判例全文 line
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【事件名】キャノン元社員の“発明の対価”請求事件(2)
【年月日】平成21年2月26日
 知財高裁 平成19年(ネ)第10021号 補償金請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成15年(ワ)第23981号、
 東京地裁平成19年(ワネ)第177号(A事件)、東京地裁平成19年(ワネ)第350号(B事件))
 (口頭弁論終結日 平成20年12月10日)

判決
A事件控訴人・B事件被控訴人 キヤノン株式会社(一審被告)
訴訟代理人弁護士 竹田稔
同 川田篤
同 臼井義眞
同 長谷川卓也
同 魚谷隆英
同 西原啓晃
A事件被控訴人・B事件控訴人 X(一審原告)
訴訟代理人弁護士 黒田健二
同 吉村誠
同 野本健太郎
同 渡邉協
補佐人弁理士 松本孝


主文
1 A事件控訴人キヤノン株式会社の控訴を棄却する。
2 B事件控訴人Xの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1) 一審被告キヤノン株式会社は、一審原告Xに対し、6955万7155円及び5626万円に対する平成11年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告Xのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを10分し、その1を一審被告キヤノン株式会社の負担とし、その余を一審原告Xの負担とする。
4 この判決の第2項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 一審被告キヤノン株式会社(A事件)
(1) 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の一審被告に対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも、一審原告の負担とする。
2 一審原告X(B事件、当審で拡張した請求を含む)
(1) 原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審被告は、一審原告に対し、10億円及びこれに対する平成6年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも、一審被告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
第2 事案の概要
【以下、略称は原判決の例による。】
1 一審原告は、昭和43年に名古屋大学理学部物理学科を卒業して一審被告に入社し、平成14年8月31日まで一審被告に在職した者である。
 一審被告は、昭和12年8月10日に設立された、コンピュータ周辺機器、複写機等オフィス用機器、カメラその他光学機械器具の製造及び販売等を目的とする株式会社である。
2 本件訴訟は、原審においては、一審原告が一審被告に対し、平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(以下、同条について「旧35条」という。)3、4項に基づき、一審原告が一審被告に承継させた下記の特許権(本件各特許権。その特許発明が「本件各特許発明」)について、相当対価として少なくとも451億8000万円の内金10億円及びこれに対する平成15年11月5日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
〈注〉平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3、4項は、次のとおりである。
3項:従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
4項:前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。

(1) 日本国特許1774684号(以下「本件特許」又は「本件日本特許」といい、その発明を「本件特許発明」という。また、後記(2)〜(4)の外国特許と総称して、「本件各特許」又は「本件各特許発明」という。)(甲1〜3)
@ 出願日 昭和56年10月20日
A 出願番号 特願昭56−167385
B 出願公開日 昭和58年4月22日(特開昭58−68014号)
C 出願公告日 平成3年1月25日(特公平3−5562)
D 登録日 平成5年7月14日
E 存続期間満了日 平成13年10月20日
F 発明者 X
G 発明の名称 ゴースト像を除去する走査光学系
H 特許権者 キヤノン株式会社
(2) 米国特許第4993792号(以下「本件米国特許1」といい、その発明を「本件米国特許発明1」という。)(甲4の1、乙213、279)
@ 出願日 1986年(昭和61年)1月30日(継続出願)
A 出願番号 823981号
B 登録日 1991年(平成3年)2月19日
C 存続期間満了日 2008年(平成20年)2月19日
D 発明者 X
E 発明の名称 ゴースト像を除去する走査光学系
F 特許権者 キヤノン株式会社
(3) 米国特許第5191463号(以下「本件米国特許2」といい、その発明を「本件米国特許発明2」といい、本件米国特許1と併せて、「本件各米国特許」又は「本件各米国特許発明」という。)(甲4の2)
@ 出願日 1990年(平成2年)9月27日
A 出願番号 588934号
B 登録日 1993年(平成5年)3月2日
C 存続期間満了日 2008年(平成20年)2月19日
D 発明者 X
E 発明の名称 ゴースト像を除去する走査光学系
F 特許権者 キヤノン株式会社
(4) ドイツ国特許第DE3238665C2号(以下「本件ドイツ特許」といい、その発明を「本件ドイツ特許発明」という。)(甲5、乙217、280)
@ 出願日 1982年(昭和57年)10月19日
A 出願番号 P3238665.6−51
B 公開日 1983年(昭和58年)5月5日
C 特許付与公告日 1988年(昭和63年)6月30日
D 登録日 1993年(平成5年)5月ころ(特許異議事件終局の後に登録)
E 存続期間満了日 2002年(平成14年)10月19日
F 発明者 X
G 発明の名称 ゴースト像を除去する走査光学系
H 特許権者 キヤノン株式会社
3 原審の東京地裁は、平成19年1月30日、要旨「本件各特許発明によって一審被告が得た利益の額は、11億4653万5421円であるところ、本件各特許発明に関する被告の貢献度は97%と認めるのが相当であるから、本件各特許発明の特許を受ける権利の承継の相当対価の額は、3439万6062円と認められる。一審原告は、被告取扱規程に基づき、既に一審被告から87万6000円の支払を受けているので、この既払額を控除すると、3352万0000円となる(1万円未満切捨て)。」として、一審原告の請求を、3352万円及びこれに対する平成15年11月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容した。
 そこで、一審被告は、一審原告の請求の棄却を求めて控訴を提起し(A事件)、一審原告も、上記判決を不服として、控訴を提起した(B事件)。
4 当審に至り、一審原告は請求を拡張し、相当対価6875億4387万円ないし152億6560万円(後記算定方法1ないし19参照)の内金としての10億円とした上、これに対する年5分の割合による遅延損害金の起算日を平成15年11月5日から平成6年1月1日に繰り上げた。
第3 当事者の主張等
 当事者双方の主張等は、次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 前提となる事実」(ただし、25頁15行〜17行の「被告とキヤノン労働組合との労働協約に依拠し、かつ労使協議を経て制定されたものであり(乙1の1ないし3)、」を削除する。)及び「第3 争点に関する当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 当審における一審被告の主張
(1) 「相当の対価」は一審被告の一審原告に対する被告取扱規程に基づく対価の支払により支払済みであること(争点2に関し)
ア 原判決の判示
 原判決は、本件特許発明の承継に係る旧35条3項及び4項の規定する「相当の対価」は、一審被告の一審原告に対する被告取扱規程に基づく対価の支払により支払済みであるとの一審被告の主張に対して、「…被告取扱規程は労働協約及びそれに基づく労使協議の上で制定されているものの、…職務発明の承継に対する平成6年当時の実績補償は、特許審査委員会の審査の結果に基づき、特級(15万円以上)から5級(5000円)までの6区分に応じて、各等級所定の対価を支払うものと、表彰(特別社長賞等)により賞金として対価の額を加算するというものであり、本件各特許発明の承継についてこれまでに支払われた額が、合計で87万6000円にすぎず、本判決で後記のとおり認定判断する本件各特許発明の承継の相当の対価と比較すると、その額が低額であることからすれば、被告取扱規程が定める相当対価の算定方法は、特許法35条4項の趣旨・内容に到底合致するものということはできない。したがって、原告は、特許法35条4項に基づき、前記相当の対価と支払済みの額との差額を請求し得るというべきであって、このことは、被告取扱規程が労使協約及びそれに基づく労使協議に依拠して定められているからといって異なるものではない。」(260頁8行〜21行)と判示し、最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁(以下「オリンパス事件最高裁判決」という。)に基づき(すなわち、本件は同最高裁判決の射程範囲内であるとして)、本件では既払対価額87万6000円が原判決の認定した相当対価額3439万6062円より低額であることを理由に、一審被告の主張を斥けた。
 原判決の上記引用の判示内容、並びに原判決が「被告取扱規程は労働協約及びそれに基づく労使協議の上で制定されている」と正当に判示しながら、被告取扱規程に従って支払われた対価であっても、その額が旧35条4項によって定められる対価の額に満たないときは、一審原告が一審被告に対し不足額を請求できると判示していることに鑑みると、原判決はオリンパス事件最高裁判決を根拠に旧35条3項及び4項を強行規定と解釈しているものと理解される。
イ オリンパス事件最高裁判決の判示
 オリンパス事件最高裁判決は、勤務規則等に従って支払われた「対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項、4項所定の相当の対価に当たる」との判示部分のみに注目すれば、旧35条4項の「趣旨・内容」に合致しない(すなわち、同項の規定する算定基準によって決定される対価の額に満たない)対価の額の支払では、勤務規則等の規定内容にかかわらず、従業者等は使用者等に対する相当対価(不足額)請求権を失わない旨判示したと理解することも可能なので、オリンパス事件最高裁判決が同条3項及び4項は強行規定であると判示したとの解釈も不可能ではなかろう。
 しかし、オリンパス事件最高裁判決が、同事件原告の相当対価(不足額)請求権を是認した理由は、「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであって、上述した同条の趣旨及び規定内容に照らしても、これが許容されていると解することはできない。」ということにある。すなわち、オリンパス事件は、オリンパス規定がオリンパス社によって一方的に作成されたものであって、相当対価の算定基準・方法、金額等に関する、使用者等と従業者等との間の契約、労働協約や就業規則などのように一般的に法的拘束力の認められるものが存在ないし成立していない事案であって、同最高裁判決は、このような事案において、上記引用の理由により発明者に不足額の請求が認められる旨判示したにとどまり、旧35条3項及び4項が強行規定であることを理由に同請求を認めたものとは考えられない。このことは、オリンパス事件の控訴審判決が明確に旧35条3項及び4項が強行規定であることを理由にオリンパス規定の対価に関する規定部分を無効と判示して不足額の請求を認容したのに対し、オリンパス事件最高裁判決が旧35条3項及び4項が強行規定であるとは明示的に判示しなかったことからも明らかである。
 したがって、オリンパス事件最高裁判決は、@使用者等が「相当の対価」の額を勤務規則等で「一方的に」定めた場合で、かつA当該勤務規則等が「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定め」ている場合にのみ適用されるものである。
ウ 被告取扱規程が労働協約に準ずる法的拘束力を有すること
 被告取扱規程は、一審被告が「一方的に」作成したものではなく、一審被告とキヤノン労働組合との合意に依拠して制定され、かつ労使協議に基づくものであるから、労働協約に準ずる法的拘束力を有するものである。したがって、被告取扱規程中の対価に関する規定に従って相当の対価が支払われた本件は、オリンパス事件最高裁判決の射程範囲外であることは明らかである。
 さらに、被告取扱規程中の対価に関する規定では、(ア)本件各特許発明の実績対価等級である特級では実績対価の上限額が定められていないこと、(イ)実績対価等級は当該対象特許の実施(実績)に基づいて決定され、実施(実績)に基づいて実績対価が支払われること、及び(ウ)実績対価受領後に実績に顕著な差異の生じたときは実績対価等級及び対価額の再評価申請をすることが認められていることに鑑みれば、被告取扱規程中の対価に関する規定は、「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定め」ているものでないから、この事実によっても、本件がオリンパス事件最高裁判決の射程範囲外であることは明らかである。
エ 被告取扱規程は平成16年に改正された特許法35条4項の趣旨に反しない合理的なものとして法的拘束力が認められること
 被告取扱規程は、以下のとおり、対価に関する規定を含め、平成16年に改正された特許法35条の趣旨・内容に合致した制定手続に鑑み、同条4項の趣旨に反しない合理的なものとして、法的拘束力が認められるものである。
(ア) 平成16年に改正された特許法35条5項は、使用者等の職務発明規程等に「対価についての定めがない場合」又は「その定めたところにより対価を支払うことが同項(一審被告注:特許法35条4項)の規定により不合理と認められる場合」に適用される「相当の対価」の算定基準を規定している。一方、同条4項は、改正前の同条3項の規定を具体化して、勤務規則等により対価について定める場合には、@「対価を決定するための基準」の「策定」についての「協議の状況」、A上記「基準の開示の状況」、B「対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等」を考慮して、当該職務発明規程に基づく対価の支払の合理性の有無・程度を判断することを規定している。
 しかして、対価に関する規定を含む被告取扱規程は、上記@の「協議の状況」については、原判決が認定したとおり、「労働協約及びそれに基づく労使協議の上で制定」されたものである。上記Aの「基準の開示の状況」については、文書通達(乙4の1・2・4)、ホームページ上の掲載(乙4の5〜7)、ガイドブック中の記載(乙4の8)等の方法で、制定時から改正の都度全社員に対し開示されてきた。最後に、上記Bの「意見の聴取の状況等」については、発明者には実績対価受領後30日以内の異議の申出及び再評価申請をする機会が与えられているのであるから、実質的には、対価の算定について発明者本人の意見聴取の機会が確保されていると言い得るものである。
 以上によれば、被告取扱規程に基づく対価の支払は、改正後の特許法35条4項の規定する職務発明規程の制定手続上の合理性基準を完全に満たすものである。
(イ) 平成16年に改正された特許法の可決成立の際の衆議院の附帯決議では、「労働協約が職務発明規定を定める有力な方策の一つである」旨決議されており(乙108の1)、参議院では、改正前の旧35条の運用に当たっても、「適正な手続を踏まえた職務発明規定が成立している場合にはその内容が十分尊重されるとともに、既存案件については円滑な問題解決が可能となるよう努めること。」と決議されている(乙108の2)。しかして、対価に関する規定を含む被告取扱規程は、上記いずれの附帯決議の要件も満たす規程であるから、その内容は最大限、尊重されるべきであり、上記の改正された特許法の規定及び附帯決議を参酌する解釈は、改正前の旧35条と改正後の特許法35条との間に生じ得る法適用のギャップを埋め、制度運用の整合性、法的安定性に寄与するものである。
(ウ) 次に、被告取扱規程は、その内容も合理的なものである。すなわち、本件各特許発明にかかる実績対価の支払の根拠となった乙2の5〜7中の対価に関する規定では、そのいずれにおいても、@実績対価は当該特許の自社実施度、製品貢献度、技術基本度及び他社活用度の評価基準に従って決定され、A対価額に上限が設けられておらず、B実績対価が支払われた発明者に対し、実績対価等級及び対価額について異議申出の権利を認め、C実績対価支払後、実績に顕著な変化があったときは何時であっても、実績対価等級及び対価額について再評価を求める権利が認められており、かつD公平かつ公正な特許評価のため、実績対価等級、対価額、異議申立理由の有無、再評価申請の理由の有無等の決定について、多数の上級技術者を含む特許審査委員会を設けているのであるから、その内容も相当かつ合理的と認められるものである。
(エ) 特許法35条は、職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提に、職務発明について特許を受ける権利並びに特許権の帰属及びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを目的とする規定であるところ、使用者と従業者が加入する労働組合との間で手続的合理性が担保されている状態で、職務発明に係る特許を受ける権利の譲渡の対価額及びその支払についての一定の基準に関する労使の合意又はこのような合意に依拠する就業規則が成立ないし制定され、これらの適用を受ける従業者に対し周知徹底されたときは、使用者と従業者との利害の調整を自主的な手続で行ったものであり、特許法35条4項の趣旨に添うものとして法的拘束力を認めるのが相当である。
(オ) しかして、上記(ア)〜(エ)によれば、被告取扱規程は、一審被告とキヤノン労働組合との合意によって成立した労働協約に基づいて、労使協議の上、職務発明に係る特許を受ける権利の承継とその相当の対価額について制定されたものであるから、労働協約に準ずる法的拘束力を有し、先述の同規程の合理的な規定内容、平成16年に改正された特許法35条4項及び5項の立法趣旨、並びに前記附帯決議に照らし、旧35条4項の趣旨・内容に反しない合理的なものとして、法的拘束力を有するものというべきである。
オ 結論
 以上のとおり、対価に関する規定を含む被告取扱規程は、旧35条4項の趣旨・内容に反しない合理的なものとして、一審被告及び一審原告を法的に拘束するものであるから、一審原告は、同規程に従って決定された「相当の対価」の額87万6000円に法的に有効に拘束され、この額を超えて、「相当の対価」を請求する権利を有するものではない。
(2) 本件においては本件各外国特許を受ける権利の承継の対価について旧35条3項及び4項は類推適用されないこと(争点1に関し)
ア 日立事件最高裁判決の判示
 原判決は、最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁(以下、「日立事件最高裁判決」という。)につき、「外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求」に旧35条3項及び4項が「類推適用」されると判示しているが、同最高裁判決は、下記3要件が充足される場合に、外国特許を受ける権利について、旧35条3項及び4項が「類推適用」されると判示したものであることは明らかである。
(ア) 「当該発明をした従業者等から使用者等へ特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難」な場合であること
(イ) 「特許を受ける権利は、各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるが、その基となる発明は、共通する一つの技術的創作活動の成果であり、さらに、職務発明とされる発明については、その基となる雇用関係等も同一であって、これに係る各国の特許を受ける権利は、社会的事実としては、実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものである」こと
(ウ) 「当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思であ」り、このような通常の意思が認められる場合であること
イ 被告取扱規程に定められた職務発明に係る特許を受ける権利の承継及びその対価の支払について両当事者は対等な立場で取引をしていること
 労働協約は、労働組合と使用者との間の労働条件その他に関する事項を内容とする(労働組合法14条〜18条)。そして、ここに、「労働条件に関する事項」とは、「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」であり、企業における労働者の個別的または集団的な取扱いのほとんどすべてを含みうる広い概念である。また、労働協約は、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものであ」(労働基準法2条)るところ、労働組合と使用者とが対等の立場において労使交渉を行い、相互互譲により合意成立するのが通常の形態である。そこでは、使用者に雇用者としての立場からの労働者に対する優越的地位は存在しない。つまり、労働協約の締結については、日立事件最高裁判決が外国特許を受ける権利について、旧35条3項及び4項が類推適用される法的根拠とした「両当事者が対等の立場で取引をすることが困難」である場合と解する余地は存在しないのである。もし、この労働協約の締結について、両当事者が対等の立場で取引することが困難な場合に当たるとするのであれば、我が国の労働者保護立法の趣旨そのものを否定する結果になる。
 一審被告従業者の職務発明に係る特許を受ける権利の承継及び対価を定めた被告取扱規程は、キヤノン労働組合と使用者である一審被告とが対等の立場で労使交渉を行い、その結果として合意締結された労働協約において、「発明考案の振作に関する事項」は、労使協議会において協議を行い、制定すると定められており、この定めに基づいて開かれた労使協議会において労使協議の上制定され、従業者に周知徹底されてきたものである。したがって、被告取扱規程に定められた職務発明に係る特許を受ける権利の承継及びその対価の支払については、両当事者は対等な立場で取引をしていることは明白であるから、上記ア(ア)の要件は充足されていないので、旧35条3項及び4項は本件各外国特許の承継の対価には類推適用されないものである。
ウ 結論
 以上により、本件は、日立事件最高裁判決の射程範囲外であり、本件各外国特許を受ける権利の承継の対価については、旧35条3項及び4項は類推適用されないものである。
(3) 代替技術について(争点3−2に関し)
原判決の技術A、技術B、技術E、技術H及び技術Iについての判示には誤りがあり、また、一審被告は当審で新たな代替技術(技術J)について主張する。
ア 技術A(再反射光が有害像とならない感光体の使用)
(ア) 原判決は、技術Aについて、@「本件特許発明の構成要件Dは、静止ゴースト像を除去するために、所定の条件式を満たすことを規定するだけで、感光体の感度等については何ら規定していないものである」こと、A「感光体の効果によって静止ゴースト像の発生を相当程度防止する効果があるとしても、拡散反射が一切ない感光体は存在し得ないはずである」ことを理由に、「入射光の角度αが構成要件Dの所定の条件式を満たす以上、本件特許発明の作用効果も働いているというべきである。」として、「技術Aを実施した製品は、構成要件Dの条件式を満たす限り、本件特許発明の技術的範囲にも属する」と判示した(280頁下3行〜282頁3行)。
(イ) 原判決の上記(ア)の@の判断は、本件明細書(甲2)の「この光束Lbはゴースト像となり、被走査媒体6上に感光体を設置すれば有害像が形成されることになる。」との記載(3欄16行〜18行)、及び「…本発明に係るゴースト像を除去する走査光学系は、…ゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」(5欄4行〜10行)との記載を無視しており、誤っている。これらの記載によれば、「ゴースト像」とは、感光体に有害像として形成されるものを指すことが明らかにされているのであって、この点は本件特許発明の技術的範囲を画するものとされるべきである。
 また、技術Aを実施すれば、本件特許発明のような光学配置の条件を何ら考慮することなく、静止ゴースト像の発生を防止できるのであって、現に他社の製品において、配置上は静止ゴースト像の結像位置が有効走査巾内であるにもかかわらず、その対策として原判決の指摘するような要因の考慮は行われていないと考えられる機種が存在する。例えば、レックスマーク社のC750のLBPは、8面(N=8)のポリゴンミラーを用いた機種(4π/Nはπ/2すなわち90°)であって、入射光と第2結像光学系の光軸の角度αが85°であるから、再反射光と第2結像光学系の光軸の角度は5°となり、第2結像光学系の光軸付近すなわち感光体のほぼ中央に静止ゴースト像が結像する構成を有している(乙274)。しかし、同機種の印刷後の画像(乙275。内容の説明につき乙274)においては、印刷画像の短手巾のほぼ中央付近に位置する有害像たる静止ゴースト像は全く現れていない。ゴースト像が有効走査巾内の本来の画像内に重なって発生し、当該本来の画像に埋もれて見えなくなることが原因でないことは、中央付近の空白領域にゴースト像が形成されていないこと(乙290)から、明らかである。このLBPの感光体には、一審被告が静止ゴースト像が有害像とならない旨立証したアモルファスシリコン系感光体ではなく、より静止ゴースト像が有害像となりやすいOPC系感光体が採用されているにもかかわらず、静止ゴースト像の発生防止のため様々な要因が考慮された形跡はうかがわれない。このように静止ゴースト像が有害像として現れない限りは、本件特許発明はもちろん、その他特段の静止ゴースト像発生防止のための対策も問題とならないのであるから、原判決の上記(ア)のAの認定は事実に反し誤っている。
 以上のとおり、技術Aを実施した製品は、構成要件Dの条件式を充たしたとしても、本件特許発明の技術的範囲に属さず、技術Aは本件特許発明の代替技術となるのであって、原判決の判断は誤っている。
(ウ) なお、本件特許発明の重要性(有用性)に関することであるが、原判決は、技術A(再反射光が有害像とならない感光体の使用)は本件特許発明の「競合技術に該当する」と判示したが(303頁10行〜13行)、三星電子、ブラザー工業株式会社、QMS社の製品等に加え(甲11)、上記のとおり、レックスマーク社のLBPの1機種で技術Aが採用されており、技術Aの作用効果に本件特許発明の技術と比しても特段の差異が全く認められない以上、本件特許発明の「有用性」はごくわずかと認められるべきである。
イ 技術B(被走査媒体上に静止ゴースト像が形成されない光学設計)(ア) 原判決は、技術Bについて、「本件特許発明の構成要件Dは、上記条件式により入射光の角度αを所定の値より小さいものと規定するのみであるから、入射光の角度αがこの条件式を満たしていれば、本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきであり、条件式を充足する場合で、偏向器からの再反射光が第2結像光学系のレンズをそもそも通過しない場合も生じ得ることは、本件明細書に開示されたところから容易に理解し得ること」を理由に、技術Bは、本件特許発明の代替技術に該当しないと判示し、一方、原判決は、偏向器の面数が4面以下の場合は、本件特許発明の構成要件Dを充足しないものであることは、その出願経過から明らかであるとし、「本件特許発明は、構成要件Dの上記条件式にその発明の本質があるのであるから、上記条件式が成立し得なくなる4面以下の偏向器の場合をその技術的範囲の対象外とし、上記条件式が働き得る5面以上の偏向器の場合を、上記条件式を満たす限り、本件特許発明の技術的範囲内とすることは、合理的な解釈というべきであ」ると判示した(282頁4行〜284頁下3行)。
(イ) 原判決も参酌する出願経過において、出願人たる一審被告が「本願発明は被走査媒体上からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束が発生する光学系を前提条件にした発明であ」ると主張したのに対し(乙26[特許異議答弁書]3頁)、特許庁は本件明細書の記載に照らしてこの主張を相当と認めたものである。ここで、出願人たる一審被告の主張は、文字どおり被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束の発生の有無を問題としているのであり、偏向器が4面以下の走査光学系と偏向器が5面以上の走査光学系を全く区別していない。上記出願経過における一審被告の主張は、本件特許発明について一審被告が侵害訴訟を提起した場合には、当然に相手方から主張され、この相手方の主張に基づき裁判所が本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈する結果になる可能性の高いものである。したがって、この範囲については、本件特許発明の排他的効力、及びそれに基づく「独占の利益」の存在は認められないと考えるべきである。原判決は、出願経過における一審被告の主張が及ぼすこのような影響を看過しており、誤っている。
 なお、本件明細書(甲2)5欄3行の「|α|<70.9°」は、直前に述べられている「α<(4π/N)−(W/D)」の条件式への数値代入の一例であり、直後の「このように本発明にかかるゴースト像を除去する走査光学系は、…ゴースト像が常に静止して有効走査巾外に位置するようにしたものであり、ゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」との記載を併せて読めば、静止ゴースト像が有効走査巾外に形成されない場合を開示しているものではない。
(ウ) 本件明細書(甲2)には、「ゴースト像Pgの光束Leを遮断する適宜の遮光板を設置すれば、ゴースト像を完全に除去することができる。」(4欄下5行〜下3行)との記載があり、遮光の構成が示唆されている。また本件特許の分割特許である特公平6−52339(甲116)は、本件特許に上記の遮光の構成を加えたのみの特許であるから、本件特許の技術的範囲のうち遮光の構成を持つ走査光学系のみを技術的範囲とする特許である。遮光という手段が必要となるのは、再反射光が走査レンズのすべてを透過して静止ゴースト像が形成され有害像となり得るからである。これに対し、再反射光が走査レンズのすべてを透過しないものは、静止ゴースト像が形成されず有害像となることがありえないのだから、遮光という手段が必要となる余地など全くない。したがって、再反射光がレンズのすべてを透過し静止ゴースト像が形成される走査光学系だけが本件特許発明の対象である。
(エ) 本件特許は、昭和56年10月20日に出願されている。この出願時の明細書(乙36)の特許請求の範囲の第1項には、本件特許発明が、入射角を「ゴースト像を被走査媒体の走査線方向上で、かつ有効走査領域外に形成するように選定したことを特徴とするゴースト像を除去する走査光学系」であることが明記されている。この出願は、発明者たる一審原告が明細書の原案を起案し、出願時にも発明者たる一審原告のチェックを受けてなされたものであって、発明者たる一審原告及び出願人たる一審被告の有していた、本件特許発明の技術的思想は、ゴースト像を被走査媒体の走査線方向上で、かつ有効走査領域外に「形成」させるものであったことは明らかである。
(オ) 以上により、技術Bを実施した製品は、本件特許発明の技術的範囲に属さず、技術Bは本件特許発明の代替技術となる。したがって、原判決の判断は誤っている。
ウ 技術E(ガルバノミラーの使用)、技術H(隣接面の不使用)及び技術I(偏向フィルタ及び1/4波長板の使用)
 原判決は、技術E、技術H及び技術Iについて「代替技術としての価値は低い」と判示し、結論的に、これらの3技術は、「本件特許発明の実施を回避することができるものとはいえ、製品において現実に実施された例が確認されていないので、代替技術に該当しないもの」(292頁下5行〜下3行)と判断しているが、この判断は相当でない。本件特許発明の実施を回避することができれば、現実の実施例の有無にかかわらず、代替技術と認められるべきである。
エ 技術J(斜め入射)
 本件特許発明の代替技術として、「斜め入射」の技術(以下「技術J」という。)が存在する。
 技術Jは、偏向器へ入射する光束を、光束の偏向面内から入射させず、偏向面から外して斜め方向から入射させる技術である。
 技術Jを採用する構成は、本件特許発明の構成要件Dの「光束の偏向面と平行な面内に於いて前記偏向器に入射する光束」が存在せず、したがって「偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度α」も存在しないので、本件特許発明の構成要件Dの要件を充足しない構成となる。本件特許にかかる無効審判の審決(乙41の4)がこの旨の判断をしている(15頁4行〜17頁下5行)。被告製品においては、原判決「別表2」の番号47の機種において、技術Jが用いられている。上記機種は、技術Jの「斜め入射」を用い、さらに技術Fのダブルパス方式(入射光束と走査光束が共通のレンズを透過し、独立した第1結像光学系と第2結像光学系を備えない方式)も用いた構成である。他方、技術Jの「斜め入射」を用いながら、技術Fのダブルパス方式は用いずに、「シングルパス方式」(独立した第1結像光学系と第2結像光学系を備える方式)を用いる構成も可能であり、「シングルパス斜め入射」の構成は、後記(5)イ(イ)Dのとおり、富士ゼロックスの製品で採用されている。
(4) 本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲(技術A及び技術B)について(争点3−2に関し)
ア 原判決の判示
 原判決は、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲についても、本件日本特許発明と同様、技術A及び技術Bを実施した製品は本件特許発明の技術的範囲に属する旨判示する(295頁2行〜297頁13行)。
イ 原判決の判断の誤り
 しかし、原判決の判断には、以下のとおり誤りがある。
(ア) 本件各米国特許発明は、原判決が引用する(295頁下7行〜下4行)ように、「…本発明にかかるゴースト像を除去する走査光学系は、…これによりゴースト像が常に静止して有効走査巾の外側に存在するようにするものである。」として、ゴースト像が常に静止して有効走査巾の外側に「存在」すべきことを明言している。にもかかわらず、原判決はこれを無視している。また、本件各米国特許の「発明の要約」には、「本発明の目的は、倒れ補正がなされた走査光学系における上記の問題を解消し、偏向器の回転に関係なくゴースト像が常に走査線の外側の同一の位置に形成されゴースト像が除去される走査光学系を提供することにある。」(甲4の1の2欄50行〜57行)との記載がある。
(イ) 原判決は、「被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像の結像が現れないようにするための走査光学系であって」との記載のみを本件各米国特許発明の課題の記載として摘示している(296頁16行〜18行)。しかし、本件各米国特許発明は、原判決による引用(295頁下4行〜下2行)にもあるとおり、「以上より、本発明はゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」との記載もあり、有害像たる静止ゴースト像の防止が課題であることを明言しているものである。にもかかわらず、原判決はこれを無視している。
(ウ) 本件ドイツ特許発明は、構成要件を「点(Ps)から出発する反射により形成されるゴースト像が走査線上の有効走査巾の外側に位置することを特徴とする走査光学系」としているところ、ここでいう「位置する」(liegt[liegen、英語の「lie」に相当]、甲5の3枚目1欄25行)との用語は、ヴァーリヒ『現代独独辞典(縮刷復刻版)』(駿河台出版社、昭和56年9月15日初版発行)2387頁(乙276)によれば、積極的に「ある基礎の上に存在する」ことを意味する。原判決が「有効走査巾内に静止ゴースト像を発生させないとの意味に解するのが相当である」と判示して、「位置する」(liegen)を「発生させないとの意味」に解釈するのは、当該構成要件において使用されている用語の語義に反し、相当でない。
(エ) 以上により、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲は、いずれも、再反射光が走査レンズのすべてを透過せず静止ゴースト像が形成されないもの(技術B)及び再反射光が有害像とならないもの(技術A)を含まないことが明らかである。
(5) 一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の実施割合について(争点3−3に関し)
ア 原判決の判示
 原判決は、一審被告の譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合を、原審の釈明に対する一審被告の回答にもとづき、一審被告の売上高を基準として認定した上、一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の実施割合を、一審被告の実施割合の90%であると認定した(308頁13行〜309頁下8行)。
イ 原判決の判断の誤り
 しかし、全ライセンシーの基準期間内の全製品について、しかも販売金額を基準として本件各特許発明の実施割合を認定することは、本来は不可能な作業である。本件のような職務発明の対価請求訴訟は、侵害訴訟の損害の額に関する特許法102条のような推定規定は置かれていないのであって、安易に侵害訴訟同様に他社の実施の金額や割合を推定すべきでない。立証責任を負う当事者の立証がなければ、証明がないとして実施の事実を認定しないか、又は実施があったとして何らかの手法でその割合を推定するとしても謙抑的に行われなければならない。さもなくば、およそ職務発明の対価請求訴訟は、発明者側が法律上有する立証責任を果たさなくとも、発明者側に有利に対価が認定されることになり、極めて不当である。
 このような観点から、原判決の判断を検討すると、原判決は、以下のとおり誤っている。
(ア) まず、被告製品における本件各特許発明の実施割合の認定の前提となる、本件特許発明の技術的範囲の解釈が、前記(4)のとおり誤っており、被告製品における実施機種の特定が誤っている。したがって、被告製品における本件各特許発明の実施割合の認定も当然誤っている。
 仮に、本件各特許発明の自社製品における実施割合から、他社製品における実施割合を推認するのであれば、自社製品の売上高に基づいてではなく、機種数ベースの実施率に基づいて他社実施率を推定すべきである。一審被告が原審の釈明に応じ開示した自社実施率は売上高に基づくものであるが、各機種の売上げは、製品デザインや広告宣伝など、技術以外の要素に大きく左右される以上、相当の対価の算定に当たっての実施率を売上高を基準にして算出するのは、実態からかけ離れたものとなりかねず、また一審被告の売上げベースの実施割合がライセンシーの売上げベースの実施割合と同様になるともいえないのであって、適切でない。相当の対価の算定に当たっては、本件特許(技術)の実施率は、当該技術がどの程度製品に採用されたかという「技術登載率」という観点から算定されるべきであるから、一審被告における実施割合も、機種数に基づいて算定されるべきである。
 原判決が採用した第4期及び第5期の実施割合の認定方法と同一の方法で、一審被告の主張する技術的範囲に基づく実施割合を計算すると、第1期〜第3期においては、LBPにつき2.54%(のべ機種数5/197)、MFP等につき46.74%(のべ機種数43/92)となる。また、第4期及び第5期においては、LBPにつき0%(のべ機種数0/76)、MFP等につき10%(のべ機種数4/40)となる。
(イ) 一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の実施割合を、一審被告の実施割合の90%であると推認するのは、以下の理由(原判決において認定された理由も含む。)により高きに失する。
@ そもそも、他社製品における本件特許の実施の有無については、本来一審原告が立証責任を負うべきものであるところ、一審原告は、本件特許が実施された他社製品を、1機種たりとも立証できていない以上、本来は、本件各特許発明は他社製品において実施されていないと認定されるべきものである。
A 本件特許発明には、技術A、技術B、技術C、技術F、技術Jなどの有力な代替技術ないし競合技術が存在する。技術A〜Jの10件の代替技術のうち少なくとも5件以上が、他社製品において現に実施されており、または実施されているものと推定される。
B 一審被告がライセンス交渉の際、例外的に三星電子の製品につき、本件特許の実施の有無を調査したところ、調査したすべての製品において本件特許を実施していないことが判明している(乙191、14頁〜15頁)。
C 一審被告の平成15年7月11日付け「回答書」(甲11)の記載のとおり、角度αを本件特許発明の条件式の値よりも小さく選定していないにもかかわらず、静止ゴースト像を発生させない技術があり、他社製品で実用化されている事実(例えば、三星電子のCF5800、QL7000、QL6050、ブラザー工業株式会社のHL−10DV、HL630、QMS社のQMS ColorScript Laser1000、合計6機種)、及び4面の偏向器を有し、ゴースト光束が第2結像光学系を再透過しないため、静止ゴースト像がそもそも発生しない倒れ補正光学系を用いた走査光学系(例えば、富士ゼロックス株式会社のLaserWind 1040W、MannessmanTally社のT9104W、日本電気株式会社のPC−PR1000E/4、セイコーエプソン株式会社のLP1500及びLP1000、合計5機種)が存在する。
D 富士ゼロックス株式会社のLBP等においては、本件特許発明を実施していない機種が多数存在することが明らかである。富士ゼロックス株式会社が1986年から2006年までに発行したテクニカルレポート(乙277の1〜11)で、走査光学系の構造が判断できる記述が11機種見られたが、そのうち少なくとも3機種はダブルパス方式(技術F)の構成を採用しており(乙277の2・9・10)、3機種は「斜め入射」(技術J)の構成を採用しており(乙277の1・7・8。乙277の7・8には、オーバーフィルド[Overfilled]技術を採用した機種が記載されている。オーバーフィルド技術とは、入射光束の主走査方向の幅が、偏向器の1つの反射面の幅よりも広いものをいう。このようなオーバーフィルド技術においては、入射光束と偏向光束との光路を分離するため、通常、「斜め入射」の技術が用いられる。なお、乙277の7・8の機種は、さらにダブルパス方式も採用している可能性がある。)、少なくとも1機種は4面ポリゴンミラー(技術B)の構成を採用している(乙277の5)。また、同じテクニカルレポートの記述の中から、機種の詳細は不明であるものの少なくとも1機種以上は「シングルパス斜め入射」(技術J)の光学系が採用されていたことが明らかである(乙277の9)。なお、一審被告が非実施を確認した上記Cの「LaserWind 1040W」は、上記の機種の中に含まれていない。
E 前記(3)ア(イ)のとおり、レックスマーク社のC750は、第2結像光学系の光軸付近すなわち感光体のほぼ中央に静止ゴースト像が結像している構成を有している。しかし、有害像たる静止ゴースト像は全く現れていない。しかも、同機種は、一審被告が静止ゴースト像が有害像とならない旨立証したアモルファスシリコン系感光体ではなく、より静止ゴースト像が有害像となりやすいOPC系感光体が採用されている機種である。
F 一審被告においてさえ本件各特許発明の実施率は年々低下している。乙208によれば、番号35及び38の非実施2機種の売上げが1997年から発生し、番号39〜42の非実施4機種の売上げが1998年から発生し、他方、番号14、19及び21の実施3機種の売上げが1998年又は1999年から零となっていて、1998年〜2000年では、全体として番号27、28、31、34〜42の非実施12機種の売上げの占める割合が増大していることが明らかに見てとれるのであり、一審被告のLBPにおいて、比較的新しい製品には本件特許が実施されない傾向が示されている。
G 平成5年(1993年)以降平成13年(2001年)までに発売された一審被告のLBP18機種中、本件各特許発明が実施されていた機種は、わずか3機種にすぎず、本件各特許発明の実施率は16.7%であり、新しい製品には本件特許が実施されない傾向が顕著である。
H 自社において開発を行う企業は、ライセンスを受けている場合であっても、自社の開発機能の維持・発展のために、はたまたライセンス契約更新時における交渉力維持のために、通常可能な限り、他社の特許技術を使わず、自社技術を使いながら製品開発を行うものであるから、本件各特許が回避の容易な特許である以上、他社における実施率は一審被告におけるそれより相当程度低いものと推定される。
(6) 原判決が本件特許発明の寄与度を一審被告保有特許のうちの1件に対し30件分の価値を有するとしたことについて(争点3−3に関し)
ア 原判決の判示とその誤り
 原判決は、包括クロスライセンス契約締結に対する貢献度(すなわち寄与度)について、代表特許の寄与度を高く評価するとともに、「非提示・非実施特許」については、「個々の代表特許でも相手方実施特許でもないライセンス対象特許の寄与度は、エレクトロニクス関連特許の包括クロスライセンス契約においては、限りなく小さい」(268頁2行〜4行)と判示する一方、「相手方実施特許」(非提示・実施特許)については、「その特許発明の重要性、相手方の実施の割合を考慮して、ライセンス契約交渉やライセンス契約の内容において明示された代表特許に準じるものとして上記『利益の額』を算定すべきである」(267頁16行〜19行)と判示した。
 しかし、エレクトロニクス業界のライセンス実務上の現実として、提示がない特許は、実施があってもライセンス交渉においては、通常まず意識されることはない。ライセンサーがその保有特許の侵害に対する権利行使を考えている特許は、ライセンス交渉を有利に運ぶために原則として提示され代表特許になるのであって、提示がないにもかかわらずライセンシー側からあえてライセンサーによる権利行使を慮って、交渉上考慮する場合というのは、ごく例外的な場合のみである。したがって、「非提示・実施特許」の寄与度については、原判決が判示したように、提示がないにもかかわらずライセンシーにおいて「考慮されている可能性がある」ことを理由に、「代表特許に準じて」考えるというのは相当ではなく、むしろライセンシーにおいて現実に考慮されたことが立証されない限り、「非提示・非実施特許」に準じるものとして、控え目に評価されねばならない。
 また、原判決において、ライセンシーの製品における本件各特許発明の実施割合は、「被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」の計算過程において既に計算に用いられ反映されているので(310頁下7行〜下2行)、さらにこれをライセンス契約の締結における寄与度においても考慮するのであれば、考慮及び適用の重複を避けるため、その実施の事実がライセンス契約の締結交渉においても現実にライセンシーに影響を与えていたといえるのか、厳密に判断されねばならないものである。
 したがって、原判決が本件特許発明の寄与度を一審被告保有特許のうちの1件に対し30件分の価値を有するとした判断(307頁下2行〜308頁2行)は、誤りである。
イ 原判決が「代表特許に準じる」との前提で総合考慮すべきと判示した事項についての誤り
 原判決が「代表特許に準じる」との前提で総合考慮すべきと判示した事項についても、次の誤りが認められる。
@ 原判決は、「本件特許発明は、…被告製品において相当程度の高率で実施されている。」と認定している(307頁7行〜9行)。しかし、本件特許発明の実施割合を認定する前提となる本件特許発明の技術的範囲の解釈が、前記(3)(4)のとおり誤っている。
A 原判決は、本件特許発明が、他に代替の余地のない必要不可欠な技術ということはできず、代替技術や重畳的に作用する競合技術が複数存在するものであると認定している(307頁下8行〜下6行)。加えて、前記(3)エのとおり本件特許発明には原判決の認定していない代替技術である技術Jが存在する。そして、原判決の認定する代替技術ないし競合技術、及び代替技術である技術Jを用いている他社の製品が、前記(5)イ(イ)Bの三星電子の製品、同Cの一審被告平成15年7月11日付け「回答書」(甲11)記載の製品、同Dの富士ゼロックス株式会社の製品、及び同Eのレックスマーク社の製品と、多数存在する。これらの事実は、本件各特許発明の寄与度の認定において、寄与度を大幅に減少・低下せしめる事情として考慮されるべきである。
B 原判決がライセンシーによる本件各特許発明の実施割合を一審被告の実施割合の90%であると判断したことの誤りは、前記(5)において述べたとおりである。
C 原判決は、特級・優秀社長賞等の社内評価を、被告ライセンス契約の相手方においても相当程度の高率で実施されているものと推認されることの根拠として挙げている(307頁9行〜13行)。しかし、原判決は、一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施割合を認定するに当たり、一審被告の実施割合から直接推認する手法を採用しているのであり、そこに一審被告の社内評価が考慮される余地はない。したがって、特級・優秀社長賞等の社内評価は、本件各特許発明の寄与度の認定に考慮されるべきではない。
D 本件各特許は、原判決も認定したとおり、ライセンス交渉において提示されたことも、協議の対象となったことも一度としてない。本件各特許発明の実施の有無を調査するには、レンズの焦点距離などのデータについて多大な費用及び時間を要する特殊な方法による解析が必要であるところ、一審被告の許諾対象特許中には容易にその実施ないし侵害の有無を確認できる特許が他に多数存在する。したがって、本件各特許はライセンス契約においてその侵害の有無がライセンサーの一審被告のみならずライセンシーによってもさほど注目されるものとはならない。現に一審被告はライセンス契約の締結交渉で1社を除いて本件各特許発明の相手方における実施の有無を調査していないし、ライセンシーも自社製品について本件各特許発明の実施の有無を調査しているとは到底考えられない。
 以上の@からDによれば、原判決が、「非提示・実施特許」である本件特許発明の寄与度について、「代表特許に準じる」とし、上記各判断要素を総合考慮して、被告ライセンス契約における基準期間内の被告保有特許のうちの1件に対し30件分の価値を有すると評価した(307頁下2行〜308頁2行)のは高きに失するものであり、数件分にも満たないものと評価されるべきである。
(7) 減額調整の必要性について(争点3−4に関し)
 原判決は、包括クロスライセンス契約により得た利益の額について、当該発明の実施料を、相手方に実施許諾した複数の特許発明の実施料の額に当該特許発明の寄与率を乗じて算定しているが、算定に当たり減額調整すべきである。
ア 原判決の判示
 原判決は、包括クロスライセンス契約により得た利益の額について、当該発明の実施料を、相手方に実施許諾した複数の特許発明の実施料の額に当該特許発明の寄与率を乗じて算定しているが、その場合、事案に応じて減額調整すべき旨判示している(264頁11行〜265頁13行)。しかし、原判決は、本件の算定に当たり減額調整していないので不当である。
イ 実際の包括(クロス)ライセンス契約により得た利益の額の計算において一審原告に有利な数値を用いている点
@ 実施料相当額を算定する期間について、理論上使用者の受けるべき利益の存在しうる最も早い時点である本件日本特許の出願公開日(311頁8行、第1期の起算日)から最も遅い時点である本件各米国特許の有効期間(311頁下3行〜下2行、第5期の末日)までの基準期間を採用している。特許出願は登録特許に比べてライセンス契約の交渉・締結における寄与が小さいにもかかわらず、出願公開から登録までの期間を登録後と同様に取り扱って基準期間に含めることは、一審原告に有利である。
A 本件日本特許実施分の割合の計算において、不明な時点の割合について100%と設定している(315頁3行〜5行、下6行〜下3行、317頁13行)。
B 包括ライセンス契約における本件各特許の寄与度の計算において、被告ライセンス契約においては特許出願がライセンス対象とされているにもかかわらず、その寄与を零としている。
C 包括ライセンス契約における本件各特許の寄与度の計算において、分母に用いる登録特許の数を1/2に減じて、各登録特許の寄与を0.5件とみている(306頁7行〜15行)。
 他方、原判決において、このような一審原告に有利な計算方法が採用されていることに対応するような減額調整は、本件各特許発明の他社における実施割合の推認や、本件特許発明の寄与度など、「独占の利益」の算定過程のいずれの箇所においても、行われていない。したがって、全体として計算方法及び結果が一審原告有利に傾いたままとなっており、バランスを失していて公平でない。
(8) 原判決の本件各特許発明に関する一審被告の貢献度の判断について(争点4に関し)
 原判決は、本件各特許発明に関する一審被告の貢献度を97%と判断している(338頁15行〜353頁下3行)。
 しかし、原判決が認定した根拠事実によれば、本件各特許発明によって一審被告が得たライセンス料について、一審被告はほとんどそのすべてを貢献したというべきであって、一審被告の貢献度が97%との認定は低きに失する。
 さらに、原判決は一審被告の負担した費用を貢献度において考慮するとしているが、一審被告の負担した費用は、ライセンス料に対して被告算定方法Aにおいては92.91%(原判決178頁18行〜179頁14行)、被告算定方法Bにおいても60.7%であって(原判決179頁下5行〜181頁8行)、これを考慮するならば、一審被告の貢献度97%との認定が低きに失するのはなおさらである。
 以上によれば、本件各特許発明によって一審被告が得たライセンス料について、ほとんどそのすべてが一審被告の貢献によるというべきであって、一審原告の貢献度はほとんど零と認定されるべきである。
(9) 中間利息の控除について
 本件の「相当の対価」について、以下のとおり中間利息を控除すべきである。
ア 中間利息控除の必要性
 旧35条3項の規定する「相当の対価」は、「従業者等が有していた発明を受ける権利を使用者等に承継(譲渡)したことによる対価」であるから、その算定基準時は承継時(譲渡時)となる。
 上記算定基準時の「相当の対価」額は、権利譲渡後の事情も総合考慮して認定されるが、使用者等が権利譲渡後の将来に実際に得た又は得るであろう当該特許発明の独占的実施による超過売上げないし利益に基づいて自社実施の場合の相当対価額を算定し、又はライセンサーたる使用者等が、ライセンシーから実際に受領した又は受領するであろうライセンス料に基づいて当該特許等をライセンスした場合の相当対価額を算定するときには、当該将来に得た又は得るであろう超過利益やライセンス料については、算定基準時に引き直して、割引価額が算定されねばならない。したがって、算定基準時後、すなわち譲渡時後に得た又は得るであろうこれらの金額については、譲渡時から得られた又は得るであろう時までの中間利息が控除されねばならない。
 中間利息の利率は5%とすべきであり、複利で計算されるべきである。したがって、将来に得た又は得るであろう超過利益又はライセンス料は当該期間に該当するライプニッツ係数を乗じて減価されねばならない。
 もっとも、「相当の対価」の算定基準時が権利承継(譲渡)時であるとしても、発明者たる従業者等が、使用者等の定めた職務発明に関する勤務規則等により、将来の一定の時期まで、使用者等に対して「相当の対価」支払請求権を行使し得ない場合には、譲渡時から同支払請求権の行使が可能となる時までの期間について中間利息を控除することは公平の観念に反するから、中間利息は同支払請求権の行使可能時から超過利益又はライセンス料が得られた又は得られるであろう時までの間についてのみ、控除されるべきである。
イ 本件における中間利息控除
 本件において、本件各特許を受ける権利が一審原告から一審被告に対して譲渡されたのは、遅くとも昭和56年4月22日である。
 しかし、被告取扱規程上、一審被告の発明者たる従業員は、当該職務発明について実績対価の支払の有無が決定するまでは、旧35条3項に基づいて、相当対価額又は不足額(同条4項の基準に従って算定される対価額と被告取扱規程に従って支払われた対価額との差額)の請求をすることはできないが、一審原告は、平成6年6月27日に実績対価の支払を受けたので、遅くとも同日経過後は何ら障害なく旧35条3項により相当対価額(不足額)請求権を行使できたから、同日以降一審被告が稼得したライセンス料については、中間利息が控除されねばならない。
 以上により、一審被告は、本訴においては、相当対価支払請求権の行使が可能となった平成6年から平成17年までの間の各年のライセンス料(あるいは全ライセンシーの譲渡価格)について中間利息を控除することを求めるものである。中間利息を控除したときの「全ライセンシーの譲渡価格」は、LBPについては、別紙(一)「LBP 中間利息控除計算表」の(g)欄のとおりであり、MFP等については、別紙(二)「MFP等中間利息控除計算表」の(g)欄のとおりである。一審被告は、この中間利息を控除した「全ライセンシーの譲渡価格」をもとに「相当の対価」額を算定することを求めるものである。
2 一審原告の反論
(1) 前記1(1)(「相当の対価」は一審被告の一審原告に対する被告取扱規程に基づく対価の支払により支払済みである旨の主張)に対し
ア オリンパス事件最高裁判決の判示
 オリンパス事件最高裁判決(最高裁平成15年4月22日判決)は、「勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規程に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができる」と判示するのみであり(なお、上記引用判示中、「同条」とは、上記引用部分より前に言及されている「特許法35条」のことを指す)、一審被告が主張するような、使用者の定めた「勤務規則」が労使協約及びそれに基づく労使協議の上で制定されたものであるか否かといった限定は何ら設けていない。
 上記最高裁判決の文言からすれば、旧35条3項及び4項は、使用者の定めた「勤務規則」が労使協約及びそれに基づく労使協議の上で制定されたものであるか否かにかかわらず、当該「勤務規則」で定められた対価額が旧35条4項に従って定められる相当の対価の額に満たない場合には、勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者は、旧35条3項に基づいてその不足額に相当する対価の支払を求めることができると解すべきことは明らかである。
 そして、本件の場合、一審原告が本件各特許発明に関して被告取扱規程に基づいて一審被告から受領した金員は、87万6000円というわずかな金額にすぎない。しかし、本件各特許が重要な特許であり、一審被告が本件各特許を他社にライセンスすること等により莫大な利益をあげていることに鑑みれば、本件各特許発明の対価として支払われた上記金額は、本件各特許発明の「相当の対価」(旧35条3項)と認めるに足りるものとは到底いえないものである。
 オリンパス事件最高裁判決が言い渡された後も、使用者である企業が従業者に対して、その勤務規定等に基づき対価の支払をなした場合であっても、当該勤務規定が労働協約等に基づくか否かを問題とすることなく、従業者がその不足額を請求できる旨判示した判決が相次いで言い渡されている。
イ 被告取扱規程が不合理なものであること
 一審被告は、被告取扱規程における「実績に対する対価」の額に上限が定められていないことを被告取扱規程が合理性を有することの根拠とし、そこに定められた対価の額が旧35条3項及び4項の趣旨・内容に合致すると主張する。
 しかし、被告取扱規程が、特級の発明にかかる対価額に上限を定めていないとしても、次のとおり、それは形式上のものであって、決定された対価額が不合理なものであることは明らかである。したがって、被告取扱規程が上限を定めていないことをもってその合理性を有するとはいえない。
(ア) 一審被告が本件特許発明について支払った「実績に対する対価」は、最低限度額の15万円である。一審被告は本件特許発明についての評価につき当時の認識は誤っていたとの主張をしているものの、本件特許発明が、レーザー走査光学系分野においては唯一であり、かつ当時最高の特級の評価を受けていることや、その後個人としては最高の優秀社長賞を受賞していること、これらは一審被告が本件特許発明により莫大な利益を得た及び得ることの認識を前提にそのような高い評価を与えたことを意味するという事実からすれば、本件特許発明にかかる「実績に対する対価」の額が最低限度額の15万円とされたことの合理的理由を見い出すことはできない。さらに、特級において上限額が定められていないときには、個々の職務発明の対価の額について詳細な検討及び対価の額の説明が当然必要となるが、一審被告は、一審原告に対して、本件特許発明に関する対価額について何ら具体的な説明をせずに一方的に最低限度額である15万円のみを支払っているにすぎず、個別具体的に対価の額について検討が加えられたという事情をうかがうことはできない。また、一審原告が一審被告になした再評価申請に対しても、一審被告は、自身がその作成を認めている対応表(甲12)を一審原告に交付したものの、対価額の根拠については一切具体的説明をなさずに、一審原告の主張を排斥している。
(イ) このような事実からすれば、一審被告が、被告取扱規程に基づき「実績に対する対価」として支払った最低限度額である15万円は、一方的かつ形式的に決定された対価額という外ないのであって、一審被告による対価の決定がいかに不合理かつ一方的なものであるかを、容易にうかがうことができる。それゆえ、被告取扱規程に上限が定められていないことが被告取扱規程の合理性の根拠とならないことはもとより、そのような形式的かつ不合理な決定に基づき支払われた対価額が旧35条3項及び4項の趣旨・内容及びオリンパス事件最高裁判決の趣旨に合致しないことは明白である。
ウ 平成16年に改正された特許法35条4項及び5項との関係につき一審被告は、平成16年に改正された特許法35条4項及び5項の文言を引用した上で、被告取扱規程は当該改正後の特許法35条4項及び5項の規定する職務発明規定の制定手続及び内容の合理性を満たす旨主張する。
 しかし、上記改正特許法の改正附則により、同法は、同法施行日(平成17年4月1日)後にした特許を受ける権利若しくは特許権の承継又は専用実施権の設定に係る対価について適用され、上記施行日前になされた特許を受ける権利若しくは特許権の承継又は専用実施権の設定に係る対価については従前の例による旨明定されている(平成16年6月4日法律第79号改正附則2条1項)。したがって、特許権の承継が平成17年4月1日より前になされた本件事案には上記改正特許法が適用されず、従前の例によるべきことは明らかである。
 また、以下に述べるとおり、一審被告の主張は、上記改正特許法の趣旨からしても誤りである。
(ア) まず、一審被告は、「労働協約が職務発明規定を定める有力な方策の一つである」旨の衆議院附帯決議及び「適正な手続を踏まえた職務発明規定が成立している場合にはその内容が十分尊重されるとともに、既存案件については円滑な問題解決が可能となるよう努めること」旨の参議院附帯決議を引用する。
 しかし、上記各附帯決議は、「労働協約」を改正特許法35条4項が列挙する複数の考慮事項の一つである「使用者と従業員等との間で行われる協議の状況」の具体例として掲げたものにすぎず、労使協議によって定められれば同法が列挙するその他の事由を考慮しなくともよいという趣旨でないことは明らかである。
(イ) また、一審被告は、被告取扱規程が、実績対価受領後30日以内の異議申出や再評価申請の機会を形式的に与えていることを指摘し、「従業者等からの意見の聴取」の要件を満たす旨主張する。
 しかし、上記改正法案の基礎となった産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会による平成15年12月「職務発明制度の在り方について」と題する報告書(甲61)も指摘するとおり、勤務規則等の合理性を判断するには、「…個々の発明に対する『対価』の決定に当たっては、従業者等に対する説明の有無や程度…」が考慮されるべきである(甲61、15頁26行〜28行)。本件の場合、被告取扱規程の特級における「実績に対する対価」は、少なくとも形式上は上限がない以上、一審被告としては対価の額がなぜ最低限度額である15万円であるのかにつき詳細に検討した結果を具体的に説明する必要があるにもかかわらず、一審被告は、特級の評価時点のみならず再評価申請への対応の際にも、その対価額の根拠について何ら具体的な説明をしていない。このように、一審被告がその取扱規程に基づいて、最低限度額である15万円を含む合計約87万円の対価をその根拠について何らの具体的説明をすることなく一方的に一審原告に支払ったことからすれば、当該対価決定手続が不合理であることは明らかである。
 上記報告書は、まさにこのような使用者の対応をして、職務発明を巡る憂慮すべき問題点として、「…従業者等は、多くの場合において使用者等が一方的に定める勤務規則等の定めに従って対価の支払いを受けているのが現状である。」と述べている(甲61、14頁下12行〜下11行)。
(ウ) さらに、一審被告は、被告取扱規程はその内容も合理的であると主張する。
 しかし、被告取扱規程は、権利承継の時点において、承継者がどの程度の対価が得られるかわからないまま譲渡せざるを得ないという不合理な内容であり、また、形式的には実績対価が特許の自社実施度等を基準に決定され対価額に上限が設けられていないかもしれないが、本件の場合、一審原告に何らの説明もなく一方的に規定最低限(15万円)の対価が支払われただけであるため、被告取扱規程に基づく本件対価支払は実質的には完全に不合理なものである。一審被告がその取扱規程に基づき一審原告に支払った本件各特許発明にかかる対価額は、合計約87万円にすぎず、この金額は、一審原告の多大な努力によりなされた本件各特許発明を一審被告が承継することにより一審被告が得た莫大な利益に比し、極めて僅少であり、著しく不合理なものである。
(2) 前記1(2)(本件の事情の下では本件各外国特許を受ける権利の承継の対価については旧35条3項及び4項は類推適用されない旨の主張)に対し
 日立事件最高裁判決は、旧35条3項及び4項を外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求に類推適用するに当たり、その一般的背景の一つとして「当該発明をした従業者等から使用者等へ特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引することが困難」という点に言及しているにすぎず、この点が旧35条3項及び4項の類推適用の要件となるとは判示していない。
 また、たとえ一審被告が主張するように被告取扱規程が労使協議に依拠して制定されたものであったとしても、同規程は、結局承継の時点において、承継者がどの程度の対価が得られるかわからないまま譲渡せざるを得ない内容になっており、また、承継後の対価の支払も結局使用者側の一方的な判断に委ねられた内容になっているのであって、取扱規程の内容から見て、労働者側が自己の権利を完全に守れるような労使対等の仕組みになっていないことは明らかである。すなわち、被告取扱規程の中では、承継後に、出願における対価、登録における対価が支払われることになっており(乙2の1〜8)、さらに、実績に対する対価については、社内実施又は第三者への実施許諾の実績により、会社に貢献したと認められたものについて、特許審査委員会の審査結果に基づき対価が支払われることになっている(乙2の8)。また、実績に対する対価が支払われた後に、その支払われた額について、その後の実績により顕著な差異が生じたとして再評価申請がなされた場合、特許審査委員会の審査結果に基づき差額を給付することになっている(乙2の8)。これらの規程からすれば、労働者は、承継の時点においては、将来自己の発明に対していかなる金額が支払われるかわからず、その後もいかなる金額が支払われるかはすべて特許審査委員会の審査結果に委ねられているのであって、このような規程が労使対等の規程であるとは到底評価できない。
 以上により、本件の事情の下では、本件各外国特許を受ける権利の承継の対価については旧35条3項及び4項は類推適用されない旨の一審被告の主張は理由がない。
(3) 前記1(3)(代替技術に関する主張)に対し
ア 一審被告が本件各特許発明の技術的範囲につき「狭い技術的範囲」を主張することは禁反言の法理ないし信義則から許されないこと
 一審被告は、本件特許発明を特級と評価した平成6年当時及び本件特許発明を優秀社長賞に賞した平成10年当時のいずれにおいても、本件各特許発明の技術的範囲を、一審被告が主張する技術的範囲(「狭い技術的範囲」)よりも広く認識し、本件各特許発明を実施した一審被告の製品が多数存在すると認識していたのであり、このことは一審被告自身も認めている(甲36、5頁7行〜9行及び下5行〜下3行)。また、平成14年4月ころ、一審被告は、一審原告による再評価申請に対して回答するに当たっても、同様に本件各特許発明の技術的範囲を「狭い技術的範囲」よりも広く認識し、甲12を一審原告に示して、レーザー走査光学系を有するすべての被告製品において本件各特許発明が実施されている(「広い技術的範囲」)と説明した。このことから、一審被告は、本件特許出願後、その存続期間満了日である平成13年10月21日に至るまで、一貫して、本件各特許発明の技術的範囲は「広い技術的範囲」であると認識していたことは明らかである。
 そして、一審被告は、本件各特許発明の技術的範囲は広い技術的範囲であることを前提に、本件各特許発明を自ら実施し、また、クロスライセンス契約によりライセンス収入を得たり他社の特許発明を自由に実施したりして、有形無形の莫大な利益を得たのである。とすれば、本件各特許発明の技術的範囲の解釈は、本件各特許発明によって一審被告が得た利益、ひいては、それを基に算定される本件各特許発明の相当の対価とは関係がないというべきである。なぜなら、仮に本件各特許発明の技術的範囲が狭い技術的範囲であったとしても、それを前提に本件各特許発明の相当の対価を算定すると、一審被告の手元には、不当に多くの利益を残すことになってしまうからである。よって、一審被告の技術的範囲に関する主張はその技術論の当否にかかわらず、その主張自体失当である。
 さらに、本件特許に対して提起された9件の本件異議事件において、一審被告は、本件特許発明の技術的範囲について、狭い技術的範囲を一切主張していない。一審被告が本件各特許発明の技術的範囲につき「狭い技術的範囲」を主張することは、本件各特許発明の技術的範囲は広い技術的範囲であるということを前提とした、一審被告の本件各特許に基づく莫大な収益行為及び本件異議事件における主張のいずれにも矛盾しており、禁反言の法理ないし信義則から許されない。
イ 個々の代替技術に関する一審被告の主張につき
 個々の代替技術に関する一審被告の主張は、次のとおりいずれも失当である。
(ア) 技術A
 本件特許の特許請求の範囲の記載はもちろん、本件明細書のどこにも、感光体の材料・感度に関する記載が一切存在しない。一審被告が指摘する本件明細書の「この光束Lbはゴースト像となり、被走査媒体6上に感光体を設置すれば有害像が形成されることになる。」との記載についても、解り易い1実施例として、静止ゴースト像が有害像となる場合に、それを有効走査巾外に除去することを説明するための例を記載したにすぎず、本件特許発明の技術的範囲が感光体特性によって影響されるといった記載では全くない。感光体特性にかかわらず、本件特許発明の条件式を満たす限り、ゴースト像は除去できるのであって、そのような走査光学系は本件特許発明の技術的範囲に属する。本件特許の特許請求の範囲には、「有害像」という文言は存在しないのであるから、本件特許発明の技術的範囲の解釈に関して感光体特性は問題とならない。したがって、原判決が「技術Aを実施した製品は、構成要件Dの条件式を満たす限り、本件特許発明の技術的範囲にも属する」と判示した点は正しい。
 一審被告は、他社の具体例として、レックスマーク社のC750のLBPを挙げている。しかし、このような具体例は、仮に実在したとしても、より静止ゴースト像が有害像となりやすいOPC系感光体を採用し、かつ、静止ゴースト像の発生防止のための様々な要因が考慮された形跡がうかがわれないにもかかわらず、ゴースト像が有害とならないというケースであるから、この具体例においては、感光体特性により静止ゴースト像が有害像とならない技術(すなわち技術A)を採用しているとはいえないというべきである。むしろ、本具体例において仮にゴースト像が発生していないように見えるとすれば、それは、技術Aの作用効果によるものではなく、別の理由、例えば、ゴースト像が有効走査巾内の本来の画像内に重なって発生し、当該本来の画像に埋もれて見えなくなることが原因であることなどが考えられる。また、仮に上記機種が本件特許発明の技術的範囲外である可能性があるとしても、市場全体におけるレーザー走査技術を使用するLBPやMFP製品すべてに対して、上記機種の割合は極めて小さい。
(イ) 技術B
a 一審被告の特許異議答弁書(乙26)における主張は、「理論上いかなる場合であってもゴースト像が形成されない、N≦4の場合には、本件各特許発明の対象外である」ということを述べたにすぎず、偏向器が4面以下の光学系を本件特許発明の構成から除外する意味しか持たないのである。このことは、当該異議事件における異議の決定(乙29)が、本件特許の技術的範囲外となる「ゴースト像が形成されない」場合として、いかなる場合にもゴースト像の形成されない4面以下の偏向器の場合のみを挙げていることからも明らかである(2頁11行〜15行)し、また、本件特許の特許請求の範囲に一審被告が主張するような限定文言が何ら存在しないことからも明らかである。
 本件明細書に記載された実施例には、「再反射光が第2結像光学系に入射せず、または入射しても第2結像光学系のすべてを通過しない」例が開示されている。すなわち、本件明細書(甲2)4欄下2行〜5欄3行には、「例えば偏向器3がN個の反射面を有する回転多面鏡であり、Nを8個、有効走査巾Wを100mm、光束Leの偏向面内における結像光学系20の像側主点Hから被走査媒体6までの距離Dを300mmとする場合には、|α|<70.9°とすればよい。」と記載されているところ、|α|<70.9度を満たす例の中には、αを比較的大きく設定すれば、被走査媒体上の有効走査巾外に静止ゴースト像を結像する例もあり得るし、αを比較的小さく設定すれば、再反射光が第2結像光学系に入射しない例もある。後者の例の場合には、被走査媒体上の有効走査巾外に静止ゴースト像が結像されない。また、本件特許発明について9件の特許異議事件が申立てられた当時(平成3年3月ころ)、一審被告は、「本件特許発明の技術的範囲は、感光体に有害像として形成される静止ゴースト像を被走査媒体上の有効走査巾外に形成させる走査光学系に限定される」という「狭い技術的範囲」を主張していなかった。一審被告は、「狭い技術的範囲」の解釈をしていなかったからこそ、本件各特許が一審被告のレーザー走査光学系を使用するLBP及びデジタル複写機、MFPの全製品に実施されていると判断していたのである。このことからしても、一審被告の上記主張が誤りであることは明らかである。
b 本件明細書(甲2)に記載されている遮光板の実施例(4欄下5行〜下3行)は、本件特許発明の実施例の一つにすぎず、この1例のみから、本件特許発明の技術的範囲が「再反射光がレンズのすべてを透過し静止ゴースト像が形成される走査光学系」だけに限定されるとするのは失当である。
c 本件特許は、出願時の特許請求の範囲と異なり、登録時の特許請求の範囲には、「ゴースト像を被走査媒体の走査方向上で、かつ有効走査領域外に形成するように選定したことを特徴とするゴースト像を除去する走査光学系」といった限定は存在しないのであるから、むしろ、そのような限定は本件特許には加える必要も加えるべきでもない、というのが最終的な一審被告の認識であったというべきである。
d 以上により、本件特許発明の技術的範囲が「被走査媒体上からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達成する静止ゴースト光束が発生する光学系」に限定される旨の一審被告の主張は失当である。
(ウ) 技術E、技術H及び技術I
 特許権侵害訴訟と異なり、本件のような職務発明の相当対価請求訴訟においては、当該発明の技術的範囲の解釈は、必ずしも相当対価の算定に当たり結論に影響を与えるものではない。そのうえ、仮に、本件において本件特許発明の技術的範囲の解釈が本件各特許発明の相当対価の算定に当たり結論に影響を与えるとしても、本件特許発明の実施を回避する技術が理論上存在するにすぎず、現実には実施されていない場合には、本件特許発明の技術的価値は実際上何ら減ぜられるものではないのであるから、そのような場合には代替技術に該当しないものと判断すべきである。
(エ) 技術J
a 本件特許発明の本質的特徴部分は、構成要件D「(α<(4π/N)−(W/D))」を満たすことによりゴースト像を有効走査幅内に発生させないことにある。そして、偏向面に平行な面において、本特許発明の要件、すなわち、「α<(4π/N)−(W/D)」が満たされる場合、光束の偏向器への入射が斜め方向からなされるか否かにかかわらず、ゴースト像を有効走査幅内に発生させないことが可能である。
 一審被告の主張する技術Jでは、光源から発した光束は、ミラーによって反射した後、偏向器に向かって直角に入射しているところ、この入射角は、第2結像光学系(すなわち、偏向器の反射面と感光体の間に存在する光学系)における光軸と重なっている。したがって、この場合、入射角α=0である。そして、偏光器の反射面で反射され、第2結像光学系によって感光体面上に結像される。感光体面で反射した光は第2結像光学系を逆方向から通過して、偏光器の隣の反射面に再入射し、再反射する。この再反射光は、入射光に対して4π/Nの角度をなす方向に反射する。この場合、本件特許発明の要件である「α<(4π/N)−(W/D)」を満足しているか否かは、WとDが不明であるから厳密な数値で判断することはできないが、例えばN=12の場合には、4π/N=60°であり、W/Dは偏向角度を表し、一般の偏向角度は40°以下であると考えられるので、この場合、「(4π/N)−(W/D)」は20°(=60°−40°)よりも大きいと考えられる。この場合、上記のようにα=0であるから、本件特許発明の要件である「α<(4π/N)−(W/D)」を満足している。
 このように、一審被告の主張する技術Jは、本件特許発明の技術の本質的特徴部分を使用しており、偏向器への光束の入射が斜めである点は、それが仮に本件特許の請求の範囲の文言上若干異なるとしても非本質的なものにすぎないのであるから、本件特許発明の技術的範囲内にあるといえる。
b 技術Jは、被告製品の中において同技術単独で実施されているものはなく、技術Fを併用した製品(原判決「別表2」の番号47)が1機種あるのみである。また、他社製品についても、一審被告は、「シングルパス斜め入射」の構成が富士ゼロックス株式会社の製品で採用されている旨主張するが、証拠として掲げられている乙277の9の該当部分(159頁)を見ても、「シングルパス斜め入射方式で15面ポリゴンミラーのA4 Overfilled光学系に対して、12面ポリゴンミラーを採用し、F/Noの均一化(スポットサイズと光量の一様性に関与する)が図れるダブルパス正面入射方式を選定し」と記載されているのみで、実施されていた機種名が不明であるのみならず、そもそも実際にシングルパス斜め入射方式が実施されていたか否かも明らかではない。また、一審被告は、乙277の1・7・8を引用しつつ、富士ゼロックス株式会社の3機種で斜め入射方式が実施されている旨主張しているが、乙277の1・7・8のいずれの証拠からも、これらの製品が斜め入射方式を実施しているとの記載は見当たらない。これらのことからも明らかなように、技術Jはもともと机上の空論であり、ごくわずかの特殊な製品にのみ使用させる可能性があるとしても一般的な製品における使用に耐える技術であるとはいえず、代替技術としては成立し得ないものというべきである。
(4) 前記1(4)(本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲についての主張)に対し
ア 一審被告の本件各米国特許発明に関する主張につき
 一審被告は、本件各米国特許発明につき、原判決が同特許発明に関する「実施例の記載」における「…本発明にかかるゴースト像を除去する走査光学系は、…これによりゴースト像が常に静止して有効走査巾の外側に存在するようにするものである。」という記載や、「以上より、本発明はゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」との記載を無視した旨主張する。
