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【事件名】音楽プロデューサーの著作権二重譲渡事件(刑)
【年月日】平成21年5月11日
 大阪地裁 平成20年(わ)第6505号 詐欺被告事件

判決


主文
 被告人を懲役3年に処する。
 この裁判が確定した日から5年間この刑の執行を猶予する。

理由
【有罪と認定した事実】
 被告人は、著名な音楽プロデューサーであって、株式会社A取締役でもあるが、自分が創作した音楽806曲の著作権(社団法人Bが管理)を譲渡する名目でその代金を騙し取ろうと企て、A監査役であって有限会社Cの代表取締役でもあるDやA代表取締役のEと共謀して、以下の犯行に及んだ。
 すなわち、被告人は、被害者Fに対し、@ 本当は、この806曲のうち無名の13曲を除く793曲の著作権を慣行としてG株式会社など音楽出版社に譲渡していたことに加え、この793曲中の主要12曲の著作権をAに二重譲渡して、その旨文化庁の著作権登録原簿に登録するとともに、さらに、この793曲中の主要286曲の著作権を有限会社Hにも二重譲渡し、そのうち14曲についてその旨文化庁の著作権登録原簿に登録していたにもかかわらず、そのように既に他人に著作権を譲渡している事実を隠し、あたかも自分が806曲すべてについて著作権を依然として所有し、そのすべての著作権を譲渡できる支配権を有しているかのように装うとともに、A 本当は、自分がBに対して有する著作権使用料分配金請求債権について前妻のIが差押えている点について、その差押えを解除する意思も能力もないし、著作権の譲渡代金として受領する金については、その差押え解除に向けた費用に充てる意思もなく、すべて自己の借金返済など別の用途に直ちに充てるつもりであったのに、そのような意図も隠し、あたかもF被害者から譲渡代金を受領した後は、直ちに前妻Iにこれを交付して、その差押えを解除してもらうかのように装い、次のとおり嘘を言って、F被害者を騙した。
(1) まず、平成18年7月30日ころには、Jホテル(所在地−東京都港区a丁目b番c号)のd号室において、F被害者に対し、被告人が、「Bに登録してある806曲の作品の著作権は、すべて僕にありますから、この僕のすべての著作権を、Fさんに10億円で買っていただきたい。」、「僕は、音楽出版社から完全にインディペンデントしていますから、僕の過去の曲の著作権については、音楽出版社との間でも、全部、僕の手もとに残しておくという契約になっています「バラバラではなくて、。」、 僕の過去の作品806曲がフルセットになっているということに、意味があるし、価値が出るんですよ。」、「10月末までには、806曲全部の著作権をFさんの名義にしてもらいます。」、「著作権の売買代金を一部でも支払っていただければ、真っ先にIに支払い、Iの差押を解除してもらいます。」などと嘘を言うとともに、
(2) 次いで、翌8月7日ころには、このJホテルd号室において、やはりF被害者に対し、被告人が、「Bに登録済みの806曲については、全部僕に著作権があります。」、「ただ、早急に前妻に支払わなければならない差押解除のためのお金が5億円ほど必要ですので、申し訳ないのですが、10億円の売買代金の中から、先に5億円を支払っていただきたいんです。」などと嘘を言い、さらに、共犯者Dも、「Fさんに支払っていただく5億円については、直ちに全額をIに支払います。キャッシュで5億円を一度に支払えば、すぐに差押を抹消してもらうことができます。」などと嘘を言った。
 その結果、被告人や共犯者Dの嘘に騙されたF被害者は、806曲すべての著作権の譲渡代金の一部として、その直後の9日ころに1億5000万円を、その月の29日ころにも3億5000万円を、それぞれ共犯者Dの管理するC名義の普通預金口座(K銀行L支店〔当時の所在地−大阪市e区f町g目h番i号〕に開設)に振込み送金した。
 以上により、被告人は人を欺いて財物を交付させる罪を犯した。
【法令適用の過程】
 「有罪と認定した事実」に記載の被告人の行為は、刑法60条、246条1項に該当する。
