判例全文 line
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【事件名】復刻版歴史資料の編集著作権事件
【年月日】平成21年2月27日
 東京地裁 平成18年(ワ)第26458号 謝罪広告等請求事件(第1事件)、
 平成19年(ワ)第24160号 損害賠償請求事件(第2事件)
 (平成20年12月24日 口頭弁論終結)

判決
第1事件原告・第2事件被告 株式会社高麗書林(以下「原告高麗書林」という。)
第2事件被告 A(以下、原告高麗書林と被告Aとを併せて、「原告ら」という。)
原告ら訴訟代理人弁護士 江森史麻子
第1事件被告・第2事件原告 不二出版株式会社(以下「被告不二出版」という。)
同訴訟代理人弁護士 小口恭道
第1事件被告 B(以下、被告不二出版と被告Bとを併せて、「被告ら」という。)


主文
1 第1事件
 原告高麗書林の第1事件に係る請求をいずれも棄却する。
2 第2事件
(1) 原告らは、被告不二出版に対し、連帯して、84万0364円及びこれに対する平成15年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告高麗書林は、被告不二出版に対し、60万0261円及びこれに対する平成17年12月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告不二出版の第2事件に係るその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用
 訴訟費用は、原告高麗書林と被告Bとの間においては、すべて原告高麗書林の負担とし、原告らと被告不二出版との間においては、第1事件及び第2事件を通じて、被告不二出版に生じた費用の2分の1を原告らの負担とし、その余を各自の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
(1) 被告らは、文化通信(株式会社文化通信社発行)、新文化(株式会社新文化通信社発行)、週刊読書人(株式会社読書人発行)及び図書館雑誌(社団法人日本図書館協会発行)の各紙誌面に、別紙目録記載の謝罪広告を次の要領で掲載せよ。
@ 掲載する箇所及び回数
 文化通信、新文化、週刊読書人及び図書館雑誌の広告欄に各1回ずつ。
A 掲載する大きさ
 文化通信 縦176mm、横191mm
 新文化 縦176mm、横193mm
 週刊読書人 縦177mm、横193mm
 図書館雑誌 縦220mm、横150mm
B 使用する活字
 見出し並びに被告不二出版の商号及び被告Bの氏名
  3号活字又は18ポイントゴシック体
 その他
  4号活字又は14ポイントゴシック体
(2) 被告らは、原告高麗書林に対し、連帯して、330万円及びこれに対する平成18年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
 原告らは、被告不二出版に対し、連帯して、1000万円及びこれに対する平成6年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件の概要
(1) 第1事件
 原告高麗書林は、後記本件発言及び本件ファックス送信が名誉及び信用毀損の不法行為を構成すると主張して、被告不二出版(民法709条、会社法350条)及びその刑事告訴を代理した弁護士である被告B(民法709条)に対し、謝罪広告の掲載並びに損害賠償金330万円及び遅延損害金の連帯支払を求めた。
(2) 第2事件
ア 主位的請求
 被告不二出版は、主位的に、著作権侵害(複製権侵害の共謀又は幇助、著作権法113条1項2号)の不法行為に基づいて、被告A(民法709条、719条)及び原告高麗書林(民法709条、719条、会社法350条)に対し、損害賠償金1000万円及び遅延損害金の連帯支払を求めた。
イ 予備的請求
 被告不二出版は、予備的に、いわゆる「版面権」侵害の不法行為に基づいて、被告A(民法709条、719条)及び原告高麗書林(民法709条、719条、会社法350条)に対し、損害賠償金1000万円及び遅延損害金の連帯支払を求めた。
ウ 請求の内訳
 損害賠償金1000万円の内訳は、
@ 後記被告「特高警察関係資料集成」に係る部分が500万円、
A 同被告「百五人事件資料集」に係る部分が80万円、
B 同被告「高等外事月報」に係る部分が60万円、
C 同被告「思想彙報、同被告「」朝鮮軍概要史」及び同被告「朝鮮思想運動概況」に係る部分が合計240万円(それぞれ80万円の合計)、並びに
D 弁護士費用が120万円
である。
2 前提事実
(1) 当事者等
ア 原告高麗書林ら
(ア) 原告高麗書林は、被告Aによって昭和42年10月19日に設立された韓国又は韓国語に関する出版及び書籍の輸出入販売を業とする株式会社である。
(争いのない事実)
(イ) 被告Aは、原告高麗書林設立時から原告高麗書林の代表取締役を務めていたが、平成15年4月30日代表取締役及び取締役を辞任し、その後は、会長の名目で、原告高麗書林の仕事を手伝っている。
 原告高麗書林の代表取締役であるCは、被告Aの息子であり、遅くても平成12年6月までに原告高麗書林の代表取締役に就任し、現在まで原告高麗書林の代表取締役を務めている。
(争いのない事実、甲48、被告A、弁論の全趣旨)
イ 被告不二出版ら
(ア) 被告不二出版は、昭和37年1月26日に設立された書籍の出版、販売を主たる業とする株式会社である。その代表取締役は、D及びEが務めている。
(争いのない事実、弁論の全趣旨)
(イ) 被告Bは、東京弁護士会所属の弁護士である。
(争いのない事実)
ウ 韓国高麗書林
 韓国ソウル市内に、商号を「高麗書林」とする出版社が存在する(以下「韓国高麗書林」という。)。韓国高麗書林は、上記商号となる前には「高麗図書貿易」を称し、Fが同社の代表者を務めていたが、同人は、被告Aの実兄である。
(争いのない事実)
エ 韓国統計書籍センター及び韓国図書センター
 韓国内に、商号を韓国統計書籍センターとする出版社が存在した。同社は、平成17年ころ、倒産により廃業しているが、その業務は韓国図書センターが引き継いだ。Fの息子(被告Aのおい)であるGは、韓国統計書籍センターの販売担当であり、韓国図書センターでは代表者を務めている。
(争いのない事実、甲17、被告A)
(2) 関係書籍
ア 被告不二出版発行の書籍
 被告不二出版は、公文書等の歴史資料を復刻した書籍である次の書籍を発行した(以下、これらを併せて「被告書籍」という。)。ただし、編者の表示は、各書籍における表記を意味する。
@ 被告「特高警察関係資料集成」
 書名 特高警察関係資料集成
 編・解題者 荻野富士夫
 版型及び巻数 A4版30巻
 発行日 平成4年6月25日から平成5年9月20日
 価格 各巻2万5000円(全30巻及び別冊77万5000円)
(乙37、38、52〜64。以下「被告『特高警察関係資料集成』」という。)
A 被告「百五人事件資料集」
 書名 百五人事件資料集
 解説者 姜在彦(総説)、北博昭(解題)
 版型及び巻数 B5版1巻、A5版3巻
 発行日 昭和61年1月20日
 価格 全4巻3万8000円
 内容 第1巻 総説10頁、解題8頁、本文400頁
  第2巻 解題13頁、本文452頁
  第3巻 解題13頁、本文250頁、被復刻本の奥書1頁
  第4巻 解題13頁、本文246頁、被復刻本の奥書1頁
(乙39〜42。以下「被告「『百五人事件資料集』」という。)
B 被告「高等外事月報」
 書名 高等外事月報(十五年戦争極秘資料集第6集)
 編・解説者 宮田節子
 版型及び巻数 B5版1巻
 発行日 昭和63年3月10日
 価格 9500円
 内容 目次1頁、解説9頁、本文560頁、後付1頁
(乙43。以下「被告『高等外事月報』」という。)
C 被告「思想彙報」
 書名 思想彙報(十五年戦争極秘資料集第14集)
 編・解説者 吉田裕
 版型及び巻数 B5版2巻
 発行日 平成2年7月10日
 価格 全2巻1万8000円
 内容 上巻 目次2頁、解説9頁、本文599頁、後付1頁
  下巻 目次2頁、本文573頁、後付1頁
(乙45、46。以下「被告『思想彙報』」という。)
D 被告「朝鮮軍概要史」
 書名 朝鮮軍概要史(十五年戦争極秘資料集第15集)
 編・解説者 宮田節子
 版型及び巻数 B5版1巻
 発行日 平成元年4月25日
 価格 5500円
 内容 目次1頁、解説10頁、本文247頁、後付1頁
(乙44。以下「被告『朝鮮軍概要史』」という。)
E 被告「朝鮮思想運動概況」
 書名 朝鮮思想運動概況(十五年戦争極秘資料集第28集)
 編・解説者 宮田節子
 版型及び巻数 B5版1巻
 発行日 平成3年9月25日
 価格 1万4000円
 内容 目次1頁、解説10頁、本文312頁、後付1頁
(乙47。以下「被告『朝鮮思想運動概況』」という。)
イ 韓国高麗書林発行の書籍
 韓国高麗書林は、次の書籍を発行した(以下、これらを併せて、「韓国書籍」という。)。なお、編者及び発行日等の表示は、各書籍における表記を意味する。
@ 韓国「特高警察関係資料集成」
 書名 特高警察関係資料集成
 編・解題者 荻野富士夫
 発行者 韓国高麗書林
 印刷日 平成5年(1993年)11月25日
 発行日 平成5年(1993年)12月5日
 版型及び巻数 B5版15巻
 価格 全15巻75万ウォン
(甲15。以下「韓国『特高警察関係資料集成』」という。)
A 韓国「百五人事件資料集」
 書名 百五人事件資料集
 版型及び巻数 A5版4巻
 解説者 姜在彦(総説)、北博昭(解題)
 発行者 韓国高麗書林
 発行日 昭和61年(1986年)2月21日
 価格 全4巻10万ウォン
 内容 第1巻 総説10頁、解題8頁、本文400頁
  第2巻 解題13頁、本文452頁
  第3巻 解題13頁、本文250頁
  第4巻 解題13頁、本文246頁
(甲35〜38。以下「韓国「『百五人事件資料集』」という。)
B 韓国「高等外事月報」
 書名 高等外事月報
 編・解説者 宮田節子
 発行者 韓国高麗書林
 発行日 昭和63年(1988年)6月15日
 版型及び巻数 B5版2巻
 価格 全2巻6万ウォン
 内容 第1巻 目次1頁、解説9頁、本文584頁
  第2巻 目次1頁、本文458頁
(甲39、40。以下「韓国『高等外事月報』」という。)
C 韓国「思想彙報」
 書名 思想彙報(朝鮮思想関係資料集第1〜4集)
 編・解説者 吉田裕
 発行者 韓国高麗書林
 発行日 平成元年(1989年)6月30日
 版型及び巻数 B5版4巻
 内容 第1巻 目次2頁、解説9頁、本文613頁
  第2巻 目次2頁、本文559頁
  第3巻 目次2頁、本文527頁
  第4巻 目次2頁、本文592頁
(甲43。以下「韓国『思想彙報』」という。)
D 韓国「朝鮮軍概要史」
 書名 朝鮮軍概要史(朝鮮思想関係資料集第5集)
 編・解説者 宮田節子
 発行者 韓国高麗書林
 発行日 平成元年(1989年)6月30日
 版型及び巻数 B5版1巻
 内容 目次1頁、解説10頁、本文247頁、後付1頁
(甲43。以下「韓国『朝鮮軍概要史』」という。)
E 韓国「朝鮮思想運動概況」
 書名 朝鮮思想運動概況(朝鮮思想関係資料集第6集)
 編・解説者 宮田節子
 発行者 韓国高麗書林
 発行日 平成元年(1989年)6月30日
 版型及び巻数 B5版1巻
 内容 目次1頁、解説10頁、本文312頁、後付1頁
(甲43。以下「韓国『朝鮮思想運動概況』」といい、韓国「思想彙報」及び韓国「朝鮮軍概要史」と合わせて、韓国「朝鮮思想関係資料集」という。)
(以上につき、争いのない事実、甲15、35〜40、43、乙4、19〜22、37〜47、52〜64、弁論の全趣旨)
ウ 書籍の対比
(ア) 被告「特高警察関係資料集成」と韓国「特高警察関係資料集成」
 韓国「特高警察関係資料集成」の第1巻ないし15巻は、版型を異ならせたほかは、それぞれ被告「特高警察関係資料集成」10巻ないし24巻の全版面を複写して製作されたものである。
(イ) 被告「百五人事件資料集」と韓国「百五人事件資料集」
 韓国「百五人事件資料集」の第1巻ないし4巻は、第1巻の版型を異ならせたほかは、それぞれ被告「百五人事件資料集」の第1巻ないし4巻の全版面を複写して製作されたものである。
(ウ) 被告「高等外事月報」と韓国「高等外事月報」
 韓国「高等外事月報」は、被告「高等外事月報」が原資料部分を2面付けとしているのを1面付けとして2巻に分けているほかは、被告「高等外事月報」の全版面を複写して製作されたものである。
(エ) 被告「思想彙報」と韓国「思想彙報」
 韓国「思想彙報」は、被告「思想彙報」上、下巻が原資料部分を2面付けとしているのを1面付けとして計4巻に分けているほかは、被告「思想彙報」の全版面を複写して製作されたものである。
(オ) 被告「朝鮮軍概要史」と韓国「朝鮮軍概要史」
 韓国「朝鮮軍概要史」は、被告「朝鮮軍概要史」の全版面を複写して製作されたものである。
(カ) 被告「朝鮮思想運動概況」と韓国「朝鮮思想運動概況」
 韓国「朝鮮思想運動概況」は、被告「朝鮮思想運動概況」の全版面を複写して製作されたものである。
(争いのない事実、乙65、弁論の全趣旨)
エ 著作物性
