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【事件名】商標“つつみのおひなっこや”侵害事件(2)
【年月日】平成21年1月27日
 知財高裁 平成20年(行ケ)第10348号 審決取消請求事件
 (差戻前一審・知財高裁平成18年(行ケ)第10532号/上告審・最高裁平成19年(行ヒ)第223号)
 (平成20年12月10日 口頭弁論終結)

判決
原告 X
訴訟代理人弁護士 藤興治郎
被告 Y
訴訟代理人弁理士 須田篤


主文
 原告の請求を棄却する。
 差戻し前及び後の第1審並びに上告審の訴訟費用は、全部原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が無効2006−89030号事件について平成18年10月31日にした審決を取り消す。
2 被告
 主文同旨
第2 事案の概要及び審理の経過
 本件は、被告の下記1記載の商標(以下「本件商標」という。)について、原告が無効審判を請求したところ、下記2記載のとおり、特許庁が上記請求は成り立たないとの審決をしたため、原告がその取消しを求める事案である。
 差戻前第1審裁判所は、上記請求について、平成19年4月10日、本件商標は、商標法4条1項11号に該当するとして、審決を取り消す旨の判決をしたところ、最高裁判所は、被告の上告受理申立てに基づき平成19年(行ヒ)第223号事件として審理した結果、同20年9月8日、本件商標は上記11号には該当しないとして上記第1審判決を破棄して事件を知的財産高等裁判所に差し戻した。したがって、当審における争点は、同条同項11号以外の原告主張の登録無効事由(同項8号、10号、15号、16号、19号)の存否である。
1 本件商標
 登録出願日:平成16年2月18日
 商標の構成:「つつみのおひなっこや」(標準文字)
 指定商品:第28類「土人形および陶器製の人形」
 設定登録日:平成16年8月27日(登録第4798358号)
2 無効審判請求
 請求日:平成18年3月8日
 審決日:平成18年10月31日
第3 審決の理由の要点
 審決は、以下のとおり、本件商標は、下記引用商標と外観、称呼及び観念において差異を有するから類似しないなどとして、商標法4条1項8号、10号、11号、15号、16号及び19号並びに同法8条に違反して登録されたものと認めることはできないから、同法46条1項によって、本件商標の登録を無効とすることはできないとし、本件無効審判請求は成り立たないとした。
1 引用商標
 請求人が引用する登録第2354191号商標は、「つゝみ」の文字を横書きしてなり、昭和56年3月2日に登録出願、第24類「土人形」を指定商品として、平成3年11月29日に設定登録され、同16年4月28日に、指定商品について、第28類「土人形」に書換登録がされ、当該商標権は、現に有効に存続するものである。
 同じく、登録第2365147号商標は、「堤」の文字を書してなり、昭和56年3月2日に登録出願、第24類「土人形」を指定商品として、平成3年12月25日に設定登録されたものであり、同16年5月12日に、指定商品について、第28類「土人形」に書換登録がされ、当該商標権は、現に有効に存続するものである(以下、両者を併せて「引用商標」という。)。
2 当審の判断
(1) 事実等について
 当事者の提出した証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 仙台市堤町の土人形は、江戸の元禄時代の堤焼(杉山焼)にその緒があるとされ(甲第4号証の2)、文化・文政(1804年〜30年)の頃に堤町40戸のうち土人形屋が13軒を数える程の全盛期を迎えて明治に至ったが、時勢の変動から次第に廃業が目立ち、大正期にはA、Bだけとなり、昭和期にはBだけとなった(甲第2号証の1)。
イ 前記土人形は、堤町で生産されてきたので「堤人形」と呼ばれるようになったが、それは昭和初期からのことであり、それ以前には「おひなっこ」あるいは「つつみのおひなっこ」とも呼ばれていた(甲第2号証の1、甲第2号証の2及び甲第4号証の2)。
ウ Aは大正年代まで土人形を作り続け、当時は「堤のおひなっこ屋」「おヒナっこ屋」といえば、AとB、この二軒の代名詞であり(甲第3号証の1及び甲第3号証の3)、「昭和の初期までこの愛称は生きていた」(甲第3号証の1)といわれている。
