判例全文 line
line
【事件名】絵本「地球の秘密」共同著作物性事件
【年月日】平成21年10月22日
 大阪地裁 平成19年(ワ)第15259号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年7月17日)

判決
原告 P1
被告 P2
被告 P3
上記2名訴訟代理人弁護士 近藤剛史
同 吉田昌史
同復代理人弁護士 武田大輔
被告 株式会社出版文化社(以下「被告出版文化社」という。)
同訴訟代理人弁護士 岡村久道
同 中道秀樹
同 南石知哉
同 湯原伸一
同 尾形信一
同 吉岡剛
同復代理人弁護士 木村栄作
被告 株式会社朝日新聞社(以下「被告朝日新聞」という。)
同訴訟代理人弁護士 占部彰宏
同 寺井昭仁


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1)被告らは、別紙目録1の絵本「地球の秘密」を販売、頒布してはならない。
(2)被告P2、被告P3、被告出版文化社は、別紙目録1の絵本「地球の秘密」の原画を複製又は使用して、別紙目録2の環境日めくりカレンダーを販売、頒布し、別紙目録3のシンボルキャラクター「アースくん」及び全てのアースを販売、頒布又は使用してはならない。
(3)被告らは、原告に対し、株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞、株式会社読売新聞社発行の読売新聞、株式会社毎日新聞社発行の毎日新聞の各全国版及び株式会社中国新聞社発行の中国新聞の通し版の各朝刊社会面に、本判決確定から1週間以内に1回、別紙「謝罪広告」を掲載せよ。
(4)被告らは、原告に対し、連帯して735万円及びこれに対する平成19年12月28日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(5)被告P2、同P3、同出版文化社は、原告に対し、連帯して136万5000円及びこれに対する平成19年12月28日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(6)被告P2は、原告に対し、250万円及びこれに対する平成19年12月28日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(7)被告P3は、原告に対し、250万円及びこれに対する平成19年12月28日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(8)被告出版文化社は、原告に対し、300万円及びこれに対する平成19年12月28日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(9)被告朝日新聞は、原告に対し、230万円及びこれに対する平成19年12月28日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(10) 被告らは、原告に対し、連帯して50万円及びこれに対する平成19年12月28日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(11) 訴訟費用は、被告らの負担とする。
(12) 仮執行宣言
2 被告ら
 主文と同旨
第2 事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者及び関係者
ア 原告
 原告は、イラストレーターであり、父が経営するXに勤務している。
イ 被告P2、被告P3
 被告P2及び同P3(以下、被告両名をまとめて「被告夫妻」という。)は、亡P4の両親である。
ウ 被告出版文化社
 被告出版文化社は、単行本、雑誌の企画・編集、出版を目的とする株式会社である。
エ 被告朝日新聞
 被告朝日新聞は、日刊新聞その他の新聞の制作、発行及び販売を目的とする株式会社である。
(2)本件原画の作成経緯
 P4は、昭和54年生まれの小学生であり、平成3年秋ころから、地球環境問題をテーマとした絵本「地球の秘密」の作成に取り組んでいた。P4は、同年12月25日深夜、線画(以下「本件原画」という。)を完成させたが、その数時間後、脳内出血を発症し、翌27日、死亡した(甲1、被告P2本人)。
 なお、本件原画の表紙と本編の一部には色鉛筆で彩色が施されていた。
(3)P4ノートの作成経緯
 被告夫妻は、本件原画のコピーを同級生や教師に配付したところ、平成4年2月、斐川町教育委員会において、本件原画をコピーして冊子にしたもの(乙1)を作成し、町内の学校等に配付するようになった(以下、この冊子を「P4ノート」という。)。
 なお、P4ノートは、本件原画をコピーしたものを冊子にし、その裏表紙見返りに、P4の写真と経歴、奥付を付加して印刷したものであり、本件原画の内容とほぼ同一と考えることができる。
(4)英語版の作成経緯(最初の着色)
 その後、P4ノートは、全国に配付されるようになり、民間の環境保護団体である「海を救おうキャンペーン実行委員会」は、P4ノートを、平成4年5月に開催される国連本部で開かれる地球サミット世界子供環境会議で展示することを計画し、被告夫妻の承諾を得て、文章(吹き出しに記載された登場人物の台詞や解説文)を英訳した上、本件原画の線画のコピーに水彩で着色したもの(水彩原画)を作成し、これを製本したものを出版した(乙5。以下、「英語版」という。)。
 上記着色作業は、P5ら数名が行った。
(5)財団版の作成経緯
 地球環境平和財団は、英語版で使用した原画(水彩原画)をもとに、日本語版(文章はP4が作成したままのもの)を出版した(甲2。以下、「財団出版物」といい、その原画である上記日本語版水彩原画を「財団版」という。なお、甲2は、第60刷の財団出版物で、B5版の、いわゆるペーパーバックの冊子である。)。
 なお、財団出版物の奥付には、製作協力者として水彩着色作業を行ったP5の氏名が記載されている(甲2)。
(6)文化社版の出版経緯
ア 出版合意
 被告夫妻は、被告出版文化社との間で、財団版の着色をやり直した上、ハードカバーによる、新たな版を出版することを合意した。
イ 原告の紹介
 被告出版文化社の出版企画事業部長であるP6が、原告に着色作業への関与を依頼し、被告夫妻に紹介した(甲20)。
ウ 着色作業
 平成16年10月13日から同月19日にかけて、被告P3(経営コンサルタント業)の大阪事務所において、本件原画の線画のコピーに、パステルによる着色作業が行われ、新たな版のためのパステル原画が作成された。
 (着色作業の経過や実態については、当事者間に争いがある。)
エ 着色作業代金の支払
 平成16年10月20日、被告P3に対し、着色作業代及び交通費として22万8400円が請求され(甲8)、後日、その支払がされた(請求書は納品書の形態であり、作成者は、原告が所属するX代表P7〔原告の父〕である。)。
内訳は、作業代が、「32ページ(4日間)+2日」分として22万円、交通費として8400円であった(甲8)。
オ パブリシティリリース
 被告出版文化社は、出版に先立ち、宣伝広告として「ご案内」(甲6)を配付した。
 上記「ご案内」には、出版の経緯と、原告が着色作業をし、傍らに被告P2が座っている写真(甲7)が添付されていた。
カ 文化社版の出版
 被告出版文化社は、平成16年12月25日、前記パステル原画に解説文やP4の写真などを掲載したものを出版した(甲1。以下、「文化社出版物」といい、その原画である前記パステル原画を「文化社版」という。)。
 なお、文化社出版物の奥付には、「著者P4」「制作・監修P2」と記載されている。
(7)一連の報道
ア 島根県への寄贈と知事への報告
 被告P2は、平成16年11月25日、島根県庁において、被告出版文化社とともに、知事に対し、文化社版の出版の報告をするとともに、300冊を寄贈し、読売新聞など数社の新聞において、出版と寄贈についての記事が掲載された(丁1、2、丁3の1・2、丁4、5)。
イ 被告朝日新聞の報道
 被告朝日新聞は、平成16年12月6日、文化社版の出版の経緯に関する記事を掲載した(甲3)。
 上記記事には、「数コマしか色づけされていなかった原作と、生前のP4さんの言葉を頼りに、母のP2さん(61)が改めてパステルで色づけした。」「P4さんは生前、『活字を使って色をつけたら本になるね』と話していた。各章のタイトルの色は虹の色をイメージしていた。今回はそんな思いに忠実に、グラフィックデザインをしていたP2さんが色を塗った。どこでも手に取れる形にしたいという両親の希望もあり、出版が決まった。」との記載部分があった。
(8)その後の経緯
ア カレンダー等の製作
 被告出版文化社は、文化社版のカットの一部を使用し、環境日めくりカレンダー(以下「本件カレンダー」という。)を製作、販売している(甲24の1・2)。
イ ホームページの開設
 被告夫妻は、Yという名称のホームページを開設し、文化社版の紹介をするとともに、文化社版のカットの一部(アース。以下「本件シンボルキャラクター」ということがある。)を使用している(甲23の1〜3)。
ウ 原告の抗議と交渉
 原告は、被告らに対し、原告が文化社版の共同著作者であり、被告らの行動が、著作権及び著作者人格権を侵害しているなどと抗議し、交渉したが、解決するに至らなかった。
2 原告の請求(訴訟物)
 原告は、文化社版につき、共同著作権(もしくは、二次的著作物に対する著作権)を有するとした上、
(1)文化社出版物の販売等の差止と逸失利益(請求の趣旨(1)、(4))
 被告らが、文化社出版物の販売、頒布することにより、原告の著作権を侵害するとして、被告らに対し、その差止を求めるとともに、文化社出版物の販売による損害賠償として、逸失利益735万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
(2)本件カレンダー等の販売等の差止と逸失利益(請求の趣旨(2)、(5))
 同じく、被告夫妻及び同出版文化社が、本件カレンダーを販売、頒布し、本件シンボルキャラクターなどを使用することにより、原告の著作権を侵害するとして、上記被告3名に対し、その差止を求めるとともに、本件カレンダーの販売による損害賠償として、逸失利益136万5000円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
(3)謝罪広告(請求の趣旨(3))
 被告夫妻及び同出版文化社が虚偽の事実を述べ、被告朝日新聞が虚偽の報道をしたことにより、原告の著作者人格権などを侵害したとして、被告らに対し、その被害の回復措置として、謝罪広告の掲載を求め、
(4)被告P2の不法行為による慰謝料(請求の趣旨(6))
