判例全文 line
line
【事件名】「アルゼ王国の闇」不競法違反事件
【年月日】平成21年4月27日
 東京地裁 平成19年(ワ)第19202号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年2月9日)

判決
 当事者の表示 別紙1当事者目録記載のとおり


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 損害賠償請求
(1)主位的請求
 被告らは、原告に対し、連帯して金20億円及びこれに対する平成17年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)予備的請求
 被告らは、原告に対し、連帯して金10億8625万3200円及びこれに対する平成15年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2  謝罪広告請求
(1)被告株式会社SNKプレイモアは、原告に対し、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、讀賣新聞及び産経新聞の各朝刊全国版社会面広告欄並びに株式会社アド・サークル発行の月刊誌「グリーンべると」、株式会社遊技通信社発行の月刊誌「遊技通信」及び株式会社アミューズメントプレスジャパン発行の月刊誌「月刊アミューズメントジャパン」の各誌上に、別紙2謝罪広告目録1記載の謝罪広告を同目録記載の条件で1回掲載せよ。
(2)被告サミー株式会社は、原告に対し、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、讀賣新聞及び産経新聞の各朝刊全国版社会面広告欄並びに株式会社アド・サークル発行の月刊誌「グリーンべると」、株式会社遊技通信社発行の月刊誌「遊技通信」及び株式会社アミューズメントプレスジャパン発行の月刊誌「月刊アミューズメントジャパン」の各誌上に、別紙3謝罪広告目録2記載の謝罪広告を同目録記載の条件で1回掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告らが、株式会社鹿砦社(以下「鹿砦社」という。)と共謀して、同社に、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を記載した後記本件各書籍を出版させ、それを多数買い上げて、全国のパチンコホール、警察署、業界団体、関係者に広く頒布したことは、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項14号の不正競争行為であって、鹿砦社との共同不法行為に該当するとして、被告ら各自に対し、主位的に後記本件各書籍による売上げの減少又は信用毀損に基づく損害賠償金20億円及びこれに対する平成17年3月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、予備的に後記本件書籍1及び2の出版・頒布による売上げの減少に基づく損害賠償金10億8625万3200円及びこれに対する平成15年9月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、不競法14条に基づく謝罪広告を求める事案である。
1 争いのない事実等(争いのない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
(1)当事者等
ア 原告は、パチスロ遊技機の製造販売等を業とする株式会社である。なお、原告は、平成19年10月1日に事業持株会社化し、パチスロ遊技機の販売部門は、吸収分割により、アルゼマーケティングジャパン株式会社(以下「アルゼマーケティング」という。)に承継されている(弁論の全趣旨)。
イ 被告株式会社SNKプレイモア(以下「被告SNK」という。)は、平成16年2月ころから、パチスロ遊技機の製造販売を業として行っている(弁論の全趣旨)。
ウ 被告サミー株式会社(以下「被告サミー」という。)は、平成14年末ころ以降、パチスロ遊技機の製造販売を業として行っており、原告と競争関係にあった。
エ 後記本件各書籍の出版当時、Aは、被告SNKの取締役会長であり、Bは、被告サミーの代表取締役社長であった。
(2)鹿砦社は、「アルゼ王国の闇 巨大アミューズメント業界の裏側」(以下「本件書籍1」という。)を平成15年4月10日に、「アルゼ王国はスキャンダルの総合商社 続アルゼ王国の闇」(以下「本件書籍2」という。)を平成15年9月10日に、「アルゼ王国の崩壊 アルゼ王国の闇3」(以下「本件書籍3」という。)を平成16年3月1日に、「アルゼ王国地獄への道 アルゼ王国の闇4」(以下「本件書籍4」という。)を平成17年3月25日に、それぞれ出版した(以下、これらの書籍をまとめて「本件各書籍」という。)。
(3)本件各書籍には、それぞれ別紙4−1ないし4−4虚偽事実一覧表1ないし4の各記載内容欄記載の文章(以下「本件各文章」という。)が記載されている。
 また、本件書籍1ないし3には、それぞれ次のような記載がある(甲1ないし3。以下、この記載を「本件あとがき」という。)。
ア 本件書籍1の「あとがきにかえて」(甲1の181頁以下)
 「第二弾では是非ともそこまで突っ込んでいきたい。その意味では、本書はほんの序章≠ノすぎない。第二弾のために(中略)どんどん情報を寄せていただきたい。」
イ 本件書籍2の「エピローグ」(甲2の221頁以下)
 「本書の更なる続編の課題も出来た。(中略)「アルゼ王国」の<闇>を抉るわれわれの取材活動、出版活動は、本書をバネにこれからも持続してゆくことに変わりはない。」
ウ 本件書籍3の「エピローグ」(甲3の219頁)
「これからも第四弾、五弾・・・・・・と出していく決意だ。」
(4)原告、原告の筆頭株主であり、本件各書籍出版当時、原告の代表取締役であったC及びDは、鹿砦社及び同社の代表取締役兼編集長Eに対し、本件書籍2の内容は、原告、C及びDの名誉・信用を棄損し、プライバシー及び肖像権を侵害するものであるとして損害賠償等を求める訴え(以下「別件名誉毀損訴訟」という。)を提起したところ、1審は、平成18年1月16日、鹿砦社及びEは、原告に対し100万円、Cに対し150万円、Dに対し50万円を支払えとの判決を言い渡し、控訴審は、同年9月13日、この1審の判決を、鹿砦社及びEは、原告に対し200万円、Cに対し300万円を支払うべき旨の限度で変更した。この控訴審判決は、平成19年2月2日、上告棄却によって確定した。
(5)Eは、平成19年3月6日、別件名誉毀損訴訟の確定判決に基づく原告に対する損害賠償金及び遅延損害金の合計235万1233円を供託した(弁論の全趣旨)。
(6)Eは、平成18年7月4日、本件書籍1及び2上に、C及びDの私生活上の行状やCの犯罪歴を内容とする事実等を執筆掲載した上で、これを書店において販売するなどして頒布し、もって、公然と事実を摘示してC及びDの各名誉を毀損したこと等により、懲役1年2月(執行猶予4年)に処する旨の判決を受けた。これに対する控訴は棄却され、また、上告も棄却された(被告SNKとの関係において、上告棄却については、弁論の全趣旨。以下、この刑事事件を「別件刑事事件」という。)。
2 争点
(1)不法行為の個数
(2)被告らと鹿砦社による共同不法行為の成否(被告ら及び原告との間に競争関係にない鹿砦社を共同不法行為者として、不競法2条1項14号違反の共同不法行為が成立するか。)
(3)不競法2条1項14号の要件該当性
ア 原告と被告SNKとの競争関係が生じた時期
イ 本件各文章は、虚偽の内容か。
ウ 本件各文章は、原告の信用を害するものか。
エ 告知流布行為の有無
(4)被告らの故意又は過失の有無
(5)原告の損害
(6)謝罪広告の要否
(7)消滅時効の成否
3 争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(不法行為の個数)について
(原告)
ア 被告らが、鹿砦社と共謀して、本件各書籍を鹿砦社に出版させ、これを多数買い上げて、鹿砦社を介して全国のパチンコホール等に頒布し、また、書店等で販売頒布させた一連の行為は、不競法2条1項14号に規定する不正競争行為に該当する(以下、本件各書籍の出版頒布行為を「本件不正競争行為」ということがある。)。
 そして、本件各書籍の出版・頒布は、2年弱という短期間の間に、原告及びその経営責任者であるCの営業上の信用を害するという同一の意図の下に行われた一連の行為であり、包括して一個の一連の不正競争行為と見るべきである。このことは、本件書籍2ないし4の題名が、本件書籍1の続編と明記され、また、本件あとがきに続編の出版の予定が記載されていることからもうかがえる。
