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【事件名】黒澤作品のDVD化事件(松竹作品)(2) 【年月日】平成21年1月29日 知財高裁 平成20年(ネ)第10025号 著作権侵害差止請求控訴事件、同年(ネ)第10042号 附帯控訴事件 (原審・東京地裁平成19年(ワ)第16775号) (口頭弁論終結日 平成20年12月22日) 判決 控訴人・附帯被控訴人 株式会社コスモ・コーディネート(一審被告) 訴訟代理人弁護士 角田雅彦 被控訴人・附帯控訴人 松竹株式会社(一審原告) 訴訟代理人弁護士 野間自子 同 中島健太郎 同 江端重信 主文 1 一審被告の本件控訴を棄却する。 2 一審原告の附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。 ・ 一審被告は、原判決別紙物件目録記載1及び2の各DVD商品を輸入し、又は頒布してはならない。 ・ 一審被告は、原判決別紙物件目録記載1及び2の各DVD商品の在庫品及びその録画用原版を廃棄せよ。 ・ 一審被告は、一審原告に対し、785万7600円及びこれに対する平成20年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 ・ 一審原告のその余の請求を棄却する。 3 控訴審における訴訟費用は、附帯控訴の分も含めてこれを2分し、その1を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。 4 この判決の2・ は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 一審被告(控訴の趣旨) ・ 原判決を取り消す。 ・ 一審原告の請求をいずれも棄却する。 ・ 訴訟費用は、第1、2審を通じて、一審原告の負担とする。 2 一審原告(附帯控訴の趣旨) 一審原告は、当審に至り、附帯控訴の方式により請求の趣旨を拡張し、損害賠償請求(下記・・ )を追加した。追加した請求を含む附帯控訴の趣旨は、次のとおりである。 ・ 原判決を次のとおり変更する。 ・ 主文第2項・・ と同旨。 ・ 一審被告は、一審原告に対し、3344万9240円及びこれに対する平成20年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 ・ 訴訟費用は、第1、2審を通じて、一審被告の負担とする。 ・ 上記・につき仮執行宣言 第2 事案の概要 【以下、略称は原判決の例による。】 1 一審原告は、演劇、映画その他各種の興行並びに映画の製作、売買及び賃貸借等を目的とする株式会社である。 一審被告は、平成19年6月9日の商号変更以前は「株式会社コスモコンテンツ」という名称であって、映画、テレビ・ラジオ番組、コンパクト・ディスクの企画・製作・販売・賃貸業務及び輸出入業務並びにこれらに対する製作・投資管理等を目的とする株式会社である。 2 本件の対象となった作品は、いずれも、一審原告(松竹株式会社)が製作し、黒澤明(平成10年9月6日死去)が監督を務めた映画であるが、本件作品1は、昭和25年4月26日に公開された劇場用映画である「醜聞(スキャンダル)」(三船敏郎、山口淑子等出演)であり、本件作品2は、昭和26年6月1日に公開された劇場用映画である「白痴」(原節子、森雅之、三船敏郎等出演)である。 3 本件訴訟は、原審においては、一審被告が、劇場公開後50余年の後で黒澤明監督死亡後9年後である平成19年2月ころから、一審原告の許諾を受けることなく、本件作品1をそのまま収録複製した原判決別紙物件目録1記載のDVD商品(以下「被告商品1」という)及び本件作品2をそのまま収録複製した原判決別紙物件目録2記載のDVD商品(以下「被告商品2」という)を製造・販売しており、その各行為は一審原告の著作権(複製権及び頒布権)を侵害するとして、著作権法112条に基づき、上記DVD商品の複製、輸入、頒布の差止め並びに同商品の在庫品及びその録画用原版の廃棄を求めた事案である。 4 これにつき原審は、平成20年1月28日、本件両作品の著作権の存続期間は、昭和45年法律第48号による改正前の著作権法(明治32年法律第39号、以下「旧著作権法」という)3条及び52条1項により著作者の死後38年間であるから平成48年12月31日までである、一審被告の行為は一審原告の著作権(頒布権)を侵害するが、一審被告が本件両作品を複製し国内において製造・複製していることを認めるに足りる証拠はないとして、被告商品1及び2の輸入・頒布の差止めと在庫品及び録画用原版の廃棄を求める請求を認容し、複製の差止めを求める請求を棄却した。そこで、これに不服の一審被告が本件控訴を提起した。 5 当審に至り、一審原告は、附帯控訴の方式により一審被告に対する損害賠償請求を追加して提起し、著作権侵害による損害賠償として3344万9240円及びこれに対する附帯控訴状送達の翌日である平成20年4月26日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(原審における敗訴部分については控訴も附帯控訴もなされていない)。 6 当審における主たる争点は、・本件両作品は旧著作権法6条にいう団体著作物か、及び、・一審原告に生じた損害額、である。 7 なお、旧著作権法の規定は、次のとおりである。 ・3条1項:発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ著作者ノ生存間及其ノ死後30年間継続ス 2項:数人ノ合著作ニ係ル著作物ノ著作権ハ最終ニ死亡シタル者ノ死後30年間継続ス ・4条 著作者ノ死後発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ30年間継続ス ・5条 無名又ハ変名著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ30年間継続ス但シ其ノ期間内ニ著作者其ノ実名ノ登録ヲ受ケタルトキハ第3条ノ規定ニ従フ ・6条 官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ30年間継続ス ・22条ノ3 活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸、学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス其ノ保護ノ期間ニ付テハ独創性ヲ有スルモノニ在リテハ第3条乃至第6条及第9条ノ規定ヲ適用シ之ヲ欠クモノニ在リテハ第23条ノ規定ヲ適用ス ・52条(昭和37年法律第74号により追加) 1項:第3条乃至第5条中30年トアルハ演奏歌唱ノ著作権及第22条ノ7ニ規定スル著作権ヲ除ク外当分ノ間38年トス 2項:第6条中30年トアルハ演奏歌唱ノ著作権及第22条ノ7ニ規定スル著作権ヲ除ク外当分ノ間33年トス 第3 当事者の主張 1 当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。 2 一審被告(控訴人・附帯被控訴人) ・ 本件両作品は旧著作権法6条にいう団体著作物でありその保護期間は公表後33年であるから、その著作権は昭和58年(本件作品1)又は昭和59年(本件作品2)の経過により消滅した ア 旧著作権法下において映画の著作者が誰であるかについては、映画監督をその著作者であるとする考え方も主張されてはいたが、大きく分けて以下の・、・のように考えられていた。 ・ 映画は、映画製作に創作的に関与した者の共同著作物であるとする考え方 ・ 映画は、映画製作者の単独の著作物であるとする考え方 上記・の考え方は、「著作者とは、著作物の全体について創作意図を有し、それを完結させる者であると考えられ、映画についていえば、単に創作的に関与したというだけでなく、映画に対して一環したイメージを抱き、それを実現する者を著作者と考えるべきである」とし、これに属する者として、シナリオの著作者、音楽の著作者、監督、プロデューサー(映画製作の全体を企画、指揮する者)の4者を挙げ、映画はこれらを著作者とする共同著作物であるとする。 これに対し、・の考え方は、「映画製作過程のすべての活動は、映画製作者の構想の枠内において行われるのであって、すべての参加者は、映画製作者の構想をより効果的に表現するという見地から協力するものであり、映画製作者は、それらの協力の成果を自己の構想に基づいて取捨選択することにより、自己の構想を映画として表現するもので、映画は、その製作過程において多種多様の参加者の芸術的および技術的参与を要求しながら、製作者の一貫した著作活動によって成立する単一の著作物である。この単一の著作物としての映画の主体は製作者であ」るとするものである(乙16・半田正夫著「著作権法の現代的課題」昭和55年3月10日第1版第1刷発行・株式会社一粒社・3、7頁)。 仮に共同著作者とする考え方をとったとしても監督等を法人の機関や雇用契約等労働契約に基づくものとして映画著作権は製作者に帰属すると考える立場があり、著作権の譲渡推定をとらず映画著作権の映画製作者に当然帰属するとする。現行著作権法もこの立場をとり、立法化している。旧著作権法から新著作権法の移行による立法過程の中で、原判決の認定する映画著作者たる自然人から映画製作者へ譲渡推定するとの立法はなされていない。誰を映画著作者とするかは政策問題であり、映画の著作権は映画の性質上団体的に発生し映画製作者に帰属すると考えることに理論的、法技術的に障害はない。 そして、旧著作権法6条の団体著作物の保護期間の趣旨は団体名義をもって公にした著作物の著作権の保護期間はその著作権の帰属が何人にあるかを問わず一律に30年とするという趣旨であると解するのが通説的見解である。従って映画企業体が法人であるときは、これに従えば当該映画著作権の保護期間は発行又は興行したときより30年間ということになる(乙22・萼優美「条解著作権」昭和36年7月20日発行・株式会社港出版社・94〜96頁)。また、旧著作権法上、団体も著作者たり得るとするのが多数説である(乙18・加戸守行著「著作権法逐条講義〔5訂新版〕」社団法人著作権情報センター・776頁)。 原判決は、これらの旧著作権法における通説的見解に反するものであり、誤りである。本件両作品は一審原告という企業体が製作した団体著作物としてその保護期間30年間(延長措置により33年間)が適用されるべきである。 以上のとおりであり、旧著作権法において、映画著作権の帰属主体は、映画を映画製作者の単独著作物と考える場合及び映画の著作物を団体著作物と解する場合はもちろん、仮に共同著作物と考える場合、または、証拠による事実認定によって映画監督の著作物と考える場合にも著作権の帰属は映画製作者と考えなければならない。そして、証拠による事実認定によって、映画監督を著作者と認定する場合においても、前記のとおり、論理として当然に著作権を譲渡する構成となる訳ではない。