判例全文 line
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【事件名】ニンテンドーDSソフトのコピー機(マジコン)事件
【年月日】平成21年2月27日
 東京地裁 平成20年(ワ)第20886号 不正競争行為差止請求事件、平成20年(ワ)第35745号 参加承継申立事件
 (口頭弁論終結日 平成21年1月21日)

判決
 当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり


主文
1 被告らは、別紙物件目録記載の製品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、又は輸入してはならない。
2 被告らは、別紙物件目録記載の製品を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告らの請求
1 主文第1項ないし第3項と同旨
2 主文第1項及び第2項について、仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」等を製造、販売する原告任天堂並びに同ゲーム機用のゲームソフトを格納したゲーム・カード(DSカード)を製造、販売する原告らが、被告らに対し、被告装置(R4 Revolution for DS)の輸入、販売等が不正競争防止法2条1項10号に違反すると主張して、同法3条1項及び2項に基づき、同装置の輸入、販売等の差止め及び在庫品の廃棄を求めた事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告ら
(ア) 原告任天堂は、娯楽用具、運動具、音響機器及び乗り物の製造販売等を業とする株式会社であり、携帯型のゲーム機である製品名「ニンテンドーDS」及び「ニンテンドーDSLite」(以下、併せて「DS本体」という。)並びにDS本体用のゲームソフト(ゲーム機で起動可能なプログラム本体とそのデータ)を格納したゲーム・カード(以下「DSカード」という。)を製造、販売している。
(イ) 原告任天堂以外の原告ら(本判決で単に「原告ら」という場合、原告任天堂及び参加人(15−2)を含み、脱退原告(15−1)を含まない。)は、いずれも、ゲームソフトウェアの制作等を目的とする会社であり、原告任天堂との間でライセンス契約を締結して、DSカードを製造、販売している。
(ウ) 脱退原告(15−1)は、会社分割により設立した参加人(15−2)に対し、平成20年10月1日、それまでに制作したDSカード用のゲーム・プログラムに関する権利義務及び今後のDSカード用ゲーム・プログラムを制作する事業をすべて譲渡した。
 参加人(15−2)は、独立当事者参加して脱退原告(15−1)の本訴における地位を承継し、脱退原告(15−1)は、被告らの承諾を得て、本訴から脱退した。
イ 被告ら
(ア) 被告嘉年華は、ソフトウェアの企画、設計、開発、販売、保守等を業とする株式会社である。
(イ) 被告夏黎は、パソコン及びその周辺機器、関連商品の輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
(ウ) 被告カミヨコは、オートバイ、自転車、鞄、家具、事務用家具、事務用品、日用雑貨等の輸入及び販売等を業とする株式会社である。
(エ) 被告クリエイティメイトは、各種物品の輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
(オ) 被告DIGITALNAVIGATORは、パソコン及びその周辺機器の中古品の売買等を業とする株式会社である。
(以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)
(2) 被告らの行為
ア 被告らは、別紙物件目録記載の製品(以下「被告装置」という。)を輸入し、国内において販売していた。
イ 原告ら(ただし、参加人(15−2)については、脱退原告(15−1))は、平成20年6月26日付けの内容証明郵便で、被告らに対し、被告装置の輸入、販売行為が不正競争防止法2条1項10号に違反するとして、被告装置の輸入、販売を中止するよう求めた。
ウ 現在、被告らは、被告装置の輸入、販売を中止している。
(以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)
(3) 原告仕組み
ア DS本体は、DSカードを挿入するスロットを有し、DSカードを挿入すると、DSカードに記録されている特定信号1ないし4(以下「本件特定信号1〜4」という。)を受信した場合のみ、それぞれの信号ごとに特定の反応をして、DSカードのプログラムを実行する。
イ DS本体とDSカードとの動作の詳細は、別紙「本件特定信号1〜4の機能等」の第1に記載のとおりである。
ウ(ア) DSカードのゲームソフトを複製しても、DSカードに記録されている本件特定信号1〜4が単に複製されるだけで、上記別紙「本件特定信号1〜4の機能等」の第1の機能を再現できないから、そのプログラムの複製物(以下「本件吸い出しプログラム」という。)を上記イのように動作するDS本体において使用することができない。
(イ) このように、DS本体とDSカードは、組となって、本件特定信号1〜4を使用してプログラムの実行を制限し(以下、この仕組みを「原告仕組み」という。)、後記3(1)(原告らの主張)ア(ア)の検知→可能方式により、本件吸い出しプログラムの実行を制限している。
エ また、原告任天堂とライセンス契約を締結していない自主制作のゲームソフト並びに音楽及び動画等のソフト(以下「自主制作ソフト等」という。)も、当初から本件特定信号1〜4が記録されていないため、DS本体において使用することができない。
(以上、甲1、弁論の全趣旨)
オ 被告DIGITALNAVIGATORは、本件特定信号2は「データ」であって、「信号」ではない旨主張するが、前記イのとおり、本件特定信号2は、一定の情報をDSカードからDS本体に伝達し、DS本体側において一定の処理を起こさせるものであるから、「信号」に該当するものであり、同被告の上記主張は理由がない。
(4) 被告装置
ア 被告装置は、「マジコン」(マジックコンピュータの略称)と呼ばれて販売されている機器の1つである。
 本件吸い出しプログラムや自主制作ソフト等をmicroSDカードに格納し、microSDカードを挿入した被告装置をDS本体のスロットに挿入すると、DS本体は、これらのプログラム等を実行する。
(争いのない事実)
イ 被告装置による動作の詳細は、別紙「本件特定信号1〜4の機能等」の第2に記載のとおりである。
(甲1、弁論の全趣旨)
ウ したがって、原告仕組みが不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」に該当すれば、被告装置は、営業上用いられている技術的制限手段により制限されているプログラムの実行を当該技術的手段の効果を妨げることにより可能とする機能を有する装置である。
2 争点
(1) 争点1 原告仕組みは、不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」に該当するか。
