判例全文 | ||
【事件名】黒澤作品のDVD化事件(大映作品)B(2) 【年月日】平成21年9月15日 知財高裁 平成21年(ネ)第10042号 損害賠償請求控訴事件 (原審・東京地裁平成20年(ワ)第6848号) (口頭弁論終結日 平成21年8月18日) 判決 控訴人 角川映画株式会社 同訴訟代理人弁護士 前田哲男 同 中川達也 被控訴人 株式会社コスモ・コーディネート 主文 本件控訴(一部控訴)に基づき、原判決を次のとおり変更する。 1 被控訴人は、控訴人に対し、●万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は、1審、2審を通じ、被控訴人の負担とする。 3 この判決は、主文1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 控訴(一部控訴)の趣旨 主文同旨 第2 事案の概要 1 本件は、黒澤(原判決の略称に従う。以下、略称について同じ。)が監督を務めた本件各映画の著作権を有すると主張する控訴人が、同映画を収録、複製した本件DVDを海外において製造させ、輸入・販売している被控訴人に対して、被控訴人の輸入行為は控訴人の著作権(複製権)を侵害する行為とみなされる(著作権法113条1項1号)として、民法709条及び著作権法114条3項に基づく損害賠償3760万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 2 原判決は、控訴人の請求を損害賠償金72万円及びこれに対する被控訴人の不法行為の後である平成20年4月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求をいずれも棄却した。 これに対し、控訴人は、原判決を不服として控訴(一部控訴)を提起し、当審において、損害賠償●万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。 3 本件の前提となる事実関係は、原判決の事実及び理由の第2の1(原判決2頁6行〜4頁6行)のとおりであるからこれを引用する。 第3 当事者の主張 1 本件の争点は、下記(1)ないし(4)のとおりであり、争点(1)ないし(3)に関する当事者双方の主張は、原判決の事実及び理由の第2の3(原判決4頁12行〜14頁9行)のとおりであるから、これを引用する。また、争点(4)に関する主張は、下記2のとおりである。 (1) 本件各映画の著作権の存続期間の満了時期(本件各映画の著作者はだれか) (2) 控訴人は本件各映画の著作権を有するか (3) 被控訴人の故意又は過失による侵害行為の有無 (4) 控訴人の損害の有無及びその額 2 争点(4)に関する当事者の主張 〔控訴人の主張〕 (1) 著作権法114条3項にいう「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を販売価格に使用料率を乗じて算出する場合、基準となる販売価格は、著作権の行使があること、すなわち、著作権者の許諾を得て複製・販売されることを前提とした価格でなければならない。したがって、著作権者の許諾のもとでライセンシーにより作成された真正品が無許諾複製物の作成・販売の前にすでに市場において販売されており、著作権者がその真正品の販売価格の一定割合を著作権使用料として現に取得している場合において、その真正品と無許諾複製物とが市場において競合する関係にあるときは、当該無許諾複製物の作成・販売につき、著作権法114条3項にいう「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」は、販売された当該無許諾複製物1個につき、著作権者が真正品1個当たりにライセンシーから得ている金額と同額以上であるというべきである。そして、著作権者とライセンシーとの間において、真正品価格を前提としての使用料率の合意や、真正品1個当たりいくらの使用料を支払うとの合意まではなかったとしても、そのことは直接関係はないというべきである。 (2) 本件各映画については、真正品が表示小売価格を4700円として現に販売されており、その表示小売価格4700円を基準として使用料率●%の使用料を著作権者である控訴人が現に得ているのであり、その真正品と市場において競合する無許諾複製物の作成・販売に対し、著作権者である控訴人が無許諾複製物の価格である1800円を基準として使用料率を20%として許諾することはあり得ない。 (3) 原判決は、小売価格を1800円とし、使用料率を20%として、控訴人の損害額を算定したが、控訴人の損害は、真正品の表示小売価格(4700円)を基準として、現実の使用料率(●%)を乗じたものに譲渡数量(2000本)を乗じた、●万円となるものであり、原判決は誤っている。 〔被控訴人の主張〕 控訴人の主張をいずれも争う。 (1) 控訴人の商品は、その価格が高額であり、被控訴人の本件DVDが販売される以前から販売されていたのであるから、新しく被控訴人の本件DVDが廉価で販売されたとしても、高額でも購入する消費者は既に購入していたはずである。そうすると、本件DVDを購入するのは、控訴人の高額な商品を買えない消費者であるから、控訴人に損害はない。 (2) 原判決は、本件DVDについて、その使用料率を20%と判断したが、その根拠はあいまいであり、控訴人が実際にDVDを販売した場合の使用料率は20%よりも低い。 (3) 原判決は小売価格を1800円と認定したが、本件DVDの実売価格は1000円である。