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【事件名】黒澤作品のDVD化事件(大映作品)B
【年月日】平成21年4月27日
 東京地裁 平成20年(ワ)第6848号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年2月13日)

判決
原告 角川映画株式会社
同訴訟代理人弁護士 前田哲男
同 中川達也
被告 株式会社コスモ・コーディネート
同訴訟代理人弁護士 角田雅彦


主文
1 被告は、原告に対し、金72万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを50分し、その1を被告の、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金3760万円及びこれに対する平成20年4月10日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、亡A(以下「A」という。)が監督を務めた劇場用映画の著作権を有すると主張する原告が、同映画を収録、複製したDVD商品を海外において製造させ、輸入・販売している被告に対して、被告の輸入行為は原告の著作権(複製権)を侵害する行為とみなされる(著作権法113条1項1号)として、民法709条及び著作権法114条3項に基づく損害賠償3760万円並びにこれに対する平成20年4月10日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(争いのない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
(1)当事者
ア 原告は、日本及び外国映画・映像作品の企画、製作、売買及び配給並びに映画、テレビ放送番組、音楽等のコンテンツを収録したビデオ、ビデオディスク、CD、DVD等の映像、音声ソフトの企画、製作及び販売等を目的とする株式会社である。
イ 被告は、映画、テレビ・ラジオ番組、ビデオ等の企画、製作及び販売等を目的とする株式会社である。
(2)Aが監督を務めた劇場用映画
ア 「静かなる決闘」と題する劇場用映画(以下「本件映画1」という。)は、Aが監督を担当し、大映株式会社(昭和46年12月に破産宣告を受けた会社。以下「旧大映」という。)が製作の上、昭和24年(1949年)に公表された(甲1、9)。
イ 「羅生門」と題する劇場用映画(以下「本件映画2」という。)は、Aが監督を担当し、旧大映が製作の上、昭和25年(1950年)に公表された(甲2、10)。
ウ 本件映画1及び本件映画2(以下、本件映画1及び本件映画2を併せて「本件各映画」という。)は、いずれも独創性を有する映画の著作物である。
エ Aは、平成10年(1998年)に死亡した。
(3)著作権法(昭和45年法律第48号(昭和46年1月1日施行。以下、これを「新著作権法」という。なお、単に著作権法という場合は、現に施行されている著作権法を指す。))により全部改正される前の著作権法(明治32年法律第39号。以下「旧著作権法」という。)は、次のとおり規定していた。
ア 3条
@ 発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ著作者ノ生存間及其ノ死後三十年間継続ス
A 数人ノ合著作ニ係ル著作物ノ著作権ハ最終ニ死亡シタル者ノ死後三十年間継続ス
イ 4条
 著作者ノ死後発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス
ウ 5条
 無名又ハ変名著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス但シ其ノ期間内ニ著作者其ノ実名ノ登録ヲ受ケタルトキハ第三条ノ規定ニ従フ
エ 6条
 官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス
オ 9条
 前六条ノ場合ニ於テ著作権ノ期間ヲ計算スルニハ著作者死亡ノ年又ハ著作物ヲ発行又ハ興行シタル年ノ翌年ヨリ起算ス
カ 22条の3
 活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸学術又ハ美術ノ範、 囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス其ノ保護ノ期間ニ付テハ独創性ヲ有スルモノニ在リテハ第三条乃至第六条及第九条ノ規定ヲ適用シ之ヲ欠クモノニ在リテハ第二十三条ノ規定ヲ適用ス
キ 52条
@ 第三条乃至第五条中三十年トアルハ演奏歌唱ノ著作権及第二十二条ノ七ニ規定スル著作権ヲ除ク外当分ノ間三十八年トス
A 第六条中三十年トアルハ演奏歌唱ノ著作権及第二十二条ノ七ニ規定スル著作権ヲ除ク外当分ノ間三十三年トス
B 第二十三条第一項中十年トアルハ当分ノ間十三年トス
2 争点
(1)本件各映画の著作権の存続期間の満了時期(本件各映画の著作者はだれか)
(2)原告は本件各映画の著作権を有するか
(3)被告の故意又は過失による侵害行為の有無
(4)原告の損害の有無及びその額
3 争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(本件各映画の著作権の存続期間の満了時期(本件各映画の著作者はだれか))について
(原告の主張)
ア 著作者とは、著作物を創作する者であるところ、精神的活動の所産である著作物を創作することができるのは自然人である。旧著作権法上、監督以外の著作物の全体的形成に創作的に関与した者が著作者に含まれるかについては考え方の違いはあるが、少なくとも監督が著作者であることは明らかである。
 そして、本件各映画は、Aが監督した独創性を有する映画の著作物であり、Aは、映画監督として本件各映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与しているから、本件各映画の著作者である。
 したがって、本件各映画における「監督A」との表示は著作者の表示であり、本件各映画は、著作者の実名を表示して興行された著作物である。
イ 本件映画1は昭和24年(1949年)に公表・興行され、本件映画2は昭和25年(1950年)に公表・興行されたものであるから、本件各映画は、昭和46年1月1日の新著作権法施行前に公表された著作物であるところ、旧著作権法では、映画の著作物の保護期間につき、独創性があるものについては旧著作権法3条ないし6条及び9条を適用するとされ(同法22条の3)、発行又は興行された著作物の著作権は、その著作者の生存の間及びその死後38年間とされ(同法3条、52条1項)、死後38年間の計算は、著作者が死亡した年の翌年から起算するとされている(同法9条)。
 前記アのとおり、Aは、本件各映画の著作者であり、平成10年(1998年)に死亡しているから、前記旧著作権法の規定によると、本件各映画の著作権は、その翌年から38年が経過する平成48年(2036年)12月31日までの間存続する。
 そして、新著作権法附則7条は、同法の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については、旧著作権法による期間の方が新著作権法による期間より長いときは、なお従前の例によると定めているところ、本件各映画の著作権の存続期間は旧著作権法による方が長いから、旧著作権法が適用され、前記のとおり、本件各映画の著作権の存続期間は、平成48(2036年)年12月31日までとなる。
