判例全文 line
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【事件名】中国ドラマ「苦菜花」放送事件
【年月日】平成21年4月30日
 東京地裁 平成20年(ワ)第3036号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年3月17日)

判決
原告 北京赤東文化伝播有限公司
訴訟代理人弁護士 杉山博亮
同 笹木禄朗
同 永田健一
被告 亜太メディアジャパン株式会社
訴訟代理人弁護士 春日秀一郎
同 浦岡由美子
同 國塚道和
被告 スカパーJSAT株式会社
訴訟代理人弁護士 田中浩之
同 藤本知哉
同 三好豊
同 内田晴康


主文
1 被告亜太メディアジャパン株式会社は、原告に対し、135万円及びこれに対する平成17年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告亜太メディアジャパン株式会社は、別紙目録記載のテレビドラマを放送してはならない。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用のうち、原告に生じた費用の2分の1及び被告亜太メディアジャパン株式会社に生じた費用の合計の50分の6を被告亜太メディアジャパン株式会社の負担とし、50分の44を原告の負担とし、原告に生じたその余の費用及び被告スカパーJSAT株式会社に生じた費用の全部を原告の負担とする。
5 この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して6720万円及びこれに対する平成17年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 主文第2項と同旨
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、原告が、電気通信役務利用放送事業者である被告亜太メディアジャパン株式会社(以下「被告亜太」という。)及びその委託を受けた被告スカパーJSAT株式会社(以下「被告スカパー」という。)が、原告が著作権を有する別紙目録記載のテレビドラマ(以下「本件ドラマ」という。)のCSデジタル放送(通信衛星(CS)を利用したデジタル多チャンネル放送)を行い、本件ドラマの著作権(公衆送信権)を侵害した旨主張して、被告らに対し、著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償を、被告亜太に対し、著作権法112条1項に基づき、本件ドラマの放送の差止めを求めた事案である。
2 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1)  当事者
ア 原告は、中国において放送事業を営むことを目的とする中国法人である。
イ 被告亜太は、電気通信役務利用放送事業、衛星デジタル放送委託業務等を目的とする株式会社である。
ウ 被告スカパーは、放送事業、電気通信事業、放送、通信等に関する送信及び受信環境の整備及び運営、映像・音声・データ等の信号のデジタル化、圧縮化及び暗号化等に関する業務、顧客との契約の締結手続に関する業務等を目的とする株式会社である。
 なお、被告スカパーは、本件訴訟係属後の平成20年10月1日、ジェイサット株式会社(以下「ジェイサット」という。)及び宇宙通信株式会社を吸収合併し、同日、商号を「株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズ」から現商号の「スカパーJSAT株式会社」に変更した。
(2) 本件ドラマの著作物性等
ア 本件ドラマは、中国法人である北京華録百納影視有限公司(以下「北京華録」という。)及び世紀英雄電影投資有限公司によって共同で撮影制作された映画の著作物であり、北京華録が単独で本件ドラマの著作権を有していた(甲1、10、弁論の全趣旨)。
イ 中国国家版権局は、北京華録の申請に基づいて、@北京華録が本件ドラマについて「著作権(中国大陸地区における録音録画製品の5年間の独占使用権を除く)」を有する、A中国著作権保護センターの審査許可を経て、上記権利について登記する旨記載した2005年(平成17年)8月4日付け著作権登記証書(登記番号:2005−T−03062)を発行した(甲1)。
(3) 本件ドラマの放送
ア 被告亜太は、平成17年5月3日から同月13日までの間、被告スカパーの運営するCSデジタル放送サービス(名称「スカイパーフェクトTV!」。以下「本件CS放送サービス」という。)の785チャンネルにおいて、本件ドラマ(全20話)を各2回放送した(以下「本件放送」という。)。
イ(ア) 本件CS放送サービスの概要は、次のとおりである。
a CSデジタル放送は、電気通信役務利用放送、すなわち、「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信であって、その全部又は一部を電気通信事業を営む者が提供する電気通信役務を利用して行うもの」(電気通信役務利用放送法2条1項)に該当する。
 CSデジタル放送においては、以下のようなプロセスを経て、放送番組が公衆によって受信される。
@ 放送番組の制作・編集等
 電気通信役務利用放送事業者が、自己の放送番組の制作・編集等を行う。
A 放送信号の圧縮符号化
 電気通信役務利用放送事業者によって制作・編集等がされた放送番組の映像、音声の原信号(以下「ベースバンド信号」という。)は、通信衛星を通じて放送するために機械的に圧縮符号化される。
 なお、ベースバンド信号がアナログ信号の場合、圧縮符号化する前に、当該アナログ信号は、機械的にデジタル信号化される。
B 放送信号の高次元多重化・変調処理
 複数のチャンネルの信号が、機械的に、1本の放送波にまとめられる(以下「高次元多重化」という。)。
 高次元多重化されて1本となった放送波は、機械的に、通信衛星まで伝送可能な高周波の放送波に変調処理される。
C アップリンク
 変調処理された放送波は、大型のパラボラアンテナによって、電気通信事業者が保有する通信衛星に向けて発射される(以下「アップリンク」という。)。
D ダウンリンク
 アップリンクされた放送波を受け取った通信衛星は、受け取った放送波を地上に向けて打ち返す(以下「ダウンリンク」という。)。
E 各家庭での受信・視聴
 ダウンリンクされた放送波は、各家庭に設置された小型のパラボラアンテナが受け止め、専用の受信機(IRD)によって信号処理が行われてアナログ信号に変換されることで、通常のテレビにおいて放送番組の視聴が可能となる。
b CSデジタル放送においては、電気通信役務利用放送事業者が、前記a@、Aの業務を行い、伝送機能を有する電気通信事業者に対し、前記aBないしDの業務を委託し、当該電気通信事業者がこれを受託している。
 そして、本件CS放送サービスでは、被告スカパーが、電気通信役務利用放送事業者から前記aAの業務の委託を、電気通信事業者であるジェイサットから前記aB、Cの業務の委託をそれぞれ受けて行っていた。
 すなわち、被告スカパーは、放送信号を圧縮符号化するための設備等を保有し、電気通信役務利用放送事業者の委託を受けて、CSデジタル放送上で有料放送サービスを提供する電気通信役務利用放送事業者が制作・編集等をした放送番組のベースバンド信号を電気通信役務利用放送事業者から回線を通じて受信し、同ベースバンド信号を機械的に圧縮符号化する業務(前記aAの業務)を行っていた。
  た、被告スカパーは、高次元多重化装置、変調装置、大型パラボラアンテナを保有し、通信衛星を保有するジェイサットの委託を受けて、圧縮符号化されたベースバンド信号を機械的に高次元多重化・変調処理して、通信衛星へ伝送可能な放送波にした上で、その放送波を通信衛星まで伝送する業務(前記aB、Cの業務)を行っていた。
 被告スカパーによる上記各業務(前記aAないしCの業務。以下「放送番組送出業務」という。)は、ベースバンド信号を電気通信役務利用放送事業者から回線を通じて受信し、通信衛星へアップリンクするまで、機械的かつ同時的(リアルタイム)に行われており、電気通信役務利用放送事業者が放送番組のベースバンド信号を回線で被告スカパーに送信すると、リアルタイムで、各家庭での同番組の受信、視聴が可能となる。
 さらに、被告スカパーは、電気通信役務利用放送事業者から委託を受けて、電気通信役務利用放送事業者と視聴契約を締結する顧客についての加入、契約変更、解約処理、課金請求、収納等の顧客管理業務、電気通信役務利用放送事業者が提供する放送サービスの広告宣伝等の普及促進業務等(以下、これらの業務を併せて「運用業務」という。)も行っていた。
(イ) 被告スカパーは、平成14年4月30日、被告亜太との間で、被告亜太が電気通信役務利用放送事業者として本件CS放送サービスで提供する放送番組に係る放送番組送出業務及び運用業務を被告スカパーに委託する旨の委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した(丙5、6、弁論の全趣旨)。