(2) 争点2 被告装置は、不正競争防止法2条1項10号の技術的制限手段を無効化する機能「のみ」を有するといえるか。
(3) 争点3 営業上の利益の侵害
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(技術的制限手段)について
(原告らの主張)
ア 不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」の意義
(ア) まとめ
 不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」とは、電磁的方法によりプログラム等の実行を制限する手段であって、視聴等機器が特定の反応をする信号をプログラム等とともに記録媒体に記録する方式によるものをいい、その信号を検知した場合にプログラム等の実行を制限する方式(以下「検知→制限方式」という。)のものも、その信号を検知した場合にプログラム等の実行を可能とする方式(以下「検知→可能方式」)のものも含む。
(イ) 立法経緯
a 立法趣旨
 不正競争防止法2条1項10号は、デジタル・コンテンツの法的保護を図るために、技術的制限手段の効果を妨げることによりプログラムの実行等を可能とする機能のみを有する装置の販売等を不正競争行為として規制している。
b 改正解説
(a) 文化庁長官官房著作権課内著作権法令研究会・通商産業省知的財産政策室編「著作権法不正競争防止法改正解説(デジタル・コンテンツの法的保護)」(甲28、乙17。平成11年12月25日発行。以下「改正解説」という。)には、平成11年法改正当時の「技術的制限手段」として、以下の記載がある。
「@音楽、映像等を視聴(プログラムについては、実行)又は記録を一律に禁止するために、その音楽、映像等とともに記録媒体に記録された信号に視聴又は記録に用いられる機器が反応する方式。
 具体的には、
 ○音楽、映像等が記録部分に伝送されることを止める(SCMS、CGMS)
 ○真正なデータを伝送せず、雑音を入れる(不完全な複製を作る;マクロビジョン)
 ○無許諾記録物が視聴のための機器にセットされても、機器が動かない(ゲーム)
 …
 したがって、今回の改正においては、上記…使用態様に即して、技術的制限手段が規定されている。」(247〜248頁)。
(b) 上記記載中の「無許諾記録物が視聴のための機器にセットされても、機器が動かない(ゲーム)」とは、検知→可能方式を意味している。
c MODチップ
(a) 平成11年改正法の立法当時、コンテンツ保護を図る技術的手段を破る機器の1つとして、「MODチップ」があった。
(甲37)
(b)@ MODチップが無効化する技術的手段は、家庭用のゲーム機のゲーム・プログラムを格納するコンパクトディスクに、パソコンでは複製できない特殊な信号を付して、ゲーム機がこの特殊な信号を探知してゲーム・プログラムを実行するというものであった。
 その結果、パソコン等でゲーム・ソフトを複製しても、複製されたコンパクト・ディスクには、特殊な信号がないため、ゲーム機で実行することができなかった。
A この技術的手段は、上記b(a)の改正解説で「技術的制限手段」の具体例の1つとして挙げられている「無許諾記録物が視聴のために機器にセットされても、機器が動かない(ゲーム)」という技術的制限手段、すなわち検知→可能方式の1つである。
(c)@ MODチップを使用すると、特殊な信号を欠くため本来ゲーム機で実行できないはずのパソコン等で複製したゲームソフトだけでなく、自主制作ソフト等もゲーム機で実行することが可能になった。
A 上記の自主制作ソフト等の実行も可能にする点は、同立法の際、広く認識されていた。
イ 該当性
(ア) したがって、原告仕組みは、検知→可能方式のものであるが、不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」に該当する。
(イ) 後記被告らの主張イ(イ)は否認する。
 DSカードのプログラムの実行をするのはDS本体であるから、プログラムの実行を制限するというのは、すなわちDS本体がプログラムを実行しないようにするということである。
(ウ) 同イ(ウ)は否認する。
 原告仕組みは、本件吸い出しプログラムを排除することにより、多大な投資の下に開発されDSカードに記録されたゲームソフト(コンテンツ)を保護するものであるから、デジタル・コンテンツの法的保護を図るという不正競争防止法2条1項10号の立法趣旨に沿うものである。
(被告らの主張)
ア 不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」の意義
(ア) まとめ
 原告らの主張ア(アは否認する。
 不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」は、検知→制限方式のものに限られ、自主制作ソフト等の実行も制限する結果となる検知→可能方式のものを含まない。
(イ) 立法経緯
a 立法趣旨
 同(イ)aは認める。
b 改正解説
 同(イ)bのうち、(a)は認め、(b)は否認する。
 改正解説に、同立法当時に「技術的制限手段」として例示された「無許諾記録物が視聴のための機器にセットされても、機器が動かない(ゲーム)」の「無許諾記録物」とは、コンテンツの提供者(ゲームソフトのメーカー)から複製等の許諾を受けていないものを意味する。自主制作ソフト等は、DS本体のメーカーである原告任天堂の許諾を受けていないことを意味するにすぎず、「無許諾記録物」に該当しない。
c MODチップ
 同(イ)cのうち、(a)及び(b)@は認め、(b)Aは否認し、(c)@は明らかに争わず、(c)Aは否認する。
 同立法当時、MODチップが問題視されていたとしても、MODチップを不正競争防止法の規制の対象に含めることは、審議過程で議題に上っておらず、改正解説にも、そのことの説明は記載されていない。
 したがって、原告らの主張は、平成11年改正法はMODチップの販売等も規制の対象に含めたという前提において誤っている。
イ 該当性
(ア) 同イ(ア)は否認する。
(イ) 原告仕組みは、視聴等機器であるDS本体の仕様であって、コンテンツに施された「技術的制限手段」には当たらない。
(ウ) 原告らに自主制作ソフト等を排除する権限を付与することは、原告らに競争上不正な利益を得せしめることなり、不正競争防止法の立法趣旨であるコンテンツの公正な競争を害することになる。
(2) 争点2(「のみ」要件)について
(原告らの主張)
ア 平成11年改正法の解釈
(ア) 前記(1)(原告らの主張)ア(イ)b(改正解説)に記載のとおり、不正競争防止法2条7項は、本件吸い出しプログラムだけでなく、自主制作ソフト等も「無許諾記録物」に含め、自主制作ソフト等が視聴等機器にセットされた場合にも機器が動かないという態様の制限手段をその規制対象に含めている。
(イ) 仮に、自主制作ソフト等が「無許諾記録物」に該当しないとしても、前記(1)(原告らの主張)ア(イb(改正解説)及びc(MODチップ)に記載のとおり、不正競争防止法2条7項は、MODチップが、違法複製物を排除するために施された技術的制限手段の効果を妨げることの当然の結果として、自主制作ソフト等の実行も可能にすることを認識しながら、自主制作ソフト等が視聴等機器にセットされた場合にも機器が動かなくなる制限手段もその規制対象に含めている。