ウ 被告の主張について
(ア)被告は、本件各映画については、旧著作権法6条が適用され、同法3条の規定の適用が排除される旨主張する。
 しかしながら、旧著作権法は、発行又は興行された著作物の著作権の存続期間を著作者の生存中及びその死後38年間とする定めを置き、これを原則的な著作権の存続期間としつつ、無名又は変名の著作物及び団体の著作名義をもって発行又は興行された著作物については、著作者が特定されないため、あるいは団体には死亡を観念できないために「著作者の死後38年」の算定ができないことから、5条及び6条の定めをおいて、3条の原則を補充したものと解される。
 本件各映画は、いずれも「監督A」と表示して興行されたものであるから、著作者の死後38年の算定ができる場合に該当する。したがって、本件各映画について旧著作権法6条が適用される余地はない。
 なお本件各映画、 には、「大映株式會社製作」との表示もあるが、これは映画製作者の表示であって著作者の表示ではないから、この点でも、本件各映画は、団体の著作名義で興行されたものとはいえない。
(イ)精神的活動の所産である著作物を創作することができるのは自然人であり、団体は、原則として著作者になり得ないところ、旧著作権法には、新著作権法15条に相当する職務著作の規定はなく、かえって、新著作権法附則4条が、同法15条は同法施行前に創作された著作物には適用されない旨明文で定めていることからすると、旧著作権法の下では、団体が著作者になる余地は、原則としてなかった。
 旧著作権法において、団体自身が著作者となる余地を認める見解も存在するが、新著作権法15条のような特別の規定がないにもかかわらず、自然人のみが著作者となる原則に対する例外を旧著作権法の下で認めるとすれば、少なくとも、新著作権法15条1項と同様の条件を満たすことは必要である。
 しかしながら、Aは、旧大映の取締役や従業員であったことはなく、旧大映の業務に従事するものでもなかった。また、本件各映画は、いずれも監督としてAの氏名が表示されて公表されたものであって、団体の著作名義をもって公表されたものではない。したがって、本件各映画は、新著作権法15条1項と同様の条件を満たさない。
(ウ)被告は、本件各映画が旧著作権法6条の団体著作物に当たると解することは、映画「シェーン」に関する最高裁平成19年(受)第1105号同年12月18日第三小法廷判決・民集61巻9号3460頁(以下「シェーン判決」という。)の判断に沿うものであると主張する。
 しかしながら本件、 各映画には、「大映株式會社製作」との表示はあるが、これは映画製作者の表示であって著作者の表示ではなく、著作者としてはAが表示されているから、旧著作権法6条の著作物には当たらない。
 また、シェーン判決は、映画「シェーン」がアメリカ合衆国法人を著作者とし、その著作名義をもって公表された映画であることを前提事実とし、団体名義で公表された独創性を有する映画の著作物の保護期間が旧著作権法6条及び52条2項により発行後33年間とされていることを踏まえ、著作権法の一部を改正する法律(平成15年法律第85号。以下「平成15年改正法」という。)による保護期間の延長措置の適用の可否について、同法附則2条の経過規定の解釈が問題となった事案である。これに対し、本件は、Aを著作者と表示して興行された本件各映画の存続期間が争われている事案であるから、両者は事案を異にする。
(被告の主張)
ア 旧著作権法上、団体が著作者たり得るとするのが多数説であり、本件各映画の著作者は、団体である映画製作会社であり、監督であるAではない。
 仮に、映画は、映画製作に創作的に関与した者の共同著作物とする考え方をとった場合でも、映画は、団体名義をもって興行した著作物と考えられるのであるから、旧著作権法6条にいう団体著作物に該当する。
 また、映画の画面上のクレジットが著作者を示すとの原告の主張は、根拠がない。仮に、それが著作者を示すのであれば、名前が表示されている個人は多数存在することになり、監督以外の著作者が認定できず、著作権の保護期間が確定できないことになる。そして、旧著作権法6条は、個人の著作者が分からないときに、適用されると考えられる。
 したがって、本件各映画の保護期間は、旧著作権法6条が定める興行のときから30年間(延長措置により33年間、旧著作権法52条2項)となり、本件各映画の著作権の存続期間は、満了している。
イ シェーン判決は、劇場用映画として、アメリカ合衆国において1953年(昭和28年)に公表され、その後日本でも劇場公開された映画に関し、「本件映画を含め、昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物は、本件改正による保護期間の延長措置の対象となるものではなく、その著作権は平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了し消滅したというべきである。」と判示している。
 シェーン判決は、本件で問題となっている旧著作権法に関する判断であり、その判断は、昭和28年までに公表された同様の劇場用映画に該当する。そして、本件各映画は、シェーン判決で問題となった映画「シェーン」と公表形態(@映画製作会社やプロダクションの表示、A題名、Bスタッフ及び俳優、C監督の各表示)が同一であるから、シェーン判決のいう「団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画」に該当し、かつ、昭和28年以前に公表されたものである。
 したがって、前記アのとおり、本件各映画の存続期間は、満了している。
ウ 原告は、旧著作権法において、団体自身を著作者であると認めるためには、少なくとも、新著作権法15条1項と同様の条件を満たすことが必要であるところ、本件各映画はその条件を満たさない旨主張する。
 しかし、東京高裁昭和57年4月22日判決(無体集14巻1号193頁)は、文書の著作権に関するものであるが、@旧著作権法6条の規定が存在していたことから、同法は、団体が原始的な著作権者となり得る場合があることを予定していたこと、A法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者において職務上作成する著作物で、その法人等が当該著作名義のもとに公表すると認められること、B通常、その法人等における比較的多数の職員が著作活動に参加し、このような職員の職務上の共同作業によって著作物を完成させることになる場合、「創作者」を多数かつ関与の態様の多様な自然人と理解するよりは、端的に法人等を著作者とし、これに著作権の原始的取得を認める方が創作活動の実態に十分適合する旨判示しており、この要件は、多数の人間が創作活動に参加し、職務上の共同作業によって完成され、映画会社が、その費用と責任をもって公表する本件各映画にも当てはまる。
 原告の前記主張は、旧著作権法6条が適用されない理由とはなり得ない新著作権法15条の条文解釈をそのまま本件に適用する過ちを犯している。
エ また、原告の主張は、映画監督のみについて論じるものであって、原告の主張を前提としても、A以外の共同著作者たる映画製作に創作的に関与した者(助監督、美術監督等のスタッフ)の共同の著作活動をどのように評価しているのか、全く不明である。
