判例全文 line
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【事件名】自動連結システムの著作権確認事件
【年月日】平成21年2月26日
 大阪地裁 平成17年(ワ)第2641号 著作権確認等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成20年3月25日)

判決
原告 セプロ株式会社
訴訟代理人弁護士 安倉孝弘
被告 JFEスチール株式会社
訴訟代理人弁護士 森本紘章
同 佐藤史肇
森本紘章訴訟復代理人弁護士 西尾亮平
被告 JFE物流株式会社
訴訟代理人弁護士 大藤潔夫
同 太田尚成


主文
1 原告と被告らとの間において、原告が別紙目録記載のプログラムにつき、著作権を有することを確認する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項と同旨。
2 被告らは、原告に対し、連帯して15億円及び被告JFEスチール株式会社(以下「被告スチール」という。)については、うち5億円に対する平成17年4月12日(訴状送達の日の翌日)から、うち5億円に対する平成18年3月16日(同年4月13日付け請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日)から、うち5億円に対する平成20年1月16日(同月10日付け請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日)から、被告JFE物流株式会社(以下「被告物流」という。)については、うち10億円に対する平成19年3月17日(同月16日付け請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日)から、うち5億円に対する平成20年1月16日(同月10日付け請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告スチールが使用する「混銑車自動停留ブレーキ及び連結解放装置」(以下「本件装置」という。)に別紙目録記載のプログラム(以下「本件プログラム」という。)の複製物が組み込まれているところ、原告は、湯浅通信機工業株式会社(以下「湯浅通信機」という。)からプログラムの著作権を譲渡されるなどして本件プログラムの著作権を取得し、被告スチールが本件装置を使用するに当たり、被告物流を代理人として被告スチールとの間で又は被告スチールと直接、あるいは被告物流との間で、相当額の本件プログラムの使用料を支払う旨の合意があった、仮に合意がなかったとしても、被告スチールは本件プログラムの使用により不当に利得しているとして、原告が、被告らに対し、@本件プログラムの著作権が原告に帰属することの確認、A本件プログラムの使用料支払契約(被告らに対する主張)ないし不当利得(被告スチールに対する予備的主張)に基づき、使用料ないし不当利得相当額の各15億円の支払(平成11年1月1日から平成19年12月31日までの9年間分合計27億円のうちの一部請求。遅延損害金は、被告スチールは、平成11年1月1日から平成16年12月31日までの6年間分18億円のうち5億円につき平成17年4月12日から、うち5億円につき平成18年3月16日から、平成11年1月1日から平成19年12月31日までの9年間分27億円のうち5億円につき平成20年1月16日から、被告物流は平成11年1月1日から平成16年12月31日までの6年間分18億円のうち10億円につき平成19年3月17日から、平成11年1月1日から平成19年12月31日までの9年間分27億円のうち5億円につき平成20年1月16日から各支払済みまで年5分。被告らの債務は互いに連帯債務。)を求めた事案である。
第3 前提となる事実(次の事実は、当事者間に争いがないか、末尾記載の証拠等により認められる。)
1 当事者等
(1) 原告
 原告は、旧商号が平井電機株式会社であり、平成6年4月1日、現在の商号に商号変更した株式会社である。
(2) 被告スチール
 被告スチールは、旧商号が川崎製鉄株式会社であり、平成15年4月1日、現在の商号に商号変更した株式会社である。
 本件装置の購入等については、被告スチール水島製鉄所工程部運輸管理課(当時の名称。以下「運管課」という。)が担当した。P1は、当時、運管課の掛員であった。
(3) 被告物流
 被告物流は、旧商号エヌケーケー物流株式会社が、平成16年4月1日、川鉄物流株式会社(平成6年7月1日の商号変更前の旧商号は川鉄運輸株式会社)を吸収合併すると同時に、現在の商号に商号変更した株式会社である。被告物流は、被告スチールの関連会社である。
 本件装置の購入等については、昭和53年5月1日に発足した被告物流水島支店第2業務部鉄道課(当時の名称。以下「鉄道課」という。)が担当した。鉄道課は、昭和62年9月、第2業務部運転整備課となり、平成3年10月、第2業務部運転業務課となった(丙46)。
 昭和59年ころから昭和61年ころ当時、被告物流水島支店の支店長はP2、次長はP3、第2業務部の部長はP4、副部長はP5、鉄道課長はP6、鉄道課鉄道係長はP7であった(甲208、233、丙170)。
(4) JFE電制株式会社
 JFE電制株式会社(以下「JFE電制」という。)は、昭和48年にJFEスチールの電気部門が独立して設立された会社であり、旧商号が川鉄電気設備工事株式会社であり、昭和62年1月1日、川鉄電設株式会社に商号変更し、平成16年4月1日、現在の商号に商号変更した(甲4の1・2、丙50)。
(5) 湯浅通信機
 湯浅通信機は、昭和38年11月に設立され、平成10年8月28日、破産宣告を受けた会社である。
 設立当時の代表取締役はP8であり、P8の息子であるP9(以下「P9専務」という。)は、昭和46年4月に湯浅通信機に入社し、昭和56年ころ専務取締役に就任し、昭和60年ないし61年当時は、実質的に代表取締役としての業務を行っており、昭和63年4月に名目上も代表取締役に就任した。なお、昭和60年ないし61年当時は常務取締役であったP10(以下「P10常務」という。)が平成7年4月に代表取締役に就任し、平成8年11月、P8が代表取締役に就任した。
 P11、P12、P13は、昭和59年ないし62年ころ当時、湯浅通信機の従業員であった。(甲210、211、233、丙90)
2 本件装置
(1) 被告スチールは、その西日本製鉄所倉敷(旧川崎製鉄株式会社水島製鉄所)において、溶融状態の銑鉄を高炉出銑口で積み込み、所要の場所まで運搬するための貨車(それ自体は駆動力を備えていないもので、「台車」「TC車」「トピードカー」ともいう。)及びこれを牽引するディーゼル機関車(「動力車」「DHL車」ともいう。)を使用し、溶銑運搬の作業を行っている。
(2) 前記の機関車と貨車には、昭和61年3月から、「混銑車自動停留ブレーキ及び連結解放装置」ないし「トレックス−PB装置(Train Remote Electricwave control System Parking Brake/列車遠隔電磁波制御方式停留制動装置)」(本件装置)が採用されている。本件装置は、無線遠隔指令によって任意の貨車のブレーキの緊締・緩解及び機関車と貨車、貨車相互の連結・解放を行うとともに、貨車の突放(逸走)等の緊急時にブレーキが自動的に作動するシステムである。
3 本件プログラムの複製
(1) 湯浅通信機の従業員であるP13は、同社の発意に基づき、昭和60年4月ころから本件プログラムを職務上作成した(ただし、完成の有無・作成期間については争いがある。)。
(2) 原告は、本件プログラムの複製物(本件プログラムが書き込まれた部品であるロム)を作成し、本件装置が被告スチールに納入される前に本件装置に設置した。
(3) 被告スチールは、昭和61年2月ないし3月ころから、本件プログラムの複製物を含む本件装置の納入を受け、そのころから本件プログラムを使用している。
4 特許出願等
(1) 本件装置の主要部分に係る発明は、昭和61年8月4日、出願人を被告スチール、被告物流、JFE電制、原告とし、発明の名称を「車両の連結並びに解放方法及び装置」として特許出願され、平成5年11月26日、特許権の設定登録がされた(特許第1804586号)。
(2) 本件装置のうち電気制御装置に係る発明は、昭和61年11月12日、出願人を被告スチール、被告物流、JFE電制、原告とし、考案の名称を「低速車両の自己発電による電気制御装置」として実用新案登録出願がされ、平成6年10月21日、実用新案権の設定の登録がされた(登録第2036129号)。
第4 争点
1 著作権の確認請求について
(1) 本件プログラムの著作物性
(2) 原告の本件プログラムの著作権の承継の有無
(3) 対抗要件の要否
(4) 信義則違反の有無
2 金銭請求について
(1) 使用料支払契約の成否(被告らに対する主位的主張・被告スチールに対する予備的主張1・被告物流に対する予備的主張)
(2) 不当利得の成否(被告スチールに対する予備的主張2)
(3) 消滅時効の成否(使用料支払請求について)
(4) 信義則違反の有無(使用料支払請求について)
(5) 使用料ないし不当利得相当額
第5 争点に対する当事者の主張
1 本件プログラムの著作物性(前記第4の1(1)の争点)
(1) 原告の主張
 本件プログラムは、車両の連結数や信号のやりとりの秒数制限等につきカウンター機能を採用しているものの、その他には多くの命令機能を有している。本件プログラムは、搬送コイル方式を採用するなど、昭和60年当時としては画期的であった本件装置を円滑に作動させることを目的として、まったく新規に開発され作成されたプログラムであるから、作成者によって表現が異なる。なお、本件プログラムは、ジャンプテーブルが少ないが、ジャンプテーブルの多少によってプログラムの独創性の有無や程度は判断できない。
(2) 被告らの主張
ア 本件プログラムは表現自体が明らかにされていないこと
 原告の主張によると、本件プログラムは、そのソースリストが甲117の1・2で、これに対応するフローチャート図が甲189の1・2ということであるが、一方で、昭和62年11月20日に作成したという第6次ソフトのフローチャート図(甲190の1・2)があり、第6次ソフトはその後にさらに改良されたとのことであるから、現在、本件装置に格納されているプログラムは、少なくとも甲117の1・2とは異なるものであって、原告は、本件プログラムの具体的記述について主張立証していない。
イ 本件プログラムは創作性がないこと
 本件プログラムは、本件装置の機関車及び貨車の各主制御装置のCPUにおいて、@トピードカーのブレーキモーターに解放・緊締信号を伝えること、A連結を完了したトピードカーに連結順位番号を付与し、記憶すること、Bトピードカーの警報装置に異常信号を伝えることの単純な動作をさせるにすぎないもので、この動作マニュアルは被告らが定めた運転方案に従って順次行われるだけであるから、その具体的記述においても、作成者の個性が表現されるものではなく、誰が作成してもほぼ同一になるか、あるいはごくありふれたものとなる。
 また、本件プログラムは、フローチャートに基づいて作成されたZ80のシーケンシャル型産業用プログラムであり、単純なカウンター機能しか用いておらず、ジャンプテーブルも小さく複雑なものではないから、意図的に不必要なことをしない限り、電子計算機に対する指令の組み合わせの表現方法も限られたものとなるのであって、Z80のプログラミングに慣れた者がこのフローチャートに基づいてプログラムを作成すれば、本件プログラムと同様のプログラムができる。
2 原告の本件プログラムの著作権の承継の有無(前記第4の1(2)の争点)
(1) 原告の主張
ア 著作権の発生及び承継
 湯浅通信機の従業員は、昭和60年4月から同年9月までの間に、同社の発意に基づき、本件プログラムの骨格に相当する部分のプログラム(以下「当初プログラム」という。)を職務上作成し、湯浅通信機は、遅くとも昭和61年3月3日までに、原告に対し、当初プログラムの著作権を譲渡した。P14(代表者の定めのある法人格のない社団)の構成員である技術者は、昭和60年10月1日ころから昭和61年3月ころまでの間、原告の従業員に準ずる立場で、原告の職務として、当初プログラムに修正を施し、本件プログラムを作成した。したがって、原告は、当初プログラム及び当初プログラムの二次的著作物である本件プログラムの著作権を有している。
イ 著作権の共有の合意はなかったこと
 被告らは、湯浅通信機から本件プログラムの著作権を譲渡されていないし、湯浅通信機、原告、被告ら、JFE電制において、本件プログラムの著作権を共有とする合意をしたこともない。
 実際、被告らが、本件プログラムにZ80というCPUを使用していることを知ったのは、本件装置の本番機納入直前に原告が提出した納入仕様書によってである。
ウ 被告らの主張について
(ア) 収入印紙について
a 経過
 原告と湯浅通信機は、昭和60年11月15日、第一次契約書(甲214)を作成調印し、双方で保管していたが、被告物流が原告・湯浅通信機間の契約書の提出を強く求めた。そこで、原告と湯浅通信機は、相談の上、取引金額等に関する箇所の削除をした第二次契約書(甲115)を昭和61年3月3日に作成調印した。原告は、同月16日ないし17日ころ、同契約書の写しを被告物流鉄道課に持ち込み、同月19日付けの鉄道課受付印、P6、P7の確認印が押印されたものの写し(甲74の1ページ目を甲217に差し替えたもの)を受領して保管していた。
 その後、被告物流水島支店は、平成5年8月ころから広島国税局による税務調査を受け、原告も、同年10月25日から11月26日まで、倉敷税務署から反面調査を受けたが、原告と湯浅通信機、P14との各契約書(甲115、116)及びその他の書類について収入印紙を貼付していないことを指摘され、同年11月中旬ころ、必要な額の収入印紙を購入して貼付した。
 当時の顧問弁護士の助言により、同年11月下旬ころ、原告と湯浅通信機との第二次契約書(甲115)に貼付された収入印紙に原告と湯浅通信機の代表者印の割印をし、湯浅通信機保管分にも同様の処理をしてもらった。
 原告とP14との契約書(甲116)については、原告保管分の契約書に貼付された収入印紙に、原告の代表者印のみを押印していたが、平成6年1月か2月ころ、P14のP15と面談し、P14の代表者印の割印をしてもらった。原告がJFE電制あてに提出していた注文請書(甲215)についても同社の担当者のP16に話しをした上で同様の処理をした。
 原告は、同年12月ころ、被告物流の子会社である株式会社クリーンアクトの社長であったP4に相談し、原告と湯浅通信機との第二次契約書(甲115)のコピーを届け、数日後に、鉄道課受付印等の押印のあるもののコピー(甲74)を返却してもらい保管していた。収入印紙貼付前のもの(甲217)についても、原本はP4に返却したが、念のためコピーを作成していた。
b 被告らの主張について
 甲115、116の各契約書に貼付された収入印紙について、被告らは平成5年以降に発行の収入印紙が貼付されていることを問題にするが、上記のとおりの経過をたどっているので、上記各契約書の信用性を否定する根拠とはならない。
(イ) 湯浅通信機の代表者印等の印影について
被告らは、原告と湯浅通信機との契約書(甲74、115)における湯浅通信機の会社印及び代表者印の各印影は偽造されたものであると主張するが、甲74、115の会社印及び代表者印と湯浅通信機作成の他の文書(甲218)の会社印及び代表者印の各印影は一致するし、湯浅通信機は、当時、代表者印を数個持っていた。したがって、上記契約書における湯浅通信機の会社印及び代表者印は真正である。
(ウ) 契約書作成に使用したワープロの機種について
a 「り」「総」の字体
 被告らは、原告と湯浅通信機との契約書(甲74、214)の「り」「総」の文字は、リコー製ワープロによって打ち出すことはできず、昭和63年6月以降発売の富士通製ワープロであれば打ち出し可能なので、後日作成されたものであると主張する。
 しかし、原告において、「り」の字体は、外字登録機能により作成して登録し、出力していたし、「総」の字体は、部首コード入力、仮名コード入力と入力方法を使い分けるといずれの字体も出力可能であるから、後日作成したものではない。
b スーパーアウトラインフォント機能、N×N倍角
 被告らは、原告と湯浅通信機との契約書(甲74、115)、原告とP14との契約書(甲116)には、スーパーアウトラインフォント機能、N×N倍角が用いられ、これらの機能は平成2年6月以降のものであるから、上記各契約書はいずれも同月ころ以降に作成されたものであると主張する。
 しかし、原告は、昭和60年当時、重要な書類等の表紙は、印刷業者に依頼し、これをコピーして使用していたのであり、原告と湯浅通信機との契約書(甲74、115)の表紙もそうである。
 原告とP14との契約書(甲116)は、P14において作成したもので、原告のワープロで作成したものではないし、昭和59年に富士通から発売されたオアシス100GU又はオアシス100GSにレーザープリンターを組み合わせれば、その作成は可能である。
(2) 被告らの主張
ア 本件プログラムの作成者(P14の関与の有無)
 本件プログラムを完成させたのは、湯浅通信機の従業員であって、P14の関与はない。
 被告物流の担当者でP14の者に本件プログラムについて指示、調整、連絡等をした者はいないし、P14が、本件プログラムを完成させたのであれば、当然、現場に立ち会って作動確認をしているはずであるところ、現場の者でP14の者が立ち会っているところを見た者はいない。
 原告は、当初プログラムには問題があったため、本件プログラムとして完成させるためにP14の関与が必要であったと主張するが、本件装置の施工時の唯一最大の課題は、無線が錯綜する製鉄所内にあって、無線による指令が本件装置側にうまく届かないという搬送異常現象であり、この課題は、本件プログラムの修正、変更によってではなく、製鉄所内に飛び交っているノイズが電波信号の電磁誘導コイルへの到達を阻害していることが原因であるという前提で、電磁コイルのシールドを物理的に強化するというハードの改良により解決された。このように、湯浅通信機が作成したプログラムに基本的な変更を加える必要はなく、プログラム自体に問題はなかったので、P14が6か月もかけて本件プログラムを修正する必要はなかった。
 なお、本件プログラムの微調整は、昭和61年2月の納入直前の段階においても、湯浅通信機において行われ、納入後の修理、メンテナンス、本件プログラムの修正も湯浅通信機において行われている。
イ 帰属についての合意
 本件プログラムの著作権は、湯浅通信機、原告、被告ら、JFE電制の5社において、昭和61年2月ころ、共有とする旨の黙示の合意をした。
ウ 原告と湯浅通信機ないしP14との契約書について
(ア) 収入印紙について