ウ 本件放送は、被告スカパーと被告亜太間の本件委託契約に基づいて、本件CS放送サービスの785チャンネル(チャンネル名称「CCTV−9」)において行われた有料放送である(甲3ないし5、弁論の全趣旨)。
3 争点
 本件の争点は、原告が北京華録から本件ドラマの日本における著作権(以下「本件著作権」という。)の譲渡を受けたかどうか(争点1)、被告亜太が、原告主張の本件著作権の譲渡(移転)につき対抗要件欠缺の抗弁を主張して、原告の請求を拒絶できるかどうか(争点2)、本件放送による本件著作権(公衆送信権)の侵害について被告スカパーに過失があるかどうか(争点3)、被告らが賠償すべき原告の損害額(争点4)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(北京華録の原告に対する本件著作権の譲渡の有無)について
(1) 原告の主張
ア(ア) 原告と北京華録は、2005年(平成17年)3月25日、「テレビ番組著作権譲渡契約」と題する書面(甲2。以下「本件譲渡契約書」という。)に調印することにより、北京華録が原告に対し、本件ドラマを含む6本のテレビドラマについての韓国、シンガポール、日本及びマレーシアにおける著作権を代金50万人民元で譲渡する旨の契約(以下「本件譲渡契約」という。)を締結した。
(イ) 被告亜太は、後記(2)アのとおり、原告は北京華録から本件ドラマの非独占的利用権の「譲渡」を受けたにすぎない旨主張する。しかし、本件譲渡契約書(甲2)中の「一、基本条項」の「著作権および有する権利について」、「二、番組の授権」の「譲渡する権利の性質:すべての著作権」、「三、権利、責任条項」の「1、甲は、・・・すべての著作権を有することを承諾し、かつ、いかなる第三者に対しても、本契約内に規定するいかなる権利についても授権しないことを保証する。」との各記載から、原告が本件ドラマを含む6本のテレビドラマについての韓国、シンガポール、日本及びマレーシアにおける著作権の譲渡を受けたことは明らかであり、被告らの上記主張は失当である。
イ したがって、原告は、平成17年3月25日、北京華録から、本件譲渡契約に基づいて、北京華録が有する本件ドラマの日本における著作権(本件著作権)の譲渡を受けた。
(2) 被告亜太の反論
ア 原告は、北京華録から、本件ドラマについて非独占的利用権の「譲渡」を受けたにすぎず、本件著作権の「譲渡」を受けていない。その理由は、以下のとおりである。
(ア) 中国法における「譲渡」の用語は、権利移転を意味する狭義の「譲渡」と、使用許諾その他ライセンス方式による許諾を含めた広義の「譲渡」と二つの意味がある。本件譲渡契約書(甲2)の標題に「譲渡契約」と記載されてはいるものの、本件譲渡契約書には、「譲渡」が狭義の譲渡を意味するのか、ライセンス許諾を意味するのか明確な記載はないから、本件譲渡契約書の文面のみから、北京華録から原告への本件著作権の譲渡(権利移転)があったかどうか決することはできない。
(イ) 北京華録作成の2005年(平成17年)10月25日付け「情況証明」と題する書面(原文乙3・訳文乙10。以下「本件情況証明書」という。)には、@北京華録は、原告との間で本件譲渡契約書に係る契約を締結する前に、本件ドラマの衛星放送権を「湖南電視台」に付与していた、A北京華録は、原告との間で上記契約を締結する時に、放送権の二重譲渡が生じるとの認識はなかった、B原告が、@、Aの事実について異議を有する場合、北京華録は原告と協議をすることを希望するとの記載がある。
 仮に北京華録が原告に対し本件ドラマの著作権を譲渡する意思を有していたのであれば、北京華録は、本件譲渡契約書に係る契約の締結の際、既に上記@の「湖南電視台」すなわち湖南広播影視集団(以下「湖南影視」という。)に対し、日本における本件ドラマの放送権を付与していたから、放送権の二重譲渡の問題が生じることを認識したはずである。しかし、本件情況証明書には、上記Aのとおり、北京華録は「放送権の二重譲渡が生じるとの認識はなかった」と明記されており、このことは、北京華録が、上記契約の締結時において、原告に対し、著作権の譲渡(権利移転)をする意思を有しておらず、単に(二重譲渡の問題が生じ得ない)「非独占的利用権」を許諾する意思を有していたにとどまることを端的に示すものである。
(ウ) 中国国家版権局発行の2005年(平成17年)8月4日付け著作権登記証書(甲1)には、北京華録が本件ドラマについて「著作権(中国大陸地区における録音録画製品の5年間の独占使用権を除く)」を有するとの記載があるが(前記第2の2(2)イ)、韓国、シンガポール、マレーシア及び日本における著作権について何ら制限する文言が付されていない。仮に北京華録が上記著作権登記証書に係る登記に先立つ同年3月25日に原告に対し本件譲渡契約書に係る契約に基づいて本件著作権を譲渡していたのであれば、上記著作権登記証書には、その旨を記載しているはずであるのに、そのような記載はない。このことは、北京華録が、本件譲渡契約書に係る契約の締結の際、原告に対し、本件著作権を譲渡する意思を有しておらず、「非独占的利用権」を許諾する意思を有していたにすぎないことを表すものである。
イ また、本件譲渡契約書(甲2)には、「契約署名後30日以内」に北京華録が原告に対し「著作権証明書」を交付する旨の約定が記載されていること、この「著作権証明書」に相当する著作権登記証書(甲1)の発行日は2005年(平成17年)8月4日であることに照らすならば、本件譲渡契約書の署名の直下に「2005年3月25日」との記載があることを考慮してもなお、現実の譲渡日は、被告亜太が本件放送を行った同年5月3日ないし13日よりも後であるとみるのが自然である。
 したがって、原告が本件放送前の同年3月25日に北京華録から本件著作権の譲渡を受けた事実はない。
2 争点2(対抗要件欠缺の抗弁の成否)について
(1) 被告亜太の主張
ア(ア) 北京華録と湖南影視は、2004年(平成16年)10月26日、「テレビドラマ放送権譲渡契約書」と題する書面(原文乙1・訳文乙9。以下「本件放送権譲渡契約書」という。)をもって、北京華録が湖南影視に対し、本件ドラマの放送権を代金50万6000人民元で譲渡する旨の契約(以下「本件放送権譲渡契約」という。)を締結した。
 したがって、湖南影視は、本件放送権譲渡契約に基づいて、本件ドラマの日本における放送権(公衆送信権)を取得した。
(イ) なお、本件放送権譲渡契約書には、「放送権の使用範囲」として、「湖南地区の無線放送、有線放送、衛星放送を含む。」(1項)と記載されているが、上記記載は、「含む」との文言があるように、本件ドラマの放送地域を何ら限定するものではなく、湖南地区以外における放送を特段除外するものではない。また、衛星放送は、受信地域を限定しない性質に加え、湖南影視の受信可能な衛星放送エリアが中国の主要都市である北京、上海、天津及び重慶を始め、ほぼ中国全土をカバーし、さらに国外(カナダ、日本、オーストラリア、ニュージーランド)へも放送視聴域を拡大していること(乙4)からすれば、上記記載は、本件ドラマの衛星放送について何ら限定するものではない。
イ(ア) 被告亜太と湖南影視は、2004年(平成16年)9月30日、「番組提携契約書」と題する書面(乙2。以下「本件提携契約書」という。)をもって、湖南影視が被告亜太に対し、湖南影視が本件ドラマを含め衛星放送など海外で放送する権利を有する番組について本件CS放送サービスの785チャンネルを通して放送する権利を付与する旨の契約(以下「本件提携契約」という。)を締結した。
 したがって、被告亜太は、本件提携契約に基づいて、湖南影視から配信される湖南影視が放送権を有する番組を本件CS放送サービスの785チャンネルを通して放送する権利を取得した。
(イ) また、北京華録は、湖南影視及び被告亜太に対し、2005年(平成17年)10月17日付け書面(乙5)及び同月19日付け書面(乙6)により、被告亜太が日本において本件ドラマを放送する権利を有することを認めている。
ウ 以上によれば、原告主張の北京華録から原告への本件著作権(公衆送信権を含む。)の譲渡と北京華録から湖南影視への本件放送権譲渡契約に基づく本件ドラマの放送権(公衆送信権)の譲渡とは二重譲渡の関係に立ち、湖南影視から本件提携契約に基づき日本における本件ドラマを放送する権利を取得した被告亜太は、原告主張の本件著作権の日本における登録の欠缺を主張するについて正当な利益を有するから、著作権法77条1項柱書の「第三者」に当たるというべきである。
 そして、原告は、原告主張の本件著作権について日本における著作権の移転登録(著作権法77条1項1号)を経由していないから、被告亜太に対し、原告主張の本件著作権を対抗することができない。
(2) 原告の反論
ア(ア) 乙1(本件放送権譲渡契約書)は、北京華録の押印がなく、正式の契約書とはいえない。