 被告P2がマスコミや島根県知事に虚偽の事実を告知、公言し、前記(1)、(2)の著作権、著作者人格権の侵害に加え、人格権、名誉権の侵害により、精神的損害を被ったとして、同被告に対し、慰謝料250万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
(5)被告P3の不法行為による慰謝料(請求の趣旨(7))
 被告P3が、島根県知事に対し虚偽の事実を告知、公言し、前記(1)、(2)の著作権、著作者人格権の侵害に加え、人格権、名誉権の侵害により、精神的損害を被ったとして、同被告に対し、慰謝料250万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
(6)被告出版文化社の不法行為による慰謝料(請求の趣旨(8))
 被告出版文化社が、島根県知事に虚偽の事実を告知、公言し、前記(1)、(2)の著作権、著作者人格権の侵害に加え、「やらせ写真」を掲載することにより原告の肖像権を侵害し、原告の正当な訂正要求を妨害するなどしたことにより、精神的損害を被ったとして、同被告に対し、慰謝料300万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
(7)被告朝日新聞の不法行為による慰謝料(請求の趣旨(9))
 被告朝日新聞が、虚偽の事実に基づく、文化社出版物のPR記事を、同社の新聞に掲載するとともに、アサヒわくわくネット、BOOKアサヒコムに転載し、ホームページにおいて、被告出版文化社とともに、文化社出版物の購入を勧めるなどし、原告の著作権を侵害したことにより、精神的損害を被ったとして、被告朝日新聞に対し、慰謝料230万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め、
(8)提訴費用(請求の趣旨(10))
 被告らに対し、本件提訴を余儀なくされたことによる財産的損害として50万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めている。
3 争点
(1)著作権侵害及び著作者人格権侵害の有無(争点1)
ア 文化社版についての著作権の帰属(争点1−1)
イ 著作権侵害行為(共同不法行為の根拠) (争点1−2)
ウ 著作権の譲渡の有無(争点1−3)
エ 著作者人格権侵害行為の有無(著作者人格権不行使の合意の有無)(争点1−4)
(2)その他の権利(人格権、肖像権など)の侵害の有無(争点2)
(3)損害(争点3)
(4)謝罪広告の要否(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 文化社版についての著作権の帰属(争点1−1)について
【原告の主張】
(1)文化社版とP4ノート、財団版との関係
ア P4との共同著作物
 文化社版は、わずかしか彩色されていないP4ノートの原画のコピーに、原告が着色して作成されたものであるから、文化社版は、P4と原告の共同著作物であり、原告にその著作権の一部が帰属する。
イ P4ノートの二次的著作物
 あるいは、文化社版は、わずかしか彩色されていないP4ノートの原画のコピーに、原告が着色して作成されたものであるから、文化社版は、P4ノートの二次的著作物であり、原告にその著作権が帰属する。
ウ 財団版の二次的著作物
 仮に、文化社版が、財団版と類似しているとしても、原告の着色によって、財団版に新たな創作性が付加されており、文化社版は、財団版の二次的著作物であり、原告にその著作権が帰属する。
(2)本件シンボルキャラクターについて
 本件カレンダーなどに使用されている本件シンボルキャラクターは、文化社版の登場人物であるアースを複製したものであるが、前記(1)のとおり、原告は、文化社版について著作権もしくは共同著作権を有している。
(3)文化社版に新たに付加された創作性
 新たに付加された創作性は次のとおりである。
ア はじめに
 文化社版には、原告の着色行為により、P4ノートの線画を生かす、新たな彩色の感情表現による創作性が付加された。すなわち、優しく鮮やかなパステルの色合い、画材と紙肌によって表現される効果のマチエール(絵肌)による風合い、そして、線だけでは表現できない登場人物の生き生きした表情、絵に奥行きや空間を創作するために必要な立体感、遠近感という特徴点が新たに加わっている。
イ 財団版と文化社版との相違点
 財団版と文化社版には、相違点があり、これらは、原告の着色により新たに加えられたもので、新たな創作性の付加を認めることができる。
 相違点の具体的内容は、別紙「相違点の対比」のとおりである。
 これによると、財団版と文化社版との間の相違点は、誰が塗っても同じになるような常識的なありふれた軽微な修正ではなく、原告の新たな思想や感情による美術的創作性の付加を感得できる。
ウ 画材(パステルとコットマン水彩紙)の選択
 原告は、自身の経験、知識、色彩創作能力、好み、美感から、パステルが、鮮やかで優しく、暖かく、美しい風合いとなり、原告の思い描く感情表現にもっとも相応しく、文化社版に最適な画材と考えた。
 また、パステル画では、用紙の紙質を選ぶことが重要であるが、原告は、パステル画に相応しいコットマン水彩紙を選び、効果的に着色した。
 被告夫妻及び同出版文化社は、パステルを使用することは、被告P2の発案であると主張するが、上記のとおり、原告の発案である。
(4)被告らの主張に対する反論
 被告P2による具体的な指示はなかった。被告P2は、財団版(甲2)を気に入っておらず、原告に対し、書店におけるような本にして欲しいと、新たな創作性の付加を包括的に依頼し、原告に委ね、任せきりにしていた。
 また、被告P2は、出来上がった文化社版について、財団版と異なる美術的創作性を感得できる旨述べており、「P4の思いをみごとに表現して下さいました。有難うございました。」と述べている。
【被告夫妻及び同出版文化社の主張】
(1)文化社版とP4ノート、財団版との関係
ア 共同著作物であるとの主張について
 原告は、文化社版は、P4との共同著作物であると主張するが、P4との間で共同創作を行う合意も、共同創作行為が行われたと評価しうる客観的事実も存しない。
 文化社版は、P4と被告P2の創作であり、原告はその履行補助者に過ぎない。
イ 二次的著作物であるとの主張について
 原告は、主位的に、文化社版がP4ノートの二次的著作物であると主張し、予備的に、文化社版が財団版の二次的著作物であると主張するが、文化社版は、財団版をもとにして着色されたものの、何ら新たな創作性を付加しておらず、独自の著作性を認めることはできない。また、P4ノートの二次的著作物であると認めることもできない。
 文化社版は、財団版の配色を踏襲しつつ、これと異なる部分は、P4ノートの配色に基づく被告P2の具体的な指示に従って、移色ないし着色されたものに過ぎない。
(2)本件シンボルキャラクターについて
 文化社版の著作権者は、P4の相続人である被告夫妻であり、原告には、著作権は認められないので、文化社版の登場人物であるアースを複製した本件シンボルキャラクターについて、原告は何らの権利も有しない。
(3)文化社版に新たに付加された創作性の有無
ア はじめに
(ア) 財団版と比較した独自の創作性の付加について(財団版と基本的に同じ配色であること)
 著作物と認められるためには、その創作物において、人の思想又は感情が、創作的に、表現されたものでなければならない(著作権法2条1項1号。これは、) 二次的著作物(同法2条1項11号)においても同様であって、原著作物に、新たな創作性が加えられたときに、はじめて二次的著作物として認められるのである(最高裁平成9年7月17日判決・民集51巻6号2714頁)。
 しかし、前記(1)のとおり、文化社版は、財団版をもとに着色をし直しただけのものであり、基本的には、配色は同じである。したがって、原告の着色行為には、全く創作性が認められず、文化社版につき、原告には何らの著作権も認めることはできない。
 なお、文化社版が、財団版と同じ配色となったのは、財団版が、P4ノートを踏襲して作成されたものであるところ、財団版の配色が広く認知された結果、財団版の配色を大きく変更することができず、一部の例外(P4ノートを忠実に再現するため、財団版と相違する部分や不自然・不合理な部分)を除き、財団版の配色を移色するだけでよかったためである。
(イ) ありふれた表現
 仮に、文化社版が財団版に比べ、何らかの要素を付加するものであっても、誰が行ってもほぼ同様の表現となる程度のものや、ありふれた(凡庸な)表現に過ぎないから、創作性の付加を認めることはできない。
 また、文化社版は環境教本であるため、文化社版の着色においても、配色としては常識的なものが求められ、配色の選択肢が限られていた。
(ウ) 被告P2の指示
 仮に、文化社版に新たな創作性が付加された部分があるとしても、被告P2の具体的指示によるものであり、原告による付加ではない。
 文化社版の著作物は、P4の相続人たる被告夫妻の発意、創意、意思に基づき製作されたものであり、具体的な配色や塗り方に関しても、被告P2が全て原告に対し明示的ないし黙示的な指示を行っていた。すなわち、原告は、被告P2の履行補助者として、被告P2の意思及び具体的指示に基づいて着色作業を行っていたに過ぎず、原告が被告P2から独立して何らかの独自の著作物の創作活動を行っていたと評価しうる余地はない。
イ 財団版と文化社版における相違点についての創作性の有無
(ア) 表紙における相違点
a アースの目
 財団版のアースには白目がないが、文化社版のアースの目には白目(色を塗らず、紙の白い地肌が白目となる。)がある。
 これは、P4ノートのアースに白目があるため、これを忠実に再現するよう被告P2が指示したためである。
b 留美と英一の目
 留美と英一の目についても、財団版と文化社版との間に、前記aと同様の違いがあるが、その理由は、前記aで述べた理由と同じである。
 また、財団版の表紙の留美の目は、黒く塗りつぶされているが、文化社版のそれは、線画の線が残っている。
 これは、P4ノートの線が見えるように着色したためである。
c 留美のズボンの色
 財団版の留美のズボンは赤色であるが、文化社版のそれは紫色である。
 これは、P4ノートの留美のズボンが紫色だからである。
d 留美の帽子の帯
 財団版の表紙の留美の帽子の帯は白であるが、文化社版のそれは赤である。
 これは、P4ノートの留美の帽子の帯が赤だからである。
e 英一のジーンズとベスト
 財団版の英一のジーンズの裾の折り返し部分は白色であり、ベストは青色であるが、文化社版のジーンズの裾の折り返し部分はジーンズの表地と同じ色であり、ベストは紫色である。
 これは、文化社版の内容をP4ノートに従わせたためである。
f ランチボックス
