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【事件名】複製写真の不正競争事件(2)
【年月日】平成20年12月24日
 知財高裁 平成20年(ネ)第10051号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成19年(ワ)第29381号)
 (平成20年9月1日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(原審原告) X
訴訟代理人弁護士 馬場恒雄
同 田中史郎
訴訟復代理人弁護士 金子玄
被控訴人(原審被告) 四国八十八ケ所霊場会
被控訴人(原審被告) Y
両名訴訟代理人弁護士 中田祐児
同 島尾大次
同 早卓也
同 高木誠一郎


主文
 本件控訴をいずれも棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 「原判決を次のとおり変更する。被控訴人らは連帯して控訴人に対し8000万円及びこれに対する平成17年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第1、第2審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。
2 被控訴人ら
 主文と同旨の判決。
第2 事案の概要
 本件は、被控訴人四国八十八ケ所霊場会(以下「被控訴人霊場会」という。)の所有する仏画を写真撮影し、その写真の複製物を書籍に掲載した控訴人が、当該書籍に掲載された写真の複製物を更に撮影した写真を用いて、上記仏画の御影(御札)を制作、販売した被控訴人らに対し、不正競争防止法(平成17年法律第75号による改正前のもの。以下「改正前不正競争防止法」という。)2条1項3号、4条と不法行為(民法709条)とを選択的な原因として、改正前不正競争防止法に基づく損害金1億7600万円の一部であり、かつ不法行為に基づく損害金5億2800万円の一部である8000万円及びこれに対する平成17年7月1日(不正競争行為及び不法行為以後の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
 原判決(なお、原審において、控訴人は被控訴人らに対し、改正前不正競争防止法に基づく損害金の全額であり、かつ不法行為に基づく損害金の一部である1億7600万円及びこれに対する前同様の遅延損害金の連帯支払を求めた。)は、改正前不正競争防止法に基づく請求について、同法2条1項3号の「他人の商品」に該当するのは上記書籍であり、被控訴人らの制作、販売した御影はこれを模倣したものに当たらず、仮に上記書籍に掲載された写真の複製物自体が上記「他人の商品」に該当するとしても、上記御影及び上記写真の複製物とも上記仏画を忠実に再現することを目指したもので、結局似ざるを得ず、上記御影に表された仏画の線及び色は、同種の商品が通常有する形態の点で、上記写真の複製物と実質的に同一であるにすぎないとし、また、不法行為に基づく請求について、被控訴人霊場会が上記仏画に基づいて御影を制作、販売すること自体には何ら問題がないところ、控訴人が上記仏画に基づく御影を制作、販売する事業に乗り出すことは考えられないから、控訴人と被控訴人霊場会は上記御影の制作、販売において競合する関係にはなく、また、被控訴人霊場会は、上記仏画の撮影を無償で許諾するなどして、控訴人らに協力した結果、上記書籍の発行が可能となったものであり、これらの事実によれば、被控訴人霊場会が上記写真の複製物を撮影し、上記御影を制作した行為をもって不法行為に当たると認めることはできないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。
1 前提となる事実(証拠等によって認定した事実は、認定に供した証拠等を末尾に掲記する。証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 控訴人
 控訴人は、「A」のペンネームを使用する写真家であり、また、平成8年に得度した僧侶でもある。(得度につき甲第7号証)
(2) 被控訴人ら
ア 四国八十八ケ所
 四国八十八ケ所とは、四国4県に所在する弘法大師の霊場寺院88か所の総称であり、徳島県23か所、高知県16か所、愛媛県26か所、香川県23か所の各札所(寺院)によって構成される。
イ 被控訴人霊場会
 被控訴人霊場会は、四国八十八ケ所霊場の発展を期し、社会の浄化と文化の向上に寄与し、社会福祉に貢献すること等を目的とし、八十八ケ所の各札所寺院の住職を正会員として組織された団体であって、正会員によって構成される総会、正会員中から選任された17名の理事によって構成される理事会、理事の中から選任される会長などの機関を有し、総会及び理事会においては多数決の原則が行われるものであり、また、その定款により、以上の事項のほか、総会が事業計画の議決並びに予算及び決算の議決、その他重要事項の議決を行い、理事会が会務の執行に関する事項を決定し、会長が会を代表するとともに会務を統括すること、財産は総会の議決を経て会長が管理すること、通常総会及び臨時総会の開催及び議長の選任、定足数、議事録の作成、その他その運営に関する事項等が定められているものであるから、権利能力なき社団として、民事訴訟法29条に従い、その名において訴え、又は訴えられることができるものである。(乙第1号証、弁論の全趣旨)
ウ 被控訴人Y
 被控訴人Y(以下「被控訴人Y」という。)は、被控訴人霊場会の正会員(第19番札所立江寺住職)であり、平成20年3月までその会長であった者である。
(3) 被控訴人霊場会によるお砂踏本尊等(B著作物)の制作
ア 「お砂踏」とは、四国八十八ケ所の各札所寺院の境内の砂を集めて敷き、その砂を各札所と考え、これを踏みながら礼拝することにより八十八ケ所の各札所を遍路したのと同様の功徳があるとされる宗教的儀式であり、お砂踏の場所には、各札所寺院の本尊の絵図(お砂踏用本尊軸ないしはお砂踏本尊)や石仏等が祭られるのが通常である。
イ 被控訴人霊場会は、その事業としてお砂踏を実施する際などに用いるお砂踏用本尊を制作することを決め、被控訴人霊場会の正会員(第4番札所大日寺住職)であり、仏教美術の制作家でもあるB(以下「B」という。)との間で、平成13年8月、Bが「大師御影」1幅及び「お砂踏本尊」88幅(四国八十八ケ所の各札所寺院につき1幅ずつ)を制作して、その所有権、著作権その他一切の権利を被控訴人霊場会に譲渡し、被控訴人霊場会はBにその対価3696万円を支払う旨の契約を締結した。そして、Bは、平成14年5月までに、「大師御影」1幅及び「お砂踏本尊」88幅の絵図(掛軸)の制作を行い、同月、被控訴人霊場会は、その引渡を受け、その所有権及び著作権の譲渡を受けた(以下、Bが制作した「大師御影」1幅及び「お砂踏本尊」88幅の絵図を総称して「B著作物」という。)。
(4) 本件出版契約の締結
ア 被控訴人霊場会は、平成12年12月に、控訴人ほか1名の写真家が四国八十八ケ所の札所を回り、各寺院の仏像(秘仏を含む。)、厨子等の関連物、古文書、本堂等の建築物などを写真撮影し、その写真撮影の様子を日本放送協会(以下「NHK」という。)が映像撮影して番組として放送し、さらにその後、当該撮影に係る写真を掲載した書籍をNHKのグループ企業である株式会社日本放送出版協会(以下「NHK出版」という。)が刊行するという企画につき、協力依頼を受けて、これに応ずることとし、同月から平成13年にかけて、控訴人及び他1名の写真家が各札所を廻って写真撮影をし(ただし、平成13年6月ころから後は、控訴人1人が写真撮影を行った。)、その様子をNHKのカメラマンが映像撮影して、同年6月及び10月の2回にわたりドキュメンタリー番組として放映した。
イ 控訴人とNHK出版は、平成13年9月4日、控訴人が撮影した写真を掲載する書籍の刊行に関し、以下の内容の契約(以下「本件出版契約」という。)を締結した。(甲第9号証)
(ア) 控訴人は、「四国遍路・秘仏巡礼(仮)」と題する著作物(以下「本著作物A」という。)及び「四国八十八ヶ寺・秘仏へんろ(仮)」と題する著作物(以下「本著作物B」という。)を著作し(標題はいずれも仮称である。)、NHK出版に対し、本著作物A、Bに係る出版権を設定する。
(イ) 本著作物A、Bは、控訴人が撮影した写真及び控訴人の解説文並びに第三者の寄稿文により構成され、写真掲載についての四国八十八ケ所各寺院の許諾は控訴人が得る。
(5) 本件写真の撮影
ア 控訴人は、平成14年5月、被控訴人霊場会の許可を得て、被控訴人霊場会の事務所において、B著作物(「大師御影」1幅及び「お砂踏本尊」88幅)の写真撮影をした(以下、この写真を総称して「本件写真」という。)。