 また、乙1は、本件ドラマの「使用を許諾する地理的範囲」を湖南地区に限定し、「期間」を2年とした「許諾使用契約」(中国著作権法24条2項3号)に係る契約書にすぎない。このことは、著作物の使用許諾(許諾使用)を受けたにすぎない場合には、著作権そのものを取得したわけではないので、著作権者の同意なく、第三者に対して著作物の使用を許諾することはできないところ、乙1に、第三者に対する使用許諾の禁止条項(10項)があることが示している。
 さらに、北京華録作成の本件情況証明書(乙3)において、原告と湖南影視との間に「放送権の二重譲渡が生じるとの認識はなかった」(訳文乙10)と記載されているのは、北京華録が原告に日本など4か国の本件ドラマの著作権を譲渡したのに対し、北京華録が湖南影視に本件ドラマの使用を許諾したのは湖南地区に限定されているからである。
 したがって、乙1は、湖南影視が北京華録から本件ドラマの日本における放送権の譲渡を受けたことの根拠となるものではなく、湖南影視は上記放送権の譲渡を受けていないから、湖南影視から本件ドラマを放送する権利を付与されたと主張する被告亜太は、上記放送権を有していない無権利者である。
(イ) 以上によれば、被告亜太は、北京華録から原告への本件著作権の移転につき対抗要件の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって、著作権法77条1項柱書の「第三者」に当たらないから、原告は、被告亜太に対し、本件著作権を登録なくして対抗することができる。
イ また、仮に北京華録が湖南影視に対し本件著作権を譲渡し、原告と湖南影視が二重譲渡の対抗関係に立つとしても、原告は本件ドラマの韓国、シンガポール、日本及びマレーシアにおける著作権について中国で登記(甲15)を経由しているのに対し、被告亜太及び湖南影視は著作権の登記をしていないのであるから、原告は、被告亜太に対し、本件著作権を主張することができる。
3 争点3(被告スカパーの過失の有無)について
(1) 原告の主張
ア 被告スカパーは、以下のとおり、本件放送の主体である。
(ア) 被告スカパーは、電気通信役務利用放送事業者である被告亜太及び電気通信事業者であるジェイサットから委託を受けて、本件放送に係る放送番組送出業務を行ったから、本件放送のプロセスにおいて主要な役割を果たしたものであり、本件放送の主体であるということができる。
(イ) また、CSデジタル放送の委託放送事業者(電気通信役務利用放送事業者)及び受託放送事業者(電気通信事業者)の双方から委託を受けて、顧客管理業務、番組情報の提供業務、加入促進業務、放送番組の人工衛星への送出(アップリンク)業務等を提供する、いわゆる「プラットフォーム事業者」は、被告スカパー1社のみであって、被告スカパーは、プラットフォーム事業において独占的な地位にあり、CSデジタル放送において主導的な役割を果たしていたのであるから、本件放送の主体であるということができる。
イ(ア) 被告スカパーは、前記ア(ア)のとおり、プラットフォーム事業者として、電気通信役務利用放送事業者及び電気通信事業者から委託を受けて、CSデジタル放送のプロセスのうち、放送番組送出業務を行うとともに、電気通信役務利用放送事業者が放送する番組内容を熟知した上で、これを広く一般視聴者等に宣伝して、本件CS放送サービスの運営を行っていたのであるから、事前に、電気通信役務利用放送事業者の提供する放送の内容を知り、当該放送によって著作権等の他人の権利が侵害され得ることを十分に知り得る立場にあった。
 そして、放送法上、プラットフォーム事業者がCSデジタル放送の委託放送事業者に対して役務を提供すべきことを定める規定は存在しないから、被告スカパーは、本件CS放送サービスにおける著作権等の他人の権利が侵害され得るような放送を停止することができたというべきである。
(イ) 加えて、被告亜太は、本件放送の9か月前の平成16年8月、アテネオリンピック放送を放送する権利がないにもかかわらず、本件CS放送サービスの785チャンネルで、これを放送したことにより中国電視総公司から重大な抗議を受けており、この事実は、広く報道され、社会問題化し、被告スカパーも認識していた。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)の事情の下においては、被告スカパーには、被告亜太において著作権侵害となる番組を放送することがないよう、被告亜太に対し著作権の帰属を証明するに足りる書類の提出を求めるなどの適切な措置を講じ、著作権侵害行為の発生を未然に防止するとともに、著作権侵害となるような放送がされた場合は、放送を停止するなどの適切な措置を速やかにとるべき注意義務があったというべきである。
 しかるに、被告スカパーは、被告亜太に対し、本件ドラマの著作権の帰属を証明するに足りる書類の提出等を求めることもなく、漫然と本件放送を行い、上記注意義務に違反したものであるから、被告スカパーには本件放送による原告の本件著作権(公衆送信権)の侵害につき過失がある。
ウ 以上のとおり、被告スカパーは、本件放送による本件著作権(公衆送信権)の侵害について過失があるから、被告亜太と共同して、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
(2) 被告スカパーの反論
ア(ア) 被告スカパーは、電気通信役務利用放送事業者から受信した放送番組の信号(ベースバンド信号)を、機械的かつ同時的(リアルタイム)に伝送するという、いわば単なる導管的な役割を果たしたにすぎず、本件放送の主体ではない。
 被告スカパーは、電気通信役務利用放送事業者から受信した放送番組の信号をジェイサットの通信衛星に向けてアップリンクしていたが、これはポイント・ツー・ポイントの通信であって、「公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的」(著作権法2条1項8号)としている行為ではない。
(イ) また、@電気通信役務利用放送事業法15条の準用する放送法3条により、電気通信役務利用放送事業者が制作・編集等をした放送番組は、原則として、何人の干渉も受けずそのまま放送されることが要請されていること、A電気通信事業法3条により、放送番組については、検閲が禁止され、その結果として、そのまま伝送されることが要請されていること、B電気通信事業法121条1項及び放送法52条の9第1項の趣旨により、被告スカパーは、ジェイサットから委託を受けた業務については、原則として電気通信役務利用放送事業者への役務提供義務を負うものとされていること、以上の@ないしBから、被告スカパーにおいては、電気通信役務利用放送事業者が制作・編集等をした放送番組は、原則として、ジェイサットにそのまま伝送することが要請されていた。
 このように、電気通信役務利用放送事業者が制作・編集等をした放送番組は、何人にも干渉されずにそのまま伝送されることが法律上要請され、放送番組の制作・編集については、電気通信役務利用放送事業者が責任を負うこととされていた。
 したがって、被告スカパーは、放送番組の内容に関与することはできず、電気通信役務利用放送事業者が送信した放送番組の信号をそのまま伝送せざるを得ないのであるから、電気通信役務利用放送事業者である被告亜太の放送行為を被告スカパーが管理・監督していないことはもとより、支配しているものでもない。
イ(ア) 前記ア(イ)のとおり、法律上、電気通信役務利用放送事業者が制作・編集等をした放送番組は、何人にも干渉されずにそのまま放送されることが要請されており、放送番組についての責任は、専ら、放送の制作・編集等を行う、放送主体である電気通信役務利用放送事業者が負うものとされている。
 また、被告スカパーが、CSデジタル放送に関し、電気通信役務利用放送事業者との委託契約に基づき受託している業務は、放送番組送出業務のうちの圧縮符号化に関する業務(前記第2の2(3)イ(ア)aAの業務)及び運用業務である。
 したがって、被告スカパーは、法律上も契約上も、電気通信役務利用放送事業者が送信してきた放送番組の信号を、圧縮符号化する以外は、そのまま伝送する義務を負っており、電気通信役務利用放送事業者の放送番組の内容(著作権の帰属を含む。)を吟味し、「放送できる番組」、「放送できない番組」に区別して、「放送できない番組」については受託業務を行わないという取扱いをする権限を有しないことはもとより、そのような義務を負っていない。
(イ)a また、事実上も、被告スカパーは、CSデジタル放送において単なる導管的な役割(いわば、インターネットの経由プロバイダーと同様の役割)を担っているにすぎない。
 すなわち、本件放送がされた平成17年5月当時、被告スカパーが電気通信役務利用放送事業者及びジェイサットから受託していた放送番組送出業務(前記第2の2(3)イ(ア)aAないしCの各業務)は、各電気通信役務利用放送事業者が被告スカパーに送信した放送番組の信号を、瞬時かつ機械的に処理して、リアルタイムでそのまま通信衛星に向けて伝送するというものにすぎない。
 したがって、被告スカパーは、電気通信役務利用放送事業者の放送番組の著作権の帰属について、放送前に調査する義務を負うものではない。