イ 被告装置の使用実態
(ア)a (イ)以下のとおり、被告装置の大部分は、大部分の場合に、インターネット上のサイトにアップロードされている本件吸い出しプログラムをダウンロードしてDS本体で実行するために使用されている。
b よって、被告装置の使用実態を併せ考慮しても、被告装置が技術的制限手段の効果を妨げることにより、技術的制限手段により制限されているプログラムの実行を可能とする機能しか有していないことは、明らかである。
(イ)a インターネット上のサイトには多くのDSカードのプログラムの違法複製物がアップロードされており、ダウンロード数は多数回に及んでいる。
b これに比して、インターネット上のサイトにアップロードされている自主制作ソフトのタイトル数はわずかであり、ダウンロード数もわずかである。
(以上、甲1〜21、29、30、32、34、35、乙4、5、10〜13、丙12〜17、20)
c しかも、自主制作ソフトの中には、実質的にはDSカードのゲームソフトの違法複製物と同じものが含まれている。
d(a) 被告装置のファームウェア(ハードウェアの基本的な制御を行うために機器に組み込まれたソフトウェア)のバージョンアップが頻繁に行われ、最新のファームウェアが被告装置の公式サイトでダウンロードが可能になっている。
(b) これは、新たに発売されたDSカードに格納された新作ゲームソフトの違法複製物の実行を可能にするためである(甲33)。
ウ 結論
 したがって、被告装置は、本件吸い出しプログラムだけでなく自主制作ソフト等の使用を可能にする機能を有する点を考慮しても、不正競争防止法2条1項10号の技術的制限手段を妨げる機能「のみ」を有する装置に該当する。
(被告らの主張)
ア 平成11年改正法の解釈
(ア) 原告らの主張ア(ア)は争う。
 前記(1)(被告らの主張)イ(ウ)のとおり、少なくとも、自主制作ソフト等を排除する機能は、不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」に該当しない。
(イ) 同ア(イ)は争う。
 前記(1)(被告らの主張)ア(ア)のとおり、不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」は、検知→制限方式のものに限られ、自主制作ソフト等の実行も制限する結果となる検知→可能方式のものを含まない。
 前記(1)(被告らの主張)ア(イ)cのとおり、平成11年改正法は、MODチップの販売等の規制を見合わせたものである。
 自主制作ソフト等の実行を可能とする装置を規制することは、「成長の著しいコンテンツ提供事業における不正な取引を防止するための必要最小限の規制を導入するという観点に立って」(改正解説202頁)制定された不正競争防止法2条1項10号の趣旨に明らかに反する。
イ 被告装置の使用実態
(ア) 同イ(ア)は否認する。
 被告装置は、正規のDSカードのバックアップ及び携帯の便宜のための複製並びに自主制作ソフト等の実行のためにも使用されている。
(イ) 同イ(イ)は否認する。
 自主制作ソフト等の数は無限にあることからすると、被告装置の主たる目的は、自主制作ソフト等の使用である。
 被告装置のファームウェアのバージョンアップは、DSカードを正規に購入したユーザーがバックアップ等のために使用することもあり、原告らが指摘する被告装置の公式サイト(甲33)を見ても、新作ゲームソフトの吸い出しプログラムを被告装置で実行可能にするためのものであるとは認められない。
ウ 結論
 同ウは否認する。
 被告装置は、本件吸い出しプログラムの実行を可能にする機能だけでなく、自主制作ソフト等の実行を可能にするという経済的・商業的な機能を有しているから、「のみ」要件を満たさない。
(3) 争点3(営業上の利益の侵害)について
(原告らの主張)
ア 営業上の利益の侵害
(ア) 本件吸い出しプログラムは、多数のインターネット上のサイトにアップロードされ、累計1億回以上ダウンロードされており、原告らの被った逸失利益は、天文学的数字に上っている。
(イ) 被告装置により、原告らは、DSカードの製造販売業者として、本来販売できたはずのDSカードが販売できなくなり、現実に営業上の利益を侵害されている。
(ウ) 原告任天堂は、DS本体の製造販売業者としても、原告仕組みの効果が妨げられてその対策を講じることを余儀なくされ、現実に営業上の利益を侵害されている。
イ 差止めの必要性
(ア) 被告らは、現在、被告装置の輸入、販売を中止しているが(前提事実(2)ウ)、本訴において、被告装置の輸入、販売が不正競争防止法2条1項10号に違反することを争っており、本訴の提起により、一時的にその輸入、販売を停止しているにすぎない。
(イ) よって、原告らの営業上の利益の侵害を停止又は予防するために、被告装置の輸入、販売等を差し止める必要がある。
ウ 廃棄の必要性
 被告装置の輸入、販売等の侵害行為の停止に必要な行為として、侵害組成物件である被告らが在庫として所持する被告装置の廃棄が認められるべきである。
(被告らの主張)
ア 営業上の損害
 原告らの主張アは否認する。
イ 差止めの必要性
 同イのうち、(ア)は認め、(イ)は否認する。
ウ 廃棄の必要性
 同ウは否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(技術的制限手段)について
(1) 平成11年改正法の立法趣旨
 証拠(甲28、37〜41、乙17、18)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 平成11年改正法
(ア) 不正競争防止法2条1項10号、11号、7項(改正時5項)、8項(改正時6項)及び19条1項7号(改正時11条1項7号)は、不正競争防止法の一部を改正する法律(平成11年法律第33号。平成11年4月23日公布。同年10月1日施行。)により新たに設けられた規定である(以下、この法律を「平成11年改正法」といい、この改正を「平成11年改正」という。)。
(イ) 平成11年改正に先立ち、平成9年10月、産業構造審議会に、知的財産政策部会と情報産業部会の合同会議(以下「合同会議」という。)が設置され、平成11年2月、審議経過をまとめた合同会議報告書(乙18)を発表した。
 財団法人知的財産研究所は、「デジタルコンテンツの法的保護のあり方に関する調査研究委員会」を設置し、平成11年3月、その調査研究をまとめた「デジタルコンテンツの法的保護のあり方に関する調査研究報告書」を発行した。
(ウ) そして、平成11年12月、立法担当者による「改正解説」(甲28、乙17)が発行されている。
イ 平成11年改正の背景
(ア) 情報関連技術の著しい進展とコンテンツ提供事業の発展