 原告と湯浅通信機との契約書(甲74、115)、原告とP14との契約書(甲116)には、平成5年以降に使用されている収入印紙が貼用されている。貼付印紙額も、甲214の契約書では、請負代金は約6000万円であるから印紙税額は6万円になるところ、4000円の印紙の貼付は不自然である。4000円の収入印紙が存在するのに、甲214には、1000円と3000円の印紙が貼付されているのも不自然である。
 原告は、平成5年の税務調査の際に収入印紙の不貼付を指摘されて貼付に至ったと主張するが、被告物流水島支店は、平成5年に広島国税局から税務調査を受けていない。税務調査は、昭和59年、同61年、同63年、平成2年、同9年に実施され、平成2年より後は大阪国税局が行うことになっていた。本件装置の売買に関し調査が入ったとしても、昭和61年、同63年に調査されているはずである。
 また、印紙税の徴収権の消滅時効は5年又は7年であるから、昭和60年、同61年の文書について、平成5年に税務署が貼付漏れを指摘して是正を求めることはない。
 原告は、顧問弁護士の助言により貼付することにしたと主張するが、契約書の信用性に収入印紙の貼付の有無は関係ないので、契約履行済みの契約書に弁護士がそのような助言をするはずはない。割印も双方の代表者による必要もない。
(イ) 湯浅通信機の代表者印等の印影について
 原告と湯浅通信機の第一次契約書(甲214)と第二次契約書(甲74、115)では、原告・湯浅通信機の代表者印等の印影がいずれも異なっている。
 昭和60年ないし61年の誓約書(丙42、43)の湯浅通信機の各代表者印の各印影は、昭和52年11月29日付けの根抵当権設定契約書の写し(丙88の2)の印影と一致し、少なくとも昭和52年から同61年は上記の印影の印鑑のみを使用していたことになる。ところが、原告と湯浅通信機との契約書(甲115、214)及び原告が提出する他の同時期に作成されたとする文書(甲220、221)の湯浅通信機の代表者印の印影はこれとは異なっているし、これらの印影は、平成4年、同5年に作成された契約書(丙89の2ないし4)の湯浅通信機の代表者印の印影とも異なっている。
 なお、P9専務は、湯浅通信機から被告物流に提出された文書(丙43)における湯浅通信機の代表者印の印影が真正なものであり、当時、湯浅通信機の代表者印は1つしかなかったと述べている。
(ウ) 契約書作成に使用したワープロの機種について
a 「り」「総」の字体
 原告と湯浅通信機との契約書(甲74、214)の「り」「総」の文字は、リコー製ワープロによって打ち出すことはできず、昭和63年6月以降発売の富士通製のワープロであれば打ち出し可能なものである。原告は、部首コード、仮名コードで入力すれば、上記各文字も出力可能であると弁解するが、リコー製リポート5600シリーズに登載されている明朝系フォントは1種類だけであるし、リコー製ワープロをOEM生産していた株式会社日立製作所において部首入力機能が採用されたのは、昭和62年4月以降であるし、通常の入力において手間のかかる部首コード入力は使用しない。
 したがって、原告と湯浅通信機との契約書は、原告が湯浅通信機との契約があったとされる時期に使用していたリコー製ワープロ350G、5600シリーズによって作成されたものではないから、昭和60ないし61年に作成されたものではなく、後により高性能の富士通製ワープロにより作成されたものである。
b スーパーアウトラインフォント機能、N×N倍角
 原告と湯浅通信機との契約書(甲74、115)、原告とP14との契約書(甲116)には、24×24ドットを上回る解像度のフォントの印字、N倍角文字、スーパーアウトラインフォント機能等、昭和60年ないし61年当時には、どのワープロにもなかった機能が用いられている。契約書(甲74)では「総」の字などの字体、滑らかさ、鮮明さ、余白の状態は、当時使用可能であったワープロで作成されたものとは異なる。
(エ) 被告物流の担当者の確認印
 原告と湯浅通信機の契約書(甲217)の確認のために押印されたP6、P7印は、議事録の偽造印と同じであるから偽造である。原告と湯浅通信機との契約書(甲74)のP6、P7印は、貼付されている収入印紙からすれば平成5年以降に押印されたものであるが、平成5年当時P6は鉄道課に所属していない。
(オ) 鉄道課受付印
 貼付されている収入印紙からすれば平成5年以降に作成されたことになる原告と湯浅通信機との契約書(甲74)には、鉄道課受付印が押印されているが、被告物流の鉄道課は昭和62年9月に運転整備課に名称変更されている。
(カ) P9専務の供述
 当時、湯浅通信機の実質的な代表者であったP9専務は、プログラムの著作権に関し原告と協議したことも、著作権譲渡代金として6000万円を受領したこともない、原告と湯浅通信機との契約書(甲115、214)は知らないと述べているし、第一次契約書(甲214)と第二次契約書(甲115)を比較すると秘匿したい部分を隠したものとは考えられない。
3 対抗要件の要否(前記第4の1(3)の争点)
(1) 被告らの主張
ア 共有の合意を前提とした場合
 湯浅通信機、原告、被告ら、JFE電制は、(当初プログラムを含む)本件プログラムの著作権を共有とする旨の合意をした。原告が当初プログラムないし本件プログラムの著作権を湯浅通信機から譲渡されたことにつき、被告らの持分については、その旨の登録を行わなければ「第三者」である被告らに対抗できない。
イ 共有の合意を前提としない場合
 仮に、上記の共有の合意がなかったとしても、被告らは、原告から本件プログラムの著作権者が原告であることの確認や本件プログラムの使用料支払ないし不当利得返還を求められ、本件装置と一体となった本件プログラムの複製物を原告から取得し、あるいは原告の意思に基づいて引渡しを受けているのであるから、本件プログラムの著作権(持分のみではなく全体について)の移転に関する法律上の利害関係を有する「第三者」に該当する。
(2) 原告の主張
ア 共有の合意を前提とした場合について
 湯浅通信機、原告、被告ら、JFE電制において、本件プログラムの著作権を共有とする旨の合意はなかった。
イ 共有の合意を前提としない場合について
 被告らは、本件プログラムについて、湯浅通信機との間に正当な取引関係を有するわけではなく、原告から直接又は契約上の地位の譲渡を通じて間接的に使用許諾を受けたか、無権利者であるにすぎないので、登録の欠缺を主張することのできる「第三者」には該当しない。
4 信義則違反の有無(前記第4の1(4)の争点)
(1) 被告らの主張
 原告の本件プログラムの著作権は、湯浅通信機が有する当初プログラムの著作権について、同一性保持権、翻訳権、翻案権等を侵害した上で取得したものである。自ら違法な行為を行った上、権利を取得した原告が、第三者に対してその権利主張をすることは、いわゆるクリーンハンズの原則に反し、信義則違反となるので、許されない。
(2) 原告の主張
 否認ないし争う。湯浅通信機は、原告が、当初プログラムの不具合を解消する目的で、当初プログラムに必要な修正を加えることにつき容認していた。
5 使用料支払契約の成否(前記第4の2(1)の争点)
(1) 原告の主張
ア 使用料支払の合意について
(ア) 原告と被告らとの使用料支払契約(被告らに対する主位的主張)
 原告は、昭和60年8月27日、被告スチールの代理人であった被告物流との間で、被告スチールの本件プログラムの業務上の使用について、被告物流は、その対価の支払に代わる措置として、次の5項目(以下「本件5項目」という。)の提案をし、原告は、本件5項目が代替措置として履行されている間は本件プログラムの使用料を請求することはできないが、本件5項目が履行されなくなった場合は、被告らは、原告に対し、相当額の使用料を支払うことを合意した(以下「本件使用料支払契約1」という。)。
1) 本件装置完成後のメンテナンスにつき、原告は、被告スチールと外注契約を結んだうえ、被告物流の下請けとして、常駐体制でメンテナンスを行う。
2) 被告スチールが外注契約先に出している成果還元金の支給を、原告が受けられるように配慮する。
3) 本件装置が故障した場合の修理作業及び補修部品もすべてJFE電制等を介して原告に発注する。
4) 被告物流の起重機部門の取引を増やすよう配慮する。
5) 被告物流の計画中の省力化設備工事の相当部分を原告に発注するよう配慮する。
(イ) 原告と被告スチールとの使用料支払契約(被告スチールに対する予備的主張1)
 仮に、本件使用料支払契約1の成立が認められなかったとしても、原告は、昭和61年3月ころ、被告スチールの代理人であった被告物流との間で、又は直接被告スチールとの間で、被告スチールの本件プログラムの使用につき、被告スチールは、原告に対し、相当額の使用料を支払うとの合意をした(以下「本件使用料支払契約2」という。)。
(ウ) 原告と被告物流の第三者のためにする契約(被告物流に対する予備的主張)
 仮に、本件使用料支払契約1の成立が認められなかったとしても、原告は、昭和60年8月27日、被告物流との間で、被告スチールの本件プログラムの使用について、その使用料は本件5項目の代替措置を履行することによって弁済することとし、本件5項目の代替措置が基本的に履行されなくなった場合には、被告物流が相当額の使用料を支払うことを合意した(以下「本件第三者のためにする契約」といい、本件使用料支払契約1、同2と合わせて「本件使用料支払契約」という。)。
 原告は、昭和61年3月から同年6月までの間、本件プログラムの複製を含む本件装置を被告スチールに納入し、被告スチールは、上記納入を受けることにより、受益の意思表示をした。
(エ) 本件5項目の代替措置の不履行
 被告物流は、本件使用料支払契約に沿って、平成元年9月1日、原告との間で作業外注基本契約書を取り交わし、平成6年ころまで、原告に対するメンテナンス業務、設備工事、物品の購入等の取引発注額を増加させていたが、平成7年ころから急激に発注額を減少させ、平成10年以降は、その取引額は本件装置の納入時ないし上記作業外注基本契約書を取り交わす以前の水準に戻しているので、本件5項目の代替措置は、遅くとも平成10年12月末までには履行されなくなった。
イ 被告物流作成の文書(甲119、120)について
 被告らは、本件使用料支払契約成立の根拠である被告物流作成の文書(甲119、120)の成立の真正、信用性を争うが、次のとおり、同主張は理由がない。
(ア) 被告らは、甲119に「開放」の字が使用されている点が不自然であると主張するが、昭和60年当時は本件装置について使用される名称が様々であったため、被告物流のP17作業長らの指示により統一することとなり、その後「解放」を使用するようになったので、「開放」の字の使用は不自然ではない。
(イ) 被告らは、甲119の書式は、被告らの当時の決裁文書の書式と異なると主張するが、当時、被告らには定まった書式はなかった。
(ウ) 被告らは、甲119の決裁方法について、子会社である被告物流の支店長から親会社である被告スチールの掛員に決裁依頼が回されることは不自然であると主張するが、不自然ではない。
(エ) 被告らは、甲119では、運管課のP1について、「P1さん」と記載することが不自然であると主張するが、子会社の起案担当者が親会社の平社員を文書中で「さん」づけで呼称することは不自然ではない。
(オ) 被告らは、当時、被告スチールには知的財産部がなかったにもかかわらず、甲120に「知的財産部」の記載があると主張するが、「知的財産部」の記載は、甲20の議事録にもあり、原告は同議事録について被告物流の確認を受けているが、被告物流の担当者から訂正の指示はなかったし、組織名について俗称ないし通称が使用されることもある。
(カ) 甲119、120には、被告らの関係者でなければ知り得ない情報、例えば本件装置導入によるメリット額の上積み予測に関する記載、MC車増設やリプレイス等を内容とする5か年計画に関する記載、予算申請の回数や超過額の制限についての被告スチールの社内規定に関する記載があるので偽造できるものではない。
(キ) 被告らは、甲119、120の各人の印影が偽造であると主張するが、P5の印影については、P5は、昭和62年4月半ばころから5月初めころまで、旧印と新印を並行して使用していたことがあり、P5が当時使用していた印鑑の印影(甲202)と甲119ないし121のP5印の印影は一致するし、P5自身、甲119ないし121の文書は閲読の上押印した記憶があると述べている。
ウ 原告作成の議事録について
(ア) 文書作成に使用したワープロの機種等について
 被告らは、原告作成の議事録のワープロの印字について、@「り」「総」の字体が当時のワープロでは印字できないものであった、A印字の仕上がりが当時できなかった40×40ドットの印刷によるものである、B現に被告物流が再現テストをすると、原告の議事録と同じような余白をもった文書は作成できなかったとして、原告作成の議事録はいずれも後日作成したものであると主張する。
 @については、甲50の「り」は、外字登録機能で作成していたものであり、甲78の「総」の字の違いは、部首コード入力か、平仮名、片仮名コード入力かの違いによるものである。
 Aについては、原告は、昭和60年3月当時、極めて解像度の高い仕上がりの熱転写式プリンターを使用し、一時期インクジェット式プリンターも使用していたが、原告が使用していた熱転写式プリンターで出力された文字は、解像度が極めて高い40×40ドット以上のドット式プリンターにより出力された文字と同等の質を持っていた。
 Bについては、余白は、株式会社リコーが昭和59年にデモ機として市場に出したワープロ機とプリンターにオートシートフィーダという付属部品を装着すれば可能であるし、ワープロのB4サイズの画面にA4サイズの範囲でできるだけ広く入力した上で、A4サイズで出力するか、B4用紙で出力してA4サイズに切断した可能性も高く、いずれかの方法によれば甲50その他の議事録と同じ書式・余白・印字の範囲での議事録の作成は可能であった。他方、被告物流の再現テストにより作成された文書は、ワープロ本体及びプリンターの機種が異なるし、意図的に全角文字及び半角文字を混在させているので信用できない。
(イ) 鉄道課受付印について
 被告物流は、原告作成の議事録の鉄道課受付印は偽作であると主張するが、被告らが真正な文書として提出する丙39の6、丙40の2には、それぞれ被告物流の契約課受付印、管理課受付印の印影があるから、当時、鉄道課に受付印がないという主張はおかしい。湯浅通信機のP12が保管していた文書(甲212、213)にも鉄道課受付印が押印されており、甲50の鉄道課受付印と一致する。
(ウ) 甲68の議事録について
 被告物流は、甲68の議事録は、丙151を元に偽造したものであると主張するが、丙151の方が事後にねつ造されたものである。原告の会社事務所にシミュレーション機器を設置したことはないので、「平井電機」で「自動ブレーキソフト変更後シュミレーション」をすることはできないし、原告の会社事務所で会議をしたのは、昭和60年6月25日の1回のみであるし、原告の会社事務所でこのような会議が開催されるのに原告代表者が出席しないのも不自然である。
(エ) その他
 被告らは、原告が提出する議事録等を偽造であると主張するが、原告代表者において、これだけ多量の議事録等を偽造することは不可能である。
(2) 被告らの主張
ア 使用料支払の合意について
(ア) 認否
 原告と被告物流ないし被告スチールとの間で、本件プログラムの使用料を支払う旨の合意は一切なかった。本件5項目の提案も、本件使用料支払契約も存在しなかった。
(イ) 原告と被告スチールの直接契約はあり得ないこと
 原告は、被告スチールに取引口座を有していないので、被告スチールに直接物品を納入したり、被告スチールと直接契約することはできない。本件装置についても、被告スチールは、原告から直接ではなく、JFE電制から買い受けた被告物流(被告スチールの関連会社であって、被告スチールに取引口座を有している。)から購入した。被告スチールの運管課のP1掛員は、被告スチールが本件装置の使用者となるので、原告や関係者との会議に同席したにすぎない。
(ウ) 当時、プログラム著作権に関する認識がなかったこと
 プログラムの著作物が著作権法に明記される改正が施行されたのは昭和61年1月1日であり、昭和60年ないし61年当時は、コンピュータープログラムについて著作権が成立するという認識は一般化していなかった。本件装置の開発関係者間においても、プログラムの著作権の使用料という発想自体がなかった。被告スチールには「特許部」しかなく、「知的財産」の概念すらなく、著作権をハードの部分と切り離して別扱いするという考えもなかった。
(エ) 本件プログラムの開発費は高額ではなく精算済みであること
 原告が、本件プログラムの使用料であると主張しているものの実質は、本件プログラムの開発費用にすぎず、本件プログラムの開発費用は、担当者であったP13の人件費程度にとどまるところ、その製作期間は昭和60年3月から5月までの3か月間であり、P13は高校を卒業して2年程度のキャリアの従業員であるから、その数ヶ月分の人件費はせいぜい100万円程度であって、6000万円に及ぶことはない。湯浅通信機は、本件プログラムの制作費も含めた本件装置全体の開発費用を見積もり、本件プログラムの制作費を実験機制作費の請負代金(1台約180万円、5台分計900万円)に含めて原告から受領し、別途の請求をしていない。本件装置の本番機が納入された昭和61年春の直前まで、本件プログラムについて若干の修正はされていたが、湯浅通信機は本件プログラムの制作費については実験機の費用で回収済みだったので、本番機の費用には含めなかった。よって、原告・湯浅通信機間において本件プログラムの費用を別立てとする合意はなく、原告は、本件プログラムの開発に当たり、巨額の費用を支出したわけではないから、原告・被告ら間において使用料の支払合意をすべき根本原因を欠く。
(オ) P6、P7に権限はないこと
 P6、P7には本件5項目の代替措置を決めたり、本件使用料支払契約をする権限はなかった。
(カ) 取引増加の理由
 被告物流が原告に本件装置のメンテナンス業務を委託したのは、本件5項目の代替措置を履行するためではなく、原告が初めて外注業者として定常的に業務を被告物流から請け負うことを望んだからである。本件装置納入後、原告の被告物流に対する売上が増大したのは、原告が長年取引のあった業者で、船用自動ラックや本件装置等の開発に加わって納入に至ったことへの配慮、経済成長に伴って被告物流の業務が拡大した結果にすぎない。
イ 被告物流作成とされている文書(甲119、120)について
 原告は、被告物流作成とされている文書(甲119、120)を本件使用料支払契約成立の根拠とするが、次のとおり、不合理な点・事実と矛盾する点があるから、上記各文書はいずれも被告物流が作成した文書ではないし、その内容についての信用性もない。
(ア) 甲119について
a 被告物流が被告スチールに取引口座を有しないとの記載があるが、被告物流は被告スチールのグループの基幹子会社であって取引口座を有している(乙4、5、丙162、163)。