b この点に関し、原告は、被告スカパーは、被告亜太から、本件ドラマの著作権の帰属を証明するに足りる書類を事前に提出させる義務があった旨主張する。
 しかし、著作権の帰属を登録証、契約書等の書面に依拠して判断することは極めて困難である(特に、日本では、著作権の登録制度はほとんど利用されていない状況にあり、ライセンスについては登録対象ですらない。)。また、放送番組の著作権の帰属を確認するためには、放送番組の創作者やその後の権利変動につき、詳細な事実調査が必要であるが、そのような事実調査を被告スカパーが行うことは現実的には極めて困難である。ましてや、本件CS放送サービス上のチャンネル数は、本件ドラマが放送された平成17年5月当時、合計295チャンネルあり、それぞれのチャンネルにおいて多数の放送番組が放送されていた(例えば、被告亜太の785チャンネルについていえば、本件ドラマが放送された同年5月3日の1日当たりの放送枠だけでも約40番組あった。)。1日当たりの放送枠は、単純に計算すれば、約1万以上にもなり、全てのチャンネルで放送されている全ての放送番組について、事前に、事実関係を調査して権利の帰属を確認することは、現実的には不可能である。
 したがって、原告の上記主張は失当である。
(ウ) 以上のとおり、被告スカパーは、本件ドラマに関する著作権の帰属について、被告亜太から必要な書類を提出させるなどして、放送前に調査する義務を負わず、本件ドラマの放送により発生する著作権侵害を未然に防止する義務を負うものではない。
ウ 被告スカパーは、以下のとおり、著作権侵害を含む権利侵害の発生の防止の措置を講じている。
(ア) 法令違反を行わない旨の確認書の徴求
 被告スカパーは、電気通信役務利用放送事業者と放送番組送出業務及び運営業務の委託契約を締結するに当たって、電気通信役務利用放送事業者から「法令に違反しないこと」に同意する旨の確認書を徴求している。
 そして、被告スカパーは、被告亜太からも、平成14年4月10日付けで「法令に違反しないこと」に同意する旨の確認書(丙12)を徴求している。
(イ) 権利侵害警告への対応
 被告スカパーは、放送番組に関して第三者から被告スカパーに対し権利侵害の警告等があった場合には、権利処理に対する責任は電気通信役務利用放送事業者が負うことを前提に、当該放送番組に係る電気通信役務利用放送事業者に対して、当該警告があった事実を可及的速やかに通知するとともに、権利処理の状況や放送予定等について報告を求めている。
 しかるに、本件においては、被告スカパーは、本件放送前に、原告から本件放送が本件著作権の侵害に当たる旨の通知を受けていない。仮に被告スカパーが本件放送前に原告から何らかの警告を受けていれば、被告亜太に対し、当該警告があった事実を可能な限り速やかに通知するとともに、権利処理の状況や放送予定等について報告を求めたはずである。
エ 以上のとおり、被告スカパーは、本件放送の主体でないのみならず、本件CS放送サービスにおける放送前に放送番組の著作権の帰属について調査して著作権侵害を未然に防止する義務を負うものではなく、また、被告スカパーは、法律上可能な範囲において、著作権侵害を含む権利侵害の発生の防止に努めており、原告主張の本件放送による本件著作権(公衆送信権)の侵害について過失がないから、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うことはないというべきである。
4 争点4(原告の損害額)について
(1) 原告の主張
ア 被告らによる本件放送は、原告の本件著作権(公衆送信権)を侵害する共同不法行為に該当するものであり、これにより原告が被った損害は、以下のとおり合計6720万円を下らない。
(ア) 使用料相当額 5600万円
 @本件ドラマの主演女優が「A」という数々の賞を受賞している人気女優であること(甲9)、A本件ドラマ(全20話)のDVDの日本における販売価格は9100円であり(甲10)、1話当たりの販売価格は455円(9100円÷20)であるのに対し、中国のテレビドラマ「三国演義」(全84話)のDVDの1話当たりの販売価格は773.9円(6万5010円÷84)であり(甲11)、この二つのドラマを対比すると、本件ドラマの販売価格は、「三国演義」の58.7%に相当すること、B「三国演義」の1話当たりの放送権は4万ドル〜5万米ドル(480万円〜600万円)で取引されていること(甲12)を総合すると、原告が日本において本件ドラマの公衆送信権を他の放送事業者に使用させた場合に受けるべき金銭の額に相当する額(使用料相当額)は、1話当たり280万円(480万円×58.7%)を下らない。
 したがって、原告は、著作権法114条3項により、本件ドラマ全20話の本件放送による使用料相当額合計5600万円(280万円×20)を原告が受けた損害の額として、被告らに対し、その損害賠償を請求することができる。
(イ) 弁護士費用 1120万円
 本件訴訟は、中国法人である原告が日本法人である被告らに対し提起した訴訟であること、本件ドラマが本件放送後も無断放送されることを防止するため、原告は本件訴訟の提起前に仮処分の申立てをする必要があったことなどからすれば、被告らが行った本件著作権(公衆送信権)の侵害行為と相当因果関係のある原告の弁護士費用相当額の損害は、1120万円を下らない。
イ したがって、原告は、被告らに対し、本件著作権(公衆送信権)侵害の不法行為に基づく損害賠償として、6720万円及びこれに対する平成17年5月13日(最後の不法行為の日である本件放送の最終日)からから支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2) 被告らの反論
ア 被告亜太
 原告主張の損害額は否認する。
 テレビドラマの公衆送信権の使用料は、高くても1話当たり5万円が相場であるところ、本件ドラマは、特に人気のあるコンテンツではないから、その公衆送信権の使用料は1話当たり5000円程度である。
 DVDの販売価格と公衆送信権の販売価格との間に原告が主張するような相関関係はなく、また、最高視聴率が46.7パーセント、広告収入だけでも1億5100万人民元(22億6500万円)に上るなど、他に類を見ないほど魅力的なコンテンツである「三国演義」と本件ドラマとを比較すること自体不合理である。
イ 被告スカパー
 原告主張の損害額は否認する。
 原告主張の1話当たり280万円という金額は、原告主張の論理によっても、本件ドラマの放送権を販売した場合の価格であり、本件ドラマの放送回数に応じた使用料相当額ではない点において、そもそも失当である。
 また、本件ドラマのような中国ドラマの日本における視聴者は極めて限定されるから、放送1回当たりの使用料相当額は、高々数万円程度であると推測される。原告主張の「三国演義」は、本件ドラマとは比べものにならない超大作であり、「三国演義」を基準として、本件ドラマの損害額を算定することは、妥当性及び合理性を欠くものであり、原告が主張するようなDVDの販売価格と放送権の価格との間に関連性など存在しない。
 さらに、原告の主張によれば、原告は、北京華録から、本件ドラマを含む6作品のテレビドラマの日本、韓国、シンガポール、マレーシアの全ての著作権を50万人民元(平成17年3月25日時点の為替相場1人民元=12.86円によれば、643万円相当)で譲渡を受けたというのであるから、原告主張の損害額は、譲渡対象である6作品中の一つにすぎない本件ドラマについて、譲渡対象である4か国中の一つにすぎない日本において、各話を2回ずつ放送したことに対する使用料相当額としては高額に過ぎ、不相当であることが明らかである。
第4 当裁判所の判断
1 本件の準拠法について
 本件は、中国法人である原告が、日本法人である被告らに対し、中国のテレビドラマである本件ドラマの著作権侵害に基づく損害賠償及び差止めを求める点において、渉外的要素を含むものであるから、準拠法を決定する必要がある。
 本件ドラマは、中国法人である北京華録ほか1社が撮影制作した映画の著作物であり(前記第2の2(2)ア)、その著作者が中国法人であることに争いがないものと認められ、また、中国はベルヌ条約の「同盟国」であるから、ベルヌ条約3条(1)(a)及び著作権法6条3号により、本件ドラマは、我が国の著作権法の保護を受ける。
 原告の著作権侵害に基づく差止請求は、ベルヌ条約5条(2)により、「保護が要求される同盟国の法令」の定めるところによることとなり、我が国の著作権法が適用される。
 また、原告の著作権侵害に基づく損害賠償請求については、その法律関係の性質が不法行為であると解されるから、平成18年法律第78号附則3条4項により、なお従前の例によることとされた同法による改正前の法例11条によってその準拠法が定められることになる。そして、本件において、「原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律」(同条1項)は、本件ドラマの放送が行われたのが日本国内であること、我が国の著作権法の保護を受ける著作物の侵害に係る損害が問題とされていることから、日本の法律と解すべきであり、日本法が適用される。