 しかし、一審被告が指摘する上記記載は、いずれも「実施例の記載」である。本件各米国特許発明の「特許請求の範囲」には、同特許発明が「被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像が現れないようにするための走査光学系であって」と明記されており、どこにも「ゴースト像が常に静止して有効走査巾の外側に存在するようにする」といった記載は存在しないばかりか、本件各米国特許発明にかかる明細書には、「ゴースト像が常に静止して有効走査巾の外側に存在するように」しなければ本件各米国特許発明の目的が達成できないということを説明した記載もない。
イ 一審被告の本件ドイツ特許発明に関する主張につき
 一審被告は、本件ドイツ特許発明につき、原判決が、同特許発明に関する「特許請求の範囲」における「点(Ps)から出発する反射により形成されるゴースト像が走査線上の有効走査巾の外側に位置することを特徴とする走査光学系」との記載に関し、「位置する」を「発生させないとの意味」に解釈している点が用語の語義に反し相当でない旨主張する。
 しかし、「位置する」の原語である「liegt」の動詞原型の「liegen」という語は、一審被告が指摘するような「積極的にある基礎の上に存在する」という意味を有するというよりも、むしろ、「位置している」、「置いてある」、「横になっている」といった、漠然とした位置的状態を表すものであり(三修社「新ロボワードアクセス独和辞典」[http://www5.mediagalaxy.co.jp/sanshushadj/] におけるliegenという語の検索結果)、多義性を有する文言である。したがって、上記文言については、当該発明の課題解決原理等から導かれる合理的な内容にしたがって解釈すべきである。そして、本件特許発明のドイツにおける対応特許である本件ドイツ特許発明の課題解決原理は、当然のことながら、本件特許発明と同様、「α<(4π/N)−(W/D)」の式を満たすことによりゴースト像が有効走査線上に形成されることを排除するという点にある。そうだとすれば、「有効走査巾の外側に位置する」とは、「有効走査線外に排除される」という意味、すなわち、「外側に像が形成される」場合のみならず、「外側に排除されるが像が形成されない」場合も当然含むものと解するのが合理的である。
ウ 結論
 したがって、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲について原判決の下した判断は、合理的かつ妥当なものであり、これを相当でないとする一審被告の上記主張は誤りである。
(5) 前記1(5)(一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の実施割合についての主張)に対し
ア 特許発明の実施者が「実施」によりどれだけの利益を得たのかは当該発明の実施品の売上げに基づいて計算されるべきであること
 特許発明の「実施」とは、単にある特定の機種の試作機を1台完成させることのみならず、その機種を製造、販売等することを含む(特許法2条3号)。そして、試作機を開発しても、それを製造して販売しなければ、その開発者は利益を挙げることはできないのであるから、その特許発明の実施者が「実施」によりどれだけの利益を得たのかは、当該発明の実施品の売上げに基づいて計算されるべきは当然である。ライセンス契約のロイヤルティ額や特許権侵害訴訟における損害額が実施品の販売により実施者が得た金額に基づいて算定されるのもそのためである。仮に一審被告が主張するように機種数ベースにて実施割合を計算するとすれば、実際と乖離した極めて不合理な結果となってしまう。
イ 一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の実施割合を一審被告の実施割合の90%であると推認するのは高きに失するとして一審被告が挙げる理由につき
 一審被告は、一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の実施割合を、一審被告の実施割合の90%であると推認するのは、高きに失するとして、@〜Hの理由を挙げるが、一審被告の主張は、以下のとおり、いずれも妥当でない。
(ア) 一審被告は、他社製品における本件各特許の実施の有無については一審原告が立証責任を負うべきところ、一審原告は本件特許が実施された他社製品を1機種たりとも立証できていない旨主張する。
 しかし、一審原告は、これまでの審理において、本件各特許発明はLBP等において原理的な技術に関するものであって必須・回避不能な特許であること、競合他社が多数の異議事件の申立て等を行っていること、そして、本件特許発明に対して、レーザー走査光学系で唯一の特級及び優秀社長賞といった高い評価を一審被告が与えているのは、一審被告が、本件各特許発明の第三者による実施状況を詳細に調査し、その結果他社のLBP等のほぼすべての製品においても実施されていることが判明したからであると考えられることなどにつき、十分に主張・立証を尽くしており、このことから、本件各特許発明が、一審被告とライセンス契約を締結している他社のLBP等の100%の製品において実施されていることは明らかである。また、甲12(対応表)は、本件各特許発明がレーザー走査光学系を用いた一審被告のLBP及びMFP等の全製品において実施されていることを示している。しかも、当該証拠は、一審被告が、本件訴訟にかかる紛争が生じる以前の平成14年(2002年)4月11日ころに、一審原告に対して交付したものであるから、その記載内容は極めて信用性が高い。
 また、一審被告は、一審原告が文書提出命令の申立を行ったにもかかわらず、他社における本件各特許発明を含めた自社の特許の実施情況の調査に関する書類を提出しないのであるから、当該書類によって一審原告が主張する事実、すなわち、「本件各特許発明が、一審被告とライセンス契約を締結している他社のLBP等の100%の製品において実施されていること」は真実と認められるべきである。
(イ) 一審被告は、本件特許発明には、技術A、技術B、技術C、技術F、技術Jなどの代替技術ないし競合技術が存在し、少なくとも5件以上が他社製品において実施されていると主張する。
 しかし、一審被告の主張する代替技術ないし競合技術は、そもそも禁反言により信義則上主張しえないこと、代替技術又は競合技術に該当しないこと、それが他社製品に現実に実施されていることの立証ができていないことについては、前記(3)(4)のとおりである。
 また、一審被告の主張するような代替技術を実施する製品が仮に実際に存在するとしても、それは、日本を代表するプリンターメーカーである一審被告が総力を結集して何年もの年月をかけて調査したにもかかわらず、わずか5件しか特定しえていないのであり、数百もの数に上るLBP及びMFPプリンターのうちのほんのわずかな割合にすぎない。そして、一審被告の主張するとおり一審被告においても本件各特許発明を実施していない製品が存在するのであれば、仮に上記5件が代替技術を実施しているとしても、直ちに本件各特許発明の他社製品における実施状況と本件各特許発明の被告製品における実施状況が異なり、前者が後者を下回るということは導けない。むしろ、本件各特許発明はLBP等において原理的な技術に関するものであって必須・回避不能な特許であること、競合他社が多数の異議事件の申立て等を行っていること等からすれば、少なくとも一審被告と同じ割合の実施状況であると認定すべきである。
(ウ) 一審被告は、一審被告が行った三星電子の製品につき本件特許の実施の有無を調査したところ、調査したすべての製品において本件特許を実施していないことが判明している旨主張する。
 一審被告の上記主張は、乙191の陳述書のみを根拠として主張されているものであるが、当該陳述書は、本件訴訟のために一審被告の社員が何ら刑事的制裁が科されない環境下において作成したものであり、また、当該陳述書の内容には何ら客観的な裏付けがないため、その信用性は極めて低い。したがって、当該証拠のみに基づく一審被告の上記主張は認められるべきではない。
 また、仮に一審被告が調査したと主張する三星電子のわずか3機種において本件特許発明が実施されていなかったとしても、三星電子の他の機種については本件特許発明が実施されていないことを意味しない。
(エ) 一審被告は、平成15年7月11日付け一審被告の一審原告に対する回答書(甲11)を引用し、本件特許発明の技術を実施していない他社製品が11機種ある旨主張している。
 しかし、当該回答書は、何ら客観的証拠に基づかないものであり、一審被告自身が自己に有利になるように主張したものであるから、信用性は極めて低い。
 そもそも、一審被告は、上記他社11機種が本件特許発明を実施していない旨の一審被告の主張を裏付ける証拠書類について一審原告が文書提出命令の申立てを行ったにもかかわらず、これを提出しないのであるから、当該書類によって一審原告が主張する事実、すなわち、「本件各特許発明が、一審被告とライセンス契約を締結している他社のLBP等の100%の製品において実施されていること」は真実と認められるべきである。
(オ) 一審被告は、少なくとも他社製品の3機種がダブルパス方式(技術F)の構成を採用し、3機種は斜め入射(技術J)の構成を採用し、1機種は4面ポリゴンミラー(技術Bの一部)の構成を採用し、1機種以上は「シングルパス斜め入射」(技術J)の光学系を採用している旨主張する。
 しかし、一審被告が列挙する上記技術については、一審被告は禁反言として主張できず、かつ、いずれも本件特許発明の技術的範囲内に属するものであり、少なくとも代替技術には該当しないことは、前記(3)のとおりである。また、前記(3)イ(エ)bのとおり、富士ゼロックス株式会社の製品については、証拠による立証が不十分である。
(カ) 一審被告は、本件特許発明の技術を実施していない他社製品の具体例として、レックスマーク社のC750のLBPを挙げているが、同製品については、前記(3)イ(ア)のとおりである。
(キ) 一審被告は、乙208に記載されたデータを根拠として、一審被告においてさえ本件特許発明の実施率は年々低下しているとか、新しい製品には本件特許が実施されない傾向が顕著であると主張する。
 しかし、乙208は、後記3(5)ア(イ)dのとおり信用できない証拠である。また、仮に一審被告の主張するとおり一審被告における本件特許発明の実施率が年々低下しているということがあったとしても、一審被告の実施率が低下する一方で他社製品の実施率が低下していない場合も十分考えられるのであり、その場合、他社製品の実施率は、一審被告の実施率を上回るといえる。さらに、仮に一審被告の新しい製品において本件特許が実施されない傾向があるとしても、そのことから直ちに他社製品の実施割合が一審被告の実施割合と比較して100%未満となるわけではない。
(ク) 一審被告は、ライセンシーはライセンスを受けていても可能な限り他社の特許技術を使わずに自社技術を使って製品を開発することが多い旨主張する。しかし、この主張は、後記3(5)ア(イ)aのとおり失当である。
(6) 前記1(6)(原判決が本件特許発明の寄与度を一審被告保有特許のうちの1件に対し30件分の価値を有するとした判断についての主張)に対し
ア 一審被告の考え方の誤り
 一審被告は、非提示特許がライセンス交渉時に考慮されるのは例外的な場合のみであるため、代表特許に準じて考えるのではなく、むしろ、ライセンシーにおいて現実に考慮されたことが立証されない限り、非提示・非実施特許に準じるものとして控え目に評価されねばならない旨を主張する。
 しかし、包括クロスラインセス契約の対象となる特許を、「中核特許」、「単純提示特許」及び「非提示特許」の3種類に分け、包括クロスライセンス契約によって得られた利益全体を、「非提示特許」に比べ、「中核特許」に多めに配分されるように、前記3種類の特許の種別ごとに配分することは誤りである。なぜなら、包括クロスライセンス契約締結交渉においては、そもそも互いに特許を提示せずに交渉する、つまり提示特許の存在しない交渉もあり、また、提示特許が存在する交渉においても、提示特許のうち、ライセンス交渉において議論の中心となった「中核特許」よりも、議論の対象とはならず、ライセンス契約締結交渉の相手方にも提示されなかった「非提示特許」の方が、その価値がより高い場合があることが充分考えられるからである。このように、「特許発明総体から生じる利益」を「中核特許」に多く振り分け、「非提示特許」に少なめに振り割るという発想自体誤りである。
 包括クロスライセンスにおける各特許の貢献度の算定に当たり、各特許の実施状況等の経済的側面に基づいて算定方法を採用すべきことは、包括クロスライセンス契約を締結することによって各当事者が受ける利益が、まさにライセンスに含まれる個々の特許につき本来支払わねばならなかったライセンス料の支払を免れるという利益であることからすれば、当然のことである。逆に、一審被告が主張するように、各特許の実施状況等の経済的価値に着目せずに、交渉時に提示されたか否かといった極めて流動的かつ偶然的事情によって、実施率の高い貴重な特許が、全く実施されていない無価値の特許と同列に扱われることは、極めて不合理かつ不公平なものである。
イ 一審被告の代替技術等に関する主張につき
 一審被告の代替技術等に関する主張が採用できないことは、前記(3)〜(5)のとおりである。
ウ 本件各特許発明の重要性を判断する際に一審被告における本件特許発明の社内評価を用いることの妥当性
 一審被告は、原判決は、一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施割合を認定するに当たり、一審被告の実施割合から直接推認する手法を採用しているのであり、そこに一審被告の社内評価が考慮される余地はない旨主張する。
 しかし、仮に、一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施割合を認定するに当たり、一審被告の実施割合から直接推認する手法を用いたとしても、一審被告の全ライセンシーにおける本件各特許発明の実施品の譲渡価格における本件特許発明の寄与度を算定する場合には、当該実施品において実施されているその他の特許との関係において、本件各特許発明がどれほどの重要性を有するのかを算定する必要があるのであり、その重要性を判断する場合に、一審被告における本件各特許発明の社内評価を用い得ることは、自由心証主義の原則からして当然である。
 また、実質的にも、@一審被告においては、発明対価評価基準書(乙5の1〜4、6の1)や発明表彰審査基準書(乙5の5、6の2)において「他社への活用度」といった項目があり、一審被告はこれに基づいて本件特許発明に特級や優秀社長賞といった高い評価を与えていること、A一審被告は、本件特許発明を特級と評価した平成6年当時及び本件特許発明を優秀社長賞に賞した平成10年当時のいずれにおいても、ほとんどすべての一審被告の製品に本件特許発明が実施されていると認識しており、また、平成14年4月ころ、一審原告が再評価申請を行った際に、一審被告がこれに対して回答するに当たり、甲12の対応表を一審原告に示して、レーザー走査光学系を有するすべての被告製品において本件特許発明が実施されていると説明しているところ、レーザープリンターメーカーの草分けである一審被告において、本件特許発明が上記のような高い実施率に基づいて社内で高い評価を得ていることからすれば、一審被告の全ライセンシーにおいても、当然高い実施率に本件各特許発明が実施されていると推認すべきは当然であることなどからすれば、本件各特許発明の重要性を判断する際に一審被告における本件特許発明の社内評価を用いることは極めて妥当なことである。
エ 本件各特許は非提示特許でないこと
 一審被告は、本件各特許は、ライセンス交渉において提示されたことも、協議の対象となったこともないと主張するが、この主張が誤りであることは、後記3(3)カ(イ)のとおりである。
オ 結論
 以上のとおり、一審被告の理由付けはいずれも誤りであり、理由のないものであるから、「本件特許発明が被告ライセンス契約における基準期間内の被告保有特許のうちの1件に対し30件分の価値を有するものと評価するのが相当と判示した原判決が高きに失するものであり、数件分にも満たないものと評価されるべき」旨の一審被告の主張は、理由がない。
(7) 前記1(7)(減額調整の必要性についての主張)に対し
ア 一審被告が引用する原判決の判示部分
 一審被告が引用する原判決の判示部分につき、バランス調整の必要性に言及している部分は、すべて「無償包括クロスライセンス契約」であることが前提とされている(原判決263頁下2行〜264頁2行、264頁11行〜12行)。なぜなら、有償のクロスライセンス契約の場合、有償の部分については、一方当事者の特許権の価値に相当する実施料を有償で支払うのと同様であるから、何らクロスライセンス契約とはいえないからである。
 しかるに、本件の場合、一審被告が他社と締結しているライセンス契約の種類には、無償包括ライセンス契約はほとんどなく、そのほとんどはライセンスバック付き有償包括ライセンス契約(一審被告が相手方に対し一方的に特許等を実施許諾し、相手方の一審被告に対する実施料の支払のみが行われるのが本来の契約目的であるが、一審被告が相手方の特許等を万が一侵害することを避けるための保証として、相手方の特許等の実施許諾を無償で受けるもの)としている。原判決は、この点に着目し、「修正実施料率」によって算定する方法を採用している(273頁11行〜25行)。原判決の言及する「修正実施料率」は、まさに一審被告自身が提出した「標準包括ライセンス料率」(乙75)に準拠したものである。一審被告は、自ら「標準包括ライセンス料率」という個々の特許力を考慮しない抽象的な計算方式を提示しておきながら、かつ、個々の特許力を示すような情報を提供することもなく、また、現実的かつ具体的な減額調整の方法の提示もせずに、単に原判決が「減額調整方法」をしていないという一部分のみを指摘して批判するものであるから、一審被告の上記主張は失当である。
イ 一審被告が一審原告に有利な数値の使用と主張している各数値につき一審被告が、一審原告に有利な数値の使用と主張している各数値は、次のとおり一審原告に有利なものではない。
(ア) 原判決が、実施料相当額の算定期間について、理論上使用者の受けるべき利益の存在しうる最も早い時点から最も遅い時点の基準期間を採用している点については、これらの期間は、本件各特許の権利期間であるから、これらの期間を採用するのは当然である。
(イ) 原判決が、本件日本特許実施分の割合の計算において、不明な期間の実施割合について100%であると設定している点については、一審被告自体が不明な期間の実施割合について100%であると主張したために、そのように認定されたものである。仮に、一審被告が、100%という実施割合が現実に反するとの認識であったとすれば、一審被告は、自己の認識に合致するような様々な資料を収集して、100%という実施割合設定が現実に反する旨の主張立証を行っていたはずであり、一審被告がこのような主張立証をしなかったことからすれば、100%という実施割合設定は現実にも合致する数値であると認定するのが妥当である。
(ウ) 原判決が、被告ライセンス契約においては特許出願がライセンス対象とされているにもかかわらず、その寄与度をゼロとしている点については、一審被告自身も認めているとおり、特許出願にはその後特許権が成立しないものも多いため、登録特許よりも寄与度が低いといえるのであり、また、特許出願を寄与率の分母に加えた場合、それに伴って登録特許たる本件特許の寄与率の数値も反射的に大きく評価する必要が生じるので、必ずしも特許出願を寄与度の計算に含めることは、一審原告の有利とはならない。
(エ) 原判決が、一審被告は、包括クロスライセンス契約における本件特許の寄与度の計算において、分母に用いる登録特許の数を1/2に減じている点については、一審被告自身が認めているとおり、一審被告の登録特許は、該当期間内において消滅したり新たに加わったりしているため、その数は変動するものであるから、一定程度減ずるのは当然であり、減ずる額が1/2であると主張したのは一審被告自身であるが、実際に減ずべき数量は1/2よりも多い可能性も十分考えられるのであって、必ずしも1/2が一審原告にとって有利な数字ということはできない。
(8) 前記1(8)(原判決の本件各特許発明に関する一審被告の貢献度の判断についての主張)に対し
 被告算定方法A及びBにおける一審被告が負担した費用の率は、一審被告が自己に有利となるように高額の算出をしている可能性が高く、客観的裏付けがあるとはいいがたい。
 また、仮にこれらの費用を実際に負担していたとしても、使用者の負担した費用と使用者の得た利益との間の単純な比較から算出すべきではない。職務発明は、使用者の費用負担のみならず、従業員の才能や努力の程度、設備の状況、技術の蓄積状況といった様々な事情によって生み出されるものである。したがって、使用者の貢献度を判断するに当たっても、これらの事情を総合的に考慮して決せられるべきである。
 後記3(8)のとおり、使用者の貢献度における原判決の判断は、誤りが多く、97%という数字も不当に高いものである。
(9) 前記1(9)(中間利息の控除についての主張)に対し
ア 中間利息が控除されるべきでないこと
 旧35条3項の「相当の対価」の算定においては、次の理由により中間利息は控除されるべきでない。
(ア) 最高裁判決
 オリンパス事件最高裁判決は、対象発明の権利承継時期を特定することも中間利息の控除を行うこともなく、また、それらの必要性を指摘することもなく、旧35条3項の「相当の対価」の支払を命ずる判決を下しているから、最高裁判所は、旧35条3項の「相当の対価」の算定につき、中間利息を控除する必要はないという立場を採用しているものと解される。
(イ) 権利の性質
 旧35条3項が規定する「相当の対価」支払請求権は、当事者間の合意に基づいて発生するものではなく、旧35条3項が規定する要件を満たすことにより発生する法定債権である。このような法定債権については、不法行為に基づく損害賠償請求権のように被害者保護という政策的観点から例外が認められるべき場合を除き、民法412条3項の規定する期限の定めのなき債務に該当し、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負うものと解される。したがって、旧35条3項に基づく相当の対価支払債務も、履行の請求を受けた時から遅滞の責任が生じ、この時点から遅延損害金の支払債務が発生すると解すべきである。
 以上を前提とすれば、仮に、相当の対価支払債務の発生時期や算定時期を対象特許発明の権利承継時としたとしても、権利譲渡者は、履行の請求をするまで相当の対価を受領できない以上、少なくとも、権利承継後履行請求の時点までに発生した「使用者等が受けるべき利益」に基づく相当の対価の部分については、将来の分を事前に受領することにはならないため、中間利息の控除を考慮する必要はないというべきである。
 なお、より厳密にいえば、権利譲渡者は、実際のところ、裁判が確定してそれに基づいて支払がなされるまでは相当の対価を受領できないのであるから、その時点までの中間利息の控除も考慮する必要はないはずである。しかし、当該時点は事前に予測が困難であること、及び、権利譲渡者には訴状送達の翌日から支払済みまで年5分の遅延損害金の請求が認められるのが通常であることを考慮し、実務上は、「少なくとも、権利承継後、履行請求の時点までに発生した『使用者等が受けるべき利益』に基づく相当の対価の部分については、将来の分を事前に受領することにはならないため、中間利息の控除を考慮する必要はない」と解すれば足りる。
(ウ) 煩雑性の回避
 仮に、一審被告の主張のとおり、公平の観念から、中間利息の控除を相当の対価支払請求権の行使可能時からとしたとしても、権利譲渡者は、相当の対価支払請求権の行使可能時から相当の対価支払時までの遅延損害金を請求できるため、結論はそれ程変わらないはずである。むしろ、遅延損害金の請求起算日を相当の対価支払請求権行使可能時からとすると、オリンパス事件最高裁判決を含む過去の裁判例により蓄積された実務慣行、すなわち、訴状送達の翌日からの遅延損害金を請求するという実務慣行に反し、新たな遅延損害金の請求をする必要が生じるという煩雑性が生じる。
 このような煩雑性の回避の観点からすれば、少なくとも、権利承継後、履行請求の時点までに発生した「使用者等が受けるべき利益」に基づく相当の対価の部分については、将来の分を事前に受領することにはならないため、中間利息の控除を考慮する必要はない、と解すべきである。
(エ) 「受けるべき利益」の意義
 使用者等の「受けるべき利益」は、そもそも将来の予測にすぎず、後から振り返ってみた場合に、後日の特定時点で特定の利益が得られていたとしても、そのことから直ちに、権利承継時点において、当該特定時点で当該特定の利益が見込まれていたともいえないから、後日の収益から単純に中間利息を控除しても、「受けるべき利益」が一義的に算出されるものではなく、まして、口頭弁論終結時においても将来取得できる可能性のある利益として予測されるにすぎないものについては、なおさら不確実なものにすぎないから、この不確実な予測を基礎として、厳密に中間利息の控除をしたとしても、結局それは不確実性の残る数値にすぎない。
イ 中間利息の控除方法等につき
(ア) 仮に、一審被告が主張するように何らかの中間利息が控除されるべきであるとしても、それは、平成6年6月27日経過後の相当の「対価の将来分」でなければならず、したがって、平成6年1月1日から同年6月27日までの期間についての相当の対価部分については、中間利息は控除されるべきではない。
(イ) 仮に、一審被告主張のとおり、平成6年を基準として「相当の利益」を算定することを理由として将来「受けるべき利益」につき中間利息を控除するのであれば、公平の観点等からして、「相当の対価」の算定の基準として、平成6年において一審被告が認識していた本件各特許発明の技術的範囲(「広い技術的範囲」)を用いるべきとの一審原告の主張はより一層認められるべきである。
3 当審における一審原告の主張
(1) 算定方法の追加(争点3−4に関し)
 一審原告は、原審において主張していた算定方法1〜10に加えて、以下の算定方法(算定方法11〜19)を追加して主張する。
ア 算定方法11
 算定式は、基本的には、算定方法3と同じである。ただし、算定方法11は、本件各特許発明の寄与度について、一審原告が原審から主張してきた10.4%の他に、新たに、被告取扱規程における実績対価の金額の比較による寄与度の算定方法(後記(3)キ(ア)b)を追加して主張するため、この新たに追加する寄与度の算定方法を使用して一審被告が「受けるべき対価」を求める算定方法である。
イ 算定方法12
 算定式は、基本的には、算定方法8と同じである。ただし、算定方法12は、本件各特許発明の寄与度について、一審原告が原審から主張してきた10.4%の他に、新たに、被告取扱規程における実績対価の金額の比較による寄与度の算定方法(後記(3)キ(ア)b)を追加して主張するため、この新たに追加する寄与度の算定方法を使用して一審被告が「受けるべき対価」を求める算定方法である。
ウ 算定方法13
 算定式は、基本的には、算定方法10と同じである。ただし、算定方法13は、本件各特許発明の寄与度について、一審原告が原審から主張してきた10.4%の他に、新たに、被告取扱規程における実績対価の金額の比較による寄与度の算定方法(後記(3)キ(ア)b)を追加して主張するため、この新たに追加する寄与度の算定方法を使用して一審被告が「受けるべき対価」を求める算定方法である。
エ 算定方法14〜17
 算定式は、基本的には、算定方法4〜7と同じである。ただし、算定方法14〜17は、本件各特許発明の寄与度について、一審原告が原審から主張してきた10.4%の他に、新たに、一審被告取扱規程における実績対価の金額の比較による寄与度の算定方法(後記(3)キ(ア)b)を追加して主張するため、この新たに追加主張する寄与度の算定方法を使用して一審被告が「受けるべき対価」を求める算定方法である。
オ 算定方法18
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額」×「全ライセンシーのシェア」×「本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」×「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」×「修正実施料率」×「本件各特許発明の寄与度」(ここでいう「寄与度」とは、原判決とは異なり、本件各特許発明が実施されている製品において実施されている特許のうちで、本件各特許発明が寄与している度合いである。)
カ 算定方法19
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額」×「全ライセンシーのシェア」×「修正実施料率」×「本件各特許発明の寄与度」(ここでいう「寄与度」とは、LBP及びMFP等に関する全特許の中で本件各特許発明が寄与している度合いである。)
(2) 原判決の「独占の利益」の算定方法の矛盾(争点3−4に関し)
ア 原判決の採用した「独占の利益」の算定方法
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「一審被告以外の全他社の譲渡価格合計額」×「全ライセンシーのシェア」×「本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」×「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」×「修正実施料率」×「本件各特許発明の寄与度」
イ 原判決の採用した「独占の利益」の算定方法の問題点
 しかし、原判決の採用した上記「独占の利益」の算定方法においては、一つの算定式の中に、本件各特許発明に限定した要素と本件各特許発明に限定していない要素という矛盾した二つの要素が存在している。
 原判決は、譲渡金額につき、「一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の譲渡金額」ではなく、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」を採用している。すなわち、原判決は、譲渡金額について、一審被告と包括クロスライセンス契約を締結している全ライセンシーのLBP及びMFP等の譲渡金額のうち、本件各特許発明を実施している製品に限定している。
 他方で、原判決は、「本件各特許発明の寄与度」については、「一審被告が有する基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)の中で本件各特許発明が寄与している度合い」として算定を行っている。すなわち、原判決は、「本件各特許発明の寄与度」については、一審被告が保有する特許のうち、ライセンシーが一切実施していない特許をも含む、被告ライセンス契約に含まれるLBP及びMFP等に関するすべての特許の中における、本件各特許発明が寄与する度合いとして計算している。具体的には、原判決において寄与度を示す数値である30/4005(LBP)や30/6175(MFP等)の分母となっている特許の数(4005及び6175)においては、ライセンシーが一切実施していない特許も含まれている。
 このように、原判決の採用している譲渡金額と「本件各特許発明の寄与度」との間には、一つの式の中で、本件各特許発明に限定した要素と本件各特許発明に限定していない要素という矛盾した二つの要素が存在しているという問題点がある。
ウ 算定方法18又は19を採用すべきこと
 仮に原判決の算定方法の考え方が採用されるとしても、上記のような不都合が生じないようにするために、以下のように算定方法18又は19が採用されなければならない。
 まず、原判決のように、譲渡金額について、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」を採用するのであれば、「本件各特許発明の寄与度」については、「本件各特許発明の実施製品において実施されている特許のうちで本件各特許発明が寄与している度合い」が採用されなければならない。すなわち、寄与度を示す分数の分母の数は、本件各特許発明の実施製品において実施されている特許の数に限定されなければならない(算定方法18)。具体的な寄与度の算定方法は、後記(3)キ(イ)a(a)のとおりである。
 次に、仮に、原判決のように、「本件各特許発明の寄与度」につき、「一審被告が有する基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)の中で本件各特許発明が寄与している度合い」として算定するのであれば、譲渡金額については、「一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の譲渡金額」が採用されなければならない。すなわち、「本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」、「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」の各要素を乗じることによって、一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の全製品の譲渡金額合計額から本件各特許発明が実施されていない製品が除かれているのであるから、これらの各要素を乗じる部分は削除されなければならない(算定方法19)。
(3) 原判決の「本件各特許発明の寄与度」認定の誤り(争点3−3に関し)
ア 原判決の採用する寄与度の算定方法
(ア) まず、本件特許発明の寄与度の分母については、一審被告が基準期間内において保有する日本国特許の数から除外特許等を除いた数値であるLBP8009件、MFP等1万2349件につき、基準期間内において、新たに特許登録されたり、又は、存続期間満了や無効等によって権利消滅が生じることを考慮して、これを2で除した数を分母としている(原判決306頁6行〜15行、308頁3行〜9行)。
(イ) 次に、本件特許発明の寄与度の分子については、本件特許は、非提示・実施特許であるから、特許発明の寄与度は、当該特許の技術内容や相手方の実施割合、代替技術ないし競合技術の存在とその実施割合、社内評価の状況などを総合的に考慮して決するのが相当である旨判示(原判決307頁2行〜5行)した上で、本件特許発明は、@被告ライセンス契約の相手方においても相当程度の高率で実施されているものと推認するのが相当であること、ALBP及びMFP等は、様々な種類の多数の技術(特許)が複合されて初めて商品化が可能となる製品であり、個々の特許を抽出した場合、代表特許ではない単なる実施特許について、ライセンス契約全体に対し多大な貢献をしているものとみることは相当ではないこと、B本件特許発明は、他に代替の余地のない必要不可欠な技術ということはできず、LBP及びMFP等の製品化において解決のために必ず本件特許発明を実施する必要があるというものでもないことから、@〜Bの諸事情を総合的に考慮すれば、本件特許発明は、被告ライセンス契約における基準期間内の前記一審被告保有特許(LBPにつき4005件、MFP等につき6175件)のうちの1件に対し、30件分の価値を有するものと評価するのが相当である旨判示する(原判決307頁6行〜308頁9行)。
(ウ) また、本件各米国特許及び本件ドイツ特許についても、「本件各特許発明と実質的に同一の特許発明であるから」という理由で、その割合は同率であると認定している(原判決308頁10行〜12行)。
イ 30件分と評価したことに合理的根拠がないこと
 しかし、原判決が判示する上記ア(イ)@〜Bのいずれも、分子である30件という数値の根拠にはなっていない。なぜなら、上記ア(イ)@〜Bは、30件という数値が10件であろうと60件であろうと100件であろうと同様に使い得る理由付けであり、30件分と評価したことの理由を説明するものでは全くないからである。実質的には、全く何の合理的根拠も無く30件という数値が示されていることに他ならない。
ウ すべての特許を分母として算定していることが不合理であること
 原判決は、譲渡金額につき、「全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」を採用しておきながら、寄与度においては、本件各特許発明が実施されているか否かにかかわらず、全く実施されていない特許を含むすべての特許をその分母として算定しているのであり、このことが不合理であることは、前記(2)で述べたとおりである。
エ 1件に対し30件分の価値を有するという考え方が不合理であること本件特許発明が、被告ライセンス契約における基準期間内の一審被告保有特許(LBPにつき4005件、MFP等につき6175件)のうちの1件に対し、30件分の価値を有するという、原判決の考え方は、一審被告が保有する各特許は、その最も低い価値の特許が、少なくともLBPであれば1/4005、MFP等であれば、1/6175の価値を有しているという考え方に基づいており、かつ、特に重要性や有用性の高い特許は、その1件に対し、N件分の価値を有するものと評価され、単純に1/4005分もしくは1/6175件分の1にNが乗じられて寄与度が算定されるということになるということのようである。
 しかし、この算定方法によれば、一審被告保有の基準期間内のすべての特許の寄与度を加算すると、LBPについては、4005/4005(=1)を超えてしまい、MFP等については6175/6175(=1)を超えてしまうことになってしまう。仮に、このような結論を回避するため、1件1件の特許がLBPについては1/4005以下であり、MFP等については、1/6175以下であると仮定すると、今度は、本件特許発明の寄与度である30/4005及び30/6150はいずれも「30件分」ではなくなってしまい、判決の趣旨と矛盾する。このような原判決の寄与度の算定方法は不合理である。
オ 原判決が前提とした事実認定の誤り(1)
 原判決は、上記の「本件各特許発明の寄与度」の認定に当たって、@本件各特許発明がゴースト像の発生防止に不可欠な基本特許とまでいうことはできないという事実や、A走査光学系が他の分野に比して特に重要であるものということはできないという事実を前提としているが、これらの事実は、次のとおり真実に反している。
(ア) 本件各特許発明はゴースト像の発生防止に不可欠な基本特許ということができる
a 原判決が本件各特許発明の代替技術として認定した四つの技術、すなわち、(a)技術B(被走査媒体上に静止ゴースト像が形成されない光学設計)のうち、ポリゴンミラーが4面以下の場合、(b)技術C(非平行光束の構成)、(c)技術D(非倒れ補正光学系の構成)、(d)技術F(ダブルパス方式)は、後記のとおり、いずれも本件の代替技術とは言い得ないものである。
b 仮に、原判決が代替技術として認定した上記(a)〜(d)の技術が製品に使用されることがあっても、上記(a)〜(d)の技術は、本件各特許発明という極めてシンプルかつ優れた技術を凌駕するものではなく、また、これらの技術のうち、(a)及び(b)の技術については、一般の法人ユーザーにおいて使用される製品向けの技術としては汎用性がない。これらの技術が使用されているのは、個人ユーザー向けの小型・安価な製品である。(a)の技術が一般の法人ユーザーにおいて使用される製品向けの技術としては汎用性がないことは、後記(5)ア(イ)c(a)のとおりであって、被告製品における4面のポリゴンミラー使用率は、ごくわずか(2.6パーセント[8/305]〜3.6パーセント[11/305])である。また、(c)と(d)の技術についても、後記(5)ア(イ)c(c)(d)のとおり、汎用性のある技術ではなく、ごく限られた製品にしか使用されていない。さらに、仮に乙209(「MFP等 機種番号別/年度別 被告出荷金額」)に基づき、MFP等における本件各特許発明の実施割合が90.59%であると仮定したとしても、90.59%の商品においては、本件各特許発明によりゴースト像の問題が解決されているのであるから、(a)〜(d)の技術が代替技術として使用されていないことになる。このように、MFP等において、本件各特許発明が高い確率で実施され、逆に(a)〜(d)の技術が使用されていないことからも、(a)〜(d)の技術が代替技術としての実用性がないことが明らかである。
c したがって、本件各特許発明はゴースト像の発生防止に不可欠な基本特許ということができる。
(イ) 走査光学系は他の分野に比して特に重要である
a 一審被告が原審において「NP方式普通紙複写機とレーザー技術を組み合わせたLBPの開発に成功した」と認めている(原審における一審被告準備書面(4)17頁12行〜17行)ように、LBPは、既に確立されたアナログ複写機の原理の流用とレーザー技術すなわち走査光学系に関する技術の組み合わせにより開発されたものであり、アナログ複写機とLBPの違いは、ほとんど光学系に関する技術部分にしかない。このことは、一審被告も原審において自らが作成し提出した乙113(技術説明会原稿)において、「…アナログ複写機とLBPとを比較すると、これらの違いは露光方法にあり、電子写真プロセスに関しては、両者に共通です。」(1頁13行〜14行)、「LBPは、アナログ複写機の原稿の像形成光学系に代えて、走査光学系を備えています。この走査光学系が本件特許発明に係る部分です。」(1頁19行〜20行)と述べていることからも明らかである。実際、コンピュータから送られてきた文字や画像の情報を、実際に感光体の上に高速にかつ高精度に露光して再現するのは走査光学系であり、走査光学系の技術が劣ったものであったり又は走査光学系に画質劣化させるような致命的な問題が生じれば、それは、プリンタとしての性能そのものを劣化させ又は無価値にするのである。
 一審被告自身、自己のホームページにおいて、「レーザーユニットはLBPの心臓部」と題するページを作成しており、走査光学系がLBPの心臓部であり、重要な役割を担っていることを説明している(甲73)。
 また、一審被告が提出した「Canon Technology Highlights」(乙43)の9頁においても、走査光学系であるレーザーユニットについて、「超精密に感光ドラムを走査するレーザーユニット」と題し、走査光学系が「電子写真の心臓部」であることを説明している。
 このように、走査光学系は、LBP技術の心臓部として極めて重要なものである。
b 原判決は、LBP等の製品化に際し、帯電、露光、現像、転写、定着、クリーニング、消耗材、搬送、制御系その他の技術が必要であると認定する(301頁下7行〜302頁5行)が、本来、LBPの基本構成は、一審被告作成の「LBPの基礎技術」(乙44)の2〜3頁においても記載されているように、@ビデオコントローラ、A制御部、B光学部及びC電子写真プロセス/紙送り系の四つの系統に分類されるべきである。原判決の認定している帯電、露光、現像、転写、定着、クリーニング、消耗材、搬送、制御系のうち、帯電、露光、現像、転写、定着、クリーニング、消耗材、搬送まではC電子写真プロセス/紙送り系に属し、制御系のみがA制御部に属するのである。原判決の認定した分類は、一つの系統を過度に細分化し、走査光学系の技術的意義を不当におとしめるものである。
 また、仮に、原判決のように、C電子写真プロセス/紙送り系という一つの系統を過度に細かく分類したとしても、それによって、走査光学系の価値が低くなるということはあり得ない。なぜなら、LBPがどんなに多くの技術の組み合わせにより成り立っていたとしても、すべての技術が同じ価値を有していることはあり得ないからである。どんな機械にもその中枢となる部分が必ず存在するのであり、その他の多くの技術を単に並べたところで、中枢部分が極めて重要であるという事実に変わりはない。レーザービームプリンタは、正に、レーザー技術により生み出されたプリンタであり、レーザー技術すなわち走査光学系は、レーザービームプリンタの要である。
カ 原判決が前提とした事実認定の誤り(2)
 原判決は、上記の「本件各特許発明の寄与度」の認定に当たって、非提示特許であるか否かによって寄与度が大きく異なるという事実認定を前提としているが、次のとおり、この事実認定は誤りであり、また、本件各特許が非提示特許であるとはいえない。
(ア) 非提示特許であるか否かによって寄与度が大きく異なるという事実認定は誤りである
 原判決が非提示特許であるか否かによって寄与度が大きく異なる旨判示した根拠は、包括クロスライセンス契約を締結する場合、その交渉において、相互に一定件数の相手方が実施している可能性が高い特許や技術的意義が高い基本特許を相手方に提示し、それら特許に相手方の製品が抵触するかどうか、当該特許の有効性及び実施品の売上高等について協議することにより、相手方製品との抵触性及び有効性が確認された代表特許と対象製品の売上高を比較考慮すること、及び、互いに保有する特許の件数、出願中の特許の件数も比較考慮することにより、包括クロスライセンス契約におけるバランス調整金の有無などの条件が決定されるからという点にある(原判決266頁7行〜16行)。
 しかし、一審被告自身が原審における準備書面の中で記載しているように、「対象特許等が提示される理由は、自社の特許を相手方が実施していることまたは将来実施せざるを得ないことを指摘して相手方に実施許諾の取得の必要性を高めさせて自社に有利な条件を引き出すという実質的な目的…から、契約締結時の相手方の社内決裁手続上の便宜等のため対象特許等の例示をするという半ば形式的な目的まで、場合により様々である。」(原審における一審被告準備書面(4)30頁下6行〜31頁2行)のであり、また、「…契約によっては全く対象特許等の提示がなされないまま合意に達し契約締結に至ることもある。」(原審における一審被告準備書面(4)31頁6行〜7行)のである。このように、ライセンス契約締結時において提示された特許が、必ずしも競合他社の多数の製品において実施されている重要な特許であるとは限らず、ほとんどあるいは全く実施されていない価値の低い特許が提示される場合もあれば、反対に重要な特許が提示されない場合もある。とすれば、包括ライセンス契約によって一審被告が得た利益のうち各特許が寄与した割合というのは、被告ライセンス契約に関しては、契約締結時に提示されたか否かで判断することはできないのである。したがって、原判決が非提示特許と提示特許で寄与度が異なると考えるべきと判示したことは、その根拠自体が誤りであったのであり、当然、非提示特許と提示特許で寄与度が異なるとする結論も誤りである。
(イ) 本件各特許は非提示特許であるとはいえない
a 原判決は、乙53〜62及び191の陳述書を根拠に、本件各特許は「代表特許」又は「提示特許」として相手方に提示されたことが認められない旨判示している(269頁19行〜25行)。
 しかし、乙53〜62の陳述書は、9社から提出されたものであり、その他の企業については一切証拠がない。本件特許は、一審被告自身が認めるように、一審被告の競合他社のほとんどすべてにライセンスされており(原審における一審被告の答弁書18頁6行〜7行、原審における一審被告の準備書面(1)60頁10行〜11行)、一審被告の提出した陳述書を作成した企業は、一審被告とライセンス契約を締結している企業のごく一部にすぎない。しかも、これらの陳述書は、現実に職務発明訴訟の被告となっている企業(******及び********)の従業員や、職務発明訴訟に対して脅威を感じている企業の従業員が、なんら刑事制裁のない環境において作成したものであり、証拠力は極めて低いものである。また、乙191の陳述書についても、一審被告の従業員がなんら刑事制裁のない環境において作成したものであるという点においては、上記乙53〜62と同様であり、その信用性は極めて低いというべきである。
 したがって、乙53〜62及び191の陳述書において本件各特許が非提示特許である旨の陳述がなされているからといって、一概に本件各特許が常に非提示特許であったということはできない。
b 本件各特許発明の性質からすれば提示特許であったと考えるのが自然である。
 ライセンス契約の交渉において提示する特許を選別するに当たっては、他社製品において実施されている可能性が高い特許発明及び実施しているか否かの判断が比較的容易な特許発明は、その他の特許発明よりも優先して他社製品における実施の有無が調査されるのが自然である。この点、本件各特許発明の条件式である「α<4π/N−W/D」の「D」の値は、ほとんどの場合測定が不要であり、本件各特許発明が他社製品において実施の有無は極めて容易に判明する。また、「D」の値の測定が必要な場合であっても、その測定は容易である。さらに、これまで述べてきたように、本件各特許発明は、新たな部品等を用いることなく、特別に高度なあるいは複雑な技術を必要とすることもなく、また文字の鮮明さや画像の精細性を損なうことなしに、ゴースト像を除去できるという極めてシンプルかつ画期的な技術に係る発明であり、本件各特許は実質的に回避することが不可能な必須特許である。
 したがって、本件各特許発明は、実施状況の調査が容易で、かつ極めて重要であり、他社製品において実施されている可能性が高いのであるから、他社製品において詳細な調査が行われ、かつ、多数の競合他社とのライセンス契約交渉において提示されたと考えるのが自然である。
キ 一審原告の主張する本件各特許発明の寄与度の算定方法
(ア) 算定方法3〜8、10〜17における寄与度につき
 本件各特許発明の寄与度は、以下のaに記載する「被告取扱規程における実績対価の金額及び発明の等級を基にした算定方法」又は、bに記載する「被告取扱規程における実績対価の金額の比較による算定方法」により算定すべきである。
a 被告取扱規程における実績対価の金額及び発明の等級を基にした算定方法
(a) 本件各特許発明の寄与度は、原判決131頁9行〜132頁14行記載のとおり、以下の算式によって算定された10.4%を採用すべきである(算定方法3〜8、10)。
 「本件特許の実績対価/(特級の特許発明の実績対価×特級の特許発明の件数÷2+1級の特許発明の実績対価×1級の特許発明の件数÷2+2級の特許発明の実績対価×2級の特許発明の件数÷2+3級の特許発明の実績対価×3級の特許発明の件数÷2+4級の特許発明の実績対価×4級の特許発明の件数÷2+5級の特許発明の実績対価×5級の特許発明の件数÷2)」
 なお、上記の「実績対価」は、被告取扱規程における実績補償の金額であり、「件数」は、一審被告の周辺機器事業部が管理するLBPの光学系に関する特許発明の件数である。
(b) 一審被告は、発明対価の評価につき、自社実施度、製品貢献度、技術基本度、他社活用度という様々な観点からのデータに基づき、個々の判定対象特許に関し、慎重に評価を行っており、当該評価基準によって出された判定は、個々の判定対象特許の客観的価値を反映している可能性が高い。
b 上記aで述べたような算定方法が認められない場合、以下のような被告取扱規程における実績対価の金額の比較による算定方法が用いられるべきである(算定方法11〜17)。
(a) 被告取扱規程における5級未満の特許の対価としては、実績対価は支払われず、出願時の5000円と登録時の6000円の合計1万1000円が支払われるだけである。(乙2の8)。これに対して、特級でかつ優秀社長賞を受賞した本件各特許発明は、出願・登録時の1万1000円に加えて、実績対価として150万円が支払われ、優秀社長賞の受賞により100万円が支払われ、これらを合計すると、251万1000円となる。
 そうすると、5級未満の特許を基準にして本件各特許発明の寄与度を設定する場合、本件各特許発明の対価合計額は5級未満の特許の対価額の228件分(=251万1000円/1万1000円)に相当する。
(b) したがって、原判決のように、本件各特許発明が、被告ライセンス契約における基準期間内の一審被告保有特許のうちの1件に対し、何件分の価値を有するかという算定方法で寄与度を算定するのであれば、第1期〜第3期については、LBPにつき、228/4005とすべきであり、MFP等につき、228/6175とすべきである。第4期及び第5期については、分母を後記ク(イ)のとおりとすべきである。
 このような算定方法は、実質的に何の根拠もなく30件分という判断を行っている原判決よりはるかに合理的であるはずである。
(イ) 算定方法18、19における寄与度につき
a 算定方法18の場合
(a) 分母につき
α 算定方法18においては、「本件各特許発明の寄与度」を示す数値の分母につき、本件各特許発明が実施されている製品において実施されている一審被告保有の基準期間内の特許件数を使用すべきである。しかし、一審原告は、本件各特許発明が実施されている製品において実施されている一審被告保有の特許件数を算出するデータを持ち合わせていない。もっとも、一審被告保有の特許のうち、5級未満の特許についてはいかなる製品にも使用されていない以上、本件各特許発明が実施されている製品においても実施されていないということができる。そこで、5級未満の特許件数を求め、これを一審被告保有の基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)から引いた数値を、代替的に、本件各特許発明が実施されている製品において実施されている一審被告保有の特許件数として使用する。
β 一審被告保有の特許のうち、LBP及びMFP等の5級以上の特許件数は、以下のように求められる。
 一審被告の周辺機器事業部が保有する特許数は、LBP及びMFP等に関連する一審被告内の各事業部(映像事務機、化成品、周辺機器の各事業部)が管理するすべての特許のうち****%である(乙234)。また、本件日本特許の満了時である平成13年10月20日より前に一審被告の周辺機器事業部が管理していた5級以上の特許件数は***件である(甲152)。したがって、本件日本特許の満了時において、LBP及びMFP等に関連する一審被告内の各事業部(映像事務機、化成品、周辺機器の各事業部)が管理していた特許のうち、5級以上の特許件数は、4759件(***件÷*****)と推定される。一方、原判決(265頁下1行〜266頁5行)によれば、本件日本特許の特許公開時である昭和58年4月22日から満了時である平成13年10月20日までの基準期間内に公告・登録された特許と基準期間内に公開され基準期間後に登録された特許件数は、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件であり、合計すると2万7966件となる。そして、原判決の判示(306頁9行〜12行)するとおり、基準期間内において、新たに特許登録されたり、又は存続期間満了や無効等によって権利消滅が生じることを考慮すれば、上記件数の2分の1である1万3983件が本件日本特許の満了時において、LBP及びMFP等に関連する一審被告内の各事業部(映像事務機、化成品、周辺機器の各事業部)が管理していたすべての特許件数であると推定され、これには、上記の推定による5級以上の特許件数4759件と5級未満の特許件数9224件(1万3983件−4759件)が含まれる。
 そこで、本件日本特許の満了時において、LBP及びMFP等に関連する一審被告内の各事業部(映像事務機、化成品、周辺機器の各事業部)が管理していた5級以上の特許件数と5級未満の特許件数の比率は、4759:9224(=1:2)となる。
 したがって、原判決が認定した被告ライセンス契約の対象となっているLBP及びMFP等のそれぞれの対象特許件数4005件、6175件に対しても、上記と同じ比率で5級以上の特許と5級未満の特許が含まれると考えられるから、LBPについては、5級以上の特許(LBP製品に実施されている特許)は1335件(4005件×1/3)、5級未満の特許(LBP製品に実施されていない特許)は2670件(4005件−1335件)であり、MFP等については、5級以上の特許(MFP等の製品に実施されている特許)は2058件(6175件×1/3)、5級未満の特許(MFP等の製品に実施されていない特許)は4117件(6175件−2058件)である。
γ 以上のとおり、寄与度の分母は、第1期〜第3期については、LBPにつき1335、MFP等につき2058となる。
(b) 分子につき
 分子については、被告取扱規程における実績対価の金額の比較による算定方法により、本件各特許発明が5級の特許の何件分の価値を有するかを求める。
 上記(ア)bの場合には、本件各特許発明が実施されている製品において実施されている特許であるか否かにかかわらず、すべての特許の数が分母の数となっていたが、算定方法18の場合には、本件各特許発明が実施されている製品において実施されている特許のみが分母となっているから、算定方法18の寄与度の分子となる数も、実施されている特許の中で一番低い価値を持つ5級の特許を基準にして、本件各特許発明が何件分の価値を持つかが求められなければならない。
 そして、乙2の8(「発明・考案・創作に関する取扱規程」)によれば、5級の特許の対価としては、出願時の5000円と登録時の6000円と実績対価の6000円の合計1万7000円である。これに対して、本件各特許発明のような特級でかつ優秀社長賞を受賞した発明は、出願時と登録時の1万1000円、実績対価としての150万円、優秀社長賞受賞による100万円を合計した、251万1000円が支払われる。したがって、本件各特許発明のような特級でかつ優秀社長賞を受賞した発明の対価合計額は5級の特許の対価額の148件分(=251万1000円/1万7000円)に相当するから、寄与度の分子は、148となる。
(c) 以上により、算定方法18における寄与度は、第1期〜第3期については、LBPにつき148/1335、MFP等につき148/2058となる。第4期及び第5期については、分母を後記ク(イ)aのとおりとすべきである。
b 算定方法19の場合
 算定方法19における寄与度とは、LBP及びMFP等に関する全特許の中で本件各特許発明が寄与している度合いである。したがって、分母は、第1期〜第3期については、被告ライセンス契約における基準期間内の一審被告保有特許件数、すなわち、LBPについて4005、MFP等について6175となる。
 次に、分子については、上記(ア)bの被告取扱規程における実績対価の金額の比較による算定方法によって、228となる。
 以上により、算定方法19の場合の寄与度は、LBPについて228/4005、MFP等について228/6175となる。
ク 本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明のみが有効な期間の寄与度の算定方法
(ア) 原判決では、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明のみが有効な期間(第4期及び第5期)の寄与度についても、第1期〜第3期と同様に考えて特に区別していない。
 しかし、日本国内で特許出願していても、費用や手間の関係上、それらの特許が必ずしもすべて外国においても出願されているとは限らないのであって、むしろ、国内において出願・登録された特許のうち特に重要な特許のみが外国においても出願されているケースが多いと考えられる。したがって、本件特許発明と実質的に同一の特許発明であるという理由だけで、第4期と第5期が、第1期〜第3期と同じ寄与度であると認定するのは不合理である。言い換えるならば、その出願・登録件数が明らかに異なるのであるから、その分母を国内と同様にLBPにつき4005、MFP等につき6175とするのは不当である。
(イ) 第4期及び第5期の寄与度の分母についての算定方法は、次のいずれかの方法によるべきである。
a 寄与度の分母についての算定方法(1)
(a) 一審被告周辺機器事業部が管理する5級以上の特許のうち米国及びドイツで出願されている特許の割合
 甲152は、周辺機器事業部が管理する5級以上の特許の一覧表であるところ、その中で公告番号の記載がある特許について外国出願がなされているかどうかを一審原告が検索したところ、検索対象162件のうち、米国において出願されている特許は**件であり、ドイツにおいて出願されている特許は**件であった(甲153)。この結果によれば、日本で出願されている一審被告の5級以上の特許のうち****%(**件/162件)が米国で出願されており、****%(**件/162件)がドイツで出願されているということになる。
(b) 一審被告の特許におけるLBP及びMFP等の5級以上の特許件数
 一審被告の特許のうち、LBP及びMFP等の5級以上の特許件数は、上記キ(イ)a(a)βのとおり、LBPについては1335件、MFP等については2058件である。
(c) 米国又はドイツにおいて出願されている特許件数
α LBPにつき
 LBPの場合、1335件が基準期間内における一審被告の5級以上の特許である。そして、日本で出願されている一審被告の5級以上の特許のうち****%(**件/162件)が米国で出願されており、****%(**件/162件)がドイツで出願されているということができるから、1335件の****%である***件(1335件×*****)が米国で出願されており、1335件の****%である***件(1335件×*****)がドイツで出願されているということができる。
 また、有用性の高い特許はいずれの国でも出願されている可能性が高く、ドイツにおいて出願されている特許は米国においてもほぼ出願されているものと考えられる。このことからすると、***件が米国又はドイツで出願されていることになる。
 したがって、LBPについての第4期及び第5期の寄与度の分母は、***とすべきである。
β MFP等につき
 MFP等については、2058件が基準期間内における一審被告の5級以上の特許である。そして、2058件の****%である***件(2058件×*****)が米国で出願されており、2058件の****%である***件(2058件×*****)がドイツで出願されており、有用性の高い特許はいずれの国でも出願されている可能性が高く、ドイツにおいて出願されている特許は米国においてもほぼ出願されているものと考えられることからすると、***件が米国又はドイツで出願されていることになる。
 したがって、MFP等についての第4期及び第5期の寄与度の分母は、***とすべきである。
b 寄与度の分母についての算定方法(2)
 仮に、aにおいて算出した、LBPについての分母***、MFP等についての分母***という数値が認められない場合、以下のような計算数値が用いられるべきである。
(a) 乙94の1及び甲155によれば、一審被告の米国特許の登録年である1991年から2005年までの各年の米国特許登録件数は、甲156の表の「米国特許」の欄に記載されているとおりである。また、甲154によれば、同じ期間の一審被告の日本登録特許件数は、甲156の表の「日本特許」欄に記載されているとおりである。1991年から2005年までの各年の米国特許登録件数を合計すると2万3080件になる。同じく1991年から2005年までの各年の日本特許登録件数を合計すると3万8628件になる。
 したがって、米国特許登録件数は、日本特許登録件数の59.75%であるといえる(2万3080件/3万8628件)。いい換えれば、一審被告は、1991年から2005年までの間、特許全体について見れば、日本における登録特許件数の59.75%を米国においても特許として登録していたということができる。
(b) そして、特許全体における日本特許登録件数と米国特許登録件数の割合はLBP及びMFP等における日本特許登録件数と米国特許登録件数の割合とほぼ一致すると考えられる。なぜなら、LBP及びMFP等の商品は、一審被告の代表的な商品であるからである。
(c) そうすると、1991年から2005年までのLBPの米国登録特許件数は、日本登録特許件数の59.75%と考えられるから、2393件(4005件×59.75%)である。
 甲155において米国特許登録のみが記載されていることからも分かるように、ドイツにおける登録は、米国における登録に比べ、一般的に少数である。有用性の高い特許はいずれの国でも出願・登録されている可能性が高く、ドイツにおいて出願・登録されている特許は米国においてもほぼ出願・登録されているものと考えられることからすると、2393件は、米国又はドイツで登録されている特許件数ということができる。
 また、MFP等についても、同様に、米国又はドイツにおけるMFP等の登録数は、3690件(6175件×59.75%)である。
(d) したがって、第4期及び第5期の期間については、LBPについて算定式の寄与度の分母を2393、MFP等について寄与度の分母を3690とすべきである。
(4) 原判決の「修正実施料率」認定の誤り(争点3−1に関し)
ア 原判決の「修正実施料率」の認定方法
 原判決は、「標準包括ライセンス料率」をもって「修正実施料率」としており、その認定に当たり、以下のように判示している(272頁11行〜274頁13行)。
@ 被告ライセンス契約における実施料は、原則として、対象製品が相手方又は相手方の関連会社から第三者に対して譲渡された際の譲渡価格の合計に実施料率を乗じて決定される。
A 修正実施料率は、概ね一審被告の有する特許等と相手方の有する特許等の特許力の差の違いに応じて生じるものの、被告ライセンス契約中のライセンスバック契約の修正実施料率の平均は、およそLBPについて2.21%、MFP等について2.61%である(乙72の1・2。上記の数値は、主要相手方のうち、乙75記載のライセンスバック契約の相手方の平均である。)。
B ライセンスバック契約は、有償部分(相手方から一審被告に対し実施料を支払う部分)と無償部分とに分けて考えることができる。有償部分(実施料の定め)は、契約の相手方ごとに異なる数字となっているが、これは、一審被告と各相手方との特許力(対象特許の単純な総和や有力特許の数・価値、交渉能力の高低などの様々な要因を総合考慮して決定される)の差異によるものである。
C もっとも、各相手方とのライセンス契約における、各相手方の個別の特許力を具体的に考慮検討することは、その審理に著しい負担を要するものであることから、いくつかの相手方との間における実施料率の平均値をもって有償部分の標準的実施料率とし、無償部分については、個々の特許力を考慮せずに、保有特許数の総和が特許力を示すものとして、算定することとする。
D したがって、いくつかの相手方との間における実施料率の平均値と、前記実施料率の平均値÷(一審被告の対象特許数−前記相手方の対象特許数の平均値)×前記相手方の対象特許数の平均値、との和によって、無償部分を反映した「修正実施料率」(標準包括ライセンス料率)を算定するのが相当である。
E 以上により計算すると、LBP及びMFP等の標準包括ライセンス料率は、LBPが2.40%、MFP等が2.91%となる。
イ 乙72の1・2により認定された実施料率の平均値は正確かつ実体に即した数値であるとはいえないこと
(ア) 原判決は、乙75(「標準包括ライセンス料率」)記載のライセンスバック契約の相手方の平均であるとする乙72の1・2(「事実実験公正証書」)によって、被告ライセンス契約中のライセンスバック契約の実施料率の平均が、およそ、LBPについて2.21%、MFP等について2.61%であると認定しているが、これは、一審被告が秘密裡に算定した数値をそのまま採用したものであり、正確かつ実体に即した数値であることの保証は全くない。
 一審原告は、原審において、正確かつ実体に即した実施料率の算定のため、一審被告とライセンス契約を締結している各相手方との間におけるライセンス契約書の文書提出命令を求めた。しかし、原判決は、文書提出命令の必要はないと判断し、この点について、「各契約における実施料率は被告及び第三者である相手方の重要な営業秘密であることから、代替的な方法が存在するのであれば、当該代替的な立証方法を採用するのが相当である。」(274頁16行〜19行)と判示した。そして、一審被告が提出した乙72の1・2については、@公証人の面前で計算していること、A陳述書を提出した会社のシェアは、生産シェアにおいてLBPは64.94%、MFP等は74.33%、販売シェアにおいてLBPは52.68%、MFP等は80.05%と主要相手方を含んでいることを理由に、乙72の1・2の一審被告の行った算定方法を代替的な方法として是認した(原判決274頁19行〜275頁3行)。
(イ) しかし、上記のような原判決の判断は、以下に述べるように不合理である。
a 法が真実に適用されなければならないということからすれば、本来真実がまず明らかにされなければならない。したがって、情報が開示されることこそが原則となるはずである。情報が開示されることが原則であるべきことは、文書提出命令を規定する民訴法220条4号においても、提出を命じることができることが原則として規定され、一定の事情がある場合のみ例外的に提出を命じられないという形で規定されていることからも明らかである。とすれば、判決においては、一審被告とライセンス契約の相手方との間の契約書など一審原告が文書提出命令を求めた書類が提出されないことの理由が具体的に述べられなければならない。
 しかるに、原判決においては、「各契約における実施料率は一審被告及び第三者である相手方の重要な営業秘密である」と記載されているのみであり、それがいかなる理由で営業上の秘密となるのかを明らかにすることなく、一審被告が主張するところ以上の理由を全く述べていない。すなわち、原判決では、代替的な方法で済ませられるべき理由が明らかにされていない。
 また、仮に営業秘密であると認定されるとしても、これが一審原告に示され得ないことの理由は明らかでない。なぜなら、一審被告は、原審においても営業上の秘密を理由に準備書面等の多くの部分につき閲覧等制限の申立てをしており、各契約における実施料率についても、このように閲覧等制限を申し立て、それが認められれば、他者に知られるべきでない事実であっても、支障が生じるとは考えられないからである。
b 原判決は、代替的な方法として是認し得ると判断する理由の一つとして、公証人の面前で計算していることを挙げている。しかし、公証人1人の面前で計算したというだけでは、その正確性は必ずしも担保されないばかりでなく、公証人は、被告ライセンスの実態に照らしてその計算内容が実体を反映していることを保証するものではないから、公証人立会いの下で計算したとしても、その数値が修正実施料率としてふさわしいとは限らない。
c 原判決は、代替的な方法として是認した理由の二つ目として、陳述書を提出した会社には主要相手方が含まれていることを挙げている。しかし、LBPにおいては、販売シェアは50%台、生産シェアは60%台にすぎないにもかかわらず、陳述書を提出した会社には主要相手方を含んでいると評価することは過剰であるといわざるを得ない。
ウ 特許件数の差のみに基づいて算定することは不合理であること
 原判決は、無償部分については、個々の特許力を考慮せずに、保有特許数の総和が特許力を示すものとして、算定するという方法を採用している。しかし、このような算定方法が不当なものであることは明らかである。なぜなら、包括クロスライセンス契約の対象となっている特許の中でも、重要な特許とそうでない特許が存在することは明白な事実であり、個々の特許の価値を無視して単に特許数にのみ着目して修正実施料率を導き出すことはできないからである。例えば、一審被告と無償包括クロスライセンス契約を締結している*******や***********が保有しているLBP及びMFP等の特許発明の件数と、一審被告の保有しているLBP及びMFP等の特許発明の件数は著しく異なる。LBPに関して、一審被告、***********、*******が保有する特許件数は、それぞれ、11642件、****件、****件であり(甲105の1〜3)、MFP等に関して、一審被告、***********、*******が保有する特許件数は、それぞれ、16432件、****件、*****件である(甲105の1〜3)。この事実からも、特許件数の差を特許力の差とみなして計算する原判決の算定方法が不合理であることは明らかである。
 そして、包括クロスライセンス契約を締結する際、実務上各当事者は、互いに当該契約の対象とする特許の価値(特許の有効性、特許の侵害立証の容易性、技術的範囲、当該特許を実施した製品の販売額等)を評価することによって実施料率等を定めており、特許件数のみを考慮しているわけではない(甲125、「特許ネゴシエーターの技法3」)。例えば、1件でも回避不能な重要な特許があれば、相手方がより多くの件数の特許を有していたとしても、実施料を支払わなくても済む無償包括クロスライセンス契約を締結できることもあるのである。
 したがって、特許件数の差のみに基づいて算定した標準包括ライセンス料率を、本件各特許発明の相当の対価の算定に用いるのは妥当でない。
 この点について、原判決は、「…個々の特許の価値を考慮することは、多数の包括クロスライセンス契約における極めて多数の特許の中からそれぞれ重要とされる特許を抽出してその貢献度を考慮したり、交渉能力の高低等の数値化の困難な事情を判断したりすることが必要となり、その審理に多大な時間と費用を要することになることに照らせば相当ではなく、上記算定方法は、複数のライセンス先を対象として平均値を採用しているので平準化が期待できることからすれば、是認できる合理的な算定方法である」(275頁8行〜14行)と判示する。
 しかし、一審被告は、各ライセンシーとの間のライセンス料率や各ライセンシーが実施している一審被告の特許を明らかにしていない以上、そもそも重要とされる特許を抽出してその貢献度を考慮することがどの程度困難なことであるのか、その審理にどの程度の時間と費用を要するのかは不明であり、原判決の判示が具体的な根拠に基づくものとは言い難い。また、複数のライセンス先を対象として平均値を採用しているので平準化が期待できるという点についても、上記イのとおり、そのライセンス先は必ずしも一審被告の主要なライセンス先を網羅しておらず、複数であっても導き出された数値は実際に即したものであるとはいい難い。したがって、原判決の採用する算定方法が「是認できる合理的な算定方法である」とすることはできない。
エ 一審原告が主張する修正実施料率の算定方法
(ア) 算定方法1及び2における修正実施料率
 光学系ユニット単体を基礎とし、本件特許を単独でライセンスしたと仮定した場合の一審被告の得べかりし実施料を算出する算定方法である。本件各特許発明が、必須かつ回避不可能な重要特許であること、発明協会発行の「実施料率(第4版)」(甲19)によれば、プリンタ等の「その他の機械」の分野における実施料率について、10%以上の実施料率を設定した契約が10%弱あることからすれば、本件特許の修正実施料率は、10%と考えるべきである。
(イ) 算定方法3〜7、9〜11、13〜17における修正実施料率算定方法3、9〜11、13は、包括クロスライセンス契約における相手方のLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)を基準とする相当対価の算定方法である。発明協会発行の「実施料率(第4版)」(甲19)によれば、プリンタ、複写機等の「その他の機械」の分野における実施料率の中央値又は最頻値は5%である。したがって、算定方法3、9〜11、13において用いる修正実施料率は5%とすべきである。
 算定方法4〜7、14〜17は、包括クロスライセンス契約における一審被告のLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)を基準とする相当対価の算定である。算定方法4〜7、14〜17においても、修正実施料率は同様に5%とすべきである。
(ウ) 算定方法18、19における修正実施料率
 算定方法18、19においても、上記(イ)と同様に、5%をもって修正実施料率とすべきである。
(5) 原判決の「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」認定の誤り(争点3−3に関し)
ア 原判決の実施割合の算定方法(第1期〜第3期)が不合理であること
(ア) 原判決の実施割合の算定方法(第1期〜第3期)
 原判決は、「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」(第1期〜第3期)について、以下のように判示する。
a 本件特許発明が出願公開された昭和58年から存続期間が満了した平成13年10月に至るまでに十数年の期間があり、ライセンシー先が十数社にも及ぶことに照らし、その実施状況を逐一検討することは著しい時間的、経済的コストを要すること、対象分野で相当程度のシェアを有する一審被告における実施状況は業界内での実施状況を相当程度反映しているから、全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合を算定する際にも、一審被告における本件特許発明の実施割合を基礎とすべきである(308頁下9行〜309頁6行)。
b @一審被告が三星電子につき2001年(平成13年)ころ調査をした機種について本件各特許発明の実施が確認されなかったことが認められること(乙191、Wの陳述書)、Aそのほかの一審被告のライセンシーによる本件各特許発明の実施状況は不明であること、及びBライセンシーにおいては、自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば、自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため、それらの技術を使用する傾向があるものといえることから、一審被告の実施割合に90%を乗じた数値を全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合と考えるべきである(309頁7行〜19行)。
c 一審被告の実施割合の算定については、本件特許発明の技術的範囲及び代替技術について、一審被告の主張するいかなる技術が本件特許発明の技術的範囲に属さず代替技術に当たるかを認定し、一審被告提出の乙208(「LBP 機種番号別/年度別 被告出荷金額」)、乙209(「MFP等 機種番号別/年度別 被告出荷金額」)に基づき、一審被告において、本件特許発明が実施されている実施割合を求める(299頁9行〜300頁下1行)。
(イ) しかも、原判決の実施割合の算定方法(第1期〜第3期)には、次のような問題がある。
a 一審被告の実施割合に90%を乗じた数値を「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」と考えるべきである旨判示した、上記(ア)b@〜Bの理由付けには、以下のような不合理な点がある。
(a) 一審被告が三星電子につき2001年(平成13年)ころ調査をした機種について本件各特許発明の実施が確認されなかった事実というのは、乙191の陳述書に記載されているが、乙191は、一審被告の従業員がなんら刑事制裁のない環境において作成したものである以上、証拠としての信用性は極めて低い。また、三星電子は一審被告がライセンスしている多数の競合他社のうちの一社にすぎず、その他の競合他社と比べて特別有力なわけでもない。一審被告においても本件各特許発明を実施していない製品が存在するのであるとすれば、仮に三星電子における3機種において調査した結果、本件各特許発明が実施されていなかったとしても、そのことから、直ちに本件各特許発明の他社製品における実施状況と本件各特許発明の被告製品における実施状況が異なり、前者が後者を下回るということは導けない。
(b) 三星電子以外の一審被告のライセンシーによる本件各特許発明の実施状況は不明であるということは、一審被告のライセンシーにおける実施割合が一審被告よりも低いということの根拠にはならない。むしろ、本件各特許発明が実質的に回避不可能な必須特許であることからすれば、一審被告のライセンシーにおける実施割合は、一審被告と同程度であると考えるべきである。
(c) 包括クロスライセンス契約は、すでに発明され他社により特許取得されている優れた技術を利用して、自社においてより有用性の高い他の技術を開発製造することにより、総合的に見て他社よりもすぐれた製品を作り、生存競争に打ち勝つために締結されている。したがって、静止ゴースト像の除去については、すでに本件各特許発明のように、シンプルかつ優れた技術が発明されているのであるから、静止ゴースト像の除去の問題については、包括クロスライセンス契約を利用して本件各特許発明を実施し、他の発明によって、自社製品の優位性を生み出そうと考えるのが自然である。
 ライセンシーにおいては、自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば、自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため、それらの技術を使用する傾向があるということは、一般論としては肯定できても、本件については当てはまらない。
(d) 以上のとおり、他社において一審被告におけるよりも少ない割合でのみ本件各特許発明が実施されていると判断することはできないというべきである。本件各特許発明が、一審被告において唯一特級と評価され、優秀社長賞まで受賞した優れた発明であり、実質的に回避することのできない必須特許であることに鑑みれば、他社においても同様の割合で実施されていると考えるのが自然である。
b 原判決は、一審被告が本件特許発明の代替技術になると主張する技術Aから技術Iの各特許及びその他の特許について、それぞれの技術が代替技術に当たるか否かを検討し、そのうちの技術B、技術C、技術D、技術Fの各技術については代替技術に当たるという判断をしている。しかし、一審被告の技術的範囲及び代替技術に関する主張は、そもそも信義則違反もしくは禁反言に当たると判断されなければならなかったのであり、そのような判断を行わなかった原判決の判断は不当である。理由は次のとおりである。
(a) 一審被告は、本件特許発明を特級と評価した平成6年当時、及び本件特許発明を優秀社長賞に賞した平成10年当時のいずれにおいても、本件各特許発明について、原審において一審被告が主張するように多数の代替技術によって代替可能な技術であるとは認識しておらず(以下、原審において一審被告が主張した本件各特許発明の技術的範囲のことを「狭い技術的範囲」という。)、ほとんどすべての一審被告の製品に本件各特許発明が実施されていると認識していた。このことは、後に、平成14年4月ころ、一審原告が再評価申請を行った際に、一審被告がこれに対して回答するに当たり、甲12の対応表を一審原告に示して、レーザー走査光学系を有するすべての被告製品において本件各特許発明が実施されていると説明したことからも明らかである(以下、甲12作成時に一審被告が認識していた技術的範囲を、「広い技術的範囲」という。)。また、原判決においても「…被告は、本件各特許発明が広く実施されているものと考えており、かかる態度は、平成14年初めの再評価時においても基本的に維持されていた。」と認定されているとおりである(原判決305頁下3行〜下1行)。
