争点2)について (1) 原告の主張 共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ行使することができないところ(著作権法65条2項)、被告が、以下のとおり、原告に無断で第1論文を複製及び翻案して第2論文を作成した行為は、第1論文についての原告の著作権(複製権、翻案権)の侵害に当たる。 ア 複製権侵害 (ア) 類似性 別紙対比表1及び2の各下線部の箇所において第2論文に第1論文と同一又は類似の表現が存することは、前記第2の2(4)イのとおりである。 別紙対比表1及び2によれば、第1論文と第2論文は、全く同じ単語が同じように配置されている箇所が多数に上ること、単語の言い換えのみを行い文意は同じ文章はさらに多数に上ること、文章の並びについても、文章の加筆及び削除が若干見られる程度であって、大多数の箇所において、酷似した文章がほぼ同一に並べられていることなどからすれば、第2論文は、第1論文の文章と実質的に同一の表現を有形的に再製したものといえる。 (イ) 創作性 a 学術論文の書き方も多種多様であって、どのような内容を記載するか、どのような順序で並べるか、単語の選択、文体の選択、言い回しなどほぼ無限の書き方が存在する。また、同一人物が作成に関与したときでも、論文が異なれば文章も自ずから異なってくる。 したがって、第1論文における別紙対比表1及び2の下線部の箇所の表現は、創作性を有する。 b 「Abstract」の章について (a) 別紙対比表1の1の下線部の「is based on knowledge of how to convert」との表現については、例えば、「is based on」を「is founded on」にしてもよく、「knowledge of」を「rules for」にしてもよい。 また、同下線部の「In writing to dictation(・・・・)」は、「In dictation」又は「When we write to dictation,」と、同下線部の「phoneme-to-grapheme conversion」は、「phoneme-grapheme conversion」、「phoneme-grapheme-conversion」又は「phoneme to grapheme conversion」などと表現することが可能である。 さらに、同下線部の「namely」に係る部分は、namelyの前にgrapheme-to-phoneme conversionの説明があり、namelyの後に専門用語(grapheme-to-phoneme conversion)があるが、この順序を逆にして、専門用語を先に書き、後から説明する構文でも可能である。例えば、「One way to read aloud is grapheme-to-phonemeconversion, which is based on knowledge of how to convert letter to the corresponding speech sound.」という文でも同じ意味となる。また、namelyではなく、that isを用いることも可能である。 (b) 別紙対比表1の2の下線部の「Little is known about the neural substrate of」との表現については、「Little is known〜」という強調法を使用した個性的な書き方であり、これに変えて、例えば、「we know little about the neural substrate of〜」、「There is a paucity of literature regarding〜」、「The neural substrate of 〜 is not well studied 」でもよい。また、「substrate」(基盤)の代わりに、「correlate」(関連)や「basis」(基礎)を使用してもよい。 (c) 別紙対比表1の3の下線部の「functional magnetic resonance imaging」は、2回目以降については「functional MRI」あるいは「fMRI」と略して用いることが多い。略さず何度も繰り返し用いる表現は独自性の高い表現である。 また、同下線部の「Our study aims to clarify the neural substrate・・・」との表現は、「We aimed to clarify the neural basis・・・」、「The present study aimed to delineate・・・」にしてもよい。 さらに、同下線部の「clarify」(明らかにする)という動詞の代わりに、例えば、「elucidate」(明らかにする)や「delineate」(・・・の輪郭を描く)を使用することも可能である。 (d) 別紙対比表1の4の「We employed Japanese as materials because the two kinds of conversions are simple.」との表現については、「employed」(使用した)の代わりに、「used」(使用した)を用いること、主語を「Japanese」として、「Japanese was employed as materials」とすること、「because」の代わりに、「on the ground that」(〜という理由で)を用いることが可能である。 また、「In Japanese one phoneme is represented by one grapheme (kana letter) and vice versa,」との表現は、「In Japanese, one grapheme (kana letter) represents one phoneme and vice versa」と表現することができる。 (e) 別紙対比表1の5の下線部の「Functional magnetic resonance imaging」は、前記(c)のとおり、略さず、何度も繰り返し用いる表現は独自性の高い表現である。 また、同下線部の「activated」(賦活される)は、「demonstrated activation」(賦活を示した)にしてもよい。 さらに、 主語を「Functional magnetic resonance imaging」とするのではなく、「Our study」や「Our experiment」とすることも可能である。 (f) 別紙対比表1の6の下線部の「writing to dictation」の代わりに、「dictation」を用いることができる。 (g) 第2論文の「Abstract」の章は1ないし6の6項から構成されている。 しかし、「Abstract」の記載において、何項を使って記述しようが自由であり、6項でなければならない理由はない。第1論文及び第2論文は、いずれも過去の研究に言及した後で目的及び結果を述べているが、記述の順序も自由である。 また、第2論文の1項(書き取りの説明)又は2項(この方面の研究が少ないことの記述)を省いたり、1項を後ろにもっていき、3項(目的と方法論)から始めることも可能である。 さらに、3項を1文でなく、2文に分けることや、「Abstract」に他の文を付け加えることが可能である。 (h) 以上のように「Abstract」には多数の書き方が存在するから、第1論文における別紙対比表1の下線部の箇所の表現は、創作性を有する。 c 「Introduction」の章について (a) 別紙対比表1の10の下線部の「is based on knowledge of how to convert」,「phoneme-to-grapheme conversion」との表現及び「namely」に係る部分の表現については、前記b(a)と同様である。 また、同下線部の「The other is based on memory of specific letter-sequences(lexical).」は、「The other is based on utilization of a whole word retrieval process.」でもよい。 (b) 別紙対比表1の14の下線部の「indicated」(示唆した)は、「implied」(暗に意味した)又は「suggested」(示唆した)と、「affect」(影響する)は、「disturb」(障害する)と表現することが可能である。 また、「the importance of the left frontal cortex in the two kinds of conversion was also suggested 」(2種類の変換において、左前頭皮質が重要であることも示唆された。)」は、「It was also suggested that the left frontal cortex played an important role in the two kinds of conversion.」と表現することもできる。 (c) 別紙対比表1の20の下線部の「because most phonemes are represented by more than one grapheme 」という部分は独自性の強い表現である。英語の音素は一つ以上の書記素で表わされるので、そのまま、「one phoneme is represented by one grapheme or more」と書くのが自然かつ通常の表現である。それを「全ての音素」についてではなく、「たいていの音素」だけ取り上げて、「たいていの(英語の)音素は二つ以上の書記素で表わされる」と強調して記載されているのは、著作者の個性が強い表現である。 (d) 別紙対比表1の22の下線部の「functional magnetic resonance imaging」との表現については、前記b(c)と同様である。 同下線部の「The aim of our study is to clarify ・・・.」との表現は、「We aimed to clarify ・・・」、「Our study aims to clarify」又は「The present study aimed to delineate・・・」とすることも可能である。 また、同下線部の「the neural substrate」(神経的基盤)は、「the neural correlate」(神経的関連)でも「the neural basis」(神経的基礎)でもよい。 (e) 別紙対比表1の10で、音素−書記素変換のことを述べて、その後、20と21で、再び、音素−書記素変換のことを述べているが、20と21は10の次に続けて述べることも可能である。 14では、音声学的失書の責任病巣に関して、Roeltgenらの説を紹介しているが、他の研究者の説を代わりに記載してもよい。また、Roeltgenらの研究は、脳の損傷例に基づく説であり、第1論文及び第2論文は機能的磁気共鳴画像法に基づく研究なので、機能的磁気共鳴画像法に基づく学説もここで加筆しておくほうが分かりやすい。 20と21で、日本語は英語に比べ、音素−書記素変換が単純であることを述べているが、音素−書記素変換が単純である日本語を使用した研究を行うと、英語を使用した場合に比べ、どんな違った結果が得られるのかについて、加筆した方が分かりやすい。 さらに、書字には、書き取りと書称(「絵や物を見て、その名称を書く」)があるところ、この研究で、書き取りを取り上げ、書称を取り上げなかった理由を加筆すれば、「Introduction」として分かりやすくなる。 (f) 以上のように「Introduction」には多数の書き方が存在するから、第1論文における別紙対比表1の下線部の箇所の表現は、創作性を有する。 d 「Materials and Methods」の章について 「Materials and Methods」は、被験者、課題、データ取得及びデータ分析についての「事実」を記載する部分であるところ、その記載の仕方については無数の表現があり、筆者の学識及び能力や、丁寧に書くとか簡潔に書くとかといった筆者の態度によっても異なる表現となる。 (a) 「Subjects」(24ないし27) 別紙対比表1の24については、@「Subjects」(被験者)は、「participants」(参加者)又は「Study participants」(研究参加者)にしてもよい。「Subject」(被験者)を主語にする代わりに、「Twenty-one Japanese young male」を主語にして、動詞も「were」でなく、例えば、「participated」(参加した)を用い、「Twenty-one Japanese young male participated in the fMRI study」として、被験者の年齢は次に別の文で記載するという表現もある、また、被験者に「healthy」(健常な)などの形容詞を「young」(若い)の代わりに使用することも可能である、A24の文中に被験者の年齢の記載が含まれているが、この部分だけで一つの文にすることができ、また、「SD」(標準偏差)と平均に加え、「range」(範囲)を記載することもできる、B24の文は、被験者の神経学的あるいは聴覚的障害の既往歴の記述を含んでいるが、この部分だけで一つの文にすることができる。 別紙対比表1の25については、「right-handed」(右手利きの)の記載は24の文で記載してもよい。また、この文は、エジンバラ質問紙法あるいはエジンバラ質問紙法の左右差指数を主語にして表現することもできる。その際、左右差指数の数値を加えて、より正確に表現することもできる。 別紙対比表1の27については、@「experimental procedure」(実験手続)が主語になっているが、「study」(研究)あるいは、「protocol」(実験計画)も使用することができる、A「approved」(承認された)という動詞が用いられているが、「approval」(承認)という名詞を使用して表現することも可能である、Bインフォームドコンセントについても、「obtained」(得られた)ではなく、「received」(受け取った)でもよく、また、「al l t he su bj ec ts」(すべての被験者)と記してあるが、「all subjects」でも「all participants」でもよい、C27の前半部分は実験手続の承認を扱い、後半部分はインフォームドコンセントを扱っているが、この順序を逆でもよく、そのような表現もある。 さらに、24ないし27の文章については、@被験者の人数が記載されている24に、右手利きということを書き加えれば、25の文は省略が可能である、A24の文は、被験者の人数、年齢及び既往歴が記載されており、これら三つは、それぞれ独立の文で表現することができる、B24項において、被験者をどこで募集し、どこから得たかを加筆することも可能であり、そのほか、被験者が男性か女性か、男女の比率などの情報を加え、新たな文を作ることもできる、C被験者の脳画像をどこで撮像したか、加筆したほうがより適切である、Dこの種の実験においては、騒音のひどい磁気共鳴画像装置の中で、被験者が言葉を聞いてそれを書き取りしているので、言葉が聞こえるように、騒音対策としてどのようなことをしたのか加筆した方が、より実験の適正さを強調できる。 (b) 「Tasks」(28ないし43) 別紙対比表1の28については、@第1文で、「we」を主語にしているが、「three experimental conditions」を主語にすることができ、また、「define」(定義する)という動詞の代わりに「design」(企画する)を使用し、あるいは「as follows」を省略したり、実験条件であることを明示する副詞句(例えば、「for the fMRI scan periods」(fMRI撮影期間中)など)を加えることもできる、A第2文については、「last」(続く)という動詞が使用されているが、「take」、「continue for」、「carry on for」を使ってもよいし、また、副詞句、例えば、「for a duration of 40s」(40秒間)にしてもよい。 別紙対比表1の29については、@第1文の冒頭は「as stimuli set」となっているが、これを文の後ろにもってきてもよい、A「stimuli set」の「stimuli」(複数形) は誤りで「stimulus」(単数形) が正しい、B主語を「we」にしているが、主語を他の名詞(例えば、「phonograms」)にすることができる、C文中の関係代名詞節を独立の文にすることが可能である。 別紙対比表1の32については、@第1文で、「back-projected」(裏から投影された)の代わりに「projected」(投影された)と省略形にしたり、また、「screen」(スクリーン)に「translucent」(半透明の)を加えてもよく、さらに、「from an LCDvideo-projector」(LCDビデオプロジェクターから)の「from」を「via」に変えることが可能である、A第2文は第1論文も第2論文も全く同一の表現であるが、主語の「The stimulus sound」の代わりに「The auditory stimuli」、「into the MRI system」の代わりに「into the subjects' ears」でもよいし、また、「aplastic tube that terminated in the ear plugs」(端が耳栓になっているプラスティックチューブ)の「that」という関係代名詞は省略し、構文を能動態に変えることも可能である。 別紙対比表1の34については、@「a red point at the center of the screen」は、「a red central fixation point」(赤い中心の固視点)でもよい、Aまた、「was asked」(求められた)あるいは「was required」(求められた)を加えてもよい。 別紙対比表1の36については、二つの文を「and」でつないでいるが、この「and」は省略して二つの独立の文にすることが可能であり、また、「kana letter」(仮名文字)は「kana」でも、「phonogram」でも、「kana character」でもよい。 別紙対比表1の41については、@「the rate」ではなく、「the stimulus」(刺激)を主語にすることができる、Aまた、第2文の一部を第1文に含めることができる。 別紙対比表1の42については、@「periods of」(〜の期間)という2単語を省略しても同じ意味になる、Aまた、「interleaved」(差し込まれた)の代わりに「inserted」(挿入された)でもよい。 別紙対比表1の43については、@「in a pseudorandomized order」(擬似無作為的順序)は、「The order of presentation of each conditions were pseudo randomized」のように文にすることができる、A第2文の「consisted of」(成っていた)は、「was composed of」あるいは「comprised」、「repeated」(繰り返された)は、「presented」(提示された)でもよい。 さらに、28ないし43は、「Tasks」(課題)を記述した文章であるところ、@28が実験条件を記し、29が刺激について記しているが、この順序は逆にすることもできる、A42と43は、実験条件に関する記述であり、課題について記載している28の次に持っていってもよい。むしろその方が分かりやすい、B64は、課題がどのような構成要素から成り立っていると仮定されるかを記載しているが、これは28ないし43で記載してもよい、C書き取り課題で使用した文字の刺激、刺激間隔及び刺激系列などをどのようなコンピュータソフトで作成したのかを加筆することができ、むしろそれらを明記する方が一般的である、D書き取り課題では人の声を聞いてそれを書くので、人の声がどのような声であるのか、片方の耳に提示されたのか、両耳への提示なのかなどの情報を加筆するのが一般的である、E書き取り課題を研究するのに、固視条件をなぜ行ったのかについての説明がないが、これについて説明を加筆するのが一般的である。 (c) 「Data aquisition」(45ないし49) 別紙対比表1の45については、@「fMRI data acquisition」(fMRIデータ取得)の代わりに「fMRI data」(fMRIデータ)を使い、動詞「performed」(行われた)の代わりに「acquired」(取得された)を用いることができる、A「Experimental data」(実験データ)の代わりに「fMRI image data」(fMRI画像データ)を用いることも可能である、B「using」(用いて)の代わりに「employing」(用いて)や「utilizing」(用いて)を使用することも可能である、C「equipped with」(備えた)は、「provided with」(供給された)でもよい、D「fMRI image data」の代わりに「EPI data」で文を始めることもできる、E地名の「Wisconsin」は、「WI」とも表記することができ、また、「Wisconsin」は省略して、代わりに「Connecticut」(コネチカット)を使用できる。 