(2)争点(2 (原告) は本件各映画の著作権を有するか)について
(原告の主張)
ア 旧著作権法には新著作権法29条1項のような規定がないから、映画の著作物の著作権は、その著作者がこれを原始的に取得するといわざるを得ない。しかしながら、その財産権を映画製作者に取得させることにより映画の著作物の円滑な利用を図る必要があることから、その著作権は、特段の事情がない限り、著作者から映画製作者に譲渡されたものと推認すべきである。
 本件各映画についてみると、本件各映画は、いずれも当初から映画製作者である旧大映が自己の商品として公表することを前提に製作され、旧大映がその著作権を有するものとして全国の映画館で配給・興行され、その後、旧大映から著作権を承継した大映映画株式会社(昭和49年9月設立。後に「大映株式会社」に商号変更。以下「新大映」という。)及び原告によって、長年にわたり、ビデオカセット、レーザーディスク及びDVD商品として公然と利用され、かつ、放送局に放送が許諾されてきたが、A及び本件各映画の製作に参加したいかなる者からも、それらの利用につき異議の申出はなかった。
 また、Aの著作権等を管理している株式会社黒澤プロダクションも、本件各映画の著作権がAから映画製作者である旧大映に譲渡され、現在は、原告にその著作権が帰属していると認識している(甲38)。
 これらのことからすれば、本件各映画の著作権は、いずれも、それらの完成のころ、その著作者から映画製作者である旧大映に譲渡されたものと推認することができる。仮に、Aのほかにも本件各映画の著作者が存在するとしても、その著作権の共有持分についても、同様である。
イ 前記アのとおり、本件各映画については、いずれも旧大映がその著作権の全部を取得し、その後、以下の経緯を経て、原告が本件各映画の著作権を取得した。
(ア)旧大映は、昭和46年12月に破産し、昭和51年3月31日、新大映及びその代表者であったBは、破産会社旧大映の破産管財人から、本件各映画を含む旧大映映画作品の著作権(以下「旧大映映画著作権」という。)を譲り受けた。
(イ)昭和53年2月14日、破産会社旧大映破産管財人、新大映、B及び映画演劇労働組合総連合大映労働組合(以下「組合」という。)の合意により、Bの旧大映映画著作権の譲受人たる地位が組合に譲渡された。そして、同月15日、新大映と組合との代物弁済契約により、旧大映映画著作権の持分2分の1が、新大映から組合に譲渡された。
(ウ)平成14年11月1日、組合は、前記著作権の共有持分を新大映に譲渡し(甲13)、同日、新大映は、原告(当時の商号は「株式会社角川大映映画」)に対し、旧大映映画著作権を譲渡した(甲14、15)。
(被告の主張)
 原告は、自然人である映画監督に著作権が生じ、映画製作者に譲渡される旨主張するが、そのようなことが、旧著作権法下における一般的な認識、慣行であったということはできない。
(3)争点(3 (被告の故) 意又は過失による侵害行為の有無)について
(原告の主張)
ア 被告の侵害行為について 被告は、本件映画1を複製した別紙被告商品目録記載1のDVD及び本件映画2を複製した同目録記載2のDVD(以下、別紙被告商品目録記載1及び2の各DVDを併せて「本件DVD」という。)を国外で作成し、遅くとも平成19年1月ころから輸入し、国内で販売している。
 本件DVDは、輸入の時において国内で作成したとしたならば原告の複製権の侵害となるべき行為によって作成された物である。
 また、被告は、本件DVDを実際に国内において頒布しており、本件DVDを国内において頒布する目的で輸入したことは明らかである。
 したがって、被告が本件DVDを輸入する行為は、著作権法113条1項1号により、原告の著作権を侵害する行為とみなされる。
イ 故意又は過失について
(ア)被告は、本件DVDを輸入・頒布するに当たり、本件各映画が他人の製作した映画の著作物であること、本件各映画が劇場用映画の著作物であること、本件各映画が昭和45年12月31日以前に公表されたものであること、本件各映画はAが監督した作品であること、本件各映画は、Aが監督であることを表示して興行されたものであること、Aの死亡から38年が経過していないことといった、本件各映画の著作権の存続期間が平成48年(2036年)12月31日までであるとの法律判断の基礎となる事実をすべて知っていたのであり、それを知りながら、映画製作者又はその権利の承継人から許諾を受けずに本件DVDの輸入等を行ったのである。
 このように、被告は、本件の請求原因事実については認識を有していたのであるから、法律の適用について誤解をしていたとしても、被告には故意があるといえる。
(イ)仮に、被告に故意がないとしても、被告は、他人の製作した映画の無許諾複製物であるDVDを輸入・頒布することを営利事業として行っているのであるから、対象となる作品の著作権の存続期間が満了しているかどうかを十分に調査・検討すべき注意義務がある。
 それにもかかわらず、被告は、所管官庁から適法であるとの事前確認を得ることもなく、著作権の存続期間満了時期について自己に有利な解釈を採用し、営利事業を行ったのであるから、自らが依拠する解釈が裁判所に採用されなかった場合の経済的リスクを負担すべきである。
 また、文化庁が発行する「著作権法入門平成17年版」では、映画の著作物に関して、昭和9年から昭和27年までに公表された実名の著作物のうち、昭和40年に著作者が生存していたものについては、平成17年時点で著作権が存続しているものとして挙げられており、他方で、旧著作権法において、劇場用映画が団体名義の著作物であるとする見解については、一切触れられていない。
 さらに、平成15年改正法附則3条の立法趣旨について、その立案を担当した文化庁長官官房著作権課は、「例えば、1950年に公表された映画の著作物の保護期間は、映画監督が1990年に死亡したことを想定すると、旧著作権法の規定により、2028年まで保護されることになるが、改正後の著作権法によれば、2020年で保護期間が消滅することになる。」との解説を、平成15年(2003年)8月発行の「コピライト508号」に掲載して公表していた。
 これらを調査すれば、被告は、本件各映画の著作権の存続期間がAの死後38年であることを容易に知り得た。
 このように、被告は、本件各映画の著作権の存続期間が満了していないことを容易に知り得たのであるから、少なくとも過失はある。
(被告の主張)
ア 被告の侵害行為について
 被告が国外の業者に製造を委託して輸入・頒布したのは、販売用にパッケージ化した商品ではなく、DVDの盤である。また、被告が頒布目的をもって本件DVDを輸入したことは、否認する。
イ 故意又は過失について
(ア)著作権法違反の故意は、著作者がだれかという点に関する認識が必要であるから、故意があるという原告の主張は否認する。
(イ)原告は、被告が、映画の著作物を複製する等の営利事業を行う者として、著作権の存続期間につき十分に調査・検討すべき注意義務を負う旨主張するが、被告の負う義務は、通常の注意義務である。
 旧著作権法において、映画の著作権者はだれかという問題については、専門家ですら意見が分かれているのであるから、その中で、理論的に首肯でき、妥当な解釈であると考えられる説に依拠して社会生活上の判断をすることは当然であって、その判断が判決の解釈と異なるからといって、直ちに被告に注意義務違反があったとするのは、不可能を強いることになり、不合理である。