イ(ア) 本件写真は、平面的な作品であるB著作物を写真撮影したものであり、控訴人は、本件写真の撮影に当たって、B著作物に表された仏像等の図柄の線及び色を忠実に再現したものであるところ、忠実に再現するためには、高機能のカメラを使用し、その機能を引き出すための照明の当て方、シャッターのスピード及びレンズの絞り等、カメラの操作に工夫と熟練を必要とする。また、B著作物の各絵図は、掛軸として制作されたもので、そのサイズは縦約1.4m、横約0.5mであり、外枠が付いているところ、控訴人は、これを、縦約13.6p、横約6pのサイズで、外枠のない絵図の写真として作成したが、このように、サイズの違いを克服し、かつ外枠なしで、B著作物の様子を写真で再現するには、技能と熟練を要し、また、カメラの操作等に工夫を必要とする。(弁論の全趣旨)
(イ) もっとも、本件写真は、いずれも平面的な作品であるB著作物を正面から写真撮影したものであり、B著作物に表された仏像等の図柄の線及び色を忠実に再現したものであって、上記のような撮影技術上の熟練や工夫も、専らB著作物の図柄を忠実に再現することに寄与するものであるから、本件写真は「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)とはいえず、著作物には当たらない。
(6) 本冊甲1及び別冊甲2の出版
ア NHK出版は、平成14年6月、「四国遍路秘仏巡礼」と題する書籍(甲第1号証。以下「本冊甲1」という。)及び「四国八十八ヶ所お砂踏本尊」と題する書籍(甲第2号証。以下「別冊甲2」という。)を組とした書籍(以下、本冊甲1と別冊甲2とを併せて「本件書籍」という。)を出版した。本件書籍は、本件出版契約における本著作物Aに相当するものである。(本件書籍が本件出版契約における本著作物Aに相当することにつき弁論の全趣旨)
イ 本冊甲1には、控訴人が撮影した写真及び控訴人の解説のほか、C、被控訴人Y、Bらの各文章、東海大学情報技術センター提供の地図その他の画像等が掲載されている。また、本冊甲1の表紙には「A」、「四国八十八ヶ所霊場会・監修」との表示があり、その奥付には「著者◎A」、「監修◎四国八十八ヶ所霊場会」との表示がある。
ウ 別冊甲2の表紙には、ほぼ全面に本件写真のうち「大師御影」の写真が複製して掲載され、「『四国遍路秘仏巡礼』別冊四国八十八ヶ所お砂踏本尊」との表題が付されている。また、その中面には、本件写真のうち「お砂踏本尊」の写真を複製したものが、1頁に4枚ずつ、札所の番号順に、当該番号、寺号、本尊名を付記して掲載されている。さらに、その裏表紙には、「所蔵◎四国八十八ヶ所霊場会」、「作画◎仏教美術会・B(2002年製作)」、「この冊子は、『四国遍路秘仏巡礼』(A=著、四国八十八ヶ所霊場会=監修)の別冊として作成したものです。」、「発行◎日本放送教会(NHK出版)」と記載されている。(甲第2号証)
(7) 本件御影の制作
ア 「御影(おみえ)」とは、弘法大師、各札所寺院の本尊その他の諸仏を描いた絵図をいう。四国八十八ケ所においては、遍路が巡拝の証として、各札所で御札大の本尊の御影を求める慣習がある。
イ 被控訴人霊場会は、平成16年、B著作物を基に、多色刷りの各お砂踏本尊の御影を制作し、各札所で販売することを決定した。(弁論の全趣旨)
ウ 被控訴人霊場会の担当者は、控訴人から承諾を得るようなことは一切せずに、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物をカメラで撮影し、これらを基にして、背景を加工するなどした上、御札大で多色刷りの各お砂踏本尊の御影を制作した(以下、こうして制作した御影を総称して「本件御影」という。)。ただし、第25番札所津照寺については、別冊甲2の発行後に、同寺の希望により、Bにおいて同寺のお砂踏本尊である地蔵菩薩を新たに描き起こし、この新作1幅を旧作に代えて同寺に係る「お砂踏本尊」としたため、お砂踏本尊の御影を制作するに当たって、別冊甲2に掲載された旧作の写真の複製物を基にせず、上記新作1幅を撮影し、これを基にして、同寺に係るお砂踏本尊の御影を制作した。したがって、本件御影は、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物のうち、同寺を除く87の札所寺院に係るお砂踏本尊の写真の複製物を更に写真撮影したものを基にして制作されたものである。(津照寺に係るお砂踏本尊の御影の制作経過につき、甲第2号証、第3号証の25、弁論の全趣旨)
エ 被控訴人霊場会の担当者が、お砂踏本尊の御影を制作するに当たり、B著作物を直接写真撮影したものを基にせず、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影したものを基にしたことについては、上記本件写真の複製物の大きさが一般的な御札の大きさにほぼ合致しており、縦1.4m、横0.5m程度の大きさを有するB著作物の各絵図を写真撮影したものから制作するよりも、作業が容易であるという事情があった。(弁論の全趣旨)
オ 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物(第25番札所津照寺に係るものを除く。)と本件御影とを対比すると、次のような違いがある。
(ア) 本件写真の複製物は、B著作物に係る背景の色が忠実に再現されているが、本件御影は、背景の色は全く再現されていない。
(イ) 本件写真の複製物は、B著作物に係る諸仏の頭髪、顔や手足の肌、着衣及び台座等の色の濃淡が忠実に再現されているのに対し、本件御影では、B著作物に係る色の濃淡の再現が粗雑である。
(ウ) 本件写真の複製物は、B著作物に係る諸仏の着衣の線及び台座の線が微に入り細を穿って緻密に再現されているのに対し、本件御影では、その再現の仕方が粗雑である。
(8) 本件御影の販売
ア 被控訴人霊場会は、平成16年12月から平成17年6月30日までに間に、本件御影を87の札所寺院ごとに各1万部宛て、合計87万部印刷し、それぞれの札所寺院に対し、1部25円で納品(販売)した。
イ 被控訴人霊場会は、平成18年6月、1番札所霊山寺ほか7か所の札所寺院の求めに応じ、それぞれの札所寺院に係る本件御影を各1万部宛て、合計8万部印刷し、それぞれの札所寺院に対し、1部25円で納品(販売)した。
2 争点
(1) 改正前不正競争防止法2条1項3号に基づく損害賠償請求に関し
ア 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を更に写真撮影したものを基にして制作された本件御影が、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品・・・の形態(当該他人の商品と同種の商品・・・が通常有する形態を除く。)を模倣した商品」に当たるか。
イ 本件御影の販売により、控訴人が営業上の利益を侵害されたということができるか。
ウ 本件御影の制作及び販売についての被控訴人Yの関与の有無及びこれにより控訴人の営業上の利益を侵害することについての故意又は過失の有無
エ 控訴人の損害
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求に関し
ア 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を更に写真撮影したものを基にして本件御影を制作し、販売することが、控訴人に対する不法行為としての違法性を有するか。
イ 本件御影の制作及び販売についての被控訴人Yの関与の有無及びこれにより控訴人の権利を侵害することについての故意又は過失の有無
ウ 控訴人の損害
(3) 控訴人の本訴各請求が権利濫用に当たるか。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)のア(別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を更に写真撮影したものを基にして制作された本件御影が、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品・・・の形態(当該他人の商品と同種の商品・・・が通常有する形態を除く。)を模倣した商品」に当たるか)について
ア 控訴人の主張
(ア) 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に当たり、そこに複製されたお砂踏本尊の線及び色は、原告が撮影したものでないと表現できない形態を有している。他方、本件御影は、上記本件写真の複製物と同一の形態を有するものである。したがって、本件御影は、同号の「他人の商品・・・の形態(当該他人の商品と同種の商品・・・が通常有する形態を除く。)を模倣した商品」に当たるものである。
