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【事件名】美容外科広告事件
【年月日】平成20年12月24日
 東京地裁 平成20年(ワ)第7828号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年10月20日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 荒木新五
同 住田和子
同 西畑博仁
同 小林文子
被告 株式会社メディコア
同訴訟代理人弁護士 杉本太郎


主文
1 被告は、原告に対し、145万6438円及びこれに対する平成20年4月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを4分し、その3を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、606万6301円及びこれに対する平成20年4月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、芸能人である原告が、被告に対し、被告が、その管理運営するコムロ美容外科・歯科(以下「コムロ」という。)のホームページに、原告に無断で、原告の氏名及び顔写真並びに原告のコメントとする文書を掲載するなどして、原告の氏名権、肖像権及びパブリシティ権を侵害したとして、不法行為に基づき、財産的損害506万6301円及び精神的損害100万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成20年4月2日から支払済みに至るまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案である。
1 争いのない事実等(争いのない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
・ 当事者
ア 原告は、昭和43年にデビューして以来、映画、テレビドラマ、舞台等に出演している女優、タレントである(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、医療及び美容のサロンの経営及びコンサルタント並びに広告宣伝活動等を主たる業務とする株式会社であり、コムロの広告宣伝・管理運営業務を行っている。
(2)ア 原告は、平成16年4月1日、当時、コムロの広告宣伝業務を行っていた株式会社オルモック(以下「オルモック」という。)との間で、平成16年4月1日から平成17年3月末日までの1年間、コムロの広告のために自己の氏名及び肖像を使用することを許諾し、出演契約料を年間126万円、広告の範囲を「TVCM、ラジオ、雑誌・ポスター、チラシなどの印刷媒体やインターネットでの広告を含めた全ての広告物」とする広告出演契約(以下「本件契約」という。)を締結した(契約内容につき甲2の1)。
オルモックは、本件契約に基づき、コムロのホームページに、原告の顔写真とともに、「顔のシワがなくなるだけで、人生が明るくなるんだってこと、実感しました。」との原告のコメント、「女優のAさんがヒアルロン酸注入法でシワ取りしたことがテレビや週刊誌で当時、話題になりました。現在も定期的に来院されております。」との文章を掲載した(当該ホームページの掲載内容については甲1及び弁論の全趣旨。以下、このホームページに掲載された広告を「本件広告」という。)。
イ 本件契約は、平成17年4月1日、契約期間を同日から平成18年3月末日までの1年間として、同一内容で更新された。
(3) その後、コムロを経営する医療法人社団美祥会(以下「美祥会」という。)の経営が悪化し、被告の支援に基づくコムロの再生案が検討された結果、平成18年3月31日に被告が「コムロ美容外科」の商標を買い取り、第三者である医師にその商標を使用許諾し、当該医師がコムロ美容外科の名称の下、クリニックの運営を継続していくことになった(弁論の全趣旨)。
 これに伴い、被告は、平成18年4月1日以降、オルモックから、コムロのホームページの管理運営を承継した。
(4) 本件契約は、平成18年3月末日をもって終了し、それ以降の期間については、原告とオルモック又は被告との間に広告出演契約は締結されていなかったにもかかわらず、被告は、同年4月1日以降、原告から掲載中止要求書(乙1)を受け取った平成20年1月30日までの間(670日間)、自己が管理運営するコムロのホームページに、本件広告の掲載を継続した(本件広告の掲載が、本件契約に基づく掲載を継続したものであることにつき、弁論の全趣旨)。
(5) 被告が の期間に本件広告を掲載したことは、少なくとも被告の過失に基づくものである(弁論の全趣旨)。
2 争点
 原告の損害
