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【事件名】黒澤作品のDVD化事件B 【年月日】平成21年7月31日 東京地裁 平成20年(ワ)第6849号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 平成21年6月19日) 判決 原告 東宝株式会社 訴訟代理人弁護士 中村稔 同 熊倉禎男 同 辻居幸一 同 小和田敦子 被告 株式会社コスモ・コーディネート 訴訟代理人弁護士 角田雅彦 主文 1 被告は、原告に対し、734万4000円及びこれに対する平成20年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを16分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。 4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、1億2160万円及びこれに対する平成20年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が、映画の著作物である別紙映画目録記載1ないし8の映画(以下、それぞれを「本件映画1」ないし「本件映画8」といい、これらを併せて「本件各映画」という。)を複製して作成されたDVDを輸入して販売した被告に対し、被告のDVDの輸入行為は著作権法113条1項1号により原告の本件各映画の著作権(複製権)を侵害する行為とみなされる旨主張し、民法709条、著作権法114条3項に基づき、損害賠償を求めた事案である。 1 映画の著作物の著作権の存続期間についての著作権法の規定 (1) 旧著作権法の規定 昭和45年法律第48号による改正前の著作権法(明治32年法律第39号。以下「旧著作権法」という。)は、次のとおり規定していた。 ア 3条 「発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ著作者ノ生存間及其ノ死後三十年間継続ス 数人ノ合著作ニ係ル著作物ノ著作権ハ最終ニ死亡シタル者ノ死後三十年間継続ス」 イ 4条 「著作者ノ死後発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス」 ウ 5条 「無名又ハ変名著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス但シ其ノ期間内ニ著作者其ノ実名ノ登録ヲ受ケタルトキハ第三条ノ規定ニ従フ」 エ 6条 「官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス」 オ 9条 「前六条ノ場合ニ於テ著作権ノ期間ヲ計算スルニハ著作者死亡ノ年又ハ著作物ヲ発行又ハ興行シタル年ノ翌年ヨリ起算ス」 カ 22条の3 「活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸、学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス其ノ保護ノ期間ニ付テハ独創性ヲ有スルモノニ在リテハ第三条乃至第六条及第九条ノ規定ヲ適用シ之ヲ欠クモノニ在リテハ第二十三条ノ規定ヲ適用ス」 キ 52条 「第三条乃至第五条中三十年トアルハ演奏歌唱ノ著作権及第二十二条ノ七ニ規定スル著作権ヲ除ク外当分ノ間三十八年トス 第六条中三十年トアルハ演奏歌唱ノ著作権及第二十二条ノ七ニ規定スル著作権ヲ除ク外当分ノ間三十三年トス 第二十三条第一項中十年トアルハ当分ノ間十三年トス」 (2) 新著作権法の規定 昭和45年法律第48号による改正後の著作権法(昭和46年1月1日施行。以下「新著作権法」という。)は、映画の著作物の著作権の存続期間について、次のとおり規定した。 ア 54条1項 「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後五十年…を経過するまでの間、存続する。」 イ 57条 「…第五十四条第一項の場合において、…著作物の公表後五十年…の期間の終期を計算するときは、…著作物が公表され…た日の…属する年の翌年から起算する。」 ウ 附則2条1項 「改正後の著作権法(以下「新法」という。)中著作権に関する規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法(以下「旧法」という。)による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない。」 エ 附則7条 「この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については、当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法…の規定による期間より長いときは、なお従前の例による。」 (3) 平成15年改正法の規定 平成15年法律第85号による改正後の著作権法(平成16年1月1日施行。以下「平成15年改正法」という。)は、映画の著作物の著作権の存続期間について、次のとおり規定した。 ア 54条1項 「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年…を経過するまでの間、存続する。」 イ 附則2条 「改正後の著作権法(次条において「新法」という。)第五十四条第一項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。」 ウ 附則3条 「著作権法の施行前に創作された映画の著作物であって、同法附則第七条の規定によりなお従前の例によることとされるものの著作権の存続期間は、旧著作権法(明治三十二年法律第三十九号)による著作権の存続期間の満了する日が新法第五十四条第一項の規定による期間の満了する日後の日であるときは、同項の規定にかかわらず、旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日までの間とする。」 2 前提事実(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。) (1) 当事者 ア 原告 (ア) 原告は、映画の製作、映画その他の各種興行等を目的とする株式会社である。 (イ) 原告は、次のような沿革を有する(甲71、弁論の全趣旨)。 @ 原告は、昭和7年8月12日に設立され、当時の商号は「株式会社東京宝塚劇場」であった。 A 株式会社ピー・シー・エル映画製作所(以下「ピー・シー・エル映画製作所」という。)