(イ) 原判決は、本件において、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に当たるものは別冊甲2であって、それに掲載されている本件写真の複製物は「他人の商品」に該当しないと判断したが、誤りである。
 すなわち、不公正な競争行為を排除し、公正な取引秩序を維持、確立するという不正競争防止法の目的に照らすと、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」という用語も、取引の実情を踏まえて理解すべきであり、商品を構成する一部であっても、その一部を当該商品から取り出して独立に管理し、取引することが可能であって、その一部が経済的価値を有する場合には、同号の「他人の商品」に該当するものというべきである。
 しかるところ、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、別冊甲2を構成する要素ではあるが、被控訴人霊場会が現に行ったように、カメラで撮影するなどの方法により、別冊甲2から取り出して独立に利用、管理、処分することができるものである。
 また、本冊甲1は、別冊甲2と併せ本件書籍として出版されることにより、本冊甲1単独で出版される場合より高い価格で販売されることになったのであるから、別冊甲2にも経済的価値があるところ、その経済的価値は、本件写真の複製物が1頁に4枚ずつ、札所の番号順に、当該番号、寺号、本尊名を付記して掲載されているだけの特段の工夫がなされていない構成や配置により発生したものとはいえず、本件写真の複製物そのものに経済的価値が認められたのである。別冊甲2の裏表紙には「禁無断転載」との記載があるが、これは、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を無断で転載することを禁ずる趣旨であって、かかる禁止は、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物及びそれを構成要素とする別冊甲2に経済的価値が認められることによるものである。
 したがって、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、同号の「他人の商品」に該当するものである。
 なお、控訴人は、本件写真の撮影に当たり、B著作物に込められたBの本尊に対する「心」や「魂」を感得し、それを写真を通じ、本冊甲1や別冊甲2の読者に伝え、読者にBの「心」や「魂」を感得してもらい、本尊の真の意味を理解してもらうよう努めた。読者にBの「心」や「魂」を伝えることは、控訴人の写真家としての技量や、真言宗僧侶としての使命感に裏付けられるものである。そして、このような努力や使命感がB著作物を写真撮影した控訴人の「心」であり、「魂」であって、本件写真には、このような控訴人の「心」や「魂」が込められているものであり、それが、高度の印刷技術により、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物として読者に提供されたものであって、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物の経済的価値は、この点に基づくものである。
(ウ) 原判決は、本件御影及び別冊甲2に掲載された本件写真の複製物ともB著作物を忠実に再現することを目指したものであるから、本件写真の複製物に表現された線及び色は、同種の商品が通常有する形態であり、本件御影のお砂踏本尊の線及び色は、同種の商品が通常有する形態の点で、本件写真の複製物と実質的に同一であるにすぎないと判断したが、誤りである。
 すなわち、本件御影は、B著作物を直接カメラで撮影したものではなく、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物をカメラで撮影したものである。しかも、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を読者に伝えるため、写真家である控訴人が、高機能のカメラを使用し、その機能を引き出すためカメラ操作技術を駆使して撮影した本件写真を、精巧な印刷技術によって別冊甲2に複製したものであるのに対し、本件御影は、素人が低価格のカメラを使用し、「心」や「魂」を伝えるのにふさわしいカメラ操作技術を用いる術もなく撮影した写真を基に制作したものであって、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物の経済的、芸術的価値を忠実に再現したと評価できるものではなく、まして、B著作物の経済的、芸術的価値を再現する指向など全く見られないものである。したがって、本件御影は、B著作物を忠実に再現することを目指したものということはできない。
 上記1の(3)のイのとおり、B著作物の各絵図は、掛軸として制作されたもので、そのサイズは縦約1.4m、横約0.5mであり、外枠が付いているところ、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、このようなB著作物を、縦約13.6p、横約6pのサイズで、外枠のない絵図の写真として表現したものであって、このように、サイズの違いを克服し、かつ外枠なしで、B著作物を再現し得たのは、真言宗僧侶であり、写真家である控訴人が、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を理解し、高機能カメラを使用して、熟練したカメラ撮影技術を駆使して本件写真の撮影を行った上、精巧な印刷技術により別冊甲2に複製したからにほかならない。
 B著作物は被控訴人霊場会が所蔵するものであるから、被控訴人霊場会が、B著作物を基にして各お砂踏本尊の御影を制作するのであれば、B著作物を直接写真撮影し、その写真を基にすれば足りたはずである。それにもかかわらず、被控訴人霊場会が、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影したものを用いて本件御影を作成し、各札所寺院に配布したのは、作業が容易であるというに止まらず、被控訴人霊場会がカメラマンを雇い、B著作物を写真撮影しても、御影として各札所寺院に配布するに適切な写真が得られなかったからである。そうすると、本件写真及び別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、通常有する形態ではなく、控訴人以外には作成できない形態を備えていたというべきである。
(エ) 原判決は、本件御影が、色の濃淡並びに仏像の着衣の線及び台座の線の再現において粗雑であり、お砂踏本尊(「B著作物」の誤記と解される。)に込められたBの「心」と「魂」を読者の「心」と「魂」に伝えるものではないことを理由として、本件御影が、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物の摸倣(実質的同一)ではないと判断したが、誤りである。
 すなわち、改正前不正競争防止法2条1項3号の「模倣」とは、既に存在する他人の商品を真似て、これと同一又は実質的に同一の商品を作り出すことをいい、この実質同一性の判断においては、先行商品と模倣と主張される商品のそれぞれの形状、模様、色彩等の性状を対比して観察し、総合的に判断すべきものである。
 そうすると、原判決が、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物と本件御影との実質同一性の判断において、お砂踏本尊(又はB著作物)に込められたBの「心」と「魂」を読者の「心」と「魂」に伝えるものかどうかを対比したのであれば、商品の「性状」とはいえない要素を判断要素としたものであり、実質同一性の判断の仕方として不適当である。
 また、原判決は、本件御影が別冊甲2に掲載された本件写真の複製物と実質的同一ではないことの根拠として、本件御影が、色の濃淡並びに仏像の着衣の線及び台座の線の再現において粗雑であることを挙げるところ、本件御影が、それらの点において別冊甲2に掲載された本件写真の複製物と相違することは、上記1の(7)のオのとおりである。
 しかしながら、本件写真の複製物は、本件書籍の読者に四国八十八ケ所の各札所を訪ねてお砂踏本尊を拝観した場合に準ずる満足を味わってもらう効果を得る目的で別冊甲2に掲載されたものであるが、本件写真の複製物に表されている各お砂踏本尊と、対応する本件御影の各お砂踏本尊とは、髪型、髪飾り、頭髪の色、肌の色、姿勢(立位か座位かの別)、印の結び方、足の組み方、着衣の色及び形状、台座の形状及び大きさ等につき、通常人が肉眼で見て同一であると認識するものである。そうすると、同様の満足は、本件御影を見た者も味わうことができるものであるから、上記相違は、効果において何らの差異をもたらすものでもない。