別紙対比表1の46及び47については、@「contiguous」(連続した)は、46で使用しなくてもよい、A「whole brain」(全脳)は、「covering whole brain」として「obtained」の次にもってきてもよい、B46の最後の部分は「using an axial slice orientation」であるが、この部分は「axial」に短縮し、48の冒頭にもってきて、「Axial contiguous multislice」(水平断連続スライス)と表現することができる、C「multislice」は「slice」に省略できる、D「Axial contiguous multislice」の前に枚数を付けてもよい、E47の文は動名詞句で46に相当する文に埋め込める。 また、46の文のカッコの中(撮像条件)については、@第1論文では「TE」を「TR」より先に記述しているが、「TR」を「TE」より先に記述してもいずれでもよい、A第1論文や第2論文ではフリップ角が記述されていないが、これを加筆する方が一般的な表現である、B「FOV」の記述も「mm」で表してもよいし、「cm」で表してもよい、C第1論文及び第2論文ともマトリックスの記載をしているが、マトリックスの代わりに平面分解能を記した方がより正確である、D「Thirty six axial contiguous slices」と表現した場合は、カッコの中の「36 slices」は省略できる。 別紙対比表1の48については、@「A total of」は1セッションの合計なのか何の合計なのかはっきりしないので、これを除き、1セッションでのボリューム数を記載する表現法もある、A「Dummy volume」(名義だけのボリューム)について、一つの独立した文で表現する方法もあり、名義だけのボリュームは捨てるのか否か、どういう理由で捨てるのか、を記載する表現法もある。 別紙対比表1の49については、@脳の形を撮影する理由を加えて、意味を明確にする表現も可能である。理由を加えれば、「structural」(構造的)という形容詞は除くことができる、A「of all subjects」(すべての被験者について)の代わりに「of the entire brain」(全脳の)を用いることができ、この方が「of」の対象が限定されており、表現が明確になる、B「collected」(集められた)の代わりに「obtained」(取得された)を用いることができる、C「before」(前)の代わりに「prior to」を使うことができる。 さらに、45ないし49は、「Data aquisition」(データ取得)を記述した文章であるところ、@46及び47は上記のとおり二つの文を一つにまとめて表現することが可能である、A46のT2*強調の画像法の条件について説明を加えれば分かりやすくなる、B47ではT2*強調系列を使用した理由が述べられているが、この理由は周知のことなので省略することができ、あるいは、46項の文の「T2*-weighted fMRI images」(T2*強調画像)に続けて、「depicting blood oxygenation level-dependent (BOLD)contrast」(血中酸素化レベル依存(BOLD)コントラストを描く)を加えれば、T2*強調系列を使用した理由を十分説明できる、C48は1セッションのボリューム数についてだけでなく、名義だけのボリュームについても記載しているので、二つの文にすることができる、D48で合計185ボリュームと記しているが、何と何を加算して185ボリュームになる説明を加える方が一般的である、E48で磁気飽和を待つための開始時のダミーボリュームのことが記載されているが、省くこともできる、F49は実験前に構造−高解像T1画像を撮影したことを記載しているが、この文は46の前に持ってくることができる。 (d) 「Data analysis」(50ないし53) 別紙対比表1の50については、@主語が「data analysis」(データ分析)となっているが、「image processing」(画像処理)の方が一般的な表現である、A「SPM」という略語を使用せず、「statistical parametric mapping」(統計的パラメトリック地図作成)という正式名で表現するほうが正式である、Bコンピュータソフト名「MATLAB」については、番号を記述する表現の方が一般的である。販売会社の所在地については、「Natick」という表現もある。 別紙対比表1の51については、@「for head motion」(頭の動きのために)は、「to correct for head movement between scans」(画像間の頭の動きを直すために)にしてもよい、A「The EPI image」という主語は、「The functional images from each subject」(各被験者の機能的画像)に変えることができる、B「Next」で始める第2文は、主語と副詞句を変えた表現が可能である。 別紙対比表1の52については、@「spatially normalized」(空間的に標準化される)という句のうち、「spatially」は使用しなくてもよい、A「defined by」(〜によって定義された)の代わりに「by matching to」(〜に照合することによって)でもよい、B「MNI template」には「standardized」(標準化された)という形容詞をつけることもできる、C「using」(使用して)の代わりに「with」(〜でもって)という語を使用することも可能である、D「the images」は「the EPI images」あるいは、「the normalized EPI images」(標準化されたEPI画像)でもよい、E「an 8-mm FWHM Gaussian kernel」については、「FWHM」については「full width half-maximum」と正式の表現をしたほうが分かりやすく、「a Gaussian Kernel of 8mm」と表現してもよい。 別紙対比表1の53については、「a high-pass filter」(高域濾波)を主語にしても記述できる。 さらに、51ないし53は、「Data analysis」(データ分析)を記述した文章であるところ、@51の第2文で、EPI画像は構造T1画像と合わせられた(共通登録された)と記載してあるが、この記載は、再整列された機能的画像から平均された機能的画像を作ってから行うことなので、そのことを加筆するのが一般的な表現である、A52で、機能的画像に空間的標準化を行う記述があるが、実際には、機能的画像だけでなく、構造−高分解能T1画像も空間的標準化をしなければならないので、そのことについて加筆する方が適切である、B52の後半で、画像が平滑化されたことが記載されているが、平滑化された目的が書かれていないので、平滑化をするのは、修正された統計的推論を可能にする下準備のためであり、また脳の形態的個人差の埋め合わせをするためなので、これらのことを加筆するのが一般的である、C53でデータが高域濾波されたと記載されているが、高域濾波された理由が書かれていないので、ドリフトといわれる低周波数の雑音を取り除くためであることを加筆したほうが分かりやすくなる。 (e) 「Data analysis」(54ないし63) 別紙対比表1の54については、@個人分析が行われたと記しているが、どういうデータに基づいて分析されたか明確でないので、個人分析もグループ分析も、SPMを計算してそのデータをもとに分析されたことが加筆されている方がわかりやすい、A群分析は、母集団推定のために行われたと記しているが、通常は当たり前なので記述しないことが多いので、個性的な表現である、B54の第2文の「The group analysis」は、「Random-effect analysis was undertaken to obtain results generalizable to the population.」と表現することが可能である。 別紙対比表1の55については、@「In the first level analysis」(第1レベル分析では)は、「Firstly」(第1に)と表現してもよい、A「the activation」(賦活)は、「the hemodynamic response」(血行動態反応)でもよい、B「separately」(別々に)は当たり前なので省略が可能である。 別紙対比表1の58については、@「according to」(〜によって)の代わりに「using」(用いて)あるいは「with」(でもって)を使用してもよい、A「the general liner model」(一般線形モデル)は「the general liner model approach」(一般線形モデルアプローチ)でもよい、B主語の「the mean signal intensity of」(〜の平均信号強度)を「the functional data」(機能的データ)に変え、「the functional data was estimated」(機能的データは〜と推定される。)の形にしてもよい。 別紙対比表1の59については、@「In the second-level analysis」(第2レベルの分析)は、「secondly」(第2に)で代用することができ、また、「Then」でもよい、A「the estimates」(推定値)は通常は使われず、「the estimated mean images」(推定された平均画像)の方が適切な表現である、B「by paired t-test」(対応のあるt検定によって)の「by」は誤りで、「with」にするのが正しい、C「taking into account the variance of estimated activation among all subjects」(すべての被験者間の推定された賦活の分散を考慮に入れて)という分詞構文は、群間のt検定では当たり前のことなので、使用されないことが多く省略できるから、この表現は個性的であるといえる。 別紙対比表1の60については、@第1文の前半に「These t-statistics」(これらのt-統計法)という語句があるが、「The t-statistics」(そのt-統計法)と表現してもよい、A第1文の後半の「by referring to the probabilistic behavior of Gaussian random fields」(Gaussian random field の確率的挙動を参照することによって)は、通常は、省略して、「by the Gaussian random fields」あるいは、「by the Gaussian random field theory」と表現することが多く、珍しい個性的な表現である、B文の意味を明確にするには、「are corrected for multiple comparisons by the Gaussian random field theory」(Gaussian randomfield理論によって多重比較を修正した。)のような表現も可能である、Cまた、独立の文として、「Gaussian random field theory was applied to obtain corrected statistical inference.」( Gaussian random field理論が、修正された統計的推定を得るために適用された。)と表現してもよい。 別紙対比表1の63については、@「Activated brain structures」(賦活した脳構造)は、「Activated brain areas」(賦活した脳領域)あるいは、「Activated areas of the brain」(脳の賦活した領域)を用いることもできる、A「referring to」(・・・を参照して)の代わりに「consulting」(・・・を参照して)でもよい、B「the standard brain atlas」(標準的脳図譜)の代わりに「the brain atlas」(脳図譜)でも、「the atlas」(図譜)だけでもよい、C「identified」(同定された)という動詞の代わりに「estimated」(推定された)でもよい。 さらに、54ないし63は、統計処理を記述した文章であるところ、@高域濾波の記述である53は、平均信号強度の線形モデルによる推定の記述文である58の文の次に来る方が分かりやすく、高域濾波の記述がこのような位置にあるのは個性的である、A54の第2文は、「The analysis was implemented according to the random-effect model.」(分析は、無作為効果モデルにしたがって実施された。)と記してあるが、これでは、個人のデータも群のデータも無作為効果モデルで行われたと誤解されてしまう、無作為効果モデルは、群のデータの分析に使用されたもので、群のデータについて述べている59で記述されるのが普通の表現である、B55で第一分析レべルとして各被験者の分析が、59項では第二分析レベルとして被験者群の分析が述べられているが、各被験者の分析は、被験者群の分析のために行っているだけであり、各被験者の分析結果は結果として使用されていないので、分類して表現する必要はなく、まとめて簡略にすることができる。 (f) 「Data analysis」(64ないし68) 別紙対比表1の64については、@第1文の「The assumptions underlying our analysis are as follows」(我々の分析の仮定は次のようなものである。)は、「The following assumptions underlie our analysis.」あるいは「Our analysis is based on the following assumptions.」でもよい、A「The assumptions」の代わりに「hypotheses」(仮説)を使用してもよい、B第2文の表現のうち、「be divided into」(〜に分けられる)は、「consist of」(〜から成り立っている)でもよいし、「be composedof」(〜から成り立っている)でもよい、C「phoneme-to-grapheme」(音素−書記素)は、「phoneme-grapheme」でもよいし、「phoneme to grapheme」でもよい。 別紙対比表1の67については、@第1文では、「comparison」(比較)という名詞を使用せず、「compare」(比較する)という動詞を使っても表現できる、A「contrast1」(比較1)は省略可能であり、また、文の終わりでなく冒頭にもってきて「The first contrast」(第1比較)と表現してもよい。 別紙対比表1の68については、@「demonstrate」(示す)の代わりに「reveal」(明らかにする)あるいは「show」(示す)を使用することができる、A「neural regions」(神経領域)は、「cortical area」(大脳皮質領域)、「cortical regions」(大脳皮質領域)又は「neural basis」(神経的基礎)でもよい。 さらに、64では、書き取り課題が四つの構成要素から成り立っているという仮説が述べられているが、これは、書き取り課題を論じている36の次で論じても良い。 (g) 以上のようにMaterials and Methodsには多数の書き方が存在するから、第1論文における別紙対比表1の下線部の箇所の表現は、創作性を有する。 e 「Discussion」の章について (a) 別紙対比表2のaの「The result of this study revealed that・・・」との表現は、主語を変えて、「Our results revealed that 」、「Our study revealed that」や、「The results of our study that」にしてもよいし、また、動詞の「revealed」(明らかにした)を「showed」(示した)にしてももよい。 「phoneme-to-grapheme conversion」(音素−書記素変換)は、「phoneme grapheme conversion」でも「phoneme to grapheme conversion」でも通用する表現である。 (b) 別紙対比表2のcの第1文については、@「close」の代わりに「near」(近い)としてもよい、「Exner’s area」(エクスナー領)ではなく、「Exner’s center」(エクスナー中枢)という表現の方が普通である、A「the center for writing」(書字の中枢)は、通常は、「the writing center」が使用され、あまり用いられない表現であり、個性的である、B「which has long been proposed」のうち、「long」(永く)は、省略可能である、C「which has long been proposed〜」の表現は、「namely」,「the writing center」を使用して、「This area is near to Exner’s area, namely,the writing center.」(この領域は、エクスナー領域、すなわち、書字中枢に近い)。」という表現も可能である。 次に、第2文については、@「Lesions in this region」(この領域の損傷)は、「Lesions in this area」、「Lesions in the area」、「Damage to the area」などが可能である、A「induce alexia with agraphia 」(失読失書を引き起こす)という表現は、「induce」の代わりに「cause」を使用することもできる、B「disturbed」(障害される)の代わりに「impaired」を使用することも可能である。 (c) 別紙対比表2のdの「phoneme-to-grapheme conversion」(音素−書記素変換)には、いくつもの別の表現が存在することは前述のとおりである。 (d) 別紙対比表2のeについては、「studies」の代わりに「researches」を、「stimuli」の代わりに「experimental stimuli」を、「used」の代わりに「employed」を、「investigate」の代わりに「study」を使用することができる。 (e) 別紙対比表2のfの第1文については、「two or more graphemes」(二つ以上の書記素)は誤りである。例えば、音素/t/は、「t」という書記素だけで表される。「one or more graphemes」(一つ以上の書記素)が正しい。 第2文の「in Japanese,・・・grapheme can be represented by only one phoneme and vice versa.」(日本語では、・・・書記素はただ一つの音素で表すことができ、その逆もそうである)は、「音素」ではなく「モーラ」であるから間違っている。 間違っている文ほど、個性的な表現であり、また、創作的であるのはいうまでもない。 (f) 別紙対比表2のgについては、@「Japanese phonograms」という主語は「The Japanese phonogram」という表現に言いかえることができる、A「pronunciation and orthography」の代わりに「the phoneme and the grapheme」を用いる方が、一般的な表現で分かりやすい。 (g) 別紙対比表2のhについては、@「traditional」の代わりに「classical」(古典的)を使用することができる、A「suggests」の代わりに「implies」や「indicates」も可能である。 (h) 別紙対比表2のiについては、@左頭頂領域が書記素文字イメージの組織化において重要であることを述べる際に特に重要さを強調するために、重要さ(importance)という名詞を主語として、その「importance」を「accept」(受け入れる)という動詞で受ける表現にしており、創作的である、A「is important(重要である)」の代わりに「plays a major role(主な役割を演じている)」でもよい、B「the left parietal region」(左頭頂領域)という単語を使用しているが、通常は「region」(領域)ではなく「lobe」(脳葉)を使用する、C「graphemic letter images」(書記素文字イメージ)は、「graphemic images for letters」(文字の書記素のイメージ)と表現することもできる。 (i) 別紙対比表2のjについては、@「lesion studies」を先にし、「neuroimaging studies」を後にすることができる、この文より前に、「lesion studies」の例が出てきているので、この方が自然な文となる、A「have provided」の代わりに「have presented」や「have produced」を使用できる、B構文を変えて、「several neuroimaging studies have established that the left parietal area is essential in organizing・・・」でもよい。 (j) 別紙対比表2のkについては、@「established」(確立されている)は, 「demonstrated」(示されている)に言い換えることができる、A「organizing」(組織する)は「arranging」(手はずを整える)や「planning」(企画する)と表現してもよい、B構文を変えて、「It has not been well established that the left premotor region is specifically involved in organizing graphemic images for writing letters.」にしてもよい。 (k) 別紙対比表2のlについては、@「imply」は、「suggest」や「indicate」に変えてもよい、A「involved」(かかわっている)は、「take part in」(に関与する)を用いても表現できる、B「providing」(提供する)は、「organizing」(組織する)と表現してもよい、C「associated with 」は、「connected with」でも表現できる。 (l) 別紙対比表2のnについては、@「We hypothesized 」の「hypothesized」(仮説を立てた)を「assumed」(仮定した)や「supposed」(仮定した)に変えても同じ意味である、A構文を変えて、「It was hypothesized that」でもよい、B「specific」(特定の)は、「specified」(特定の)という形容詞でも表現できる、C「converted into」(変換される)は「transformed into」でもよい、D「representation」(表象)は「image」(イメージ)という単語でも表現できる、E文の終わりの方に、「transferred to」(〜へ移送される)という語句があるが、「transferred to」の次には「場所」がこなければならないのに、そうなっていない。 (m) 別紙対比表2の第1論文のpにおいては、左下前頭回上後部から左中心前回の中部にわたる領域の働きについて、書記素−音素変換において、目で書記素を見た刺激により、頭頂葉領域で音素表象が産み出されるところ、 左下前頭回上後部から左中心前回の中部にわたる領域が、その音素表象を、音素の運動出力へ移送することを遂行すると推測され、また、音素−書記素変換において、耳で音を聞いた刺激により、頭頂葉領域で書記素表象が産み出されるところ、左下前頭回上後部から左中心前回の中部にわたる領域が、その書記素の表象を書記素の運動出力へ移送することを遂行すると推測されることを述べている。すなわち、「書記素−音素変換」においては「書記素刺激」により「音素表象」が生じて「音素の運動出力」へ移送されて、音素が声として発声され、また、「音素−書記素変換」においては、「音素刺激」により「書記素表象」が生じて「書記素の運動出力」へ移送されて、字が手で書かれるのである。 ところが、第2論文では、「音素−書記素変換」において、「音素表象」が「書記素の運動出力」へ移送されると記載されており、明白な誤りである。正しくは「書記素表象」が「書記素の運動出力」へ移送されるのである。このような誤りが生じたのは、二つの内容を述べている第1論文のpを切り貼りして、一つの内容を述べる第2論文のpを作成したからである。 そして、別紙対比表2の第1論文のpにおいては、@「is speculated」(推測される)の代わりに「is supposed」でも、「is presumed」でもよい、A「we」を主語にして「speculated」、「supposed」あるいは、「presumed」を使用してもよい。 (n) 別紙対比表2の第1論文のsにおいては、@「Geschwind hypothesized」(ゲシュウインドは・・・と仮定した。)は、「Geschwind assumed」又は「Geschwind supposed」でも同じ意味を表現でき、また、主語を変えて、「It was hypothesized」でもよい、A「the left superior temporal areas」(左上側頭領域)の「areas」という表現は不適切である。「gyrus」(回) をつかうのが一般的である。 (o) 別紙対比表2の第1論文では、@aで研究結果を、bとcで従来の研究史を、dで本研究の仮説を述べているが、dの仮説に基づいて研究が行われ、結果が出たのであるから、aの部分の前にdをもってくることや、bとcを省略し、あるいはIntroductionに移すことも可能である、Afで英語と日本語の相違を述べ、日本語が音素と書記素の関係において単純であることを述べているが、gではfで述べたことを強調するだけなのでgを省くことができる、Bfとgで、日本語の表音文字は、他の言語に比較して発音と正書法の関係が単純で有利な点があると述べており、有利な点があるなら、日本語を使用した本研究は、英語を使った従来の研究と脳のレベルで異なる結果が出るはずであるが、そのような結果が出たのかどうか、まったく論ぜられておらず、この点を加筆する必要があり、また、異なる結果が出ていないなら、それについて議論を記載する必要がある、Chで「Brain」(研究者の名前)の書字の脳モデルが述べられているところ、ここでは、文字の書記素イメージと書記素の運動イメージと脳の関連が論ぜられているだけで、論文のテーマである音素−書記素変換と脳の関係は論じられておらず、また、音素−書記素変換と文字の書記素イメージや書記素の運動イメージとの関係も論ぜられていないが、これら2点について加筆すれば議論がわかりやすくなる、Dpで音素―書記素変換と脳の関係に触れているが、不十分であり、加筆が必要であり、また、pはhの次に持ってくることもできる、Ehで「Brain」(研究者の名前)の書字の脳モデルを論ずる前に、sのゲシュウインドの脳のモデルを論ずることもできる、FDiscussionの対象となっているのが、「Brain」の1960年代の書き取りの脳モデルとゲシュウインドの1970年代のモデルだけであり、これらは旧モデルでいずれも大脳損傷患者の観察から導きだされたモデルであるので、最近の脳モデルに言及する必要があり、機能的磁気共鳴画像法から得られた最近の脳のモデルがあるので、これについて言及し、加筆する必要がある、Giの根拠となる研究がjで述べられているので、jの文頭に「because」をつけてiの文とjの文をつなげることができ、むしろその方が文意を理解しやすい、Hnの文は、左運動前領域の役割について述べ、pの文もほぼ同じ内容なので、pの文を省くことが可能である。 (p) 以上のようにDiscussionには多数の書き方が存在するから、第1論文における別紙対比表1の下線部の箇所の表現は、創作性を有する。 (ウ) 依拠 第2論文が別紙対比表1及び2の各下線部の箇所において第1論文と同一又は類似の表現が存することは、前記第2の2(4)イのとおりである。 そして、第1論文及び第2論文には、英文上の誤りが共通する箇所があること(例えば、第1論文及び第2論文には、「the Exner's area」(訳・「エクスナー領」)という表記(別紙対比表2の「c」参照)があるが、エクスナー領と表記する際には「the」を付けないのが正しく、上記表記は誤りである。)、被告は、第1論文の作成に関与し、その内容を知った上で第2論文を作成していることからすれば、第2論文は、第1論文に依拠して作成されたものである。 (エ) 小括 以上のとおり、第2論文は、第1論文に依拠して別紙対比表1及び2の下線部の同一又は類似の表現を有形的に再製し、これを複製したものであり、被告による第2論文の作成は、原告の保有する第1論文の複製権(著作権法21条)の侵害に当たる。 イ 翻案権侵害 第1論文と第2論文は、いずれも、@「Abstract」、A「Introduction」、B「Materials and Methods」、C「Results」、D「Discussion」、E「Conclusion」及びF「References」の各章で構成されているところ(前記第2の2(4)ア)、内容が明らかに異なるのはC「Results」とE「Conclusion」のみであって、その余の部分については別紙対比表1及び2のとおり酷似している。 このように第2論文は、第1論文に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、上記C及びEのみを書き替えたものであり、第1論文及び第2論文の読者は、その余の部分についての酷似を容易に感得できるから、第2論文は、第1論文を翻案して作成されたものである。 したがって、被告による第2論文の作成は、原告の保有する第1論文の翻案権(著作権法27条)の侵害に当たる。 (2) 被告の反論 ア 複製権侵害の主張に対し (ア) 類似性について まず、第1論文と第2論文の表現が類似する部分は、別紙対比表1及び2の下線部のみにすぎず、単純な分量の面からみても、また、内容面における第1論文と第2論文の違いが大きいことからみても、第2論文は、第1論文の文章の大半をそのまま複製したということはできない。 次に、第1論文と第2論文の表現が類似する部分(別紙対比表1及び2の下線部)について、原告は、創作的関与をしておらず、当該部分の具体的な表現のほとんどを記載したのは被告であり、同じ内容を記載する場合に第1論文と第2論文の表現が一致あるいは類似することは当然である。 (イ) 創作性について 第1論文と第2論文の表現が類似する部分(別紙対比表1及び2の下線部)は、いずれも客観的事実や、これまでの研究によって明らかにされてきた一般的科学的知見を説明したものにすぎず、用語の選択についてはもちろん、記載の順序についても、科学的な知見を合理的に説明しようとすれば、似通った順序の文章にならざるを得ないから、いずれも創作性を有しない。 すなわち、学術論文は、初学者向けに書かれた文章と比較して、文章の内容及び表現に正確性、客観性が必要となるのであるから、その表現の幅は狭くなり個性的な表現がされることは少なくなる。 第1論文と第2論文は類似するテーマについての学術論文であり、実験方法や前提となる一般的知見については相互に共通する部分も多い。そして、これらの共通する部分においては、学術論文の場合正確な記述が求められることから、その論述の進め方や表現もある程度定型的にならざるを得ないのであり、たとえ数文程度のまとまりに共通している部分がみられるとしても、その部分に創作性があるということはできないし、また、このようなまとまりという観点からみても、両論文の類似する部分に創作性があるということはできない。 a 「Abstract」の章について (a) 一般的に「Abstract」は、研究の全体像がわかるように端的に表現する必要がある。したがって、必要最小限の記述にとどめるとともに、論文に使用される頻度の高い定型的な表現を多用して誤解のないように記述することが求められる。 別紙対比表1の1ないし3、5、6の各部分全体についてみると、第1論文は音素−書記素変換及び書記素−音素変換の双方について述べているのに対し、第2論文は音素−書記素変換についてのみ述べており、両者の内容は異なり、表現の多くが異なるから、類似性はない。これらの各部分のうち表現が類似する下線部は、この種の実験において通常用いられる専門用語や一般的な表現を用いて、一般的な知見等を説明したにすぎず、創作性はない。 別紙対比表1の4の部分全体についてみると、第2論文においては、第1論文の表現が大幅に省略され、簡潔に表現されたものであるから、表現の類似性はない。この部分のうち表現が類似する下線部は、日本語における音素−書記素対応に対する一般的な理解を、一般的な表現を用いて記載したものであり、創作性はない。 別紙対比表1の7の部分全体をみると、共通する部分は、一般的な単語にすぎない上、キーワードとしてあげられたもののうち、同一の表現がされているものは「writing to dictation」のみであるから、類似性がない。この部分のうち表現が類似する下線部は、一般的な表現がされているにすぎず、創作性はない。 (b) 原告は、文の配列等において、他の表現の可能性が存在する旨主張するが、いずれにしても一般的な表現にとどまり、第1論文の表現が特に工夫されたものであることを根拠づけるものではなく、創作性を有することの根拠とはならない。 b 「Introduction」の章について (a) 「Introduction」は、先行研究から示唆された一般的知見を述べ、それと関連させて自らの研究テーマについて説明することが必要になる。そのため、読者が違和感なく読み進めることができるように、他の科学論文の「Introduction」と一定の共通性を持たせることや、定型的な用語を用いて平易に説明することが求められる。 そこで、別紙対比表1の10の部分全体についてみると、第1論文の表現(特に第1文)は第2論文の表現とは大きく異なっており、類似性がない。この部分のうち表現が類似する下線部は、一般的な表現を用いて、実験に係る一般的な知見を説明したものにすぎず、創作性はない。 別紙対比表1の14、20の部分全体についてみると、第1論文は、音素−書記素変換及び書記素−音素変換の双方について述べているのに対し、第2論文は音素−書記素変換についてのみ述べており、両者の内容は異なり、表現の多くが異なるから、類似性はない。これらの各部分のうち表現が類似する下線部は、一般的な表現やこの種の実験では通常用いられる専門用語を用いて、実験に係る一般的な知見を説明したものにすぎず、創作性はない。 別紙対比表1の21、22の部分全体についてみると、わずかな単語が共通しているにすぎず、類似性がない。これらの部分のうち表現が類似する下線部は、一般的な表現やこの種の実験では通常用いられる専門用語を用いて、実験に係る一般的な知見を説明したものにすぎず、創作性はない。 (b) 原告は、文の配列等において、他の可能性が存在する旨主張するが、いずれにしても一般的な表現にとどまり、創作性を有することの根拠とはならない。また、原告は、論文の記載内容について、他の内容を書くことがあり得る旨主張しているが、これは内容面のアイデアにすぎないものであり、具体的な表現の創作性を根拠付けるものではない。 c 「Materials and Methods」の章について (a) 「Materials and Methods」は、全て実際に行われた実験に関する「事実」(著作権法10条2項)について記載した項目に過ぎない。学術論文において、このような事実を説明するに当たっては、読者に誤解のないように、かつ、読者が論文に基づいて再現実験を行い、その学問的当否を判断することが可能なように、簡潔明瞭に記載する必要があり、その表現は一般的なものとならざるを得ない。そして、第1論文と第2論文とが一部類似した課題を行っている以上、実験方法について説明した文章が類似の文章となるのは実験内容を誤り無く説明するという「Materials and Methods」の性質からすると避けられないことである。 別紙対比表1の24、25、27ないし29、32、34、36、41ないし43、45ないし55、58ないし60、62ないし64、67、68の各部分のうち表現が類似する下線部は、一般的な表現やこの種の実験では通常用いられる専門用語を用いて、実験に係る一般的な知見又は事実を説明したものにすぎず、創作性はない。 (b) 原告は、文の配列等において、他の可能性が存在する旨主張するが、いずれにしても一般的な表現にとどまり、創作性を有することの根拠とはならない。また、原告は、論文の記載内容について、他の内容を書くことがあり得る旨主張しているが、これは内容面のアイデアにすぎないものであり、具体的な表現の創作性を根拠付けるものではない。 d 「Discussion」の章について (a) 別紙対比表2の各項の記述 別紙対比表2のaは、それぞれの実験結果によって明らかにされた事項を記載したものであり、第1論文は、音素−書記素変換及び書記素−音素変換の双方に共通して賦活される部分について述べているのに対し、第2論文は音素−書記素変換の間に賦活される部分についてのみ述べており、両者の内容は異なり、表現の多くが異なるから、類似性はない。 次に、実験結果により何が明らかになったのかを「Discussion」の冒頭で記述することは一般的なことであり、そもそもこのような実験結果についての考え方自体は個人に独占されるべきものではないから著作権による保護の対象とすべきではなく、また、このような実験結果を記載した第1論文のaの下線部には、特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のcをみるに、第1論文の第1文は、1881年にエクスナーにより「書字中枢」として報告された部位があるという一般的知見に基づき、賦活される領域がその部位に近いという事実を述べ、第2文も先行研究に基づく一般的知見を述べている。このような一般的知見あるいは事実は、個人に独占されるべきものではなく、著作権による保護の対象とすべきでない。また、このような一般的知見あるいは事実を記載した第1論文のcの下線部には、特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のdをみるに、第1論文は、音素−書記素変換及び書記素−音素変換について述べているのに対し、第2論文は、音素−書記素変換について述べており、また、変換が行われる領域についても、第1論文では左背側運動前と左頭頂間溝の全部としているのに対し、第2論文では左運動前領域とされているように、両者の内容は異なり、類似性はない。 別紙対比表2のeをみるに、「lesion studies(損傷研究)」、「stimuli(刺激)」、「phoneme-to-grapheme(音素−書記素)」などの専門用語が主に一致しているのみであり、その他の表現は異なるものが多いから、類似性はない。また、この部分は、英語を用いて音素−書記素変換を研究することは困難であるという一般的な知見を述べたものにすぎず、著作権による保護の対象とすべきでない。さらに、このような一般的知見を記載した第1論文のeの下線部には、特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のfをみるに、この部分は、英語と日本語の音素−書記素変換について説明したものであるが、その内容は一般的知見にすぎないものであり、このような一般的知見を著作権による保護の対象とすべきでない。また、このような一般的知見を記載した第1論文のfの下線部には、特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のgをみるに、第1論文と第2論文は、発音と正書法の関係を研究する上での日本語の表音文字の有利性を記載した点では共通するが、第1論文は、当該実験に日本語を用いることが適切であることについても記載がされている。また、発音と正書法の関係を研究する上での日本語の表音文字の有利性についての具体的な表現も、両論文では相当異なっており、類似性がない。 さらに、発音と正書法の関係を研究する上で日本語の表音文字を用いることが有利であることは、一般的知見にすぎないものであり、このような一般的知見を著作権による保護の対象とすべきでない。また、このような一般的知見を記載した第1論文のgの下線部には、特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のhをみるに、この部分全体でも1文にすぎないのであり、このような短い表現に創作性を認めることはできない。また、この部分は、「伝統的モデル」とあるように、脳の運動前領域の役割について先行研究を紹介したものであり、一般的知見を記載したにすぎないものである。また、このような一般的知見を記載した第1論文のhの下線部には、特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のiをみるに、この部分全体でも1文にすぎないのであり、このような短い表現に創作性を認めることはできない。また、この部分は、脳の左頭頂領域と書記素イメージとの関係に関する一般的知見について説明したものにすぎない。また、このような一般的知見を記載した第1論文のiの下線部には、特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のjをみるに、第1論文は、それ以前の部分で述べた一般的知見には根拠となる先行研究が存在するということを述べているものであるが、この部分全体でも1文にすぎないのであり、その表現も特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のkをみるに、第1論文は、先行の研究成果の状況を説明するものであり一般的知見を記載したものにすぎず、この部分全体でも1文にすぎないのであり、その表現も特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のlをみるに、第1論文は、左運動前領域と書記素のイメージの提供との結びつきが示されていないという先行研究の成果を引用文献を示して紹介したにすぎず、この部分全体でも1文にすぎないのであり、その表現も特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のnをみるに、第1論文は頭頂領域及び前頭領域の役割についての仮説を記載したものであるが、第2論文は左運動前領域の役割についての仮説であり頭頂領域には何ら触れられていない。また、第2論文には第1論文に記載のある読字についての記載はなく、両論文の記載内容は全体として見れば異なるものであり、類似性がない。