エ 請求人の先代に当たるCは、同人の先代Dから家業を受け継ぎ、創意工夫を重ね人形の制作にあたったが、新しい創意の人形を制作発表し、堤人形を京人形や博多人形と肩を並べる地位に押し上げ(甲第4号証の4)、その制作した人形及び功績に対して昭和28年3月以降数次に亘り表彰を受けるなどした(甲第4号証の8)。また、同人は、宮城県の「どうとく」の教科書や教本「郷土みやぎの輝く星」にも取り上げられ、労働大臣賞を受賞し、勲6等瑞宝章を授与された(甲第4号証の9及び甲第4号証の10)。
オ 請求人は、昭和59年2月16日に、「工芸品名堤人形」について、宮城県伝統工芸品の指定を受けた(甲第5号証の1)。
カ 請求人の制作に係る堤人形「ししのり金太郎」が、昭和58年の年賀切手の絵柄として採用され(甲第5号証の2)、また、同様に、平成8年用年賀切手にも堤人形が絵柄として採用された(甲第5号証の3)。
キ 堤人形に関する新聞記事の中で、請求人とその制作する人形及び製造する干支の人形がたびたび取り上げられた(甲第5号証の4)。
ク 平成3年12月15日調べの屋号表(甲第6号証の5、64頁)によれば、請求人の屋号名は「ヤマサ」あるいは「マルヨシ」であり、屋号印は「ヤマサ(山形記号の下に片仮名のサを配したもの「ヤマサ(山形)」記号の下に漢字の佐を配したもの)」「マルヨシ(円輪郭内に漢字の芳を配したもの)」であり、備考欄には「現在はまるよしとのこと」と記載されている。
ケ 被請求人の照会に対する宮城県の平成15年7月30日付け「宮城県優良県産品の推奨状況について(回答)」(乙第4号証)には、認証期間「昭和58年4月1日〜昭和60年3月31日」、「昭和61年4月1日〜昭和63年3月31日」、「平成2年4月1日〜平成4年3月31日」、「平成6年4月1日〜平成8年3月31日」として、そのいずれにも、認証業者名欄に「E」と記載され、その認証品目欄に「堤人形」が記載されている。
コ また、平成15年9月19日付け「宮城県伝統的工芸品堤人形の製作業者について(回答)」(乙第5号証)において、平成15年9月19日現在で同県が承知している堤人形の制作業者は請求人「X」と「E」である旨の回答がされている。
サ 平成15年3月25日付け仙台市教育委員会の指定書(乙第7号証)によれば、E所有の「堤人形土型一括(1、759点)」が同市指定有形文化財に指定されたことが認められる。
シ なお、Eが被請求人の父である点について、当事者間に争いはない。
(2) 引用商標について
 引用商標は、「つゝみ」又は「堤」の文字からなる商標と認められる。しかして、これらは、その構成文字に相応して、「ツツミ」の称呼を生ずること明らかである。また、引用商標は、いずれも、元来ありふれた氏姓に通ずる文字のみからなるものに該当するが、永年の使用によって識別力を発揮するに至ったとして商標登録された経緯に照らせば、氏姓としての観念を生ずるというよりも、独自固有の顕著性を具備した標章であって特定の観念は生じないものとみるのが相当である。
(3) 商標法第4条第1項第8号該当について
 請求人は、先代・先々代を含め、永年に亘り堤人形の制作に携わり堤人形の存続と名声を高めることに貢献してきたBの現当主であり、上記(1)のとおり、昭和初期の時点においては、請求人に当たるBが「堤の御雛っ子屋」あるいは「おひなっこ屋」との愛称をもって称されたとの事実を認め得るところである。
 しかしながら、前記時期以降にあっても当該愛称をもって称されたとの事実が継続して、本件商標の出願時において、前記愛称が請求人を示す標章として使用され、あるいは、その呼び名として使用されていたと認めるに足りる的確な証左は見いだせず、また、それが周知ないし著名なものとなっていたとする証拠もない。してみると、Aとともに請求人に当たるBが、前記愛称をもって指称された事実が過去(昭和初期)にはあったと認め得るに止まるといわざるを得ないとするのが相当である。
 しかして、本件商標の出願時においては、前記愛称と同じ表音を有する「つつみのおひなっこや」あるいは「おひなっこや」をもって、請求人の氏名と同等・同様に同人を表す標章・呼び名等であったとは認め得ないから、本件商標が他人の氏名、名称あるいは著名な略称等を含む商標に当るということはできないものである。
 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第8号に該当しない。
(4) 商標法第4条第1項第11号該当及び同法第8条第1項該当について
ア 本件商標は、「つつみのおひなっこや」の文字からなるものであるのに対して、引用商標は、「つゝみ」又は「堤」の文字からなる商標である。
 しかして、本件商標は、同じ書体で等間隔にまとまりよく表されており、これよりは「ツツミノオヒナッコヤ」の称呼、「堤焼(あるいは堤町)の土人形を扱う店」の観念が生ずるものというのが相当であり、視覚上においても、観念上においても、その構成中「つつみ」の文字部分のみに限定して称呼・観念が生ずるものとすべき格別の理由はない。