 被告書籍の各解題、解説及び総説部分は、いずれも著作物であり、それぞれその著述者が著作権を有している。
(甲15、35〜40、43、弁論の全趣旨)
オ 著作権及び損害賠償請求権の譲渡
(ア) 著作権の譲渡
 被告不二出版は、次のとおり、被告書籍について、その編著者から、著作権(編集著作権も含む。)の譲渡を受けた(ただし、被告書籍の編集著作物性については、争いがある。)。
@ 被告「特高警察関係資料集成」 荻野富士夫から平成19年11月26日
A 被告「百五人事件資料集」 北博昭から平成19年11月22日
B 被告「高等外事月報」 宮田節子から平成19年11月22日
C 被告「思想彙報」 吉田裕から平成19年11月30日
D 被告「朝鮮軍概要史」 宮田節子から平成19年11月22日
E 被告「朝鮮思想運動概況」 宮田節子から平成19年11月22日
(乙32〜35)
(イ) 損害賠償請求権の譲渡
 被告不二出版は、次のとおり、被告書籍について、その編著者から、上記(ア)の各著作権譲渡以前の期間に係る原告らに対する損害賠償請求権の譲渡を受け、そのころ、その旨を原告らに通知した。
@ 被告「特高警察関係資料集成」 荻野富士夫から平成20年2月7日
A 被告「百五人事件資料集」 北博昭から平成20年2月12日
B 被告「高等外事月報 」宮田節子から平成20年2月6日
C 被告「思想彙報」 吉田裕から平成20年2月8日
D 被告「朝鮮軍概要史」 宮田節子から平成20年2月6日
E 被告「朝鮮思想運動概況」 宮田節子から平成20年2月6日
(乙48〜51)
(ウ) Dの著作権の譲渡
 Dは、被告書籍の各発行のころ、被告書籍について有する編集著作権を被告不二出版に譲渡した。ただし、Dが被告書籍の編集著作者の一人であるか否かについては、争いがある。
(弁論の全趣旨)
(3) 原告高麗書林の行為
ア 輸入販売
 原告高麗書林は、少なくとも、平成15年5月から同16年11月までの間、韓国書籍を韓国統計書籍センターから購入して日本国内に輸入し、日本国内の大学図書館などに販売した。
(争いのない事実、甲14、20〜26、48、乙36、弁論の全趣旨)
イ 許諾の有無
 被告不二出版並びに荻野富士夫、北博昭、宮田節子及び吉田裕が、韓国高麗書林に対し、被告書籍の複製を許諾したことはない。
(弁論の全趣旨)
(4) 被告らの行為
ア 事実摘示の内容
(ア) 本件発言
 平成18年7月11日、被告代表者D及び被告Bは、弁護士会館(東京都千代田区<以下略>)内東京弁護士会905号会議室において、記者会見を行った(以下「本件記者会見」という。)。
 被告代表者D及び被告Bは、同人らからの通知により集った5社程度の報道関係者等に対し、韓国「特高警察関係資料集成」は、被告不二出版が被告「特高警察関係資料集成」につき有する編集著作権を侵害するものであり、それを知りながら販売している原告高麗書林も被告不二出版の編集著作権を侵害している旨、及び原告高麗書林の著作権侵害について、被告A及び原告代表者Cを著作権法違反で告訴する旨の発言をし(以下「本件発言」という。)、両名に対する告訴状の写し(甲1)を報道関係者等に配布した。
(争いのない事実、甲1、乙1、66、弁論の全趣旨)
(イ) 本件ファックス送信
 平成18年7月13日、被告代表者D及び被告Bは、本件記者会見に出席した報道関係者等に対し、次の内容のファックス(乙2)を送信した(以下「本件ファックス送信」という。)。
 「『高麗書林問題』のお知らせ
 ・・・・様
 高麗書林の海賊版製作及び販売に関る著作権法違反に対し、弊社・不二出版株式会社は本日(7月13日)、告訴状を警視庁に提出しました。
 記
 日時:7月13日(木) 16時00分
 場所:警視庁
 不二出版株式会社 代表取締役 D
 弁護士 B(H法律会計事務所)
  以上」
(争いのない事実、乙1、2、弁論の全趣旨)
(ウ) まとめ
a 原告高麗書林の行為は、韓国「特高警察関係資料集成」を輸入した点で著作権法113条1項1号にも当たると考えられるが、被告らが本件記者会見及び本件ファックス送信で摘示したといえる事実は、飽くまで告訴の対象となった同法113条1項2号の情を知っての日本国内での販売に限定されるものと認められる(甲1の「第2 告訴の事実」)。
b また、韓国での複製には日本の著作権法は適用されず、告訴の対象となった犯罪事実も飽くまで113条1項2号であるから、被告らが本件発言及び本件ファックス送信で摘示したといえる事実の中に、原告高麗書林自身の複製への共謀又はその他の関与の事実が含まれているとは認められない。それらに言及するかのように見える部分も、特定の事項を確定的に指摘したものとまではいい得ないというべきである。
イ 告訴
(ア) 被告代表者D及び被告Bは、平成18年7月13日、本件ファックス送信に先立って、警視庁生活安全部生活経済課経済第七係I係長に対し、被告A及び原告代表者Cの著作権法違反に係る告訴状(以下「本件告訴状」という。)を提出し、I係長はこれを受領した。
(イ) 警視庁は、この告訴状につき、いわゆる「受理」はしてはいないとの態度を採っている(甲16)。しかし、本件告訴状の提出につき、I係長がとりあえず預かるにすぎない旨を表示し、かつ、被告代表者D及び被告Bがその点を了解したことを認めるに足りる証拠はない。
(以上、争いのない事実、甲16、乙66、弁論の全趣旨)
ウ 名誉・信用毀損
 本件発言及び本件ファックス送信の内容を、その受け手がどのように理解するかの観点から分析すれば、
@−ア 被告「特高警察関係資料集成」は編集著作物である事実、
@−イ 被告A及び原告代表者Cが被告「特高警察関係資料集成」につき著作権侵害行為をした事実、
A 被告不二出版が被告「特高警察関係資料集成」につき編集著作権を有し、告訴権を有する事実、
B 被告不二出版が告訴状を提出した事実
 に分解することができる(以下、各事実を「@−ア事実」のように表示する。)。
 @−ア事実及び@−イ事実の摘示だけでも、出版業を営む原告高麗書林の社会的評価を低下させるものと認められる。
 これに、A事実及びB事実の摘示が加わることにより、被告Aらの著作権侵害行為が刑事処罰を受ける可能性がある悪性の強いものであることを示し、@−ア事実及び@−イ事実の摘示だけの場合に比し、出版業を営む原告高麗書林の社会的評価を更に低下させるものと認められる。このことは、後記原告高麗書林の主張のとおり、B事実が受け手によって告訴の「受理」と解された場合に顕著である。
 しかし、原告高麗書林の社会的評価の低下の大部分は、@−ア事実及び@−イ事実の摘示により生じているものと認められる。
(弁論の全趣旨)
エ 公共性・公益目的
(ア) 公共性
 本件発言及び本件ファックス送信の内容は、書籍の輸入販売業を営む原告高麗書林がその業務において不法行為(著作権侵害行為)をしたことを指摘するものであり、公共の利害に関する事実に係るものである。
 さらに、公訴が提起されるに至っていない著作権法違反という犯罪行為に関する事実であるから、公共の利害に関する事実に係るものである。
 なお、被告不二出版が被告「特高警察関係資料集成」につき編集著作権を有するか否かは、公共性の有無の判断には無関係であると考えられる。
(弁論の全趣旨)
(イ) 公益目的
 D及び被告Bが本件発言及び本件ファックス送信をしたのは、韓国「特高警察関係資料集成」が著作権を侵害する出版物であることを広く世間に訴え、ひいては韓国での同種の違法複製の蔓延に警鐘をならし、違法複製物の我が国への流入により被告「特高警察関係資料集成」を始めとする歴史研究の基礎資料の出版が違法に阻害されることを防ぐことにあったものであり、公益目的がある。
 原告高麗書林は、D及び被告Bには別件訴訟の一方当事者を有利にする目的や原告高麗書林の名誉・信用を毀損する目的があった旨主張するが、この点を認めるに足りる証拠はない。
(乙66、被告代表者D、弁論の全趣旨)
3 争点
(1) 告訴状「受理」の摘示の有無
(2) 真実性の抗弁
ア 編集著作物性(@−ア事実)
イ 編集著作権の帰属(A事実)
ウ 原告高麗書林の知情(@−イ事実)
(3) 第1事件に係る損害
(4) 謝罪広告の必要性
(5) 著作権侵害行為その1(共謀又は幇助)
ア 編集著作物性
イ 編集著作権の帰属
ウ 侵害行為
(6) 著作権侵害行為その2(著作権法113条1項2号)
(7) 一般不法行為(版面権侵害)
(8) 時効消滅
(9) 第2事件に係る損害(著作権法114条2項)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 告訴状「受理」の摘示の有無
ア 原告高麗書林
(ア) 本件ファックス送信の受信者は、告訴が受理されたと理解する。
(イ) すなわち、捜査機関は告訴状を簡単に受理せず、告訴前の相談の状態にとどめておくことは一般に行われて、 いる取扱いであるが、刑事訴訟法上は告訴に「受理」が必要であるわけではないため、一般人においては、この点の区別が明確ではない。
(ウ) 本件では、@本件ファックス送信に先立つ本件記者会見において、明確に「告訴を行う」と述べていること、A本件記者会見は、弁護士会館で行われていること、B本件記者会見には弁護士である被告Bが出席し説明していること、C本件記者会見の席上で告訴状が配布されたこと、D同告訴状は弁護士作成に係るものであることなどから考えれば、本件記者会見の2日後にされた本件ファックス送信の内容について、受信者は、「受理」されたものと理解するのが当然である。
(エ) このような状況下では、弁護士である被告Bとしては、受信者の誤解を避けるために、本件ファックス送信に際し、告訴状は受理まではされていないことを明記するなどの配慮をすべきであった。
イ 被告ら
 原告高麗書林の主張は否認する。
 被告らは、本件告訴状を提出したと伝えたものであり、本件告訴状が受理されたと摘示したことはない。
(2) 真実性の抗弁
ア 編集著作物性(@−ア事実)
(ア) 被告ら
a まとめ
 被告「特高警察関係資料集成」は、編集著作物である。
b 根拠
(a) 収集、取捨及び選択
@ 被告「特高警察関係資料集成」作成のための資料収集は、昭和60年ないし平成元年にされたが、その当時、インターネットを通じて全国の大学図書館の所蔵調査をすることはできなかった。そのため、戦前の特高警察関係の資料を調査収集することは、大変に困難な作業であった。
 しかも、その作業は、高度の専門知識、特に戦前日本の政治史及び社会運動史並びに法制史の知識を必要とした。
A 収集された資料のうち、次の資料については、被告「特高警察関係資料集成」に含めずに、後に別企画である「社会運動の状況大正15年・昭和2年版」として、復刻出版した。
@「昭和二年中ニ於ケル無産政党運動ノ状況」内務省警保局
A「大正十五年中ニ於ケル社会主義運動ノ状況」内務省警保局
B「結社労働農民党並其ノ他ノ無産政党ニ関スル調査」内務省警保局
C「昭和二年中ニ於ケル社会主義運動ノ状況」内務省警保局
B 収集された資料のうち、次の資料については、被告「特高警察関係資料集成」とは別に刊行した。
D「外事警察報」内務省警保局
C 収集された資料のうち、次の資料ほか多数の資料については、最終的にも使用しなかった。
E「朝鮮人概況」関東庁警察局
F「高等警察概況」関東庁警察局
D また、資料の収集過程で、より良い資料の発見ができた場合には、その都度、編入する資料の入れ替えや増加をした。
(b) 編集方針に基づく選択及び配列
 平成3年3月11日、次のような編集方針が確定し(企画書−乙3の1・2)、これに基づいて被告「特高警察関係資料集成」が編集された。
@ 米軍没収資料及び返還文書、旧陸海軍文書を中心に、公開されている関係資料を調査し、広義の特高関係資料を網羅的に収める。
A これまでほとんど知られていなかった資料群、例えば米騒動関係、社会運動資料シリーズ<1920年代>、3・15事件関係などを数多く含ませる。
B 共産主義運動、無産政党運動、労働運動など12の分野別に、編年順に整理し、弾圧・抑圧の幅と奥行きを示すことで、特高警察体制の全体像を提示する。
C 既刊書のような整理された資料群と異なり、抑圧・取締りの第一線の現場に近い資料群を数多く含ませ、弾圧・抑圧の実態をリアルかつダイナミックに伝える。
D 外事警察や出版警察、在日朝鮮人運動の抑圧、取締関係などにおいては、従来公刊されてきた諸資料の欠落を補完し、それぞれの全貌の理解が可能なようにする。
(イ) 原告高麗書林
a まとめ
 被告らの主張aは否認する。
b 根拠
(a) 収集、取捨及び選択
 被告らの主張b(a)は知らない。
 被告代表者Dの供述によっても、被告「特高警察関係資料集成」は、収集した資料につき、@他の企画で使うものを除外し、A同じ内容の素材が複数あるときにそのうちの1つを選んだというにすぎず、素材の選択について、積極的な創作性ないし個性の発露を見いだすことはできない。
(b) 編集方針に基づく選択及び配列
 被告らの主張b(b)は否認する。
 被告「特高警察関係資料集成」は、収集した資料を時系列に並べているだけであり、その素材の選択又は配列に創作性はない。
イ 編集著作権の帰属(A事実)
(ア) 被告ら
a まとめ
 被告「特高警察関係資料集成」の編集著作権は、被告不二出版と荻野富士夫とが共同して有している。
b 根拠
(a) 著作者表示
 後記原告高麗書林の主張(a)@は前提事実(2)ア@のとおりであり、同Aは争う。