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)ないし(3)について この点に対する当裁判所の判断は、原判決の事実及び理由の第3の1(3)及び(4)(原判決22頁1行〜23頁21行)を次のとおり改めるほかは、同第3の1ないし3(原判決16頁4行〜31頁5行)のとおりであるから、これらを引用する。 (3) 本件各映画の著作名義について ア 旧著作権法は、3条から9条に著作権の保護期間に関する規定を置いているところ、3条1項は、発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を著作者の生存する間及びその死後30年間(ただし、同法52条1項により、当分の間38年間とされる。以下、4条及び5条本文について同じ。)と定め、4条は、著作者の死後に発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め、5条は、本文において無名又は変名の著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定めるとともに、ただし書において、その期間内に著作者の実名登録を受けたときは3条の規定に従うものと定め、6条は、団体の名義をもって発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興業の時から30年間と定めている。 前記(2)アのとおり、旧著作権法においては、著作者となり得る者は原則として自然人であると解されることを踏まえると、旧著作権法3条は、自然人の実名による著作物についての著作権の存続期間についての原則的な規定であり、4条ないし6条はそれ以外の名義をもって発行又は興行される著作物が存在し得ることを前提として、そのような著作物の著作権の存続期間について規定したものと解するのが相当である。 イ これを本件についてみると、証拠(甲9、10)、前記第2の1(2)の各事実及び弁論の全趣旨によれば、本件各映画は、旧大映が製作したものであるところ、その冒頭部分において、本件映画1では「大映株式會社製作」、本件映画2では「大映株式會社製作」との表示がされるとともに、「監督 黒澤明」との表示がされていることが認められる。 そして、前記(2)のとおり、黒澤が本件各映画の著作者であると認められることからすれば、この「監督 黒澤明」との表示は、著作者である黒澤の実名が表示されたものと認められ、前記第2の1(2)の各事実からすれば、本件各映画は黒澤の生存中に公開されたものと認められる。 そうすると、本件各映画は、自然人の実名による著作物であって、著作者たる当該自然人の生存中に公開されたものであるから、本件各映画の著作権の存続期間について適用される旧著作権法の規定は、同法3条、52条1項であるというべきである。 (4) 本件各映画の著作権の存続期間について 以上のとおり、黒澤は、本件各映画の著作者であり、本件各映画の著作権の保護期間について適用される旧著作権法の規定は、同法3条、52条1項であると解されるから、前記(1)エのとおり、本件各映画の著作権は、少なくとも本件各映画の著作者である黒澤が死亡した平成10年の翌年から記載して38年後の平成48年12月31日までは存続することとなる。 2 争点(4)について (1) 著作権法114条3項にいう「受けるべき金銭の額」 著作権法114条3項は、著作権者は故意又は過失によりその著作権を侵害した者に対し、その著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができることを定めるところ、同項は、著作権者が受ける通常の使用料相当額を最低限の損害賠償額として保証する趣旨の規定である。 そして、同項の著作権の行使につき「受けるべき金銭の額」との文言は、平成12年法律第56号による改正前の同法114条3項における「通常受けるべき金銭の額」との文言が改正されたものであり、同改正の趣旨は、同項の使用料相当額の認定に当たっては、一般的相場にとらわれることなく、当事者間の具体的事情を考慮して妥当な使用料額を認定することができるようにする、というものであると解される。 (2) 本件における事情 ア 控訴人と第三者による使用許諾契約の存在 (ア) 控訴人がその事業を承継した新大映は、ジェネオン(ただし、契約時の商号は「パイオニアエル・ディー・シー株式会社」であった。)との間において、平成13年8月27日、DVD基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結し、同年9月1日、同契約に基づいて、本件各映画を含む作品群について個別契約(以下「本件個別契約」という。)を締結した(甲39の1、2、甲40)。 (イ) 本件基本契約に係る契約書(甲39の1)には、以下の条項が記載されている。 第1条(総則) 本契約は、甲(判決注:新大映を指す。)が乙(判決注:ジェネオンを指す。)に対して個別契約書にて甲乙合意した作品(以下「作品」という)を日本国内においてディスクに複製し頒布すること(業務用使用を除く一般市販)を、独占的且つ排他的に許諾するにあたり、基本的事項を規定するものである。 第2条(個別契約書) 甲乙は、別途協議のうえ、作品名、発売日、販売許諾期間、前払保証料とその支払方法等について個別契約書を締結する。 第6条(印税) 1 乙は、「作品」の使用料として、次の計算式に基づき算出される金員(以下印税という)を甲に支払う。 (1) 一般市販の場合 本件ディスクの表示小売価格(税抜き)をA、本件ディスクの販売数量(出荷数量から返品数量を差し引いた数量)をBとして 「作品」が日本映画の場合 A×●%×B 「作品」が外国映画の場合 A×●%×B 但し、甲乙協議のうえ合意に達した場合は、個別契約書において印税率を変更する事ができる。 (2) 以下省略 第7条(前払保証料) 1.