 一方、引用商標は、上記(2)のとおり、いずれも「ツツミ」の称呼を生ずるものであり、特定の観念は生じないものである。
 してみれば、本件商標及び引用商標は、その外観、称呼及び観念において明確な差異を有するものであるから、本件商標は、引用商標に類似する商標であるとすることはできない。
 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第11号に該当しない。
イ 上記と同様の理由をもって、本件商標は、商標法第8条第1項に該当するものであるとも認められない。
(5) 商標法第4条第1項第10号該当及び同第15号該当について
ア 本件の全証拠に徴しても、本件商標の出願時までに、「ツツミノオヒナッコヤ」の称呼を生ずる標章が、請求人によって商品に使用された事実を窺わせる証左及び当該標章が本件商標の出願時に需要者の間で広く認識されるに至っていたとする証左は見いだし難いところである。また、「オヒナッコヤ」の称呼を生ずる標章についても、上記と同様である。
 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当するということはできない。
イ 本件商標が引用商標に類似するものと認められないことは、前記(4)のとおりであり、他に、更に両者を関連づけて見なければならない理由も認められないから、結局、両者は別異の出所を表示する商標として看取されるものというべきである。また、前記のとおり、「ツツミノオヒナッコヤ」(あるいは「オヒナッコヤ」)の呼び名をもって請求人が広く知られるに至っていたとも認め難いところである。さらに、前記(1)ケないしシによれば、本件商標の出願当時において堤人形を取り扱う業者が唯一請求人のみであったとは到底断定し得ないから、前記呼び名が直ちに請求人のみを指称することになるということもできない。
 そうとすれば、本件商標の出願時において、本件商標を指定商品に使用した場合、需要者が当該商品について、請求人あるいは同人と経済的又は組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品と誤信し、その出所を混同するおそれがあると判断することはできない。
 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に該当しない。
(6) 商標法第4条第1項第16号該当について
 本件商標は、その構成文字に徴するに、特定の商品の品質等を表すものとは認められないから、これをその指定商品に使用しても、何ら商品の品質について誤認を生じさせるおそれはないといわざるを得ないものである。
 なお、「つつみ」の文字についてみても、当該文字が取引上「堤人形」を指称し、あるいはそれを認識させる語(略称や俗称)であると認め得る証拠はない。
 したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第16号に該当しない。
(7) 商標法第4条第1項第19号該当について
 本件商標は、他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識された商標と同一又は類似の商標であるとすべき理由は見いだせない。
 したがって「不正の目的」をもって使用をす、 るものであるか否かについて検討するまでもなく、本件商標は、商標法第4条第1項第19号に該当するものとはいえない。
(8)  まとめ
 以上のとおり、本件商標は、商標法第4条第1項第8号、同第10号、同第11号、同第15号、同第16号、同第19号及び同法第8条に違反して登録されたものと認めることはできないから、同法第46条第1項によって、その登録を無効とすることはできない。
 よって、結論のとおり審決する。
第4 審決取消事由
1 商標法4条1項8号該当性について
 本件商標の登録出願時及び登録時において、本件商標の「つつみのおひなっこや」は、原告を示す愛称ないしは略称(以下「本件略称」ともいう。)として確立していたものである。すなわち、堤人形を製造する業者は、大正期には原告とAのみとなり、当時は、両家が本件略称をもって呼称されていたが、Aが製造を中止して廃業した昭和期以降は原告のみがその製造を行っており、特に、原告の先代のCは人形の製造上種々の創意工夫を凝らして、昭和59年にはただ一人「宮城県伝統工芸品堤人形」の指定を受け、さらに、その作品は2度も年賀郵便切手に採用されるなどして名声を博する中、本件略称は、原告を指し示すものとして確立していたものである。そして、原告は、昭和48年に引退するCの後を承継して本件略称を自己のものとして専有してきたものである。したがって、本件略称は、本件商標の登録出願時において、原告を指し示すものとして著名性を確固たるものとして確立していたものであるから、商標法4条1項8号に該当することは明らかであり、これを否定した審決の判断は誤りである。