 そして、一審被告は、本件各特許発明の技術的範囲は「広い技術的範囲」であることを前提に、本件各特許発明を自ら実施し、また、クロスライセンス契約によりライセンス収入を得たり他社の特許発明を自由に実施するなどして、有形無形の莫大な利益を得たのである。とすれば、仮に本件各特許発明の技術的範囲が「狭い技術的範囲」であったとしても、それを前提に本件各特許発明の相当の対価を算定すると、一審被告の手元には、不当に多くの利益を残すことになってしまう。このような事態は一審被告に利益の不当な独占を許すことに他ならならない。したがって、自ら競業他社に対し本件職務発明をライセンスする際には、「広い技術的範囲」に基づいて権利行使をし莫大な利益を得ていたにもかかわらず、本件各特許発明の技術的範囲を「狭い技術的範囲」であると主張することは、著しく信義に反し、許されないというべきである。
(b) また、本件異議事件等においても、一審被告は、本件各特許発明の技術的範囲について、「狭い技術的範囲」を一切主張していない。それにもかかわらず、一審原告が自らの権利を主張すると、本件各特許発明の技術的範囲につき「狭い技術的範囲」であると主張することは、本件各特許発明の技術的範囲は「広い技術的範囲」であるということを前提とした、自らの言動に矛盾しており、禁反言の法理に反し、許されない。
c 技術B、技術C、技術D、技術Fの各技術が代替技術に該当するという原判決の認定は、次のとおり誤りである。
(a) 技術B(被走査媒体上に静止ゴースト像が形成されない光学設計)のうち4面以下のポリゴンミラーにつき
 ポリゴンミラーが4面以下の場合は、面数が少ないことから、プリント速度が極端に遅くなる。一般の法人ユーザーにおいては、LBPであれば、毎分25枚から30枚程度のプリント速度のものが使用されており、最低でも毎分20枚以上の枚数のプリントアウトが可能でなければ、その事務処理効率が著しく低下する。このように毎分20枚以上のプリントスピードを可能にするためには、最低でも6面以上の面数が必要であるが、ポリゴンミラーが4面の場合は、毎分10枚程度以下のプリントスピードしか出すことができない。これに対し、本件特許発明は、プリントスピードを落とすことなく、ゴースト像を有効走査巾内から除去できる技術である。しかも、そのために特別のコストをかける必要もない。したがって、ポリゴンミラーが4面以下の場合は、プリントスピードの面で本件特許発明に劣っているのであり、本件特許発明の代替技術に該当しない。
(b) 技術C(非平行光束の構成)につき
α 原判決は、@「本件特許発明の構成要件C『前記第2結像光学系には平行光束が入射し』は、特許請求の範囲の文言どおり、『平行な』光束と解するのが相当であって、これを別異に解する理由はな」く、A発散光束及び収斂光束は、「平行」な光束であるとはいえないので本件特許発明の技術的範囲には含まれない旨判示する(285頁8行〜286頁20行)。
β しかし、本件特許発明の構成要件は、厳密な意味での平行光束を構成要件とはしておらず、原判決の判断は誤りである。なぜなら、入射する光が、完全な平行光束の場合には、第2結像光学系の像側主点と被走査媒体面との距離Dは、必ず第2結像光学系の焦点距離fとなるため、本件特許発明の条件式の「α<4π/N−W/D」の「D」の箇所には、第2結像光学系の焦点距離を意味する「f」しか入り得ない。したがって、本件特許発明において厳密な意味での平行光束が構成要件として要求されるのであれば、本件特許発明の条件式は、「α<4π/N−W/f」と記載されていたはずであるにもかかわらず、本件特許発明の条件式は、「α<4π/N−W/f」という記載ではなく、「α<4π/N−W/D」という記載となっている。このことは、「D」という箇所に「f」以外の数値が入り得ることを示唆していることに他ならない。また、本件明細書のいずれの部分にも厳密な意味での「平行光束」でなければならないとの記載はない。原判決は、「…構成要件Cの文言に反してまで、平行光束以外の光束が技術的範囲に含まれ得ると解釈することはできず」(285頁17行〜18行)と判示するが、平行光束の定義がそもそも厳密な意味での平行光束以外の光束も含んでいるのであるから、厳密な意味での平行光束以外の光束が技術的範囲に含まれ得ると解釈しても、構成要件Cの文言に反しているとはいえない。
 さらに付け加えれば、もともと一審原告が作成して一審被告に提出した特許提案書の特許請求の範囲には、上記の理由により「平行」という記載は無かった。一審原告が一審被告に特許提案書を提出した後、登録までの間に、知財担当者が一審原告の了解も得ずに「平行」という不必要な限定をしてしまったのである。このことは、本件各米国特許の特許請求の範囲や本件ドイツ特許の特許請求の範囲に「平行」という記載がないことからも明らかである。このように一審被告の側で本件各特許発明の技術範囲を狭め、その結果として入射光束が完全な平行光束に限定され、一審原告が受けるべき相当対価について一審原告が不利な立場に立たされることは信義に反するというべきである。したがって、このような観点からも「平行」の意義を厳密な意味での平行光束ととらえるべきではない。
γ 原判決が技術Cに当たると認定している被告製品である原判決「別表2」の番号27、28、34〜42、45、51、54の機種(以下「機種27等」という。)における収斂光束は、「平行光束」とみなすことができる。
 まず、機種27等は、乙134〜138の光学配置図に示される光学配置を有するとされているところ、乙134〜138に示される光束のなす角度は、それぞれ、約0.24度ないし約0.61度程度である。ここで、地球上の1点に届く太陽光は、厳密にいえば、約0.53度の角度を有する光束であるが、太陽光は、一般的には平行光束といわれている(甲99[G鑑定書]の14頁11行〜19頁9行)。とすれば、太陽光と同程度のごく小さな角度しか有しない乙134〜138に示される光束も、太陽光と同様、平行光束とみなすことができる。この点につき原判決は、太陽光が常に平行光束とみなされているわけではない旨判示するが、甲99に「地球上の一点に届く太陽光は、実際には、光束のなす角度が約0.53度の収斂光束であるものの、太陽光は平行光束であるといわれている。」との記載があるとおり、太陽光は通常平行光束とみなされている(甲99の18頁3行〜5行)。
 また、原判決は、「…収斂光束の場合は、静止ゴースト像が被走査媒体面の後方に焦点を結ぶこととなり、静止ゴースト像は被走査媒体面上を揺動するので、静止ゴースト像が有効走査巾内に発生するとしても、目立たなくなるものと考えられ…、これによっても静止ゴースト像の防止の効果が働くのであるから、収斂角がわずかであるからといって、これを平行光束とみなすことはできない」(286頁10行〜16行)と判示しているが、実際には、静止ゴースト像を形成する複数の光線が被走査媒体上の一定の範囲内を揺動することにより、揺動した一定の範囲内において静止ゴースト像が形成される。完全な平行光束の場合のようにごく狭い範囲内に静止ゴースト像が形成されるわけではないが、一定の範囲内で、濃度としてはやや薄いものの静止ゴースト像が形成されるのであり、このことからも、一審被告の製品において使用される光学系における入射光の収斂角は極めてわずかなものであって、本件明細書記載の「平行光束」に当たるとみなされる。
 さらに、機種27等の光学配置が示されている乙134及び乙136〜138には「コリメーターF値」、乙135には「コリメータユニット」という文言が記載されていることから、乙134〜138に示される光学配置においては、コリメータレンズが使用されていることが明らかである。そして、コリメータレンズとは、一般的に、当該レンズに入射する光を平行光束にするレンズであると認識されている(甲121〜124、乙44)。したがって、機種27等において使用されている光束は、実質的に平行光束になっているといえる。
δ 仮に、技術Cが本件特許発明の技術的範囲に含まれないとしても、入射光を収斂光束又は発散光束にした場合、上記γのとおり、静止ゴースト像を形成する複数の光線が被走査媒体上の一定の範囲内を揺動することにより、その一定の範囲内において静止ゴースト像が形成され得る(乙199[H鑑定書]10頁下4行〜11頁1行)。これに対し、本件特許発明は、条件式α<4π/N−W/Dを満たすことによって、有効走査巾内にゴースト像が形成されないようにし、ゴースト像を有効走査巾外に完全に除去するというものである。したがって、技術Cは、ゴースト像を完全に除去できないから、本件特許発明に比べて技術的に劣っており、本件特許発明の代替技術には該当しない。
(c) 技術D(非倒れ補正光学系の構成)につき
 非倒れ補正光学系を採用して、共役型倒れ補正光学系を採用した場合と同等のLBPの性能を得ようとするならば、ポリゴンミラーの回転軸の精度を高くすることによって回転軸が傾くのを避け、かつ、ポリゴンミラーの加工精度を高くすることによってポリゴンミラーのすべての反射面の角度を一定の範囲内におさえなくてはならないが、そのために高額の費用が必要である。これに対し、本件特許発明は、このような高額の費用を必要とせず、ゴースト像を有効走査巾内から除去できる技術である。このようにコスト面において、技術Dは本件特許発明に著しく劣っているのであるから、技術Dは本件特許発明の代替技術とはならないというべきである。一審被告において、技術Dが果たして6機種もの機種において使用されているのか極めて疑わしいといわざるを得ない。
(d) 技術F(ダブルパス方式)につき
α 本件特許発明の各構成要件を見れば分かるように、本件特許発明の特許請求の範囲には、第1結像光学系と第2結像光学系を具備しなくてはならないことは、その構成要件Aとして記載されているものの、第1結像光学系と第2結像光学系のなす角度が0度であってはならないという記載は一切なされていない。
β ダブルパス方式と呼ばれる、光束の偏向面と平行な面内における第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度が存在しない構造の製品についても、本件特許発明の各構成要件を満たしている以上、本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。
γ さらに、原判決が認定するダブルパス方式の被告製品が1機種のみという結果からも明らかなように、技術Fはもともと机上の空論であり、ごくわずかの特殊な製品にのみ使用させる可能性があるとしても一般的な製品における使用に耐える技術であるとは思えず、実質的には代替技術として成立し得ないものというべきである。
(e) 本件各米国特許及び本件ドイツ特許における技術Cにつきα 原判決は、本件各米国特許及び本件ドイツ特許について、本件各米国特許の技術的範囲は、日本国における本件特許の技術的範囲と同様であると判断している(295頁5行〜296頁21行)。また、本件ドイツ特許の技術的範囲も、日本国における本件特許の技術的範囲と同様であると判断している(原判決296頁22行〜297頁13行)。
 しかし、日本国における本件特許の特許請求の範囲においては、「平行光束」という文言が記載されているのに対し、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の特許請求においては、「平行光束」という文言は一切記載されていない以上、記載がほぼ同じであり、発明の課題が同様であったとしても、その文言上、「平行光束」を特許請求の範囲における必須要件とすることは妥当でない。仮に、「平行光束」を必須要件とするとすれば、本来、特許請求の範囲には「平行光束」と記載されていないにもかかわらず、特許請求の範囲に記載されている以上の、「平行光束」というより厳しい条件を加重することになってしまうのであり、このような扱いは極めて不当である。
 したがって、本件各米国特許と本件ドイツ特許においては、「平行光束」で入射することは必須要件ではないと解すべきである。
β また、少なくとも入射光が収斂光束である場合には、条件式「α<4π/N−W/D」を満たせば、静止ゴースト像を必ず除去することができる以上、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の技術的範囲に属するといえる。原判決は、入射光が収斂光束の場合、条件式を満たさなくてもゴースト像が有効領域の外となり得る以上、条件式を満たすか否かによって必然的に静止ゴースト像が除去されることにはならず、所定の条件式を満たす場合には絶対的に静止ゴースト像の発生が防止されるということが意味をなさなくなるから、技術的範囲に含まれないものと解するのが相当である旨判示する(297頁21行〜299頁2行)。しかし、上記のとおり、少なくとも入射光が収斂光束である場合には、条件式「α<4π/N−W/D」を満たせば、静止ゴースト像を必ず除去することができ、収斂光が所定の条件式を満たす場合には絶対的に静止ゴースト像の発生が防止されるのである。技術的範囲に含まれるか否かは、純粋に構成要件を満たすか否かのみによって判断されるべきであり、その構成要件を満たさない場合にゴースト像除去という目的を達成できるかどうかということは関係がないというべきである。したがって、少なくとも一審被告の製品に使用される収斂光束の場合、本件各米国特許及び本件ドイツ特許においては日本における本件特許にもまして、その技術的範囲に含まれることが容易に認められるべきであり、これと異なる判断をする原判決は不当である。
d 原判決は、一審被告提出の前記乙208、209に基づいて、一審被告において本件特許発明が実施されている実施割合を求めている(原判決300頁15行〜下1行)。
 しかし、乙208、209は、極めて不自然で信用できない証拠であり、これらの証拠に基づいて一審被告において本件特許発明が実施されている実施割合を認定することは不当である。
 まず、乙208によれば、平成17年11月18日付け釈明書記載の本件特許発明の技術的範囲の解釈に立った場合の、本件特許発明を実施しているとされる一審被告のLBPの実施割合は、1989年に**%、1990年に**%、1991年から1995年までは**%台が続き、1996年から1997年には**%台というように、およそ**%〜***%程度とされているのにもかかわらず、1998年から2000年の3年間においては***%〜*%程度と、突然他の年の1/60〜1/6程度に激減しており、さらに、2001年には再度**%に数値が戻っているのである。ある特許発明が特定の3年間のみこのように激しく数値が変動することの理由は想像しがたい。一方で、乙209にはこのような大幅な数値の変動はない。このように、乙208には明らかに不自然な点が存在する。また、乙208、209は、各年度における一審被告の各LBP及びMFP等の製品の売上額について黒塗りがなされ、裁判所に対してのみ、黒塗りが付される前の実数を開示したというものであるところ、一審被告がこのような黒塗りを付する正当な理由は何ら存在しない。仮に、乙208、209は信用するに足りる証拠であると一審被告が主張するのであれば、これを一審原告に開示することに不都合は無いはずである。このように、乙208、209は、極めて不自然な証拠なのであって、このように信用性の低い証拠に基づいて認定された実施割合は合理的な根拠があるものとはいえない。
イ 原判決の実施割合の算定方法(第4期及び第5期)が不合理であること
(ア) 原判決の実施割合の算定方法(第4期及び第5期)
 原判決は、「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」(第4期及び第5期)について、@第1期ないし第3期を通じて本件各特許発明の実施割合が低下する傾向にあること自体は、代替技術や競合技術の存在、及び、証拠(乙208、209)に記載されている第1期ないし第3期における実施品の割合の変遷状況から明らかであること(原判決328頁10行〜13行)、A本件特許発明の実施品の割合が第3期の10年8月の期間内において大きく変動していることからすれば(乙208、209)、第4期及び第5期における本件各特許発明の実施品の割合を、直近の第3期における実施品の割合から推認することは困難であり、第4期及び第5期については、他に適切な証拠がないこと(原判決328頁13行〜17行)等の理由を述べて、第4期及び第5期の「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」について、一審被告が提出した乙268(「2002年以降の被告における本件特許実施率【LBP】」)におけるLBP28.9%及び乙269(「2002年以降の被告における本件特許実施率【MFP等】」)のMFP等57.5%という数値を採用している(原判決328頁4行〜19行)。
(イ) しかし、原判決の実施割合の算定方法(第4期及び第5期)には、次のような問題がある。
a 上記(ア)@の判示につき
 原判決が代替技術として認定した四つの技術は、上記ア(イ)cのとおり、いずれも代替技術ということはできない。これらの代替技術とされる技術が、実際に代替技術としてどの程度機能し得ているのかということについての具体的な証拠を確認することなく、単に理論的に代替技術たり得るというのみで代替技術や競合技術の存在を認める原判決の認定は不当である。
 また、乙208、209についても、上記ア(イ)dのとおり、極めて不自然で信用性の低い証拠であり、このような証拠を理由に本件特許発明の実施割合が低下する傾向にあることが明らかであるということは認められないというべきである。
b 上記(ア)Aの判示につき
 原判決は、第4期及び第5期における本件各特許発明の実施品の割合を、直近の第3期における実施品の割合から推認することは困難である旨述べているが、その理由は、まさに本件特許発明の実施品の割合が第3期の10年8月の期間内において大きく変動しているという点で乙208が極めて不自然な証拠であるからであり、原判決においてこのように乙208の不自然性を認めていながら乙208によって推定できないことを理由に、一審原告にとって不利益な数値であるLBP28.9%及び乙269のMFP等57.5%という数値を採用することは不当であるというべきである。
c 乙268、269は信用性のない証拠である
(a) 乙268
 乙268では、「乙208記載の機種のうち、2002年に販売実績のあるもの」と「2002年以降に販売開始された機種」とに分けられ、それぞれについて本件特許が実施されているか否かが表にされている。ところが、「乙208記載の機種のうち、2002年に販売実績のあるもの」において4面ポリゴンミラーが使用される製品が占める割合に比べ、「2002年以降に販売開始された機種」の中で4面ポリゴンミラーが占める割合が急激に増えている。4面ポリゴンミラーの機種は、「乙208記載の機種のうち、2002年に販売実績のあるもの」については、9機種のうち1機種にすぎないにもかかわらず、「2002年以降に販売開始された機種」については、19機種のうち12機種に及んでいる。2002年以降の4年間にそれほど急激に4面ポリゴンミラーの機種が増えたとは通常考え難い。4面ポリゴンミラーを使用している機種はプリントスピードが毎分10枚程度以下の製品であると推測できるから、一審原告が調査したところによれば、4面ポリゴンミラーを使用している機種は18%程度にすぎない(甲157)。一審被告は、2002年に販売実績があるものについては乙208を根拠にしているが、2002年以降に販売開始された機種についてはどのような機種を取り上げたかを明らかにしていない。このように乙268は一見して極めて不審な点があり、そのデータの根拠となっている機種の種類も明らかにされていない以上、証拠としての信用性はないというべきである。
(b) 乙269
 本件においては、LBP方式のMFPが問題とされているところ、乙269の「乙209記載の機種のうち、2002年に販売実績のあるもの」のポリゴン面数の欄には、LEDという記載がある。ところが、LEDは、本来LBP方式のMFPに含まれない。乙263、264のブランド別販売台数の資料においても、LEDプリンタの生産台数は<参考>の欄に書かれており、LBPの販売台数に含まれていない。このように、LEDはLBPとは全く別のものである。とすれば、LBP方式のMFPが問題になっている本件においても、LEDを含めない数値で計算を行うべきである。このように、乙269には、本来含めるはずでないLEDが含まれていることにより、実施割合の計算における分母である販売機種数が過剰に大きくなっているということができるのである。以上のように、乙269には明らかな問題点があり、乙269は証拠として信用できない。
ウ 一審原告が主張する「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」の算定方法
(ア) 本件各特許発明はLBP等において原理的な技術に関するものであって必須・回避不能な特許であること、競合他社が多数の異議申立て等を行っていること、そして、本件各特許発明に対して、レーザー走査光学系で唯一の特級及び優秀社長賞といった高い評価を一審被告が与えているのは、一審被告が、本件各特許発明の第三者による実施状況を詳細に調査し、その結果他社のLBP等のほぼすべての製品においても実施されていることが判明したからであると考えられるから、本件各特許発明が、一審被告とライセンス契約を締結している他社のLBP等のほぼすべての製品においても実施されていることは明らかである。また、本件各特許発明は、甲12(「対応表」)においては、レーザー走査光学系を用いた一審被告のLBP及びMFP等の全製品において実施されていると記されており、しかも、甲12は、一審被告が、本件訴訟にかかる紛争が生じる以前の平成14年4月11日ころに、一審原告に対して交付したものであるから、その記載内容は極めて信用性が高い。したがって、全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合は、100%と認定すべきである。
(イ)a 仮に、ライセンシー先において本件各特許発明が100%実施されていないとするのであれば、一審被告は、ライセンシー先における本件各特許発明を含めた自社の特許の実施状況を調査しているはずであるから、その調査結果を一審原告に示すべきである。一審被告がライセンシー先における本件各特許発明を含めた自社の特許の実施状況を調査しているはずであることは、原判決101頁下5行〜105頁3行記載の理由により明らかである。
b ところで、一審原告が、原審において、一審被告のライセンシー先における自社の特許の実施状況の調査結果に関して文書提出命令を申し立てたことにつき、原判決は次の@〜Bのように判示している(309頁下7行〜310頁15行)。
@ 一審被告が他社製品における実施状況を調査していることを裏付けるものとして一審原告の提出する、一審被告が*******に宛てた*********日付け書簡(乙144)、丸島の著書「キヤノン特許部隊」(甲56、甲119)、一審被告作成にかかる「発明Vol.87 1990 No.7」(甲55)、及び「日立の知的所有権管理」(甲120)、一審原告が平成15年6月26日付けで本件各特許発明にかかる相当の対価の支払を求める通知書(甲10の1)を一審被告に対して送付したところ、一審被告が約2週間後の同年7月11日付けで回答書(甲11)を送付し、同回答書において、一審被告は、本件各特許発明が実施されていない機種として、三星電子等7社の11機種を挙げたこと(甲11)などでは、具体的にどの範囲でどのような調査がなされているのか不明といわざるを得ない。
A 被告ライセンス契約の相手方他社の基準期間内における全製品について本件各特許発明が実施されているかどうかを判断する必要がある以上、仮にこれら文書を取り調べる方法を用いることとしても、実施状況をどの範囲でどの程度把握することができるか不明である。
B 一審被告の各ライセンシー先における各機種の販売台数及び販売額を把握して、各ライセンシーにおける実施状況を具体的に算定することは、著しい時間的、経済的コストを要することになることからすれば、本件においては一審被告における本件各特許発明の実施割合に90%をかけるという方式を採用するのが相当であって、上記文書を文書提出命令によって取り調べる必要性は認められない。
c しかし、原判決のこのような判断については、以下に述べるとおり不合理である。
 まず、@において、原判決は、「具体的にどの範囲でどのような調査がなされているのか不明といわざるを得ない」と判示している。しかし、一審被告は、その保有特許件数が、LBP及びMFP等を製造している企業の中でも、極めて数が多いことからも明らかなように、知的財産について、高い権利意識を持っている企業である。一審被告の擁する知的財産部は、日本の企業の中においても有数の規模を有し、約400人もの従業員が研究開発段階から積極的に関与するなど、知的財産の管理が徹底して行われているのである。また、本件特許発明は、特級として高く評価された発明であり、一審被告が保有する多数の走査光学系に関する特許発明のうちで、特級であると評価されたのは、唯一本件特許発明のみである。さらに、本件特許発明が受賞した優秀社長賞は、一審被告内において発明者個人が受けうる賞としては最高のランクの賞である。これらの事実からすれば、一審被告が、競合他社のLBP及びMFP等について本件各特許発明を始めとする実施されている可能性の高い各特許について調査しているはずであることは、容易に推測される。
 次に、Aにおいて、原判決は、「仮にこれら文書を取り調べる方法を用いることとしても、実施状況をどの範囲でどの程度把握することができるか不明である」と判示している。しかし、一審被告のように知的財産について高い権利意識を持ち、徹底した知財管理を行っている企業であれば、本件各特許発明を始めとする競合他社での実施の可能性が高い特許につき、実施状況を相当広範囲にわたり調査し、その内容を分析している可能性が極めて高い。また、仮に、一審被告が本件各特許発明についての実施状況を相当広範囲にわたり調査したりその内容を分析していなかったとしても、少なくとも競合他社の代表的な1機種については、実施状況を調査分析しているものと思われる。各競合他社の代表的な1機種のLBP及びMFP等についての本件各特許発明の実施状況を調査した調査結果が提出されれば、そこでの実施状況における実施割合をもって、少なくとも一審被告のライセンシーにおける本件各特許発明の実施割合が合理的なものであるかどうかを検討することは可能である。
 さらに、Bにおいて、原判決は、「各ライセンシーにおける実施状況を具体的に算定することは、著しい時間的、経済的コストを要することになる」と判示するが、一審被告が保有している資料が開示されていない以上、各ライセンシーにおける実施状況を具体的に算定することがどの程度時間的経済的コストを要するのかは明らかではないというべきである。
(ウ) 第4期及び第5期については、上記イ(イ)において述べたように、機種数ベースで計算することに合理性は認められないから、第1期〜第3期と同様に出荷金額をベースとした数値が用いられなければならない。それが不可能であるならば、第1期〜第3期の数値を代替的に第4期及び第5期においても使用すべきである。
(6) 原判決の「一審被告以外の全他社譲渡価格合計額」認定の誤り(争点3−4に関し)
ア 第4期及び第5期についての全他社譲渡価格の算定に当たりヒューレット・パッカード社の実売価格の合計額を控除したことの誤り
(ア) 原判決は、本件日本特許の存続期間が満了した後に、特許権者が、特許発明を自己実施しつつ、他社に実施許諾をしている場合において、外国特許の自己実施につき、当該外国特許について一審被告に通常実施権が存在することを考慮して、旧35条4項の「その発明により…受けるべき利益の額」を算定している。
 しかし、最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁においては、「特許法35条1項及び2項にいう『特許を受ける権利』が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ない」と判示している。この最高裁判決に照らすと、外国特許(外国特許を受ける権利を含む。以下同じ)については、使用者には法定の通常実施権が存在しないことは明らかである。してみると、外国特許について、一審被告に通常実施権が存在することを考慮して旧35条4項の「その発明により…受けるべき利益の額」を算定すること、すなわち、「その発明により…受けるべき利益の額」は、単なる通常実施権を超えたものの承継により得た利益とする論理は成り立ちえない。
 したがって、本件日本特許の存続期間が満了した後における本件各米国特許及び本件ドイツ特許の実施については、開放的ライセンスポリシーを採用していているか否かにかかわらず、自己実施については、原判決がいうところの「超過利益」が生じているかを検討するべきではなく、当該外国特許について通常実施権が存在しないことを前提に、単に当該外国特許を実施することで使用者が得た利益をもって、旧35条4項の「その発明により…受けるべき利益の額」というべきである。
(イ) 一審被告は、米国及びドイツのヒューレット・パッカード社に対して、LBPの主要な部分をOEM供給し、ヒューレット・パッカード社は、LBPの完成品を生産・販売している。そのため、原判決も、一審被告の売上高(実売価格の合計額)に「…1996年以降は、OEM供給先であるヒューレット・パッカードも含めた額である。以下、特に断らない限りは、本争点における『被告』には、ヒューレット・パッカードの生産分も含めることとする。」と認定している(原判決312頁3行〜6行)。
 しかし、米国及びドイツのヒューレット・パッカード社に対するOEM供給分が、一審被告の自社実施に相当すると考えられるとしても、本件日本特許の存続期間が満了した後において、一審被告が米国及びドイツのヒューレット・パッカード社に対して譲渡することは、一審被告が本件各米国特許及び本件ドイツ特許を自己実施していることになる。このような自己実施については、上記(ア)のとおり、「超過利益」が生じているかを検討するべきではなく、本件各米国特許及び本件ドイツ特許を実施することで使用者が得た利益をもって、旧35条4項の「その発明により…受けるべき利益の額」というべきであるから、一審被告が米国及びドイツのヒューレット・パッカード社に対して譲渡したことによって得られた利益も「その発明により…受けるべき利益の額」に含まれるべきである。
(ウ) したがって、原判決が、本件日本特許の存続期間が満了した後である第4期及び第5期についての全他社譲渡価格の算定に当たり、全世界実売価格の合計額から、被告自身の実売価格の合計額を控除するだけでなく、ヒューレット・パッカード社の実売価格の合計額をも控除したことは、誤りである。
(エ) そこで、第4期及び第5期については、全世界実売価格の合計額から、ヒューレット・パッカード社の実売価格の合計額を控除せずに全他社譲渡価格を算出すべきであるところ、乙245によれば、第4期及び第5期におけるヒューレット・パッカード社の実売価格の合計額は、以下のとおり、少なくとも合計で約2兆5003億円である。
 2002年 51億7972万3000米ドル(2002の平均為替レート123円を乗じると、日本円で6371億円)
 2003年 52億3184万9000米ドル(2003年の平均為替レート125円を乗じると、日本円で6540億円)
 2004年 53億2754万2000米ドル(2004年の平均為替レート116円を乗じると、日本円で6180億円)
 2005年 55億2533万5000米ドル(2005年の平均為替レート107円を乗じると、日本円で5912億円)
 合計2兆5003億円
イ 譲渡価格が標準小売価格の約50%という認定は不合理であること
 原判決は、乙89(「くらしと物価(平成13年版)」)により、MFP等の全他社譲渡価格は標準小売価格の50%であると認定している(原判決313頁11行〜17行)。
 しかし、以下の2点から、MFP等の全他社譲渡価格が標準小売価格の50%であるという原判決の認定は、不合理である。
(ア) 第1に、家電製品におけるメーカーの流通経路は、OA機器の流通経路と異なり、家電量販店や零細な家電小売店の利益を守るために標準小売価格に対してメーカーの出荷価格は他の機械製品に比べて極めて低く押さえられているという実情がある。一方で、MFPのようなOA機器については、メーカーが自ら100%出資した販売子会社などが自らエンドユーザーに提供しているケースが多く、一般的な家電製品のように家電量販店や零細な家電小売店の利益を守るために標準小売価格に対してメーカーの出荷価格は他の機械製品に比べて極めて低く押さえなければならないという事情はない。
(イ) 第2に、乙89は、家電製品においては、譲渡価格は、標準小売価格の約50%であると記載しているにすぎず、MFPについてのデータではない。一審被告自らが、MFPの譲渡価格が標準小売価格の何パーセントであるかについての正確なデータを保有しているはずであり、そのデータを裁判所に提出すれば、他社の譲渡価格の標準小売価格に対する割合を推定することが極めて容易であるはずである。しかるに、一審被告はあえてこれをせず、「くらしと物価(平成13年版)」という内閣府の国民生活局消費者情報室が一般の消費者向けに編集した「家庭で学ぶ物価通信講座テキスト」に記載された何らのデータ上の根拠もない1行1文のみを証拠として裁判所に提出しており、極めて不自然であり、MFPの譲渡価格の標準小売価格に対する割合は、50%より大きい可能性が極めて高い。
(7) 原判決の「本件各特許発明の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」認定の誤り(争点3−4に関し)
ア 原判決の算定方法において「本件各特許発明の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」を乗じることの矛盾
 前記(2)で述べたように、原判決のように、寄与度を、「一審被告が有する基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)の中で本件各特許発明が寄与している度合い」と捉えるのであれば、本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」の算定における譲渡金額は、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」ではなく、「一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の全製品の譲渡金額合計額」とされなければならない。したがって、計算式中において「本件各特許発明の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」は、「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合」とともに、計算式の中から削除されなければならない。これら二つの要素によって、「一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の全製品の譲渡金額合計額」から、本件各特許発明が実施されていない製品の譲渡金額が除かれ、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」に限定されているからである。
イ 原判決の算定方法では、第三国で生産された後、日米独へ輸入されさらにそこから第三国へ輸出された製品の割合が考慮されていないこと
 本来、LBP及びMFP等に関する日米独特許の実施割合は、@他社のLBP及びMFP等の日米独の国内生産の割合と、A日米独以外の国(以下、「第三国」という。)で生産された他社のLBP及びMFP等のうち、日米独へ輸入されたものの割合を合計すべきである。にもかかわらず、原判決の採用した算定方法では、Aについて、全世界で生産されたLBP及びMFP等における第三国生産の割合に、全世界で販売されたLBP及びMFP等における日独(日米独)販売の割合を乗じることによって算定しており、この算定方法では、第三国で生産された後、日独(日米独)へ輸入され、さらにそこから第三国へ輸出された製品の割合は考慮されない。したがって、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、そこから第三国へ輸出された製品の割合が含まれていない原判決の算定方法は不合理である。
ウ 原判決の算定においてレックスマーク社の生産台数が考慮されていないこと
(ア) 原判決は、2001年及び2005年の米国生産台数を0台(0%)として、第2期から第5期の特許実施分割合を算定している。
 しかし、原判決が認定の根拠としている乙252、225、258及び260(いずれも一審被告社員作成)に記載されている2001年の全世界の生産台数1140万台及び米国生産台数0台並びに乙266(同上)に記載されている2005年の全世界の生産台数2万300台及び米国生産台数0台には、レックスマーク社の全世界の生産台数及び米国における生産台数が含まれていないために、第2期から第5期の特許実施分の割合は、レックスマーク社が含まれていない不正確な生産・販売比率を用いて計算されている。
(イ) 米国のレックスマーク社は、米国においてLBPを生産しており、一審被告及びヒューレット・パッカード社を除くLBPメーカーの中で最大の生産シェア及び販売シェアを有する海外の大手メーカーである。乙69(前同)は、全世界における1996年から2003年までの間の各年のLBPブランド別販売台数を示した資料であるが、乙69によれば、2001年の全世界における総販売台数が1185万7847台であるところ、レックスマーク社はそのうちの約1割である118万7768台を販売しており、ヒューレット・パッカード社に次ぐ第2位のシェアを占めている。
 また、「2001年版電子機器の生産実態と予測−メーカー別・機器別の世界生産台数−」(甲140)の183頁には、2000年の光学式プリンタのメーカー別生産シェアの見込みが示されているが、レックスマーク社の生産シェアは8.7%で、一審被告の51.8%に次ぐ第2位のシェアを占めるとされている。
 以上のように米国のレックスマーク社は、一審被告及びヒューレット・パッカード社を除くメーカーの中で最も大きい生産シェア及び販売シェアを有する海外の最大手メーカーである。
(ウ) 2000年の生産実績に関するデータを記載した「2001ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査<世界編>」(以下「2001年版」という。甲141)242頁及び243頁によれば、レックスマーク社の2000年の合計生産量は740万台で、そのうち600万台を北米で生産している。乙252における2001年の米国生産台数及び米国生産割合、乙225における2001年の米国生産台数及び米国生産割合、乙258における2001年の米国生産台数及び米国生産割合、乙260における2001年の米国生産台数及び米国生産割合、乙266における2005年の米国生産台数及び米国生産割合はすべて0千台及び0%になっているが、レックスマーク社の本拠地が米国にあることからすれば、レックスマーク社は2000年に北米において600万台の「ページプリンタ」の生産を行っているのに、2001年及び2005年のLBPの米国生産台数及び米国生産割合が0千台(0%)ということは考えられない。したがって、乙252、225、258、260及び266の基になっている資料である乙67(「2002ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査<世界編>」、以下「2002年版」という。)、乙262(「2006ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査」、以下「2006年版」という。)において、何らかのミスによりレックスマーク社の生産台数のデータが脱落したものと推定される。
(エ) レックスマーク社のLBPの米国生産につき、原判決は、「…2001年版においては、『ページプリンタ』の定義が正確ではなく、総生産台数が大幅に異なっていたことからすると、レックスマークの北米での…生産台数をLBPの生産台数と認めることは困難であり、かえって、2006年版(2005年)においては、レックスマークは、中国/香港生産のみで米国生産が0台であることからしても、2001年版(2000年)においてレックスマークがLBPを米国で生産していたことを前提として、原告主張のように、LBPの各年度の日米独の生産比率を修正して認定することはできない。」と判断している(322頁17行〜25行)。
 しかし、上記の原判決の判断は、以下のとおり、誤っている。
a 原判決は、2001年版においては、「ページプリンタ」の定義が正確ではない旨判示する。
 しかし、@2001年版(甲141)における1999年の「ページプリンタ」の数値が7007万台、2000年の数値が7445万台であるのに対し、2002年版(乙67)における2000年及び2001年の「ページプリンタ(その定義として、LDやLEDなどの光源でスキャンし、感光体ドラム上に形成したトナーの像を紙に転写する方式のプリンタを対象とすると記載されている)」は1000万強台の数値であり、2006年版(乙262)における「ページプリンタ(定義は乙67と同じ)」の数値も2030万台であることからすると、2001年版における「ページプリンタ」と2002年版や2006年版における「ページプリンタ」では、同じ「ページプリンタ」という用語を使用していても、総生産台数の数値に格段の違いがあること、逆に、A2001年版(甲141)に記載されている1999年の総生産台数7007万台は、「2000ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査<世界編>」(以下「2000年版」という。甲142)の「プリンタ」の1999年の総生産台数6363万台とほぼ同程度であり、2000年版の「プリンタ」は、インクジェットプリンタとページプリンタを対象とすると定義されていることからすれば、2001年版の「ページプリンタ」がページプリンタとインクジェットプリンタの両方を含んでいることは明らかである。
 したがって、2001年版においては「ページプリンタ」の定義が必ずしも正確ではないからといって、これが2001年版の数値の信用性までなしとすることの根拠にはなり得ない。
 そして、2001年版における「ページプリンタ」の生産台数の数値をLBPの生産台数と認めることは困難であるとしても、ページプリンタとインクジェットプリンタの米国生産割合を同じものと仮定して2001年版のデータからレックスマーク社の全生産台数のうち、米国で生産されている割合(米国生産割合)を求め、2001年の米国生産台数を求めることは一定の合理性を有するはずである。なぜなら、ページプリンタとインクジェットプリンタは、共通の部品を使用することも多く、それぞれのプリンタの生産が全く別々の国で別々の割合で行われることの合理的な理由はあまりなく、通常であれば、両者は同じ生産地で生産することが原料等の調達という観点からも便宜である以上、両者は同じ場所でほぼ同じ割合で生産されていると考える方が自然であるからである。
b 原判決は、2001年版よりも2002年版や2006年版の方がデータとしての信用性が高いと判断しているかのようである。
(a) しかし、以下のとおり、2002年版や2006年版には不自然な点が多くあり、データとしての信用性が高いとはいえない。
α 2002年版(乙67)には2001年のレックスマーク社の生産台数についての記載はないが、乙69によれば、レックスマーク社は、2001年には118万7768台、2002年には102万6227台のLBPを販売しているのであり、2001年のレックスマーク社の生産台数が0台であることなどあり得ない。
β 2002年版(乙67)のC−6「ページプリンタ」の2「地域別生産実績と予測」の表の北米の各年の生産台数は0台であるのに、表の下の囲みの中には、「@2001年の生産地域はアジア 73%>日本 24%>北米 2%順となっている。」との記載があり、矛盾している。
γ 2006年版(乙262)によればレックスマーク社の2005年のページプリンタ(LBP及びLED)の全世界の生産台数は中国/香港生産の25万台のみであるが、乙69によれば、2003年の時点でレックスマーク社のLBP販売台数は、102万5465台であり、レックスマーク社のLBP販売台数が1996年の49万5033台から徐々に増加し、2001年以降は一貫して100万台以上の販売台数を維持していることがわかる。このことからすれば、2005年のレックスマーク社のページプリンタ(LBP及びLED)全世界の生産台数が25万台のみということはあり得ない。
(b) 逆に、2001年版における2000年のレックスマーク社に関する数値は、以下のような理由から正確性が高い。
α 2001年版の「ページプリンタ」(上記記載のとおり、実際には、ページプリンタとインクジェットプリンタ)の2000年世界合計金額は7445万台である。一方、上記(イ)のとおり、甲140の183頁によれば、レックスマーク社は光学式プリンタに関し2000年の段階で8.7%のシェアを持っていたことが分かる。
β レックスマーク社は、特定のプリンタのみの生産に力を入れている会社ではなく、さまざまなプリンタを生産する大手プリンタメーカーであることからすれば、この光学式プリンタにおけるシェアが、インクジェットプリンタも含むプリンタ全体におけるレックスマーク社のシェアとある程度一致すると考えることができる。
γ そこで、仮に、レックスマーク社の2001年版にいうところの「ページプリンタ」についてのシェアが、上記レックスマーク社のシェア8.7%にある程度幅を持たせた数値である5%から10%と仮定して計算すると、7445万台の5%から10%は、約372万台〜745万台であり、2001年版におけるレックスマーク社の世界総生産量である740万台とほぼ一致する。
(オ) 以下、LBPについてのレックスマーク社の生産台数を含めた数値を基にして、第2期から第5期における「本件各特許発明の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」を具体的に計算する(便宜上、原判決で採用されている証拠である乙252等の記載を引用するが、一審原告において乙252等の記載内容の真実性を認めたものではない。)
a 2001年にレックスマーク社が米国で生産したページプリンタの台数
(a) 2001年における各社の生産台数を記している2002年版(乙67)と、2002年における各社の販売台数を記している乙69を比較検討すると、生産シェア及び販売シェアの大きい会社について、2001年の各社の生産台数と2002年の各社の販売台数が概ね一致している。
 レックスマーク社の場合、乙69記載の2000年、2001年、2002年の各販売台数はそれぞれ、99万2175台、118万7768台、102万6227台であり、甲140の183頁記載の2000年の生産見込台数134万9000台(1550万台の8.7%)よりも若干少ないことから、レックスマーク社はOEM供給を大量に受けておらず、販売台数より若干多い台数のLBPを自社で生産していることがうかがえる。
 したがって、2001年のレックスマーク社のLBP生産台数は、乙69によれば、2002年のレックスマーク社の販売台数が102万6227台とされていることから、少なくとも102万6227台(約102万6000台)であると推定される。なお、2002年版(乙67)の全世界における合計生産台数はレックスマーク社の生産台数を含んでいない数値であるところ、2001年の各社の合計生産台数1140万台に、102万6000台を加えると1242万6000台となり、乙69記載の2002年の販売台数の合計である1229万5000台と近似することからも、この102万6000台という控え目な推定台数は合理的な数値であるといえる。
(b) 2001年版(甲141)の242頁及び243頁によれば、レックスマーク社の合計生産量は740万台で、そのうちの600万台を北米で生産していると記されている。したがって、レックスマーク社の米国生産割合は、81.08%である。なお、ページプリンタとインクジェットプリンタの米国生産割合を同程度として扱うことに一定の合理性があることは、上記(エ)aのとおりである。
(c) したがって、2001年にレックスマーク社が米国で生産したページプリンタは、83万2000台(102万6000台×81.08%)と推定される。
b 第2期(日独特許実施分の割合)
(a) 原判決の認定に従い、第2期における日独特許実施分の割合を認定するに当たり、2001年分のデータとして一審被告が作成した乙252を用いる。乙252に記載されている2001年におけるLBPの全世界生産台数は、1140万台であるが、この台数にはレックスマーク社の2001年における全世界生産推定台数102万6000台が含まれていない。正確な数値は、1242万6000台(1140万台+102万6000台)である。そして、一審被告が生産した台数は667万台であるから、他社が世界で生産した台数は575万6000台(1242万6000台−667万台)となる。
 次に、乙252によれば、2001年におけるLBPの日本での生産台数は、404万台であり、一審被告の日本での生産台数は207万台であるから、他社の日本での生産台数は197万台(404万台−207万台)となる。
 また、乙252によれば、2001年におけるLBPの米国での生産台数は0台とされているが、2001年におけるレックスマーク社の米国での推定生産台数は83万2000台であることから、これを考慮すると、他社の米国での生産台数は、83万2000台となる。
 そして、乙252によれば、2001年におけるLBPのドイツでの生産台数は0台である。
 以上により、2001年に他社が全世界で生産したLBPは575万6000台であり、そのうちの197万台(197万台+0台)が日独で生産されていることになるから、2001年におけるLBPの日独の生産割合は、34.23%(197万台/575万6000台)で、第三国での生産割合は、65.77%(100%−34.23%)となる。
(b) 乙252によれば、2001年におけるLBPの日独販売割合は26.94%であるから、これを正しい数値であると仮定して、第三国で生産された他社のLBPのうち、日独へ輸入され、日独で販売されたLBPの割合を算定すると、17.72%(65.77%×26.94%)となる。
(c) 以上により、上記(a)の34.23%と上記(b)の17.72%を合計すると、51.95%(34.23%+17.72%)となる。
(d) 1983年の日独生産・販売比率を100%、1994年の日米独生産・販売比率を81.39%、2001年の日独生産・販売比率を51.95%として加重平均すると、90.34%となる(甲160)。
(e) なお、原判決が日独特許実施分の割合の算定に用いている原判決「別表4」における全他社譲渡価格合計額は、年末における為替レートを用いて算出した数値である6兆2969億1937万円を用いているので、各年度における為替レート平均値を用いて算出した数値である6兆3532億4685万円を用いるべきである。
c 第3期(日米独特許実施分の割合)
(a) 原判決の認定に従い、第3期における日米独特許実施分の割合を認定するに当たり、2001年分のデータとして一審被告が作成した乙225を用いる。乙225に記載されている2001年におけるLBPの全世界生産台数は、1140万台であるが、この台数にはレックスマーク社の2001年における生産推定台数102万6000台が含まれていないため、レックスマーク社の生産推定台数を含めると、1242万6000台となる。そして、一審被告が生産した台数は667万台であるから、他社が世界で生産した台数は575万6000台(1242万6000台−667万台)となる。
 次に、乙225によれば、2001年におけるLBPの日本での生産台数は、404万台であり、一審被告の日本での生産台数は207万台であるから、他社の日本での生産台数は197万台(404万台−207万台)となる。
 また、乙225によれば、2001年におけるLBPの米国での生産台数は0台とされているが、2001年におけるレックスマーク社の米国での推定生産台数は83万2000台であることから、これを考慮すると、他社の米国での生産台数は、83万2000台となる。
 そして、乙225によれば、2001年におけるLBPのドイツでの生産台数は0台である。
 したがって、2001年に他社が全世界で生産したLBPは575万6000台であり、そのうちの280万2000台(197万台+83万2000台)が日米独で生産されていることになるから、2001年におけるLBPの日米独の生産割合は、48.68%で、第三国での生産割合は、51.32%(100%−48.68%)となる。
(b) 乙225によれば、2001年におけるLBPの日米独販売割合は44.06%であるから、これを正しい数値であると仮定して、第三国で生産された他社のLBPのうち、日米独へ輸入され、日米独の国内で販売された製品の割合を算定すると、22.61%(51.32%×44.06%)となる。
(c) 以上により、上記(a)の48.68%と上記(b)の22.61%を合計すると、71.29%となる。
(d) 1983年の日米独生産・販売比率を100%、1994年の日米独生産・販売比率を95.48%、2001年の日米独生産・販売比率を71.29%として加重平均すると、86.38%となる(甲161)。
d 第4期(米独特許実施分の割合)
(a) 原判決の認定に従い、第4期における米独特許実施分の割合を認定するに当たり、2001年分のデータとして一審被告が作成した乙258を用いる。2001年に他社が全世界で生産したLBPは、乙258の全世界の生産台数である473万台にレックスマーク社の生産台数102万6000台を加えた575万6000台であり、そのうちの83万2000台(83万2000台+0台)が米独で生産されていることになるから、2001年におけるLBPの米独の生産割合は、14.45%(83万2000台/575万6000台)で、第三国での生産割合は、85.55%(100%−14.45%)となる。
(b) 乙258によれば、2001年におけるLBPの米独販売割合は28.89%であるから、これを正しい数値であると仮定して、第三国で生産された他社のLBPのうち、米独へ輸入され、米独の国内で販売された製品の割合を算定すると、24.72%(85.55%×28.89%)となる。
(c) 以上により、上記(a)の14.45%と上記(b)の24.72%を合計すると、39.17%となる。
(d) 第4期は1年弱の期間であることから、2001年単年の数値によって算定されるので、第4期の米独特許実施分の割合は、39.17%となる。
e 第5期(米国特許実施分の割合)
(a) 2001年に他社が全世界で生産したLBPは575万6000台であり、そのうちの83万2000台が米で生産されていることになるから、2001年におけるLBPの米国での生産割合は、14.45%(83万2000台/575万6000台)で、第三国での生産割合は、85.55%(100%−14.45%)となる。
(b) 乙260によれば、2001年におけるLBPの米国販売割合は17.12%であるから、これを正しい数値であると仮定して、第三国で生産された他社のLBPのうち、米国へ輸入され、米国の国内で販売された製品の割合を算定すると、14.65%(85.55%×17.12%)となる。
(c) 以上により、上記(a)の14.45%と上記(b)の14.65%を合計すると、29.10%となる。
(d) 2005年の全世界の生産台数、米国生産台数については、一審原告は独自の資料を持ち合わせていないので、米国生産割合については、2001年と同じ14.45%を用いる。米国生産割合が14.45%であるとすると、第三国で生産されたLBPの割合は、85.55%になる。
(e) 乙266によれば、2005年におけるLBPの米国販売割合は19.83%であるから、これを正しい数値であると仮定して、第三国で生産された他社のLBPのうち、米国へ輸入され、米国の国内で販売された製品の割合を算定すると、16.96%(85.55%×19.83%)となる。
(f) 上記(d)の14.45%と上記(e)の16.96%を合計すると、31.41%となる。
(g) 原判決において、第5期については、短期間であることから、2001年単年の数値と2005年単年の数値を単純平均して算出された数値を第5期米国特許実施分の割合としているところ、一審原告の算出した上記(c)及び(f)の数値を単純平均すると、30.26%({29.10%+31.41%}÷2)となる。
(8) 原判決の「一審被告の貢献度」認定の誤り(争点4に関し)
ア 原判決の貢献度に関しての考え方につき
(ア) 原判決は、貢献度について、「…『利益の額』が極めて高額になる場合は、特段の事情がない限り、『使用者が貢献した程度』は通常よりも高いものとなり得るのであり、『利益の額』が低額になる場合には、特段の事情がない限り、『使用者が貢献した程度』は、通常よりもやや低くなり得るものである。」(339頁3行〜7行)と判示する。原判決によれば、その根拠は、「従業者への発明へのインセンティブになるのに十分なものであるべきであると同時に、企業等が厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で、これに打ち勝ち発展していくことを可能とすべきものであって、さまざまなリスクを負担する企業の共同事業者が好況時に受ける利益の額とは自ずから性質の異なるものと考えるのが相当である」(338頁下9行〜下5行)という点にある。
 しかし、上記の原判決の考え方は、以下のとおり不当である。
a 第1に、原判決は、企業等が厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で、これに打ち勝ち発展していくことを可能とすべきものであることや企業がさまざまなリスクを負担することを理由として、好況時と不況時の「使用者が貢献した程度」が異なるという結論を導いているが、経済情勢及び国際的な競争の中での企業の負担するリスクという点に着目するならば、不況時における使用者の貢献度は高く、好況時における使用者の貢献度は低いという結論も導かれ得るはずである。なぜなら、不況時における使用者の貢献度が低いと考えると、企業は収益が少ないにもかかわらず、発明者に多くの相当対価を支払わなければならないことになり、厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で打ち勝つことが困難となるからである。また、企業は、不況時にこそ、生き延びていくためのさまざまなリスクを背負っているのであって、そのリスクの度合いは好況時よりもむしろ不況時の方が大きいといえるはずである。とすれば、企業等が厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で、これに打ち勝ち発展していくことを可能とすべきものであることや企業がさまざまなリスクを負担することに着目したとした場合に、「『利益の額』が極めて高額になる場合は、特段の事情がない限り、『使用者が貢献した程度』は通常よりも高いものとなり得るのであり、『利益の額』が低額になる場合には、特段の事情がない限り、『使用者が貢献した程度』は、通常よりもやや低くなり得る」という結論は必ずしも導かれないのであって、原判決の判示している理由と結論の間には論理的必然性はない。
b 第2に、上記のような原判決の結論は、「発明を奨励し」、「産業の発達に寄与する」という特許法1条の目的から考えても不合理である。
 原判決によれば、より多くの優れた発明がなされ、より「利益の額」が高額になればなるほど、企業の貢献度が大きくなり、発明者の貢献度が小さくなり、逆に、発明者が価値の低い発明しかなさず、「利益の額」がそれによって低額になればなるほど、発明者の貢献度が大きくなるというのである。結局、発明者がより大きな利益を上げる優れた発明を行うことが逆に発明者の貢献度を小さく評価することにつながるのであって、原判決のこのような結論は、発明者の、より価値の高い発明を行うことに対する意欲を阻害するものであるとすらいいうる。このような原判決の理論が、「発明を奨励し」、「産業の発達に寄与する」との特許法1条の目的に反することは明らかである。また、原判決の見解によれば、特許発明の価値が低い結果として独占の利益が低額となる場合にまで、あえて「使用者が貢献した程度」を通常よりも低く見積もることにより、本来であれば支払うべきではない相当の対価を、従業員に対して支払うこととなる。しかし、インセンティブは、結果の伴った特許発明に対してなされるべきであり、結果の伴わない特許発明に対してまでなされるべきではない。
c 第3に、ある二つの特許発明に対する使用者側の所為・対応に差違がない場合で、かつ、一方の特許発明はその価値が高いことの結果として独占の利益が高額となり、他方の特許発明はその価値が低いことの結果として独占の利益が低額となった場合において、本来、二つの特許発明に対する使用者側の所為・対応に何ら差違もないのであれば、「使用者が貢献した程度」は同じであるべきである。しかし、原判決の見解によれば、価値の高い特許発明については「使用者が貢献した程度」が高くなり、価値の低い特許発明については「使用者が貢献した程度」が低くなるという理不尽な結果となる。
(イ) 原判決は、旧35条4項が、使用者等と従業者等との利害関係を調整する規定であることを理由に、「…『使用者等が貢献した程度』には、使用者等が『その発明がされるについて』貢献した事情のほか、特許の取得・維持、ライセンス契約の締結に要した努力、費用、あるいは、特許発明の独占的な実施については、その実施品に係る事業が成功するに至った一切の要因・事情を、使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した一切の事情として考慮し得るものと解するのが相当である。」(339頁8行〜13行)と判示し、発明がなされた後の事情は、使用者会社の貢献度として考慮される事情に当たるという考え方をとっている。
 しかし、旧35条4項の「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮」という文言に鑑みれば、相当の対価の算定に当たって考慮されるべき使用者の貢献度は、発明が完成するまでの使用者の貢献度であると解釈されるので、発明がなされた後の使用者の貢献度は対価額の算定に当たって考慮されるべきではない。したがって、本件においても、本件各特許発明がなされるまでの事情が、一審被告の貢献度として考慮されるべきであり、本件各特許発明がなされた後の特許の取得・維持、ライセンス契約の締結に要した努力等は、一審被告の貢献度として考慮されるべきではない。
イ 一審被告が貢献した程度につき
(ア) 一審原告はTR−016に参加していない
 原判決は、一審原告が、原審における一審原告の訴状3頁において、昭和49年(1974年)ころからLBPの開発に従事したと主張していること、及び、TR−016のタスクフォースのレポートである昭和50年(1975年)12月3日付けの「LBP打ち合せ報告」(乙171)が同報告会に出席していた一審原告にも配布されていることを理由に、一審原告がTR−016に参加していたと認定する(340頁11行〜17行)。
 しかし、一審原告が、訴状3頁において、昭和49年(1974年)ころからLBPの開発に従事したと記載した理由は、本件訴訟の提起時において、一審原告がLBPの開発に携わり始めた当時に所属していた部署、当時の業務等を示す資料がなく、また、一審原告がLBPの開発に携わり始めたのが、本件訴訟提起時からおよそ30年前であることから、一審原告は、いつごろから一審被告のLBP開発に携わり始めたのかを正確に覚えていなかったからである。そして、一審原告は、原審において提出された証拠等を精査することにより、1974年当時は他社からの委託によるLBP以外の走査光学系の開発に従事しており、一審被告のLBP開発には携わっていなかったとの記憶が蘇るようになったため、1974年当時は一審被告のLBP開発に携わっていなかった旨、後に主張するようになったのである。後に一審原告の記憶が蘇った時点の記憶が一審原告の正確な記憶であるのであるから、正確な記憶に基づいて認定を行うべきである。
 また、TR−016のレポートである昭和50年(1975年)12月3日付けの「LBP打ち合せ報告」(乙171)が同報告会に出席していた一審原告にも配布されていることについては、一審原告には記憶がなく、誤りである可能性が否定できない。
 以上により、一審原告がTR−016に参加していたという原判決の認定は誤りであって、一審原告は、TR−016には参加していない。したがって、仮にTR−016においてノウハウブックを作成していたとしても、一審原告がノウハウブックに接する機会はなかった
(イ) 一審原告はTR−050のタスクフォースにおいて本件物理設計図によってCから指示及び要請を受けていない
 原判決は、一審原告は、TR−050のタスクフォースにおいて本件物理設計図(乙104の1〜3)によってCから指示及び要請を受けていたと認定する(341頁下5行〜342頁下6行)。
 しかし、以下のとおり、一審原告が本件物理設計図(乙104の1〜3)によってCから指示及び要請を受けていたという事実はない。
a 本件物理設計図は、FSP−DRY設計図ではない。このことは、@中央研究所からの開発オーダーであれば、「DCV」で始まる番号が付されていなければならず、その後ろの番号も本件物理設計図に付された光学図面と同じ「10340」でなければならないところ、本件物理設計図の番号は「DCW−20035」であること、A本件物理設計図(乙104の2)には、「・TN−117E改良のFSP−DryUでの実測透過率データ」との記載があり、本件物理設計図(乙104の3)には、「TN−117E改造FSP−Dryの場合、全面露光の光が2次除電器全面露光側シールドとドラム表面とのスキマから入り込み、潜像形成に影響した。」と記載されていることからすると、既にFSP−DRYやFSP−DRYUの機能試作機が存在していたことから明らかである。
b 本件物理設計図中の「スポット径」に関する記載(乙104の1)は、一審原告ら光学設計者に向けられたものではない。なぜなら、光学設計者は、スポット径の形状及び大きさが具体的に特定されていることを前提に、当該形状及び大きさのスポット径を形成するレンズ等を設計するが、本件物理設計図の「スポット径」の項目は「ドラム面スポット形状は__±__μ×__±__μである。」というように、スポット径の具体的な大きさが記載されておらず、このような記載では、光学設計者は何らレンズを設計することはできないからである。具体的には、スポット径の半径をrとすると、r=kFλで表される。ここで、kはレーザービームの断面強度分布に関わる定数で、FはfθレンズのFナンバー、λはレーザービームの波長である。光学設計を開始する場合には、常に、まず、スポット径の半径rを決めて、上記の式を満足するようにレーザービームの断面強度分布に関わる定数kとfθレンズのFナンバーを決めなければならない。本件物理設計図の「スポット径」を「__±__μ×__±__μ」のように空欄で指示されても、fθレンズだけでなく、半導体レーザー光を集光するための第1結像光学系におけるコリメータレンズ及びポリゴンの設計を行うことができない。また、本件物理設計図で言及されているLBP−10は、非倒れ補正光学系を採用した古いタイプの機種であり、共役型倒れ補正系を採用するFSP−DRYとは全く別の機種であって、本件各特許発明も実施していない機種であるから、このような全く別の機種の平均スポット径を参考として示していることも指示としては極めて不適切である。
 また、本件物理設計図中の「光量損失」に関する記載(乙104の2)も、一審原告ら光学設計者に向けられたものではない。なぜなら、「光量損失」の項目には、「又パワーチェッカーによる光量測定部からドラム面までの光量低下量はバラツキ量をできる限り小さくする事。」「パワーチェッカー部からドラム面までの光量低下量=80.6%(=75〜86%)」などという指示・要請が記載されているところ、光学設計業務においてパワーチェッカーなる器具は使用しないのであって、一審原告は「パワーチェッカーによる光量測定部」及び「パワーチェッカー部」がどの箇所を指すかが分からず、このような指示・要請に応えることはできないからである。なお、プロセス担当者は光量の検討のためにパワーチェッカーを使用することがあるので、パワーチェッカーを前提にした「光量損失」の項目は、むしろ、プロセス担当者に向けられたものである。また、「光量損失」の項目における「・光学系全体の光量損失はドラムの感度、レーザーのパワーに余裕のない現状である為、できる限り少ない方が良い。」との記載も、光学系の基礎事項に関するプロセス担当者間の共通認識を明確にすべく記載されたと推定されるものである。
 このように乙104の1、2が共に光学設計者に向けられたものではない以上、乙104の3のみが光学設計者に向けられたものであると考えることは極めて不自然である。
 以上により、本件物理設計図(乙104の1〜3)は、すべて、一審原告ら光学設計者に対して指示・要請をする文書ではない。
c 一審原告には、本件物理設計図(乙104の1〜3)の配布を受けた記憶がない。また、Dレポート(乙10)、Eレポート(乙11)、Xレポート(乙103)等には配布先が記載されているのに対し、乙104の1〜3には配布先が記載されていない。乙104の1〜3には承認印が押されておらず、しかも、乙104の1には空欄となっている箇所もある。また、乙104の2及び3には、「未検討」となっている箇所があることから、未完成の図面であったことが推察される。
 したがって、本件物理設計図(乙104の1〜3)は一審原告に対して配布されていない。
d 原判決は、タスクフォースとは、もともと様々な専門分野の技術者を集めた技術開発グループであること、一審原告がTR−050のタスクフォースの光学設計の開発責任者であることを理由に、静止ゴースト像の発生防止という課題の指示がなかったという一審原告の主張を退けている(原判決342頁16行〜21行)。
 しかし、TR−050のタスクフォース編成計画書を見ても、どこにも静止ゴースト像の発生防止という課題、あるいは課題に関する業務内容は挙げられていない。
 また、もともと様々な専門分野の技術者を集めた技術開発グループであってそれぞれの役割が異なり、それぞれのなすべき事柄が違うからこそ、チーフやプロセス担当者がそれぞれの専門分野の担当者に適切に指示を出す必要があるのであって、一審原告が光学設計の開発責任者であるからといって、一審原告が同タスクフォースのすべての問題に通じているわけではない。タスクフォースの構成員はそれぞれの専門技術分野及び指示された内容についてそのタスクフォースに関わっているのである。そして、上記aにおいて述べたように、本件物理設計図(乙104の1〜3)は、光学設計者に向けられたものではないから、光学設計者に対して指示がなされたものではない。また、静止ゴースト像の問題は、後記(ウ)のとおり、本来プロセス担当者が担当してきた問題であって、一審原告のような光学設計者の専門技術分野に属する問題ではない。したがって、一審原告がTR−050のタスクフォースの光学設計の開発責任者であったとしても、静止ゴースト像の問題が一審原告の課題であったということはできない。
(ウ) Aが一審原告に静止ゴースト像の除去を指示したことはない
 原判決は、一審原告がTR−050のタスクフォースの光学設計の開発責任者であったこととAの陳述書(乙163)に記載があることを理由に、Aが一審原告に静止ゴースト像の除去を指示したと認定している(343頁18行〜22行)。
 しかし、そもそもタスクフォースは、様々な専門分野の技術者を集めた技術開発グループである以上、問題が発生した場合には、その問題を解決するに最も適した専門分野の担当者が問題解決に当たるのである。そして、ゴースト像の問題は、もともとプロセス担当者が解決すべき問題であった。まず、ゴースト像について検討したDレポートは、同レポート(乙10)上に「TR006M」と記されていることからもわかるように、タスクフォースTR−006において作成されたものであるところ、Dレポートの作成者であるDは、タスクフォースTR−006において、プロセス担当者であった(乙173)。また、Eレポートは、同レポート(乙11)上に「TR006M−32」と記されていることからもわかるように、タスクフォースTR−006において作成されたものであるところ、Eレポートの作成者であるEは、タスクフォースTR−006において、プロセス担当者であった(乙173)。さらには、D及びEと同じく、E特許の発明者の一人であるIも、プロセス担当者であった(乙173)。このように一審被告内においては、ゴースト像の問題全般について、プロセス担当者が中心となって取り組んでいたのである。したがって、ゴースト像の問題は、もともとプロセス担当者が解決すべき問題であって、一審原告は光学設計者であったのであるから、Aらから一審原告に対して、ゴースト像の除去について指示・要請がなされるはずはないし、実際、一審原告はAらからそのような指示・要請を受けていない。
(エ) 一審原告はAの指示を受けて本件各特許発明を想到するに至ったのではない
 原判決は、一審原告が、Aの指示を受けて、TR−050のタスクフォースの光学系の開発責任者として、静止ゴースト像を除去するための構成を検討し、本件各特許発明を想到するに至ったと認定している(343頁5行〜11行)
 しかし、一審原告は、Aの指示を受けて、本件各特許発明を想到するに至ったのではない。原判決205頁10行〜207頁15行記載のとおり、一審原告は、昭和56年当時、休憩中に、LBPにおいて走査線と直交する方法に発生する有害な直線上の画像が記録されるとの情報を得たため、好奇心からこの問題を研究し、甲159の研究実績をふまえて、本件各特許発明を完成させたものであって、一審被告からの指示に基づくことなく、自主的に完成させたものである。
(オ) 一審原告がゴースト像を除去するという目的を達成するために本件光学配置図を作成しこれに基づいて静止ゴースト像除去効果の確認試験が行われたことはない
 原判決は、一審原告が、ゴースト像を除去するという目的を達成するために、本件光学配置図(乙105)を作成し、これに基づいて静止ゴースト像除去効果の確認試験が行われたと認定している(343頁11行〜17行、343頁24行〜344頁1行)。
 しかし、本件光学配置図が製品試作機の走査光学系の設計図たり得るためには、本件各特許発明及び本件光学配置図(乙105)にいう「有効走査巾」は画像巾を意味すると仮定して、本件光学配置図の「有効走査巾」をA3用紙の紙巾である297mmとして計算する必要があるが、本件光学配置図には、明確に「有効走査巾 310」と記載されており、かつ、これが、本件各特許発明にいう画像巾を意味するなどとは、全く言及されていない。また、本件明細書においても、「有効走査巾」を画像巾の意味として使用するなどの説明はどこにも述べられていない。したがって、本件各特許発明及び本件光学配置図の「有効走査巾」を画像巾の意味に限定する根拠は何もない。
 本件光学配置図(乙105)に基づく光学配置が本件各特許発明の要件を満たすか否かは、有効走査巾が310(mm)であることを前提に検討すべきであり、それを基に計算すれば、本件光学配置図に基づく光学配置は本件各特許発明の要件を充たしていないことになり、ゴースト像を除去することができないのであるから、本件光学配置図がゴースト像を除去することを目的として作成された図面であると認定することは誤りである。
 しかるに、原判決は、この点について何ら説明を加えることなく、「有効走査巾」は画像巾を意味するという仮定に基づいて、本件光学配置図(乙105)は、一審原告が、Aの指示に基づいて、ゴースト像を除去するという目的を達成するために作成したものであると認定しており、不当である。
(カ) 一審被告が本件光学配置図に基づいて静止ゴースト除去効果の確認試験を行いその結果Bレポートが作成されたことはない
 原判決は、Bレポート(乙198)の目的欄に「今回の試作は実装時のゴースト回避のための設計変更(レーザー入射角90°→60°)にもとづくものである。光学性能のチェックとゴースト除去効果の確認を目的とする。」と記載されていることや、結論欄には、「ゴースト像発生位置はほぼ計算値通りで、有効画面外に除去することができた」と記載されていることを挙げて、一審被告が、本件光学配置図(乙105)に基づいて静止ゴースト像除去効果の確認試験を行い、その結果、BがBレポートを作成したことを認定している(原判決343頁24行〜344頁8行)。
 しかし、まず、Bレポート(乙198)によれば、「(レーザー入射角90°→60°)」と記載され、入射角は60度となっているところ、本件光学配置図(乙105)のDDV図面によれば、入射角は58度±30分となっており、角度が異なっている。したがって、Bレポートは、DDV図面に基づいて行った実験のレポートではない。
 この点について、原判決は、@「最初に試作された試作器(入射角90°のもの)において静止ゴースト像が発生したことからすれば、Bレポートは、入射角約90°の試作器を入射角約60°に変更した試作器について行われた性能試験であると解するのが相当であり」、A「Bレポートでは、ゴースト像がほぼ計算値(153.59mm)どおりに現れたと記載されているのであり(乙198)、この計算値から入射角を逆算すれば57.96°であって、この入射角はDDV図面の設計(「58゜±30’」)の範囲内のものであるから、BレポートがDDV画面の評価試験であることは明らかである」と判示する(344頁12行〜20行)。
 しかし、原判決の@の記載については、58度±30分という入射角の角度は、ゴースト像が除去されるか否かという重要な意味を有する角度であり、そのような重要な意味を有する角度を、Bレポート(乙198)において60度という異なる表記にわざわざ変更して書き変えるということは考えられない。したがって、たとえ最初に試作された試作機の角度が90度で、その試作機においてゴースト像が発生していたという共通点があるとしても、このような重要な数値の誤差を無視して、「(レーザー入射角90°→60°)」は「(レーザー入射角90°→58°±30’)」と同義であると考えることはできない。また、原判決のAの記載についても、計算値から入射角を逆算すれば57.96度であるということは、Bレポートの「入射角約60°」という前提が間違っていることに他ならないし、「57.96°」という非常に中途半端な数値をあえて選択して計算式に代入する理由も存在しない。Bレポートは、角度が最も重要な要素である静止ゴースト像の試験において、入射角の設定すら明確になされていなかったことになり、その正確性が疑われるレポートであるということはできても、このことによりBレポートが静止ゴースト除去効果の確認試験の結果を記載したレポートであると認定することはできない。
 また、Bレポート(乙198)において言及されている製品試作機の光学配置と、本件光学配置図(乙105)のDDV図面の光学配置とは、他にも、Bレポート(乙198)には、計算によって求められるゴースト像の位置が光軸から153.59mmのところとされているが、本件光学配置図(乙105)のDDV図面に記載された各数値を基に、ゴースト像の位置を求めると、ゴースト像は、光軸から153.41mmのところに形成されるとの違いがある。
 一審被告が本件光学配置図(乙105)に基づいて静止ゴースト除去効果の確認試験を行い、その結果、Bレポート(乙198)が作成されたとする原判決の認定は誤っている。
(キ) 本件先行技術から一審原告が本件各特許発明に至るのは比較的容易なことであったということはない
 原判決は、一審被告においては、Dレポート(乙10)、Eレポート(乙11)、E特許(乙12の1・2、13)、F特許(乙14)、ノウハウブック(乙102)、Jレポート(乙170)の各研究の成果(本件先行技術)が蓄積されており、これらの先行技術からすると、一審原告が本件各特許発明に至るのは比較的容易なことであったと認定している(345頁3行〜349頁下2行)。
a しかし、本件特許については特許無効審判請求がなされ、かつ当該無効審判に係る審決取消訴訟も提起されたのであるが、特許庁(平成6年審判第18500号)及び東京高等裁判所(平成7年(行ケ)第243号)は、いずれも、本件特許発明はE特許及びF特許に記載の発明から容易に想到できたものではないと判断している(甲46、52)。また、Dレポート、Eレポート、ノウハウブック及びJレポートに記載されている事項は、E特許及びF特許に記載された事項の範囲内の事項にすぎない。さらに、E特許の発明者ら(Eレポートの作成者、Dレポートの作成者でもある)が、E特許について、本件各特許発明の構成に至ることは全く考えてもいなかった旨述べている(甲45)。これらのことからすれば、本件先行技術をもってしても、一審原告を含む当業者である一審被告の技術者においても、本件各特許発明に至るのは困難であった。
b Dレポート(乙10)に記載されていることは、本件各特許発明との関係でいえば、「1面だけ隣り合う面で散乱光が入射・反射する場合に、入射ビームと反射散乱光のなす角は4π/nであって一定であること」のみであり、それ以上の技術的事項は記載されていない。そして、「最適露光を行う限り実用上ほとんど問題はない」と記載されているにすぎない。この「入射ビームと反射散乱光のなす角は4π/nであって一定であること」は、本件特許出願前に頒布されたE特許1の公開特許公報(乙12の1)5頁左下欄1行〜5行、E特許2の公開特許公報(乙13)6頁左上欄下2行〜右上欄4行、F特許の公開特許公報(乙14)3頁右上欄1行〜9行において記載されており、本件特許出願当時に公知の事項であり、一審被告内のノウハウではなかった。
 しかも、Dレポートにおいては、ゴースト像について、「最適露光を行う限り実用上ほとんど問題はない」と記載されており、本件各特許発明のようなゴースト像の除去について、一切の記載も示唆もしていない。
 したがって、Dレポートによっても、一審原告が本件各特許発明に至るのは比較的容易なことであったとはいえない。
c Eレポート(乙11) 2枚目12行目には「5(一審原告注:ゴースト像のこと。)については、22研Dにより考察済である(TR006M029)。」と記載されているにすぎず、EレポートはDレポートを引用しているにとどまっている。したがって、Eレポートによっても、一審原告が本件各特許発明に至るのは比較的容易なことであったとはいえない。