 財団版では、表紙のランチボックスの折り返し部分に格子柄があるが、文化社版のそれにはない。
 これは、P4ノートの表紙のランチボックスの折り返し部分に格子柄がなかったからである。
g 表紙の地平線の位置
 財団版の表紙の地平線は、ページ上部に右下から左上に直線的に描かれているが、文化社版のそれは、ページ中央部にあって、なだらかな曲線状に描かれている。
 これは、財団版の表紙の地平線が、P4ノートの表紙のあるべき地平線を誤解して着色したためで、P4が意図したと考えられる地平線となるよう、被告P2が、被告出版文化社と相談の上、指示したためである。
h 雲の存在
 財団版は文化社版より雲の数が多いが、文化社版は、P4ノートに忠実に倣うよう変更した。
i 木の幹の色
 財団版では、着色されていないが、文化社版では着色されている。
 これは、装丁家のP8から、財団版の木の幹が着色されていないことが不合理であるとの指摘があったため、被告P2が被告出版文化社と相談の上、着色することを決め、原告に指示したためである。
j 芝生の塗り方
 財団版と文化社版とでは、芝生の塗り方が異なる。
 ピクニックをするのに相応しい芝生の色である黄緑色を選択し、タイトル文字を入れた場合の表紙全体の仕上がり具合を考慮して、タイトル文字が表紙全体のバランスの中で重くならないよう、下部に重みを持たせることも意識して、下部を濃い色に、丘と空の境界をぼかすためにも、上部を薄くするグラデーションにすることとし、その旨、被告P2が、原告に対し、指示したためである。
k リュック及びシートの色
 財団版のアースのリュックやシートの色は緑であるが、文化社版のそれは、いずれも黄色である。
 これは、リュックやシートの色が背景の芝生の色に溶け込まないよう、被告P2が黄色を選択し、これを原告に指示した。
(イ) 本編における相違点
a 登場人物の目、服装
 前記(ア)のとおり、表紙において、登場人物の塗り方が決定したため、本編でも表紙の塗り方に統一することとされた。
 したがって、原告が、本編において、登場人物の塗り方について創作性があると主張している点は、表紙の登場人物の塗り方に創作性の付加がないのと同様の理由で、本編の登場人物の塗り方にも新たな創作性の付加はない。
 なお、留美の髪の色は、P4ノートに着色がされているので、文化社版ではこれに従うこととし、被告P2が原告にその旨指示した。
b 塗りつぶされた箇所
 財団版63コマ目(財団出版物のコマに記載された数字)、同64ないし66コマ目は、黒で塗りつぶされているが、文化社版では、線が見えるよう着色されている。
 これは、P4ノートの線が見えるように着色したためである。
c はたらく土について
 財団版25コマ目を文化社版と比較すると、「ダメ」の両側の線、「土」「毒」の字の有無について相違点があるが、いずれも、新たな創作性を付加したものとはいえない。
(ウ) その他
 その他、文化社版と財団版との間に相違点を認めることができるが、これらは、P4ノートを忠実に再現するため、財団版の表現を改めたことによるものか、財団版の不自然・不合理な箇所を、文化社版において修正したことによるものである。
(エ) まとめ
 以上のとおり、財団版と文化社版との相違点は、財団版における不合理な箇所を修正し、P4ノートに忠実に従うよう、被告P2が具体的に指示にしたことに基づいており、原告が新たな創作性を付加したものではない。
ウ 画材の選択
 被告夫妻は、文化社版を出版するにあたり、幼くして死亡したP4の意思を忠実に再現するべく、できる限り忠実にP4ノートの色鉛筆で彩色された色彩に戻そうと考え、水彩ではなく、色鉛筆に近い性格を有するパステルで着色したいと考えたのであり、パステルの採用は原告の発案に基づくものではない。
 また、画材を水彩からパステルにしたことにより、着色の特質が現れ、財団版と文化社版との間で印象が異なるが、画材の選択による必然的な帰結に他ならない。パステルを使用したことによる創作性についての原告の主張は、パステルの画材としての一般的な特質を主張しているに過ぎず、創作性の具体的な事実を主張するものとはいえない。
 また、用紙の選択についても同様、原告が創作性に関連して主張するのは、用紙の特色に関する一般論に過ぎず、創作性が付加された根拠とはならない。
【被告朝日新聞の主張】
 争う。
2 争点1−2(文化社版についての著作権侵害行為の有無)について
【原告の主張】
(1)被告出版文化社
 前記1【原告の主張】のとおり、原告は、文化社版の著作権(二次的著作物に対する著作権)もしくは、共同著作権を有しているにもかかわらず、被告出版文化社は、原告に無断で、文化社版を出版し、文化社版の複製権を侵害した。
(2)被告夫妻
 被告夫妻は、文化社版の出版をPRするなどして、被告出版文化社と共同して文化社版の複製権を侵害した。
(3)被告朝日新聞
 被告朝日新聞は、平成16年12月6日付朝日新聞(大阪本社発行朝刊)生活面に、文化社出版物を紹介する記事(甲3。以下「本件記事1」という。前提事実(7)イの記事は、その一部である。)を掲載し、同社が経営するウェブサイト「アサヒ・コム」中の「アサヒわくわくネット」及び「アサヒ・コムBOOK」にも同様の紹介記事(甲15の1・2。以下「本件記事2」という。)を掲載し、被告出版文化社と共同して文化社版の複製権を侵害した。
 また、本件記事2が掲載されたサイトは、被告出版文化社とリンクして文化社出版物をPRし、リンク先のサイトから、文化社出版物を購入できるようにしてあり、また、被告朝日新聞のサイトに「この本を購入する」と書いたボタンをつけてPRし、被告朝日新聞のサイトから直接購入することができるようにしてあり、被告朝日新聞は、被告出版文化社と共同して文化社出版物を販売し、文化社版の複製権を侵害した。
(4)本件シンボルキャラクターの使用について
 前記1【原告の主張】のとおり、原告は、文化社版の著作権(二次的著作物に対する著作権)もしくは、共同著作権を有しているにもかかわらず、被告出版文化社は、原告に無断で、文化社版のシンボルキャラクターである「アースくん」などのカットを使用し、他人の作成した緑の葉のイラストと合成し、本件カレンダーを出版するなどし、文化社版のシンボルキャラクターについての著作権(複製権)を侵害した。
 被告夫妻は、被告出版文化社による本件シンボルキャラクターの使用された本件カレンダーなどをPRするなどして、文化社版のシンボルキャラクターについての著作権(複製権)を侵害した。
【被告夫妻及び同出版文化社の主張】
 前記1【被告夫妻、同出版文化社の主張】のとおり、原告は、文化社版について、何らの著作権を有していないので、複製権の侵害はない。
【被告朝日新聞の主張】
(1)本件記事1、2の掲載について
 被告朝日新聞が本件記事1、2を掲載したことは認める。
 しかし、被告朝日新聞が、文化社出版物の販売活動に関与した事実はない。
(2)被告出版文化社のサイトへのリンクなど
 被告朝日新聞のサイトである「アサヒ・コム」は、被告出版文化社のサイトにリンクされていない。
 原告が主張する被告朝日新聞の「アサヒ・コムBOOK」(甲15の2)は、朝日新聞に紹介された書籍一般を紹介する書籍紹介サイトであるが、同サイトは、訴外日本出版販売株式会社と業務提携して開設、運営しており、被告出版文化社とは関係がない。
3 争点1−3(著作権の譲渡の有無)について
【被告夫妻及び同出版文化社の主張】
 仮に、原告の着色作業により、何らかの著作権が発生したとしても、被告夫妻は、原告から、同著作権について、利用許諾を受けたにとどまらず、全ての著作権の譲渡を受けている。
 これは、着色作業に対しては、印税方式ではなく、作業日数(時間)に応じた報酬等として合計22万8400円が支払われていることや、その後の交渉経緯において、原告自身が譲渡を自認していることからも裏付けることができる。
 原告の行った着色作業は、被告P2や同P3からの具体的な指示に従い、財団版から文化社版に、単に色を移す作業のみであり、作業日数も6日間に過ぎず、上記着色作業に創作性が認められたとしても僅少なものに過ぎず、上記報酬金額に、著作権譲渡の対価が含まれていると考えるのが、通常の合理的意思解釈である。
【原告の主張】
 原告が、文化社版の著作権を被告夫妻に譲渡したことはない。
 被告P3は、請求書(甲8)に記載された代金22万8400円を支払ったが、同金額は、着色作業のみの対価であり、著作権譲渡の対価ではない。
 文化社版の出版に際して、原告の著作物の利用許諾について協議する予定であり、原告は、絵本化の進行状況について照会のメールをP6に送っている(甲27)。
4 争点1−4(著作者人格権侵害行為の有無)について
【原告の主張】
(1)前記1のとおり、原告が文化社版の共同著作権者(もしくは、二次的著作物である文化社版の著作権者)であるにもかかわらず、被告出版文化社は、故意に、P4ひとりが著作権者であると表示して、文化社版を出版した。
 これにより、被告出版文化社は、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害した。
(2)被告夫妻は、被告出版文化社と共同して、前記(1)のとおり、P4ひとりが著作権者であると表示して、文化社版を出版し、原告の著作者人格権を侵害した。
(3)被告朝日新聞は、前記2【原告の主張】(3)のとおり、本件記事1、2を掲載したが、同記事には、P4ひとりが著作者であると、虚偽の事実が記載されており、原告の著作者人格権を侵害した。
 なお、被告朝日新聞は、被告出版文化社作成のパブリシティリリースである「ご案内(甲6)によ」り、原告が文化社版を着色したことを知りながら、その事実を原告や他の被告らに確認することなく、虚偽の内容の上記記事を捏造したものであり、著作者人格権の侵害について故意又は過失がある。
【被告夫妻及び同出版文化社の主張】
(1)著作者人格権の不発生
 前記1のとおり、原告は、文化社版の著作権者ではないので、著作者人格権もない。
(2)著作者人格権不行使の合意
 仮に、原告が文化社版について共同著作権者(もしくは、二次的著作物である文化社版の著作権者)であったとしても、原告は、被告出版文化社に対し、文化社出版物に原告の氏名を掲載することを望まないと述べ、氏名表示権について、著作者人格権を行使しない旨の合意をした。
【被告朝日新聞の主張】
(1)掲載の経緯(取材の事実)
 被告朝日新聞が、本件記事1、2を掲載するにあたり、文化社版の原告の着色による著作権の有無を確認しなかったこと、及び、原告の訂正要求に応じず、原告に謝罪しなかったことは認める。
 被告朝日新聞は、本件記事1、2の掲載に先立ち、被告出版文化社から、文化社版に関する資料(甲6)の提供を受け、被告P2に対する取材を行った。その結果、文化社版は、P4と被告P2の共同著作物であると判断し、本件記事1、2を掲載した。