イ 仮に、本件各書籍の出版頒布行為を別個の行為と捉えたとしても、これらの行為は、不正競争行為となる。
(被告SNK)
 本件各書籍は、それぞれ異なる時期に出版・頒布がされ、記載内容も異なっている。また、E自身、当初は本件書籍1の出版で終わる予定であったと述べており、本件書籍1が出版された時には、本件書籍2以降の出版は、予定されていなかった。そして、被告SNKには、原告の営業上の信用を害する意図はなかったから、同一の意図に基づくものでもない。さらに、本件各書籍の出版・頒布が原告の売上げに及ぼす影響も、別異のものと判断されるべきである。
 したがって、本件各書籍の出版頒布行為は、包括して一個の行為と評価すべきではない。
(被告サミー)
 本件各書籍は、それぞれ異なる時期に出版・頒布がされ、記載された事実も異なるから、特定の虚偽事実の告知・流布ごとに、個別の不正競争行為が成立するというべきである。
(2)争点(2)(被告らと鹿砦社による共同不法行為の成否)について
(原告)
ア 被告らは、鹿砦社が行った本件各書籍の出版頒布行為に、それぞれ次のように加担しており、被告ら及び鹿砦社の各行為の間には、本件各書籍の出版・頒布という不正競争行為について、客観的関連共同性があるのみならず、共謀の事実が認められる。
 また、これを教唆・幇助と見たとしても、被告らが原告と競争関係にある以上、不正競争行為についての共同不法行為の責任を免れない。
(ア)被告SNKの行為
a 本件書籍1
(a)鹿砦社に本件書籍1の内容を提供し、原稿の内容を修正、確認したこと。
(b)鹿砦社に、本件書籍1の発行冊数1万2000冊のうち、被告サミー分の5000冊を含めて8000冊を買い取ることを約束し、これを実際に買い取って、買取代金及び発送費用1352万5675円を支払ったこと。
(c)被告サミーに本件書籍1の出版・買取りを持ちかけたこと。
(d)鹿砦社を介して、本件書籍1を8000冊、全国のパチンコ店等に頒布したこと。
(e)鹿砦社を介して、被告サミーに、本件書籍1の相当部数を送付したこと。
b 本件書籍2
(a)鹿砦社に、本件書籍2の発行冊数1万2000冊のうち8000冊を買い取ることを約束し、これを実際に買い取って、買取代金及び発送費用1358万0250円を支払ったこと。
(b)被告サミーの提供した名簿に基づき、鹿砦社を介して、本件書籍2を8000冊、全国のパチンコ店等に頒布したこと。
c 本件書籍3
(a)鹿砦社に、本件書籍3の発行冊数1万5000冊のうち1万冊を買い取ることを約束し、これを実際に買い取って、買取代金及び発送費用1595万8840円を支払ったこと。
(b)被告サミーの提供した名簿に基づき、鹿砦社を介して、本件書籍3を1万冊、全国のパチンコ店等に頒布したこと。
d 本件書籍4
(a)本件書籍4につき、鹿砦社に買い取ることを約束し、少なくとも4000冊を買い取って、買取代金及び発送費用1970万4000円を支払ったこと。
(b)被告サミーの提供した名簿に基づき、鹿砦社を介して、本件書籍4を、全国のパチンコ店等に頒布したこと。
(イ)被告サミーの行為
a 本件書籍1
(a)被告SNKを介して、5000冊を買い取ることを鹿砦社に約束し、買取代金及び発送費用900万円を支払ったこと。
 なお、被告サミーは、本件書籍1の買取り等は被告SNKと約束したと主張するが、被告サミーの買取りの意向が被告SNKを通じて鹿砦社に伝えられ、また、買取代金も被告SNKに支払われた上、被告SNKの買取代金と合わせて鹿砦社に支払われていることからすれば、被告サミーによる買取約束及び代金の支払は、実質的には、鹿砦社に対してされたものである。
(b)被告SNKに対し、全国のパチンコホールの名称や住所、各都道府県の生活安全関係部署の住所等を記載した名簿(以下「本件名簿」という。)を送付し、そのあて先に本件書籍1を頒布するように指示し、鹿砦社を介して頒布させたこと。
(c)被告SNKから鹿砦社を介して本件書籍1につき137冊もの送付を受け、自ら本件書籍1を関係各方面に頒布したこと(甲19添付2144丁参照)。
b 本件書籍2ないし4
(a)被告SNKに提供した本件名簿を回収したり、頒布を中止させるなどの措置をとらず、同被告が鹿砦社を介して本件書籍2ないし4を全国のパチンコ店等に頒布するのを放置したこと。
(b)本件書籍1の買取り及び代金等の支払によって、鹿砦社及び被告SNKによる本件書籍2ないし4の出版・頒布を誘引したこと。
イ 本件書籍2ないし4についての共同不法行為の成立について
(ア)共同不法行為が成立するには、相互の行為に客観的関連共同性があれば足りると解されるところ、被告SNKは、本件書籍1と同様、本件書籍2ないし4を買い取って、鹿砦社に、本件名簿記載のあて先に送付させ、これを頒布する行為を行っている。また、本件書籍2ないし4の頒布は、被告サミーが交付した本件名簿に基づいて行われており、本件名簿の交付行為があったからこそ、当該頒布行為が可能になったのである。しかも、被告サミー自身も、本件書籍1を137部受領し、これを業界等の関係者に頒布していることから、本件書籍2ないし4についても、同様に頒布したものと推測することができる。
 したがって、被告ら及び鹿砦社の各行為の間には、本件各書籍の出版・頒布という不正競争行為について、関連共同性が認められる。
(イ)仮に、被告サミーが民法719条1項に規定する共同不法行為者ではないとしても、同被告は、先に交付した本件名簿を回収し、それに基づく本件書籍2以降の頒布を中止させることなく、これを利用した頒布を容認したことによって、行為者を幇助したということができるから、民法719条2項の規定より、共同不法行為者と認められる。
(ウ)被告サミーは、本件書籍2以降の出版・頒布及び自己が提供した本件名簿が本件書籍2以降の頒布に利用されることは予見できなかったと主張する。
 しかしながら、本件書籍2は、本件書籍1の出版当初から、その続編として出版が予定されており、被告サミーも、本件書籍1のあとがきを読んで、そのことを知っていた。しかも、鹿砦社は当時経営が苦しかったところ、被告サミーは、本件書籍1につき、発行冊数1万2000冊のうち5000冊を買い取ることを約束し、現実に買い取ったことが、本件書籍2以降の出版・頒布への強烈な誘引となったことを認識していたし、また、本件書籍2以降の出版・頒布を引き起こすことを容易に想定できた。
 したがって、被告サミーは、被告SNKに提供した本件名簿が後続の書籍の頒布に利用されることも十分に認識し、又は予見し得たはずであるから、本件書籍2ないし4につき、結果回避義務違反の責任は免れない。
(被告SNK)
ア 被告SNKが、本件各書籍の企画・出版について、鹿砦社と共謀した事実も、教唆・幇助という形で鹿砦社に加担した事実もない。
 また、教唆・幇助が成立するためには、主たる行為者とされる鹿砦社の行為が不競法違反に該当することが必要であるが、同社は、原告と競争関係になく、不競法2条1項14号違反の主体とはなり得ないので、教唆・幇助に関する原告の主張は、成り立たない。
イ 被告SNKの行為について
 被告SNKが、本件各書籍を買い取って、その買取代金等を支払ったこと、買取りに係る同書籍がパチンコホール等に送付されたことは認める。
 しかしながら、被告SNKは、鹿砦社から取材を受け、原稿の同被告に関連する記述部分につき修正を要する箇所を指摘したにすぎず、鹿砦社に、本件各書籍を出版させたことも、その出版を依頼したこともなく、鹿砦社自身が、これらを企画出版したものである。
 また、被告SNKが、本件書籍1につき、被告サミーに出版・買取りを持ちかけたり、これを送付したことはなく、本件書籍2ないし4についても、数冊程度、送付したにすぎない。
 さらに、被告SNKは、本件書籍2ないし4の頒布について、被告サミーとは接触していない。
(被告サミー)
ア 被告サミーの行為について
(ア)本件書籍1について
a 被告サミーは、被告SNKと本件書籍1の買取りを約束して、同被告にその代金を支払ったのであり、鹿砦社と買取りを約束して、同社にその代金を支払ったものではない。
b 被告サミーは、被告SNKに本件名簿を送付したが、鹿砦社に本件書籍1を頒布するように指示したことはない。
c 被告サミーは、本件書籍1につき、若干部数の送付を受けたが、これを自ら頒布したことはない。原告がその主張の根拠とする証拠(甲19)は、被告サミーが、本件書籍1の送付を受けたことの証拠にはなっても、これを頒布したことの証拠にはならない。被告サミーは、受領した本件書籍1を、すべて自社において廃棄している。
 なお、被告サミーは、本件各書籍の出版行為には関与していない。また、不競法2条1項14号における告知・流布の相手方は、原告の需要者に限られるから、警察への頒布は、不正競争行為には該当しない。