(b) 収集、取捨及び選択
@ 実際の資料収集に当たっては、D及び被告不二出版の従業員が、全国の大学図書館に行き、カードを調べたり、また、電話で主要大学を調査したり、マイクロフィルムを何百リールも見続けるなどをした。
A Dは、荻野富士夫との協議により、前記ア(ア)b(a)AないしDのとおり、収集した資料の一部を別企画の出版に回したり、編入する資料の入替えや増加を行った。
(c) 編集方針に基づく選択及び配列
 Dは、荻野富士夫との協議により、前記ア(ア)b(b)のとおり、編集方針を確定させ(乙3の1・2)、被告不二出版の従業員の補助、協力を受けながら、被告「特高警察関係資料集成」の編集作業を進めた。
(イ) 原告高麗書林
a まとめ
 被告らの主張aは否認する。
 仮に、被告「特高警察関係資料集成」が編集著作物であるとしても、その著作者は荻野富士夫のみである。
b 根拠
(a) 著作者表示
@ 被告「特高警察関係資料集成」には、編・解題者として、荻野富士夫が表示されている(前提事実(2)ア@)。
A したがって、同書籍の編集著作者は、荻野富士夫のみであると推定される(著作権法14条)。
(b) 収集、取捨及び選択
 被告らの主張b(b)は知らない。
(c) 編集方針に基づく選択及び配列
 被告らの主張b(c)は知らない。
 被告代表者Dの供述によっても、専ら荻野富士夫の意見に基づいて素材の選択及び配列がされたものであり、D及び被告不二出版の従業者が行った作業は、出版社担当者として、編者である荻野富士夫の編集作業をサポートしたものにすぎない。
ウ 原告高麗書林の知情(@−イ事実)
(ア) 被告ら
a まとめ
(a) 被告A及び原告代表者Cは、韓国「特高警察関係資料集成」が被告「特高警察関係資料集成」の無断複製物であることを知りながら、これを日本国内で販売した(著作権法113条1項2号)。以後、「無断複製物」という場合、複製の対象となったものが編集著作物でない場合も含む。
(b) 実際は、被告Aは、上記情を知っての販売を超え、被告「特高警察関係資料集成」を無断複製することを韓国高麗書林と共謀し又はこれを幇助していたものである(民法709条、719条)。
b 根拠
(a) 被告「特高警察関係資料集成」の購入と無断複製物の発行
@ 原告高麗書林は、平成5年11月4日、被告不二出版から、被告「特高警察関係資料集成」の10巻から24巻までを購入した。
A その後間もなく、韓国高麗書林は、被告「特高警察関係資料集成」の10巻から24巻に相当するものを、韓国「特高警察関係資料集成」1巻から15巻として出版した(前提事実(2)イ及びウ(ア)。
B 原告高麗書林は、被告「特高警察関係資料集成」を韓国の高麗大学に納入するとして購入したが、同大学には、韓国「特高警察関係資料集成」は存在するものの、被告「特高警察関係資料集成」は存在していない。
C 後記原告高麗書林の主張b(a)Cは否認する。
 そもそも韓国「特高警察関係資料集成」の奥書の印刷日付が正しいとする根拠もない。現に、被告「思想彙報」及び被告「朝鮮思想運動概況」の版面を複写した韓国「朝鮮思想関係資料集」の発行日は平成元年6月と、被告「思想彙報」及び被告「朝鮮思想運動概況」の発行日(平成2年7月10日及び平成3年9月25日)より前の日付になっている。
 仮に奥書の日付が正しいとしても、輸送に航空機を利用すれば足りることである。
(b) その他の被告書籍の購入と無断複製物の発行
@ 原告高麗書林は、被告不二出版から、次のとおり、同被告発行に係る書籍を購入した。
被告「百五人事件資料集」 昭和61年1月21日
被告「高等外事月報」 昭和63年5月24日
被告「思想彙報」 平成5年7月27日
被告「朝鮮軍概要史」 平成5年7月27日
被告「朝鮮思想運動概況」 平成5年7月27日
A その後、韓国高麗書林は、上記各書籍の無断複製物である韓国「百五人事件資料集」、韓国「高等外事月報」及び韓国「朝鮮思想関係資料集」(韓国「思想彙報」、韓国「朝鮮軍概要史」及び韓国「朝鮮思想運動概況」)を出版した(前提事実(2)イ及びウ(イ)〜(カ))。
B 韓国「朝鮮軍概要史」及び韓国「朝鮮思想運動概況」の後付には、被告不二出版の作成名義の「復刻にあたって」と題する文章が印刷されている(甲43の29頁下及び36頁下)。
(c) 「朝鮮の治安状況」等の購入と無断複製物の発行
@ 原告高麗書林は、被告不二出版から、同被告発行に係る書籍を次のとおり購入した。
「朝鮮の治安状況 」昭和59年7月
「最近ニ於ケル朝鮮治安状況」 昭和61年3月
A その後、韓国高麗書林は、上記各書籍の無断複製物を発行し、原告高麗書林は、これらを東京大学に販売した。
B 上記「朝鮮の治安状況」の奥書には、被告不二出版発行と印刷された上に、韓国高麗書林発行と記載した紙が貼付されている。
(d) 夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の販売
@(@) 原告高麗書林は、平成14年4月、韓国から輸入した韓国高麗書林発行に係る「北韓解放直後極秘資料」(以下「韓国『北韓解放直後極秘資料』」という。)を取り扱っていた。
(A) 韓国「北韓解放直後極秘資料」は、編集著作物である夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の無断複製物である。
(B) 夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の編著者である萩原遼は、被告Aに対し、平成14年4月、韓国「北韓解放直後極秘資料」は夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の無断複製物であることを理由に、その販売中止を求めた。
A しかし、原告高麗書林は、専修大学に対し、平成16年4月、韓国「北韓解放直後極秘資料」を販売した。
B 後記原告高麗書林の主張b(d)Bは知らない。
(e) その他の無断複製物
@ 緑蔭書房
(@) 原告高麗書林は、韓国から輸入した次の書籍を日本国内で販売した。
@ 「資料新聞社説に見る朝鮮」
A 「朝鮮史研究会論文集」
B 「戦後アナキズム運動資料」
C 「戦時下強制連行極秘資料集東日本編」
(A) これらの書籍は、緑蔭書房の発行に係る同名の各書籍の無断複製物である。
A 総和社
(@) 原告高麗書林は、韓国から輸入した「十七キロの国境・北鮮咸北警友史」を日本国内で販売した。
(A) この書籍は、総和社の発行に係る同名の書籍の無断複製物である。
B 龍溪書舎
(@) 原告高麗書林は、韓国から輸入した次の書籍を日本国内で販売した。
@ 「日本植民地研究」
A 「朝鮮研究文献誌―日本・大正編」
B 「日本人の海外活動に関する歴史的調査」
(A) これらの書籍は、龍溪書舎の発行に係る同名の各書籍の無断複製物である。
(f) 「朝鮮史研究会論文集」の広告
@ 原告高麗書林は、朝鮮史研究会発行(緑蔭書房発売)「朝鮮史研究会論文集」第38巻(平成12年10月発行。甲50)、第39巻(平成13年10月発行。甲51)及び第40巻(平成14年10月発行。甲52)に、書名を「高等警察関係資料集成」とする書籍の広告を掲載した。
A 上記「高等警察関係資料集成」は、韓国「特高警察関係資料集成」を意味する。
B 原告高麗書林は、書籍の輸入販売業者として、その都度その取り扱う書籍の内容を確認しているはずであるから、上記「高等警察関係資料集成」が韓国「特高警察関係資料集成」を意味し、韓国「特高警察関係資料集成」が被告「特高警察関係資料集成」の無断複製物であることを知っていた。
C むしろ、原告高麗書林は、無断複製物であることを知っていたからこそ、書名を変えて広告を出したものである。
(g) 被告書籍等の特価販売
@ 原告高麗書林は、平成16年10月及び平成17年9月に、韓国版元との特別提携により特価で入手したとして、被告不二出版の出版物の無断複製物の特価販売をした。
A 上記特別提携先とは、韓国高麗書林のことである。
(h) 韓国高麗書林との取引の継続
@ 被告Aは、昭和37年に出版業を創業すると、韓国ソウル市内で衣類販売業を営んでいたFに対し、高麗図書貿易という屋号で韓国の書籍を日本に輸入するための窓口となってもらった。
A Fが病気のために韓国高麗書林の販売業務を休止すると、その息子のGが従業員として勤める韓国統計書籍センターがその業務を引き継いだ。
B 後記原告高麗書林の主張b(h)Bは否認する。原告高麗書林と韓国高麗書林とが平成元(1989)年に取引中止をしたことを裏付ける客観的証拠はない。
(i) Fの発言
 韓国の大韓出版文化協会発行「出版文化(1976年6月号)」(乙69)には、Fの顔写真と共に、「高麗図書貿易は、日本東京の高麗書林という支社を通じて韓国図書の輸出をしてからいつのまにか16年になる」との発言が掲載されている。
(j) ロゴマーク
@ 韓国高麗書林は、原告高麗書林のロゴマークと同一のロゴマークを使用している。
A 後記原告高麗書林の主張b(j)Aは否認する。
 韓国高麗書林が「高麗書林」との名称で発行した「日本人の海外活動に関する歴史的調査」の発行日は、昭和60年6月になっている(乙75)。
(k) 被告Aの名刺
 被告Aは、平成4年(1992年)まで、自己の名刺の裏に、原告高麗書林の韓国での連絡先として、「高麗図書貿易」の住所と電話番号を入れていた(甲48の10頁)。
(l) 被告AとFとの関係
@ 被告AとFとは、実の兄弟である(前提事実(1)ウ)。
A 「定州郡誌第二輯(乙73)」には、平成11年当時においても、被告Aの住所及び電話番号は、Fの韓国内の住所及び電話番号と同一のものが記載されていた。
B 被告Aは、日本の「朝鮮史研究会」の会員であり、日本の近現代史の資料等につき相当程度の知識を有している。
C 日本の近現代史の資料などの知識を有さない韓国高麗書林が韓国内で日本の出版社の出版した近現代史資料の無断複製物を多数出版するには、日本在住者の協力なくしてはできない。そして、その協力者は、被告Aである。
(m) 抗議を受けた後の原告高麗書林の行動
@ 原告高麗書林は、平成17年12月、被告不二出版ほか4社から無断複製物を販売している旨の指摘を受けた(甲3)。
A しかし、原告高麗書林は、そのことを調査していない。
B このことは、原告高麗書林が、調査するまでもなく、それらが無断複製物であることを知っていたことを示している。
(イ) 原告高麗書林
a まとめ
 被告らの主張aは否認する。
b 根拠
(a) 被告「特高警察関係資料集成」の購入と無断複製物の発行
@ 被告らの主張b(a)@は認める。
A 同Aについては、前提事実(2)イ及びウ(ア)のとおり。
B 被告らの主張b(a)Bは認める。ただし、現在高麗大学にないからといって、当時もなかったとはいえない。そして、過去に高麗大学にあったならば、韓国にいるFがこれを借り出して複写することは容易である。
C 韓国「特高警察関係資料集成」奥書による印刷日は平成5年11月25日であるところ(前提事実(2)イ@)、同月4日に被告「特高警察関係資料集成」を購入し、これを船便で韓国に輸送し、1冊平均約600頁の書籍15冊全巻を同月25日までに複写して製本することは、時間的に無理である。
(b) その他の被告書籍の購入と無断複製物の発行
@ 被告らの主張b(b)@は知らない。資料がないので確認できない。
A 同Aについては、前提事実(2)イ及びウ(イ)〜(カ)のとおり。
B 同Bは、明らかに争わない。
(c) 「朝鮮の治安状況」等の購入と無断複製物の発行
@ 被告らの主張b(c)@は否認する。
A 同Aは否認する。原告高麗書林は、韓国高麗書林発行の「朝鮮の治安状況」(奥付のタイトルは「最新(ママ)に於ける朝鮮治安状況」)を販売したことはない。
B 同Bは、明らかに争わない。
(d) 夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の販売
@ 被告らの主張b(d)@(@)は認める。原告高麗書林は、同書籍を韓国統計書籍センターから購入した。
 同(A)は知らない。
 同(B)は否認する。
A 同Aは知らない。資料がないので確認できない。
B は、平成10年4月、韓国ソウル市内に存する統一部北韓資料センターで、夏の書房「北朝鮮の極秘資料」の借出しを受けている(甲54)。
 この事実は、韓国「北朝鮮の極秘資料」の無断複製について、原告高麗書林の関与がないことを示している。
(e) その他の無断複製物
@ 緑蔭書房
 被告らの主張b(e)@(@)のうち、原告高麗書林が@「資料新聞社説に見る朝鮮」及びC「戦時下強制連行極秘資料集東日本編」を韓国から輸入して日本国内で販売したことを認め、その余は否認する。原告高麗書林は、上記書籍を韓国統計書籍センターから購入した。
 同(A)は知らない。
A 総和社
 同Aのうち、(@)は否認し、(A)は知らない。原告高麗書林は、韓国から輸入した「十七キロの国境・北鮮咸北警友史」を販売したことはない。
B 龍溪書舎
 同Bのうち、(@)は否認し、(A)は知らない。原告高麗書林は、韓国から輸入したこれらの書籍を販売したことはない。
(f) 「朝鮮史研究会論文集」の広告
@ 被告らの主張b(f)@は認める。
A 同Aは否認する。原告高麗書林は、その当時、「高等警察関係資料集成」が韓国「特高警察関係資料集成」であることを知らなかった。