 そして、被告が映画の著作権の存続期間を公表されてから30年(延長措置により33年)と判断したことについては、これを是認し、通説と認められる旧著作権法の解釈があり、かつ、保護期間を映画監督の死後38年とするとの考え方が旧著作権法の定説となっていなかったことから、原告が主張する注意義務をもってしても、旧著作権法違反であることを予見し、回避することは不可能であり、被告に注意義務違反はない。
 また、映画監督以外の共同著作者の一人が映画監督より後に死亡していたことが判明した場合において、保護期間を映画監督死亡後と認識していた者が、他の共同著作者の死亡を認識していなかったときに、そのように認識していなかったことを注意義務違反とすることはできない。
(4)争点(4)(原告の損害の有無及びその額)について
(原告の主張)
ア 著作権法114条3項の「著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」を算定するに当たっては、被告が原告の著作権を侵害して複製物を通常の販売価格より極めて低額で販売している本件のような場合には、原告が通常受領すべき金額を重視すべきである。したがって、合理的な使用料の算定に当たっては、被告の実売価格ではなく、原告の標準小売価格をベースとすべきであるところ、原告の本件各映画のDVDの標準小売価格は、1本4700円である。
イ 「エンターテインメントと法律」という文献(甲27)には、「権利ホルダー(出資者)がロイヤリティを取る場合」の例として、上代を100と仮定すれば、権利ホルダーは25と記載されている。また、「プロデューサー・カリキュラム」という文献(甲28)には、最終的に消費者が支払う上代を100%とした場合、映画の製作者(出資者)の収入は、そのうち25%である旨記載されている。さらに、「コンテンツビジネスの資金調達スキーム」という文献(甲29)には、マスター渡しの場合の掛け率は、通常、上代の20%程度と考えておけばよい旨記載されている。
 これらのことからすれば、本件各映画の合理的な使用料率は、原告の標準小売価格の20%は下らない。
ウ 被告は、少なくとも1作品につき、2万本(合計4万本)の本件DVDを輸入している。
エ したがって、本件各映画の著作権の使用料相当額は、合計3760万円(4700円×0.2×40000本)であり、これが、被告の権利侵害行為による原告の損害となる(著作権法114条3項)。
 以上のことは、原告が、平成13年9月1日、パイオニアエル・ディー・シー株式会社(後に「ジェネオンエンタテインメント株式会社」に商号変更。以下「ジェネオン」という。)に対し、本件各映画をDVDに複製して一般市販用に頒布することを許諾した際、その使用料を、表示小売価格(前記のとおり、4700円である。)の●(省略)●%としていたこと(甲39の1)からも、裏付けられる。
(被告の主張)
ア 原告の商品は、その価格が高額であり、被告の本件DVDが販売される以前から販売されていたのであるから、新しく被告の本件DVDが廉価で販売されたとしても、高額でも購入する消費者は既に購入していたはずである。そうすると、本件DVDを購入するのは、原告の高額な商品を買えない消費者であるから、原告に損害はない。
イ 本件各映画について、被告が製造し、輸入したのは、1作品につきそれぞれ1000枚であり、それぞれの販売価格は、いずれも1枚当たり330円である。
 本件DVDは、海賊版ではなく、被告が複製したDVDを有限会社アブロックによって商品化されて定価1800円で一般に販売されていたものである。したがって、仮に、著作権法114条3項によって損害額を算定する場合には、1800円を基準とすべきである。
ウ 原告は、使用料率を20%と主張するが、その根拠はあいまいであり、原告が実際にDVDを販売した場合の使用料率は、20%よりも低い。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件各映画の著作権の存続期間の満了時期(本件各映画の著作者はだれか))について
(1)映画の著作物の保護期間に関する我が国の法令の概要
 前記第2の1(2)のとおり、本件映画1は昭和24年に、本件映画2は昭和25年にそれぞれ公表されたものであり、新著作権法が施行された昭和46年1月1日より前に公表された映画の著作物である。このような旧著作権法下で公表された映画の著作物の著作権の保護期間に関する我が国の法令の概要は、次のとおりである。
ア 前記第2の1(3)のとおり、旧著作権法は、映画の著作物の保護期間を、独創性の有無(22条の3後段)及び著作名義の実名(3条)、無名・変名(5条)、団体(6条)の別によって別異に扱っていたところ、前記第2の1(2)ウのとおり、本件各映画は独創性を有する映画の著作物であるから、本件各映画の保護期間については、本件各映画の著作名義が監督等の自然人であるとされた場合には、その生存期間及びその死後38年間(3条、52条1項)とされるのに対し、それが団体である映画製作者名義であるとされた場合には、本件各映画の公表(発行又は興行)後33年間(6条、52条2項)とされることになる。
イ 旧著作権法は、昭和46年1月1日施行の新著作権法により全部改正された。新著作権法(平成15年改正法による改正前の規定)は、映画の著作物及び団体名義の著作物の保護期間を、いずれも、原則として、公表後50年を経過するまでの間と規定する(53条1項、54条1項)とともに、附則2条1項において、「改正後の著作権法(以下「新法」という。)中著作権に関する規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法・・・による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない。」旨を定め、また、附則7条において、「この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については、当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法第2章第4節の規定による期間より長いときは、なお従前の例による。」と定めている。
 なお、新著作権法は、法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物の著作者及び映画の著作物の著作者について、それぞれ新たな規定を設けた(前者につき15条、後者につき16条)が、これらの規定は、その施行前に創作された著作物については、適用しないこととされ(附則4条)、また、その施行前に創作された同法29条に規定する映画の著作物の著作権の帰属については、なお従前の例による旨定めている(附則5条)。