b P6、P7、P5、P3、P2、P18、P19、P1の印影は真正な印影と相違している。また、P19は、昭和60年10月ころまで「運管」の表示のある印を使用していたので、甲119のような「運」の表示の印で決裁することはない。
c 甲119の作成日付とされている昭和60年8月ころに予算が許可ないし認可された旨の記載があるが、被告スチールにおける本件装置購入のための予算認可は昭和60年9月30日に本社決裁がされたものである。
d 本件プログラムが「予想をはるかに越える大掛かりなソフト開発に成る」といった記述があるが、当時の関係者にはそのような認識はなかった。
e 表題に「開放」の記載があるが「解放」が正しいのであり、単なる変換ミスといえるものではない。
f 書式は被告スチールの当時の決裁文書の書式と異なる。
g 一つの文書において、被告スチール、被告物流の2つの会社に決裁を求めている点で、別々に決裁をとる通常の方式とは異なる。
h 「P1さん」(通常は「P1s」ないし「P1掛員」と記載)、「当支店P2支店長他幹部皆様方」(通常は「当支店長」又は「当支店幹部一同」と記載)といった記載に不自然な点がある。
i P1の職印は乙3のP1の職印と異なるから真正ではない。
j 「本装置は当支店が企画部に売り込み」という表現があるが、被告物流の鉄道課がその監督部課である被告スチールの運管課を飛ばして、直接被告スチールの企画部に売り込むことは許されないし、被告物流が企画して被告スチールに提案したのではなく、被告スチールの要請・要望に基づいて両社が共同して行ったものである。「貴課と共に予算申請を行い」という表現があるが、被告物流の鉄道課が被告スチールの運管課と共に、被告スチールの企画課に予算申請をすることはありえない。
(イ) 甲120について
a 「本社知的財産部」の記載があるが、被告スチールに知的財産部が発足したのは、甲120の文書が作成されたとされる昭和62年1月13日より後である平成2年1月である。昭和62年当時は「特許部」であったことは「共同出願に関する覚書」(甲112)から明らかである。
b 複数回予算申請が禁じられている旨の記載があるが、実際には予算変更申請により不足予算の充足が可能である。
c 成果還元制度は、作業を請け負った業者の自主的努力による作業効率の上昇あるいは当該業者の投資により被告スチールに利益が発生した場合に、被告スチールの利益の一部を還元するものであるところ、被告スチール自身の投資(本件装置は被告スチールが購入したものである。乙14)による成果は還元の対象とはならない。
d 作業単価の見直しは、業務部外注管理課の専権事項であり、その作業の業者や監督部課以外の部署の者が参加する場で取り沙汰される事項ではない。
e 本件装置は被告スチールの運管課が自らのニーズにより購入を意図し、認可を得たのであり、被告スチールの製鋼部が要求元で予算執行の所管課を運管課としたという記載は誤りである。
f 被告スチールでは、予算取得部署がその執行権限を有するのに、被告スチールの担当部署である運管課をさしおいて、子会社である被告物流の要請により被告スチールの他の部署が決裁することはない。
g ソフト費用に関する認識が誤りであり、本件装置のメリットについて過大評価している。また、運管課にソフト製作のための予算がないとか、ソフト使用料を支払う必要があるという認識はなかったし、リプレイス時に同じ業者から同じものを購入するとの言質を与えたに等しい発言をすることはない。技術総括室においても原告と交渉をしたことはない。
h P2、P3、P5、P6、P7の印影は真正な印影と相違している。
(ウ) 甲119、120、121に共通する問題点
a 昭和60年ないし62年当時、被告物流水島支店では、4台の富士通製オアシス100シリーズのワープロが使用されていたが、もっぱら帳票や定型的な資料等の作成に使用され、一般文書の作成には使用されておらず、35台の富士通製FACOM9450Uのパソコンが使用され、鉄道課にも設置されていたが、簡単な文書作成機能しかなく、甲119ないし121のような複雑な文書の作成は不可で、従業員が私物を持ち込むこともなかった。また、P7は昭和63年10月以降になってワープロを操作できるようになり、P6も昭和61年秋以降に練習を始めたので、昭和60年ないし62年当時にワープロで文書を作成することはできなかった。
b 被告物流が被告スチールの依頼により本件装置の購入のための購買代行をする旨の記載があるが(甲119、120について)、被告スチールの購買代行とは、被告スチールが子会社の購買を代行するもので(乙8、11)、子会社が被告スチールの代行をするものではなかった。
c 甲119ないし121は被告物流の鉄道課から被告スチールの運管課に宛てた書面にみえるが、被告スチールにおいて原本を見た者がいない上に、原告は誰から入手したか明らかにしない。
d 報告書なのに決裁を依頼する記載もあるが、報告書に決裁文書を兼用するような書式・表現は、被告物流の関係者は使用しない。
ウ 原告作成の議事録について
 原告は、原告作成の議事録を本件使用料支払契約成立の根拠とするが、次のとおり、不合理な点・事実と矛盾する点があるから、当時作成されたものではなく事後的に作成された文書であり、信用性がない。
(ア) 昭和60年8月27日付けの原告作成の議事録(甲50)について
a 「り」の字体は、原告が昭和60年8月当時使用していたリコー製ワープロで打ち出すことはできず、昭和63年6月以降に発売された富士通製ワープロでなければ打ち出すことはできないので、昭和63年6月以降に作成されたものである。
 半角の漢字があるが、リコー製ワープロ「リポート350G」は、昭和60年当時、半角の漢字を作成し印刷する機能はなかった。N倍角文字、スーパーアウトラインフォント機能等も当時のワープロにはなかった。
 原告が昭和60年当時使用していた熱転写式プリンター(TP2600#506370)は、24×24ドットで12ポイントと10.5ポイントの文字の印字が可能だったが、40×40ドットでの印刷はできなかった。
 被告物流がワールドパルBW−450(昭和62年発売。株式会社日立製作所が設計製造販売。なお、同社はリコーにワープロをOEM供給していた。)とワイヤドット式プリンターPW10M1(昭和60年発売)により文書を再現したところ、再現文書においては、@ひらがなの「り」は甲50の一筆書きのものとは異なり、ふた筆書きとなり、A甲50と異なって1ページ以内に収まらず、B甲50と異なり上部に広い余白が生じた。
 原告は、被告物流の再現テストは信用できないと主張するが、ワープロ本体が異なっても上位機種であれば印刷品位は同じであるし、解像度が同じプリンターであれば、熱転写式でもドットインパクト式でも同じ印刷結果になる。原告は、オートシートフィーダがあれば、余白を調整できると主張するが、原告がオートシートフィーダを利用したという証拠はないし、ワープロ本体によってプリンターは制御されるので、プリンターにより紙送りを変更することはできない。被告物流の再現テストは半角文字を混入させていない。
 原告は、昭和60年3月11日に、デモ機を貸し出されたと主張するが、貸し出されたワープロの製造銘板は「FD5600#504828」であり(甲192の2)、これは、1985年すなわち昭和60年4月に製作された828台目という趣旨であるから(乙17)、それ以前の昭和60年3月に使用することは不可能であった。
b 成果還元金についての記載があるが、前記のとおり、成果還元金は被告スチールが購入した本件装置については適用の余地がない。
c 「知的財産部」の記載があるが、前記のとおり、当時、被告スチールには知的財産部はなかった。なお、甲20、67の議事録も同様である。
(イ) その他の議事録について
a 甲20には、被告スチールの「企画部技術総括室」という記載があるが、甲20の作成日である昭和60年1月当時、被告スチールに企画部技術総括室はなく、設けられたのは昭和61年4月で、当時の正しい名称は「管理部技術総括室」である。
b 甲46、63は、提出用、返却用、保管用として3部作成されているはずであることから、確認印の位置・数・作成部数などに関して不自然な点がある。
c 各議事録が昭和60年代に作成されたとすれば、当時のトナーは印刷された書面の文字が前ページの裏面に写るはずであるが、甲号証にはそのような状態のものは一つもなかった。
d 甲8のP7、P17の日付印は、印影の大きさが直径13mmであるが、その大きさになったのは昭和62年9月以降で、それ以前は12mmであったし、日付欄の上下の間隔は6mmで真正な印影では4mmであるのと異なり、字体も異なっている。
e 甲123のP20の印影の課名欄は「管理」となっているが、P20は当時は管理部契約課長だった。
f 甲号証の議事録には、鉄道課の受付印があるが、当時、受付印があったのは管理部契約課のみであり、被告物流が被告スチールから請け負った作業につき、業務委託契約を締結して他の業者に継続的に実施させる事務を管掌していたので、たまたま受付印を使用していたのである。
g 被告物流の従業員で昭和60年当時、鉄道課に所属していたP21が保管していた文書には、湯浅通信機やJFE電制からの報告・連絡書面であっても、鉄道課受領印は一切ないし、原告の受領印もない。丙99、111の議事録記載の会議には、原告代表者も出席しているが、その議事録は甲号証として提出されていない。
h 甲69、95について、被告物流の鉄道課は、昭和62年9月に運転整備課に名称変更されたのにもかかわらず、同議事録には「鉄道課」という記載がある。なお、真正な見積書である丙13ないし16には、宛先として正しく「運転整備課」と記載されている。
i 甲号証の議事録等(甲7ないし9、20、29、39、46、48、50ないし52、56、60ないし63、65、67ないし69、74、115、119ないし121、123、195、214)については、原告は原本を所持しておらず、写しを提出しているが、厳格な議事録ルールが定められていたとすれば、原告は原本を所持していたはずである。原告は、甲号証の議事録等の作成者を明らかにしない。また、甲号証の議事録等は、その内容、表現、形式、量の点で不合理であり、全葉に押印している点、議事録として内容が異様な程度に詳しい点でも不自然である。
6 不当利得の成否(前記第4の2(2)の争点)
(1) 原告の主張(被告スチールに対する予備的請求2)
ア 不当利得の成立
 仮に、本件使用料支払契約の成立が認められなかったとしても、被告スチールは、正当な理由なく(原告は、被告らに本件プログラムの使用料を支払う意思がないことを知っていれば、本件プログラムの複製物の貸与又は譲渡をしなかったのであり、その意向は被告らに表示されていたから、その貸与又は譲渡は、要素の錯誤により無効であって、被告スチールには正当な使用権原がなかったことになる。)、かつ、対価の支払なしに本件プログラムの使用料に相当する額の利得をし、原告は同額の損失を被った。また、被告スチールは、原告から本件プログラムの複製の提供を受けた際、その対価が清算されておらず、将来にわたって、少なくとも本件プログラムの使用料の支払又は本件5項目に係る代替措置の履行が必要であるが、遅くとも平成10年12月末当時には本件5項目に係る代替措置の履行が全く行われない状態になっていたことを十分認識していたので、平成11年1月1日以降、被告スチールは法律上正当な理由がないのに、相当額の対価を支払うことなく本件プログラムを業務上使用し、使用料相当額の利得を得た。
イ ロムの所有権留保
 本件装置についての原告と被告物流及びJFE電制との間で授受された見積書ないし見積明細書には、CPU装置ソフトに関する諸費用及びソフト書き込み部品(ロム)代金は見積りの対象から除外されている旨の記載があり、被告スチールもその事情を十分認識していたから、本件プログラムの複製物(ロム)の所有権は、代金の未清算により原告に留保されており、納入先に貸与されたにすぎない。そして、被告スチールは、本件プログラムの複製物の代金が未清算であることを十分に認識していたから、被告スチールはその複製物の所有権を有していなかったことを知っていたか、知らなかったことにつき過失があった。仮に、被告スチールが本件プログラムの複製物の所有権を取得していたとしても、その所有権の権能として本件プログラムを自由に使用できることにはならない。
(2) 被告スチールの主張
ア 法律上の原因の有無
 前述のとおり、被告スチールは、本件プログラムの著作権の共有者であるから、本件プログラムを使用することに法律上の原因がある。
イ 複製物の所有権の取得
(ア) 承継取得、即時取得、時効取得
 被告スチールは、本件プログラムの複製物の所有権を、@昭和61年2月末頃の売買による被告物流からの承継取得、A被告物流との本件装置の売買による即時取得、B昭和61年ころからの占有により遅くとも平成9年までに短期時効取得し、平成17年9月2日の第1回弁論準備手続の期日において上記時効を援用する旨の意思表示をし、C昭和61年ころからの占有により遅くとも平成19年までに長期時効取得し、平成20年3月25日付け準備書面17の陳述により同時効を援用する旨の意思表示をしたので、本件プログラムの複製物を所有者として使用することに法律上の原因がある。なお、ロムに貼付された原告の著作権シール(甲73、198)は、納品当時貼付されていなかったし、被告スチールは本件装置を開扉していないから知り得ない。
(イ) 従物として取得
 本件プログラムの複製物は本件装置に格納されているところ、本件プログラムの複製物は、本件装置の経済的効用を助けるために、本件装置に経済的に附属せしめられた物であるから、主物たる本件装置の従物であり、従物は主物の処分に従うので、被告スチールは、主物である本件装置の所有権を取得したことにより、従物たる本件プログラムの複製物の所有権も取得しており、本件プログラムの複製物を使用することができる。
ウ 損失の有無
(ア) 著作権の共有の合意
 本件プログラムの著作権は、湯浅通信機、原告、被告ら、JFE電制において共有とする旨の合意がされており、原告は、湯浅通信機からの当初プログラムないし本件プログラムの著作権移転の登録をしなければ、その移転を被告スチールに対抗することができないので、原告に損失はない。
(イ) 著作権侵害に該当しないこと
 著作権法上、著作権侵害とみなされる行為(著作権法21条ないし28条)以外の行為である著作物の複製物の使用は、著作権を侵害しない。このような使用については、著作権者と使用許諾契約を締結することなく複製物を自由に使用することができ、使用者に使用料支払義務が生ずるのは使用料の支払合意をした場合に限られる。
 被告スチールが本件プログラムの複製物を使用しても、他人の財産の使用には該当しないし、無料で使用できるものを無料で使用しても特段利益を享受したことにならないし、原告にも損失は生じない。
(ウ) 更なる複製が可能であること
 本件プログラムは複製可能なので、被告スチールが本件プログラムの複製物を使用しても、原告が第三者と使用料支払契約を締結して使用料を得られる機会を失うことはない。
エ 複製物の使用権原の取得
 仮に、著作物の複製物の使用権原を観念しうるとすれば、被告スチールは、同権原を、被告物流から承継取得し、あるいは即時取得ないし時効取得(短期又は長期)した。被告スチールは、短期時効取得については平成17年9月2日の第1回弁論準備手続の期日において、長期時効取得については平成20年3月25日付け準備書面17の陳述により、上記各時効を援用する旨の意思表示をそれぞれした。
オ 原告の主張について
 原告は、見積書(甲84、85、215)の記載からすれば、見積りの対象からソフトに関する諸費用、ロムの代金が除外されており、本件プログラムの複製物の所有権は原告に留保されていたと主張するが、これらの見積書の記載は次の理由により信用できない。
(ア) 甲84、85の「り」「総」の字体は、原告が昭和60年11月当時使用していたリコー製ワープロにより打ち出すことはできず、昭和63年6月以降に発売された富士通製ワープロにより打ち出せるので、同月以降に作成されたものである。
(イ) 甲84は前記のとおり昭和63年6月以降に作成されたものであるから、昭和60年11月25日付けの鉄道課の受付印の印影及びP6、P7の印影は不正に作出されたものである。
(ウ) 甲215の注文請書は、ソフト制作費・ロム代金を除外する旨の記載があるが、同記載は注文請書がJFE電制に提出された後に記載されたものである。
7 消滅時効の成否(前記第4の2(3)の争点)
(1) 被告スチールの主張
ア 被告スチールについての消滅時効
 原告の被告スチールに対する使用料請求権は、本件プログラムの複製物を使用する都度発生するのであり、その弁済期は、本件プログラムの複製物の使用日ごとに到来する。
 使用料請求権は、民法173条1号の短期消滅時効にかかるので、本件訴訟が提起された平成17年3月22日より2年前である平成15年3月22日より前に発生した原告の被告スチールに対する使用料請求権は消滅時効期間を経過している。
 また、原告も被告スチールも株式会社であるから、本件訴訟が提起された平成17年3月22日より5年前である平成12年3月22日より前に発生した原告の被告スチールに対する使用料請求権は消滅時効期間を経過している。
イ 被告スチールの時効の援用
 被告スチールは、原告に対し、平成19年7月9日の本件弁論準備手続の期日において、上記各時効を援用するとの意思表示をした。
ウ 原告の時効進行に関する主張について
 原告は、被告らとの本件プログラムの使用料精算の交渉経緯から、権利行使が取引通念上不可能又は著しく困難であったので、消滅時効は進行しないと主張するが、法律上の障害ではないから、失当である。
エ 原告の信義則に関する主張について
 原告は、被告らとの本件プログラムの使用料精算の交渉経緯から消滅時効は進行しないという主張が認められないとしても、被告らは信義則上、消滅時効の援用は許されないと主張するが、長期間を経過した後に突如持ち出された本件については、被告らの法的安定の保護の要請、証拠保全の困難性の救済の要請、原告が時効中断の措置をとることが法的に極めて容易な立場にあったことから、被告らの時効の援用が信義則違反となるものではない。
(2) 被告物流の主張
ア 被告物流についての消滅時効
 原告及び被告物流は株式会社であるところ、原告が請求する使用料債権は、平成19年3月16日付け請求の趣旨変更申立書の送達日から遡って5年である平成14年3月17日以前の分については、商事消滅時効が成立している。なお、本件プログラムの複製物の使用料債権も、その決済が短期間で処理されるべきものであることが明らかなものと解されるので、民法173条1号の2年の短期消滅時効の趣旨が適用ないし類推適用されるべきである。
イ 被告物流の時効の援用
 被告物流は、原告に対し、平成19年7月9日の本件弁論準備手続の期日において、上記時効を援用するとの意思表示をした。
