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【事件名】オークションカタログ事件 【年月日】平成21年11月26日 東京地裁 平成20年(ワ)第31480号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 平成21年9月3日) 判決 原告 A 原告 B 原告 C 原告 D 原告ら訴訟代理人弁護士 久保利英明 同 上山浩 同 西本強 同復代理人弁護士 小長谷真理 被告 エスト・ウエストオークションズ株式会社 同訴訟代理人弁護士 鈴木一郎 同 江森史麻子 主文 1 被告は、原告Aに対し、20万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告Bに対し、9万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告Cに対し、14万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告は、原告Dに対し、9万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 6 訴訟費用は、これを4分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。 7 この判決は、第1項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告Aに対し、70万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告Bに対し、35万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告Cに対し、60万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告は、原告Dに対し、35万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、絵画等の美術品の著作権者である原告らが、被告においてオークションの出品カタログ等に原告らが著作権を有する美術品の画像を掲載し、また、その一部をインターネットで公開したことにより、原告らの複製権及び原告Aの公衆送信権を侵害したとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償の一部として原告Aが70万円、原告Bが35万円、原告Cが60万円、原告Dが35万円及びこれらに対する不法行為の後の日である平20年11月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実等 (1) 当事者 原告A(以下「原告A」という。)、同B(以下「原告B」という。)、同C(以下「原告C」という。)及び原告D(以下「原告D」という。)は、現代美術の芸術家である。 被告は、美術作品のオークション等を業とする株式会社である。 (2) 本件著作物(以下、甲3及び4で紹介されている作品名に従う。) 原告Aは、「A作品1」(甲4の25ページ。以下「A作品1」という。)及び「A作品2」(甲3の15ページ。以下「A作品2」という。)について、原告Bは、「B作品」(甲3の11ページ。以下「B作品」という。)について、原告Cは、「C作品1」(甲4の21ページ。以下「C作品1」という。)及び「C作品2」(甲3の13ページ。以下「C作品2」という。)について、原告Dは、「D作品」(甲3の14ページ。以下「D作品」という。)について、それぞれ著作権を有する(以下、原告らの著作物をまとめて「本件著作物」という。)。 (3) 被告は、平成20年11月25日、中華人民共和国の香港において「ASIAN Post−War & Contemporary Art」の名称で、現代美術作品のオークションを開催した(以下「本件オークション」という。)。この開催に先立ち、被告は、本件オークションに関連するものとして、下記のものを発行した。 ア 本件フリーペーパー(甲1) 被告は、無料で配布する雑誌(いわゆるフリーペーパー)の「art_icle 2008年11月号(Vol.13)」(甲1。以下「本件フリーペーパー」という。)の綴じ込みカタログに、本件オークションに出品される作品として本件著作物6点を含む美術品の画像を、株式会社クラム・リサーチと共同して掲載した。 イ 本件パンフレット(甲2、乙2の3) 被告は、「EST−OUEST NEWS 10月発行号」(甲2、乙2の3。以下「本件パンフレット」という。)と題する機関紙に、本件オークションのプレカタログとして複数の美術品の画像を掲載した。その1ページ目に掲載された3つの作品のうち中央のものがA作品1であった。 本件パンフレットは、平成20年10月下旬、被告のウェブサイトにおいて一時的に公開された。 ウ 本件冊子カタログ(甲3、4) 被告は、本件オークションの出品作品の画像を掲載した2分冊から成る冊子カタログ(甲3、4)(以下「本件冊子カタログ」という。)を作成し、3000円で一般に販売した。 本件冊子カタログには、作品紹介部分に本件著作物6点を含む233出品作品すべての各画像が掲載されたほか、作者紹介部分にA作品2、B作品、D作品の各画像が再度掲載された。 2 争点 (1) 引用(著作権法32条1項)として適法か (2) 展示に伴う複製(著作権法47条)として適法か(本件フリーペーパー及び本件パンフレットへの掲載に関して) (3) 時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)として適法か(本件パンフレットへの掲載に関して) (4) 権利濫用の抗弁 (5) 損害 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(引用(著作権法32条1項)として適法か)について 〔被告の主張〕 ア 本件フリーペーパーについて 本件フリーペーパーの綴じ込みカタログへの本件著作物の画像掲載は、引用する側と引用される側とを明瞭に区別することができ、かつ、作家名、タイトル、制作年、画材、装丁、大きさ、サイン等の状態、落札予想価格等、オークションのために必要な情報を文字により明らかにした上で、それら作品情報の一環として絵柄が分かるように必要最小限度の形態で掲載していることから、引用する側が主であり引用される側が従である関係が認められる。 