(イ)本件書籍2ないし4について
a 被告サミーが被告SNKから本件名簿の返還を受けなかったことは認めるが、被告SNKが本件書籍2ないし4を頒布した事実は知らない。
b 被告サミーが、被告SNKに対して、本件書籍1の買取約束をし、かつ、代金を支払ったことが、本件書籍2以降の出版・頒布の誘因になることはない。
イ 本件書籍2ないし4についての共同不法行為の成立について
(ア)共同不法行為が成立するためには、各人の行為が不正競争行為の要件を充足することが必要であるところ、被告サミーが本件書籍2ないし4の出版頒布行為を行っていないことは、原告も認めるところであるから、被告サミーが、民法719条1項により、共同不法行為者として損害賠償責任を負うことはない。
(イ)また、教唆又は幇助(民法719条2項)が成立するためには、行為者が不正競争行為を行ったことが必要であるところ、鹿砦社は、原告と競争関係になく、同社が行った行為については、不競法違反にはならないから、これを教唆又は幇助しても、不競法違反による損害賠償義務は負わない。
(ウ)被告サミーは、本件書籍2ないし4の出版について、事前の認識はなく、何らの関与もしていない。また、本件書籍2以降の内容は確定していなかったので、被告サミーは、それらが原告の営業上の信用を害するものかどうかも予見できなかった。
 さらに、本件名簿が、本件書籍2ないし4の頒布に利用されることも認識しておらず、本件名簿が本件書籍2ないし4の頒布に利用されることを予見することも不可能であった。
 したがって、本件名簿を回収したり、頒布を中止させる措置をとるなどの結果回避義務は認められないから、被告サミーの不作為に違法性はなく、共謀はもちろん、教唆及び幇助も、成立しない。
(3)争点(3)ア(原告と被告SNKとの競争関係が生じた時期)について
(原告)
 被告SNKは、パチスロ遊技機の製造販売等において、原告と競争関係にある。
(被告SNK)
 被告SNKは、少なくとも本件書籍1及び2が出版された当時は、パチスロ機の販売を行っておらず、原告と競争関係にはなかった。
(4)争点(3)イ(本件各文章は、虚偽の内容か)について
(原告)
 本件各書籍における虚偽事実の記載及び正しい事実関係は、別紙4−1ないし4−4虚偽事実一覧表1ないし4記載のとおりであり、本件各書籍の記載内容には虚偽の事実が多数含まれていることは、次の点からも明らかである。
ア 原告が株式会社エス・エヌ・ケイ(以下「旧SNK」という。)を倒産に追い込んだとの記載について、原告は、Aからの援助依頼に応じて、資金提供するなどして旧SNKの再建に尽力しており(甲32ないし37)、明らかに虚偽である。
イ Cが偽造紙幣事件を指示したとの記載について、原告は、この偽造紙幣事件に関与した旨の文書等により恐喝されたことにつき、警察に被害届を出している(甲38)ことから、原告及びCが、当該偽造紙幣事件に関与していないことは明らかである。
ウ Cの女性問題の記載について、Eがその情報源とする写真週刊誌「フラッシュ」の出版元である株式会社光文社は、当該記事の掲載についての原告との訴訟において、自らの非を認め、謝罪広告に応じる和解をし、実際に謝罪広告を掲載している(甲40、41)。なお、本件書籍1は、この謝罪広告掲載後に出版されているから、E及び被告らは、その内容が虚偽であることを知った上で、本件書籍1を出版していたことになる。
エ パチスロ機「ハナビ」の裏ロムに関する記載について、Eがその情報源とする週刊誌「週刊現代」の出版元である株式会社講談社は、当該記事の掲載についての原告との訴訟において、原告が再発防止に万全の対策をとっていることに触れる旨の和解案を提示しており、自発的に原告の信用回復手段を講ずる道を選択している。
 また、裏ロムの事件に関して、マルタカ通商を人身御供に供したとの記載については、原告は、根拠を持って、マルタカ通商が裏ロムの事件に加担したと判断したものである(甲42ないし46)。
オ ゲーミングライセンスを不正取得したとの記載についても、原告及びCは、ラスベガスのゲーミング当局に真実を告げ、その結果、ライセンスが付与されたものであって、明白な虚偽である。
(被告SNK)
 原告が虚偽と主張する事実のうち、被告SNKに関連する記載部分については、被告SNKが認識する事実と合致しており、それ以外の部分についても、被告SNKは、Eら取材班の取材結果に基づくもので、いずれも真実であると認識していた。
 Eは、別件刑事事件において、本件各書籍は、自らの取材に基づき出版したものであり、被告らに肩入れした虚偽の内容を発行したものではない旨明確に供述しており(甲16)、本件各書籍の内容を安易に虚偽と決めつけることはできない。
(被告サミー)
 虚偽の事実というためには、原告の売上台数が減少するような事実、すなわち、それが事実であると受け取られることによって、取引が停止されるなどの具体的なおそれがある事実を主張立証する必要がある。しかしながら、原告が主張する「虚偽」の事実は、いずれもパチンコ店が原告のパチスロ機の導入を中止する理由になるものではない。また、後記(8)のとおり、本件各書籍の出版・頒布により、原告に具体的な損害が生じていないことからみても、原告が挙げる虚偽事実が、原告の営業上の信用を害するものではなかったことは、明らかである。
(5)争点(3)ウ(本件各文章は、原告の信用を害するものか)について
(原告)
 不競法2条1項14号の「営業上の信用を害する」とは、他人の信用を失わせ、又は低下させるおそれのある行為をいい、営業主又は経営担当者に対する個人的な人格的誹謗も、それが営業に影響を及ぼす場合には、これに含まれ、現実に信用が低下したことは必要がない。
 そして、別紙4−1ないし4−4虚偽事実一覧表1ないし4の記載内容欄記載の各事実が原告の営業上の信用を害する理由は、同別紙の「営業上の信用を害する理由」欄記載のとおりである。また、これらの各記載は、原告の営業又は原告の経営責任者であるCに関する虚偽の事実に基づく誹謗・中傷であって、個々の虚偽事実はもちろんのこと、虚偽事実全体を見た場合に、原告の社会的な評価を低下させる内容であるか、又はCの経営者としての資質に対する信用・評価を低下させることにより、原告の社会的な評価を低下させるものであるから、各虚偽事実が全体として(全体として、まとまってより大きな信用低下をもたらすという趣旨である。)、原告の「営業上の信用を害する」ものである。
(被告SNK)
 否認又は争う。
(被告サミー)
 不競法2条1項14号の「営業上の信用」とは、人の経済的方面に関する価値、すなわち財産上の義務履行について受ける社会的信頼をいい、本件において、原告は、損害として売上台数の減少を主張しているのであるから、売上台数が減少するような事実、すなわち、それが事実であると受け取られることによって、取引が停止されるなどの具体的なおそれがある事実を主張立証する必要がある。しかしながら、原告が主張する「虚偽」の事実は、いずれもパチンコ店が原告のパチスロ機の導入を中止する理由になるものではない。また、後記(8)のとおり、本件各書籍の出版・頒布により、原告に具体的な損害が生じていないことからみても、原告が挙げる虚偽事実が、原告の営業上の信用を害するものではなかったことは、明らかである。
 なお、原告が「各虚偽事実が全体として」ということ自体、趣旨が不明である。
(6)争点(3)エ(告知流布行為の有無)について
(原告)
 本件各書籍の出版・頒布は、告知・流布に該当する。
(被告SNK)
 本件各書籍は、被告SNKが出版させたものではなく、鹿砦社が、独自の取材により、その責任と判断で発行し、かつ、市販したものであり、このような出版物を被告SNKが購入して頒布しても、不競法2条1項14号所定の「事実を告知し、又は流布」する行為には該当しない(東京地裁平成2年12月19日判決参照)。
(被告サミー)
 被告サミーは、本件書籍2ないし4については、告知・流布の実行行為を行っていない。
(7)争点(4)(被告らの故意又は過失の有無)について
(原告)
ア 被告らは、本件各書籍には、原告の社会的評価を低下させることが明らかなショッキングな記載が多数あることを認識しながら、これらが真実かどうかを確かめることなく、むしろこれを原告を誹謗するために利用しようとしたのであるから、本件各書籍の各記載が虚偽であり、それにより原告の営業を誹謗することになることについて、故意又は過失があったことは、明らかでる。
イ Bは、本件書籍1の原稿をみて、原告及びCにダメージを与えることを認識して、全国のパチンコ店等に頒布するために、本件書籍1を買い取ったのであるから、本件書籍1については、被告サミーにも、故意又は過失がある。