もっとも、書き取りに関する仮説の内容は、両論文で類似しているということができるとしても、このような仮説の内容の表現について個人に独占させることは相当ではなく、仮説の内容自体は著作権の対象とすべきものではない。そして、その表現も特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 別紙対比表2のsは、ゲシュウィンドによる研究成果を説明したものであるが、その表現は第1論文と第2論文で相当異なっており、類似性がない。そもそもこのような説明は、一般的知見にすぎず、このような一般的知見を著作権による保護の対象とすべきでない。また、このような一般的な知見を記載した第1論文の表現も、特に個性的な表現が何ら見られない以上、創作性はない。 (b) 別紙対比表2のcからlまでの記述 「Discussion」の章のうち、原告がまとまりにおいて類似性があると主張していると部分は、別紙対比表2のcからlまでの部分である。 しかし、仮に別紙対比表2のcからlまでの記述をひとまとまりとして考えるとしても、この部分には、まとまりとしても創作性を認めることはできない。すなわち、文章には最適な思考の流れを促す順序が存在し、その順序が読者の理解を一層推し進めることに役立つのであり、cからlの記述を考察するに当たっても同様の考え方があてはまる。以下、この部分について、扱っているトピックごとに三つのまとまりに分類して説明する。 @ c、d 別紙対比表2のcにつながる第2論文のaにおいて、研究の結果として、「左運動前野が書記素−音素変換の際に活動すること」が明らかにされ、文章として記述されている。そのメカニズムを議論する前提として、この左運動前野がどのような働きをしているのかを示した先行研究を次に延べておくことが必要になる(別紙対比表2のc)。そして、この先行研究の知見から第2論文で「書記素−音素変換が左運動前野で行われること」が仮定されたことを確証する文が導かれる(同d)。この順序が思考の流れを促すのである。 A e、f、g 別紙対比表2のeにおいては、「however」の逆接から、c、dで取り上げた先行研究が英語を刺激材料として使っている問題点を指摘し、fにおいてその英語と日本語の書記素−音素の対応関係を記述し、gにおいて日本語を刺激材料として使用することのメリットを主張し、本研究の優位性、つまり先行研究での限界点をカバーする新しい視点から書記素−音素変換を取り扱っていることを協調しているのである。このような思考の流れをかんがみると、e、f、gの順序はこれ以外にないであろう。 B hないしl 先行研究の知見と日本語のメリットという一般的事項を扱った別紙対比表2のaからgまでの流れの次に持ってくるべき事項は、そのような書記素−音素変換がどのような脳内メカニズムで実現されているかを検討することである。そこで、先行研究において唱えられている書字の伝統的モデルの説明を引用することからその検討を始めている(別紙対比表2のh)。まずここで、書記素と頭頂葉及び左運動前野との関係が伝統的モデルの中でも言及されていることを読者に気づかせることができる。iとjにおいては、最初に提示された頭頂葉と書記素イメージに関する先行研究の知見を述べている。そして、続くkとlのなかで後者の左運動前野と書記素イメージの関係を先行研究の知見と共に、頭頂葉に比して、報告が少ないことを記述している。これにより、本研究が先行研究に対する補間部分を暗に示し、本研究からどのようなモデルを提案できるかを述べたnに続けていくことが可能となるのである。いずれも適切な順序で配置された文の集合であり、淀みなくこの文章間における思考の流れを伝えるには、この順序以外にはあり得ない。 そして、hからlまでの部分の分量は全てあわせても5文にすぎず、特に長い文章であるということはできない上、このような一般的知見については正確に表現することが要請されるのであることからすれば、その表現に独創性が認められるものではない。さらに、iの部分のみを見れば、第1論文と第2論文の違いはないが、その他の部分は両者の表現が若干異なる部分もあり、類似しているということはできない。 (ウ) 依拠について 被告が第1論文に依拠して第2論文を作成したとの原告の主張は争う。ただし、被告は、自らが作成した第1論文の表現を適宜利用して第2論文を作成したものである。このように第1論文及び第2論文はともに被告が作成したものであり、誤った表現がされた部分も含めて表現が共通することはあり得ることである。 (エ) 小括 以上のとおり、第1論文と第2論文の表現が類似する部分(別紙対比表1及び2の下線部)は、創作性を有するものではなく、また、被告は第1論文に依拠して第2論文を作成したものではないから、被告による第2論文の作成は、原告の保有する第1論文の複製権の侵害に当たるとの原告の主張は理由がない。 イ 翻案権侵害の主張に対し (ア) 第1論文と第2論文とを対比すると、以下のとおり、本質的な相違があるから、第2論文が第1論文全体についての翻案権を侵害するということはできない。 まず、第1論文の目的は、音読における書記素−音素変換と書き取りにおける音素−書記素変換とで共通して賦活する部位を研究することであるのに対し、第2論文の目的は、書き取りの音素−書記素変換において賦活する部位を特定することであり、論文のテーマ自体が異なる。このことは、「Materials and Methods」の章の「Tasks」の項、「Results」の章、「Discussion」の章の後半、「Conclusion」の章などの文章が全く類似していないことからも明らかである。第1論文及び第2論文(特に第2論文)においては、これらの部分こそが論文の本質的部分というべき箇所である。 一方、「Discussion」の章には第1論文と第2論文の表現が類似する部分(別紙対比表1及び2の下線部)があるが、これらは、第1論文と第2論文のテーマが、「書き取りにおける音素−書記素変換が行われる際の、脳の賦活部位をfMRIで観察する」という部分においては共通し、その部分に関し、研究者の間において確立した一般的科学的知見や先行研究の成果については、論文中で言及しなければならないからである。あらゆる研究は、それまでの先行研究(原告の研究ももちろん含まれる。)や一般的科学的知見を土台にして、それを発展させる形で行われるのであり、それらの説明は学術論文には欠かせないが、それは論文の本質的部分とはいえない。 また、前記ア(イ)のとおり、第1論文と第2論文の表現が類似する部分(別紙対比表1及び2の下線部)は、表現上の創作性を有しない。 (イ) したがって、第1論文と第2論文との間で、先行研究についての説明や一般的科学的知見に関する表現が類似していたとしても、それは第1論文の本質的な特徴部分ではないのであるから、論文全体として類似しているとはいえず、翻案権の侵害と評価されるべきものではない。 3 同一性保持権及び公表権の侵害の有無(争点3)について (1) 原告の主張 共同著作物の著作者人格権は、著作者全員の合意によらなければ行使することができないところ(著作権法64条1項)、被告が、以下のとおり、原告に無断で第1論文を改変して第2論文を作成・発表した行為は、第1論文についての原告の著作者人格権(同一性保持権、公表権)の侵害に当たる。 ア 第1論文の著作者人格権を行使する代表者 共同著作物の著作者は、その中から著作者人格権を行使する代表者を定めることができる(著作権法64条3項)。 大学研究室における学術論文の場合、コレスポンディングオーサーが、共同著作物の著作者人格権を行使する代表者であるというべきである。 すなわち、大学研究室における学術論文のコレスポンディングオーサーは、論文内容に最終的責任を負う著者であり、論文の発表の可否、時期、掲載誌等を選択する権限、論文を撤回する権限、自己の判断で文章を修正する権限等を有している。大学研究室における学術論文のコレスポンディングオーサーは、多くの場合、教授クラスの指導者がなり、当該分野に対する深い見識を有し、当該論文の内容を吟味して、内容に誤りがあればそれを発見して修正する能力を有しており、かつ、それらを行うことが社会的に期待されている。また、当該論文が学術論文として発表できるレベルかどうか、撤回を必要とするレベルかどうかを判断する能力を有しているのは、コレスポンディングオーサーである。そのためコレスポンディングオーサーが、これらの権限を代表して行使するという合意が明示又は黙示にされており、また、大学研究室におけるコレスポンディングオーサーのかかる広範な権限は、慣習(民法92条)でもある。コレスポンディングオーサーは、これらの権限を有しているため、内容の誤っている論文を公表した場合には、懲戒免職すら受ける重大な責任を負わされている そして、論文の修正権限は、同一性保持権と表裏一体の権限であること、論文の発表権限及び撤回権限は、公表権であることからすれば、大学研究室における学術論文のコレスポンディングオーサーは、共同著作物である当該論文の著作者人格権(同一性保持権、公表権)を行使する代表者(著作権法64条3項)であるというべきである。 しかるに、原告は、第1論文のコレスポンディングオーサーであるから、第1論文の著作者人格権(同一性保持権、公表権)を行使する代表者である。 イ 同一性保持権侵害 第2論文は、第1論文の表現を多少変更し、「Results」及び「Conclusion」の章のみを新たに付加して作成された論文であり、第1論文の文章の誤記まで含めて第1論文における創作的表現が残存しているから、被告は、第1論文を改変して第2論文を作成したものである。 そして、被告がコレスポンディングオーサーである原告の同意を得ずに第1論文を改変して第2論文を作成し、ニューロレポート誌に発表した行為は、原告の保有する第1論文の同一性保持権(著作権法20条)の侵害に当たる。 ウ 公表権侵害 被告がコレスポンディングオーサーである原告の同意を得ずに第2論文を発表した行為は、未公表の第1論文の大半の文章の公表に当たるから、原告の保有する第1論文の公表権(著作権法18条)の侵害に当たる。 (2) 被告の反論 ア 第1論文の著作者人格権を行使する代表者の主張に対し (ア) 第1論文について、コレスポンディングオーサーが原告主張の修正権限、発表権限及び撤回権限を代表して行使する旨の明示又は黙示の合意がされた事実はない。また、大学研究室における学術論文について、コレスポンディングオーサーが原告主張の当該論文の修正権限、発表権限及び撤回権限を代表して行使するなどという慣習は存在しない。 一般的な大学研究室の在り方としては、研究室主宰者は、あくまで共著者と協議して全員の合意の上でこれらの権限を行使するのが通常である。すなわち、通常、研究室において研究を進めていく過程では、アイデアや実験方法、実験結果等の情報を、研究室スタッフで情報共有しながら、その共同作業の結果、論文等の形で、研究成果をまとめ上げるものであり、こうして生まれた論文の取扱い(発表の要否、発表方法や著作者の順番等)については、その研究を進めていく中で研究室スタッフの貢献度や研究成果の帰属等の状況に応じ、相互理解のうえ最終的に決定するのが、研究室の主宰者の責務である。 原告が主張するような過度の権限を研究室の主宰者に認めることは、これを利用した、アカデミック・ハラスメントを助長しかねないのであり、このような観点からも原告の主張は認められるべきものではない。 また、仮に論文の内容が不適切なものであった場合に著者が責任を負うことは当然であり、責任を負う者はコレスポンディングオーサーに限られないから、コレスポンディングオーサーが論文の内容に関して極めて重大な責任を負うことを理由にコレスポンディングオーサーが同一性保持権及び公表権を行使する代表者であるとの主張が不合理であることは明らかである。 (イ) なお、科学論文作成に関する文献(乙9)を見ると、「一般に著者は複数で、特に先頭の著者を筆頭著者(First Author)あるいは主執筆者といい、2番目以降の著者を連名者(Coauthor)という。」、「その論文に何らかの形で技術的に貢献した人は連名とする・・・べきである。アイデアの提供者、実験の協力者などは連名にすべきである。」などとする説明が見られる。このように、科学論文の作成上の慣習においては、論文原稿の具体的表現に対する創作的関与があるかどうかが必ずしも著者名としての表示の有無の判断とは対応していない。この点は、文科系の法律論文において博士論文や助手論文に指導教授等の名前を著者として表示しない慣習とは、大きな差異がある。 (ウ) 以上のとおり、第1論文のコレスポンディングオーサーである原告が第1論文の著作者人格権(同一性保持権、公表権)を行使する代表者であるとの原告の主張は、理由がない。 イ 同一性保持権侵害の主張に対し 第2論文と第1論文とは内容が全く異なるから、被告による第2論文の作成・発表が第1論文についての原告の同一性保持権の侵害行為に当たるということはできない。 ウ 公表権侵害の主張に対し 第2論文と第1論文とは内容が全く異なり、両者間においては表現上の本質的な特徴の同一性が認められないから、被告による第2論文の発表が第1論文の公表に当たるということはできないことはもちろん、第1論文の二次的著作物の公表に当たるということもできない。 4 第2論文の撤回通知請求の可否(争点4)について (1) 原告の主張 ア 著作権法112条の規定による請求 学術論文の場合、新聞記事のような一過性のものではなく、一旦、学術論文が掲載されると半永久的に記録が保存され、それ以後に論文を発表しようとする場合は、先行する論文によって制約を受ける。例えば、同一の文章が多々含まれる場合、後行の論文は、発表自体が認められない。したがって、学術論文の盗用の場合は、著作権法違反の論文が撤回されない限り著作権侵害行為が継続し続けることになる。 本件においては、第2論文の公表により、第1論文についての原告の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権、公表権)が侵害されている状況が継続している。第2論文が掲載された雑誌社に対する論文の撤回がされれば、これらの権利侵害が停止される。 原告は、第2論文が撤回されない限り、第2論文と実質的に同一の文章を大量に含む第1論文を発表することができないという具体的な不利益を被っており、撤回の必要性がある。 したがって、原告は、著作権法117条、112条1項、2項に基づき、侵害停止のための措置(侵害の停止措置又は停止に必要な措置)として、被告に対し、ニューロレポート誌を発行するLLW社に第2論文の撤回の通知をするよう求めることができる。 イ 著作権法115条の規定による請求 原告は、東京大学の元教授であり、現在でも学会において主要な地位にあり、高い名誉と声望を有する者である。 第2論文の大半は、原告が作成に関与した第1論文の文章から成っているところ、被告による原告の第1論文についての著作者人格権(同一性保持権、公表権)の侵害によって、第1論文の価値が大きく低下した。 すなわち、学術論文においては、先行性が重要視され、後から第1論文を発表してもその重要性は低く見られがちである。 また、被告は、東京大学などの関係者に対して、本件訴訟がアカデミック・ハラスメント(パワー・ハラスメント)であるとか盗作の事実はないなどと虚偽の事実を言いふらしており、原告の名誉・声望を回復するために、上記撤回通知は必要不可欠である。 したがって、被告による第2論文の撤回通知は、原告の名誉・声望を回復するために必要不可欠である。 ウ 小括 そこで、原告は、著作権法117条、112条1項、2項に基づく侵害の停止のための措置(侵害の停止措置又は停止に必要な措置)又は同法115条に基づく名誉又は声望の回復のための措置として、被告に対し、LWW社に第2論文の撤回の通知(別紙通知目録記載の通知)をするよう求める。 (2) 被告の反論 ア 著作権法112条の規定による請求に対し 第2論文の公表により、原告の第1論文についての著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権が侵害されているとの主張は争う。原告が主張する著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権の侵害は、これらの侵害行為があった時点で、行為は成立し評価され尽くしているものであり、その後侵害状態が残存することは侵害行為ではなく、単なる状態にすぎない。これを継続的不法行為といってしまうと、ほとんどの不法行為は、作為とその結果を除去しない不作為として継続的不法行為であるということになり、その場合消滅時効も進行しないという帰結となるが、このような解釈は到底容認できない。 また、別紙通知目録記載の撤回通知の内容についても、「having plagiarized an article written by Dr.X1」(訳・「X博士の論文を無断で盗用し」)といった部分が必要であるということはできない。 イ 著作権法115条の規定による請求に対し 第2論文の公表により、原告の第1論文についての著作者人格権(同一性保持権、公表権)が侵害されているとの主張は争う。また、別紙通知目録記載の撤回通知の内容が不適切であることについても前記アと同様である。 5 原告の損害額(争点5)について (1) 原告の主張 ア 著作者人格権侵害による慰謝料 原告は、その意に反して、第1論文を改変され、かつ、第1論文の大半の文章が公表されたことにより、多大な精神的苦痛を被った。特に、第1論文の大半の文章が公表されたことにより、原告は、第1論文を発表できないという重大な不利益を3年以上にわたって被っており、これによる精神的苦痛は計り知れない。 被告による原告の著作者人格権侵害に対する慰謝料は、優に500万円を下らない。 イ 弁護士費用 被告が第2論文を作成・発表したことにより原告の第1論文の著作権等を侵害していることが明らかであるにもかかわらず、原告による第2論文の撤回の勧告に被告が応じなかったため、原告は、本件訴訟を提起することを余儀なくされたこと、本件訴訟は、脳に関する高度に専門的な論文しかも英文論文における著作権法違反が争点であり、多大な労力を要すること、本件訴訟提起から3年以上経過していること、第2論文の撤回通知がされない限り第1論文を発表できないという原告の重大な不利益は、直ちに金額に換算できないものであるが、弁護士会旧報酬規程16条により800万円相当の経済的利益と算定されることなどにかんがみると、被告による第1論文の著作権等侵害の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額の損害は、100万円を下らない。 ウ 小括 したがって、原告は、被告に対し、著作権侵害及び著作者人格権の不法行為による損害賠償として320万円(前記アの内金220万円及び前記イの100万円及びの合計額)及びこれに対する不法行為の後である平成16年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 (2) 被告の反論 原告主張の損害額は争う。 6 権利の濫用の成否(争点6)について (1) 被告の主張 ア 原告の第1論文の著作権及び著作者人格権の権利行使としての本件請求は、以下のとおり、権利の濫用に当たり、許されない。 (ア) 第1論文及び第2論文は、いずれも被告が大部分の表現を創作したものであって、原告は、両論文の類似部分について創作的な関与をしていないのであるから、第1論文についての原告の著作権を保護すべき必要性は乏しい。 それにもかかわらず、原告は、指導教官という立場から第1論文にコレスポンディングオーサーとして名を連ねたことに基づき、明確な理由なく、第1論文の発表に関する被告の要求を斥け、第1論文の投稿を一切許さず、長期間放置し、第1論文の著作者としての被告の権利行使を正当な理由なく妨げていた。 (イ) 被告は、平成13年2月、博士論文計画として第2論文のアイデアを書面(乙10の1)にして原告に提出し、さらに、同年4月にはより詳細なアイデアのメモ(乙10の2)を作成して、これを原告に提出した。しかし、原告は、その研究の実施を認めず、協議の結果、被告は「Differences in brain activity in word reading in relation to visual field of presentation」と題する英文論文(甲39の2。以下「event-related論文」という。)に係る実験を行い、同論文を書き上げて、これを博士論文として提出した。 被告は、博士課程修了後の平成14年4月以降、東京大学医科学研究所に研究員として在籍し、ようやく、自己のアイデアに基づいた第2論文に関する独自の研究を行うことができるようになった。 ところが、原告は、被告が東京大学医科学研究所において独自の研究を進めていたにもかかわらず、その研究内容に対し不当な干渉を加えてきたものであり、本件訴訟は、その延長線上にあるものである。 すなわち、第1論文と第2論文とでは、実験のテーマが大きく異なる以上、今からでも第1論文の投稿は可能であるし、投稿先の査読者とのコミュニケーションさえ怠らなければ掲載の可能性も十分にある。そもそも、第1論文の内容は、平成12年6月に開催された「Human Brain Mapping」(以下「HBM誌」という。)の学術研究会において、被告が実務を担当してポスター発表(poster presentation)を行っており、既に公表されているものである。公表された研究成果を応用して、別の実験を行うことは誰でも可能であって、決して「論文の盗用」、「アイデアの盗用」には当たらない。 原告は、第2論文の具体的内容ではなく、自己が開拓してきた分野に他のグループが参加することに対して不快感を強く持ち、自己の関与しない第2論文が公表・掲載されていることが意に沿わないのである。 (ウ) また、第1論文と第2論文は基礎とする方法論を共通にしながら、実際の実験内容は異なり、導かれた結論は第2論文の方がより限局された部位の特定を行っている点でレベルの異なる論文である。それぞれの論文は、それぞれの固有の学問的な成果であって、正にその成果による当該研究分野への貢献こそが論文の本質的な価値である。著作権が保護しようとするものは、文章における創作的表現のみであって、論文の内容となった実験方法でもなければ、論文によって示唆された学術的な結論・推論(アイデア)でもあり得ない。仮に第2論文のごく一部についての著作権侵害を理由に、これを取り下げざるを得ないとするならば、第2論文が当該研究分野において貢献していた学問的成果は、当該研究分野から失われ、これによって当該研究分野に生じる損失は大きい。 イ 以上のような本件をめぐる客観的状況や原告の主観的な意図を考慮すれば、原告の第1論文の著作権及び著作者人格権の行使としての本件請求は、権利の濫用に当たり、許されない。 (2) 原告の反論 ア 前記1(1)のとおり、第1論文における文章の構成や論じ方という創作的部分は、専ら原告によって作成されており、原告が、第1論文について創作的な関与をしていることは明らかである。 また、 第1論文の出来具合を判断する権限は、コレスポンディングオーサーである原告にあるのであって、原告が第1論文の出来が悪く、客観的にまだ発表できる水準にないと考えている以上、それを発表しないのは当然である。原告としても、第1論文の出来が良いと考えていれば原告自身の業績にもなるのであるから、第1論文を既に発表している。 イ(ア) 被告は、原告が第2論文に関する研究に反対した旨主張するが、指導教官は、学問的に意味のない研究の場合、それを止めるように指導するのが本来的職務である。原告は、親切心から、第2論文は無意味だから止めた方がよいと指導しただけである。 (イ) 第2論文は、原告の研究室に所属していた被告が、原告の開発した装置、原告が和訳した質問紙法、原告が用いた実験方法等を全て盗用しておきながら、そのことを全く触れずにあたかも自らが開発した手法のように発表したことが問題なのである。原告が開発した研究手法が第2論文の成立に寄与しているのであるから、本来であれば、第2論文の共著者として原告を挙げなければならないし、最低限、研究手法の開発者を明記しなければならない。原告が開発した研究手法は、知的財産権では保護されないものかもしれないが、研究手法は、ノウハウとして部外秘とされているものである。その研究手法を使用して論文を発表する場合は、最低限そのことを明記するのが研究者のルールである。 原告が被告のルール違反を指摘するのは至って当然であって、不当な干渉でも何でもない。 (ウ) 被告は、第2論文を取り下げることは研究分野において損失である旨主張するが、盗作論文には全く学術的価値はなく、まして第2論文は、第1論文の「Discussion」の章を切り貼りして、別の「Conclusion」の章を付加したにすぎないものであって、その点でも全く学術的価値はない。 ウ したがって、原告の第1論文の著作権及び著作者人格権の行使としての本件請求が権利の濫用に当たり許されないとの被告の主張は、理由がない。 第4 当裁判所の判断 1 前提事実 前記争いのない事実等と証拠(甲1ないし7、9、11ないし25、28ないし32、39、40、43、45、46、48ないし51、54、乙1、4、6、7、10ないし19、25ないし30(以上、枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。 (1) 第2論文発表前の原告の研究の経緯等 ア(ア) 原告は、平成5年から平成9年までの間は東京大学医学部教授(音声言語医学研究施設言語神経科学部門)として、平成9年から平成15年までの間は、東京大学大学院医学系研究科教授(認知・言語神経科学分野)として、平成16年以降は脳血管研究所教授として、脳神経医学を専攻し、脳と言語の関係に関する研究を行っていた。 原告は、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)による言語機構の解析に関する研究を研究テーマの一つとしていた。 (イ) 被告は、平成10年に東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程を修了した後、同年、東京大学大学院医学系研究科博士課程(認知・言語神経科学分野)に進学し、同博士課程で原告が主宰し、指導教官を務める研究室の一員となった。 その後、被告は、平成14年3月に同博士課程を修了し、同年4月に、東京大学医科学研究所の研究員となった。 イ 原告は、平成9年4月から平成14年3月(平成9年度から平成13年度)にかけて、日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業としての「PETおよびfMRIによる言語機構の解析」と題する研究プロジェクトを、プロジェクトリーダーとして行った。同研究プロジェクトの組織は、プロジェクトリーダーのほか、複数のコアメンバー及び研究協力者で構成され、Aはコアメンバー(東京大学医科学研究所・助教授)、被告は研究協力者(東京大学大学院医学系研究科・大学院生)であった。 同研究プロジェクトの平成14年4月付け研究成果報告書(甲3)には、次のような記載がある。 @「2.研究計画の概要」 「従来の「脳と言語」の研究は、大脳が損なわれた時どのような言語障害を生ずるかを研究し、そのことから間接的に脳と言語の関係を推定してきた。例えば、左中前頭回後部の損傷で字が書けなくなることから左中前頭回後部が書字に関係していることが推定されてきた。しかし、最近、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やPETなどの脳機能画像解析技術の進歩によって、言語をはじめとする精神活動時に、脳のどの部分が活動しているか“目で見える形”でとらえられるようになってきた。本研究は、脳機能画像解析により言語機能が大脳のどの部分の活動で行われているかを明らかにすることを目指している。このために、脳機能画像解析の新技術の開発も目的としている。この研究により、人間の精神についての自然科学的な理解を深めるとともに、失語症、吃音、言語発達遅延などの言語障害、診断、治療などに貢献することが期待できる。」(13頁) A「3.研究目的」 「(1)FMRIやPETで使用する言語課題 欧米では、言語学のモデルに基づき、音韻、意味などを対象とした言語課題を用いる研究が多い。我々はこのようなアプローチだけでなく、大脳損傷で生ずる失語症の解析で用いられてきた言語課題(呼称、書字など)を適用することを考えている。日本語の音韻の単純さを生かした課題(たとえば、音素−書字素変換や“しりとり”)、漢字、仮名など日本語の特性を生かした課題の適用を工夫していく。」(13頁) B「4−1 研究計画、目的に対する成果 (1)使用する言語課題:失語症の解析に用いる自発書字課題を用いて書字の大脳メカニズムを研究し、左半球の上頭頂小葉前部、上前頭回から中前頭回にかけての後部の2カ所が仮名書字に関連することを示した(Katanoda,et al 2000)。漢字の学習は視覚性記憶を向上させることが示唆されたので(X1,Y1 2002)、漢字の学習と視覚性記憶との関連を脳のレベルで検討した(論文準備中)。文字が左半球に提示されると、大脳の賦活はほぼ左半球に限られることが示された(論文提出中)語音弁別の脳内のメカニズムの研究はMRI装置の騒音のため研究が進まなかった。・・・現在再実験中である。 (2)言語優位半球の決定:・・・Broca領の損傷による失語症の回復は、左半球で代償されることが示唆された(論文作成中)。」(14頁) ウ 原告は、1999年(平成11年)10月、北米神経科学会(Society for Neuroscience)において、連名(原告、A、E、F、G、H及び被告)で、「Functional MRI(fMRI) study of phoneme-to-grapheme conversion in Japanese」(訳・日本語における音素−書記素変換に関する機能的磁気共鳴画像(fMRI)研究)との演題の研究発表を行い、その抄録が同学会の抄録集(甲5)に掲載された。 同研究発表の資料(甲4)には、@「本研究」は、一つの音素が一つの書記素で表される単純な音素−書記素変換に関連している脳の部位をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて明らかにすることを目的としていること、A英語においては、たいていの音素が二つ以上の書記素で表されるので音素−書記素変換は複雑であるのに対し、日本語においては、一つの音素はただ一つの書記素(かな)によって表されるので音素−書記素変換は単純であること、B「本研究」では、二つの実験が行われ、実験1では、日本人被験者がfMRIでスキャンされている間に、日本語の50音を声を出さずに言う課題(1)、50音を一つずつ声を出さずに言った後、その音に相当する書記素(かな)を頭の中で想像する課題(2)を行い、課題(2)のfMRI信号から課題(1)のfMRI信号の引き算を行ったこと、実験2では、日本人被験者がfMRIでスキャンされている間に、日本語の50音を声を出さずに言う課題(1)、50音を一つずつ声を出さずに言った後、その音に相当する書記素(かな)を右手の人差し指で書く課題(2)、50音を一つずつ声を出さずに言った後、右手の人差し指で2回タップする課題(3)を行ったこと、C二つの実験で左頭頂間溝に沿った領域が共通に賦活したので、音素−書記素変換に関連する賦活部位は左頭頂間溝に沿った領域にあると思われ、この所見は左頭頂間溝に沿った領域の損傷が失書を引き起こすという事実と一致すること、D実験2(課題(2)対課題(3))の賦活と実験1(課題(2)対課題(1))の賦活との比較によれば、イメージ産出(image production)に左縁上回と右下前頭回が関わっているかもしれないことなどが記載されている。 エ 原告は、2001年(平成13年)3月12日、連名(H、A及び原告)で、HBM誌に「A Functional MRI Study on the Neural Substrates for Wr iting」と題する論文(甲43。以下「HBM論文」という。)を発表した。 オ 被告は、2002年(平成14年)6月4日、HBM誌の学術研究会において、連名(被告、A及び原告)で、「An fMRI study on common neural correlates of reading aloud and writing to dictation」(訳・「音読と書き取りに共通の神経的相関についての機能的磁気共鳴画像研究」)との演題で、ポスター発表を行い、その抄録が採択された。 同ポスター発表の資料(乙12の1)には、@「我々の研究」の目的は、1対1の書記素−音素変換と1対1の音素−書記素変換に共通の神経基盤を明らかにすることにあること、A英語においては、たいていの音素が二つ以上の書記素によって表され、たいていの書記素が二つ以上の音素によって表されるため、二つの変換は複雑であるの対し、日本語においては、音素と書記素の間に1対1の対応関係があるので、これらの変換は単純であること、B実験の条件として、音読条件、書取条件、固視条件の3条件を定義し、刺激セットとして39の無意味な二つの日本語表音文字(かな文字)を選択したこと(例えば、ぬお(/nu-o/)、てぬ(/te-nu/)、るえ(/ru-e/)等)、C音読条件は、被験者はスクリーン上に縦に表示された無意味な二つの日本語かな文字を見て、それに対応する2音節の文字を心の中で読むこと(書記素−音素変換を含む。)、書取条件は、被験者はイヤープラグを通して無意味な2音節の音を聞いて、それに対応する二つのかな文字を右人差し指で空中に書くこと(音素−書記素変換を含む。)、固視条件は、被験者はスクリーン中央の赤い点を固視すること、D「音読−固視」と「書き取り−固視」との共通部分をとること(masking procedure)によって、書記素−音素変換及び音素−書記素変換に関連する共通の神経的相関を引き出すこと、E「本研究」は、音読と書き取りに共通する賦活領域として、左下前頭回の上後端から右中心前回中部にまたがる領域と頭頂間溝の前方部分を示したこと、F「本研究」で使用した二つの課題は、書記素と音素の変換に関連する共通の認知的構成表素を共有することなどが記載されている。 (2) 第1論文の作成経緯等 ア 原告は、平成12年2月ころから7月ころ、原告の研究室において、音素−書記素変換及び書記素−音素変換を研究テーマとし、fMRIを用いて音読及び書き取りにおける脳の賦活部位を解析する実験(第1論文に係る実験)を行い、その研究結果を論文とするため、被告に対し、その原稿作成を指示した。 イ(ア)a 被告は、平成12年10月、甲28の原稿を作成し、原告に提出した。 甲28の原稿の概要は、以下のとおりである。 @ 「Abstract」,「Introduction」、「Methods」、「Results」、「Discussion」、「Conclusion」、「References」の各章で構成されている。 A 「Abstract」の章は、英文のキーワードのみが列挙されている。 B 「Introduction」の章には、具体的な英文の記述があり、その末尾には、「Introductionに含むべき内容」として「!言語のfMRI(reading,writing)の研究について」、「!英語には日本語のかなを使うメリット、書記素と音素が1対1対応」、「純粋失書、失読等の神経心理学的研究」、「字義どおりの’純粋’は損傷例研究ではほとんどない」、「仮説をいれる(臨床神経心理学より)」、「Geschwindの仮説」、「!失書や失読は他の失語症状を伴うこともある。しかし失書と失読が乖離する場合もある」との記載がある。 C 「Methods」及び「Results」の章には、具体的な英文の記述がある。「Methods」の章の末尾には、「Experimental Designに含むべき内容」として、「!刺激が3秒に1回出る(提示は約1秒、ISIは約2秒)1コンディションにつき13刺激」、「!刺激に利用した無意味綴りは意味連想価の低いもの」等の記載がある。 D 「Discussion」の章は、具体的な英文の記述があり、その冒頭には、「今回は部位ごとのDiscussionにしましたが、cognitive componentsごと(たとえば、visual analysis, auditory analysis, phoneme-to-grapheme conversion, grapheme-to-phoneme conversion, motor control, subvocal articulation など)のDiscussionの方がいいかもしれません. 先生のご意見をお聞きしたいです.」との記載がある。 E 「Conclusion」の章は、「Conclusion(本文完成後に作成予定)」と記載されている。 F 「References」の章には、「1.」から「27.」までの文献が列挙されているが、「1.Neuroimagingのreadingの文献」、「4.書記素−音素変換の仮説文献」のように具体的な文献名が挙げられていないものや、「14.頭頂間溝の損傷で生じるalexiaの例:X先生より聞く」との記載もある。 b 原告は、甲28の原稿について、削除すべき箇所に斜線を引いたり、英語表現の誤りや単語の選択を修正する書き込みをし、また、内容、表現等に問題のある箇所に「?」印を付したり、縦の波線を引くなどし、被告に修正を指示した。例えば、「Discussion」の章については、2箇所に「?」を付し、上記aDの冒頭部分の「今回は部位ごとのDiscussionにしましたが・・・先生のご意見をお聞きしたいです」との文章に斜線を引いた上、右余白部分に「よくない」との書き込みをした。 (イ) 被告は、平成13年6月ころ、甲28の原稿の「Discussion」の章等を修正した甲11の原稿を原告に提出した。 原告は、甲11の原稿について、「Discussion」の章の冒頭の右余白部分に「logicalな文章になるように努力してください。大幅の訂正が必要です。」と書き込んだ上、「Discussion」の章の全体にわたって、削除すべき箇所に斜線を引いたり、英語表現の誤りや単語の選択を修正する書き込みをし、被告に修正を指示した。 (ウ)a 被告は、平成13年6月25日、甲11の原稿の「Discussion」の章を一部修正した甲12の原稿を原告に提出した。 甲12の原稿の右余白部分には、「ゲシュウィンドウェルニッケ」、「ゲシュウィンド角回がふかつしない理由→ semantic processingでないから」、「書き取りの役割分担IPS imageをつくる PCG imageを統合してmotorへつなぐ→根拠はアリwritingのmodelと我々の先行研究から」、「音読におけるIPSの役割PCGの役割→根拠なし書き取りのモデルからの類推」などの被告による手書きの書き込みがあった。 b 原告は、甲12の原稿について、「Discussion」の章の冒頭の右余白部分に「writingをあきらかにする。reading aloudをあきらかにする。」、「音どくについてこういわれているwritingについてこういわれているしかしこれらはsubtractionである。ひきすぎたり、ひきのこすかのうせいあり。そこでひきすぎるかのうせいあるがかくじつにしらべられるmaskを行って、音読と書字にかんけいあるところをみる」と書き込んだ上、削除すべき箇所に斜線を引いたり、英語表現を訂正、付加する書き込みをし、被告に修正を指示した。 (エ) その後、被告は、平成13年8月10日に甲13の原稿を、同月20日に甲14の原稿を、同月27日に甲15の原稿を、同月31日に甲16の原稿をそれぞれ原告に提出し、その都度添削の依頼をした。 原告は、甲13ないし16の各原稿について、英語表現を訂正、付加する書き込みをしたり、内容等についてコメントする書き込みをするなどし、被告に修正を指示した。例えば、甲15の原稿の末尾に「@G to Pはparietalでもfrontalでも行われるというせつがあるAP to Gはparietalで行って、そのあとそのけっかをmotorにうつすことがfrontalでおこなわれるという説がある。BAをかんがえるとG to Pもfrontalはmotorにつなげるというきのうであるかもしれぬ」、甲16の原稿の「Introduction」の末尾に「・両方の共通のをなぜやるか@Andersonがもんだいしてるし、AGeschwindがone-to-one G to P P to Gでなくて、read al(oud)とdicta(tion)についてだけど・one to one conversionを研究すると何がわかるかlocalizationがはっきりしないか」との書き込みをした。 (オ)a 被告は、平成13年9月15日、「Discussion」の章等を修正した甲17の原稿を原告に提出した。 甲17の原稿には、「先生用」との被告の手書きの記載があるほか、「D i s c u s s i o n」の章の各英文パラグラフの冒頭部分ごとにに、「1.共通の賦活部位を述べる」、「2.parietal(IPS)の賦活は[Roeltgen, 1984#54]のSMGに近いことを述べる」、「3.frontalの賦活は[Anderson, 1990#51]に近いことを述べる」、「4.parietal(IPS)とfrontalで同じことを行っていることを述べる」、「5.[Roeltgen, 1984#54]の理論はうまく行っていない。それは英語ではphoneme-to-grapheme およびgrapheme-to-phonemeが複雑だから。これに対して、日本語は両者の対応関係が単純であることを述べる」、「6.frontalとparietal(IPS)の役割の違いを述べる(speculateする)」、「7.[Geschwind,1979#1]の言うようにangular gyrusやWernickeは賦活しなかったことを記述するのみ。なぜかは保留」、「8.他の賦活部位について簡単に記述」との被告によるワープロの記載があった。 b 原告は、甲17の原稿について、英語表現を訂正、付加する書き込みをし、被告に修正を指示した。 (カ)a 被告は、平成13年9月17日に甲18の原稿を、同月18日に甲19の原稿を、同月22日に甲20の原稿を、同年10月8日に甲21の原稿を、同月24日に甲22の原稿を、同月29日に甲23の原稿を原告に提出し、その都度添削の依頼をした。 b 原告は、甲19ないし21の原稿について、削除すべき箇所に斜線を引いたり、英語表現の誤りや単語の選択を修正する書き込みをしたり、また、内容、表現等に問題のある箇所に「?」印を付したり、縦の波線を引き、あるいは手書きでコメントするなどし、被告に修正を指示した。 なお、甲22、23の原稿については、原告による訂正、付加等の記載はない。 (キ) 被告は、博士課程修了後の平成14年8月30日、甲24の原稿を原告に提出した。甲24の原稿は、第1論文(甲1)と同じ内容である。 なお、甲24の原稿の表題部の上余白部分には、「Cognitive Brain Research用−ホームページで投稿可」との被告による手書きの書き込みがあった。 (ク)a 被告は、平成15年3月6日、甲25の原稿を原告に提出した。