即ちこの問題は、誰が著作者であるかという原理的な質問を追求していくことによっては、解決に達しえない性質のもののように思われ、問題の解決は専ら政策的な配慮によってのみ決せられるということになる。そしてこのような政策的な視点としては、著作権法本来の理念である、精神的な創作活動を行った者は、その創作物について知的財産権が認められるべきであるという点と、他方権利関係の複雑化を防ぎ、特に商品としての映画の流通性の容易化を図るという点とが挙げられる。映画は流通性のある有機的な共同作業による著作物であるから、その利用が円満に行われるためには、多数の著作者の権利主張によってその利用が阻害されないことが必須であり、団体著作権(旧著作権法6条)の適用或いは法解釈として一律に公表から30年乃至33年間が保護期間とされなければならない。 イ 最高裁判所は平成19年12月18日、劇場用映画としてアメリカ合衆国において、1953年(昭和28年)に公表され、その後日本でも劇場公開された「シェーン」の映画に関し、昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画の著作物は、本件改正による保護期間の延長措置の対象となるものではなく、その著作権は平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了し消滅したというべきである旨判示した(乙26)。同判決にいう「団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画」は、本件で解釈が問題となっている旧著作権法に関する判断であり、その判断は、昭和28年までに公表された同様の劇場用映画に該当する。 本件は映画の著作物の保護期間が問題となった事例ではあるが、映画の著作権をどのように考えるべきかが前提となっている。即ち、同判決が昭和28年に団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画という場合には、本件両作品の映画も含まれると解される。乙27(「キャプチャー(映像抽出)写真帳」B 平成20年1月29日作成)から明らかなとおり、上記最高裁判決で問題となった映画「シェーン」と本件両作品の公表形態は@映画製作会社の表示A題名Bスタッフ及び俳優C監督の各表示は全て同一の公表形態である。こうした公表形態からすれば、本件両作品が上記最高裁判決のいう「団体の著作名義をもって公表された独創性を有する映画」となり、かつ、昭和28年以前に公表されているのであるから、著作権は消滅している。 ウ また、旧著作権法を現行著作権法15条の法人著作(職務著作)的に解釈する必要がある。 一審原告の当時の映画製作の手法は、藤川黎一の陳述書(乙29)にあるとおり、社員及び一審原告の代理人である契約プロデューサーが、映画創作に多大な寄与をしており、旧著作権法上においても現行著作権法の法人著作と同様の要件を満たすに足る事実が存する。 すなわち、一審原告は、社員プロデューサーや一審原告の代理権を有する契約プロデューサーを通じて、監督、撮影、美術等の担当者を職務上指揮監督し、本件両作品を製作しており、旧著作権法上の法人著作的解釈を含む旧著作権法第6条の団体著作物の著作権を取得したものといえる。 よって、その著作権の存続期間は本件両作品の公表時から30年(延長措置により33年間)となる。 ・ 一審原告の当審における損害賠償請求に対し ア 一審原告の訴え変更(追加)は不適法である。 原判決の請求の趣旨と訴え変更に係る不法行為に基づく損害賠償請求とは、請求の基礎に変更がないとはいえないし、一審被告の審級の利益を奪うものでもある。 更に、この点について必要とされる主張立証を考えれば、著しく訴訟手続を遅滞させるものである。 よって、一審原告の附帯控訴による訴え変更の申立て(請求の追加)は不適法であり、却下されるべきである。 イ 本件では著作権の保護期間満了後のパブリックドメインとなった本件両作品を内容とするDVDを製作し販売したものであり、損害賠償責任は発生しない。 一審原告は、自ら取り扱う映画の著作権の存続期間が満了したものであるかについて十分調査する義務を負っている旨主張するが、本件においては、旧著作権法が適用され誰が映画の著作者・著作権者であるかというのは著作権法上最大の難問の一つともされ、その考え方は分かれているところである。学説も区々に分かれている実情において、十分調査をしても、映画著作権者は誰か、団体著作物と考えられる保護期間は旧著作権法6条が適用されるかなど、法律専門家ですら意見が分かれているのであるから、一審被告にとって理論的に首肯でき、妥当な解釈だと考えられる説に依拠して社会生活上の判断をすることは当然である。単にその判断が一審原告の解釈と異なるからといって、直ちに注意義務違反(予見可能性、回避可能性はない)があるとするのは不可能を強いることになり、不合理かつ酷であり、期待可能性も存しない。 一審被告は、自らの立論を正しいと考え判断したのであって違法行為であることを知りながら利益追求のため本件販売等をしていたものではない。 こうした状況からすれば、一審被告に過失はなく、損害賠償請求は認められない。 ウ 一審原告は、本件映画DVDの標準小売価格を1本3560円及び3580円とした上、使用料率20%とし、各2万本、合計4万本と見積もり、著作権法114条3項等を根拠に損害額を算出している。 