d E特許(乙12の1・2、13)では、静止ゴースト像の形成原理及び入射光と再反射光の成す角度が常に「4π/n」となり一定であることが開示されている。
 しかし、このような開示事項は、すでにDレポートに記載されている事項である。したがって、E特許の上記開示事項が存在することからいえることは、Dレポートにおいて記載されている、入射光と再反射光の成す角が「4π/n」となり「一定」という事項は、被告独自のノウハウではなく、E特許1の公開特許公報等によって公知となっている事項にすぎないということである。
 また、E特許においては、入射光と偏向器の回転軸とが成す角度θをθ≠90°として、静止ゴースト像を偏向面に垂直方向に除去する方法が示されている。E特許の公開特許公報の「発明の詳細な説明」の欄には、「仮に上記ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避けると、必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる。すなわち記録媒体の大きさが制限されるため、得る画像の大きさにも当然制限を生じる。本発明はこの問題を解決して、記録媒体の巾に制御を受けることなく画像を形成する方法を提供することにある。」との記載(乙12の1の2頁左上欄2行〜9行、同旨として乙13の2頁右上欄5行〜8行)がある。E特許は、ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に避けることによる不都合性を指摘し、その方法が不適切であるために、別の方法を提示しようというものである。したがって、むしろ本件各特許発明の完成を妨げる有害な記載であるということはできても、本件各特許発明の構造を示唆するものではない。
 このことは、@一審被告が、本件特許出願について申し立てられた9件の特許異議事件(本件異議事件)並びに本件無効審判請求及び本件審決取消請求訴訟において、E特許には、本件特許発明の構成が記載も示唆もされておらず、E特許に記載の発明に基づいて本件特許発明が容易に発明することができるものではなかったと再三にわたり主張していること、AE特許の発明者であるE及びDらが、E特許の発明から本件特許発明を全く着想できなかったことを明確に認め(甲45)、さらに、B東京高等裁判所及び特許庁が、本件特許発明が、E特許1、E特許2及びF特許等に基づいて容易に発明できないものであると認定していることからも明らかである。
e F特許の公開特許公報(乙14)には、「ゴースト光束」が、「通常の走査に於ては」、「走査平面内の走査領域に生じるので」「したがってこのゴースト光束を走査平面に対して垂直方向にずらせるか、走査平面内に於て、走査面の領域外にずらせるかしなければならない。」との記載がある。
 しかし、本件各特許発明は、倒れ補正光学系及びf・θレンズを用いることを要件としているところ、F特許の公開特許公報(乙14)には、倒れ補正光学系を用いているという記載及びf・θレンズを用いているという記載は一切なく、F特許は、倒れ補正光学系及びf・θレンズのいずれも構成要件としていないものである。したがって、F特許に示される光学系は、本件各特許発明と同一の走査光学系ではないから、F特許に記載されていることは、本件各特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、F特許は本件各特許発明の構成を記載も示唆もしていないことは明らかである。
 一審被告は、本件審決取消訴訟において、F特許が本件特許発明の構成を開示も示唆もしていないこと、及び、F特許に係る発明に基づいて本件特許発明を容易に発明することができるものでなかったことを主張している。また、一審被告は、本件異議事件及び本件無効審判においても、本件特許発明がF特許に係る発明から容易になし得るものでないこと及び単に幾何学的な計算によって算出できるものでないこと等を、繰り返し主張している。このように自らの権利を守るために本件審決取消訴訟や本件異議事件及び本件無効審判において、本件特許発明がF特許に係る発明から容易になし得るものでないことを繰り返し主張している以上、F特許に記載されていることが、本件特許発明の構成を何ら示唆するものでないことは、一審被告自身も十分認識していたはずである。にもかかわらず、元従業員たる一審原告から相当対価の請求がなされるやその主張を覆すことは、信義則に反し禁反言に当たるというべきである。
 さらに、本件審決取消訴訟における、本件特許発明がF特許に係る発明から容易になし得るものでないという一審被告の主張に対し、東京高等裁判所は、上記の一審被告の主張を支持し、F特許から本件特許発明の条件式が一義的に導き出されるとはいえないと判示し、F特許には、本件特許発明の構成が示唆されていないと判断した。
f ノウハウブック(乙102)には、Dレポートの報告内容とほぼ同一内容のゴースト像の現象と形成原理が説明され、入射光と再反射光とのなす角度が4π/Nと一定であること及びその幾何学的計算根拠が説明されている(346頁下6行〜351頁下6行)。
 また、ノウハウブック(乙102)においては、静止ゴースト像に対する対策として、「(a)ミラースキャナーへの入射ビームの入射方向を、静止ゴーストが感光ドラム上に現れない様に選ぶ。」、「(b)入射ビームBiと反射ビームBoを含む面がミラースキャナーの回転軸と垂直な面に対して、ある角度を有する様にする。」という二つの方法が示され、「LBPの光学系に於ては、(a)の対策はとれないので(b)の対策によっている。」との記載がなされている(351頁下5行〜352頁5行)。
 しかし、「(a)ミラースキャナーへの入射ビームの入射方向を、静止ゴーストが感光ドラム上に現れない様に選ぶ。」の記載は、E特許における「上記ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避ける」という記載やF特許における「走査平面内に於て、走査面の領域外にずらせる」という記載と実質的に同一の記載であるところ、このような記載が本件各特許発明の構成を示唆するものではなく、本件各特許発明が、これらの記載によって容易に想到できるものではないということは、E特許とF特許の記載から本件各特許発明を容易に想到できないことについて詳述したとおりである。むしろ、ノウハウブックの「LBPの光学系に於ては、(a)の対策はとれない」という記載は、本件各特許発明の完成を阻害するような記載であるというべきである。
 この点につき、原判決は、「LBPの光学系に於ては、(a)の対策はとれない」という記載は、「…昭和50年(1975年)当時のLBPの走査光学系では、光源に大型のガスレーザーが使用され、光学系の機械設計(光学配置)上、入射光が第2結像光学系の光軸となす角度を90°近傍に固定せねばならなかったため、入射光の入射角を偏向面と水平方向にコントロールして静止ゴースト像を除去するという(a)の方法はとり得なかったことによるものであり、上記記載はこのことを説明したものである(甲45、3頁の7〜14行参照)。」と認定している(349頁14行〜20行)。
 しかし、甲45は、E特許の発明者らが前記審決取消訴訟に関して作成した報告書であるところ、甲45には、昭和50年(1975年)当時のLBPの走査光学系では、光源に大型のガスレーザーが使用され、光学系の機械設計(光学配置)上、入射光が第2結像光学系の光軸となす角度を90°近傍に固定せねばならなかったという事情が記載されているが、E特許においては、「必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる」という理由が記載されているのであるから、昭和50年(1975年)当時、(a)の対策をとらなかった理由が光源に大型のガスレーザーが使用されていたことに基づくものとはいえない。仮にガスレーザーが大型だからといって、なぜ物理設計上第2結像光学系の光軸を90°に固定しなければならないかは必ずしも明確でない。むしろ、第2結像光学系と光軸との角度は90°であろうと、90°未満であろうと、物理設計上LBPの縦横の大きさはさほど大きくはなりえず、特に支障はないものと考えられる。ノウハウブックにおいて「LBPの光学系に於ては、(a)の対策はとれない」と記載されたことの真の理由も、ノウハウブック自体に何ら理由に関する記載がない以上、不明であるというべきであり、ノウハウブックを見ても、光源に大型のガスレーザーが使用される場合の光学系の機械設計(光学配置)上の問題点が解決されれば、(a)の対策がとれるということは明らかでない以上、ノウハウブックを見た者は、LBPには(a)の対策はとれないと考えるのが自然である。
 むしろ、ノウハウブックは、E特許1及びE特許2が出願された昭和50年に作成されたものであるところ、E特許における「上記ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避ける」という記載やF特許における「走査平面内に於て、走査面の領域外にずらせる」という記載から本件各特許発明を容易に想到し得ないのと同様、ノウハウブックにおける「LBPの光学系に於ては(a)の対策はとれない」という記載から(a)の対策を採りうると考えることも困難であることは明らかである。
 以上から、本件各特許発明の完成を阻害するような記載がなされているノウハウブックは、本件各特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、一審被告の技術者を含め当業者がノウハウブックに基づいて本件各特許発明を容易になし得たということはできない。
g Jレポート(乙170)は、TR−016のタスクフォースに専任メンバーとして参加したJが作成した昭和51年(1976年)1月30日付けのレポートである。Jレポートにおいて静止ゴーストについて記載があるのは、「静止ゴーストについての解析を行った。」という一文のみであり、Jレポートが本件各特許発明の完成に貢献しているということはできない。
 Jは、光学技術者であり、一審原告よりも早期からLBP開発にかかわり、本件特許が日本において出願される昭和56年以前に、走査光学系に関する多くの発明を行っている(甲163〜167)。これらの走査光学系に関する発明のうち、特開昭54−69450号(甲167)、特開昭52−76940号(甲166)の各発明は、倒れ補正光学系に関する発明である。これらの倒れ補正光学系に関する発明は、回転多面鏡を用いている。本件各特許発明は、走査光学系の中でも倒れ補正光学系と回転多面鏡を具備する走査光学系において実施される発明であるところ、Jは、走査光学系について十分な知識を持ち、かつ倒れ補正光学系や回転多面鏡についても詳しい知識を有する光学技術者であって、Jレポートにおいて「静止ゴーストについての解析を行った。」という記載をしているのであるから、本件各特許発明を行う機会が十分あったはずである。にもかかわらず、Jは本件各特許発明に係る発明に至っていない。
 このように、Jレポートの存在は、本件各特許発明をなすことが容易でなかったこと、すなわち一審原告の貢献度が高いことの証拠にはなり得ても、本件各特許発明をなすことが容易であったことの証拠にはなり得ない。
h 原判決は、「…被告は、本件特許発明の課題となる静止ゴースト像の発生原理については、本件特許発明がなされる相当前から既にこれを解明していた。そして、被告技術文書においては、その解決方法も既に示唆されていたものである。ただし、静止ゴースト像を水平方向にずらすとの方法は、既に被告先行文献において検討されていたものであるものの、LBPにおいて共役型倒れ補正光学系が採用される前は、垂直方向にずらす方式の方が優れていたため、その方法が採用されなかったにすぎないものである。…従前の垂直方向にずらす方法が、共役型倒れ補正光学系の採用に伴い、採用することができなくなったという状況下で、このような静止ゴースト像除去との課題の付与があれば、容易になし得るものであるということができる。」(350頁1行〜14行)と判断している。
 しかし、上記判断は、以下のとおり誤っている。
(a) 本件各特許発明において問題となったゴースト像は、Dレポートが作成された昭和49年から一審被告内において認識され始めていたが、本件各特許発明が完成されたとされる昭和56年まで、Dレポートを作成しE特許の発明者の1人であるD、E特許の発明者であるE、そして、本件各特許発明が完成された当時に稼動していたタスクフォース「FSP−DRY」におけるプロセス担当者であるC等、一審被告内の従業員は誰一人として本件各特許発明を完成させることはできなかった。本件各特許発明がなされる前の先行技術は、一審被告社内でプロセス技術者や他の技術者にとっても周知の技術であったというだけでなく、従来これらの先行技術についてのレポート等を作成してきたプロセス技術者の方が、一審原告よりもむしろ静止ゴースト像の問題については熟知していた。さらに、倒れ補正光学系については、上記gのとおり、Jが倒れ補正光学系に関する発明をして、これが一審被告により出願されているほかにも、機械設計者であるKによっても当該倒れ補正光学系を構成要件に含む光ビーム走査装置、走査光学系の発明がなされ、一審被告により出願されている(甲168〜171)。このことからも分かるとおり、一審被告においては、光学系の技術者のみならず、機械設計者も倒れ補正光学系の特性や機能、構造をよく理解していたのであり、光学系の技術者でなければゴースト像に関する問題を解決し得ないというわけではなかった。また、一審被告以外の技術者によっても倒れ補正光学系の発明がなされ、昭和47年には、日本放送協会(NHK)が「光ビーム走査補正方式」という名称の発明についての特許を出願し(甲172)、昭和51年には、富士ゼロックス株式会社が「光学的走査装置」という名称の発明についての特許を出願していた(甲173)。
 したがって、一審原告が本件各特許発明をするまでの期間、一審原告以外の一審被告内の技術者及び一審被告外の技術者にも本件各特許発明を行なうチャンスは十分にあったのである。にもかかわらず、一審原告以外の誰にも本件各特許発明をなし得なかったのであり、この事実は、本件各特許発明が、決して容易に想到しうる発明ではないことを裏付けている。たとえ本件各特許発明のように結論がシンプルなものであっても、それを想到することが容易であるということはできないのであるから、この点について、より正確に評価されなければならない。
(b) LBPにおいて共役型倒れ補正光学系が採用される前は、垂直方向にずらす方式の方が優れていたというのは誤りであって、LBPにおいて共役型倒れ補正光学系が採用される前においても、本件各特許発明の方法のほうが優れていたのである。なぜなら、垂直方向にずらす方式の場合、走査線が直線でなくなるために、また、垂直に入射光をずらすために、関係する光学部品の配置を3次元空間において精度よく組み立てる必要がある。特に、走査線が直線でなくなることは、単にその現象だけでなく、感光体に対する走査位置と入射角度が変化するために、場所による画質の劣化の可能性が生じ、このような不具合が生じないようにするために注意を払う必要があった。そのため、試作による画像評価を行う必要があり、場合によっては、感光体やプロセス技術を新たに開発しなければならないことにもなりかねなかった。これに対し、本件各特許発明のように要件式を満足させることにより有効走査幅の外にゴースト像を除去する方式は、入射光の方向(角度)を要件式にしたがって満足させるだけでよく、上記のような試作を必要とすることなく、したがって開発投資も一切必要としない。以上のように、「LBPにおいて共役型倒れ補正光学系が採用される前は、垂直方向にずらす方式の方が優れていたために、その方法が採用されなかったにすぎない」というのは誤りであり、本件各特許発明をだれも想到しえなったために、垂直方向にずらす方式が用いられていたにすぎないのである。
(c) 本件各特許発明がなされる以前に一審被告において作成されていたレポート等の本件先行技術は、公知であったE特許1及びF特許に記載された事項のものしか開示しておらず、E特許1及びF特許から本件特許発明が容易になし得ないのと同様に、本件先行技術は、本件各特許発明を開示したり示唆するものではない。したがって、一審被告において本件先行技術が蓄積されていたとしても、これらの本件先行技術から、一審原告が本件各特許発明に至るのは比較的容易なことであったという原判決の認定は誤っている。
 また、本件先行技術は、本件各特許発明を開示したり示唆するものではないという点について、一審被告は、原審において、本件審決取消訴訟等における一審被告の主張は、本件訴訟の上記争点の審判の上では無関係であり、かつ特段の意味を有するものではないなどと主張している。しかし、本件審決取消訴訟では、E特許及びF特許が公知技術(かつ引用例)として、一審被告の従業者であったE特許の発明者らを含む当業者が本件特許発明を「容易に発明をすることができた」(特許法29条2項)か否かが主たる争点となっていた。また、本件訴訟においても、公知技術であったE特許及びF特許と、Dレポート、Eレポート、ノウハウブック及びJレポートから、一審原告及びE特許の発明者らを含む一審被告の従業者が本件特許発明をなすことが容易かが争点となっており、Dレポート、Eレポート、ノウハウブック及びJレポートに記載された事項は、公知技術であったE特許及びF特許に記載された事項の範囲内のものであったのであり、しかも、本件審決取消訴訟において、一審被告の従業者であるE特許の発明者らが本件特許発明を容易になせなかったという「報告書」(甲45)を作成したのである。してみると、本件審決取消訴訟の争点と本件訴訟の争点は実質的に同一であるといえる。
(ク) 一審原告はノウハウブックを目にすることができない立場にあったノウハウブック(乙102)は、一審被告用に作られたものではなく、一審被告自身が認めるように被告のライセンス先の企業(沖電気、日立製作所等)のために作成されたものである。しかも、一審被告自身が、ノウハウブックについて閲覧等の制限を申し立てているように、ノウハウブックは、秘密文書として管理されているものであって、一審被告内でも容易にはアクセスできなかったものと推察される。しかも、一審原告は、ノウハウブックが作成されたとされるTR−016のタスクフォースには参加していない。したがって、一審原告は、ノウハウブックを目にすることができない立場にあったのであり、ノウハウブックの存在を根拠に、一審原告が本件各特許発明に至るのは比較的容易なことであったと評価することはできない。
 なお、ライセンスフォローアップ業務は、光学設計者ではなく、例えば、LBP技術全般を把握するプロセス分野の技術者等が担当するのが通常であった。一審原告は、TR−018のタスクフォース(乙16)において、ライセンスフォローアップ業務の担当ではなく、「NP−LBPの次の応用を模索し、その為の技術開発をする」業務を担当していた。
(ケ) 本件特許発明の権利化及び権利維持における使用者の貢献は相当対価の算定に当たって考慮されるべきではない
 原判決は、一審被告が、本件特許発明の権利化及び権利維持において、出願審査における補正手続、異議事件に対する答弁、無効審判に対する答弁などにおいて多大な努力を払い、その費用も負担したとして、これを一審被告の貢献の一つとして評価している(352頁2行〜19行)。
 しかし、前記ア(イ)において述べたように、本件特許発明の権利化及び権利維持における使用者の貢献は、相当対価の算定に当たって考慮されるべきではない。
 仮に発明後の事情を一審被告の貢献度の算定に当たって考慮するとしても、本件特許発明の権利化及び権利維持における一審被告の対応は、以下のとおり、いずれも出願人及び特許権者として通常の範囲のものであるから、被告の貢献度の判断に当たって一審被告のこれらの行為を斟酌している原判決の評価は誤っている。
a 原判決は、本件特許発明について、Lの発案で、第3請求項に記載されていた条件式を第1請求項に移記するという、出願審査における補正手続を行ったことを、一審被告の権利化に当たっての行為の一つとして評価している(352頁7行〜9行)。しかし、その補正手続においてなされた特許請求の範囲の限定は、一審被告も認めるように、一審原告が提案書に記載した、請求項1と請求項3を組み合わせたにすぎないのであって、たとえ発案したのはLであっても、内容が、Lのアイデアによって大きく変化したというわけではない。また、本件特許発明は、E特許やF特許と対比して、進歩性があることは明らかであり、Lの補正は、むしろ特許の権利範囲を限定したものであって、望ましいものではなかった。したがって、補正手続をもって一審被告の権利化に当たっての行為の一つとして評価することは評価として過剰であるといわざるを得ない。
b また、原判決は、平成3年1月25日の出願公告に対する9件の本件異議事件に答弁したことを、一審被告の権利化及び権利維持に当たっての行為の一つとして評価している(352頁9行〜10行)。しかし、9件といえども、その異議の理由は概ね共通するものであり、異議の答弁書はほぼ同内容のものを記載して答弁しているにすぎないから、一審被告の行為はやはり特段のものではない。
c さらに、原判決は、富士写真フイルムからの本件無効審判に答弁したことや本件審決取消訴訟において防御活動を行ったことを一審被告の権利化及び権利維持に当たっての行為の一つとして評価している(352頁11行〜14行)。しかし、本件特許発明が、LBP事業の根幹に関する極めて重要な発明であることに鑑みれば、本件無効審判及び本件審決取消訴訟における一審被告の対応は、当然に必要とされる程度のものであり、一審被告が特段の貢献を行っているとはいえない。
(コ) 一審被告が本件各米国特許及び本件ドイツ特許の出願について権利の取得維持における努力、費用の負担をしてきたことを一審被告の貢献として評価すべきでない
 原判決は、一審被告は、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の出願についても権利の取得維持における努力、費用の負担をしてきたとし、これを一審被告の貢献の一つとして評価している(352頁20行〜353頁1行)
 しかし、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の出願についての権利の取得維持における努力といっても、日本における出願と同様に米国及びドイツについても出願を行ったにすぎず、いわば、一審被告の知財部における通常の業務であって、一審被告が通常の業務以上の特別なことを行ったわけではないから、一審被告が、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の出願についても権利の取得維持における努力、費用の負担をしてきたとし、これを一審被告の貢献の一つとして評価している原判決は誤っている。
(サ) 一審被告が巨額の研究・開発費用を出捐したこと等を一審被告の貢献として評価すべきでない
 原判決は、一審被告は、さまざまな努力によるライセンス契約交渉、LBP等の事業化により、多額のライセンス収入を確保するに至ったとし、これを一審被告の貢献の一つとして評価している(353頁2行〜下6行)。
 しかし、前記ア(イ)において述べたように、発明がなされた後の事情は、使用者である一審被告の貢献として考慮される事情ではないから、ライセンス契約交渉等の発明がなされた後の事柄については、一審被告の貢献の一つとして評価すべきではない。
 仮に、発明完成後の事業化に関する事情も使用者の貢献度として考慮され得るという立場に立ったとしても、旧35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利益の額」が発明を実施して得られる利益ではなく、特許権の取得により当該発明を実施する権利を独占することによって得られる利益、すなわち、独占の利益である以上、考慮すべき事業化に関する事情は、独占の利益と因果関係のある事情に限られるというべきである。したがって、実施料収入を基に相当対価の算定を行う場合には、実施料収入との間に因果関係のある事情のみが考慮されなければならない。
 この点、一審被告のさまざまな努力によるライセンス契約交渉、LBP等の事業化は、ライセンス収入を増加させる一審被告の活動であると同時に、被告製品の売上げにも大きく寄与するものであるから、実施料収入だけでなく、被告製品の売上げという実施料収入とは無関係なものについても因果関係が認められる場合に、その事情を大きく考慮することは認められるべきではない。
 特に、原判決は、「…被告の様々な努力によるLBP事業が成功し、LBP及びMFP等の市場の急速な拡大に貢献している(乙50、76、84)。さらに、被告は、LBP開発当初の1973年(昭和48年)から本件特許発明の完成時の昭和56年(1981年)に至るまでに合計約569億1600万円、その後昭和57年(1982年)から本件特許の期間満了日である2001年(平成13年)までの間に合計約2兆3355億3500万円もの巨額の研究・開発費用を出捐し、これにより多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けており、これらがライセンス収入の源泉となっている(乙235ないし238)。」(353頁13行〜下6行)と認定して、この認定事実を一審被告の貢献度として考慮している。しかし、原判決は、本件各特許発明により使用者が受けるべき利益の額の算定に当たっては、被告ライセンス契約全体で得られた収入全体ではなく、被告ライセンス契約全体で得られた収入のうち、本件各特許発明の寄与度を考慮した金額を本件各特許発明により使用者が受けるべき利益の額としたのであるから、一審被告が巨額の研究・開発費用を出捐し、これにより多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けたとしても、これらの研究・開発費用は本件各特許発明により「使用者が受けるべき利益」を得たこととは何ら関係がないのである。換言すれば、一審被告は、仮に、本件各特許を出願後、LBP事業から撤退していたとしても、本件各特許発明を第三者にライセンスすることによりライセンス収入を得ることができたのである。したがって、一審被告が巨額の研究・開発費用を出捐し、これにより多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けたとしても、これらの事情は、使用者の貢献度として考慮されるべき事情ではない。
(シ) 一審被告の貢献度が97%という評価は不当に高い評価である原判決は、一審被告の貢献度が97%と認定している(353頁下4行〜下3行)。
 しかし、上記(ア)から(サ)まで述べてきたところからすれば、本件各特許発明を行うについての一審被告の貢献度が97%であるという認定は不当である。一審被告の貢献度を97%と認定する原判決は、主に、一審被告において本件先行技術のような技術の蓄積があったという漠然とした理由のみで一審被告の貢献度を高く評価するものであり、一審原告の本件各特許発明に対するオリジナリティ、創意及び努力を全く無視したものであり、一審原告にとって極めて不利で公平性を欠いている。
 また、他の判決例に照らしても、一審被告の貢献度が97%という評価は不当に高い評価である。
(ス) 一審原告の貢献度は100%である
 一審原告は、一審原告の貢献度が100%であることを主張する。そ 根拠は、次のとおりである。
a 一審原告は、本件各特許発明を行うに当たり、誰の指示にも基づかず、たまたまLBPにおいてゴースト像という問題が生じているということを知るに至り、自主的に開発責任意識を持って、本件各特許発明を生みだした。当時は、解析向けの計算プログラムが用意されていなかった上、本件各特許発明は、半導体レーザーと偏向器と走査レンズの配置関係の条件設定及び特性等によりゴースト像を除去するものであるから、その条件の解析は卓上計算機によっても可能なものであった。したがって、一審原告は、一審被告のリソースである汎用コンピューターはほとんど使わず、個人的に所有していた卓上計算機によってその問題を解決した。一審原告が一審被告の汎用コンピューターを使用したのは、ゴースト像発生の原因が判明し、ゴースト像を除去できる条件を発見した後において、確認のための光線追跡を行った際で、その計算に要した時間は多くても10分程度にすぎなかった。
b 本件各特許発明は、開発投資を必要とする垂直方向にずらす先行技術と異なり、入射光の方向(角度)を要件式にしたがって満足させるだけでよく、試作等も一切必要なく、したがって開発投資も不要である。一般的な技術開発と比較しても、開発費がかからず、安価でかつ多大な経済的効果をもたらす発明であったのであるから、それだけ、発明者である一審原告の貢献度も高く評価されるべきである。
c 本件特許発明は、平成5年に、一審被告の職務発明規程に基づき、一審被告により当時の最高の階級である「特級」と評価されている。一審被告が保有する多数の走査光学系に関する特許発明のうちで、特級であると評価されたのは、唯一本件特許発明のみである。また、走査光学系に限らず、LBP特有の技術に関する多数の特許発明を含めても、一審被告において特級と評価された特許発明は、本件特許発明以外にはわずか1件しか存在しない。
 また、本件特許発明は、平成10年に、一審被告により優秀社長賞にも賞せられている(甲7)。優秀社長賞は、一審被告内において発明者個人が受け得る賞としては最高のランクの賞であり、一審被告内における年間約1万件の発明のうち、優秀社長賞に賞せられる発明は、わずかに1、2件程度に止まるものである。
 さらには、本件特許発明は、LBPの普及に寄与したという社会的貢献の大きさを評価されて、一審被告の推薦を受けた上で、平成12年に、発明協会の東京支部長賞に賞せられている(甲8)。
 このように、本件特許発明が一審被告や発明協会により高く評価されていることからすれば、一審被告自身が本件各特許発明の重要性のみならず一審原告の貢献度を極めて高く評価していることは明らかである。
d 以上の事実からすれば、一審原告の貢献度は極めて大きく、逆に、本件各特許発明の承継に対する相当対価の算定にあたり考慮すべき一審被告の貢献度は認められないというべきである。
(9) 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」
ア 光学ユニットの単価を基準として算定する一審被告が「受けるべき利益」(算定方法1及び2)
(ア) 算定方法1及び2は、光学系ユニット単体を基礎とし、本件各特許を単独でライセンスしたと仮定した場合の一審被告の得べかりし実施料を算出する算定方法である。算定方法1及び2による一審被告が「受けるべき利益」は以下の計算式によって求められる。
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「光学系ユニットの単価」×「累積出荷台数」×「本件各特許発明の実施率(実施割合)」×「本件特許をライセンスした場合の実施料率」
 算定方法1及び2について、原判決は、「…本件各特許発明は現実に単独でライセンスされておらず、LBP等に用いられる技術に関する被告の保有特許等のすべてを対象とした包括クロスライセンス契約の対象特許の一つとされていたにすぎないのであるから、算定方法1及び2は、エレクトロニクス分野において包括クロスライセンス契約が締結される背景や被告のライセンス契約締結の実態に照らし採用することができない」(332頁16行〜21行)と判示する。
 しかし、職務発明が包括クロスライセンス契約の対象となっている場合における相当の対価の算定は、種々の困難な問題を伴う。例えば、原判決は、修正実施料率の算定につき、ライセンスバック契約を基に算定している(原判決273頁6行〜274頁13行)が、クロスライセンスしている各当事者の対象特許の価値が等しく、お互いに支払うべき実施料を実質的に相殺した部分(無償部分)も含めた全体の実施料を正確に算定することは極めて困難である。このことは、原判決においても、「…各相手方とのライセンス契約における、各相手方の個別の特許力を具体的に考慮検討することは、その審理に著しい負担を要するものであることから、いくつかの相手方との間における実施料率の平均値をもって有償部分の標準的実施料率とし、無償部分については、個々の特許力を考慮せずに、保有特許数の総和が特許力を示すものとして、算定することとする」(273頁14行〜19行)と述べられていることからも明らかである。また、本件各特許発明の寄与度についても、包括クロスライセンス契約の対象となった全特許中に占める本件各特許発明の価値である寄与度を把握することも、やはり極めて困難である。包括クロスライセンス契約を前提とした算定方法は、上記のような計算上の困難を伴うゆえに、いずれにしても一定の仮定のもとで算定を行わざるを得ない。典型的な例が、原判決が採用した標準包括ライセンス料率である。標準包括ライセンス料率は、実際には、ほとんど使われていないような特許も、ほぼすべての製品に使われている特許も、同じ価値のものと擬制してライセンス料率を求めるものであり、包括クロスライセンス契約締結の実態に即した仮定の下に計算されるものであるとは到底いえない。したがって、本件各特許発明を単独でライセンスすることを仮定した算定方法1及び2が実体とかけ離れているがゆえに、到底採用し得ない算定方法であるということはできないはずである。むしろ、本件各特許発明はLBP及びMFP等においては必須技術であって、単独でライセンス契約を成立させる力を持つものであることも明白であることからすれば、算定方法1及び2は、極めて直截的で分かりやすい算定方法であるということができる。したがって、職務発明が包括クロスライセンス契約の対象となっている場合においても、当該職務発明が個別にライセンス契約の対象となった場合を仮定して使用者が「受けるべき利益」を算出することは、合理性を有する。
(イ) 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」の算定方法
a 光学系ユニットの単価
 本件各特許の存続期間内において生産された光学系ユニットの平均出荷単価は少なくとも4000円以上とするのが相当である。
b 一審被告及び他社によるLBP及びMFP等の累積出荷台数(a) 本件日本特許の出願日である昭和56年(1981年)10月20日から本件日本特許の存続期間が満了する平成13年(2001年)10月20日までのLBP及びMFP等の累積出荷台数
 原判決124頁5行〜128頁3行記載のとおり、次のようになる。
 一審被告のLBPの累積出荷台数7025万台
 他社のLBPの累積出荷台数3783万台
 一審被告のMFP等の累計出荷台数114万台
 他社のMFP等の累計出荷台数約373万台又は約836万台
(b) 平成13年(2001年)10月21日から平成17年(2005年)12月31日までの米国及びドイツのメーカーによるLBP及びMFP等の累積出荷台数
α 平成13年(2001年)10月21日から平成14年(2002年)10月19日まで
 MFP等については、2002年単年分の出荷台数をもって、2001年10月21日から2002年10月19日までの出荷台数とする。また、LBPについては、2002年の出荷台数のデータがないので、代替的に、2001年の販売台数のデータを用いる。
 2001年10月21日から2002年10月19日までの米国及びドイツのメーカーによるMFP等の累積出荷台数=2002年米国白黒MFP等出荷台数(乙248の3)+2002年米国カラーMFP等出荷台数(乙248の4)+2002年ドイツ白黒MFP等出荷台数(乙248の5)+2002年ドイツカラーMFP等出荷台数(乙248の6)=131万台+5万台+97万台+4万台=237万台
 2001年10月21日から2002年10月19日までの米国及びドイツのメーカーによるLBPの累積出荷台数(乙227)=2001年米国販売台数+2001年ドイツ販売台数=294万台+115万台=409万台
β 平成14年(2002年)10月20日から平成17年(2005年)12月31日まで
 MFP等については、2003年〜2005年の出荷台数をもって、2002年10月20日から2005年12月31日までの累積出荷台数とする。また、LBPについては、2003年〜2005年の出荷台数のデータがないので、代替的に、2001年の販売台数のデータを用いる。
 2002年10月20日から2005年12月31日までの米国のメーカーによるMFP等の累積出荷台数=2003年〜2005年の米国白黒MFP等出荷台数(乙248の3)+2003年〜2005年米国カラーMFP等出荷台数(乙248の4)=(141万台+155万台+168万台)+(8万台+13万台+22万台)=464万台+43万台=507万台
 2002年10月20日から2005年12月31日までの米国のメーカーによるLBPの累積出荷台数=2001年米国販売台数合計×(3年+2か月/12か月)=294万台×38/12=931万台
(c) まとめ
 昭和56年(1981年)10月20日から平成17年(2005年)12月31日までのMFP等の累積出荷台数=114万台+373万台(又は836万台)+237万台+507万台=1231万台(又は1694万台)
 昭和56年(1981年)10月20日から平成17年(2005年)12月31日までのLBPの累積出荷台数=7025万台+3783万台+409万台+931万台=1億2148万台
c 本件各特許発明の実施割合
 レーザー走査光学系を使用するデジタル複写機、MFP等における本件各特許発明の実施割合は、甲12(「対応表」)によれば、100%である。また、本件各特許発明には代替技術というものが存在せず、本件各特許発明の技術的範囲は、すべてのLBP及びMFP等をカバーするものであるから、競合メーカーが本件各特許発明の技術的範囲に含まれない製品を製造することは不可能である。よって、本件各特許発明の実施割合は100%である。
d 本件各特許の実施料率
 前記(4)エ(ア)のとおり、本件各特許の実施料率は、10%と考えるべきである。
 この点につき原判決は、「…原告が原告算定方法1及び2において主張する本件各特許発明の実施料率10%は、被告ライセンス契約におけるすべての被告保有特許の標準包括ライセンス料率が、前記認定のとおり、LBPが2.40%、MFP等が2.91%であることと比較すれば、光学ユニット単体の売上げを前提としたものであるとしても、単独の特許のライセンス料率としては高率にすぎることが明らかであり、到底採用し得ない実施料である。」(332頁下6行〜333頁1行)と判示している。しかし、本件各特許がシンプルでコストの全くかからない極めて有用性の高い特許であるのに対し、標準包括ライセンス料率とは、全く実施されていない特許も含め、さまざまな特許の実施料率のいわば平均的な数値をとった値である。全く実施されていない特許の価値は極めて低く、限りなく0に近いと考えられることからすれば、標準包括ライセンス料率がLBP2.40%、MFP等2.91%であったとしても、有用性の高い特許の実施料率が10%であると考えることは何ら不自然なことではない。
e 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「光学系ユニットの単価」×「累積出荷台数」×「本件各特許発明の実施率(実施割合)」×「本件特許をライセンスした場合の実施料率」)=4000円×(1981年から2005年までのLBPの累積出荷台数+1981年から2005年までのMFP等の累積出荷台数)×100%×10%=4000円×(1億2148万台+1231万台(又は1694万台))×100%×10%=535億1600万円(算定方法1)又は553億6800万円(算定方法2)
イ 包括クロスライセンス契約に基づき相手方が一審被告に本来支払うべき実施料を基準とする一審被告が「受けるべき利益」(算定方法3、8〜13)
(ア) 各算定方法の計算式
a 算定方法3、11
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「全世界における相手方のLBP及びMFP等の売上げ(譲渡価格合計額)」×「修正実施料率」×「本件各特許の寄与度」
b 算定方法8、12
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「一審被告の主張による被告ライセンス契約によって支払われるべき実施料」×「本件各特許の寄与度」
c 算定方法9、10、13
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「実施許諾先の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)」×「修正実施料率」×「本件各特許の寄与度」
(イ) 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」の算定方法
a 算定方法3、11
(a) 全世界における相手方のLBP及びMFP等の売上げ(譲渡価格合計額)
 乙247、251に基づく原判決の認定によれば、ヒューレット・パッカード社分を除く全世界における相手方の売上げ(譲渡価格合計額)は、LBPについては8兆1644億4231万円、MFP等については13兆1555億3431万円である。したがって、全世界におけるヒューレット・パッカード社分を除く相手方のLBP及びMFP等の売上げ(譲渡価格合計額)は、21兆3199億7662万円となる。
 さらに、全世界における相手方のLBP及びMFP等の売上げ(譲渡価格合計額)を求めるためには、前記(6)アにおいて述べたように、第4期及び第5期の全世界におけるヒューレット・パッカード社の譲渡価格合計額も加えるべきである。第4期及び第5期の全世界におけるヒューレット・パッカード社のLBPの譲渡価格合計額は、前記(6)アにおいて算定した第4期及び第5期のヒューレット・パッカード社のLBPの実売価格の合計である2兆5003億円に原判決が認定した譲渡価格の実売価格に対する割合である80%を乗じて計算すると、2兆2億円となる。
 全世界における相手方(ヒューレット・パッカード社を含む)のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額を求めると、上記21兆3199億7662万円に2兆2億円を加えた、23兆3201億7662万円となる。なお、全世界における相手方(ヒューレット・パッカード社を含む)のLBPのみの譲渡価格合計額は、ヒューレット・パッカード社分を含まない上記の8兆1644億4231万円にヒューレット・パッカード社分のLBPの譲渡価格合計額2兆2億円を加えた10兆1646億4231万円となる。
(b) 修正実施料率
 前記(4)エ(イ)のとおり、修正実施料率は5%とすべきである。
 原判決は、一審原告主張の算定方法3の修正実施料率につき、一審原告が主張する5%という数値は、一審被告保有特許全体の標準包括ライセンス料率が、原判決が認定したLBPについて2.4%、MFP等について2.91%という数値と比較すれば、高率にすぎることは明らかであるから、到底採用することはできない旨判示している(333頁下9行〜下6行)。しかし、原判決の採用した標準包括ライセンス料率は、各特許が全く同じ価値を持つという極めて非現実的な仮定のもとに計算されたものであるが故に、発明協会発行の「実施料率(第4版)」(甲19)における中央値又は最頻値とずれが生じる結果になったのであり、原判決の採用した標準包括ライセンス料率の弊害であるというべきである。そして、上記「実施料率(第4版)」(甲19)に「プリンタ、複写機等の『その他の機械』の分野」と表記されている実施料率のデータにおいて、5%という数値が中央値又は最頻値として記載されている以上、5%が修正実施料率として採用されるべきである。
(c) 本件各特許発明の寄与度
α 前記(3)キ(ア)aのとおり、被告取扱規程における実績対価の金額及び発明の等級を基に、10.4%と考えるべきである。
 原判決は、一審原告が主張する10.4%という寄与度について、「…被告取扱規程における各等級区分の認定は、被告ライセンス契約における個々の特許発明の実際の寄与度を調査し、これを正確に反映したものであるとは到底いえない…」(333頁7行〜9行)と判示している。しかし、一審原告は、これ以外に寄与度を算定するに当たり参考になるような必要な資料を何ら持ち合わせていない。それゆえに、原審において、裁判所が寄与度を算定するに当たり必要な資料についての文書提出命令を裁判所に求めたにもかかわらず、裁判所がこれを決定しなかったのであるから、やむを得ないというべきである。原判決は、寄与度について、LBPについては、30/4005、MFPについては、30/6175という数値を認定しているが、前記(3)において述べたように、これらの寄与度の分子の30という数値は何の根拠もなく認定されているに等しい。とすれば、仮に、被告取扱規程における各等級区分の認定が厳密な意味で特許発明の実際の寄与度を調査し、これを正確に反映したものでなかったとしても、一審被告の本件各特許発明の評価の根拠としては十分使用に耐えうるものであるというべきである。少なくとも、原判決が何の根拠もなく30件分という数値を認定することと比較すれば、一審原告の主張する寄与度の算定方法は、より合理的な算定方法ということができる。
 また、原判決は、「…原告算定方法3、8及び10における本件各特許発明の寄与度が被告保有特許の10.4%であるとの原告の主張は、被告の周辺機器事業部が保有する特許数が、LBP及びMFP等に関連する被告内の各事業部(映像事務機、化成品、周辺機器の各事業部)が管理するすべての特許のうち、****%を占めるにすぎないことからも(乙234)採用し得ない。」(333頁11行〜16行)と判示している。しかし、乙234には映像事務機事業本部と化成品事業本部と周辺機器事業本部の三つの事業本部が記載されているが、映像事業本部や化成品事業本部は、LBP及びMFP等に直接関連しない特許も多く管理していることが考えられる。したがって、****%という数値は、必ずしも、LBP及びMFP等に関する特許のうち、周辺機器事業本部が保有する特許の割合を正確に示しているとは限らない。
β 仮に、上記αのような算定方法が認められないとしても、前記(3)キ(ア)bのとおり、LBPについての寄与度は、228/4005となり、MFP等についての寄与度は、228/6175とすべきである。
(d) 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」
α 寄与度につき10.4%とした場合
 一審被告が「受けるべき利益」=23兆3201億7662万円×5%×10.4%=1212億6492万円(算定方法3)
β 寄与度につきLBPについて228/4005、MFP等について228/6175とした場合
 一審被告が「受けるべき利益」=LBP10兆1646億4231万円×5%×228/4005+MFP等13兆1555億3431万円×5%×228/6175=289億3306万+242億8714万円=532億2020万円(算定方法11)
b 算定方法8、12
(a) 一審被告の主張による被告ライセンス契約によって支払われるべき実施料
 原審における一審被告準備書面(4)38頁には、LBPについての実施料は1137億2236万円、MFP等についての実施料は1108億9031万円と記載されている。これは、本件日本特許が有効である1983年から2001年までの9年間の数値であるので、これに2002年から2005年までの4年分を加えた13年分の実施料を算定すると、以下のようになる。
 LBPについて一審被告ライセンス契約によって支払われるべき実施料=1137億2236万円×{(9+4)/9}=1642億6563万円
 MFP等について一審被告ライセンス契約によって支払われるべき実施料=1108億9031万円×{(9+4)/9}=1601億7489万円
(b) 本件各特許発明の寄与度
 前記(3)キ(ア)のとおり、寄与度については、10.4%、又は、LBPについて228/4005、MFP等について228/6175が採用されるべきである。
(c) 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」
α 寄与度につき10.4%とした場合
 一審被告が「受けるべき利益」=3244億4100万円×10.4%=337億4186万円(算定方法8)
β 寄与度につきLBPについて228/4005、MFP等について228/6175とした場合
 一審被告が「受けるべき利益」=1642億6563万円×228/4005+1601億7489万円×228/6175=93億5145万円+59億1415万円=152億6560万円(算定方法12)
c 算定方法9、10及び13
(a) 実施許諾先の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)
α 乙208、209、268、269によると、被告製品中、本件各特許発明が実施された被告製品の占める割合は、第1期から第3期までは、LBPについては56.54%、MFP等については90.59%、第4期及び第5期は、LBPについては28.9%、MFP等については54.5%である(一審原告がここで乙208等を用いて、本件各特許発明の相当の対価を算定しようとしているのは、乙208等以外に被告製品中に占める本件各特許発明の実施品の割合を示した証拠が存在しないからであって、乙208等の信用性を認めるものではない。)。
β 原判決の認定によれば、LBPについては、第1期から第3期までの相手方の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、6兆2555億1277万円(2億7645万円+1兆3191億6686万円+4兆9360億6946万円)であり(乙247)、第4期及び第5期の相手方の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、1兆9089億2953万円(4584億7652万円+1兆4504億5301万円)である(乙247)が、上記a(a)のとおり、第4期及び第5期については、ヒューレット・パッカード社の譲渡価格合計額の2兆2億円を加えた金額が正しい数値である。したがって、第4期及び第5期のヒューレット・パッカード社分を加えた譲渡価格合計額は、3兆9091億2953万円である。
 また、原判決の認定によれば、MFP等については、第1期から第3期までの相手方の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、5兆3048億966万円であり(乙251)、第4期及び第5期の相手方の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、7兆8507億2464万円である(乙251)。
γ とすれば、相手方の本件各特許発明を実施しているLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、4兆6666億536万円(6兆2555億1278万円×56.54%+3兆9091億2953万円×28.9%)と算定でき、相手方の本件各特許発明を実施しているMFP等の全世界における売上げは、9兆842億7200万円(5兆3048億966万円×90.59%+7兆8507億2464万円×54.5%)と算定できる。
 したがって、被告ライセンス契約の相手方のLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)のうち、本件各特許発明を実施している製品の売上げ(譲渡価格合計額)は、13兆7508億7736万円(4兆6666億536万円+9兆842億7200万円)となる。
(b) 修正実施料率
 前記(4)エ(イ)のとおり、修正実施料率は5%とすべきである。
(c) 本件各特許の寄与度
α 相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の製品の売上げ(譲渡価格合計額)を基に、一審被告が受けるべき利益を算定する場合には、本件各特許発明を実施している相手方のLBP及びMFP等の製品において、本件各特許発明以外の一審被告保有の特許発明がどの程度実施されているか等を考慮した上で、本件特許の寄与度を算定する必要がある。しかし、一審被告の1従業員にすぎなかった一審原告は、その証拠収集能力に限界があるため、本件各特許発明以外の一審被告保有の特許発明の実施状況について、具体的に立証することはほぼ不可能である。一方、一審被告は、本件各特許発明以外の一審被告保有の特許発明についても、他社のLBP及びMFP等の製品における実施状況を調査している。したがって、相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の製品における、本件各特許発明以外の一審被告保有の特許発明の実施状況については、一審被告の方で具体的に立証すべきである。そして、一審被告は、原審において、何ら具体的な立証を行っていない以上、相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の製品において、本件各特許発明以外の一審被告の特許発明が実施されているものが存在していることは未だ立証されていないとみなすべきであるから、本件各特許の寄与度は100%と算定すべきである。
β 仮に本件各特許の寄与度が100%でなかったとしても、本件各特許の寄与度については、前記(3)キ(ア)のとおり、10.4%、又は、LBPについて228/4005、MFP等について228/6175が採用されるべきである。
(d) 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」
α 寄与度につき100%とした場合
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=13兆7508億7736万円×5%×100%=6599億5983万円(算定方法9)
β 寄与度につき10.4%とした場合
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=13兆7508億7736万円×5%×10.4%=715億456万円(算定方法10)
γ 寄与度につきLBPについて228/4005、MFP等について228/6175とした場合
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=4兆6666億536万円×5%×228/4005+9兆842億7200万円×5%×228/6175=132億8322万円+167億7096万円=300億5418万円(算定方法13)
ウ 包括クロスライセンス契約に基づき一審被告が相手方に本来支払うべき実施料を基準として一審被告が「受けるべき利益」を算出する方法(算定方法4〜7、11〜14)
(ア)a 算定方法4〜7、11〜14は、包括クロスライセンス契約がなされた場合における一審被告が「受けるべき利益」の額を、一審被告が相手方の特許発明を実施することにより本来支払うべき実施料の額に、相手方に実施を許諾した複数の特許発明等における当該発明の寄与度を乗じて算定したもので、一審被告が「受けるべき利益」は、以下の計算式によって求められる。
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「全世界における一審被告のLBP及びMFP等の売上げ(譲渡価格合計額)」×「修正実施料率」×「本件特許の寄与度」
b 算定方法4〜7について、原判決は「…この算定方法によれば、原告は、相手方が保有している複数の特許を特定し、被告がこれを実施していることをまず主張すべきであるのに、原告は、原告算定方法4ないし7において、被告のLBP及びMFP等の全世界における売上げに対し、本件各特許発明の実施料率を5%、寄与度を10.4%を乗じる旨主張しているものであり、相手方保有特許を前提とした主張を何らしていないのであるから、このような原告算定方法4ないし7は、何らかの誤解に基づくものであり、その主張自体失当である。」(334頁下1行〜335頁7行)と判示している。しかし、一審被告の1従業員にすぎなかった一審原告において、相手方が保有している複数の特許を特定したり、一審被告がこれを実施していることを、証拠を以って完全に主張立証することはほぼ不可能である。相手方が保有している複数の特許を特定したり、一審被告がこれを実施していると一審原告において主張できるようにするためには、一審原告が求める文書提出命令が認められる必要があったのであり、文書提出命令を不要であるとしていながら、一審原告の主張につき主張自体失当とすることは、一審原告に無理を強いるものであるといわざるを得ない。そもそも、一審被告がいかにライセンス上他社に比較して優位に立っているとしても、一審被告が自社製品を製造するために必要なすべての特許を有していて、他社の有する特許を一切実施しなくても自社のすべての製品を製造することができるとは考え難い。包括クロスライセンス契約を締結している以上、一審被告が他社の特許を実施している可能性というのは常に考えられるのであって、包括クロスライセンス契約を締結していること自体によって、一審被告が相手方の保有している複数の特許を実施していることが推定されると考えるべきである。
(イ) 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」の算定方法
a 一審被告のLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)
 一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)を求める算定方法は、一審被告のLBPの世界シェアに基づく算定方法と、甲162の算定方法の2通りがある。また、MFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)を求める算定方法は、一審被告のMFP等の国内シェアに基づく算定方法と、一審被告のMFP等の海外シェアに基づく算定方法の2通りがある。したがって、LBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、4通り(2通り×2通り=4通り)の算定方法があることになる。
(a) 一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)
α 一審被告のLBPの世界シェアに基づく算定方法
 一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、相手方のLBPの売上げ(譲渡価格合計額)×(一審被告のLBPの世界シェア/相手方のLBPのシェア)で算定できる。
 前記イ(イ)a(a)のとおり、原判決によれば、相手方のLBPの売上げ(譲渡価格合計額)は8兆1644億4231万円であるが、この数値は、第4期及び第5期におけるヒューレット・パッカード社分の譲渡価格合計額を加えていない金額であるので、ヒューレット・パッカード社分の譲渡価格合計額である2兆2億円を加えると、相手方のLBPの売上げ(譲渡価格合計額)は、10兆1646億4231万円となる。また、一審被告のLBPの世界シェアは65%以上である(甲25)。
 以上により、一審被告のLBPの売上げ(譲渡価格合計額)は、以下の計算式のとおり算定できる。
 一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)10兆1646億4231万円×{65%/(100%−65%)}=18兆8771億9286万円
β 甲162の算定方法
 乙247において、一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、1983年から1995年までの分については(D)欄に、1996年から2005年までの分については(B)欄に記載されている。この(D)欄又は(B)欄に記載されている一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)に、乙247の(F')欄に記載されている各年度における為替レートの平均値を乗じ、譲渡価格は実売価格の80%であるとの原判決の認定(312頁9行〜11行)が正しいと仮定して、80%を乗じることによって、各年度における一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)が算定できる。以上のようにして算定した各年度の一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)を合計すると、昭和60年(1985年)から平成17年(2005年)における一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、10兆7084億7059万円(1万円以下四捨五入)と算定できる(甲162)。
(b) 一審被告のMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)
α 一審被告のMFP等の国内シェアに基づく算定方法
 一審被告のMFP等の売上げ(譲渡価格合計額)は、相手方のMFP等の売上げ(譲渡価格合計額)×(一審被告のMFP等のシェア/相手方のMFP等のシェア)で算定できる。上記イ(イ)a(a)のとおり、相手方のMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は13兆1555億3431万円である。そして、一審被告のMFP等の国内シェアは、22.1%である(原判決125頁下7行〜126頁3行)。したがって、一審被告のMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、以下の計算式のとおり算定できる。
 一審被告のMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)=13兆1555億3431万円×{22.1%/(100%−22.1%)}=3兆7321億8624万円
β 一審被告のMFP等の海外シェアに基づいて算定した場合
 一審被告のMFP等の海外シェアは24.2%であり(原判決126頁5行〜13行)、これを基に計算すると、一審被告のMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、以下の計算式のとおり算定できる。
 一審被告のMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)=13兆1555億3431万円×{24.2%/(100%−24.2%)}=4兆2000億5185万円
(c) まとめ
 一審被告のLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)は、一審被告のLBPの全世界における売上げ(譲渡価格合計額)に、一審被告のMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)を加えて求められるので、以下のように4通り考えられる。
 一審被告のLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)=「18兆8771億9286万円又は10兆7084億7059万円」+「3兆7321億8624万円又は4兆2000億5185万円」=22兆6093億7910万円、23兆772億4471万円、14兆4406億5683万円又は14兆9085億2244万円
b 修正実施料率と本件各特許の寄与度
 前記(4)エ(イ)のとおり、修正実施料率は5%とすべきであり、本件各特許の寄与度については、前記(3)キ(ア)のとおり、10.4%、又は、LBPについて228/4005、MFP等について228/6175が採用されるべきであるから、本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」は以下のように算定される。
(a) 寄与度につき10.4%とした場合
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「22兆6093億7910万円、23兆772億4471万円、14兆4406億5683万円、又は、14兆9085億2244万円」×5%×10.4%=1175億6877万円(算定方法4)、1200億167万円(算定方法5)、750億9142万円(算定方法6)、775億2432万円(算定方法7)
(b) 寄与度につきLBPについて228/4005、MFP等について228/6175とした場合
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「18兆8771億9286万円又は10兆7084億7059万円」×5%×228/4005+「3兆7321億8624万円又は4兆2000億5185万円」×5%×228/6175=「537億3283万円又は304億8104万円」+「68億9019万円又は77億5394万円」=606億2302万円(算定方法14)、614億8677万円(算定方法15)、373億7123万円(算定方法16)、382億3498万円(算定方法17)
エ 原判決の算定方法に含まれる矛盾点を解決した方法によって本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」を算出する方法(算定方法18及び19)
(ア) 算定方法18
a 算定方法18の算定式
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額」×「全ライセンシーのシェア」×「本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」×「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」×「修正実施料率」×「本件各特許発明の寄与度」(ここでいう「寄与度」とは、原判決とは異なり、本件各特許発明が実施されている製品において実施されている特許のうちで、本件各特許発明が寄与している度合いである。)
b 一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額 一審原告は、第1期〜第5期のそれぞれの「一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額」のデータを有していないので、「一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額」は、乙247、251に基づいて、以下のとおりであると仮定して計算する。ただし、LBPについて第4期の金額は、乙247に記載された4584億7652万円に、平成14年(2002年)におけるヒューレット・パッカード社の譲渡価格5097億円(前記(6)ア(エ)の実売価格である6371億円の80%)を加算した数値とし、第5期の金額は、乙247に記載された1兆4504億5301万円に、平成15年(2003年)から平成17年(2005年)におけるヒューレット・パッカード社の譲渡価格1兆4906億円(前記(6)ア(エ)の各年の実売価格である6540億円と6180億円と5912億円の合計額である1兆8632億円の80%)を加算した数値とする。
(a) LBPにつき
 第1期 2億7645万円
 第2期 1兆3191億6686万円
 第3期 4兆9360億6946万円
 第4期 9681億7652万円
 第5期 2兆9410億5301万円
(b) MFP等につき
 第1期 0円
 第2期 57億2112万円
 第3期 5兆2990億8854万円
 第4期 1兆4665億2870万円
 第5期 6兆3841億9596万円
c 全ライセンシーのシェア
 一審被告は、ほとんどすべての競合他社にライセンスしている以上、「全ライセンシーのシェア」は、LBPについても、MFP等についても、共に、100%と考えるべきである。
d 本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合
 前記(7)ウ(オ)のとおり、第1期〜第5期の「本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」はそれぞれ以下のとおりである。
(a) LBPにつき
 第1期 100%
 第2期 90.34%
 第3期 86.38%
 第4期 39.17%
 第5期 30.26%
(b) MFP等につき
 第1期 100%
 第2期 78.12%
 第3期 88.10%
 第4期 63.64%
 第5期 48.89%
e 全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合前記(5)ウのとおり、全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合は、100%と認定すべきである。
f 修正実施料率
 前記(4)エ(ウ)のとおり、修正実施料率は5%とすべきである。
g 本件各特許発明の寄与度
 前記(3)キ(イ)a及び(3)ク(イ)aのとおり、本件各特許発明の寄与度は、第1期〜第3期については、LBPについて148/1335、MFP等について148/2058の数値が用いられるべきであり、第4期及び第5期については、LBPについて148/330、MFP等について148/508の数値が用いられるべきである。
h 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」
(a) LBPにつき
 第1期 2億7645万円×100%×100%×100%×5%×148/1335=153万円
 第2期 1兆3191億6686万円×100%×90.34%×100%×5%×148/1335=66億587万円
 第3期 4兆9360億6946万円×100%×86.38%×100%×5%×148/1335=236億3442万円
 第4期 9681億7652万円×100%×39.17%×100%×5%×148/330=85億405万円
 第5期 2兆9410億5301万円×100%×30.26%×100%×5%×148/330=199億5674万円
 第1期〜第5期合計 153万円+66億587万円+236億3442万円+85億405万円+199億5674万円=587億261万円
(b) MFP等につき
 第1期 0円×100%×100%×100%×5%×148/2058=0円
 第2期 57億2112万円×100%×78.12%×100%×5%×148/2058=1607万円
 第3期 5兆2990億8854万円×100%×88.10%×100%×5%×148/2058=167億8663万円
 第4期 1兆4665億2870万円×100%×63.64%×100%×5%×148/508=135億9530万円
 第5期 6兆3841億9596万円×100%×48.89%×100%×5%×148/508=454億6679万円
 第1期〜第5期合計 0円+1607万円+167億8663万円+135億9530円+454億6679円=758億6479万円
(c) 合計
 LBPとMFP等を合計すると、1345億6740万円になる(算定方法18)。
(イ) 算定方法19
a 算定方法19の算定式
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」=「一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額」×「全ライセンシーのシェア」×「修正実施料率」×「本件各特許発明の寄与度」(ここでいう「寄与度」とは、LBP及びMFP等に関する全特許の中で本件各特許発明が寄与している度合いである。)
b 一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額
 前記イ(イ)a(a)のとおり、LBPについての一審被告以外の全他社のLBPの譲渡価格合計額は、10兆1646億4231万円、一審被告以外の全他社のMFP等の譲渡価格合計額は、13兆1555億3431万円として計算する。
c 全ライセンシーのシェア
 一審被告は、ほとんどすべての競合他社にライセンスしている以上、「全ライセンシーのシェア」は、LBPについても、MFP等についても、共に、100%と考えるべきである。
d 修正実施料率
 前記(4)エ(ウ)のとおり、修正実施料率は5%とすべきである。
e 本件各特許発明の寄与度
 前記(3)キ(イ)bのとおり、本件各特許発明の寄与度は、LBPについて228/4005、MFP等について228/6175となる。
f 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」
 以上のb〜eの数値をすべて乗じると、LBPについては、289億3306万円(10兆1646億4231万円×100%×5%×228/4005)である。また、MFP等については、242億8714万円(13兆1555億3431万円×100%×5%×228/6175)である。LBPとMFP等を合計すると、532億2020万円になる(算定方法19)。
オ 一審原告の貢献度
 前記(8)イ(ス)のとおり、一審原告の貢献度は100%である。
カ まとめ
 以上により、本件各特許発明の相当対価の額は、以下のとおりである。
  535億1600万円(算定方法1)
  553億6800万円(算定方法2)
 1212億6492万円(算定方法3)
 1175億6877万円(算定方法4)
 1200億 167万円(算定方法5)
  750億9142万円(算定方法6)
  775億2432万円(算定方法7)
  337億4186万円(算定方法8)
 6875億4387万円(算定方法9)
  715億 456万円(算定方法10)
  532億2020万円(算定方法11)
  152億6560万円(算定方法12)
  300億5418万円(算定方法13)
  606億2302万円(算定方法14)
  614億8677万円(算定方法15)
  373億7123万円(算定方法16)
  382億3498万円(算定方法17)
 1345億6740万円(算定方法18)
  532億2020万円(算定方法19)
(10) 遅延損害金の請求
 一審被告は、一審原告が実績対価を受領し、旧35条3項に基づく相当の対価の支払を請求することができるようになった平成6年6月28日の属する年の年初である平成6年1月1日以降、旧35条3項に基づく対価の支払債務を遅滞している。したがって、一審被告は、一審原告に対し、平成6年1月1日以降の遅延損害金の支払義務を負う。
 仮に、旧35条3項に基づく相当の対価支払債務に対する平成6年1月1日からの遅延損害金の支払義務が認められないとしても、一審被告は、一審原告が旧35条3項に基づく相当の対価の支払を請求をすることが可能となった平成6年6月28日、実績対価再評価申請(甲9)を行った平成13年10月22日、又は相当の対価の支払請求通知(甲10)が一審被告に到達した平成15年6月27日から、旧35条3項に基づく相当の対価支払債務に対する遅延損害金の支払義務を負う。
 なお、一審被告は、上記遅延損害金の請求権につき、平成6年6月28日からその消滅時効期間の進行を開始し、平成16年6月27日の経過により時効により消滅した旨を主張するが、一審原告は、上記遅延損害金の元本となる職務発明の対価請求権について平成15年10月20日に訴えを提起しているから、上記遅延損害金請求権についても時効が中断している。仮に、訴え提起時には訴状送達の翌日からの遅延損害金の請求しかしていないことからその範囲でしか時効が中断しないとしても、その余の遅延損害金請求権については、裁判上の催告(民法153条)の効力があるから、未だ消滅時効が完成していない。
4 一審被告の反論
(1) 前記3(2)(原判決の「独占の利益」の算定方法の矛盾)に対し
ア 一審原告は、原判決が、譲渡金額につき、「一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の譲渡金額」ではなく、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」を採用しているのに対して、「本件各特許発明の寄与度」については、「一審被告が有する基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)の中で本件各特許発明が寄与している度合い」によって算定を行っているのは、矛盾があり不合理であると主張する。
イ 実施料(ライセンス料)収入の算定を「本件各特許発明のライセンシー実施品」に基づいてなすことは相当かつ合理的であること
 しかし、「本件各特許発明のライセンシー実施品の譲渡金額」を算定要素とし、これに基づいて「独占の利益」を算定することは、「独占の利益」の本質に由来するものである。「独占の利益」は特許権の法的独占権・禁止権に由来するものであるから、当該特許を実施許諾した場合の実施料(ライセンス料)収入が「独占の利益」に該当するためには、当該収入は実施許諾による実施の対価としての性質を有さねばならない。被告ライセンス契約を含むエレクトロニクス業界における包括クロスライセンス契約においては、通常、膨大な数の許諾対象特許のうちのある特定の特許について、ライセンシーが現に実施したか否か検証されることなく実施料(ライセンス料)が支払われるため、当該特許の「独占の利益」の算定において、ライセンシーによる実施をいかに扱うかが問題となり得るが、典型的な単数の特許のライセンス契約の場合のライセンス料収入と別異に扱う理由はなく、原則として、ライセンシーによる実施の対価としての実施料(ライセンス料)収入に基づいて算定されるべきものである。
 以上のとおり、包括クロスライセンス契約においても、「独占の利益」たる実施料(ライセンス料)収入は当該特許の法的独占権・禁止権に基づくべきものと解される以上、実施料(ライセンス料)収入の算定を「本件各特許発明のライセンシー実施品」に基づいてなすことは相当かつ合理的である。
ウ 「本件各特許発明の寄与度」は許諾対象特許全件を対象に考慮して決定されねばならないこと
 原判決は、「寄与度」を、包括クロスライセンス料率(ただし、より正確には、包括クロスライセンスの無償部分を考慮して修正した「修正実施料率」)から「本件各特許発明のライセンス料率」を算出するための算定要素と位置付けているところ、「寄与度」が乗じられる包括クロスライセンス料率が包括クロスライセンス契約の締結時に許諾対象特許全件をベースに合意されるものであり、かつ締結時にはライセンシーによる実施の有無が未定な許諾対象特許が存在する以上、当該特許の「寄与度」を、許諾対象特許全件中のライセンシーによる実施が認められた特許ではなく、原判決が採用したように、許諾対象特許全件をベースに決定することは当然であり、不合理ではない。
 以上のとおり、包括クロスライセンス契約たる被告ライセンス契約によってライセンスされた「本件各特許発明の寄与度」は、許諾対象特許全件を対象に考慮して(すなわち「寄与度の分母」として)、決定されねばならないものであり、このような寄与度の算定方法を採用した原判決は正当である。
エ 結論
 したがって、原判決に矛盾はなく、一審原告主張の算定方法18及び19を採用されるべきものではない。
(2) 前記3(3)(原判決の「本件各特許発明の寄与度」認定の誤り)に対し
ア 原判決の寄与度の分子は恣意的に決定されたものではないこと
 一審原告は、原判決には、本件特許発明は、被告ライセンス契約における基準期間内の前記一審被告保有特許のうちの1件に対し、30件分の価値を有するものと評価するのが相当であることについての合理的な理由が示されていないと主張する。
 しかし、原判決は、@本件各特許発明の寄与度は、被告ライセンス契約の締結に寄与した程度により決定されるという原則を判示し、A本件各特許発明は非提示・実施特許であることを認定し、B非提示・実施特許の寄与度は、当該特許の技術内容や相手方の実施割合、代替技術ないし競合技術の存在とその実施割合、社内評価の状況などを総合的に考慮して決する旨判示して、決定基準を示し、C本件各特許発明の重要性(非基本特許性等)、代替技術と有力な競合技術の存在、ライセンシーにおける実施の程度、一審被告における評価等を詳細に認定して、LBPについて30/4005、MFP等について30/6175という寄与度を認定したものであって、一審原告が主張するように、特許件数割りで定めた寄与度の分子が恣意的に決定されたものではない。
イ 被告ライセンス契約の締結に寄与した許諾対象特許全件が寄与度の分母となるべきであること
 一審原告は、原判決の寄与度の分母には、ライセンシーにおいて全く実施されていない特許が含まれていると主張する。しかし、被告ライセンス契約の締結に寄与した許諾対象特許全件が寄与度の分母となるべきで、一審原告のこの主張が根拠のないことは、前記(1)で述べたとおりである。
ウ 原判決の基本的な判断方法は正当であること
 一審原告は、原判決の寄与度の算定方法によれば、一審被告保有の基準期間内のすべての特許の寄与度を加算すると、LBPについては、4005/4005(=1)を超えてしまい、MFPについては6175/6175(=1)を超えてしまうのであり、仮に、このような結論を回避するため、1件1件の特許がLBPについては1/4005以下であり、MFPについては、1/6175以下であると仮定すると、今度は、本発明の寄与度である30/4005、及び30/6150はいずれも「30件分」ではなくなってしまい、判決の趣旨と矛盾する旨主張する。
 しかし、原判決は、「本件各特許発明の実施料率」を算定するに当たり、被告ライセンス契約の締結に対する寄与が認められる許諾対象特許全件を寄与度の算定上考慮しており、例えば、非提示・非実施特許についても、「限りなく小さい」としながらも寄与を認めているのであって、このような特許の寄与度は、その重要性等により、LBPについて、4005分の0.1とも4005分の0.01ともなり得るものである。4005分の1という数字は、全許諾対象特許について基準となる平均的な「寄与度」の数値であって、原判決は、本件各特許発明の寄与度については、30/4005と総合評価の上、判断したものであって、その基本的な判断方法は正当である。MFP等の寄与度についてもLBPについてと同様である。
エ 「本件各特許発明は基本特許でも必須特許でもない」とした原判決の認定は正当であること