は、昭和8年12月5日に設立された後、昭和12年9月10日、東宝映画株式会社(以下「東宝映画」という。)に合併された。 B 原告は、昭和18年12月10日、東宝映画を合併し、商号を現商号「東宝株式会社」に変更した。 イ 被告 被告は、映画、テレビ・ラジオ番組、ビデオ等の企画、製作及び販売等を目的とする株式会社である。 (2) 本件各映画 ア 本件映画1は、黒澤明(以下「黒澤監督」という。)が監督を務め、東宝映画が製作して、昭和18年に劇場公開された(検甲1、甲47、48、弁論の全趣旨)。 イ 本件映画2ないし6及び8は、いずれも、黒澤監督が監督を務め、原告が製作して、それぞれ別紙映画目録記載2ないし6及び8の各「公開年」欄記載の年に劇場公開された(検甲2ないし6、8、甲47、49ないし53、55、弁論の全趣旨)。 ウ 本件映画7は、黒澤監督が監督を務め、新東宝株式会社(以下「新東宝」という。)が製作し、原告が配給して、昭和24年に劇場公開された(検甲7、甲47、54、弁論の全趣旨)。 エ 本件各映画は、いずれも「独創性」(旧著作権法22条の3)を有する映画の著作物である。 オ 黒澤監督は、平成10年に死亡した。 (3) 被告の行為 被告は、遅くとも平成19年1月ころから、国外で作成された本件各映画の複製物である別紙被告商品目録記載1ないし8のDVD(以下、それぞれを「本件DVD1」ないし「本件DVD8」といい、これらを併せて「本件各DVD」という。)を輸入して国内で販売していた。 3 争点 (1) 本件各映画の著作者及び原告の著作権の取得原因 (2) 存続期間満了による本件各映画の著作権の消滅の有無 (3) 被告の故意又は過失による侵害行為の有無 (4) 原告の損害額 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)(本件各映画の著作者及び原告の著作権の取得原因)について (1) 原告の主張 ア 本件各映画は、いずれも新著作権法が施行された昭和46年1月1日より前に公表された映画であるから、旧著作権法の適用対象となる。 旧著作権法には、職務著作の規定は存在せず、また、現実に創作行為を行うことができるのが自然人に限られることからすれば、旧著作権法下において、法人が著作者となることはあり得ず、著作者は自然人でなければならない。 旧著作権法下における映画の著作物の著作者は、新著作権法16条と同様に、映画の制作、監督、演出、撮影、美術等を担当して、その映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者であると解すべきである。 そして、黒澤監督は、本件各映画の監督として、撮影、演出、照明、キャスティング、俳優指導、音楽等の創作行為全般にわたって、主体的に関与し、創作的活動を行った者であり、本件各映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者であるから、本件各映画の著作者として、それぞれの著作権を原始取得した。 イ 原告は、以下のとおり、黒澤監督が保有する本件各映画の著作権を取得した。 (ア) 本件映画1について 東宝映画は、本件映画1が完成した昭和18年ころ、本件映画1の映画製作者として、黒澤監督から本件映画1の著作権を譲り受けた。 原告は、昭和18年12月10日、東宝映画を合併し、東宝映画の保有する本件映画1の著作権を承継した。 (イ) 本件映画2ないし6及び8について 原告は、本件映画2ないし6及び8が完成した、別紙映画目録記載2ないし6及び8の各「公開年」欄記載の年ころ、本件映画2ないし6及び8の映画製作者として、黒澤監督から各著作権を譲り受けた。 (ウ) 本件映画7について 新東宝は、本件映画7が完成した昭和24年ころ、本件映画7の映画製作者として、黒澤監督からその著作権を譲り受けた。 原告は、昭和37年7月24日、新東宝から、本件映画7の著作権を譲り受けた。 ウ 被告は、後記のとおり、東京高裁昭和57年4月22日判決・無体裁集14巻1号193頁(以下「東京高裁昭和57年判決」という。)の判断に照らすと、本件各映画について職務著作が成立するから、本件各映画の著作者は、黒澤監督ではなく、映画製作会社であり、本件各映画の著作権は映画製作会社が原始的に取得した旨主張する。 しかし、現実に創作行為を行うことができるのは自然人に限られ、団体は原則として著作者とはなり得ないこと、旧著作権法には、新著作権法15条のような職務著作の規定はなく、かえって、新著作権法附則4条が同法15条は同法施行前に創作された著作物には適用されないと定めていることからすると、旧著作権法の下では職務著作は成立し得ないというべきであり、その限度で、職務著作の成立を肯定した東京高裁昭和57年判決の判断は誤りである。 また、仮に東京高裁昭和57年判決の判断を前提としても、本件各映画は、映画製作会社の発意に基づいて作成されたものではないこと、監督である黒澤監督が、映画製作会社の業務に従事して作成したものでも、従業者として職務上作成したものでもないこと、映画製作会社の著作名義で公表された著作物でもないことに照らすならば、本件各映画について、職務著作について定めた新著作権法15条(現行著作権法15条1項)と同様の要件が満たされているとはいえない。 したがって、被告の上記主張は失当である。 エ 前記ア及びイのとおり、原告は、本件各映画の著作権を取得し、これらを単独で保有している。 (2) 被告の反論 ア 本件各映画の著作者は、以下のとおり、各映画の映画製作会社であって、黒澤監督ではない。 (ア) 旧著作権法上、映画の著作者がだれであるかについては、映画製作に創作的に関与した者の共同著作物であるとする考え方と、団体が著作者たり得ることを肯定した上で、団体たる映画製作会社の単独著作物であるとする考え方があるが、後者が多数説である。このような映画製作会社の単独著作物であるとする考え方は、旧著作権法6条が実定法上法人著作(団体著作)に承認を与えていることや法人実在説を根拠とするものである。 したがって、本件各映画の著作者についても、上記の多数説に従って、団体たる映画製作会社と考えるべきである。 (イ) 東京高裁昭和57年判決は、旧著作権法の下で、法人等が文書の著作物の著作者となり得るかに関して、@旧著作権法6条の規定が存在していたことからみて、同法は、団体が原始的な著作権者となり得る場合のあることを予定していたものと解することが可能であること、A新著作権法15条が規定するような条件の下で作成される著作物は、通常その法人等における比較的多数の職員が著作活動に参加し、このような職員の職務上の共同作業によって完成されることになるが、かかる著作物にあっては、「創作者」を多数のかつ関与の態様の多様な自然人と理解するよりも、端的に法人等を著作者とし、これに著作権の原始的取得を認める方が創作活動の実態にも適合することなどから、旧著作権法の下にあっても、新著作権法15条が規定するように、法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者において職務上作成する著作物で、その法人等がその著作名義の下に公表するものと認められるものについては、その著作物の著作者は、その法人等であって、その法人等が原始的に著作権を取得するものと解するのが相当である旨判示している。 こうした考え方は、多数の人間が創作活動に参加し、職務上の共同作業によって完成され、映画製作会社がその費用と責任をもって公表する映画の著作物にも当てはまる。 そして、本件映画1の製作当時、黒澤監督は、原告の前身会社である東宝映画の社員であったこと、原告は、社員プロデューサーや原告の代理権を有する契約プロデューサーを通じて、監督、撮影、美術等の担当者を職務上指揮監督し、本件各映画を製作していることからすれば、本件各映画については新著作権法15条の法人著作と同様の要件を満たすに足りる事実が存するから、本件各映画の著作者は映画製作会社であって、映画製作会社が原始的に本件各映画の著作権を取得したというべきである。 イ 以上によれば、本件各映画の著作者が黒澤監督であることを前提とする原告の主張は、理由がない。 2 争点(2)(存続期間満了による本件各映画の著作権の消滅の有無)について (1) 被告の主張 ア 本件各映画は、団体の著作名義をもって興行された著作物であるから、旧著作権法の規定(22条の3、6条、9条、52条2項)によれば、本件各映画の著作権の存続期間は、それぞれその興行の年(別紙映画目録記載1ないし8の各「公開年」欄記載の年)の翌年から起算して33年が経過するまでとなり、本件各映画の著作権は、いずれも被告による本件各DVDの輸入行為が行われた平成19年1月以降よりも前に存続期間が満了し、消滅している。 すなわち、本件各映画は、映画製作会社の単独著作物であり、映画製作会社という団体の著作名義をもって興行された著作物である。また、仮に映画は映画製作に創作的に関与した者の共同著作物であるとする考え方をとったとしても、本件各映画は、映画製作会社という団体の著作名義をもって興行された著作物であるから、旧著作権法6条が適用される。 イ このことは、最高裁平成19年12月18日第三小法廷判決・民集61巻9号3460頁(以下「シェーン最高裁判決」という。)からも裏付けられる。 すなわち、シェーン最高裁判決は、劇場用映画としてアメリカ合衆国において1953年(昭和28年)に公表され、その後日本でも劇場公開された映画「シェーン」に関し、「本件映画を含め、昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物は、本件改正による保護期間の延長措置の対象となるものではなく、その著作権は平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了し消滅したというべきである」と判示した。 同判決の「団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画」の著作権の存続期間に関する判断は、昭和28年までに公表された同様の劇場用映画にも妥当するものであるところ、同判決で問題となった映画「シェーン」と本件各映画の公表形態は、@映画製作会社、A題名、Bスタッフ及び俳優、C監督の各表示が同一であり、こうした公表形態からすれば、本件各映画は、同判決にいう「団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画」に当たり、かつ、昭和28年以前に公表されたものであるから、同判決が判断したとおり、本件各映画の著作権は存続期間の満了により消滅している。 ウ 以上のとおり、本件各映画の著作権は、いずれも存続期間の満了により消滅している。 (2) 原告の反論 ア 旧著作権法の規定(22条の3、3条、9条、52条1項)によれば、本件各映画の著作権の存続期間は、著作者である黒澤監督が死亡した平成10年の翌年から起算して38年が経過するまでとなる。 また、新著作権法附則7条及び平成15年改正法附則3条によれば、本件各映画の著作権の存続期間については、新著作権法及び平成15年改正法の規定は適用されず、旧著作権法の規定が適用されることとなる。 したがって、本件各映画の著作権の存続期間は、黒澤監督の死亡した年の翌年である平成11年から起算して38年を経過した年の末日である平成48年12月31日までである。 イ 被告は、本件各映画の著作権の存続期間について旧著作権法6条が適用される旨主張するが、以下のとおり理由がない。 (ア) 旧著作権法は、発行又は興行された著作物の著作権の存続期間を著作者の生存中及びその死後38年間とすることを原則としつつ、無名又は変名の著作物及び団体の著作名義をもって発行又は興行された著作物については、著作者が特定されないため、あるいは団体に死亡を観念できないため、「著作者の死後38年」の算定ができないことから、5条及び6条の定めを置いて、3条の原則を補充したものと解すべきである。 したがって、旧著作権法6条の団体の著作名義の著作物とは、自然 人の著作者名が表示されておらず、団体の著作名義のみが表示された著作物を意味するものである。 しかるに、本件各映画は、いずれも映画製作会社が著作者として表示されてはおらず、監督であり著作者である黒澤監督の実名が表示されて興行されたものであるから、旧著作権法6条の団体の著作名義の著作物には当たらない。 (イ) 被告が引用するシェーン最高裁判決は、映画「シェーン」がアメリカ合衆国法人を著作者とし、その著作名義をもって公表されたものであるとの原審が認定した事実関係を前提とし、団体の著作名義で公表された独創性を有する映画の著作物の保護期間について、旧著作権法の規定(6条、52条2項)によれば公表後33年間とされていることを踏まえて、平成15年改正法による保護期間の延長措置の適用が認められるか否かが問題となった事案である。 これに対し、本件各映画は、そもそも原告等の映画製作会社が著作者として表示されてはおらず、監督であり著作者である黒澤監督の実名が表示されて興行されたものであるから、本件は、シェーン最高裁判決とは事案を異にし、同判決の判断は本件には妥当しない。 ウ 以上のとおり、本件各映画の著作権が存続期間満了により消滅しているとの被告の主張は、理由がない。 