したがって、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログへの本件著作物の画像掲載は、引用(著作権法32条1項)として許されるものである。 イ 本件パンフレットについて 本件パンフレットへのA作品1の画像掲載についても、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログへの掲載と同様に、引用として許されるものである。 ウ 本件冊子カタログについて (ア) オークションカタログに関する確立した国際慣行 オークションに参加する美術愛好家は、オークション開催に先立ち、いかなる作品が出品されるのかが分からなければ、足を運んで参加すべきか、また、いかなる値付けをすべきかを検討することができず、公正な価格が形成されないことになる。このため、オークションの歴史の早い時点から、オークションカタログが作成された。 そして、現在、各種オークション会社では、オークションに先立って、参加者向けに立派なカタログを作成することが通例であり、出品作品が魅力的に見えるように、十分な大きさで作品を配置することが一般である。特に、多くのオークションでは会場に出向かずに、電話やインターネットで参加することができるのであり、この場合、現物を見ないで購入することのリスクを減少させるために、作品の状態が十分に表現されている高品質のカタログの存在が不可欠である。 このように、高品質のオークションカタログが作成されることは、既に確立した国際慣行であり、その際、著作権者の許諾を求めることはされていない。 (イ) このように、美術品オークションにおいて、カタログに出品作品をそれなりの大きさで掲載することは、長い時間をかけて確立した「公正な慣行に合致」するものである。また、オークションに参加するかどうか、値付けをするかどうかを決定するためには、いわゆる目利きの人であってもそれなりの大きさの画像を見ることが必要であるから、「引用の目的上正当な範囲内」という要件を満たすものである。したがって、本件冊子カタログへの本件著作物の画像の掲載は、引用(著作権法32条1項)として許されるものである。 〔原告らの主張〕 ア 本件フリーペーパーについて (ア) 著作権法32条1項において引用が認められているのは、新たな創作活動の奨励のためであるから、引用に該当するためには、引用する側の物が著作物でなければならない。 本件フリーペーパーは、第三者の創作に係る多数の作品画像を単純に複製して掲載したものであり、各画像に隣接して作家名、タイトル、制作年等の書誌的事項を掲載したものにすぎない。これらの書誌的事項には、創作的表現を認める余地はない。独自の創作的表現が認められない以上、引用する側の物である本件フリーペーパーの当該部分は著作物性を欠いており、引用の抗弁が成立する余地はない。 (イ) また、引用の成立要件としては、主従関係すなわち自己の著作物が主であり、引用される他人の著作物は従たる存在であるという関係が必要とされており、本件フリーペーパーは、この要件も欠いている。 本件フリーペーパーにおいては、画像に隣接して作家名、タイトル、制作年等の文字記載があるものの、当該文字記載は作品の書誌的事項であり、作品の付随的情報であるにすぎない。量的な面はもちろん、質的にも画像が主であり、文字記載が従であることは明らかである。 (ウ) さらに、引用の成立要件として「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」であることが必要とされており、本件フリーペーパーはこの要件も欠いている。 本件フリーペーパーは、そこに掲載された作品を観覧することができる場所とは無関係の場所である美術館、画廊、コンサートホール、劇場等に備え付けられたもので、明らかに本件オークションの宣伝広告媒体である。本件フリーペーパーへの本件著作物の画像の掲載は、本件オークションでの売買成立による手数料収入の増大を図るという営利私企業の図利目的によるものであり、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」に該当する余地はない。 イ 本件パンフレットについて 本件パンフレットは、本件オークションの宣伝広告媒体であり、A作品1の画像の掲載は、宣伝広告効果を高める目的でなされているものである。また、A作品1の画像を掲載しなくても、本件オークションの開催場所・開催日時を告知することは十分に可能である。 したがって、本件パンフレットへのA作品1の画像の掲載は、「報道、批評、研究その他の引用の目的」によるものでもなければ、「正当な範囲内で行われるもの」でもない。 ウ 本件冊子カタログについて (ア) 本件冊子カタログの本件著作物の画像を掲載した部分は、各画像に隣接して作家名、タイトル、制作年等の書誌的事項が掲載されているにすぎず、これらに創作的表現があると認める余地はない。独自の創作的表現が認められない以上、前記ア(ア)と同様の理由で、適法な引用と認める余地はない。 (イ) また、本件冊子カタログは、本件著作物の画像に隣接して作家名、タイトル、制作年等の文字記載があるものの、量的及び質的に、画像が主であり、文字記載が従であることは明らかであり、この点でも引用の抗弁は成立しない。 (ウ) さらに、本件冊子カタログは、作品を観覧するか否かにかかわらず、また、本件オークション又はそれに先立って行われる下見会に参加するか否かにかかわらず、誰でもインターネット上で簡単に購入することができる。しかも、被告は、本件冊子カタログを有償で配布しており、その価格は3000円とかなり高額である。 この事実に照らせば、本件冊子カタログは、本件オークションに顧客を誘引するための宣伝広告媒体であることは明らかであり、そこへの本件著作物の画像掲載は、オークションでの売買成立による手数料収入の増大を図るという営利私企業の図利目的によるものであるから、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」に該当しない。 (2) 争点2(展示に伴う複製(著作権法47条)として適法か(本件フリーペーパー及び本件パンフレットへの掲載に関して))について 〔被告の主張〕 ア オークションでは、一般に、参加希望者を対象に出品作を展示する下見会を行っており、本件オークションにおいても、平成20年10月20日から22日まで日本において、また、同年11月21日から24日まで香港において、それぞれ下見会が行われた。 オークションの下見会やオークション当日に作品が参加者に展示されることは、出品者たる所有者による展示(著作権法45条1項)であり、著作権者の展示権(同法25条)の制限される場合に当たる。