 上記相違は、本件御影の制作に当たり、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を撮影した者の撮影技術が拙劣であることに基づくものであり、効果において何らの差異をももたらすものではないから、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物と本件御影との実質的同一性を妨げるものではない。
イ 被控訴人らの主張
(ア) 控訴人は、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に当たると主張するが、控訴人は、本件写真の複製物自体を商品として流通させたことはないのであり、上記「商品」に当たるものは、本件写真の複製物ではなく、別冊甲2である。
 なお、控訴人は、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、カメラで撮影するなどの方法により、別冊甲2から取り出して独立に利用、管理、処分することができるとか、本件書籍が本冊甲1単独で出版される場合より高い価格で販売されることになったことや、別冊甲2の裏表紙に「禁無断転載」との記載があることにより、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物に経済的価値が認められるとして、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が同号の「他人の商品」に当たると主張する。
 しかしながら、B著作物を撮影したものである本件写真に著作物性はなく、B著作物の複製物であるにすぎないものであり、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物も、同様にB著作物の複製物である。したがって、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を別冊甲2から取り出して独立に利用することは、被控訴人霊場会がB著作物について有する著作権法上の権利を侵害し、同法による規制を受けるものである。また、別冊甲2に経済的価値があるとすれば、それはB著作物の価値に由来するものであり、別冊甲2の「禁無断転載」との表示も、B著作物についての被控訴人霊場会の著作権及びBの著作者人格権等を保護するためのものである。そうすると、控訴人の上記主張は、結局、B著作物についての被控訴人霊場会の著作権等の保護の必要性を理由として、本件写真の複製物について、控訴人が改正前不正競争防止法2条1項3号により保護されるべきであるとするものにほかならず、失当というべきである。
 なお、控訴人は、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物の経済的価値は、B著作物に込められたBの本尊に対する「心」や「魂」を感得し、本冊甲1や別冊甲2の読者に伝えるべく控訴人が払った努力や真言宗僧侶としての使命感により、控訴人の「心」や「魂」が本件写真に込められており、それが、高度の印刷技術により別冊甲2に掲載された本件写真の複製物として読者に提供された点に基づくと主張する。
 しかしながら、B著作物に込められたBの本尊に対する「心」や「魂」とは、BがB著作物において創作的に表現した「思想又は感情」にほかならず、控訴人が、Bの「心」や「魂」を感得し、本件写真の複製物により本冊甲1や別冊甲2の読者に伝えるべく努力をしたこととは、B著作物をできる限り忠実に再現しようとする複製作業の心得、苦労等を述べるにすぎないものであって、B著作物の著作物性に新たな創作性を付け加えるものではないから、著作権法による保護を受けるものではなく、まして、改正前不正競争防止法の保護を受けるものでもない。
(イ) 控訴人は、本件御影が別冊甲2に掲載された本件写真の複製物と同一の形態を有すると主張するが、上記のとおり、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に当たるものは別冊甲2であって、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物ではないから、当該本件写真の複製物についての形態を論ずることは無意味である。
 仮に、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が「他人の商品」であるとすれば、その場合の「商品の形態」は、当該写真の複製物の動産としての形態、具体的には長方形、平面、プリント用紙、縦の長さ、横の長さなどの物理的性状である。しかしながら、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物に係るこのような性状は、通常の写真と全く異ならないものであり、「同種の商品が通常有する形態」に当たるから、改正前不正競争防止法2条1項3号の保護の対象たり得ない。
 万一、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物の物理的性状ではなく、その内容それ自体が「商品の形態」に当たると仮定したとしても、本件写真の複製物は、B著作物の複製物である本件写真の更に複製物であるから、結局、本件写真に表現された線及び色は、B著作物に表現された線及び色と全く変わらず、この線及び色は、控訴人が自ら考案したものではなく、Bが創作したB著作物の内容をできるだけ忠実に複製することによって得られたものである。他方、本件御影もB著作物をできるだけ忠実に複製することによって制作されている。そうすると、本件写真の複製物と本件御影とは、複製の巧拙の差異はありこそすれ、いずれもB著作物の線及び色をその形態としており、この形態の同一性は、両者が、いずれもB著作物を複製した商品であること自体に由来する。したがって、本件御影の線及び色は、同種の商品(B著作物を複製した商品)が通常有する形態の点で、本件写真の各複製物と実質的に同一であるにすぎない。
 この点につき、控訴人は、本件御影について、B著作物の経済的、芸術的価値を再現する指向など全く見られないものであり、B著作物を忠実に再現することを指向したものということはできないと主張する。
 しかしながら、本件御影は、八十八ケ所寺院の巡礼者に対し、被告霊場会が保有するお砂踏本尊(B著作物)の複製を御札として交付するという宗教的目的のために制作されたものであり、B著作物それ自体の忠実な再現(複製)を目指し、かつ、これを再現した複製物である。被控訴人霊場会が、本件御影の制作に際し、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影したのは、あくまでB著作物を複製するためのものである。
 さらに、控訴人は、被控訴人霊場会が、B著作物を直接写真撮影せずに、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影したものを用いて本件御影を作成したのは、作業が容易であるというに止まらず、被控訴人霊場会がカメラマンを雇い、B著作物を写真撮影しても、御影として配布するに適切な写真が得られなかったためであるから、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、通常有する形態ではなく、控訴人以外には作成できない形態を備えていたというべきであると主張する。
 しかしながら、上記1の(7)のウのとおり、被控訴人霊場会は、お砂踏本尊の御影を制作するに当たって、第25番札所津照寺については、別冊甲2に掲載された写真の複製物を基にせず、Bが新たに描き起こした新作のお砂踏本尊(地蔵菩薩)1幅を撮影し、これを基にして、同寺に係るお砂踏本尊の御影を制作したものであり、さらに、平成18年4月にはB著作物を直接写真撮影して、現在は、この写真を基にして本尊彩色御影を制作している。このように、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を撮影しなくとも、御影の制作には支障がないことに照らしても、控訴人以外の者には、御影として適切な写真が得られなかったとの控訴人の主張が事実に反することは明らかである。