 情報処理技術、ネットワーク関連技術、情報圧縮技術等の情報関連技術の著しい進展に伴い、特に、DVDの商品化やインターネットに代表されるデジタルネットワークが普及して、家庭内において音楽、影像、ゲーム等を楽しむ情報処理環境が整いつつある状況となり、高速度で大容量のデジタル・データを従来より安価に提供することが可能となってきたことから、アナログ・デジタルを問わず多様なメディアを通じてコンテンツを提供する事業(以下「コンテンツ提供事業」という。)が急速に発展するようになった。なお、「コンテンツ」とは、合同会議報告書において、「従来、音、影像、プログラム等取引の対象となる情報を示す語として、書籍、ビデオ、CDといった情報が体化した商品の名称を用いる場合が多かったが、本合同会議においては、情報が電子化され、オンライン、オフラインを問わず、また磁気テープ、デジタルディスク等の媒体を問わずに流通してきている現状に鑑み、媒体と独立して真に取引の対象となっている情報を示す言葉として『デジタルコンテンツ』という文言を用いてきた。しかしながら、『デジタル』という言葉が、かえってデジタル形式の情報のみを特定しているとの誤解があるため、それを避けるため、この報告書においては単に『コンテンツ』と呼称することとする。」と定義されている(「合同会議報告書」乙18の1頁、「改正解説」乙17の190頁)。
 コンテンツ提供事業においては、音楽、映像等を多数のユーザーに提供できるように加工する者、音楽、映像等を視聴するための機器・ソフトを製造する者等の様々な事業者が連携している(コンテンツ提供事業に関与するこれらの事業者をまとめて、以下、「コンテンツ提供事業者」という。)。
(イ) コンテンツの管理技術と無効化
 コンテンツの提供に当たっては、@その管理外でコピーが大量に売買・頒布されるようなことがないこと(無断複製の防止)、Aその提供するコンテンツの視聴、使用に対する対価徴収が確保されること(対価徴収の確保)が必要不可欠である。
 デジタルコンテンツは、複製が非常に容易であり、かつ、複製に伴う劣化がほとんどの場合生じないという特性を有していることや、デジタルコンテンツへのアクセスが非常に容易であることから、コンテンツ提供事業者は、多額の投資をして、コンテンツの無断複製を防止し、対価徴収を確保するため、コンテンツにコピー管理技術やアクセス管理技術を施すようになった。
 これに対し、これらの管理技術の特徴に応じた無効化機能を有する機器やプログラム(以下、併せて「無効化機器等」という。)を用いて管理技術を無効化する行為や、これらの無効化機器等を提供する行為が行われるようになった。コンテンツ提供事業者が既存の無効化機器等に耐え得る管理技術を開発しても、程なくこの新しい管理技術に対する無効化機器等が発生するという「イタチごっこ」の状況になっていた。
 無効化機器等の提供を放置すれば、コンテンツの取引契約の実効性が著しく損なわれ、コンテンツ市場における公正な取引を阻害することになるため、無効化機器等を提供する行為により営業上の利益を侵害される者又は侵害されるおそれのある者に法的な救済を与える必要があった。
(ウ) 国際的な動き
 同立法当時の国際的な動向は、以下のとおりである。
a  WIPO
 平成8年12月に採択されたWIPO著作権条約(WIPO Copyright Treaty[WCT])11条及びWIPO実演家・レコード条約(WIPO Performances and Phonograms Treaty[WPPT])18条は「技術的手段、 の迂回に関する義務」として、各国は、著作権者(実演家又はレコード製作者)が利用する有効な技術的手段であって、その著作物に関して、著作者の許諾若しくは法により認められていない行為を制限するために用いられるものに対して適切な法的保護及び効果的な法的救済措置を講じなければならないと規定している。
b 米国
 平成10年に成立した「デジタルミレニアム著作権法[Digital Millennium Copyright Act of 1998]」は、著作権者の権利を保護するための技術的措置(技術的保護手段、技術的制限手段)を迂回する機器の提供行為等を規制すると同時に、著作物へのアクセスを効果的に管理する技術的手段の回避行為等を規制している。
c 欧州
 平成10年11月にEUの閣僚理事会において採択された「条件付アクセスに基づく又は準拠するサービスの保護に関する指令[Conditional Access指令]」は、課金確保のために施されたアクセス管理技術の迂回機器の提供行為を禁止することを主たる内容としている。
(以上、甲28、37〜41、乙17、18、弁論の全趣旨)
ウ 規制の在り方
(ア) 合同会議での検討
 上記イの背景事情を踏まえ、合同会議は、@新たなコンテンツ市場を育成する、A新たなコンテンツ市場の育成、コンテンツ提供事業者の利益、利用者の利便性、情報技術の進展等についてバランスのとれた競争秩序を形成する、特に、取引コストの低減と取引形態の多様性の確保と技術開発への悪影響を最小限とするよう配慮する、Bコンテンツ流通分野において、コンテンツ流通手法の多様化と低コスト化を実現し、電子商取引を普及させ、我が国における情報化の進展を一層促進させる、C制度の国際的な調和に配慮するという視点から、法規制の在り方について検討した。
(イ) 合同会議報告書
 合同会議報告書(乙18)には、法規制の在り方について、次の記載がある。
 「2.対応に当たっての基本的考え方
 (1)無効化機器等販売の問題
  近時コンテンツに施されるコピー管理技術やアクセス管理技術を無効化する機器やプログラムが販売されるという事態が発生している。このような事態を看過すれば、コンテンツ提供の際の取引秩序が損なわれ、事業の存立基盤が失われかねない。
 (2)技術開発の『鼬ごっこ』
  このような事態に対処するため、コンテンツ提供業者等は、コピー管理技術やアクセス管理技術の高度化に努めている。しかし、いったん既存の無効化機器等に耐える新しい管理技術が開発されても、程なくこの新しい技術の無効化機器等が発生する、いわゆる『鼬ごっこ』が生じている。
  こうした『鼬ごっこ』は、管理技術の対象となり得るコンテンツの需要が大きければ大きいほど激しくなる(無効化機器の頒布時期が早まったり、頒布量が増えたりする)傾向にあり、コンテンツ提供業者がビジネスを安心して展開することを困難にしている。
  従って、『鼬ごっこ』については、これを放置することなく抑制するための法的ルールが必要であると考えられる。
 (3)技術開発への悪影響
  しかし一方で、こうした規制が強すぎる場合には、管理技術の開発努力の減退という悪影響が生ずるとの懸念もある。例えば、仮にパーソナルコンピュータ等汎用機の販売や管理技術の強度テスト機器の提供が規制されることになれば、コンテンツ提供業の基盤を守るための規制が、逆に、コンテンツを楽しむ家庭内の情報処理機器等の普及や、管理技術の技術進歩を阻害してしまうおそれが強い。
 (4)契約の補完としての役割
  コンテンツの視聴・使用に対する対価徴収の確保や無断コピーの防止は、本来は有体媒体の売買若しくはネットワークからのダウンロード等のコンテンツの取引が行われる際の契約によって規律されるべき問題である。
  しかし『裸』の状態では容易にコピ、 ーやアクセスがなされてしまうコンテンツの取引においては、コピー管理又はアクセス管理のための措置を施すことでようやく契約条項の実施が確保される場合が多い。このため管理技術を無効化する機器等が広く供給されることを放置すれば、コンテンツの取引契約の実効性は著しく損なわれることになる。
  こうした事態は、コンテンツ市場における公正な取引を阻害するものと認識できる。
 (5)結論
  以上の論点を踏まえ、コピー管理技術及びアクセス管理技術を巡る法規制の在り方については、次のように対応する必要がある。