そして、オークションカタログへの掲載は、観覧者のための著作物の「紹介をすることを目的とする小冊子」への掲載に当たり(同法47条)、著作権者の複製権(同法21条)の制限される場合として許される。 イ 本件フリーペーパーについて オークション参加者が個々の作品に入札するかどうか、また、入札価格をいくらとするかを決するに当たっては、具体的なデザインや色調など表現そのものを見ることは不可欠である。本件フリーペーパーの綴じ込みカタログは、その必要に応じるための最低限の大きさまで縮小された形態で、作家名、タイトル、制作年、画材、装丁、大きさ、サイン等の状態、落札予定価格等、オークションのために必要な情報を文字により明らかにした上で、それら作品情報の一環として絵柄が分かるように、必要最小限度の形態で原告らの作品の画像を掲載したものである。本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ全体を見ても、専らオークションのために作られた冊子であることは明らかであり、カタログ自体の流通を想定したものでもなければ、カタログ自体が鑑賞の対象となり得ることをねらったものではない。 したがって、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログへの原告らの作品の画像掲載は、展示に伴う複製として許されるものである。 ウ 本件パンフレットについて 本件パンフレットへのA作品1の画像掲載についても、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログへの掲載と同様に、展示に伴う複製として許されるものである。 〔原告らの主張〕 ア 著作権法47条の「小冊子」は、あくまで観覧者用のものに限られ、一般に配布されるものはこれに該当しない。 イ 本件フリーペーパーについて 本件フリーペーパーは、美術館、画廊、コンサートホール、劇場等の場所に備え置くことにより美術や音楽に興味のある人々に向けて無料で配布されるものであり、本件オークションとは無関係な場所に多数置かれ、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログに掲載された美術作品を鑑賞する機会も意思もない不特定多数の者が自由に持ち帰ることができるものであるから、上記「小冊子」には該当しない。 ウ 本件パンフレットについて 本件パンフレットは、作品の観覧とはまったく無関係に約9000人で 構成される「エスト・ウエストメンバーズクラブ」の会員向けに定期的に 発行される広告媒体の一つであるから、A作品1の観覧者用のものではな いことは明らかであり、上記「小冊子」には該当しない。 (3) 争点3(時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)として適法か(本件パンフレットへの掲載に関して))について 〔被告の主張〕 本件オークションは、国内オークション会社としては史上初めて香港で開催するオークションであるという歴史的意味を有し、美術愛好家にとっては重大なトピックであって、「時事の事件」というに足り、それを伝える本件パンフレットは、時事の事件の報道に当たる。 本件パンフレットに掲載されたA作品1は、史上初の香港開催オークションに出品されるものであって、「当該事件を構成するもの」であり、それが縦4.5センチメートル、横5.7センチメートルの大きさで複製されていることは、「報道の目的上正当な範囲内」である。 したがって、本件パンフレットへのA作品1の画像掲載は、時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)として許されるものである。 〔原告らの主張〕 「時事の事件を報道する場合」(著作権法41条)とは、客観的に判断して時事の事件と認められるような報道でなければならない。著作物の利用が眼目であるにもかかわらず、意図的に時事の事件と称して利用することは許されない。 本件パンフレットは、宣伝文句とともにオークションの日程が目立つように記載され、A作品1についても、より注目度を高めるために使用されていることが明らかであること、被告のウェブサイト上の本件オークションの宣伝部分からリンクされていること、被告の会員向けに年4、5回発行される会員誌であることからすれば、宣伝広告媒体であることは明らかであり、時事の事件を報道するものには当たらない。 (4) 争点4(権利濫用の抗弁)について 〔被告の主張〕 ア 本件フリーペーパーの綴じ込みカタログへの掲載、本件パンフレットへの掲載及びその一部画像の公衆送信、本件冊子カタログへの掲載に関する原告らの著作権行使は、いずれも権利濫用に当たり許されない。 原告らは、外形的には著作権の行使をしているが、その内容は、永年にわたって誰も異論を挟まず国際慣習として確立したオークションカタログへの無許諾の画像掲載について著作権侵害であると主張して、結局は作品の二次流通のコントロールをもくろむものであって、まさに権利濫用である。 イ 美術品オークションは、古くから確立された美術品の流通方法である。美術品の経済価値を競売という競争原理が働く仕組みを通じて確定するものであって、美術品の所有者にとっては、所有物を公正な価格で売ることができる正当な財産権の行使の場である。 英国のサザビーズは、1744年にサミュエル・ベイカーがジョン・スタンリー卿の図書館所蔵の本を売却する際に、ロンドンにおいて設立された。また、同じく英国のクリスティーズは、1766年に美術商ジェームズ・クリスティーにより、ロンドンにおいて設立された。その後、2社は、ロンドンがフランス革命後の国際的な美術品貿易の新しい中心地となったことに乗じて成長した。このように、世界の二大オークションハウスは、いずれも18世紀に設立され、現在に至るまでオークション事業を営々と営んでいるのである。 オークションでは、その場に集まった人々が競って値を付け、最高値を付けた者が買受人となる。オークションに参加する美術品愛好家は、オークション開催に先立ちいかなる作品が出品されるのかが分からなければ、足を運んで参加すべきか否か、また、いかなる値付けをすべきかを検討することができず、結果として、公正な価格が形成されないことになる。このため、オークションの歴史の早い時点から、オークションカタログが作成された。オークションカタログは、17世紀に初めて制作され、その後18世紀には市場が確立し、オークションが行われる都度、制作されるものとなったのである。 現在でも、クリスティーズ、サザビーズをはじめとする各種オークション会社では、オークションに先立って、参加者向けに立派なカタログを作成することが通例である。 