 そこで、当裁判所は、その法定刑期の範囲内で、後記「量刑の理由」により、被告人を主文の刑に処するとともに、刑法25条1項を適用して、この裁判が確定した日から主文の期間この刑の執行を猶予することとした。
【量刑の理由】
1 本件事案の概要
 本件は、著名な音楽プロデューサーである被告人が、巨額の負債の支払いに窮する余り、被告人の財務や資金繰りを担当していた共犯者らと共謀の上、資産家の被害者に対し、実際には自己の音楽作品の大半の著作権が音楽出版社等に譲渡あるいは二重譲渡されていたにもかかわらず、未だに全著作権を自ら所有しているかのように装うなど種々の嘘を重ねて、被害者にこれを買い取るように持ちかけ、これを信じた被害者から、譲渡代金の一部として5億円もの金を騙し取ったという事案である。
2 量刑上特に考慮した事情
(1) 被告人は、日本を代表する音楽プロデューサーとして平成10年前には極めて多額の収入を得ていたものの、平成10年代に入ると次第にヒット曲に恵まれなくなるようになっていったことに加え、平成13年にレコード会社との専属契約を合意解約して高額の前受け金を返還することを余儀なくされたことを転機として、次第に資金繰りに難を来すようになり、その後は、投資上の大失敗や資金繰りのまずさ、あるいは家庭問題に端を発する高額の慰謝料・養育費の負担等が重なって、巨額の負債を抱えるに至り、やがてノンバンクや高利業者からの苦し紛れの借入れ等も繰り返すうちに、更に借金が膨れ上がり、いよいよ月々の支払いにも困るようになって、目前に迫った借金返済等に充てるため、ついに本件のようなその場しのぎの、あからさまな詐欺の犯行に及ぶに至ったものである。
 被告人が破綻を来たし、このような状況に追いつめられるに至った経緯を見ると、確かに、不幸な事情が重なったり周囲に適切な助言者がいなかったりして、気の毒と思われる面も全くないわけではない。しかし、その一方で、被告人は、栄光に満ちた日々を忘れられないまま、見通し甘く計画性のない資金繰りを繰り返すうちに、自らを窮地に追い込んでしまい、果ては平成14年に再婚した新妻に対する身勝手な見栄から、我が身を取り囲む状況をも弁えない豪奢な生活を続けるうちに、益々その経済的苦境を深刻なものにしてしまったともいえるのであって、総じて見れば、その犯行に至る経緯・動機を見ても、多くの酌むべきものを見出すことは困難であるといわざるを得ない。
(2) 改めて考えてみれば、本件の詐欺は、著作権という権利の性質や被告人が著名人であることからして、いずれその嘘がばれることは時間の問題であったと思われる。その意味では、その場しのぎの場当たり的犯行であったことは明らかである。しかし、そのような面があったにしても、被告人の今回の詐欺で使った手口は、著作権取引に関する制度上の問題点を悪用したあまりに狡猾なものであって、共犯者間で果たした被告人の役割も決定的である。ことに、被告人が、自己のネームバリューを利用して言葉巧みに詐欺を働いたことはともかくとしても、その音楽家としての矜持すらかなぐり捨てて、自己がこれまで営々として創作し続けてきた歌の数々を詐欺の道具に用い、果ては、揺らぎ掛けた被害者の信頼を取り戻さんがために新たに被害者のために歌を作ってこれをプレゼントするなどは、長きにわたり人の心を打つ歌の数々を世に送り出してきた被告人の振る舞いとしてあまりに嘆かわしく、またそのような被告人の振る舞い故にこそ手練れの事業家たる被害者も容易に錯誤に陥ってしまったとも言い得るのである。本件詐欺をそもそも発案したのは、比較的最近被告人の資金調達等に関与することになった共犯者Dであって、被害者と交友関係にある同共犯者がある程度リードする形で本件犯行が進められていった面は被告人のために考慮しなければならないが、上記のような被告人の果たした役割を考えると、このような事情ゆえに被告人の責任が大きく軽減されるとは、到底考えられないのである。