3 争点(3)(被告の故意又は過失による侵害行為の有無)について (1) 原告の主張 ア 被告による侵害行為 本件各DVDは、輸入の時において国内で作成したとしたならば原告の本件各映画の著作権(複製権)の侵害となるべき行為によって作成された物である。 また、被告は、本件各DVDを実際に国内において頒布しており、本件各DVDを国内において頒布する目的で輸入したことは明らかである。 したがって、被告による本件各DVDの輸入行為は、著作権法113条1項1号により原告の本件各映画の著作権(複製権)を侵害する行為とみなされる。 イ 被告の故意又は過失 被告は、映画の複製、頒布を業として行っており、自らが取り扱う映画の著作権の存続期間が満了しているかどうかを十分に調査する義務を負っているにもかかわらず、本件各DVDを輸入するに当たり、本件各映画の著作権の存続期間について、十分な調査を行わなかった。 旧著作権法においては、職務著作についての規定がなく、また、映画の著作物の著作者が映画製作会社であると明言する学説もないことなどからすれば、被告の注意義務違反は明らかである。 したがって、上記の著作権侵害行為について、被告に故意又は過失がある。 (2) 被告の反論 ア 旧著作権法下において、だれが映画の著作権者であるかという問題については、専門家ですら区々に意見が分かれているのであるから、その中で、被告にとって理論的に首肯でき、妥当な解釈だと考えられる説に依拠して判断をすることは当然である。単にその判断が判決の解釈と異なるからといって、直ちに被告に映画の著作権の所在を判断する点に注意義務違反があるとするのは不可能を強いることになり、不合理である。 被告は、本件各DVDを輸入・販売した当時、被告の立論が正しいと考え、判断したのであって、違法行為であることを知りながら本件各DVDの輸入・販売を行ったわけではないし、当時の状況からすれば、被告には注意義務違反もない。 イ したがって、被告による本件各DVDの輸入行為が本件各映画の著作権の侵害行為となることについて、被告には故意も、過失もない。 4 争点(4)(原告の損害額)について (1) 原告の主張 ア 本件のように、被告が原告の本件各映画の著作権を侵害して複製物を通常の販売価格より極めて低額で販売した場合において、著作権法114条3項の「著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を算定するに当たっては、原告が通常受領すべき金額を重視し、原告が正規に販売する商品の標準小売価格をベースとして算定すべきである。 そして、原告における本件各映画のDVDの標準小売価格は、1枚3800円である。 イ 甲77(エンターテインメントと法律)には「@権利ホルダー(出資 者)がロイヤリティを取る場合の例」として「上代を100と仮定権利ホルダー25」と記載されていること、甲78(プロデューサー・カリキュラム)には「映画の製作者(出資者)がロイヤリティを取るケースで考えてみる。最終的に消費者が支払う上代を100%とする。製作者の収入がそのうち25%。これはロイヤリティなので」と記載されていること、甲79(コンテンツビジネスの資金調達スキーム)には「マスター渡しの場合の掛け率は実際にいくらになるのであろうか。これは、通常上代の20%程度と考えておけばよいであろう。」と記載されていることなどからすると、本件各映画の合理的な使用料率は、原告が正規に販売する商品の標準小売価格の20%を下らない。 ウ被告は、平成19年1月以降、本件各DVDを、1作品につき少なくとも2万枚(8作品合計16万枚)輸入した。 エ したがって、被告の前記著作権侵害行為について本件各映画の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(使用料相当額)は、合計1億2160万円(3800円×0.2×16万枚)であるから、原告は、被告に対し、著作権法114条3項に基づいて、同額の損害賠償を求めることができる。 (2) 被告の反論 原告の主張は争う。 被告が輸入した本件各DVDは、1作品につき1000枚(8作品合計8000枚)であり、それを超える輸入の事実はない。なお、被告による本件各DVDの販売価格は、1枚当たり90円(合計72万円)にすぎない。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件各映画の著作者及び原告の著作権の取得原因)について (1) 本件各映画の著作者について ア(ア) 旧著作権法は、映画の著作物について、「活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸、学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス」(22条の3前段)と規定するのみで、映画の著作物の著作者について定めた規定を置いていない。一方、新著作権法16条は、「映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。」と規定するが、新著作権法附則4条は、「新法第十五条及び第十六条の規定は、この法律の施行前に創作された著作物については、適用しない。」と規定している。 しかるに、本件各映画は、いずれも新著作権法が施行された昭和46年1月1日より前に「創作」された映画の著作物であるから(前記第2の2(2)アないしエ)、新著作権法附則4条により、新著作権法16条の規定は適用されず、本件各映画の著作者がだれであるかを判断するに当たっては、旧著作権法における解釈に従うこととなる。 そこで、旧著作権法における著作者の意義について検討するに、新著作権法が、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(2条1項1号)と定義するのに対し、旧著作権法は、「文書演述図画建築彫刻模型写真演奏歌唱其ノ他文芸学術若ハ美術(音楽ヲ含ム以下之ニ同ジ)ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者ハ其ノ著作物ヲ複製スルノ権利ヲ専有ス」(1条1項)との規定は置くものの、著作物についての具体的な定義規定は置いていない。 しかし、@新著作権法の立法過程において、旧著作権法に比べて著作物の意義が変更されたことをうかがわせるに足りる事情は見当たらないことに照らすならば、旧著作権法の保護対象とされる著作物は、新著作権法のそれと同義であると解するのが相当であり、また、著作者が著作物を創作する者であることは、新・旧著作権法において変わりがないものと解されること、A思想又は感情の創作的表現といった事実行為としての創作行為を行うことができるのは自然人のみであることからすれば、旧著作権法において著作者となり得るのは原則として自然人であると解すべきである(知財高裁平成19年(ネ)第10083号同20年7月30日判決参照)。 