 また、本件書籍2ないし4についても、被告サミーにおいては、当時経営が苦しかった鹿砦社に対し、本件書籍1の発行冊数1万2000冊のうち5000冊を買い取る約束をし、現実に買い取ったことが、本件書籍2以降の出版・頒布の誘引となることを容易に想定できたのであるから、被告サミーには、少なくとも過失がある。
(被告SNK)
 原告が虚偽であると主張する事実のうち、被告SNKに関連する記載部分については、同被告が認識する事実と合致しており、それ以外の部分についても、著者らの入念な取材結果に基づくもので、同被告において、いずれも真実であると認識していたのであるから、同被告には、故意及び過失はない。
(被告サミー)
 被告サミーは、本件書籍1の具体的内容を細部についてまで把握することがないまま、買取り等を決断したものであり、不正競争行為を行う認識はなかったし、社会通念上、違法と判断される余地はない。
 また、被告サミーは、本件書籍1を買い取った当時、本件書籍2ないし4が出版されることの認識はなく、本件名簿が本件書籍2ないし4の頒布に利用されることも認識しておらず、これを予見することも不可能であった。原告は、被告サミーにおいて本件書籍2以降の出版を予想すべきであると主張するが、Eによれば、本件書籍1が出版された平成15年4月の段階では、本件書籍2を出版することは決定されていなかったのである(甲16)から、被告サミーにおいて、これを予想すべきことではない。
(8)争点(5)(原告の損害)について
(原告)
ア 被告らの責任
(ア)被告SNK
 本件不正競争行為は、当時、被告SNKの取締役会長であったAが、同被告の事業の執行として行ったものであるから、同被告は、民法715条により、責任を負う。
 また、Aは、被告SNKの実質上のオーナーであり、同被告の事業を支配していたから、同被告は、民法44条1項(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法人法」という。)の施行により、同法78条が適用される。)に基づいても、責任を負う。
 さらに、本件不正競争行為は、被告SNKを支配していたAが、同被告の人的・物的資源を使用して行ったものであるから、同被告自身がこれを行ったものと認められる。
(イ)被告サミー
 Bは、被告サミーの代表取締役であって、同人がその職務を行うについて他人に損害を加えたものであるから、同被告は、民法44条(一般法人法の施行により、同法78条が適用される。)により、責任を負う。
 また、本件不正競争行為は、Bが、被告サミーの人的・物的資源を使用して行ったものであるから、同被告自身が行ったものと認められる。
イ 主位的請求に係る損害
(ア)前記のとおり、本件書籍1ないし4の出版・頒布は、包括して一個の不正競争行為であり、損害も本件各書籍ごとに分断して捉えるべきではない。
 仮に、本件各書籍ごとに個別にみるとしても、本件書籍1及び2の衝撃が極めて大きく、かつ、決定的であり、本件書籍3は既に生じていた本件書籍1及び2の影響を持続させる影響が、本件書籍4はこのような影響を持続させる影響があったが、原告の平成15年3月期と平成17年3月期との間の販売台数の落ち込みを損害と捉える構成上、ほとんど影響がないから、本件訴訟で主張する損害は、すべて本件書籍1及び2の出版販売と因果関係のある損害である。そして、パチスロメーカーに対する悪評から生ずる営業への影響の実態や、本件書籍1の出版当初から、連続して本件書籍2が出版されることが明記され、現に短期間に連続して出版・頒布されていることからすれば、本件書籍1及び2による損害は、一体として捉えるべきである。
(イ)売上げの減少についての損害額
 本件各書籍の出版・頒布により、原告に悪評判が定着し、原告の営業担当者が苦戦を強いられた結果、原告のパチスロ機販売台数は減少し、他方で、被告らは、本件不正競争行為により、原告の落としたシェア分の売上げを伸ばし、利益を得ている。
a 原告のパチスロ機販売台数は、本件書籍1出版前の平成15年3月期においては29万6481台であったが、同書籍頒布後の平成16年3月期においては25万0599台に低下し、さらに、平成17年3月期には7万7811台に低下し、2年間に21万8670台も減少した。
b 被告SNKは、平成16年7月期(平成15年8月1日〜平成16年7月31日)に初めてパチスロ業界に参入しており、パチスロ機の販売市場が既にほぼ大きさが決まっているパイを奪い合う状態にあることからすれば、同被告のパチスロ機の販売台数(平成16年7月期において1万4621台、平成17年7月期において2万0614台)のほとんどは、原告のシェアに食い込んだものと推定される。
 また、被告サミーの平成15年3月期におけるパチスロ機の販売台数は46万6000台であったのが、平成16年3月期には59万1754台に、平成17年3月期には67万6933台になっており、この増加分のほとんどは、原告のシェアに食い込んだものと推定される。
 そこで、2年間で減少した原告の販売台数21万8670台を、被告らの2年分のシェア食い込み推定台数で按分すると、被告SNKが3万1300台(=21万8670台×(1万4621台+2万0614台)÷(1万4621台+2万0614台+12万5745台+8万5179台))、被告サミーが18万7369台(=21万8670台×(12万5745台+8万5179台)÷(1万4621台+2万0614台+12万5745台+8万5179台))となる(なお、この原告の主張は、12万5754台とすべきところを12万5745台としたことに基づく違算があり、これを訂正した上で計算すれば、被告SNKが3万1299台(1台未満は四捨五入。以下のイ及びウにおける計算において同じ。)、被告サミーが18万7371台となる。)。
 なお、この間、原告が販売したパチスロ機「ゴールドX」の不具合や「ミリオンゴット」の検定取消し、被告サミーのパチスロ機「北斗の拳」のヒット等の要因がある程度影響しているが、それだけでは、これほど顕著なシェアの移動は起きない。
c パチスロ機1台の平均販売価格は、被告SNKが39万円、被告サミーが28万5000円であり、パチスロ業界におけるパチスロ機1台の売上げに対する利益率は低めにみても4割であるから、被告らが得た利益は、被告SNKが48億8280万円(前記訂正後の台数に基づき計算すれば、48億8264万4000円)、被告サミーが213億6006万6000円(前記訂正後の台数に基づき計算すれば、213億6029万4000円)となる。
 そして、被告らの売上げ台数増加分の少なくとも2割は原告のシェアの低下分であるから、被告SNKが得た利益は9億7656万円(前記訂正後の額は、9億7652万8800円)、被告サミーが得た利益は42億7201万3200円(前記訂正後の額は、42億7205万8800円)を下らない。
 そして、不競法5条2項により、被告らの利益の額が、原告の損害の額と推定すべきである。
d また、原告が売上げ減少により失った利益の額は、原告のパチスロ機1台の平均販売価格が35万円、平成15年3月期から平成17年3月期までの間の売上げ台数の減少数が21万8670台であり、利益率を4割としても、306億1380万円となる。このうち、少なくとも2割は、被告らの不正競争行為によるものであるから、その額は、61億2276万円となり、この面からみても、原告の損害額は、60億円を超えている。
e したがって、不競法4条、民法719条により、原告は、被告らに対し、連帯して、上記金員の内金20億円及びこれに対する最終の不正競争行為の日である平成17年3月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
f 被告らの主張について
 原告の平成16年3月期の決算は、上半期の好調に支えられたにすぎない。そして、パチンコホールは、概ねパチスロ機の納品後3か月を過ぎるころより、稼働率の低い機種から順次新機種に変えていくことから、悪評判が定着して数か月後から、その影響が現れてきたものである。
 他方、平成17年3月期の販売台数の落ち込みについては、平成16年7月の規則改正による新基準で認可を受けたパチスロ機が原告にはなかったことも要因の1つとして考えられなくはない。しかしながら、それは被告らを含む他のパチスロメーカーも同様であることからすれば、本件書籍1の出版後、原告の営業担当者が苦戦を強いられ、売り込みの機会を奪われたことによる影響が大きいというべきである。
(ウ)信用毀損による損害
a 売上額の減少が確定的数値をもって認められないときは、営業上の信用毀損自体を損害(無形損害)として主張する。
 そして、信用毀損の損害の算定は、不競法9条により、不正競争行為の態様、本件各書籍の内容、原告の営業及び企業ブランドへの影響、その期間等を考慮すべきである。