2 商標法4条1項10号、15号、16号、又は19号該当性について
 前項に述べたとおり、本件略称は原告を指し示すものとして周知慣用されてきたものであり、本件商標の登録出願時にその著名性を確固として確立していたところ、被告は、原告商品との不正競業潜脱とその正当化を図るために、本件商標の登録を出願したものであるから、商標法4条1項10号に該当するか、少なくとも原告商品との誤認混同を生じさせるものであるから、同項15号にも該当することは明らかである。さらに、前項に述べたとおり、本件略称は、原告を指し示すものとして周知慣用されてきたものであるところ、被告は、これを無断借用して不正競業行為を正当化させる手段として本件商標の登録を出願したものであるから、商標法4条1項16号又は19号にも該当することは明らかである。
第5 被告の反論
 本件略称は、被告の祖父であるFの代から被告の屋号として使用してきたものであり、被告の商標として認識されているものであるから、被告に不正使用の目的はないし、本件略称が原告の著明な略称ないしは愛称であった事実はない。また、本件商標は、最高裁判決が指摘するとおり、新たに作られた言葉であるから、本件商標それ自体が品質を表示するものではない。したがって、原告の主張はいずれも失当である。
第5 当裁判所の判断
1 堤人形の歴史的経緯
(1) 証拠(甲2、3、4、5、6、8、13、16、22、枝番も含む。)によれば、以下の事実を認めることができる。
 江戸時代の元禄年間に伊達藩主から招聘を受けた陶工の上村万右衛門が同藩内杉山の地に茶器等を製作する窯を開いたところ(このため「杉山焼」と呼ばれた。)、後に、現在の仙台市堤町に窯場が移るとともに土人形の製作が始まり(このため「堤焼」と呼ばれるようになった。)、文化・文政の時代には土人形の製造販売を家業とする者が13軒に達し、これらが街道の両側に店を連ねる程の最盛期を迎えた。しかし、明治期に入り土人形の製造販売は衰退の一途を辿り、多くの業者が廃業する中、製造販売に従事する業者はBとAの2軒のみとなり、Aも大正末期頃には廃業した。堤焼の土人形の中には「雛人形」も含まれていたことから、昭和期前は、同地で製作された土人形は、「雛人形」に由来する「おひな」に東北地方で良く使用されていた方言である接尾辞「こ」を結合させた「おひなっこ」、これに生産地名の「堤(つつみ)」を結合させた「つつみのおひなっこ」、更にはこれに製造業者であることを意味する接尾辞「屋(や)」を結合させて「つつみのおひなっこや」などと呼ばれるようになり、大正期には上記のとおりBとAだけが土人形の製造・販売をしていた関係から、これらの両家は、共に、「つつみのおひなっこや」と呼ばれていた。A廃業後は、しばらくBだけが堤人形の製作に従事し、特にC(明治34年生れ、昭和53年没)は、伝統人形に新たな創作の研究を重ね、創意工夫を凝らして多数の名品を製作し、堤人形の名声を全国的に高め、堤焼中興の祖と呼ばれる程の名声を博した。他方、Aから後を託された原告の祖父であるGは遅くも昭和56年には堤人形の製作に従事し、その後、原告の父Eを経て原告がこれを継承して現在に至っている。そして、前記のとおり、かつては「おひなっこ」と呼ばれた土人形類は、昭和期以降は、例えば、Cに対する各種の表彰等において「堤人形」と表示され(代表的なものを摘記すると、昭和28年3月の第7回観光土産展覧会における「優秀賞」の賞状、同29年9月28日の地方自治総合大展覧会における「顕彰状」、同31年1月の財団法人全国物産館・日本郷土玩具の会による全日本郷土玩具展における「推奨状」等)、また、原告作成の土人形が昭和58年度の年賀切手のデザインに「『ししのり金太郎』(堤人形)」の名称で採用され、さらに、昭和59年2月に宮城県知事から原告に対して付与された伝統工芸品としての指定には「工芸品名堤人形」と記載されるなど、これらのいずれにおいても「堤人形」の名称が使用された。