ウ 原告の時効進行に関する主張について
 原告は、被告らとの本件プログラムの使用料精算の交渉経緯から、権利行使が取引通念上不可能又は著しく困難であったので、消滅時効は進行しないと主張するが、法律上の障害ではないから、失当である。
エ 原告の信義則に関する主張について
 原告は、被告らとの本件プログラムの使用料精算の交渉経緯から消滅時効は進行しないという主張が認められないとしても、被告らは信義則上、消滅時効の援用は許されないと主張するが、長期間を経過した後に突如持ち出された本件については、被告らの法的安定の保護の要請、証拠保全の困難性の救済の要請、原告が時効中断の措置をとることが法的に極めて容易な立場にあったことから、被告らの時効の援用が信義則違反となるものではない。
オ 被告スチールに対する請求による被告物流の時効中断の有無
 原告は、被告スチールに対する裁判上の請求が被告物流についての時効中断事由となると主張するが、被告らに対する金銭請求債権の相互関係について、当事者間に連帯債務とする合意があったことを主張立証していないので、当初原告が主張していたとおり、不真正連帯債務と解するべきであり、とすれば、時効中断の効力は被告物流に及ばない。
(3) 原告の主張
ア 本件の使用料債権は、民法713条1号が定める「生産者又は商人が売却した産物又は商品の代価」には該当せず、これらに準ずべき性質のものでもないことは明らかである。被告らが引用する大審院の判例は、発電企業者が生産者であり、電気はその産物に当たること等の判断をしたものであり、本件とは全く事案を異にすることが明らかである。
イ 原告が主張する平成11年1月1日から平成16年12月31日までの間に発生した使用料債権については、少なくとも平成16年12月21日までは、次の(ア)ないし(エ)のとおり、被告らに対する行使が取引社会の通念上、不可能又は著しく困難な状況にあり、その行使に障害があったというべきであるから、同日まで時効は進行しない。したがって、被告らに対する裁判上の請求の日において、上記の使用料債権の時効は完成していない。
(ア) 原告は、昭和60年8月27日、被告らとの間で、本件プログラムの使用料の精算につき、その支払に代わって本件5項目の代替措置をする旨の合意をし、その代替措置が基本的に履行されない状況にならない限り、被告らに対して使用料を請求できなかった。
(イ) 本件5項目の代替措置は、本件装置を納入した後数年間は順調に履行されていたが、平成8年ころまでに徐々に履行が不十分となり、平成10年ころには殆ど履行されない状況となった。
(ウ) 原告は、平成8年ころから、被告ら、特に被告物流に対し、本件5項目の代替措置の履行をしばしば申し入れたが、一向に功を奏しなかった。
(エ) 平成13年4月、原告と被告らとの間で、本件装置の更新に関する協議が開始され、原告は、本件プログラムの使用料の精算に関する件を協議の対象として持ち出し、平成16年12月21日まで、被告らとの間で、断続的に協議・交渉を重ねたが、被告物流から、被告物流及びその関係会社と原告との取引関係を打ち切る旨通告されたことから、やむなく本訴を提起した。
ウ 前記の経緯、事情に照らせば、被告らの消滅時効に関する主張は、著しく信義則に反し許されない。
エ 被告スチールに対する本件の使用料債権の裁判上の請求(平成17年3月22日付けの本訴提起及び平成18年4月13日付けの請求の趣旨変更申立書の送達)は、これと連帯債務である被告物流に対する本件の使用料債権の時効の中断事由に該当する。
8 信義則違反の有無(前記第4の2(4)の争点)
(1) 被告らの主張
ア 原告の主張を前提とすると、本件プログラムの著作権は、原告が湯浅通信機の当初プログラムに関する同一性保持権、翻訳権、翻案権等を侵害した上で取得したものとなるのであり、自ら違法な行為を行った上で権利を取得した原告が第三者に対してその権利主張を行うことはクリーンハンズの原則に反して許されない。
イ 被告スチールは、遅くとも昭和61年ころには、本件プログラムの複製物の使用を開始している。他方、原告が、被告らに対して、本件プログラムの使用料の請求を最初にしたのは、平成15年になってからである。原告は、被告らに対する本件プログラムの複製物の使用料請求権を昭和61年ころに行使できたところ、権利行使可能時期から20年近く経過しても一切権利行使しなかった。被告スチールは、本件プログラムの使用を開始したときから17年間、本件プログラムの使用を継続し、その間被告らは使用料の支払を請求されてこなかったところ、被告らの使用料の支払を請求されないという信頼は保護に値する。したがって、原告が、被告らに対し、本件プログラムの使用料を請求することは、権利失効の原則に反し、信義則違反となるので、許されない。
(2) 原告の主張
 争う。原告の主張がクリーンハンズの原則に違反するという主張は、その前提において誤りである。権利失効の原則に反するという点については、上記の交渉経緯に照らし、理由がない。
9 使用料ないし不当利得相当額(前記第4の2(5)の争点)
(1) 原告の主張
ア 被告スチールの利益と使用料ないし不当利得相当額
 被告らの各担当者は、本件装置の本番稼働後である昭和61年8月1日から4か月間の実績データを共同分析した結果、本件装置の導入による月間平均総メリット算出額は9180万円であり、以後のオペレーターの運用上達に伴う効率の向上により、そのメリット額は約13〜16%増加することが確実であるとの認識を示していた。とすれば、昭和63年以降の月間メリット額は、9180万円の14%増に当たる1億0465万円をくだらない。
 したがって、被告スチールは、本件装置を導入することにより、少なくとも年12億円の利得をしたが、このうち本件プログラムの寄与に係る部分は、その50パーセントの年6億円をくだらず、本件プログラムの使用料は、その2分の1に当たる年3億円とするのが相当である。そうすると、平成11年1月1日から平成19年12月31日までの9年間における本件プログラムの使用料相当額は合計27億円となる。
 よって、被告らは、原告に対し、平成11年1月1日以降の被告スチールによる本件プログラムの使用について、本件使用料支払契約(本件使用料支払契約1は被告ら、本件使用料支払契約2は被告スチール、本件第三者のためにする契約は被告物流について)ないし不当利得(被告スチールについて)に基づき、使用料ないし不当利得の返還として、合計27億円を支払う義務があり(連帯債務)、原告は、被告らに対し、うち15億円を請求する。
イ 本件装置の有用性
 被告物流は、本件装置納入後の昭和61年に作成した外販用カタログで、本件装置により溶銑運搬作業の安全性と効率が飛躍的に改善したとし、その後本件装置はほとんど改良されることなく被告スチールにより継続使用されている。また、被告らは、本件訴訟提起前の交渉の過程において、本件装置の有用性を認め、被告スチールの西日本製鉄所倉敷使用分の更新と同福山及び東日本製鉄所千葉における新規採用の方針を示した。更に、本件装置の採用による溶銑温度低下の低減、人件費削減、安全性の向上等の効果が国内の他の製鉄所の関心を呼び、平成5年11月には、新日本製鉄株式会社から被告物流を介して原告に引き合い、照会があり、平成6年8月には、被告スチールが韓国の浦項製鉄株式会社光陽製鉄所に本件装置の売り込みを図り、平成12年に成約の寸前までこぎつけたのであり、これらの事情に照らせば、本件装置の有用性は明白である。
(2) 被告らの主張
ア 原告の主張する金額は争う。使用料は、その物の使用により使用者が得た利益の額から計算するのではなく、原価に利益と金利を乗せて計算すべきであり、本件プログラムの開発費は約100万円、湯浅通信機や原告の利益は約500万円前後、どんなに多くみても約1000万円であり、被告スチールは20年間使用しているので、1年あたりの本件プログラムの使用料は最大で約50万円、9年間で450万円である。
イ 仮に、使用料支払契約があったとすれば、使用料は契約の要素として特定されるべきところ、契約締結時に使用者の得る利益を予測するのは不可能であるから、将来得ることができる利益という不明確な基準によりプログラムの使用料支払の合意をすることは取引通念から考えられない。不当利得の場合も、使用により得た利益が損失となるわけではない。通常、プログラムの作成者がその複製物の使用料支払の合意をする目的は、プログラムの製作費用の回収のためであるから、本件でも、最大でも本件プログラム製作にかかった合理的費用に合理的利益を加算したものとなるはずである。
ウ 原告の主張について
 原告は、甲118、121を年間3億円の利益の金額の根拠とするが、これらの書証は、前記の理由と次の(ア)ないし(ウ)の理由により信用できない。また、本件装置の開発は、安全投資に属するものであるから、効率化による利益の追求を目指すものではなく、投資によるメリット計算は行われるものではないし、実際にも行われなかった(丙173には「投資効果」欄に記載がない。)。
(ア) 甲68と丙151の議事録を比較すると、同じ日時に別の場所で行われた会議にP7が出席していたことになるが、甲68は、その字体から昭和63年6月以降発売の富士通製ワープロでなければ作成できないものであるし、成果還元金についての誤った記載があるので信用できず、P7は丙151の会議に出席していたことになる。とすれば、甲68の記載を参考に作成された甲118も信用することはできない。
(イ) 甲121には、「設備技術部企画部工務室」等の誤った記載がある。
(ウ) 被告スチールとの取引を統括する管理部の責任者である管理部長の印がない。印影も真正ではない。
第6 当裁判所の判断
1 本件プログラムの著作物性について(前記第4の1(1)の争点)
(1) 証拠(各事実の末尾に記載)、前記第3の前提となる事実、弁論の全趣旨及び争いのない事実によれば次の事実が認められる。
ア 本件プログラムは、DHL車の部分とTC車の部分に分かれている。
イ 本件プログラムのソースリストで、本件訴訟において書証として提出されているものは、DHL車の部分は、甲117の1、丙62であり、TC車の部分は、甲117の2であるが、甲117の1・2は、1ページ目と最後のページ以外は、左端の横4文字のアルファベットないし数字以外の部分について隠されていて、その内容は不明である(ただし、原告は、準備書面(7)において、隠された部分の一部について内容を主張している。)。甲117の1の1ページ目、最後のページ、それ以外のページの隠されていない部分は、丙62と一致する。本件プログラムのソースリストのDHL車の部分は、1300行以上のボリュームである(丙62)。同TC車の部分は、約1000行である(甲117の2)。
ウ 本件プログラムのフローチャートで、本件訴訟において書証として提出されているものは、DHL車の部分は、甲188の1(昭和60年9月12日作成)、甲189の1及び丙5(昭和61年12月21日作成)、甲190の1(昭和62年11月20日作成)であり、TC車の部分は、甲188の2(昭和60年9月12日作成)、甲189の2及び丙6(昭和61年12月21日作成)、甲190の2(昭和62年11月20日作成)である。昭和61年12月21日作成版では、本件プログラムのフローチャートのDHL車の部分は、1ページあたりのチャートの箱の数が70以上で、合計10ページある(甲189の1、丙5)。同TC車の部分も、1ページあたりのチャートの箱の数が70以上で、合計8ページある(甲189の2、丙6)。
エ 本件装置は、次のとおりのものであり、本件プログラムは、その一部の作業(下線を引いた部分)を行わせるのものである(甲5、71、72、110の1)。
(ア) DHL車とTC車の動き
@ DHL車は、複数のTC車を牽引して高炉付近に向かい、出銑作業を行うTC車を指定された停止位置において停止させる。出銑作業を行うTC車にブレーキがかけられ、DHL車と上記TC車の連結が解除される。連結が解除されたTC車において出銑作業が開始され、他方、DHL車は他のTC車と共に移動して別の高炉に向かう。
A 出銑作業が終了すると、迎えに来たDHL車が、出銑作業を終えたTC車に近づき、DHL車にTC車が連結され、TC車のブレーキが解放されて、DHL車はTC車を牽引して走行移動する。
(イ) 連結のときの手順
@ オペレーターがDHL車を無線で操作してTC車に近づける。
A TC車が自動落下方式によりDHL車に連結される。
B DHL車と各TC車は通信が可能となるので、各TC車に通信可能を示す緑のランプが点灯する(緑のランプは、下記Cの番号決定後いったん消灯し、下記Dのブレーキ解放時に再び点灯する。丙9)。
C DHL車は、その連結状態において、各TC車に対し、任意の連結操作番号を電磁信号として与え、これらの各番号は各TC車において記憶される(その番号決定に要する時間はTC車1両あたり約1.4秒である。)。TC車がDHL車の一方側(リア側)に接近・連結した場合、各TC車がどのような順で並んでいても、各TC車の固有の車輌番号には関係なく、常にDHL車リア側の最寄りより順に連結操作番号がDHL車及び各TC車のCPUにおいて決定、記憶される。また、DHL車リア側とは逆側(以下「フロント側」という。)に各TC車の固有の車輌番号がいかに異なる順で連結されても、やはり同様にDHL車フロント側の最寄りより順に連結操作番号がDHL車及び各TC車のCPUにおいて決定、記憶される。
D TC車のブレーキを自動制御装置により解放する。
E ブレーキの解放動作中は、各TC車にブレーキ解放動作中であることを示す赤のランプが点灯し、ブレーキ解放動作が完了すると、緑と赤のランプが点滅する。これらの一連の動作に要する時間は約14秒である。
(ウ) 連結解放のときの手順
@ オペレーターが、各TC車に緑のランプが点灯中であること(通信可能状態にあること)を確認の上、無線により、連結操作番号を用いて解放するTC車の指示をDHL車の無線受信装置に送信する。
A 解放指示がされた連結操作番号は、DHL車の無線受信装置から、電磁信号として搬送コイルを介して、DHL車の直後に連結されているTC車に送信され、後続のTC車にも順次転送される。
B 各TC車において、各TC車が所有する連結操作番号と照合される。
C 照合の結果、解放指示された連結操作番号を持つTC車は、緑のランプを点滅させて、選択されたTC車であることをオペレーターに示す。
D 解放指示された連結操作番号を有するTC車につきブレーキを締める動作が行われ、ブレーキ作動中は赤のランプが点灯し、動作が完了するとブレーキを締めたTC車の緑と赤のランプが同時に点滅する。
E 当該TC車に隣接する他のTC車との間の連結が解放される。
F 当該TC車の連結操作番号自体は、連結が解放されて、TC車同士が離れることにより車両間の搬送コイルが離間し、信号が中断することにより解除される。
G DHL車も、上記TC車の連結操作番号を消去し、TC車の数を更新する。
(エ) DHL車がTC車を牽引走行時の手順
@ DHL車は、各TC車に対し、所定の電磁信号を常時送受信させ、各TC車の電磁信号の送受信状態を制御装置により継続して監視する。
A 送受信信号の中断の有無により、連結器の途中解放・破損などによるDHL車からのTC車の突放といった連結異常を検知する(応答なし5回で搬送異常とする。丙8)。
B TC車からの確認信号の返送がなく、信号が中断したときは、DHL車は、返送されてこない連結操作番号を有するTC車が離脱したと判断して、警笛を鳴らし(赤のランプも点灯する。丙9)、当該TC車のブレーキを自動制御装置により作動させて当該TC車を約3秒で停止させる。
C TC車は、DHL車からの確認信号を受信したとき、自分の連結操作番号の場合は返送し、自分のものではない連結操作番号の場合は、後続のTC車に転送する。TC車は、確認信号を一定時間以上受信しないときは、自分の連結操作番号の記憶を消去し、ブレーキをかける。
(オ) 異常時
 線路上に停留されているTC車が独走を始めた場合、本件プログラムのTC車の部分において、ブレーキを更に強く締める操作の指令を行い、緑と赤のランプを点滅させつつ、ブレーキを更に締めて、約1、2秒でTC車を停止させる(赤のランプはブレーキ増締・停止後10秒で消灯する。丙9)。
(カ) 搭載装置
@ 搬送コイル
 DHL車と各TC車のフロント側とリア側のそれぞれに搬送コイルが搭載されている。搬送コイルは、銅線を巻線にしたコイルを信号の送受端子として用いるもので、一方のコイルに信号電流を流して励磁すると、対向する他方のコイルに電磁誘導によって発生する誘導電流により非接触の方法で通信を行う電磁信号送受信装置である。通信速度は、ノイズに対処するために調節され(本件プログラムのうちTC車部分では「7EH」というパラメーターを使用。)、ブレーキを解放する信号を出した後7秒以内にTC車が停車することを確認する(本件プログラムのうちTC車部分では、3つのパラメーターをかけて7×166×255=296310回繰り返している。)。
A ブレーキ機構
 DHL車と各TC車のフロント側にはブレーキモーターによるブレーキ機構が搭載されている。
B 連結解放装置
 DHL車と各TC車のリア側には、連結解放シリンダーによる連結解放装置が搭載されている。連結の解放は、連結解放用のパワーシリンダーにより連結器解放レバーが引き上げられることにより行われるが、連結解放装置は、各TC車の一方(リア側)にしか搭載されていないため、必ずしも連結解放されるTC車の連結解放装置が作動するわけではなく、対向するTC車の連結解放装置が作動することにより連結解放が行われる場合もあり、その選択・判断は本件プログラムが行う。
(キ) 特徴
@ 従来技術
 従来の車両の連結解放の方法としては、車両の連結順に各車両に固有の電圧値を所有させ、解放に際して被解放車両の電圧値と合致する指令電圧を指令信号として与えることにより、隣接する車両の連結を解放するもの(特公昭56−42505)、車両の連結順に一定規制の変調を行い、各車両に固有の被変調波信号を所有させ、解放に際して被解放車両の被変調波信号と同調する信号を指令信号として与えることにより連結を解放するもの(特公昭56−42506)があった。
A 従来技術の問題点
 前記従来技術においては、各車両に固有の符号を与える指定線、操作用機器への電源などの接続・切り離しを自動化する必要があり、連結器の連結解放操作に別途圧力空気を用いるなど、比較的簡素化されている製鉄所用車両には高価とならざるを得ないという問題があった。
 また、指定線、操作機器への電源、これらの各線における接点の保守、維持のために、環境の悪い場所における使用による制約があった。すなわち、ジョイントコンセントや給電リング等による接触型の信号送受信装置を用いた場合、空気中の水分、粉塵、ガス等により接触部に錆が発生したり、接続・切離し時、振動などによりスパークし、接触面を荒らすので、伝達性能が著しく低下し、これを防止するためのガイド・シールドを設けるとコストがかかるという問題があった。