 また、営業上の信用毀損自体の損害額を算定するに当たっては、毀損された信用を回復するのにどの程度の宣伝広告費が必要になるのかが、一つの合理的指標となる。そして、本件については、本件各書籍が連続して出版・頒布されたことにより、原告の営業上の信用が失われたのであり、それまで積み上げてきた広告宣伝の効果がほとんど無に帰したものであって、その費用の額は、75億円を超えている。
 したがって、損害を評価するに当たっては、こうした事実の重大性や、毀損された信用を回復するために、従来以上に莫大なIR活動、広告宣伝費等が必要になると考えられることを、斟酌すべきである。
 これらを考慮すれば、原告の損害は全体として20億円を下らず、本件各書籍の出版・頒布ごとに個別の不法行為となるとみても、本件各書籍のそれぞれにつき5億円の合計20億円は下らない。
b 被告らの主張について
(a)本件訴訟は、競争者による虚偽事実の頒布による営業上の利益の侵害を理由とするのに対し、別件名誉毀損訴訟は、名誉毀損等を理由とする損害賠償請求であるから、損害の性質を異にしている。
 そして、名誉毀損を理由とする請求においては、摘示した事実が真実か否かは必ずしも問題にならないのに対し、不競法による請求においては、虚偽であることが必要である。そして、事実無根の虚偽の事実を関係者に告知されたり、流布されたりした場合には、被害者は、自らに責任のない事項についていわれのない非難を浴び、信用を一瞬にして失うことになり、かつ、それを事前に予測することも、防ぐこともできない。その意味で、真実を公表される場合と虚偽の事実を流布される場合とでは、その行為の悪質性という意味でも、被害者の受ける損害の不当性という意味でも、全く異なる。そして、同程度の信用を再び回復するためには、膨大な時間と労力、多額の広告宣伝費等の出費を要する。不競法が、差止請求を認め、また、信用回復に必要な措置を請求することを認めているのは、競業者が行う信用毀損のもたらす結果が、事後的・金銭的な救済のみでは被害者の保護のために十分とはいえないほど重大である可能性が類型的に高いことを考慮したものと解される。
 したがって、別件名誉毀損訴訟において、本件不正競争行為による損害が評価され尽くしているとはいえない。
(b)別件名誉毀損訴訟は、本件書籍2の記載内容による損害賠償を認めたものであって、本件書籍1、3及び4によって信用が毀損され、又は毀損された状態が長引いた点は考慮されていないから、当該訴訟における認容額によって、本件不正競争行為による損害が評価され尽くされているとはいえない。このことは、本件各書籍の出版頒布行為を包括して1個の不正競争行為と捉える場合であっても、同様である。
ウ 予備的請求に係る損害
 仮に、主位的請求が認められないとしても、平成15年3月期と平成16年3月期の売上額の差額については、本件書籍1及び2の出版頒布行為と因果関係がある損害であると認められる。
 そして、平成15年3月期から平成16年3月期までの1年間に減少した原告のパチスロ機の販売台数4万5882台を、当該期間における被告らのシェア食い込み台数(被告SNKが1万4621台、被告サミーが12万5754台)で按分し、それにより被告らが得た利益額を、主位的請求に係る損害と同様、パチスロ機1台の平均販売価格につき被告SNKが39万円、被告サミーが28万5000円、利益率を4割、そのうちの2割を原告のシェア低下分とみて計算すれば、被告SNKが得た利益は1億4910万4800円、被告サミーが得た利益は9億3714万8400円を下らない。
 一方、前記の期間における原告の利益減少額について、主位的請求に係る損害に関して述べたところと同様、パチスロ機1台の平均価格を35万円、利益率を4割、そのうちの2割を被告らの不正競争行為によるものとして計算しても、12億8469万6000円となり、被告らの利益の額を上回る。
 よって、原告は、被告らに対し、連帯して、被告SNKと被告サミーが得た利益額の合計額10億8625万3200円及びこれに対する本件書籍2の出版頒布行為が行われたことが明白に認められる平成15年9月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告SNK)
ア 主位的請求に係る損害について
(ア)包括して1個の不法行為と見ることができないことは、前記(1)のとおりである。
 また、個別の不法行為を主張するのであれば、本件各書籍ごとの損害(売上額の減少)を主張すべきであり、原告の主張は、個別の行為についての損害の発生を主張しておらず、主張自体失当である。そして、原告が主張するように、本件訴訟で請求する損害が、すべて本件書籍1及び2の出版・頒布により生じた損害であるとすれば、本件書籍3及び4の出版・頒布による損害はないことになり、本件書籍3及び4の出版・頒布につき不法行為が成立する余地はないことになる。また、本件書籍4は、平成17年3月25日に発売されたものであるから、原告が損害と主張する平成16年3月期及び平成17年3月期の販売台数の落ち込みとは、関係がない。
(イ)売上げ減少に係る損害について
a 被告SNKの平成17年7月期の売上台数が2万0614台であったことは認めるが、平成16年7月期の売上台数は1万4605台である。
b 原告の有価証券報告書には、販売台数減少の理由として、平成16年3月期については、パチスロ機「ゴールドX」の不具合による営業活動の不振と返品に起因する影響が、平成17年3月期については、新機種の申請がすべて許可されず、販売するものが少なく、競争力を発揮できなかったことが、それぞれ記載されており、全く別の原因が記載されているのに対し、本件各書籍の出版が業績に影響を与えた旨の記載はない。このほか、前記「ゴールドX」の不具合及びその後の原告の対応の不備により、最終的には、パチンコホールから原告に対する損害賠償請求訴訟の提起に至るほど、パチンコホールや顧客から信頼を失ったことや、パチスロ機「ミリオンゴッド」の検定取消しが、原告の売上げの減少に影響しているのであり、本件各書籍の頒布によるものでないことは明白である。
 また、パチスロ機の売上げは、パチスロ機自体の収益性に左右されるものであり、製造業者の社会的評価によって実質的に影響されるとは、考えられない。原告が虚偽事実と主張するものは、いずれも原告のパチスロ機の性能・魅力とは無関係な事実ばかりであり、その売上げの減少を惹起するようなものではない。
 そして、本件書籍1の出版からほぼ1年が経過した時期に開始した事業年度(平成17年3月期)における原告のパチスロ機の売上げの減少が、本件各書籍の出版に起因するとは、到底考えられない。
 さらに、原告は、当初は平成15年4月以降一気にシェアを落とすのを余儀なくされたと主張していたのを、前記のとおりの主張に変更しているが、損害の発生時期についての原告の主張の変更自体、原告のパチスロ機の売上げ減と本件各書籍の出版とが何らの関係もないことを示すものである。
(ウ)信用毀損による損害について
 原告が虚偽の事実として主張するものは、原告のパチスロ機自体の性能・魅力とは関係がないものであり、原告の販売活動に支障を生じさせる性質のものではなく、原告の営業上の信用を害する事実ではない。
 また、営利法人である原告の名誉毀損とは、営業上の信用毀損に相当し、別件名誉毀損訴訟における損害と本件訴訟において原告が主張する「営業上の信用毀損自体」の損害とは本質的に同質であるから、本件訴訟における原告の信用毀損による損害は、別件名誉毀損訴訟の認容額200万円により評価し尽くされており、同訴訟で判断された損害を超えることはない。加えて、原告は本件各書籍の出版・頒布を包括して1個の不法行為であると主張していることからしても、本件書籍2に関する別件名誉毀損訴訟において、その余の書籍の出版・頒布による損害についても評価し尽くされている。
 そして、Eが別件名誉毀損訴訟における認容額を供託したことにより、当該認容額全額の損害賠償請求権は消滅しているから、原告には、これを超えててん補されるべき損害は、もはや存在しない。
 さらに、原告の広告宣伝費用に基づく損害額の主張は、何の根拠もないものである。
イ 予備的請求に係る損害について
 原告の平成16年3月期における売上げに本件書籍1の影響がなかったこと、同期の下半期が厳しい結果に終わったのはゴールドXのソフト上の不具合に伴う返品の影響が大きかったことは、平成16年3月期中間決算短信及び同期決算短信の記載から明らかである。
 そもそも、なぜ被告SNKのパチスロ機の販売台数が原告のシェアに食い込んだものと推定されるのか、その根拠が不明である。被告SNKは、平成16年2月以降にパチスロ機の販売を開始しており、原告の平成16年3月期とはわずか2か月程度しか重なっていないのにもかかわらず、原告の平成16年3月期における売上げ台数の減少と被告SNKの平成16年7月期における売上げ台数との間に関連性があると主張することは、およそ無理がある。