そこには、出品作品の1つ1つについて、ロット番号、作家名、タイトル、制作年、画材、装丁、作品の大きさ等の作品情報のほか、作品の客観的状態やサイン等の有無、それにオークション会社による落札予想価格等を記載して、参加希望者に情報提供をするとともに、出品作品が魅力的に見えるように、十分な大きさで作品を配置することが一般である。印刷と製本に関しても、厚手の上質な紙を用い、フルカラーで発色の良い上質な印刷を施して、分厚い立派なカタログとすることが一般的であり、オークションによっては2分冊になることもある。 このように、オークションごとに出品作品のカタログが作成されることは現在の確立した国際慣行であり、ロンドンやニューヨーク、北京、香港等、世界の様々な場所で開催されるオークションでは、必ずこのようなカタログが配布される。参加希望者は、電話、ファックス、インターネット等を通じて、オークション会社に対してカタログの配布を申し込み、それを手にじっくり検討して、オークションに参加するか否かを決定するのである。 特に、現在は、グローバル化が進んでおり、欲しい作品を手に入れるためには、外国で行われるオークションまで出向く人も少なくなく、そのような人にとっては、時間と費用をかけてオークションに参加すべきかどうかを決定するのに、カタログの存在は不可欠である。また、多くのオークションでは、一定の要件を満たせば、参加者自らオークション会場に出向かなくとも電話やインターネットで参加することができるものの、この場合でも、現物を見ないで購入することのリスクを減少させるために、作品の状態が十分に表現されている高品質のカタログの存在が不可欠である。 このように、高品質のオークションカタログが作成されることは、既に確立した国際慣行であり、その際、著作権者の許諾を求めることはされていない。 ウ 原告らは、特定のオークション会社に対しては権利行使をしていない。このことは、原告らがそれらのオークション会社を通じて自己の作品が流通することは了解しているのに対し、被告を通じて流通することは不満であることの表れであって、原告らの意図は、作品の二次市場をコントロールすることにあるとも見ることができる。 絵画等の美術品は、作家が画廊等を通じて顧客に販売した後は、買主の所有となり、買主は、これを自由に処分することができる。このような作品の二次譲渡は、所有者の財産権行使の場面であり、所有者は自由にこれを行うことが保障されなければならないとともに、著作権者の譲渡権は、もはや消尽したものであるから(著作権法26条の2第2項1号)、著作権者がこれに介入する余地はない。著作権法は、著作権者の著作権と作品所有者の財産権という2つの権利の間のバランスについて、一次譲渡にのみ著作権者の権利が及ぶとすることで調整している。そうであるにもかかわらず、著作権を盾にして、所有者の財産権の正当な行使を妨げることは、権利濫用として許されない。 エ 改正著作権法(平成22年1月1日施行)が、47条の2を新設したことは、いわゆるネットオークションにおける画像の掲載を巡るトラブルがあることを契機に、国際慣習として確立したオークションカタログ等への無許諾の画像の掲載について、これが適法であることを明確に追認したものである。 現在、上記改正法は未施行であるものの、上記のような立法事実からすれば、施行前であっても、施行後にはその適用がされるべき事案においては、施行後との平仄の取れた結論とすべきである。なぜなら、改正によって全く新しい法秩序がもたらされたと見るべきではなく、そもそもそれまでも慣習法において認められてきたことを、法が確認したにすぎないからである。 オ 本件フリーペーパーの綴じ込みカタログに掲載された本件著作物の画像は、かなり小さいものであり、これを等倍で複製してもそれ自体が鑑賞の対象となることはあり得ず、また、これを拡大複写しても、鑑賞の対象となるような大きさにすると粒子が粗くなることから、到底鑑賞のための複製をすることができない。したがって、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログに本件著作物を小さく掲載したことは、複製を防止し、又は抑止するための措置といえる。 本件パンフレットは、被告会員にのみ配布される機関紙であり、その対象は、美術品オークションに興味のある被告会員に限定されている。また、用紙の制約もあり、掲載画像の大きさもかなり小さく、その画像につき鑑賞の用に堪えるような複製をすることはできない。したがって、画像を小さく掲載したことは、複製を防止し、又は抑止するための措置というべきである。 本件パンフレットが被告のウェブサイトに掲載されたことについても、その掲載の大きさや画像の質、掲載期間からして、十分に著作者の利益を不当に害しないための措置がされたといえる。 本件カタログに掲載された画像は、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログや本件パンフレットのものに比べると大きいものの、原寸をかなり縮小したものである。したがって、これを等倍で複製しても画質が落ちるだけでそれ自体が鑑賞の対象となることはあり得ず、また、これを拡大複写した場合には、鑑賞に堪える画質を維持することができるとは思われない。したがって、このような大きさで掲載したことは、複製を防止し、又は抑止するための措置といえる。 なお、画像の解像度を下げる、色彩をモノクロにするなどの加工を行えば、同一性保持権の問題が生じ、結果として著作者の利益を不当に害することになるであろう。 〔原告らの主張〕 被告は、原告らが特定のオークション会社に対しては権利行使をしていないのに被告のみに対して権利行使をしている旨主張する。しかしながら、原告らの著作権等を管理する有限会社カイカイキキは、所属アーティストの作品の画像の掲載に関して、各オークションハウスやギャラリー等と契約を締結し、相当額の対価を得ているのであって、被告の主張は前提を誤っている。 そして、被告は、有限会社カイカイキキ所属のアーティストの著作権侵害行為を度々繰り返しており、原告らが被告に対して本件著作物の複製等の許諾をしないことには理由がある。 また、被告は、カタログに作品画像を掲載することができないとすると財産権の行使を妨げることになる旨主張する。しかしながら、本件著作物は、非常に高価であり、かつ、市場に出ることがまれな希少価値の高い作品であるから、アーティスト名と作品タイトルさえ知ることができれば、購入意欲を持つ顧客の関心を惹くには十分であり、オークションの下見会に出掛けて実物の作品を慎重に吟味した上で入札するかどうかを判断することができるものである。