 一審原告は、原判決は、「本件各特許発明の寄与度」の認定に当たって、本件各特許発明がゴースト像の発生防止に不可欠な基本特許とまでいうことはできないという事実を前提としているが、この事実は真実に反している、と主張する。
 しかし、以下のとおり、技術B(4面以下)、技術C、技術D、技術Eは、少なくとも本件特許発明の代替技術であって、本件各特許発明は基本特許でも必須特許でもないと認定した原判決は正当である。
(ア) 技術B(4面以下)
 4面以下の偏向器の場合であっても、偏向器を回転させる駆動モーターの性能向上により、プリントスピードを速めることは可能であるし、またマルチビーム走査(おのおの独立に作動する複数の光源からのレーザービームをポリゴンミラーの同一の反射面で偏向して、複数の走査線を同時に描いていく技術)を用いることにより、本件特許発明に劣ることのないプリントスピードを達成できる。他方、4面以下のポリゴンミラーを用いる場合には、偏向角が大きいため、同じ有効走査巾(画像巾)を得る場合にも、第2結像光学系の像側主点と被走査媒体面との距離Dは短くて済む。このため、4面以下のポリゴンミラーを用いる技術は、製品の小型化に適しており、本件特許発明より優れているものである(乙154)。さらに、4面のポリゴンミラーのほうがサイズが小さくなるので(甲157の「LBP−210」と「LBP−830」のポリゴンミラー参照)、それ自体製品の小型化に資すると共に、ポリゴンミラーの製造コストが安価となり、製品の小型化、低価格化を可能にするという点でも、本件特許発明より優れているものである。
 一審被告において、甲157掲記の一審被告製LBPについてプリント速度とポリゴンミラーの面数を調査した(乙281)ところ、4面以下のポリゴンミラーの使用率は、「44.6%」(29/65)に及んでいる。しかも、A4・モノクロで「10枚/分」以上のプリント速度の機種が多くあり、10機種は「20枚/分」以上であり、最速の「35枚/分」の2機種も4面のポリゴンミラーを使用している(乙281)。本件日本特許の存続期間内に限ってみても、開発コードに基づく「機種数」ベースで、「技術B(4面以下)」の使用割合は、8/54の約15%である。
 以上により、技術B(4面以下)を本件特許発明の代替技術と認定した原判決は正当である。
(イ) 技術C
 技術C(非平行光束の構成)を本件特許発明の代替技術と認定した原判決(284頁下2行〜286頁下7行、297頁14行〜299頁8行)は正当である。技術Cは、第2結像光学系の像側主点と被走査媒体面との距離Dを短くして装置を小型化することができる点で、本件特許発明より優れているものである。
(ウ) 技術D
 技術D(非倒れ補正光学系の構成)は、原判決「別表2」の番号1〜5の被告製品に採用された技術であり、競合他社でも基準期間中に使用された可能性は大いにあり得るものである。また、技術Dには共役型倒れ補正光学系よりレンズ系が安価というメリットがあり、ポリゴンミラーの回転軸及び鏡面の高精度化を可能とする低コストの加工技術を用いれば、本件特許発明に劣らない有用なゴースト像の除去技術となるものであるから、原判決が技術Dを代替技術と認めたのは正当である。
(エ) 技術F
 一審原告は、技術F(ダブルパス方式)は、本件特許発明の各構成要件を充足しているから、代替技術ではないと主張する。
 しかし、一審原告の主張に従えば、本件日本特許の本件無効審判及び本件審決取消訴訟で引用された特開昭52−48331号が本件日本特許の技術的範囲に含まれることになり、本件日本特許は無効との判断が下されたはずである。そして、無効との判断が下されなかったのであるから、第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度が存在しない「技術F」は本件特許発明の技術的範囲に属さないものであり、同旨の原判決は正当である。
 技術Fは、原判決「別表2」の番号47の機種だけでなく、乙269の番号75及び79の2機種においても使用されている。また、富士ゼロックス株式会社のテクニカル・レポート(乙277の1〜11)に基づいて調査したところ、同社の乙277の2、9及び10の3製品に使用されていることが判明し(乙278)、競合他社のサービスマニュアル等(乙283〜288)で調査したところ、ゼロックス社の「phaser790」の機種、ミノルタ株式会社の「3260,4032」の機種、セイコーエプソン株式会社の「EPL-N4000/EPL-N4000+」の機種、及びレックスマーク社の「W820」の各機種においても使用されていることが判明した(乙282、283の1、285、286の3、288)。技術Fは、一審原告の主張とは反対に、競合他社で広く一般的な製品に採用されているのであって、代替技術として成立するものである。
 さらに、技術Fでは、@第2結像光学系の一部の屈折力を利用して入射光を線状に結像しているため、光源から第2結像光学系までの間に配置する入射光学系の屈折力を小さくすることができ、設計が容易となる、A技術Fでは偏向器に対して横(側方)入射ではなく、正面入射をするため、結像するときの収差が小さくなり、スポット形状のムラが減少して、画質が向上・改善する、B技術Fでは、ポリゴンミラーの鏡面の横方向の幅を超える幅を有する光束をポリゴンミラーに入射させる方法(オーバーフィルドと呼ばれている。)と組み合わせて用いるのに適しており、ポリゴンミラーを大型にすることなく反射面の数を増やすことができ、高速走査が可能となるメリットがある。
 以上によれば、技術Fは原判決が評価した以上に極めて有用な、本件特許発明より優れた代替技術と認められるものである。
(オ) なお、一審被告製MFP等における本件各特許発明の実施割合が、たまたま90.59%であったからといって、これは一審被告製MFP等における実施割合が高いことを示すだけのことであり、上記技術B(4面以下)等の代替技術の有用性・実用性が否定されるわけではなく、いわんや、本件各特許発明が基本特許でも必須特許でもないことが否定されるものではない。
オ 走査光学系が他の分野に比して特に重要であるものということはできない」とした原判決の判断は正当であること
 一審原告は、原判決は、「本件各特許発明の寄与度」の認定に当たって、走査光学系が他の分野に比して特に重要であるものということはできないという事実を前提としているが、この事実は真実に反している、と主張する。
 しかし、原判決が認定した(301頁下7行〜302頁10行)とおり、LBP等を製品化するには、帯電、露光、現像、転写、定着、クリーニング、消耗材、搬送、制御系その他の諸技術が必要であり、被告ライセンス契約はこれら各分野全般を対象とするものであるのに対し、本件各特許発明はレーザー露光に関する技術であり、また、レーザー露光に関する技術の中には、レーザー光源、第1結像光学系、偏向器、第2結像光学系、ビームディテクタ、光学箱、光学系全体構成があるところ、本件各特許発明は光学系全体構成のうちの光学配置に関するものである。
 LBP等の開発には、上記各分野の技術が必須であり、また走査光学系のみがLBP等に特有の技術であったわけではないし、アナログ複写機の上記各分野の技術をそのまま流用し得たわけでもない。一審被告は、LBP等に特有な技術であるコンピュータからの画像情報を処理する制御系に関する技術に加え、「レーザー光に最適感度を有する感光体、反転トナー、複写機とは桁の違うハイデューティに対応するための感光ドラム表面層、クリーニング方式、定着装置等の新たな課題を乗り越えねばならなかった」のである(乙50の68頁右欄8行〜11行、乙163の20頁)。
 以上によれば、「走査光学系が他の分野に比して特に重要であるものということはできない」とした原判決の判断は正当であり、本件各特許発明が走査光学系に関する技術であることは、本件各特許発明の寄与度の判断上特に意味を持つものではない。
カ 原判決が説示した「提示特許と非提示特許との間の『寄与度』の大きな差異」は正当であること
 一審原告は、許諾対象特許が提示特許か非提示特許であるかによって寄与度が大きく異なるとする原判決の判断は誤りであると主張する。
 しかし、原判決は、各々の種別の特許の契約締結交渉時の役割や相手方に対する影響効果等に基づいて、提示特許と非提示特許との間の「寄与度」における大きな差異を認めている(266頁7行〜18行、267頁6行〜268頁4行、306頁16行〜307頁5行)のであり、正当である。
 一審被告は多数の競合他社とライセンス契約を締結してきており、例えば、主要な契約条件を変更することなくライセンサーとライセンシーの両者が契約を更新することを欲しているとき、特定の特許を提示するまでもなくライセンサーとライセンシーの各々の特許群の特許力の差が明らかなときなどには、対象特許等の提示がなされないまま合意に達し契約締結に至ることがあるが、このように提示特許のないときがあるからといって、原判決が説示した提示特許と非提示特許との間の「寄与度」の大きな差異が認められなくなるものではない。
キ 本件各特許は非提示特許であること
 一審原告は、本件各特許が非提示特許であるとはいえないと主張する。
 しかし、陳述書(乙53〜62)を提出しているライセンシー10社の生産シェアは、一審被告以外の全他社を基準として、LBPで64.94%、MFP等で74.33%を占め、販売シェアはLBPで52.68%、MFP等で80.05%を占めており、これらの陳述書は、全ライセンシーについて非提示特許だったと認定するのに十分なものである。また、日本を代表する電機メーカーの知財部門の責任者が刑事制裁の下でなければ事実に反することを裁判所に陳述するとの一審原告の主張は論外である。
 また、「…静止ゴースト像の発生を防止する方法は、本件各特許発明に限られるものではなく、本件各特許発明の実施を伴わない代替技術や本件特許発明の実施と重畳的に作用する競合技術が複数認められる…」(原判決302頁下2行〜303頁1行)ものであり、技術F(ダブルパス方式)や技術J(斜め入射)の代替技術が広く実施されていることを考慮すれば、本件各特許発明が基本特許でも必須特許でもないことはもとより、原判決が認定した程の「有用性」も認められないものである。さらに他社の実施状況の調査も容易でない。
 以上により、本件各特許発明を非提示特許として、その寄与度を評価した原判決は正当である。
ク 一審原告が主張する算定方法は不当かつ不合理であること
 一審原告は「算定方法3〜17」によるべきであると主張するが、「算定方法3〜17」は、「本件各特許発明の独占の利益」を包括クロスライセンス契約たる被告ライセンス契約によるライセンス料収入をベースに算定する方法であるから、「算定方法3〜17」における寄与度とは、原判決が判示したとおり、被告ライセンス契約の締結に寄与した程度でなければならない。
 しかるに、一審原告が主張する「実績対価の比重付けによる方法」及び「実績対価額等を単純比較する方法」は、一審被告における実績対価の評価を上記意義を有すべき「寄与度」そのものと看做し、流用するものにすぎないところ、一審被告の実績対価の評価において、ライセンス契約の締結に対する貢献(寄与)は評価基準の一部をなすものにすぎない(乙5の1〜5)から、被告ライセンス契約の締結における「寄与度」を一審被告の実績対価額のみに基づいて算定するのは不当かつ不合理である。
 また、一審原告主張の「算定方法18及び19」については、前記(1)のとおり採用することができないのみならず、その寄与度の主張は、「算定方法3〜17」における寄与度の主張と同様の理由により不当かつ不合理である。
ケ 第4期及び第5期の寄与度について分母を日本国特許と同様に考えることは不合理ではないこと
 一審原告は、第4期及び第5期の寄与度について、分母を日本国特許と同様に考えることは不合理であると主張する。
 しかし、本件日本特許であれ、本件各外国特許であれ、その一審被告ライセンス契約の締結に対する「寄与度」は、許諾対象特許全件を対象にして決定すべきことに変わりはなく、外国特許だからといって、許諾対象特許全件中の米国実施特許件数に対象を絞って寄与度を算定するのは妥当とはいえない。
(3) 前記3(4)(原判決の「修正実施料率」認定の誤り)に対し
ア 原判決が乙72の1・2により実施料率の平均値を認定したのは相当であること
 一審原告は、@原判決では、標準包括ライセンス料を修正実施料率とするという代替的な方法でもよいことの理由が明らかにされていない、A公証人立会いの下で計算したとしても、被告ライセンスの実態に照らしてその計算内容が実体を反映していることを保証するものではないから、その数値が修正実施料率としてふさわしいとは限らない、BLBPにおいては、販売シェアは50%台、生産シェアは60%台にすぎないにもかかわらず、陳述書を提出した会社のシェアが主要相手方を含んでいると評価することは過剰であるといわざるを得ない、と主張する。
 しかし、原判決は、一審被告と各相手方との特許力の差異が、各相手方との包括クロスライセンス契約(ライセンスバック契約)の有償部分の実施料率の差異となって現れ、その特許力は対象特許の単純な総和や有力特許の数・価値、交渉能力の高低などの様々な要因を総合考慮して決定されるものであること(原判決273頁7行〜11行)、及び実施料率の厳重な秘密性等を挙げて、代替的方法を採用することの合理性を十分に明らかにしている。乙72の1(事実実験公正証書)は、平均の計算過程に誤りがないことの事実実験を公証した証拠であって、原判決もそのような趣旨の証拠として信用性をおいているのであり、一審原告のいうような保証を内容とするものではないことは当然である。さらに、小規模な生産業者・販売業者が多数存在する業界であれば主要な企業といえどもシェアは下がってくるのは当然であって、「50%台」「60%台」といった数字だけで「主要と認めるのは過剰」というのは、市場経済の常識に反している。
 以上により、原判決が乙72の1・2により、実施料率の平均値を認定したのは相当である。
イ 保有特許件数の差に基づいて「修正実施料率」を算定する原判決の判断は合理的であること
 一審原告は、特許件数の差のみに基づいて算定することが不合理であると主張する。
 しかし、原判決は、包括クロスライセンス契約の実態を十分勘案の上、一審被告及び各相手方の特許力が、対象特許の単純な総和や有力特許の数・価値、交渉能力の高低などの様々な要因を総合考慮して決定されるものであることや、実施料率の厳重な秘密性、審理に要する時間と費用などを考慮し、平準化の効果を認めて、結論として、保有特許件数に基づいて「修正実施料率」を算定することを是認しているのであって、一審原告の主張は理由がない。また、本件にかかる包括クロスライセンス契約は数十本に渡りその内容は個々に異なること、これらの契約にかかる一審被告が保有する「基準期間内に公告・登録期間がかかる登録特許及び基準期間内に公開されて後に登録になった登録特許で、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件であり(乙46ないし48)、基準期間内の特許出願を含めるとおよそその4倍の件数となる」こと(原判決269頁15行〜18行)、これらの中でライセンシーが重要と考える特許が何件あり、またその貢献度・重要性の程度等を立証するのは不可能であることなどから、その審理に多大な時間と費用を要することになることは自明のことであり、これを不明であるという一審原告の主張は理由がない。
 以上により、保有特許件数の差に基づいて「修正実施料率」を算定する原判決の判断は合理的である。
ウ 一審原告の修正実施料率の算定方法についての主張に理由がないこと 一審原告は、修正実施料率の算定方法について主張するが、原審におけると同様に、発明協会発行の「実施料率(第4版)」(甲19)によるべきであるとの主張を漫然と繰り返すのみであって、理由がない。
(4) 前記3(5)(原判決の「全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合」認定の誤り)に対し
ア 「全ライセンシーの実施割合」を「一審被告の実施割合」より低く認定すべき理由として原判決の挙げた理由はすべて合理的かつ相当であること
 一審原告は、@三星電子における3機種において調査した結果、本件各特許発明が実施されていなかったとしても、そのことから、直ちに本件各特許発明の他社製品における実施状況と本件各特許発明の被告製品における実施状況が異なり、前者が後者を下回るということは導けないこと、A三星電子以外の一審被告のライセンシーによる本件各特許発明の実施状況は不明であるということは、一審被告のライセンシーにおける実施割合が一審被告よりも低いということの根拠にはならず、本件各特許発明が実質的に回避不可能な必須特許であることからすれば、一審被告のライセンシーにおける実施割合は、一審被告と同程度であると考えるべきであること、及び、B静止ゴースト像の除去については、すでに本件各特許発明のように、シンプルかつ優れた技術がすでに発明されているのであるから、静止ゴースト像の除去の問題については、包括クロスライセンス契約を利用して本件各特許発明を実施し、他の発明によって、自社製品の優位性を生み出そうと考えるのが自然であることなどから、他社において一審被告におけるよりも少ない割合でのみ本件各特許発明が実施されていると判断することはできないというべきであると主張する。
 しかし、三星電子の3機種を調査した結果本件各特許発明が実施されていなかったのは事実であり、少なくとも上記調査の範囲では、三星電子の実施割合が0%であった以上、本件各特許発明の他社における実施割合の推定を低下させる十分な理由となる。また、一審原告の主張する上記Aの理由については、「本件各特許発明が実質的に回避不能な必須特許であることからすれば」という一審原告の前提が誤っている。さらに、一審原告の主張する上記Bの理由については、原判決も認定したとおり本件各特許発明には有力な代替技術及び競合技術が複数存在する以上、「ライセンシーにおいては、自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば、自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため、それらの技術を使用する傾向がある」との一般論は本件各特許発明についても当てはまるというべきであり、原判決が「90%」に低減させる理由として挙げたのは相当である。
 以上により、「全ライセンシーの実施割合」を「一審被告の実施割合」より低く認定すべき理由として原判決の挙げた理由はすべて合理的かつ相当であって、一審原告の主張は失当である。
イ 原判決が一審原告の信義則・禁反言違反の主張を斥けたことは相当であること
 一審原告は、原判決が、技術的範囲に関する一審被告の主張について、信義則違反もしくは禁反言に当たると判断しなかったことは不当であると主張する。
 しかし、一審被告で本件各特許発明について「広い技術的範囲」の解釈をしていたのは、本件各特許発明の権利元である一審被告の開発部門のみであり、被告ライセンス契約の締結交渉を行った一審被告の知的財産法務本部は一審被告が本件訴訟で主張している「狭い技術的範囲」の解釈をしていたものであり、一審原告の主張は事実に反する。知的財産法務本部の実績対価の評価を担当した部署が、本件特許発明の平成6年(1994年)の「特級」評価等の手続で、本件特許発明の自社実施状況に関する開発部門の報告を特に検証等せずにそのまま鵜呑みにして、特許審査委員会に説明等したことがあるだけであり、一審被告が本件各特許発明を膨大な数の許諾対象特許のなかの1構成特許としてライセンスするに当たり、「『広い技術的範囲』に基づいて権利行使をし莫大な利益を得ていた」などということは全くないものである。
 また、一審被告は、本件特許の出願経過において、特許庁に対し、「本願発明は被走査媒体上からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束が発生する光学系を前提条件にした発明であり、」(乙26[1992年3月16日付け「特許異議答弁書」]3頁下5行〜下1行)と主張しているのであり、少なくとも技術Bは本件各特許発明を実施していない旨主張しているものである。そして、一審原告主張とは反対に、禁反言を適用するのであれば、正に技術B(4面以下)のみならず、技術B(5面以上)も本件各特許発明の技術的範囲に属さないものと認定されるべきであり、技術B(5面以上)を実施した製品は非実施として取り扱われねばならない。
 以上により、原判決が一審原告の信義則・禁反言違反の主張を斥けたのは、その限りで相当である。
ウ 技術B(4面以下)、技術C、技術D及び技術Fの各技術が代替技術に該当するという原判決の認定に誤りはないこと
 一審原告は、技術B(4面以下)、技術C、技術D及び技術Fの各技術が代替技術に該当するという原判決の認定は誤りであると主張するが、前記(2)エのとおり、この一審原告の主張は失当である。
エ 原判決が乙208、209から「一審被告の実施割合」を認定したことは正当であること
 一審原告は、乙208、209が信用性のない証拠であると主張する。
 しかし、乙208は、一審被告が原審の釈明に応じて純然たる事実を開示したものであって、しかも、その回答内容は一審被告に有利なものではないから、期間内の実施割合の数値に変動があることはその信用性を低下させる理由にならない。
 また、黒塗りされた状態でも、番号35及び38の非実施2機種の売上げが1997年から発生し、番号39〜42の非実施4機種の売上げが1998年から発生し、他方、番号14、19及び21の実施3機種の売上げが1998年又は1999年から零となっていて、1998年〜2000年では、全体として番号27、28、31、34〜42の非実施12機種の売上げの占める割合が増大していることが明らかに見てとれるのであり、乙208における1998年から2000年の「実施割合」の数値は特段不自然なものではなく、かえって、一審被告のLBPにおいて、比較的新しい製品には本件特許が実施されない傾向が示されているものである。
 以上により、乙208、209から「一審被告の実施割合」を認定した原判決は正当である。
オ 原判決が第4期及び第5期の「一審被告の実施割合」について乙268、269に基づいて認定したことは正当であること
 一審原告は、原判決が第4期及び第5期の「一審被告の実施割合」について、乙268、269に基づいて認定したことについて不当であると主張する。
 しかし、以下に述べるとおり、乙268、269は信用できるものである。
(ア) 前記(2)エ(ア)のとおり、4面ポリゴンの使用割合は近年増大しており、「44.6%」に及んでいるから、4面ポリゴンミラーが占める割合が急激に増えているからといって、乙268に一見して極めて不審な点があるということはできない。。
(イ) 乙269に含まれるLEDプリンタは、もともと一審原告が提出した甲12(「対応表」)の中で被告製品として取り上げられており、以後一貫して本件訴訟において被告製品の1機種として扱われているものであるから、乙269にLEDプリンタが含まれているからといって、乙269に問題があることにはならない。
カ 「全ライセンシー製品における実施割合」は100%ではないこと
 一審原告は、「全ライセンシー製品における実施割合」は100%であると主張する。
 しかし、原判決が認定した「被告製品における実施割合」に照らし、「全ライセンシー製品における実施割合」が100%であるということはあり得ないことである。甲12は、本件各特許発明の権利元である一審被告の開発部門がその誤った技術的範囲の解釈に基づいて作成したものにすぎず、その証明力は限定的なものであるから、それを根拠とすることはできない。
キ ライセンシー先における本件各特許発明の実施状況を調査した文書につき 一審原告は、一審被告は、ライセンシー先における本件各特許発明の実施状況を調査した文書を提出すべきであると主張する。
 しかし、本件各特許発明の競合他社における実施状況は三星電子を除いて調査されたことはない。実績対価として特級の評価がなされたのは、特級を推薦してきた開発部門が評価部門の担当部署に対し、本件特許発明の一審被告における実施状況について、誤った技術的範囲の解釈に基づいて一審被告製LBPのほとんど全部に実施されていると報告してきたことによるものである。一審被告の評価及びライセンス所管部門である知的財産法務本部が本件各特許発明の自社及び他社実施状況を調査したのは、一審原告代理人作成の平成15年6月26日付け「通知書」(甲10の1)を受領したときが初めてである。そして、約2週間の一審被告による調査の結果として、4面ポリゴンを使用している機種など直ちに非実施であると判明する競業他社7社11機種の製品が発見されたので、その旨回答したのである。
(5) 前記3(6)(原判決の「一審被告以外の全他社譲渡価格合計額」認定の誤り)に対し
ア 原判決が第4期及び第5期についてヒューレット・パッカード社に対する売上げを控除したことは正当であること
 一審原告は、外国特許を受ける権利の場合には、当該外国特許には旧35条1項により通常実施権が認められないと主張する。
 しかし、最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁は、外国特許を受ける権利について、旧35条3項及び4項が直接適用されない理由として、「特許法35条1項及び2項にいう『特許を受ける権利』が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ない」と判示したのであって、同判決判示の要件が充足されて特許法35条3項及び4項が外国特許を受ける権利に類推適用される場合に、同条4項の「受けるべき利益」が日本特許を受ける権利の場合と別異に解されるべきであるとは判示していない。同条4項が日本特許を受ける権利について定めるのと同一の要件・基準で類推適用されることは当然である。一審原告の理論に従えば、外国特許を受ける権利の場合には、当該外国特許には旧35条1項により通常実施権が認められないから「受けるべき利益の額」は「独占の利益」に限られず、「使用者が得た利益」に拡大することとなるが、外国特許を受ける権利の場合について、日本国特許を受ける権利の場合以上に従業者に有利な算定基準を適用する理由は存しない。
 したがって、第4期及び第5期についても、外国特許の自社実施である一審被告のヒューレット・パッカード社に対するLBP等の譲渡による売上げを、全他社譲渡価格の算定に当たり全世界実売価格の合計額から控除すべきであり、その旨の原判決は正当である。
イ 原判決がMFP等の全他社譲渡価格の算定において標準小売価格の50%をもって譲渡価格としていることは正当であること
 一審原告は、原判決が、MFP等の全他社譲渡価格の算定において、標準小売価格の50%をもって譲渡価格としていることは、不合理であると主張する。
 しかし、一審被告のMFP等の譲渡価格が標準小売価格の約50%であることは、乙155において、緻密な統計的調査・分析によって検証されている。本検証は、同号証作成者であるエコノミックコンサルタントのNERA株式会社によって行われたものであり、実売価格として大手家電小売業のWebサイトでの価格及びWeb上の最低価格を提示するkakaku.comの価格情報を入手して分析した結果、標準小売価格に対する割合は、中央値を用いた計算で標準小売価格の75.6%(譲渡価格の実売価格に対する割合)×66.2%(実売価格の標準小売価格に対する割合)で、ほぼ50%となることを明らかにしたものである。このような詳細な統計的調査・分析による検証に比して、一審原告の主張は、事実の裏付けのない空論にすぎないものであって、理由がない。
(6) 前記3(7)(原判決の「本件各特許発明の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合」認定の誤り)に対し
ア 原判決において第三国で生産された後日米独へ輸入されさらにそこから第三国へ輸出された製品の割合が考慮されていないことに誤りはないこと
 一審原告は、原判決の算定方法では、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、さらにそこから第三国へ輸出された製品の割合が考慮されていないと主張する。
 しかし、この点について、原判決は、「原告は、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、さらに第三国へ輸出された製品を考慮して算定すべきであると主張する。しかし、かかる製品は、ライセンス料算定に際しては、日米独特許の効力の及ぶ範囲での製造・販売が実質的になされていないものと考えられるのみならず、原告は上記主張の第三国への輸出品の数量が実質的な数量であることを証する証拠を提出していないのであるから、原告の上記主張は採用することができない。」(320頁下11行〜〜下5行)と判示しているのであって、この判示に対して、一審原告は意味のある反論はなし得ず、漫然と抽象論を述べるだけであるから、失当である。
イ 原判決の算定においてレックスマーク社の生産台数が無視されている誤りはないこと
 一審原告は、原判決の算定においては、米国のレックスマーク社の生産台数が無視されており、正確な数値であるとはいえないと主張する。
 しかし、この点について原判決は、統計資料の信用性を詳細に検討した上で判断を行っている(322頁3行〜下2行)のであって、この判断に不合理な点はない。これに対し、一審原告の主張は、統計資料のうち自己に都合のよい一箇所の記載のみをもって、その記載の問題点や他との整合性を全く考慮することなく信用性が高いと決めつけ、逆に他の記載を誤りであると決めつけるだけの、合理性に欠ける恣意的なものである。
(7) 前記3(8)(原判決の「一審被告の貢献度」認定の誤り)に対し
ア 原判決の貢献度に関しての考え方が正当であること
 一審原告は、原判決の「『利益の額』が極めて高額になる場合は、特段の事情がない限り『使用者が貢献した程度』は通常よりも高いものとなり得るのであり、『利益の額』が低額になる場合には、特段の事情がない限り、『使用者が貢献した程度』は、通常よりもやや低くなり得るものである。」との判示を不当であるとする。
 しかし、以下に述べるとおり、この判示は正当である。
(ア) 原判決が判示したように、相当の対価について、「従業者への発明へのインセンティブになるのに十分なものであるべきであると同時に、企業等が厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で、これに打ち勝ち発展していくことを可能とすべきものであって、さまざまなリスクを負担する企業の共同事業者が好況時に受ける利益の額とは自ずから性質の異なるものと考えるのが相当である」と考える立場に立てば、「『利益の額』が極めて高額になる場合は、特段の事情がない限り『使用者が貢献した程度』は通常よりも高いものとなり得るのであり、『利益の額』が低額になる場合には、特段の事情がない限り、『使用者が貢献した程度』は、通常よりもやや低くなり得る」との結論が論理的に導かれるところである。
 特許を受ける権利ないし特許権は、それ自体内在的な価値を有するものであるが、それらの権利から現実の利益を得るためには、当該発明を権利化・事業化することが必要である。そして、職務発明においては、発明の権利化・事業化は使用者の費用負担のもとに行われ、使用者が当該発明による現実の利益を創出しているといえること、及び研究開発をはじめ発明の権利化・事業化にかかるリスクは使用者が全面的に負担し、これに対し従業者は発明の完成・未完成にかかわらず所定の給与を受給することからすれば、発明から得られる現実の利益は原則として使用者に帰属し、それと同時に、従業者に対する発明へのインセンティブの観点から、当該発明の内在的価値に相当する金銭が相当の対価として従業者に支払われるべきである。このように、相当の対価は、発明から得られる現実の利益とは性質を異にするものであって、「独占の利益」に比例してその額が増加するものではなく、当該発明の内在的価値に見合い従業者に対するインセンティブとして十分なものであれば足り、他方、結果として独占の利益が低額であっても、従業者に対するインセンティブとして十分なものでなければならない。すなわち、相当の対価の額は、独占の利益の額に比例するものではなく、従業者に対するインセンティブとして十分な額である必要があり、かつそれで足りるのである。
(イ) 一審原告は、不況時における使用者の貢献度が低いと考えると、企業は収益が少ないにもかかわらず、発明者に多くの相当対価を支払わなければならないことになり、厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で打ち勝つことが困難になるなどと主張するが、原判決は、「独占の利益」の多寡により使用者の貢献度が変わり得ることを判示しているのであって、「相当の対価」は企業の共同事業者が好況時に受ける利益の額とは異なることを正当に指摘するに留まり、好況時と不況時で使用者の貢献度が異なるなどとは一切判示していない。
(ウ) 一審原告は、原判決の論理によれば、より大きな「独占の利益」を生む優れた発明を行うことが逆に発明者の貢献度を小さく評価することにつながり、発明者のより価値の高い発明を行うことに対する意欲を阻害することになると主張する。
 しかし、上記主張は、発明から現実に得られる利益と発明の内在的な価値とが一致するという誤った前提に立つものであり、失当である。権利者である使用者は、実施するか否かを含め、発明をいつ、どのように実施するかにつき裁量を有しているところ、発明から現実に得られる利益の額は、実施者、実施状況等により大きく変動し一義的に定まるものではない。このため、優れた発明から常に大きな利益が生まれるとは限らず、「独占の利益」の額と発明の優劣が比例関係にあるわけではない。
 また、「独占の利益」が高額になる場合に使用者の貢献度が大きくなるのは、使用者が発明を権利化・事業化して現実の利益を生じさせたことの結果として当然のことであり、「独占の利益」が高額になる場合、結果的に使用者の割合的な貢献度が高くなったとしても、従業者に対してはあくまでインセンティブとして十分な額の相当の対価が支払われるのであるから、従業者のインセンティブが阻害されるということにはならない。むしろ、原判決の見解によれば、大きな利益を生む可能性のある優れた発明であるにもかかわらず、経営判断の誤り等の使用者の主観的事情により「独占の利益」が低額にとどまる場合であっても、従業者は当該発明の客観的価値に見合った配分を受けられ、従業者に対する発明へのインセンティブとなる。したがって、発明の奨励という観点からも、原判決の見解は合理的なものである。
(エ) 一審原告は、原判決の見解によれば、特許発明の価値が低い結果として「独占の利益」が低額となる場合にまで、あえて使用者が貢献した程度を通常よりも低く見積もることにより、本来支払う必要のない相当の対価を従業員に対して支払うことになるが、インセンティブは、結果の伴った特許発明に対してなされるべきであり、結果の伴わない特許発明に対してまでなされるべきではない、と主張する。
 しかし、「独占の利益」が小さかったからといって、必ずしもその発明自体の価値が低いということにはならず、結果として「独占の利益」が小さかった発明に対して、通常より高い貢献度を認め、その分高額となる「相当の対価」を与えることは、インセンティブとして意味がないとはいえないのである。一方、使用者の側からみれば、「独占の利益」がそもそも低額である場合には、「独占の利益」が高額の場合に比べ使用者への利益配分を少なくしても、研究開発投資のインセンティブ効果にさほど影響がない。
(オ) 一審原告は、原判決の見解に従うと、ある二つの発明につき使用者の所為・対応に差異がない場合で、かつ、一方の発明はその価値が高いことの結果として「独占の利益」が高額となり、他方の発明はその価値が低いことの結果として「独占の利益」が低額となった場合には、価値の高い発明については使用者の貢献度が高くなり、価値の低い発明については使用者の貢献度が低くなるという理不尽な結果となる、と主張する。
 しかし、二つの異なる発明について、使用者の所為・対応に差異がないということは現実にはおよそ有り得ない。また、発明の経済的価値は、一義的に定まるものではなく、使用者の所為・対応に依存するものであるから、使用者の所為・対応に差異がなく、かつ、発明そのものの価値により一方の発明により受ける「独占の利益」が高額になり、他方の発明により受ける「独占の利益」が低額になるということもない。一審原告の主張はこのような誤った前提に立つものであって、失当である。
イ 一審原告はTR−016のタスクフォースに参加していた
 一審原告は、一審原告がTR−016のタスクフォースに参加していたとの原判決の認定は誤りであると主張する。
 しかし、TR−016は昭和50年4月から昭和51年3月まで活動していたところ(乙101、173)、一審原告は、訴状において昭和49年ころからLBPの開発業務に従事したと自認している上、TR−016のレポートである昭和50年12月3日付けの「LBP打ち合せ報告」(乙171)が同報告会に出席していた一審原告にも配布されている。
 上記の客観的事実に加え、@タスクフォースには編成表に記載されていない技術者も参加していたこと(乙10、11、15、163等)、ATR−016のタスクフォースにはMが参加しているところ(乙101)、一審原告は同タスクフォースが活動していた上記期間のほぼ全期間にわたり、Mの直属の部下として業務に従事していたものであり、一審原告も同タスクフォースの業務に携わっていたものと認められること、並びにB同タスクフォースで機械担当だったA、プロセス担当だったDとC、及び光学担当だったJが、一審原告がMとともに本タスクフォースに参加していた旨陳述していること(乙163〜166)、特にJは、「TR−016とTR−018のタスクフォースには上司のN氏も参加し、上記の全てのタスクフォースにX氏が私と共に参加していました。」と明確に陳述していること(乙166、2頁下5行〜下3行)からすると、一審原告がTR−016のタスクフォースに参加していたことは明らかである。
 一審原告は、原審において提出された証拠等を精査することにより、昭和49年当時の記憶が蘇るようになったと主張しながら、他方、上記のTR−016の昭和50年12月3日付けのレポート(乙171)が同報告会に出席していた一審原告にも配布されているという客観的事実については、単に記憶がないというにとどまり、何ら合理的説明を行っていないのであり、またそもそも、なぜ訴状において「昭和49年」と主張したのかという点については、何ら説明していないのであるから、一審原告の主張は信用できるものではない。
ウ 一審原告はTR−050において乙104を通じてCからの指示及び要請を受けていた
 一審原告は、TR−050において、一審原告が乙104を通じて、Cからの指示及び要請を受けていたという事実はない、と主張するが、この主張は、以下のとおり失当である。。
(ア) 本件物理設計図(乙104の1〜3)の「静止ゴーストが発生する事のない様配慮のこと。」との記載は、本件物理設計図中の、「3.2.2 光学系」の項目に書かれたものであることから、上記記載が光学系に関係する指示・要請として記載されたものであることは疑いの余地はない。そして、本件物理設計図が、タスクフォースのチーフ、機械、電気、光学責任者等に対するプロセス設計者の指示・要請を伝達する目的の書面である以上、光学系の項目に記載された事項が、少なくとも光学責任者を名宛人とするものであることは明らかである。本件物理設計図の内容を検証しても、「1)スポット径」(乙104の1)、「2)光量損失」、「3)走査領域での光量ムラ」(乙104の2)、「4)ジッダ、ピッチムラ」(乙104の3)は、光学責任者が検討しなければならない事項であり、「5)その他」(乙104の3)も例外ではなく、一審原告の主張は理由がない。
 上記に関し、一審原告は、「スポット径」についての「ドラム面スポット形状は ±  μ×  ±  μである。」との記載ではFθレンズ、コリメータレンズ等を設計できないと主張する。
 しかし、上記の「スポット径」の項には、「*1」でFSP−DRYの先行モデルである「LBP−10」の平均的スポット径が「80μ×120μ(主走査×副走査)」であることが記載されていること、及びスポット径の上限許容値が「120μ×180μ」であることが記載されていることから、機能試作機の段階で必要な設計の目安は与えられている。また、一審原告はFSP−DRYの機能試作機の光学系の設計を昭和56年10月6日までに完了しているのであり(「DCV図面」、乙104の1中の図面)、一審原告は少なくとも同試作機のレンズ系に関する限り、その設計の前提となる一審原告が主張する同試作機の「スポット径」を与えられていたこととなるから、同年11月1日付けの本件物理設計図に「スポット径」の具体的数値が記載されていないからレンズ系の設計はできないという一審原告の主張自体矛盾している。
 次に、一審原告は、「光量損失」に関する記述部分(乙104の2)も、同記述中に光学設計業務において使用されない「パワーチェッカー」という器具が記載されていることを理由に、一審原告ら光学設計者に向けられたものではない、と主張する。
 しかし、「2)光量損失」に関する指示・要請にかかる記述部分では、光学設計者に対しパワーチェッカーを使用して光量損失の測定を求めているものではなく、「・又パワーチェッカーによる光量測定部からドラム面までの光量低下量はバラツキ量をできる限り小さくする事」と記載して、同測定部からの光量低下量のバラツキ量を小さくすることを指示・要請しているにすぎず、「パワーチェッカー部からドラム面までの光量低下量=80.6%(=75〜86%)」と記載して、低下量の具体的数値を提供しているものにすぎないから、一審原告の主張は理由がない。また「2)光量損失」において、第1の指示・要請としては、「・光学系全体の光量損失はドラムの感度、レーザのパワーに余裕のない現状である為、できる限り少ない方が良い。」と記載されているが、本指示・要請は正に光学系を設計する光学技術者に向けられたものであるから、本指示・要請に鑑みても、「2)光量損失」の項の指示・要請が光学設計者に向けられたものであることは明らかである。
(イ) 一審原告は、本件物理設計図(乙104の1〜3)に配布先が記載されていないことなどを理由に、本件物理設計図は一審原告に対し配布されていないと主張する。
 しかし、本件物理設計図は、LBPの開発に当たって、プロセス設計者が当該LBPの開発に採用された技術を体系的かつ網羅的にまとめ、機械、電気、光学等の各技術分野の責任者に対して、開発・設計の目標・方針、その他の各種指示・要請を伝えるために作成されるものであり、チーフ及び上記各技術分野の責任者には必ず配布されるものであるから、TR−050のタスクフォースによるFSP−DRYの開発に際しても、本件物理設計図は当然に光学系開発の責任者だった一審原告に配布されている。
 配布先が記載されていない点については、本件物理設計図は、TR−050(FSP−DRY)の「タスクフォースメンバーであった者の個人ファイルに保管されていた25年も前の文書」であり、その「表紙には、もともと配布先が記載されていたか、単独の配布先リストが付いていたものと思われ」るものであることからすれば(乙164、17頁下7行〜下3行)、証拠として提出されている本件物理設計図自体に配布先が記載されていないからといって、本件物理設計図が一審原告に配布されていなかったとの主張の根拠にはなり得ない。
 本件物理設計図に、承認印が押されていないこと、空欄となっている箇所があること、「未検討」となっている箇所があることは、本件物理設計図が一審原告に配布された事実を否定する理由にはならない。
 以上により、本件物理設計図は一審原告に対し配布されていないという一審原告の主張は失当である。
(ウ) さらに、一審原告は、静止ゴースト像の問題が一審原告の課題であったということはできないと主張する。
 しかし、上記(ア)(イ)のとおり、本件物理設計図の「光学系」の項目が光学設計者に対して指示・要請をする文書であること、及び本件物理設計図が一審原告に対し配布されていることから、静止ゴースト像の発生防止が一審原告に対する課題として与えられていたことは明らかであるし、原判決が判示している(342頁7行〜14行)とおり、本件物理設計図の記載により、一審原告に対し設計上の配慮を行うようとの直接的指示があったか否かにかかわらず、静止ゴースト像の発生防止が一審原告に対する課題として与えられていたということができる。
エ Aが一審原告に静止ゴースト像の除去を指示した
 一審原告は、Aが一審原告に静止ゴースト像の除去を指示したことはないと主張する。
 しかし、原判決の「…上記のような状況下では、光学設計の責任者である原告が、Aの指示を直接あるいは間接的に受けて、静止ゴースト像の除去のための光学設計の変更をなしたものとみるのが自然であり…」(343頁下8行〜下5行)との認定は合理的で正当である。
 以下のとおり、本件各特許発明がなされた当時、静止ゴースト像の問題は、職務分掌上、光学技術者の職責となっていた。
(ア) 昭和49年にDによって初めてゴースト像の現象が発見されたとき、同現象は解決すべき問題とは認識されなかったが、その後一審被告で具体的に静止ゴースト像の除去が課題となり、その課題が初めて解決されたのは昭和50年1月に出願されたE特許1の発明によるものである。そして、E特許1の発明は、偏向器に入射する光束を偏向器の回転軸に対して90°から傾けるという光学的な解決方法を採用したため、光学設計者であるMが加わることにより、完成されたものである。そして、E特許1の上記光学的な除去方法は一審被告の静止ゴースト像除去技術として採用され、この頃から静止ゴースト像の除去は、職務分掌上、光学技術者の職責となったものである。
(イ) Eは、TR−016、TR−018、及びTR−027のタスクフォース編成表で電気設計者である旨明記され、TR−011のタスクフォースでは電気設計者の担当業務である「コントロール回路設計製作」を担当していた旨記載されており、これらの客観的証拠により、Eが電気設計者であったことは明らかである(乙101、16、19、100)。一審原告の指摘するタスクフォースTR−006についての乙173の一覧表は、法務担当者が、Eの名前がTR−006のタスクフォースの編成計画書に記載されていなかったことから、同人の名前を括弧書きで暫定的にDの下に記載したにすぎない。また、Mは光学設計者であり、上記のとおり、E特許1は光学設計者であるMが加わることにより完成されたものである。さらに、ノウハウブック(乙102)のゴースト像部分の当初の執筆者は静止ゴースト像の形成原理を解明したDであったが、光学設計者であるJが日立製作所及びヒューレット・パッカード社向けノウハウブックについて確認修正している(乙166、169)。
(ウ) 以上によれば、本件各特許発明がなされた当時、「ゴースト像の問題全般について、プロセス担当者が中心となって取り組んでいた」という事実はなく、むしろ、E特許1の発明がなされたころからは、静止ゴースト像の問題は、職務分掌上、光学技術者の職責となっていたと認められるものである。
オ 一審原告はAの指示を受けて静止ゴースト像を除去するための構成を検討し本件各特許発明を想到するに至った
 一審原告は、Aの指示を受けて、静止ゴースト像を除去するための構成を検討し本件各特許発明を想到するに至ったことはない、と主張する。
 しかし、一審原告が作成したFSP−DRYの製品試作機の光学図面である本件光学配置図(乙105)において静止ゴースト像を除去するための設計変更が行われている事実は、一審原告が、TR−050のタスクフォースの光学系の開発責任者として、その職責上、本件各特許発明をなしたことを裏付ける客観的な証拠であり、「好奇心から」考察し始めたとの一審原告の主張はこの客観的事実に反するものである。
 また、一審原告が、昭和56年当時、静止ゴースト像について知らなかったということはあり得ないし、本件各特許発明がなされた当時、公知であり一審被告のLBP開発に従事した技術者にとっては周知であった静止ゴースト像の形成原理、すなわち、入射光と静止ゴースト光である再反射光とかなす角度が常に4π/Nであることとfθレンズの特性(W=fθ)を知っていれば、本件特許発明で唯一新規性の認められる「π<4π/N−W/D」の条件式は極めて容易に導出されるものである以上、一審原告が主張するペンタプリズムの原理やコーナーリフレクターの原理などは、それ自体としては技術的に正しいとしても、Aの指示がなかったことを否定する理由にはなり得ない。
カ ゴースト像を除去するという目的を達成するために一審原告が本件光学配置図を作成しこれに基づいて静止ゴースト像除去効果の確認試験が行われた
 一審原告は、ゴースト像を除去するという目的を達成するために一審原告が本件光学配置図(乙105)を作成し、これに基づいて静止ゴースト像除去効果の確認試験が行われたという事実はない、と主張する。
 しかし、FSP−DRYは最大A3サイズの用紙に印字するLBPであり、A3用紙の紙巾サイズは「297o×420mm」である(乙179)。本件特許発明は静止ゴースト像を偏向面上において走査方向と平行に被走査媒体の有効走査巾外に移動させ、位置させることにより、印字用紙上に有害像として現れないようにするものであるから、本件明細書にいう「有効走査巾」とは、印字用紙上に印字を可能ならしめる被走査媒体部分の巾(以下「画像巾」という。)を意味すると解され、画像巾は最大でも印字用紙の巾と同じ長さになる。したがって、DDV図面の走査光学系の本件特許発明にいう「有効走査巾」は画像巾、すなわち最大でも印字用紙であるA3用紙の紙巾である297oとなる。
 一審原告は、FSP−DRYの製品試作機(ただし、機能試作機についても同様)の走査光学系の設計仕様としての「有効走査巾」を310oに設定している。これは、設計者により、用紙サイズに若干のマージンをとったものを設計仕様上の「有効走査巾」とすることもあるので、一審原告がマージンをとったものにすぎず、本件特許の実施の有無を判定する上での本件明細書にいう「有効走査巾」は「画像巾」の297oとなるものである。
 以上により、原判決が一審原告の作成した本件光学配置図(乙105)は静止ゴースト像の除去のため本件各特許発明を実施したものと認定したのは正当である。
キ 一審被告が本件光学配置図に基づいて静止ゴースト除去効果の確認試験を行いその結果Bレポートが作成された
 一審原告は、一審被告が本件光学配置図(乙105)に基づいて静止ゴースト除去効果の確認試験を行い、その結果、Bレポート(乙198)が作成されたという事実はない、と主張する。
 そして、一審原告は、Bレポートによれば、入射角は「レーザー入射角90°→60°」と記載され、入射角は60°となっているのに対し、本件光学配置図(乙105)のDDV図面によれば入射角は「58°±30’」となっており、角度が違うと主張する。しかし、上記「60°」については、Bレポート(乙198)の「目的」欄に「今回の試作は、実装時のゴースト回避のための設計変更(レーザー入射角90°→60°)にもとづくものである。光学性能のチェックとゴースト除去効果の確認を目的とする。」と記載されており、この「目的」欄の記載は、Bレポートが入射角の設計変更による静止ゴースト像除去効果の確認を目的とすることを示すことに主眼があり、評価対象の走査光学系の入射角が60°であることを示すためのものではない。「今回の試作は、実装時のゴースト回避のための設計変更(レーザー入射角90°→60°)」との「Bレポート」(乙198)の記載は、一審原告の主張とは反対に、一審原告が設計した「レーザー入射角90°」のFSP−DRYの機能試作機の走査光学系では静止ゴースト像が出現してしまったため、一審原告が、その除去対策として、本件各特許発明を実施して、レーザー入射角を「58°±30′」(約60°)に設計変更した製品試作機の走査光学系では静止ゴースト像が除去されたことを、如実に裏付けるものである。
 次に、一審原告は、Bレポートには、計算によって求められるゴースト像の位置が光軸から153.59mmのところとされているが、本件光学配置図(乙105)のDDV図面に記載された各数値を基にゴースト像の位置を求めると、ゴースト像は光軸から153.41mmのところに形成され、Bレポートにおいて言及されている光学配置とは異なっている、と主張する。しかし、一審原告は、本件光学配置図のDDV図面に「58°±30′」と記載されている入射角を、「58°」として計算して、上記「153.41mm」の像高値を得ている。Bレポートに記載された静止ゴースト像の像高の「計算値(153.59mm)」から逆算すると、同レポートの評価対象となった走査光学系のレーザービームの入射角は、「57.96°」と求められ、これは本件光学配置図(乙105)のDDV図面のレーザービームの入射角「58°±30´」(57.5°〜58.5°)を充足するものである。そもそも、偏向器への光束の入射角は、光源の機械的取り付け精度によって誤差が生じるものであり、更に、静止ゴースト像が形成される像高は、第2結像光学系の歪曲特性がどの程度fθ特性を満足しているかによっても誤差が生じる。Bレポートは、これを確認して報告したもので、本件光学配置図のDDV図面の入射角は「58°±30´」と許容範囲を有しているため、Bレポートでは、入射角を実測し、入射角の実測値から計算された静止ゴースト像の像高と、実際に観測された静止ゴースト像の像高とを記載したものである。その結果、Bレポートの評価対象となった製品試作機で形成された静止ゴースト像は、本件光学配置図のDDV図面で許容範囲とされたレーザービームの入射角に基づく計算値通り、有効画面外に位置するものであったことが確認されたのである。
 以上により、Bレポートは本件光学配置図のDDV図面の評価試験のレポートであるという原判決の認定は正当である。
ク 原判決の「一審被告においては本件先行技術が蓄積されておりこれらの先行技術からすると一審原告が本件各特許発明に至るのは比較的容易なことであった」との認定は誤りでない
 一審原告は、原判決の「一審被告においては、Dレポート(乙10)、Eレポート(乙11)、E特許(乙12の1・2、13)、F特許(乙14)、ノウハウブック(乙102)、Jレポート(乙170)の各研究の成果(本件先行技術)が蓄積されており、これらの先行技術からすると、一審原告が本件各特許発明に至るのは比較的容易なことであった」との認定が誤りであると主張する。
 しかし、この主張は、以下のとおり失当である。
(ア) Dレポート(乙10)では、第1に、レーザー走査により被走査媒体(感光ドラム)上に静止ゴースト像の現われること、第2に、静止ゴースト像は、反射光(走査光)が感光ドラム上で散乱反射して生じた再入射光(散乱光)が走査レンズを透過してポリゴンミラーの走査鏡面の隣接面で反射し、その結果生じた再反射光(ゴースト光)が再度走査レンズを透過して感光ドラム上で結像することにより形成されるものであること、及び第3に、入射光と再反射光(ゴースト光)のなす角度が常に「4π/N」と一定であり、ポリゴンミラー(偏向器)が回転しても一定点に結像することが明らかにされた。
 ここで、上記第2の点、すなわち、回転する感光ドラム上を移動する走査光の散乱反射光が静止ゴースト像の原因であり、かつポリゴンミラーの走査鏡面の隣接面で反射した光束が静止ゴースト像を結像するという発見は容易になし得ることではない。Dはまず回転等しない静止した部材からの反射光が静止ゴースト像の原因ではないかと考え、遮光板で様々な固定部材から発生する反射光を遮って静止ゴースト像の消滅を確かめるという実験を繰り返してみたが、原因箇所を発見できず、当初思ってもみなかった走査ビームの感光ドラムによる散乱反射光を遮って、上記原因を突き止めたものである。
 上記第3の事実は、幾何学計算により解明されたが、入射光と再反射光とのなす角度が常に「4π/N」であるという事実から、本件各特許発明の本質的部分である「α<4π/N−W/D」という条件式が極めて容易に導き出され得るものであり、Dレポートは静止ゴースト像に関する研究開発の成果物として極めて重要なものである。
(イ) Eレポート(乙11)がDレポートを引用している以上、上記(ア)においてDレポートについて論じたのと同一の理由からに、Eレポートは本件各特許発明を示唆するものといえる。
(ウ) E特許の公開特許公報(乙12の1、乙13)には、「仮に上記ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避けると、必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる。」との記載がある(乙12の1の2頁左上欄2行〜5行、乙13の2頁右上欄5行〜8行)。E特許の公開特許公報の上記記載は、当時のLBPに用いられていた大型のガスレーザ発振器を装置に組み込む際の制約から、入射光と第2結像光学系の光軸とのなす角度を90度近傍に固定せざるを得ず、入射光の角度をコントロールすることができないという事情の下で、静止ゴースト像を走査方向と平行方向に避けると、記録媒体の使用巾が制限されることを記述したにすぎないものであり、LBP開発に従事した一審被告の技術者は、上記の制約が解消すれば、静止ゴースト像を走査方向と平行方向に避ける方法は採用できる方法であると認識していたものである。したがって、E特許は、まさに本件各特許発明の構成を示唆するものである。
 一審被告は、本件審決取消訴訟等においては、E特許及びF特許で開示された公知技術のみを知り得た当業者一般を基準として、本件特許発明に至ることが容易ではなかったと主張したのに対し、本件訴訟においては、一審原告を含むLBP開発に従事した一審被告の技術者が一審被告において蓄積されていた本件先行技術に基づき本件各特許発明をなすことが容易であったと主張しているのであって、これらの訴訟等における一審被告の主張や東京高等裁判所及び特許庁の判断と、本件訴訟における一審原告の主張は相反するものではなく、一審被告の主張が信義則に反し禁反言に当たるということはない。また、「報告書」(甲45)の記載も、E特許の明細書の記載について、静止ゴースト像自体をビームの走査方向に平行方向の走査領域外にまで移動させることなど考えていなかった旨述べているにすぎず、E特許に基づき本件特許発明を着想できなかったなどとは認めていない。上記報告書の「全く考えてもいなかった」との記載の趣旨は、上記のとおり、当時の機械設計上の制約の下で、本件特許発明の静止ゴースト像除去方法を実際上利用可能な技術として考慮しなかったというにとどまり、本件先行技術からLBP開発に従事した一審被告の従業者が本件特許発明に至ることが容易であったことを否定する理由にはならない。
(エ) F特許の公開特許公報(乙14)には、E特許と同様、静止ゴースト像の形成原理が詳細に記載されているほか、静止ゴースト光を偏向面に対して垂直方向のみならず、水平方向に走査面の領域外にずらすことが明記されている。さらに、同公開特許公報には、入射光束(入射光)の入射角を走査平面に対して平行方向に「δ」ずらすことにより、静止ゴースト光を走査領域外に移動させることが可能である旨記載されている。上記記載によれば、入射光の入射角をコントロールすることにより静止ゴースト像を走査方向と平行方向に除去しうることは容易に想到し得ることであり、かつF特許に詳細に開示されている静止ゴースト像の形成原理から、簡単な幾何学計算により本件各特許発明の条件式を容易に導出し得るものである。
(オ) ノウハウブック(乙102)の記載が本件各特許発明の構成を示唆するものであることは、原判決の判示(348頁下5行〜349頁下7行)のとおりである。
 一審原告は、「(a)ミラースキャナーへの入射ビームの入射方向を、静止ゴーストが感光ドラム上に現れない様に選ぶ。」の対策が採れなかった理由が「報告書」(甲45)とE特許では異なると主張するが、「報告書」(甲45)における「理由」とE特許における「理由」は同一であるから、一審原告の主張は論拠がない。
(カ) Jレポート(乙170)の「静止ゴーストについての解析を行った。」という記載を見れば、静止ゴースト像の存在及び静止ゴーストの問題が当時LBP開発における研究対象となっていたことが十分認識できる。そして、LBP開発に関与する技術者であれば、このような認識に至れば、Dレポート、ノウハウブック等を参照することにより、容易に本件特許発明を想到することができるのだから、Jレポートは本件各特許発明の完成に貢献している。
 一審被告において共役型倒れ補正光学系が最初に採用されたのは、昭和55年9月発足のTR−050のタスクフォースにおいてである(乙163)から、Jレポートの作成時である昭和51年1月30日の時点では、いまだ、共役型倒れ補正光学系における静止ゴースト像の除去という本件各特許発明の課題は生じていなかったから、その時点でJは本件各特許発明をすることはできなかった。
(キ) D、Cらの一審被告のLBP開発の技術者が本件各特許発明をなさなかったのは、共役型倒れ補正光学系における静止ゴースト像の除去という課題の解決を職責としておらず、またこの課題解決の指示・要請を与えられなかったからにすぎない。他方、一審被告において蓄積されてきた本件先行技術を知り得ない日本放送協会(NHK)や富士ゼロックス株式会社の技術者が本件各特許発明をなさなかったことが、「LBP開発に従事した一審被告の技術者が、本件先行技術から、本件特許発明に至ることが容易であった」ことを否定する理由にならないことは明らかである。
 また、上記(ウ)のとおり、光源に大型のガスレーザー発振器を使用していたLBPにおいて、水平方向にずらす方法により静止ゴースト像を除去しようとすると、画像に使用できる有効走査巾が静止ゴースト像の位置からその左右方向のいずれかに限定されてしまうことから、水平方向ではなく垂直方向にずらす方式が採用されたという経緯に鑑みれば、LBPにおいて共役型倒れ補正光学系が採用される以前においては、「垂直方向にずらす方式の方が優れていたために水平方向にずらす方式が採用されなかったこと」は明らかである。垂直方向にずらす方式において、走査線が直線でなくなることによる影響は、形成される画像に走査の端部と中央部とでゆがみが生じることであるが、そのゆがみ量はわずかなものであり実用上問題となるものではないし、上記の画像のゆがみは、そもそも感光体やプロセス技術で解決できるものではなく、「感光体やプロセス技術を新たに開発しなければならない」との一審原告の主張は的外れである。他方、水平方向にずらす方式の場合には、評価のための試作が必要であることは、上記キのBレポート(乙198)の「目的」欄の記載に照らし明らかである。
 さらに、一審被告において蓄積されてきた本件先行技術には公知文献ではない技術報告書等も含まれるから、上記の「レポート等の本件先行技術は、公知であったE特許1及びF特許に記載された事項のものしか開示して」いないということはない。本件審決取消訴訟では「公知技術のみを知り得た当業者一般」が基準となることは争う余地のないところである。「報告書」(甲45)は、当該争点について立証するために提出されたものであり、そのことにより争点自体が変わるものではない。
ケ 一審原告はノウハウブックにアクセスできた
 一審原告は、ノウハウブックを目にすることができない立場にあったと主張する。
 しかし、一審原告はノウハウブックが作成されたTR−016のタスクフォースをはじめ、その後TR−050のタスクフォースまで連続的に八つのLBP開発のタスクフォースに正式メンバーとして参加していたこと、及び一審被告のタスクフォースにおいては研究開発成果の共有と承継のシステムが構築されていたことから、一審原告がノウハウブックを知り、また目にすることができる立場にあったことは明白である。むしろ、一審原告は当然にノウハウブックを参照すべき立場にあり、職責を負っていたのである。一審被告において蓄積されてきた先行技術文献の中でも特にノウハウブックは、当時の一審被告におけるLBPの研究開発の成果の集大成であり、LBP開発に携わった技術者には周知のものであった。
 昭和51年に発足し一審原告もJとともに参加したTR−018のタスクフォースにおいて、一審被告製のLBP試作機とノウハウブックの供与先に対するライセンスのフォローアップが目的とされていることからも明らかなように(乙16。同タスクフォースの「目的」欄には、「NP−LBP技術のライセンシングのフォローアップ」と明記されている。)、タスクフォースの参加者はノウハウブックを参照すべき職責を負っており、ノウハウブックがライセンス先のために作成されたものであるからといって、タスクフォースの参加者がそれを目にすることがないなどということはあり得ない。また、一審原告を含めタスクフォースの参加者が守秘義務を負っていたからといって、一審原告が、ノウハウブックにアクセスすべき職責を負い、同書記載の技術情報について熟知すべき立場にあったことは何ら影響を受けるものではなく、ノウハウブックにアクセスできたことはいうまでもない。
コ 一審被告が本件特許発明の権利化及び権利維持において多大な努力を払いその費用も負担したことを一審被告の貢献の一つとして評価することができる
 一審原告は、一審被告が、本件特許発明の権利化及び権利維持において、出願審査における補正手続、異議事件に対する答弁、無効審判に対する答弁などにおいて多大な努力を払い、その費用も負担したとして、これを一審被告の貢献の一つとして評価することは、誤りであると主張する。
 しかし、以下のとおり、一審原告の主張は失当である。
(ア) 本件特許発明は、出願当初の特許請求の構成では特許性がないと判断される可能性が大きかったものの、第3請求項に記載されていた「α<4π/N−W/D」の条件式を、第1請求項に移記するという、Lの検討に基づく補正により出願審査において特許性が認められたのである。一審原告の主張は、この事実を無視して一審被告の行為を不当に過小評価するものである。
(イ) 本件異議事件において、一審被告は、異議の数が9件と多く、またその内容も多彩だったことから、本件異議の関連書類の検討のみでも多大な作業を要し、また答弁書及び手続補正書の作成においては、分量自体の多大さのみならず、全異議を通じて論理一貫し統一性を保ちつつ、各異議の内容に適合したものになるよう調整する困難な作業が要求されたのであり、これは、通常出願人がすべき範囲を超えた特段の行為であるから、本件特許発明の権利化における一審被告の貢献として高く評価すべきものである。
(ウ) 平成6年11月8日、異議申立人の一社だった富士写真フイルムが、本件特許に対し、無効審判請求を行い、本件無効審判が開始された。富士写真フイルムの主張した無効事由は、異議申立ての際の理由と実質的には同様だったが、富士写真フイルムは、先願調査等の周到な準備に基づき、大量の資料を証拠として提出して、緻密な主張を展開した。一審被告は、平成7年3月13日付け答弁書の作成では、富士写真フイルムの緻密な主張への綿密な対応の作業もさることながら、本件異議で提出されていた答弁書9通と論理一貫性と統一性を保ちつつ、本件無効審判に適合する主張を提出するという困難な作業が必要となり、関係者は数度の会議を繰り返すなどした。特許庁審判官は、平成7年8月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を行った。特許庁審判官の判断の内容は、異議申立てのときと同様だったが、この審判官の判断はLが行った上記(ア)の特許性の補強によりもたらされたものだった。平成7年10月4日、富士写真フイルムは、東京高等裁判所に対し、本件審決取消訴訟を提起した。本件審決取消訴訟において、富士写真フイルムの主張した取消事由は、@E特許1から本件特許を発明することの容易性に関する認定の誤り、AF特許から本件特許を発明することの容易性に関する認定の誤り、及びB富士写真フイルムの出願前公知技術に本件特許の構成が現れていることに関する認定の誤り、であった。上記Bは、実質的に本件審決取消訴訟で初めて争点となったものであり、従前の手続でなされていなかった論争が展開された。一審被告は、本件審決取消訴訟の7回の準備手続及び1回の口頭弁論の間に、答弁書、3通の準備書面及び大学院教授の鑑定書を含む5件の証拠を提出した。本件審決取消訴訟においても、本件異議及び本件無効審判における答弁書との論理一貫性・統一性を図りつつ本件審決取消訴訟に適合する主張をするための調整作業が必要とされ、本件無効審判同様、多大な時間、労力、費用が費やされた。東京高等裁判所は、平成10年8月20日、一審被告の主張をほぼ全面的に採用し、請求棄却の判決を下した。以上の事実に鑑みれば、本件特許発明の権利維持における一審被告の貢献が極めて高いものであることは明白である。
サ 本件各外国特許の取得、維持における一審被告の行為を本件各特許発明についての一審被告の貢献として高く評価するができる
 一審原告は、一審被告が、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の出願についても権利の取得維持における努力、費用の負担をしてきたとし、これを一審被告の貢献の一つとして評価することは誤りである、と主張する。
 しかし、原判決が認定する(352頁下7行〜353頁1行)とおり、多年にわたる多大な費用・労力を投じて行われた本件各外国特許の取得、維持における一審被告の行為が、本件各特許発明についての一審被告の貢献として高く評価されるのは当然である。
シ 一審被告がさまざまな努力によるライセンス契約交渉、LBP等の事業化により多額のライセンス収入を確保するに至ったことを一審被告の貢献の一つとして評価することができる
 一審原告は、一審被告が、さまざまな努力によるライセンス契約交渉、LBP等の事業化により、多額のライセンス収入を確保するに至ったとし、これを一審被告の貢献の一つとして評価することは誤りである、と主張する。
 しかし、一審被告は競業他社に対し本件各特許をライセンスしているところ、被告ライセンス契約は包括クロスライセンス契約であり、このようなライセンス契約において、本件各特許は膨大な特許群の中の1特許としてライセンスされているにすぎない。また一審被告は、これらの契約においてライセンス料を支払う義務を負う契約は1件もない反面、過去毎年、多額のライセンス料を稼得してきた(基準期間に限っても、合計2085億円であり、LBP等にかかわるものは合計約800億円である[乙93])。これは、直接的には、ライセンス契約における一審被告の許諾対象特許等の件数が、基準期間内の登録特許に限ってもLBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件と膨大であり、ライセンス契約相手先の登録特許件数と比較すると、約5倍〜88倍(LBP)、又は約5倍〜54倍(MFP等)であること(乙75)、及び許諾対象特許等の網羅性が大きな要因である。そして、このような多額の実施料収入を支えてきたのが他ならぬ一審被告による継続的かつ巨額の研究開発費用の支出であり(LBP開発当初の昭和48年から本件特許発明の完成時の昭和56年までの間に合計約569億1600万円、昭和57年から本件特許権の存続期間が満了した平成13年までの間に合計約2兆3355億3500万円[乙235の1〜32])、両者の間には明らかな因果関係がある。以上により、ライセンス契約交渉、LBP等の事業化、研究開発費の出捐における一審被告の貢献についての原判決の評価は正当である。
ス 原判決の認定した97%という使用者貢献度は決して高いものではない一審原告は、原判決の一審被告の貢献度が97%という認定は、不当であると主張する。
 しかし、既に述べたとおり、一審原告が前提とする主張はすべて理由がない。また、他の裁判例と比較することにより使用者貢献度についての原判決の判断の当否を論じることは相当でないが、本件において「独占の利益」の額が10億円を超えることに鑑みれば、原判決の認定した97%という使用者貢献度は、他の裁判例と比較しても決して高いものではない。
セ 一審原告の「一審原告の貢献が100%であると認定すべきである」との主張につき
 一審原告は、一審原告の貢献が100%であると認定すべきであると主張する。
 しかし、本件各特許発明は、一審原告が誰の指示にも基づかず自主的に行ったものであり、発明に当たり一審被告の設備等はほとんど使用しなかったということはできないし、本件各特許発明につき試作機等が必要なく開発投資も不要であるというのも誤りである。また「開発費がかからず、経済的効果の大きい発明」だから発明者の貢献度を高く評価する理由も存しない。さらに、本件各特許発明についての一審被告の評価が高いから一審原告の貢献度を大きく認めねばならない理由は存しないし、そもそも、本件特許発明の「特級」評価及び「優秀社長賞」の授与は、誤りだったものである。なお、本件特許発明の技術的範囲の解釈としては狭い解釈が正当であり、狭い解釈に基づけば、本件特許発明の実績対価の評価としては「4級」程度が相当であるが、原審の採用した解釈によっても、一審被告製LBPでの実施割合「56.54%」及び有力な代替特許・競合技術の存在等に照らせば、「特級」の評価及び「優秀社長賞」の授与はあり得ないものである。
(8) 前記3(9)(本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」)に対し
ア 算定方法1及び2につき
 算定方法1及び2は、原判決が判示する(332頁16行〜333頁1行)とおり、各算定要素の具体的数値について論じるまでもなく、失当である。
 一審原告は、原判決の採用した算定方法であっても、「寄与度を把握することも、やはり極めて困難である。」と主張するが、これは、一審原告が「寄与度」を「全特許中に占める本件各特許発明の価値」と極めて抽象的に、しかも誤って理解しているからであり、原判決が詳細に判示した「寄与度」の意味と認定方法によれば、「極めて困難」ということはないのであって、「寄与度」について「実態」に則した評価・認定を行うことは可能である。また、一審原告は、原判決が「修正実施料率」として採用した「標準包括ライセンス料率」について、「実際には、ほとんど使われていないような特許も、ほぼすべての製品に使われている特許も、同じ価値のものと擬制してライセンス料率を求めるものであり」と批判するが、「標準包括ライセンス料率」は、一審被告とライセンシー間の複数の「ライセンスバック契約」で現実に合意されたライセンス料率の平均値に修正を加えるものであるから、実態に則した妥当なものである。
イ 算定方法3、8〜10、11〜13につき
(ア) 算定方法3及び11
 算定方法3及び11は、第4期及び第5期のLBPの「全他社譲渡価格」にヒューレット・パッカード社の売上げを加算している点、並びに「全ライセンシー製品における実施割合」及び「地理的効力範囲内製品の割合」を乗じていない点で失当である。
 また、算定方法3及び11は、発明協会発行の「実施料率(第4版)」(甲19)に基づいて、「修正実施料率」に「5%」を用いているが、原判決が判示する(原判決333頁下9行〜下6行)とおり、失当である。
 さらに、算定方法3では、「寄与度」の算定について、「実績対価の比重付けによる方法」により「10.4%」とし、算定方法11では、「実績対価額等を単純比較する方法」により、LBP及びMFP等について許諾対象特許全件のうちの「228件分」(228/4005、228/6175)とする。しかし、「実績対価の比重付けによる方法」及び「実績対価額等を単純比較する方法」が、いずれも失当であることは、前記(2)クのとおりである。
(イ) 算定方法8及び12
 算定方法8では、「寄与度」の算定について、「実績対価の比重付けによる方法」により「10.4%」とし、算定方法12では、「実績対価額等を単純比較する方法」により、LBP及びMFP等について「228/4005、228/6175」とする。しかし、「実績対価の比重付けによる方法」及び「実績対価額等を単純比較する方法」が、いずれも失当であることは、前記(2)クのとおりである。
(ウ) 算定方法9、10及び13
 算定方法9、10及び13は、第4期及び第5期のLBPの「全他社譲渡価格」にヒューレット・パッカード社の売上げを加算している点、「一審被告の実施割合」をそのまま「全ライセンシーの実施割合」とし何ら低減させていない点、「地理的効力範囲内製品の割合」を乗じていない点、「全ライセンシーのシェア」(91.19%)を乗じていない点、及び「修正実施料率」を「5%」としている点で失当である。
 「寄与度」について、算定方法9は「100%」とし、算定方法10は「実績対価の比重付けによる方法」により「10.4%」とし、そして算定方法13は「実績対価額等を単純比較する方法」により、LBP及びMFP等について「228/4005、228/6175」とするが、いずれも失当である。
(エ) 算定方法4〜7、11〜14
 算定方法4〜7は、原判決が判示する(334頁下8行〜335頁7行)とおり、失当である。
 一審原告は、「包括クロスライセンス契約を締結していること自体によって、一審被告が相手方の保有している複数の特許を実施していることが推定されると考えるべきである。」と主張する。
 しかし、一審原告の上記主張は、@一審被告が昭和50年(1975年)に世界で初めてLBPの製品化に成功し、新たな製品市場を創設し、今日までに膨大な数の特許発明を蓄積してきたこと、A包括クロスライセンス契約である被告ライセンス契約はLBP等を許諾対象製品とすること、B原判決のいう「包括クロスライセンス契約」は一審被告の「ライセンスバック契約」を含むものであること、及びC「ライセンスバック契約」が「被告が相手方に対し一方的に特許等を実施許諾し、相手方の被告に対する実施料の支払のみが行われるのが本来の契約の目的であるが、被告が相手方の特許等(原則として被告において実施されることが想定されていない。)を万が一侵害することを避けるための保証として、相手方の特許等の実施許諾を無償で受ける(ライセンスバックを受ける。)ものである。…無償クロス契約の相手方とライセンスバック契約の相手方とでは、各々の保有特許件数に顕著な差異があり、ライセンスバック契約の相手方が保有する特許件数は、少ない相手方では被告の保有する特許件数の約1%、多い相手方でも約15%程度にすぎない(乙75参照。)」(原判決271頁下8行〜272頁10行)ことを考慮していないものであり、失当である。
 算定方法11〜14は、「寄与度」の数値を異にするほかは、算定方法4〜7と同一の算定方法であるから、同様に採用できないものである。
(オ) 算定方法18及び19
a 算定方法18
 前記(1)のとおり、「寄与度」は、原判決が判示したように、一審被告ライセンス契約の締結に対する寄与の程度として、許諾対象特許全件を対象にして決定されねばならないから、算定方法18は、寄与度を「ライセンシー実施特許」全件を対象にして算出している点で失当である。
 算定方法18は、「寄与度の分子」について、「実績対価額等を単純比較する方法」により、148件分とする。しかし、「実績対価額等を単純比較する方法」が相当でないことは、前記(2)クのとおりである。
 算定方法18は、「全ライセンシーのシェア」について、「100%」とする。しかし、原判決が認定した(312頁下7行〜下5行、313頁下2行〜314頁1行)とおり、乙65、66により、LBPについて「91.19%」、MFP等について「82.44%」と認められるものである。
 算定方法18は、「地理的効力範囲内製品の割合」について、レックスマーク社の売上げを含めているが、レックスマーク社の売上げを含めるべきでないことは、前記(6)イのとおりである。
 算定方法18は、「全ライセンシーの実施割合」について、「100%」とするが、「一審被告の実施割合」が、第1期〜第3期で、LBPについて「56.54%」(乙208)、MFP等について「90.59%」(乙209)と認められる以上、失当である。
 算定方法18は、「修正実施料率」について、発明協会発行の「実施料率(第4版)」(甲19)により「5%」を用いるべきとするが、原判決が「標準包括ライセンス料」を採用したのは正当である。
 算定方法18は、第4期及び第5期の「寄与度」について、LBPについては「148/330」、MFP等については「148/508」とするが、本件各外国特許発明が本件日本特許発明と実質的に同一の特許発明である以上、第4期及び第5期の「寄与度」を第1期〜第3期の「寄与度」と異にする理由はない。
b 算定方法19
 算定方法19は「地理的効力範囲内製品の割合」及び「全ライセンシーの実施割合」を算定要素としていない点で、失当である。
 算定方法19は、「全ライセンシーのシェア」を「100%」とする点、「修正実施料率」を「5%」とする点、「寄与度」の分子を「228」としている点等で失当である。
(9) 前記3(10)(遅延損害金の請求)に対し
ア 旧35条3項に基づく対価請求権が遅滞となる時期
 旧35条3項に基づく対価請求権は期限の定めのない債務であるから、履行の請求によって初めて遅滞になる。したがって、本訴の提起によって初めて遅滞になるというべきである。
 なお、一審原告が一審被告に対し再評価申請(甲9)を行った事実については、当該再評価申請は、一審被告に対し、直ちに「相当の対価」の支払を請求する趣旨のものではなく、平成6年の「特級」評価後、当該再評価申請時までの実績に「顕著な差異が生じた」として、実績対価の再評価を求めたものに留まるのであって、当該再評価申請をもって、履行の請求がなされたということはできない。
 また、一審原告代理人の通知書(甲10)は、その内容から明らかなように、「訴訟等に至ることは本意では」なく、「円満な解決」のために、情報開示等の協議を求める趣旨のものであって、履行の請求と評価できるものではない。
イ 遅延損害金債権の時効による消滅
 仮に、一審原告が主張する遅延損害金請求権が発生するとしても、当該遅延損害金請求権は、遅くとも、一審被告が一審原告に対し、実績対価を支払った日の翌日である平成6年6月28日からその消滅時効期間の進行を開始し、平成16年6月27日の経過により時効消滅した。一審被告は、本訴(平成20年12月10日の第9回口頭弁論期日)において、上記時効の援用をする。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所は、一審原告の本訴請求は、当審における請求拡張分を含め、主文第2項(1)掲記の職務発明対価と遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないと判断する。その理由は以下に述べるとおりである。
1 本訴請求の根拠法条