甲25の原稿は、甲24の原稿に表及び写真を添付したものであり、その本文の内容は甲24の原稿と同じである。 なお、甲25の原稿の表題部の上余白部分には、「p2gの論文です」、「8月にお渡ししたものと同じです」との被告による手書きの書き込みがあった。 b その後、原告は、甲25の原稿について、英語表現等の訂正、付加等をしたが、その内容は、第1論文(甲1)に反映されていない。 (3) 第2論文の作成・発表及び本件訴訟に至る経緯等 ア(ア) 被告は、第1論文の原稿作成中の平成13年2月9日ころ、原告に対し、「博士論文計画:書取・復唱パラダイムの2×2Factorial Design」と題する書面(乙10の1)を提出した。同書面には、書き取りと復唱を組み合わせた実験パラダイムを用いることによって、「IPSが言語の表象的操作に特化していることを示すことを試みる」ことを目的とし、@書き取りに関して「無意味綴りを聞いてかな(“ぬへ”等)で書く」、A書き取りに関して「純音を聞いて記号(“ ”)を書く」、B復唱に関して「無意味綴りを聞いて心の中で言う」、C復唱に関して「純音を聞くだけ」、D「rest」として「固視点をみる」という実験を行う旨の記載があった。 被告は、原告から問題点の指摘(甲46の1)を受けて、同年3月ころ、上記書面を修正及び補足した書面(甲46の2、3)を原告に提出し、同年4月23日ころ、再修正した書面(乙10の2)を原告に提出した。 しかし、原告は、被告が提出した上記実験計画では論理的に正しい結果が得られないものと考え、研究の実施を認めなかった。 (イ) 原告と被告は、協議の結果、event-related論文に係る実験を行って、被告の博士論文とすることとした。 そこで、被告は、原告の指導の下に、event-related論文の作成を開始し、平成14年2月に博士論文として提出し、同年3月、event-related論文は被告の学位論文として登録された。 なお、event-related論文には、原告がコレスポンディングオーサー、被告がファーストオーサーとして表示されている。 (ウ) 原告と被告は、event-related論文を、平成14年3月に「Science」に、同年4月に「Nature Neuroscience」に、同年5月にニューロレポート誌に、平成15年3月にHBM誌に投稿したが、いずれも掲載を拒否された。 イ(ア) 被告は、平成14年4月以降、東京大学医科学研究所(放射線科)の研究員として、Aの指導を受けながら、研究を継続していた。被告は、Aから、MRI装置を使用して実験することの許可を得ていた。 その後、被告は、平成15年8月ころ、東京工業大学で知り合ったB、Bから紹介されたC及びDの協力の下に、第2論文に係る実験を行った。 (イ) 被告は、平成15年12月15日、第2論文をニューロレポート誌に投稿した。 その後、第2論文は、ニューロレポート誌の編集者の査読を経て、2004年(平成16年)4月29日発行のニューロレポート誌第15巻6号に掲載された。 第2論文は、被告がファーストオーサー兼コレスポンディングオーサーとして表示され、B、C、D及びAも著者として表示されている。 なお、被告、B、C、D及びAは、第2論文の掲載に先立ち、ニューロレポート誌を発行するLWW社に対し、第2論文の著作権を譲渡する旨の書面(乙19)を提出した。 ウ(ア) 被告は、平成15年6月2日、原告に対し、第1論文のファイルを添付して、第1論文の投稿を依頼するメールを送信し、同年10月6日、原告の要請を受けて、第1論文のファイルを原告に再送信した。 (イ) 被告は、平成15年11月17日に原告からHBM誌がevent-related論文の掲載を拒否した旨のメール(乙1の4)を受けた後、原告と相談して、同論文を「Experimental Brain Research」(以下「EBR誌」という。)に投稿した。なお、上記メールには、第1論文について、「P to Gは何かを加えないととおらないと思われるので、考えて見てください。私も考えてみます。」との記載があった。 被告は、同年12月6日、原告に対し、event-related論文をEBR誌に投稿したことを報告するとともに、第1論文についてHBM誌に投稿してみたい旨のメール(乙1の5)を送信した。 (ウ) 原告は、平成16年1月3日、第1論文について、「p2g論文は大きな問題があり、それを解決するようにもう一度努力した方がよいでしょう。2月になったら私が手をつけてみます。精神の鍛錬と思ってベストを尽くしてみてください。」などと記載したメール(乙1の6)を被告に送信した。 (エ) 被告は、平成16年3月ころ、EBR誌から、event-related論文を修正すれば掲載を示唆するコメントを受けたことから、同論文を修正した原稿を作成し、同年7月28日これを原告に送信した後、同原稿をEBR誌に送った。しかし、原告には何らかの原因で修正後の原稿は届いていなかった。原告は、同年9月、EBR誌から連絡を受けて、被告が原告のチェックを受けずに、修正後の原稿をEBR誌に送ったことを知って立腹した。その後、被告は、原告に対し、謝罪した。 (オ) 原告は、平成17年1月6日、第1論文について、「P to Gの論文・・・も何とか急がねばと考えています。この論文は、結果以外は私が書いたので、君の論文への貢献を増すため、‘なぜcommon neural correlatesを調べたのか’について書いたらどうかと示唆しました。その後、良い説明は思いつきませんか?何もないようなら私が手を入れて最終版を作りますがどうでしょうか。」などと記載したメール(甲7の1)を被告に送信した。 被告は、同月8日、第1論文について、「以前お渡しした原稿に私が付け加えてある部分以外の説明は思いつきません。」などと記載したメール(甲7の2)を原告に送信した。 エ 原告の代理人弁護士は、平成17年2月8日ころ、被告に対し、第2論文の掲載が原告の著作権及び著作者人格権を侵害することを理由にその削除要請を出版社にするよう求める旨の通知書を出した。 これに対し被告の代理人弁護士は、同月25日到達の内容証明郵便で、原告の代理人弁護士に対し、原告の要求には応じられない旨の回答をした。 オ 原告は、平成18年2月9日、被告、B、C、D及びAを相手に本件訴訟を提起した。 なお、原告とB、D及びAは平成20年2月15日に、原告とCは同年3月10日に、本件につき訴訟上の和解をした。 2 第1論文の共同著作物性(争点1)について (1) 原告は、第1論文は、原告の指導の下に被告が原稿を作成し、原告がその添削をしたり、自らが文章を書き下ろすことによって作成されたものであって、原告及び被告が共同で創作した共同著作物である旨主張するので、以下において判断する。 ア まず、前記前提事実によれば、@東京大学大学院医学系研究科教授であった原告が、平成9年4月以降日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業の研究プロジェクトとして行っていたfMRIによる言語機構の解析の研究の一環として、原告の研究室で行ったfMRIを用いて音読及び書き取りにおける脳の賦活部位を解析する実験について、当時、原告の研究室に所属する大学院生(博士課程)であった被告に対し、その研究結果を論文とするよう原稿作成を指示したことから、被告が第1論文の作成を開始したこと、A被告は、平成12年10月に第1論文の初期原稿である甲28の原稿を作成して、原告に提出し、その後も、平成13年6月ころから平成14年8月30日までの間に、甲11ないし24の各原稿を原告に提出し、その都度、原告は、これらの原稿(ただし、甲22ないし24の原稿を除く。)について、英語表現を訂正、付加する書き込みをしたり、内容等についてコメントする書き込みをするなどし、被告に修正を指示し、その指示を受けた被告が原稿の修文をしたり、新たに作成した文章を書き入れて、甲24の原稿の作成に至ったこと、B第1論文(甲1)は、甲24の原稿と同じ内容であることが認められる。 イ 次に、前記前提事実と証拠(甲1、16、19、21)によれば、第1論文(甲1)中に、原告が被告が作成した原稿に自ら書き込んだ文章等がそのまま反映されている部分として、例えば、次の下線部分があることが認められる。 @ Abstractの章 「Little is known about the neural substrate of these two conversions, grapheme-to-phoneme and phoneme-to-grapheme conversions.」(甲16、19の原稿に書き込み。別紙対比表1の2) A Introductionの章 「In English the two kinds of conversion is complex because most phonemes are represented by more than one grapheme and mostgraphemes are by more than one phoneme, which may make difficult to specify the lesion responsible for the disorder of grapheme-to-phoneme and phoneme-to-grapheme conversions.」(甲16の原稿に書き込み。別紙対比表1の20) B Resultsの章 「The neural correlates of visual analysis, grapheme-to-phoneme conversion and inner speech were obtained from the comparison of reading condition against fixation, and summarized in Table 1 and in Figure 1 (top row).」(甲21の原稿に書き込み) C Discussionの章 「The anterior part of the left superior parietal lobule is a part of the region of which lesion causes phonological alexia. Phonological agraphia causes a disorder of phoneme-to-grapheme conversion, while phonological alexia does a disorder of grapheme-to-phoneme conversion [20].」(甲21の原稿に書き込み。別紙対比表2のb) ウ(ア) さらに、第1論文と被告が作成した初期原稿である甲28の原稿とを対比すると、@甲28の原稿においては、「Discussion」の章が、「Parietal cortex」(訳・頭頂皮質)、「Frontal cortex」(訳・前頭皮質)、「Temporal cortex」(訳・側頭皮質)、「Occipital cortex」(訳・後頭皮質)、「Other areas」(訳・その他領域)の項に分けて、大脳の各部位ごとに記述がされているのに対し、第1論文では、そのような記述の順序となっていないのみならず(別紙対比表2の第1論文のaないしx参照)、甲28の原稿の「Discussion」の章の記述は、第1論文に残されていないこと、A甲28の原稿の「Introduction」及び「Results]の記述も、第1論文に残されていないことが認められる。 加えて、B甲28の原稿においては、「Discussion」の章の冒頭に、「今回は部位ごとのDiscussionにしましたが、cognitive componentsごと(たとえば、visual analysis, auditory analysis, phoneme-to-grapheme conversion, grapheme-to-phoneme conversion, motor control, subvocal articulation など)のDiscussionの方がいいかもしれません. 先生のご意見をお聞きしたいです.」との記載(前記1(2)イ(ア)aD)があるが、この文章に斜線を引いた上、右余白部分に「よくない」との被告による書き込みがされ(同b)、また、「References」の章には、「1.」から「27.」までの文献が列挙されているが、「1.Neuroimagingのreadingの文献」、「4.書記素−音素変換の仮説文献」のように具体的な文献名が挙げられていないものや、「14.頭頂間溝の損傷で生じるalexiaの例:X先生より聞く」との記載(同aF)もあること、C甲28、11ないし23の原稿が原告に提出された当時、被告は、原告の研究室に所属し、原告が被告の指導教官であったこと、以上の@ないしCに照らすならば、原告は、第1論文の記述の順序、記載内容、参考文献等について被告に対し口頭による指示をしていたものと推認される。 (イ) 原告は、甲12の原稿の右余白部分の被告の手書きの書き込み(前記1(2)イ(ウ)a)は、原告が甲11の原稿を検討した際に被告に口頭で指示した内容である旨主張するのに対し、被告は、被告が「Discussion」の章を作成するに当たって思いついた、自らの着想ないし案を書きとめたメモ書きであって、原告が口頭で指示をした内容ではない旨主張する。 そこで検討するに、上記書き込みには、「書き取りの役割分担IPS imageをつくる PCG imageを統合してmotorへつなぐ→根拠はアリ writingのmodelと我々の先行研究から」との記載があり、この記載部分は、書き取りの役割分担について、書字のモデルと「我々の先行研究」を根拠に記述する趣旨の記載であるものと解されるところ、「我々の先行研究」とは、先行研究の文献(第1論文の別紙対比表2のjに記載された引用文献[13、23、29]のうち、原告が関与したが、被告が関与していない「13」及び「23」(「References」の章に記載の[13]及び[23]。いずれも著者としての被告の氏名の記載がない。)を指すものとうかがわれることに照らすならば、少なくとも上記記載部分については、原告による口頭の指示を記載したものと認めるのが合理的である。 (ウ) 原告は、甲17、20、21、23の各原稿におけるタイプされた「下線付きの日本語文」(例えば、甲17の9頁14行目の「1.共通の賦活部位を述べる」など)も、原告が被告に口頭で指示した内容である旨主張するのに対し、被告は、被告が自ら考えた内容をメモしたものであり、原告による口頭の指導に基づき記載されたものではない旨主張する。 そこで検討するに、前記1(2)イ(オ)aのとおり、平成13年9月15日に原告に提出された甲17の原稿には、「1.共通の賦活部位を述べる」、「2.parietal(IPS)の賦活は[Roeltgen, 1984#54]のSMGに近いことを述べる」、「3.frontalの賦活は[Anderson, 1990#51]に近いことを述べる」、「4.parietal(IPS)とfrontalで同じことを行っていることを述べる」、「5.[Roeltgen, 1984#54]の理論はうまく行っていない。それは英語ではphoneme-to-grapheme およびgrapheme-to-phonemeが複雑だから。これに対して、日本語は両者の対応関係が単純であることを述べる」、「6.frontalとparietal(IPS)の役割の違いを述べる(speculateする)」、「7.[Geschwind,1979#1]の言うようにangular gyrusやWernickeは賦活しなかったことを記述するのみ。なぜかは保留」、「8.他の賦活部位について簡単に記述」との被告によるワープロの記載がある。 他方で、原告作成の「2001.8.31」付けメモ(甲45)には、@「2か所activateした」、A「paraietalのactivateはRentozen(判決注・Roeltgenの誤記)にちかい」、B「frontalはandersonにちかい」、C「同じ場合で両方ことをやっている」、D「G to P P to GのlesionはうまくいってないこれはふくざつなG to Pをしらべたのそうなったのではないかそれでone-to-oneをやればよいのではないかそれに日本語」、E「両者のちがい、こうだろう」、F「5.AngularはでないWernickeもでない」との記載があり、上記@ないしFの記載は、甲17の原稿の「1.」ないし「7.」の記載にそれぞれ対応する趣旨のものであるものとうかがわれる。 そして、甲45のメモの作成日付(2001年(平成13年)8月31日)は、甲17の原稿が原告に提出される約2週間前のものであることに照らすならば、甲17の原稿の被告によるワープロの記載部分(「下線付きの日本語文」)は、原告が被告に対して口頭で指示した内容が記載されたものと認めるのが合理的である。 (エ) 上記(ア)ないし(ウ)のとおり、原告は、被告に対し、第1論文の原稿の作成について口頭による指示をしていたことが認められる。 (2) 以上によれば、第1論文は、原告が、被告が作成した原稿について、原稿への書き込み及び口頭により、英語表現の訂正、付加や、記載の順序、内容等について指示をし、その指示を受けた被告が原稿の修文をしたり、新たに作成した文章を書き入れて、完成するに至ったものであって、第1論文は、原告と被告が共同で創作し、原告と被告の寄与を分離して個別的に利用することができないものというべきであるから、第1論文は原告と被告の共同著作物(著作権法2条1項12号)であると認められる。 したがって、原告は、第1論文の共同著作者である。 3 複製権及び翻案権の侵害の有無(争点2)について (1) 複製権侵害の有無 原告は、第2論文は、第1論文に依拠して別紙対比表1及び2の下線部の同一又は類似の表現を有形的に再製し、これを複製したものであり、被告による第2論文の作成は、原告の保有する第1論文の複製権の侵害に当たる旨主張する。これに対し被告は、別紙対比表1及び2の下線部の表現は類似するが、その類似部分は創作性を有しないから、複製に当たらない旨主張するので、以下において判断する。 ア 第1論文と第2論文との対比 (ア) 第1論文(甲1)と第2論文(甲2)とを対比すると、以下の諸点が認められる。 a 研究目的 第1論文は、音読における書記素−音素変換と書き取りにおける音素−書記素変換とに共通する神経基盤を明らかにすることを目的とするのに対し、第2論文は、書き取りにおける音素−書記素変換の神経基盤を特定することを目的とするものである(別紙対比表1の1ないし3)。 b 実験の前提 第1論文では、読字過程は、視覚分析、書記素−音素変換、内言語(inner speech)から構成され、書取過程は、聴覚分析、音素−書記素変換、運動プログラミング、運動出力から構成されるとの仮説を立てた上、読字課題による賦活部位から固視課題による賦活部位を引き算することにより読字過程の行われる部分が判明し、書取課題による賦活部位から固視課題による賦活部位を引き算することにより書取過程の行われる部分が判明するので、両者に共通して脳賦活が認められる部位が、書記素−音素変換と音素−書記素変換に共通の認識要素であると仮定している(別紙対比表1の64、67ないし69)。 一方、第2論文では、無意味な表音文字の書取過程は、聴覚的分析、音素の再生、音素−書記素変換、運動プログラミング及び運動出力から構成され、無意味なシンボルの書取過程(書き取りのコントロール)は、音素の再生と音素−書記素変換を含まない、また、無意味な表音文字の復唱過程は、聴覚的分析、音素の再生、運動プログラミング及び運動出力から構成され、特定の表音文字の復唱過程(復唱のコントロール)は音素の再生を含まないとの仮説を立て、書取課題による賦活部位から書き取りのコントロール課題による賦活部位を引き算することによって、音素−書記素変換と音素の再生に関わる脳領域を特定することができ(コントラスト1)、復唱課題による賦活部位から復唱のコントロール課題による賦活部位を引き算することによって、音素の再生に関わる脳領域を特定することができ(コントラスト2)、コントラスト1とコントラスト2を比較することによって、書き取りにおける音素−書記素変換と関連する神経領域を特定できると仮定している(別紙対比表1の64ないし68)。 c 実験の課題 第1論文では、エジンバラ質問紙法により右利きであることが確認された日本人の被験者を対象に、高い無連想価を持つ39の無意味な二つの日本語表音文字(かな文字)を刺激として用いて、@スクリーン上の点をただ見つめるという固視課題、Aスクリーンに表示された無意味な二つのかな文字を見て声を出さずに読むという読字課題、B端が耳栓になっているプラスチックチューブによりMRIシステムに導入される無意味な2音節の音を聞いて右人差し指で空中に書くという書取課題の三つの課題を行っている(別紙対比表1の24、25、29、32、34ないし36)。 一方、第2論文では、エジンバラ質問紙法により右利きであることが確認された日本人の被験者を対象に、高い無連想価を持つ39の無意味な二つの日本語表音文字(かな文字)を刺激として用いて、被験者に、いずれも、刺激音を端が耳栓になっているプラスチックチューブによりMRIシステムに導入する方法により、@無意味な2音節の音を聞いて、その音に対応する二つのかな文字を右人差し指で空中に書くという、無意味な表音文字の書取課題、A二つの純音を聞いて特定の無意味な記号を右人差し指で2回書くという、書き取りのコントロール課題、B無意味な2音節の音を聞いてこの音を復唱し、無意味な表音文字を言うという復唱課題、C二つの純音を聞いて特定の表音文字を言うという復唱のコントロール課題の四つの課題を行い、休み条件としての固視を課題の間に入れている(別紙対比表1の24、25、29、32、37ないし39)。 