ウ 映画の著作物の著作権の保護期間は、平成15年改正法(平成16年1月1日施行)により、原則として公表後70年を経過するまでの間と延長される(同法による改正後の著作権法54条1項)とともに、平成15年改正法附則2条は「改正後の著作権法・・・第54条第1項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。」と、同法附則3条は「著作権法の施行前に創作された映画の著作物であって、同法附則第7条の規定によりなお従前の例によることとされるものの著作権の存続期間は、旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日が新法第54条第1項の規定による期間の満了する日後の日であるときは、同項の規定にかかわらず、旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日までの間とする。」と定めている。
エ 著作者及び著作名義を個人と団体のいずれとみるかによる著作権の保護期間
(ア)本件各映画の著作者及び著作名義が監督であるAであるとした場合の著作権の保護期間
 この場合、旧著作権法を適用すれば、本件各映画の著作権の保護期間は、Aが死亡した平成10年(前記第2の1(2)エ)の翌年から起算して38年後の平成48年12月31日までとなる(同法22条の3、3条、52条1項)。
 他方で、前記第2の1(2)ア及びイによれば、本件映画1は昭和24年に、本件映画2は昭和25年にそれぞれ公表されたものであるから、新著作権法附則2条1項により、同法を適用し、公表後50年の保護期間とした場合は、本件映画1の著作権の保護期間は平成11年12月31日までとなり、本件映画2の著作権の保護期間は平成12年12月31日までとなるが、同法附則7条により、保護期間の長い旧著作権法が適用される。
 また、本件各映画の著作権の保護期間をAの死亡から38年とした場合には、平成15年改正法の施行時において著作権が存するから、同法附則2条により、公表後70年を保護期間とする平成15年改正法を適用することができる。そして、同法を適用した場合の著作権の存続期間は、本件映画1が平成31年12月31日まで、本件映画2が平成32年12月31日までとなる。したがって、同法附則3条により、保護期間の長い旧著作権法が適用され、前記のとおり、本件各映画の著作権の保護期間は平成48年12月31日までとなる。
(イ)本件各映画につき団体である映画製作会社の著作名義であるとした場合の著作権の保護期間
 この場合、旧著作権法を適用すれば、団体名義の著作物として、公表後33年間、すなわち、本件映画1については昭和57年12月31日まで、本件映画2については昭和58年12月31日までが保護期間となる(同法22条の3、6条、52条2項)。他方で、新著作権法附則2条により新著作権法(平成15年改正前)を適用し、公表後50年間を保護期間とした場合には、本件映画1については平成11年12月31日まで、本件映画2については平成12年12月31日までとなるから、同法附則7条により、保護期間の長い新著作権法が適用され、本件映画1については平成11年12月31日まで、本件映画2については平成12年12月31日までが著作権の保護期間となる。なお、この場合、平成15年改正法の施行前に本件各映画の著作権が消滅しているから、同法附則2条により、同法による改正後の著作権法の規定は、適用されない。
オ このように、本件各映画の著作者及び著作名義をどのように考えるかによって、平成19年1月ころに行われた被告による本件各映画の複製物の輸入行為(後記3(1)参照)が、本件各映画の著作権の存続期間内にされたものといえるかどうかが異なることとなる。そこで、以下、本件各映画の著作者及び著作名義について検討することとする。
(2)本件各映画の著作者について
ア 本件各映画は、いずれも新著作権法が施行される前に創作された映画の著作物であり、同法附則4条によれば、映画の著作物の著作者に関する規定である同法16条は適用されないから、本件各映画の著作者がだれかに関しては、旧著作権法によることになる。そして、旧著作権法においては、映画の著作物の著作者について直接定めた規定はないのみならず、そもそも著作物一般についての著作者の定義や著作物の定義を定める規定もない。
 他方で、新著作権法では、著作物及び著作者の定義規定が設けられている(同法2条1項1号及び2号)が、その内容が旧著作権法における著作物及び著作者についての解釈と異なるのであれば(新著作権法が、旧著作権法における著作物及び著作者をすべて著作物及び著作者と定義した上で、更に著作物及び著作者の定義の範囲を拡張したような例外的場合でない限り)、従前は著作物及び著作者として認められていたものが、新著作権法の施行により著作物又は著作者と認められないことが生じ得るのであるから、何らかの経過措置が設けられるのが通常と考えられるところ、これに関する経過規定は設けられていない。また、旧著作権法の下で公表された著作物の著作権が、新著作権法の下でも存続することを前提とした規定(例えば、同法附則7条)もある。これらのことからすれば、新著作権法における著作者及び著作物の定義は、旧著作権法における著作者及び著作物の定義を変更したものではないと解するのが相当である。なお、旧著作権法の下における裁判例においても、著作物とは、「著作者の精神的所産たる思想内容の独創的表現たることを要す」(大審院昭和11年(オ)第1234号同12年11月20日第三民事部判決・法律新聞4204号3頁参照)、「精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白であって、客観的存在を有し、しかも文芸、学術、美術の範囲に属するもの」(東京地裁昭和40年8月31日判決・下民集16巻8号1377頁参照)等と解されている。
 したがって、旧著作権法における著作物とは、新著作権法と同様、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいい、また、旧著作権法における著作者とは、このような意味での著作物を創作する者をいうと解される。
 そして、思想又は感情を創作的に表現できるのは自然人のみであることからすると、旧著作権法においても、著作者となり得るのは、原則として自然人であると解すべきである。
イ このように、著作者となり得るのは、原則として自然人であることを前提として、制作、監督、演出、撮影、美術の担当者等多数の自然人の作業により製作されるという映画の著作物の製作実態を踏まえると、旧著作権法においても、新著作権法16条と同様、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は、当該映画の著作物の著作者であると解するのが相当である。
 なお、新著作権法附則4条は、同法16条の規定は、同条の施行前に創作された著作物については、適用しない旨定めている。しかしながら、旧著作権法において、映画の著作物の著作者につき、新著作権法16条と同様の解釈をすることを妨げるような事情があるとは認められないことからすれば、同法附則4条が同法16条を適用しないこととしたのは、同条が新設規定であることに照らして、旧著作権法の下で公表された映画の著作者については旧著作権法における解釈に委ねる趣旨の規定であって、旧著作権法において新著作権法16条と同様の解釈をすることを積極的に排除する趣旨まで含むものではないと解される。現に、著作権法の所管省庁である文化庁において新著作権法の立案を担当していた者においても、同法附則4条につき、旧著作権法下における映画の著作物の著作者の意義の解釈が必ずしも確定していなかったために、旧著作権法による解釈に委ねる趣旨で設けられたものであると説明している(甲21)。これらのことからすれば、新著作権法附則4条は、旧著作権法の下で公表された映画の著作物の著作者について、新著作権法16条と同様の解釈をすることを妨げるものではないと解される。