そして、制作、監督、演出、撮影、美術の担当者等多数の自然人の作業が複合して製作されるという映画の製作実態を踏まえて旧著作権法の下における映画の著作物の著作者となるべき者を考えれば、新著作権法16条と同様に、少なくとも制作、監督、演出、撮影、美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は、旧著作権法の下においても、当該映画の著作物の著作者であると解するのが相当である(上記判決参照)。この点、新著作権法附則4条が、同法16条をその施行前に創作された著作物に適用しない旨定めたのは、同法16条が新設規定であることにかんがみ、旧著作権法の下で創作された映画の著作物の著作者については旧著作権法の下での解釈に委ねることとした趣旨と解されるから、新著作権法附則4条の存在が、上記の解釈を妨げるものではない。 (イ) 以上の解釈を前提に検討するに、前記第2の2(2)アないしウの事実と証拠(甲1ないし8、23ないし25、29、69、81、乙17ないし19、22、23、検甲1ないし8)及び弁論の全趣旨を総合すれば、黒澤監督は本件各映画の監督を務め、脚本の作成にも参加するなどし、本件各映画が黒澤監督の一貫したイメージに沿って製作されたことが認められるから、黒澤監督は本件各映画の全体的形成に創作的に寄与した者であり、著作者であることは明らかである。 また、仮に黒澤監督以外にも本件各映画の全体的形成に創作的に寄与した自然人がいたとすれば、それらの者も黒澤監督と共に本件各映画の著作者となるものと認められる。 イ(ア) これに対し被告は、旧著作権法の下では、映画の著作物の著作者は、団体たる映画製作会社の単独著作物であるとする考え方が多数説であり、本件各映画の著作者についても、上記の多数説に従って、団体たる映画製作会社と考えるべきである旨主張する。 被告の上記主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、仮に、それが、団体たる映画製作会社自体が映画の著作物における創作行為の主体となるというものであるとすれば、そのような主張は、前記ア(ア)で述べたところに照らし、失当である。 (イ) また、被告は、旧著作権法の下にあっても、新著作権法15条が規定するように、法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者において職務上作成する著作物で、その法人等がその著作名義の下に公表するものと認められるものについては、その著作物の著作者は、その法人等であって、その法人等が原始的に著作権を取得するものと解するのが相当であるところ、本件映画1の製作当時、黒沢監督は、原告の前身会社である東宝映画の社員であったこと、原告は、社員プロデューサーや原告の代理権を有する契約プロデューサーを通じて、監督、撮影、美術等の担当者を職務上指揮監督し、本件各映画を製作していることからすれば、本件各映画については新著作権法15条の法人著作と同様の要件を満たすに足りる事実が存するから、本件各映画の著作者は映画製作会社であって、映画製作会社が原始的に本件各映画の著作権を取得した旨主張する。 前記ア(ア)のとおり、旧著作権法において著作者となり得るのは原則として自然人であると解すべきであるが、仮に旧著作権法の下でも法人等が著作物の著作者となり得る場合があることを認めるとしても、そのためには、当該著作物が、新著作権法15条が規定するように、法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者において職務上作成する著作物で、その法人等がその著作名義の下に公表するものと認められることが必要であると解される。 そこで検討するに、本件映画2ないし8については、監督としてその全体的形成に創作的に寄与した黒澤監督が、原告等の映画製作会社の被用者的立場にあって、その職務上上記各映画を作成したとの事実を認めるに足りる証拠はない。 次に、本件映画1について検討するに、証拠(甲27、28)によれば、黒澤監督は、昭和11年から昭和18年3月まで、原告の前身であるピー・シー・エル映画製作所及び東宝映画の社員の地位にあり、東宝映画の社員の地位を有する期間中に本件映画1の監督を務めたことが認められる。しかし、他方で、証拠(甲23ないし25、29)によれば、本件映画1の製作に際しては、黒澤監督自身が原作を選定して、その映画化を東宝映画側に提案し、原作者との交渉や出演俳優の選定においても主導的な役割を果たしていること、その後の映画製作も黒澤監督の一貫したイメージに沿って行われていること、東宝映画から黒澤監督に対し、本件映画1の脚本料として100円、監督料として100円が支払われていることが認められる。これらの事実に照らすならば、黒澤監督が東宝映画の社員の地位を有する期間中に本件映画1の監督を務めたからといって、本件映画1が、東宝映画の発意に基づきその業務に従事する者によって職務上作成されたものと認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 そうすると、本件各映画については、いずれも映画製作会社が著作者となり得る場合の上記要件を満たしていないというべきである。 したがって、映画製作会社が原始的に本件各映画の著作権を取得したとの被告の上記主張は、その前提を欠くものであって、理由がない。 (2) 原告の本件各映画の著作権の取得について ア 前記(1)ア(イ)のとおり、黒澤監督は、本件各映画の著作者であり、本件各映画の著作権を原始取得したものと認められる。 そして、前記第2の2(2)の事実と証拠(甲1ないし8、23ないし25、28、29、31ないし39、40の1及び2、41の1及び2、42、46、47)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。 (ア) 本件映画1は、東宝映画が製作して、昭和18年に劇場公開されたものであるところ、東宝映画は、同映画を興行するころまでには黒澤監督からその著作権の譲渡を受けていた。また、原告は、昭和18年12月10日に東宝映画を合併したことにより、東宝映画の有する本件映画1の著作権を承継した。 (イ) 本件映画2ないし6及び8は、原告が製作して、それぞれ別紙映画目録記載2ないし6及び8の各「公開年」欄記載の年に劇場公開されたものであるところ、原告は、いずれも上記各映画を興行するころまでに黒澤監督から上記各映画の著作権の譲渡を受けていた。 (ウ) 本件映画7は、新東宝が製作して、昭和24年に劇場公開されたものであるところ、新東宝は、同映画が興行されるころまでに黒澤監督からその著作権の譲渡を受けていた。そして、原告は、昭和37年7月24日、新東宝から代金400万円で本件映画7の著作権を買い受けた。 イ 次に、仮に黒澤監督以外にも本件各映画の全体的形成に創作的に寄与した自然人がいたとすれば、それらの者も本件各映画の著作者であり(前記(1)ア(イ))、黒澤監督と共にその著作権を原始取得したものと認められる。 しかるに、@本件各映画は、当初から原告等の映画製作会社が自己の商品として公表することを前提に製作され、興行されたものであり、原告が本件各映画の原版を保管していること(甲63、弁論の全趣旨)、A原告は、本件各映画を複製したDVDを販売しており、これらには原告が著作権者として表示されているが、これに対して本件各映画の製作に関与した者から著作者であると主張して異議が述べられた形跡は認められないこと(甲43、47、65、検甲1ないし8、弁論の全趣旨)、B原告は、昭和35年、本件映画6及び8について外国の会社に頒布又は展示を許諾するライセンス契約を、昭和41年以降、本件映画1及び4について16mm版映画の上映権許諾契約を、昭和44年以降、本件各映画についてテレビ放映権許諾契約を、平成17年、本件各映画についてスチール写真を利用した出版物の発売を許諾する契約をそれぞれ締結してきたが、これらに対しても、本件各映画の製作に関与した者から著作者であると主張して異議が述べられた形跡は認められないこと(甲45、56ないし62、64、65、弁論の全趣旨)などの諸事情を総合勘案すると、仮に黒澤監督以外に本件各映画の著作者がいたとしても、それらの者も黒澤監督と同様に、本件映画1については東宝映画に対し、本件映画2ないし6及び8については原告に対し、本件映画7については新東宝に対し、これらの各映画が興行されたころまでには、明示的ないし黙示的にその著作権を譲渡していたものと推認することができる。そして、原告が東宝映画から本件映画1の著作権を承継し、新東宝から本件映画7の著作権を買い受けたことは、前記ア(ア)、(ウ)のとおりである。 ウ 以上のとおり、原告は、本件各映画の著作権を取得したものと認められる。 2 争点(2)(存続期間満了による本件各映画の著作権の消滅の有無)について(1) 被告は、本件各映画は、団体の著作名義をもって興行された著作物であるから、旧著作権法の規定(22条の3、6条、9条、52条2項)によれば、本件各映画の著作権の存続期間は、それぞれその興行の年(別紙映画目録記載1ないし8の各「公開年」欄記載の年)の翌年から起算して33年が経過するまでとなり、本件各映画の著作権は、いずれも被告による本件各DVDの輸入行為が行われた平成19年1月以降よりも前に存続期間が満了し、消滅している旨主張する。 しかし、被告の主張は、以下のとおり理由がない。 ア 旧著作権法3条1項は、発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を著作者の生存する間及び死後30年間と定め、4条は、著作者の死後に発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め、5条は、本文で無名又は変名の著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め、ただし書でその期間内に著作者の実名登録を受けたときは3条の規定に従うと定め、6条は、団体の著作名義をもって発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定めている。 前記1(1)ア(ア)のとおり、旧著作権法において著作者となり得る者は原則として自然人であると解されることを踏まえて、上記のような旧著作権法における著作権の存続期間に関する規定全体の構成及び内容をみると、旧著作権法は、著作権の存続期間について、原則として自然人である著作者の死亡の時を基準とすることとした上で、この基準に依ることができない例外的な場合として、発行又は興行が無名又は変名で行われたため、その著作者を特定することができない場合(同法5条)や、発行又は興行に当たって、団体が著作者として表示されたため、その死亡という事態を観念することができない場合(同法6条)については、当該著作物の発行又は興行の時を基準とすることとしたものと解するのが相当である。 そうすると、旧著作権法6条の「団体の著作名義をもって発行又は興行した著作物」とは、著作者として、自然人ではなく、団体が表示されて発行又は興行された著作物をいうものと解するのが相当である。 そこで、本件各映画が劇場公開されるに当たって、その著作者の表示がどのようにされたかを検討する。 イ(ア) 証拠(甲49ないし55、検甲1ないし8)によれば、以下の事実が認められる。 @ 本件映画2ないし6及び8においては、オープニングの冒頭に原告の社章と共に「東宝株式会社」又は「東寶株式會社」との表示がされ、その後に題名が映し出され、続いて上記各映画の製作に関与した者の担当職名と氏名が表示され、オープニングの最後に「監督黒澤明」(本件映画2、3及び8)又は「演出黒澤明」(本件映画4ないし6)と表示されている。 A 本件映画7においては,オープニングの冒頭に原告の社章と共に「東宝株式会社.配給」との表示がされ、続けて「新東宝映画芸術協會提携作品」との表示がされ、その後に題名が映し出され、続いて本件映画7の製作に関与した者の担当職名と氏名が表示され、オープニングの最後に「監督黒澤明」と表示されている。 B 本件映画2ないし8の劇場公開当時の宣伝用ポスターには、映画の題名、主な出演者名、原告の社章などと共に、次のような表示がされている。 本件映画2 「脚本監督黒沢明」、「東宝株式會社・製作配給」 本件映画3 「脚色演出・黒澤明」、「東寶株式會社製作」 本件映画4 「演出・黒澤明」、「東宝株式會社」 本件映画5 「演出・黒澤明」、「東宝株式會社」 本件映画6 「演出黒沢明」、「東宝株式会社」 本件映画7 「黒沢明・監督作品」,「東宝株式会社・配給」,「映画芸術協会・新東宝提携作品」 本件映画8 「監督黒澤明」、「東宝二十周年記念映画」 (イ) 本件映画1については、昭和18年3月に劇場公開された当時のフィルムは既に散逸しており、昭和19年3月に再上映された際のフィルム(これをDVD化したものが検甲1と考えられる。)