B 同Bは否認する。原告高麗書林の取引先である韓国統計書籍センターからは、毎月50カートン前後の書籍が送られてくる上、無断複製物があるなどと予想していなかったから、書籍の中身を見て調査をするようなことは行っていなかった。
C 同Cは否認する。「高等警察関係資料集成」が被告「特高警察関係資料集成」の無断複製物であると知っていたら、被告不二出版も広告を出している「朝鮮史研究会論文集」にこのような広告を出すはずはない。
(g) 被告書籍等の特価販売
@ 被告らの主張b(g)@は認める。
A 同Aは認める。ただし、特別提携先には、韓国高麗書林だけではなく、その他の出版社も含まれる。
(h) 韓国高麗書林との取引の継続
@ 被告らの主張b(h)@は認める。
A 同Aのうち、Fが韓国高麗書林の販売業務を休止したこと、原告高麗書林がGが従業員として勤める韓国統計書籍センターと取引をしていることを認め、その余は否認する。
B 1980年代に入ると、原告高麗書林と韓国高麗書林との間で、金銭面での折り合いが付かなかったり、取引上の行き違いが生じたりなどし始め、1989年ころ、原告高麗書林と韓国高麗書林(当時・高麗図書貿易)とは、取引を中止した。そのため、原告高麗書林は、韓国側窓口を、この高麗図書貿易の社員であったJが独立して興した会社である韓国出版文化院に変更した。韓国統計書籍センターと取引を開始したのは、その後である。
(i) Fの発言
 被告らの主張b(i)@は認める。
 韓国においては、しばしば事業を大きく見せるための表現を行うことがある。個人営業の高麗図書貿易が、原告高麗書林の「本社」になどなり得ない。
(j) ロゴマーク
@ 被告らの主張b(j)@は認める。原告高麗書林が韓国高麗書林へロゴの使用を許諾したことはなく、韓国高麗書林が勝手に使用しているだけである。
A 韓国高麗書林が「高麗図、 書貿易」から「高麗書林」へと社名を変更したのは、1989年に原告高麗書林との取引を中止した後である。
(k) 被告Aの名刺
 被告らの主張b(k)@は認める。変更することをうっかり忘れていたにすぎない。
(l) 被告AとFとの関係
@ 被告らの主張b(l)@は、前提事実(1)ウのとおり。ただし、被告Aは、Fとの親族としての連絡を絶っていた。
A 同Aは認める。Fが、被告Aに無断で、同被告の連絡先をFの住所等と同じに記載したにすぎない。
B 同Bは認める。
C 同Cは否認する。
(m) 抗議を受けた後の原告高麗書林の行動
 被告らの主張b(m)のうち、@は認め、その余は否認する。
 被告Aは、無断複製のおそれがある書籍を扱うことはできないと考え、直ちに在庫品を裁断したものである。
(3) 第1事件に係る損害
ア 原告高麗書林
(ア) 本件発言及び本件ファックスにより原告高麗書林に生じた名誉・信用の低下の損害を金銭をもって慰謝するには、300万円が相当である。
(イ) 弁護士費用は、上記金額の1割である30万円が相当である。
イ 被告ら
(ア) 原告高麗書林の主張(ア)は否認する。
(イ) 同(イ)は否認する。
(4) 謝罪広告の必要性
ア 原告高麗書林
 原告高麗書林の名誉及び信用を回復するための適当な処分として、別紙謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を、出版業界で広く読まれている業界紙誌である、文化通信(株式会社文化通信社発行、) 新文化(株式会社新文化通信社発行)、週刊読書人(株式会社読書人発行)、図書館雑誌(社団法人日本図書館協会発行)の4紙に、各1回、請求第1項(1)記載の要領で謝罪広告を掲載することが相当である。
イ 被告ら
 原告高麗書林の主張は否認する。
(5) 著作権侵害行為その1(共謀又は幇助)
ア 編集著作物性
(ア) 被告不二出版
a 被告「特高警察関係資料集成」
 前記(2)ア(ア)のとおり。
b 被告「百五人事件資料集」
 同書籍は、北博昭が主に古書店を通じて入手した「百五人事件資料集」に係る日本官憲側の4点の資料を、それぞれの判型に応じて復刻し、前提事実(2)アAのとおり、第1巻に姜在彦の総説を、各巻に北博昭の解題をそれぞれ付したものである。
c  被告「高等外事月報」
 同書籍は、昭和14年7月から昭和15年9月にかけて朝鮮総督府警務局保安課が刊行した定期刊行物を復刻し、前提事実(2)アBのとおり、宮田節子の解説を付したものである。
d 被告「思想彙報」
 同書籍は、日本の憲兵司令部作成に係る定期(月刊)刊行物を復刻し、前提事実(2)アCのとおり、吉田裕の解説を付したものである。
e 被告「朝鮮軍概要史」
 同書籍は、明治39年の朝鮮軍の発足から昭和20年の朝鮮軍の廃止までを記録した資料を復刻し、さらに、これだけでは頁数が少ない(128頁)ことから、付録として他の関係資料2点を併せ、前提事実(2)アDのとおり、宮田節子の解説を付したものである。
f 被告「朝鮮思想運動概況」
 同書籍は、昭和11年前半、昭和13年後半、昭和14年前半・後半、昭和15年前半に、朝鮮軍参謀部が、陸軍省からの依頼によって、半年ごとに作成した機密報告書を復刻し、前提事実(2)アEのとおり、宮田節子の解説を付したものである。
(イ) 原告ら
a 被告「特高警察関係資料集成」
 前記(2)ア(イ)のとおり。
b 被告「百五人事件資料集」
 被告らの主張bは知らない。
c 被告「高等外事月報」
 同cは知らない。
d 被告「思想彙報」
 同dは知らない。
e 被告「朝鮮軍概要史」
 同eは知らない。
f 被告「朝鮮思想運動概況」
 同fは知らない。
イ 編集著作権の帰属
(ア) 被告不二出版
a 著作者表示
(a) 後記原告らの主張a(a)については、前提事実(2)アB〜Eのとおり。
(b) 同(b)は争う。
b 被告「特高警察関係資料集成」
 前記(2)イ(ア)のとおり。
c 被告「百五人事件資料集」
 同書籍については、百五人事件の資料を収集しその出版を希望していた北博昭と、被告不二出版とが協議し、その復刻形態、解説執筆者、総説執筆者を決めたものである。
d 被告「高等外事月報」
 同書籍については、被告不二出版の発意に基づく「十五年戦争極秘資料集」の一貫として刊行されたものであり、被告不二出版が、宮田節子に解説を依頼し、復刻形態を決めた。
e 被告「思想彙報」
 同書籍については、吉田裕が大月書店から発行した「資料日本現代史」にヒントを得た被告不二出版が、その後発見された資料を含め、その復刻形態を決めて発行した。
f 被告「朝鮮軍概要史」
 同書籍については、被告不二出版が、付録を付けることを提案し、その資料の探索と選定につき、宮田節子に協力した。
g 被告「朝鮮思想運動概況」
 同書籍については、被告不二出版が、その原本である旧陸海軍文書マイクロフィルムの紙焼きを基に版下を作成し、版下の汚れをきれいにし、その復刻形態を決めて発行した。
(イ) 原告ら
a 著作者表示
(a) 前提事実(2)アB〜Eのとおり、被告「高等外事月報」には「宮田節子編・解説」と、被告「思想彙報」には「吉田裕編・解説」と、被告「朝鮮軍概要史」には「宮田節子編・解説」と、被告「朝鮮思想運動概況」には「宮田節子編・解説」とそれぞれ表示されている。
(b) したがって、被告「思想彙報」の編集著作者は吉田裕単独であると、被告「高等外事月報」、被告「朝鮮軍概要史」及び被告「朝鮮思想運動概況」の編集著作者は宮田節子のみであると推定される(著作権法14条)。
b 被告「特高警察関係資料集成」
 前記(2)イ(イ)のとおり。
c その余の被告書籍
 被告不二出版の主張c〜gは、すべて知らない。
ウ 侵害行為
(ア) 被告不二出版
 韓国高麗書林による被告書籍の無断複製行為につき、原告高麗書林の代表者であった被告Aは、韓国高麗書林と共謀し、又は韓国高麗書林を幇助した。
(イ) 原告ら
 被告不二出版の主張は否認する。
(6) 著作権侵害行為その2(著作権法113条1項2号)
ア 被告不二出版
 前記(2)ウ(ア)のとおり、被告A及び原告代表者Cは、韓国書籍の各販売当時、韓国書籍が被告書籍の無断複製物であることを知っていた。
イ 原告ら
 被告不二出版の主張は否認する。前記(2)ウ(イ)のとおりである。
(7) 一般不法行為(版面権侵害)
ア 被告不二出版
 仮に、被告書籍について編集著作権が成立しないとしても、韓国高麗書林による被告書籍の出版は、被告書籍の版面を複写して行われた、いわゆる「版面権」を侵害する行為であり、韓国書籍を我が国で販売する原告高麗書林及び被告Aの行為も版面権を侵害する。
イ 原告ら
 被告不二出版の主張は否認する。
(8) 時効消滅
ア 原告ら
(ア) 原告高麗書林は、「朝鮮史研究会論文集」38巻(平成12年10月発行)、同39巻(平成13年10月発行)及び同40巻(平成14年10月発行)の3回にわたり、被告書籍を含む書籍を宣伝する1頁全体大の広告を出し、被告不二出版も、同論文集に毎号広告を出していた(甲50〜52)。
(イ) 被告不二出版は、これにより、上記各発行日ころ、被告書籍の無断複製物である韓国書籍が販売されていることを知った。
(ウ) 原告は、平成19年9月21日本件第7回弁論準備手続期日において、不法行為につき3年の消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
イ 被告不二出版
(ア) 原告らの主張(ア)は認める。
(イ) 同(イ)は否認する。「朝鮮史研究会論文集」の広告では、韓国「特高警察関係資料集成」は「高等警察関係資料集成」と書名を変えられていたので、被告不二出版は、「高等警察関係資料集成」が被告「特高警察関係資料集成」の無断複製物であることに気付かなかった。
(9) 第2事件に係る損害(著作権法114条2項)
ア 被告ら
(ア) 韓国「特高警察関係資料集成」
a 韓国「特高警察関係資料集成」の日本国内における販売価格は、6万円であった。
b その販売部数は、200セットを下回らない。
c その利益率は、50%を下回ることはない。
d よって、原告高麗書林は、600万円を下回らない利益を受けた。
 6万円×200セット×0.5=600万円
e 被告不二出版は、本訴において、内金500万円を請求する。
(イ) 韓国「百五人事件資料集」
a 韓国「百五人事件資料集」の日本国内における販売価格は、8000円であった。
b その販売部数は、200セットを下回らない。
c その利益率は、50%を下回ることはない。
d よって、原告高麗書林は、80万円を下回らない利益を受けた。
 8000円×200セット×0.5=80万円
(ウ) 韓国「高等外事月報」
a 韓国「高等外事月報」の日本国内における販売価格は、4800円であった。
b その販売部数は、200セットを下回らない。
c その利益率は、50%を下回ることはない。
d よって、原告高麗書林は、48万円を下回らない利益を受けた。
 4800円×200セット×0.5=48万円
(エ) 韓国「朝鮮思想関係資料集」
a 韓国「朝鮮思想関係資料集」の日本国内における販売価格は、2万4000円であった。
b その販売部数は、200セットを下回らない。
c その利益率は、50%を下回ることはない。
d よって、原告高麗書林は、240万円を下回らない利益を受けた。
 2万4000円×200セット×0.5=240万円
(オ) 弁護士費用
a 被告不二出版は、第2事件の提起とその追行を被告Bに委任し、着手金70万円及び報酬金140万円を支払うことを約した。弁護士費用としては上記210万円が相当である。
b 被告不二出版は、本訴において、内金120万円を請求する。
イ 原告ら
(ア) 韓国「特高警察関係資料集成」
a 被告らの主張(ア)aは否認する。1セット6万円で販売したこともあるが、特価販売の場合は1セット3万9735円で販売した(乙6、7)。
b 同bは否認する。仕入数は、次のとおり、合計6セットである(甲14)。
@ 1セット当たり仕入値7万5000ウォンで1セット(平成15年7月5日付け)
A 1セット当たり仕入値1万5000ウォンで1セット(平成16年3月3日付け、委託販売)
B 1セット当たり仕入値1万5000ウォンで3セット(平成16年6月2日付け、委託販売)
C 1セット当たり仕入値1万5000ウォンで1セット(平成16年11月3日付け、委託販売)
c 同cは否認する。
d 同dは否認する。
(イ) 韓国「百五人事件資料集」
a 同(イ)aは否認する。1セット8000円で販売したこともあるが、特価販売の場合は1セット5250円で販売した(乙6、7)。
b 同bは否認する。仕入数は、次のとおり、合計11セットである(甲20)。
@ 1セット当たり仕入値1万ウォンで3セット(平成15年6月2日付け)
A 1セット当たり仕入値2000ウォンで5セット(平成16年2月4日付け、委託販売)
B 1セット当たり仕入値2000ウォンで3セット(平成16年7月5日付け、委託販売)
c 同cは否認する。
d 同dは否認する。
(ウ) 韓国「高等外事月報」
a 同(ウ)aは否認する。1セット4800円で販売したこともあるが、特価販売の場合は1セット3150円で販売した(乙6、7)。
b 同bは否認する。仕入数は、次のとおり、合計7セットである(甲22)。
@ 1セット当たり仕入値6000ウォンで2セット(平成15年7月5日付け)
A 1セット当たり仕入値1200ウォンで5セット(平成16年2月4日付け、委託販売)