 さらに、連結器の解放指令を無線送信器によって送信し、無線指令により連結器の解放を行うと、指令のための入力線である指令線を省略して装置が経済的となるが、各車両に無線の受信器を必要とするので、搭載機器が高価とならざるを得ないという問題があった。
B 本件装置の特徴
 各車両に付与する車両固有の符号・連結解放信号等を非接触方式で与え、車両固有の符号や連結解放信号等の送受信をすべて牽引車両に搭載した制御機器・無線によって行うことにより、環境が悪い場所においても安価で車両の連結・解放を行うことができる点に特徴があるものであり、この点について、前記第3の4記載のとおり、特許権の設定登録がされている。
C 本件プログラムの特徴
 前示のとおり、本件プログラムは、本件装置の一部の作業を行わせるのもので、これにより本件装置の特徴である操作を可能にするという特徴があるが、中でも、DHL車にTC車が複数両一挙に連結された場合に、当初は、何両のTC車が連結されたのかはDHL車に予め示されておらず、かつ各TC車の連結操作番号も決められていない状態から、DHL車の最寄り側から順次整然と連結操作番号が決定される点(前記(イ)Cの点)が重要な特徴の1つである。また、連結解放時に、必ずしも連結解放されるTC車の連結解放装置が作動するわけではなく、対向するTC車の連結解放装置が作動することにより連結解放が行われる場合もあり、その選択・判断は本件プログラムが行う点(前記(カ)B)も重要な特徴の1つである。
(2) プログラムの著作物性の判断
 プログラムは、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」であり(著作権法2条1項10号の2)、所定のプログラム言語、規約及び解法に制約されつつ、コンピュータに対する指令をどのように表現するか、その指令の表現をどのように組み合わせ、どのような表現順序とするかなどといったところに、法により保護されるべき作成者の個性が表れることになる。
 したがって、プログラムに著作物性があるというには、指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性が表れていることを要する。
(3) 本件プログラムの著作物性の有無
ア 本件プログラム全体について
 本件プログラムは、DHL車にTC車が複数両一挙に連結された場合に、何両のTC車が連結されたのかはDHL車に予め示されておらず、かつ各TC車の連結操作番号も決められていない状態から、DHL車の最寄り側から順次整然と連結操作番号が決定される等の特徴(前記(1)エ(キ)C)を、DHL車とTC車の部分が相まって初めて発揮するものであるから、全体としてひとまとまりの著作物というべきである。
 前記(1)において認定したとおり、本件プログラムの内容は、DHL車から連結されている複数のTC車に対し、任意の連結操作番号を付与し、常時電気信号を送信し、その受信状態により、連結状況・異常の有無を確認したり、ブレーキの解放・緊締のための信号を送信するもので、作業自体は、複数の種類がある上に、その作業の一つ一つについて相当程度の数の段階・順序を踏むものであり、その方法も、各車両の対向する部分に設置された搬送コイルの電磁信号送受信装置を用いるもので、非接触方式であり、搬送コイルによる非接触方式によるこのような車両の連結・解放・ブレーキ操作の方法・装置は、特許を取得する程度に新規なものであったことから、これに対応するプログラムも、当時およそ世の中に存在しなかった新規な内容のものであるということができる。したがって、本件プログラムは、DHL車の部分及びTC車の部分を併せた全体として新規な表現であり、しかも、その分量(ソースリストでみると、DHL車の部分は1300行以上、TC車の部分は約1000行)も多く、選択配列の幅が十分にある中から選択配列されたものということができるから、その表現には全体として作成者の個性が表れているものと推認することができる。
 また、弁論の全趣旨によれば、昭和60年当時、フローチャート作成専用ソフトはほとんど存在せず、フローチャートは手書きしていたため、コンピュータープログラムの作成にあたっては詳細なフローチャートを作成することなくソースリストを作成するのが普通であったことが認められ、上記事実によれば、本件プログラムのフローチャートは、まず、本件プログラムのソースリストが作成された後に、これを説明する目的等のために作成されたものと認められる。したがって、本件プログラムのソースリスト及びフローチャートに表れている個性は、本件プログラムを作成した者の個性であるから、その創作者は本件プログラムの作成者であると認められる。
イ 本件プログラムのうちDHL車の部分について
 被告らは、本件プログラムのうちDHL車の部分について、プログラムの表現自体(丙62)を確認しているにもかかわらず、その表現がいかなる理由でありふれているというのかを具体的に主張立証しない。
 したがって、本件プログラムのうちDHL車の部分は、プログラムの表現方法の組合せと表現順序に選択の幅が十分にあるうちから作成者が選択したものであって、作成者の個性が表れているものと認められるから、著作物性があると認められ、著作物であるということができる。
 被告らは、昭和62年11月20日に作成したという第6次ソフトがあり、第6次ソフトはその後更に改良されたから、現在本件装置に格納されているプログラムが、甲117の1・2や丙62とは異なると主張する。しかし、第6次ソフトやその後の改良ソフトは、丙62のソフトを改良したものであることは、それが「第6次ソフト」や「改良された」ものであることから明らかであり、改良前のソフトである丙62についてさえ、被告らは、その表現がいかなる理由でありふれているというのかを具体的に主張立証せず、著作物性が認められることからして、その改良版にすぎない「第6次ソフト」や「その後の改良ソフト」についても著作物性を認めることができるところである。
ウ 本件プログラムのうちTC車の部分について
 前記(1)で認定したとおり、本件プログラムのうちTC車の部分のフローチャートは書証として提出されている。そして、前認定の本件プログラムのフローチャートとソースリストの量(DHL車の部分ではソースリスト1300行以上に対しフローチャートは箱の数が70以上で10ページ、TC車の部分ではソースリスト約1000行に対しフローチャートは箱の数が70以上で8ページあること)、各フローチャートの記載内容及び弁論の全趣旨(とりわけ、原告が平成18年5月31日付け準備書面(7)においてソースリストとフローチャートの関係を具体的に解説している内容)によれば、上記TC車の部分のフローチャートは、非常に詳細なものであって、フローチャートの1つの記載がソースリストの1行ないし数行とそれぞれ対応しているが、フローチャートの各記載をソースリストの具体的表現にする際には、更に回路図、ハードウエア及びノイズ環境等の諸条件に基いて適切な表現が選定されることになるというものであることが認められ、上記事実によれば、本件プログラムのうちTC車の部分は、上記TC車の部分のフローチャートが示している表現の可能性の中から1つが選定された表現であるということができる。
 そして、上記フローチャートは、搬送コイルによる非接触方式で、DHL車から連結されている複数のTC車に対し、任意の連結操作番号を付与し、常時電気信号を送信し、その受信状態により、連結状況・異常の有無を確認したり、ブレーキの解放・緊締のための信号を送信するという車両の連結・解放・ブレーキ操作の方法・装置を動作させる新規なものをフローチャートの形式で表現したものであるから、フローチャートの表現自体も新規なものである。また、上記フローチャートは、その分量も多く、組合せと表現順序に選択の幅が十分にある中から選択されたものということができるから、その表現には作成者の個性が表れているものと推認することができる。
 ところが、被告らは、上記フローチャートについて、その表現を確認しているにもかかわらず、その表現がいかなる理由でありふれているというのかを具体的に主張立証しないから、上記推認を覆すに足りる証拠はない。
 これを前提とすると、本件プログラムのうちTC車の部分は、表現に作成者の個性が表れている上記フローチャートが示しているプログラムとしての表現の可能性の中の1つが、回路図、ハードウエア及びノイズ環境等の諸条件に基づいて選定された表現であるから、当該選定自体の創作性の有無にかかわらず、やはり上記フローチャートに表れている個性が表れているものであって、著作物であるということができる。
 被告らは、原告が本件プログラムの表現自体を具体的に明らかにしていないとして、その創作性を否定する。確かに、本件プログラムのうちTC車の部分については、そのソースリストの全てが開示されているわけではないが、TC車の部分に係るフローチャートは開示されている。そして、前記のとおり、本件プログラムのTC車の部分のソースリストの表現に、TC車の部分に係るフローチャートに表れていると推認される個性が表れるという点において、本件プログラムのTC車の部分にも既に著作物性が認められるのである。ところが、被告らは、開示されているTC車の部分のフローチャートについて、その表現がありふれていることの主張立証をしていないのであるから、本件プログラムのTC車の部分(ソースリストの表現)が開示されていないことによって、その表現がありふれていると主張立証する機会を奪われているということにはならない。したがって、本件プログラムのTC車の部分の表現が開示されていないことは、その表現に作成者の個性が表れているとの推認を覆す根拠とはならないから、被告らの主張は理由がない。
2 原告の本件プログラムの著作権の承継の有無について(前記第4の1(2)の争点)
(1) 湯浅通信機の本件プログラムの取得について
ア 湯浅通信機の従業員であるP13が、同社の発意に基づき、昭和60年4月ころから本件プログラム(ただし、原告の主張によれば未完成のもの)を職務上作成したことについては争いがない。
イ 本件プログラムの完成時期は明らかではないが、仮に、P13が本件プログラムを完成させたとき(原告の主張によればP13の手を離れたとき。以下同じ。)が昭和61年1月1日以降であるとすれば、昭和60年6月14日法律第62号附則2項により、同法律による改正後の著作権法15条2項の規定の適用があるから、本件プログラムは、法人である湯浅通信機の著作物として、湯浅通信機に帰属していたと認められる。
 仮に、P13が本件プログラムを完成させたのが昭和60年12月31日以前であったとすれば、昭和60年6月14日法律第62号附則2項により、同法律による改正前の著作権法(以下「改正前著作権法」という。)15条が適用されることになる。改正前著作権法15条の「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」とは、公表されていないものであっても、法人名義での公表が予定されているもの及び公表するとすれば法人の名義を付するような性質のものも含むと解される。本件プログラムは、未だ公表されていないが、もし公表されるとすれば、原告への譲渡が問題となる前の段階においては、湯浅通信機として受注した装置のためのプログラムであるから、P13個人の名義ではなく、湯浅通信機の名義で公表される性質のものであると認められる。したがって、本件プログラムは、改正前著作権法15条の規定における「公表する」の要件を満たすので、湯浅通信機の法人著作物として、その著作権は湯浅通信機に帰属していたものと認められる。
ウ P14の関与の有無について
 原告は、P13は本件プログラムを完成させておらず、未完成の段階のもの(当初プログラム)をP14が引き取って、本件プログラムを完成させたのであり、本件プログラムは、当初プログラムの二次的著作物であると主張する。しかし、仮に、P14が本件プログラムを完成させたとしても、原告は、P14が関与した部分について特定せず、同部分について著作物性があることの主張立証はない。よって、本件プログラムは、当初プログラムの二次的著作物であると認めることはできず、原告の主張は採用できない。
(2) 湯浅通信機から原告への承継について
ア 譲渡契約の有無
 証拠(甲214)によれば、湯浅通信機は、少なくとも原告の金銭請求の根拠となっている時期の始期である平成11年ころまでには、本件プログラムの著作権を原告に譲渡していたことが認められる。
 甲214の契約書には、昭和60年11月ころ、湯浅通信機が原告に対して、プログラム制作費等を請求し、原告が約6000万円支払った旨の記載があるが、この点は、P10常務から、湯浅通信機としては、ソフトの作成に予想以上の時間とコストがかかり、ソフトの費用の支払がなければハードも含めて本件装置の開発からは撤退するというところまでいって交渉を重ねた結果、原告からソフトの支払を受けたことを聞いたというP12の供述(甲230、証人P12の証言・尋問調書66ないし69ページ)とも合致する。なお、上記のP12の供述は、当時のP12とP10常務との関係(当初は労働組合の関係で敵対する間柄であったが、本件装置の開発を契機に、P12が時間外労働にも協力することとなって、以来、P10常務はP12に気心を許していろいろ情報を漏らすようになったという関係)、本件訴訟におけるP12の立場から、上記の点に関して、P12が虚偽の供述をする動機に欠けることから、信用することができる。
イ 湯浅通信機の代表者印の印影について
 甲214の湯浅通信機の代表者印の印影は、弁論の全趣旨によって成立が認められる(被告らも真正な印影であると主張する)丙43、88の2及び証拠(証人P12の証言、甲230)によって成立が認められる甲221の湯浅通信機の代表者印の各印影とそれぞれ同一のものと認められるから(甲216の12、222の2、丙44、77、88の1)、真正な印章によって顕出されたものと認められ、上記事実により甲214の湯浅通信機の代表者印の印影は湯浅通信機代表者の意思によって成立したものと認められるから、甲214の成立を認めることができる。
 被告らは、甲214の契約書の湯浅通信機の代表者印の印影は、真正な印影である昭和60年ないし61年の誓約書(丙42、43)、昭和50年代に作成された契約書(丙88の2)、昭和63年4月以降に使用されていた現存する印鑑の印影(丙87)、平成4年ないし5年に作成された契約書(丙89の2・3)の各代表者印の各印影のいずれとも異なっているので、真正な印影ではなく、したがって、甲214の湯浅通信機作成部分は偽造であると主張する。被告らにおいて印影が異なると主張する点は、@印面の全文字の形状、A外周線の欠損の有無、B外周線と文字間の空隙の有無である。しかし、甲214と甲221及び丙43、88の2との差は、いずれも印面への朱肉のつき方、押印の際の圧迫の力の程度等の違いによって生じる程度の微差であり、むしろ別の印鑑とは考えられないほどに酷似しているというべきである(丙42は不鮮明で対比し難い。丙44、77)。なお、証拠(証人P12の証言、甲230)によって成立が認められる甲220と甲221の湯浅通信機の代表者印の各印影を互いに対比すると、いずれも真正なものと認められるにもかかわらず、株式会社の「会」や、取締役の「役」や、湯浅通信機の「機」の字がそれぞれ異なるように思われ(甲222の1・2)、昭和60年代には、湯浅通信機には2種類の代表者印があったようにも思われるところである。
ウ 収入印紙について
 被告らは、甲214の契約書は、請負代金が約6000万円であるから、その印紙税額は6万円となるところ、4000円分の印紙の貼付は不自然であり、4000円の収入印紙が存在するのに、1000円と3000円の印紙の貼付は不自然であると主張する。
 しかし、印紙税額を誤ることはあり得ることであるし、4000円分の印紙を貼付する上で、4000円のもの1枚を貼らずに、1000円と3000円の印紙を貼付することも、手持ちがある場合にはあり得ることということができるので、甲214の契約書が、不存在の事実に関して作成されたものであるという根拠とはなりえず、被告らの主張は採用できない(なお、甲214の契約書に貼付されている収入印紙は、丙36の4によれば、昭和50年3月28日告示され、平成5年10月12日に形式が変更される前のものが貼付されていることが認められ、被告らもこの点は争っていない。)。
エ ワープロの字体について
 被告らは、甲214の契約書の「り」「総」の文字は、リコー製ワープロによって打ち出すことはできず、昭和63年6月以降に発売された富士通製ワープロにより打ち出し可能であるから、昭和63年6月以降に作成されたものであると主張する。
 確かに、原告が、甲214の契約書を作成した昭和60年11月ころ、使用していたワープロは、リコーリポート5600シリーズ及びリコー350Gであるところ(甲192)、甲214の契約書に印字されている「り」の字体(一筆書きのもの)は、リコーリポート5600を含むリコーのワープロをOEM製造していた株式会社日立製作所の製造するワープロによっては作成することができないことが認められる(乙6、11、12、16)。また、富士通株式会社の調査によると、富士通製のワープロについては、甲214の契約書の「り」の字体は昭和63年6月以降の機種で作成可能であることが認められる(乙9、11)。
 しかし、甲214の契約書は原本であって、湯浅通信機と原告の印鑑が押捺されており、修正や切貼りによる変造も認められない。そして、仮にそれが昭和63年6月以降に作成されたものであるとしても、それは単に日付けを遡らせて作成されたというにすぎず、同契約書が証する意思表示の効力に影響を及ぼすものではない。
 また、昭和60年2月当時に作成されたことについて争いがない丙42の誓約書は、湯浅通信機から原告に宛てたものが後に被告物流に提出されたものであるが、その「り」の字体は、一筆書きであって、甲214の契約書の「り」の字体に似ている(なお、昭和60年7月23日付けで湯浅通信機が原告に差し入れた誓約書(甲218)も同様である。)。このことからすれば、湯浅通信機と原告との契約書である甲214でも、別の機種のものが使用されたために、「総」の字体も異なっているという可能性も考えられるから(ただし、例えば甲214の「当」と丙42の「当」の字体は若干異なっているようにも感じられ、同じワープロにより作成されたとも断定できない。)、甲214が昭和63年6月以降に発売された富士通製ワープロにより作成されたものか否かは、判然としないところである。
オ P9専務の供述について
 被告らは、当時、湯浅通信機の実質的な代表者であったP9専務は、甲214の契約書は知らないと述べている、本件プログラムの著作権について原告と協議したり、著作権譲渡代金として約6000万円を受領したこともないと述べているので、原告の主張は事実に反すると主張する。