(ウ) 控訴人は、原判決がした、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物と本件御影との実質的同一性の判断に対し、本件写真の複製物に表されている各お砂踏本尊と、対応する本件御影の各お砂踏本尊とは、髪型、髪飾り、頭髪の色、肌の色、姿勢(立位か座位かの別)、印の結び方、足の組み方、着衣の色及び形状、台座の形状及び大きさ等につき、通常人が肉眼で見て同一であると認識するものであり、本件御影が、色の濃淡並びに仏像の着衣の線及び台座の線の再現において粗雑であるという相違は、効果において何らの差異をもたらすものでもなく、実質的同一性を妨げるものではないと主張する。
 しかしながら、控訴人の挙げる上記相違点は複製技術上の差異にすぎないが、他方、通常人が見て同一と認識するものとして、控訴人が挙げる上記各点は、B著作物それ自体の特徴にすぎず、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物及び本件御影は、いずれもB著作物の複製物であるから、B著作物の特徴を共通に有するのは当然である。したがって、控訴人が主張する実質的同一性とは、結局、同種の商品(B著作物を複製した商品)が通常有する形態の中での実質的同一性にすぎず、改正前不正競争防止法2条1項3号の保護の対象とはなり得ないから、控訴人の上記主張は失当である。
(2) 争点(1)のイ(本件御影の販売により、控訴人が営業上の利益を侵害されたということができるか)について
ア 控訴人の主張
 争点(1)のアに関し主張したとおり、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は控訴人の商品であるところ、被控訴人らの改正前不正競争防止法2条1項3号違反の不正競争により、控訴人は、本件写真の売上げの減少を強いられ、線及び色の劣悪な本件御影を販売されて控訴人の写真家としての名声及び信用を害され、控訴人の作成した本件写真との同一性を誤認混同されるなどして、営業上の利益を侵害された。
イ 被控訴人らの主張
 控訴人の主張は争う。争点(1)のアに関し主張したとおり、「他人の商品」に当たるものは、別冊甲2であるから、営業上の利益を侵害された者がいるとしても、それは控訴人ではなく、NHK出版である。
(3) 争点(1)のウ(本件御影の制作及び販売についての被控訴人Yの関与の有無及びこれにより控訴人の営業上の利益を侵害することについての故意又は過失の有無)について
ア 控訴人の主張
 被控訴人Yは、本件御影の制作に当たり、被控訴人霊場会の担当者に対し、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を撮影し、これらを基に、本件御影を制作することを命じたものであり、かかる本件御影を販売することにより、控訴人に上記(2)のアの営業上の利益侵害を生じさせることにつき、故意又は少なくとも過失があった。
イ 被控訴人らの主張
 控訴人の主張は争う。
(4) 争点(1)のエ(控訴人の損害)について
ア 控訴人の主張
 四国八十八ケ所の各札所寺院は、それぞれ本件御影を1部200円で販売し、平成17年6月30日までに各1万部を完売した。その販売収入総額1億7600万円(200円×1万部×88ケ所)が控訴人に生じた損害である。
イ 被控訴人らの主張
 第25番札所津照寺を除く各札所寺院が、上記1の(8)のア、イに係る87万部及び8万部の本件御影を1部200円で販売したことは認め、その余は否認し、控訴人に損害が生じたことは争う。
 津照寺については、本件御影(別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を撮影したものを基にして制作された御影)が制作されていない。
(5) 争点(2)のア(別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を更に写真撮影したものを基にして本件御影を制作し、販売することが、控訴人に対する不法行為としての違法性を有するか)について
ア 控訴人の主張
(ア) 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、本件写真を精巧な印刷技術によって別冊甲2に複製したものであり、B著作物の線及び色を忠実に再現するとともに、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を本冊甲1や別冊甲2の読者に伝えるものである。B著作物を忠実に再現するためには、高機能のカメラを使用し、その機能を引き出すため、照明の当て方、シャッタースピード、レンズの絞り等のカメラ操作に工夫と熟練を要したものであり、また、本件写真が、B著作物とのサイズの違いを克服し、B著作物にある外枠をなくしてB著作物の様子を表現したことについても、工夫と技能を必要としたものである。さらに、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を表現することは、写真家であるとともに僧侶の資格を持ち、仏像等の写真撮影に関する実績を積み重ねてきた控訴人でなければなし得ないことであった。
 そして、控訴人は、B著作物を写真撮影するに当たって、2日間、合計9〜10時間程度をかけ、さらに、慎重を期して、1幅のお砂踏本尊について5回写真撮影し、その5枚のうち最も適切であるものを選択して別冊甲2に掲載したものである。
(イ) 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、上記のように、写真家であり、僧侶でもある控訴人が、高機能カメラを用い、カメラ操作技術を駆使して撮影した本件写真を複製したものであって、控訴人でなければなし得ない表現を有するものである。
 しかるに被控訴人霊場会は、控訴人の了解を得ることなく、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影し、これを基に本件御影を制作して販売したものであるところ、被控訴人霊場会が、このような行為に出たのは、上記(1)のアの(ウ)のとおり、作業が容易であるというに止まらず、被控訴人霊場会がカメラマンを雇い、B著作物を写真撮影しても、御影として各札所寺院に配布するに適切な写真が得られなかったからである。
 被控訴人霊場会の上記行為が控訴人に対する不法行為としての違法性を有することは明らかである。
(ウ) 原判決は、控訴人と被控訴人霊場会が御影の制作販売において競合する関係にはないと判断したところ、その根拠として、控訴人が被控訴人霊場会所有のお砂踏本尊の御影を作成して販売するような行為は被控訴人霊場会の著作権を侵害し、札所ではない控訴人がそのような事業に乗り出すことは考えられないと説示する。
 しかしながら、控訴人は、自らが撮影した本件写真を基に御影を作成すれば足りるのであるから、被控訴人霊場会所有のお砂踏本尊を基に御影を作成することはあり得ない。そして、被控訴人霊場会は、控訴人がB著作物を撮影すること、及びその撮影に基づく本件写真を収録して別冊甲2として出版することに同意したのであるから、控訴人が本件写真を複製し、販売・頒布する行為は、被控訴人霊場会の著作権を侵害するものではない。
 また、控訴人は、各札所寺院の仏像等の写真を展示した写真展を数回にわたって開催しているのであるから、その際に、本件写真を基に作成したお札(御影)を販売・頒布することは容易に予想し得ることである(現に、控訴人は、写真展開催時に、各札所寺院で撮影した仏像等の写真を基に作成したお札(御影)を販売・頒布したことがある。)。
 したがって、控訴人と被控訴人霊場会とが御影の制作販売において競合する関係にはないとの原判決の判断は、根拠を欠くものであって誤りである。
(エ) さらに、原判決は、被控訴人霊場会は、NHKないし控訴人に協力し、各寺院の有する仏像等の撮影及び被控訴人霊場会が有するB著作物の撮影を無償で許諾し、その結果、本冊甲1のみならず別冊甲2の発行が可能となったと認定したが誤りである。
 すなわち、各札所寺院の有する仏像等の撮影を許諾したのは当該各寺院であり、被控訴人霊場会にはそのような許諾をする権限はない。また、控訴人は、各札所寺院を訪ねて仏像等の撮影を行うに当たり、御供料(現金、控訴人の撮影した写真及び如輪等から成る。)を提供しており、各寺院の写真撮影許可は実質的には無償ではなかった。
 さらに、各札所寺院がその所蔵する仏像等の写真撮影を認め、被控訴人霊場会がB著作物の写真撮影を認めたのは、控訴人が撮影した仏像等の写真の展示会の開催や著作物の出版を通じ、各札所寺院の魅力や真言宗のあり方を広く世間に周知させた功績によるものであり、その結果、本冊甲1及び別冊甲2の発行が可能となったものであって、被控訴人霊場会が各寺院の有する仏像等の撮影及び被控訴人霊場会が有するB著作物の撮影を許諾したがゆえに、本冊甲1及び別冊甲2の発行が可能となったものではない。