しかし、一審被告は被告商品1・2を各1000枚、合計2000枚を輸入して1枚当たり48円(被告商品1)、68円(被告商品2)で仕入れ、これらを1枚当たり90円で有限会社アプロックに販売した。そして有限会社アプロックは、1本当たり330円で卸し業者に販売した。 また、一審原告は本件両作品に関し使用料率を20%とするが、その根拠は曖昧であり、一審原告が実際にDVDを販売した場合の使用料率は20%より低いと認められる。 3 一審原告(被控訴人・附帯控訴人) ・ 一審被告の主張に対し ア 旧著作権法下における映画の著作物の著作者 旧著作権法下における映画の著作物の著作者とは、「映画の製作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者」をいう。原判決の認定は正当である。 イ 本件両作品の著作権の帰属 旧著作権法下においては、著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときには、特段の反証がない限り、映画製作者が当該映画の著作物の著作権を著作者から承継的に取得し、当該映画の著作物の著作権は映画製作者に帰属するとされている。黒澤明は、本件両作品の製作者たる一審原告に対し、監督として本件両作品の製作に参加することを約束し、実際に本件両作品の監督を担当して監督報酬を受領しており、また、本件両作品についての自身の著作権が一審原告に帰属することを容認していた(甲2・株式会社黒澤プロダクション代表取締役社長A作製の「確認書」と題する書面)。 加えて、一審原告が「松竹映画」との表示を付して本件両作品を公開・興行し、一審原告が著作権者である旨の表示を付して本件両作品を収録、複製したDVD商品を販売していることに対して、黒澤明ないしその相続人らから異議が唱えられたこともない。これらの点は、原判決が正当に認定するとおりである。 したがって、本件両作品の著作権は、黒澤明の一審原告に対する参加約束によって一審原告に移転し、一審原告に帰属する。 ウ 本件両作品は実名著作物であり、団体名義の著作物ではない 旧著作権法下で発行又は興行された独創性のある映画の著作物の著作権の存続期間については、旧著作権法3条ないし6条及び9条が適用されるところ(同法22条ノ3)、これらの各条項の関係は、原則として、実名で発行又は興行され、著作者の死亡時期が明らかな著作物については、それを起算点として存続期間を計算し(同法3条、5条但書)、例外として、著作者の死亡後に発行又は興行された著作物(同法4条)、著作者の死亡時期が観念できない又は判明しない無名又は変名著作物(同法5条本文)及び団体著作物(同法6条)については、発行又は興行の時期を起算点として存続期間を計算するという、原則・例外の関係にあると考えられる。 そうすると、団体の著作名義で発行又は興行された著作物とは、「当該著作物の発行又は興行が、個人ではなく団体の著作名義でなされたために、当該名義のみからは著作者の死亡時期を観念できない場合」を意味する。この点は原判決の判示するとおりである。 従って、自然人の氏名が表示され、その者の死亡時から著作権の存続期間を算定することができる著作物は団体名義の著作物には当たらず、逆に、単に団体名義だけで発行されて自然人の著作者名が掲げられていない著作物は、著作者の死亡時期を観念できないから、団体名義の著作物に該当する。 本件両作品では、いずれもオープニングのクレジットに「監督黒澤明」という表示があり、その他にも当時のポスターやプレスなどにも「監督黒澤明」「鬼才監督黒澤明作品」「黒沢明の野心巨弾」などの表示がある(甲15)。かかる表示は、黒澤明が、本件両作品の全体的形成に創作的に関与した者であること、すなわち、本件両作品の著作者であることを示すものである。 よって、本件両作品は、いずれも自然人たる黒澤明の氏名が著作者名として表示されており、当該著作者の死亡時期を観念することができるから団体名義の著作物には当たらず、旧著作権法3条にいう実名著作物である。したがって、その著作権は、累次の法改正により最短でも平成48年12月末日(黒澤明の死亡後38年間)までは消滅しない。 一審被告の主張の趣旨は必ずしも明確でないが、結局は、映画の著作物の著作権が映画製作者(映画企業体)に帰属することを根拠に、映画の著作物の著作権の存続期間については団体著作物に関する旧著作権法6条が一律に適用される旨主張しているように解される。 しかし、旧著作権法6条の文言から明らかなとおり、同条は、当該著作物の著作名義を問題とし、当該著作物が団体の著作名義で発行又は興行されたものである場合に適用される規定である。 したがって、映画の著作物の著作権の帰属を根拠に映画の著作物について旧著作権法6条が適用される旨の一審被告の主張は、旧著作権法6条の明文に反しており、採り得ない。 また、そもそも、映画の著作物の著作権の存続期間について旧著作権法6条が一律に適用される旨の主張自体が、映画の著作物の著作権の存続期間について旧著作権法3条ないし6条及び9条又は23条が適用されると規定する旧著作権法22条ノ3の明文に反しており失当である。 また、「シェーン」事件に関する上記最高裁判決の事案は、米国法人の著作名義をもって公表された著作物であるから、本件両作品とは事案を異にするものであって、同列に論ずることはできない。 ・ 当審で追加した損害賠償請求について ア 一審被告の主張アに対し 一審被告は、当審における請求の追加は不適法である旨主張するが、旧請求は著作権侵害に基づく侵害差止請求であり、新請求は著作権侵害に基づく損害賠償請求であるところ、いずれも著作権侵害を基礎とする請求であり、著作権侵害の有無(その中でも特に本件両作品の著作者及び著作権保護期間)が主要争点であって、かかる主要争点を基礎付ける訴訟資料・証拠資料も共通しているから、請求の基礎の同一性に変更はない。また、これまでの一審被告の主張及び立証内容並びにその経過からして、一審被告の「著作権侵害に対する認識内容や違法性の有無」については既に明らかになっており、何ら新たな主張・立証を要するものではないから、訴えの変更を行っても、著しく訴訟手続が遅滞することはない。むしろ、別訴で損害賠償請求を行い、著作権侵害の有無について再度、一審から審理を行うことの方がはるかに訴訟手続として迂遠であり、訴訟経済に著しく反する。したがって、当審で損害賠償の当否について審理しても、訴訟手続を遅滞させるものでないから、上記追加は適法である。 イ 損害賠償請求の原因(請求追加部分) ・ 一審被告による著作権侵害行為 本件作品1及び2の著作権者は、前記のとおり一審原告であるところ、一審被告は、遅くとも平成19年2月ころから、一審原告の許諾を受けることなく原判決別紙物件目録1及び2記載のDVD商品を海外において第三者に製造させ、頒布目的で輸入し、販売しており、故意又は過失により一審原告の上記著作権を侵害した。 ・ 損害額 a・ 本件両作品の著作権の使用料相当額は、一審原告の標準小売価格を使用料相当額算定のベースとすべきである。 一審原告の販売に係る本件作品1、2を収録、複製したDVD商品は、いずれも1本当たり3800円(税抜)である(甲19の1,2)。 これに対し、一審被告は、本件作品1、2をそのまま収録、複製した被告商品1、2を1本当たり1000円(税抜)という極めて低廉な価格で販売している(甲5〜7)。 このように一審被告が著作権を侵害して本件両作品の複製物を通常の販売価格より極めて低額で販売した場合には、本件両作品の著作権の使用料相当額の算定に当たっては、1本当たりにつき一審原告が通常受領すべき金額を重視すべきであるから、一審被告の実売価格ではなく、一審原告の標準小売価格をベースにして使用料相当額を算定すべきである。そして、本件両作品の著作権の使用料率は、一審原告のDVD商品の標準小売価格の20%を下らない。 一審被告は、遅くとも平成19年2月ころから本件作品1をそのまま収録、複製した被告商品1、2を少なくとも各2万本(合計4万本)輸入している。 以上から、本件両作品の著作権の使用料相当額は合計3040万円(=3800(円)×0.2×40000(本))を下らず、被告商品1、2の輸入、販売による一審原告の損害額は3040万円を下らない。 ・ 仮に一審被告の主張する販売量等に依ったとすれば、以下のとおりとなる。 ・ 著作権法114条1項に基づく算出 著作権法114条1項は、著作権侵害に基づく損害賠償請求において、当該侵害行為がなければ、著作権者が販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を損害の額とすることを認めている。なお、ここでいう単位数量当たりの利益の額とは、侵害行為がなければ、権利者において追加的に販売することができたはずの数量の著作権者の製品の販売額から、当該数量の同製品を追加して販売するために追加的に必要であったはずの費用(変動費)を控除した額を、当該数量で除したもの、つまり限界利益を指す。 本件では、本件作品1、2の著作権者である一審原告が追加的に販売することができたDVD商品1本当たりの限界利益(標準小売価格−1本当たりの変動費)の額は、本件作品1につき****円(3800円−***円)、本件作品2につき****円(3800円−***円)である(甲24)。そして、一審被告は、被告商品1、2につき、各1000枚ずつ販売したとする。 したがって、一審原告の損害額は、 1000×****+1000×****=***万円と算出される。 ・ 著作権法114条3項に基づく算出 著作権法114条3項は、著作権侵害に基づく損害賠償請求において、著作権者が著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額、すなわち、当該著作権の使用料相当額を損害の額とすることを認めている。この場合の算出方法については、侵害本数を2000本に置き換えると、一審原告の損害額は、 2000×3800×0.2=152万円と算出される。 ・ 著作権法114条2項に基づく算出 著作権法114条2項は、著作権侵害に基づく損害賠償請求において、侵害者が侵害行為により受けた利益の額を損害の額と推定するとしている。 本件では、一審被告は、被告商品1については1本当たりの利益(販売価額−仕入価額)として282円(330円−48円)を得、被告商品2については1本当たりの利益として262円(330円−68円)を得ており、一審被告はこれらを各1000本ずつ販売したとする。 したがって、一審原告の損害額は、 1000×282+1000×262=54万4000円と算出される。 b 侵害品調査のために要した費用 一審原告は、本件著作権侵害を調査するための費用として、被告商品1、2の各DVD商品の購入費用8400円の支出を余儀なくされた(甲23)。上記支出は、本件著作権侵害行為と相当因果関係のある損害である。 