したがって、本件著作物の画像をカタログに掲載することができないとしても、オークションは十分に成立する。 (5) 争点5(損害)について 〔原告らの主張〕 ア 本件フリーペーパーに関する損害 本件フリーペーパーは、約6万部が発行され(甲33、34)、さらに被告の会員9000人に配布されたと考えられる。したがって、本件フリーペーパーの印刷部数は、6万9000部を下らない。 そして、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ部分のみが冊子として販売された場合の販売価格は、250円が相当である。 本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ部分の総ページ数は16ページであり、本件著作物が掲載されたページ数は、原告Aが2ページ、原告Bが1ページ、原告Cが2ページ、原告Dが1ページである。 仮に、本件フリーペーパーに原告らの作品の画像掲載を許諾するとした場合の使用料率は、被告の高い悪質性及びオークション売上に対するカタログ等の掲載画像の重要性に照らし、少なくとも33.33パーセントとすべきである。 以上から、本件著作物の画像が本件フリーペーパーに掲載されたことによる原告らの損害を、(印刷部数)×(小売価格)×(著作権掲載ページ数÷総ページ数)×(使用料率)の計算式に基づいて算定すると、原告Aにつき71万8678円(内金60万円を請求)、原告Bにつき35万9339円(内金31万円を請求)、原告Cにつき71万8678円(内金56万円を請求)、原告Dにつき35万9339円(内金31万円を請求)となる。 イ 本件パンフレットに関する損害 (ア) 紙媒体による複製権侵害行為について 被告は、本件パンフレットを被告会員9000人に配布したのであるから、印刷部数は9000部を下らない。 本件パンフレットの小売価格を算定するに当たっては、本件冊子カタログの価格が参考になる。本件冊子カタログは、2冊構成で作品掲載ページ数が合計422ページであり、2冊3000円で販売されたのであるから、1ページ当たりの販売価格は7.10円である。ところで、本件パンフレットの1ページ目にA作品が掲載され、それを手にした者は必ずそれを目にすることになる。その効果にかんがみると、本件パンフレットの1ページ目に掲載された作品画像の訴求力は、総ページ数422ページである本件冊子カタログの中に掲載された作品画像の訴求力よりはるかに高く、その作品画像の経済的利用価値は10倍と見るべきである。そうすると、本件パンフレットを販売した場合の価格は、本件冊子カタログの1ページ当たりの販売価格7.10円を10倍した71.0円が相当である。 仮に、本件パンフレットにA作品1の画像の掲載を許諾するとした場合、使用料率は33.33パーセントを下らない。 したがって、A作品1の画像が本件冊子カタログに掲載されたことによる原告Aの損害を、(印刷部数)×(小売価格)×(著作物掲載ページ÷総ページ数)×(使用料率)の計算式に基づいて算定すると、21万2978円となる。 (イ) ウェブサイトへの掲載による公衆送信権侵害行為について 使用料相当額の算定に当たっては,被告が本件オークションによって得た利益及び本件パンフレットにおけるA作品1の占める重要性を考慮すべきである。 被告は、本件オークションで総額2230万1000香港ドル(日本円換算で約2億7000万円)の売上を計上した(甲35)。被告は、落札作品ごとに落札手数料として、落札額が100万円までは落札額の15パーセント相当額、落札額が100万円を超えた場合は、100万円までの15パーセントに100万円を超えた部分の10パーセントを加えた額を出品者から受け取っている(甲24)。このように落札手数料率は10パーセントから15パーセントの間であるから、被告は、本件オークションで少なくとも2700万円の手数料収入を得たことになる。 本件パンフレットの1ページ目に掲載されたのは3作品のみであり、そのうち最も目立つ重要な位置である中央にA作品1の画像が掲載されていることからすれば、A作品1は本件オークション全体における目玉商品であり、宣伝効果が非常に大きいことが明らかである。このことを考慮すると、仮に原告Aが本件パンフレットにおける作品利用を許諾するとすれば合意したであろう使用料率は、被告が得た手数料収入の額の少なくとも0.2パーセントとすべきである。 したがって、本件パンフレットを公衆に対してインターネット配信した場合のA作品1の使用料相当額は、2700万円の0.2パーセントである5万4000円が相当である。 (ウ) 以上によれば、本件パンフレットについてのA作品1の使用料相当額は、21万2978円に5万4000円を加えた26万6978円であり、原告Aは、その一部である4万円を請求する。 ウ 本件冊子カタログに関する損害 本件冊子カタログの印刷部数は、少なくとも被告会員数9000人分を下らない。そして、被告は、本件冊子カタログを3000円で販売した。 本件冊子カタログの総ページ数は422ページであり、そのうち本件著作物が掲載されたページ数は、原告Aが3ページ、原告Bが2ページ、原告Cが2ページ、原告Dが2ページである。 仮に、本件パンフレットに本件著作物の画像掲載を許諾するとした場合、使用料率は33.33パーセントを下らない。 以上によれば、本件著作物の画像が本件冊子カタログに掲載されたことによる原告らの損害を、(印刷部数)×(小売価格)×(著作物掲載ページ数÷総ページ数)×(使用料率)の計算式に基づいて算定すると、原告Aにつき6万3974円(内金6万円を請求)、原告Bにつき4万2649円(内金4万円を請求)、原告Cにつき4万2649円(内金4万円を請求)、原告Dにつき4万2649円(内金4万円を請求)となる。 〔被告の主張〕 争う。 第3 当裁判所の判断 1 前記争いのない事実等に後掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。 ア 本件著作物の原寸は、A作品1が縦173.0センチメートル、横250.0センチメートルであり、A作品2が高さ19.0センチメートル(台座を除く。)であり、B作品が縦34.5センチメートル、横40.5センチメートルであり、C作品1が縦116.4センチメートル、横90.0センチメートルであり、C作品2が縦26.8センチメートル、横38.1センチメートルであり、D作品が90.9センチメートル、横72.7センチメートルである(甲1、3、4)。 イ 被告は、平成20年11月25日、中華人民共和国の香港において「ASIAN Post−War & Contemporary Art」の名称で、現代美術作品のオークションを開催した(本件オークション)。