 一審原告が一審被告に対してなす本件発明報酬対価請求の根拠法条は、前記のとおり、平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(旧35条)3、4項に基づくものであり、その内容は、3項が「従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。」、4項が「前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」というものである。上記旧35条は、上記のとおり平成16年法律第79号により改正され(平成17年4月1日施行)、改正後の35条は、1、2、3項が旧35条と同旨であるが、4項が「契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。」と、5項が「前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第三項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。」と改められたが、上記改正法の附則2条1項は、「…改正後の特許法第35条第4項及び第5項の規定は、この法律の施行後にした特許を受ける権利若しくは特許権の承継又は専用実施権の設定に係る対価について適用し、この法律の施行前にした特許を受ける権利若しくは特許権の承継又は専用実施権の設定に係る対価については、なお従前の例による。」としており、したがって、本件各特許について一審原告から一審被告に対し特許を受ける権利が譲渡されたのが昭和56年(最も出願が遅い本件米国特許2でもその出願日は平成2年[1990年]である。)であるから、本件発明報酬対価請求の根拠法条となりうるのは、上記改正後の特許法35条ではなく、改正前の旧35条であることは明らかである。
 したがって、以下においては、旧35条の規定を前提として、本訴請求の当否について検討する。
2 争点1(職務発明により生じた外国の特許を受ける権利の承継についての準拠法及び特許法35条の適用の有無)について
(1) 職務発明により生じた外国の特許を受ける権利等の承継の準拠法につき 一審原告が、被告取扱規程により、その職務発明である本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明に係る特許を受ける権利を一審被告が承継し、一審被告がこれらについて特許出願をし、特許を得たことは、原判決の「第2 事案の概要」「1 前提となる事実」のとおりであり、この承継については、その対象となる権利が職務発明についての外国の特許を受ける権利である点において、渉外的要素を含むものであるから、まずその準拠法を決定する必要がある。
 上記承継は、日本法人である一審被告と、我が国に在住して一審被告の従業員として勤務していた日本人である一審原告とが、一審原告がした職務発明について被告取扱規程に基づき我が国で行ったものであり、一審原告と一審被告との間には、原判決も認定するように上記承継の成立及び効力の準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在すると認められる。そして、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか、その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は、譲渡の当事者がどのような債権債務を有するかという問題にほかならず、譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから、その準拠法は、平成18年法律第78号として制定された法の適用に関する通則法の第7条(同条の規定は、それ以前の法条である法例[明治31年法律第10号]7条1項とほぼ同じ。上記通則法7条は、附則2条により、遡及適用される。)により、第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁参照)。
 本件においては、一審原告と一審被告との間には、承継の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在しているのであるから、特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については、我が国の法律が準拠法となるというべきである。
(2) 外国の特許を受ける権利の承継に対する旧35条3項及び4項の適用につき
ア 外国の特許を受ける権利の承継に対する旧35条3項及び4項の類推適用について
 我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり、旧35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし、同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは、文理上困難であって、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。
 しかし、同条3項及び4項の規定は、職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において、職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために、当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ、その処分時において、当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち、同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について、これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し、もって発明を奨励し、産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当である。そして、当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は、その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない。また、特許を受ける権利は、各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるものの、その基となる発明は、共通する一つの技術的創作活動の成果であり、さらに、職務発明とされる発明については、その基となる雇用関係等も同一であって、これに係る各国の特許を受ける権利は、社会的事実としては、実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。さらに、当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継については、実際上、その承継の時点において、どの国に特許出願をするのか、あるいは、そもそも特許出願をすることなく、いわゆるノウハウとして秘匿するのか、特許出願をした場合に特許が付与されるかどうかなどの点がいまだ確定していないことが多く、我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されるということも少なくない。ここでいう外国の特許を受ける権利には、我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが、このようなものも含めて、当該発明については、使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思であると解される。そうすると、同条3項及び4項の規定については、その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。
 したがって、従業者等が旧35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において、当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁)。
 本件においては、一審原告は、旧35条1項所定の職務発明に該当する本件各特許発明をし、それによって生じたアメリカ合衆国、ドイツ等の各外国の特許を受ける権利を、我が国の特許を受ける権利と共に一審被告に譲渡している。したがって、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用され、一審原告は、一審被告に対し、上記各外国の特許を受ける権利の譲渡についても、同条3項に基づく同条4項所定の基準に従って定められる相当の対価の支払を請求することができるというべきである。
 なお、外国特許を受ける権利の対価算定に際し、その減額要素として旧35条1項(いわゆる法定通常実施権)を考慮するのかという論点が残るが、前記のとおり、当該発明をした従業員等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようとする前記の立場を前提とすれば、法定通常実施権を認めない外国特許の場合であっても、少なくとも譲渡対価算定という債権関係の処理としては、旧35条1項の類推適用を肯定した上でその対価を算定すべきものと解するのが相当である。
イ 一審被告の主張に対する判断
 一審被告は、被告取扱規程は、キヤノン労働組合と使用者である一審被告とが対等の立場で労使交渉を行い、その結果として合意締結された労働協約において、「発明考案の振作に関する事項」は、労使協議会において協議を行い、制定すると定められており、この定めに基づいて開かれた労使協議会において労使協議の上制定され、従業者に周知徹底されてきたものであるから、被告取扱規程に定められた職務発明に係る特許を受ける権利の承継及びその対価の支払については、両当事者は対等な立場で取引をしており、旧35条3項及び4項は本件各外国特許の承継の対価には類推適用されない、と主張する。
 しかし、上記のとおり、発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求について旧35条3項及び4項が類推適用すべきである理由の一つであるが、あくまでも、従業者等と使用者等との関係についての一般的な状況を類推適用を認めるべき理由の一つとしたものであって、両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であることが類推適用の要件となっているものではなく、個々の場合に両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であったかどうかによって類推適用の可否が決せられるものではない。したがって、一審被告の上記主張は、既にこの点において採用することができない。
 そして、後記3のとおり、被告取扱規程が定める対価の額は、法的拘束力を有するものでないから、本件各外国特許の承継の対価について、被告取扱規程によって支払ったから対価を支払済みであるということができないことは明らかである。
3 争点2(一審被告の取扱規程に基づく職務発明の承継は、オリンパス事件最高裁判決[最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決]の射程範囲外か)について
(1) 被告取扱規程の法的拘束力につき
 一審被告は、被告取扱規程は、一審被告とキヤノン労働組合との合意によって成立した労働協約に基づいて、労使協議の上、職務発明に係る特許を受ける権利の承継とその相当の対価額について制定されたものであるから、労働協約に準ずるものであり、また、合理的な内容を有し、従業員に周知しているから、法的拘束力を有すると主張するので、まずこの点について判断する。
ア 事実関係
 証拠(乙1の1〜3、2の1〜8、3、4の1〜8、270、271の1・2、272、273)と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 昭和32年9月26日に一審被告(当時の名称はキヤノンカメラ株式会社)と同社の従業員が組織する労働組合であるキヤノンカメラ従業員組合との間で締結された労働協約は、39条で「会社は、会社及び組合の共同の利益と、社業の円滑な発展を図る目的を以て、労使協議会を設置する。」とし、40条で「この協議会は左の事項に関し、協議を行うものとする。」とした上、「労働条件に関する事項」(1号)、「創意工夫、発明考案の振作に関する事項」(5号)等が労使協議会の協議事項とされており、41条には、労使協議会は会社及び組合の委員各10名をもって構成する旨が規定されていた(乙1の1)。
 昭和34年9月25日に一審被告(当時の名称はキヤノンカメラ株式会社)とキヤノンカメラ労働組合(昭和33年にキヤノンカメラ従業員組合から名称変更)との間で締結された労働協約40条でも、労使協議会の協議事項として、上記の昭和32年9月26日に締結された労働協約40条と同一の規定があった(乙1の2)。
 昭和60年5月1日に一審被告とキヤノン労働組合(昭和44年にキヤノンカメラ労働組合から名称変更)との間で締結された労働協約22条には、「組合員が会社の業務範囲に属することで有益な発明考案または改良に貢献した場合は、有功賞を贈る。別に定める会社規程により前項の発明考案改良に伴う権利は会社に帰属する。」との規定があった(乙1の3)。
 平成4年5月1日に一審被告とキヤノン労働組合との間で締結された労働協約21条には、上記の昭和60年5月1日に締結された労働協約22条と同じ規定があったほか、23条に「第21条、第22条の表彰に関しては賞罰委員会の議をへて行う。ただし、『発明・考案・創作に関する取り扱い』…により表彰が制度化されているものはこの限りでない。」との規定があり、75条には、中央労使協議会は、「労働条件に関する事項」(1号)、「賞罰に関する事項」(2号)について協議を行う旨の条項があった(乙270)。
(イ) 被告取扱規程は、昭和35年4月1日に制定され、以後、昭和37年7月1日、昭和41年10月28日、昭和60年1月1日、昭和62年3月1日、平成2年1月1日、平成6年1月1日、平成9年1月1日、平成12年4月1日、平成13年3月1日に改正された。その内容は、原判決「第2 事案の概要」「1 前提となる事実」(5)(25頁下4行〜32頁下1行)記載のとおりである。
 一審被告は、昭和35年4月1日に、被告取扱規程に基づいて発明等を審査するための特許審査委員会を設け、以後同委員会が審査してきた。
(ウ) 一審被告は、被告取扱規程の改正を、書面や社内のホームページで、従業員に周知してきた。
イ 労働協約としての法的拘束力について
 労働組合法14条は、「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名捺印することによってその効力を生ずる。」と規定し、同法16条は、「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となった部分は、基準の定めるところによる。労働協約に定がない部分についても、同様とする。」と規定する。
 しかるところ、一審被告とキヤノン労働組合との間において締結された労働協約において、発明考案の取扱いについて定められた規定は、上記(ア)aで認定したもののみであって、そこでは、発明考案に関する対価の算定方法や額は定められていない。そして、仮に、一審被告が主張するように、労働協約に基づいて労使の間で発明考案に関する対価の算定方法や額について協議がされたとしても、その内容について、両当事者が署名し又は記名捺印した書面は作成されておらす、労働協約としての効力を有しないことは明らかであるから、発明考案に関する対価の算定方法や額が労働協約として法的拘束力を持つことはないというべきである。
ウ 就業規則としての法的拘束力について
 被告取扱規程が合理的な労働条件を定めている場合には、それが就業規則として労働契約の内容となる余地がある。
 しかし、被告取扱規程の内容は、原判決「第2 事案の概要」「1 前提となる事実」(5)(25頁下4行〜32頁下1行)のとおりであって、本件各特許発明の承継について被告取扱規程に基づいてこれまでに支払われた額が合計で87万6000円にすぎず、本判決で後記のとおり認定判断する本件各特許発明の承継の相当の対価と比較すると、その額が著しく低額であることは明らかであるから、旧35条3項の規定に照らし、被告取扱規程が定める相当対価の額及び算定方法が合理的な労働条件を定めているものとして労働契約の内容となっていたと認めることもできない。
エ 結論
 以上のとおりであるから、被告取扱規程が労働協約又は就業規則として一審原告と一審被告との間の労働契約の内容となっていたものと認めることはできない。そして、仮に労働協約又は就業規則において発明考案に対する上記対価の定めがなされたとしても、旧35条3項との関係では「契約、勤務規則その他の定」以上の意味を持ち得ないと解されるから、その余について判断するまでもなく、少なくとも旧35条3項にいう「勤務規則」と解される被告取扱規程によって対価を支払ったからそれを超えて対価を支払う義務はないとする一審被告の主張は採用することができない。
(2) その余の一審被告の主張に対する判断
 一審被告は、オリンパス事件最高裁判決(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決)について、@使用者等が「相当の対価」の額を勤務規則等で「一方的に」定めた場合で、かつA当該勤務規則等が「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定め」ている場合にのみ適用されるものであると主張するが、同判決は、要旨「使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定めにより職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができる。」と判示したものであって、旧35条3項及び4項に基づく対価の請求に、一審被告が主張するような上記要件が必要であるとしたものではない。同判決において「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないことは明らかであって」と判示する部分があるが、これは、職務発明がされる前に対価の額を確定的に定めることができないとの一般的な事情を述べて上記不足額を請求することができる理由としたものであって、不足額請求の要件を判示したものでないことは明らかである。
4 争点3(本件各特許発明により一審被告が受けるべき利益の額)について
 当裁判所は、本件における旧35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については、次のとおり算定すべきものと解する。
(1) 旧35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については、特許を受ける権利が、将来特許を受けることができるか否かも不確実な権利であり、その発明により使用者等が将来得ることができる独占的実施による利益あるいは第三者からの実施料収入による利益の額をその承継時に算定することが極めて困難であることからすると、当該発明の独占的実施による利益を得た後、あるいは、第三者に当該発明の実施許諾をし実施料収入を得た後の時点において、これらの独占的実施による利益あるいは実施料収入額をみてその法的独占権に由来する利益の額を認定することも、同条項の文言解釈として許容される。
(2) 使用者等は、職務発明について特許を受ける権利又は特許権を承継することがなくとも当該発明について同条1項が規定する通常実施権を有することに鑑みれば、同条4項にいう「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は、自己実施の場合は、単なる通常実施権(法定通常実施権)を超えたものの承継により得た利益と解すべきである。そして、特許を受ける権利については、特許法65条の定める補償金請求権ないしは特許登録後に生じる法的独占権に由来する独占的実施の利益あるいは第三者に対する実施許諾による実施料収入等の利益であると解すべきである。
(3) ここでいう「独占の利益」とは、上記のとおり、@特許権者が自らは実施せず、当該特許発明の実施を他社に許諾し、これにより実施料収入を得ている場合における当該実施料収入がこれに該当し、また、A特許権者が他社に実施許諾をせずに当該特許発明を独占的に実施している場合(自己実施の場合)における、他社に当該特許発明の実施を禁止したことに基づいて使用者が挙げた利益、すなわち、他社に対する禁止権の効果として、他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と比較してこれを上回る売上高(以下、売上げの差額を「超過売上げ」という。)を得たことに基づく利益(法定通常実施権による減額後のもの、以下「超過利益」という。)が、これに該当するものである。
 もっとも、特許権者が、当該特許発明を実施しつつ、他社に実施許諾もしている場合については、当該特許発明の実施について、実施許諾を得ていない他社に対する特許権による禁止権を行使したことによる超過利益が生じているとみるべきかどうかについては、事案により異なるものということができる。すなわち、@特許権者は旧35条1項により、自己実施分については当然に無償で当該特許発明を実施することができ(法定通常実施権)、それを超える実施分についてのみ「超過利益」の算定をすることができるのであり、通常は50〜60%程度の減額をすべきであること、A当該特許発明が他社においてどの程度実施されているか、当該特許発明の代替技術又は競合技術としてどのようなものがあり、それらが実施されているか、B特許権者が当該特許について有償実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針を採用しているか、あるいは、特定の企業にのみ実施許諾をする方針を採用しているか、などの事情を総合的に考慮して、特許権者が当該特許権の禁止権による超過利益を得ているかどうかを判断すべきである。
5 争点3−1(一審被告の包括クロスライセンス契約と利益の額の算定方式)について
(1) 総説
ア ライセンス契約により得た利益の額
 特許権者が単数の特許について競業他社とライセンス契約を締結した場合、当該契約により得られる実施料収入は、当該特許に基づいて使用者が得る独占の利益であるというべきであるから、これを旧35条4項の「その発明により使用者が得ることができる利益の額」とみることができる。
 また、複数の特許発明が単一のライセンス契約(実施許諾)の対象となっている場合には、当該発明により「使用者が受けるべき利益の額」を算定するに当たっては、当該発明が当該ライセンス契約締結に寄与した程度を考慮すべきである。
イ 包括クロスライセンス契約により得た利益の額
 包括クロスライセンス契約は、当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う契約であるから、当該契約において、一方当事者が自己の保有する特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得るべき利益とは、相手方が保有する複数の特許発明等を無償で実施することができること、すなわち、相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることであると解することができる。したがって、包括クロスライセンス契約においては、相互に無償で実施を許諾する特許発明等とそれが均衡しないときに支払われる実施料の額が総体として相互に均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であるから、相手方が自己の特許発明を実施することにより、本来、相手方から支払を受けるべきであった実施料の額及び相手方から現実に支払われた実施料の額の合計額を基準として算定することも許されると解される。
(2) エレクトロニクス業界における包括クロスライセンス契約
ア エレクトロニクス業界における包括クロスライセンス契約の意義
 エレクトロニクスの分野においては、一つの製品に数千にも及ぶ技術が使用されていることもまれではなく、個々の特許権を個別に行使することはその侵害の有無の調査においても、多大なコストを要する。また、個々の特許権を個別に行使することとなれば、関係各社が自社の特許をそれぞれ行使し合う結果となり、社会全体としてみると、製品化が事実上不可能となる。したがって、お互いの特許権をまとめて許諾し合い、製品化を実現し、一社での限定された生産能力を超えて大量に製品を販売できるようにするというのが合理的な選択行動であり、エレクトロニクス業界においては、ある一定期間中にお互いに自己の保有する関連特許すべてを許諾し合う包括クロスライセンス契約を締結することが多い(乙211)。
 現に、一審被告が保有していたLBP及びMFP等関係の特許権は、本件特許発明の特許公開時である昭和58年4月22日から満了時である平成13年10月20日までの基準期間内に公告・登録期間がかかる登録特許、及び基準期間内に公開されて後に登録になった登録特許の件数が、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件となり、基準期間内の特許出願を含めると、上記件数の約4倍となるのであって、極めて多数の関連特許が存する(乙46〜48)。
イ エレクトロニクス業界における包括クロスライセンス契約における個々の特許の寄与度
 このような包括クロスライセンス契約を締結する場合、その交渉において、多数の特許のすべてについて、逐一、その技術的価値、実施の有無などを正確に評価し合うことは事実上不可能であるから、相互に一定件数の相手方が実施している可能性が高い特許や技術的意義が高い基本特許を相手方に提示し、それら特許に相手方の製品が抵触するかどうか、当該特許の有効性及び実施品の売上高等について協議することにより、相手方製品との抵触性及び有効性が確認された代表特許と対象製品の売上高を比較考慮すること、及び、互いに保有する特許の件数や出願中の特許の件数も比較考慮することにより、包括クロスライセンス契約におけるバランス調整金の有無などの条件が決定されるものである(乙211。以下、単に提示された特許を「提示特許」といい、提示特許のうち、相手方製品との抵触性及び有効性が確認された特許を「代表特許」という。)。
 そうすると、エレクトロニクスの業界のように、数千件ないし1万件を超える特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては、相手方に提示され代表特許として認められた特許以外の特許については、数千件ないし1万件を超える特許のうちの一つとして、その他の多数の特許と共に厳密な検討を経ることなく実施許諾に至ったものも相当数含まれるというべきであるから、このような特許については、当該包括クロスライセンス契約に含まれている特許の一つであるということだけでは、上記「利益の額」を算定に当たって当然に考慮すべきであるということにはならない。
 ただし、代表特許でも提示特許でもなくとも、ライセンス契約締結当時において相手方が実施していたことが立証された特許については、ライセンス契約締結時にその存在が相手方に認識されていた可能性があり、また、特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて禁止権を行使しているものということができるから、このような相手方実施特許については、代表特許でも提示特許でもなくとも、上記「利益の額」を算定するに当たって考慮することができるというべきである。
(3) 一審被告の包括クロスライセンス契約
ア 一審被告のライセンスポリシー及び個々のライセンス契約の内容証拠(乙46〜48、53〜75[各枝番を含む。]、191、239〜242)によれば、一審被告のライセンスポリシー及び個々のライセンス契約の内容について、次のとおりであると認められる。
(ア) 一審被告は、昭和45年前後ころから、LBP等を含む電子写真技術の登録特許及び特許出願について他社へのライセンス供与を開始し、平成元年(1989年)には重要技術であるカートリッジ及びジャンピング現像の技術についても公開することを報道発表する(乙239〜242)など、競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる開放的ライセンスポリシーを採用してきた。
(イ) 本件各特許発明を含むLBP等の技術をライセンスする被告ライセンス契約は、本件各特許発明が実施される可能性のある製品であるLBP及びMFP等の製造・販売を行う、ほとんどすべての他社を相手方として締結されている(乙53〜62、191)。すなわち、LBP及びMFP等のそれぞれにおいて、一審被告を含めた全世界市場における製造台数又は販売台数のシェアが基準期間の最終年である平成13年(2001年)において1%超である被告ライセンス契約の主要相手方及び被告ライセンス契約の相手方から対象製品の供給を受けていると断定又は推定される企業等を含めたシェアは、一審被告以外の全他社を基準とすると、生産シェアにおいてLBPは少なくとも91.13%(乙63、67)、MFP等は少なくとも78.16%(乙64、67)、販売シェアにおいてLBPは少なくとも91.19%(ただし、一審被告及びヒューレット・パッカード社以外の全他社基準。乙65、68、69)、MFP等は少なくとも82.44%(乙66、70の1・2、71)である。
(ウ) すべての被告ライセンス契約は、対象製品において実施可能な登録特許及び特許出願を包括的に実施許諾する包括クロスライセンス契約であり、契約締結以前の特許の実施についても相互に免責している(乙53〜62、191)。
 被告ライセンス契約における対象特許群は、原則として、LBP及びMFP等に用いられる技術に関する特許等のほとんどすべてを含むものである(ただし、除外特許等がライセンスの対象から除外されることは、後記のとおりである。)。その件数は、本件特許発明の補償金請求権の発生時である特許公開時の昭和58年(1983年)4月22日から満了時である平成13年(2001年)10月20日までの基準期間内に公告・登録期間がかかる登録特許及び基準期間内に公開されて後に登録になった登録特許で、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件であり(乙46〜48)、基準期間内の特許出願を含めるとおよそその4倍の件数となる。
(エ) 本件各特許発明は、すべての被告ライセンス契約において対象特許群に含まれている。ただし、本件各特許発明がライセンス契約締結時において、代表特許又は提示特許として相手方に提示されたことはないとの陳述書が複数のライセンス契約の相手方から提出されており(乙53〜62、191)、本件全証拠によるも、本件各特許発明が代表特許又は提示特許として相手方に提示されたと認めることはできない。
 この点について、一審原告は、乙53〜62及び191の信用性を争うが、これらが信用できないというべき事情は認められず、一審原告の主張を採用することはできない。また、一審原告は、本件各特許発明は、実施状況の調査が容易で、かつ極めて重要であり、他社製品において実施されている可能性が高いのであるから、他社製品において詳細な調査が行われ、かつ、多数の競合他社とのライセンス契約交渉において提示されたと考えるのが自然であるとも主張するが、一審原告が主張するような事情のみで、他の証拠がないのに、本件各特許発明が代表特許又は提示特許として相手方に提示されたことを認めることはできない。
(オ) ほとんどすべての被告ライセンス契約においては、対象特許群のうち、実施許諾から除外される特許等(除外特許等)が存在する。除外特許等の趣旨は、対象製品における被告製品の差別化に有意義な技術に関する特許等を相手方への実施許諾対象から除外したものや、逆に相手方が同様の意義を有する特許等を一審被告への許諾対象から除外する際に均衡上一審被告側も除外したものである。除外特許等の内容は、相手方によって異なる。また、実施許諾対象から除外されてはいないものの、ある技術を実施すると実施料率が高くなる旨の契約が締結されている場合もある(以下、実施料率において別の扱いを受ける特許等も除外特許等の一種として扱うこととする。)。
 除外特許等は、ある技術分野を特定して定められる。除外特許等とされることが多いのは、@帯電工程における接触帯電方式、A現像工程におけるジャンピング現像方式、B定着工程におけるサーフ定着方式、C感光体におけるアモルファスシリコン系感光体などの技術に関する特許等であり(乙73、74、191)、本件各特許発明が除外特許等に含まれている被告ライセンス契約は存在しない。
 除外特許等の件数は、相手方によって異なる。主要相手方について、基準期間内登録特許のうち除外される技術ごとの除外特許(登録特許)の件数(乙74)に、除外されている相手方の数の割合(除外相手方数/全相手方数)を乗じて平均化すると、登録特許についてLBPにつき3633件、MFP等につき3975件が除外特許等とされている(乙73、74)。したがって、一審被告が基準期間内に保有する登録特許のうち除外されていない対象特許(登録特許)の件数の平均は、LBPにつき8009件、MFP等につき1万2349件となる(乙191)。
(カ) 被告ライセンス契約の種類
a 無償包括クロスライセンス契約(無償クロス契約)
 一審被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施許諾し、かつ実施料の支払を行わないものである。無償クロス契約を締結する相手方は、対象製品の分野等において極めて強い競争力を有するごく少数の相手方に限られている。全被告ライセンス契約の中で、無償クロス契約は、*******(1985年締結・レーザービームプリンタ、デジタル複写機/複合機ほか)及び******(1988年締結・レーザービームプリンタ、デジタル複写機/複合機ほか)を契約相手方とする2件(乙60、62)のみである。
b 有償包括クロスライセンス契約(有償クロス契約)
 無償クロス契約と同様に、一審被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施許諾し、そして、相手方の一審被告に対する実施料(バランス調整金)の支払のみが行われるものである。一審被告から相手方に対する実施料(バランス調整金)の支払が行われる契約は、LBP及びMFP等を対象製品とする被告ライセンス契約中には存在しない。すべての被告ライセンス契約の中で、有償クロス契約は、******を契約相手方とするもの(乙53。1984年締結)のみである。
c ライセンスバック付き有償包括ライセンス契約(ライセンスバック契約)
 一審被告が相手方に対し一方的に特許等を実施許諾し、相手方の一審被告に対する実施料の支払のみが行われるのが本来の契約の目的であるが、一審被告が相手方の特許等(原則として一審被告において実施されることが想定されていない。)を万が一侵害することを避けるための保証として、相手方の特許等の実施許諾を無償で受ける(ライセンスバックを受ける。)ものである。上記a及びb記載の計3件以外の相手方(********〔1989年締結・LBP他〕、********〔1985年締結・LBP、MFP等〕、****〔1996年締結・LBP〕、**********〔1991年締結・LBP〕、*********〔1992年締結・LBP、MFP等〕、*******〔1988年締結・LBP他〕、*******〔1994年締結・LBP、MFP等〕、********〔1993年締結・LBP、MFP等〕など)との被告ライセンス契約は、すべてこのライセンスバック契約である(乙54〜59、61)。無償クロス契約の相手方とライセンスバック契約の相手方とでは、各々の保有特許件数に顕著な差異があり、ライセンスバック契約の相手方が保有する特許件数は、少ない相手方では一審被告の保有する特許件数の約1%、多い相手方でも約15%程度にすぎない(乙75参照)。
(キ) 被告ライセンス契約における実施料
 被告ライセンス契約における実施料は、原則として、対象製品が相手方又は相手方の関連会社から第三者に対して譲渡された際の譲渡価格の合計に実施料率を乗じて決定される。また、対象製品のリストプライス(標準小売価格)に相当する価格に実施料率を乗じて決定されるものがあるが、この場合には譲渡価格とリストプライスの価格差に応じ、実施料率は低く設定されている。
 実施料率は、概ね一審被告の有する特許等と相手方の有する特許等の特許力の差の違いに応じて生じるものの、被告ライセンス契約中のライセンスバック契約の実施料率の平均は、およそLBPについて2.21%、MFP等について2.61%である(乙72の1・2。上記の数値は、主要相手方のうち、乙75記載のライセンスバック契約の相手方の平均である。)。
イ 実施料率の具体的算定
(ア) 包括クロスライセンス契約の無償部分を考慮した修正実施料率
 前記ア認定のとおり、一審被告は、本件各特許発明を、ほとんどすべての競合他社との間で、被告ライセンス契約の対象としている。そして、被告ライセンス契約の多くは、ライセンスバック契約であって、一審被告が実施料を支払うことはなく、名目的に相手方の特許の実施許諾を受けて包括クロスライセンス契約としているものである。
 ライセンスバック契約は、有償部分(相手方から一審被告に対し実施料を支払う部分)と無償部分とに分けて考えることができる。有償部分(具体的には実施料率の定め)は、契約の相手方ごとに異なる数字となっている。これは、一審被告と各相手方との特許力(対象特許の単純な総和や有力特許の数・価値、交渉能力の高低などの様々な要因を総合考慮して決定されるものである。)の差異によるものと考えられる。契約の対価性の原則に照らせば、無償部分においては、一審被告が相手方に許諾した特許等と一審被告が相手方から許諾を受けた特許等が均衡しているものと考えることができる。ただし、各相手方とのライセンス契約における、各相手方の個別の特許力を具体的に比較検討することは、その審理に著しい負担を要するものであることから、いくつかの相手方との間における実施料率の平均値をもって有償部分の標準的実施料率とし、無償部分については、個々の特許力を考慮せずに、保有特許数の総和が特許力を示すものとして、算定することも許されると解する。
 上記考え方からすれば、ほとんどすべての競合他社との間でライセンスバック契約が締結され、各契約内容を個別に検討することが困難な本件のもとにおいては、@いくつかの相手方との間における実施料率の平均値と、A前記実施料率の平均値÷(一審被告の対象特許数−前記相手方の対象特許数の平均値)×前記相手方の対象特許数の平均値、との和によって、無償部分を反映した「修正実施料率」を算定するのが相当である。
(イ) 本件における修正実施料率の算定
 被告ライセンス契約中の実施料率の平均(*******、********、**********、********、*********、****の各社の実施料の平均値)は、およそLBPについて2.21%、MFP等について2.61%である(乙72の1・2)。上記の数値は、主要相手方のうち、実施料率の定めのあるライセンスバ
ック契約の相手方で、乙72号証の1の作成に関し一審被告に協力した相手方の平均である。これに対応する相手方から一審被告が実施許諾された基準期間内の登録特許の平均件数は、LBPにつき905件、MFP等につき1685件である。一方、一審被告保有の基準期間内の特許の件数はLBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件である。以上から計算すると、一審被告が基準期間内において保有していた、LBP及びMFP等に関するすべての特許の標準包括ライセンス
料率は、LBP2.40%、MFP等2.91%であると認められる(乙75)。これをもって「修正実施料率」とするのが相当である。
ウ 一審原告の主張に対する判断
(ア) 一審原告は、乙72の1・2により認定されたLBPについて2.21%、MFP等について2.61%という実施料率の平均値は正確かつ実体に即した数値であるとはいえないと主張し、実施料率を明らかにするため、各相手方との間におけるライセンス契約書の文書提出命令を求める(平成19年8月22日付け文書提出命令申立書の別紙目録2、4、6、8、10、12、14、16、18、20、22、24、26、28、30、32、34、36の各文書)。
 しかし、各契約における実施料率は一審被告及び第三者である相手方の重要な営業秘密であることから、代替的な方法が存在するのであれば、当該代替的な立証方法を採用することも許されると解する。これを本件についてみると、一審被告は協力の得られた相手方との間の実施料率の平均値を公証人の面前で計算し(乙72の1・2)、これを基に修正実施料率を主張立証しているのであって、ライセンス契約の内容について陳述書を提出した会社のシェアは、生産シェアにおいてLBPは64.94%(乙63、67)、MFP等は74.33%(乙64、67)、販売シェアにおいてLBPは52.68%(乙65、68、69)、MFP等は80.05%(乙66、70の1・2、71)というように、主要相手方を含んでいるといえることから、このような代替方法は営業秘密の保護に配慮しつつ真実発見を目指す方法として是認することができる。
(イ) 一審原告は、一審被告と相手方との特許力の差異を検討するに際し、その保有する特許件数の差のみに基づく算定は妥当でないと主張する。
 しかし、個々の特許の価値を考慮することは、多数の包括クロスライセンス契約における極めて多数の特許の中からそれぞれ重要とされる特許を抽出してその貢献度を考慮したり、交渉能力の高低等の数値化の困難な事情を判断したりすることが必要となり、その審理に多大な時間と費用を要することになることに照らせば相当ではなく、上記算定方法は、複数のライセンス先を対象として平均値を採用しているので平準化が期待できることからして、是認できる算定方法であるというべきである。各社が有している特許発明の件数が異なることは、この算定方法を採用することの妨げとなるものではない。
(ウ) 一審原告は、発明協会発行の「実施料率(第4版)」(甲19)記載の実施料率に基づき、修正実施料率は、10%又は5%とすべきであると主張する。
 しかし、上記イ認定の修正実施料率は、実際の被告ライセンス契約の内容に基づいて算出されたものであって、一審原告が主張する10%又は5%という上記修正実施料率よりも合理性の高いものとして採用することができるから、一審原告の上記主張は採用することができない。
6 争点3−2(本件各特許発明の技術的範囲と代替技術)について
被告ライセンス契約の相手方における本件各特許発明の実施率及び前記標準包括ライセンス料率における本件各特許発明の寄与率を算定するために、まず、本件各特許発明の技術的範囲及び代替技術等について判断する。
(1) 本件特許発明の技術的範囲
ア 本件特許発明の概要
(ア) 本件特許発明は、次のとおり構成要件AないしDに分説することができる。
A 光源と、該光源からの光束を線状に結像する第1結像光学系と、該第1結像光学系による線像の近傍に偏向反射面を有する偏向器と、該偏向器で偏向された光束を被走査媒体面に結像する第2結像光学系とを備え、
B 光束の偏向面内に於いて、前記第2結像光学系はf・θ特性を有する光学系であり、
C 前記第2結像光学系には平行光束が入射し、光束の偏向面と垂直でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内に於いて、前記偏向反射面近傍の線像と前記被走査媒体面上の点とが前記第2結像光学系を介して共役関係にある走査光学系であって、
D 前記偏向器はN個の偏向反射面を有する回転多面鏡であり、光束の偏向面と平行でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内に於ける前記第2結像光学系の像側主点と前記被走査媒体面との距離をD、前記被走査媒体面上に於いて前記第2結像光学系の光軸から有効走査巾の端部までの距離をWとするとき、光束の偏向面と平行な面内に於いて前記偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)―(W/D)よりも小さく選定したことを特徴とするゴースト像を除去する走査光学系
(イ) 構成要件AないしCの技術内容は次のとおりであると認められる(当事者間に争いがない)。
a 構成要件Aは、レーザー走査光学系の基本光学構成を示すものである。すなわち、レーザー走査光学系(被走査媒体上を、レーザースポットで線状に走査するための光学系)において、半導体レーザーの光源装置から、回転する偏向器(ポリゴンミラー、回転多面鏡)へ向けて発散光であるレーザーが射出され、射出された発散光は、光源装置と偏向器の間に置かれた第1結像光学系へ入射し、第1結像光学系は、入射した発散光を一旦平行光束としたあと、さらにこの光束を偏向面(偏向器が回転し光束を偏向する平面)と垂直な面において、偏向器近傍で偏向面上に線状に収束させ、収束されて偏向器に入射する光束(入射光)は、偏向器の一つの鏡面で反射され、偏向器と被走査媒体との間に置かれた第2結像光学系へ入射する光束となり、第2結像光学系は、入射した反射光を偏向面内において偏向しながら収束させ、被走査媒体面上にレーザースポットとして結像させ、こうして得られた結像スポットは、偏向器の回転に伴って、被走査媒体上を走査するというものである。
b 構成要件Bは、fθレンズの技術を示すものである。fθレンズとは、像面におけるレンズの光軸から結像スポットまでの距離yが、レンズへの光線の入射角θに比例する歪曲特性、すなわちレンズの焦点距離(レンズの主点と焦点の距離)をfとするとき、y=f×θとなる歪曲特性を有するレンズである。fθレンズは、走査光学系の偏向面において、結像スポットの位置yが、反射光の第2結像光学系への入射角θに比例するようにするために用いられる。
c 構成要件Cは、共役型倒れ補正光学系を示すものである。倒れ補正光学系とは、偏向器(ポリゴンミラー)が、製造時の反射面の加工誤差や、回転によるブレにより、偏向面に対して垂直な方向に倒れ誤差を生じた場合、反射光が第2結像光学系を経由して被走査媒体上に達した場合に偏向面と垂直方向に位置ずれを起こすのを補正する機能を有する光学系である。そして、共役型とは、偏向器の反射面の位置と被走査媒体の位置が、第2結像光学系に関して、偏向面に垂直な面内で共役関係(結像関係)を満たすことにより倒れ補正を行うものである。共役関係とは、レンズの主軸上の二つの点について、どちらか一つの点から発した光が他の一つの点に結像するような関係をいう。
(ウ) 構成要件Dの技術内容
a 本件明細書(特許公告公報、甲2)には、以下の記載がある。
(a) 「本発明は、ゴースト像を除去する走査光学系に関するものである。」(1欄25行〜26行)
(b) 「このような走査光学系に於いては、第4図に示すように被走査媒体6上の点Psに入射した光束Lは、その被走査媒体6の面上で拡散反射をし、その反射光Laは点線で示すように単レンズ5及び4を通過して再び偏向器3に入射する。このとき反射面3aに入射した被走査媒体6からの反射光Laは光源装置1側に反射するが、被走査媒体6からの反射光Laの一部は、反射面3aに隣接する反射面2b(判決注:「3b」の誤記と解する。)に入射し、再度反射して単レンズ4、5を透過し、その光束Lbは被走査媒体6上の点Pgの近傍に集中する。この光束Lbはゴースト像となり、被走査媒体6上に感光体を設置すれば有害像が形成されることになる。」(3欄6行〜18行)
(c) 「然し本発明が対象とする走査光学系は、第3図に示すように偏向反射面3a近傍の線像と被走査媒体6の面上の点とが共役関係にあるので、第5図に示すように入射光束Lを傾けても、ゴースト像は同一走査線上に形成されてしまう問題点がある。」(3欄31行〜36行)
(d) 「本発明の目的は、上述のような問題点を解消し、偏向器の回転に関係なく、ゴースト像を常に走査線外の同一位置に静止させる、ゴースト像を除去する走査光学系を提供することにあり、」(3欄37行〜40行)
(e) 「…αを(4π/N)−(W/D)より小さく選定している。この場合には、ゴースト像Pgは光軸Cから有効走査巾の端部までの距離Wの外側に形成され、被走査媒体6上の有効走査巾内に現れることはない。又、ゴースト像Pgの光束Leを遮断する適宜の遮光板を設置すれば、ゴースト像を完全に除去することができる。」(4欄36行〜42行)
(f) 「このように本発明に係るゴースト像を除去する走査光学系は、偏向器に入射する光束の光軸と、被走査媒体への結像光学系の光軸とがなす角度に一定の制約を課し、ゴースト像が常に静止して有効走査巾外に位置するようにしたものであり、ゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」(5欄4行〜10行)
b 上記aの本件明細書の各記載に照らせば、構成要件Dにおける「ゴースト像」とは、被走査媒体からの拡散反射光が再び第2結像光学系を透過して偏向器に入射し、その反射光の一部が再度第2結像光学系を透過して被走査媒体上の有効走査巾内の同一位置に結像して発生する静止ゴースト像を指すものと解釈することができる。
c そして、構成要件Dは、偏向器の偏向反射面をN個、光束の偏向面と平行でかつ第2結像光学系の光軸を含む面内における第2結像光学系の像側主点と被走査媒体面との距離をD、被走査媒体面上において第2結像光学系の光軸から有効走査巾の端部までの距離をWとするとき、光束の偏向面と平行な面内において前記偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)―(W/D)よりも小さく選定することによって、被走査媒体からの再反射光が偏向器において有効走査巾外の方向に向けて反射されるように、偏向器に入射する光の角度を規定することを示している。すなわち、構成要件Dは、α<(4π/N)―(W/D)の条件式を満たすことによって、ゴースト像を有効走査巾内に発生させないというものである。
 このような構成は、被走査媒体からの再反射光に起因する静止ゴースト像が、入射光と再反射光とのなす角度が4π/Nになる一定の位置に発生することから、角度αを上記のとおり規定することによって、静止ゴースト像を有効走査巾内に発生しないようにするものである。したがって、上記条件式を満たす場合には、静止ゴースト像が有効走査巾内に発生することはあり得ない。
 本件特許発明の本質的特徴は、上記のような構成要件Dにあることが明らかである。
イ 一審被告主張の各代替技術についての検討
(ア) 技術A(再反射光が有害像とならない感光体の使用)
 一審被告は、技術A(再反射光が有害像とならない感光体の使用)、すなわち、感光体の材料を変えて感光体の散乱反射を減じ、有害像たる静止ゴースト像を発生させないようにした場合、少なくとも本件特許発明の構成要件Dを充足せず、その代替技術に該当すると主張する。
 しかし、上記アのとおり、本件特許発明の構成要件Dは、静止ゴースト像を除去するために、所定の条件式を満たすことを規定するだけで、感光体の感度等については何ら規定していない。この点について、一審被告は、本件明細書(甲2)には、「…この光束Lbはゴースト像となり、被走査媒体6上に感光体を設置すれば有害像が形成されることになる。」との記載(3欄16行〜18行)、「…本発明に係るゴースト像を除去する走査光学系は、…ゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」(5欄4行〜10行)との記載があると主張するが、本件明細書の発明の詳細な説明中にこれらの記載があるからといって、本件特許発明が感光体の感度等を構成要件とするものといえないことは明らかである。
 乙119(特開昭54−78135号公報)及び乙120(特開昭54−86341号公報)によれば、昭和54年には、感光体ドラムにアモルファスシリコン系感光体を採用する技術が公開されていたことが認められ、また、証拠(乙142及び乙192[P鑑定書]の鑑定事項1−2)によれば、アモルファスシリコンを感光体として用いた場合、相当程度、ゴースト像が除去されることが認められる。さらに、証拠(乙274、275の1〜34、290)によれば、レックスマーク社のLBPである「C750」は、OPC系感光体が採用されているにもかかわらず、本来感光体のほぼ中央に発生する静止ゴースト像が見えないことが認められる。しかし、感光体の散乱反射の減少によって静止ゴースト像の発生を防止しようとすれば、感光体の反射率、感光体の材料の選定、感光体の構成、レーザー光を吸収させるための含有物の選定、耐久性等の様々な要因を考慮する必要があるものと認められる(甲99[2005年5月25日付けG鑑定書]の鑑定事項2−1)。これに対し、本件特許発明が実施されていれば有効走査巾内における静止ゴースト像の形成が絶対的に除去される。
 したがって、技術Aを実施した製品は、構成要件Dの条件式を満たす限り、本件特許発明の技術的範囲に属するものであって、代替技術ということはできない。もっとも、技術Aは、本件特許発明とは別個に用いることができるものであるから、競合技術ということができるが、本件特許発明の有用性を完全に喪失させるものではないというべきである。
 なお、一審被告は、技術Aを実施した製品としては、三星電子、ブラザー工業株式会社、QMS社の製品等に加え(甲11)、上記のレックスマーク社の1製品があるから、本件特許発明の有用性はごくわずかであると主張する。一審原告の平成15年6月26日付け通知書(甲10の1)に対する一審被告の同年7月11日付け回答書(甲11)には、三星電子の「CF5800」、「QL7000」、「QL6050」、ブラザー工業株式会社の「HL-10DV」、「HL630」、QMS社の「QMS ColorScript Laser 1000」について、「有効走査巾の領域内にゴースト像を発生させる走査光学系でありながら、他の手段でこのゴースト像の影響を除去する技術」を使用している旨の記載がある。しかし、乙191が提出されている三星電子を除いては、同回答書の記載を裏付ける証拠は提出されておらず(後記7(2)イ(イ)のとおり、一審被告は、これらについて調査した結果を記載した文書を保有しているとは認められない。)、これらの機種が技術Aを使用しているかどうかは明らかでないというほかない。また、仮に、これらの機種において技術Aが使用されているとしても、多くの機種が発売されているLBP、MFP等(甲174、175)のごく一部の機種において使用されていることが認められるにすぎないのであって、これらに加えて、上記の三星電子の3製品、レックスマーク社の1製品があるからといって、本件特許発明の有用性はごくわずかであるということができないことは明らかである。
(イ) 技術B(被走査媒体上に静止ゴースト像が形成されない光学設計) 一審被告は、技術B(被走査媒体上に静止ゴースト像が形成されない光学設計)、すなわち、ポリゴンミラーの面数を4面以下とした場合や、走査レンズの配置、長さ等を、再反射光の光路を静止ゴースト像がそもそも発生しないように設定した場合、少なくとも本件特許発明の構成要件Dを充足せず、その代替技術に該当すると主張するので、以下判断する。
a 静止ゴースト像は再反射光に起因して発生するものであるから、その光路を調整することによって静止ゴースト像の発生を防止することは、静止ゴースト像を発生させない技術の一つであるということができる。
b しかし、反射光が第2結像光学系をすべて通過することを阻止して感光体上にゴースト像が形成されないようにするためには、本件特許発明の構成要件Dの条件式を満たしていなければならない上、本件特許発明の構成要件Dは、上記条件式により入射光の角度αを所定の値より小さいものと規定するのみであるから、入射光の角度αがこの条件式を満たしていれば、技術B(ポリゴンミラーの面数が4面以下のものを除く。)についても、本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。構成要件Dの条件式を充足する場合でも、偏向器に入射する角度αと上記条件式の値との関係によっては、偏向器からの再反射光が第2結像光学系のレンズをそもそも通過しない場合も生じ得ることは、本件明細書(甲2)に開示されたところから容易に理解し得るところであり、このことからしても、技術B(ポリゴンミラーの面数が4面以下のものを除く。)は、本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。したがって、このような技術Bは、本件特許発明の代替技術に該当しない。
 この点について、一審被告は、出願人たる一審被告が「本願発明は被走査媒体上からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束が発生する光学系を前提条件にした発明であ」ると主張したのに対し(乙26[特許異議答弁書]3頁)、特許庁は本件明細書の記載に照らしてこの主張を相当と認めたと主張する。しかし、この主張は、次のcで認定するとおり、本件特許発明は、ポリゴンミラーの面数が4面以下の場合を対象としていないことを主張する中で述べられたものであって、再反射光が被走査媒体上に再び達しないものはすべて本件特許発明から除外される旨を述べたものとは解されない。
 また、一審被告は、本件明細書(甲2)には、遮光の構成が示唆されているし、本件特許の分割特許である特公平6−52339(甲116)は、本件特許に上記の遮光の構成を加えたのみの特許であるところ、遮光という手段が必要となるのは、再反射光が走査レンズのすべてを透過して静止ゴースト像が形成され有害像となりうるからである、と主張する。しかし、本件特許発明については、遮光の構成は1実施例にすぎないものであり、それから、再反射光がレンズのすべてを透過し静止ゴースト像が形成される走査光学系だけが本件特許の対象であると解することはできない。
 さらに、一審被告は、本件特許の出願時の明細書(乙36)の特許請求の範囲の第1項には、本件特許発明が、入射角を「ゴースト像を被走査媒体の走査線方向上で、かつ有効走査領域外に形成するように選定したことを特徴とするゴースト像を除去する走査光学系」であることが明記されていると主張するが、登録された本件特許の特許請求の範囲には、そのような文言はないから、本件特許発明は、ゴースト像を被走査媒体の走査線方向上で、かつ有効走査領域外に「形成」させるものに限られると解することはできない。
c 一方、ポリゴンミラーの面数が4面以下の場合は、どのような角度で光束を入射させても、すなわち、αをどのように設定しても、静止ゴースト像は形成されないのであり、構成要件Dの条件式は全く意味をなさないものである上、以下のような出願経過が存することをも考慮すると、ポリゴンミラーの面数が4面以下の場合は、構成要件Dを充足しないということができ、この技術は、本件特許発明の代替技術に該当するというべきである。
(a) 本件特許の出願人である一審被告は、ミノルタカメラ株式会社が申し立てた特許異議事件における平成4年3月16日付け特許異議答弁書(乙26)において、「確かに、異議申立人が主張しているように、N=4の偏向器の場合には、何ら角度が規定されない。しかし、4面の偏向器の場合には、被走査媒体からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束は発生しない。同様に、3面の偏向器の場合、2面の偏向器の場合にもゴースト光束は発生しない。本願発明は被走査媒体上からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束が発生する光学系を前提条件にした発明であり、上述したような4面以下の偏向器を用いたゴースト光束が発生しない光学系を対象としていない。従って、本願発明の請求の範囲には、記載不備はないものと考える。」(3頁8行〜4頁4行)と述べている。また、一審被告は、Oが申し立てた特許異議事件においても、内容的に同一の答弁をしている(平成4年3月16日付け特許異議答弁書[乙28]の10頁8行〜下1行)。
(b) また、平成5年2月25日付けの特許異議決定(乙29)は、「この出願の発明の目的は、本件公報3欄6〜40行の記載から明らかなように、形成されたゴースト像を除去することにあるからゴースト像が形成されない4面以下の偏向器を使用することはこの出願の発明の対象外である。」(2頁11行〜14行)と判断し、これを前提として、本件特許の特許請求の範囲には記載不備はないと結論付けている(同頁16行〜18行)。
d 一審被告は、4面以下の偏向器の場合が技術的範囲から除外されるのであれば、4面以下の場合と同様に、第2結像光学系に再反射光がすべて入射しない場合も技術的範囲から除外しないと矛盾する旨主張する。しかし、本件特許発明は、構成要件Dの上記条件式にその発明の本質があるのであるから、上記条件式が成立し得なくなる4面以下の偏向器の場合をその技術的範囲の対象外とし、上記条件式が働き得る5面以上の偏向器の場合を、上記条件式を満たす限り、本件特許発明の技術的範囲内とすることは、合理的な解釈というべきであり、上記の一審被告の主張は理由がない。
e 証拠(甲157、乙154、281)によれば、ポリゴンミラーの面数を4面以下とした場合には、プリントスピードが遅くなるが、偏向器を回転させる駆動モーターの回転数を上げたり、マルチビーム走査(おのおの独立に作動する複数の光源からのレーザービームをポリゴンミラーの同一の反射面で偏向して、複数の走査線を同時に描いていく技術)を用いると、プリントスピードが向上すること、ポリゴンミラーの面数を4面以下とした場合には、装置を小型化することができること、平成14年以後に発売された一審被告のLBP製品では、ポリゴンミラーの面数が4面以下でありながら、プリントスピードが1分間に10枚以上の製品があり、20枚以上、30枚以上の製品もあることが認められる。
 しかし、平成14年より前に発売された一審被告のLBP製品で、ポリゴンミラーの面数が4面以下でありながら、プリントスピードが1分間に10枚以上の製品があったとは認められず、本件日本特許の存続期間(平成13年10月20日まで)においては、技術B(4面以下)は、代替技術として限界のある技術であったということができる。これに対し、平成14年以後においては、技術B(4面以下)は、有用性の高い代替技術であったと認められる。
(ウ) 技術C(非平行光束の構成)
 一審被告は、技術C(非平行光束の構成)、すなわち、光束の偏向面内において、第2結像光学系に平行光束が入射せず、発散光束又は収斂光束が入射するように構成した場合、この技術は少なくとも構成要件Cを充足しないと主張するので、以下判断する。
a 乙122(Xほか「Optical lens system for laser beam printer」SPIE Vol.193[1979])、乙123(特開平1−211718号公報)及び乙124(特開平5−346549号公報)によれば、遅くとも平成5年には第2結像光学系に平行光束を入射させずに、発散光束又は収斂光束が入射するように構成する技術が公開されていたことが認められる。
b 本件特許発明の構成要件C「前記第2結像光学系には平行光束が入射し」は、特許請求の範囲の文言どおり、「平行な」光束と解するのが相当であって、これを別異に解する理由はない。
c 一審原告は、平行光束である場合は、条件式の「α<(4π/N)−(W/D)」の「D」には、第2結像光学系の焦点距離を意味する「f」しか入り得ないのであって、本件特許発明において条件式を定立する場合に「f」ではなく「D」を採用したことは、平行光束以外の光束が技術的範囲に含まれ得ることを示唆するものと主張する。しかし、「f」であろうと、「D」であろうと正しく機能する条件式において「D」を採用したからといって、構成要件Cの文言に反してまで、平行光束以外の光束が技術的範囲に含まれ得ると解釈することはできず、一審原告の主張は採用できない。また、一審原告は、もともと一審原告が作成して一審被告に提出した特許提案書の特許請求の範囲には、「平行」という記載は無かったとも主張するが、登録された本件特許の特許請求の範囲には、「平行」と明記されているから、特許提案書の記載を理由に、本件特許発明の構成要件Cを別異に解することはできないのであり、そのことが信義に反するということもできない。
d 証拠(甲99、乙134〜138)によれば、被告製品のうち、原判決「別表2」の番号27、28、34〜42、45、51、54の各機種においては、収斂光の収斂角が、それぞれ、約0.24度ないし約0.61度であることが認められる。一審原告は、このような角度は、太陽光が約0.53度の角度を有する収斂光束であること(甲99)に照らし、平行ということもできる旨主張する。しかし、太陽光が常に平行光束とみなされているわけではなく、被告製品のレンズの分解能と比較しても被告製品の収斂光束は十分に大きな角度を有しており、平行とは言い難いこと(乙192[P鑑定書]の鑑定事項3)、平行光束ではなく、収斂光を用いることによって、第2結像光学系から被走査媒体面までの距離を短縮するという目的を十分に果たしていること(乙199[H鑑定書]の鑑定事項3)からすれば、このような収斂光を収斂角の角度がわずかであるからといって平行光束とみなすことはできない。このことは、コリメータレンズ(乙134〜138)が一般に平行光束を形成すると考えられていることを考慮しても同様である。
e さらに、後記(2)ウのとおり、入射光が平行光束でない場合、本願特許発明の条件式を満たすか否かによって必然的に静止ゴースト像が除去されることにはならない上、静止ゴースト像の発生の有無を考察すると、入射光を収斂光束又は発散光束にした場合、静止ゴースト像を形成する複数の光線が被走査媒体上の一定の範囲内を揺動するが、ゴースト光速の単位面積当たりの光量は非常に弱いものとなるため、有効走査巾内にゴースト光束が照射されたとしても、有害像が形成されない場合がある(乙199[H鑑定書]の鑑定事項3)。これらのことからしても、入射光を収斂光束又は発散光束にした場合、これを平行光束とみなすことはできないというべきである。
f したがって、技術Cを実施した製品は、本件特許発明の構成要件Cの「前記第2結像光学系には平行光束が入射し」を充足しないこととなり、本件特許発明の技術的範囲に属さない。
 また、上記のとおり、静止ゴースト像の防止の効果が働くことからすると、技術Cは、代替技術に該当する。
(エ) 技術D(非倒れ補正光学系の構成)
 一審被告は、技術D(非倒れ補正光学系の構成)、すなわち、ポリゴンミラーの製作・駆動技術の向上によって、共役型倒れ補正光学系を採用せずにポリゴンミラーの面倒れを防止した上で、従前の静止ゴースト像除去技術(偏向面に対して垂直方向に移動させる技術)を用いることが可能であり、この場合、構成要件Cを充足しないと主張するので、以下判断する。
a 乙12の1(特開昭51−87062号公報)によれば、昭和51年には、静止ゴースト像を偏向面に対して垂直方向に移動させる技術が公開されていたことが認められる。この技術は共役型倒れ補正光学系では有効に作用しない技術であるものの、静止ゴースト像の除去をなし得る技術であることは明らかである。
b 倒れ補正光学系を採用しなかった場合、構成要件Cを充足しないことは明らかであるから、技術Dを実施した製品が本件特許発明の技術的範囲に属しないことは明らかであり、その代替技術に該当する。
c 技術Dは、後記(3)ア(ウ)のとおり、一審被告において、昭和54年4月ころから使用されており、原判決「別表2」の番号1〜5、15の機種において実施されている。
 また、一審原告の平成15年6月26日付け通知書(甲10の1)に対する一審被告の同年7月11日付け回答書(甲11)には、富士ゼロックス株式会社の「LaserWind 1040W」、MannessmanTally社の「T9104W」、日本電気株式会社の「PC-PR1004E/4」、セイコーエプソン株式会社の「LP1500」及び「LP1000」において、技術Dが使用されている旨の記載がある。しかし、それを具体的に裏付ける証拠は提出されておらず(後記7(2)イ(イ)のとおり、一審被告は、これらについて調査した結果を記載した文書を保有しているとは認められない。)、これらの機種において技術Dが使用されているかどうかは明らかでないといわざるを得ない。また、仮に、これらの機種において技術Dが使用されているとしても、ごく一部の機種において使用されていることが認められるにすぎない。
d 非倒れ補正光学系を採用しつつ、ピッチむらを最小限に抑え、共役型倒れ補正光学系を採用したのと同等の性能を得ようとすれば、ポリゴンミラーの回転軸が傾くのを避けるために回転軸の精度を高くし、かつ、ポリゴンミラーのすべての反射面の角度を一定の範囲内におさえるために、ポリゴンミラーの加工精度を高くしなければならないのであって、高額の費用が必要となる(甲99[2005年5月25日付けG鑑定書]の鑑定事項2−4)。技術Dは倒れ補正光学系が導入される以前、すなわち、本件特許発明がなされる以前の技術というべきであり、代替技術としての価値は低いものといわざるを得ない。
(オ) 技術E(ガルバノミラーの使用)
 一審被告は、技術E(ガルバノミラーの使用)、すなわち、偏向器として、回転多面鏡を用いずに、ガルバノミラー(軸を中心に左右に振れる1面のミラーで、走査は往復運動になる。)を用いた場合、構成要件Aを充足しないと主張する。
 そして、乙125(M.J.Buzawa,R.E.Hopkins「OPTICAL FOR LASERSCANNING」SPIE Vol.53[1974])及び126(特開昭53−140号公報)によれば、遅くとも昭和53年には、ガルバノミラーを用いた走査光学系が公開されていたことが認められるところ、偏向器(ポリゴンミラー)の代わりにガルバノミラーを採用した場合、構成要件Aを充足しないことは明らかであるから、技術Eを実施した製品は、本件特許発明の技術的範囲に属せず、その代替技術に該当する。
 ただし、技術Eは、ガルバノミラーを採用することによって印字スピードが極端に遅くなるなどの欠点が発生し(甲99[2005年5月25日付けG鑑定書]の鑑定事項2−5及び甲101)、一審被告においてもほとんど採用されなかった技術であることから(甲101)、代替技術としての価値は低いものといわざるを得ない。
(カ) 技術F(ダブルパス方式の構成)
 一審被告は、技術F(ダブルパス方式の構成)、すなわち、第1結像光学系と第2結像光学系を備えない、いわゆる「ダブルパス方式」(ポリゴンミラーへ向かう入射光とポリゴンミラーから感光体へ向かう反射光が同一レンズを透過する方式)を採用した場合、構成要件Aを充足しないと主張するので、以下判断する。
a 乙127(特開昭52−48331号公報)によれば、昭和52年には、入射する光ビームを光学素子によって回転多面鏡の反射面上にその回転軸と垂直な線像を形成せしめ、反射鏡面からの反射光ビームを再び前記光学素子を通してから結像光学系によって走査面上に光点を結像せしめるようにそれぞれを配置したことを特徴とする光ビーム装置が公開されていたことが認められる。
b 本件特許発明の要件である角度αは、偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度である(構成要件D)ところ、本件特許発明は、第1結像光学系と第2結像光学系とを備え、第1結像光学系は、光源からの光束を線状に結像するものである(構成要件A)。そして、本件明細書(甲2)の記載をも参照すると、偏向器に入射する光束は、上記第1結像光学系によって線状に結像されたものであると認められるから、角度αは、第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度であるということができる。しかるところ、技術Fは、第1結像光学系と第2結像光学系を備えないものであるから、本件特許発明の技術的範囲に属するものではなく、代替技術であるということができる。
 なお、富士写真フィルムが提起した本件審決取消訴訟において、公知文献である上記乙127が本件特許発明の技術的範囲内であるか否かが争われたところ、東京高等裁判所は、「…本件発明の要件である角度αは、第1結像光学系と第2結像光学系とからなる走査光学系における『光束の偏向面と平行な面内に於いて、偏向器に入射する光束に対し第2結像光学系の光軸がなす角度』、すなわち、光束の偏向面と平行な面内における第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度である。しかるに、前記認定事実によれば、引用例3(判決注・本訴の乙127)記載の走査装置は円柱レンズ(あるいは、アナモルフィック・レンズ)と結像レンズとからなる1組の結像光学系を使用するものであって、同走査装置には『光束の偏向面と平行な面内における第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度』は存在しないから、本件発明と引用例3記載の発明が同一であると解する余地は全くない。」と判断している(乙42の12)。
c(a) 技術Fは、後記(3)ア(ウ)のとおり、一審被告において、原判決「別表2」の番号47の機種(平成12年7月発売)において実施されている。
(b) 乙269によれば、一審被告において、平成14年以降に発売された、同号証記載の番号75及び79の機種において、技術Fが使用されているものと認められる。
(c) 証拠(乙277の2・9・10、278)及び弁論の全趣旨によれば、富士ゼロックス株式会社の「FX6790LPS」(昭和62年発売)、「Color Laser Wind 3310」(平成10年2月発売)、「DocuPrint C2220/C2221」(平成12年12月発売)において、技術Fが使用されているものと認められる。また、一審被告は、富士ゼロックス株式会社のネットワークレーザープリンター「XeroxDocuPrint 4517」(乙277の7)、「Network Ableシリーズ」(乙277の8)において技術Fが使用されている可能性があると主張するが、それらの機種で技術Fが使用されていることを認めるに足りる証拠はない。
(d) 証拠(乙282、283の1、285、286の3、288)によれば、ゼロックス社の「Phaser 790」及び「DocuColor 2006」(平成12年10月サービスマニュアル発行)、ミノルタ株式会社の「3260/4032 Print System」(平成13年2月サービスマニュアル発行)、セイコーエプソン株式会社の「EPL-N4000/EPL-N4000+」(平成10年11月サービスマニュアル発行)、レックスマーク社の「W820」(平成13年5月サービスマニュアル発行)において、技術Fが使用されているものと認められる。
(e) 以上のとおり、技術Fは、一審被告のみならず、他社においても実施されているものと認められるが、プリンタ市場全体からすれば、大きなものということはできないのであって、このことは、技術Fに一審被告が主張するような利点があるとしても、変わるものではない。
(キ) 技術G(再反射光の遮光)
 一審被告は、技術G(再反射光の遮光)、すなわち、被走査媒体面と偏向器の隣接面との間に遮光部材を配置し、被走査媒体面からの散乱反射光が隣接面に入射しないようにするようにした場合、構成要件Dを充足しないと主張する。
 そして、甲74の1(実開平5−2117号公報)によれば、平成5年には上記技術が公開されていたことが認められる。
 しかし、本件特許発明の構成要件Dは、上記条件式により入射光の角度αを所定の値より小さいものと規定するのみであるから、入射光の角度αがこの条件式を満たしていれば、遮光部材を配置したとしても、本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。本件明細書(甲2)には、遮光板を配置することについての記載がある(4欄下5行〜下3行)から、このことからしても、遮光部材を配置したとしても、本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。
 また、証拠(乙192[P鑑定書]の鑑定事項7、乙199[H鑑定書]の鑑定事項7)によれば、技術Gは、静止ゴースト像が完全に除去されるものではなく、ゴースト像の光量をわずかなものとすることで有害像の形成が防止されることもあるという程度のものであることが認められる。したがって、本件特許発明の条件式を満たさない構成とした場合、技術Gによって静止ゴースト像が完全に除去されるものではないと考えられる。また、遮光板の位置や切欠き部の位置が少しでもずれると、感光体へ入射すべき光が遮られたり、感光体において反射した強度の強い正反射光を含んだ光が偏向器に戻り、それがゴースト像として形成されたりという問題点が存在すること、このような問題点を解決するために遮光板を頑丈に固定することは偏向器からの風圧を考えれば容易でないことといった技術上の問題点を有していることが認められる(甲99[2005年5月25日付けG鑑定書]の鑑定事項2−7)。
 以上のようなことからすると、技術Gは、代替技術とは言い難いものであり、一審被告において実施されているとも認められない。
(ク) 技術H(隣接面の不使用)
 一審被告は、技術H(隣接面の不使用)、すなわち、回転多面鏡(ポリゴンミラー)の複数の反射面を一つおきに黒塗装あるいは面荒しによって非反射面とし、被走査媒体面からの散乱反射光が隣接面で反射されないように構成した場合、構成要件Dを充足しないと主張する。
 そして、甲75の1(特開平7−43628号公報)によれば、平成7年には上記技術が公開されたことが認められる。
 しかし、技術Hは、静止ゴースト像を原理的にゼロにできるものと考えられるものの、ポリゴンミラーの複数の反射面を一つおきに黒塗装等により非反射面とするものであるから、回転数を増やさなければ印刷スピードが半分になるという欠点があり、その欠点を回避するには、回転数を高速にし、併せて感光体の感度を向上させなければならないものである(甲99[2005年5月25日付けG鑑定書]の鑑定事項2−8)。したがって、技術Hを実施した製品を製作販売することは現実的でなく、一審被告においても実施されていないから、代替技術とは言い難いものである。
(ケ) 技術I(偏光フィルタ及び1/4波長板の使用)
 一審被告は、技術I(偏光フィルタ及び1/4波長板の使用)、すなわち、偏向器から被走査媒体面に向かう光路に、偏光フィルタ及び1/4波長板を配置し、1/4波長板を2回通過した被走査媒体面からの散乱反射光が、走査光束の偏光方向とは90度偏光されることによって偏光フィルタで遮光され、偏向器の隣接面に入射しないように構成した場合、構成要件Dを充足しないと主張する。
 そして、甲76の1(特開平7−113970号公報)によれば、平成7年には上記技術が公開されたことが認められる。
 しかし、技術Iは、偏光フィルタ及び1/4波長板を使用するものにすぎす、構成要件Dの条件式を満たす限り、本件特許発明の技術的範囲に属するというべきである。また、技術Iは、静止ゴースト像の除去に一定の効果を有すると考えられるものの、理論上、全く静止ゴースト像がなくなるものでもなく(甲99[2005年5月25日付けG鑑定書]の鑑定事項2−9)、他に設置すべき機材もあることから、代替技術として用いられるに足りる技術ではないというべきであり、一審被告においても実施されているとも認められない。
(コ) 技術J(斜め入射)
 一審被告は、技術J、すなわち、偏向器へ入射する光束を、光束の偏向面内から入射させず、偏向面から外して斜め方向から入射させる場合は、構成要件Dを充足しないと主張するので、以下判断する。
a 技術Jは、本件特許発明の構成要件Dの「光束の偏向面と平行な面内に於いて前記偏向器に入射する光束」が存在せず、したがって、「偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度α」も存在しないから、本件特許発明の技術的範囲に属さず、代替技術となると認められる。
 この点について、一審原告は、技術Jは、本件特許発明の本質的特徴部分を使用していると主張するが、上記アのとおり、本件特許発明の本質的特徴は、構成要件Dにおいて、条件式「α<(4π/N)―(W/D)」を満たすようにすることによってゴースト像が発生しないようにしたことにある。上記の「偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度α」は、この条件式の一部をなすものであって、本件特許発明の本質的特徴部分であるということができるから、一審原告の主張を採用することはできない。
b(a) 被告製品においては、後記(3)ア(ウ)のとおり、原判決「別表2」の番号47の機種(平成12年7月発売)において、技術Jが用いられている。
(b) 一審被告は、富士ゼロックス株式会社のインテリジェント複写機「XIPS-40」(乙277の1)、ネットワークレーザープリンター「Xerox DocuPrint 4517」(乙277の7)、「Network Ableシリーズ」(乙277の8)において、技術Jが使用されていると主張する。しかし、乙277の1(富士ゼロックステクニカルレポートNo.1 1986)における上記「XIPS-40」のレーザプリンタ部分の構成を示した図(図9)は、簡単な模式図であって、同図から同機が技術Jを使用しているかどうかは明らかでない。また、乙277の7(富士ゼロックステクニカルレポートNo.10 1995)及び乙277の8(富士ゼロックステクニカルレポートNo.12 1998)には、上記「Xerox DocuPrint4517」、「Network Ableシリーズ」につき、Over Filled(オーバーフィルド)技術が用いられている旨の記載があるが、Over Filled(オーバーフィルド)技術が用いられているからといって、そのことから直ちに技術Jが使用されているとは認められない。なお、乙291(一審被告知的財産法務本部知的財産技術センター担当部長Qの「オーバーフィルド技術と斜め入射光学系」と題する書面)も、Over Filled(オーバーフィルド)技術が用いられている場合に技術Jを使用することの有用性について述べるのみで、Over Filled(オーバーフィルド)技術が用いられているからといって必ず技術Jが使用されているとまでは認められない。したがって、富士ゼロックス株式会社の上記3機種で技術Jが使用されていると認めることはできない。