 また、原告の主張は、本件書籍1及び2の個別の出版頒布行為による損害を特定しておらず、主張自体失当であり、訴訟物の特定としても十分ではない。
(被告サミー)
ア 主位的請求に係る損害について
(ア)本件各書籍の出版・頒布を一連の不法行為と見ることができず、個別の行為を検討しなければならないことは、前記 のとおりである。
 したがって、原告は、本件各書籍ごとの損害を主張すべきである。
(イ)売上げ減少に係る損害について
a 被告サミーの販売台数は、認める。
b 原告は、本件書籍1の販売直後である平成15年9月中間期において、計画販売台数を上回るパチスロ機を販売していることから、本件書籍1の出版が原告の営業に損害を及ぼすことはなかったものとみるべきである。
 また、平成16年3月期の決算短信にも、平成16年3月期の下期以降の販売不振について、パチスロ機「ゴールドX」のソフト上の不具合に対する過度のペナルティー制御が、製品本来の遊技特性と魅力を半減させたためであると述べられている(丙1の5)。
 さらに、本件書籍4が出版された平成17年3月から1年以上が経過した平成19年3月期における被告の販売台数は、約6万台にとどまっており、このことからも、原告の販売台数の減少が本件各書籍の出版によるものではないことは、明らかである。
 なお、原告は、当初、平成15年4月以降一気にシェアを落とすのを余儀なくされたと主張していたのを、前記のとおりの主張に変更していること自体、原告の主張に信憑性がないことを物語るものである。
c 被告らが、虚偽事実を流布したことにより、利益を得たとはいえないから、不競法5条2項の適用はない。
 また、営業誹謗行為による賠償の対象となる損害は、虚偽の事実を告知等された者がそれを真実であると誤信することにより、取引が中止となったなどの、営業面に関する具体的損害であるところ、本件各書籍の読者がその記載内容のすべてを真実と誤信し、原告が問題とする虚偽事実が原因で取引が中止されたとは、およそ考えられない。
(ウ)信用毀損による損害について
 原告が主張する虚偽事実は、営業上の信用を害するに足りないものであるから、損害を発生させないものであり、不競法9条の適用の前提を欠く。
 仮に、原告の営業上の信用毀損が生じたとしても、@営業上の信用は、名誉と性質を同じくし、これに包含されること、A本件各書籍の出版頒布行為を包括して1個の不法行為とする原告の主張を前提とすれば、それによって生じた信用毀損による損害も一体不可分であって、本件書籍2による原告の信用毀損による損害は、同書籍固有のものではなく、本件各書籍によって生じた信用毀損による損害と一体不可分として評価されるべきことから、原告の信用毀損による損害額は、別件名誉毀損訴訟の認容額を上回ることはない。
イ 予備的請求に係る損害について
 争う。
(9)争点(6)(謝罪広告の要否)について
(原告)
ア 本件各書籍による原告の信用毀損は深刻であり、現時点においても、これによって流布された原告の悪いイメージは払拭されておらず、色眼鏡なしに新機種の品質を判断してもらえるには至っていないのが実情であるから、金銭による賠償のみでは、到底その被害を回復することができず、全国のパチンコ店関係者を始めとする読者に対し、それが真実に反することを周知させることが、必要不可欠である。
 そして、本件各書籍の頒布冊数、被告らが本件各書籍を頒布したパチンコ店は全国に及ぶこと、頒布先であるパチンコ店の移転及び勤務していた従業員の異動があること等に照らして、本件各書籍の内容が事実に反することを周知するためには、頒布先に謝罪文を郵送するなどの方法では目的を達し得ず、主要新聞の朝刊全国版及び主要業界誌に謝罪広告を掲載するほかない。
 したがって、不競法14条に基づき、営業上の信用を回復するのに必要な措置として、謝罪広告を求める。
イ 被告らの主張について
(ア)原告は、別件名誉毀損訴訟により損害賠償が認められ、本件不正競争行為から一定期間が経過したにもかかわらず、いまだ失われた信用が回復しないという現状に鑑み、謝罪広告の請求を追加したのであり、このような経緯は、謝罪広告の必要性があることと、何ら矛盾しない。
(イ)毀損された原告の信用は、パチスロ機の販売・レンタルについてのもののみに限定されず、原告の事業運営全体についての信用が毀損されている。
 また、原告は、アルゼマーケティングを含む子会社に、パチスロ事業の企画・開発、製造、販売等を分担させる体制をとり、それを統括してパチンコ・パチスロ事業を行っており、原告が子会社と共同して行っている事業の運営上も、大きな影響を受けている。
 さらに、原告の100%子会社であるアルゼマーケティングは、原告の信用が毀損されたことにより、いまだに営業上の不利益を受けており、連結対象である同社の不利益は、原告の不利益に直結する。
 したがって、原告には、謝罪広告を求める利益がある。
(被告SNK)
 前記(8)のとおり、原告が本件において主張する損害は、Eが別件名誉毀損訴訟による認容額を供託したことにより、てん補されている。
 そして、原告は、本件各書籍の発行後さほど間もない時期に提起した別件名誉毀損訴訟では謝罪広告を求めていないことからすれば、謝罪広告を求めるほどの損害はなく、その必要はないと判断していたと考えられる。
 また、原告は、本件訴訟においても、当初は謝罪広告請求をしておらず、本件各書籍発行後5年半が経過し、本件訴訟提起後1年以上が経過してから謝罪広告の請求を行うに至っている。このような経緯からしても、謝罪広告の必要性がないことは、明らかである。
 さらに、原告は、会社分割により、パチスロ・パチンコ事業部門をアルゼマーケティングに承継させ、現在はパチスロ機の販売を行っていないことから、原告に謝罪広告を求める利益はない。アルゼマーケティングが連結対象であることを理由とする原告の主張は、経済的一体性を主張するにすぎず、これにより原告の法的損害が生じたことにはならない。
 なお、原告が求める謝罪広告の内容は、事実と異なるものである。
(被告サミー)
 原告は、会社分割により、パチスロ機の販売部門をアルゼマーケティングに承継させており、原告にはパチスロ機の販売についての信用はなく、謝罪広告の請求は、主張自体失当である。
(10)争点(7)(消滅時効の成否)について
(被告SNK)
ア 本件書籍1ないし3については、その出版後本件訴訟が提起されるまで3年以上が経過しており、少なくとも、これらの各書籍の頒布行為に基づく損害賠償請求権は、消滅時効が成立している。
 原告は、平成15年7月ころに作成した告訴状では、「同書籍の出版は、Aらによる資金提供のもと・・・発行された疑いも濃厚である」と記載していることからすれば、遅くともこのころには、被告SNKの関与があったことを認識しており、「加害者」を知っていたというべきである。
 また、本件各書籍の頒布行為を個別に捉えるべきであることは、前記のとおりである。
イ 被告SNKは、消滅時効を援用する。
(原告)
 原告は、平成18年10月2日に、別件刑事事件の刑事記録の謄写申請をし、その直後に同刑事記録を見て、被告らの関与を初めて知ったのであるから、そのときが「加害者」を知ったときである。
 また、本件各書籍の出版・頒布は、一連の行為であるから、消滅時効との関係では、本件書籍4の出版日である平成17年3月25日が、「不法行為の時」である。
第3 争点に対する判断
1 前提となる事実経過
 本件訴訟の各争点を検討する前提として、本件各書籍の出版・頒布の事実経過、当該出版・頒布に当たっての被告らの関与等を検討するに、証拠(甲10ないし19)、前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1)本件書籍1の出版・頒布について
ア 平成14年後半ころ、被告SNKの取引先である株式会社ラブロスの代表取締役であったFの紹介で、鹿砦社のEから、Aに対し、被告SNKと原告との関係の話を単行本として出版したいとの申入れがあった。そこで、Aは、当時被告SNKの総務部長であったGにEの取材に対応するように指示し、主として、GがEからの取材に応じた。
イ 平成15年初めころ、Eは、Gに対し、本件書籍1の原稿の内容の確認を依頼した。Gは、当該原稿を確認して訂正の上、Aにも目を通してもらったが、Aは、被告SNKに関する記載は間違いないと考えて、当該原稿の訂正をしなかった。
 Aは、平成15年2月又は3月ころ、Bに対して、本件書籍1の原稿を渡したところ、Bは、「これは面白い。」と言って興味を示し、被告サミーが本件書籍1を5000冊買い取ること、被告サミーから全国のパチンコホールの名簿を送るからそれに記載されたあて先に本件書籍1を頒布することを提案した。