 ○ 将来の成長産業として有望なコンテンツ提供業の発展のために、コピー管理技術及びアクセス管理技術の無効化機器やプログラムの蔓延を抑制するための法的ルールを設ける。
 ○ このため、こうした管理技術の無効化機能を有する機器等の提供を不正競争防止法上の『不正競争行為』として規定する。
 ○ 規制の導入に当たっては、コンテンツ取引の契約の実効性を補完するとの目的を踏まえ、管理技術の開発に悪影響を与えず、また、コンテンツ流通の提供形態の多様性を確保するため、必要最小限の規制内容にとどめるよう配慮する。」(4頁)
(ウ) 改正解説
 改正解説(乙17)には、合同会議における審議等、立法段階で留意した点について、次の記載がある。
 「5 無効化機器等の提供の規制について
 …
 (4) 結論
  今回の検討の趣旨に立ち返れば、成長の著しいコンテンツ提供事業における不正な取引を防止するための必要最小限の規制を導入するという観点に立って進めており、その意味では、規制の対象となり得る行為(無効化機器等の提供、無効化行為そのもの、無効化サービスの提供)のうち、現在実態が存在する無効化機器等の提供の規制だけにまずはとどめ、規制すべき実態が出てきたところで無効化サービスについて規制を検討すべきとされた。」(202頁)
 「1 不正競争防止法による対応の在り方
  (1) 将来の成長産業として有望なデジタルコンテンツ提供業の発展のために、コピー管理技術及びアクセス管理技術の無効化機器やプログラムの蔓延を抑制するための法的ルールを設ける。
  (2) 情報・コンテンツに対する対価徴収の確保の実現あるいはコンテンツ提供者の管理外でコピーが大量に売買されない状態の実現の問題は、本来は物の売買(有体媒体で提供される場合)若しくは役務の売買(ネットワークからダウンロードする場合)が行われる際の契約によって規律されるべき問題である。
  (3) しかし、コンテンツ提供業においては、コピー管理又はアクセス管理のための措置を施すことによって、正当に契約を結んでいる個々の情報・コンテンツの利用者における契約条項の実施の確保が図られている場合も多く、管理技術を無効化する機器等が社会に広く存在する状態を許容すれば、情報やコンテンツの取引の際に結ばれることとなる契約の実効性が著しく損なわれる。この点について何らかのコンテンツ提供業を行う者に対して実効的な法的保護が図られることが、現在揺籃期にあるコンテンツ提供業の存立基盤を確固としたものとする上で必要があるため、こうした技術の無効化をその機能とする機器等の提供を不正競争防止法上の『不正競争行為』として規定する。
  (4) 一方、管理技術を無効化するような機器やプログラムを用いて契約を結ばずに、コンテンツを取得する行為については、民法上の不法行為が成立する場合があると考えられ、したがって民法の特別法たる不正競争防止法で規整する余地は存在する。しかしながら、@情報の円滑な流通に対する十分な配慮、A規制の実効性が乏しいことから、無効化行為によるコンテンツの取得については、不正競争防止法による規制の対象としないことが適当である。
  (5) 今回導入しようとしている機器等に対する法的ルールの整理は、あくまで情報・コンテンツの取引に係る契約の実効性を補完するために必要最小限度のものとし、契約内容=情報・コンテンツの取引の様態や管理技術の開発に過度の影響を及ぼすものであってはならない。」(213〜214頁)
(2) 平成11年改正著作権法との比較
ア(ア) コンテンツの保護のため、平成11年、著作権法も一部改正されている。
 平成11年改正著作権法(平成11年法律第77号)は、著作者等の権利を保護し文化の発展に寄与することを目的として(同法1条)、著作権等を侵害する行為の防止又は抑止のための技術的保護手段の回避行為について、@技術的保護手段の回避を知りながら行う私的複製行為を著作権の私的利用の例外から除外する(著作権法30条1項2号)とともに、A技術的保護手段回避罪として技術的保護手段の回避を行うことを専らその機能とする装置、プログラムの複製物の譲渡に刑事罰を導入しているが(同法120条の2第1号、2号)、差止請求権は認められていない。
(イ) 著作権法が規制する「技術的保護手段」は、「電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によって認識することができない方法…により、…著作者人格権若しくは著作権又は…実演家人格権若しくは…著作隣接権(以下この号において「著作権等」という。)を侵害する行為の防止又は抑止…をする手段(著作権等を有する者の意思に基づくことなく用いられているものを除く。)であって、著作物、実演、レコード、放送又は有線放送…の利用…に際しこれに用いられる機器が特定の反応をする信号を著作物、実演、レコード又は放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像とともに記録媒体に記録し、又は送信する方式によるものをいう。」(同法2条1項20号)と定義されていて、対象となる手段は、著作権等を侵害する行為に対する手段(コピー管理技術)に限定されており、著作物等の視聴を制限する手段(アクセス管理技術)は技術的制限手段に含まれていない。
(ウ) また、著作権等を有する者の意思に基づくことなく用いられているものは、技術的制限手段に含まれない。
イ(ア) これに対し、平成11年改正法(不正競争防止法)は、個々の技術的制限手段を回避する行為やサービスの提供は規制の対象となっておらず、技術的制限手段を回避するための専用機器等を販売等する行為のみを不正競争行為として規制し、差止請求、損害賠償請求を認めているが、刑事罰の対象にはしていない。
(イ) 平成11年改正法は、コンテンツ提供事業者間の公正な競争を確保することを目的としており(同法1条参照)、同法が対象とする「技術的制限手段」は、著作権等を侵害する行為に限定されておらず、無断複製を制限する手段(コピー管理技術)だけでなく、無断視聴等を制限する手段(アクセス管理技術)も含んでいる。
(ウ) また、「技術的制限手段」は、営業上用いられていることを要するが、著作権者等特定の者の意思に基づいて設けられたものであることを要しない。
(3) 平成11年改正当時の技術的制限手段
 証拠(甲28、37〜43、乙17、18)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 立法経緯
(ア) 合同会議報告書
 合同会議報告書(乙18)には、平成11年改正法が対象とする管理技術について、以下の記載がある(改正解説(乙17)の215頁以下にも、合同会議等での審議結果として、同じ記載がある。)。
 「(3)管理技術について
  (i) 現存するあるいは近未来に登場すると見込まれる管理技術は、技術的な仕様の面から分類すると、
  (a)コンテンツに信号又は指令を付し、当該信号又は指令に機器を一定のルールで対応させる形態
  (b)コンテンツ自体を暗号化する形態
  のいずれかに類別されるため、立法に当たっては両者を包含する文言とする必要がある。」(乙18の5頁)
(イ) 改正解説
 改正解説(乙17)には、平成11年改正法が対象とした技術的制限手段について、以下の記載がある。
 「1 技術的制限手段の整理