 確かに、P9専務は、その旨の証言をしているが(証人P9の証言・尋問調書16ページ)、その根拠とするところは、@ハードの面について共同で特許出願していることから、ソフトについても当然に共有となるという認識であったこと、A実験機と本番機は、ほとんど違いがないことから、本番機のプログラムの作成のコストは、100万円程度であり、ハードの実験機のコストも900万円程度であったという点である(証人P9の証言・尋問調書13ないし15ページ)。
 しかしながら、上記@については、本件プログラムの著作権の共有については合意がなかったことは後記認定のとおりであって、P9専務の認識は事実とは異なる。また、上記Aについては、プログラムの作成コストが高くなかったとしても、それについてどれだけの金額で取引されるかは別の問題であって、当事者の交渉の巧拙や他の利益の供与の有無も関係するので、一定程度、相当価額よりも高額となっても、そのことのみをもって虚偽とすることはできない。のみならず、実験機についてのプログラムと本番機についてのプログラムは、その言語もベーシックとアセンブラというように異なるし、車両の数が異なれば、電気信号の送受信のタイミングのとり方、その他についてもより複雑となることが想定されることからすれば(証人P12の証言・尋問調書65ページ)、プログラムとしては別のものと認識されて取引される余地もあるから、P9専務の述べるような認識により取引されたとは限らない。そして、P12は、P9専務とP10常務は、当初は一緒に原告との交渉を行っていたが、途中で、P9専務は大げんかをして抜けたと述べており(証人P12の証言・尋問調書68ページ)、このことからすれば、P9専務が最終的な合意について自ら行ったものではないという意味でその事実を否定することはあり得るところである。
 よって、P9専務の供述は採用できない。
(3) 共有の合意の有無
 被告らは、本件プログラムの著作権について、湯浅通信機、原告、被告ら、JFE電制において、昭和61年2月ごろ、これを共有とする旨の黙示の合意をしたと主張するが、このような企業間の知的財産権の共有の合意は当然書面でされるものであるところ、契約書ないし合意書もなく、その他にも、そのような合意があったことを認めるに足りる証拠はない。よって、本件プログラムの著作権について、湯浅通信機、原告、被告ら、JFE電制で共有とする合意があったと認めることはできない。
3 対抗要件の要否・信義則違反の有無について(前記第4の1(3)(4)の争点)
(1) 対抗要件の要否
ア 前記認定のとおり、湯浅通信機、原告、被告ら、JFE電制において、本件プログラムの著作権を共有とする旨の合意があったことは認められないから、被告らは、湯浅通信機から本件プログラムの著作権の持分の譲渡を受けたということができず、原告が湯浅通信機から本件プログラムの著作権(全体)を譲渡されたことについて、二重譲渡の関係にはない。したがって、被告らは、著作権法77条の「第三者」に該当しない。
イ 被告らは、仮に、共有の合意がなかったとしても、原告から本件プログラムの著作権確認や使用料ないし不当利得返還を求められているので、登録の欠缺につき法律上の利害関係を有する「第三者」に該当すると主張する。
 しかし、著作権の移転を登録しなければ対抗できない「第三者」(著作権法77条)とは、登録の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者であると解されており(大審院昭和7年5月27日判決・民集11巻11号1069頁参照)、単に著作権の帰属を争っていたり、著作物の複製物を使用しているだけの者は、これには当たらない。よって被告らの主張は失当である。
(2) 信義則違反の有無
 被告らは、原告の本件プログラムの著作権の取得は、湯浅通信機の有する著作権について、同一性保持権、翻案権等を侵害した上で取得したものであるから、その権利主張はクリーンハンズの原則に反し、信義則違反であると主張する。
 しかし、原告が、湯浅通信機が有していた本件プログラムの著作権を侵害した事実は認められないので、被告らの主張は失当である。
4 著作権の確認請求(前記第4の1)についてのまとめ
 以上のとおり、本件プログラムは、著作物性があり、本件プログラムの著作権は、湯浅通信機の従業員であるP13が職務上著作したものとして湯浅通信機に帰属し、原告が湯浅通信機から譲渡されたものであるから、原告に帰属する。
5 本件使用料支払契約1の成否(前記第4の2(1)の争点)
(1) 当事者の認識について
ア 原告
 原告代表者は、昭和60年代の契約にも関与していたものであって、当時の事情をよく知っているものと認められる。
イ 被告物流
 被告物流は、平成10年の原告との交渉では、原告からの「溶銑運搬車の自動化システム(トレックスPBシステム)納入に関する色々な事情もあり、当社が今日まで、貴社より色々仕事量を多くいただいているという事情がある。」との発言に対し、「何の事かよく分からない。・・・そんな昔の事が当社にいつまでも通用すると思っては、大きな間違いである。」として否定したが(甲125)、原告から議事録等を示され、平成15年には、「我々側には残念ながらこれと同じ議事録が残っていないので、この議事録をベースに話を進めたい。」(甲156、163、164)との態度となり、平成15年当時から本訴に至っても、当初は本件5項目の代替措置の存在を(その趣旨が使用料の支払か開発費の延払いかは別として)認めていた(甲171、被告物流の平成17年7月1日付け第1準備書面6ページ)。その後、被告物流は、平成18年に至り、当該文書が作成された当時は存在しないはずの「知的財産部」の記載その他の客観的事実とは異なる事実の記載、契約書や著作権シールに関する記載の問題点、印影の位置・傾き・違いなどを理由として原告から書証として提出された会議記録等(議事録、打合覚、業務連絡表等。甲7ないし69、123。以下、まとめて「本件議事録」という。)や決裁・報告書(甲119ないし121。以下「本件決裁書」という。)が捏造であるとの主張をするに至ったが、これらに対応する書類は所持していないと主張している。被告物流の以上の態度によれば、被告物流は、真実の事実関係を知らないため、最初は原告の主張が理解できず、その後原告から本件議事録等を示されてその真正を信じ、さらに後にその真正を疑いだしたものと認められるから、本件議事録や本件決裁書に対応する書類を現在は所持しておらず、それが真正であるか否かも知らないものと認められる。
ウ 被告スチール
 被告スチールは、平成15年に「当時のやりとりの記録は、無いそうです。」(甲154、158)と述べ、当時は本件5項目の代替措置が存在したという前提で交渉を進めており(甲180の3、185)、本件議事録や本件決裁書の内容からして、被告スチールに長期間保存されるような性質のものとも認められないから、本件議事録や本件決裁書に対応する書類を原告との交渉をしていた平成15年ころから現在に至るまで所持しておらず、それが真正であるか否かも知らないものであって、真実の事実関係も知らないものと認められる。
(2) 本件使用料支払契約1の根拠となる証拠について
ア 本件使用料支払契約1の根拠となる主たる文書は、本件議事録のうちの一部(甲50、57、63、67ないし69、123)及び本件決裁書(甲119ないし121)である。
 本件においては、多数の議事録(本件議事録)や本件決裁書、見積書の写しが書証として提出されており、これらを通覧すると、その量も膨大で記載内容も多様であり、相互に関連のある記載も多数存在するが特段の相互矛盾もなく、また、議事録の一枚一枚に原告側及び被告物流側の者の印影が存在し、印影の箇所、傾き方、濃淡も様々であって、これを後日全部捏造しようとすれば大変な労力が必要であることは明らかである。
 また、本件使用料支払契約1に係る請求との関係では、例えば甲50で被告物流側から本件5項目の代替措置が提案され、原告側が「かなりの金額がクリア出来る期間については我慢をする事とする。」の発言をして合意したような記載となっているのに、甲57、63、67ないし69の議事録には、原告側がソフトの製作費や使用料の支払要望を繰り返し、被告物流側が決定済みだと主張して対立するなど、協議が紆余曲折している状況を示す記載もある。もし、本訴の請求のために議事録を捏造するのであれば、そのような記載は無駄で無意味なことであるから、これらの記載はそのような事実があったことを示唆するように思われる。
 さらに、議事録について、もし捏造した場合には相手方から反証として真正な議事録が提出され、捏造が発覚する可能性が高く、その捏造の分量が増えれば増えるほど発覚の危険が高まるから、これほど多数の書証を全部捏造するとは思われない。したがって、本件議事録の記載のかなりの部分は、元々これに対応する事実が存在したものと思われる(例えば、甲41、42の本文がそこに記載された年月日ころに真正に作成されたことは、被告物流から提出された丙101、102からも明らかである。)。
 しかし、本件議事録や本件決裁書、見積書に係る書証は、電子コピーではあるものの、あくまでも写しであるため、改変や切貼りによる修正の有無、印影の状況などが確認できない。特に、本件では、被告らはそれが真正であるか否かを知らないで具体的事実を指摘して争っていることからすれば、その全部が真正であると認定するには、他の証拠に鑑み、慎重に検討しなければならないものである。
イ P5証人の証言
(ア) P5証人の証言と陳述書(甲208)の内容は以下のとおりである。
a 被告物流は、鉄道課が先行して、自分たちでソフト開発費用の予算を決めていて、そのため本件プログラムの開発費用ないし使用料を、本件装置に関する予算から支払うことができなかったため、代替措置によることを発案し、被告物流水島支店としての決裁(支店長P2、次長P3の決裁)を経て、原告に伝えられた。また、P6、P7からは、苦し紛れに、被告スチールから成果還元金が出るので、これをもって使用料を支払うといった話を原告にしていた。P5は、上記の話をP6やP7から事前に聞き、反対の意見を述べたが、正規の形で被告スチールにおいて予算措置をとることは期日的に難しいといわれた。P5は、代替措置による支払には反対で、第2業務部の部長であるP4に意見を伝えたが、その件については既にP2、P4、P3も了解していたもので、P5の意見は聞き入れられなかった。そして、その後開催された月例の支店長・部長会議で、代替措置による支払をすることに決裁が降りたことについて、被告物流水島支店管理部のP22部長から報告があった。(証人P5の証言・尋問調書36、46、57、64、69、70ページ)
b 鉄道課は、第2業務部に属する課であったが、当時、水島支店の次長(昭和60年ころ当時はP3)直轄で、第2業務部の副部長(昭和60年ころ当時はP5)の管轄ではなかった。P5は、上司であるP3から、「この自動ブレーキの開発業務はもともとP7とP6君と2人が一生懸命やっているから、P5さん、悪いけど、この自動ブレーキについては彼らに任して、あんたは口出しせんようにしてもらえんかな」といわれており、「書類に体裁が整わなくて、川鉄にもどこにも出せんので、すまんけれども、P7が持ってくる書類については、判を押してやってくれんだろうか」といわれて、内容をよく確認することなく、押印した書類がある。(証人P5の証言・尋問調書34、41、60、76ページ)
c 甲119ないし121は見覚えがある。細かい内容は記憶が蘇らないがおおよその内容は間違いない、記載されている内容はその当時被告らにおいて大変問題になった内容ばかりである、特に甲120については後に正式に詳細な議事録が発行されていたと記憶している。これらの書面にP3次長の指示によって捺印した。そこに顕出されているP5印は、当時P5が使用していた印鑑によるものである。(甲208、証人P5の証言・尋問調書35ページ)
(イ) P5証人の立場
 証拠(甲208)によれば、P5証人は、被告物流の部長を経て関連会社取締役となった後、定年退職して年金生活を送る者で、現在は、被告らとも原告とも関係がなく、虚偽を述べる動機があるものとは認められない。
ウ 被告物流と原告との取引状況
(ア) 被告物流と原告は、平成元年9月1日、被告物流水島支店の運輸、保全等の諸作業を原告に外注することについての作業外注基本契約を締結している。(甲114)
(イ) 原告と被告物流との取引について、昭和55年度から昭和61年度までは、車輌メンテナンス関係を中心とした被告物流水島支店との取引は、年約9000万円、被告物流本社ないし水島支店発注又は関連企業経由の設備売上は、昭和58年度に約9000万円、昭和60年度に約4000万円、昭和61年度に約1200万円で、それ以外は0円であった。
 これに対し、昭和62年度から平成9年度までについては、被告物流水島支店の車輌・無線システム・ビレット船ラック等のメンテナンス関係売上及び起重機課関係の売上の合計は、平均して年約1億1090万円、被告物流本社ないし水島支店発注又は関連企業経由の設備売上は、平均して年約1億4700万円で、昭和62年度以前と比較して飛躍的に増加した。(甲101ないし103)
(3) 本件議事録・本件決裁書その他の甲号証の疑問点について
 他方、本件議事録、本件決裁書その他これに関連する甲号証には、次のとおりの疑問点がある。
ア 著作権・日付シールについて
(ア) 証拠提出の経緯と写真に写っている他の部品
a 原告は、本訴提起の当初、本件装置の納入時から本件プログラムの複製物であるロムが収納されているCPUボックスに著作権を明示するシール及び日付を明記したシールを貼付していたとして、昭和61年1月撮影という説明を付して、昭和61年1月20日の日付が記載された日付シール(以下「日付シール」という。)と「著作権法によりソフトの無断使用及びコピーを固く禁じます。平井電機(株)」との記載のあるシール(以下「著作権シール」という。)がCPUボックスのロム部分に貼付されている状態が写っている写真(甲73)を提出した。
 ところが、その後、被告ら側から、甲73に写っている水晶発振器は、その表示からして平成3年の第9週以降に製造されたものであるから、甲73はそれ以後の写真であるとの指摘がされた。
b これに対し、原告は、記録写真の数が多いので甲73は誤って提出したものであると説明し、同様の写真である甲198を提出し、甲198は数多い記録写真の中から昭和61年1月に撮影された真正なる写真を発見したものであると説明している。
 ところが、甲198に写っているICチップには、「JAPAN 844202 M5L8251AP−5」との記載がある。そして、証拠(乙23)によれば、その記号のうち、「844202」は、製造ロット番号を示し、昭和63年の第44週(10月24日ないし30日)にパッケージング製造を行ったものであることが認められ、上記事実によれば、甲198は、昭和61年1月に撮影されたものではなく、昭和63年の第44週以降に撮影されたものと認められる。
 また、甲198に写っている別のICチップには、「JAPAN 84410A M5L8255AP−5」との記載がある。そして、証拠(乙20)によれば、その記号のうち、「84410A」は、製造ロット番号を示し、昭和63年の第44週(10月24日ないし30日)にパッケージング製造を行ったものであることが認められ、上記事実によれば、甲198は、昭和61年1月に撮影されたものではなく、昭和63年の第44週以降に撮影されたものと認められる。
c この点に関し、原告は、甲237の1は、1986年(昭和61年)10月制作の湯浅通信機会社案内であるところ、そこに写っているICチップには「84160E」の表記があり、最初の一桁が西暦年号の末尾を意味するとすれば、それも1988年製造となる、また、甲238の3は、1984年の雑誌であるところ、そこに写っているICチップには「834000」の表記があり、最初の一桁が西暦年号の末尾を意味するとすれば、それも1988年製造となるから、乙20の記載は信用できないと主張する。
 しかし、乙20、23は、甲198の被写体たるICチップを製造したメーカーの事業を承継した会社が、当該ICチップの情報管理を現在も行っているという立場でした回答であり、これを誤りとする根拠は見当たらない。他方、甲237の1の写真は、シール貼付の状態からして商品ではなく広告写真用の見本のようにも思われるし、甲238の3の写真は、写真の状態からみて広告写真用の見本の可能性があり、例えば「834000」の意味も説明できない。また、甲237の1及び238の3の写真のチップは、それぞれ「M5L2732K 84160E」「834000 M5M23128−001P」と記載され、その数字の桁数やアルファベットの種類・配列の位置等から、甲198の上記の2つのチップとは異なる種類のチップのように見えるところ、甲198に写っている同じメーカーの他のチップにはロット番号の始めが「5」で始まるものや5桁がすべて数字ではなくアルファベットが混じったものもあるので、異なる種類のチップの場合は別の表示方法をしている可能性も否定できない。したがって、甲237の1及び甲238の3は、上記認定を覆すに足りるものではない。
(イ) 被告物流が保管する予備ロムの状態(著作権シールについて)
 証拠(丙12、17ないし20)によれば、被告物流が保管する本件プログラムの予備ロムでは、平成2年9月ころ以後に交換されたバージョン5のものには、著作権シールがあるものとないものが混在するが、それ以前に納入されたバージョン4のものには著作権シールは存在しないことが認められる。
 この点に関し、甲126には、平成10年の原告からの申し入れで「初期納入時に・・・ロムに注意シールを貼付して納入しておりましたが・・・注意シールが完全に除去さ;ておりますが」との記載がある。しかし、丙20の〈例−1〉ないし〈例−3〉を対照すると、「TC−4」(バージョン4の意味)、「TC−5」(バージョン5の意味)の各記載は、著作権シールのあるものはその上に、ないものは別のシールの上に記載されているから、著作権シールの上に記載されている場合は著作権シールが除去されたら「TC−4」「TC−5」の記載もなくなると思われるところ、著作権シールのない〈例−1〉、〈例−2〉では別のシールの上に「TC−4」「TC−5」の記載があることから、著作権シールが除去されたものとは認められず、もともと「TC−4」「TC−5」と記載される以前から貼付されていなかったもののように思われるところである。
 また、甲5の本件装置に関するパンフレットに掲載されているCPU基盤の写真では、ロムに貼付されたシールは、丙20の〈例−1〉ないし〈例−3〉の各写真と比較すると、その大きさないし形状から、著作権シールではなく、その他のシールであることがうかがわれるところ、同パンフレットの後ろのページには「川鉄電設株式会社」の名称の記載があり、JFE電制が上記の社名に商号変更したのは昭和62年1月1日であることから、同日よりある程度以前(前記パンフレットの写真が撮影された時点)の段階では、本件装置のCPU基盤のロムには著作権シール以外のシールが貼付されていたもののように思われる。