前条に定める印税の前払保証料およびその支払方法は、個別契約書にて定めるものとする。 2.以下省略 第12条(発売・仕様体裁) 乙は、販売方法・仕様体裁等、ディスクの宣伝・販売促進に関する事項について、乙の自由な判断により決定できる。但し、発売時期・小売価格については、甲乙協議のうえ決定する。 (ウ) 本件個別契約に係る個別契約書(甲39の2)には、本件各映画に関し、 「1.作品発売日前払保証料」の欄に、本件各映画の発売予定日を平成14年3月以降とし、本件各映画を含む3作品の前払保証料合計額が記載されているほか、 「2.販売許諾期間」について、最終発売日から満5年を経過する日までとし、発売日については当事者間において協議の上で決定することが記載されるとともに、 「3.前払保証料の支払」について別途協議の上で決定することが記載されているが、「印税率」の変更については記載されていない。 (エ) 以上によると、新大映とジェネオンは、本件基本契約及びこれに基づく本件個別契約により、本件各映画の独占的な使用許諾契約における使用料を、販売されたDVD1本当たり、表示小売価格(税抜き)の●%とすることについて合意していたものと認められる。 なお、上記(イ)のとおり、本件基本契約は、契約書の第12条において、表示小売価格とは別に小売価格について当事者間で協議の上決定するとされているが、この条項は、著作権者が小売価格決定に一定の影響力を有することにより、廉売の程度等を間接的に管理するためのものと理解することができるのであり、少なくとも、本件基本契約において、小売価格が使用料の算定に直接影響を与える要素とされているものであるとは認められない。 イ 使用料率の一般的相場 甲27ないし29によると、一般にビデオグラム事業において、現実に消費者に対して販売された価格の20%又は25%程度が著作権使用料と考えられていることが認められる。 ウ 被控訴人による販売数量 乙1ないし3及び19並びに弁論の全趣旨によると、被控訴人は、平成18年11月ころ、本件各映画それぞれにつき1000本ずつ、合計2000本の本件DVDを輸入したものであると認められる。 エ 販売価格 甲26の1及び2によると、本件各映画について、上記合意に係る条件におけるDVDの表示小売価格は4700円(税抜き)であると認められるが、この価格が現実に消費者に販売された価格であるとまで認めるに足りる証拠はない。 他方、甲3及び4によると、被控訴人が複製・販売した本件各映画のDVDのパッケージには「¥1800(税込)」との表示があり、被控訴人は、その記載を前提に、同DVDの現実の販売価格は1000円であったと主張している。 (3) 本件各映画の著作権の使用料相当額 上記(2)イのとおり、使用料率の一般的な相場として、現実の販売価格の20%又は25%とされていることからすると、一般に現実の販売価格よりも高額であると考えられる表示小売価格を基準とする場合には、使用料は使用料率についての相場を適用する場合よりも実質的に高額となる。 しかしながら、本件各映画については、上記(2)ア(エ)のとおり、控訴人とジェネオンとの間の本件基本契約及び本件個別契約によって、現実の販売価格に関わらず、表示小売価格(4700円)の●%、すなわち、DVD1本当たり●円を使用料とすることが合意されていたのであり、しかも、この合意が独占的、かつ、排他的な許諾を前提とするものであったのであるから、少なくとも本件各映画については、著作権者である控訴人が、同条件を下回る条件において、第三者に対して使用を許諾することは想定できないというべきである。 そうすると、本件各映画の著作権の使用料相当額について、表示小売価格よりも廉価で販売されることを想定して、使用料相当額の算定の基準を変動させるべき理由はないというべきであるから、被控訴人による本件DVD2000本の輸入行為による控訴人の損害としての使用料相当額、すなわち、「控訴人が受けるべき金銭の額」については、本件DVD1本当たり●円とし、これに上記輸入に係る数量である2000本を乗じた●万円と算定すべきである。 (4) 被控訴人の主張について 被控訴人は、本件DVDの現実の販売価格が1000円であったと主張して、したがって、著作権法114条3項の規定を適用して被控訴人が控訴人に対して賠償すべき損害金の額を算定する場合にも、当該販売価格を基準に損害金の額が算定されるべきものであるかのようにいうが、控訴人において、正規の取引において、前記認定の使用料を得べかりしものであった以上、その使用料を基準に著作権法114条3項の規定を適用することに問題はなく、仮に正規の取引においては、その実施料を当該取引の実情に応じて減額するようなことがあったとしても、著作権侵害に係る輸入・販売行為が行われた本件において、前記認定の実施料を下回る損害金の額しか賠償を求め得ないというべき事情はなく、被控訴人の主張は失当というほかない。 さらに、被控訴人は、本件DVDを購入するのは、高額な前記表示価格が設定されたままでは本件DVDを購入し得ない消費者であるから、結局のところ、控訴人に損害は生じていないようにも主張するが、仮にそのような事情が認められるとしても、被控訴人による本件DVDの輸入・販売行為が著作権侵害に当たるものである以上、控訴人が受けるべき金銭の額に相当する額を損害金として賠償すべきは当然であって、この点の被控訴人の主張も失当といわざるを得ない。 3 結論 以上の次第であるから、控訴人の本件控訴(一部控訴)に基づき、原判決は本判決の主文1項のとおり変更されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 高部眞規子 裁判官 杜下弘記 |
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