また、それに先立ち、同年10月20日から同月22日に東京において、また、同年11月21日から24日に香港において、本件オークションの下見会が開催され、同会には本件オークションの出品作品が展示された(乙2の3)。 ウ 本件フリーペーパー(甲1) 株式会社クラム・リサーチは、「art_icle」と題する無料の月刊情報誌を、毎月1回、各6万部発行し、美術館、画廊、コンサートホール、劇場等の場所に備え置き、無料で配布していた(甲33、34)。 同社は、平成20年10月25日、無料雑誌「art_icle 2008年11月号(Vol.13)」(本件フリーペーパー)を発行した。この本件フリーペーパーには、被告からの依頼に基づき、平成20年11月24日に開催される宝飾品等のオークション、同月25日に開催されるチャリティーオークション及び本件オークションに出品される作品の画像を掲載したカタログが綴じ込まれた。 この綴じ込みカタログは、ほぼA4サイズで、本件オークションに関する部分は8ページであり、本件オークションに出品される233点すべての作品の画像が掲載されたものであり、無料雑誌の一部として印刷や装丁は簡易なものであった。同カタログにおける作品1点当たりのスペースは、ほとんどが縦約3センチメートル、横約4センチメートルであり、そのスペースの左半分に収まる大きさで各作品の画像が掲載されるとともに、その右半分には、それぞれの出品作品のロット番号、作者名及びその出生年、作品名、作品の原寸、予想落札価格等が箇条書きで掲載された。本件著作物については、いずれも、縦が1.5センチメートルから2.7センチメートル、横が2センチメートル程の大きさの画像が掲載された。 エ 本件パンフレット(甲2、乙2の3) 被告は、「EST−OUEST NEWS」と題する被告の活動を会員に知らせる機関紙を年数回発行しており、平成20年10月ころ、6ページから成る「EST−OUEST NEWS 10月発行号」(本件パンフレット)を発行し、9000人の被告会員に配布した。 本件パンフレットは、縦26センチメートル、横20センチメートルで、6ページから成り、少し厚みのある光沢紙1枚(26センチメートル×40センチメートル)を中央で折り曲げ、もう一枚(26センチメートル×20センチメートル)を挟んで作成された。 その1ページ目の上部には、「EST−OUEST AUCTIONS in HONG KONG」、「国内オークション史上初、香港オークション開催」との大きな見出しが付けられ、その下に、平成20年11月24日に開催される宝飾品等のオークション、同月25日に開催されるチャリティーオークション及び本件オークションについて、その開催日程、開催場所を伝えるとともに、「国内オークション史上初の海外開催となるエスト・ウエスト香港オークション。これまでにない強力なラインナップが各分野より登場します。ポスト・ウォー&コンテンポラリーは日本アートシーンの最前線で活躍する巨匠たちをはじめ若手作家までを紹介していきます。西洋美術はガレの『フランスの薔薇』やヴラマンク、ビュッフェなど傑作が数多く取り揃えられました。貴重なダイヤモンドが多数登場するジュエリーも、世界三大マーケットのひとつ香港での結果が非常に待ち遠しいジャンルのひとつです。エスト・ウエストオークションズの各分野が総力を結集してお届けする香港オークションをどうぞお見逃しなく。」との記載がされた。1ページの下部には「エスト・ウエストオークションズin 香港/プレカタログ」として、本件オークションの出品作品のうち3つの絵画の画像が作者名、制作年、作品名、画材及び原寸の箇条書きとともに掲載され、そのうち中央のものがA作品1であった。A作品の画像の大きさは、縦が4センチメートル、横が5.7センチメートル程で、印刷は鮮明であった。 本件パンフレットの2ページ以降にも、本件オークション及びそれとほぼ同時に開催されるオークションの出品作品の画像が複数掲載された。 オ 本件パンフレットは、被告により、少なくとも平成20年10月20日から同月30日までの間、被告のウェブサイト上でダウンロードをすることが可能な状態とされた。本件パンフレットの1ページの電子データは、ページサイズが210×297mmであり、ファイルサイズが8.04MBであってそこに掲載されていたA作品1の画像は鮮明であり、パソコン上で400パーセントの拡大表示をしても相当程度鮮明なものとなるものであった(甲6、7、乙8)。 カ 本件冊子カタログ 被告は、平成20年、本件オークションに先立ち、出品作品の画像を掲載した2分冊の冊子を発行し(本件冊子カタログ)、3000円で一般に販売した。被告は、本件冊子カタログを購入することにより落札権利者1名と同伴者1名が入場できるものとし、本件冊子カタログの購入を本件オークションに参加するための条件とした。 本件冊子カタログは、縦30センチメートル、横22.5センチメートルの大きさ(ほぼA4サイズ)で、紙質は光沢のある厚手の紙であり、表紙及び裏表紙は本件オークションの出品作品の画像を使用した立派な装丁がされた。 第1分冊は、ロット番号1から144までの作品の画像を10ページ目から185ページ目までの176ページにわたって掲載し、第2分冊は、ロット番号201から289までの作品の画像を10ページ目から163ページ目までの154ページにわたって掲載し、合計233作品が掲載された。画像の掲載とともに、その作品のロット番号、作者名及び出生年、作品名、画材又は材質、原寸、サインの有無、予想落札価格等の情報が箇条書きで掲載された。作品の画像の多くは、A4サイズに収まる程度に縮小されて掲載された(以下、この部分を「作品紹介部分」という。)。 また、第1分冊の巻末の187ページ目から212ページ目に相当するページ及び第2分冊の巻末の165ページ目から183ページ目には、出品作品の作者紹介がされ、出生年、出生場所、学歴、活動歴及び受賞歴等が記載されるとともに、出品作品の画像が小さく掲載された(以下、この部分を「作者紹介部分」という。)。 出品者は、カタログ掲載料として、3000円から3万円を被告に支払うものとされていた。 (ア) 作品紹介部分の本件著作物の掲載 A作品1、B作品、C作品1及びC作品2については、それぞれ見開き2ページを使用し、左ページにロット番号、作者名、作品名等の資料的事項が記載され、右ページに、縦が約13センチメートルから24センチメートル、横が18.5センチメートルの大きさで、それらの作品の画像が掲載された。 