(2)過失の有無
 仮に、原告に文化社版の着色により著作権が発生したとしても、被告朝日新聞は、必要な取材活動を行った上、本件記事1、2を掲載したのであり、その点につき何ら過失はない。
 なお、文化社版については、平成16年11月26日に読売新聞、産経新聞、山陰中央新報が、同年11月29日に中国新聞が、同年12月6日(本件記事1の掲載日)に毎日新聞が、被告P2によって文化社版が彩色されたとの紹介記事を掲載している。
5 争点2(その他の権利の侵害の有無)について
【原告の主張】
(1)パブリシティリリースの内容(肖像権、名誉権、人格権)
ア 写真の掲載
 P6は、原告が文化社版の着色を終えた後、記念撮影と称して、原告と被告P2の写真を撮影したが、被告出版文化社は、原告に無断で、上記写真を文化社出版物の「ご案内」に添付し、文化社出版物のPR・販売活動に使用し、原告の肖像権を侵害した。
イ アシスタントという表現
 被告出版文化社は「ご、 案内」において、プロのイラストレーターである原告を、故意に「アシスタントのイラストレーター」と表現した。
 漫画のアシスタントの行うべた塗りなどの作業と、本件着色作業とは全く異なり、アシスタントという表現は、原告の社会的信用を貶めるものであり、原告の名誉権、人格権を侵害した。
(2)島根県知事との会見と報道(名誉権、人格権)
 被告夫妻は、平成16年11月25日、島根県庁において、P9知事に対し、自分が文化社版の彩色をしたと虚偽の事実を告げ、また、この虚偽の事実を被告朝日新聞などのマスコミを通じて、報道させた。このことにより、原告の著作権を侵害するだけでなく(仮に、著作権侵害が認められないとしても)、原告の名誉権、人格権を侵害した。
 被告出版文化社は、被告夫妻と共同して、上記虚偽の事実を島根県知事に告げるとともに被告朝日新聞などのマスコミを通じて報道させ、さらに、上記報道内容を、文化社出版物の「ご案内」に記載してPRし、原告の名誉権、人格権を侵害した。
 被告朝日新聞は、上記虚偽の事実を報道し、原告の名誉権、人格権を侵害した。
【被告出版文化社の主張】
(1)被告出版文化社の「ご案内」
 被告出版文化社の「ご案内」は、「お母様自ら新たに彩色して、生まれ変わった『地球の秘密』」という見出しに続き「このP4ちゃんが残した色つけの見本をもとに、色つけはなされました。しかも、出雲から大阪へ出てきて1週間、ホテル住まいをしながら、アシスタントのイラストレーターとともに彩色をされました。まさに、お母様の手で新たに生まれ変わったのが今回の『地球の秘密』です。」と記載されており、虚偽の事実は記載されていない。
(2)肖像権について(写真使用目的の承諾)
 P6は、原告と被告P2の写真撮影にあたり、原告に対し、パブリシティリリースの際に使用する旨の説明をし、原告はこれを承諾した上、撮影に応じている。
 被告出版文化社は、平成16年12月6日、原告に対し、上記撮影に係る写真を掲載した「ご案内」(パブリシティリリース)を送付したが、上記写真の掲載が違法と考えることがなかったからである。
【被告夫妻及び同出版文化社の主張】
(1)島根県知事との会見
 被告P2が、原告の主張する日時、場所において、島根県知事に会って、文化社版の出版を報告したことはあるが、被告P3は、当時、入院中であり、島根県庁に行ったこともない。
 また、被告P2と島根県知事との会談についても、5分程度の挨拶程度のものであり、同知事に対し、文化社版を誰が着色したかなどという、作成過程について説明したことはない。
(2)報道
 被告夫妻が、虚偽の事実をマスコミを通じて報道させたという事実もない。
【被告朝日新聞の主張】
 被告朝日新聞が、前記2のとおり、本件記事1、2を朝日新聞などに掲載したことはあるが、本件各記事を掲載するにあたり、新聞社として果たすべき注意義務を尽くしており、違法性が問題とされる余地はない。
6 争点3(損害)について
【原告の主張】
(1)逸失利益
ア 全被告共通
 文化社出版物の定価は1470円で、これまでに少なくとも10万部発行されている。
 したがって、原告は、上記絵本の共同著作権者として印税10%の2分の1(合計735万円)を受け取ることができるところ、被告らによる本件著作権侵害により同額の損害を被っている。
 〔計算式〕1,470×100,000×0.1×0.5=7,350,000
イ 被告夫妻及び同出版文化社
 本件カレンダーの定価は1365円で、これまでに少なくとも2万部発行されている。
 したがって、原告は、上記カレンダーの共同著作権者として印税10%の2分の1(合計136万5000円)を受け取ることができるところ、上記被告3名による本件著作権侵害により同額の損害を被っている。
 〔計算式〕1,365×20,000×0.1×0.5=1,365,000
(2)慰謝料
ア 被告P2の不法行為による精神的損害に係る慰謝料
 前記2(2)、2(4)、4(2)、5(2)のとおり、被告P2の不法行為により、原告は精神的損害を受け、その慰謝料は250万円が相当である。
イ 被告P3の不法行為による精神的損害に係る慰謝料
 前記2(2)、2(4)、4(2)、5(2)のとおり、被告P3の不法行為により、原告は精神的損害を受け、その慰謝料は250万円が相当である。
ウ 被告出版文化社の不法行為による精神的損害に係る慰謝料
 前記2(1)、2(4)、4(1)、5(1)、5(2)のとおり、被告出版文化社の不法行為により、原告は精神的損害を受け、その慰謝料は300万円が相当である。
エ 被告朝日新聞の不法行為による精神的損害に係る慰謝料
 前記2(3)、4(3)、5(2)のとおり、被告朝日新聞の不法行為により、原告は精神的損害を受け、その慰謝料は230万円が相当である。
(3)提訴費用
 原告は、被告らの前記各不法行為により、被告らに対する提訴を余儀なくされた。
 提訴に要した費用は、50万円を下らない。
【被告らの主張】
 争う。
7 争点4(謝罪広告の要否)について
【原告の主張】
 前記4、5【原告の主張】のとおり、被告夫妻及び被告出版文化社が虚偽の事実を述べ、被告朝日新聞が、虚偽の事実を報道したことにより、原告の著作者人格権、名誉権、人格権を侵害したが、原告のこれらの権利侵害の回復措置として、別紙「謝罪広告」の掲載が必要である。
【被告らの主張】
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 文化社版の出版の経緯
 前提事実、証拠(証人P6、原告本人、被告P2本人、後掲のもの)及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(1)P4ノートの作成
 P4ノートの作成の経緯は、前提事実(2)、(3)のとおりである。
 すなわち、P4は、平成3年12月25日、地球環境問題をテーマとした絵本の線画(本件原画)を完成させ、一部に彩色を施したが、同月27日死亡した(当時12歳)。
 被告夫妻が、本件原画のコピーを同級生や教師に配付したところ、環境教育に有益であるとして、平成4年2月、斐川町教育委員会において、冊子にしたもの(P4ノート:乙1)を作成し、町内の学校に配付するようになった。その後、P4ノートは評判となり、全国に配付されるようになった。
(2)英語版の作成
 海を救おうキャンペーン実行委員会は、P4ノートの存在を知り、平成4年5月に国連本部で開かれる地球サミット世界子供環境会議で展示することを計画した。
 P4ノートは、一部にしか彩色されていなかったため、本件原画を元に、着色することとなり、P5らが水彩で着色した。
 P4ノートの文章(登場人物の台詞や解説文)はP4が作成したものであるが、英訳がされた。
 上記委員会は、P4ノートの著作権者である被告夫妻の承諾を得た上で、これらの作業を行い、英語版(乙5)を完成させた。英語版は、上記会議で展示され、さらに、同年6月、リオデジャネイロで開催された地球サミットにおいて、各国代表に配付された(乙6)。
 英語版は高い評価を受け、平成4年10月にエジプトで開催される環境会議に合わせ、アラビア語版が出版され、その後も、各国語に翻訳されて出版された(乙6、7)。
(3)財団版の作成経緯
 地球環境平和財団は、英語版で使用した原画(P5らが水彩で着色したもの)をもとに、日本語版(甲2)を出版した。なお、文章はP4が作成したままのものを印字したものである。
(4)英語版や財団版のその後の推移
 英語版や財団版は、日本国内外において、高い評価を受け、その一部のカットが、平成4年版環境白書の表紙に使用されたり(乙8。なお、着色は英語版・財団版と異なる。)、教科書や参考書、試験問題の題材として採用されたりした(乙9、12、13)。
 また、平成5年5月には、P4が、国連環境計画(UNEP)から、グローバル500(地球環境問題に積極的に取り組んだ個人、団体に贈られる賞)を授与された(乙14)。
 財団出版物は、増刷を重ね、甲第2号証として提出された版は60刷のものである。
(5)新たな出版の計画
 被告P2は、かねてから、P4の作成した本件原画を元にした本を、書店や図書館に置けるものにしたいという希望を有していた。また、財団版の表紙の表現に不自然な点(木の幹が白であることなど)や矛盾した点(地平線の下に雲があることなど)や、P4ノートの当初の彩色(P4自らの着色)を忠実に再現できていない箇所(登場人物の衣服の配色など)があると感じていた。このため、被告P2は、改めて、P4の意図した配色を推測、尊重した上、本件原画を着色し直し、出版したいと考えていた。そうしたところ、被告出版文化社から、財団版を元にして、新たな絵本を出版する企画を持ちかけられ、これに応じることとした。
(6)原告に対する依頼
 被告出版文化社の出版企画事業部長であるP6は、デザイン関係の業者を数名あたった後、原告を紹介され、平成16年9月、原告に電話を掛け、着色作業を依頼した(証人P62頁以下、原告本人2頁)。
 その際、P6は、原告に対し、文化社版の出版のために着色すること、財団版を参考にして着色すること、被告P3の事務所で着色作業を行うこと(これらのことから、着色の具体的内容を原告の自由に委ねるわけでなく、その場に、被告P2がいて、いろいろな指示を出すことが想定されていたことが窺える。)、道具を持参すること、着色作業に対する対価が支払われること、名前が出ないこと(丙3の3頁)などの説明をした。
 原告は、被告出版文化社に赴き、P6と面談して、財団出版物を見せてもらい、画材をパステルにすることや報酬の詳細が話し合われた(原告本人4頁)。報酬については、予定された頁数が32頁であり、1頁5000円で計算することが説明された。なお、おおよそ1日8頁の作業量が想定されていたため、4日間で16万円(日当に換算すると1日4万円)という計算となった(実際には、2日間余分に作業が行われた。)。