  A.音楽、映像等の視聴又は記録を制限する手段としては、一定の対価を支払う者に限りその視聴を物理的に可能とする方法(例:映画館での入場料徴収)も考えられるが、現状においては電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚により認識し得ない方法)が用いられるのが通常である。
  B.音楽、映像等を提供する事業者が電磁的方法を用いて施している技術的制限手段については、日夜高度かつ多様な技術開発が進められているところであるが、現在及び近未来において商用化可能な技術の基本的な仕組みについて、その手段の使用の仕方の面から整理すると、概ね以下の2通りに整理することが可能である。
  @音楽、映像等を視聴(プログラムについては、実行)又は記録を一律に禁止するために、その音楽、映像等とともに記録媒体に記録された信号に視聴又は記録に用いらる機器が反応する方式。
   具体的には、
  ○音楽、映像等が記録部分に伝送されることを止める(SCMS、CGMS)
  ○真正なデータを伝送せず、雑音を入れる(不完全な複製を作る;マクロビジョン)
  ○無許諾記録物が視聴のための機器にセットされても、機器が動かない(ゲーム)
   などがあげられる。
  A特定の者に限り、音楽、映像等の視聴又は記録を可能とするために、その音楽、映像等を一定のルールで変換する方式、又はその音楽、映像等とともに記録媒体に記録された信号に視聴又は記録に用いられる機器が反応する方式。
   具体的には、有料衛星放送のスクランブルなどが挙げられる。
  C.したがって、今回の改正においては、上記2通りの使用態様に即して、技術的制限手段が規定されている。」(247〜248頁)
イ 平成11年改正当時の無効化機器
(ア) 合同会議報告書
 合同会議報告書(乙18)には、平成11年改正当時に問題とされた無効化機器として、以下の具体例が挙げられている。
 「例えば、家庭用ゲームソフトウェアでは、正当に購入されたゲームソフトが一般のCD−Rに複製された場合、その複製物をゲーム機に装着しても使用できないように仕組まれているが、このような仕組みを働かなくするチップが広く販売されている。また、コンテンツが暗号化されている複数の有料衛星放送においても、正当な対価を支払わずに視聴を可能にする復号化装置がインターネット上で販売されている。」(2頁9〜13行目)
(イ) 国会における審議
 平成11年3月12日に開催された第145回国会衆議院商工委員会において、本件法改正当時の無効化機器について、以下の質疑応答がされている(甲37)。
 「○奥谷委員…不正競争防止法の一部を改正する法律案につきまして、数点質問をさせていただきたいと思います。
  …今回の不正競争防止法改正の背景となっている不正な装置やプログラムの提供の実態について、具体的な事例で御説明をいただきたいと思います。
  ○広瀬(勝)政府委員お答え申し上げます。
  具体的な例を挙げてみろということでございました。三つばかり例を挙げさせていただきたいと思います。
  一つは、家庭用のゲーム機でございます。これは、ゲームのソフトをコンパクトディスクの形で販売しておるわけでございますけれども、このコンパクトディスク自体はパソコンなどで複製をつくることが可能なわけでございます。ただ、ゲームメーカーの方では、販売をする正規の製品につきまして、パソコンで複製することのできない特殊な信号をつけておるわけです。ゲーム機は、これを探知しましてゲーム機が動くというようなことになっておるわけでございます。
  他方、こういう信号を検知するゲーム機の機能というのを妨害するようなチップが、雑誌等の広告あるいはインターネットなどで売られておりまして、そうなりますと、コピーされたコンパクトディスクによりましてゲームを勝手にやることができるというようなことになるわけでございます。
  …
  したがいまして、ただいまこういう三つの事例を挙げさせていただきましたけれども、これを今度、不正競争防止法によりまして、不正競争ということに位置づけまして、差しとめ請求なり損害賠償なりができるようにさせていただく、そういうことによりましてデジタルコンテンツ提供業の健全な発展を図ろうということでございます。
  …ゲームソフトをただで見られるような、無断でやれるような装置、これをMODチップと言っておりますけれども、これは年間六十万個程度売られているのではないかというふうな推計をしております。」
(ウ) 改正解説
 改正解説(乙17)には、本件法改正当時の技術的制限手段の具体例として、「映像系商品」について、「CGMS」(コピー・ジェネレーション・マネージメント・システム)、「CSS」(コンテント・スクランブリング・システム)、「オーディオ系商品」について「SCMS」(シリアル・コピー・マネージメント・システム)などのコピープロテクトが挙げられ、それぞれの無効化機器が販売されていることが記載されている(194〜195頁)。さらに、「ゲーム系商品」について、以下の例が挙げられている。
 「(1) ゲームマシンは、日本の3社、ソニー・コンピュータエンタテイメント(SCE)、セガ・エンタープライゼズ、任天堂が世界市場で大きなシェアを占めているが、任天堂は独自形状のROMカートリッジ、ソニーとセガはCD−ROMをメディアに採用している。
  (2) この世界では、@違法コピーした海賊版ソフトの販売、Aソフトをコピーするためのコピーマシンの販売、Bソフトに組み込まれているコピープロテクトを回避するためのコピープロテクト解除部品の販売、Cコピープロテクト解除部品を組み込んだ改造ゲームマシンの販売などが行われているが、特に日本では、Bのコピープロテクトを解除するSS−KEY(セガ用)、MODチップ(ソニー用)といった部品の販売が急増している。…」(196頁)
(エ) MODチップ
 平成11年改正当時に具体例として挙げられているMODチップとは、ソニー製の家庭用ゲーム機であるプレイステーション等に対応する無効化機器である。
 当時、プレイステーション等に対応するゲームソフトは、パソコンでは複製できない特殊な信号を付して、コンパクトディスクに格納されていた。そして、ゲーム機は、この特殊な信号を探知してゲームのプログラムを実行するという技術的手段を用いていた。その結果、パソコン等でゲームソフトを複製しても、複製されたコンパクトディスクは特殊な信号を欠いているため、ゲーム機で実行することができなかった。
 MODチップをゲーム機に装着することにより、この特殊な信号を欠くためにゲーム機で実行できないはずのパソコン等で複製したプレイステーション等用のゲームソフトだけでなく、自主制作ソフト等も、プレイステーション等で実行することができた。
 そして、MODチップにより自主制作ソフト等も実行することができることは、広く認識されていた。
(甲37、42、43、弁論の全趣旨)
(4) まとめ
 上記(1)〜(3)によれば、不正競争防止法2条1項10号は、我が国におけるコンテンツ提供事業の存立基盤を確保し、視聴等機器の製造者やソフトの製造者を含むコンテンツ提供事業者間の公正な競争秩序を確保するために、必要最小限の規制を導入するという観点に立って、立法当時実態が存在する、コンテンツ提供事業者がコンテンツの保護のためにコンテンツに施した無断複製や無断視聴等を防止するための技術的制限手段を無効化する装置を販売等する行為を不正競争行為として規制するものであると認められる。