A作品2及びD作品については、それぞれ1ページを使用し、上3分の2程度のスペースに、A作品1については縦約14.5センチメートル、横約7.5センチメートルの大きさで、D作品については縦約16.5センチメートル、横約13センチメートルの大きさでそれらの画像が掲載され、その下にそれぞれロット番号、作者名、作品名等の資料的事項が記載された。 (イ) 作者紹介部分の本件著作物の掲載 作者紹介部分には、原告A、原告B及び原告Dの紹介があり、それぞれにA作品2、B作品及びD作品の画像が、縦が約3センチメートルから約4センチメートル、横が約2センチメートルから3.5センチメートルの大きさで掲載された。 2 準拠法について (1) 本件における原告らの請求は、我が国に在住する原告らが著作権を有する著作物の画像を被告が複製又は送信可能化したことを理由とする損害賠償請求であるから、このような損害賠償請求権の成立及び効力に関して適用すべき法は、我が国の法と認められる(法の適用に関する通則法17条)。 (2) 被告は、次のとおり主張し、香港法が適用される旨主張する。 本件オークションは、香港で開催されるものであるから、主催会社である被告が日本の会社であるという理由では、カタログを通常の国際慣行とは異なるものにすることはできなかった。 オークション開催地の法律によれば適法であるのに、日本国内での複製や配布が認められないことは、日本のオークション会社が世界ではハンディを負わねばならないことを意味するのであり、そのような解釈は、我が国文化の発展にとっても不利益となり、不当であることは明らかであり、本件オークションにまつわる一連の行為については、その中心的行為がされる地である香港の法を準拠法とするべきである。 (3) しかしながら、複製権の侵害が問題とされている本件フリーペーパー、本件パンフレット及び本件冊子カタログは我が国国内で配布されたことが認められ、かつ、いずれの当事者も我が国国内に住所及び本店を有することからすれば、香港が我が国と比べて明らかに密接な関係がある地であると認めることはできないから、被告の主張する事情は、上記(1)の判断を左右するものではない。 3 争点1(引用(著作権法32条1項)として適法か)について 被告は、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ、本件パンフレット及び本件冊子カタログに本件著作物の画像を掲載したことは、いずれも著作権法32条1項の「引用」として適法な行為であると主張する。 著作権法32条1項は「公表、 された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と定める。ここにいう引用とは、報道、批評、研究その他の目的で、自己の著作物の中に他人の著作物の全部又は一部を採録することをいうと解され、この引用に当たるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきである(最高裁判所第三小法廷昭和55年3月28日判決参照)。 前記認定事実のとおり、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ、本件パンフレット及び本件冊子カタログの作品紹介部分は、作者名、作品名、画材及び原寸等の箇条書きがされた文字記載とともに、本件著作物を含む本件オークション出品作品を複製した画像が掲載されたものであったことが認められるものの、この文字記載部分は、資料的事項を箇条書きしたものであるから、著作物と評価できるものとはいえない。また、このような上記カタログ等の体裁からすれば、これらのカタログ等が出品作品の絵柄がどのようなものであるかを画像により見る者に伝えるためのものであり、作品の画像のほかに記載されている文字記載部分は作品の資料的な事項にすぎず、その表現も単に事実のみを箇条書きにしたものであることからすれば、これらカタログ等の主たる部分は作品の画像であることは明らかである。本件冊子カタログの作者紹介部分についても、文字記載部分は、単に作者の略歴を記載したものであるから、著作物とはいえず、また、作品の画像が主たる部分であると認められる。 したがって、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ、本件パンフレット及び本件冊子カタログのいずれについても、本件著作物の掲載が「引用」に該当すると認めることができず、被告の主張は採用することができない。 4 争点2(展示に伴う複製(著作権法47条)として適法か(本件フリーペーパー及び本件パンフレットへの掲載に関して))について 被告は、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ及び本件パンフレットは、本件オークション又はその下見会で本件著作物を展示するに当たって観覧者に本件著作物を紹介するために作成されたものであって著作権法47条の「小冊子」に該当するので、これに本件著作物の画像を掲載したことは適法な行為であると主張する。 著作権法47条は、「美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第25条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。」と定める。このように「小冊子」は「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする」ものであるとされていることからすれば、観覧する者であるか否かにかかわらず多数人に配布するものは、「小冊子」に当たらないと解するのが相当である。 本件フリーペーパーの綴じ込みカタログについてみると、前記認定事実のとおり、本件フリーペーパーは、6万部が発行され、美術館、画廊、コンサートホール、劇場等の場所に備え置かれ無料で配布されていたものであり、その綴じ込みカタログは、本件オークション及びその下見会に参加し本件著作物を観覧する者であるか否かにかかわらず、自由に受け取ることができたものであるということができるから、「小冊子」に当たるものとはいえない。 また、本件パンフレットについてみると、前記認定事実のとおり、本件オークションに参加するためには、本件冊子カタログを3000円で購入して参加申込みをする必要があり、被告会員であっても本件オークションへの参加資格があるわけではないところ、本件パンフレットは、オークションに参加するかどうかに関係なく9000人の被告会員全員に配布されたことからすれば、本件パンフレットについても、本件オークション及びその下見会に参加し本件著作物を観覧する者であるか否かにかかわらず配布されたものということができるから、「小冊子」に当たるものとはいえない。 