(7)サンプル(甲28)の提出と着色業務請負契約の締結
 原告は、P6の求めに応じて、文化社版の表紙の構図と配色の案(甲28)を作成し、P6に送った。
 P6は、被告P2にこれを見せ、被告P2の了承を得て、原告に文化社版の着色作業を正式に依頼した。
 なお、着色作業に関する業務委託契約は、被告夫妻と、原告との間で締結されたもので、P6は、被告夫妻の代理人として行動したことになる。
(8)着色作業の開始
 平成16年10月13日、原告と被告P2は被告出版文化社の事務所で会い、P6とともに、大阪市内にある被告P3の事務所(甲49)に赴いた。原告は、自分の事務所からパステルなどの画材を持参していた(原告本人5頁以下)。
 着色する用紙に印刷された線画のサイズが合わず、線画の印刷をやり直すこととなり、その日は、原告がパステルで試しに着色し、できあがりのイメージを被告P2と確認したりした(原告本人8頁以下)。
 翌14日から、コットマン水彩紙に線画を印刷したものに、パステルで着色する作業を開始した。原告が着色し、被告P2が着色作業に直接関与することはなかった(原告本人、被告P2本人)。
 その一方で、原告は、被告P2から、財団出版物(甲2)だけでなく、P4ノート(乙1)を示され、P4ノートの当初の彩色を忠実に踏襲して、着色するよう指示された。なお、原告は、被告P2から示されたものはP4ノート(乙1)とは異なると述べる。しかし、仮に、被告P2から見せられたのが本件原画であるとしても、P4ノート(乙1)は、本件原画をコピーしたものであり、その内容は、ほぼ同一と考えてよい。
(9)着色作業及びその完成
 作業は、10月17日(日曜日)を除き、10月19日まで続き、着色作業は完成した。
 その間、後述するとおり、被告P2は、1日半、原告の着色作業に立ち会うことができなかったが、それ以外の日は、原告の着色作業に立ち会った。もっとも、当初、基本的な方針を指示した後、特に協議する必要のある箇所以外は、原告が上記基本的方針に従って、着色することを続けており、被告P2は、原告の着色作業の傍らで、読書をして過ごすこともあった。
 なお、被告P2は、10月16日午後から、同月18日にかけて、被告P3が島根県内の病院に入院するのに付き添うため、原告の着色作業に立ち会うことができなかった(甲49)。この時点では、既に着色作業の大半は終了しており、特段指示すべき箇所がない限り、それまでに終了した作業と同様の手法によって作業を継続すればよかったことが推測され、被告P2が1日半いなかったからといって、原告に対する具体的指示がなかったとはいえない。
(10) 写真撮影
 平成16年10月19日(着色作業の最終日)、P6は、被告P3の事務所において、原告と被告P2を写真撮影した。いずれも、原稿が置かれている机に向かって原告と被告P2が並んで座っているもので、そのうちの3枚は、原告が作業をして、傍らに座った被告P2が原告の作業を見ているというもので、さらに、そのうちの1枚は、被告P2が原稿を指差して、指示を出しているかのようなポーズのものであり、これが「ご案内」に使用された(甲7、丙6の1〜4)。
(11) 報酬の支払
 原告は、平成16年10月20日、所属するX名義で、被告P3に対し、着色作業の報酬、交通費として22万8400円(うち交通費:8400円)を請求し、後日、その支払いがされた(甲8)。
 なお、報酬の計算方法は、基本となる作業代が、16万円(合計32頁を1頁5000円の割合であり、4日間の予定であったため、結果として、1日として4万円換算となる。)であり、これに2日の延長があったため、1日3万円あたりの追加報酬が加算されたものである。
(12) パブリシティリリース
 被告出版文化社は、平成16年11月、文化社版の出版にあたり、「ご案内」と題する広告宣伝文(甲6)を作成、配付した。
 上記「ご案内」には、次の記載がある。
 「5. お母様自ら新たに彩色をして、生まれ変わった『地球の秘密』また、書店売りの本を出すにあたって、P4ちゃんのお母様であるP2さん自身のご要望で、新たに、本の色つけがされることになりました。
 実は、P4ちゃんは突然亡くなられたため、『地球の秘密』の本は表紙と最初のページの数コマしか色が塗られていなかったのです。
 このP4ちゃんが残した色つけの見本をもとに、色つけはなされました。
 しかも、出雲から大阪へ出てきて1週間、ホテル住まいをしながら、アシスタントのイラストレーターとともに彩色されました。まさに、お母様の手で新たに生まれ変わったのが今回の『地球の秘密』です。」
 また、上記「ご案内」には、前記(10)の写真が掲載された(甲7)。
(13) 島根県への寄贈と知事への報告
 被告P2は、平成16年11月25日、島根県庁において、被告出版文化社とともに、P9知事に対し、文化社版の出版の報告をするとともに、文化社出版物300冊を寄贈した(丁1、2、丁3の1・2、丁4、5)。
 前記(1)ないし(4)の事情があるため、すでに「地球の秘密」の存在はよく知られており、報告も短時間で終わった(被告P2本人13頁)。
(14) 報道機関の取材と報道
 文化社版の出版は、報道機関にも情報提供され、その結果、被告P2は、被告朝日新聞などから取材を受けた。被告P2は、文化社版のできあがりには非常に満足しており、その旨を取材においても述べた。
 被告朝日新聞は、平成16年12月6日、文化社版の出版の経緯に関する記事を掲載したが、同記事には「数コマしか色づけされていなかった原作と、生前のP4さんの言葉を頼りに、母のP2さん(61)が改めてパステルで色づけした「P4さ。」んは生前、『活字を使って色をつけたら本になるね』と話していた。各章のタイトルの色は虹の色をイメージしていた。今回はそんな思いに忠実に、グラフィックデザインをしていたP2さんが色を塗った。どこでも手に取れる形にしたいという両親の希望もあり、出版が決まった。」との記載部分があった(甲3)。
(15) 原告の問い合わせ
 原告は、文化社版の出版がどのようになっているのか気になり、平成16年12月6日、P6にメールで尋ねたところ、P6は、ちょうどその日の朝日新聞の記事があるといって、「ご案内」(前記(12))と一緒に原告に送った(原告本人15頁)。
(16) 原告の抗議
 原告は、「ご案内」や新聞記事を読み、被告P2が着色作業に直接携わったわけではないにもかかわらず、自ら着色したかのように記載されていることが虚偽の事実であり、また、「ご案内」にアシスタントとして表現されたことが、プロのイラストレーターとして仕事をしている者にとって、自分を貶めるものであると考え、被告出版文化社に対し、抗議をするとともに、その後、被告P2、同出版文化社、同朝日新聞に対し、改めて抗議文を送付した(甲16〜18)。
(17) 文化社版の出版、本件カレンダーの製作・販売
 文化社版は、平成16年12月25日に出版されたが、文化社出版物の奥付には、「著者P4」「制作・監修P2」と記載されている(甲1)。
 また、被告出版文化社は、文化社版のカットの一部を使用し、環境日めくりカレンダーの製作、販売を始めた(甲24の1・2)。
(18) その後の交渉
 被告出版文化社は、原告から最初の抗議を受けた直後、円満解決のための協議を提案したり(甲9)、解決案を提示したり(甲10の1・2)、被告P2は、釈明の文書を送付したり(甲4)したが、原告の了解を得られず、本訴の提起に至った。
2 文化社版ついての著作権の帰属(争点1−1)について
(1)共同著作物であるとの主張について
 原告は、文化社版は、わずかしか彩色されていないP4ノートの原画のコピーに、原告が着色して作成されたものであるから、文化社版は、P4と原告の共同著作物であると主張する。
 しかし、前記1(5)ないし(9)のとおり、原告は、本件原画の著作権者であるP4の相続人である被告P2から、P4ノートの原画に着色するよう依頼されたものではあるが、P4自身との間における共同製作の意思の共通を認める事情は見あたらず、文化社版を原告とP4の共同著作物と認めることはできない。
(2)文化社版とP4ノート、財団版との関係
 原告は、文化社版は、わずかしか彩色されていないP4ノートの原画のコピーに、原告が着色して作成されたものであるから、文化社版は、P4ノートの二次的著作物であると主張する。
 たしかに、文化社版は、前記1(8)、(9)のとおり、P4ノートの原画のコピーに原告が着色したものであるが、前記1(5)ないし(7)のとおり、P4ノートの原画から、全く、独自の着色を行うものではなく、財団版の着色を元にして、これを改めて着色し直そうとするものであったことが認められ、そのことは、一見して、文化社版と財団版の配色の多くが一致している(甲1、2。なお、相違点は後述するとおり。)ことからも裏付けることができる。
 したがって、文化社版がP4ノートを原著作物とするものであったとしても、文化社版の創作性の有無については、原告の着色行為により、財団版に対して創作性が付加されたか否かが検討されるべきである。
 この点につき、原告は、文化社版と財団版との相違点を指摘し、これらが原告により、創作性が付加されたものであると主張する(第3の1【原告の主張】(3))。
 そこで、次に、これらの相違点について、原告による創作性が付加されているか否かについて、検討することとする。
(3)文化社版と財団版の表紙における相違点について、新たな創作性の付加があったか否か
ア 見開き
 原告は、別紙「相違点の対比」1(1)のとおり、文化社版では、「背景が自然な立体的描写の彩色で、なだらかな丘の上で春のピクニックの夢のように明るく楽しい、美しい希望的未来のある自然な世界を感情表現した」ものであるのに対し、財団版では「光が感じられず生気がない。」「全体のイメージではどんよりとしていて薄暗く」「色は寒々しいイメージの世界である」と主張するが、上記主張は、具体的表現を前提としておらず、創作性の付加についての判断の対象とはならないというべきである。
 また、原告は、「塗り方」についての相違点を主張しているが、かかる主張は、着色技術の巧拙をいうものに過ぎず、後述するように(後記キ)上記相違点をもって、新たな創作性の付加を認めることはできない。
 また、それ以外の相違点についても、画材の選択に基づくものであるというべきであるが、後述するように(後記(5))、仮に、上記画材の選択が、原告による選択であったとしても、画材の選択が特別な選択でない以上、画材の選択のみをもって、原告による創作性の付加を認めることはできない。
イ 配色箇所
 原告は、別紙「相違点の対比」1(2)のとおり、相違点があると主張する。
 そのうち、木の幹の着色の有無については、財団版の幹が白色であることが不自然と考えられたため、文化社版では茶色に着色したことが推認され、前記1(5)のとおり、不自然な箇所の訂正に基づくものであると考えられる