 加えて、そもそも、被控訴人霊場会が、各寺院の有する仏像等の撮影及び被控訴人霊場会が有するB著作物の撮影を許諾したことが、被控訴人霊場会に対し、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を、控訴人の同意なく写真撮影し、その複製物を利用する権限を発生させるものではない。原判決の判断は明らかに誤りである。
イ 被控訴人らの主張
(ア) 本件写真の撮影を行うために、格別の技量、熟練、工夫が必要であるとか、僧侶の資格が必要であるとの主張は争う。なお、控訴人は、B著作物の撮影を数時間で完了したものである。
(イ) 被控訴人霊場会の行為が不法行為としての違法性を有することは争う。なお、控訴人以外の者には、御影として適切な写真が得られなかったとの控訴人の主張が事実に反することは、上記(1)のイの(イ)のとおりである。
(ウ) 控訴人は、控訴人が本件写真を複製し、販売・頒布する行為が被控訴人霊場会の著作権を侵害するものではないと主張するが、誤りである。たとえ、被控訴人霊場会が、本件写真の複製物を掲載した書籍の出版に同意したとしても、本件写真の複製物をお札として販売することにつき許諾をしたものということはできない。
(エ) 控訴人は、各札所寺院の有する仏像等の撮影を許諾したのは当該各寺院であるとか、控訴人は、御供料を提供しているから、各寺院の写真撮影許可は実質的には無償ではなかったと主張する。しかしながら、被控訴人霊場会は、各札所寺院の住職を正会員とする権利能力なき社団であり、いわば各札所寺院の集合体にほかならないのであって、現実には、被控訴人霊場会が協力を呼びかけたからこそ、控訴人が写真撮影をすることができたことは明らかである。また、各札所寺院が控訴人に御供料を要求したり、これを受領した事実はない。仮に、控訴人が札所寺院に御供料を納めたとしても、それは、真言宗僧侶を自称する控訴人の社会通念上の儀礼にすぎず、撮影許諾の対価ではない。
 控訴人は、各札所寺院や被控訴人霊場会がその所蔵する仏像等及びB著作物の写真撮影を認めたのは、控訴人が撮影した仏像等の写真の展示会の開催や著作物の出版を通じ、各札所寺院の魅力や真言宗のあり方を広く世間に周知させた功績によるものであるとも主張するが、控訴人がそのようなことを世間に周知させた事実は存在しない。そもそも、四国八十八ケ所の札所寺院には、天台宗、時宗、曹洞宗、臨済宗などの宗派の寺院もあり、真言宗の寺院だけではない。
(6) 争点(2)のイ(本件御影の制作及び販売についての被控訴人Yの関与の有無及びこれにより控訴人の権利を侵害することについての故意又は過失の有無)について
ア 控訴人の主張
 被控訴人Yは、本件御影の制作に当たり、被控訴人霊場会の担当者に対し、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を撮影し、これらを基に、本件御影を制作することを命じたものであり、かかる本件御影を販売することにより、控訴人の権利を侵害することにつき、故意又は少なくとも過失があった。
イ 被控訴人らの主張
 控訴人の主張は争う。
(7) 争点(2)のウ(控訴人の損害)について
ア 控訴人の主張
 被控訴人霊場会は、平成16年12月から平成17年6月30日までの間に本件御影を札所寺院ごとに各1万部宛て印刷し、それぞれの札所寺院に納品したほか、平成17年7月1日から平成18年6月30日までの間に本件御影を札所寺院ごとに各1万部宛て印刷し、それぞれの札所寺院に納品し、さらに平成18年7月1日から平成19年6月30日までの間にも本件御影を札所寺院ごとに各1万部宛て印刷し、それぞれの札所寺院に納品した。
 そして、各札所寺院は、それぞれ本件御影を1部200円で販売し、平成19年6月30日までに各3万部を完売した。その販売収入総額5億2800万円(200円×3万部×88ケ所)が控訴人に生じた損害である。
イ 被控訴人らの主張
 被控訴人霊場会が、上記1の(8)のア、イに係る87万部及び8万部の本件御影を、第25番札所津照寺を除く各札所寺院に販売したこと、各札所寺院は本件御影を1部200円で販売したことは認め、その余は否認し、控訴人に損害が生じたことは争う。
 第25番札所津照寺については、本件御影(別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を撮影したものを基にして制作された御影)が制作されていない。
(8) 争点(3)(控訴人の本訴各請求が権利濫用に当たるか)について
ア 被控訴人らの主張
 被控訴人霊場会は、上記1の(4)のとおり、NHKの協力依頼を受けて、控訴人らによる四国八十八ケ所各札所の仏像等の写真撮影の様子をドキュメンタリー番組として放映する企画に協力したほか、NHK出版の協力依頼により、当該撮影に係る写真を掲載した書籍(本冊甲1)を刊行するという企画に対し、監修者として参加し、会員に協力を要請して、会員のうちから掲載原稿の執筆者を選定、推薦するなど、全面的に協力した。
 さらに、被控訴人霊場会は、NHK出版から、本冊甲1の別冊として、B著作物を一般に紹介する書籍(別冊甲2)を刊行することにつき協力依頼を受け、被控訴人霊場会が多額の資金を投じて所有権及び著作権を取得したB著作物の写真撮影を無償で許諾した。
 このような被告霊場会とその会員の全面的な協力により、控訴人は、仏像等を撮影して本冊甲1の著作ができただけでなく、無償でB著作物の写真撮影をし、別冊甲2の制作をすることができたものである。
 以上のような経過にかんがみれば、控訴人の本訴請求は、いずれも権利の濫用として許されない。
イ 控訴人の主張
 被控訴人らの主張は争う。なお、四国八十八ケ所各札所の仏像等の写真撮影をして、それらを掲載した書籍の刊行を企画したのはNHKではなく控訴人である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)のア(別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を更に写真撮影したものを基にして制作された本件御影が、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品・・・の形態(当該他人の商品と同種の商品・・・が通常有する形態を除く。)を模倣した商品」に当たるか)について
(1) 控訴人は、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に当たるとした上で、本件御影は、上記本件写真の複製物と同一の形態を有するものであるから、同号の「他人の商品・・・の形態を模倣した商品」に当たるものであると主張する。
 そこで検討するに、改正前不正競争防止法2条1項3号による商品形態模倣行為の規制は、後行者が、先行者の「商品」の形態を模倣した商品を譲渡(販売)するなどして、当該商品につき先行者と競争する行為が、一方では商品化・商品開発に伴う資金、労力等を節約でき、かつ開発リスクを回避することができるとともに、他方では、先行者の市場先行の利益を損なうものであって、これを無制限に許せば、先行者と後行者との間に競業上の著しい不公平を生じ、不公正な競争行為であると観念されることを理由とするものである。そうであれば、同号にいう「商品」とは、競争の目的物たり得るものとして独立して取引の客体とされているものをいい、ある商品を構成する要素の一部であって、それ自体が現に独立して取引の客体とされていないようなものは、ここにいう「商品」には該当しないものと解するのが相当である。
 しかるところ、上記第2の1の(6)のウの事実に、甲第2号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、別冊甲2は、B著作物に係る四国八十八ケ所の全札所の「お砂踏本尊」を1冊で通覧可能とするべく構成されたものであり、同書に掲載された本件写真の複製物とは、上述のとおり、それ自体が1冊の冊子である別冊甲2の中面に、本件写真のうちそれぞれの札所寺院に係る「お砂踏本尊」の各写真が、札所の番号順に1頁に4枚ずつ印刷して複製したものであり、別冊甲2の内容を成しているものと認められる。
 そうすると、別冊甲2自体はその体裁及び構成からみて同号にいう「商品」たり得るものとしても、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、別冊甲2から独立し、競争の目的物たり得るものとして取引の客体として予定されているものでないことは明らかであるから、これをもって、同号にいう「商品」に当たるということはできない。