 さらに、本件においては、本件ドラマの著作権の譲渡の有無について争いがあるところ、著作権の譲渡について適用されるべき準拠法を決定するに当たっては、譲渡の原因関係である法律行為と、目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区別し、それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきものと解する。
 すなわち、本件著作権の譲渡の原因行為である法律行為の成立及び効力については、平成18年法律第78号附則3条3項により、なお従前の例によることとされた同法による改正前の法例7条(以下、単に「法例7条」という。)によって適用されるべき準拠法を決定し、本件著作権の譲渡(移転)の第三者に対する効力に係る物権類似の支配関係の変動について適用されるべき準拠法は、保護国の法令である我が国の著作権法が準拠法となるものと解する(東京高等裁判所平成13年5月30日判決(平成11年(ネ)第6345号)参照)。
 以上を前提に、本件の各争点について判断する。
2 争点1(北京華録の原告に対する本件著作権の譲渡の有無)について
(1) 原告と北京華録間の本件譲渡契約の締結の有無
 原告主張の原告と北京華録間の本件譲渡契約は、中国法人である両当事者が中国で締結した契約であり、原告と北京華録間には、本件譲渡契約の成立及び効力についての準拠法は中国の法律とする旨の合意が存在するものと認められるから(甲2、弁論の全趣旨)、法例7条1項により、その準拠法は、中国の法律である。
ア 前記争いのない事実等(前記第2の2)と証拠(甲2、13、16)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(ア) 北京華録は、平成17年3月25日当時、本件ドラマの著作権を有していた。
(イ) 原告と北京華録は、平成17年3月25日、本件譲渡契約書(甲2)に調印し、本件譲渡契約書の各条項記載の内容の契約を締結した。
 本件譲渡契約書には、次のような条項がある。なお、「甲」は北京華録を、「乙」は原告を指す。
a 「標題」
 「テレビ番組著作権譲渡契約」
b 「頭書」
 「甲、乙双方は、協議を経てテレビ番組の著作権に関する譲渡について、以下の条項のとおり合意に達した。」
c 「一、基本条項
 著作権:甲はテレビドラマ「鉄血青春」、「迎春花」、「浴血男児」、「苦菜花」、「使命」、「哭也不流涙」の著作権およびそれに附帯する、発行権、署名権、発表権、翻訳権、放映権、撮影制作権および使用権等の権利(これらを含むがこれらに限らない)を合法的に有し、本契約で授権するすべての合法的権利を有する。
 甲は、当該ドラマの海外(韓国、シンガポール、日本、マレーシア)での著作権および有する権利について、乙に有償で譲渡すること、契約締結後、乙は本契約において約定する権利を行使して生じるこれに関する利益は、乙が享受することに同意する。」
d 「二、番組の授権
 授権譲渡地域:韓国、シンガポール、日本、マレーシア
 譲渡する権利の性質:すべての著作権」
e 「三、権利、責任条項
 1、甲は、乙が契約締結後に上記の地区において上記の番組のすべての著作権を有することを承諾し、かつ、いかなる第三者に対しても、本契約内に規定するいかなる権利についても授権しないことを保証する。
 2、乙は、双方が本契約を締結後、範囲を超えたり、権限を超えたりする経営活動を行わないことを保証する。」
f 「五、支払の件
 1、契約締結後、乙は甲に対し500000人民元の譲渡費用を支払う。
 2、本契約第四項において必要とする内容および材料については、実際に発生した費用に基づき計算し、乙が甲に一括で支払う。
 3、乙が契約に基づき3ヶ月以内に支払を行わない、あるいは支払が不完全である場合、支払予定金額に対し毎日0.5%の割合の違約金を甲に支払い、支払予定日から30日を超えた場合、甲は本契約を解約する権利を有し、無条件で契約に約定するすべての授権権利について回収し、かつ乙に対し損害賠償を請求するとともに、甲は乙の支払済み分について返還しない。」
イ 前記アの認定事実によれば、原告と北京華録は、平成17年3月25日、北京華録が原告に対し、北京華録が著作権を有する本件ドラマ(「苦菜花」)及びその他5本のテレビドラマ(「鉄血青春」、「迎春花」、「浴血男児」、「使命」、「哭也不流涙」)についての韓国、シンガポール、日本及びマレーシアにおける著作権を代金50万人民元で譲渡する旨の契約(本件譲渡契約)を締結したことが認められる。
 そうすると、原告は、平成17年3月25日、北京華録から、本件譲渡契約に基づいて、本件著作権の譲渡を受けたことが認められる。
ウ(ア) これに対し被告亜太は、原告は、北京華録から、本件譲渡契約書に係る契約により、本件ドラマについて非独占的利用権の「譲渡」を受けたにすぎず、本件著作権の「譲渡」を受けていない旨主張する。
 しかし、被告亜太の主張は、以下のとおり理由がない。
a 前記ア(イ)のとおり、本件譲渡契約書(甲2)の各条項においては、一貫して本件ドラマの「著作権」又は「すべての著作権」を「譲渡」すると明記されている一方で、本件譲渡契約書には、「利用許諾」や「使用許諾」といった文言は全く用いられておらず、利用を許諾する権利の種類や利用を許諾する期間を定めた条項も存在しない。
 また、中国著作権法25条は、「権利譲渡契約」には、主要条項として、「(1)著作物の名称、(2)譲渡される権利の種類、地域範囲、(3)譲渡金の金額、(4)譲渡金支払の期日及び方法、(5)違約責任、(6)双方が定める必要があると認めるその他の内容」を含む旨規定しているところ(乙11)、本件譲渡契約書には、前記ア(イ)のとおり、著作物の名称、譲渡される権利の種類、地域範囲、譲渡金の金額、譲渡金支払の期日、違約責任についての条項が存在する。
b 被告亜太が主張するように、中国法における「譲渡」の用語は、権利移転を意味する狭義の「譲渡」と、使用許諾その他ライセンス方式による許諾を含めた広義の「譲渡」と二つの意味があるとしても、前記aの認定事実に照らせば、本件譲渡契約書は、著作権の譲渡(権利移転)に関する契約書であることは明らかであり、使用許諾その他ライセンス方式による許諾に関する契約書と解すべき余地はない。
c また、被告亜太は、北京華録は本件譲渡契約書に係る契約の締結の際既に湖南影視に対し日本における本件ドラマの放送権を付与していたのに、北京華録作成の2005年(平成17年)10月25日付け本件情況証明書中に、北京華録が原告と上記契約を締結するに当たり「放送権の二重譲渡が生じるとの認識はなかった」との記載があることは、北京華録が、上記契約の締結時において、原告に対し、著作権の譲渡(権利移転)をする意思を有しておらず、単に(二重譲渡の問題が生じ得ない)「非独占的利用権」を許諾する意思を有していたにとどまることを端的に示すものである旨主張する。
 そこで検討するに、本件情況証明書(原文乙3・訳文乙10)には、「当社は、今年、「北京赤東文化伝播有限公司」と著作権譲渡契約を締結する以前に、すでにテレビドラマ「苦菜花」の衛星放送権を湖南電視台に付与していました。当社は、赤東公司と「苦菜花」の著作権譲渡契約を締結するにあたり、放送権の二重譲渡が生じるとの認識はありませんでした。」との記載がある。
 しかし、上記記載中には、北京華録が「湖南電視台」に付与した「苦菜花」(本件ドラマ)の「衛星放送権」が日本における衛星放送を含むことについての記載はなく、本件情況証明書の他の記載中にも、この点の記載はない。
 そうすると、本件情況証明書からは、北京華録が「湖南電視台」に対し本件ドラマの日本における放送権を付与していたとまで読み取ることはできないから、北京華録が原告との間で本件譲渡契約を締結することにより本件ドラマの日本における放送権について「二重譲渡を生じるとの認識」がなかったとしても何ら不自然ではない。かえって、本件情況証明書中には、「北京赤東文化伝播有限公司と著作権譲渡契約を締結」との記載があるとおり、北京華録が原告と締結した契約が本件ドラマの「著作権譲渡契約」であることが明記されており、上記契約が被告亜太が主張するような「非独占的利用権」を許諾する内容の契約であることを窺わせる記載はない。
 したがって、被告亜太の上記主張は、採用することができない。
d さらに、被告亜太は、中国国家版権局発行の2005年(平成17年)8月4日付け著作権登記証書(甲1)には、北京華録が本件ドラマについて「著作権(中国大陸地区における録音録画製品の5年間の独占使用権を除く)」を有するとの記載があるが、韓国、シンガポール、マレーシア及び日本における著作権について何ら制限する記載がないことは、北京華録が、上記著作権登記証書発行前の本件譲渡契約書に係る契約の締結の際、原告に対し、本件著作権を譲渡する意思を有しておらず、「非独占的利用権」を許諾する意思を有していたにすぎないことを表すものである旨主張する。