 そこで、Aは、被告SNKにおいても、本件書籍1を3000冊買い取ることとした。
 その後、被告サミーから、被告SNKに対し、全国のパチンコホールの名称及び住所、各都道府県警の生活安全部署の住所等が書かれた本件名簿が送られてきたので、Aは、Gに対し、本件名簿を渡して、それに記載されたあて先に本件書籍1を頒布するように指示した。この指示を受けて、Gは、Eに対し、本件名簿を渡して、そのあて先に本件書籍1を頒布するように伝えた。
ウ 鹿砦社は、平成15年4月10日、本件書籍1を出版し、前記指示に基づき、本件名簿に記載されたあて先に、前記買取りに係る本件書籍1を頒布した。
エ 被告SNKは、被告サミーの分も含めて、株式会社サン・アミューズメント名義で、株式会社ラブロスを通じて、鹿砦社に対して、本件書籍1の買取代金及び発送費用として、1352万5675円を支払った。被告サミーから被告SNKに対する買取代金の支払については、被告サミーが被告SNKに支払うゲームソフトの使用許諾料に当該買取代金を上乗せすることとして、支払がされた。
(2)本件書籍2の出版・頒布について
 Eは、平成15年5月又は6月ころ、本件書籍1の記載内容が自分自身にとって「消化不良」であったことから、その続編として本件書籍2を出そうと決め、鹿砦社は、平成15年9月10日、本件書籍2を出版し、被告SNKは、これを8000冊買い取った。
 そして、鹿砦社は、被告SNKの指示により、本件名簿に基づき、全国のパチンコホール等に、前記買取りに係る本件書籍2を頒布した。
 また、被告SNKは、鹿砦社に対し、本件書籍2の買取代金及び発送費用として、1358万0250円を支払った。
(3)本件書籍3の出版・頒布について
ア Eは、平成15年9月1日ころ、本件書籍3の出版を企画し(甲18の2127丁と記載があるもの)、鹿砦社は、平成16年3月1日、同書籍を出版し、被告SNKは、これを1万冊買い取った。
 そして、鹿砦社は、被告SNKの指示により、本件名簿に基づき、全国のパチンコホール等に、前記買取りに係る本件書籍3を頒布した。
 また、被告SNKは、鹿砦社に対し、本件書籍3の買取代金及び発送費用として、1595万8840円を支払った。
 なお、Eは、当初から、第3弾、第4弾と続編を出していく予定はなく、本件書籍3及び4を出すことについて、被告SNKからは、「もうそろそろやめてほしい。」旨言われていた。
イ Eは、本件書籍3の出版を企画した時期につき、別件刑事事件の公判において、「ちょっと記憶にないですけど、第2弾が出て、二、三箇月した後じゃないかと思」う旨供述する(甲16の56頁)が、2003年9月1日付けの、E名義の鹿砦社の社内通達に「アルゼ告発本の第3弾を、12月に出すことになりました。」と記載されていることからすれば、前記のとおり、平成15年9月1日ころには、本件書籍3の出版が企画されていたと認められる。
(4)本件書籍4の出版・頒布について
 Eは、平成16年5月6日の時点では、本件書籍3の続編を出版する予定はなかったが(甲18の2137丁と記載があるもの)、その後の鹿砦社に関する情況の変化に対応し、遅くとも同年12月ころまでには本件書籍4の出版を企画するに至り(甲18の2141丁と記載があるもの)、鹿砦社は、平成17年3月25日、本件書籍4を出版し、被告SNKは、これを少なくとも4000冊買い取った。
 そして、鹿砦社は、被告SNKの指示により、本件名簿に基づき、全国のパチンコホール等に、前記買取りに係る本件書籍4を頒布した。
 また、被告SNKは、鹿砦社に対し、本件書籍4の買取代金及び発送費用として、1970万4000円を支払った。
2 争点(1)(不法行為の個数)について
(1)原告は、本件各書籍の出版頒布行為は一連の行為であって、包括して1個の不法行為が成立すると主張する。
(2)しかしながら、Eは、別件刑事事件の公判における被告人質問において、最初は本件書籍1で終わるつもりであったが、本件書籍1が、「消化不良」のところがあったので、本件書籍1の出版後の平成15年5月から6月くらいに、本件書籍2を出そうと決めた旨(甲16の55頁及び56頁)供述しており、この供述の信用性に疑いを生じさせる証拠はない。
 また、本件書籍3及び4については、E自身、前記被告人質問において、当初は、これらを出版していく予定はなかったと供述しており(甲16の56頁)、前記1(3)及び(4)のとおり、本件書籍3は平成15年9月1日ころに企画されたこと、本件書籍4は平成16年5月6日の時点では出版の予定はなかったことが認められ、他方で、本件書籍3及び4を出版することが、本件書籍1が出版された当初から予定されていたと認めるに足る証拠はない。
 なお、本件あとがきには、本件書籍1の続編の出版があるかのようにも読める記載があるが、本件各証拠に照らしても、具体的な出版の予定があって当該記載がなされたものと認めることはできず、前記Eの供述の信用性を疑わせるものではない。
(3)したがって、本件各書籍は、当初から一連の出版を意図して出版されたものではないと認められ、また、その出版の間隔が、本件書籍1と同2との間が5か月、同2と同3との間が約6か月、同3と同4との間が約1年と開いていることからすれば、本件各書籍の出版頒布行為は、通常、当該書籍の具体的内容に即して、個別に不法行為の成否が検討されるべきものと解されるところ、当初全く意図されていなかった本件書籍2ないし4の出版頒布行為を事後的に本件書籍1の出版頒布行為に含めて評価すべき特段の事情も認められないから、本件各書籍の出版頒布行為が一連の行為であって、包括して1個の不法行為が成立するものということはできず、本件各書籍の具体的内容に即して、その出版頒布行為ごとに、個別の不法行為の成否を検討すべきものと認められる。
3 争点(2)(被告らと鹿砦社による共同不法行為の成否)について
(1)原告は、本件各書籍の出版頒布行為について、被告らと鹿砦社との不競法違反の共同不法行為が成立すると主張し、被告ら単独の不競法違反や、被告ら及び鹿砦社による信用毀損の不法行為(民法上の不法行為)についての共同不法行為等を主張するものではない。
 そして、鹿砦社は、原告と競争関係にあるものではない(当事者間に争いがない。)から、同社に不競法違反が成立しないことは明らかである。したがって、このような場合にも、被告らと鹿砦社による不競法違反の共同不法行為は成立するのかが問題となるところ、以下、本件各書籍の出版行為と頒布行為に分けて、検討する。
(2)本件各書籍の出版行為について
ア 前記1のとおり、本件各書籍の出版行為の主体は、鹿砦社である。
 そして、本件各書籍の出版に関する被告らの関与は、前記1のとおり、被告SNKにおいては、Eの取材に応じたこと及び本件各書籍の買取りを約したこと、被告サミーにおいては、本件書籍1につき、被告SNKに被告サミーの買取分として5000部の買取りを約したことのみである。このような事実関係においては、本件各書籍の具体的内容にかかわらず、被告らにおいて、自らが出版行為を行ったと評価することはできず、被告らの行為は、鹿砦社の出版行為を幇助したにすぎないと解される(被告サミーについては、本件書籍1の出版行為のみを幇助したにとどまるものと認められる。)。
 なお、原告は、被告らにおいて、鹿砦社に本件各書籍を出版させたと主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
 また、原告は、被告SNKが本件書籍1の内容を提供したことをもって、それが同被告の不正競争行為であると主張するが、本件各書籍のような一定の価値判断や評価が記載された書籍は、一般に、執筆者の責任と判断に基づいて執筆されるものと考えられるから、被告SNK(具体的にはA及びG)がEらの取材を受け、前記価値判断や評価の基礎となる情報を提供したことをもって、虚偽事実の告知又は流布を行ったものと認めることはできない。
イ 幇助者は、法律上、共同行為者とみなされる(民法719条2項)ものの、被告らが共同行為者とみなされるのは、あくまで出版行為を行った鹿砦社の行為についてであって、同社の当該行為は、不競法違反とは評価され得ないものであることは、前記のとおりである。
 そして、共同不法行為が成立するためには、各行為者の行為が当該不法行為の成立要件を満たしていることが必要であると解されるところ(最高裁昭和39年(オ)第902号同43年4月23日第三小法廷判決・民集22巻4号964頁参照)、出版行為の主体である鹿砦社に不競法違反が成立しない以上、被告らは、不競法違反とはならない鹿砦社の出版行為の共同行為者とみなされるにすぎないから、不競法違反の共同不法行為は成立しないと解すべきこととなる。