(2) 控訴人は、不公正な競争行為を排除し、公正な取引秩序を維持、確立するという不正競争防止法の目的に照らすと、商品を構成する一部であっても、その一部を当該商品から取り出して独立に管理し、取引することが可能であって、その一部が経済的価値を有する場合には、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に該当するというべきであるとした上、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、別冊甲2を構成する要素ではあるが、カメラで撮影するなどの方法により、別冊甲2から取り出して独立に利用、管理、処分することができるものであり、かつ、経済的価値を有するものであるので、同号の「他人の商品」に当たるものと主張する。
 しかしながら、控訴人の主張に係る「不正競争防止法の目的」にかんがみても、「競争行為」の目的物とされていないものを同法により保護する必要はないというべきであり、商品を構成する一部が、当該商品から取り出して独立に管理し、取引することが可能であるというだけで、現にそのようにして取り出し、取引に供されている訳でもないものを、改正前不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」に該当すると解する理由はない。したがって、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が経済的価値を有するか否かにかかわらず、控訴人の上記主張は、失当として採用することができない。
(3) そうすると、その余の争点につき判断するまでもなく、控訴人の被控訴人らに対する改正前不正競争防止法2条1項3号に基づく損害賠償請求は理由がない。
2 争点(2)のア(別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を更に写真撮影したものを基にして本件御影を制作し、販売することが、控訴人に対する不法行為としての違法性を有するか)について
(1) 控訴人は、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、写真家であり、僧侶でもある控訴人が、高機能カメラを用い、カメラ操作技術を駆使して撮影した本件写真を複製したものであって、控訴人でなければなし得ない表現を有するものとした上、被控訴人霊場会が、控訴人の了解を得ることなく、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影し、これを基に本件御影を制作して販売したことが、控訴人に対する不法行為としての違法性を有するものと主張する。
(2)ア ところで、控訴人は、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物について、B著作物に表された仏像等の図柄の線及び色を忠実に再現するとともに、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を本冊甲1や別冊甲2の読者に伝えるものであるとも主張するから、控訴人の主張において、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が、「写真家であり、僧侶でもある控訴人が、高機能カメラを用い、カメラ操作技術を駆使して撮影した本件写真を複製したものであって、控訴人でなければなし得ない表現を有する」こととは、控訴人が、本件写真の撮影時から別冊甲2に印刷して複製するまでの各段階で、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が、B著作物に表された仏像等の図柄の線及び色を忠実に再現するとともに、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を本冊甲1や別冊甲2の読者に伝えるものとなるように、換言すれば、本件書籍の読者が、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物に接することにより、B著作物そのものに接した場合に準ずる宗教的ないし精神的充足を感ずるように努め、かつ、それに成功したという趣旨であるものと解される(なお、控訴人は、本件写真の複製物は、本件書籍の読者に四国八十八ケ所の各札所を訪ねてお砂踏本尊を拝観した場合に準ずる満足を味わってもらう効果を得る目的で別冊甲2に掲載されたものであると主張する(上記第2の3の(1)のアの(エ))が、B著作物は、八十八ケ所各札所寺院の本尊の絵図ではあるとしても、各本尊(仏像)とは別個の著作物であるから、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物に接した読者が味わう満足は、直接にはB著作物に接して味わう満足に準ずるものであると解される。)。
 このように、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が、これに接した読者に、B著作物そのものに接した場合に準ずる宗教的ないし精神的充足を提供するものであるとすれば、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物は、その経済的価値の多くがB著作物そのものに由来することは当然であるとしても、B著作物に直接接しなくとも、別冊甲2に接するのみで、手軽に上記充足感を得られるという利点を有し、その点に、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物独自の経済的価値があるものということができる。
イ しかるところ、被控訴人霊場会が、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物(第25番札所津照寺に係るものを除く。)を写真撮影し、これを基に本件御影を制作して販売したことにより、上記本件写真の複製物独自の経済的価値は、何ら損なわれるものではない。
 すなわち、本件御影を、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物と対比した場合に、本件写真の複製物は、B著作物に係る背景の色までが忠実に再現されているが、本件御影は、背景の色は全く再現されていないこと、本件写真の複製物は、B著作物に係る諸仏の頭髪、顔や手足の肌、着衣及び台座等の色の濃淡が微に入り細を穿って忠実に再現されているのに対し、本件御影では、B著作物に係る色の濃淡の再現が粗雑であること、本件写真の複製物は、B著作物に係る諸仏の着衣の線及び台座の線が緻密に再現されているのに対し、本件御影では、その再現の仕方が粗雑であることという相違があることは、上記第2の1の(7)のオのとおりである。そして、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が、これに接した読者に、B著作物そのものに接した場合に準ずる宗教的ないし精神的充足を提供することとは、B著作物に表された仏像等の図柄の線及び色を忠実に再現するとともに、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を読者に伝えることなのであるから、B著作物の色や線の再現が粗雑であり、背景に至っては全く再現されていないような本件御影が、これに接する者に対し、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を伝え、B著作物そのものに接した場合に準ずる宗教的ないし精神的充足を感じさせることはないと認められる。
ウ もっとも、この点につき、控訴人は、本件写真の複製物に表されている各お砂踏本尊と、対応する本件御影の各お砂踏本尊とは、髪型、髪飾り、頭髪の色、肌の色、姿勢(立位か座位かの別)、印の結び方、足の組み方、着衣の色及び形状、台座の形状及び大きさ等につき、通常人が肉眼で見て同一であると認識するものであり、本件御影を見た者も四国八十八ケ所の各札所を訪ねてお砂踏本尊を拝観した場合に準ずる満足を味わうことができると主張する(上記第2の3の(1)のアの(エ))。