c 同cは否認する。
d 同dは否認する。
(エ) 韓国「朝鮮思想関係資料集」
a 同(エ)aは否認する。1セット2万4000円で販売したこともあるが、特価販売の場合は1セット1万5750円で販売した(乙6、7)。
b 同bは否認する。仕入数は、合計9セットである(甲21)。
@ 1セット当たり仕入値3万ウォンで1セット(平成15年5月2日付け)
A 1セット当たり仕入値3万ウォンで2セット(平成15年6月2日付け)
B 1セット当たり仕入値3万ウォンで1セット(平成15年11月3日付け)
C 1セット当たり仕入値6000ウォンで5セット(平成16年2月4日付け、委託販売)
c 同cは否認する。
d 同dは否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(告訴状「受理」の摘示の有無)について
(1) 摘示事実について
ア 刑事訴訟法上、告訴の要件が満たされた告訴状が司法警察員又は検察官に提出されれば、告訴は成立する(同法241条1項)。しかし、証拠(甲31)及び弁論の全趣旨によれば、実務上、告訴の要件を満たされた告訴状が提出された場合でも、告訴人側が相当程度犯罪を疎明する資料を準備し又は捜査機関側の情報収集行為によって犯罪行為が相当程度確認できるまで、捜査機関が当該告訴状を「受理」せず、告訴前の事前相談の状態にとどめておく取扱いが広く行われており、犯罪の被害者や弁護士にとっては、告訴状が「受理」されることが重要であり、そのため、報道機関等も、告訴が「受理」されたか否かについて関心を寄せていることが認められる。
イ このような背景の下に検討しても、本件ファックス送信の内容は前提事実(4)ア(イ)のとおりであり、「提出しました」と記載されているが、「受理された」とは記載されていないものであるから、本件ファックス通信を読んだ受信者が、本件告訴状が「受理」されたと理解するものとは認められない。
 原告高麗書林は、弁護士が関与した以上、本件ファックス送信に際し、告訴状は受理まではされていないことを明記すべきであった旨主張するが、本件ファックス送信の受信者の多くは報道機関であり(乙1)、刑事訴訟法及びその実務について相応の理解があると認められることからすると、原告高麗書林主張のような付記が不可欠であったとまで認めることはできず、同原告の上記主張は採用することができない。
 また、原告高麗書林は、本件ファックス送信によって、実際に告訴が受理されているとの間違った報道(甲2、17)がされている旨を主張する。しかしながら、当該記事中に告訴が受理されたとは記載されていない。そして、一般読者の普通の注意と読み方を基準に当該記事内容を解釈しても、一般読者が上記記事を告訴が受理されていると必ず読むものとも認められない。よって、原告の上記主張は、採用することができない。
(2) まとめ
 以上から、本件ファックス送信により摘示された事実は、本件告訴状が「提出された」事実に限られるというべきであり、原告高麗書林の名誉・信用毀損に基づく請求のうち、本件告訴状が「受理」されたことを前提とする部分は、理由がない。
2 争点(2)ア(真実性の抗弁−編集著作物性)について
(1) 事実認定
 被告「特高警察関係資料集成」の内容は、次のようなものであると認められる。
ア 編集態様
@ 米軍没収資料及び返還文書、旧陸海軍文書等を中心に、一般に公開されている関係資料を調査し、府県警察等を含めて特高警察に関係する資料を広く所収しようとしている。
A これまでほとんど知られていなかった資料群、例えば米騒動関係、1920年代の社会運動資料、3・15事件関係などを数多く含ませようとしている。
B 資料を「共産主義運動」「無産政党運動」「労働運動」「農民運動」「水平運動」「在日朝鮮人運動」「国家主義運動」「外事警察関係」「出版警察関係」等の12の分野に分けて、それぞれの分野の中ではおおむね編年順に配列し、特高警察体制の全体像を提示しようとしている。
C 既刊の「社会運動の状況」のような整理された資料群と異なり、抑圧、取締りの第一線の現場に近い資料群を数多く含ませ、その実態をなるべくリアルに伝えようとしている。
D 外事警察や出版警察、在日朝鮮人運動の抑圧、取締関係などにおいては、従来公刊されてきた復刻版、諸資料の欠落を補完し、それぞれの全貌の理解を可能にしようとしている。
イ 構成
(ア) 第1巻〜第6巻
 第1巻〜第6巻は、「共産主義運動(国内・国外)」とのテーマに従って、「特別要視察人近況概要」「北海道ニ於ケル日本共産党事件顛末」「在米国邦人社会主義者ノ状況」など警保局、警視庁、北海道庁、大阪府、埼玉県、兵庫県、長野県、外務省が作成した文書を、時系列に従って所収しているが、第6巻は、海外関係のものを集めて、時系列に従って所収している。
(イ) 第7巻及び第8巻
 第7巻及び第8巻は、「無産政党運動」とのテーマに従って、「無産政党組織運動ノ顛末」「戦後無産政党関係申報(新潟県)」など警保局、内務省、警視庁、北海道庁、埼玉県、新潟県が作成した文書を、時系列に従って所収している。
(ウ) 第9巻
 第9巻は、「労働運動」とのテーマに従って、「労働争議概況」「本道ニ於ケル左翼労働組合運動沿革史」など警保局、警視庁、司法省、北海道庁が作成した文書を、時系列に従って所収している。
(エ) 第10巻及び第11巻
 第10巻及び第11巻は、「農民運動」とのテーマに従って、「農業争議概況」「宮城県桃生郡前谷地村小作争議ノ概況」など警保局、岐阜県警察部、香川県の作成した文書を、時系列に従って所収している。
(オ) 第12巻
 第12巻は、「水平運動・在日朝鮮人運動」とのテーマに従って、「差別撤廃運動状況」「義烈団一派ノ兇暴計画概要」など警保局、奈良県、京都府の作成した文書を、最初に「水平運動」関係文書を、その後に「在日朝鮮人運動」関係文書を、それぞれ時系列に従って所収している。
(カ) 第13巻及び第14巻
 第13巻及び第14巻は、「国家主義運動」とのテーマに従って、「最近ニ於ケル国家主義運動情勢ニ関スル件」「血盟団・兵農決死隊事件ノ概要」など警保局、警視庁、神奈川県、大阪府の作成した文書を、時系列に従って所収している。
(キ) 第15巻〜第17巻
 第15巻〜第17巻は、「外事警察関係」とのテーマに従って、「外国人取締概況」「中国共産党日本特別支部検挙事件」など警保局、福井県、神奈川県の作成した文書を、時系列に従って所収している。
(ク) 第18巻
 第18巻は、「出版警察関係」とのテーマに従って、「自大正六年一月至大正八年四月禁止新聞紙出版物ニ現ハレタル記事ノ概要」「各種社会運動機関紙調」など警保局、情報局、警視庁の作成した文書を、時系列に従って所収している。
(ケ) 第19巻及び第20巻
 第19巻及び第20巻は、「特高関係重要資料」とのテーマに従って、「大正二年騒擾事件記録」「特高課事務概要」「社会運動団体現勢調」「非常時と思想対策」「長野県社会運動史」など警視庁、警保局、個人、宮崎県特高課、鹿児島県特高課、長野県特高課、神奈川県特高課、北海道庁、長野県警察部、奈良県警察部、大阪府警察部、京都府警察部の作成した文書を、更に分類した文書の内容に従って、時系列に従って所収している。
(コ) 第22巻〜第24巻
 第22巻〜第24巻は「特高関係、 例規類」とのテーマに従って、「国事警察編」「例規(通牒)」「出版警察執務心得ほか」「高等警察例規集」など警視庁、警保局、山形県警察部、岩手県高等課、大阪府警察部、北海道庁、山形県特高課の作成した文書を、更に分類した文書の内容に従って、時系列に従って所収している。
(サ) 第25巻及び第26巻
 第25巻及び第26巻は、「特高関係各種会議」とのテーマに従って、「警察部長事務打合会ニ於ケル指示事項説明資料」「茨城県署長・特高主任会議関係書類」「司法主任特高主任会議席上訓示指示及講演」「道警察部長会議諮問事項」など警保局、茨城県警察部・水戸地裁検事局、司法省刑事局、東京地裁検事局、岡山県、朝鮮総督府、北支警務部、在上海大使館中支警務部作成の文書を、更に分類した文書の内容に従って、時系列に従って所収している。
(シ) 第27巻〜第30巻
 第27巻〜第30巻は、「特高関係逐次刊行物」とのテーマに従って、「普通選挙促進運動概況」「労働彙報」「反美濃部運動ノ概況」など警保局、社会局、警視庁、大阪府、中支警務部、上海総領事館警察署が発行した月報、半年報等の刊行物を、各刊行物ごとに、時系列に従って所収している。
ウ 原資料について
 戦前に各種運動を監視し、取り締まろうとした特高警察又はこれに関連する資料は、膨大な量が存するが、これら活動は秘密裏にされることを特質とし、戦前には公開されず、その一方、戦後に処分がされてしまったため、資料は内外各地に散逸してしまっている。
(以上につき、乙4、37、38、52〜64、被告代表者D)
(2) 判断
ア 上記認定の事実によれば、被告「特高警察関係資料集成」は、特定の官署部局が作成した文書などその範囲が一義的に定まる資料を単に時系列に従って並べて復刻したというものではなく、様々な官署部局が作成した文書を、なるべくこれまで知られていなかったり公刊されていなかった文書、なるべく個々の運動、事件に関する直接的な記述があるものという一定の視点から選択し、これを運動分野又は文書の種類別に配列したものであるから、全体として、素材たる原資料の「選択」及び「配列」に編者の個性の発露がみられる。したがって、被告「特高警察関係資料集成」は、編集著作物というべきである。
 これに反する原告高麗書林の主張は、採用することができない。
イ 韓国「特高警察関係資料集成」は、被告「特高警察関係資料集成」全体ではなく、その一部である10巻から24巻のみを複製したものであるが、その分量及び複写対象巻からみて、それらの部分のみの複製であっても、被告「特高警察関係資料集成」の編集著作物としての創作性を再現しているものと認められる。
3 争点(2)イ(真実性の抗弁−編集著作権の帰属)について
(1) 著作者表示
 被告「特高警察関係資料集成」には、編・解題者として、荻野富士夫が表示されている(前提事実(2)ア@)。他に著作者表示とみるべき記載はないから、同書籍の編集著作者は荻野富士夫のみであると推定される(著作権法14条)。
(2) 編集制作過程についての事実認定
 これに対し、次の事実が認められる。
ア 被告「特高警察関係資料集成」の編集制作過程
 昭和60年ころ、Dは、近代日本の治安体制などの日本近代史を研究している小樽商科大学助教授(当時)荻野富士夫から、特高警察に関する資料を出版したいとの提案を受け、その準備に取りかかった。
 内務省警保局が作成、刊行した資料の数は膨大であり、しかも、「特高警察月報」「社会運動の概況」など特高警察に関する資料は既に数多く復刻出版されていたことから、Dは、荻野との間で、資料収集に当たっての方針を協議して、府県警察に関するものも含めて特高警察に関係する資料を広く掲載する、既に復刻出版されているものは復刻の対象から外す、その反面、従来公刊されている復刻資料集の欠落を補うようにし、また、取締りの第一線の現場の手書きの資料などをなるべく多く掲載するなどの方針を合意した。
 その後、D及び被告不二出版の従業員は、約4年をかけて、荻野富士夫からの指示、助言等を受けながら、全国の大学図書館などに足を運び、図書カードを調べたり、マイクロフィルムの調査を続けるなどして、掲載すべき資料の収集、分類などの作業を行った。新資料、同種内容の資料などが見つかる都度、Dは、荻野富士夫との間で、なるべく現場に近いものを掲載するとの方針や掲載すべき資料が適切な量になるようにすることを考慮しながら協議し、掲載すべき資料の入れ替えや追加を決定した。この結果、収集された資料には、「社会運動の状況 大正15年・昭和2年版」「外事警察報」などの別な企画に使用されたものや、「朝鮮人概況」「高等警察概況」など全く使用されなかったものも生じた。また、収集された資料は、運動分野など12の体系に従って分類されていった。
 この資料の選択、分類等の作業は、おおむね研究者である荻野富士夫の意見が採り入れられたものであり、特に12の分野に分けることは、専ら荻野の発案によるものであったが、掲載する資料の選択については、Dの出版業者の立場からの意見が取り入れられたこともあった。
 このような作業を踏まえて、荻野富士夫は、Dと協議して、平成3年3月11日、前記2(1)アに記載の内容の掲載すべき資料及びその分類方法を最終的に決定した。
(乙3の1・2、65、被告代表者D、弁論の全趣旨)
イ 荻野富士夫の認識
 荻野富士夫は、被告不二出版に対し、平成19年11月26日、被告「特高警察関係資料集成」に係る荻野富士夫の編集著作権及び解題の著作権を譲渡しているが(前提事実(2)オ(ア))、その著作権譲渡契約書(乙32)は、「1 甲〔注 荻野富士夫〕と乙〔注 被告不二出版〕とは、本出版物〔被告「特高警察関係資料集成」〕につき、甲乙両名が共同して編集著作権を有することを確認する。」と定めており、荻野富士夫は、被告不二出版が編集著作権者の一人であることを認めている。
(乙32)
ウ 被告不二出版の経歴
 被告不二出版は、昭和37年に設立された書籍の出版、販売を主たる目的とする株式会社であり、昭和56年4月以降、歴史資料の復刻出版を行っており、その総数は約4800点に及んでいる。
(乙19〜22、65、被告代表者D、弁論の全趣旨)