ウ したがって、本件各書籍の出版行為について、被告ら及び鹿砦社に不競法違反の共同不法行為が成立すると認めることはできない。
(3)本件各書籍の頒布行為について
ア(ア)前記1のとおり、本件書籍1を全国のパチンコ店等に頒布した行為は、被告サミーの代表取締役であるBが被告SNKの取締役会長であるAに提案して、頒布のために被告サミーが被告SNKに本件名簿を提供し、被告SNK及び被告サミーにおいて本件書籍1を買い取り、被告SNKが、鹿砦社に対し、本件名簿を提供してこれに記載されたあて先に頒布することを指示し、この指示に基づき鹿砦社が行ったものであるから、被告ら及び鹿砦社が共同して行ったものと認められる。
 また、本件書籍2ないし4を全国のパチンコ店等に頒布した行為は、被告SNKが本件書籍2ないし4を買い取り、鹿砦社に頒布を指示し、この指示に基づき鹿砦社が行ったものであるから、被告SNK及び鹿砦社が共同して行ったものと認められる。
(イ)原告は、被告サミーにつき、本件名簿の回収をしなかったこと等を捉えて、本件書籍2ないし4の全国のパチンコ店等への頒布行為につき、被告SNK及び鹿砦社と共同して行ったか、又はこれを幇助したものであると主張する。
 しかしながら、前記2のとおり、本件書籍1が出版された当初の段階では、本件書籍2ないし4が出版される予定があったとは認められないから、被告サミーが、本件名簿を提供した段階で、本件書籍2ないし4が出版・頒布されることを知り、又はそのことを予見することができたとは認められない。また、被告サミーが、本件書籍2ないし4が出版・頒布される前に、その内容はもちろん、その出版及び全国のパチンコ店等への頒布の事実自体を知り、又は知ることができたと認めるに足る証拠もない。したがって、被告サミーは、本件名簿が更なる頒布行為に利用されることを予見することができたとは認められないから、被告サミーに本件名簿を回収すべき何らかの法的義務が生ずるものとは認められない。
 また、被告サミーが、本件書籍2ないし4を自ら関係者に頒布したと認めるに足る証拠もない。
 よって、被告サミーが、本件書籍2ないし4を全国のパチンコ店等に頒布した行為の共同行為者又は幇助者であると認めることはできない。
(ウ)被告サミーは、本件書籍1の買取りについて、被告SNKと約束したのであって、鹿砦社と約束したものではないと主張する。その主張の法的趣旨は、必ずしも明確ではないが、共同不法行為が成立するためには、意思の共通(共謀)の事実が常に必要となるわけではなく、権利侵害が客観的に関連し共同してなされれば足りると解される(最高裁昭和30年(オ)第870号同32年3月26日第三小法廷判決・民集11巻3号543頁参照)から、被告サミーと鹿砦社との間に直接又は間接の意思の連絡がなかったとしても、共同不法行為が成立する余地があり、また、前記 の各事実からすれば、本件書籍1の頒布行為は、被告ら及び鹿砦社が客観的に関連し共同して行ったものと認められる。
イ ただし、前記のとおり、原告の主張は、原告と競争関係にない鹿砦社の頒布行為に被告らが加担したことに基づき、被告ら及び鹿砦社の不競法違反の共同不法行為が成立するというものであるところ、実際に頒布行為を行った鹿砦社に不競法違反を理由とする不法行為が成立しないことは、前記のとおりである。そうである以上、被告らにおいて、不競法違反とはならない鹿砦社の頒布行為に加担し、これを共同して行ったとしても、それは不競法違反とはならない行為を共同して行ったにすぎないから、不競法違反を理由とする共同不法行為が成立しないと解すべきであることは、前記(2)と同様である。
ウ したがって、本件各書籍の頒布行為についても、被告ら及び鹿砦社に不競法違反の共同不法行為が成立すると認めることはできない。
4 争点(7)(消滅時効の成否)について
 事案の性質に鑑み、原告の被告SNKに対する損害賠償請求権についての消滅時効の成否についても、判断する。
(1)不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、被害者等が「損害及び加害者を知った時」から起算される(民法724条)ところ、「加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味すると解するのが相当である(最高裁昭和45年(オ)第628号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)。
 また、前記2のとおり、本件各書籍の出版頒布行為は、包括して1個の不法行為となり得るものではなく、それぞれの出版頒布行為ごとに別個の不法行為を構成し得るものと認められるから、消滅時効も、本件各書籍の出版頒布行為に基づく不法行為による損害賠償請求権ごとに別個に進行することになる。
(2)原告から委任を受けた本訴原告代理人弁護士が別件刑事事件の訴訟記録の閲覧申請をしたのは、平成18年10月2日であり(甲22)、原告は、この期日が消滅時効の起算日であると主張する。
 しかしながら、原告、C及びDが、Eを被告訴人として、本件書籍1の出版・販売等につき偽計業務妨害罪、名誉毀損罪に該当するとして、平成15年7月ころ作成した告訴状においては、鹿砦社が本件書籍1を全国のパチンコホール等に無償で頒布したことにつき、「資金提供者がいると見るのが自然であり、被告訴人は、かかる資金提供者の依頼に応じて、本件犯行に及んだ疑いが濃厚である」とした上で、旧SNKの倒産の経緯や、被告SNKによる原告に対する業務妨害行為の存在、本件書籍1の内容が一方的にAの主張を取り上げたものであること等から、「被告訴人による本件行為は、Aらの意を汲んだ(中略)業務妨害行為の一環であることは明らかである。」、「同書籍の出版は、Aらによる資金提供のもと、もっぱらアルゼの業務妨害を狙って、採算を度外視して発行された疑いも濃厚である。」と記載されている(乙1)。また、原告が前記告訴状にも記載しているとおり、原告においては、本件書籍1の記載内容からすれば、本件書籍1の出版・頒布にAや被告SNKの従業員等が関与していることを、容易に推認できたものと認められる。これらのことからすれば、原告においては、本件書籍1の出版・頒布につき、遅くとも、前記告訴状を作成した月の末日である平成15年7月31日までには、被告SNKの関与を、損害賠償請求をすることが可能な程度に知っていたものと認めるのが相当である。
 また、本件書籍2及び3についても、書籍の題名に、それぞれ、「続アルゼ王国の闇」、「アルゼ王国の闇3」と記され、本件書籍1の続編であることが表示されていること、その記載内容及び本件書籍1と同様に全国のパチンコ店等に頒布されていることに照らして、原告は、それぞれその出版日である平成15年9月10日及び平成16年3月1日の属する月の末日(平成15年9月30日及び平成16年3月31日)までには、被告SNKの関与を、損害賠償請求をすることが可能な程度に知っていたものと認めるのが相当である。
 そして、本件各証拠に照らしても、前記いずれかの時において、原告が被告SNKに対して損害賠償請求をすることが、不可能であったことをうかがわせる事情は認められないから、被告SNKに対して損害賠償請求をすることが事実上可能な状況であったと認められる。
 したがって、仮に、原告の被告SNKに対する本件各書籍の出版頒布行為による損害賠償請求権が発生したとしても、本件書籍1に係るものは平成18年7月31日の経過により、本件書籍2に係るものは同年9月30日の経過により、本件書籍3に係るものは平成19年3月31日の経過により、それぞれ消滅時効が完成したと認められる。
(3)以上によれば、本件書籍1ないし3の出版頒布行為に基づく原告の被告SNKに対する損害賠償請求権は、被告SNKの時効の援用により、消滅時効によって消滅したと認められる。
5 よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 坂本三郎
 裁判官 國分隆文は、転補のため、署名押印することができない。
裁判長裁判官 清水節


(別紙1)当事者目録
原告 アルゼ株式会社
同訴訟代理人弁護士 中込秀樹
同 岩渕正紀
同 熊谷明彦
同 野下えみ
同 岩渕正樹
同 松永暁太
同 中村信雄
同 菅弘一
同訴訟復代理人弁護士 今井多恵子
同訴訟代理人弁護士 佐藤文彦
被告 株式会社SNKプレイモア
同訴訟代理人弁護士 栗原良扶
同 清水正憲
同 宮下尚幸
同 木村真也
同 坂井慶
被告 サミー株式会社
同訴訟代理人弁護士 浅岡輝彦
同 鯉沼希朱
同 上床竜司
同 山崎純
同 牧義行
同 緒方泉
同 内藤寿彦
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/