(2) 原告は、「つつみのおひなっこや」は、原告の愛称ないしは略称である旨主張するところ、甲26号証(編集発行仙台市教育委員会「仙台の文化財」昭和48年4月1日発行)には「今は、堤の「おひなっこ屋」Cが唯一の継承者となっている」との記載があり、また、甲30号証の原告の陳述書にもこれに沿う記載が認められるところである。しかしながら、「つつみのおひなっこ」ないしは「つつみのおひなっこや(屋)」の由来は前項に認定したとおり、仙台市堤町の地で製造された土人形類ないしはその製造者群を一般的に総称したことに因るものであり、このことはBとAの2軒が製造販売していた大正期には、両家が共にこれらの呼称をもって呼ばれていた事実からも明らかというべきであるから、上記の呼称をもって特定の個人(すなわち原告)を指し示す名称と見ることは困難であるといわざるを得ない。のみならず、前記認定のように、昭和期以降は、「つつみのおひなっこ」や「つつみのおひなっこや」は歴史的呼称に止まり、一般的には「堤人形」の名前で呼ばれていた事実を考慮すると、前掲甲26号証の上記記載もこのような歴史的経緯を踏まえて当時唯一の「おひなっこ屋」であったことを表示したものとして理解することができるものであるし、昭和初期から同50年代の初めまで控訴人のみが堤人形の製造販売に従事していた時期があったからといって、「つつみのおひなっこや(屋)」が原告個人の愛称に転化したり、その愛称として原告に帰属したものと断ずることは困難であるし、本件全証拠を検討してもこれを認めるに足りる証拠はない。ちなみに、甲6号証の5(堤町まちがたり編集委員会編「堤町まちがたり」平成4年4月発行)には、堤人形製造元としての原告の屋号は、「ヤマサ」及び「マルヨシ」であり、上記「堤町まちがたり」発行当時は「マルヨシ」を使用していた旨の記載がある。
(3) 他方、被告は、「つつみのおひなっこや」は自己の屋号である旨主張し、乙2号証にはこれに沿うかの記載があるが、前記 に認定した事実に照らすと、上記乙号証の記載からこれを認めることは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(4) 以上によれば、仙台市堤町で製造された土人形は、昭和期以降は「堤人形」と呼称されたもので、「つつみのおひなっこや(屋)」なる呼称が使用されることはあってもそれは昭和期前に堤の地で土人形の製造販売を営んでいた者を一般的に表した歴史的呼称として存続して来たに過ぎないものであり、この呼称が原告を表す略称として本件商標の登録出願時に使用されていたものとまで認めることはできない。
2 審決取消事由について
(1) 商標法4条1項8号該当性について
 控訴人は、本件商標の「つつみのおひなっこや」は、その登録出願時及び登録時において、原告を示す愛称ないしは略称として確立していたから商標法4条1項8号に該当することは明らかであり、これを否定した審決の判断は誤りであると主張する。
 そこで検討すると、前項に認定説示したところによれば、原告の上記主張事実を認めることは困難であるから、上記主張はその前提を欠くものであり、採用することはできない。
 したがって、上記8号に該当するものと認めることはできない。
(2) 商標法4条1項10号、15号、16号、又は19号該当性について
 原告は、本件商標の登録出願時、本件略称は原告を指し示すものとして周知慣用されてきたものであるところ、被告は、原告商品との不正競業潜脱とその正当化を図るために、本件商標の登録を出願したものであるから、商標法4条1項10号、15号、16号又は19号にも該当することは明らかであると主張する。
 そこで検討すると、前項に認定したところによれば、原告の上記主張事実を認めることは困難であるから、上記各主張はいずれもその前提を欠くものであり、採用することはできない。
 もっとも、前項に認定説示したように、「つつみのおひなっこ」は堤焼の土人形類を、「つつみのおひなっこや」は堤焼を製造販売する業者を総称する用語として昭和期前に一般的に用いられていたものであるが、昭和期に入り、Cの活躍により堤焼が再び復興するようになってからは上記の用語に代わり「堤(つつみ)焼」の呼称が用いられるようになった経緯に照らすと、かつて一般的に使用されていた呼称であるとはいえこれが歴史的呼称となった後にこれを自己の商号として採用し、商標登録を得て独占的に使用することも特段の事情がない限り自由競争の範囲内であるといわざるを得ないところ、上記特段の事情も認められない以上、これをもって商標法4条1項19号の「不正の目的」があるとすることはできないというべきである。
(3) したがって、審決取消事由はいずれも失当である。
3 よって、本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 田中信義
 裁判官 石原直樹
 裁判官 杜下弘記
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