(3) 検討
ア 上記(2)で認定した事実によると、被告「特高警察関係資料集成」の編集において、素材の収集においては、Dは、被告不二出版の従業員と共に奔走したものであるが、@編集対象である素材を12の分野別に分け、なるべく現場に近いものを掲載するなどの方針の決定においては、研究者である荻野富士夫がその方針の大部分を決定したこと、A船橋がこれについてある程度の提案をしたことがあっても、それは同書籍の全体量が適切なものになるようにとの出版業者の立場からの提案であったり、内容にわたる場合も、最終的には荻野富士夫の同意を得て取り入れられたと認められること、B荻野富士夫の共同編集著作の自認(乙32)は、第1事件が提起された後のものであり、かつ、その内容も抽象的であることからすると、Dの寄与は、飽くまで補助者としての立場からのものではないかとの疑問が残り、上記推定を覆すに足りる立証はないといわなければならない。
 したがって、被告不二出版が被告「特高警察関係資料集成」につき編集著作権を有し、告訴権を有する事実(A事実)が真実であることの立証はない。
イ なお、上記(2)及び(3)アで認定した事実に、本件で問題となっている被告「特高警察関係資料集成」は、公文書を復刻したものであり、小説や絵画の著作の場合とは異なり、出版社の編集者がそのような復刻版の編集著作に貢献することができる範囲が広いと考えられることを併せ考慮すると、D及び被告Bが、Dが被告「特高警察関係資料集成」の共同著作者であると信じたことに、相当の理由があると認められる。
4 争点(2)ウ(真実性の抗弁−原告高麗書林の知情)について
(1) 韓国書籍の外観
 前提事実(2)イのとおり、韓国書籍は、一般には日本人名と理解される「荻野富士夫」「北博昭」「宮田節子」「吉田裕」著作による日本語の解題又は解説が付されているものであるから、主に日本人を対象として、日本の出版社によって発行された書籍であることは、一見しただけで明らかである。それにもかかわらず、韓国書籍の出版者が韓国内の出版社である韓国高麗書林の発行名義になっていることは、韓国書籍が対応する日本の出版物の無断複製物であることを疑わせる事情であるといわざるを得ない。
(2) さらに、次の事実が認められる。
ア 被告「特高警察関係資料集成」の購入と無断複製物の発行
(ア)a(a) 原告高麗書林は、平成5年11月4日、被告不二出版から、被告「特高警察関係資料集成」の10巻から24巻までを購入した。
(争いのない事実)
(b) なお、被告不二出版の販売台帳(乙10)の上記取引についての記載(17枚目)中「直接納品」とは、証拠(乙72)によれば、最終購入先とされる高麗大学ではなく、業者同士で直接注文してきた原告高麗書林への直接納品を意味するものと認められる。
b その後間もなく、韓国高麗書林は、被告「特高警察関係資料集成」の10巻から24巻に相当するものを、韓国「特高警察関係資料集成」1巻から15巻として出版した(前提事実(2)イ及びウ(ア))。
c(a) 原告高麗書林は、被告「特高警察関係資料集成」を韓国高麗大学に納入するとして購入したが、同大学には、韓国「特高警察関係資料集成」は存在するものの、被告「特高警察関係資料集成」は存在していない。
(争いのない事実)
(b) 被告「特高警察関係資料集成」が一時でも高麗大学に存在したことをうかがわせるに足りる証拠はない。
d 原告高麗書林は、少なくとも、平成15年5月から平成16年11月までの間、韓国高麗書林が発行した韓国書籍を韓国統計書籍センターから購入して日本国内に輸入し、日本国内の大学図書館などに販売した。
(前提事実(3)ア)
(イ) 上記(ア)の事実、殊に、特に区分すべき理由もないのに被告「特高警察関係資料集成」の10巻から24巻のみが高麗大学に納入するとの名目で購入されたにもかかわらず、それが高麗大学に納入された形跡がなく、その後間もなく、それに対応する韓国「特高警察関係資料集成」が無断複製がされている事実によれば、原告高麗書林が購入した被告「特高警察関係資料集成」を利用して韓国「特高警察関係資料集成」が製作されたものと認めるのが相当である。
(ウ) 原告高麗書林は、韓国「特高警察関係資料集成」の印刷日である平成5年11月25日までに、同月4日に被告「特高警察関係資料集成」を購入し、これを船便で韓国に輸送し、1冊平均約600頁の書籍15冊全巻を同月25日までに複写して製本することは時間的に無理である旨主張する。
 しかしながら、無断複製物である韓国「特高警察関係資料集成」の奥書の信用性は低いから、実際の印刷日が平成5年11月25日であるとの前提自体が疑わしい。実際に、平成2年7月10日に発行された被告「思想彙報」及び平成3年9月25日に発行された被告「朝鮮思想運動概況」の無断複製物を含む韓国「朝鮮思想関係資料集」の発行日が、上記書籍の発行日より前の平成元年6月30日となっている(前提事実(2)ア及びイ)。よって、同原告の上記主張は理由がない。
イ その他被告書籍の購入と無断複製物の発行
(ア) 原告高麗書林は、被告不二出版から、次のとおり、同被告発行に係る書籍を購入したことが認められる。
 被告「百五人事件資料集」 昭和61年1月21日(乙29)
 被告「高等外事月報」 昭和63年5月24日(乙24)
 被告「思想彙報」 平成5年7月27日(乙26)
 被告「朝鮮軍概要史」 平成5年7月27日(乙25)
 被告「朝鮮思想運動概況」 平成5年7月27日(乙27、28)
(乙24〜29、72)
(イ) その後、韓国高麗書林は、上記各書籍の無断複製物である韓国「百五人事件資料集、韓国「高等外事月報」」及び韓国「朝鮮思想関係資料集」(韓国「思想彙報」、韓国「朝鮮軍概要史」及び韓国「朝鮮思想運動概況」)を出版した(前提事実(2)イ及びウ(イ)〜(カ))。
(ウ) 韓国「朝鮮軍概要史」及び韓国「朝鮮思想運動概況」の後付には、被告不二出版の作成名義の「復刻にあたって」と題する文章が印刷されている。
(明らかに争わない事実)
(エ) 原告高麗書林は、韓国「百五人事件資料集」、韓国「高等外事月報」及び韓国「朝鮮思想関係資料集」を韓国から輸入し、これを日本国内の大学図書館などに販売した(前提事実(3)ア)。
ウ 「朝鮮の治安状況」等の購入と無断複製物の発行
(ア) 原告高麗書林は、被告不二出版から、同被告発行に係る書籍を次のとおり購入した。
 「朝鮮の治安状況 」昭和59年7月
 「最近ニ於ケル朝鮮治安状況」 昭和60年12月
(乙30、31、被告A)
(イ) その後、韓国高麗書林は、上記2書籍を合わせて、「朝鮮の治安状況」(奥付のタイトルは「最新(ママ)に於ける朝鮮治安状況」)全3巻として発行した。
(乙12、18)
 原告高麗書林が、韓国高麗書林発行の「朝鮮の治安状況」を東京大学に販売したことを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 上記「朝鮮の治安状況」の奥書は、被告不二出版発行と印刷された上に、韓国高麗書林発行と記載した紙が貼付されている。
(明らかに争わない事実)
エ 夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の販売
(ア)a 原告高麗書林は、平成14年4月、韓国統計書籍センターを通じて韓国から輸入した韓国高麗書林発行に係る韓国「北韓解放直後極秘資料」を取り扱っていた。
(争いのない事実、甲4、26、56、乙6、7、14、15)
b 韓国「北韓解放直後極秘資料」は、編集著作物である夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の無断複製物である。
(甲54、乙14、15、弁論の全趣旨)
c 夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の編著者である萩原遼は、被告Aに対し、平成14年4月、韓国「北韓解放直後極秘資料」は夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の無断複製物であることを理由に、その販売中止を求めた。
(甲29、乙14、15、被告A)
(イ)a 原告高麗書林は、専修大学に対し、平成16年4月、韓国「北韓解放直後極秘資料」を販売した。
(乙15、弁論の全趣旨)
b 原告高麗書林は、平成15年5月から平成16年10月にかけて、他にも韓国「北韓解放直後極秘資料」を輸入して販売している。
(甲25の1、26の1〜6)
(ウ) Fは、平成10年4月、韓国ソウル市内に存する統一部北韓資料センターで、夏の書房「北朝鮮の極秘文書」の借出しを受けている。
(甲54)
オ その他の無断複製物
(ア) 緑蔭書房
a 原告高麗書林は、韓国統計書籍センターを通じて韓国から輸入した次の書籍を日本国内で販売した。
@ 「資料新聞社説に見る朝鮮」
C 「戦時下強制連行極秘資料集東日本編」
(争いのない事実、甲20の1・3、21の3、23の6、24の1〜6、25の3〜5)
b 上記aの書籍は、緑蔭書房の発行に係る同名の各書籍を、韓国高麗書林が無断で複製したものである。
(甲3、7、乙8、弁論の全趣旨)
c 原告高麗書林が、次の書籍を韓国から輸入して日本国内で販売したことを認めるに足りる証拠はない。
A 「朝鮮史研究会論文集」
B 「戦後アナキズム運動資料」
(イ) 総和社
 原告高麗書林が韓国から輸入した「十七キロの国境・北鮮咸北警友史」を日本国内で販売したことを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 龍溪書舎
a 原告高麗書林は、韓国から輸入した次の書籍を日本国内で販売した。
B 「日本人の海外活動に関する歴史的調査」
(甲14の3、20の3、22の1、23の3・5・6、24の4、25の3・4、乙17)
b 原告高麗書林が韓国から輸入した次の書籍を日本国内で販売したことを認めるに足りる証拠はない。
@ 「日本植民地研究」
A 「朝鮮研究文献誌―日本・大正編」
c(a) 被告Aは、昭和60年3月、Dから、龍溪書舎「日本人の海外活動に関する歴史的調査」の複写物の譲渡を受け、韓国高麗書林に持ち込み、韓国高麗書林は、間もなく、その複製物(乙75。以下「韓国『日本人の海外活動に関する歴史的調査』」という。)を発行した。
(乙74、75、被告代表者D、被告A)
(b) 被告Aは、龍溪書舎「日本人の海外活動に関する歴史的調査」の複写物を韓国高麗書林に持ち込んだのは、同被告ではなく、高麗大学の教授である旨供述するが、原告らの主張によっても、当時は韓国高麗書林との関係は断絶していなかったものであるから、被告Aの上記供述部分は不自然なものであり、採用することができない。
カ 「朝鮮史研究会論文集」の広告
(ア) 原告高麗書林は、朝鮮史研究会発行(緑蔭書房発売)「朝鮮史研究会論文集」第38巻(平成12年10月発行。甲50)、第39巻(平成13年10月発行。甲51)及び第40巻(平成14年10月発行。甲52)に、書名を「高等警察関係資料集成」とする書籍の広告を掲載した。
(争いのない事実)
(イ) 「高等警察関係資料集成」なる書籍が他に存在することを認めるに足りる証拠はなく、上記広告(甲50〜52)に記載された「全15巻」との巻数が一致することからすると、同広告における「高等警察関係資料集成」は、韓国「特高警察関係資料集成」を意味するものとして記載されていたものと認められる。
(ウ)a 韓国「特高警察関係資料集成」の外観は、前記(1)に説示のとおりであり、この事実と弁論の全趣旨によれば、原告高麗書林は、書籍の輸入販売業者として、その取り扱う書籍の内容を確認する機会を多々有し、上記広告中の「高等警察関係資料集成」が韓国「特高警察関係資料集成」のことであり、韓国「特高警察関係資料集成」が被告「特高警察関係資料集成」の無断複製物であることを知っていたものと認められる。
 これに反する原告高麗書林の主張及びそれに沿う被告Aの供述の一部は、前記(1)で説示の韓国「特高警察関係資料集成」外観及び前記ア、イ、エ並びにオ(ア)a及びbのとおり原告高麗書林の取り扱っていた中には多くの無断複製物が含まれていたことに照らし、到底採用することができない。
b 被告らは、原告高麗書林は、無断複製物であることを知っていたからこそ、書名を変えて広告を出した旨主張するが、そのように認定するまでの証拠はない。
キ 被告書籍等の特価販売
(ア) 原告高麗書林は、平成16年10月及び平成17年9月に、韓国版元との特別提携により特価で入手したとして、被告不二出版の出版物の無断複製物の特価販売をした。
(争いのない事実)
(イ) 上記特別提携先に、韓国高麗書林が含まれる。
(争いのない事実)
ク 韓国高麗書林との取引の継続
(ア) 被告Aは、昭和37年に出版業を創業すると、韓国ソウル市内で衣類販売業を営んでいたFに対し、高麗図書貿易という屋号で韓国の書籍を日本に輸入するための窓口となってもらった。
(争いのない事実)
(イ) 被告Aは、昭和42年に原告高麗書林を設立したが、その後も、原告高麗書林と高麗図書貿易とは、韓国で発行された書籍を日本に輸出する取引について密接な関係を続けた。
 高麗図書貿易は、遅くとも昭和60年(1985年)ころまでには、名称を「高麗書林」(韓国高麗書林)に変え(乙74、75)、被告Aも、そのころ、その事実を知った。