 他の相違点について、原告は、財団版の彩色が「濁った」「不透明」であるのに、文化社版は、「澄み渡った」「溶け込む」と主張するが、これらは、結局、画材の選択とこれに左右される塗り方に基づく相違点であると考えられる。
ウ アース
(ア) 原告は、別紙「相違点の対比」1(3)のとおり、相違点があると主張する。
 そのうち、アースの白目の有無については、財団版では、アースの目に白目が描かれていないが、文化社版では、アースの目に白目が描かれている(色を塗らず、紙の地肌により白目を描いている。)ことが認められる(甲1、2)。これは、P4ノートのアースには、文化社版と同様の方法により白目が描かれており(乙1)、むしろ、文化社版は、P4ノートを忠実に再現したに過ぎないと考えられる。
 また、財団版では、アースの口の中が、赤い舌とピンクに色分けられているが、文化社版では、赤色だけで着色されている(甲1、2)。これについても、P4ノートのアースの口が赤色だけで着色されているため、P4ノートを忠実に再現したに過ぎないと考えられる。
(イ) また、原告は、別紙「相違点の対比」1(3)のとおり、上記(ア)以外にも、アースの配色自体やその塗り方について、相違点の存することを主張するが、むしろ、配色自体には大きな相違点はなく、上記相違点は、パステルを使用したことによる表現の違いか、もしくは、僅かな着色の違いに過ぎない。
 財団版では、線画の隅々まで着色されているのに対し、文化社版では、線画の線の周囲に白い紙色を残していることが認められる(甲1、2 。その結果、文化社) 版では、線がより強調され、立体感も感じられるが、これらは、できるだけP4ノートを忠実に再現することを目的とした結果、線画が生きるように描かれる必要があったことと(前記1(5)、(8)。)パステルを使用し、その技法に従ったことによるものであると認めることができ(甲50の1・2、甲51の1〜5)、画材の選択や技法の選択に、原告の個性を感じることはできない。
エ 留美
 財団版では、表紙の留美の帽子は赤色で白色のリボン、ズボンはベストと同じ赤色で、ブラウスは目の細かな赤色の格子柄であるが、文化社版では、帽子は赤一色(リボンを赤で塗りつぶしている。)、ズボンは紫色、ブラウスは目の粗い赤色の格子柄である(甲1、2)。これらの相違点は、いずれも、文化社版がP4ノートに忠実に従った結果であり、原告による創作性の付加とみることはできない。
 なお、髪の色については、財団版は、帽子の間に白い部分を残したグラデーションのある黒であるが(甲2)、文化社版は、茶色である(甲1)。これについては、P4ノートの表紙の留美の髪は黒であるが、本編の髪は茶色である(乙1)ことから、文化社版では、統一のとれた色彩にすることが考えられたと推測することが可能であり、文化社版の表紙における留美の髪の色について、創作性の付加を認めることはできない。
 また、白目の有無や口の中の配色については、前記ウ(ア)で述べたことと同様のことがいえる。
 原画の線を生かしているか否かについては、前記ウ(イ)で述べたことと同様のことがいえる。
 それ以外の、色彩の微妙な違いについては、後記キのとおり、創作性の付加を認めることができない。
オ 英一
 財団版では、表紙の英一の帽子が赤一色であり、ベストは、ズボンの色よりやや濃い青色、ブラウスは目の細かな青色の格子柄であるが、文化社版では、帽子の窓(髪が見える切れ込みの箇所)が茶色(髪の色)であり、ベストは紫色、ブラウスは目の粗い青色の格子柄である(甲1、2 。これらの相違点のう) ち、帽子の点は、髪の色であるにもかかわらず、帽子の色が着色されているという不合理な点を修正したことによるもので、その他の点は、いずれも、文化社版がP4ノートに忠実に従った結果であり、いずれも、原告による創作性の付加とみることはできない。
 また、白目の有無や口の中の配色、原画の線を生かしているか否かなど、原告の主張する他の相違点についても、前記エと同様のことがいえる。
カ レジャーシートなど
(ア) 財団版では、レジャーシートや留美とアースのリュックサックが黄緑色であるが、文化社版では、レジャーシートは黄色、留美のリュックサックはピンク、アースのリュックサックは黄色である(甲1、2)。これは、財団版の配色では、背景の芝生の色に近いため、芝生に溶け込んでしまうので、これを避けるため、文化社版のとおり配色を変えて着色したことが窺える(弁論の全趣旨)。
(イ) また、財団版では、留美と英一の靴が一色で塗られているが、文化社版では、靴の先に着色されていない(甲1、2)。これは、本件原画の靴の先に線が引かれ、ゴムの部分が描かれているため、一色で塗りつぶすことを避けたことが推測される(弁論の全趣旨)。
(ウ) その他、文化社版のランチボックスの中にあるサンドイッチや卵については、よりP3確に描写したに過ぎず、また、文化社版の自転車の金属部分(ギアの部分など)に着色されていないのは、P4ノートに忠実に従ったものと解される(乙1)。
(エ) 英一の右の靴の先が描かれているか否かという点についても、文化社出版物では、表紙部分を見返り部分まで折り込む関係上、画面が横に少し広がることになり、靴の先まで描き切る必要が生じたため、これを描き足したことが認められる。
 この点については、文化社版を作成するにあたり、当然直面する問題点ということができ、前記1(5)、(8)の経緯に照らすと、当然描き足すことが想定されていたということができ、原告による創作性の付加とみることはできない。
(オ) 留美の眉毛について、文化社版では、財団版に描き足した部分(描き直した部分)があるが、これは、留美の左目の眉毛が、英一の眉毛や留美の右目の眉毛と描き方の統一がとれていなかったため、これを統一させたことが窺われる(甲1、2、乙1)。
 これも、前記1(5)、(8)の経緯に照らし、原告による創作性の付加とみることはできない。
キ 着色の技法に起因する微妙な色彩の相違点について
(ア) 財団版と文化社版の表紙だけをみても、これまでに検討した以外に、微妙な色彩の相違点を認めることができる(甲1、2)。
 しかし、これらの僅かな相違点が、着色の技法に基づくもので、しかも、その技法が特別なものではない限り、これらの相違点をもって、新たな創作性の付加があったと認めることはできないというべきである(被告夫妻が、改めて別のイラストレーターに本件原画への着色を依頼し、パステルを画材として選択し、文化社版の作成と同じ方針により着色しようとした際、文化社版と同一もしくは類似の彩色が一切できなくなってしまうことは不合理というべきである。)。
(イ) また、文化社版の着色においては、原告の着色行為の前提となった配色は、基本的に財団版の配色を踏襲するという方針に従っており、しかも、この方針は、原告が自ら定めたものではなく、被告P2の強い意向であったことが認められ、この方針の範囲内に入る着色行為については、原告の創作性の付加を認めることができない。
(ウ) 原告としては、前記方針を超えた部分において、その個性を現すことにより、創作性を付加した部分に限り二次的著作物としての著作権の発生を認めることができるが、そのような箇所の主張、立証はない。
(4)文化社版と財団版の本編における相違点について、新たな創作性の付加があったか否か
ア 登場人物の基本的な塗り方
 原告は、本編における登場人物の基本的な塗り方、創意工夫、美術的特徴として、別紙「相違点の対比」2(1)のとおり主張する。
 しかし、そのうち、文化社版において、留美と英一の衣服にのみ、下地として、透明水彩絵の具により「淡いピンク」と「淡い緑」で着色したことについては、その事実を認めることができるにしても、また、そのことにより、原告の主張するとおり、鮮やかであっても深みのある色調となることが認められるにしても、これらは、絵画作成上の技法による違いに過ぎず、特段の技法や配色をすることなく、前記1(5)、(8)の方針に従って着色されている限り、新たな創作性を付加したと認めることはできない。
 また、文化社版において実施された、画材用紙の目(テクスチャー)を生かして、パステルの粒子をぼかす塗り方については、一般的な技法ということができる(甲50の1・2、甲51の1〜5)。
 さらに、文化社版の塗り方について、線を生かす塗り方を採用していることについては、前記(3)ウ(イ)で述べたとおりである。また、登場人物3人の目の白目部分については、前記(3)ウないしオで述べたとおりである。
 なお、原告は、文化社版においては、アースの衣服と頭部とを塗り分けている(1面として塗っていない。)と主張し、財団版がそうでないかのような主張をするが、財団版を見ても、衣服と頭部とは濃さが異なり、意図的に塗り分けられていることが窺える(甲1、2)。
 また、原告は、文化社版のアースの衣服は薄く、透明感があると主張するが、財団版についても、前述したとおり、衣服は薄い水色で着色されており、透明感の有無は、パステルを使用したことによるものということができ、画材の選択のみによって、創作性の付加を認めることができないのは、前記(3)ア(後記(5))のとおりである。
イ 原告の登場人物に対する創作意図
 原告は、留美と英一の衣服について、下地として、透明水彩絵の具により着色したことを主張するが、前記アで述べたとおり、そのこと自体で、創作性を付加したということはできない。
 また、原告は、柔らかい質感にするため、パステルを使用し、さらに本件原画の線を生かすようにしたと主張する。画材の選択や、画材を使用するにあたっての技法が、創作意図をよく表現することができているとしても、特別な画材を使用しているわけでなく、通常の技法にとどまる限り、これらの事実のみをもって、新たな創作性の付加があったと認めることはできない。
 原告は、動きのある、柔らかく、楽しい印象として指摘する内容は、要するにパステルを使用したことにより生じる相違点についての指摘であると解することができ、結局、前述したとおり、画材の選択のみによって生じる相違点に、創作性の付加を認めることはできない。
ウ 色の種類自体の相違点
 原告は、文化社版では、本件原画の線画を生かす塗り方をした上、できるだけ、黒を使用しないようにし、63ないし66コマ目(コマの数字は、財団版に付された数字による。)のように、原油や汚水についても透明感のある彩色をしたと主張する。
 たしかに、財団版では、黒く塗りつぶしているため、原油や汚水に描かれた線が、消えてしまっているところ、文化社版では、これを薄い色で着色したことにより、本件原画の線が見えるようになっているが、これは、前記1(5)、(8)で述べた方針に従って描かれたためであると認めることができ、原告による発案かどうかはともかくとして、原告による創作性の付加と認めることはできない。