 そして、上記(3)のとおり、不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」は、「(a)コンテンツに信号又は指令を付し、当該信号又は指令に機器を一定のルールで対応させる形態」と「(b)コンテンツ自体を暗号化する形態」の2つの形態を包含し、前者の例として「無許諾記録、 物が視聴のための機器にセットされても、機器が動かない(ゲーム)」が挙げられているが、この例は、本判決の分類では、検知→可能方式である。そして、同立法当時、規制の対象となる無効化機器の具体例としてMODチップが挙げられているが、このMODチップは、本判決の分類にいう検知→可能方式のものを無効化するものであり、当初から特殊な信号を有しない自主制作ソフト等の使用も可能とするものであった。
 以上の不正競争防止法2条1項10号の立法趣旨と、無効化機器の1つであるMODチップを規制の対象としたという立法経緯に照らすと、不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」とは、コンテンツ提供事業者が、コンテンツの保護のために、コンテンツの無断複製や無断視聴等を防止するために視聴等機器が特定の反応を示す信号等をコンテンツとともに記録媒体に記録等することにより、コンテンツの無断複製や無断視聴等を制限する電磁的方法を意味するものと考えられ、検知→制限方式のものだけでなく、検知→可能方式のものも含むと解される。
(5) 技術的制限手段該当性について
 前提事実(3)によれば、原告仕組みは、以上のように解された不正競争防止法2条7項の技術的制限手段に該当し、同法2条1項10号の営業上用いられている技術的制限手段によりプログラムの実行を制限するとの点も満たしている。
(6) 被告らの主張についての判断
 被告らは、不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」は、検知→制限方式に限られ、自主制作ソフト等の実行も制限する結果となる検知→可能方式を含まない、平成11年改正法は、MODチップの販売等の規制を見合わせたものである旨主張する。
 しかしながら、前記(3)イ(ア)及び(イ)のとおり、合同会議報告書や国会における審議においては、MODチップが存在し、そのプログラムの実行を制限する動作が原告仕組みによる制限の動作と同じ検知→可能方式のものであることが記載されており、前記(3)ア(イ)及びイ(ウ)のとおり、改正解説にも、国会における審議等ほどには明確ではないが、事業者が用いている技術的制限手段又は方式の例として、「○無許諾記録物が視聴のための機器にセットされても、機器が動かない(ゲーム)」や「MODチップ」が記載されている。しかも、平成11年改正法の立法過程で、自主制作ソフト等の実行を可能とすることに意義を認めるなどして、検知→可能方式のものを規制の対象からはずし、検知→制限方式のもののみを規制の対象としたことをうかがわせる証拠は見いだせない。したがって、被告らの上記主張は、採用することができない。
2 争点2(「のみ」要件)について
(1) 「のみ」要件について
ア 立法経緯
(ア) 合同会議報告書
 合同会議報告書(乙18)には、立法過程における議論として、前記1(3)ア(ア)及びイ(ア)に加え、次の記載がある。
 「(4)提供が禁止される機器等について
  (i) 必要最小限度の規制を導入するという基本原則を踏まえ、規制の対象となる機器又はプログラムは、管理技術の無効化を専らその機能とするものとして提供され、無効化以外には用途が経済的・商業的に見て存在しないものに限定することが適切である。
  (A) 汎用の機器又はプログラムについては、規制の対象とすることは適当でないと考えられる。
  (B) 無効化以外に用途が存在しない機器及びプログラムを構成部分とする(注3)機器及びプログラムの提供行為については、専用装置の提供行為と同視し、不正競争行為として規制の対象とすべきものと考えられる。
   (注3)『無効化機器・プログラムを構成部分とする』とは、その無効化機器・プログラムが専ら無効化機能を発揮するよう一体的に組み込まれていることを指す。
  (C) コピー管理又はアクセス管理のためにコンテンツに施されている信号を検知しない機器(いわゆる無反応機器)の問題については、『これらの機器(無反応機器)が規制されると、コンテンツ提供業者側が自らの利益確保のための信号を一方的に付することが許されるのに対して、機器の提供者側は、全てのコピー・アクセス機器が信号を検知しこれに従うよう措置するよう法的に強制されることとなり、バランスを欠くのではないか』との指摘があった。すなわち、無反応機器に対する規制をあえて行わず、結果として、例えばコンテンツ自体の暗号化のように、機器に追加的な機能を要求することなくコピー・アクセス管理を実現する管理技術が生き残ることを期待すべきだとする考え方である。これは、『今回の法規制導入に際しては、コンテンツ提供業者の十分な自助努力を前提とした取引の仕組みが醸成される環境作りを目指すべきである』との基本的な整理に立つものである。
   機器提供者側の過大な負担を避けて無反応機器を規制する方法として、法令に基づき管理技術を指定した上でその管理技術への対応を機器メーカーに強制するというやり方があるとの指摘がある。しかし、こうした方法は指定されていない技術の開発自体を事実上停止し、結果として管理技術の進歩を止めてしまう恐れがある。
   こうした点を踏まえ、無反応機器に対する規制は行わないことが適当である。」
 (5〜6頁)
(イ) 改正解説
a 改正解説(乙17の216〜217頁)には、合同会議等での審議を踏まえ、改正において留意した点として、「(4) 提供が禁止される機器等について」の項目に、上記(ア)と同旨の記載がある。
b また、改正解説(乙17)には、不正競争防止法2条1項10号の「機能のみ」の意義について、次の記載がある。
 「『のみ』がないと、技術的制限手段の使用目的に沿った効果を発揮することを妨げる機能以外の機能も同時に持ち合わせている装置やプログラムを対象とすることになり、別の目的で製造され提供されている装置やプログラムが偶然『妨げる機能』を有している場合にも不正競争に該当することとなる。これを不正競争とすると影像や音の視聴、記録をするための装置やプログラムを提供する者が常に全ての技術的制限手段を『妨げる』機能を有するか否かを確認し、場合によっては提供を取りやめたり、提供する装置等の他の機能を歪める程度まで設計を変更することが必要となり、これらの提供者の事業活動を過度に抑制することとなるため、明確に『妨げる』機能のみを有することが認められている装置やプログラムを不正競争の対象とすることとしている。
 なお、記録や視聴等の制限をするために付されている信号を検知しない装置やこれを内蔵する機器(いわゆる無反応機器)については、結果的に技術的制限手段の効果を妨げる機能を有することとなってしまう。しかしながら、これを規制すると記録や視聴等を制限するあらゆる信号に対応する措置を施すよう強制することとなるため、コンテンツ提供事業者の十分な自助努力を促す観点からも不正競争の対象としないことが適当である。無反応機器の場合は、技術的制限手段の効果を妨げる機能以外の機能を必ず有するため『機、 能のみ』とすることにより対象から外れることとなる。」(240〜241頁)