しか現存していないが、前記(ア)@、Aの事実、検甲1の表示内容及び弁論の全趣旨を総合すると、昭和18年の劇場公開当時の本件映画1においては、オープニングの冒頭に東宝映画の社章と共に「東宝映画株式会社」又は「東寶映画株式會社」との表示がされ、その後に題名が映し出され、続いて本件映画1の製作に関与した者の担当職名と氏名が表示され、オープニングの最後に「監督黒澤明」と表示されていたことを推認することができる。 ウ 前記イの認定事実を総合すれば、本件各映画においては、一般人がみれば、映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与する役職であると考える「監督」又は「演出」の肩書の下に、「黒澤明」の実名の表示がされている一方で、「東宝株式会社」などの会社名は、映画製作者又は映画配給元として表示されていることが認められる。一方で、本件証拠上、本件各映画において、映画製作者又は映画配給元が著作権者であることを明記した表示は認められない。 そうすると,本件各映画に「東宝株式会社」などの会社名が映画製作者又は映画配給元として表示されていることから直ちに本件各映画が「団体の著作名義が表示されて発行又は興行された著作物」であるものと認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 エ これに対し被告は、本件各映画は、シェーン最高裁判決にいう、昭和28年までに「団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物」に当たるから、その著作権は、同判決の判示のとおり、平成15年12月31日の終了をもって存続期間の満了により消滅した旨主張する。 しかし、シェーン最高裁判決は、映画「シェーン」がアメリカ合衆国法人を著作者とし、その著作名義をもって1953年(昭和28年)に同国において最初に公表された映画であるとの原審における認定事実を前提とした上で(甲89、90)、同映画のように団体名義で公表された独創性を有する映画の著作物の保護期間について、旧著作権法6条では発表後33年間とされていたことを踏まえ、平成15年改正法54条1項による保護期間の延長措置の適用が認められるか否かについての判断を示したものである。 これに対し、本件では、そもそも本件各映画が団体たる映画製作会社の著作名義をもって公表されたものか否かという、シェーン最高裁判決では前提とされていた事実の有無が争われているのであるから、シェーン最高裁判決とはおよそ事実関係を異にしているのであり、同判決の判断が本件の判断を左右するものではない。 したがって、被告の上記主張は理由がない。 (2) 以上のとおり、黒澤監督が本件各映画の著作者であること、本件各映画が旧著作権法6条の団体の著作名義をもって興行された著作物に当たらないことに照らすならば、本件各映画の著作権の存続期間は、旧著作権法22条の3、3条、52条1項及び民法141条により、いずれも黒澤監督が死亡した平成10年の翌年から起算して38年が経過する平成48年12月31日までとなる。なお、仮に黒澤監督以外にも本件各映画の著作者となる者がいたとしても、旧著作権法3条2項の規定により、著作権の存続期間は「最終に死亡した者」の死後30年間となるから、本件各映画の著作権の存続期間の満了日が上記の日より早まることはない。 したがって、本件各映画の著作権が被告による本件各DVDの輸入行為が行われた平成19年1月以降よりも前に存続期間の満了により消滅しているとの被告の主張は、理由がない。 3 争点(3)(被告の故意又は過失による侵害行為の有無)について (1) 被告は、遅くとも平成19年1月ころから、国外で作成された本件各映画の複製物である本件各DVDを輸入して国内で販売していたものであるところ(前記第2の2(3))、本件各DVDは、その輸入の時において国内で作成したとしたならば、原告の本件各映画についての著作権(複製権)の侵害となるべき行為によって作成されたものであることは明らかである。 また、被告は輸入した本件各DVDを現に国内で販売していることからすれば、被告が、本件各DVDを輸入するに当たって、国内で頒布する目的を有していたことも明らかである。 そうすると、被告が本件各DVDを輸入した行為は、原告の本件各映画の著作権(複製権)の侵害とみなす行為(著作権法113条1項1号)に当たるものと認められる。 (2) 被告は、著作権の存続期間が満了した映画を複製して、販売することを業として行う会社であるところ(乙20、24、34、弁論の全趣旨)、このような事業を営む者が、上記のような映画の複製物を輸入、販売するに当たっては、著作権者の権利を侵害することがないよう、当該映画の著作権の存続期間が満了しているかどうかについて、必要に応じて専門家の意見を求めるなどの手段を尽くして十分な調査、確認を行うべき注意義務を負うものと解するのが相当である。 そこで、被告が上記注意義務を尽くしたかどうかを検討するに、証拠(甲18ないし21)によれば、原告の代理人弁護士が、被告に対し、被告による本件各DVDの販売等が原告の本件各映画についての著作権を侵害するとして、その中止等を求める旨の平成19年2月1日付け及び同月14日付け警告書を送付したのに対し、被告は、同月7日付け及び同月22日付け「回答書」において、シェーン最高裁判決等によって、我が国における映画の著作物保護期間につき、1953年以前に公表された作品は公表から50年の経過により満了したことが明確化されたことを理由として、本件各DVDの販売には何ら問題がない旨回答したことが認められる。 上記の事実に加え、本件各映画の著作権の存続期間を的確に判断するためには、法律上の専門的判断や本件各映画の製作・興行の経過等に関する事実の確認を要するものと解されるところ、本件証拠に照らしても、被告において専門家の意見を求めたり、必要な事実の確認をするなどの調査を行った形跡がみられないことからすると、被告は、本件各DVDの輸入に当たって、本件各映画の著作権の存続期間についての十分な調査をすることなく、安易に自己に都合のよい解釈を導き出して上記(1)の著作権侵害行為を行ったものというべきであり、被告には同侵害行為を行うについて、少なくとも過失があったことが認められる。 これに反する被告の主張は採用することができない。 4 争点(4)(原告の損害額)について (1) 使用料相当額の算定方法 原告は、原告が保有する本件各映画の著作権の前記3の侵害行為を行った被告に対し、著作権法114条3項に基づき、本件各映画の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(使用料相当額)を自己が受けた損害額として、その損害の賠償を請求することができる。 