ウ これを本件各映画についてみると、証拠(甲1、2、11)並びに前記第2の1(2)ア及びイによれば、Aは本件各映画の監督を務め、脚本の作成にも参加するなどしていることが認められるから、本件各映画の全体的形成に創作的に寄与している者と推認され、これに反する証拠もない。
 したがって、Aは、他に著作者が存在するか否かはさておき、少なくとも本件各映画の著作者の一人であると認められる。
(3)本件各映画の著作名義について
ア 前記第2の1(3)のとおり、旧著作権法は、3条から9条まで著作権の保護期間に関する規定を置いているところ、3条1項は、発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を著作者の生存する間及びその死後30年間と定め、4条は、著作者の死後に発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め、5条本文は、無名又は変名の著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め、ただし書で、その期間内に著作者の実名登録を受けたときは3条の規定に従うこととし、6条は、団体の名義をもって発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定めていた。
 このような旧著作権法における著作権の保護期間に関する規定全体の構成に加え、前記(2)アのとおり、旧著作権法においては、著作者となり得る者は原則として自然人であると解されることにかんがみると、旧著作権法は、著作物の存続期間につき、原則として自然人である著作者の死亡の時を基準とすることを定めた上で、著作者又はその死亡時期が特定できないためこの基準によることができない無名又は変名の著作物及び創作行為を行った自然人を判別することができず、また、著作物の名義人の死亡時期を観念することができない団体名義の著作物については、5条又は6条で発行又は興行の時を基準とすることとしたものと解される。
 そうすると、旧著作権法6条が定める団体名義の著作物とは、当該著作物の発行又は興行が団体名義でされたため、当該名義のみからは創作行為を行った者を判別できず、また、著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物をいうと解するのが相当である。
イ これを本件についてみると、証拠(甲9、10)、前記第2の1(2)の各事実及び弁論の全趣旨によれば、本件各映画は、旧大映が製作したものであるところ、その冒頭部分において、本件映画1では「大映株式曾社製作」、本件映画2では「大映株式會社製作」との表示がされるとともに、「監督A」との表示がされていることが認められる。
 そして、前記(2)のとおり、Aが本件各映画の著作者であると認められることからすれば、この「監督A」との表示は、著作者であるAの実名が表示されたものと認められる。
 そうすると、本件各映画は、著作者の実名が表示された著作物であって、創作行為を行った者を判別できず、また、著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物であるとはいえないから、本件映画1に「大映株式曾社製作」との表示が、本件映画2に「大映株式會社製作」との表示があるからといって、旧著作権法6条が定める団体名義の著作物には当たらないというべきである。
 そして、前記第2の1(2)の各事実からすれば、本件各映画は、Aの生存中に公開されたものと認められるから、その著作権の存続期間について適用される旧著作権法の規定は、同法3条、52条1項であると解される。
(4)本件各映画の著作権の存続期間について
 以上のとおり、Aは、本件各映画の著作者であり、本件各映画は旧著作権法6条の団体名義の著作物に当たらず、本件各映画の著作権の保護期間について適用される旧著作権法の規定は、同法3条、52条1項であると解されるから、前記(1)エのとおり、本件各映画の著作権は、少なくとも本件各映画の著作者であるAが死亡した平成10年の翌年から起算して38年後の平成48年12月31日までは存続することとなる。
(5)被告の主張について
ア 被告は、本件各映画が団体名義の著作物であると解すべき根拠として、映画の画面上のクレジットが著作者を示すとすると、名前が表示されている個人は多数存在し、監督以外の著作者が認定できないことにより、著作権の保護期間が確定できないことを主張する。
 しかしながら、前記のとおり、旧著作権法における映画の著作物の著作者とは、新著作権法と同様、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者をいうと解すべきであって、映画の画面上のクレジットに名前が表示された個人の全員をいうものではないことは明らかであるから、画面上のクレジットに名前が表示された者が多数存するからといって、そのことを理由に監督以外の著作者が認定できないという事態が生じるものではない。そして、監督以外に映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者が複数想定される場合には、著作権の保護期間が一義的に明確とならないときがあり得るとしても、そのことにより、前記(2)及び(3)で検討したとおり、Aが本件各映画の著作者であり、かつ、同人が著作者として表示されているとの認定が左右されるものではない。
イ また、被告は、本件各映画は、シェーン判決で問題となった映画「シェーンと公表形態が同」一であるから、同判決にいう「団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画」に該当するなどと主張する。
 しかしながら、シェーン判決は、アメリカ合衆国法人が映画「シェーン」の著作者であり、その著作名義をもって1953年(昭和28年)に米国で初めて公表されたこと、当該映画が独創性を有する映画の著作物であることを前提事実とした上で、映画の著作物の保護期間を定める新著作権法54条1項について、その保護期間の延長措置を定めた平成15年改正法の適用関係について判示したものである(乙14)。これに対し、本件は、本件各映画が団体名義の著作物といえるかどうか自体が争点となっており、事案を異にするから、被告の主張は、採用することができない。
ウ さらに、被告は、団体が著作者となることの根拠として、東京高裁昭和57年4月22日判決を挙げる。
 しかしながら、同判決は、法人等の職務に従事する者において職務上作成する著作物について、一定の要件の下に、その著作物の著作者を当該法人等とするものであるところ、本件各映画を創作した者であるAが旧大映の業務に従事する者であることを示す証拠はなく、本件とは事案を異にするから、被告の主張は、採用することができない。
2 争点(2 (原告) は本件各映画の著作権を有するか)について
(1)旧大映の著作権の取得
ア 前記1(2)のとおり、Aは、本件各映画の著作者であると認められるところ、証拠(甲38)及び弁論の全趣旨によれば、旧大映は、遅くとも、本件各映画が公表されたころまでには、Aから本件各映画の著作権を承継取得したことが認められる。
イ なお、仮にA以外に本件各映画の全体的形成に創作的に寄与した著作者がいた場合には、それらの者も著作者として本件各映画の著作権を原始取得することになる。しかしながら、証拠(甲1、2、11、19、26の1及び2)、前記第2の1(2)の各事実及び弁論の全趣旨によれば、@本件各映画は、当初から旧大映が興行し、公表することを前提に製作されたものであること、A旧大映は本件各映画を興行し、旧大映から本件各映画の著作権を譲り受けた新大映等(後記(2)参照)が本件各映画を複製したビデオテープやDVDを販売してきたが、この間、本件各映画の製作に関与した者から著作者であるとの主張がされたことはなく、また、前記興行及び複製等について異議を述べられた形跡も認められないことからすると、Aの他に著作者がいたとしても、それらの者も、映画製作者である旧大映に対し、本件各映画が公表されたころまでには、明示的又は黙示的に本件各映画の著作権を譲渡していたものと推認するのが相当であり、これに反する証拠はない。
 したがって、旧大映は、本件各映画の著作権を単独で有していたものと認められる。
(2)原告の著作権の取得
 前記(1)のとおり、旧大映は、本件各映画の著作権を単独で保有していたものと認められるところ、証拠(甲12ないし17)及び弁論の全趣旨によれば、@昭和46年12月に旧大映が破産宣告を受けたこと、A昭和51年3月31日、破産会社旧大映の破産管財人は、新大映及びその代表者であったBとの間で、旧大映映画著作権を新大映及びBに譲渡する旨の合意をしたこと、B昭和53年2月14日、破産会社旧大映破産管財人、新大映、徳間及び組合の合意により、Aの著作権譲渡契約におけるBの譲受人たる地位が組合に譲渡されたこと、C同月15日、新大映と組合との代物弁済契約により、旧大映映画著作権の持分2分の1が新大映から組合に譲渡されたこと、D平成13年3月28日、Bの合意とCの合意により組合が旧大映映画著作権の全部を取得したかどうかが争点の一つとなった訴訟において、Bの合意とCの合意により組合が取得したのは、旧大映映画著作権の持分2分の1であるとして、新大映と組合との間で、組合が、旧大映映画著作権につき持分2分の1を有すること等を確認する判決がされたこと、E平成14年11月1日、組合は旧大映映画著作権の共有持分を新大映に譲渡し、同日、新大映は、原告(当時の商号は、株式会社角川大映映画)に対し、旧大映映画著作権を譲渡したことが認められる。
 以上の事実によれば、原告は、本件各映画の著作権を全部取得しているものと認められる。
3 争点(3)(被告の故意又は過失による侵害行為の有無)について
(1)被告の侵害行為について
ア 被告が、本件DVDを国外で作成し、遅くとも平成19年1月ころから輸入し、国内で頒布していることにつき、被告は、いったんはこの事実を認めたが、その後、弁論の終結が予定された第2回口頭弁論期日において、被告が輸入・販売したのは、パッケージ化して商品化する前のDVDの盤であると主張するに至った。
 このような主張の変更は、本件DVD(これが、被告がいうところの商品としてパッケージ化されたDVDを意味することは、別紙被告商品目録の記載から明らかであるの。) 輸入・頒布について成立した自白を撤回するものであって、これが認められるためには、@自白した事実が真実に合致せず、かつ、自白が錯誤によること(大審院大正10年(オ)第662号同11年2月20日第二民事部判決・民集1巻52頁)、A刑事上罰すべき他人の行為により自白したこと(最高裁昭和30年(オ)第416号同33年3月7日第二小法廷判決・民集12巻3号469頁)、B相手方の同意があることのいずれかの事実が認められることが必要であるところ、本件では、いずれの事実についても、これらを認めるに足る証拠はないから、自白の撤回は認められない(もっとも、被告の変更後の主張によっても、被告は、本件映画を複製したDVDを輸入・販売した事実は認めていることから、被告が、著作権(複製権)侵害行為とみなされ得る行為を行ったことには、当事者間に争いはない。)。
イ 被告は、頒布の対象が何であったかはともかく、第三者への頒布の事実を認めながらも、頒布目的で輸入したことを否認し、被告の代表者であるCの陳述書(乙18)にも、DVDの販売が目的ではなく、本件各映画がパブリックドメインであることを公に認定してもらうためである旨の記載がある。
 しかしながら、被告は、本件DVDを輸入後、国内で販売していることからすれば、本件DVDを輸入する際に頒布目的があったことは明らかであり、これに反する被告の主張は、採用することができない。
ウ 前記1、2のとおり、原告が有する本件各映画の著作権の存続期間は満了していないから、本件DVDは、輸入の時において国内で作成したとしたならば本件各映画の著作権の侵害となるべき行為によって作成された物に該当する。
 したがって、被告が本件DVDを国内で頒布する目的をもって輸入した行為は、原告の著作権を侵害する行為とみなされる(著作権法113条1項1号)。
(2)故意又は過失について
ア 被告は、パブリックドメインとなった映画の複製、販売等を業として行っていることが認められ(甲3、4、6、7、乙17、18、弁論の全趣旨)、このような事業を行う者としては、自らが取り扱う映画の著作権の存続期間が満了したものであるかについて、十分調査する義務を負っているものと解するのが相当である。
イ これを本件についてみると、証拠(甲5、6)によれば、原告が、被告に対し、原告の著作権を侵害していることを理由として本件DVD等の販売の中止等を求める平成19年2月14日付けの文書を送付したのに対して、被告は、同月22日付けの回答書において、我が国の映画の著作権の保護期間は、昭和28年(1953年)以前に公表された作品については、その映画が公表されてから50年をもって満了し、本件各映画等はパブリックドメインであると判断して販売している旨回答したことが認められる。他方で、証拠(甲8、32(枝番を含む。))、前記第2の1(2)の各事実及び弁論の全趣旨によれば、@平成15年8月に発行された雑誌に掲載された、文化庁長官官房著作権課による平成15年改正法の解説において、1950年に公表され、その映画監督が1990年に死亡した映画の著作物の著作権の保護期間について、旧著作権法の規定によれば2028年までとなるとの見解が示されていること、A文化庁編著「著作権法入門」の平成14年版ないし平成17年版においては、著作権が存続している我が国の著作物として映画の著作物についても触れられており、このうち、同平成17年版においては、独創性のある映画の著作物であって、昭和9年から昭和27年までに公表されたもので、昭和40年に著作者が生存していたものについては、平成17年において著作権が存続しているとする見解が示されていること、Bこれらの書籍は、いずれも被告による前記回答書が送付される前に発行されたものであり、本件各映画は、これらの文献において著作権が存続しているものとして示された映画の著作物に該当することが認められる。また、本件各証拠に照らしても、被告が、本件各映画の著作権が存続しているかどうかについて、専門家等の第三者に意見を求める等何らかの調査を行ったことをうかがわせる事情は見当たらない。
 これらの事実によれば、被告は、本件各映画の著作権が存続している可能性があることを予見することができ、これについて十分調査すべきであったにもかかわらず、十分な調査を行うことなく、著作権の存続期間について自己に都合のよい独自の解釈に基づき本件DVDの輸入を行ったものと認められるから、被告には、少なくとも過失があったというべきである。
 したがって、被告は、前記著作権侵害により原告に生じた損害を賠償する責任があると認められる。
ウ 被告の主張について
(ア)被告は、旧著作権法においては、だれが映画の著作者であるかという問題は専門家においても意見が分かれており、また、映画の著作権の存続期間は公表から30年(延長措置により33年)というのが旧著作権法の通説と認められる解釈であり、保護期間を著作者の死後38年とする考え方は定説ではなかったから、原告主張の注意義務をもってしても、旧著作権法違反であることを予見し、回避することは不可能であるなどと主張する。
 しかしながら、旧著作権法における映画の著作者についての解釈が分かれており、それについての確定した判例もない状況であるのであれば、自らが行う輸入・販売行為について提訴がなされた場合に、自己が依拠する解釈が裁判所において採用されない可能性があることは、当然に予見することができたと認められる。加えて、前記1(2)のとおり、旧著作権法においても、新著作権法と同様、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいうと解されていたことからすれば、旧著作権法においても、著作物を創作する著作者は、原則として自然人であり、映画の著作物についても自然人が著作者となり得るということは十分に理解することができ、その場合の映画の著作物の保護期間がその著作者の死後38年間となり得ることも理解し得たということができるから、十分な調査をしても著作権法違反であることを予見し、回避することは不可能であったということはできない。
 したがって、十分な調査を行うことなく、自己に都合のよい独自の解釈に基づき本件DVDの輸入を行った被告に、過失が認められることは明らかである。
(イ)また、被告は、監督以外の映画の著作物の著作者が監督より後に死亡していたことが判明した場合において、監督死亡時を基準とする保護期間を認識していた者が、それ以外の著作者の死亡を認識していなかったときには、そのように認識していなかったことを注意義務違反とすることはできないと主張する。
 しかしながら、被告がパブリックドメインとなった映画の複製、販売等を業として行っていること(前記ア)及びAが著名な映画監督であったこと(公知の事実)に照らして、被告は、本件各映画の監督はAであり、そのAが平成10年に死亡したことを認識し、又は容易に認識し得たというべきであるところ、Aの死亡時を基準とした場合の著作権の存続期間が経過する前に被告が著作権侵害行為を行っている以上、被告がA以外の本件各映画の著作者の存在及びその著作者の死亡を認識していたかどうかにより被告の注意義務違反が否定されることはないというべきである。
 したがって、被告の主張は、本件における具体的事実を前提としない失当なものであり、到底採用することができない。
4 争点(4)(原告の損害の有無及びその額)について
(1)損害の有無について
 前記3のとおり、被告が本件DVDを輸入する行為は、原告の著作権を侵害するものとみなされるから、原告には、使用料相当額の損害が生じたものと認められる。
 なお、被告は、高額な原告の商品を購入できない消費者が本件DVDを購入しているのであるから、原告に損害はないなどと主張するが、被告が著作権者の許諾なく本件DVDを輸入したことにより、著作権者である原告は、これを許諾すれば得ることができた使用料相当額を得ることができなかったのであるから、被告の主張は失当であり、これを採用することはできない。
(2)損害の額について
ア 本件各映画の使用料相当額について検討すると、証拠(甲27ないし29、39の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば、本件DVD1本当たりの使用料相当額は、小売価格の20%に相当する額とするのが相当である。
 そして、本件DVDは、被告により2000本(本件各映画につき、それぞれ1000本ずつ)輸入され(乙1、弁論の全趣旨)、1本当たり1800円の小売価格で販売されていることが認められる(甲3、4、弁論の全趣旨)。
 したがって、本件における使用料相当額は、以下のとおり、72万円となり、これが原告の損害となる。
(計算式)1800円×0.2×2000本=720000円
イ なお、原告は、本件DVDは合計4万本輸入されたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
 また、原告は、複製物を通常の販売価格より極めて低額で販売している場合には、原告の標準小売価格である4700円を基準として使用料相当額を算定すべきであり、現に、原告がジェネオンに対して本件各映画をDVDに複製して一般市販用に頒布することを許諾した際の使用料率は、表示小売価格4700円の●(省略)●%であったなどと主張する。
 しかしながら、新大映とジェネオンとの間のDVD基本契約書によると、両者の間で印税を表示小売価格(税抜き)の●(省略)●%とすること(第6条1(1))、小売価格については両者で協議の上決定すること(第12条)等について合意をしたことは認められるものの(甲39の1、39の2、40)、表示小売価格を4700円とすることを前提としての前記印税(表示小売価格の●(省略)●%)の合意や、1本当たり●(省略)●円(4700円×●(省略)●)の使用料を支払うとの合意があったとまでは認められない。その他、本件各映画の著作権の行使につき受けるべき金銭の額につき4700円を小売価格として算出すべきであることや、本件DVD1本当たりの当該金銭の額を4700円の●(省略)●%である●(省略)●円(4700円×●(省略)●)であることを認めるに足りる証拠はない。
 そして、通常、販売価格は販売者が決定し得るものであることを考慮すると、本件DVDの販売による使用料相当額の算定に当たっては、販売価格が通常予想される販売価格よりも極めて低額である等の特段の事情がある場合を除き、本件DVDの現実の販売価格を基準とするのが相当であるというべきである。
 そして、1800円という本件DVDの販売価格は、通常予想されるよりも極めて低額であるとまではいい難く、本件各証拠に照らしても、他に特段の事情があるとは認められないことから、原告の主張は、採用することができない。
第4 結論
 以上の次第で、原告の請求は、損害賠償金72万円及びこれに対する被告の不法行為の後である平成20年4月10日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 坂本三郎
 裁判官 松井俊洋は、転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官 清水節


(別紙)被告商品目録
1 日本名作映画集07 「静かなる決闘」 商品番号:4582297250178
2 日本名作映画集10 「羅生門」 商品番号:4582297250208
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/