c 弁護士費用 本件のような専門性の高い知的財産権侵害訴訟においては、訴訟追行のために弁護士の存在が不可欠であり、本件著作権侵害行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、上記a・bの合計額の1割相当額である、上記a の場合は304万0840円を、上記bの場合は71万4840円(著作権法114条1項の場合)又は15万2840円(同3項の場合)又は5万5240円(同2項の場合)を下らない。 d まとめ よって、一審原告は一審被告に対し、著作権侵害の不法行為による損害賠償金として、上記合計3344万9240円(3040万円、8400円、及び304万0840円の合計)又は786万3240円(****円、8400円、及び71万4840円の合計)又は168万1240円(152万円、8400円、及び15万2840円の合計)又は60万7640円(54万4000円、8400円、及び5万5240円)及びこれに対する不法行為の後で附帯控訴状送達の翌日である平成20年4月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 第4 当裁判所の判断 1 差止請求について 当裁判所も、一審原告の一審被告に対する差止請求は、原判決が認容した限度で理由があると判断する(原判決が請求を棄却した複製の差止請求部分については、一審原告から控訴も附帯控訴も提起されていない)。その理由は、以下のとおり付加するほか、原判決記載のとおりであるから、これを引用する。 ・ 一審被告は、本件両作品には制作者として法人たる松竹株式会社が表示されているから同作品は旧著作権法6条にいう団体著作物であり、その保護期間は公表後33年であるから、その著作権は昭和58年(本件作品1)又は昭和59年(本件作品2)の経過により消滅した等と主張し、これに対し一審原告は、本件両作品には自然人たる黒澤明の氏名が著作者名として表示されているから、同作品は旧著作権法3条にいう実名著作物であり、その保護期間は累次の法改正の結果最短でも平成48年12月末日までであるから、その著作権は未だ存続している等と主張するので、以下検討する。 ・ 本件両作品は、いずれも現行著作権法(昭和45年法律第48号)が施行される前(施行は昭和46年1月1日、附則1条)の昭和25年(本件作品1)又は昭和26年(本件作品2)に創作された映画の著作物であり、現行著作権法の附則4条によれば映画の著作物の著作者に関する規定である現行著作権法16条は適用されないから、本件両作品の著作者が誰かに関しては旧著作権法によることになる。 そして、本件両作品のような映画の著作物については旧著作権法22条ノ3が適用されるところ、同条には「活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸、学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス其ノ保護ノ期間ニ付テハ独創性ヲ有スルモノニ在リテハ第3条乃至第6条及第9条ノ規定ヲ適用シ之ヲ欠クモノニ在リテハ第23条ノ規定ヲ適用ス」と規定され、これを受けた3条には「発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ著作者ノ生存間及其ノ死後30年間継続ス数人ノ合著作ニ係ル著作物ノ著作権ハ最終ニ死亡シタル者ノ死後30年間継続ス」と、4条には「著作者ノ死後発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ30年間継続ス」と、5条には「無名又ハ変名著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ30年間継続ス但シ其ノ期間内ニ著作者其ノ実名ノ登録ヲ受ケタルトキハ第3条ノ規定ニ従フ」と、6条には「官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ30年間継続ス」と、9条には「前6条ノ場合ニ於テ著作権ノ期間ヲ計算スルニハ著作者死亡ノ年又ハ著作物ヲ発行又ハ興行シタル年ノ翌年ヨリ起算ス」と各規定されている。これらの各規定によれば、自然人のような生死を考えることができない官庁・学校・社寺・協会・会社等のような団体ないし法人名義で発行ないし興行された著作物の著作権の存続期間は、法律関係安定のため、上記6条で、発行又は興行のときより30年間と定めたものと解するのが相当である。 そうすると、本件両作品が団体ないし法人名義で上映されたのであれば旧著作権法6条により上映のときより30年間の保護期間に服し、一方、同作品が自然人の実名で上映されたのであれば旧著作権法3条により著作者の生存中及びその死後30年間継続することになる。 ・ 証拠(甲15、乙39、40)及び弁論の全趣旨によれば、昭和25年4月26日に公開された本件作品1及び昭和26年6月1日に公開された本件作品2の公開態様は、次のようなものであったことが認められる。 ア 本件作品1 ・ 本件作品1の冒頭において、映画の題名・関係者等を紹介するオープニングの部分では別紙・の1のとおり、順次、以下のとおりの表示がされている。 ・ 「松竹映画」との表示 ・ 「醜聞」を大きく表示し、その下に若干小さな文字で「スキャンダル」と表示した題名表示 ・ 「企画 本木荘二郎」、「製作 小出孝」との表示。なお、「本木荘二郎」の氏名の横には若干小さな文字で「映画藝術協会」と記載がある。 ・ 「脚本 黒澤明、菊島隆三」、「撮影 生方敏夫」との表示 ・ 「調音 大村三郎」、「美術 濱田辰雄」、「照明 加藤政雄」、「音樂 早坂文雄」との表示 ・ 「編集 杉原よ志」ほかの表示 ・ 「衣裳 鈴木文治郎」ほかの表示 ・ 「出演者」の表示 ・ 「三船敏郎、山口淑子」ほかの表示 ・ 4枚の画面表示に「日守新一」ほかの表示 ・ 「監督黒澤明」の表示。なお氏名の横には若干小さな文字で「映画藝術協会」の記載がある。 ・ 一方、本件作品1の劇場公開当時のポスターには、別紙・の2のとおり、主演の三船敏郎らの写真、映画の題名のほか、「黒沢・三船が大都会仮面を暴く鮮烈巨弾!」「監督黒沢明・脚本黒沢明・菊島隆三」等が記載されている。 イ 本件作品2 ・ 本件作品2の冒頭において、映画の題名・関係者等を紹介するオープニングの部分では、別紙・の1のとおり、順次、以下のとおりの表示がされている。 ・ 「松竹映画 1951」との表示 ・ 「白痴」との題名表示 ・ 「製作 小出孝」、「企画 本木荘二郎」との表示。なお、「本木荘二郎」の氏名の横には若干小さな文字で「映画藝術協会」の記載がある。 ・ 「ドストエフスキイ原作『白痴』より」とした上、「脚本 久板榮二郎、黒澤明」、「撮影 生方敏夫」との表示 ・ 「美術 松山祟」、「録音 妹尾芳三郎」、「録音技術 佐々木秀孝」、「照明 田村晃雄」、「音樂 早坂文雄」との表示 ・ 「装置 関根正平 古宮源藏」ほかの表示 ・ 「結髪」「記録」担当者らの表示 ・ 「後援札幌觀光協・ 」等の表示 ・ 「出演者」の表示 ・ 「原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子」の表示 ・ 3枚の画面表示に「志村喬」ほか18名の表示 ・ 「監督 黒澤明」の表示。なお氏名の横には若干小さな文字で「映画藝術協会」との記載がある。 ・ 一方、本件作品2の劇場公開当時のポスターには、別紙・の2のとおり、主演の原節子、森雅之、三船敏郎の写真、映画の題名のほか、「脚本 監督 黒沢明」と記載され、「松竹映画」との表記及び原節子ら出演 者の氏名が記載されている。 また、本件作品2の劇場公開当時に発行された「松竹映画PRESS NO.170」(甲15の添付O)には、「赤裸々な人生愛憎の姿を衝く黒沢明の野心巨弾!」との記載がある。 ・ 以上認定の事実によれば、本件作品1及び2を観賞した社会一般の者としては、いずれも著名な映画監督である黒澤明が監督を務めた映画であると受けとめ、「松竹映画」の部分はあくまで製作者ないし配給元を表示したにすぎないと認めるのが相当である。したがって、本件作品1及び2は、自然人たる黒澤明ほかの著作者を表示した実名著作物であって、旧著作権法6条にいう団体著作物ということはできないから、一審被告の当審における主張は採用することができない。 ・ 一審被告の主張に対する補足的説明 ア 一審被告は、「シェーン事件」に関する最高裁判決(最高裁平成19年12月18日第三小法廷判決・民集61巻9号3460頁。乙26)は昭和28年までに公表された劇場用映画に同様に妥当すると主張する。 しかし、上記「シェーン事件」最高裁判決は、映画「シェーン」は米国法人である上告人パラマウント・ピクチュアズ・コーポレーション(一審原告)が著作者であり、その著作名義をもって1953年〔昭和28年〕に米国で初めて公表されたこと、上記映画が独創性を有する映画の著作物であることを前提とした上で、映画の著作物の保護期間を定める著作権法54条1項について、その保護期間の延長措置を定めた著作権の一部を改正する法律(平成15年法律第85号)の適用関係について判示したものであり、本件事案とその事実関係を異にするから、一審被告の上記主張は採用することができない。 イ また一審被告は、旧著作権法下においても、現行著作権法15条の要件を満たすものについては、旧著作権法上の法人著作的解釈により旧著作権法6条の団体著作物の規定が適用され、本件両作品はいずれもその要件を満たすとする。そして、これに沿うかのごとき証拠として乙29(「陳述書」藤川黎一平成20年4月20日作成)、乙30(藤川黎一「虹の橋 黒澤明と本木荘二郎」1984年〔昭和59年〕10月21日第1刷発行・株式会社田畑書店)、乙31(堀川弘通「評伝 黒澤明」2000年〔平成12年〕10月15日発行・毎日新聞社)、乙32(高瀬昌弘「東宝監督群像 砧の青春」平成17年10月1日東宝株式会社発行)、乙33(塩澤幸登「KUROSAWA 演出 録音 記録 編〜黒澤明と黒澤組、その映画的記憶、映画創造の記録〜」2005年〔平成17年〕3月30日初版発行・株式会社河出書房新社)を提出する。 確かに乙29には、本件作品1、2で企画を務め、オープニングでその氏名も表示されている本木荘二郎について、「…黒澤明監督といえども、プロデューサーの承諾なしには、ベニヤ1枚調達することもできなかったのです。」(2頁)、「会社の代理人として映画の製作を委譲された契約プロデューサーは、ご存知の如く、藤本氏をヘッドに本木氏、…」(2頁)、「…黒澤明とプロデューサーの本木荘二郎が映画芸術家協会なる企画製作集団を発足させ、三年の間に二十本あまりの作品を作っているが、この中に…『白痴』や『醜聞』という黒澤明監督作品が含まれているのはもちろんのことである。」(3頁)、「これらの証言から、黒澤明が監督した作品は、本木荘二郎というプロデューサーなしには成立しえなかったことが明確である。」(3頁)等の記載がある。 