そこで、上記使用料相当額(以下「本件使用料相当額」という。)について検討する。 ア 証拠(甲9ないし16の各1、76ないし79)及び弁論の全趣旨を総合すれば、@本件各DVDのパッケージには、それぞれの販売価格として「1800円」と記載されていること、A「ビデオグラム」の販売のロイヤリティの料率の定め方は、ケース・バイ・ケースが前提となるが、小売価格である「上代」の20%前後又は25%がおおよその目安とされていること、B原告が販売するDVDのパンフレット(甲76)には、本件各映画のDVDの標準小売価格が3800円との記載があり、原告は上記DVDを上記標準小売価格で販売を行っていることが認められる。 一方で、売上数量は価格と相関関係があり、通常は、価格を低く設定すれば売上数量が多くなり、価格を高く設定すれば売上数量が少なくなる傾向にあるところ、本件においては、原告が販売する本件各映画のDVDの上記標準小売価格に基づく販売数量等の販売実績は明らかとはいえず、また、原告が本件各映画の著作権を第三者に使用許諾する場合の使用料、使用料率等の許諾実績も明らかではないことに照らすならば、本件使用料相当額は、原告が販売する本件各映画のDVDの上記標準小売価格ではなく、本件各DVDのパッケージ記載の販売価格を基礎として算定するのが合理的であると解される。 そして、上記@ないしBの事実に加え、被告による本件各映画の著作権の侵害行為の態様及びその市場への影響等諸般の事情を総合考慮すると、本件使用料相当額は、本件各DVDのパッケージ記載の販売価格の30%に相当する540円(1800円×0.3)に、被告の本件各DVDの輸入数量を乗じた額と認めるのが相当である。 イ これに対し原告は、本件のように、被告が原告の本件各映画の著作権を侵害して複製物を通常の販売価格より極めて低額で販売した場合において、著作権法114条3項の「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を算定するに当たっては、原告が通常受領すべき金額を重視し、上記のように極めて低額な侵害品の販売価格ではなく、原告が正規に販売する商品の標準小売価格である3800円を基礎とし、その20%に被告の本件各DVDの輸入数量を乗じた額をもって本件使用料相当額とすべきである旨主張する。 しかし、原告が本件各映画の著作権の行使につき受領すべき金額は、DVDの販売単価のみならず、その販売数量にも左右されるところ、前記アのとおり、本件においては、原告が販売する本件各映画のDVDの上記標準小売価格に基づく販売数量等の販売実績が明らかとはいえず、また、原告が本件各映画の著作権を第三者に使用許諾する場合の使用料、使用料率等の許諾実績も明らかではないことに照らすならば、上記標準小売価格の20%に被告の本件各DVDの輸入数量を乗じた額が原告が通常受領すべき金額であるものと直ちに認めることはできないから、原告の上記主張は、採用することができない。 (2) 本件各DVDの輸入数量 ア 原告は、被告は、平成19年1月以降、本件各DVDを、1作品当たり2万枚(合計16万枚)輸入した旨主張するので、以下において判断する。 (ア) 被告が本件各DVDを1作品につき1000枚(合計8000枚)輸入したことは、被告が自認するところであり、当事者間に争いがない。 上記争いのない事実と証拠(甲68、100、122ないし127)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。 @ 「日本直販」を運営する株式会社総通(以下「総通」という。)は、黒澤監督の映画10作品を複製したDVDをセットにした「黒澤監督作品DVDセット」(以下「黒澤DVDセット」という。)1700セットを日本カージナルス株式会社(以下「日本カージナルス」という。)から仕入れ、そのうち1691セットを、平成19年2月16日から同年11月5日にかけて、一般消費者向けに販売した。 黒澤DVDセットには、本件各DVDのうち、本件DVD1ないし3及び6ないし8が含まれていた。 日本カージナルスは、上記黒澤DVDセット1700セットを、株式会社ピジョン(以下「ピジョン」という。)から仕入れた。 A ピジョンは、本件DVD1を1950枚、本件DVD2を1900枚、本件DVD3を1900枚、本件DVD6を1950枚、本件DVD7を1850枚、本件DVD8を2050枚、いずれも被告から仕入れ、そのうち各1700枚を上記黒澤DVDセットの一部として日本カージナルスに販売し、その余のDVDを他に販売するなどした。 (イ) 以上によれば、本件各DVDのうち、本件DVD1ないし3及び6ないし8については、被告による輸入数量は、1作品当たり1000枚を超えており、少なくとも、本件DVD1については1950枚、本件DVD2については1900枚、本件DVD3については1900枚、本件DVD6については1950枚、本件DVD7については1850枚、本件DVD8については2050枚に及ぶこと(以上、合計1万1600枚)が認められる。 そうすると、被告による平成19年1月以降の本件各DVDの輸入数量は、本件DVD4及び5につき各1000枚、本件DVD1ないし3及び6ないし8につき合計1万1600枚の総計1万3600枚であることが認められる。 イ これに対し原告は、被告が平成19年1月以降、本件各DVDを1作品につき2万枚輸入したことの裏付けとして、本件各DVDがピジョンから総通に至る販売ルート以外の販売ルートでも販売されていることをうかがわせる証拠(甲110ないし120)を提出している。 しかし、原告提出の上記各証拠に照らしても、被告による平成19年1月以降の本件各DVDの輸入数量が、上記ア(イ)の数量を超えるものと認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 (3) 小括 以上によれば、本件使用料相当額は734万4000円(540円×1万3600枚)と認められる。 5 結論 以上によれば、原告の請求は、本件各映画の著作権のみなし侵害行為の不法行為による損害賠償として734万4000円及びこれに対する不法行為の後であり、かつ、訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成20年3月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 大鷹一郎 裁判官 大西勝滋 裁判官 関根澄子 (別紙)映画目録
(別紙)被告商品目録
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