(3) もとより、本件犯行の結果は重大である。被害者の事業内容や資産規模が判然としないため、5億円という金額が資産家である被害者にとって有する意義や価値は容易に推し量れないものがあるものの、いずれにしても、被害者は、世間的に見れば大金であるその金を騙し取られたばかりか、それが発覚した後も、容易に被告人からその返還も受けられず、また、あろうことか被告人からは債務不存在確認等の訴えまで起こされて(但し、この疑問の多い訴え提起自体は当時の代理人弁護士の判断によるところも大きく、これを一概に被告人に帰責することは相当でない、。) 多大の精神的苦痛を被ったことは明らかであり、現在でもなお、被害者が被告人に対し許し難い思いを抱いていることには、それなりに無理からぬ面がある(なお、被害者は、最終証拠調べ期日において、本件公判後に被告人の関係者からインターネット等で誹謗中傷されていることによって更に大きな精神的苦痛を被っている旨証言するが、これらの誹謗中傷に被告人やその関係者がどの程度関与しているのか証拠上不明であるというほかなく、被害者の疑心暗鬼はそれなりに理解できないではないものの、およそ揣摩憶測の類から被告人の刑を加重することができないことは改めて言うまでもないところである。)。
(4) しかし、その一方、本件公判に至ってのこととはいえ、被告人のことを師とも仰ぐG社長のMが、被告人とのこれまでの交友とその将来を思い、自ら奔走して金を調達した結果、手元不如意な被告人に成り代わり、本件被害金5億円に慰謝料1億円と遅延損害金を併せた残金約6億4800万円もの金を耳を揃えて支払い、完璧に被害弁償を終えていることは特筆すべきものがある(なお、被害者に対しては、共犯者Dからも既に慰謝料1億5000万円が支払われており、これにより、被害者は本件被害の関係で総額2億5000万円もの法外な慰謝料を受領していることになる。)。同社長や同社副社長は、いわばG丸抱えで、今後の被告人の更生と再起に協力するとも公判廷で誓約しているところであり、前述のような転落過程を辿った被告人の周囲に、なおこれだけ被告人のことを思い、これを支える人達がいるということは、被告人の将来の更生に大きな期待を抱かせるものがある。
(5) そして、被告人も、捜査・公判を通じ、これまでの起伏の多い人生を振り返りつつ、今回のあまりにも愚かな自己の所業に深く思いを致し、現在では真摯にこれを反省している様子が窺われる。被害者に対しても、その思いを伝えるべく、自分の言葉で心から罪を詫びる謝罪文をしたためており、残念ながら、弁護人の懸命の努力にもかかわらず諸事情あってこれが被害者本人の手元に届くことはなかったものの、ようやく最終証拠調べ期日における被害者の証人尋問において、被告人は、自ら被害者と直に向き合った上、真摯に謝罪の言葉を述べるに至っているのであって、これに感じた被害者においても、これを受け止める旨言明しているところである。
(6) 以上に加え、被告人は、当然のことながら、本件により世間から厳しく指弾され、その社会的評価は地に落ちるなど、既に多大の社会的制裁を受けていることが窺われるが、その一方で、これまで、被告人が、自ら作詞・作曲・プロデュースした多数のヒット曲を世に送り出す一方、レコード会社に所属しない独立した音楽プロデューサーの草分け的存在として、現在でも活躍している多数のアーティストをプロデュースしてくるなど、音楽の世界に少なからざる社会的貢献をしてきたことは正当に評価されなければならない。音楽業界の内外から、被告人を慕い、なお将来に期待する多くの嘆願書が寄せられているのもその故であろう。もとより、被告人は、これまで一般前科がなく、犯罪とはほぼ無縁に生活してきたという事情もある。
3 総合判断
 そこで、以上の諸事情を総合して考えると、確かに、本件の犯情は甚だ芳しくなく、被告人の刑事責任は重いといわざるを得ないところであるが、先に見たような被害弁償の状況や被告人の反省態度、これを受け止めた被害者の心情、被告人の将来を期待する人達の存在や被告人を取り巻く更生環境などの事情も考え併せると、被告人を今直ちに刑務所に送り込むことにいかほどの社会的意義を見出し得るのかが問われることになる。
 そこで、当裁判所は、以上のような判断から、被告人を主文の刑に処した上、今回ばかりはその刑の執行を猶予して、被告人に対し社会の中で更生する機会を与えることとした次第である(検察官求刑−懲役5年)。
 前記判決宣告日同日

大阪地方裁判所第7刑事部
 裁判長裁判官 杉田宗久
 裁判官 三村三緒
 裁判官 内林尚久
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