 韓国高麗書林は、平成7年ころから、原告高麗書林と同一の字体のロゴマークを使用していたが、それ以前の昭和60年や平成元年にその使用を開始していたことを認めるに足りる証拠はない。
(前提事実(1)ア、争いのない事実、甲15、48、乙9の1・2、69、70、74、75、被告A、弁論の全趣旨)
(ウ) 平成元年ころから、原告高麗書林は、韓国高麗書林との直接取引を縮小させ、平成元年から3年間ほどは、韓国高麗書林の元従業員であるJが設立した韓国出版文化院を主な取引先とし、平成4年ころからは、Fの息子のGが販売担当として勤務する韓国統計書籍センターとの取引を開始し、平成17年に韓国統計書籍センターが倒産により廃業してからは、上記Gが代表者を務め、韓国統計書籍センターに勤めていた社員が勤務する韓国図書センターとの取引を開始した(以上の記述では、短期間の取引先を除いた。)。
 韓国図書センターがソウル市内の事務所を借りる際、被告Aが口利きをした。
 Fは、平成10年ころに脳梗塞で倒れ、以後、業務に従事していないが、韓国高麗書林自体は、平成17年ころまで、出版又は少なくとも在庫販売の事業を行っていた。
(甲29、48、49、乙6、7、71、被告A、弁論の全趣旨)
ケ 被告Aの名刺
(ア) 被告Aは、平成4年(1992年)まで、自己の名刺の裏に、原告高麗書林の韓国での連絡先として、「高麗図書貿易」の住所と電話番号を入れていた。
(争いのない事実)
(イ) 原告高麗書林は、変更することをうっかり忘れていたにすぎない旨主張するが、原告高麗書林の社長である被告Aが韓国高麗書林との取引終了後3年にもわたって、数回はあったはずの名刺の刷り増しの都度、韓国の連絡先の削除をうっかり忘れていたとの弁明は、信用し難いものである。
コ 被告AとFとの関係
(ア) 被告AとFとは、実の兄弟である。
(前提事実(1)ウ)
(イ) 「定州郡誌第二輯」(乙73)には、平成11年当時においても、被告Aの住所及び電話番号は、Fの韓国内の住所及び電話番号と同一のものが記載されていた。
(争いのない事実)
(ウ) 被告Aは、日本の「朝鮮史研究会」の会員であり、日本の近現代史の資料等につき相当程度の知識を有している。
(争いのない事実)
(エ) 日本の近現代史の資料などの知識を有さない韓国高麗書林が韓国内で日本の出版社の出版した近現代史資料の無断複製物を多数出版するには、日本在住者の協力なくしてはできない。
(弁論の全趣旨)
サ 抗議を受けた後の原告高麗書林の行動
(ア)a 原告高麗書林は、平成17年12月、被告不二出版ほか4社から無断複製物を販売している旨の指摘を受けた(甲3)。
(争いのない事実)
b その後、被告Aは、被告不二出版ほか4社との間で、書面でのやり取りを行ったが、無断複製物と指摘された韓国から輸入した書籍とそれに対応する被告不二出版ほか4社の書籍との対比をして、無断複製物か否かの確認をすることなく、被告不二出版ほか4社から指摘された書籍を裁断した。
(甲3〜8、48、被告A)
(イ) この事実につき、被告らは、原告高麗書林が調査するまでもなく、それらが無断複製物であることを知っていたことを示している旨主張し、原告高麗書林は、無断複製のおそれがあればもはや当該書籍を扱うことはできないことから、廃棄したにすぎない旨主張する。この事実のみからは、いずれとも決し難い。
(3) 判断
ア 情を知っての販売
 以上の事実によれば、被告A及び原告代表者Cは、韓国「特高警察関係資料集成」が被告「特高警察関係資料集成」の無断複製物であることを知りながら、これを販売したものと認めるべきである(著作権法113条1項2号)。
 これに反する被告Aの供述等は、@我が国で出版されている専門書と同名で、しかも日本語で解説、解題等が記載された書籍が韓国でも出版されていれば、書籍の輸入販売業者としては、その同一性の有無及び複製についての許諾の有無を確認することが通常であると解されるし、そのように行動することは、日本の「朝鮮史研究会」の会員であり、日本の近現代史の資料等につき相当程度の知識を有している被告Aにとって、極めて容易なことであること、A無断複製物の輸入がごくわずかであれば、原告高麗書林の主張も採用する余地があるが、前記(2)ア、イ、エ並びにオ(ア)a及びbのとおり、同原告が取り扱った無断複製物は、被告不二出版のものに限定されずに他種類に及び、その数量も相当数に上ること、B平成14年4月には、夏の書房「北朝鮮の極秘文書」に関して、韓国高麗書林発行の書籍につき注意を促されているにもかかわらず、無断複製の事実について何らかの調査、対応策などを講じた形跡はうかがわれず、その後も韓国「北朝鮮の極秘文書」の販売を継続していることに照らし、到底採用することができない。
 他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。
イ 無断複製についての共謀又は幇助
 上記(1)及び(2)の事実によれば、昭和60年にされた韓国「日本人の海外活動に関する歴史的調査」の複製は、被告Aが韓国高麗書林に話を持ち込んだものであり、平成5年ころにされた韓国「特高警察関係資料集成」の無断複製も、原告高麗書林が被告不二出版から購入した被告「特高警察関係資料集成」10巻から24巻に基づきされたものと認められる。これらの事実に、被告AとFとは実の兄弟であり、韓国高麗書林との取引を中止したと主張する平成元年(1989年)以降も、依然として関係が続いていることを示す名刺や定州郡誌の事情があったり、韓国高麗書林の元従業員又はFの子であるGが関係する会社との取引を続け、韓国高麗書林の発行する無断複製物を数多く輸入して日本で販売していたことを併せ考慮すれば、被告Aが韓国高麗書林と共謀して無断複製物を製作したか、少なくともその幇助をした疑いが相当あるといわざるを得ない。
 他方、日本で発行された書籍の無断複製は、必ずしも被告Aの助けがなくても、日本の書籍を1部入手すれば可能なことであり、事実、夏の書房「北朝鮮の極秘文書」は韓国内に存在し、現にFがこれを借り出していることからすると、被告「特高警察関係資料集成」を始めとする被告書籍の無断複製につき、原告高麗書林が共謀又は幇助していたとまで認定することはできない。
(4) まとめ
 以上によれば、被告不二出版が本件発言及び本件ファックス送信により摘示した被告「特高警察関係資料集成」は編集著作物である事実(@−ア事実)、被告A及び原告代表者Cが被告「特高警察関係資料集成」につき著作権侵害行為(著作権法113条1項2号)をした事実(@−イ事実)、被告不二出版が被告「特高警察関係資料集成」につき編集著作権を有し、告訴権を有する事実(A事実)、被告不二出版が告訴状を提出した事実(B事実)は、A事実を除き、真実である。
 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がない。しかるに、前提事実(4)ウにて説示したとおり、@−ア事実及び@−イ事実の摘示だけの場合に比し、A事実の摘示が加わることによって、原告高麗書林の社会的評価は更に低下を招くものではあるが、その社会的評価の低下の大部分は@−ア事実及び@−イ事実の摘示により生じているものである。したがって、本件発言及び本件ファックス送信により摘示された事実の重要な部分は、@−ア事実及び@−イ事実であると認められる。そうすると、本件発言及び本件ファックス送信は、前提事実(4)エのとおり、公共の利害に関する事実に係り(@−ア事実及び@−イ事実に係る部分のみで公共の利害に関する事実であることは、既に同(4)エにて説示した。)、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあり、そこにおいて摘示された事実が重要な部分について真実であることの証明があったから、違法性を欠くというべきである(さらに、前記3(3)イのとおり、D及び被告Bが、Dが被告「特高警察関係資料集成」の共同著作者であると信じたことに、相当の理由がある。)。
 よって、原告高麗書林の第1事件の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
5 争点(5)及び(6)(著作権侵害行為その1(共謀又は幇助)、及び著作権侵害行為その2(著作権法113条1項2号))について
(1) 被告「特高警察関係資料集成」
ア 上記2〜4のとおり、被告「特高警察関係資料集成」は編集著作物であり、荻野富士夫がその編集著作権を有し、原告高麗書林がこれを我が国で販売した行為は著作権法113条1項2号に該当するが、原告高麗書林がその無断複製につき共謀又は幇助していたことを認めるに足りる証拠はない。
イ そして、前提事実(2)オのとおり、被告不二出版は、荻野富士夫から、被告「特高警察関係資料集成」に係る著作権(編集著作権を含む。)の譲渡、及び上記譲渡以前の原告高麗書林に対する著作権(編集著作権を含む。)侵害に係る損害賠償請求権の譲渡を受けている。
ウ(ア) 原告高麗書林は、前提事実(1)アのとおり、被告Aが昭和42年10月に設立した株式会社であり、以後、平成15年4月30日までの36年間にわたって、同人は同社の代表取締役を務めたものであるところ、証拠(甲48、被告A)及び弁論の全趣旨によれば、原告高麗書林は、被告Aのほかは社員数名程度の会社であり、被告Aが代表取締役を務めている間は、被告Aがその業務の全般を取り扱い、特に韓国からの書籍の輸入、販売業務においては同被告が一手に担当していたことが認められる。そうすると、被告Aは、平成15年4月30日までの分については、著作権法113条1項2号に該当する行為の直接の行為者として、被告不二出版に生じた損害を賠償する義務を負い、原告高麗書林は、会社法350条により、被告不二出版に生じた損害を賠償する義務を負う。
(イ) そして、上記(ア)に掲記の証拠によれば、被告Aは、原告高麗書林の代表取締役及び取締役を退いて会長となった後は、体調のよい時のみ出社し、原告代表者Cや社員では解決できないような韓国との折衝などを不定期に行っていたことが認められる。そうすると、被告Aが代表取締役及び取締役でなくなった平成15年5月1日以降原告高麗書林の著作権侵害行為について被告Aが責任を負う理由はない。
 平成15年5月1日以降の分については、原告代表者Cが直接の行為者となるから、原告高麗書林は、会社法350条により、被告不二出版に生じた損害を賠償する義務を負う。
(2) 被告「百五人事件資料集」
ア 同書籍は、第1巻(乙39)を「寺内朝鮮総督謀殺未遂被告事件」とし、当該事件の起訴状、第2審判決、上告論旨、上告審判決を所収し、第2巻(乙40)を「不逞事件ニ依ツテ観タル朝鮮人」とし、上記刑事事件等に関する国友尚謙に係る同名の論文を所収し、第3巻(乙41)を「朝鮮陰謀事件」とし、セウルプレッス社発行、朝鮮総督官房総務局印刷所印刷に係る上記刑事事件等に関する同名の書籍を所収し、第4巻(乙42)を「朝鮮総督暗殺陰謀事件」とし、ジャパンクロニクル記者である有馬義隆編纂、福音館発行に係る上記刑事事件等に関する同名の書籍を所収するものである。
(乙39〜42)
イ したがって、被告「百五人事件資料集」は、戦前の刑事事件の裁判記録とこれに関することの明らかな3つの文献を復刻しただけの書籍であり、その素材の選択又は配列はありふれたものであって、創作性を認め難いから、編集著作物とはいえない。
ウ ただし、前提事実(2)エ及びオのとおり、北博昭は、被告「百五人事件資料集」中の解題部分につき著作権を有し、被告不二出版は、その著作権の譲渡及びその譲渡以前の原告高麗書林に対する著作権侵害に係る損害賠償請求権の譲渡を受けている。
(3) 被告「高等外事月報」
ア 同書籍は、昭和14年7月から昭和15年9月にかけて朝鮮総督府警務局保安課が刊行した月刊の刊行物である「高等外事月報」をその発行日付順に所収するものである。
(乙43)
イ したがって、被告「高等外事月報」は、月刊誌の各号を時系列に従って復刻しただけであるから、その素材の選択又は配列のいずれにも創作性を認め難く、編集著作物とはいえない。
ウ ただし、前提事実(2)エ及びオのとおり、宮田節子は、被告「高等外事月報」中の解説部分につき著作権を有し、被告不二出版は、その著作権の譲渡及びその譲渡以前の原告高麗書林に対する著作権侵害に係る損害賠償請求権の譲渡を受けている。
(4) 被告「思想彙報」
ア 同書籍は、昭和4年10月から昭和8年9月にかけて憲兵司令部が刊行した月刊の刊行物である「思想彙報」をその発行日順に所収するものである。
(乙45、46)
イ したがって、被告「思想彙報」は、月刊誌の各号を時系列に従って復刻しただけであるから、その素材の選択又は配列のいずれにも創作性を認め難く、編集著作物とはいえない。
ウ ただし、前提事実(2)エ及びオのとおり、吉田裕は、被告「思想彙報」中の解説部分につき著作権を有し、被告不二出版は、その著作権の譲渡及びその譲渡以前の原告高麗書林に対する著作権侵害に係る損害賠償請求権の譲渡を受けている。
(5) 被告「朝鮮軍概要史」
ア 同書籍は、「朝鮮軍概要史」(著者不明)という1つの文書と、付録として、朝鮮軍残務整理部作成に係る「朝鮮における戦争準備」及び第一復員局作成に係る「本土作戦記録第5巻第十七方面軍」の2つの文書を所収するものである。
(乙44)
イ 朝鮮軍概要史」に、「朝鮮における戦争準備」及び「本土作戦記録 第5巻 第十七方面軍」を組み合わせた点に創作性があるかが問題となるが、「極端に資料が少い」(同解説10頁)ことからすると、それらの組合せに素材の選択又は配列の創作性を認め難いから、編集著作物とはいえない。