 そこで検討するに、上記著作権登記証書(甲1)には、「北京華録百納影視有限公司と世紀英雄電影投資有限公司が2002年に共同で撮影制作、完成し、2004年7月に中国江蘇で初めて公開上映された作品「苦菜花」について、申請者北京華録百納影視有限公司が上記作品の著作権(中国大陸地区における録音録画製品の5年間の独占使用権を除く)を有する。」との記載がある。
 上記記載からは、上記著作権登記証書に係る著作権登記は、北京華録が本件ドラマの制作により取得した著作権に関する登記であることが認められ、これに反する証拠はない。
 そうすると、北京華録が本件ドラマの制作により取得した著作権に関する登記に、北京華録の上記取得後の著作権の移転に関する事項(北京華録の本件譲渡契約に基づく原告に対する本件ドラマの韓国、シンガポール、マレーシア及び日本における著作権の譲渡)が反映されていないからとって、北京華録が、上記著作権登記証書発行前の本件譲渡契約の締結の際、原告に対し、本件著作権を譲渡する意思を有していなかったことの根拠となるものではない。
 したがって、被告亜太の上記主張は、採用することができない。
e 以上のとおり、原告は北京華録から本件ドラマについて非独占的利用権の「譲渡」を受けたにすぎないとの被告亜太の主張は、理由がない。
(イ) 次に、被告亜太は、本件譲渡契約書(甲2)には、契約署名後30日以内に北京華録が原告に対し「著作権証明書」を交付する約定が記載されていること、この「著作権証明書」に相当する著作権登記証書(甲1)の発行日は2005年(平成17年)8月4日であることに照らすならば、本件譲渡契約書の署名の直下に「2005年3月25日」との記載があることを考慮してもなお、現実の譲渡日は、被告亜太が本件放送を行った同年5月3日ないし13日よりも後であって、原告が同年3月25日に北京華録から本件著作権の譲渡を受けた事実はない旨主張する。
 しかし、被告亜太の主張は、理由がない。
a 本件譲渡契約書(甲2)には、北京華録の署名欄の直下に不動文字で「2005年3月25日」と記載されていること、原告の署名欄の直下に不動文字で「年」「月」「日」と記載され、手書きで「2005」「3」「25」と記載されていることが認められる。
 他方で、本件証拠上、本件譲渡契約の締結が真実は被告亜太が本件放送を行った平成17年5月3日ないし13日より後であるにもかかわらず、原告と北京華録が本件譲渡契約書の作成日付を遡らせたことや、北京華録において作成日付を遡らせることに協力する動機があったことを窺わせる証拠はない。
b また、本件譲渡契約書(甲2)には、「四、甲は、全編の制作を完成し、かつ契約署名後30日以内に、乙に対し以下の物品および資料を提供することを承諾する」、「2、著作権証明書、発行許可証」との記載がある。上記記載からは、北京華録は、本件ドラマを含む全作品を完成し、かつ、本件譲渡契約書に署名した後30日以内に、原告に対し、「著作権証明書」に相当する著作権登記証明書を提供することを承諾したことが認められる。
 しかるに、被告亜太が主張するように、2005年(平成17年)8月4日発行の著作権登記証書(甲1)が「著作権証明書」に相当するものであるとしても、北京華録が上記承諾に係る期限内に上記著作権登記証書を提供したことを裏付ける証拠はない。
 そうすると、上記著作権登記証書の発行日から原告と北京華録間で本件譲渡契約が締結された日、すなわち北京華録が原告に対し本件著作権の譲渡をした日を推認することはできないから、上記著作権登記証書の発行日が2005年8月4日であるからといって、北京華録が原告に対し本件著作権の譲渡をした日が本件放送の後であるということはできない。
c 以上によれば、原告と北京華録間の本件譲渡契約の締結の日は、本件譲渡契約書の作成日付である平成17年3月25日であると認めるのが相当である。
 したがって、北京華録から原告への本件ドラマの著作権の譲渡日が本件放送後であるとの被告亜太の主張は理由がない。
(2) 小括
 以上のとおり、原告は、平成17年3月25日、北京華録から、本件譲渡契約に基づいて、北京華録が有する本件ドラマの日本における著作権(本件著作権)の譲渡を受けたことが認められる。
3 争点2(対抗要件欠缺の抗弁の成否)について
(1) 被告亜太の「第三者」該当性
 被告亜太主張の北京華録と湖南影視間の本件放送権譲渡契約は、中国法人である両当事者が中国で締結した契約であり、北京華録と湖南影視間には、本件放送権譲渡契約の成立及び効力についての準拠法は中国の法律とする旨の合意が存在するものと認められるから(乙1、弁論の全趣旨)、法例7条1項により、その準拠法は、中国の法律である。
ア 被告亜太は、北京華録と湖南影視が平成16年10月26日に締結した本件放送権譲渡契約に基づいて、湖南影視は、北京華録から、本件ドラマの日本における放送権(公衆送信権)の譲渡を受け、さらに被告亜太は、被告亜太と湖南影視間の本件提携契約に基づいて、湖南影視から本件ドラマを本件CS放送サービスの785チャンネルを通して放送する権利を付与されたから、被告亜太は、原告主張の本件著作権の移転につき日本における登録の欠缺について正当な利益を有するものであり、著作権法77条1項柱書の「第三者」に該当する旨主張する。
 しかし、本件全証拠によっても、湖南影視が、平成16年10月26日に、北京華録から、本件ドラマの日本における放送権(公衆送信権)の譲渡を受けたことを認めるに足りない。
(ア) 北京華録と湖南影視間の平成16年10月26日付け本件放送権譲渡契約書(原文乙1・訳文乙9)には、次のような条項がある。
 なお、「甲」は北京華録を、「乙」は湖南影視(「湖南広播影視集団節目営銷中心)を指す。
a 「頭書」
 「甲は、20話のテレビドラマ(45分/話)『苦菜花』(以下「『苦』ドラマ」という)の湖南地区における放送権を有しており、甲、乙双方による友好的な協議を経て、その放送権を有償で乙に譲渡する。甲、乙双方は、次のとおり合意した。」
b 「一、「苦」ドラマの放送権の使用範囲は、湖南地区の無線放送、有線放送、衛星放送を含む。」
c 「二、「苦」ドラマの放送権の使用期間は2年とし、放送開始日から起算する。
 甲は、全国で初めてその衛星放送を行うチャンネル3社のうちの1社として乙に権利を付与し、かつ、調整を行い一括して広電総局に報告して放送期日を確定する。その他の衛星チャンネルは、初回放送期間における如何なる時間帯においてもこれを先に放送してはならない。」
d 「七、「苦」ドラマの放送権の有償譲渡は、・・・により費用を決済する。・・・
 全費用は合計・・・人民元(506000.00人民元)であり、一回払いとする。」
e 「九、「苦」ドラマの使用期限が到来した場合において、甲が乙の範囲内において第2回又は複数回の発行を行う必要がある場合、乙は先買権を有する。」
(イ)a 上記(ア)の各記載を総合すると、本件放送権譲渡契約書には、@北京華録が、北京華録が有する本件ドラマの「湖南地区における放送権」を、使用期間2年、代金50万6000人民元で、湖南影視に対し譲渡すること、A放送権の使用範囲は、「湖南地区」であること、B湖南影視は、北京華録が本件ドラマについての放送権を付与する「全国で初めての衛星放送を行うチャンネル3社のうちの1社」であること、C本件ドラマの放送期日は、北京華録によって「調整を行い一括して広電総局に報告して」確定し、その他の衛星チャンネルは、初回放送期間における如何なる時間帯においてもこれを先に放送してはならないことが記載されていることが認められる。
 上記認定事実によれば、本件放送権譲渡契約書は、北京華録と湖南影視間の本件ドラマの「湖南地区における放送権」の利用許諾契約に係る契約書であることは明らかであり、本件放送権譲渡契約書において、本件ドラマの日本における放送権(公衆送信権)の譲渡の合意まで含むものとは認められない。
b これに対し被告亜太は、本件放送権譲渡契約書の「放送権の使用範囲は、湖南地区の無線放送、有線放送、衛星放送を含む。」との記載は、「含む」との文言があるように、湖南地区以外における放送を特段除外するものではなく、また、衛星放送は、受信地域を限定しない性質に加え、湖南影視の受信可能な衛星放送エリアがほぼ中国全土をカバーし、さらに国外へも放送視聴域を拡大していることからすれば、上記記載は、本件ドラマの衛星放送について何ら限定するものではない旨主張する。
 しかし、前記aの認定事実に照らせば、湖南影視は、本件ドラマについて中国国内で初めての衛星放送を行うチャンネル3社のうちの1社にすぎず、本件放送権譲渡契約書上、北京華録が湖南影視に使用(利用)を許諾した本件ドラマの放送地域は、衛星放送についても中国の湖南地区に限定されているとみるのが自然である。本件放送権譲渡契約書の「放送権の使用範囲は、湖南地区の無線放送、有線放送、衛星放送を含む。」との記載中の「含む」との文言は、使用を許諾した放送の種類に「無線放送、有線放送、衛星放送」が含まれることを示したにすぎないものと解される。被告亜太が主張するように、「含む」との文言から、本件ドラマの放送地域が「湖南地区」に限定されず、国外の衛星放送にまで及ぶものと解することは到底困難である。