(ウ) 甲198の日付シールの位置
 証拠(丙126、168、169、証人P9の証言)によれば、本件装置のCPU基盤(本件プログラムのロムも装着されている)には、湯浅通信機からの出荷前に検査合格証を左上部分に貼ることとなっていたこと、現在被告物流が予備品として保管している本件装置のCPU基盤には、左上部分(甲198の日付シールと同じ位置)に湯浅通信機が貼付した検査合格証(「OK」シール)があり、甲198に写っている日付シールが貼付された形跡はみられないことが認められる。他方、甲198の同位置及びその周辺には、上記検査合格証は貼付されていない。なお、甲5の本件装置に関するパンフレットに掲載されたCPU基盤の写真には、左上の位置に「OK」シールが貼付されていることが認められる。
 上記事実からは、甲198の写真が、真実被告ら側に納品された(湯浅通信機から出荷された)CPU基盤の写真であるかどうかという疑問すら生じる(原告代表者は、「OK」シールはCPUボックスの外側に貼付されることもあったと述べるが(原告代表者の供述・尋問調書44、45ページ)、多数のCPUボックスを納入する上で、シールの貼付の有無の確認を容易に機械的に行うには、常に同じ場所に貼付するのが合理的であり、CPUボックスの外側は使用環境が劣悪のためシールが剥離ないし色あせてしまう可能性も高く、CPU基盤の定位置に貼付していたというP9専務の証言に照らしても原告代表者の供述は採用できない。)。
(エ) 甲73についての原告の説明
 甲73の写真は、原告代表者の陳述書(甲199)によれば平成3年以降撮影されたものであるが、その撮影の際に、昭和「61年1月20日」というシールをそのまま撮影し、真実の撮影日付を記録しないというのも、疑問であり(それでは、自分でも真実の撮影年月日が分からなくなってしまう。)、甲73の写真の撮影目的についても、同写真は昭和61年1月に撮影されたものであるとみせようとしたのではないかという疑問も生じる。
 また、原告代表者は、甲73の写真を昭和61年1月撮影の写真と取り違えたことに関し、その陳述書(甲199)で、「数多い記録写真の中から・・・発見するに至った」と述べる一方で、その尋問においては、現在残っている写真について、2枚以外には僅かしか残っていないのではないかと思う旨供述している(原告代表者の供述・尋問調書45、46ページ)。僅かしか残っていないものをどうして取り違えたのか、また、どのようにして真正な撮影年月日を確認したのかという疑問が残るところである(なお、原告代表者は、上記の写真につきネガも残っていないと述べている。原告代表者の供述・尋問調書46、47ページ)。
(オ) 著作権・日付シールと他の書証との関係
 前認定のとおり、原告が著作権シールを貼り付けた証拠とする甲198は、昭和63年以降に、昭和「61年1月20日」という日付シールを貼り付けて撮影したもののように思われること、原告が当初提出していた甲73の写真の撮影にも疑問があること、被告物流が保管する本件プログラムのバージョン4のロム及びバージョン5のロムの一部には著作権シールが貼付されていないことに照らし、本当に本件装置のCPUボックス内のロムに著作権シールが昭和61年当時貼り付けられていたのか疑問である。
 ところで、甲63(昭和61年2月14日の議事録)には、被告物流側が「ロムに『著作権法によりソフトの無断使用及びコピーを禁じます』と言う平井電機の社名が入ったシールが張りつけてあるが、以前より話のあった著作権の件でそうしてあるのか!」と発言した記載がある。しかし、甲73も甲198も、昭和61年1月当時に撮影されたものではないとするならば、その写真は何か別の目的のために意図的に撮影されたものではないかという疑念が生じ、著作権シール・日付シールが昭和61年1月当時貼付されていたことに疑問が生じるのみならず、ひいては甲63の上記記載内容についても、本当に被告物流側がそのような発言をして、その旨が記載された議事録が被告物流側の確認を受けたものであるかどうかにつき疑問が持たれるところである。
イ 議事録や見積書を作成したワープロについて
(ア) 原告は、本件議事録を作成した当時に使用していたワープロの機種について、当初リコー製リポート350Gであるとしていた(原告の平成18年4月13日付け準備書面(6)の10ページ)。これに対し、被告らが350Gには半角漢字の機能がないと指摘したところ、原告は、昭和60年5月1日に発売されることが決定していたリコーのリポート5600シリーズのデモ機を貸与されていたと主張した(原告の平成18年7月11日付け準備書面(8)の3ページ)。
(イ) 証拠(乙6、丙16)によれば、原告が平成2年3月13日付で被告物流に提出した見積書(丙16)は、「リポート5600G」で作成可能であることが認められ、このころ原告は「リポート5600」シリーズを使用していたものと認められる。
(ウ) 証拠(乙6、12、丙33の1・2、34、35)によれば、リコーが販売していたワープロ「リポート5600G」は、日立製作所が設計製造販売するワープロ「ワードパルBW−800」の外観に関する製品仕様を一部変更してリコーブランドでOEM供給していたものであって、日立製作所「ワードパルBW−800」とワープロとしての機能は同一であること、「ワードパルBW−800」の後継機種として、同じ字体、印刷機能を持つ「ワードパルBW−450」が現在も日立アプライアンス多賀家電本部に保管されていること、これにより甲号証の議事録や見積書の再現試験を行ったところ(乙6、丙35)、@甲50、78についてひらがなの「り」、甲78について漢字の「総」の字体が違うこと、A証拠(甲194)によれば、リコーのワープロ「リポート5600」シリーズは印字ドット数が24×24であることが認められるところ、再現文書(乙6、丙35。リポート5600Gと同一機能を有するワールドパルBW−450により作成されたもの。したがって、印字ドット数は24×24であると考えられる。)は、甲50、76の1、78よりも文字の印刷品位(ドット数)が劣ること、B甲50については、行間隔の取り方が異なり、余白についても再現文書では文章の部分が短くなりすぎる(余白部分が多くできてしまう)か、又は1ページ以内に収まらず、上部の余白が広くなる点が異なってしまい、同様の書式で再現できないことが認められる(なお、甲76の1については、再現文書は異なる文言の部分があって再現としては必ずしも正確ではないが、上記認定をする上で差し支えが生じるものではない。)。また、上記@に関し、リコーのリポート5600シリーズのパンフレット(乙16)によれば、同ワープロの「り」の字体は、ふた筆書きの「り」の字であって、その意味においては一筆書きの「り」が記載されている甲50、78のものとは異なり、ふた筆書きの「り」が記載されている乙6、丙3のものに近いことが認められる。
a 上記@の点に関し、原告は、上記「り」の字は外字登録機能で作成していた、「総」の字の違いは、甲78は仮名コードで入力されたものであり、再現文書(乙6、丙35)は部首コードで入力されたものであって、入力コードの違いによるものであると主張する。しかし、外字登録は手間がかかるものであることは明らかであるのに、「り」のような普通に入力できる文字を、わざわざ外字登録して使用するというのは不自然である。
 また、証拠(甲95、丙16)によれば、原告は、平成2年3月には、再現文書(乙6、丙35)の文字と同一(したがって、甲50、78とは異なる字体)の「り」、「総」を用いた見積書(丙16)を作成して被告物流に提出していること、ところが同年10月16日付けの表示のある同種の見積書(甲95)の「り」、「総」の文字は、甲50や甲78のものと同一字体(したがって、乙6、丙16、35とは異なる字体)であることが認められる。これらの成立年代がすべて当該書面に表示されているとおりであるとすると、原告は、ある時には普通の「り」、ある時には外字登録した「り」を使用し、また、ある時には手間のかかる部首コード入力、ある時には普通の入力ないし仮名コード入力をしていたことになるが、そのような方法をとらなければならない合理的な理由は見いだせない。
 そして、甲78は「簡易ソフト製作費は別として」との記載が、甲95には、「除外項目」として「CPU装置ソフトに関する諸費用」が明示されている。ところが、再現文書(乙6、丙35)の文字と同一の「り」、「総」を用いた見積書である丙16(作成年代は甲95と同じ)には、ソフトに関する除外の記載がない。このことも併せ考えると、甲78及び甲95は、丙16と比較すると、被告物流に宛てた同種の見積書であるにもかかわらず、同じワープロで作成された一連の文書ではなく、別のワープロで別の目的をもって作成されたと考える方が自然であるとすら思われる。
b 上記Aの点に関し、原告は、原告が使用していた熱転写式プリンターで出力された文字は、解像度が極めて高い40×40ドット以上のドット式プリンターにより出力された文字と同等の質を持っていたと主張する。
(a) ところで、原告の主張(原告の平成18年7月11日付け準備書面(8)の3ページ)によれば、リポート350Gのワープロがありながらリポート5600シリーズのワープロを使用していた理由は、リポート350Gのプリンターが大変不調であったからということである。このように、リコーリポート5600シリーズのワープロは主としてプリンターの使用に重点が置かれていたことからすれば、その熱転写式プリンターは、リコーリポート5600シリーズのものであったと推認される。
 他方、証拠(甲193、194、乙16)によれば、リコーリポート5600シリーズの熱転写式プリンターも24×24ドット(24ドット)であり、カタログ(乙16)では印字例について「熱転写・ワイヤドットプリンタ」として両者を区別せず表示されていること、証拠(乙9、12)によれば、甲50の「い」、「り」、「も」、「な」、「タ」の文字は滑らかであり、リポート5600シリーズないしこれと同等である丙16や被告らによる再現文書(乙6、丙33の1・2)の文字(24ドット)とはドット数が異なるのみならず、字体も異なることがそれぞれ認められる。したがって、甲50の議事録及び甲78の見積書の文字をリポート5600シリーズにより作成されたものと認めることはできない。
(b) なお、証拠(乙6)によれば、「ワードパルBW−800」は(「リポート5600」シリーズも同様。)、パソコンとの差別化を図るため、フォントROMを持ったプリンタには接続できない製品仕様であり、どのようなプリンターで印刷しても字体が異なることはないことが認められるから、原告が使用していた熱転写式プリンターがリコーリポート5600シリーズのものでなかったとしても、上記結論が変わるものではない。
(c) むしろ、証拠(乙9)によれば、甲50及び甲78は、富士通製OASYSにて作成可能であること、OASYSにて印刷する場合には、48ドット文字の文字印刷機能を持ったOASYSが必要であること、48ドット文字(48ドット熱転写式プリンター)の一番最初の搭載機は発売時期が昭和63年6月であることが認められ、上記事実からは、甲50及び甲78の作成は昭和63年6月以降であるとするのが一番合理的に説明しやすい。
 もっとも、乙9は、甲50及び甲78が他社のワープロにより作成されている可能性を否定していないから、上記事実から直ちに甲50及び甲78が昭和63年6月以降に作成されたと断定することはできない。しかし、昭和60年9月印刷のリポート5600シリーズのカタログ(乙16)では、32×32ドットのインクジェット式プリンターさえ「美人」「魅力たっぷりの高画質」と記載されており、高性能ビジネス用日本語ワードプロセッサOASYS100GS(昭和59年5月発表。甲205)のレーザー方式のものでも最大40×40ドットであるなど、昭和60年当時、48ドット文字という高品位のプリンターがありふれていて、当たり前の品質であったとまでは認められないから、他のプリンターが使われたならば、原告には記録や記憶があるはずであるように思われる。
 以上の事実は、原告において使用していたプリンターについて具体的な説明のない本件では、甲50及び甲78の成立年代に疑問を生じさせるものである。
c 上記Bの点に関し、原告代表者は、B4の枠の画面を呼び出して、そこにA4の枠を一杯に打ち込むという方法をよく原告の社員がやっていたようで、そういうふうな作り方を多分したのではなかろうかと供述する(原告代表者の供述・尋問調書83ページ)。
 上記の方法を採ると、B4用紙の中程の部分(A4用紙の大きさの部分)にのみ印刷された書面となるから、本件議事録のうち、ワープロ文書のものは、印刷されたB4用紙を裁断等して作成されたことになる。しかし、それは非常に面倒な作業であり、わざわざそのような作業の負担を負ってまで、書式や余白を調整する必要があるのかという疑問が生じる。また、もしそうだとすると、多数の議事録等を作成すると(特に裁断を手作業で行う場合は)裁断が斜めになったり歪んだりしてしまい、歪みのないA4用紙とは若干異なる形状になったり、文字の行や枠が裁断された線に対して斜めになって印刷されている状態になってしまうことが一定の確率で生じるのが通常であるかと思われる。しかし、本件議事録はコピーであるために、そのようになっているかどうかを確認することができない。そして、確認できない不利益を被告らに負わせることもできない。
(エ) ところで、丙42は、前認定のとおり、湯浅通信機から原告に差し入れられた誓約書であって、昭和60年に写しが被告物流に提出されたものであるところ、そこに使用されている「り」の文字は、一筆書きである。したがって、昭和60年ころ、原告の周辺には、一筆書きの「り」を出力するワープロが存在したものと認められる。しかし、例えば、甲50の「当」の字と丙42の「当」の字は若干異なっているようにも思われ、丙42と甲50が同じワープロで作成されたとも断定しがたい。
 また、原告は、甲50を始めとする議事録や甲78の見積書はリポート5600シリーズで作成したと主張しており、それ以外のワープロを使用したとは述べていない。ところで、証拠(甲193)によれば、昭和60年ころのワープロは、標準小売価格が100万円以上もする高価なものであることが認められるから、多数の文書を作成するほどよく使用していたワープロについて、使用を失念しているとは認めがたい。したがって、甲50を始めとする議事録や甲78の見積書が、丙42と共にリポート5600シリーズ以外のワープロで作成されたと認定することもできない。
(オ) 以上の事実からすれば、甲50、甲78の成立年代には疑問が持たれるところである。そして、甲50、甲78の成立年代に疑問が持たれると、これらと同様の体裁で同様のワープロが使用されているように見える議事録(甲51、52、60、61、63、65、67、68)についても、同様の疑問が持たれるところである。
ウ 議事録・決裁書の「知的財産部」との記載について
 甲20の昭和60年1月10日付け議事録には、被告スチール側が「本社の知的財産部に問い合せた」と、甲67の昭和61年12月16日付け議事録には、被告物流側が「川鉄の知的財産部と協議して」と、甲50の昭和60年8月27日付け議事録には、被告物流のP7係長が「川鉄の知的財産部ともよく勉強した」と、それぞれ発言した記載、甲120の昭和62年1月13日付け報告書ないし決裁書には「本社知的財産部」(3頁)との記載がある。
 証拠(甲112、乙11、丙72ないし74)によれば、これらの議事録等の作成日付である昭和60年ないし62年ころは、被告スチールには「知的財産部」は存在せず、同様の事項を所管する部署は「特許部」であり、これが「知的財産部」となったのは平成2年であることが認められる。すると、上記各記載は、自社あるいは親会社の協議相手や問い合せ先の部署の名称を誤っていることになる。しかも、昭和60年代に「知的財産」という用語が普及していたとも認められないから、上記「知的財産部」の記載のある各議事録等が作成された時期については釈然としないものを感じる。
 もっとも、発言者や記載者が誤認していた可能性もないではないから、仮に被告物流側の担当者の確認印を得たものであったとしても、このことから直ちに、これらの議事録等の作成日付が虚偽であると断定することもできないところではある。
エ 湯浅通信機との契約書の収入印紙について
(ア) 甲74及び甲115は、甲115が原本、甲74が写しとして提出された昭和61年3月3日付けの契約書である。ところが、甲74と甲115に貼付されている収入印紙は平成5年11月1日から使用が開始されたものである(丙36の4)。他方、甲74には、収入印紙と共に、昭和61年3月19日付けの鉄道課受付印や、昭和60年代の議事録と同様のP6印、P7印が押捺されているが、甲115には収入印紙だけが貼付されている。このことからすれば、甲74と甲115との関係は、まず甲115の収入印紙の貼付のなかったものに収入印紙が貼られ、それがコピーされたものに、鉄道課受付印やP6印、P7印が押捺されたものが甲74であると考えられるから、少なくとも甲74の1枚目にある鉄道課受付印や、P6印、P7印が押捺された年代は、平成5年11月以降であるということができる。
(イ) この点を被告ら側から指摘された(被告物流の平成18年9月15日付け第7準備書面、被告スチールの同月22日付け準備書面7)ことに対する原告の説明(原告の同年12月22日付け準備書面(11))は、平成5年8月に被告物流水島支店に広島国税局から調査が入り、その関係で原告にも同年10月から11月にかけて、被告物流水島支店との取引に関する調査(反面調査)を受けた際、取引書面等に収入印紙が貼付されていないことを指摘されたため、その時点で収入印紙を貼付して湯浅通信機の割印も行ったが、甲74(コピー)の表紙と2ページ以下及び甲217のコピー前のものと甲115(原本)とが収入印紙の有無の点で不一致となることで、契約書の真正ないし信用性に関する問題が生じる場合があるので、被告物流の関係者に依頼して苦労しながらも、平成5年12月ころ、甲115のコピーに日付を遡らせた昭和61年3月19日付けの鉄道課受付印、P6印、P7印を押捺してもらい、その写しである甲74を被告物流側から返却してもらって保管していたということである。
 しかし、契約履行から数年以上を経過して、契約当事者間(原告と湯浅通信機)では新たに収入印紙を貼付して割印も行った原本が存在する契約書について、わざわざ契約当事者でもない被告物流の関係者から日付を遡らせた押印をもらってまでして、コピーの成立年代を遡らせて見せようと努力することは理解し難く(印紙について問われればありのままに「後から貼付した」と説明すれば済むことのはずである。)、この点は、原告がコピー(甲74)の成立年代を遡らせてみせていたところ、被告らの収入印紙に関する指摘を受けて後に説明を付け加えたのではないかと疑う余地もないではないところである。