ウ ただし、前提事実(2)エ及びオのとおり、宮田節子は、被告「朝鮮軍概要史」中の解説部分につき著作権を有し、被告不二出版は、その著作権の譲渡及びその譲渡以前の原告高麗書林に対する著作権侵害に係る損害賠償請求権の譲渡を受けている。
(6) 被告「朝鮮思想運動概況」
ア 同書籍は、昭和11年8月から昭和15年8月にかけて朝鮮軍参謀部が陸軍次官あてに半年ごとに送付した機密報告書である「朝鮮思想運動概観」又は「朝鮮思想運動概況」を、その作成日順に所収するものである。
(乙47)
イ したがって、被告「朝鮮思想運動概況」は、半年ごとの報告書を時系列に従って復刻しただけであるから、その素材の選択又は配列のいずれにも創作性を認め難く、編集著作物とはいえない。
ウ ただし、前提事実(2)エ及びオのとおり、宮田節子は、被告「朝鮮思想運動概況」中の解説部分につき著作権を有し、被告不二出版は、その著作権の譲渡及びその譲渡以前の原告高麗書林に対する著作権侵害に係る損害賠償請求権の譲渡を受けている。
6 争点(7)(一般不法行為(版面権侵害))について
(1) 他の出版社の版面をそのまま複写して出版物を製作する行為は、出版業に携わる者として道義にもとるものであることは明らかである。しかし、法はそのような場合でもこれを直ちに違法なものと評価しているわけではなく、著作権等の存在を前提に、かつ、一定範囲の類型に限って違法であると明示的に規定しているものであり(著作権法113条参照、) 著作権法で違法とされていない行為を一般不法行為により違法と判断することは、謙抑的にされるべきである。
 この観点からすると、被告「百五人事件資料集」、被告「高等外事月報」、被告「思想彙報」、被告「朝鮮軍概要史」及び被告「朝鮮思想運動概況」については、一部の資料の入手に困難があったことは認められ(乙39の8の解題11頁、乙41の6の解題1頁)、しかも、その無断複製物を被告書籍の顧客層がいる日本市場向けに製作するものであるが、他方、資料の修復等(オペーク作業等)に格段の困難を要した等の事情はうかがわれないから、その製作をもって、一般不法行為を構成するものと認めることはできない。
(2) しかも、前記4で判示したとおり、原告高麗書林が被告書籍の無断複製行為自体に関与したとは認められないところ、販売のみに関与する者につき「版面権」侵害を認めることは、更に謙抑的にされるべきであるから、販売に関与したことのみをもって、一般不法行為を構成するものと認めることはできない。
(3) したがって、被告不二出版の版面権侵害の主張は、理由がない。
7 争点(8)(時効消滅)について
(1) 原告高麗書林は、「朝鮮史研究会論文集」38巻(平成12年10月発行)、同39巻(平成13年10月発行)及び同40巻(平成14年10月発行)の3回にわたり、被告書籍を含む書籍を宣伝する1頁全体大の広告を出し、被告不二出版も、同論文集に毎号広告を出していた。
(争いのない事実)
(2) 原告らは、上記事実によれば、被告不二出版は上記各発行日ころ、被告書籍の無断複製物である韓国書籍が販売されていることを知った旨主張する。
 しかしながら、韓国書籍の中で同広告に掲載されているのは「高等警察関係資料集成」と書名を変えらた韓国「高等警察関係資料集成」のみであるから、上記(1)の事実のみから、被告不二出版は上記各発行日ころ、被告書籍の無断複製物である韓国書籍が販売されていることを知ったと推認することはできず、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
(3) したがって、原告らの時効消滅の主張は、理由がない。
8 争点(9)(第2事件に係る損害−著作権法114条2項)について
(1) 侵害された部分
 以上をまとめれば、被告書籍のうち侵害された部分は、次のとおりである。
ア 被告「特高警察関係資料集成」の荻野富士夫から譲渡を受けた編集著作権の侵害及び解題に係る著作権侵害、
イ その余の被告書籍の解題又は解説に係る著作権侵害(ただし、被告「百五人事件資料集」については、姜在彦の総説に係る部分は除かれる。)
(2) 被告「特高警察関係資料集成」について
ア 原告高麗書林の販売価格
 証拠(乙6、7)によれば、原告高麗書林は、被告「特高警察関係資料集成」を1セット6万円で販売したことがあるが、特価販売の場合は1セット3万9735円で販売したことが認められる。
 したがって、その平均販売価格を5万円と認める。
イ 原告高麗書林の販売数量
(ア) 被告不二出版は、韓国「特高警察関係資料集成」の日本国内における販売部数は200セットを下回らない旨主張する。しかし、韓国「特高警察関係資料集成」の販売地域は、日本に限らず、韓国を含むものであるから、韓国での製造数がそのまま日本での販売数になるものではないし、正規の出版の場合の製造数と他の書籍を無断複製するだけの出版の場合の製造数が同じであると考えることもできないから、被告不二出版の上記主張は採用することができない。この点は、他の被告書籍についても同様である。
(イ) 前記4(2)カ(ア)、キ(ア)及びサ(ア)のとおり、平成12年以来、原告高麗書林は、韓国「特高警察関係資料集成」の販売広告をしたこと(甲50〜52)、平成17年まで原告高麗書林は韓国書籍の販売広告をしていること(乙6)、並びに平成18年には韓国高麗書林発行の書籍の取扱いをやめ、在庫も廃棄したことからすると、平成12年から平成17年の間、原告高麗書林は韓国「特高警察関係資料集成」を我が国で販売したことが認められるが、それ以外の期間に販売したことの立証はないというべきである。この点は、他の被告書籍についても同様である。
(ウ) 証拠(甲14、24の6、25の4・5)によれば、原告高麗書林は、平成15年〜平成16年の約2年間に、韓国「特高警察関係資料集成」を11セット仕入れ、これを販売したことが認められる。
(エ) そこで、原告高麗書林が平成12年から平成17年の間に販売した数量を33セットと認める。
 11セット÷2年×6年=33セット
ウ 利益率
 前記イ(ウ)に掲記の証拠によれば、韓国「特高警察関係資料集成」の仕入値は、一部は7万5000ウォンであり(弁論の全趣旨によれば、平成15年から平成17年にかけての為替レートは、1円9ウォン台から11ウォン台程度であることが認められる、その多くが1万5000。) ウォン(委託販売)であることが認められるところ、他の経費につき原告高麗書林からの立証はないから、その利益率が50%を下回ることはないものと認められる。
エ 小括
 以上から、損害額を82万5000円と認める。
 5万円×33セット×0.5=82万5000円
(3) 被告「百五人事件資料集」について
ア 原告高麗書林の販売価格
 証拠(乙6、7)によれば、原告高麗書林は、韓国「百五人事件資料集」を1セット8000円で販売したこともあるが、特価販売の場合は1セット5250円で販売したことが認められる。
 したがって、その平均販売価格を6500円と認める。
イ 原告高麗書林の販売数量
(甲20、弁論の全趣旨)によれば、原告高麗書林は、平成15年〜平成16年の約2年間に、韓国「百五人事件資料集」を11セット仕入れ、これを販売したことが認められる。
 そこで、原告高麗書林が平成12年から平成17年の間に販売した数量を33セットと認める。
 11セット÷2年×6年=33セット
ウ 利益率
 前記イに掲記の証拠によれば、韓国「百五人事件資料集」の仕入値は、一部は1万ウォンであり、その多くが2000ウォン(委託販売)であることが認められるところ、他の経費につき原告高麗書林からの立証はないから、その利益率が50%を下回ることはないものと認めれる。
エ 寄与割合
 被告「百五人事件資料集」には、著作物と認められる姜在彦の総説が加えられているから、北博昭の著作物の寄与度を50%とする。
オ 小括
 以上から、損害額を5万3625円と認める。
 6500円×33セット×0.5×0.5=5万3625円
(4) 被告「高等外事月報」について
ア 原告高麗書林の販売価格
 証拠(乙6、7)によれば、原告高麗書林は、韓国「高等外事月報」を1セット4800円で販売したこともあるが、特価販売の場合は1セット3150円で販売したことが認められる。
 したがって、その平均販売価格を4000円と認める。
イ 原告高麗書林の販売数量
 (甲22、弁論の全趣旨)によれば、原告高麗書林は、平成15年〜平成16年の約2年間に、韓国「高等外事月報」を7セットを仕入れ、これを販売したことが認められる。
 そこで、原告高麗書林が平成12年から平成17年の間に販売した数量を21セットと認める。
 7セット÷2年×6年=21セット
ウ 利益率
 前記イに掲記の証拠によれば、韓国「高等外事月報」の仕入値は、一部は6000ウォンであり、その多くが1200ウォン(委託販売)であることが認められるところ、他の経費につき原告高麗書林からの立証はないから、その利益率が50%を下回ることはないものと認められる。
エ 小括
 以上から、損害額を4万2000円と認める。
 4000円×21セット×0.5=4万2000円
(5) 被告「思想彙報、被告「朝」鮮軍概要史」及び被告「朝鮮思想運動概況」について
ア 原告高麗書林の販売価格
 証拠(乙6、7)によれば、原告高麗書林は、韓国「朝鮮思想関係資料集」を1セット2万4000円で販売したこともあるが、特価販売の場合は1セット1万5750円で販売したことが認められる。
 したがって、その平均販売価格を2万円と認める。
イ 原告高麗書林の販売数量
 証拠(甲21、弁論の全趣旨)によれば、原告高麗書林は、平成15年〜平成16年の約2年間に、韓国「朝鮮思想関係資料集」を9セット仕入れ、これを販売したことが認められる。
 そこで、原告高麗書林が平成12年から平成17年の間に販売した数量を27セットと認める。
 9セット÷2年×6年=27セット
ウ 利益率
 前記イに掲記の証拠によれば、韓国「朝鮮思想関係資料集」の仕入値は、3万ウォンのものと6000ウォン(委託販売)のものがあることが認められるところ、他の経費につき原告高麗書林からの立証はないから、その利益率が50%を下回ることはないものと認めれる。
エ 小括
 以上から、損害額を27万円と認める。
 2万円×27セット×0.5=27万円
(6) 弁護士費用
ア 以上を合計すると、損害額は119万0625円となる。
 82万5000円+5万3625円+4万2000円+27万円=119万0625円
イ 弁護士費用は、上記認容額、本件事案の内容、審理経過等にかんがみて、25万円が相当である。
 その合計は、144万0625円である。
 119万0625円+25万円=144万0625円
(7) まとめ
ア 被告Aに関して
 基準算定期間とした平成12年〜平成17年のうち、被告Aが代表取締役を務めていたのは約3.5年であるから、被告Aが、原告高麗書林と共同して不法行為責任を負う額を84万0364円と認める。
 144万0625円÷6年×3.5年=84万0364円
イ 遅延損害金の起算日
 遅延損害金の起算日については、平成15年4月30日までの被告Aと原告高麗書林との連帯支払分84万0364円については、平成15年4月30日とし、その後の期間分60万0261円については、平成17年12月31日とする。
 144万0625円−84万0364円=60万0261円
ウ まとめ
 以上から、原告高麗書林と被告Aは、84万0364円の損害賠償金及びこれに対する平成15年4月30日以降の遅延損害金の連帯支払義務があり、原告高麗書林は、これとは別に、単独で、60万0261円の損害賠償金及びこれに対する平成17年12月31日以降の遅延損害金の支払義務がある。
9 結論
(1) 第1事件
 以上によれば、本件発言及び本件ファックス送信は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図るためにしたものと認められ、その摘示事実の重要な部分は真実であることの証明があったから、本件発言及び本件ファックス送信をもって、不法行為法上違法であると認めることはできない。
 したがって、原告高麗書林の被告らに対する名誉毀損の不法行為に基づく請求は、いずれも理由がないから、棄却する。
(2) 第2事件
 被告A又は原告代表者Cは、被告「特高警察関係資料集成」に係る荻野富士夫の著作権(編集著作権を含む。)並びにその余の被告書籍に係る宮田節子らの各解説及び解題に係る著作権を侵害したものであるから(著作権法113条1項2号)、被告不二出版の原告高麗書林及び被告Aに対する損害賠償請求は、前記8(7)ウに記載の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却する。
(3) 訴訟費用等
 訴訟費用の負担につき、民事訴訟法61条、64条本文、65条1項本文を適用し、仮執行宣言は、相当でないからこれを付さないこととする。
(4) まとめ
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 中村恭
 裁判官 宮崎雅子
line
 
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