イ 解釈
(ア) 前記1(1)〜(3)及び上記(1)アの立法趣旨及び立法経緯に照らすと、不正競争防止法2条1項10号の「のみ」は、必要最小限の規制という観点から、規制の対象となる機器等を、管理技術の無効化を専らその機能とするものとして提供されたものに限定し、別の目的で製造され提供されている装置等が偶然「妨げる機能」を有している場合を除外していると解釈することができ、これを具体的機器等で説明すると、MODチップは「のみ」要件を満たし、パソコンのような汎用機器等及び無反応機器は「のみ」要件を満たさないと解釈することができる。
(イ) 被告らは、不正競争防止法2条7項の「技術的制限手段」は、検知→制限方式に限られ、平成11年改正法は、MODチップの販売等の規制を見合わせたものである旨主張するが、この主張に理由がないことは、前記1(6)で説示した点及び上記(ア)の立法経緯等から明らかであり、被告らの上記主張は採用することができない。
(2) 「のみ」要件該当性について
ア 前提事実(4)によれば、被告装置は、以上のように解された不正競争防止法2条1項10号の「のみ」要件を満たしている。
イ そして、この点は、被告装置の使用実態を併せ考慮しても同様である。すなわち、証拠(甲1〜21、29、30、32、34〜36、乙4〜13、丙1、12〜16、23〜34、42)及び弁論の全趣旨によれば、数多くのインターネット上のサイトに極めて多数の本件吸い出しプログラムがアップロードされており、だれでも容易にダウンロードすることができること、被告装置の大部分が、そして大部分の場合に、本件吸い出しプログラムを使用するために用いられていることが認められ、被告装置が専ら自主制作ソフト等の実行を機能とするが、偶然「妨げる機能」を有しているにすぎないと認めることは到底できないものである。
3 争点3(営業上の利益の侵害)について
(1) 営業上の利益の侵害
 前記2(2)イのとおり、数多くのインターネット上のサイトで極めて多数の本件吸い出しプログラムがアップロードされており、だれでも容易にダウンロードすることができ、被告装置の大部分が、そして大部分の場合に、本件吸い出しプログラムを使用するために用いられているものであるから、被告装置により、原告らは、DSカードの製造販売業者として、本来販売できたはずのDSカードが販売できなくなり、現実に営業上の利益を侵害されているものと認められる。原告任天堂は、DS本体の製造販売業者としても、原告仕組みの技術的制限手段が妨げられてその対策を講じることを余儀なくされ、現実に営業上の利益を侵害されているものと認められる。
(2) 差止めの必要性
 被告らは、現在、被告装置の輸入、販売を中止しているが(前提事実(2)ウ)、本訴において、被告装置の輸入、販売等が不正競争防止法2条1項10号に違反することを争っており、本訴の提起により、一時的にその輸入、販売を停止しているにすぎないことは、当事者間に争いがないから、原告らは、営業上の利益を侵害する者であることが明らかな被告らに対し、被告装置の輸入、販売等の停止を求めることができる。
(3) 廃棄の必要性
 そして、被告装置の輸入、販売等の侵害行為の停止に必要な措置として、侵害組成物件である被告らが所持する被告装置の廃棄が認められるべきである。
4 結論
 よって、原告らの請求はいずれも理由があるからこれらを認容し、仮執行宣言については、主文第1項についてのみ付し、その余については相当でないから付さないこととし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 大竹優子
 裁判官 宮崎雅子


(別紙)物件目録
「R4 Revolution for DS」
 以上

(別紙)当事者目録
原告(1) 任天堂株式会社(以下「原告任天堂」という。)
原告(2) 有限会社スキップ
原告(3) 株式会社アリカ
原告(4) 株式会社ハドソン
原告(5) 株式会社GAE
原告(6) 株式会社カプコン
原告(7) 株式会社セガ
原告(8) 株式会社ポケモン
原告(9) 株式会社ユークス
原告(10) 株式会社アイイーインスティテュート
原告(11) 株式会社サイバーフロント
原告(12) 株式会社小学館
原告(13) 株式会社レッド・エンタテインメント
原告(14) 元気株式会社
脱退原告(15−1) 株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス(旧商号・株式会社スクウェア・エニックス)
参加人(15−2。脱退原告(15−1)承継人) 株式会社スクウェア・エニックス
原告(16) テクモ株式会社
原告(17) 株式会社ディースリー・パブリッシャー
原告(18) アークシステムワークス株式会社
原告(19) 株式会社サクセス
原告(20) 株式会社レベルファイブ
原告(21) 株式会社フロム・ソフトウェア
原告(22) 株式会社SNKプレイモア
原告(23) 株式会社バンダイナムコゲームス
原告(24) 株式会社ナウプロダクション
原告(25) 株式会社毎日コミュニケーションズ
原告(26) ティー・エイチ・キュー・ジャパン株式会社
原告(27) 株式会社アガツマ・エンタテインメント
原告(28) 株式会社パオン
原告(29) 株式会社ガスト
原告(30) 株式会社タカラトミー
原告(31) ロケットカンパニー株式会社
原告(32) 株式会社ベネッセコーポレーション
原告(33) エム・ティー・オー株式会社
原告(34) 株式会社ジャレコ
原告(35) 株式会社マーベラスエンターテイメント
原告(36) 株式会社タイトー
原告(37) 株式会社カルチャーブレーン
原告(38) ユービーアイソフト株式会社
原告(39) Ubisoft Nagoya株式会社
原告(40) 株式会社アトラス
原告(41) 株式会社タスケ
原告(42) 株式会社光栄
原告(43) 株式会社スパイク
原告(44) 株式会社インターチャネル
原告(45) アタリジャパン株式会社
原告(46) クリエイティヴ・コア株式会社
原告(47) 株式会社電遊社
原告(48) 株式会社ディンプル
原告(49) プラト株式会社
原告(50) 株式会社マイルストーン
原告(51) 株式会社スターフィッシュ・エスディ
原告(52) 株式会社フォーウィンズ
原告(53) 株式会社ERTAIN
原告(54) ASNETWORKS株式会社
原告(55) 株式会社アスキー・メディアワークス
上記56社訴訟代理人弁護士 美勢克彦
同 秋山佳胤
同訴訟復代理人弁護士 平井佑希
被告(1) 嘉年華株式会社(以下「被告嘉年華」という。)
被告(2) 夏黎株式会社(以下「被告夏黎」という。)
被告(3) 株式会社カミヨコ(以下「被告カミヨコ」という。)
被告(4) 株式会社クリエイティメイト(以下「被告クリエイティメイト」という。)
上記被告ら4名訴訟代理人弁護士 瀧谷耕二
被告(5) 株式会社DIGITALNAVIGATOR(以下「被告DIGITALNAVIGATOR」という。)
同訴訟代理人弁護士 小倉秀夫
 以上

(別紙) 省略
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/