(ウ) したがって、本件放送権譲渡契約書から、湖南影視が平成16年10月26日に北京華録から本件ドラマの日本における放送権(公衆送信権)の譲渡を受けたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
イ そうすると、湖南影視は、北京華録から本件ドラマの日本における放送権の譲渡を受けたものといえないから、湖南影視から本件ドラマを放送する権利を付与されたと主張する被告亜太も、日本における上記放送権を有しているものとは認められない。
(2) 小括
 以上によれば、被告亜太は、北京華録から原告への本件著作権の移転につき対抗要件の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって、著作権法77条1項柱書の「第三者」に当たらないから、原告は、被告亜太に対し、本件著作権を登録なくして対抗することができるというべきである。
 したがって、被告亜太主張の対抗要件欠缺の抗弁は、理由がなく、被告亜太による本件放送は、原告の本件著作権(公衆送信権)の侵害に当たるものと認められる。
4 争点3(被告スカパーの過失の有無)について
(1) 前提事実
 前記争いのない事実等(前記第2の2)と証拠(甲4、6の1、2、丙1ないし6、11ないし16)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア(ア) 被告スカパーは、電気通信役務利用放送を行おうとする事業者から、放送番組送出業務の委託の申込みを受けた際には、業務を受託するかどうかを判断するための取引審査を行っている。この取引審査は、事業者から提出を受けた放送番組の編集基準や放送番組の編集に関する基本計画等の書類を基に、 「経理的基礎」、 「技術的能力」、「番組内容」、「放送番組の編集・運用体制」の各観点からあらかじめ定められた取引審査基準(丙3)に適合するかどうかを審査するものである。このうち、「番組内容」の観点の取引審査基準は、事業者から提出された放送番組の編集基準や放送番組の編集に関する基本計画が、電気通信役務利用放送法その他の法令に違反しないこと、あらゆる国の習慣及び国民感情を尊重していることなど16項目の基準に適合していることと定めている。
(イ) 被告スカパーは、被告亜太(当時の商号・シーヴィジョン株式会社)からの放送番組送出業務及び運用業務の委託の申込みを受け、前記(ア)の取引審査を経て、平成14年4月9日、同申込みを承諾することを決定した。
 被告亜太は、同月10日付けで、被告スカパーに対し、被告亜太が「送信業務委託契約」・「運用業務委託契約」の契約内容を承諾したこと、総務大臣登録が完了した後、遅滞なく放送開始日を確定させた上で、契約を締結すること、放送する放送番組に関し、電気通信役務利用放送法、放送法及びその他法令に違反しないこと等を了承する旨の確認書(丙12)を提出した。
 被告スカパーは、同月30日、被告亜太との間で、被告亜太が電気通信役務利用放送事業者として本件CS放送サービスで提供する放送番組に係る放送番組送出業務及び運用業務(顧客管理業務、広告宣伝等の普及促進業務等)を被告スカパーに委託する旨の委託契約(本件委託契約)を締結した。
イ(ア) 本件ドラマ(全20話)は、平成17年5月3日から同月13日までの間、被告亜太が提供する有料の放送番組として、被告スカパーの運営する本件CSデジタル放送サービスの785チャンネルにおいて各2回の放送(本件放送)がされた。
 本件放送に当たり、被告スカパーは、@本件委託契約に基づいて、被告亜太から本件ドラマの信号(ベースバンド信号)を回線を通じて受信し、これを機械的に圧縮符号化し、Aさらに被告亜太から放送信号の高次元多重化・変調処理、アップリンク及びダウンリンクの業務を受託した電気通信事業者であるジェイサットからの委託に基づいて、圧縮符号化された信号を機械的に高次元多重化・変調処理し、ジェイサットの保有する通信衛星へ伝送可能な放送波にした上で、その放送波を通信衛星まで伝送する業務を行った。
 被告スカパーが行った上記放送番組送出業務は、被告亜太から回線で受信した本件ドラマの信号(ベースバンド信号)を、瞬時かつ機械的に処理して、リアルタイムでそのまま通信衛星に向けて伝送するというものであった。
 被告スカパーは、本件放送がされた当時、本件CSデジタル放送サービスの各チャンネルの放送番組に係る放送信号について、異常の有無(信号障害に伴う映像や音声の乱れが発生していないか等)を把握する目的で、実際に放送された放送信号を社内において受信し、モニターで視聴することによりチェックしているが、放送された全ての放送番組について完全に視聴することまでは行っていなかった。
(イ) 本件放送がされた平成17年5月当時の本件CS放送サービスのチャンネル数は合計295あり、また、同月3日から同月5日までの間の本件CS放送サービスの785チャンネルにおける1日当たりの番組数は、40数番組(甲4)であった。
ウ(ア) 原告は、平成17年8月30日、被告亜太を債務者として、本件著作権に基づく差止請求権を被保全権利とする、本件ドラマの放送の禁止を求める仮処分命令の申立て(東京地方裁判所平成17年(ヨ)第22076号事件)をし、東京地方裁判所は、同年11月1日、原告の申立てを認める仮処分決定を発令した。
(イ) 被告スカパーは、本件放送前はもとより、本件放送がされた期間中も、原告から、本件ドラマの放送が本件著作権の侵害に当たる旨の通知あるいは警告を受けたことがなかった。
 被告スカパーは、本件放送後の平成17年9月、原告から、被告亜太による本件放送が原告の著作権を侵害している旨及び被告亜太と係争中である旨記載された複数のFAXを受領したため、同月21日付け書面で、被告亜太に対し、本件ドラマの放送に関する権利処理の状況、原告との係争の内容、本件ドラマの放送予定等について報告を求めた。
 被告スカパーは、同月26日、被告亜太から、本件ドラマは許諾を得て放送しており、権利侵害をしていない旨の報告を受けた。
(ウ) 原告は、平成20年2月6日、本件訴訟を提起した。
(2) 原告主張の注意義務違反の有無
 原告は、@被告スカパーは、本件放送のプロセスにおいて主要な役割を果たした本件放送の主体であるのみならず、プラットフォーム事業者として、電気通信役務利用放送事業者及び電気通信事業者から委託を受けて、CSデジタル放送のプロセスのうち、放送番組送出業務を行うとともに、電気通信役務利用放送事業者が放送する番組内容を熟知した上で、これを広く一般視聴者等に宣伝して、本件CS放送サービスの運営を行っていたのであるから、事前に、電気通信役務利用放送事業者の提供する放送の内容を知り、当該放送によって著作権等の他人の権利が侵害され得ることを十分に知り得る立場にあり、本件CS放送サービスにおける著作権等の他人の権利が侵害され得るような放送を停止することができたこと、A被告亜太は、本件放送の9か月前の平成16年8月、アテネオリンピック放送を放送する権利がないにもかかわらず、本件CS放送サービスの785チャンネルで、これを放送したことにより中国電視総公司から重大な抗議を受けており、この事実は、広く報道され、社会問題化し、被告スカパーも認識していたこと、上記@及びAの事情の下においては、被告スカパーには、被告亜太において著作権侵害となる番組を放送することがないよう、被告亜太に対し著作権の帰属を証明するに足りる書類の提出を求めるなどの適切な措置を講じ、著作権侵害行為の発生を未然に防止するとともに、著作権侵害となるような放送がされた場合は、放送を停止するなどの適切な措置を速やかにとるべき注意義務があったのに、被告スカパーは、被告亜太に対し、本件ドラマの著作権の帰属を証明するに足りる書類の提出等を求めることもなく、漫然と本件放送を行い、上記注意義務に違反したものであるから、被告スカパーには本件放送による原告の本件著作権(公衆送信権)の侵害につき過失がある旨主張する。
 しかし、原告の主張は、以下のとおり理由がない。
ア(ア) 前記(1)の前提事実によれば、@被告スカパーは、被告亜太との間で締結した本件委託契約に基づいて、被告亜太が電気通信役務利用放送事業者として本件CS放送サービスで提供する放送番組に係る放送番組送出業務及び運用業務の委託を受けたが、本件委託契約上、被告スカパーが当該放送番組の制作、編集等について関与することは予定されていなかったこと、A本件放送のプロセスにおいて、被告スカパーが行った放送番組送出業務は、本件委託契約に基づいて、被告亜太から本件ドラマの信号(ベースバンド信号)を回線を通じて受信し、これを機械的に圧縮符号化し、電気通信事業者であるジェイサットからの委託に基づいて、圧縮符号化された信号を機械的に高次元多重化・変調処理し、ジェイサットの保有する通信衛星へ伝送可能な放送波にした上で、その放送波を通信衛星まで伝送したというものであり、被告亜太から受信した本件ドラマの信号(ベースバンド信号)を瞬時かつ機械的に処理してリアルタイムでそのまま通信衛星に向けて伝送したものであることが認められる。