上記によれば、本木荘二郎が本件両作品の製作に当たり重要な役割を果たしたことは認めることができるものの、原判決(13頁)認定のとおり黒澤明は本件各作品の監督として独自の立場でその全体的形成に創作的に寄与しているのであって、一審被告の被用者的立場であったということはできないから、一審被告の提出した上記証拠によっても、本件両作品につき、黒澤明が一審被告の業務に従事する者としてその職務上作成した著作物であると認めることはできない。一審被告の主張はその前提を欠き、採用することができない。 2 一審原告の損害賠償請求について ・ 一審被告は、一審原告が当審において附帯控訴の方式で損害賠償請求を追加する訴えの変更は、請求の基礎の同一性を欠き、審級の利益を奪うものであるとともに訴訟手続を遅滞させるものであるから却下されるべきであると主張する。 しかし、一審原告が当審において追加した請求は、原審から主張する著作権侵害の事実に基づく損害賠償請求であるから、請求の基礎の同一性を失うものではなく、また本件訴訟の審理の経過に照らし、これにより著しく訴訟手続を遅滞させるものとも認められないから、一審被告の上記主張は採用することができない。 ・ 次に一審被告は、本件著作権侵害行為につき、本件両作品についての著作権保護期間の満了を信じてなしたものであり、過失がない旨主張する。 しかし、一審被告代表者B作成の「回答書」(平成19年4月23日付け。甲10)によれば、一審被告代表者は、一審原告からの委任を受けた弁護士から著作権侵害の警告を受けた(平成19年4月12日付け「請求書兼警告書」。甲8の1)のに対し、我が国において映画の著作権保護期間は1953年以前に公表された作品は、公表後50年をもって満了しパブリックドメインであると判断して被告商品1・2の販売を行ったもので何ら問題はないと考えている旨回答していたことが認められ、これによれば、他人の著作物の著作権に関する十分な調査を怠り自己に都合のよい著作権の保護期間の解釈に基づいて本件著作権侵害行為を行ったというべきであって、一審被告には著作権侵害につき少なくとも過失があることは明らかである。 ・ 進んで、一審原告の受けた損害額について検討する。 ア 著作権侵害による損害額 被告商品1、2には、それぞれ発売元として一審被告(旧商号)が表示され、1本当たり1800円の販売価格が表示されている(甲3の1,2)。一審被告は、これらを各1000枚輸入して国内で販売した(乙34、36)。 一審原告は、本件両作品を複製して収録した本件商品1・2を1本当たり3800円で販売している(甲19の1,2)。一審原告がこれらを追加的に販売する場合に要する経費の額は、それぞれ***円(被告商品1)、***円(被告商品2)であるとするところ(甲24)、一審被告はこの点につき何ら反論しないから、本件商品1・2の上記売価から上記経費の額を控除した額をもって侵害行為がなければ販売することができた単位数量当たりの利益の額であると認めることができる。 そして、一審被告による被告商品1・2の販売数量については、一審原告においてもこれと同量を販売することができたものと認められる(一審被告は、これら譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を一審原告が販売することができないとする事情について何ら主張立証しない)から、著作権法114条1項により算定される損害額は、 (3800−***)×1000+(3800−***)×1000=******* の次第で、****円となる。 イ 侵害調査費用 一審原告は、侵害調査費用として、8400円を支出したと主張し、甲23を提出する。 しかし、甲23(株式会社総通作成の平成19年4月26日付け受領書)には、「松竹株式会社殿」、「¥8400」、「但し商品代金黒澤明監督作品DVD10枚セット(消費税含む)」と記載されているところ、甲4ないし6によれば、被告商品1、2は他の黒澤明の映画作品を収録したDVDと共に10枚セットで販売されており、上記代金には、被告商品1、2以外の物が含まれることが推認される。 以上に加え、被告商品1、2の箱には、定価としてそれぞれ1800円と記載されていること(甲3の1,2)からすると、上記1枚当たりの定価の2枚分である計3600円をもって侵害調査費用として相当な額と認めることができる。 ウ 弁護士費用 本件の著作権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額としては、上記アで認定した損害額の1割とみるのが相当であり、その金額は71万4000円となる。 エ 以上を合計すると、一審原告に生じた損害額は、785万7600円となる。 3 結論 以上によれば、一審原告の差止請求は、原判決主文第1、2項で認容した限度で理由があるから、その取消しを求める一審被告の本件控訴は理由がない。 また附帯控訴の方式により一審原告が当審においてなした損害賠償請求については、損害賠償金785万7600円及びこれに対する不法行為の後である平成20年4月26日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。 よって、当審における請求を一部認容した主文第2項にのみ仮執行宣言を付すこととして、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 森義之 裁判官 今井弘晃 |
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