 また、乙277の9(富士ゼロックステクニカルレポートNo.12 1998)の159頁には、「シングルパス斜め入射方式で15面ポリゴンミラーのA4 Over Filled系に対して、12面ポリゴンミラーを採用し、F/Noの均一化(スポットサイズと光量の一様性に関与する)が図れるダブルパス正面入射方式を選定し」との記載がある。そして、その記載の下に掲載されている図7では、入射光を反射するミラーが偏向光を反射するミラーの上方に描かれていることからすれば、富士ゼロックス株式会社「ColorLaser Wind 3310」(平成10年2月発売)において技術Jが使用されたものと認められる。
(c) 乙282(一審被告知的財産法務本部知的財産技術センター担当部長Qの「サービスマニュアル等調査結果」と題する書面)には、@ゼロックス社の「Phaser 790」及び「DocuColor 2006」(乙283の1)並びに「Phaser 780」(乙283の2)、Aシャープ株式会社の「AR-120E」及び「AR-150E」( 乙2 8 4 の1 ) 、「AR-151」、 「AR-156」及び「AR-F152」( 乙2 8 4 の2 ) 、「AR-150」、「AR-155」及び「AR-F151」(乙284の3)並びに「AL-1000」及び「AL-1010」(乙284の4)、Bミノルタ株式会社の「3260/4032 Print System」(乙285)、Cセイコーエプソン株式会社の「EPL-C8200」(乙286の1)、「EPL-N2050」(乙286の2)及び「EPL-N4000/EPL-N4000+」(乙286の3)、D三田工業株式会社の「DP-560」(乙287の1)、「DP-570」(乙287の2)及び「DP-580」(乙287の3)、Eレックスマーク社の「W820」(乙288)において、技術Jが使用されているとの記載がある。
 これらのうち、上記@のゼロックス社の各機種、上記Aのシャープ株式会社の各機種、上記Cのセイコーエプソン株式会社の「EPL-C8200」及び「EPL-N2050」並びに上記Dの三田工業株式会社の各機種については、上記の各証拠(乙283の1・2、284の1〜4、286の1・2、287の1〜3)から、技術Jが使用されているものと認められる。これに対し、上記Bのミノルタ株式会社の「3206/4032 Print System」、上記Cのセイコーエプソン株式会社の「EPL-N4000/EPL-N4000+」及び上記Eのレックスマーク社の「W820」については、上記各証拠(乙285、286の3、288)中の図面に、入射光の方向を変えるAngled mirrorが出射光についても兼用されていることが描かれていることからすると、技術Jが使用されているとは認められない。
(d) 以上のとおり、技術Jは、一審被告のみならず、他社においても実施されているものと認められるが、プリンタ市場全体からすれば、大きなものということはできない。
(サ) LED方式、液晶シャッタ方式、CRT方式及びインクジェット方式 LED方式(乙129、130)、液晶シャッタ方式(乙131、132)、CRT方式(乙133)、及びインクジェット方式は、本件特許発明が前提とするLBP方式とは異なった構成を有する別の種類の製品というべきであるから、上記各方式は、LBP方式において本件特許発明の実施をせずに、静止ゴースト像を除去できるかという観点からすれば、その代替技術には該当しない。また、LED方式や液晶シャッタ方式の国内シェアの合計は、LBP方式の3%程度にとどまる(乙91)。
ウ 小括
 以上に認定したとおり、本件特許発明の技術的範囲に属さず、かつ、その代替技術に該当するものは、@技術Bのうち、ポリゴンミラーが4面以下の場合、A技術C(非平行光束の構成)、B技術D(非倒れ補正光学系の構成)、C技術E(ガルバノミラーの使用)、D技術F(ダブルパス方式)、E技術J(斜め入射)である。また、技術Aは、本件特許発明の競合技術ということができる。ただし、それらの技術としての価値は、既に認定したとおりであり、本件日本特許の存続期間内において、本件特許発明を明らかに上回る技術であったとまでは認められない。
エ その余の一審被告の主張に対する判断
 当裁判所の本件特許発明の技術的範囲の解釈は以上のとおりである。これに反する一審被告のその余の主張は、次の理由により採用し得ない。
(ア) 先行自白の成否につき
 一審被告は、一審原告が、本件特許発明の一審被告主張にかかる技術的範囲を認める陳述を行ったとして、これを援用して先行自白の成立を主張する。しかし、特許発明の技術的範囲に関する技術事項の細部にわたる主張とその認否は、間接事実に関する認否であって、主要事実の自白となり得るものではないことは明らかであるから、これについて裁判所も当事者も拘束されることはない。よって、一審被告の上記主張は失当である。
(イ) 各鑑定書につき
a Rら鑑定書(乙107)
 Rら鑑定書は、静止ゴースト像の発生メカニズムを分析的に検討して、反射面2bで再度反射した光束が、単レンズ4、5を透過し、光束Lbとなって被走査媒体6上の点Pgの近傍(有効走査巾内)に集中する場合に、結像光学系の光軸から端部までの長さ、及び、偏向器に入射する光束の光軸と、被走査媒体への結像光学系の光軸とがなす角度を規定することによってこれを除去することに、本件特許発明の技術的範囲を限定するものである(同鑑定書13、14頁)。
 しかし、既に述べたところからすれば、このような限定解釈を採用することはできない。
b P鑑定書(乙192)
 P鑑定書(鑑定事項1−1、2−1)は、ゴーストによる悪影響を防止するために通常行われる手法として、反射率の低減と不必要な光路を遮ることが行われ、その中には次の四つの方法、すなわち、@レンズ表面での反射の低減、A像面での反射の低減、Bレンズ面形状変更によるゴースト像の結像位置の変更、Cゴーストの発生を防止し又は低減できるように、レンズ口径を必要最小限としたり、多くの絞り(遮光部材)を光学系中に設ける方法があること、上記四つの方法のうち、静止ゴースト像が有効走査巾内に形成されても有害像とならない走査光学系はAの方法に、静止ゴースト像を形成する再反射光束が第2結像光学系を通過しないものがBの方法のうち必要最小限のレンズ口径とするものに相当すること、一方、本件特許発明はこの四つの方法とは技術的に別の視点からの手法の一つと考えられることを述べる。
 しかし、本件特許発明の本質的特徴は、上記アのとおり、構成要件Dの条件式を満たす設計をすることによって必然的に静止ゴースト像の発生を防止するという点にある。すなわち、本件特許発明は、入射光束の光路を、有効走査巾内に静止ゴースト像が発生することのないように規定するという発明なのであって、上記四つの除去方法と重畳的に作用することも可能な技術というべきである。したがって、他の除去方法が働いているからといって、これと重畳的に作用し得る本件特許発明の技術を排除する理由はない(甲108[2005年11月9日付けG鑑定書]の鑑定事項1−1、2−1)。したがって、限定解釈を主張するP鑑定書は、採用することができない。
c H鑑定書(乙199)
 H鑑定書(鑑定事項1−1・2、2−1)は、明細書の記載や出願経過における陳述等に照らし、再反射光束が第2結像光学系を通過せず、静止ゴースト像が形成されない走査光学系は、本件特許発明に含まれないと述べる。しかし、既に述べたとおり、このような限定解釈は採用できない。
(2) 本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲
 本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明についても、以下のとおり、日本国の本件特許発明と同様の技術的範囲であると解釈するのが相当である。
ア 本件各米国特許発明
(ア) 本件各米国特許発明の特許請求の範囲は、以下のとおりである。
a 本件米国特許発明1
 「【請求項1】面走査のための、および被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像が現れないようにするための走査光学系であって、複数の反射面を有する偏向器、表面に向かって光束を偏向するように配置された前記偏向器の前記反射面の一つの近傍に線状光束を結像する光束入射光学系、および、直交方向において異なる出力を有し、かつ、該偏向器の該一つの反射面と被走査面が、該偏向器により偏向された光束像により形成された偏向平面に対して垂直な平面内で光学的に相互に共役関係にある結像手段を含み、この場合において、Nを前記偏向器の反射面の数、Wを有効走査領域巾の半分、Dを被走査面に隣接する該結像手段の主点と被走査面との距離とするとき、前記結像手段の光軸が該光束入射光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)、かつ、|α|<π/2を満たす、走査光学系。
【請求項2】前記結像手段がf.θ特性を有する、請求項1の走査光学系。
【請求項3】レーザービーム記録装置であって、レーザー光源、複数の反射ミラーを有し、該レーザー光源から光束を偏向するポリゴンミラー、前記レーザー光源から光束を前記ポリゴンミラー反射面の一つの近傍に該ポリゴンミラーの回転軸方向に垂直な方向に伸びる線状結像として結像する第一の結像光学系、および前記ポリゴンミラーと感光性媒体間に配置され、かつ、感光性媒体上に該ポリゴンミラーにより偏向された光束を結像する第二の結像光学系であって、該第二のポリゴンミラーの該反射面の一つの近傍に形成された線状結像がビームスポットとして感光性媒体上に結像されるように直交方向において異なる出力を有する第二の結像光学系、を含み、この場合において、Nを前記ポリゴンミラーの反射面の数、Wを感光性媒体上の有効走査領域巾の半分、Dを感光性媒体に隣接する該第二の結像光学系の主点と感光性媒体との距離とするとき、前記第一の結像光学系の光軸が前記第二の結像光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)、かつ、|α|<π/2を満たす、レーザービーム記録装置。
【請求項4】前記第二の結像光学系がf.θ特性を有する、請求項3のレーザービーム記録装置。」
b 本件米国特許発明2
 「【請求項1】面走査のための、および被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像の結像が現れないようにするための走査光学系であって、該走査光学系は、複数の反射面を有する偏向器、表面に向かって光束を偏向させるように配置された前記偏向器の前記反射面の一つの近傍に線状光束を結像する光束入射光学系、および直交方向において異なる出力を有し、かつ、該偏向器の該一つの反射面と被走査面が、該偏向器により偏向された光束像により形成された偏向平面に対して垂直な平面内で光学的に相互に共役関係にある結像手段、を含み、この場合において、Nを前記偏向器の反射面の数、Wを有効走査領域巾の半分、Dを被走査面に隣接する該結像手段の主点と被走査面との距離とするとき、前記結像手段の光軸が該光束入射光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)を満たすことを特徴とする前記走査光学系。
【請求項2】前記結像手段がf.θ特性を有する請求項1の走査光学系。
【請求項3】更に、ゴースト像の光束を遮断する遮光手段から成る請求項1による走査光学系。
【請求項4】レーザービーム記録装置であって、レーザー光源、複数の反射ミラーを有し、該レーザー光源から光束を偏向するポリゴンミラー、該レーザー光源から光束をポリゴンミラー反射面の一つの近傍に、該ポリゴンミラーの回転軸方向に対して垂直な方向に伸びる線状結像として結像する第一の結像光学系、および前記ポリゴンミラーと感光性媒体間に配置され、かつ、感光性媒体上に該ポリゴンミラーにより偏向された光束を結像する第二の結像光学系であって、該ポリゴンミラーの該反射面の一つの近傍に形成された線状結像がビームスポットとして感光性媒体上に結像されるように直交方向において異なる出力を有する第二の結像光学系、を含み、この場合において、Nを前記ポリゴンミラーの反射面の数、Wを感光性媒体上の有効走査領域巾の半分、Dを感光媒体に隣接する該第二の結像光学系の主点と感光性媒体との距離とするとき、前記第一の結像光学系の光軸が前記第二の結像光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)を満たす、レーザービーム記録装置。
【請求項5】前記第二の結像光学系がf.θ特性を有する、請求項4のレーザービーム記録装置。
【請求項6】更に、ゴースト像の光束を遮断する遮光手段を含む、請求項4のレーザービーム記録装置。」
(イ) 本件米国特許発明1の明細書(甲4の1、乙213、279[訳文は、乙213、279の添付資料Aの和訳による])には、次の記載がある。
a 本発明の要約
「本発明の目的は、倒れ補正がなされた走査光学系における上述の問題点を解消すること、並びに偏向器の回転に関係なく走査線外の同一の位置にゴースト像が常に形成させられ、以ってゴースト像が除去される走査光学系を提供することである。」(2欄50行〜57行[訳文は、上記和訳4頁下12行〜下10行])
 「本結像光学系は、結像光学系の光軸が偏向器に入射する光束の光軸に対し光束の偏向面に平行な平面においてなす角度が、ゴースト像が被走査媒体の走査線の方向でかつ有効走査領域外に形成されるように選択される結像光学系である。」(2欄66行〜3欄5行[訳文は、上記和訳4頁下6行〜下4行])
b 好ましい実施例の説明
 「…光源装置1からの光束Lの角度は、下記関係を充足するように選ばれる:|α|<(4π/N)−(W/D)…この場合、ゴースト像Pgは、光軸Cから有効走査巾の端部までの距離Wの外側に形成され、被走査媒体6上の有効走査巾内に現れることはない。」(3欄45行〜60行[訳文は、上記和訳5頁15行〜20行])
 「このように、ゴースト像を除去する本発明の走査光学系は、偏向器に入射する光束の光軸と、被走査媒体への結像光学系の光軸とがなす角度に予め決められた制約を課し、ゴースト像が常に静止して有効走査巾外に位置するようにしたものである。かくして、本発明は、ゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」(4欄3行〜12行[訳文は、上記和訳5頁下7行〜下3行])
(ウ) 本件米国特許発明2の明細書(甲4の2)にも、上記(イ)と同じ記載がある。
(エ) 以上によれば、本件各米国特許発明の特許請求の範囲の記載は、本件特許発明の特許請求の範囲の記載とほぼ同じものである(ただし、平行光束」との限定がないことは、後記ウのとおり)上に、特許請求の範囲に「被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像が現れないようにするための走査光学系であって」と、発明の課題が有効走査領域内の面上にゴースト像が現れないようにすることであると明確に記載されている。また、上記(イ)の明細書の各記載も、上記特許請求の範囲の記載からすると、静止ゴースト像が有効走査巾の外側に現に形成される場合のみを指すのではなく、有効走査巾内に静止ゴースト像を発生させないとの趣旨に解するのが相当である。さらに、上記(イ)bの「本発明は、ゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」との記載から、技術A(再反射光が有害像とならない感光体の使用)が除かれているということはできず、他に技術Aが除かれているというべき理由はない。
 したがって、本件各米国特許発明の技術的範囲は、本件特許発明の技術的範囲と同様であって、技術A及び技術B(ポリゴンミラーの面数を4面以下のものを除く。)が含まれる。
 乙279(本件米国特許発明1に関するMorgan&Finnegan L.L.PのSとTの鑑定書)の記載のうち以上の認定に反する部分は採用することができない。
イ 本件ドイツ特許発明
(ア) 本件ドイツ特許発明の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。
 「【請求項1】複数の反射面(3a、3b)を有する偏向器(3)、該偏向器の偏向反射面近傍に光束(L)を射出し線状に結像させる光学系(1、2)、および、互いに垂直の方向において異なる屈折力を示し偏向器(3)により偏向された光束(L)を点(Ps)として走査線に沿って被走査媒体(6)の表面に結像する結像装置(20)を備えた、走査線上の有効走査巾(2S)が結像装置(20)の光軸(C)により半分にされる形の走査光学系であって、結像装置(20)の光軸(C)と光束(L)を射出する光学系(1、2)の光軸の間に挟まれる角度(α)が鋭角、それも、偏向器(3)の偏向反射面(3a、3b)の数をN、走査巾の半分をW、被走査媒体(6)に面した結像装置(20)の主点(H)と被走査媒体(6)自体の間の距離をDとするとき、|α|<(4π/N)−(W/D)なる関係式を満足させるほど小さい鋭角であり、点(Ps)から出発する反射により形成されるゴースト像が走査線上の有効走査巾の外側に位置することを特徴とする走査光学系。
 【請求項2】結像装置(20)が(f・θ)光学系であることを特徴とする、請求項1記載の走査光学系。」
(イ) 上記記載によれば、特許請求の範囲として、「…結像装置(20)の光軸(C)と光束(L)を射出する光学系(1、2)の光軸の間に挟まれる角度(α)が鋭角、それも、偏向器(3)の偏向反射面(3a、3b)の数をN、走査巾の半分をW、被走査媒体(6)に面した結像装置(20)の主点(H)と被走査媒体(6)自体の間の距離をDとするとき、|α|<(4π/N)−(W/D)なる関係式を満足させるほど小さい鋭角であり、点(Ps)から出発する反射により形成されるゴースト像が走査線上の有効走査巾の外側に位置することを特徴とする走査光学系」と記載されている。
 上記記載は、角度を規定する上で、静止ゴースト像が走査線上の有効走査巾の外側に位置する程度にまで小さく設定することを述べるものである。そして、本件ドイツ特許発明の課題解決原理からすれば、「有効走査巾の外側に位置する」とは、静止ゴースト像が有効走査巾の外側に現に形成される場合のみを指すのではなく、有効走査巾内に静止ゴースト像を発生させないとの意味に解するのが相当である。一審被告は、「位置する」(liegt)という語の辞書的な意味を主張するが、特許発明の技術的範囲は辞書的な意義のみで解釈できるものではないから、一審被告の主張を採用することはできない。
 本件ドイツ特許発明の特許請求の範囲の記載に「平行光束」との限定がないことについては、後記ウのとおりである。
 その余の本件ドイツ特許発明の特許請求の範囲の記載は、本件特許発明の特許請求の範囲の記載とほぼ同じである。
 したがって、本件ドイツ特許発明の技術的範囲は、本件特許発明の技術的範囲と同様であって、技術A及び技術B(ポリゴンミラーの面数を4面以下のものを除く。)が含まれると解するのが相当である。
 乙280(Tiedtke-B?hling-Kinne&Partner(GbR)のVの鑑定書)の記載のうち以上の認定に反する部分は採用することができない。
ウ 一審原告の主張に対する判断
 一審原告は、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明では、その特許請求の範囲(請求項)において、第2の結像光学系に平行光束が入射することが記載されておらず、したがって、技術C(非平行光束の構成)を実施した製品は、構成要件Dの条件式を満たす限り、少なくとも本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲に属するものであり、これらの発明との関係では代替技術に該当しないと主張する。
 しかし、入射光が収斂光束である場合、ゴースト像の合焦位置は感光体表面の後方の位置となり、ゴースト像は偏向器の回転に伴って感光体上を揺動するのであって、条件式を満たさなくてもゴースト像が有効領域の外となりる(乙143、214、216)。そして、入射光が発散光束である場合、ゴースト像の合焦位置は感光体表面の前方の位置となり、ゴースト像は偏向器の回転に伴って感光体上を揺動するのであって、条件式を満たしていてもゴースト像が有効領域の範囲内となり得る(乙143、214、216)。このように、入射光が平行光束でない場合、条件式を満たすか否かによって必然的に静止ゴースト像が除去されることにはならない。そして、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明が常に一定位置に現れる静止ゴースト像を除去することを目的・課題とすること、すなわち、再反射光が入射光となす角度が一定の値(4π/N)となることに着目した解決手段を提供するものであることからすれば、ゴースト像の位置が上記認定のように変化する場合(乙143によれば、このような位置変化は、再反射光が入射光となす角度が、発散光束の場合は4π/Nより小さくなり、一方、収斂光束の場合は大きくなることに起因する。)は、その特許発明の対象外というべきである。
 したがって、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明においても、技術Cを実施した製品は、その技術的範囲に属しないものであり、その代替技術に該当するものというべきである。このような解釈は、本件米国特許発明1に関するMorgan&Finnegan L.L.PのSとUの鑑定書(乙213)、本件ドイツ特許発明に関するTiedtke-B?hling-Kinne&Partner(GbR)のVの鑑定書(乙215)に照らしても、正当なものということができる。
 なお、一審原告は、少なくとも入射光が収斂光束である場合には、条件式「α<4π/N−W/D」を満たせば、静止ゴースト像を必ず除去することができるから、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲に属するとも主張するが、入射光が収斂光束である場合には、条件式「α<4π/N−W/D」を満たせば、静止ゴースト像を必ず除去することができるとしても、上記の本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的意義に照らせば、その技術的範囲に属するということはできない。
(3) 被告製品において本件各特許発明が実施されている製品の割合
ア 原判決「別表2」の被告製品のうち本件特許発明が実施されている製品
 原判決「別表2」の被告製品のうち本件特許発明が実施されている製品は、以下のとおりである(以下の各証拠及び弁論の全趣旨)。
(ア) 一審被告が本件特許発明の実施品であることを認める製品
原判決「別表2」の番号6、10、16、17、24、25、43
(イ) 一審被告主張の技術が用いられていて、本件特許発明の実施品であると認められる製品
a 技術A(アモルファスシリコン系感光体の採用)を用いた製品(乙142、319)
 原判決「別表2」の番号8、44、47
b 技術Bを用いた製品(乙30〜34[枝番を含む。])
 原判決「別表2」の番号7、9、11ないし15、18〜23、26〜42、45〜51、53、54(ただし、技術Bのうち、ポリゴンミラー数が4面以下である製品、すなわち、別表2の番号15、27、28、31、34、36、37、50を除く。)
(ウ) 代替技術が使用されていて、本件特許発明の実施品とは認められない製品
 上記(イ)bのポリゴンミラー数が4面以下である製品のほか、次の各製品
a 技術C(平成5年5月ころから収斂光束を使用)(乙134〜138、194)
 原判決「別表2」の番号27、28、34〜42、45、51、54
b 技術D(昭和54年4月ころから使用)
 原判決「別表2」の番号1〜5、15
c 技術F及びJ(平成12年7月から使用)
 原判決「別表2」の番号47
イ 被告製品において本件特許発明が実施されている製品(まとめ)したがって、被告製品において本件特許発明が実施されている製品は、次のとおりである。
 原判決「別表2」の番号6〜14、16〜26、29、30、32、33、43、44、46、48、49、53(このうち、LBPは6、7、9、11〜14、18〜23、26、30、48、49であり、MFP等は8、10、16、17、24、25、29、32、33、43、44、46、53である。)
ウ 被告製品において本件特許発明が実施されている製品の占める割合 上記実施品の被告製品に占める割合(本件特許発明の出願公開時である昭和58年から存続期間満了時である平成13年までの総売上高に占める本件特許発明の実施された製品の売上高の割合)は、証拠(乙208、209)によると、LBPにつき56.54%、MFP等につき90.59%である。もっとも、原判決「別表2」の番号52はLED方式の製品であるところ、LED方式の製品は、本件各特許発明が前提とするLBP方式とは異なった構成を有する別の種類の製品というべきであるから、LED方式の製品は、実施品の被告製品に占める割合を算定するに当たって分母に含めるべきではない。そこで、上記90.59%に各年の機種数の総累計である92を乗じて上記番号52の機種の累計である2を除いた90で除して、上記番号52の機種を除くと、MFP等については、92.6%となる。
 また、一審原告は、乙208に記載されている一審被告のLBPの実施割合は、年によって大きく変動しており、信用できないと主張する。しかし、各年において、本件特許発明が実施されている製品とそうでない製品があり、それらの製品の売上げも変動するから、年によって実施割合が大きく上下しても不自然ではなく、一審原告の主張を採用することはできない。
(4) 一審原告の「一審被告が狭い技術的範囲を主張することは許されない」旨の主張に対する判断
 一審原告は、一審被告において、本件特許発明の存続期間満了日まで、さらには、平成14年4月ころの再評価申請手続においても、本件特許発明がすべての被告製品において実施されていたと認識されていたのであって、職務発明の相当対価請求訴訟において、狭い技術的範囲を主張することは、広い技術的範囲を行使して得た利益を不当に一審被告に残すことにより、許されないと主張する。
 平成14年4月ころの再評価申請手続に関して一審被告が作成した対応表(甲12)には、本件特許発明は、原判決「別表2」の被告製品のうち番号1〜5、47、52を除く各機種で実施されている旨の記載があるから、一審被告は、技術D、F、Jは本件特許発明の技術的範囲に含まれないが、技術A、B、Cは含まれるとの認識を有していたことが推認される。また、後記6(1)イ認定の事実によれば、一審被告の認識は、それ以前においても同様のものであったと認められる。
 しかし、一審被告が上記のような「広い技術的範囲」に基づいて侵害訴訟を提起して実施料収入を得たとか、このような技術的範囲を主張してライセンス交渉を行い、ライセンス契約を締結したといった事情は、これを認めるに足りる証拠がない。
 したがって、上記のような「広い技術的範囲」が、一審被告が本件特許発明によって得た利益にどのように結びついたか明らかでないから、既に認定した技術的範囲を前提として、上記のとおり実施割合を認定し、これに基づいて一審被告が本件特許発明によって得た利益の額を算定することも許されるというべきである。
 また、一審原告は、一審被告は、本件異議手続等においても、「狭い技術的範囲」を主張していなかったと主張するが、前記(1)イ(イ)cのとおり、一審被告は、本件異議手続において、技術Bのうちポリゴンミラーが4面以下の場合については、本件特許発明の技術的範囲外である旨の主張をしていたのであり、技術Cについても、特に本件特許発明の技術的範囲内であるというような主張をしていたとは認められないから、既に認定した技術的範囲を前提として、上記のとおり実施割合を認定し、これに基づいて一審被告が本件特許発明によって得た利益の額を算定することが、禁反言の法理に反するということはできない。
7 争点3−3(本件各特許発明の重要性と他社製品等における本件各特許発明の実施割合)について
(1) 被告ライセンス契約における本件各特許発明の寄与度
ア LBP及びMFP等の技術における本件各特許発明の位置付け
(ア) 証拠(乙43〜48、50、244)によれば、次の事実が認められる。
 LBP等を製品化するには、帯電(感光ドラム表面に静電気を帯びさせること)、露光(レーザ発振器から出るレーザ光が感光ドラム上を走査して画像データを描き、レーザ光が照射された部分のマイナスの静電気を消滅させること)、現像(マイナスの静電気を帯びたトナーを感光ドラムに近づけて、静電気を失った部分にだけトナーを付着させること)、転写(感光ドラムに紙を密着させ、用紙の裏側からプラスの電荷を与えて、トナーを用紙に付着させること)、定着(用紙に熱と圧力を加えてトナーを定着させること)、クリーニング(転写されずに感光ドラム上に残ったトナーを回収すること)、消耗材(プロセスカートリッジ、現像材、感光ドラム)、搬送(給紙して、転写、定着のプロセスを経て排紙すること)、制御系(データ処理部、エンジンコントローラ)その他の諸技術が必要であり、被告ライセンス契約はこれら各分野全般を対象とするものであるのに対し、本件各特許発明は、レーザー露光に関する技術である。そして、レーザー露光に関する技術の中には、レーザー光源、第1結像光学系、偏向器、第2結像光学系、ビームディテクタ、光学箱、光学系全体構成があるところ、本件各特許発明は光学系全体構成のうちの光学配置に関するものである。
 被告ライセンス契約の対象である、LBP等に関する全技術について、本件特許公開時である昭和58年(1983年)4月22日から満了時である平成13年(2001年)10月20日までの基準期間内に公告・登録期間がかかる登録特許及び基準期間内に公開されて後に登録になった登録特許の件数の合計は、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件となる。基準期間内の特許出願を含めると、上記件数の約4倍となる(乙46〜48)。
(イ) 本件各特許発明は、LBP等において有効走査巾内に静止ゴースト像が発生することを防止するものである。有害な静止ゴースト像が発生した場合、印字された画像の画質が低下することは避けられず、静止ゴースト像が発生しないようにすることはLBP等の商品化に当たって重要な課題の一つである。本件各特許発明は、この課題を、入射角の角度を所定の条件式を満たすように規制するという簡便な方法によって解決したものであり、有用性の高い技術ということができる。
 一方、静止ゴースト像の発生を防止する方法は、本件各特許発明に限られるものではなく、本件各特許発明の実施を伴わない代替技術や本件特許発明の競合技術が認められることは、前記5認定のとおりである。しかし、前記5(1)のとおり、本件日本特許の存続期間内において、本件特許発明を明らかに上回る技術があったとは認められないし、その後も、本件特許発明の有用性は失われていない。
(ウ) 一審原告は、LBP等においては走査光学系が極めて重要な技術であり、従来のアナログ複写機用の電子写真技術を踏まえれば、走査光学系がLBP等に特有の技術問題であったと主張する。
 しかし、LBP等を製品化するに当たっては、上記のとおり、各技術分野の様々な技術を複合的に使用する必要があり、また、アナログ複写機の露光を走査光学系に置き換えさえすればLBP等の製品化が可能というものではなく、走査光学系のみが重要であるということはできない(乙15〜23、43〜48、50、99〜101、163、244)。もっとも、一審被告作成に係る乙113において「…アナログ複写機とLBPとを比較すると、これらの違いは露光方法にあり、電子写真プロセスに関しては、両者に共通です。」(1頁13行〜14行)、「LBPは、アナログ複写機の原稿の像形成光学系に代えて、走査光学系を備えています。この走査光学系が本件特許発明に係る部分です。」(1頁19行〜20行)との記載があること、一審被告が自己のホームページにおいて「レーザーユニットはLBPの心臓部」と題するページを作成していること(甲73)、一審被告の「Canon Technology Highlights」(乙43)の9頁において、走査光学系であるレーザーユニットについて、「超精密に感光ドラムを走査するレーザーユニット」と題し、「電子写真の心臓部」であることを説明していることに照らすと、LBP等においては走査光学系が重要な技術であったことが認められる。
イ 本件各特許発明の一審被告社内における評価
(ア) 証拠(甲182、乙182、292〜294)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
 一審被告は、本件特許発明が平成5年7月14日に特許登録されたことから、被告取扱規程に基づき、平成6年の上期に実績対価の評価を行った。実績対価の評価は、本件特許発明がLBPのほとんどすべてにおいて実施されているとの周辺機器事業本部(LBPの開発・製造部門)の申請に従い、特許審査委員会が申請どおり、当時の等級で最高の等級である「特級」と評価した。一審被告においては、平成6年当時、開発部門の意見に一見して明白な誤りがない限り、同部門の申請等級が尊重されていた。なお、走査光学系に関する特許発明のうちで「特級」と評価されたのは、本件特許発明のみである。
 本件特許の無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟が平成10年8月に請求棄却となったのを踏まえて、一審被告では、平成11年1月、周辺機器事業本部が、本件特許発明を社長賞候補として知的財産法務本部に対して推薦し、同年3月末、特許審査委員会は、優秀社長賞と決定した。
 知的財産法務本部は、本件特許発明が特級と評価され優秀社長賞を授賞していたことから、平成13年10月の存続期間満了に鑑み、平成12年3月、本件特許発明を社団法人発明協会へ推薦し、同年8月末、東京支部長賞に決定された。そのときに同協会に提出された平成12年度地方発明表彰調査表(乙292)には、「この技術は、レーザビームプリンタやデジタル複合機などに用いられる走査光学系において、高い画像品位を得るために必要不可欠の技術であり、近年のレーザービームプリンタ、デジタル複合機のほとんど全てにおいて採用されている。」と記載されている。
 一審原告は、平成12年4月1日改訂の被告取扱規程における「会社は、その後の実績により顕著な差異が生じたとして再評価申請がなされた場合、特許審査委員会の審査結果に基づき、差額を支給する。」旨の規定に基づき、平成13年10月22日、本件特許発明につき実績の再評価の申請をした(甲9、乙7)。特許審査委員会は、一審被告の開発部門に対し本件特許発明の自社実施状況等の再検討を依頼したのに対し、同開発部門は、対応表(甲12)を作成した。対応表の記載内容は、前記6(4)のとおりである。もっとも、本件特許発明については、当初の評価後に設けられた「特級」の上の等級である「超特級」に評価替えされることはなかった。
 一審被告において、特級の実績対価評価がされた発明の例として、ほかにNPプロセス原理特許(乙139)、ブレードクリーニング(乙140)、バブルジェット原理特許(乙141)などがある。
(イ) 以上のとおり、一審被告は、本件各特許発明が広く実施されているものと考えており、このような態度は、平成14年初めの再評価時においても維持されていた。もっとも、このような一審被告の技術的範囲の理解がそのまま採用できるものではないことは、既に前記6で認定したとおりであるものの、本件各特許発明が広く実施されているものと理解され得る内容を有するものであることは、非提示特許である本件各特許発明の被告ライセンス契約における寄与度を決定する際に考慮するのが相当である。
 なお、一審原告は、特許に関する評価、表彰関係の文書について文書提出命令を求めている(平成19年8月22日付け文書提出命令申立書の別紙目録39〜55)。これらのうち、a平成6年の上期に一審被告において本件特許発明の実績対価の評価を行った際の実績評価申請書(上記別紙目録40)、b平成11年に本件特許発明が優秀社長賞を受賞した際に一審被告において特許審査委員会における審査のために作成された文書及びその受賞の根拠とされた文書(上記別紙目録48、50)の文書提出命令については、上記実績対価の評価は上記(ア)のとおり「特級」と評価されたのであり、また、上記(ア)のとおり本件特許発明が優秀社長賞を受賞したことが認められ、さらに、そのほかに本件特許発明の評価について上記(ア)認定の事実が認められるから、一審被告における本件各特許発明の評価について明らかにするために上記abの各文書を文書提出命令により取り調べる必要があるとまで認めることはできない。上記の平成13年10月22日にされた再評価申請書(上記別紙目録45)及び社団法人発明協会に提出された平成12年度地方発明表彰調査表(上記別紙目録51)については、既に書証(甲9、乙7、292)として提出されているから、文書提出命令の必要はなく、他の特許に関する評価、表彰関係の文書が存するとも認められない。
ウ 本件各特許発明の寄与度
(ア) 被告ライセンス契約の対象となっている対象特許群
 前記5(3)ア(オ)認定のとおり、日本国特許に限ってみても、一審被告が基準期間内において保有する特許は、除外特許等を除いても、LBPが8009件、MFP等が1万2349件である。そして、基準期間内において、新たに特許登録されたり、又は、存続期間満了や無効等によって権利消滅が生じることを考慮すれば、本件訴訟の審理としては、一審被告が主張するとおり、上記件数の2分の1を基準となる対象特許数と捉えることが相当である。
 したがって、基準期間内の日本国特許に限ってみれば、LBPにつき4005件、MFP等につき6175件が対象となる一審被告保有特許数である。
(イ) 包括クロスライセンス契約における個々の特許の貢献度 前記5(2)イで述べたとおり、包括クロスライセンス契約においては、具体的に示されて検討された代表特許が契約に対し多大な貢献をなしているが、代表特許でも提示特許でもなくとも、相手方が実施していることが立証された特許については、これを考慮すべきであることは、前記5(2)イ説示のとおりである。そして、このような非提示・実施特許の寄与度は、当該特許の技術内容や相手方の実施割合、代替技術ないし競合技術の存在とその実施割合、社内評価の状況などを総合的に考慮して決するのが相当である。
(ウ) 以上により、本件各特許発明の寄与度は、次のとおり認定することができる。
a 本件特許発明は、LBP等において重要な走査光学系において静止ゴースト像という商品の品質に影響する現象を防止するための簡便な手段を提供するものであって、被告製品において相当程度の高率で実施されているものであり、一審被告内において、実績補償基準において当時の最高の等級である特級と評価され、優秀社長賞も付与されるなど高く評価されていたものであることからすれば、被告ライセンス契約の相手方においても相当程度の高率で実施されているものと推認するのが相当である。一方、LBP及びMFP等は、様々な種類の多数の技術(特許)が複合されて初めて商品化が可能となる製品であり、これら技術が複合的に使用されることによって莫大な独占の利益を生み出すことができるものであって、個々の特許を抽出した場合、代表特許ではない単なる実施特許について、ライセンス契約全体に対し多大な貢献をしているものとまでみることは相当ではない。そして、本件特許発明は、他に代替の余地のない技術とまでいうことはできず、代替技術や競合技術が存在し、静止ゴースト像自体は、他の手段によって防止されることがあるものの、それらの代替技術や競合技術の価値については、前記6(1)イ認定のとおりであり、本件日本特許の存続期間内において、本件特許発明を明らかに上回る技術が存したとも認められない。
 これらの諸事情を総合的に考慮すれば、本件特許発明は、被告ライセンス契約における基準期間(本件特許公開時である昭和58年[1983年]4月22日から満了時である平成13年[2001年]10月20日まで)内において、前記一審被告保有特許(LBPにつき4005件、MFP等につき6175件)のうちの1件に対し、30件分の価値を有するものと評価するのが相当である。
 よって、本件特許発明の実施料率は、LBPについては、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.40%を4005で除して30を乗じた0.018%(2.40%÷4005×30=0.018%)、MFP等については、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.91%を6175で除して30を乗じた0.014%(2.91%÷6175×30=0.014%)と認められる。
b 本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明は、本件特許発明と実質的に同一の特許発明であるから、本件日本特許の存続期間内において、その価値(一審被告保有特許のうちの1件に対し、30件分の価値)は本件特許発明と変わらないということができ、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明があるからといって、その実施料率が変わることはない。
 したがって、本件日本特許の存続期間内(第1期〜第3期)における本件各特許発明の実施料率は、LBPについては、0.018%、MFP等については、0.014%と認められる。
c 本件日本特許の存続期間経過後においては、外国特許(本件各米国特許発明、本件ドイツ特許)が存するのみであること、証拠(乙208、209)に記載されている一審被告における本件特許発明の実施品の割合の変遷状況からすると、本件特許発明の実施割合は低下する傾向にあり、その傾向は、ライセンスの相手方においても同様であると推認されること、代替技術としても、平成14年以降には、技術B(ポリゴンミラーが4面以下)が有用性の高い代替技術ということができることからすると、本件日本特許の存続期間経過後においては、本件各特許発明は、LBPにつき4005件、MFP等につき6175件のうちの1件に対し、20件分の価値を有するものと評価するのが相当である。
 したがって、本件日本特許の存続期間経過後(第4期及び第5期)においては、本件各特許発明の実施料率は、LBPについては、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.40%を4005で除して20を乗じた0.012%(2.40%÷4005×20=0.012%)、MFP等については、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.91%を6175で除して20を乗じた0.009%(2.91%÷6175×20=0.009%)と認められる。
(エ) 一審原告の主張に対する判断
a 一審原告は、上記のような算定方法について、実質的には、全く何の合理的根拠も示されていないと主張する。しかし、被告ライセンス契約における本件各特許発明の寄与度の認定は、諸般の事情を総合的に考慮した包括的な認定にならざるを得ないのであって、上記のとおり考慮すべき事情を示して認定している以上、合理的根拠が示されていないということはできない。
b 一審原告は、後記8(1)のとおり、「一審被告の全ライセンシーによる譲渡金額」につき、「一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の譲渡金額」ではなく、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」を採用しながら、「本件各特許発明の寄与度」については、「一審被告が有する基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)の中で本件各特許発明が寄与している度合い」として算定するのは、矛盾する、と主張する。
 しかし、「本件各特許発明の寄与度」は、被告ライセンス契約に本件各特許発明が寄与している度合いであるから、被告ライセンス契約の対象となっているすべての特許の中における寄与の度合いを算定しなければならないのに対し、「一審被告の全ライセンシーによる譲渡金額」は、一審被告がライセンシーから得られたであろう実施料相当額を求めるものであるから、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」を採用すべきであるということなり、その間に矛盾はないというべきである。矛盾があることを前提とする一審原告主張にかかる算定方法18及び19は採用することができない。
c 一審原告は、本件特許発明が、被告ライセンス契約における基準期間内の一審被告保有特許(LBPにつき4005件、MFP等につき6175件)のうちの1件に対し、30件分の価値を有するということになると、一審被告保有の基準期間内のすべての特許の寄与度を加算すると、LBPについては、4005/4005(=1)を超えてしまい、MFP等については6175/6175(=1)を超えてしまうことになってしまうのであり、仮に、このような結論を回避するため、1件1件の特許がLBPについては1/4005以下であり、MFP等については、1/6175以下であると仮定すると、今度は、本件特許発明の寄与度である30/4005及び30/6150はいずれも「30件分」ではなくなってしまい、判決の趣旨と矛盾する、と主張する。
 しかし、本件特許発明が、被告ライセンス契約における基準期間内の一審被告保有特許のうちの1件に対し、30件分の価値を有するということは、平均的な寄与度の特許1件に対して30件分の価値を有するということであって、1件に満たない特許も想定することができるから、一審被告保有の基準期間内のすべての特許の寄与度を加算したとしても、1を超えるということはないし、1件に満たない特許を想定することが判決の趣旨に矛盾するということもない。
d 一審原告は、第4期及び第5期の寄与度の分母について、外国特許の件数のみによるべきであると主張する。しかし、上記のとおり、「本件各特許発明の寄与度」は、被告ライセンス契約に本件各特許発明が寄与している度合いであるから、被告ライセンス契約の対象となっているすべての特許の中における寄与の度合いを算定しなければならないのであって、その寄与度は外国特許の中の寄与度ではないから、一審原告の主張を採用することはできない。
エ 一審原告の主張する本件各特許発明の寄与度の算定方法(算定方法3〜8、10〜19)についての判断
(ア) 一審原告は、算定方法3〜8、10において、本件各特許発明の寄与度は、以下の算式によって算定された10.4%を採用すべきであると主張する。なお、下記の「実績対価」は、被告取扱規程における実績補償の金額であり、下記の「件数」は、一審被告の周辺機器事業部が管理するLBPの光学系に関する特許発明の件数である。
 「本件特許の実績対価/(特級の特許発明の実績対価×特級の特許発明の件数÷2+1級の特許発明の実績対価×1級の特許発明の件数÷2+2級の特許発明の実績対価×2級の特許発明の件数÷2+3級の特許発明の実績対価×3級の特許発明の件数÷2+4級の特許発明の実績対価×4級の特許発明の件数÷2+5級の特許発明の実績対価×5級の特許発明の件数÷2)」
(イ) そして、一審原告は、算定方法11〜17、19において、本件各特許発明の寄与度につき、以下のとおり主張する。
 「被告取扱規程における5級未満の特許の対価としては、実績対価は支払われず、出願時の5000円と登録時の6000円の合計1万1000円が支払われるだけである。これに対して、特級でかつ優秀社長賞を受賞した本件各特許発明は、出願・登録時の1万1000円に加えて、実績対価として150万円が支払われ、優秀社長賞の受賞により100万円が支払われ、これらを合計すると、251万1000円となる。そうすると、5級未満の特許を基準にして本件各特許発明の寄与度を設定する場合、本件各特許発明の対価合計額は5級未満の特許の対価額の228件分(=251万1000円/1万1000円)に相当する。したがって、本件各特許発明が、被告ライセンス契約における基準期間内の一審被告保有特許のうちの1件に対し、何件分の価値を有するかという算定方法で寄与度を算定するのであれば、第1期〜第3期については、LBPにつき、228/4005とすべきであり、MFP等につき、228/6175とすべきである。」
(ウ) また、一審原告は、算定方法18において、本件各特許発明の寄与度につき、以下のとおり主張する。
 「被告ライセンス契約の対象となっているLBP及びMFP等のそれぞれの対象特許件数のうち、5級以上の特許件数を求めると、LBPについては1335件、MFP等については2058件となるので、それを分母とする。
 5級の特許の対価としては、出願時の5000円と登録時の6000円と実績対価の6000円の合計1万7000円である。これに対して、本件各特許発明のような特級でかつ優秀社長賞を受賞した発明には、上記(イ)のとおり251万1000円が支払われる。したがって、本件各特許発明のような特級でかつ優秀社長賞を受賞した発明の対価合計額は5級の特許の対価額の148件分(=251万1000円/1万7000円)に相当するから、寄与度の分子は、148となる。」
(エ) ところで、一審原告が主張する上記(ア)の算定方法は、被告取扱規程が定める各等級の実績対価の額と特許発明の件数に基づき、本件各特許発明の寄与度を算定するものであり、(イ)の算定方法は、被告取扱規程が定める5等未満の特許の対価の額と特級でかつ優秀社長賞を受賞した本件各特許発明の対価の額との割合に基づき、本件各特許発明の寄与度を算定するものであり、(ウ)の算定方法は、被告取扱規程が定める5等以上の特許の件数、及び5等の特許の対価の額と特級でかつ優秀社長賞を受賞した本件各特許発明の対価の額との割合に基づき、本件各特許発明の寄与度を算定するものである。
 しかし、被告ライセンス契約における本件各特許発明の寄与度は、既に述べた様々な要素を考慮して定められなければならないものであって、被告取扱規程の等級等の認定や各等級等の対価の額のみから本件各特許発明の寄与度を算定することは相当でない。また、原告算定方法3、8及び10における本件各特許発明の寄与度が被告保有特許の10.4%であるとの一審原告の主張は、一審被告の周辺機器事業部が保有する特許数が、LBP及びMFP等に関連する被告内の各事業部(映像事務機、化成品、周辺機器の各事業部)が管理するすべての特許のうち、****%を占めるにすぎないこと(乙234)からしても、採用することはできない。
(2) 一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の実施割合
ア 一審被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合
 前記6(3)ウ認定のとおり、一審被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合(本件特許発明の出願公開時である昭和58年から存続期間満了時である平成13年までの総売上高に占める本件特許発明が実施された製品の売上高の割合)は、LBPにつき56.54%(乙208)、MFP等につき92.6%(乙209を前記のとおり修正したもの)である。
イ 全ライセンシーにおける本件各特許発明の実施割合
(ア) 全ライセンシーにおける本件特許発明の実施割合については、本件特許発明が出願公開された昭和58年から存続期間が満了した平成13年10月に至るまでに十数年の期間があり、ライセンシー先が十数社にも及ぶことに照らし、その実施状況を逐一検討することは著しい時間的、経済的コストを要すること、対象分野で相当程度のシェアを有する一審被告(乙63、64及び67によれば、一審被告は、平成13年[2001年]の全世界の生産台数のうち、LBPは59.08%を、MFPは29.01%のシェアを占めること、いずれも一審被告がシェア1位であることが認められる。)における実施状況は業界内での実施状況を相当程度反映しているものと考えられることに照らし、一審被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合を基礎として、全ライセンシーにおける本件各特許発明の実施割合を推認するのが相当である。そして、本件各特許発明の技術内容や代替技術・競合技術の有無等の既に認定した事実に照らせば、本件各特許発明の実施割合は、他社においても一審被告の本件特許発明の実施割合と大きくかけ離れたものではないと推認するのが相当である。
 ただし、一審被告が三星電子につき平成13年ころに調査をした機種について本件各特許発明の実施が確認されなかったことが認められる(乙191)。一審原告は、上記の実施が確認されなかった旨の乙191の記載を信用できないと主張するが、一審原告の通知書(甲10の1)に対する後記(イ)の回答書(甲11)の内容と符合しており、信用することができる。また、このほか、前記6(1)イ認定のとおり、他社において本件各特許発明が実施されていない例があることが認められる。しかし、これらは、他社における実施状況のごく一部にすぎず、結局のところ、一審被告のライセンシーによる本件各特許発明の実施の全体像を明らかにする証拠は提出されていない。さらに、ライセンシーにおいては、自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば、自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため、それらの技術を使用する傾向があるものといえる。これらのことからすると、被告ライセンス契約の相手方他社は、一審被告よりも本件各特許発明の実施割合が低くなる傾向があるものと推認するのが相当であり、本件訴訟で明らかになったすべての事情を総合すれば、その実施割合は、一審被告の実施割合の90%であると認めるのが相当である。これを100%とすべき旨の一審原告の主張を採用することはできない。
 なお、一審被告は、本件のような職務発明対価請求訴訟においては侵害訴訟の損害の額に関する特許法102条のような推定規定は置かれていないので、安易に侵害訴訟と同様に他社の実施の金額や割合を推定すべきでない等と主張するが、当裁判所は、証拠調べの結果及び弁論の全趣旨をしん酌し、自由な心証により、前記のような認定をしている(民訴法247条)のであるから、一審被告の上記主張は採用することができない。
(イ) 一審原告は、ライセンシー先の実施状況を立証するために、一審被告が他社における本件各特許発明の実施状況を調査した文書があるとして、その文書提出命令を申し立てている(平成19年8月22日付け文書提出命令申立書の別紙目録1、3、5、7、9、11、13、15、17、19、21、23、25、27、29、31、33、35、37、38、56)。そして、一審原告は、一審被告が他社における本件各特許発明の実施状況を調査した文書を有している根拠として、一審被告が***に宛てた*********日付け書簡(乙144)、丸島儀一の著書「キャノン特許部隊」株式会社光文社2002年2月20日初版第1刷発行(甲56、119)、一審被告作成にかかる「発明vol.87 1990 No.7」21頁以下の記事(甲55)、及び株式会社日立製作所知的所有権本部編「日立の知的所有権管理」社団法人発明協会1997年12月24日初版第2刷発行(甲120)の各内容、並びに一審原告が平成15年6月26日付けで本件各特許発明にかかる相当の対価の支払を求める通知書(甲10の1)を一審被告に対して送付したところ、一審被告が約2週間後の同年7月11日付けで回答書(甲11)を送付し、同回答書において、一審被告は、本件各特許発明が実施されていない機種として、三星電子等7社の11機種を挙げたこと(甲11)などを主張する。しかし、これらの証拠によっても、いまだ一審被告が他社製品における実施状況を調査した文書を有していることは認めることはできない。また、一審原告は、本件各特許発明の価値が高いことを主張するが、本件各特許発明の価値が直ちに一審被告が他社における本件各特許発明の実施状況を調査した文書を有していることと結び付くものではない。上記(ア)の三星電子に関する文書については、上記(ア)のとおり、他の証拠でその内容を認定することができるから、それのみの文書提出命令を命ずる必要性は認められない。
(ウ) 一審被告は、相当の対価の算定に当たっては、本件特許(技術)の実施率は、当該技術がどの程度製品に採用されたかという「技術登載率」という観点から算定されるべきであるから、一審被告における実施割合も、機種数に基づいて算定されるべきである、と主張する。
 しかし、実施料相当額は、売上額に応じて変動すると考えるのが合理的であるから、上記のとおり、機種ではなく、売上額に基づいて算定されるべきである。
8 争点3−4(一審被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許発明により得た利益の額)について
(1) 一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額
ア 総説
(ア) 一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額は、一審被告の全ライセンシーによる譲渡価格合計額(=一審被告以外の全他社の譲渡価格合計額×全ライセンシーのシェア)×本件各特許発明の実施品の割合(=本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合×全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合)によって得られる。
 なお、一審原告は、寄与度を「一審被告が有する基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)の中で本件各特許発明が寄与している度合い」と捉えるのであれば、本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」の算定における譲渡金額は、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」ではなく、「一審被告の全ライセンシーによるLBP及びMFP等の全製品の譲渡金額合計額」とされなければならない、と主張するが、この主張を採用することができないことは、前記7(1)ウ(エ)bで述べたとおりである。
(イ) 一審原告が相当対価を請求する期間について、本件各特許発明の有効期間に応じて分割すると、次のとおりである。
a 第1期(本件日本特許が有効である期間)
 昭和58年(1983年)4月22日(本件日本特許の出願公開日)から同年5月4日(本件ドイツ特許の公開日の前日)まで
b 第2期(本件日本特許及び本件ドイツ特許が有効である期間)
 昭和58年(1983年)5月5日(本件ドイツ特許の公開日)から平成3年(1991年)2月18日(本件米国特許1の登録日前日)まで
c 第3期(本件各特許が有効である期間)
 平成3年(1991年)2月19日(本件米国特許1の登録日)から平成13年(2001年)10月20日(本件日本特許権利消滅日)まで
d 第4期(本件ドイツ特許及び本件各米国特許が有効である期間)
 平成13年(2001年)10月21日(本件日本特許権利消滅日の翌日)から平成14年(2002年)10月19日(本件ドイツ特許権利消滅日)まで
e 第5期(本件各米国特許が有効である期間)
 平成14年(2002年)10月20日(本件ドイツ特許権利消滅日の翌日)から平成17年(2005年)12月31日(一審原告の請求する期間の末日)まで
(ウ) なお、一審被告は、第4期及び第5期に関する請求原因の追加は時機に後れた攻撃防御方法であると主張する。しかし、本件審理経過並びに第4期及び第5期に関する請求原因の審理に要する期間に照らせば、この追加は「訴訟の完結を遅延させることとなる」(民訴法157条1項)ということはできず、これを時機に後れた攻撃防御方法として却下することは相当ではない。
イ LBP
(ア) 全他社譲渡価格
 LBPの全他社譲渡価格は、株式会社矢野経済研究所、InfoCorp社、IDC社の各統計データ等(乙77、78の1・2、79の1・2、80、245)によって求められる全世界実売価格の合計額から、一審被告(1996年[平成8年]以降は、OEM供給先であるヒューレット・パッカード社も含めた額である。以下、特に断らない限りは、本争点における「一審被告」には、ヒューレット・パッカード社の生産分も含めることとする。)の実売価格の合計額(乙77、78の1・2、79の1・2、80、81、245)を控除して求められる。この数値を各年における為替レートの平均値により円換算し(甲103、乙82の1〜17、246)、これに80%(乙83によれば、譲渡価格は実売価格の80%であるものと認められる。)を乗じることにより、全他社譲渡価格を算定することができる。
 上記方法により算定すれば、LBPの全他社譲渡価格は、次のとおりである(各年毎の額は別表Tの全他社譲渡価格合計(各期相当分)のとおり。乙247)。
 第1期 2億7645万4795円
 第2期 1兆3191億6686万3857円
 第3期 4兆9360億6946万4774円
 第4期 4584億7652万2368円
 第5期 1兆4504億5301万2283円
(イ) 全ライセンシーの販売シェア
 乙65によれば、一審被告の全ライセンシーの全他社に占めるLBPの販売シェアは91.19%である。同販売シェアを100%とすべき旨の一審原告の主張を採用することはできない。
(ウ) 以上によれば、一審被告の全ライセンシーにおけるLBPの譲渡価格は、次のとおりである。
 第1期 2億5209万9128円
 第2期 1兆2029億4826万3151円
 第3期 4兆5012億0174万4927円
 第4期 4180億8474万0747円
 第5期 1兆3226億6810万1901円
(エ) なお、一審原告は、一審被告の社史等に掲載された一審被告の出荷台数とそのシェア(甲20〜23、25)を基に、全他社による累積出荷台数は約3783万台であると主張する。しかし、より直接的に全他社譲渡価格を把握する方法として、上記のとおり、一審被告の提出する実売価格に関する統計データを用いて算定するのが相当である。
ウ MFP等
(ア) 全他社譲渡価格
 MFP等の全他社譲渡価格は、全他社の標準小売価格の合計を、公開されている他社製品のセグメント別の標準小売価格の平均(乙86、87)にセグメント別の出荷台数の第三者統計データ(乙71、88、248の1〜6、250)を乗じて求め、これに50%(乙89[内閣府国民生活局消費者情報室編集「くらしと物価(平成13年版)」44頁]によれば、家電製品の譲渡価格は標準小売価格の約50%であるものと認められる。)を乗じることにより、全他社譲渡価格を算定することができる(乙70の2)。
 上記方法により算定すれば、MFP等の全他社譲渡価格は、次のとおりである(各年毎の額は別表Uの全他社譲渡価格合計(各期相当分)のとおり。乙85、251)。
 第1期 0円
 第2期 57億2112万2100円
 第3期 5兆2990億8854万2932円
 第4期 1兆4665億2869万7664円
 第5期 6兆3841億9595万5540円
(イ) 全ライセンシーの販売シェア
 乙66によれば、全ライセンシーの全他社に占めるMFP等の販売シェアは82.44%である。同販売シェアを100%とすべき旨の一審原告の主張を採用することはできない。
(ウ) 以上によれば、一審被告の全ライセンシーにおけるMFP等の譲渡価格は、次のとおりである。
 第1期 0円
 第2期 47億1649万3059円
 第3期 4兆3685億6859万4793円
 第4期 1兆2090億0625万8354円
 第5期 5兆2631億3114万5747円
(エ) なお、一審原告は、MFP等の国内メーカーによる出荷台数と一審被告の国内・海外でのシェア(甲24)を基に、MFP等の出荷台数を算定すれば、全他社による累積出荷台数は約373万台である、また、実施許諾先におけるユニットの販売台数(乙88)を基にすれば、約836万台であると主張する。しかし、より直接的に全他社譲渡価格を把握する方法として、上記のとおり、一審被告の提出する標準小売価格に関する統計データを用いて算定するのが相当である。
 また、一審原告は、上記の譲渡価格は標準小売価格の約50%であるとの認定は不合理であると主張する。しかし、乙89は、上記のとおり内閣府国民生活局消費者情報室編集の書籍であって、「家電製品は、一般に標準小売価格を100とした場合、メーカー出荷価格はは50前後といわれています。」と記載されているから、上記認定の事実が認められる。一審原告は、この点について特に証拠を提出しておらず、上記認定を左右するに足りる事情は認められない。
エ 全世界実売価格の合計額からヒューレット・パッカード社の実売価格の合計額を控除することの可否
(ア) 一審原告は、外国の特許について一審被告は旧35条1項に基づく通常実施権を有していないから、本件日本特許の存続期間が満了した後である第4期及び第5期についての全他社譲渡価格の算定に当たり、全世界実売価格の合計額から、一審被告自身の実売価格の合計額を控除するだけでなく、ヒューレット・パッカード社の実売価格の合計額をも控除することは、誤りである、と主張する。
(イ) しかし、前記2(2)イで述べたとおり、当該発明をした従業員等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようとする立場を前提とすれば、少なくとも譲渡対価算定という債権関係の処理としては、外国の特許についても、旧35条1項の類推適用を肯定した上でその対価を算定すべきものと解するのが相当である。
(ウ) したがって、上記イ及びウのとおり、第4期及び第5期についての全他社譲渡価格の算定に当たり、全世界実売価格の合計額からヒューレット・パッカード社の実売価格の合計額を控除すべきである。
オ 本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合
 一審被告の得た独占の利益は、特許権の禁止効に由来するものである。この禁止効は、本件日本特許については出願公開日である昭和58年(1983年)4月22日から権利消滅日である平成13年(2001年)10月20日まで、本件ドイツ特許については公開日である昭和58年(1983年)5月5日から権利消滅日である平成14年(2002年)10月19日まで、本件各米国特許については本件米国特許1の登録日である平成3年(1991年)2月19日から権利消滅日まで働くものと認められる。したがって、第1期は本件日本特許、第2期は本件日本特許及び本件ドイツ特許、第3期は本件日独米特許、第4期は本件各米国特許及び本件ドイツ特許、第5期は本件各米国特許が、相当対価請求の基礎となる特許である。
(ア) 第1期
 一審被告を除く第三者による日本国内における生産割合は、第1期については客観的資料がないので、一審被告の主張するとおり、LBP、MFP等ともに、一審原告に有利な数値である100%をもって、相当と認める。
(イ) 第2期
a 本件特許発明及び本件ドイツ特許発明の効力が及ぶ範囲(前記各特許発明の適用がない地域において製造及び販売がなされた製品の割合を除いたもの)は、@日独の国内において生産されたもの、及び、A日独以外において生産されたもののうち日独へ輸入され日独で販売されたものである。@は、全世界で生産されたLBP、MFP等における日独生産の割合によって求められる。Aは、全世界で生産されたLBP、MFP等における第三国生産の割合に、第三国で生産されたLBP、MFP等のうち、日独に輸出され、日独内で販売された割合を乗じることにより得られる。もっとも、第三国で生産されたLBP、MFP等のうち、日独に輸出され、日独内で販売された割合は不明であるので、全世界で生産されたLBP、MFP等における第三国生産の割合に、全世界で販売されたLBP、MFP等における日独販売の割合を乗じることによって代替するのが相当である(以下、第3期〜第5期においても、同様である。)。
b 昭和58年(1983年)
 一審被告を除く第三者による日独国内における生産割合は、昭和58年(1983年)の資料がないので、一審被告の主張するとおり、LBP、MFP等ともに、一審原告に有利な数値である100%をもって相当と認める。
c 昭和59年(1984年)〜平成3年(1991年)
(a) LBP
 昭和59年(1984年)から平成3年(1991年)までの各年の資料はないので、平成13年(2001年)の資料をもとに、次のとおり推計するのが相当である。まず、一審被告を除く第三者による平成13年における日独の生産・販売比率を求め、昭和58年(1983年)と平成13年の間は各年毎に日独の生産・販売比率を逓減させる。そして、証拠(甲143〜145)によれば、一審被告以外の日本企業は、平成6年(1994年)ころまでは、ほとんどすべてのプリンタを日本国内で生産し、一審被告以外の日本企業の日本国内における生産割合は96.91%であったこと、及び、証拠(甲141〜143、乙67、69)によれば、平成6年において海外企業の生産シェアの多くは米国企業の米国国内生産で占められ、米国企業の米国国内における生産割合は日本国内における生産割合と同程度であったと推認されることから、一審被告を除く第三者による平成6年における日独の生産・販売比率を算出した上で、これらの数値に基づき昭和58年(1983年)と平成6年(1994年)、平成6年(1994年)と平成13年(2001年)との間で逓減を行うのが相当である(その際、平成6年における比率の算出は、平成13年における比率の算出資料とは出典の異なる資料を用いることとなるが、平成13年と昭和58年との間で逓減を行う手法よりは実態を適切に反映するものであるし、他に適切な証拠もないので、やむを得ない。)。このようにして求められた各年の実施割合について、第2期(昭和58年〜平成3年)の期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
 証拠(乙67、252)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年(2001年)の日独の生産比率は41.65%であるものと認められる。そして、証拠(乙226、227、252)によれば、平成13年の、第三国生産・日独販売の比率は15.72%(=58.35%×26.94%)であるものと認められる。したがって、一審被告を除く第三者による平成13年の日独の生産・販売比率は57.37%(=41.65%+15.72%)と認められる。
 証拠(甲143、乙69)によれば、一審被告を除く第三者による平成6年(1994年)の日独の生産比率は74.53%であると認められる。そして、平成6年の日独販売割合は、平成13年(2001年)における日独販売の割合である26.94%(乙252)と同率の販売割合と推認するのが相当であるから、第三国生産・日独販売の割合は、6.86%(=25.47%×26.94%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるLBPの平成6年の日独の生産・販売比率は81.39%(日独生産割合74.53%+日独販売割合6.86%)であると認められる。
 昭和58年(1983年)の100%、平成6年(1994年)の上記認定の81.39%、平成13年(2001年)の上記認定の57.37%を基に、各年毎に均等に逓減させると(昭和58年から平成6年の間は、1.69%ずつ。平成6年から平成13年の間は3.43%ずつ)、原判決「別表4」の(C)欄記載のとおりとなる。そして、第2期の期間について加重平均を求めると(原判決「別表4」の(E)欄ないし(G)欄)、88.89%と認められる。
(b) MFP等
 昭和59年(1984年)から平成3年(1991年)までの各年の資料はないので、平成13年(2001年)の資料をもとに、次のとおり推計するのが相当である。まず、平成13年における一審被告を除く第三者による日独の生産・販売比率を求め、昭和58年(1983年)と平成13年の間は各年毎に日独の生産・販売比率を逓減させる。このようにして求められた各年の実施割合について、第2期(昭和58年〜平成3年)の期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
 証拠(乙67、253)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年(2001年)の日独の生産比率は21.68%であると認められる。そして、証拠(乙70の1、71、92、229、253)によれば、平成13年の、第三国生産・日独販売の比率は26.69%(=78.32%×34.08%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるMFP等の平成13年の日独の生産・販売比率は48.37%(=21.68%+26.69%)と認められる。
 昭和58年(1983年)の100%、平成13年(2001年)の上記認定の48.37%を基に、各年毎に均等に逓減させると(2.86%ずつ)、原判決「別表5」の(C)欄記載のとおりとなる。そして、第2期の期間について加重平均を求めると(原判決「別表5」の(E)欄ないし(G)欄)、78.12%と認められる。
(ウ) 第3期
a 一審被告を除く第三者による日米独国内における生産割合は、昭和58年(1983年)の資料がないので、一審被告の主張するとおり、LBP、MFP等ともに、一審原告に有利な数値である100%をもって相当と認める。
b LBP
 昭和59年(1984年)から平成12年(2000年)までの各年の資料はないので、平成13年(2001年)の資料をもとに、次のとおり推計するのが相当である。まず、一審被告を除く第三者による平成13年における日米独の生産・販売比率を求め、昭和58年(1983年)と平成13年の間は各年ごとに日米独の生産・販売比率を逓減させる。そして、証拠(甲143〜145)によれば、一審被告以外の日本企業は、平成6年(1994年)ころまでは、ほとんどすべてのプリンタを日本国内で生産し、一審被告以外の日本企業の日本国内における生産割合は96.91%であったこと、及び、証拠(甲141〜143、乙67、69)によれば、平成6年において海外企業の生産シェアの多くは米国企業の米国国内生産で占められ、米国企業の米国国内における生産割合は日本国内における生産割合と同程度であったと推認されることから、一審被告を除く第三者による平成6年における日米独の生産・販売比率を算出した上で、これらの数値に基づき昭和58年と平成6年、平成6年と平成13年との間で逓減を行うのが相当である(その際、平成6年における比率の算出は、平成13年における比率の算出資料とは出典の異なる資料を用い、また、算定手法も一部異なることとなるが、平成13年と昭和58年との間で逓減を行う手法よりは実態を適切に反映するものであるし、他に適切な証拠もないので、やむを得ない。)。このようにして求められた各年の実施割合について、第3期(平成3年〜平成13年)の期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
 証拠(乙67、225)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年(2001年)の日米独生産の割合は41.65%であると認められる。そして、証拠(乙226、227、225)によれば、平成13年の、第三国生産・日米独販売の比率は25.7%(=58.35%×44.06%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者による平成13年の日米独の生産・販売比率は67.35%(=41.65%+25.7%)と認められる。
 証拠(甲143、乙69)によれば、一審被告を除く第三者による平成6年(1994年)の日米独の生産比率は91.92%であるものと認められる。そして、平成6年の日米独販売割合は、平成13年(2001年)における日独販売の割合である44.06%(乙225)と同率の販売割合と推認するのが相当であるから、第三国生産・日米独販売の割合は、3.56%(=8.08%×44.06%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるLBPの平成6年の日米独の生産・販売比率は95.48%(日米独生産割合91.92%+日米独販売割合3.56%)であると認められる。
 昭和58年(1983年)の100%、平成6年(1994年)の前記認定の95.48%、平成13年(2001年)の前記認定の67.35%を基に、各年毎に均等に逓減させると(昭和58年から平成6年の間は、0.41%ずつ。平成6年から平成13年の間は4.01%ずつ)、原判決「別表6」の(C)欄記載のとおりとなる。そして、第3期の期間について加重平均を求めると(原判決「別表6」の(E)欄ないし(G)欄)、84.79%と認められる。
c MFP等
 昭和59年(1984年)から平成12年(2000年)までの各年の資料はないので、平成13年(2001年)の資料をもとに、次のとおり推計するのが相当である。まず、平成13年における一審被告を除く第三者による日米独の生産・販売比率を求め、昭和58年(1983年)と平成13年の間は各年毎に日米独の生産・販売比率を逓減させる。このようにして求められた各年の実施割合について、第3期(平成3年〜平成13年)の期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
 証拠(乙67、228)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年の日米独の生産比率は34.95%であると認められる。そして、証拠(乙70の1、71、92、229、228)によれば、平成13年の、第三国生産・日米独販売の比率は51.57%(=65.05%×79.27%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるMFP等の平成13年の日米独の生産・販売比率は86.52%(=34.95%+51.57%)と認められる。
 昭和58年(1983年)の100%、平成13年(2001年)の上記認定の86.52%を基に、各年毎に均等に逓減させると(0.74%ずつ)、原判決「別表7」の(C)欄記載のとおりとなる。そして、第3期の期間について加重平均を求めると(原判決「別表7」の(E)欄ないし(G)欄)、88.10%と認められる。
(エ) 第4期
a 第4期は1年弱の期間なので、平成13年(2001年)単年の数値によって算定することとする。
b LBP
 証拠(乙67、258)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年(2001年)の米独生産の割合は0%であると認められる。そして、証拠(乙226、227、258)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年の第三国生産・米独販売の比率は28.89%(=100%×28.89%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるLBPの平成13年の米独の生産・販売比率は28.89%(=0%+28.89%)と認められる。
c MFP等
 証拠(乙67、259)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年(2001年)の米独の生産比率は17.84%であると認められる。そして、証拠(乙70の1、71、92、229、259)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年の第三国生産・米独販売の比率は45.80%(=82.16%×55.74%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるMFP等の平成13年の米独の生産・販売比率は63.64%(=17.84%+45.80%)と認められる。
(オ) 第5期
 第5期は短期間なので、第4期の米国生産・販売比率の数値(平成13年(2001年)単年の数値)と平成17年(2005年)の同数値を単純平均して、同比率を求めることとする。
a LBP
 証拠(乙67、260)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年(2001年)の米国生産の割合は0%であると認められる。そして、証拠(乙226、227、260)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年の第三国生産・米国販売の比率は17.12%(=100%×17.12%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者による平成13年の米国の生産・販売比率は17.12%(=0%+17.12%)と認められる。
 証拠(乙262、266)によれば、一審被告を除く第三者による平成17年(2005年)の米国生産の割合は0%であると認められる。そして、証拠(乙263、264、266)によれば、一審被告を除く第三者による平成17年の第三国生産・米国販売の比率は19.83%(=100%×19.83%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるLBPの平成17年の米国の生産・販売比率は19.83%(=0%+19.83%)であると認められる。
 上記各数値を単純平均すると、第5期のLBPの米国生産・販売比率は、18.48%と認められる。
b MFP等
 証拠(乙67、261)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年(2001年)の米国の生産比率は13.27%であると認められる。そして、証拠(乙70の1、71、92、229、261)によれば、一審被告を除く第三者による平成13年の第三国生産・米国販売の比率は39.19%(=86.73%×45.19%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるMFP等の平成13年の米国の生産・販売比率は52.46%(=13.27%+39.19%)と認められる。
 証拠(乙262、267)によれば、一審被告を除く第三者による平成17年(2005年)の米国の生産比率は9.03%であると認められる。そして、証拠(乙248、265、267)によれば、一審被告を除く第三者による平成17年の第三国生産・米国販売の比率は36.29%(=90.97%×39.89%)であると認められる。したがって、一審被告を除く第三者によるMFP等の平成17年の米国の生産・販売比率は45.32%(=9.03%+36.29%)であると認められる。