(ウ) また、証拠(乙6、9、13、丙32の1・2)によれば、甲115の表紙の印字の字体は、特定メーカーの書体とほぼ特定することができ、これが写植であるとすると、書体の販売実績(書体のメーカーから写植のメーカーへのOEM提供)は僅少であり、このような写植印字物を作成するには相当高度な技術と高額な写真植字機を必要とすることから、ワープロにより印刷されたものである可能性が高いこと、甲115は富士通のOASYSで作成可能であり、仮にOASYSで作成されたとすれば、48ドットの文字印刷機能をもったOASYS(48ドット熱転写プリンタの最初の搭載機は昭和63年6月発売)が必要であり、日立製作所製造のワープロ(リコーにOEM供給したものを含む)であれば、アウトラインフォントを採用しN×N倍角文字印刷が可能である平成元年以降発売のワープロで作成可能であることが認められる。また、昭和61年ころ当時、他社品で甲115の表紙の印字のような滑らかな輪郭の字体を実現した製品があったと認めるに足りる証拠はない。
 以上の事実からすれば、甲115は、ワープロにより印刷されたものである可能性が高いということはできるものの、甲115の表紙は印刷業者に依頼したものであって、写植によるものであるという原告の主張を完全に否定することまではできない。とはいえ、契約書を作成する際に、表紙だけを印刷業者に依頼するというのも特に合理性があるとは思えないことからすれば、甲74及び115の契約書は、その全体をワープロで作成したものであって、その作成年代は昭和63年ころ以降のものであると考えた方が理解しやすいということはできる。
オ 注文請書(甲215)の印紙と手書き文字の位置について
 甲215は、昭和61年3月20日付けの注文請書の写しであって、昭和61年3月31日付けの受付印(業務・P16の印)が押捺されているが、貼付されている収入印紙は平成5年11月1日から使用が開始されたものである(丙36の4)。そして、原告の主張に即する「上記請負金額には、ソフト制作費及びソフト収納部品代等は含まれないとする。」との手書き文字の記載がある。上記手書き文字について、原告代表者は、原告代表者が昭和61年3月31日ころ、甲215の手書き部分がないものをJFE電制に持っていき、その場で了解を得て書き込んだものであると供述する(原告代表者の供述・尋問調書81ページ)から、そうであるとすれば、まず手書き部分が書き込まれ、その後に上記受付印が押捺されることになるはずである。
 ところが、上記手書き文字は、1行目が左上から始まって、上記日付印の所で止まり、2行目は1行目とは異なり収入印紙の次から始まっているようにみえる。手書き文字で書き込む際にたまたまこのような体裁の記載となることがないとはいえないが、上記事実は、手書き文字と受付印の先後関係について疑問を抱かせる点ではある。なお、原告代表者が、尋問の場において、甲215の左側に収入印紙が貼付されておらず、上記受付印がなかった場合の甲215と同じ文書に手書き文字を記入してみたところ、原告代表者は、収入印紙が貼付されている部分は避けて記入したが、JFE電制の受付印のある位置については避けることなく、その部分にも書き込んだ。このことからすれば、上記手書き文字は、書き手である原告代表者の癖によって前記の体裁(左上から始まった文字が受付印の所で止まる体裁)となったということもできず、意識的に前記の体裁にしたという可能性も否定できず、やはり疑問が残るところである。
カ 本件決裁書の印影について
 被告らは、甲119ないし121の被告物流側関係者の印影が真正な印影と相違しているので甲119ないし121は偽造されたものであると主張する。そこで、P1名の日付印、P18名の日付印、P19名の日付印、P2印、P3印、P5印、P6印、P7印(甲216の1ないし6・9・10、乙3、丙23ないし28の各1、69の1・2)の対照結果をみるに、それぞれの印影は、似ているものの(ただし、P3印は、「A」の第6画の上部が異なるようにもみえる。)、重ね合わすと完全には一致しないが、それはコピーを繰り返したことによるずれや歪みとも解釈する余地もあり、真偽いずれとも断定しがたい。なお、これらの点は、本件議事録のP6印、P7印についても同様である。
キ 本件決裁書の内容について
 被告らは、@被告物流が被告スチールに取引口座を有しないとの記載があるが実際には有している、A予算認可の時期が昭和60年8月ころとの記載になっているが、実際には昭和60年9月30日である、B本件プログラムが予想をはるかに超える大がかりなソフト開発になるとの記載があるが、当時の関係者にはそのような認識はなかった、C「開放」の文字が使用されているが、正しくは「解放」である、D当時の決裁書式と異なる、E1通の決裁書で被告スチールと被告物流の2つの会社に同時に決裁を求めている点で決裁形式があり得ないものである、Fグループ内業務文書では「P1さん」は「P1s」「P1掛員」、「当支店P2支店長他幹部皆様方」は「当支店長」又は「当支店幹部一同」と記載するのが通例である(以上@ないしEは甲119について、Fは甲119、120について。なお、Fについては甲121にも同様の記載がある。)、G「当支店が・・・売り込み」、「貴課と共に予算申請を行い」の表現は、被告物流の鉄道課がその監督部課である運管課を飛び越して被告スチールの企画部に売り込むことは許されず、被告物流は本件装置を被告スチールに提案したのではなく共同開発したので誤った表現である(甲119について)、H複数回予算申請が禁じられている旨の記載があるが、実際には予算変更申請手続により不足予算の充足が可能である、I成果還元制度の内容が誤った記載である、J作業単価の見直しがこれを専権事項とする業務部外注管理課以外で取り沙汰されている点でおかしい、K被告スチールにおいて予算取得部署が執行権限を有するのに、運管課をさしおいて他の部署が決裁するのはおかしい、Lソフト費用についての認識が誤っている、M購買代行制度について誤った理解のもとに記載されている、N報告書に決裁文書を兼用するような形式・表現であり、事実や当時の体制に即していない(以上HないしMは甲120について、Nは甲119、120について。なお、I、J、Nについては甲121にも該当する。)といった点を挙げて、甲119ないし121が真正ではないとする。なるほど、上記のうち、特に@、A、G、H、I、Mのように当時の客観的な事実や制度上の用語とは異なる記載がされていることについていえば、甲119ないし121の信用性に疑問が生じる。しかし、起案者の誤解等により誤った記載がされ、それが決裁事項上重要ではないために見過ごされて決裁されるという可能性もあり、また、当時の体制や制度上の用語が例外を許さないほど厳しく運用されていたかどうかも明らかではないから、当時の体制や制度上の用語に即していないとしても、それをもって直ちに当該文書が捏造であると断定できるものではない。
ク 本件決裁書を作成したワープロについて
 証拠(乙9、丙152ないし丙161)によれば、甲119ないし121に記載されている文字は、富士通製OASYSに搭載されている文字ではないこと、昭和60年ないし62年ころの被告物流水島支店においては、富士通製ワープロ(オアシス100シリーズ)と富士通製パソコン(FACOM9450U)が使用されていたことが認められる。とすれば、これらの文書は、どこで作成されたものかという疑問も生じるところではある。ただし、被告物流は、そもそも本件装置の納入に関する議事録すら所持していないことからすれば、単に自社で使用されていたワープロに関する事情を知らないだけの可能性も否定できず、この点を過度に重視するべきではない。
ケ 本件議事録のP7名の日付印とP17名の日付印
 P7名の日付印の印影は、甲36(昭和60年4月16日の議事録)、甲64(昭和61年2月26日の議事録)などの本件議事録に顕出されているものと、同時期に被告物流内部の書類に顕出されているもの(丙37の2ないし5)は、鉄道の「道」の字が異なり(丙37の1)、また、P17名の日付印の印影も、甲7(昭和59年2月15日の議事録)など本件議事録に顕出されているものと、同時期に被告物流内部の書類に顕出されているもの(丙38の2)は、鉄道の「道」の字が異なり(丙38の1)、別の印であることが認められる。個人名の入った日付印の性格からして、1人の人が同時に同内容のものを2種類所持して使っているということは、全くありえないとまではいえないものの、通常よくあることであるともいうことはできず、印影の真正について疑問も残るところである。
(4) 検討
 前記(2)の事実からみると、本件プログラムに関して被告物流から原告に対して利益供与の約束があり、一時期はこれが履行されていたことは否定しがたいように思われる。ところが、そうした利益供与の具体的な合意については、契約書は存在せず、当事者間での口頭の約束(本件議事録の記載)及び被告物流内部での甲119、120の決裁文書があるに止まる。そして、本件議事録及び本件決裁文書はいずれも写しである。そして、写しは、改変や修正があった場合にそれを発見するのが困難であるから、契約内容をすべて写しのみの書証により認定するためには、その写しの原本全体の真正が間違いなく認定できなければならない。
 ところが、本件では、原告の請求の根拠となる記載のある議事録(甲50ないし52、60、61、63、65、67、68)の成立年代について、前記(3)イのとおりの疑義があり、甲63に記載されている著作権・日付シールの提出に関して、前記(3)アのとおりの疑問もある。また、個々的にはあり得ないとまではいえないものの、前記(3)ウ、エ、オ、ケのような問題点もある。そして、これらの疑義・疑問・問題点の多くが、本件議事録及び本件決裁書が、その記載の日付より後、例えば平成5年ころ以降に作成・記入されたとすると、疑義・疑問・問題を払拭することのできる説明をしやすい内容であることを考慮すると、原告の提出した証拠の信用性が揺らいでしまい、それらがすべて成立年代の正しい(すなわち後に原告が任意で付加する等の記載が混入していない)ものであると認定することができない。そうすると、利益供与に関する合意内容を明確に認定することのできる書証を欠くことになってしまい、被告物流による利益供与の約束はあったとしても、それが具体的にいかなる内容であったか、それが履行されないときは代わりに被告らにより金銭による使用料を支払うという支払約束があったのか(開発費の支払にすぎないのか)、それが被告らの会社としての意思決定によるものであって、原告に対して被告物流により(被告スチールの代理人として)意思表示がされたもので、原告と被告らとの間に利益供与の約束が不履行になった場合の金銭による使用料の支払合意についての意思表示の合致があったといえるのかについて的確に認定することができず、利益供与の不履行の場合の被告らによる金銭での使用料の支払契約があったと認定することができないのである。P5証人の証言も、「ソフト費用を支払えないので代わりに原告に利益を供与する話があった」というような大まかな内容は採用できるとしても、20年以上前の出来事であって契約の具体的内容までをこれにより認定するのは困難である。
 また、本件決裁書(甲119ないし121)も、前記のとおり、疑問な点もあり、原告がこれを入手した経路も明らかではない上に(よって、その点から真正であることを認める上での根拠とすることはできない。)、写しであるために印影の対照から真正と認定することも困難である。そして、このように根拠となるべき書証が写しであることによる認定の困難さによる不利益を、立証責任がなく、前記(1)イ、ウで認定したとおり、事実関係を知らないまま争っているにすぎず、原本を隠蔽しているとも認めがたい被告らに負わせることはできない。
 以上の次第で、本件使用料支払契約1については、本件全証拠によってもこれを認めることができない。
6 本件使用料支払契約2の成否について(前記第4の2(1)の争点)
 原告は、仮に、本件使用料支払契約1の成立が認められなかったとしても、原告は、昭和61年3月ころ、被告スチールの代理人であった被告物流と、又は被告スチールと直接、本件プログラムの使用につき相当額の使用料の支払の合意があった(本件使用料支払契約2)と主張する。
 しかし、前記認定のとおり、原告と被告物流との間で、被告スチールの本件プログラムの使用につき、被告物流が本件5項目の代替措置を履行しなくなった場合は、被告らは金銭による相当額の使用料を支払うという合意があったと認めることはできず、同様に、原告と被告スチール(被告物流を代理人とする場合も含む。)との間で、被告スチールが本件プログラムの使用につき相当額の使用料を支払う旨の合意があったことを認めることもできないし、他に本件使用料支払契約2があったことを認めるに足りる証拠はない。
 なお、原告は、原告が著作権を有する本件プログラムの複製を被告スチールに提供してその業務上の使用を許諾したにもかかわらず、その正当な対価が清算されていない、使用許諾にあたっては、使用料の額や支払方法についての合意はなくても、@商法512条、Aソフト使用料の支払に替わる本件5項目の代替措置の約束があったこと、B見積書にソフト使用料は除く旨の記載があったことから、上記の使用許諾の有償性は明らかであるから、当然に相当額の使用料の請求ができると主張する(平成17年10月7日付け準備書面(1))。しかしながら、適法に複製された著作物の複製物の使用は、後記のとおり、それ自体が著作権を侵害するものではないし、使用許諾をしたからといって当然に有償となるものではなく、対価を支払う旨の合意があって初めて使用料を請求できるものであるところ、本件の場合は、前記認定のとおり、本件プログラムの複製物の使用について、対価を支払う旨の合意があったことを認めることはできない(商法512条は、委任、準委任、事務管理など、他人のためにある行為をしたときは、有償の合意がなくても報酬請求できる旨を規定したものであるが、著作物の使用は、後記のとおり、許諾がなくてもできる(著作権を侵害するものではない)ものであるから、本件プログラムの開発費用についていうのであれば格別、被告スチールの使用それ自体について、原告は「他人のために行為をした」ということはできない。)。
 よって、原告の使用料支払契約2に基づく請求は理由がない。
7 本件第三者のためにする契約の成否について(前記第4の2(1)の争点)原告は、仮に、本件使用支払契約1の成立が認められなかったとしても、原告は、被告物流との間で、被告スチールの本件プログラムの使用についての使用料は、本件5項目の代替措置で支払い、本件5項目が履行されなくなった場合は、被告物流が相当額の使用料を支払うという合意(本件第三者のためにする契約)があったと主張する。
 しかし、前記認定のとおり、被告物流と原告との間において、被告らないし被告物流が、原告に対して、本件5項目の代替措置が不履行となった場合は、具体的な使用料を金銭により支払うという内容の合意があったと認めることはできず、同様に、被告物流と原告との間において、被告物流が、被告スチールの本件プログラムの使用について、本件5項目の代替措置により使用料が支払われなくなった場合は、相当額の使用料を支払うという合意があったと認めることはできないので、本件第三者のためにする契約が成立していたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 よって、原告の本件第三者のためにする契約に基づく請求は理由がない。
8 不当利得の成否について(前記第4の2(2)の争点)
(1) 原告は、被告スチールは法律上正当な理由がないのに、相当額の対価を支払うことなく本件プログラムを使用し、使用料相当額の利得を得ているので、不当利得が成立すると主張する。
 本件では、原告は、本件プログラムの複製物(本件プログラムが書き込まれた部品であるロム)を作成して本件装置に設置し、本件装置は、最終的に被告スチールに納入されたものであるところ、上記の本件プログラムの複製は、著作権者である原告自身が行ったものであるから、原告の著作権を侵害するものではない。そして、被告スチールの行為は、適法に複製された本件プログラムの複製物を本件装置において使用しているにすぎないものであるところ、その行為は、著作権法第二章第三節第三款「著作権に含まれる権利の種類」(21条ないし28条)に規定されている権利のいずれを侵害するものでもないし、複製が適法である以上、著作権法113条2項の場合にも該当しない。
 とすれば、被告スチールが、原告により作成され納入された本件プログラムの複製物を使用しても、原告に何らかの損失が生じたものということはできない。よって、不当利得に基づく原告の請求は理由がない。
(2) 原告は、被告らに本件プログラムの使用料を支払う意思がないことを知っていれば、本件プログラムの複製物の貸与ないし譲渡はしなかったので、その貸与ないし譲渡は要素の錯誤により無効であり、被告スチールには正当な使用権原はなかった、本件プログラムの複製物の代金は未清算であったから、本件プログラムの複製物の所有権は原告に留保されていた、にもかかわらず、被告スチールは、使用料を支払うことなく本件プログラムを使用して、使用料相当額の利得をしたと主張する。
 原告の主張するところと、本件プログラムの著作権に関する不当利得の主張との関係は明らかではないが、仮に、原告が動機の錯誤により本件プログラムの複製物を納入したものであったとしても、原告自身による本件プログラムの複製が違法なものとなることはないので、被告スチールの本件プログラムの複製物の使用について、原告に損失が生ずることとなるものではない。
 また、原告の主張は、本件プログラムの複製物すなわちロム自体の所有権について、原告が所有権留保しているので、被告スチールによるその使用は不当利得となるという主張とも解せられるが、仮に、原告にロム自体の所有権が留保されていたとしても、ロム自体の使用について、すなわちロム自体の所有権侵害による不当利得になることはあったとしても、本件プログラムの使用について、すなわち本件プログラムの著作権侵害による不当利得になることはないので、原告の主張は失当である。
9 金銭請求(前記第4の2)についてのまとめ
 以上のとおり、原告の被告らに対する金銭請求は、本件使用料支払契約1(被告ら)、同2(被告スチール)、本件第三者に対する契約(被告物流)、不当利得(被告スチール)のいずれに基づくものについても、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
10 結論
 よって、原告の請求は、本件プログラムの著作権の確認を求める点については理由があるから認容し、その余の点についてはいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 山田知司
 裁判官 村上誠子
 裁判官 高松宏之は、転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官 山田知司
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