 60、61コマ目のアースの背景が、財団版では水色であったのを、文化社版では、アースが引き立つよう暖色を配色したと主張し、その事実を認めることができる(甲1、2)。たしかに、このことにより、文化社版の方が、財団版より、アースが引き立っているということがいえるが、このような彩色方法は、財団版においても一部使用されており、ありふれた表現方法というべきである。この背景の相違点によって、原告により創作性が加えられたと認めることはできない。
エ 配色の相違点
(ア) 60、61コマ目
 アースの背景が異なることが認められるが(甲1、2)、前記ウで述べたのと同様のことがいえる。
(イ) 62コマ目
 財団版では、海への廃水が濃く塗られ、工場及び土地が灰色であるのに対し、文化社版では、廃水が薄く、工場及び土地が茶色であるという相違点がある(甲1、2)。たしかに、文化社版では、無彩色である黒や灰色の使用を避けていることが窺えるが、独特の配色を施したわけではなく、むしろ、ありふれた着色の範疇を超えない。
 その他の相違点は、むしろ、画材の違いからくるものと考えられ、これらの相違点について、原告による創作性の付加があるとはいえない。
(ウ) 63コマ目
 財団版では、海の原油が黒く塗りつぶされ、鳥や動物は無彩色の灰色であるが、文化社版では、海の原油は薄い焦茶色であり、鳥や動物は焦茶色もしくは黄土色であるという相違点が認められる(甲1、2)。
 しかし、海の原油を薄い焦茶色で着色したのは、原油が流れ出した箇所にP4の引いた線を浮き立たせるためであり、これは前記1(5)、(8)で述べた方針に従ったものと解される。また、鳥や動物の着色については、前記(イ)の工場及び土地と同様のことがいえる。
(エ) 64、65コマ目
 原油の着色状況について相違点が見られるが(甲1、2)、前記(ウ)の原油と同様のことがいえる。
(オ) 66コマ目
 財団版では、海に入る汚水が黒く塗りつぶされているのに対し、文化社版では、薄い焦茶色で着色されているという相違点が認められるが(甲1、2)、この点についても、汚水に引かれたP4の線を浮き立たせるためであり、前記1(5)、(8)で述べた方針に従ったものと解される。
 その他、排水管の着色についての相違点は、画材の選択に起因するものということができる。
 なお、アースの口の着色の有無に相違点があるが、単に、文化社版に着色されなかったことをもって、創作性が付加されたということはできない。
(カ) 67コマ目
 財団版では、留美と英一の背景が薄い灰色であるのに対し、文化社版では、薄い黄緑色である(甲1、2)。この相違点については、前記ウと同様のことがいえる。
(キ) 69、70コマ目
 財団版の背景が水色であるのに対し、文化社版の背景は淡い黄色である(甲1、2)。他にも、財団版の背景には水色が使用されることが多いが、文化社版では、シンボルキャラクターであるアースの水色と同じ色をできるだけ使用しないでおくという方針が窺える。しかし、これに対して、淡い黄色の背景は、財団版でも使用されているありふれた背景であり、水色の背景を淡い黄色の背景に置き換えたというだけで、新たな創作性が付加されたとは言い難い。
(ク) 71コマ目
 財団版の背景が赤であり、文化社版の背景が少し赤みのある淡い黄色である(甲1、2)。71コマ目では、アースが「そんなことないよっ」と怒った口調で発言しているため、財団版の背景が赤色を選択したものと推測されるが、文化社版の背景は、やや赤みを加えただけで、他の背景と大きな違いのない色調であり、特段の創作性が付加されたとはいえない。
(ケ) 72コマ目
 財団版では、雲の陰がやや濃く、雨の線に沿って着色が細くされているが、文化社版では、雲の陰がやや薄く、雨全体にぼかした青色の着色が施されている(甲1、2)。文化社版の方が、柔らかな印象を与えるものの、雨の表現としては、ごくありふれた表現であり、特段の創作性の付加を認めることはできない。
(コ) 73コマ目
 リトマス紙の色において相違している(甲1、2)が、文化社版において、リトマス紙の赤い部分について、科学的に正確な着色をしたに過ぎないこと、青い部分については、アースの青色と区別するためやや濃い青色になっているが、その違いは極めてわずかであり、新たな創作性の付加を認めることはできない。
(サ) 74コマ目
 財団版では、池は一面の濃い青色であるが、文化社版では、水色である(甲1、2)。財団版は、水が酸性化したことを強調したものと考えられるが、文化社版は、パステル画としての色調を前面に出し、他の水の場面と同様の表現方法をとったに過ぎず、この相違点に創作性の付加を認めることはできない。
 他の相違点についても、画材の選択による相違点というべきものである。
 また、雨の描き方については、前記(ケ)(72コマ目)と同様のことがいえる。
(シ) 77コマ目
 財団版では、アースの背景となっている工場は灰色、トラックは青色の着色が施されているが、文化社版では、工場は薄黄緑色、トラックは無色である(甲1、2)。これは、文化社版では、アースを強調するため、その背景にある工場や車の色彩を落としたり、なくしたりしたものと解されるが、特段の創作性の付加を認めることはできない。雨については、前記(ケ)(72コマ目)と同様のことがいえる。
(ス) 79コマ目
 強調する線の背景について着色の有無の相違点がある(甲1、2)。しかし、このような背景の着色は、財団版においても多用されているところ、これを強調する線の背景に応用して、着色したからといって、特段の創作性を付加するものとは認められない。
(セ) 80コマ目
 アースの背景について着色の有無の相違点があるが(甲1、2)、前記(ス)(79コマ目)と同様のことがいえる。
(ソ) 81コマ目
 アースの背景色の濃さの違いがあるが(甲1、2)、濃さの程度のみで、新たな創作性の付加があったと認めることはできず、他は、画材の選択による違いがあるに過ぎない。
(タ) 120コマ目
 財団版の背景は、ほぼコマ全体に紫色で塗られ、ゴミ袋が無色であるが、文化社版の背景は、留美を浮き立たせるような淡く丸い黄色の背景で、ゴミ袋は青色である(甲1、2)。
 文化社版の留美の背景は、財団版でも使用されている背景の処理であり、上記背景の相違点をもって、新たな創作性の付加があったと認めることはできない。
 また、ゴミ袋に着色することだけで、新たな創作性の付加があったということはできない。
(チ) 121コマ目
 財団版のプール及びその周囲はいずれも青色で、コップの水は無色であり、文化社版のプールの周囲は黄色で、コップの水は青色という相違点がある(甲1、2 )。この相違点は、むしろ、財団版のプールの周囲の背景が、プールの水と同じ青色として、コップの水を無色とすることが不適切であり、文化社版によって是正されたに過ぎないということがいえるが、これをもって、新たな創作性の付加と認めることはできない(プールの周囲の背景色は、財団版においても使用されており、個性的なものとはいえない。)。
 その他の相違点は、僅かな相違に過ぎず、創作性の付加の判断に影響を与えるものとは認められない。
(ツ) 122コマ目
 水の着色の有無で相違しているが(甲1、2)、水に青色の着色をしたというだけで創作性の付加があったとはいえず、他の相違点は、アースとその背景の塗り方の濃さが若干違うだけであり(甲1、2)、創作性の付加の判断に影響を与えるものではない。
(テ) 123コマ目
 財団版では、冷蔵庫は全体的に濃い青色で着色されているが、文化社版では、周囲を白くぼかして残した着色である(甲1、2)。しかし、この程度の塗り方の相違点に新たな創作性の付加を認めることはできない。
 その他、原告が指摘する相違点は、僅かな違いであり、創作性の付加の判断に影響を与えるものではない。
(ト) 124、125コマ目
 背景に120コマ目と同様の相違点があるが(甲1、2)、前記(タ)(120コマ目)と同様のことがいえる。
(ナ) 126コマ目
 留美と英一の背景に、着色があるか否かの相違点がある(甲1、2)が、前記(ス)(79コマ目)と同様のことがいえる。
(ニ) 127コマ目
 背景に相違点があるが(甲1、2)、前記(タ)(120コマ目)と同様のことがいえる。
(ヌ) 128コマ目
 背景の相違点については、ほぼ120コマ目と同様のことがいえる。財団版では黄色の背景を文化社版では青色の背景としているところ(甲1、2)、青色の背景は文化社版では数は少ないが、むしろ、財団版では多く使用されており(甲2)、文化社版において背景色を青にしたことについて、新たな創作性の付加と認めることはできない。
(ネ) 140コマ目
 財団版では、箱は灰色と黄緑色であり、地面は無色であるが、文化社版では、箱は茶色で、地面も茶色に着色されている(甲1、2)。これらの相違点は、文化社版において、段ボール箱風の箱であるため、段ボール箱によくある色を使用し、地面についても、当然着色されるべき着色をしたに過ぎず、これらの相違点をもって新たな創作性の付加と認めることはできない。
 それ以外の点について、指摘される相違点は、画材の選択に基づくものや技法や技量の違いに基づくものに過ぎず、また、僅かな違いを指摘するものであって、いずれも新たな創作性の付加と認めることはできない。
(ノ) 141コマ目
 左側の女の子の髪の色において相違するが(甲1、2)、財団版の髪の色が、衣服の色と同じ赤みを帯びている点を、文化社版で修正されたとみるべきであり、その結果としての茶色の髪の色は、財団版でも使用されており、特別な色というわけではなく、新たな創作性の付加ということはできない。
(ハ) 142コマ目
 財団版では、奥の男の子のズボンが黒色であり、背景が無色であるのに対し、文化社版では、奥の男の子のズボンは茶色であり、背景はピンク色である(甲1、2 )。たしかに、明るい雰囲気の画面としては、黒色のズボンより、文化社版の茶色のズボンの方が適切であると感じられるが、茶色の選択に個性を感じることはできず、そのような修正が施されたことをもって、新たな創作性の付加ということはできない。また、背景色については、前記(ス)(79コマ目)と同様のことがいえる。ピンクの背景については、数は少ないものの、財団版においても採用されており(129コマ目)、創作性の付加と認めることはできない。
 また、メガネのレンズ部分を白く抜いた点において相違するが(甲1、2)、文化社版はレンズの存在を明確にすることができるよう修正されたと考えることができるが、レンズの存在を明確にする表現としては、通常の方法ということができ、創作性の付加と認めることはできない。
 それ以外の点について、指摘される相違点は、僅かなものであり、創作性の付加に影響を与えるものとはいえない。
(ヒ) 144コマ目