 上記各数値を単純平均すると、第5期のMFP等の米国生産・販売比率は、48.89%と認められる。
(カ) 一審原告の主張に対する判断
a 一審原告は、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、さらに第三国へ輸出された製品を考慮して算定すべきであると主張する。
 しかし、このような製品は、ライセンス料算定に際しては、日米独特許の効力の及ぶ範囲での製造・販売が実質的になされていないものと考えられるのみならず、一審原告は上記主張の第三国への輸出品の数量が実質的な数量であることを証する証拠を提出していないから、一審原告の上記主張は採用することができない。
b 一審原告は、「2002ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」株式会社富士キメラ総研(「2002年版」、乙67)及び「2006ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査」株式会社富士キメラ総研(「2006年版」、乙262)では、「ページプリンタ」の北米の生産台数が0台とされているものの、これらの資料からは米国のレックスマーク社の生産台数が欠落していると考えられるので、各年度のLBPの日米独の生産販売比率を算定する際に、これを加算すべきであると主張する。
 「2000ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」株式会社富士キメラ総研(「2000年版」、甲142)のC−6(プリンタ。ただし、その定義として、インクジェットプリンタとページプリンタを対象とすると記載されている。)において、「プリンタ」の1999年の総生産台数は6363万台、「2001ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」株式会社富士キメラ総研(「2001年版」、甲141)のC−6(ページプリンタ)において、「ページプリンタ」の1999年の総生産台数は7007万台とされ、「プリンタ」と「ページプリンタ」が概ね同じ基準によって台数が把握されていると考えられる。ところが、2001年版のC−6(ページプリンタ)において、「ページプリンタ」の2000年の生産台数が7445万台であるのに対し、2002年版のC−6(ページプリンタ。ただし、その定義として、LDやLEDなどの光源でスキャンし、感光体ドラム上に形成したトナーの像を紙に転写する方式のプリンタを対象とすると記載されている。)においては、「ページプリンタ」の2000年生産実績が1170万台とされ、2001年の生産台数は1140万台とされている。さらに、2006年版のC−8(ページプリンタ。ただし、その定義として、LDやLEDなどの光源でスキャンし、感光体ドラム上に形成したトナーの像を紙に転写する方式のプリンタで、レーザープリンタ、LEDプリンタなどが含まれると記載されている。)においては、「ページプリンタ」の2005年の生産台数が2030万台とされている。
 以上のとおり、2006年版(乙262)と2002年版(乙67)とを対比すると、両者は「ページプリンタ」を同一の定義によって把握し、その生産台数を作成していることがうかがえる。したがって、2000年版(甲142)及び2001年版(甲141)と比べ、2002年版(乙67)以降は「ページプリンタ」の生産台数を計上する基準が変更になったものと推認され、その「ページプリンタ」の定義の記載からしても、2002年版以降がLBPの生産台数をより正確に反映しているものと考えられる。また、レックスマーク社については、2000年版にはその生産台数の記載がなく(甲142)、2001年版には、北米で600万台、中南米で100万台、中国/香港で40万台、合計740万台とその生産台数が記載されているものの(甲141)、2002年版にはその生産台数の記載がなく(乙67)、2006年版には、中国/香港で25万台の生産台数と記載されている(乙262)。そして、2001年版においては、上記のとおり「ページプリンタ」の定義がLBPの定義と異なっていた可能性が高いことからすると、レックスマーク社の北米での上記生産台数をLBPの生産台数と認めることは困難である。かえって、2006年版(2005年の生産実績)においては、レックスマーク社は、中国/香港生産のみで米国生産が0台であったことからしても、2001年版(2000年の生産実績)においてレックスマーク社がLBPを米国で生産していたことを前提として、一審原告主張のように、LBPの各年度の日米独の生産比率を修正して認定することはできない。
 また、一審原告は、2001年版における「ページプリンタ」の生産台数の数値をLBPの生産台数と認めることは困難であるとしても、ページプリンタとインクジェットプリンタの米国生産割合を同じものと仮定して2001年版のデータからレックスマーク社の全生産台数のうち、米国で生産されている割合(米国生産割合)を求め、2001年の米国生産台数を求めることは一定の合理性を有するはずであると主張する。しかし、2000年の生産実績を記載した2001年版の「北米で600万台」にLBPが含まれているかどうかは明らかでなく、仮に含まれているとしても、翌2001年におけるLBPの米国生産台数が同水準である保障はないから、「北米の生産台数が0台」であるとする、2002年版や2006年版の記載を覆すに足りるものではない。
 さらに、一審原告は、@乙69から認められるレックスマーク社の販売台数と2002年版や2006年版に記載されている生産台数が一致しない、A2002年版(乙67)のC−6「ページプリンタ」の2「地域別生産実績と予測」の表の北米の各年の生産台数は0台であるのに、表の下の囲みの中には、「@2001年の生産地域はアジア 73%>日本 24%>北米 2%順となっている。」との記載があり、矛盾している、B2001年版における2000年のレックスマーク社に関する数値(生産台数740万台)は、同年の全世界の生産台数に同社のシェアを乗じたものとほぼ一致する、と主張する。しかし、これらの事実が認められるとしても、そのことから直ちにレックスマーク社が2001年にLBPを米国で生産していたことになるものではない。
 以上のとおり、一審原告のレックスマーク社の米国における生産台数に関する主張は採用することができない。
c 一審原告は、平成11年(1999年)の日米独の生産・販売比率について、株式会社中日社作成の資料(甲140)を用いて、より正確な算定をすべき旨主張する。しかし、株式会社富士キメラ総研作成の各年度の「ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査」に基づく算定について、平成11年のシェアについてのみ、異なる基準に基づいて作成された統計資料を合わせて用いることは、推計手法として適切でないというべきである。上記のとおり、平成6年(1994年)については、そのころまで日本国内及び米国国内の生産が大半であったと認められることから、一審被告の算定方法においては推計値にとどまる平成6年の台数について代替的に他の統計資料(甲143)を用いて具体的な数値を算定すべきではあるものの、平成11年については、あえて他の統計資料を用いて具体的な数値を算定すべきではない(なお、株式会社富士キメラ総研作成の2000年版[甲142]と2001年版[甲141]の「C−6(プリンタないしページプリンタ)」の総生産台数については、上記のとおり、LBPの正確な生産台数としては採用し得ないものの、米国企業の米国国内における生産割合が高率であったことを推認する限りでは採用できるものである。)。
d 一審原告は、原判決「別表4」における全他社譲渡価格合計額は、年末における為替レートを用いて算出した数値である6兆2969億1937万円を用いているところ、各年度における為替レート平均値を用いるべきであると主張するが、一審被告を除く第三者による日独の生産・販売比率を算定する過程でドルを円に換算するに当たり年末における為替レートを用いたとしても不合理であるということはできないから、一審原告の主張は採用することができない。
(2) 一審被告の全ライセンシーにおける本件各特許発明の実施割合
ア 第1期〜第3期
 一審被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合(LBPにつき56.54%、MFP等につき92.6%)の90%をもって、全ライセンシーの本件各特許発明の実施割合と推認するのが相当であることは、前記7(2)イで説示したとおりである。
イ 第4期及び第5期
 一審被告は、第4期及び第5期については前記ア認定の実施割合を明らかにしておらず、これに代わり、実施製品の機種数を基にした割合を採用すべきであると主張する。
 乙268によれば、平成14年から平成17年について、LBPにおける実施製品の機種数をLBPの販売機種数で除した数値が、平均28.9%であること、乙269によれば、平成14年から平成17年について、MFP等における実施製品の機種数をMFP等の販売機種数で除した数値が、平均57.5%であることが認められる。もっとも、乙269には、LED方式の製品が含まれているところ、LED方式の製品は、本件各特許発明が前提とするLBP方式とは異なった構成を有する別の種類の製品というべきであるから、LED方式の製品は除くべきであり、そうすると、平均62.2%であることが認められる。
 上記各証拠は、第1期ないし第3期とは異なった基準を用いて算定するものである。しかし、証拠(乙208、209)に記載されている一審被告における本件特許発明の実施品の割合の変遷状況からすると、本件特許発明の実施割合は低下する傾向にある。また、本件特許発明の実施品の割合が第3期の平成10年8月の期間内において大きく変動していることからすれば(乙208、209)、第4期及び第5期における本件特許発明の実施品の割合を、直近の第3期における実施品の割合から推認することは困難である。そして、第1期から第3期について、証拠(乙208、209)の記載事項を基にして乙268、269と同様にして機種数による手法で計算すると、LBP及びMFP等の実施品の割合について、実施品の一審被告出荷金額の割合で計算した場合とほぼ類似の実施割合の数字が得られるから、第4期及び第5期については、一審被告が提出した証拠(乙268、269)をもって、実施品の割合を認定することとする。
 一審原告は、乙268において、平成14年(2002年)以降に急激に4面ポリゴンミラーの機種が増えたことは不自然であると主張する。しかし、前記6(1)イ(イ)eのとおり、4面ポリゴンミラーを使用している機種は、平成14年以降プリント速度が速くなったものであって、このことによって増えたと考えることができるから、不自然ではない。
 第4期及び第5期における一審被告を除く第三者による本件特許発明の実施割合は、第1期〜第3期の場合と同様に、一審被告の本件特許発明の実施割合(LBPにつき28.9%、MFP等につき62.2%)の90%と推認するのが相当であることは、前同様である。
(3) 一審被告の全ライセンシーの本件各特許発明を実施した製品の譲渡価格
 以上によれば、一審被告の全ライセンシーの本件各特許発明を実施した製品の譲渡価格は、以下の計算式によって、次のア、イのとおりと推認される。
(計算式)一審被告の全ライセンシーにおける譲渡価格×本件各特許発明の場所的効力の及ぶ割合×本件各特許発明の全ライセンシーにおける実施割合
ア LBP
(ア) 第1期
 2億5209万9128円×100%×(56.54%×90%)=1億2828万3162円
(イ) 第2期
 1兆2029億4826万3151円×88.89%×(56.54%×90%)=5441億2435万9857円
(ウ) 第3期
 4兆5012億0174万4927円×84.79%×(56.54%×90%)=1兆9420億9928万0743円
(エ) 第4期
 4180億8474万0747円×28.89%×(28.9%×90%)=314億1609万5684円
(オ) 第5期
 1兆3226億6810万1901円×18.48%×(28.9%×90%)=635億7599万9866円
(カ) 小計
 1億2828万3162円+5441億2435万9857円+1兆9420億9928万0743円+314億1609万5684円+635億7599万9866円=2兆5813億4401万9312円
イ MFP等
(ア) 第1期
 0円×100%=0円
(イ) 第2期
 47億1649万3059円×78.12%×(92.6%×90%)=30億7068万2616円
(ウ) 第3期
 4兆3685億6859万4793円×88.10%×(92.6%×90%)=3兆2075億1402万3939円
(エ) 第4期
 1兆2090億0625万8354円×63.64%×(62.2%×90%)=4307億1160万4060円
(オ) 第5期
 5兆2631億3114万5747円×48.89%×(62.2%×90%)=1兆4404億4646万8644円
(カ) 小計
 0円+30億7068万2616円+3兆2075億1402万3939円+4307億1160万4060円+1兆4404億4646万8644円=5兆0817億4277万9259円
(4) 実施料率
 前記7(1)のとおり、第1期〜第3期における本件特許発明の実施料率は、LBPについては、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.40%を4005で除して30を乗じた0.018%(2.40%÷4005×30=0.018%)、MFP等については、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.91%を6175で除して30を乗じた0.014%(2.91%÷6175×30=0.014%)と認められ、第4期及び第5期においては、LBPについては、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.40%を4005で除して20を乗じた0.012%(2.40%÷4005×20=0.012%)、MFP等については、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.91%を6175で除して20を乗じた0.009%(2.91%÷6175×20=0.009%)と認められる。
(5) 費用控除の可否
 一審被告は、実施料収入全額が「使用者が受けるべき利益」に該当するものではなく、多数の相手方と被告ライセンス契約を締結し、これらの変更・更改や相手方の履行を管理し、実施料相当額の支払を受けるまでには、一審被告がライセンス契約の対象となる技術を開発するための研究・開発費や一般管理費をはじめとして一審被告が負担した「費用」が存在するのであるから、これを控除する必要があると主張する。
 確かに、一審被告が主張するものは、被告ライセンス契約における費用と解することも可能なものである。しかし、これらの要因は、旧35条4項の「相当の対価」の算定の際には、「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を判断する際の重要な要素として考慮するのが相当であり、同条項の解釈として実施料収入から「費用」を控除しなければならないとの一審被告の主張は採用することができない。
(6) 小括
 以上によれば、一審被告が本件各特許発明によってライセンス収入により得た「利益の額」は、次のとおりである。
ア LBP
 (1億2828万3162円+5441億2435万9857円+1兆9420億9928万0743円)×0.018%+(314億1609万5684円+635億7599万9866円)×0.012%=4億5894万2397円
イ MFP等
 (30億7068万2616円+3兆2075億1402万3939円)×0.014%+(4307億1160万4060円+1兆4404億4646万8644円)×0.009%=6億1788万6084円(7) 減額調整の必要性に対する判断
ア 一審被告の主張
 一審被告は、原判決における実際の包括(クロス)ライセンス契約により得た利益の額の計算は、以下の点で一審原告に有利な数値を用いていると主張する。
@ 実施料相当額を算定する期間について、理論上使用者の受けるべき利益の存在しうる最も早い時点である本件日本特許の出願公開日(昭和58年4月22日、311頁8行、第1期の起算日)から最も遅い時点である本件各米国特許の有効期間(平成17年12月31日、311頁下3行〜下2行、第5期の末日)までの基準期間を採用している。出願特許は登録特許に比べてライセンス契約の交渉・締結における寄与が小さいにもかかわらず、出願公開から登録までの期間を登録後と同様に取り扱って基準期間に含めることは、一審原告に有利である。
A 本件日本特許実施分の割合の計算において、不明な時点の割合について100%と設定している(315頁3行〜5行、下6行〜下3行、317頁13行)。
B 包括ライセンス契約における本件各特許の寄与度の計算において、被告ライセンス契約においては出願特許がライセンス対象とされているにもかかわらず、その寄与を零としている。
C 包括ライセンス契約における本件各特許の寄与度の計算において、分母に用いる登録特許の数を1/2に減じて、各登録特許の寄与を0.5件とみている(306頁7行〜15行)。
イ 一審被告の主張に対する判断
 一審被告の上記主張については、次のように解することができる。
(ア) 上記ア@については、特許出願人は、特許の出願公開後、警告をしたときに警告後その発明を実施した者又は出願公開された発明であることを知ってその発明を実施した者に対して、補償金の支払を請求することができる(特許法65条1項)から、出願特許であるからといって、必ずしもライセンス契約に対する寄与が低いということはできない。既に認定した本件各特許発明の内容等からすると、本件日本特許の出願公開日から本件各米国特許の存続期間満了日までの基準期間を採用することが特段一審原告に有利であるということはできない。
(イ) 上記アAについては、前記(1)オのとおり、一審被告を除く第三者による日米独国内における生産割合につき、昭和58年(1983年)の割合を100%と設定している。この点は、一審原告に有利であるが、これは、一審被告の主張によったものである。
(ウ) 上記アBについては、被告ライセンス契約における本件各特許の寄与度の計算において、出願特許は、分母として含んでいない。出願特許が分母として含まれれば、本件各特許の寄与度は、一審原告に不利になる可能性があるから、この点は、一審原告に有利であるということができる。しかし、被告ライセンス契約における本件各特許の寄与度の計算において、出願特許を分母として含んでいない計算方法は、一審被告の主張によったものである。
(エ) 上記アCについては、前記7(1)ウ(ア)のとおり、包括ライセンス契約における本件各特許の寄与度の計算において、分母に用いる登録特許の数を1/2に減じているのは、基準期間内において、新たに特許登録されたり、又は、存続期間満了や無効等によって権利消滅が生じることを考慮したものであって、特段一審原告に有利であるとはいえない。
(オ) 以上のとおり、一審原告に有利な計算方法が採用されている部分もあるが、これは、一審被告の主張によったものである上、前記(1)ウ(ア)のとおり、MFP等の全他社譲渡価格を、標準小売価格から求めるに当たり、乙89(内閣府国民生活局消費者情報室編集「くらしと物価(平成13年版)」)という、家電製品の譲渡価格と標準小売価格との関係に関する一般的な資料を用いており、また、前記(2)イのとおり、第4期及び第5期の一審被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合を機種数によっているなど、必ずしも一審原告に有利であるとはいえない計算方法を採用している部分もあるから、減額調整の必要性があるとは認められない。
(8) 一審原告及び一審被告が主張する各算定方法に対する判断
 以上の算定方法に関し、一審原告及び一審被告はこれと異なった算定方法を主張する。しかしながら、これらの算定方法はいずれも採用することができない。その理由は次のとおりである。
ア 算定方法1及び2
 一審原告は、算定方法1及び2として、本件各特許が単独でライセンスされた場合を想定し、光学ユニット単体を基礎とした売上額と実施料率10%を用いて、相当の対価を算定すべきであると主張する。
 しかし、本件各特許発明は現実に単独でライセンスされておらず、LBP等に用いられる技術に関する一審被告の保有特許等のすべてを対象とした包括クロスライセンス契約の対象特許の一つとされていたにすぎないのであるから、算定方法1及び2は、エレクトロニクス分野において包括クロスライセンス契約が締結される背景や被告ライセンス契約締結の実態に照らし採用することができない。また、一審原告が算定方法1及び2において主張する本件各特許発明の実施料率10%は、前記5(3)ウ(ウ)のとおり、採用することができない。
イ 算定方法3、8〜13
 一審原告は、算定方法3、11として、「全世界における相手方のLBP及びMFP等の売上げ(譲渡価格合計額)」に基づき、算定方法8、12として、「一審被告の主張による被告ライセンス契約によって支払われるべき実施料」に基づき、算定方法9、10、13として、「実施許諾先の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の全世界における売上げ(譲渡価格合計額)」に基づき、それぞれ算定すべきであるとし、その金額を主張する。しかし、上記(1)〜(3)のとおり、「一審被告の全ライセンシーによる譲渡価格合計額(=一審被告以外の全他社の譲渡価格合計額×全ライセンシーのシェア)×本件各特許発明の実施品の割合(=本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合×全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合)」によって求められる一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額を基に算定すべきであり、当該計算式における個々の金額は、上記(1)〜(3)のとおり認定すべきであって、これらに反する一審原告の上記主張は、いずれも採用することができない。
 一審原告は、算定方法3、8及び10において、本件各特許発明の寄与度を10.4%と主張し、算定方法11〜13において、その寄与度をLBPについて228/4005、MFP等について228/6175と主張する。しかし、前記7(1)エのとおり、これらの主張は採用することができない。また、算定方法9における本件各特許発明の寄与度100%との主張も、採用することができない。さらに、算定方法3、9〜11、13における一審原告主張の実施料率5%は、前記5(3)ウ(ウ)のとおり、採用することができない。
ウ 算定方法4〜7、14〜17
 一審原告は、算定方法4〜7、14〜17として、包括クロスライセンス契約において一審被告が支払を免れたライセンス料を想定して、一審被告が本件各特許発明により得た利益の額を算定することを主張する。
 確かに、無償包括クロスライセンス契約がなされた場合における一審被告が得た利益の額は、一審被告が相手方の複数の特許発明を実施することにより本来支払うべき実施料の額に、相手方に実施許諾した複数の特許発明における当該発明の寄与率を乗じて算定することも可能である。
 しかし、この算定方法によれば、一審原告は、相手方が保有している複数の特許を特定し、一審被告がこれを実施していることをまず主張すべきであるのに、一審原告は、算定方法4〜7、14〜17において、一審被告のLBP及びMFP等の全世界における売上げに対し、本件各特許発明の実施料率を5%、寄与度を10.4%又はLBPについて228/4005、MFP等について228/6175を乗じる旨主張しているものであり、相手方保有特許を前提とした主張を何らしていないのであるから、このような算定方法4〜7、14〜17は、採用することができない。また、前記5(3)ウ(ウ)のとおり、一審原告が主張する実施料率5%は採用することができず、前記7(1)エのとおり、寄与度についての主張も採用することができない。
エ 算定方法18、19
 本件各特許発明により一審被告が「受けるべき利益」の算定における譲渡金額を「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」としながら、本件各特許発明の寄与度を「一審被告が有する基準期間内の全特許件数(除外特許等を除く)の中で本件各特許発明が寄与している度合い」とすることに矛盾がないことは、前記7(1)ウ(エ)bのとおりである。したがって、これらに矛盾があることを前提とする算定方法18、19を採用することはできない。
 また、前記5(3)ウ(ウ)のとおり、一審原告が主張する実施料率5%は採用することができず、前記7(1)エのとおり、寄与度についての主張も採用することができず、前記(1)イウのとおり、「全ライセンシーのシェア」を「100%」とすることはできない。
 さらに、算定方法18につき、「一審被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額」中にヒューレット・パッカード社の譲渡金額を含めることができないことは、前記(1)エのとおりであり、「地理的効力範囲内製品の割合」について、レックスマーク社の米国における生産台数に関する一審原告の主張を採用することができないことは、前記(1)オ(カ)bのとおりであり、「全ライセンシーの実施割合」について「100%」とすることができないことは、前記7(2)のとおりである。算定方法19につき、「一審被告以外の全他社のLBP及びMFP等の譲渡価格合計額」を採用することができないことは、上記のとおりである。
オ 被告算定方法A及びB
 一審被告は、被告算定方法A及びBとして、他社製品譲渡価格に本件特許発明ないし本件各特許発明の実施割合、標準包括ライセンス料率を乗じ、費用割合を控除し、これに本件特許の寄与率を乗じる方法を主張している。
 しかし、一審被告が主張する費用割合(被告算定方法Aにおいては92.91%、被告算定方法Bにおいては60.7%)は、これを本件各特許発明に対する一審被告の貢献度において考慮すべきことは前記(5)説示のとおりである。また、一審被告は、本件特許の寄与率を1/対象特許群に含まれる登録特許の数と主張しており、この点は、既に認定した本件各特許発明の重要性、その社内評価、その有用性を過小に評価しているものであり、また、対象特許群の中には、相手方が実施していない特許も相当数含まれていることが多いと推認されることからしても、採用することができない。
カ 被告算定方法C
 一審被告は、被告算定方法Cとして、本件特許発明の譲渡時点における対価を求めるため、被告ライセンス契約により一審被告が受けるべき利益の同時点での予測値を、一審被告が負担するLBP等の事業(ライセンス)の失敗リスクを反映した割引率を用いて割り引いて譲渡時点の価値に引き直す、ディスカウントキャッシュフロー方式で計算する方法を主張し、ナショナル・エコノミック・リサーチ・アソシエイツ株式会社作成の鑑定書を提出する(乙174)。
 上記方式は、評価期間の本件特許に関連する予測ライセンス収入を、LBP及びMFP等事業のキャッシュフローを元に推測するものであり、各年度のLBP及びMFP等事業のキャッシュフローは、評価期間初年度のキャッシュフローが一定の成長率で伸びると仮定し、その成長率を、株主持分キャッシュフロー(FCFE)モデルを用いて、一審被告の当時の事務機部門の仮想株価、株主資本コスト、初年度の株主持分キャッシュフロー(FCFE)を代入して求めるものである(乙174)。このような算定方法は、特許発明の独占的実施による利益を実際に得た後、あるいは、第三者に特許発明の実施許諾をし、実施料収入を実際に得た後に、相当の対価を判断する場合においては、適当な方法とはいえない。なぜなら、実際に得た独占的実施による利益あるいは実施料収入額が判明しているにもかかわらず、上記のような仮想の数値を用いて、予測ライセンス収入を算定し、事業リスクを加味した割引率を用いる必要性に乏しいからである。さらに、上記鑑定書は、本件各特許の寄与率について、一審被告が算定方式A及びBにおいて用いた数値を使用するものであり、この数値もまた採用し得ないものであることは、上記イのとおりである。
9 争点3−5(一審被告による本件各特許発明の実施による利益の額)について
(1) 一審被告による本件各特許発明の実施による利益の存否
 特許権者が、当該特許発明を実施しつつ、他社に実施許諾もしている場合において、当該特許発明の実施について、実施許諾を得ていない他社に対する特許権による禁止権を行使したことによる超過利益が生じているとみるべきかどうかについては、前記4(3)説示のとおり、@特許権者は旧35条1項により、自己実施分については当然に無償で当該特許発明を実施することができ(法定通常実施権)、それを超える実施分についてのみ「超過利益」の算定をすることができるのであり、通常は50〜60%程度の減額をすべきであること、A当該特許発明が他社においてどの程度実施されているか、当該特許発明の代替技術又は競合技術としてどのようものがあり、それらが実施されているか、B特許権者が当該特許について有償実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針を採用しているか、あるいは、特定の企業にのみ実施許諾をする方針を採用しているか、などの事情を総合的に考慮して判断すべきである。
 本件各特許発明には、前記6(1)イ認定のとおり、代替技術ないし競合技術が存在し、現に一部の製品では当該代替技術ないし競合技術が使用されており、また、前記5(3)ア認定事実によれば、一審被告は、自らLBP及びMFP等を製造販売しながらも、希望する企業があれば、本件各特許発明を有償で実施許諾するとの方針を採用し、LBP等を製造販売する業者の多く(一審被告以外の全他社を基準とすると、生産シェアにおいてLBPは少なくとも91.13%、MFP等は少なくとも78.16%。販売シェアにおいてLBPは少なくとも91.19%、MFP等は少なくとも82.44%)と包括クロスライセンス契約を締結し、本件各特許発明の実施を許諾しており、前記8(2)のとおり、他社においても高い割合(第1期〜第3期のLBPにつき56.54%、MFP等につき92.6%の各90%、第4期・第5期のLBPにつき28.9%、MFP等につき62.2%の各90%)で本件各特許発明が実施されているものと推認される。これらの事情からすると、一審被告による本件各特許発明の実施による超過利益の額が大きいものということはできず、上記50〜60%をはるかに上回る減額(本件の場合は約90%)をする必要があるというべきである。
 しかし、上記のとおり、一審被告は、希望する企業があれば、本件各特許発明を有償で実施許諾するとの方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているが、それはあくまでも有償であることを前提としているのに対し、自社製品については実施料を支払う必要がないこと、全ての他社において本件各特許発明が実施されているとまでは認められない上、代替技術ないし競合技術についても、前記6(1)ウのとおり、本件日本特許の存続期間内において、本件特許発明を明らかに上回る技術があったとまでは認められないことなどからすると、一審被告は、一定限度の超過利益を得ていると認めることが相当である。
(2) 一審被告による本件各特許発明の実施による利益の額及びこれに基づく対価の額
 一審被告による本件各特許発明の実施による対価の額の算定に当たっては、一審被告による自己実施に係る分を仮に第三者に実施許諾をしたと想定した場合に得られる実施料(仮装実施料)の額から旧35条1項の法定通常実施権による減額を考慮した金額をもって利益の額とし、これに基づいて対価の額を算定することも許されると解する。
 そこで、これを本件についてみるに、証拠(乙63、64、67)によれば、一審被告は、平成13年(2001年)の全世界生産台数のうち、LBPは59.08%、MFP等は29.01%のシエアを占めていることが認められ、一審被告の製品における本件特許発明が実施されている割合は、前記6(3)ウ及び8(2)イ認定のとおりである。また、実施料率等は、既に5〜8で認定した第三者にライセンスした場合の実施料率等とほぼ同様に考えることができると解される。これらに基づき、前記8(6)認定に係る「一審被告が本件各特許発明によってライセンス収入により得た『利益の額』」を参考にするとともに、@上記(1)のとおり一審被告は一定限度の超過利益を得ていると認めることができるものの、その額が大きいものということはできず、50〜60%をはるかに上回る減額(約90%)をする必要があること、A本件各特許発明について一審被告が貢献した程度は後記10のとおりであり、中間利息を控除すべきことも後記11のとおりであることその他一切の事情を考慮して、一審被告による本件各特許発明の実施による利益に基づく対価の額を算定すると、前記8(6)[小括]から、一審被告のシエア割合、法定通常実施権減額(約90%減額)、一審被告の貢献割合(94%減額)等を考慮して、その額は、LBPにつき300万円、MFP等につき100万円、合計400万円を下らないと認めるのが相当である。
10 争点4(本件各特許発明について一審被告が貢献した程度)について
(1) 総説
 前記2(2)のとおり、旧35条3項及び4項の規定は、職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において、職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために、当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ、その処分時において、当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち、同条4項所定の基準(その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度)に従って定められる一定範囲の金額について、これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し、もって発明を奨励し、産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであって、従業者等と使用者等の利害関係を調整する規定であると解するのが相当である。
 旧35条3項及び4項が上記のとおり従業者等と使用者等の利害関係を調整する規定であることからすると、「使用者等が貢献した程度」には、使用者等が「その発明がされるについて」貢献した事情のほか、特許の取得・維持やライセンス契約の締結に要した労力や費用、あるいは、特許発明の実施品にかかる事業が成功するに至った一切の要因・事情等を、使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した一切の事情として考慮し得るものと解するのが相当である。
 ところで、旧35条3項及び4項は、その「対価」という文言や上記の規定の趣旨、対価の額を定めるに当たっては「発明により使用者等が受けるべき利益の額」を考慮すべきとされていること等に照らすと、職務発明の独占的な実施に係る権利が有する価値のうち従業者等に属するものを金銭として請求することを認めるものであって、それを認めることが従業者等のインセンティブとなり、発明を奨励し産業の発展に寄与するということになるものの、そのようなインセンティブという側面のみから上記各項を解釈することはできない。職務発明の独占的な実施に係る権利が有する価値のうち従業者等に属するものを金銭に評価して請求するという、「対価」としての側面を無視することはできない。そうすると、その額は従業者等に対するインセンティブとなるもので足りるということはできず、その旨の一審被告の主張を採用することはできない。
 一審被告は、旧35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が極めて高額になる場合は、「使用者が貢献した程度」は通常よりも高いものとなり得るのであり、「利益の額」が低額になる場合には、「使用者が貢献した程度」は、通常よりもやや低くなり得ると主張する。しかし、旧35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が高額であるか低額であるかによって、一概に「使用者が貢献した程度」が高いとか低いということはできないものと考えられる。発明自体が非常に価値があるために「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が高額になることがある。これに対し、発明自体はそれほど価値がなくとも、使用者の営業努力等によって「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が高額になることもある。また、発明自体は価値があるものであっても、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は低額にとどまることがある。これに対し、発明自体それほど価値がなく、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」も低額にとどまるということもある。これらの場合のうち、発明自体に非常に価値があるときは、従業者等の貢献の程度が高いということがあり得るが、そのような場合は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が高額であるからといって、従業者等の貢献の程度を低く見てもよいということにはならない。これに対し、発明自体がそれほど価値がなくとも、使用者の営業努力等によって「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が高額になる場合は、「使用者が貢献した程度」を高く見ることになる。「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が低額にとどまる場合についても、同様に、発明自体に価値がある場合には、従業者等の貢献の程度が高いということがあり得る反面、発明自体にそれほど価値がない場合などには、「使用者が貢献した程度」が高いということもあり得る。したがって、一審被告の上記主張を採用することはできない。
 そこで、以下において、本件各特許発明に一審被告が貢献した程度について、判断する。
(2) 一審原告が本件各特許発明に至った経緯
ア 一審被告におけるLBPの新製品の開発
(ア) 証拠(乙15〜23、99〜101、106、163〜166、171〜173、181の1〜3、295、298、証人C、控訴人本人X)によれば、次の事実が認められる。
a 一審被告は、昭和50年、世界で初めてLBPの製品化に成功し、その後も、LBPの小型化、低価格化、高精細化の研究開発に多大な資源を投入し、その開発を進めてきた。
b 一審被告においては、新製品開発のために、タスクフォース・システムが採られている。これは、特定の新製品開発のために関係各部門から各専門分野のメンバーをチーフの下に集めて短期間で集中的に活動するもので、メンバーは、開発の進展に従って、途中で入れ替わることも多い。
 一審原告は、一審被告において、LBPの新製品開発のためのタスクフォースに、次のとおり光学設計の担当者又は責任者として参加した。すなわち、一審原告は、昭和50年4月発足のTR−016のタスクフォース(同タスクフォースにおいてノウハウブック[乙102]が作成された)に中途から参加した。一審原告は、その後、昭和51年2月発足のTR−018、同年10月発足のTR−026、同年11月発足のTR−027、昭和52年8月発足のTR−029、昭和55年7月発足のTR−048等のタスクフォースに参加し、さらに、昭和55年9月発足のTR−050タスクフォース(FSP−DRY開発のためのタスクフォース)に参加した。
c 後記(3)ア(ア)〜(ウ)、(オ)のとおり、Dレポート(乙10)を作成したD、Eレポート(乙11)を作成し、E特許(乙12の1・2、13)の発明者でもあるE、Dと共にノウハウブック(乙102)を執筆したIらは、一審原告が参加する前から、LBPの新製品開発のためのタスクフォースに参加し、一審原告と同時期にも各タスクフォースに参加している。また、後記(3)ア(エ)のとおりF特許(乙14)の発明者であるFは、一審原告が参加する前のタスクフォースに参加していた。
 一審被告の職場においては、Dレポートなどの報告書は閲覧可能な状態に置かれ、また、職務に関連する特許の公開公報や公告公報が定期的に回覧に供されていた。一審原告の居た職場においても、光学系の特許明細書(国際特許分類で「G02B」に分類されるもの)は回覧されていた。LBPのタスクフォースに参加する社員は、これらの技術文献を読み、LBPに関連する技術を学習し、蓄積することが期待されていた。
d 上記bのTR−050のタスクフォースでは、乾式現像方式の小型LBP(FSP−DRY)の開発を目標として、Aがチーフに任じられ、それまでのタスクフォースと同様に、各技術分野の専門家が集められた。一審原告は、同タスクフォースにおいて光学系の開発責任者に任じられた。
 FSP−DRYの大きさ、用紙サイズ、プリント速度、解像度等の基本仕様は、昭和55年9月ころまでに決定され、昭和56年1月末ころまでが機能試作の段階とされた。FSP−DRYの機能試作とは、機能試作機を試作して各評価を行い、製品化の判断を行う段階であり、次いで製品試作の段階が予定されている。FSP−DRYの開発は、製品試作まで進んだものの、乾式現像方式の開発で問題が生じ、その次の生産試作に進めず製品化には至らなかった。
 しかし、同タスクフォースで開発された共役型倒れ補正光学系などの技術を「LBP−10」に転用することとなり、その転用された製品が「LBP−10U」として昭和58年2月に発売された。同製品において、本件特許発明が初めて実施された。
(イ) 一審原告は、TR−016のタスクフォースには参加していない旨主張し、甲95、182(一審原告の陳述書)にはその旨の記載があり、控訴人本人尋問においてもその旨の供述をする。確かに、TR−016のタスクフォース編成計画書には、一審原告の氏名は記載されていない(乙101、173)。しかし、同タスクフォースのレポートである昭和50年12月3日付けの「LBP打ち合せ報告」(乙171)が一審原告にも配布されていることからすれば、一審原告は遅くともこのころから同タスクフォースに参加していたものと認められる。
イ TR−050のタスクフォースにおける本件各特許発明の想起
(ア) 証拠(乙23、104の1〜3、105、163〜166、172、173、181の1〜3、198、222、309、証人C、控訴人本人X)によれば、次の事実が認められる。
a 一審原告は、TR−050のタスクフォースにおいて、FSP−DRYの機能試作機の走査光学系を設計し、その設計図面を作成した(本件物理設計図[乙104の1〜3]に転記されている光学系構成図[昭和55年10月6日付け「DCV10340−A202」]、以下「DCV図面」という。)。
b プロセス設計者であるCは、昭和55年11月1日付けで、FSP−DRYの本件物理設計図(乙104の1〜3)を作成した。
 物理設計図は、LBPの開発に当たって、プロセス設計者が当該LBPの開発に採用された技術を体系的かつ網羅的にまとめ、機械、電気、光学等の各技術分野の責任者に対して、開発・設計の目標・方針、その他の各種指示・要請を伝えるために作成されるものである。
 本件物理設計図は、光学系の表題の下に、まず、一審原告が作成したDCV図面を縮小コピーして掲げ、それに続いて、「スポット径」、「光量損失」、「走査領域での光量ムラ」、「ジッタ、ピッチムラ」、「その他」の各項目を設けたもので、「走査領域での光量ムラ」と「ジッタ、ピッチムラ」が「未検討」であるほか、「スポット径」において、「ドラム面スポット形状は__±__μ×__±__μである。」と記載されていて、具体的な数値が記載されていない。そして、「その他」の中に、「静止ゴーストが発生する事のない様配慮のこと。」との記載がある。Cがこのような記載をしたのは、FSP−DRYでは従来の非倒れ補正光学系ではなく初めて共役型倒れ補正光学系が採用されたので、静止ゴースト像が機能試作機に出現する可能性があるためであった。
c FSP−DRYの機能試作機は昭和56年1月ころ完成し、直ちに評価試験が行われたが、絵出しのときに静止ゴースト像が現われた。その理由は、それまでLBPに採用されてきた技術では、入射光を偏向面と垂直方向に傾けて入射して静止ゴースト像を除去するものであったのに対し、FSP−DRYで採用された共役型倒れ補正光学系では、垂直方向に傾けて入射しても同光学系の倒れ補正機能のため再反射光(ゴースト光)が被走査媒体の有効走査巾内に結像してしまうことによるものであった。
d 上記静止ゴースト像の出現はチーフのAに報告された。Aは、その後、担当者にその静止ゴースト像の除去を指示した。
e 一審原告は、昭和56年1月以降遅くとも4月中旬までの間に、TR−050のタスクフォースの光学系の開発責任者として、静止ゴースト像を除去するための構成を検討し、本件各特許発明を想到するに至った。そこで、一審原告は、昭和56年5月15日付けの「DDV10340図面」(乙105・本件光学配置図。以下「DDV図面」ともいう。)を作成し、製品試作機の走査光学系の設計図を完成させた。一審原告は、DCV図面では入射角を約90度としていたのをDDV図面では「58°±30’」と小さくする設計変更を行った。
f 一審被告は、昭和56年9月、一審原告によって上記のとおり設計変更されたFSP−DRYの製品試作機の走査光学系について、その光学性能(結像スポットの大きさ、形状等の性能)及び「ゴースト除去効果」の確認のための評価試験を行った(乙198、「Bレポート」)。Bレポートの目的欄には「今回の試作は実装時のゴースト回避のための設計変更(レーザー入射角90°→60°)にもとづくものである。光学性能のチェックとゴースト除去効果の確認を目的とする。」と記載されている。そして、結論欄には、「ゴースト像発生位置はほぼ計算値通りで、有効画面外に除去することができた。」と記載されている。また、検討結果一覧には、「ほぼ計算値(153.59mm)通り、有効画面外なので問題なし」との記載がある。Bレポートは、一審原告の検印とコメントの書き込みを得て、チーフのAらに提出された。
(イ) 上記(ア)b認定のとおり、本件物理設計図(乙104の1〜3)の「その他」には、「静止ゴーストが発生する事のない様配慮のこと。」との記載がある。この記載は、従来の非倒れ補正光学系ではなく初めて共役型倒れ補正光学系が採用されたことから、本件各特許発明でいう「静止ゴースト像」が機能試作機に出現する可能性があったために記載されたものと解される。そうすると、このような静止ゴースト像の発生防止が、TR−050のタスクフォースの関係者に対する課題として与えられていたということができる。甲182(一審原告の陳述書)の34頁には、ここでいう「静止ゴースト」は、本件各特許発明でいう「静止ゴースト像」とは異なる旨の記載があるが、この甲182の記載は、本件物理設計図の「静止ゴースト」の技術的意義を上記のとおり理解できることからすると、採用することができない。
 そして、本件物理設計図は、上記(ア)b認定のようなものであり、空欄や未検討の部分があるが、上記(ア)b認定の記載されている項目に照らすと、光学設計者に向けられたものであるということができる。一審原告は、「スポット径」の部分に「ドラム面スポット形状は__±__μ×__±__μである。」と記載されていて、具体的な数値が記載されていない」から、このような記載ではレンズの設計ができないと主張するが、この記載の横と下に、「LBP−10は80μ×120μ(主走査×副走査)が平均的スポットである。」、「今までの経験からいうとスポット径は小さい(He−Neレーザの50μ)方が良である。」、「NP−200改良のLB−200による当り実験によれば、MAX許容限界は120×180μぐらいと思われる。(より精度の良い実験は今後の予定)」との記載があるから、好ましいスポット径について示唆されており、光学設計者に向けた指示として意味がないものということはできない。また、一審原告は、光量設計業務においてパワーチェッカーを使用しないから、「光量損失」の記載は光学設計者に向けたものではないと主張する。しかし、ここで、「パワーチェッカー」について言及しているのは、パワーチェッカーを使用することを求めているのではなく、パワーチェッカーによる光量測定部からドラム面までの光量低下量のばらつきをできるだけ小さくすることを求めているにすぎないから、その記載の上の「光学系全体の光量損失はドラムの感度、レーザのパワーに余裕のない現状である為、できる限り少ない方が良い。」との記載も併せ考慮すると、光学設計者に向けた指示と解することができる。
 また、Dレポート(乙10)は、TR−006のタスクフォースにおいて作成されたものであるところ、Dレポートの作成者であるDは、同タスクフォースにおいて、プロセス担当者であった(乙173)。また、Eレポート(乙11)も、TR−006のタスクフォースにおいて作成されたものであるところ、Eレポートの作成者であるEは、同タスクフォースにおいて、プロセス担当者であった(乙173)。もっとも、Eは、TR−016、TR−018及びTR−027のタスクフォース編成表(乙16、19、101)では、「電気設計者」である旨記載され、TR−011のタスクフォース編成表(乙100)でも「コントロール回路設計製作」と記載されている。さらに、Dと共にノウハウブック(乙102)を執筆したIも、プロセス担当者であった(乙16〜18、20、100、101、173)。これに対し、TR−006のタスクフォース編成表(乙15)では、F特許の発明者であるFは「光学設計」と記載されている。また、後記(3)ア(カ)のとおり、TR−016のタスクフォースにおいて、静止ゴーストについての解析を行ったJは、光学の担当であった(乙101、173)。以上の事実からすると、プロセス担当者がゴースト像の発生防止を担当していたことが認められるものの、ゴースト像の発生防止がプロセス担当者のみの任務であったとは認められない。
 したがって、本件物理設計図中の「静止ゴーストが発生する事のない様配慮のこと。」との上記記載が、光学設計者に向けられたものと解して不自然ではない。
 そして、上記(ア)b認定のとおり、物理設計図は、LBPの開発に当たって、プロセス設計者が当該LBPの開発に採用された技術を体系的かつ網羅的にまとめ、機械、電気、光学等の各技術分野の責任者に対して、開発・設計の目標・方針、その他の各種指示・要請を伝えるために作成されるものであると認められるから、光学系の開発責任者であった一審原告に対しても配布されたと認めるのが相当である。
 なお、一審原告は、本件物理設計図は、FSP−DRY設計図ではない。このことは、@中央研究所からの開発オーダーであれば、「DCV」で始まる番号が付されていなければならず、その後ろの番号も本件物理設計図に付された光学図面と同じ「10340」でなければならないところ、本件物理設計図の番号は「DCW−20035」であること、A本件物理設計図(乙104の2)には、「・TN−117E改良のFSP−DRYUでの実測透過率データ」との記載があり、本件物理設計図(乙104の3)には、「TN−117E改造FSP−DRYの場合、全面露光の光が2次除電器全面露光側シールドとドラム表面とのスキマから入り込み、潜像形成に影響した。」と記載されていることからすると、既にFSP−DRYやFSP−DRYUの機能試作機が存在していたことから明らかである、と主張するが、この点に関する証人Cの証言(図面の番号が「DCW−20035」であるから本件物理設計図はFSP−DRY設計図ではない旨の質問に対する「そんなことはないです。これ僕が作成したんですよ。何聞いてるんですか。」との証言、上記AのFSP−DRY及びFSP−DRYUについての質問に対する「要素が何かを検討する実験機みたいなのがあったと思います。」との証言[証人調書64頁])及び乙322の記載(FSP−DRYの機能試作のオーダはDCW−20035とする旨の「連絡表」の記載)に照らし、採用することができない。
 また、一審原告は、@本件物理設計図(乙104の1〜3)の記載は、プロセス担当者に向けられたものであって、一審原告のような光学設計者に向けられたものではない、A静止ゴースト像の問題は、プロセス担当者が担当してきた問題であって、光学設計者の専門技術分野に属する問題ではない、B本件物理設計図は、一審原告に対して配布されていない、と主張し、それに沿う記載が一審原告の陳述書(甲95、182)にあり、控訴人本人尋問においてもその旨の供述をするが、上記のとおり、いずれも採用することができない。
(ウ) 上記(ア)eのとおり、一審原告は、DCV図面では入射角を約90度としていたのをDDV図面では「58°±30’」と小さくする設計変更を行った。
 証拠(乙179、180、181の1〜3)によれば、FSP−DRYの最大の用紙サイズは、A3サイズであったこと、A3サイズの用紙の紙巾は297mmであること、DDV図面に記載された入射角「58°±30’」においては、297mmの巾に中には静止ゴースト像は発生しないことが認められるから、DDV図面において、静止ゴースト像の発生防止という、本件各特許発明の目的は実現されている。この点について、一審原告は、DDV図面(乙105)に、「有効走査巾310」という記載があるところ、入射角「58°±30’」においては、310mmの巾に中にはゴースト像が発生するから、DDV図面は、本件各特許発明を実施したものではないと主張するが、DDV図面において本件各特許発明の目的が実現されていることは、上記(ア)認定の一連の事実と整合するものであり、これらの事実を裏付けるものということができる。
(エ) 一審原告は、Aの指示を受けたことはないと主張し、甲94、95、182(一審原告の陳述書)にはその旨の記載があり、控訴人本人尋問においても同旨の供述をする。しかし、上記(ア)dのとおり、Aの指示はあったものと認められるのであり、光学系の開発責任者である一審原告は、Aの指示を直接あるいは間接的に受けていたと認めることができる。一審原告の上記記載及び供述はにわかに採用することができない。
(オ) 一審原告は、DDV図面では「58°±30’」と設計されていたのであるから、「レーザー入射角90°→60°」との記載のあるBレポートは、一審原告作成のDDV図面に基づく評価試験ではないと主張する。
 しかし、Bレポートでは、上記(ア)fのとおり、ゴースト像がほぼ計算値(153.59o)どおりに現れたと記載されているのであり、この計算値から入射角を逆算すれば57.96°であって、この入射角はDDV図面の設計範囲内(「58°±30’」)のものであるから、BレポートがDDV図面の評価試験であることは明らかである。
 なお、一審原告は、Bレポート(乙198)には、計算によって求められるゴースト像の位置が光軸から153.59mmのところとされているが、DDV図面に記載された各数値を基に、ゴースト像の位置を求めると、ゴースト像は、光軸から153.41mmのところに形成されるとの違いがあると主張するが、上記のとおり、入射角をDDV図面の設計範囲内である57.96°とすると、ゴースト像は光軸から153.59oのところに形成されるから、Bレポートにおいて、ゴースト像が光軸から153.59oのところに形成されるとされていることとDDV図面に記載された数値との間に食違いはない。
ウ 小括
 上記ア及びイ認定の事実によれば、一審原告は、TR−050のタスクフォースにおいて与えられた静止ゴースト像の除去という課題をAの指示を受けて光学系の開発責任者として解決する過程において、本件各特許発明をなしたものと認められる。
 一審原告は、昭和56年当時、休憩中に、LBPにおいて走査線と直交する方法に発生する有害な直線上の画像が記録されるとの情報を得たため、好奇心からこの問題を研究し、本件各特許発明をなしたと主張し、それに沿う陳述書(甲94、95、182)を提出し、控訴人本人尋問において、同旨の供述をする。しかし、これらのうち、上記認定に反する部分を採用することはできない。甲159記載の特開昭53−97448号公報の技術も、直接本件各特許発明に結びつくものではなく、同技術を開発したからといって、本件各特許発明の経過に関する一審原告の陳述書の記載及び供述を採用できるものではない。
 また、一審原告は、本件各特許発明をなすに際して一審被告の設備を使うことを要しなかったと主張し、それに沿う陳述書(甲94、95、182)を提出し、控訴人本人尋問において同旨の供述をする。しかし、上記イ(ア)の認定事実によれば、試験機による評価試験等が必要であったものと認められ、一審被告の設備を使うことを要しなかった発明であるとは認められない。
(3) 本件各特許発明に先行する技術(本件先行技術)
ア 一審被告において蓄積されていた研究成果
 本件特許発明の本質的部分は、前記6(1)ウ認定のとおり、構成要件Dの「偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)―(W/D)よりも小さく選定した」条件式にある。この点について、一審原告が本件特許発明に至る前に、一審被告においては、次のような研究の成果が蓄積されていたと認められる。
(ア) Dレポート(乙10)
 一審被告従業員のDは、レーザー走査光学系の試作機において、被走査媒体上に静止している静止ゴースト像を発見し、さらに、静止ゴースト像を形成する光束の進行経路を解析して、静止ゴースト像は入射光から常に必ず4π/Nの角度に向かう再反射光の結像位置に形成されるという静止ゴースト像の形成原理を解明した。
 Dは、上記静止ゴースト像の発見及びその形成原理等を昭和49年7月2日付けの「Dレポート」(乙10)で報告した。
 Dレポートは、「LBPにおける散乱光の結像によるノイズ光について」と題するもので、「ノイズ光は正規走査ビームがドラム表面で散乱され、その散乱光が再び回転ミラーで反射され感光ドラムに結像することによって生ずる。」、「幾何学計算によると、n面鏡ミラーでα面だけ隣り合うミラー(一面だけ隣り合う場合はα=1)による反射散乱光と入射ビームとのなす角は、4απ/nと一定になり、ミラーが回転しても一定点に結像することが分った。」、「ビーム光量が強いと散乱光量も増えるが、測定例では、反射散乱光/反射ビーム=1/7000以下であり、最適露光を行なう限り、実用上ほとんど問題はない。」などと結論付けている。
(イ) Eレポート(乙11)
 Eは、Dとともに、レーザー走査光学系における静止ゴースト像を含む5種のゴースト像と4種のフレアについて検討し、昭和49年11月25日付け「Eレポート」(乙11)を作成した。
 Eレポートでは、ドラム面上に肉眼で観察されるレーザー光のゴースト及びフレアについて検討している。光学系間の多重反射によって生じているゴーストがあり、影響は極めて小さいものの、光学系に傾きをもたせることにより根本的に解決できるとの結論に至っており、静止ゴースト像については、Dレポートで「考察ズミ」と記載されている(乙11の3/5頁「対策」欄「5」の〈注〉参照)。
(ウ) E特許(乙12の1[特開昭51−87062号公報]・2[同公報の特許の手続補正書]、13[特開昭52−43314号公報])
 一審被告は、昭和50年1月28日、「ゴースト像除去方法」の名称で、Eを発明者とする特許を出願した(乙12の1・E特許1)。さらに、同年10月、遮光部材の設置をクレームに付加したE特許2(乙13)を出願した。
 E特許の公開特許公報(乙12の1、13)には、静止ゴースト像の形成原理及び入射光と再反射光の成す角度が常に「4π/n」となり一定であることが開示されている(乙12の1の4頁右下欄9行〜5頁左下欄5行、乙13の5頁左下欄7行〜6頁右上欄4行)。そして、E特許の採用する除去方法は、非倒れ補正光学系において、入射光と偏向器の回転軸とが成す角度θをθ≠90°として、静止ゴースト像を偏向面に垂直方向に除去する方法である。その公開特許公報(乙12の1、13)には、「仮に上記ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避けると、必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる。すなわち記録媒体の大きさが制限されるため、得る画像の大きさにも当然制限を生じる。本発明はこの問題を解決して、記録媒体の巾に制御を受けることなく画像を形成する方法を提供することにある。」との記載がある(乙12の1の2頁左上欄2行〜9行、乙13の2頁右上欄5行〜10行にも、乙12の1の2頁左上欄2行〜6行と同じ記載がある。)。
 そして、一審被告の本件無効審判における答弁書(甲44)の記載や一審被告の従業員が平成9年4月28日付けで作成した意見書(甲45)の記載からすると、E特許1出願当時(昭和50年当時)のLBPは、入射光が第2結像光学系の光軸となす角度を90°近傍に固定しなければならなかったため、ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に移動して避けることが難しく、その結果、記録媒体の使用巾が制限されることになるので、上記公開特許公報に「仮に上記ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避けると、必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる。すなわち記録媒体の大きさが制限されるため、得る画像の大きさにも当然制限を生じる。」との記載がされたものと認められる。
(エ) F特許(乙14[特開昭51−150346号公報])
 一審被告は、昭和50年6月18日、「散乱放射束読み取り方法」を名称とし、Fを発明者とする特許出願をした。F特許は、読み取り装置に静止ゴースト像の形成原理を応用したものである。その公開特許公報(乙14)には、まず、静止ゴースト光の形成原理及び入射光束とゴースト光束の成す角度が常に「4π/n」となり一定であることが開示されている(2頁右上欄13行〜3頁右上欄14行)。そして、同公開特許公報には、「第1図に示す如く、ゴースト光束は通常の走査に於ては往々にして走査平面内の走査領域に生じるのでゴースト光束を検出する為の検出素子を走査平面内に設けることが必要となり、このことは走査の障害となるのである。従ってこのゴースト光束を走査平面に対して垂直方向にずらせるか、走査平面内に於て、走査面の領域外にずらせるかしなければならない。」との記載がある(3頁左下欄1行〜8行)。さらに、同公開特許公報には、「第4図は静止ゴースト光を走査平面内に於て、走査される領域外に移動させる様子を示す図で、走査光学系を平面から見た図である。今一例として回転鏡1に8面体を使用した場合について述べる。第1図示の走査光学系で示した様に通常の走査光学系に於ては反射面S0に対して入射光束4が45°の角度で入射した場合には、反射光束は集光光学系3の中心を通過し、走査面2の中央部で散乱される。この場合、回転鏡が8面体であるので散乱光束の内集光光学系を通過し反射面S1に入射する光束は反射面S1に垂直に入射するので反射面S1で反射される光束は集光光学系3を介し、前記走査面2の中央部に戻り静止ゴースト光となる。第4図で示す様に入射光束4を第1図示の光学系に比較しδだけずらして入射した場合すなわち入射面S0の法線L0に対して45°よりδだけずらした場合に、S0面で反射される光束が集光光学系3の中心部を通過し、走査面2の中央部に入射する様に光学系を構成する。この構成に於ては散乱光はS1 面に垂直に入射しない為に静止ゴースト光の位置10を走査領域外に移動させることが可能である。上述したことはδの適宜な選択により8面体以外の回転鏡に対しても効果を持つことは明白である。」との記載があり(3頁右下欄3行〜4頁左欄9行)、入射光束(入射光)の入射角を走査平面に対して平行方向に「δ」ずらすことにより、静止ゴースト光を走査領域外に移動させることが可能である旨記載されている。
(オ) ノウハウブック(乙102)
 「ノウハウブック」(乙102)は、LBPの設計・製造技術に関する一審被告の昭和50年ころ当時のノウハウを沖電気、日立製作所などのコンピュータメーカーにライセンスするために作成されたものであり、LBPの試作機と共に引き渡された。内容的には、当時複写機に採用されていたNP電子写真技術によるLBPの帯電、現像、転写、定着等に関連する技術、及びレーザービームによる露光に関連する光学技術のノウハウが開示・説明されたものである(乙102、165、167)。
 「ノウハウブック」の「8 光学系」(310頁〜352頁)は、D及びIによって執筆された(乙165)。そのうち、「8.5 ゴースト」(346頁〜352頁)では、まず、走査光学系においてゴースト光が発生することの説明があり、次に、「8.5.1 静止ゴースト」の「(1)現象(LBPの光学配置の場合)」と「(2)静止ゴーストの発生する理由」(346頁〜351頁)では、静止ゴースト像の現象と形成原理が説明され、入射光と再反射光とのなす角度が4π/Nと一定であること及びその幾何学的計算根拠が説明されている。それに続く、「(3)対策」(351頁〜352頁)では、静止ゴースト像の除去対策として、「(a)ミラースキャナーへの入射ビームの入射方向を、静止ゴーストが感光ドラムに現れない様に選ぶ。」、「(b)入射ビームBiと反射ビームBoを含む面がミラースキャナーの回転軸と垂直な面に対して、ある角度を有する様にする。」、「LBPの光学系に於ては、(a)の対策はとれないので(b)の対策によっている。」と記載されている。前者の(a)の対策は、入射光を偏向面と水平方向に動かすことにより、静止ゴースト像を被走査媒体の有効走査巾外に移動させて除去する方法を説明したものであり、(b)の技術は、入射光と偏向器の回転軸とが成す角度θをθ≠90°として、静止ゴースト像を偏向面に垂直方向に除去する方法(E特許の方法)である。上記の「LBPの光学系に於ては、(a)の対策はとれないので(b)の対策によっている。」との記載については、その理由が記載されていないが、ノウハウブックが、E特許1が出願された当時(昭和50年)のものであることからすると、その理由は、上記(ウ)でE特許について述べたのと同じであると推認することができる。
(カ) Jレポート(乙170)
 TR−016のタスクフォース(乙101)に参加したJ作成の昭和51年1月30日付けJレポート(乙170)には、「静止ゴーストについての解析を行った。」との記載がある。
イ 一審被告において蓄積されていた研究成果の内容と本件各特許発明の関係 上記ア認定のとおり先行技術が存するところ、Dレポートの内容は、E特許及びF特許の公開特許公報で開示されている。E特許は、静止ゴースト像を偏向面に垂直方向に除去する方法に関する特許であり、倒れ補正光学系を用いた走査光学系に関するものではなく、同特許の公開特許公報には、平行に除去する方法は、記録媒体の巾に制限を生ずるので採用しない旨が記載されている。F特許の公開特許公報には、入射光束(入射光)の入射角を走査平面に対して平行方向に「δ」ずらすことにより、静止ゴースト光を走査領域外に移動させることが可能である旨記載されているが、この発明は、読み取り装置に関する発明であり、倒れ補正光学系やf・θ特性を有するレンズを用いた走査光学系に関するものではない。ノウハウブックには、ゴースト像を平行に除去するためにミラースキャナーへの入射ビームの入射方向を変えることが記載されているものの、基本的には、上記Dレポートの内容やE特許の公開特許公報の上記記載と同趣旨のものである。EレポートやJレポートの記載が、上記の各先行技術に付け加えるものがあるとは認められない。
 証拠(甲37〜54、乙25〜29、40の1〜3、41の1〜4、42の1〜12)によれば、一審被告は、本件異議事件、本件無効審判、本件審決取消訴訟において、本件特許発明がE特許、F特許などから容易に発明することができなかった旨一貫して主張し、その主張が認められて、これらの事件において、本件特許が取り消されたり無効とされることはなかったものと認められる。
 以上によれば、E特許、F特許はともより、公開されていなかった上記の各先行技術を考慮したとしても、倒れ補正光学系において水平面内における入射光の入射角度αについてD及びWとの関係に着目して規定する本件各特許発明を容易に発明することができたとまで認めることはできない。もっとも、これらの先行技術は、本件各特許発明にとって参考となるものであったことは認められる。
 甲94、182(一審原告の陳述書)には、一審原告は、本件各特許発明をした当時、上記ア認定の先行技術をいずれも知らなかった旨の記載があり、控訴人本人尋問でも同旨の供述をする。しかし、前記(2)ア(ア)c認定の一審被告における職場の状況からすると、一審原告が、これらの先行技術のすべてを知らなかったとは認め難い。殊に、前記(2)ア(ア)cのとおり、国際特許分類で「G02B」に分類される特許明細書は一審原告の居た職場において回覧されていたところ、証拠(乙12の1、13、14)によれば、上記アの各特許は、いずれも「G02B」に分類されるものであるから、一審原告は、それらの明細書を見ていたものと認められる。
(4) 本件各特許発明の権利化及び権利維持
ア 事実関係等
 証拠(甲34〜54、乙24〜29、36〜39、40の1〜3、41の1〜4、42の1〜12、182、190の7、213、215)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 本件特許発明の権利化及び権利維持は、昭和56年から平成10年までの18年間にわたり、一審被告の知的財産法務本部のLら延べ5名、開発部門の担当者延べ4名及び弁理士2名が担当して行われた。一審原告は、この業務について、当初提案書を作成・提出したことのほか、特段の関与はしていない。
(イ) 一審被告特許部の従業員であったLは、昭和56年4月24日、一審原告の本件特許発明に関する提案書を受け取り、その出願業務を開始し、同年5月ころ、発明者である一審原告から、発明の内容、経緯、背景事情等の聴取り調査をした。その後、本件特許の出願願書が弁理士によって作成され、同年10月20日、出願された。
 一審被告は、本件特許発明について、Lの発案により、平成2年8月14日付けで、第3請求項に記載されていた条件式を第1請求項に移記するという、出願審査における補正手続を行った(乙39)。その後、一審被告は、平成3年1月25日の出願公告に対する9件の本件異議事件に答弁し、平成5年2月25日に異議理由なしとの決定(甲49〜51、54、乙29、40の3)を得て、平成5年7月14日本件特許が登録された。また、一審被告は、富士写真フィルムからの平成6年11月8日付けの本件無効審判請求(乙41の1)に答弁し、平成7年8月17日、同無効審判についての請求不成立との審決(甲52、乙41の4)がなされた。さらに、一審被告は、これに対する本件審決取消訴訟においても防御活動を行い、平成10年8月20日、同訴訟において請求棄却の判決(甲46、乙42の12)がなされ、本件特許が維持された。
 一審被告は、このようにして本件特許の出願から本件特許の取得、維持のために努力し、その費用を負担してきた。
(ウ) 一審被告は、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の特許出願についても、日本国内の特許事務所及び現地の特許事務所に依頼して、本件米国特許1については出願から約8年4月、同2については出願から約2年半、本件ドイツ特許については約10年7月かけて、それぞれ相当額の費用を支出した上で、同特許権を取得し、維持してきた。これらの外国特許の取得、維持については、一審原告は関与しておらず、専ら、一審被告の知的財産部の努力と費用負担によるものである。
イ 一審原告の主張に対する判断
 一審原告は、一審被告による本件各特許発明の権利化及び権利維持に関する活動は、通常行われるものであって、特段のものではないなどと主張する。
 しかし、上記ア認定の一審被告の活動、特に権利維持に関する活動が、通常の特許に関するものを超えることは明らかであって、これらの活動は、一審被告の貢献として評価すべきものである。
(5) 本件各特許発明のライセンス契約交渉及びLBP等の事業化
ア 事実関係等
 証拠(乙50、75、76、84、93、233の1〜19、235の1〜32、236、237の1〜5、238〜242)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 一審被告は、1960年代にNP方式普通紙複写機による独自の技術を開発して、米国ゼロックス社の特許による複写機事業の独占を打破し、その後積極的に特許出願をして、膨大な数の特許を取得し、これらについて1970年代中ころから開放的ライセンスポリシーを採用し、ライセンシングによるライセンス料収入の獲得を図る特許戦略を展開してきた。
 一審被告は、競合他社の多数とライセンスバック付き有償包括ライセンス契約(ライセンスバック契約)及び有償包括クロスライセンス契約(有償クロス契約)を締結し、多額のライセンス収入を確保してきた。
(イ) 一審被告の様々な努力によってLBP事業が成功し、LBP及びMFP等の市場の急速な拡大に貢献した。さらに、一審被告は、LBP開発当初の昭和48年から本件各特許発明の完成時の昭和56年に至るまでに合計約569億1600万円、その後昭和57年から本件特許の期間満了日である平成13年までの間に合計約2兆3355億3500万円の研究・開発費用を出捐し、これにより多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けており、これらがライセンス収入の源泉となっている。
イ 一審原告の主張に対する判断
 一審原告は、本件各特許発明により使用者が受けるべき利益の額の算定に当たって、被告ライセンス契約全体で得られた収入全体ではなく、被告ライセンス契約全体で得られた収入のうち、本件各特許発明の寄与度を考慮した金額を本件各特許発明により使用者が受けるべき利益の額としたのであるから、一審被告が巨額の研究・開発費用を出捐し、これにより多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けたとしても、これらの研究・開発費用は本件各特許発明により「使用者が受けるべき利益」を得たこととは何ら関係がなく、これらの事情は、使用者の貢献度として考慮されるべき事情ではないなどと主張する。
 しかし、前記(1)のとおり、ライセンス契約の締結に要した労力や費用、あるいは、特許発明の実施品にかかる事業が成功するに至った一切の要因・事情等を、使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した一切の事情として考慮することができるのであるから、上記アで認定した事情は、一審被告の貢献として考慮することができるものである。このことは、本件各特許発明により使用者が受けるべき利益の額の算定に当たって、被告ライセンス契約全体で得られた収入全体ではなく、被告ライセンス契約全体で得られた収入のうち、本件各特許発明の寄与度を考慮した金額を本件各特許発明により使用者が受けるべき利益の額としたとしても、変わるものではない。
(6) 結論
 以上の(2)から(5)認定の事情に、前記6認定の本件各特許発明の技術としての価値、前記7認定のLBP及びMFP等における本件各特許発明の位置付け及び本件各特許発明の一審被告社内における評価、その他本件訴訟に顕われた一切の事情を考慮すると、本件各特許発明に関する一審被告の貢献度は94%と認めるのが相当である。
11 争点5(本件各特許発明の承継の相当の対価)について
(1) 中間利息の控除
ア 一審原告が被告取扱規程に基づいて、一審被告から、実績補償として平成6年6月27日に、平成5年7月14日に登録された本件特許につき15万円の補償金の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
イ 平成6年1月1日改正後の被告取扱規程(本件特許発明の実績補償時の被告取扱規程・乙2の5)は、次のとおりであった。
(ア) 実績補償(21条)
 会社は登録番号が付与されたもののうち、実績により会社に貢献したと認められたものについて、特許審査委員会の審査の結果に基づき、次の対価を支払う。
 特級 15万円以上
 1級 10万円
 2級 5万円
 3級 3万円
 4級 1万円
 5級 5000円
(イ) 時期(24条)
 対価の支払いは原則として年2回とし、上期分は当年下期に、下期分は翌年上期に支払う。ただし、必要ある場合は臨時に行なう。
(ウ) 経過措置(36条)
 本規程の改正施行日は第37条の定めによる。改正施行日前に会社が承継した「発明」は、本規程に従って取扱う。
(エ) 改正施行日(37条)
 平成6年1月1日
ウ 以上のア、イの事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件各特許発明については、平成6年6月27日に、被告取扱規程に基づく実績補償の対価の履行期が到来したものと認められる。
エ 上記のとおり実績補償の対価の履行期が到来した以上、一審原告は一審被告に対し、旧35条3項に基づく対価の請求をすることができたのであるから、対価の額の算定に当たっては、その時点を基準として、一審被告において本件各特許発明による利益が得られた時期までの間の中間利息を控除することが相当である。
 そして、中間利息の控除に当たっては、各年の中間の時期にその年の利益が得られたものとして、年を単位に控除することが相当であるから、平成6年分までは控除されることはなく、平成7年以降の利益について平成6年からの年数に応じて控除することが相当である。
オ 以上の判断に反する中間利息に関する当事者の主張を採用することはできない。また、一審原告の「広い技術的範囲に基づいて本件各特許発明の相当の対価を算定すべきである」との主張を採用することができないことは、前記6(4)のとおりであって、このことは、中間利息を控除しても変わることはない。
(2) 相当対価の額
 以上述べたところを総合すると、本件各特許発明の特許を受ける権利の承継の相当対価の額は、他社とのライセンス契約に関するものとしては、別表T、Uのとおり、LBPについては、2488万円(1万円未満切捨て)、MFP等については、2765万円(1万円未満切捨て)、合計5253万円となり、自己実施分としては、400万円となるので、総合計は、5653万円である。
(3) 遅延損害金
 上記(1)ウのとおり、平成6年6月27日に被告取扱規程に基づく実績補償の対価の履行期が到来したのであるから、一審被告は、旧35条3項に基づく上記(2)の対価について同日の経過により遅滞に陥り、一審原告は、上記(2)の対価について平成6年6月28日以降の遅延損害金を請求することができるというべきである。
 ところで、一審原告は、平成15年10月20日に本件訴訟を提起し、訴状送達日(平成15年11月4日)の翌日以降の遅延損害金を請求していたところ、一審被告は、平成20年9月22日の控訴審第8回口頭弁論期日で陳述した準備書面において、前記第3、1(9)の中間利息控除の主張をし、一審原告は、その後の平成20年10月27日に当裁判所に提出した訴え変更申立書において、遅延損害金の請求を平成6年1月1日以降の請求に拡張したものである。平成10年10月26日以前の遅延損害金請求権は、上記訴え変更申立書が提出された時点(平成20年10月27日)では、既に民法167条の定める消滅時効期間である10年を経過しているが、一審原告は、本件訴訟において当初から、訴状送達日の翌日以降であるものの、遅延損害金の請求をしていたのであるから、本件のように事実関係が複雑で元本債務が遅滞になる時期が不明瞭な事案にあっては、それより前の遅延損害金債権についても裁判上の催告(民法153条参照)をしていたものと認めるのが相当である。そして、上記訴え変更申立書の提出によって確定的に時効中断の効力が生じたものである。したがって、訴状送達日である平成15年11月4日の10年前である平成5年11月5日の後である上記の平成6年6月28日以降の遅延損害金債権は、いまだ時効により消滅していないことになる。
(4) 既払額の控除
 一審原告は、被告取扱規程に基づき、既に一審被告から87万6000円の支払を受けており、弁論の全趣旨によれば、そのうち、27万円は平成6年6月27日以前に支払われ、平成6年12月26日に10万6000円、平成11年6月7日に50万円支払われたものと認められる。
 このうち、上記の27万円は、元本に充当されるので、対価額の元本は、5626万円となる。上記の10万6000円と50万円は、それぞれ上記支払期日の前日までの民法所定の年5分の割合による遅延損害金に充当される。元本5626万円に対する平成6年6月28日から平成6年12月25日までの間の遅延損害金の額は、139万4939円であるので、上記の10万6000円を充当した後の遅延損害金の額は、128万8939円となる。元本5626万円に対する平成6年12月26日から平成11年6月6日までの間の遅延損害金の額は、1250万8216円であるので、これと上記の128万8939円の合計額は、1379万7155円となり、上記の50万円を充当した後の金額は、1329万7155円となる。
12 結語
 以上の次第で、一審原告の請求は、上記11の元本5626万円と平成11年6月6日までの遅延損害金1329万7155円の合計6955万7155円及び元本5626万円に対する平成11年6月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 そうすると、A事件控訴人キヤノン株式会社(一審被告)の控訴は理由がないから棄却し、B事件控訴人X(一審原告)の控訴に基づき原判決を変更し、一審原告の本訴請求を上記の限度で認容し、その余は棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 澁谷勝海


別紙一、二 略
別表T、U 略
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