 そうすると、本件放送のプロセスにおいて被告スカパーが行った放送番組送出業務は、上記のような機械的な処理であって、被告亜太が制作・編集した放送番組である本件ドラマの内容を公衆によって受信されることを直接の目的として行ったものとはいえないから、被告スカパーが本件放送の主体であると解することはできない。
(イ) 次に、被告スカパーは、本件CS放送サービスを運営し、また、本件委託契約により、被告亜太から運用業務(顧客管理業務、広告宣伝等の普及促進業務等)の委託を受けていたのであるから(前記(1)ア(イ))、被告スカパーは、被告亜太が本件CS放送サービスの785チャンネルで提供する放送番組名や放送番組の内容の一部を認識していたものと認められる。
 しかし、被告スカパーは、被告亜太が提供する放送番組の制作、編集等について関与していなかったこと(前記(ア))に照らすならば、被告スカパーが、被告亜太から運用業務の委託を受けていたからといって、個々の放送番組の具体的な内容やその著作権の帰属等について十分に知り得る立場にあったとまでいうことはできない。
 また、本件放送がされた平成17年5月当時、本件CS放送サービスのチャンネル数は合計295であったこと、そのうち、785チャンネルだけをみても1日当たりの放送番組数は40数番組であったこと(前記(1)イ(イ))に照らすならば、本件放送がされた当時の1日当たりの放送番組数はかなりの多数に及んでいたものと推認されるから、被告スカパーが本件CS放送サービスで放送される個々の放送番組の内容の詳細を把握し、当該放送番組を放送した場合に著作権侵害となるかどうかを調査、確認することは極めて困難であったことが認められる。
 そうすると、被告スカパーは、個別の放送番組の放送前に、その内容に著作権侵害等の法令違反が存在することを現に認識し、あるいは、著作権者等関係者からの警告等を受けるなどして著作権侵害等の法令違反が存在する具体的な可能性を認識していた事情がある場合であれば格別、そのような事情のない場合には、個別の放送番組ごとに、その放送前に、当該放送番組が放送された場合に著作権侵害となるかどうかを調査、確認すべき注意義務を負うものではないと解される。
 しかるに、本件放送について、被告スカパーが、その放送前に著作権侵害等の法令違反が存在することを現に認識していたことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告スカパーは、本件放送前はもとより、本件放送がされた期間中も、原告から、本件ドラマの放送が本件著作権の侵害に当たる旨の通知あるいは警告を受けたことがなかったのであるから(前記(1)ウ(イ))、被告スカパーにおいて、本件放送前に、本件ドラマが放送された場合に著作権侵害となるかどうかを調査、確認すべき注意義務を負っていたものということはできない。
(ウ) ところで、証拠(甲7の1ないし6)及び弁論の全趣旨によれば、平成16年8月ころ、被告亜太がアテネオリンピックを日本国内で放送する権利がないにもかかわらず、本件CS放送サービスの785チャンネルで、これを放送したことにより中国電視総公司から重大な抗議を受けた旨の新聞報道がされたことが認められる。
 しかし、本件放送は、上記新聞報道がされてから半年以上も後の時期に、上記新聞報道で問題とされたアテネオリンピックとは何らの関連性もない本件ドラマを内容とするものであるから、上記新聞報道がされたからといって、被告スカパーにおいて、本件放送について、その放送前に、被告亜太に対し、本件ドラマに関する著作権の帰属を証明するに足りる書類の提出を求めるなどの措置を講じるべき注意義務があったものということはできない。また、被告スカパーは、本件委託契約の締結に先立ち、被告亜太から、放送番組に関し、電気通信役務利用放送法、放送法及びその他法令に違反しないこと等を了承する旨の平成14年4月10日付け確認書(丙12)の提出を受けており(前記(1)ア(イ))、権利侵害の発生を未然に防ぐ措置を講じている。
イ 以上によれば、被告スカパーが原告主張の注意義務を負い、かつ、その注意義務に違反して本件放送を行ったことを認めることはできない。
(3) 小括
 以上によれば、被告スカパーには、原告主張の本件放送による本件著作権(公衆送信権)の侵害について過失があったものとは認められない。
 したがって、原告の被告スカパーに対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
5 争点4(原告の損害額)について
(1) 使用料相当額
ア 前記2(1)ア、3(1)ア(ア)及び4(1)の認定事実と証拠(甲2ないし5、9、10、16、乙1、丙7)及び弁論の全趣旨を総合すれば、@北京華録が平成17年3月25日に原告に対し譲渡した本件ドラマを含む6本のテレビドラマの日本及びその他の3か国の著作権の譲渡代金は、50万人民元であったこと、A平成17年3月25日当時の為替レートは1人民元が12.86円であり、50万人民元は643万円に相当したこと、B被告亜太による本件ドラマの放送の時期は、同年5月3日から同月13日までの間であり、その放送の媒体は、被告スカパーの運営していた本件CS放送サービスの785チャンネルという月額1680円の有料放送サービスであり、その放送の態様は、本件ドラマ全20話を各2回、中国語の字幕付きで放送したものであること、C本件ドラマは、20話の「DVD BOX7枚組」として税抜9100円、18話の「1VCD BOX8枚組」として税抜6900円、18話の「3HDVD」として税抜1660円で販売されていること、D本件ドラマの主演女優である「A」は、中国国内において、テレビドラマ「半路夫妻」で風雲賞の最優秀主演女優賞を、映画「離婚」で百花賞の最優秀助演女優賞を受賞するなどの受賞歴を有すること、E北京華録が平成16年10月26日に湖南影視に対し許諾した本件ドラマの中国湖南地区における放送の2年間の許諾料が50万6000人民元であったことが認められる。
イ 前記アの認定事実を総合すれば、原告が日本における本件ドラマ全20話を各2回放送するという本件著作権(公衆送信権)の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)は、本件ドラマ1話当たり6万円(2回放送分)、全20話合計120万円と認めるのが相当である。
(2) 弁護士費用相当額
 原告は、本件訴訟の追行のため弁護士費用の負担を余儀なくされたものであり、本件訴訟に至る経緯、本件審理の経過等諸般の事情にかんがみれば、被告亜太の本件著作権侵害による不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額の原告の損害額は、15万円と認めるのが相当である。
(3) 小括
 以上によれば、原告は、被告亜太に対し、本件著作権(公衆送信権)侵害の不法行為に基づく損害賠償として135万円(前記(1)と(2)の合計額)及びこれに対する平成17年5月13日(最後の不法行為の日である本件放送の最終日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求することができる。
6 結論
(1) 被告亜太は、本件訴訟において、原告が本件著作権を有することを否認するとともに、本件ドラマを適法に放送する権限を湖南影視を通じて有している旨主張して、本件放送が原告の本件著作権(公衆送信権)の侵害に当たること自体を争っている。
 上記事情によれば、被告亜太において、将来、本件ドラマを再び放送することにより、原告の本件著作権(公衆送信権)を侵害するおそれがあるものと認められるから、本件ドラマの放送の差止めの必要性があるということができる。
 また、原告が、被告亜太に対し、本件著作権(公衆送信権)侵害の不法行為に基づく損害賠償として135万円及びこれに対する平成17年5月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求することができることは、前記5のとおりである。
(2) 原告の被告スカパーに対する損害賠償請求が理由がないことは、前記4のとおりである。
(3) 以上によれば、原告の請求は、被告亜太に対し、135万円及びこれに対する平成17年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払並びに本件ドラマの放送の差止めを求める限度で理由があるからこれを認容することとし、被告らに対するその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 大鷹一郎
 裁判官 関根澄子
 裁判官 古庄研は、転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 大鷹一郎
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