 財団版では、男の子の衣服は普通の青色であるが、文化社版では、やや紫がかった青色である(甲1、2)。この相違点は、英一の青色の服と区別することができるために異なる色としたと考えられるが、このような修正をもって、新たな創作性の付加と認めることはできない。また、メガネのレンズについて、前記(ハ)(142コマ目)と同様の相違点があるが、前記(ハ)と同様のことがいえる。
(フ) 145コマ目
 背景色の有無と男の子のズボンの色において相違しているが(甲1、2 、背景色の有無につい) ては、前記(ス)(79コマ目)と同様のことがいえ、ズボンの色については、前記(ハ)(142コマ目)と同様のことがいえる。
 髪の色については、財団版の方が、独特のグラデーションとなっているのに対し、文化社版の方は、鮮やかではあるが、茶色を単調に着色しているということができる。この相違点をもって、新たな創作性が付加したと認めることはできない。
(ヘ) 146コマ目
 背景色の有無と男の子の服の色、メガネのレンズについて相違点を認めることができるが(甲1、2)、背景色については、前記(ス)(79コマ目)と、男の子の服の色につては、前記(ヒ)(144コマ目)と、メガネのレンズについては、前記(ハ)(142コマ目)と同様のことがいえる。
(5)画材の選択
 文化社版の着色に際し、パステルを選択することを発案したのが、原告であるか被告P2であるかについて、争いがあるが、前記1(5)、(8)で述べたとおり、文化社版の着色にあたっては、財団版の配色を基本とし、不自然な箇所などを修正し、できるだけ、P4ノートを忠実に再現し、P4の遺志を実現することを目的していたことが認められる。
 そして、P4ノートの着色は、一部ながら、色鉛筆で着色されていたことからすると、これを市販の絵本とするために、P4ノートの原画に着色するにあたり、色鉛筆による色調に比較的類似するパステルを選択するということは、上記事情を前提とする限り、ありふれた画材の選択というべきであって、パステルを選択したのが仮に原告の発案であったとしても、そのことにより新たな創作性が付加されたということはできない。
 たしかに、パステルを選択したことにより、ふんわりとした感じが出ており、文化社版の方が、財団版に比べ、P4の思想にふさわしい色彩表現となったということは可能である。また、被告P2自身が、そのできばえについて、満足していたことからも窺える(前記1(14))。しかし、このような効果は、パステルという画材を選択し、プロのイラストレーターである原告が、従来からある技法を駆使して着色したことによるものであり、通常得られる効果の範囲を超えるものとはいえず(甲50の1・2、甲51の1〜5、甲55の1〜3、甲61の1〜3)、そこに新たな創作性の付加を認めることはできない。
 さらに、パステル画に適した用紙として、コットマン水彩紙を選択したのは原告であるが(被告夫妻、同出版文化社も争わない。)、用紙を選択したことにより新たな創作性が付加されたと認めることはできない。
(6)被告P2の指示について
 被告夫妻及び同出版文化社は、被告P2が原告に具体的に指示をしたと主張するが、少なくとも、どの箇所にどのような指示をしたかを具体的に裏付けるに足る証拠はない。もっとも、これまでにも各相違点について検討してきたことからも、前記1(5)、(8)のとおり、文化社版の着色作業においては、財団版の配色を基本としつつ、P4ノートを忠実に再現し、不合理な箇所については、これを訂正するという方針がとられ、原告に対しても、この方針は伝えられ、原告は、この方針に基づいて、文化社版の着色作業を行ったことが認められる。しかも、前記1(6)のとおり、被告夫妻は、原告を被告P3の事務所に通わせ、被告P2の立ち会いのもと着色作業を行わせたことは、着色作業を原告の裁量に委ねたのではなく、上記方針の下、被告P2が、常時、原告の作業状況を把握し、いろんな指示を行うことができるような態勢で、着色作業を行ったということがいえる。
(7)まとめ
 以上によると、その余の争点について判断するまでもなく、文化社版の著作権侵害を理由とする原告の請求は理由がない。
 また、本件シンボルキャラクターは、文化社版のアースを一部複製したものであるが、前述のとおり、原告が、文化社版の著作者もしくは共同著作者と認めることはできない以上、本件シンボルキャラクターに関する原告の請求についても、理由がない。
 また、これらの著作物、二次的著作物についての著作者人格権に基づく請求についても理由がない。
3 人格権、名誉権、肖像権の侵害の有無
(1)ご案内(甲6)に記載された内容について(人格権、名誉権)
 被告出版文化社は、前記1(12)のとおり、文化社版の出版にあたり、平成16年11月「ご案内」、 と題する広告宣伝文を作成、配付したが、これに記載された内容(甲6)によると、アシスタントである原告とともに彩色したと記載されているところ、文化社版の着色の経緯や、その際の方針の決定などについては、前記1(5)、(8)のとおり、財団版を基本としつつも、P4ノートに忠実に従い、P4の作成作業を直接知る被告P2がP4の気持ちを想像し、基本方針が決定され、これに従って、着色作業が進められたことが認められるのであって、原告自身、訴状において、被告P2のことを「監修者」と表現していることからすると、ご案内に記載された内容を虚偽ということはできない。
 なお、原告は、上記ご案内に、プロのイラストレーターであるにもかかわらず、原告のことをアシスタントであると表現したことについて、人格権、名誉権を侵害されたと主張するが、上記の表現だけで、原告の社会的評価や信用を低下させたということはできない。また、上記ご案内には、原告の氏名は記載されておらず(写真は掲載されたが、原告自身、そのことによって、原告が特定されたとまで主張しているわけではないし、写真を見ただけで、プロのイラストレーターとしての原告を特定することのできる者は限られていたと推認される。)、この点からも、同様のことがいえる。
 したがって、ご案内の作成と配布により原告の人格権、名誉権を侵害したと認めることはできない(さらに、被告夫妻が、上記ご案内の作成に関与した事実を認めることもできない。)。
(2)写真撮影と掲載(肖像権)
 P6は、着色作業が終了した平成16年10月19日、原告と被告P2に、着色作業中のポーズをとらせた上、写真撮影し、これを上記ご案内に添付掲載した(前記1(10)、(12))。
 原告は、この写真撮影について、写真撮影を許諾したが、パブリシティリリース目的で使用することを承諾した事実はないと主張する。
 しかし、原告は、文化社版の着色作業の目的や、既に、財団版が広く知られていることなどを認識しており(原告本人2、14頁)、何らかの方法により、宣伝広告に使用されることを十分に予測できる状況にあったということができ、黙示の承諾があったと認めるのが相当である。
 仮に、原告が、単なる記念撮影であると考えていたとしても、P6としては、前記1(10)で述べた状況下で、写真撮影をした際、これに原告が異議を唱えなかった以上、パブリシティリリース目的に使用することについても承諾を得たと考えたとしても無理はなく、少なくとも、原告の肖像権の侵害について、被告出版文化社に過失を認めることはできない。
(3)知事への報告と新聞報道について(人格権)
ア 原告は、被告夫妻が、平成16年11月25日、島根県庁において、知事に対し、文化社版の出版について、虚偽の報告したと主張するが、このときに知事に対してどのような報告をしたかについては、必ずしも明らかとはいえない。
 各新聞社は、翌26日から同年12月6日にかけて、上記出版と寄贈の記事を掲載したが、着色の主体について、次のとおりの表現で報道した。
 すなわち、同年11月26日付読売新聞は「P2さんが10月、1週間かけて原画に色付けした」旨(丁1)、同日付産経新聞は、「改訂版では自ら彩色も担当したといい『この出来映えならP4ちゃんも認めてくれるかな』と感慨深げにつぶやいた。」(丁2)、同日付山陰中央新報は、「絵本の彩色を手掛けたP2さんは‥‥うれしそう」(丁3の1・2)、同年11月29日付中国新聞は「色が塗りかけだった遺作に、母親のP2さんが彩色し、完成させた。」「生前のP4さんとの会話を胸にとどめていたP2さんが、原画に残っていた色を手掛かりに着色、出版にこぎつけた。」(丁4)、同年12月6日付毎日新聞は「彩色を担当したP2さんは『やっとP4の思いをかなえられました。小学校に置いていただき、環境問題を勉強するきっかけづくりになればいいと思います』と話していた。」(丁5)という記載のある記事を掲載した。
 被告朝日新聞の記事は、前記1(14)のとおりである。
 これらの記事(ニュースソースは同じ配信記事である可能性がある。)は、いずれも、被告P2が自ら着色したと読める内容の報道をしている。そして、上記報告と寄贈については、被告出版文化社も関与しており(前記1(13))、これらの取材において、ご案内(前記1(12))が資料として提供された可能性も否定できず、そうすると、前記(1)のとおり、上記ご案内の記載内容から、被告P2が着色の主体であると報道したとしても、被告P2が取材において、虚偽の事実を告知したという事実までを認定することは困難である。
 また、原告の主張する人格権の内容は、本来、著作者人格権として保護されるものであるところ、前記2のとおり、原告を文化社版の著作者(共同著作者)と認めることができないことにも照らすと、人格権侵害を理由とする一般不法行為の成立を認めること自体、困難というべきである。
イ 被告朝日新聞の責任について
 被告朝日新聞の報道内容は、前記1(14)のとおりであるが、たしかに「グラフィックデザインをしていたP2さんが色を塗った。」という表現は、被告P2が自ら着色をした旨の文章となり、真実と異なる記事ということになる。また、被告朝日新聞の記事は、他の新聞社に比べ、記事は大きく独自取材もあったものと思われる(甲3)。
 しかし、前記アでも述べたとおり、取材の状況は必ずしも明らかとはいえず、また、被告P2を着色の主体であると表現することが必ずしも虚偽ということはできず、原告の人格権を侵害したということはいえない。
 なお、取材をする新聞社にしてみれば、本件において、被告出版文化社に対して、裏付けをとることをしなかったからといって、そのことによって、何からの過失責任が問われることはないというべきである。
(4)まとめ
 以上によると、人格権、名誉権、肖像権の侵害を理由とする請求についても理由がない。
第5 結論
 以上によると、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 山田陽三
 裁判官 達野ゆき
 裁判官 北岡裕章
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/