以上のとおりであるから、本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ及び本件パンフレットは、いずれも著作権法47条にいう「小冊子」に該当しないというべきである。被告の主張は採用することができない。 5 争点3(時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)として適法か(本件パンフレットへの掲載に関して))について 被告は、本件パンフレットを配布したことについて、本件オークションが国内オークション会社として史上初めて香港で開催するオークションであるという「時事の事件」を伝えるための報道に当たり、著作権法41条により適法とされる行為であると主張する。 しかしながら、前記認定事実のとおり、本件パンフレットには、「国内オークション史上初、香港オークション開催」の見出しが付けられ、「国内オークション史上初の海外開催となるエスト・ウエスト香港オークション。」との記載があるものの、その他は、開催日時や開催場所に関するものや、本件オークション等の宣伝というべき内容で占められており、被告が「時事の事件」であると主張する初の海外開催という事実に関連する記述は見当たらない。 上記記載の内容に照らすと、本件パンフレットは、被告の開催する本件オークション等の宣伝広告を内容とするものであるというほかなく、時事の事件の報道であるということはできない。被告の主張は採用することができない。 6 争点4(権利濫用の抗弁)について 被告は、原告による著作権の行使は権利濫用に当たり許されないと主張する。 美術品を譲渡するに当たっては、その美術品がどのようなものであるかという商品情報の提供が不可欠であるとして、そのための複製等が著作権者の許諾を得ることなく認められるべきであるとの要請があることはある程度理解することができないわけではない(平成22年1月1日から施行される改正著作権法47条の2では、美術品等の譲渡の申出のための複製等が一定の要件の下に許されることとされている。)。 しかしながら、著作権法は、複製権等が制限される場合を列挙して規定しており、その権利制限規定に該当しない以上、上記のような複製の必要性が認められるからといって、当然に著作権者の権利を制限すべきものとはいえない。被告は原告らに無断で本件著作物の画像掲載を行ったものである(弁論の全趣旨)ことからすると、本件において、原告らの著作権の行使を権利の濫用であるとするような事情も認められない。 また、被告は、オークションカタログへの無許諾の画像掲載は、確立した国際慣習である旨主張するものの、そのような慣習が存在することを認めるに足りる証拠はなく、また、仮にそのような慣習があったとしても、強行規定である著作権法の規定に反するものであるから、被告が行った複製行為が適法となるものでもなく、また、その複製行為に対する権利行使が濫用となるものでもない。 以上のとおり、被告の権利濫用の抗弁は理由がない。 7 争点5(損害)について (1) 本件フリーペーパーへの掲載による損害 前記認定事実のとおり、本件フリーペーパーの印刷部数は6万部であったことが認められ、同程度の部数が配布されたものと考えられる。原告は、更に被告の会員9000人分が配布されたと主張するものの、これを認めるに足りる証拠はない。 そして、この配布された部数に、本件フリーペーパーへの掲載行為の性質、内容等の事情を考慮すると、著作権法114条3項所定の使用料相当額としては一つの作品画像ごとに各5万円と認めるのが相当である。そうすると、原告らの損害額は、原告Aにつき10万円、原告Bにつき5万円、原告Cにつき10万円、原告Dにつき5万円と認められる。 (2) 本件パンフレットについて ア 本件パンフレットへの掲載による損害 前記認定事実のとおり、本件パンフレットは被告の会員9000人に配布されたことが認められる。 そして、この配布された部数に、本件パンフレットへのA作品1の画像掲載行為の性質、内容等の事情を考慮すると、著作権法114条3項所定の使用料相当額としては5万円と認めるのが相当である。 イ 本件パンフレットのウェブサイトへの掲載による損害 前記認定事実によれば、A作品1の画像が被告ウェブサイトに掲載された期間は11日間という短期間であったものの、高い画質による掲載で、かつ、誰でもアクセスすることが可能であったことが認められる。また、弁論の全趣旨によれば、複製を防止する措置がとられておらず、一度ダウンロードされれば以後は無限に複製が可能となるものであったと認められる。 以上の事情を考慮すると、本件パンフレットをウェブサイトに掲載した行為についての著作権法114条3項所定の使用料相当額は、原告Aが主張する5万4000円と認めるのが相当である。 ウ 以上によれば、原告Aが被った損害は、合計10万4000円であることが認められ、原告Aが一部請求をしている4万円全額について理由がある。 (3) 本件冊子カタログへの掲載による損害 本件冊子カタログの発行部数は明らかにされていないものの、少なくとも被告会員数である9000部を下らないと原告らが主張し、被告がこれを積極的に争っていないことから、発行部数は9000部であったと認める。そして、前記認定事実のとおり、本件冊子カタログは3000円で販売されたものであるから、売上は2700万円であったと認められる。また、前記認定事実のとおり、本件冊子カタログには、本件著作物を含む233作品が掲載されており、出品者はカタログ掲載料を被告に支払っている。 上記の本件冊子カタログの売上額、本件冊子カタログに占める本件著作物の複製物が占める割合、当該掲載行為の性質、内容及び被告がカタログの売上に加えて出品者からカタログ掲載料を得ていることなどの事情を総合すると、著作権法114条3項所定の使用料相当額は、原告らの主張する損害額である、原告Aにつき6万3974円、原告Bにつき4万2649円、原告Cにつき4万2649円、原告Dにつき4万2649円と認めるのが相当である。 したがって、原告らが一部請求をしている、原告Aにつき6万円、その余の原告らにつき各4万円の全額について理由がある。 8 結論 よって、原告らの本訴請求は、原告Aにつき20万円、原告Bにつき9万円、原告Cにつき14万円、原告Dにつき9万円及びこれらに対する不法行為の後の日である平成20年11月13日(訴状送達の日の翌日)から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 山門優 裁判官 舟橋伸行 |
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