d 実験結果 第1論文では、読字マイナス固視(コントラスト1)と書き取りマイナス固視(コントラスト2)にマスキング手続を行った結果、共通賦活部位は、左頭頂間溝(left intraparietal sulcus)と左背側運動前野(left dorsal premotor area)であることが明らかになった(甲1の8頁22行ないし9頁3行、別紙対比表2のa)。 一方、第2論文では、書き取りマイナス書き取りのコントロール(コントラスト1)と復唱マイナス復唱のコントロール(コントラスト2)の双方で左上側頭回(left superior temporal gyrus)が賦活し、コントラスト1でのみブローカ領(BA6/44)に広がる左運動前野(left premotor area)が賦活したため、書き取りにおける音素−書記素変換と関連する領域は、ブローカ領(BA6/44)に広がる左運動前野であると特定された(甲2の951頁右欄2行ないし952頁左欄2行、別紙対比表2のa)。 e 議論 第1論文と第2論文との議論における共通点は、@左背側運動前に近いエクスナー領の損傷が失読−失書を生ずるとの損傷研究から、音素−書記素変換が行われる部位は、左運動前であるとの仮説を立てたこと、A英語による損傷研究の問題点を指摘し、音素と書記素の関係を明らかにするには、日本語のかなを刺激として用いることが適切であると説明したこと、B伝統的な書字のモデルにおいては、文字の書記素表象(grapheme representation)が頭頂領域で行われ、書記素の運動表象(motor representation)の組織化が前頭領域で行われるとされるとの先行知見を取り上げたことである(別紙対比表2のcないしh)。 一方、第1論文と第2論文との議論における相違点は、@実験により得られた結果を紹介する部分が異なること、A第1論文では検討された上頭頂小葉前部の損傷が音声学的失書を、左上頭頂小葉の前部の損傷が音声学的失書をそれぞれ生ずるとの損傷研究が、第2論文では取り上げられていないこと、B第1論文では、音声学的失書と音声学的失読が書字と読字の両方に関与する神経単位の崩壊に基づいていると仮定し、読字についても、左頭頂が音素表象を提供し、左運動前が音素の運動表象を産出するとのモデルを適用できると仮定したのに対し、第2論文では、これらの仮定を行っていないこと、C第1論文では、読字においては、書記素入力から音素表象への変換が頭頂領域で、音素表象から音素の運動出力への移送が前頭領域で行われ、書き取りにおいては、音素入力から書記素表象への変換が頭頂領域で、書記素表象から書記素の運動出力への移送が前頭領域で行われるとの仮説を立て、左頭頂間溝前部の役割は、書記素−音素変換における書記素入力の音素表象への変換と、音素−書記素変換における音素入力の書記素表象への変換であり、左運動前領域の役割は、書記素−音素変換における音素表象の音素の運動出力への移送と、音素−書記素変換における書記素表象の書記素の運動出力への移送であると推定しているのに対し、第2論文では、読字については取り上げず、書き取りにおいても、音素入力から書記素表象への変換、書記素表象から書記素の運動出力への移送のいずれも左運動前領域で行われるとの仮説を立て、左運動前領域の役割は、書記素表象の書記素出力であると推定していること、D第1論文では、実験による賦活部位がゲシュウィンドの仮説と整合しなかったのに対し、第2論文では同仮説と整合していることである(別紙対比表2のa、b、m、nないしp、s)。 f 結論 第1論文の結論は、音読課題と書取課題とでは共通して左下前回の上後部から左中心前回中部にわたる領域と左頭頂間溝の前部の周囲の領域が賦活したことから、単純な音読課題における書記素−音素変換、単純な書取課題における音素−書記素変換のいずれにおいても、これら二つの領域が必要であるというものである(甲1の13頁9行ないし18行)。 一方、第2論文の結論は、書取課題においてブローカ領まで広がる左運動前野が賦活することが示唆され、書取課題及び復唱課題において左上側頭皮質が賦活したことから、左運動前野が音素表象を書記素の運動出力へ移送することを、左上側頭領域は、文字の音声的(聴覚的)及び/あるいは図式(視覚的)表象に変換することを示唆するというものである(甲2の952頁右欄37行ないし40行、42行ないし47行)。 (イ) 上記のとおり、第2論文は、第1論文とその実験手法(39の無意味な二つの日本語表音文字(かな文字)を刺激とするfMRIを用いた実験)の一部が共通するものの、研究目的、実験の前提となる仮定、実験の課題、実験により得られた結果及び論文の結論が異なるから、両論文は、研究内容を異にするということができる。 イ 類似部分の創作性について (ア) 「Abstract」の章について a 第1論文及び第2論文の「Abstract」には、別紙対比表1の1ないし7の各項の下線部の箇所に類似表現が存在するので、その創作性について検討する。 (a) 別紙対比表1の1 第1論文には、音読は書記素−音素変換の知識に基づいていること(第1文)、書き取りは音素−書記素変換の知識に基づいていること(第2文)が記載され、一方、第2論文には、書き取りは音素−書記素変換の知識に基づいていることが記載されており、両論文の内容は、書き取りが音素−書記素変換の知識に基づいていることが記載されている点で共通する。 この共通部分が記載された第1論文の第2文と第2論文の文章とを対比すると、下線部の「In writing to dictation」、「phoneme-to-grapheme conversion」の語句が用いられている点で類似するが、文章全体の表現としては類似しているとはいえない。また、「writing to dictation」は書き取りを意味する一般的な表現、「phoneme-to-grapheme conversion」は音素−書記素変換を意味する専門用語であり、いずれも表現の創作性は認められない。 なお、第1論文の第1文と第2論文の文章とは、下線部の箇所の語句の一部が共通してはいるものの、表現している内容が異なり、文章全体の表現として類似しているとはいえない。 (b) 別紙対比表1の2ないし4 両論文は、@音素−書記素変換の神経基盤がほとんど知られていないこと、A機能的磁気共鳴画像法を用いて変換の神経基盤を明らかにすることを目指した研究であること、B日本語では、一つの音素が一つの書記素(かな)によって表されており、その逆もそうであるので、日本語を研究に用いたことが、この順序で記載されている点で共通し、第1論文では、書記素−音素変換の神経基盤についても記載しているのに対し、第2論文では、そのような記載がない点で相違する。 そこで、両論文の表現を対比すると、第1論文では「graphemeto-phoneme and phoneme-to-grapheme conversions」あるいは「two conversions」と表現されている部分が、第1論文では「phoneme-to-grapheme conversion」と表現されてはいるものの、下線部の箇所の語句が類似しているのみならず、各文章の構文及び論述の順序も同一又は類似していることから、下線部の箇所を含めた各文章全体の表現においても類似しているものと認められる。 そして、上記@ないしBの内容を表現するに当たっては、専門用語など使用する単語に一定の制約があることは否めないが、各内容の記述の順序、各文章の配列、言い回し等において多様な表現が可能であり、表現の選択の幅が相当程度あるといえるから、別紙対比表1の2ないし4の第1論文の表現は、創作性を有するものと認められる。 (c) 別紙対比表1の5 両論文は、下線部の「Functional magnetic resonance imaging」、「activated」の語句が用いられている点で類似するが、訳文記載のとおり各文章で表現している内容が異なる上、「Functional magnetic resonance imaging」は機能的磁気共鳴画像法を意味する専門用語、「activated」は「賦活され」を意味する一般的な表現であり、いずれも表現の創作性は認められない。 (d) 別紙対比表1の6 両論文は、下線部の「suggested that」、「region」、「phoneme」、「grapheme」、「writing to dictation」などの語句が用いられている点で類似するが、訳文記載のとおり各文章で表現している内容が異なる上、「phoneme」は音素、「grapheme」は書記素を意味する専門用語であり、また、「suggested that」は「示唆した」、「region」は領域、「writing to dictation」は書き取りを意味する一般的な表現であり、いずれも表現の創作性は認められない。 (e) 別紙対比表1の7 両論文では、下線分の「functional MRI」ないし「Functional magnetic resonance imaging(fMRI)」、「phoneme-to-grapheme」、「writing to dictation」の語句がキーワードとして挙げられている点で類似するが、上記語句は、専門用語又は一般的な表現であり、いずれも表現の創作性は認められない。 (f) まとめ 以上のとおり、第1論文の「Abstract」の章のうち、別紙対比表1の2ないし4の表現は創作性を有するものと認められる。 b これに対し被告は、@第1論文と第2論文は類似するテーマについての学術論文であり、実験方法や前提となる一般的知見については相互に共通する部分も多く、これらの共通する部分においては、学術論文の場合正確な記述が求められることから、その論述の進め方や表現もある程度定型的にならざるを得ないのであり、たとえ数文程度のまとまりに共通している部分がみられるとしても、その部分に創作性があるということはできない、A一般的に「Abstract」は、研究の全体像がわかるように端的に表現する必要があり、必要最小限の記述にとどめるとともに、論文に使用される頻度の高い定型的な表現を多用して誤解のないように記述することが求められていることなどを理由に、別紙対比表1の「Abstract」の下線部の表現には創作性はない旨主張する。 しかし、「Abstract」は、当該論文が何を議論し、どのような結論が得られたかが分かるように論文の要旨を記載する項目であり(乙9の3頁)、取り上げる議論及び結論の具体的な記述内容の選択、記述の順序には執筆者の自由度が高く、使用する語句、言い回し等にも特に制約がないから、執筆者の思想又は感情を表現する表現の幅が相当程度あるものと認められる。 また、第1論文及び第2論文のような英語を母国語としない者による英文の学術論文においては、執筆者の英語力の程度によっても具体的な表現が依存し得るものといえるから、この意味においても表現の幅があるものと認められる。 そして、先に説示したとおり、別紙対比表1の2ないし4で記載された@ないしBの内容(前記a(b))については、専門用語など使用する単語に一定の制約があることを考慮してもなお、各内容の記述の順序、各文章の配列、言い回し等において多様な表現が可能であり、表現の選択の幅が相当程度あるものと認められるから、別紙対比表1の2ないし4の第1論文の表現は、創作性を有するものと認められる。 したがって、被告の上記主張は、採用することができない。 (なお、第1論文と第2論文は、書き取りにおける音素−書記素変換の神経基盤に関する研究である点において共通し、その実験手法の一部が共通するものの、研究目的、実験の前提となる仮定、実験の課題、実験により得られた結果及び論文の結論が異なるのであるから(前記ア(イ))、第2論文の「Abstract」において取り上げるべき議論の内容及び表現が、別紙対比表1の2ないし4のように第1論文と類似のものになる必然性はない。)。 (イ) 「Introduction」の章について a 第1論文及び第2論文の「Introduction」には、別紙対比表1の10、14、20ないし22の各項の下線部の箇所に類似表現が存在するので、その創作性について検討する。 (a) 別紙対比表1の10 両論文は、書き取りには、音素−書記素変換に基づく方法と特定の文字系列の記憶(辞書的)に基づく方法との二つの方法があることが記載されている点で内容が共通し、その表現においても、下線分の「In dictation」、「one is based on knowledge of how to convert speech sound to the corresponding letter、namely, phoneme-to-grapheme conversion.」、「The other is based on memory of specific letter-sequences (lexical).」との文及び語句が類似している。 しかし、上記類似部分の表現は、書き取りには上記二つの方法があるという知見を簡潔に表したものにすぎず、類似する語句も専門用語や一般的な表現であり、創作性は認められない。 (b) 別紙対比表1の14 両論文は、音声学的失書の研究は、左島と縁上回前下部が音素−書記素変換に影響することを示唆したこと、変換において、左前頭葉皮質が重要であることも示唆されていたことが文献を引用して記載されている点で内容が共通し、その表現においても、下線部の「studies」、「phonological agraphia indicated that the left insula and anterior inferior supramarginal gyrus may」、「phoneme-to-grapheme conversion.」、「the importance of the left frontal cortex in」、「of conversion」、「also suggested」などの語句が類似している。 しかし、上記類似部分の表現は、先行研究で示された知見を簡潔に表したものにすぎず、類似する語句も脳の部位(「left insula」、「anterior inferior supramarginal gyrus」、「left frontal cortex」)を意味する専門用語や一般的な表現であり、創作性は認められない。 (c) 別紙対比表1の20 両論文は、英語では、たいていの音素は二つ以上の書記素によって表されていることから、音素−書記素変換が複雑であること、このことが音素−書記素変換の障害の原因である損傷を特定困難にしているかもしれないことが記載されている点で内容が共通し、その表現においても、下線部の「In English」、「of conversion is complex because most phonemes are represented by more than one grapheme」、「which may」、「difficult to specify」、「responsible for the」、「phoneme-to-grapheme conversion」の節及び語句が類似している。 しかし、上記類似部分の表現は、英語では、たいていの音素は二つ以上の書記素によって表されているという知見から、音素−書記素変換の障害の原因である損傷を特定困難にしているかもしれないという仮説を記述する文章の一部分であって、類似する語句は、「phonemes」、「grapheme」、「phoneme-to-grapheme conversion」の専門用語や一般的な表現であり、創作性は認められない。 (d) 別紙対比表1の21 両論文は、日本語では、一つの音素は一つの書記素(かな)で代表されており、その逆もまたそうであることが記載されている点で内容が共通し、その表現においても、下線部の「one」、「phoneme is represented by one」、「grapheme (kana),and vice versa」の語句が類似している。 しかし、上記類似部分の表現は、上記内容を記述する文章の一部分であって、類似する語句は、「phoneme」、「grapheme」の専門用語や一般的な表現であり、創作性は認められない。 (e) 別紙対比表1の22 両論文は、下線部の「The aim of」、「study」、「to clarify」、「fMRI」、「the neural substrate」、「phoneme-to-grapheme conversion」の語句が用いられている点で類似するが、訳文記載のとおり各文章で表現している研究目的の内容が異なる上、類似する語句は、専門用語や一般的な表現であり、いずれも創作性は認められない。 b 以上のとおり、別紙対比表1の10、14、20ないし22の下線部の類似部分の表現に創作性は認められない。 (ウ) 「Materials and Methods」の章について a 第1論文及び第2論文の「Materials and Methods」には、別紙対比表1の24、25、27ないし29、32、34、36、41ないし55、58ないし60、62ないし64、67、68の各項の下線部の箇所に類似表現が存在するので、その創作性について検討する。 両論文は、被験者の属性、書取課題及び固視(課題)の実施方法、データ取得の方法、データ分析に用いられた機器や手法等の内容が共通し、その表現においても、上記各項の下線部の文章、語句、言い回し等が類似している。 しかし、上記共通の内容は、著作権法による保護の対象とならない事実又はアイデアに属するものと解されるから、上記各項の下線部の箇所の類似表現は、原告が主張するように各項の下線部の箇所について一様でない表現が可能であるとしても、著作物としての創作性を有しないものと解すべきである。 b 以上のとおり、別紙対比表1の24、25、27ないし29、32、34、36、41ないし55、58ないし60、62ないし64、67、68の下線部の表現に創作性は認められない。 (エ) 「Discussion」の章について a 「Discussion」は、論文の研究によって得られた研究結果に基づいて結論に至ったプロセスを論証し、考察する項目であり、研究結果の分析、先行研究と関連づけた研究の解釈、優位性、重要性等が盛り込むべき内容となるが、論述の仕方には特に制約はないものと解される。 第1論文及び第2論文の「Discussion」には、別紙対比表2のa、cないしl、n、p、sの下線部の箇所に類似表現が存在するので、その創作性について検討する。 (a) 別紙対比表2のa 両論文は、下線部の「The results of this study revealed that the left」、「premotor」、「activated」、「during」,「phoneme-to-grapheme conversion」の語句が用いられている点で類似するが、訳文記載のとおり各文章で表現している具体的な賦活部位(領域)の内容が異なる上、類似する語句は、「premotor」(運動前)、「phoneme-to-grapheme conversion」の専門用語や一般的な表現であり、いずれも表現の創作性は認められない。 (b) 別紙対比表2のcないしl 両論文は、別紙対比表2のcないしlにおいて、@過去の損傷研究例(c)、A過去の損傷研究例からの音素−書記素変換が行われる部位についての推定(d)、B英語を用いた過去の損傷研究の問題点と日本語の優位性(eないしg)、C書字の先行研究例(hないしl)について、この順序で記載し、その上で実験の結果賦活された部位の役割についての仮説(n)を立てるという論述構成をとっている点で共通し、また、取り上げている先行研究も共通している。 そして、両論文の別紙対比表2のcないしlの表現を対比すると、下線部の箇所の文章及び語句が類似しているのみならず、類似する部分が全体に占める割合も多く、論述の順序も同一であることから、下線部の箇所を含めた各文章全体の表現においても類似しているものと認められる。 そして、上記@ないしCの内容を表現するに当たっては、同一の先行研究の知見を正確かつ簡潔に説明するにはその表現が類似せざるを得ない面があること、専門用語など使用する単語に一定の制約があることを考慮してもなお、各内容の記述の順序、各文章の配列、言い回し等において多様な表現が可能であり、しかも、「Discussion」の論述の仕方に特に制約はなく、表現の自由度が高いことに照らすと、表現の選択の幅が相当程度あるものと認められるから、別紙対比表2のcないしlの第1論文の表現は、創作性を有するものと認められる。 (c) 別紙対比表2のn 両論文は、下線部の「We hypothesized」、「area」、「play」、「specific role」、「during dictation」、「auditory word (phonemic input)」、「converted into visual image (graphemic representation)」、「visual image」、「transferred to motor output (graphemic output) in the frontal area」の語句が用いられている点で類似するが、訳文記載のとおり各文章で表現している仮説の内容が異なる上、類似する語句は、「phonemicinput」、「graphemic representation」などの専門用語や一般的な表現であり、いずれも創作性は認められない。 (d) 別紙対比表2のp 両論文は、下線部の「It is speculated that」、「transfer phonemic representation」、「to graphemic motor output」、「letters」、「phoneme-to-grapheme conversion」の語句が用いられている点で類似するが、訳文記載のとおり各文章で表現している推測された内容が異なる上、類似する語句は、「phonemic representation」(音素表象)、「graphemic motor output」(書記素の運動出力)の専門用語や一般的な表現であり、いずれも創作性は認められない。 (e) 別紙対比表2のs 両論文は、ゲシュウィンド(Geschwind)が、ウェルニッケ領が視覚及び聴覚情報を単語の音声的(聴覚性)及び文字的(視覚性)表象に変換するいう仮説を立てたことが記載されている点で内容が共通し、その表現においても、下線部の「Geschwind hypothesized that」、「Wernicke's area」、「to transform(ed)」、「visual and auditory information into phonetic (auditory) and graphic (visual) representation of」、「word(s)」の語句が用いられている点で類似している。 しかし、上記類似部分の表現は、ゲシュウィンドが提唱した仮説の結論部分を表したものにすぎず、類似する語句は、専門用語や一般的な表現であり、創作性は認められない。 (f) まとめ 以上のとおり、第1論文の「Discussion」の章のうち、別紙対比表2のcないしlの表現は創作性を有するものと認められる。 b これに対し被告は、別紙対比表2のcないしlを一つのまとまりとして考えるとしても、文章には最適な思考の流れを促す順序が存在し、その順序が読者の理解に資するという観点からみると、第1論文の別紙対比表2のcないしlの下線部の表現には創作性はない旨主張する。 しかし、被告の主張は、以下のとおり理由がない。 (a) 第1論文では、音読課題と書取課題との共通賦活領域(左頭頂間溝と左背側運動前野)の役割についての仮説(別紙対比表2のn)を導くために、音声学的失書と音声学的失読が書字と読字の両方に関与する神経単位の崩壊に基づいていると仮定し(m)、読字についても、先行研究の書字モデル(左頭頂が書記素表象を提供し、左運動前が書記素の運動表象を産出するとのモデル)を適用でき、左頭頂が音素表象を提供し、左運動前が音素の運動表象を産出すると仮定し(m)、日本語の表音文字を刺激として用いることの優位性を説明しつつ(eないしg)、これらの仮定の正当性を論証し(c、d、hないしl)、別紙対比表2のcないしlの各項目について、この順序で記載したもの認められる。 他方で、第2論文では、第1論文とは異なり、実験結果において頭頂領域が賦活していないのであるから(前記ア(ア)d)、上記書字モデルを説明し(別紙対比表2のh)、その正当性の根拠(i、j)を論じる必要はないものと解される。 加えて、第1論文と第2論文は、書き取りにおける音素−書記素変換の神経基盤に関する研究である点において共通し、その実験手法の一部が共通するものの、研究目的、実験の前提となる仮定、実験の課題が異なり、しかも、第2論文においては、音素−書記素変換が行われる部位が左運動前(領域)であることが、実験結果から直接導き出し得ること(前記ア(ア)d)に照らすならば、第2論文では、別紙対比表2のcないしlの下線部の内容をこの順序で論じることが、被告が主張するような最適な思考の流れを促すものということはできない。 (b) したがって、第1論文の別紙対比表2のcないしlの下線部の表現には創作性はないとの主張は、採用することができない。 ウ 依拠について (ア) 前記2認定のとおり、被告は、第1論文の初期原稿を作成し、その後も原告の指示の下に修正を行うなどして、第1論文の文章を自ら作成しているのであるから、被告が第2論文を作成する前に第1論文に接していたことは明らかである。 そして、第2論文においては、別紙対比表1及び2の下線部のとおり、同一ないし類似する記載が数多く存在している上、前記イ(ウ)、(エ)認定のとおり、「Materials and Methods」の章や「Discussion」の章には、創作性があるとは認められない部分も含め、一文全体の記載がほぼ同一の箇所や、論述の流れが同一の箇所があることは、被告が第1論文に依拠して第2論文を作成したことを推認させる事実である。 (イ) したがって、被告は、第1論文に依拠して第2論文を作成したものと認められる。 エ 小括 以上によれば、被告は、第1論文に依拠し、第1論文の「Abstract」の一部(別紙対比表1の2ないし4の各項)及び「Discussion」の一部(別紙対比表2のcないしlの各項)について、その創作的表現を有形的に再製して第2論文を作成したものであるから、被告による第2論文の作成は、上記の限度において複製に当たるものと認められる。 そして、被告は、第1論文の共同著作者である原告の同意を得ずに、第2論文を作成しているから、被告による第2論文の作成は、原告の第1論文の一部についての複製権の侵害に当たる。 (2) 翻案権侵害の有無 ア 原告は、第2論文は、第1論文に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、「Results」及び「Conclusion」の章のみを書き替えたものであり、両論文の読者は、その余の部分についての酷似を容易に感得できるから、第2論文は、第1論文を全体として翻案したものである旨主張する。 ところで、言語の著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解される(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。 これを本件についてみるに、前記(1)のとおり、第2論文において第1論文の創作的表現が有形的に再製されている部分は、「Abstract」の一部(別紙対比表1の2ないし4の各項)及び「Discussion」の一部(別紙対比表2のcないしlの各項)であって、しかも、両論文の「Results」及び「Conclusion」の各章は、記載内容が異なり、その表現において類似する箇所は存しないことに照らすならば、上記部分から第1論文全体の表現上の本質的特徴な特徴を直接感得することができるものではないから、第2論文は、第1論文を全体として翻案したものと認めることはできない。 イ 以上によれば、被告による第2論文の作成が第1論文についての原告の翻案権の侵害に当たるとの原告の主張は理由がない。 4 同一性保持権及び公表権の侵害の有無(争点3)について (1) 同一性保持権侵害の有無 原告は、被告が、コレスポンディングオーサーである原告の同意を得ずに、第1論文を改変して第2論文を作成し、ニューロレポート誌に発表した行為は、原告の保有する第1論文の同一性保持権の侵害に当たる旨主張する。 そこで検討するに、第2論文において第1論文の「Abstract」の一部(別紙対比表1の2ないし4の各項)及び「Discussion」の一部(別紙対比表2のcないしlの各項)が複製されているところ(前記3(1)エ)、被告は、第2論文を作成するに際し、第1論文の共同著作者である原告の同意を得ずに、上記複製部分に係る第1論文の表現を一部改変しているから、被告による第2論文の作成・発表は、第1論文の一部についての原告の同一性保持権の侵害に当たるものと認められる。 (2) 公表権侵害の有無 原告は、被告が、コレスポンディングオーサーである原告の同意を得ずに、第1論文を複製した第2論文をニューロレポート誌に発表した行為は、原告の保有する第1論文の公表権の侵害に当たる旨主張する。 そこで検討するに、第2論文において第1論文の「Abstract」の一部(別紙対比表1の2ないし4の各項)及び「Discussion」の一部(別紙対比表2のcないしlの各項)が複製されているところ(前記3(1)エ)、被告は、第1論文の共同著作者である原告の同意を得ずに、第2論文をニューロレポート誌に投稿して発表しているから、被告による第2論文の発表は、第1論文の一部についての原告の公表権の侵害に当たるものと認められる。 5 第2論文の撤回通知請求の可否(争点4)について (1) 著作権法112条の規定による請求 原告は、学術論文が雑誌に掲載・発表されると、半永久的に記録が保存され、当該論文と同一の文章が多く含まれる後行の論文は発表自体が認められないため、被告がニューロレポート誌に第2論文を発表したことにより、原告において第2論文と実質的に同一の文章を大量に含む第1論文を発表することができないという具体的な不利益を被っており、第1論文についての原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権、公表権)が侵害されている状況が継続しているから、著作権法117条、112条1項、2項に基づき、上記侵害停止のための措置として、被告に対し、ニューロレポート誌を発行するLLW社に第2論文の撤回の通知をするよう求めることができる旨主張する。 しかし、被告が第2論文を作成し、これをニューロレポート誌に投稿し、同誌に掲載された時点で、被告による第1論文の複製、改変及び公衆への提供又は提示による原告の複製権、同一性保持権及び公表権の侵害行為は終了したものと解されるから、被告において停止すべき侵害行為を行っているものと認めることはできない。また、前記1(3)イ(イ)認定のとおり、被告、B、C、D及びAは、LWW社に対し、第2論文の著作権を譲渡する旨の書面を提出していることによれば、第2論文の著作権はLWW社に帰属しているものと認められる。そうすると、仮に被告がLWW社に第2論文の撤回通知をしたとしても、第2論文の掲載を取り止めるかどうかはLWW社の判断に委ねられているものと解されるから、この点からみても、被告が上記侵害行為を行っているものと認めることはできない。 したがって、原告主張の第2論文の撤回通知請求は、著作権法112条1項所定の「侵害の停止」の請求及び同条2項所定の「侵害の停止又は予防に必要な措置」の請求のいずれにも当たらないから、原告の上記主張は理由がない。 (2) 著作権法115条の規定による請求 原告は、東京大学の元教授であり、現在でも学会において主要な地位にあり、高い名誉と声望を有すること、学術論文においては、先行性が重要視され、後から第1論文を発表してもその重要性は低く見られがちであるところ、被告による原告の第1論文についての著作者人格権(同一性保持権、公表権)の侵害により、第1論文の価値が大きく低下したこと、被告は、東京大学などの関係者に対して、本件訴訟がアカデミック・ハラスメントであるとか盗作の事実はないなどと虚偽の事実を言いふらしていることからすれば、被告による第2論文の撤回通知は、原告の名誉・声望を回復するために必要不可欠であるから、著作権法115条に基づき、原告の名誉又は声望の回復のための措置として、被告に対し、ニューロレポート誌を発行するLLW社に第2論文の撤回の通知をするよう求めることができる旨主張する。 ところで、著作権法115条にいう「著作者の名誉若しくは声望」は、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉又は声望を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情を含まないものであるものと解される(最高裁昭和45年12月18日第二小法廷判決・民集24巻13号2151頁、最高裁昭和61年5月30日第二小法廷判決・民集40巻4号725頁参照)。 これを本件についてみるに、@第2論文における第1論文の公表権、同一性保持権を侵害している箇所は「Abstract」と「Discussion」の章の一部であること(前記2ないし4)、A第2論文は、実験で用いた装置、実験方法、実験の課題の一部(書取課題)において第1論文と同じ内容の部分があるものの、研究の目的、書き取り以外の実験の課題、実験の前提となる仮定、実験の結果、研究により得られた結論等において第1論文と内容自体異なっていること(前記3(1)ア)からすれば、第2論文が発表されたことによって第1論文の研究の先行性が失われたとまではいえないと解されるから、被告が第2論文を作成し、これがニューロレポート誌に掲載されたことによって、原告が社会から受ける客観的な評価の低下を来たし、その社会的名誉又は声望が毀損されたものとまで認めることはできない。 また、原告主張の被告による関係者に対する行為は、その主張自体からみて著作者人格権の侵害行為とは別の行為であり、原告の著作者人格権の侵害行為により原告の社会的名誉又は声望が毀損されたことを基礎付ける事実には当たらない。 したがって、原告の上記主張は理由がない。 6 原告の損害額(争点5)について (1) 著作者人格権侵害による慰謝料 第1論文及び第2論文の内容及び性格、被告による著作者人格権の侵害態様、その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、被告が公表権及び同一性保持権を侵害したことにより原告が被った精神的苦痛に対する対する慰謝料としては、30万円と認めるのが相当である (2) 弁護士費用 本件における原告の請求の内容、事案の性質、訴訟に至った経緯、難易度、審理経過その他本件に表れた全事情を考慮するなら、被告による複製権、公表権及び同一性保持権の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、10万円と認めるのが相当である。 (3) 小括 そうすると、被告が賠償すべき原告の損害額は、合計40万円となる。 7 権利の濫用の成否(争点6)について (1) 被告は、@第1論文及び第2論文は、いずれも被告が大部分の表現を創作したものであって、原告は、両論文の類似部分について創作的な関与をしていないのであるから、第1論文についての原告の著作権を保護すべき必要性は乏しいこと、A原告は、第1論文にコレスポンディングオーサーとして名を連ねたことに基づき、明確な理由なく、第1論文の発表に関する被告の要求を斥け、第1論文の投稿を一切許さず、長期間放置し、第1論文の著作者としての被告の権利行使を正当な理由なく妨げていたこと、B被告が東京大学医科学研究所において独自の研究を進めていたにもかかわらず、その研究内容に対し不当な干渉を加えてきており、本件訴訟は、その延長線上にあること、C原告は、第2論文の具体的内容ではなく、自己が開拓してきた分野に他のグループが参加することに対して不快感を強く持ち、自己の関与しない第2論文が公表・掲載されていることが意に沿わないことなど本件をめぐる客観的状況や原告の主観的な意図を考慮すれば、原告の第1論文の著作権及び著作者人格権の行使としての本件請求は、権利の濫用に当たり、許されない旨主張する。 しかし、被告の主張は、以下のとおり理由がない。 ア まず、前記2(2)認定のとおり、原告は、第1論文は、被告が作成した原稿について、原稿への書き込み及び口頭により、英語表現の訂正、付加や、記載の順序、内容等について指示をし、その指示を受けた被告が原稿の修文をしたり、新たに作成した文章を書き入れて、完成するに至ったものであって、第1論文は、原告と被告が共同で創作したものであるから、原告は、第1論文及び第2論文の類似部分について創作的な関与をしていないということも、第1論文についての原告の著作権を保護すべき必要性は乏しいということもできない。 イ 次に、前記前提事実のとおり、@原告は、平成15年6月2日に、被告から、第1論文の投稿を依頼するメールを受信した後、同年11月17日、第1論文について、「P to Gは何かを加えないととおらないと思われるので、考えて見てください。私も考えてみます。」と記載したメールを送信したこと、A被告は、同年12月6日、原告に対し、第1論文についてHBM誌に投稿してみたい旨のメールを送信したのに対し、原告は、平成16年1月3日、第1論文について、「p2g論文は大きな問題があり、それを解決するようにもう一度努力した方がよいでしょう。2月になったら私が手をつけてみます。精神の鍛錬と思ってベストを尽くしてみてください。」とのメールを被告に送信したこと、B原告は、平成17年1月6日、第1論文について、「P to Gの論文・・・も何とか急がねばと考えています。この論文は、結果以外は私が書いたので、君の論文への貢献を増すため、‘なぜcommon neural correlatesを調べたのか’について書いたらどうかと示唆しました。その後、良い説明は思いつきませんか?何もないようなら私が手を入れて最終版を作りますがどうでしょうか。」などと記載したメール(甲7の1)を被告に送信したこと、C原告は、甲16の原稿の「Introduction」の末尾に「・両方の共通のをなぜやるか @Andersonがもんだいしてるし、AGeschwindがone-to-one G to P P to Gでなくて、read alとdictationについてだけど ・one to one conversionを研究すると何がわかるか localizationがはっきりしないか」との書き込みをしていることに照らすならば、原告は、音読における「書記素−音素変換」及び書き取りにおける「音素−書記素変換」によって生ずる脳の共通の賦活部位を明らかにすることの意義など第1論文の内容に不十分な点があると考えたため、第1論文の投稿に同意しなかったものとうかがわれる。したがって、原告が明確な理由なく、第1論文の発表に関する被告の要求を斥けたということもできないし、第1論文の著作者としての被告の権利行使を正当な理由なく妨げたということもできない。 ウ 被告は、原告が被告が東京大学医科学研究所において独自の研究を進めていたにもかかわらず、その研究内容に対し不当な干渉を加えてきており、本件訴訟は、その延長線上にある、原告は、第2論文の具体的内容ではなく、自己が開拓してきた分野に他のグループが参加することに対して不快感を強く持ち、自己の関与しない第2論文が公表・掲載されていることが意に沿わないなどと主張するが、いずれもその主張自体、被告主張の原告の第1論文の著作権及び著作者人格権の行使としての本件請求が権利の濫用に当たることを基礎付ける事情に当たらない。 (2) 以上のとおり、被告主張の原告の第1論文の著作権及び著作者人格権の行使としての本件請求が権利の濫用に当たることを基礎付ける事情はいずれも採用することはできない。他にも被告は縷々主張するが、いずれも本件請求が権利の濫用に当たることを基礎付けるものではない。 したがって、被告の主張は、理由がない。 8 結論 以上によれば、原告の請求は、被告に対し、40万円及びこれに対する不法行為の後である平成16年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 大鷹一郎 裁判官 大西勝滋 裁判官 関根澄子 (別紙)著作目録 Article: “Neural correlates of phoneme-to-grapheme conversion” Journal: NeuroReport Vol. 15, pp. 949-953 (Vol 15 No 6 29 April 2004) (訳文) 論文名:音素から書記素への変換に関する神経的相関 雑誌名:ニューロレポート第15巻949〜953頁(15巻6号2004年4月29日) (別紙)通知目録 Y1 〈略〉, Shizuoka-shi, Shizuoka-ken, 〈略〉JAPAN Lippincott Williams & Wilkins Philadelphia Office Lippincott Williams & Wilkins 〈以下略〉 Tel: 〈以下略〉 Fax: 〈以下略〉 ________, 200● STATEMENT Dear Sirs, In writing the article the title of which is indicated hereunder, I acknowledge having plagiarized an article written by Dr. X1, thereby infringing Dr. X1’s copyright and personal authorship rights. I therefore wish to retract the said article. Article: “Neural correlates of phoneme-to-grapheme conversion” Journal: NeuroReport Vol. 15, pp. 949-953 (29 April 2004) Yours faithfully, Y1 (訳文) 私は、下記の論文の作成にあたり、X博士の論文を無断で盗用し、同人の著作権及び著作者人格権を侵害しました。 つきましては、下記の論文を撤回いたします。 論文:音素から書記素への変換に関する神経的相関 雑誌:ニューロレポート 15巻 949-953頁 (2004年4月29日) Y (別紙)通知先目録 Lippincott Williams & Wilkins Philadelphia Office Lippincott Williams & Wilkins 〈以下略〉 Tel: 〈以下略〉 Fax: 〈以下略〉 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |