判例全文 line
line
【事件名】3セク開発公社への名誉棄損事件(刑)
【年月日】平成21年3月17日
 札幌地裁 平成19年(わ)第1048号 名誉毀損被告事件

判決


主文
 被告人を懲役1年2月に処する。
 未決勾留日数中20日をその刑に算入する。
 訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由
(罪となるべき事実)
 被告人は、株式会社Aの代表取締役であり、同社が発行する旬刊の定期刊行誌「B」の編集者兼発行責任者として、同誌に掲載する記事の企画、執筆、同誌の編集、発行等を統括していたものであるが、平成17年8月10日付け同誌第707号の誌上に、同月7日に札幌市内で開催された「第3回a砂金掘り大会」を北海道枝幸郡C町及び同町観光協会等とともに実質的に運営した株式会社D(代表取締役E)及び当時の同社営業部長Fに関し、「札幌東部戦線異常あり33(○を付した数字)堂々とイカサマ『砂金掘り大会』催すDのF軍団」との見出しの下に、「F軍団は、このイベントのために各テナントから金品をタダで提出させている。家主の権限をちらつかせてF軍団長の手下であるD営業部営業企画課のスタッフが店頭に出向いて『これを協賛商品として出してくれ』と指定していた。家電製品や時計、宝石、ブランド商品など何10万円もする高価なものまで指定され、困り果てたテナントが相当な数に上っている。家主であるDの皮をかぶっての指定とあって拒否できず、泣き寝入りさせられてきたのだ。しかも、参加者の手に渡る賞品は一部だけ。金目のものはほとんどF軍団が前もって処分し、C町からの協力者との宴会費用になっている。」、「F軍団員ら10人近くをまじえて前夜の8月6日(土)にbで開いた懇親会の費用も同町が負担した。観光振興キャンペーンを目的にした予算から支出している。」、「サギ師F軍団の策に引っ掛かって貴重な町予算が食い物にされたのだ。」などという内容の記事を掲載した上、平成17年8月中旬ころ、同誌を札幌市c区de丁目f番地所在の株式会社G銀行法人営業部ほか多数の購読契約会員に郵送して頒布し、もって公然と事実を摘示して前記株式会社D及び前記Fの名誉を毀損した。
(証拠の標目)
 省略
(累犯前科)
 被告人は、平成14年3月26日札幌地方裁判所で名誉毀損罪により懲役10月に処せられ、平成15年12月25日その刑の執行を受け終わった(前科調書により認定)。
(法令の適用)
 罰条 被害者ごとに刑法230条1項
 科刑上一罪の処理 刑法54条1項前段、10条(1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから、1罪として犯情の重いFに対する名誉毀損罪の刑で処断)
 刑種の選択 懲役刑
 累犯加重 刑法56条1項、57条(前記の前科があるので、判示の罪の刑に法定の加重)
 未決勾留日数の算入 刑法21条
 訴訟費用の処理 刑事訴訟法181条1項本文(負担)
(弁護人らの主張に対する判断)
1 弁護人らの主張
 弁護人らは、判示記載の記事(以下「本件記事」という。)において被告人の摘示した事実(以下「本件摘示事実」という。)が、公共の利害に関するものであり、かつ、それを摘示した被告人の目的が、専ら公益を図ることにあったことを前提に、本件摘示事実は真実であるから、刑法230条の2により被告人は無罪であり、また、仮に本件摘示事実が真実と認められないとしても、被告人は、相当の取材に基づいてそれを真実であると誤信したものであるから、名誉毀損罪の故意を欠き、やはり被告人は無罪である旨主張する。
2 前提事実
 関係証拠によれば、まず、以下の各事実が認められる。
(1) 株式会社Dは、札幌副都心開1発に関連する諸施設の建設、管理、賃貸等を目的とし、札幌市や金融機関等が出資するいわゆる第三セクターの株式会社である。(甲2等)
(2) 被告人は、自らが記事の執筆、編集等を統括している旬刊誌「B」を、自身が経営する株式会社Aから発行しているところ、同誌では、平成16年3月20日付けの第657号以降、平成17年9月20日付けの第711号まで、三十数回にわたり、「札幌・東部戦線異常あり」等の表題を付した連載記事において、Dを取り上げ、その人事や経営等、特にDが札幌市g区のa地区で運営する商業施設(Hショッピングセンター及びI)におけるテナント店舗との対応の在り方には問題がある旨を指摘する記事を掲載していた。また、同連載記事の中では、度々、DのF営業部長を中心とするJ同部営業企画課長、K同課主任らD営業部員について、「F軍団」などと称し、同人らのテナント店舗に対する振るまいが横暴であるなどと名指しで批判していた。(甲3、被告人の公判供述)
(3) 平成17年8月7日、上記商業施設において、「第3回a砂金掘り大会」(以下「本件大会」という。)が開催されたところ、本件大会は、北海道枝幸郡C町及び同町観光協会が中心となり、砂金掘りを通じた地域興しとして、都市との文化交流の発展に寄与することを目的に、平成15年及び平成16年に引き続き開催されたイベントであり、一般の参加者が、年齢や性別等に応じて区分されたクラスに分かれ、バケツの砂の中に入れられた砂金をいかに早く正確に見つけるかを競う競技が、イベントの中心であった。(Fの公判供述、弁2等)
 本件大会の運営は、C町から業務委託を受けた「第3回a砂金掘り大会実行委員会」が行ったが、その実行委員には、C町や同町観光協会の職員のほか、その当時Dの営業部長であったFその他のD職員らが名前を連ねており、実質的には、Dが、C町や同町観光協会とともに、その運営に携わっていた。(F、Lの各公判供述、弁2等)
3 事実の公共性及び目的の公益性
 上記2(1)及び(3)の事実及び本件記事全体の内容によれば、本件摘示事実は、いわゆる第三セクターであるDが、C町及び同町観光協会とともに実質的に運営した本件大会の運営の在り方等という公共の利害に関するものであると認められる。
 また、そのことに加え、本件記事が、上記2(2)のDやその営業部長らを巡る一連の記事の一環として、Dが運営に携わった本件大会を主題に執筆されたものであるという経緯も考慮すると、本件記事を掲載した被告人の主たる目的は、本件大会の運営の在り方等の指摘を通じて、Dの経営実態やその問題点等を明らかにするという公益を図ることにあったと認められる。
4 本件摘示事実の大要
 そこで、以下において、本件摘示事実が真実であるか、真実とは認められない場合、被告人がそれを真実であると誤信し、その誤信したことにつき、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるかの2点に関する判断を示すこととするが、まず、本件摘示事実は、大要次の3つの部分からなる。
@ D営業部営業企画課の職員が、Dのテナントの店頭に出向き、本件大会の協賛品として、家電製品、時計、宝石、ブランド品等の数十万円もする高価なものを含む商品を指定して、無料で提供させたこと(以下「摘示事実@」という。)
A 提供された協賛品のうち高価なもののほとんどは、Fらが事前に換価し、C町からの協力者との宴会費用に充てており、本件大会の参加者の手に渡る協賛品は一部のみであること(以下「摘示事実A」という。)
B 本件大会の前夜に、FらD職員10人近くを交えてb地区で懇親会が開かれ、その費用をC町が負担したこと(以下「摘示事実B」という。)
 そして、このうち摘示事実@と摘示事実Aは、前者の商品提供が後者の換価行為の前提となり、他方で後者が認められれば前者も一定程度推認されるという関係にあるから、この両者を一括して検討し、その後摘示事実Bについて検討する。
5 摘示事実@及び摘示事実Aの真実性
(1) まず、関係証拠(Fの公判供述、甲35、弁2等)によれば、本件大会において参加者に渡された賞品や参加賞は、Dや前記実行委員会が用意したもののほか、8社の協賛会社から協賛品として提供されたものがあるところ、協賛会社のうち7社がDの関連会社や取引先企業で、1社がDのテナントである株式会社MH店であり、Mから提供されて賞品等として参加者に渡されたのは、スポーツドリンク及び栄養ドリンクであることが認められる。
(2) そして、その当時MH店の店長であったNは、公判廷において、Mが上記の協賛品を提供した経緯について、平成17年7月末ころ、D営業部営業企画課のKが同店を訪れ、Nに対し、本件大会に協賛品を提供してもらえないかという話を持ちかけてきたことから、Nは、健康に関わるものがいいのではないかなどというKの助言を参考に、スポーツドリンク及び栄養ドリンクを協賛品として提供しようと考え、その後、上司の了承を得た上で、同店の取引先メーカーに依頼して無料サンプル品を提供してもらい、これを本件大会の協賛品として無償で提供したものであり、それ以外の物品を本件大会の協賛品として提供するよう要求されたことはなかった旨供述している。
 このNの供述は、その内容自体、ショッピングセンターがある地域で実施するイベントへの協賛品提供を依頼する側の行動や、その依頼を受けた薬局の店長の行動として自然なものである上、Kの公判供述とも合致しており、特にその信用性を疑わせる事情は見当たらない。なお、被告人は、Nは、平成17年当時、被告人に対し、協賛品の提供に関して異なる趣旨の話をした旨供述している(後記(5)ウ、オ)が、その被告人の供述は、後記6(2)のとおり信用性に乏しいから、Nの上記公判供述の信用性を何ら揺るがすものではない。したがって、Nの同供述は、十分に信用することができ、その供述どおりの事実を認定することができる。
 そうすると、DのテナントであるMH店が提供したスポーツドリンク及び栄養ドリンクについては、D職員が商品を指定して提供させたものではなく、高価な商品でもないから、この協賛品提供の点は、摘示事実@の真実性を認めるべき事情とはならない。
(3) また、本件証拠中には、N以外には、協賛品を求められたことに関するテナント関係者の供述はなく、摘示事実Aのような協賛品の換価行為があったことや、宴会費用がその換価代金で賄われたことを述べる者もいない(被告人の伝聞供述については後述する。)。他方で、本件大会の運営側の者らの供述を見ると、本件当時D営業部長であったF、同部営業企画課長であったJ及び同課主任であったKは、いずれも公判廷において、摘示事実@のうち、D職員が、そのテナントに対し、商品を指定して協賛品を求めたり、高価な協賛品を提供させたということはなかったし、摘示事実Aに関しては、提供された協賛品を換価したということ自体がなかった旨一致して供述しているところ、その信用性を疑うべき事情も、特には見当たらない。
(4) さらに、本件では、摘示事実@や摘示事実Aがあったことを推認させるような事情も見当たらない。
 なお、弁護人らは、本件大会で支出された費用の中には、予算や決算に計上されていないものも含まれているところ、この事実は、いわゆる裏金の存在を推認させ、ひいては、その裏金を作るためのFらによる協賛品の換価行為があったことを推認させるものである旨主張する。しかし、仮に本件大会の経理に弁護人らが主張するような不明朗な点があったとしても、そのことが直ちに裏金の存在を推認させるものではなく、まして、Fらによる協賛品の換価行為の存在を推認させるものとは到底いえない。
(5) なお、被告人は、公判廷において、概要以下のような供述をしている。ア 被告人は、平成17年5月ころ以降、内部通報者である複数のD職員から、D職員らが、Dのテナントに対し、本件大会の協賛品の提供を要求しに行っており、その中には何十万円もする高価な物品を指定している事例もあるなどという摘示事実@と同趣旨の内部情報を逐次入手しており、内部通報者自らが他のD職員と一緒に要求に出向いたテナントとして、MH店ほか3店舗の名前を具体的に聞いた。また、被告人は、内部通報者から、摘示事実Aと同趣旨の内部情報も得ていた。
イ そのうち、MH店については、被告人は、同月25日、Mの代表者から電話を受け、D職員が同店に押しかけてきて、本件大会の協賛品の提供を要求してくるので非常に困っており、このことをBで取り上げてほしいという趣旨の話を聞いた。
ウ そこで、被告人は、同店の女性店長であるNに対し、3回にわたり電話で取材した。同年6月10日前後ころの1回目の電話では、複数のD職員が同店に来て、本件大会の協賛品として20万円相当のものを提供するよう要求してきているが、押しかけられて困っているという状況ではないと聞き、同月20日前後ころの2回目の電話では、実は、複数のD職員が、入れ替わり立ち替わり同店に来て、絶えず店内を見張ったりしながら、Mは儲かっているから20万円や30万円を出すのは難しくないはずであり、本件大会を成功させるために必要だなどとして20万円相当の品物を協賛品として提供するよう要求してきており、困っていることなどを聞き、同年7月初めころの3回目の電話では、前回の電話が録音されて盗聴されており、ひどい目に遭ったことや、協賛品については15万円で手を打つことにしたことなどを聞いた。
エ この間、被告人は、Mの代表者とも数回電話でやり取りをしていたが、15万円で手を打つことにしたというNの話を受けて、同代表者に電話をかけ、Dに妥協したのか尋ねたところ、同人は、「取りあえずそんなところなんだ。」などと答え、「15万なんでしょう。」との問いかけには「まあまあ。」などと答えた。
オ さらに、被告人は、B第707号を頒布した後の同年9月末ころ、Nから会いたいという電話を受け、短時間会って話をした。その際、Nは、D職員に詰問され、被告人に情報提供していないことにしてしまったが、自分と被告人とに接点があったことの証拠にしてほしいなどと言って、Dが発行した協賛品提供への礼状を手渡してくるとともに、Dに渡したのは現金15万円であることを述べた。
カ また、前記アの内部情報によりD職員が本件大会の協賛品の提供を要求していると聞いた4店舗のうち、MH店以外の3店舗については、取材源秘匿の観点から店舗名等を明らかにすることはできないが、被告人は、それぞれの店舗に対し、以下のとおり取材をした。
キ 1店舗目に関しては、被告人が、同店の女性店長に対し、2回にわたり電話をかけたところ、1回目の電話では、複数のD職員が同店に来て、10万円程度の協賛品を提供するよう同店の社長に伝えることを求められ、その後毎日のようにD職員が同店に催促しに来ていることを聞き、その約10日後の2回目の電話では、D職員が来なくなったので、おそらく社長が手を打ったのだろうという話を聞いた。被告人は、同店の社長にも何度か電話をかけたが、確認を取ることはできなかった。
ク 2店舗目に関しては、被告人が、同店の社長に対し、2回にわたり電話をかけたところ、1回目の電話では、D職員から指定された20万円程度の商品を協賛品として提供するよう要求されており、現金10万円でどうかと持ちかけたが拒否されたことを聞き、その10日ないし2週間後の2回目の電話では、泣く子と地頭には勝てないので妥協したという話を聞いたが、具体的にどう妥協したのかについては教えてもらえなかった。その後、内部通報者から、同店の社長は時計を提供したなどという情報が寄せられた。
ケ 3店舗目に関しては、被告人が、同店の社長に対し、2回にわたり電話をかけたところ、1回目の電話では、複数のD職員が入れ替わり立ち替わり同店に来て、商品ではない20万円前後の時計や宝石などを協賛品として提供するよう要求され、断ったが、嫌がらせを受けていることを聞き、その約10日後の2回目の電話では、D職員のやり方に疲れたので、テナント会の役員ポストを条件に折れることにしたという話を聞いたが、何を提供したのかは確認できなかった。
(6) そして、弁護人らは、この被告人供述から認められる被告人の取材結果から、D職員がテナントに対して高額の協賛商品の提供を迫ったことが認められる旨主張している。しかし、前記(5)アの内部通報者からの情報提供、イ及びエのM代表者の電話での発言、ウ及びオのNの電話又は対面による発言、キの女性店長の電話での発言、ク及びケの各社長の電話での発言なるものは、いずれも、被告人がそのような話を聞いた旨の伝聞供述にすぎない(なお、原供述者が死亡等により公判期日において供述できないという事情はなく、審理経過に鑑みて検察官がその伝聞供述を証拠とすることに黙示の同意をしたとみるべき事情もない。)。それゆえ、仮に被告人がそのような話を聞いたことが事実であるとしても、それらの情報や発言の内容から、摘示事実@や摘示事実Aが真実であると認める余地はない。また、当然のことながら、被告人がそのような発言等を聞いたということ自体から、それらの摘示事実が真実であると認めることもできない。
 したがって、被告人の上記供述から、摘示事実@及び摘示事実Aが真実であると認めることはできない。
(7) 結局、摘示事実@及び摘示事実Aともに、それらが真実であることを示す証拠は何もないから、真実であるとは認められない。
6 摘示事実@及び摘示事実Aの真実性に関する被告人の誤信について
(1) 被告人は、前記5(5)記載のように、情報提供を受け、取材を行った結果、摘示事実@及び摘示事実Aが真実であると信じた旨の供述をしており、被告人が、実際にそのような情報提供を受け、取材相手の発言(頒布後の行為である5(5)オを除く。)を聞いたということがあったか否かは、被告人がそれらの摘示事実を真実であると誤信し、その誤信したことに確実な資料、根拠に照らして相当な理由があるといえるか否かに関わる事情であるから、以下、その点について検討を加える。
(2) まず、被告人の供述の中で比較的具体性があるMH店への取材について見ると、その供述は、Nから、複数のD職員が入れ替わり立ち替わり同店に来て、絶えず店内を見張っているとか、電話が録音されて盗聴されていると言われたなどという、話の内容自体が不自然、不合理なものである上、被告人としては報道のための取材をしたというのに、Mの代表者との関係でもNとの関係でも、取材メモ等の記録が何ら提出されていないのであるから、その信用性は乏しい。
 加えて、その取材対象者の一人であるはずのNは、公判廷において、被告人が供述するような取材は一切受けておらず、被告人とは会ったことも話したこともない旨供述している。そして、Nは、仮に被告人が供述するとおりの取材結果だったとすれば、被告人とは、わざわざ自分の方から連絡を取って、自分と被告人との間の接点があったことの証拠にしてほしいなどと言って書類を手渡したほどの関係がある一方で、Dに対して悪感情を抱いていたはずである上、平成18年8月にMH店の店長を辞めており(Nの公判供述)、Dとの直接的な関係はないのであるから、偽証罪に問われる危険を冒してまで、Dのために被告人を罪に陥れるような虚偽の証言をする動機は見当たらない。弁護人らは、Nが、現在ではDと友好的な関係にあるMと取引のある会社に勤めていることから、Dに不利益な供述をしにくい環境にあるなどと主張するが、そのようなNとDとの関係は、ごく間接的なものにすぎないから、Nの上記供述の信用性に影響を及ぼすものではない。
 よって、被告人の前記供述の信用性が乏しいのに対して、Nの上記供述の信用性は高いから、被告人が、その供述するような取材結果をNやMの代表者から得たとは認められない。
(3) 次に、被告人の供述のうち、前記5(5)キ、ク及びケのDのテナント3店舗に対する取材結果について見ると、その取材対象者の特定がほとんどなされておらず、取材メモ等の記録も何ら提出されていないことに加え、この点に関する被告人の上記供述は、捜査段階における供述(乙11)の内容、すなわち、MH店の他にDのテナント3店舗にも電話で取材を試みたところ、うち1店舗の店長とは話ができず、他の2店舗の店長は、いずれもD職員から協賛品の提供を強制されたことを否定していたものの、歯切れが悪い答えを繰り返し、言葉を濁していたので、摘示事実@は真実であると確信したというものから大きく変遷しており、その変遷の理由について合理的な説明もなされていないことからすれば、その信用性は極めて乏しい。
 よって、被告人が、上記3店舗から、その供述するような取材結果を得たとは認められない。
(4) さらに、被告人の供述のうち、Dの内部通報者から情報を提供されたという前記5(5)アの点については、その内部通報者の特定がほとんどなされていない上、内部通報者から情報提供があったと言いながら、その情報提供の際に提供された資料や被告人が当時作成したメモ等の記録が何ら提出されておらず、しかも、その情報提供なるもののうち肝心な点(摘示事実@及び摘示事実A)については、被告人自身がテナントの店舗に取材して確認したということ(その信用性も前記のとおり極めて乏しい。)以外に、その情報提供内容に沿う証拠が何ら見当たらないことからすると、Dの内部通報者から前記5(5)アの内容の情報提供があった旨の被告人の供述は、情報提供者を保護しなければならないという被告人の供述を考慮しても、信用性に乏しい。
(5) 結局、被告人が、MH店を含むDのテナント4店舗から、被告人が供述するような取材結果を得た事実は認められず、内部通報者であるD職員から摘示事実@及び摘示事実Aと同趣旨の内部情報を入手していたとの被告人の供述も、信用性に乏しい。
 したがって、それらの情報や取材結果から摘示事実@や摘示事実Aが真実であると信じた旨の被告人の供述も、その信用性に乏しく、仮に被告人が何らかの情報を踏まえてそれらの摘示事実が真実であると信じたということがあったとしても、そのように信じたことについて相当な理由があるといえるような確実な資料や根拠を欠くことが明らかである。
7 摘示事実Bの真実性について
(1) 関係証拠(F、J、K、L、Oの各公判供述等)によれば、本件大会前夜、a地区にあるPホテルにおいて、D職員やC町及び同町観光協会の職員ら本件大会の関係者による結団式と称する懇親会が開催され、その後、同懇親会に参加した者のうち少なくともC町又は同町観光協会の役職員数名が、タクシーで札幌市内のb地区にあるキャバレー「Q」へ移動し、いわゆる二次会を開いたことが認められる。そして、他に、本件大会の関係者による懇親会がb地区で開かれたことをうかがわせる証拠はない。
 そこで、FらD職員が、このQにおける二次会に参加し、かつ、その費用をC町が負担したという事実が認められるかどうかを次に検討する。
(2) まず、D職員のQにおける二次会への参加について見ると、D職員であるF、J及びKは、いずれも公判廷において、懇親会終了後は、その会場に残ってD職員だけで打合せをしながら飲食を続けていて、Qにおける二次会には参加しなかった旨供述しており、C町観光協会の役員で、上記二次会に参加したLも、公判廷において、Qへ行ったのはC町からの参加者中の一部のみであり、FらD職員は行っていない旨の供述をしている。
 そして、本件の全証拠を見ても、このQにおける二次会にFらD職員が参加したことを述べる者はいない。
(3) もっとも、被告人の依頼を受け、その取材の手伝いとして、Pホテルにおける懇親会の後にFがQに行くことを確認しに行ったというRは、公判廷において、その懇親会の後に、Fらしき人物が、他の懇親会参加者と思われる男性らとともに、六、七台のタクシーに分乗して出かけていくのを目撃し、その際、世話係のような若い男性が、タクシー運転手に対し、「b」とか「Q」などと言っていたのを聞いた旨供述している。
 しかし、Rは、Fと全く面識がなく、事前に被告人から渡された古くて粒子の粗いFの写真に雰囲気が合っていて、ホテルの従業員に「F」という姓であることを確認した人物を「Fらしき人物」と把握したにすぎないというのであり、Rがそれまで他人の行動を確認するなどという取材の手伝いをした経験がなかったことも考慮すると、Rがタクシーに乗車する男性達の様子や世話係らしい男性の言葉を見聞きしたということが事実であったとしても、そこでRが見たという「Fらしき人物」が、実際にF本人であったのかは疑問が残る。
 なお、弁護人らは、Dの者らは、C町側出席者との関係でホスト役を務めるべき立場にあるから、二次会を設定し、そのための誘導をするということが社会常識にかなうので、Fらの上記(2)の供述は信用できず、Rが目撃した男たちの中にはFを含むD関係者が含まれていたといえる旨主張するが、特殊な社会はともかく、一般的にみて、ホスト的な立場にある側の会社等の者らが、ホテル等での懇親会と別に繁華街にあるキャバレーでの二次会を設定する(しかも、被告人や弁護人らは、その費用はホスト役であるはずのD側の分もC町側に負担させたというのである。)ことが社会常識にかなうという見解が当を得たものであるとは思われない。
 したがって、Rが見聞きしたという男性達の様子や言葉は、FらD職員がQにおける二次会に参加したということを推認させる事情として不十分であり、その他にその事実を推認するに足りる事情も見当たらない。
(4) 次に、摘示事実Bのうち、b地区で開催された懇親会(すなわち、Qにおける二次会)の費用負担について検討すると、本件全証拠を見ても、その費用をC町が負担した旨を述べる者はおらず(被告人の伝聞供述については、後述する。)、そのことを推認させる事情も見当たらない。
(5) なお、被告人は、公判廷において、概要以下のような供述をしている。
ア 被告人は、平成17年の5月か6月ころ、内部通報者であるD職員から、平成16年に開かれた「第2回a砂金掘り大会」(以下「第2回大会」という。)において、その前夜に開催された懇親会の後、FらD職員が、C町関係者とともに、二次会としてQに行き、その費用をC町が負担したという内部情報を入手していた。
イ また、被告人は、本件大会の翌日である平成17年8月8日朝にC町役場に電話をかけ、同町の砂金について聞きたいので担当につないでほしいと告げたところ、「S」と名乗る女性が電話口に出た。その女性は、自分は第2回大会に出ているから何でも聞いてほしい、本件大会も第2回大会と同じ要領でやっているはずだ、などと言っていたので、被告人は、本件大会で使用した砂金の出所などを尋ねて回答を得た後、第2回大会でも、本件大会と同様に前夜祭を開き、その後Qに誘い合わせて行ったのかと尋ねたところ、その女性はいずれも肯定し、自分もQに行ったことを認めた。さらに、被告人が、第2回大会の際にQに行った参加者や支払について尋ねたところ、その女性は、FらD職員と合同で行ったことを認め、その場での支払はC町の課長がしていたが、最終的な処理は観光協会などで精算する段階で調整するのではないか、などと話していた。
(6) そして、弁護人らは、この被告人供述から認められる被告人の取材内容(特に上記(5)イ)からすれば、第2回大会の際にQで行われた二次会の費用はC町側が負担したことが認められ、そのことから、本件大会の二次会の際も同様の負担がなされたと推認できる旨主張している。しかし、上記(5)アの情報提供も、イの被告人が電話で聞いたという発言も、伝聞供述にすぎないから、前記5(6)におけると同様に、被告人の上記供述から、第2回大会の際にQで行われた二次会の費用をC町が負担したと認めることはできない。
(7) 結局、摘示事実Bについても、それが真実であるとは認められない。
8 摘示事実Bの真実性に関する被告人の誤信について
(1) 被告人は、前記7(5)アの情報提供を受け、前記7(3)のRに依頼した取材のほか、前記7(5)イの電話での取材を行った結果、摘示事実Bが真実であると信じた旨の供述をしており、被告人が、実際にそのような情報提供を受け、取材相手の発言を聞いたことがあったか否かは、被告人が摘示事実Bを真実であると誤信し、その誤信したことに確実な資料、根拠に照らして相当な理由があるといえるか否かに関わる事情であるから、以下、その点について検討を加える。
(2) まず、前記7(5)イのC町職員に対する取材について見ると、取材であるというのに、取材メモ等の記録が何ら提出されていない。
 加えて、その取材対象者と思われる同町産業振興課職員のTは、公判廷において、その取材に対し、本件大会や第2回大会に関する質問を受けて答えたことはあったが、第2回大会の前夜に開かれた懇親会の二次会の参加者や費用の支払に関する質問をされた記憶はないし、質問をされたとしても、自分には分からないので、答えようがない旨述べている。
 そして、Tのこの供述に特に不自然な点はないのに対し、この点に関する被告人の上記供述は、町職員が、素性の分からない者からの突然の電話取材に対し、二次会などという公的なものとはいえない会合への参加者やその費用の支払について、尋ねられるがままに話をしたという不自然なものである。
 そうすると、電話内容を巡る被告人とTの供述は、後者の方が信用性が高いから、被告人が、第2回大会の前夜に開かれた懇親会の二次会に関し、その述べるような取材結果をC町職員から得たとは認められない。
(3) また、被告人の供述のうちDの内部通報者から情報を提供されたという前記7(5)アの点については、摘示事実@及び摘示事実Aに関して説示したところ(6(4))と同じく、その内部通報者の特定がほとんどなされていない上、その情報提供の際に提供された資料や被告人が当時作成したメモ等の記録も何ら提出されておらず、しかも、その情報提供なるもののうち肝心な点(D側出席者の分を含めて、その費用をC町側が負担したこと)については、被告人自身がC町役場に電話して確認したということ(その信用性も、前記のとおり低い)以外に、その情報提供内容。に沿う証拠が何ら見当たらないことからすると、Dの内部通報者から前記7(5)アの内容の情報提供があった旨の被告人の供述は、情報提供者を保護しなければならないという被告人の供述を考慮しても、信用性に乏しい。
(4) 以上を踏まえて検討すると、被告人が、Rから本件大会前夜の懇親会後にFらしき人物を含む男性らが「Q」などと言ってタクシーに乗車した旨の報告を受けたことで、Dの者らがC町関係者らとともにb地区のQで二次会を催したと信じ、D内部の職員から寄せられた第2回大会前夜の懇親会に関する何らかの情報を踏まえて、本件大会前夜に摘示事実Bのようなことがあったと信じたということがあったとしても、そのように信じたことについて相当な理由があるといえるような確実な資料や根拠を欠くことが明らかである。
9 したがって、前記1の弁護人らの主張は、いずれも理由がない。
 なお、弁護人らは、摘示事実の真実性に関する立証責任の所在について、表現の自由に関連する最高裁判所の判例(昭和61年6月11日大法廷判決等)を引用しつつ種々の主張をしているが、これらは、表現行為の事前差止めという、その許容性を厳格に考えるべき場面における立論を、事後的な規制である名誉毀損の処罰に直ちに当てはめようとするなど、独自の見解を述べるものにすぎないから、上記結論を何ら左右するものではない。
(量刑の理由)(求刑懲役1年6月)
1 本件は、定期刊行誌を発行する会社の代表取締役として、同誌に掲載する記事の企画、執筆、同誌の編集、発行等を統括していた被告人が、札幌市が出資する第三セクターであるD及びその職員に関する事実を記事として同誌に掲載し、これを広く頒布して、両者の名誉を毀損したという事案である。
2 被告人は、本件記事において、DがC町等とともに実質的に運営したイベントに関し、D職員らの実名や顔写真を掲げながら、同人らが、その優越的立場を利用してDが運営する商業施設のテナントに高価な商品を協賛品として無償提供させた上、その大半を換金して宴会費用に充てたとか、自分たちの宴会費用もC町に負担させて同町の予算を食い物にしたなどといった違法行為とも取れるような事実を、扇情的な表現も用いながら摘示したものである。しかも、それらの事実が真実であることも、被告人が十分な取材をしたことも認められないのであって、本件に至る経緯に酌むべき点はなく、犯行態様は悪質である。
 このような記事の内容に加え、同誌がある程度の数の購読契約会員に頒布され、職場等で回覧に供されているものがあることも考慮すれば、被害者らの名誉が害された程度は大きい。公判廷で証人として立った被害者を含むD職員らは、それぞれ被告人を厳しく処罰してほしい旨を述べているところ、その心情は十分に理解できる。
 これに対し、被告人は、被害者らに対する慰謝の措置を全く講じておらず、公判の最終段階に至っても、できる限りの取材を尽くしており、本件記事を掲載したことは正しいと思っているなどと述べ、自らの行為の当否を謙虚に顧みようとする姿勢を欠いている。
3 加えて、被告人は、平成11年3月に本件と同じ定期刊行誌上で名誉毀損行為に及んだことにより、平成14年3月に懲役10月の実刑判決を受け、平成15年2月にその判決が確定して服役し、同年12月に出所したばかりであったのに、そのわずか約1年8か月後に再び誌面を利用した名誉毀損行為を敢行したものであり、被告人の法規範を軽視する態度は顕著である。
4 以上の事情によれば、被告人の刑事責任は重い。
5 他方、本件記事が掲載された定期刊行誌の発行部数は200部台程度であり、大手の雑誌等による名誉毀損事案と比較すれば、小規模なものといえる。また、本件記事を掲載した被告人の主たる目的は、第三セクターであるDの経営実態等を批判し、その改善を訴えるという公益目的にあり、私人に関する興味本位の暴露記事を掲載したような事案とは犯情を異にする。これらの点は、量刑上一定の斟酌をすることが相当である。
6 そこで、以上のほか、被告人の年齢等の諸事情を総合考慮して、被告人に対しては、主文の刑を科すことが相当であると判断した。

札幌地方裁判所刑事第3部
 裁判長裁判官 辻川靖夫
 裁判官 石井伸興
 裁判官 吉岡透
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/