 しかしながら、本件写真の複製物に表されているお砂踏本尊とはすなわちB著作物に描かれているお砂踏本尊であるから、本件御影の各お砂踏本尊が、対応する本件写真の複製物に表されている各お砂踏本尊と同一であると認識するとは、本件御影がB著作物の複製であることを認識するということである。そうすると、控訴人の上記主張の「本件御影を見た者も四国八十八ケ所の各札所を訪ねてお砂踏本尊を拝観した場合に準ずる満足を味わうことができる」との主張が、B著作物に直接接した場合に準ずる満足を味わうことができるとの趣旨であると理解したとしても(上記ア参照)、本件御影の各お砂踏本尊が、対応する本件写真の複製物に表されている各お砂踏本尊と単に同一であると認識するだけで(すなわち、本件御影が各お砂踏本尊に係るB著作物の複製であることを認識するだけで)、本件御影に接した者がB著作物そのものに接した場合に準ずる宗教的ないし精神的充足を得られるものとすれば、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物が、「写真家であり、僧侶でもある控訴人が、高機能カメラを用い、カメラ操作技術を駆使して撮影した本件写真を複製したものであって、控訴人でなければなし得ない表現を有する」ものであり、B著作物に表された仏像等の図柄の線及び色を忠実に再現するとともに、B著作物に込められたBの「心」と「魂」を読者に伝えるものであることに、何らの意義も存在しないということになり、控訴人の従前の主張と根本的に相容れないといわざるを得ない。
 本件写真の複製物に比して複製の精度が格段に低いにもかかわらず、本件御影に接した者がお砂踏本尊を拝観した場合に準ずる満足を得ることができるとすれば、それは本件御影がお砂踏本尊それ自体を認識せしめるからであり、本件写真の複製物における複製の巧緻性に起因するものでないことは明らかというべきである。
エ したがって、本件御影の制作、販売により、これを購入した者に対し、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物独自の経済的価値に相当する部分が提供されるものではない。
(3) 別冊甲2に掲載された本件写真の複製物の大きさが一般的な御札の大きさにほぼ合致していることは、上記第2の1の(7)のエのとおりであるところ、仮に、控訴人が、本件写真又はその複製物を複製して御札(御影)を制作、販売することを予定していたとすれば、それに先立って、被控訴人霊場会が本件御影を制作販,売したことが、控訴人の御札(御影)制作、販売の利益を損ねるものといえないではない。
 しかしながら、本件写真又はその複製物を複製した御札(御影)とは、B著作物を複製したものにほかならないところ、B著作物は、被控訴人霊場会が、所有権及び著作権を有する著作物であるから、被控訴人霊場会がB著作物を複製した御札(御影)を制作、販売することに問題はないのに対し、控訴人がB著作物を複製した御札(御影)を制作、販売することが、被控訴人霊場会が有するB著作物の著作権を侵害するものであることは明らかである。
 控訴人は、被控訴人霊場会は、控訴人がB著作物を撮影すること、及びその撮影に基づく本件写真を収録して別冊甲2として出版することに同意したのであるから、控訴人が本件写真を複製し、販売・頒布する行為は、被控訴人霊場会の著作権を侵害するものではないと主張するが、被控訴人霊場会が、別冊甲2に掲載する限度でB著作物を複製することを許諾したとしても、当然に、控訴人の制作、販売する御札(御影)にB著作物を複製する許諾を与えたことになるものではなく、被控訴人霊場会が、控訴人にその旨の許諾を与えたことを認めるに足りる証拠もないから、控訴人の上記主張は失当である。
 そうすると、控訴人が、本件写真又はその複製物を複製して御札(御影)を制作、販売することは、被控訴人霊場会の許諾がない限りなし得ないものであるから、被控訴人霊場会との関係において、控訴人の当該御札(御影)制作、販売の利益の侵害を考慮することはできない。
(4)ア 被控訴人霊場会の担当者が、お砂踏本尊の御影を制作するに当たり、B著作物を直接写真撮影したものを基にせず、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影したものを基にしたことについては、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物の大きさが一般的な御札の大きさにほぼ合致しており、B著作物の各絵図を写真撮影したものから制作するよりも、作業が容易であるという事情があったことは、上記第2の1の(7)のエのとおりである。
 そうすると、被控訴人霊場会は、本件御影を制作するに当たり、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影したものを基にすることにより、作業の省力化の利益を得たものということができる。
 この点につき、控訴人は、被控訴人霊場会が、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影し、これを基に本件御影を制作したのは、作業が容易であるというに止まらず、被控訴人霊場会がカメラマンを雇い、B著作物を写真撮影しても、御影として各札所寺院に配布するに適切な写真が得られなかったからであると主張するが、その主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、上記第2の1の(7)のウのとおり、被控訴人霊場会が、第25番札所津照寺については、お砂踏本尊の御影を制作するに当たって、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を基にせず、同寺に係る「お砂踏本尊」としてBが新たに書き起こした新作1幅を撮影し、これを基にして、同寺に係るお砂踏本尊の御影を制作したこと、また、このようにして制作された同寺に係るお砂踏本尊の御影(甲第3号証の25)が、他の札所寺院に係る本件御影(甲第3号証の1〜24、同号証の26〜88)と比較して、御影中の本尊の大きさや配置、その他全体のレイアウトに格別の差異は見られないことに照らせば、被控訴人霊場会は、津照寺以外の札所寺院のお砂踏本尊について、B著作物を直接写真撮影しても、御影として適切な写真を得ることができたものと推認される。
 したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。
イ 他方、弁論の全趣旨によれば、被控訴人霊場会は、控訴人又はNHK出版から、B著作物を一般に紹介する書籍(別冊甲2)を刊行することにつき協力依頼を受け、B著作物の写真撮影を無償で許諾したものであって(控訴人は、B著作物の写真撮影に関しては、御供料の提供等により、実質的に無償ではなかったとの主張をしていない。)、かかる被控訴人霊場会の協力があったことにより、別冊甲2の発行が可能となったことが認められる。
 この点につき、控訴人は、被控訴人霊場会がB著作物の写真撮影を認めたのは、控訴人が撮影した仏像等の写真の展示会の開催や著作物の出版を通じ、各札所寺院の魅力や真言宗のあり方を広く世間に周知させた功績によるものであり、その結果、別冊甲2の発行が可能となったものであると主張するが、仮に、控訴人にその主張に係るような功績があったとしても、被控訴人霊場会にB著作物の写真撮影を許諾しなければならない義務が生ずるものではないから、別冊甲2の発行が可能となったのは、被控訴人霊場会の協力の結果であることは明らかである。
ウ 上記ア、イの各事実を併せ考えれば、被控訴人霊場会が、本件御影を制作するに当たり、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を写真撮影したものを基にすることにより、作業の省力化の利益を得たからといって、上記(2)、(3)のとおり、これにより控訴人の権利、利益を何ら侵害していない本件の下においては、不法行為を構成するほどの違法性があるものと認めることはできない。
 なお、控訴人は、被控訴人霊場会がB著作物の撮影を許諾したことが、被控訴人霊場会に対し、別冊甲2に掲載された本件写真の複製物を、控訴人の同意なく写真撮影し、その複製物を利用する権限を発生させるものではないと主張するが、被控訴人霊場会によるB著作物の撮影許諾等の協力があったことにより別冊甲2の発行が可能となったとの事実は、他の事実関係と併せ、不法行為を構成するような違法性の有無の判断に係る事情として斟酌されるものであって、この事実により、被控訴人霊場会に別冊甲2に掲載された本件写真の複製物の利用権限が生じたものと判断したものではないから、控訴人の上記主張は失当である。
(5) そうすると、その余の争点につき判断するまでもなく、控訴人の被控訴人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
3 結論
 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 田中信義
 裁判官 石原直樹
 裁判官 杜下弘記
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