3 争点についての当事者の主張
(原告の主張)
・ 財産的損害
ア 原告は、自己の氏名及び肖像を無断使用されたことによりパブリシティ権を侵害され、ホームページ掲載期間(670日)に相当する契約料相当額の損害を受けた。
 そして、広告出演契約の契約料は、原告のような著名なタレントであれば、コマーシャルムービー契約で年間500万円、コマーシャルフォト契約でも年間300万円を下回ることはなく、現に、エステ業界大手のたかの友梨ビューティクリニックとの間のコマーシャルフォト契約(以下「別件広告契約」という。)を締結した際は、3か月契約で契約料は100万円であった(甲3)にもかかわらず、本件契約の出演契約料(以下「本件契約料」という。)が、通常の広告出演契約の契約料よりも格段に安い年間126万円と設定されていたのは、コムロの広告に出演する対価として、原告がコムロにおいて随時無料でコラーゲン、ヒアルロン酸注入等の治療を受けられることを約束されたことによる。
 現に、原告は、年間10回以上、コムロにおいて、ヒアルロン酸、アクアミド、ボトックスの注入、レーザー等の照射、プチアンチエイジング療法等を受けていたが、本件契約の終了時以降は、コムロにおいて、このような治療は一切受けていない。
 そして、その費用は、次の@からEまでの合計額201万6525円であり、どんなに低く見積もっても年間150万円を下回らない。
@ ヒアルロン酸、アクアミドの注入(年8回。ヒアルロン酸6回、アクアミド2回として概算) 69万3000円
A ボトックスの注入(年4回)
 眉間 4万2000円×4回=16万8000円
 前額 26万8800円
B レーザー治療(年3回) 1万0500円×3回=3万1500円
C フォトフェイシャル(年20回) 23万1000円(10回分)×2=46万2000円
D プチアンチエイジング療法(年4サイクル) 7万3500円×4回=29万4000円
E プラセンタ(ラエンネック)錠剤(年7箱) 1万4175円×7箱=9万9225円
 したがって、期間を1年間とする広告出演契約の契約料相当額は、本件契約料126万円と治療費相当額150万円の合計276万円であるから、本件広告の掲載期間(670日間)に相当する原告の財産的損害は、506万6301円を下らない。
(計算式)276万円÷365日×670日=506万6301円
イ 被告の主張に対する反論
 ・ 本件広告が従前からの広告出演契約に基づく広告の延長線上にあることに鑑みれば、原告の財産的損害は、従前の契約料を基準として、契約締結の経緯、広告の期間、広告の地域等を考慮して判断すべきである。
 ・ 本件契約で広告の範囲をすべての広告物としたのは、コムロ及びオルモックが、本件契約の締結に際し、いかなる広告宣伝活動を行うかについて具体的な計画を持っていなかったため、想定し得る広告媒体を列挙したものである。そして、本件契約料は、コムロ等が実施する広告活動の媒体の数や回数の多寡によって左右されるものではなく、本件契約の契約期間中である平成17年度においても、ホームページ以外は雑誌への広告の掲載が1回(乙3)のみ確認することができるにすぎないにもかかわらず、原告に対し、本件契約料126万円が支払われている。
 また、ホームページの掲載は、全国どこからでも、誰でも目にすることができるものであり、雑誌より広範にわたる広告である。
 したがって、原告の写真等の利用がホームページへの掲載のみであるからといって、報酬相当額が本件契約料よりも減額される合理的理由はなく、実質の契約料である年間276万円を基本に原告の損害を算出すべきである。
(2) 精神的損害
ア 被告の不法行為により原告が受けた精神的打撃に対する慰謝料は、100万円を下らない。
イ 原告が本件契約を締結したのは、実際にコムロに通院して治療を受けていたからである。しかし、平成18年4月以降、コムロの経営主体が変更されて別の実態のクリニックになってから、原告は、コムロに通院しておらず、実際に行われている治療・施術内容に関知していないにもかかわらず、本件広告は、原告が、別の実態となったコムロに通院して、いまだに美容整形治療を受けているかのような誤解を与えるものである。原告は、この本件広告により人格的利益を侵害された。
 また、通常、広告出演契約を締結する場合、同業他社への広告出演は禁止される(甲2の第8条参照)ところ、本件広告を目にした者は、原告がコムロとの間で広告出演契約を締結していると誤信することになり、その結果、原告は、美容整形業界の同業他社はもちろん、これに近接する業種(エステティックサロン、化粧品、ダイエット食品、サプリメント、スポーツクラブ等の美容や痩身にかかわる業種)との間でも、広告出演契約を締結する機会を奪われたのであり、精神的損害を受けたことは明らかである。
(被告の主張)
 ・ 財産的損害
ア 原告が第三者との間で広告出演を許諾した場合の報酬額は、原告の損害となる報酬相当額を考えるに当たっての参考又は基準とはなるが、それがそのまま無断使用行為に対する損害額になるわけではなく、本件契約における報酬額を参考としつつも、被告による無断使用行為と、オルモックが本件契約に基づき行うことができた広告とを比較する等した上で、相当とされる金額を損害とすべきである。
 ・ 本件契約料と対価性を有する原告の役務の提供は、テレビCM及びラジオ、雑誌、ポスター及びチラシ等の印刷媒体並びにインターネットにおけるコムロの広告のすべてに出演することであって、これを前提として本件契約料は年間126万円とされている。また、原告の主張によれば、この額は、コムロ側の裁量により、各広告媒体で原告の写真等を自由に利用することができることの対価というものであるから、相当に広い行為を行うことを包括的に承諾することの対価となる。実際、オルモックは、被告が把握することができたものだけでも、新聞折込チラシや複数の雑誌への広告記載等、複数の媒体を用いて様々な広告活動を行っていた(乙2ないし7)。
 ・ これに対し、被告の行為は、コムロのホームページに本件広告を掲載していたことだけであるから、すべての広告物に出演することを前提に定められた本件契約料126万円の全額を基準として原告の損害を算出することは、明らかに過大であり、原告が本件広告を掲載することを許諾した場合に受け取ることができた報酬相当額が、原告の損害になるというべきである。
 これに加えて、@本件広告は、オルモックが作成した広告掲載を削除しなかったという不作為によるものであって、被告自身が新たに無許諾で広告活動を行ったわけではないこと、A当該不作為は、オルモックが被告にコムロのホームページの管理を引き継ぐ際に、本件広告を削除することなく引き渡し、かつ、本件契約が期間満了により終了したことを告げなかったことから生じたものであり、被告が故意に行ったものではなく、過失も軽微であること、B被告は、原告から指摘を受けた当日に本件広告を削除し、100万円を支払っての解決を提案して誠実に対応してきたことも考慮すれば、被告の財産的損害は、本件契約料の5分の1の25万2000円を本件広告の掲載期間で日割り計算した約46万円程度が適当である。
イ 原告は、治療費相当額も契約料相当額に含まれると主張するが、本件契約の対価として原告が無償で治療を受けることができることになっていたのであれば、その旨が契約書に記載されるはずであるところ、本件契約の契約書には、「契約料は、年間1、260、000円(税込)」と記載されているだけであるから、本件契約の対価は126万円だけである。
 また、仮にコラーゲン・ヒアルロン酸注入等の治療を無償で受けることが約束されていたとしても、芸能人が治療に来ていることや、治療によって原告の美が維持され、原告が様々なメディアに出演し、かつ、場合によってはその旨が宣伝される等の効果が美祥会の見返りとして考えられるから、無償の治療行為を本件契約の対価とすることは許されない。
 さらに、原告が治療を受けるかどうかや治療を受ける回数も不確定な要素であるから、これが本件契約の対価であるとは認められないし、また、このような不確定な要素を基礎として契約料相当額が定まり、これによって損害額が影響を受けるのは不合理である。
 そして、対価を含めた契約内容は契約ごとに固有の個性があるから、別件広告契約の契約内容を考慮して財産的損害を算出するのは、相当ではない。
(2) 精神的損害
ア 氏名・肖像に関する利益の法的保護には、人格的利益の保護という観点と、氏名・肖像が持つ顧客吸引力としての経済的利益の保護という観点がある。
 人格的利益に関しては、そもそも芸能人の氏名・肖像においては、広く一般大衆に公開されることが前提とされ、かつ、希望されていることから、その使用方法、態様等に照らして、当該芸能人の社会的評価を低下させるような場合でなければ、人格的利益を毀損するものではない。そして、本件広告は、原告の体験に基づく感想を原告の氏名及び写真とともに掲載しているにすぎない。また、本件広告は、本件契約に基づくものが契約終了後も掲載されたままになっていただけのものにすぎない。したがって、本件広告の掲載により原告の社会的評価が低下するものではなく、慰謝料請求権が発生するだけの精神的打撃も認められない。
 また、経済的利益の侵害によって生じる損害は、原則として財産的損害のみであるから、経済的利益の侵害を理由とする慰謝料の請求は失当である。
イ 原告は、本件広告が、原告がいまだにコムロで美容整形治療を受けているかのような誤解を与えるものであると主張するが、本件の実態は、原告の同意に基づいた使用方法、態様による広告掲載が、当該同意の期間を経過して掲載されてしまったというものであり、従前、原告はコムロにおいて治療を受けていた事実もあるから、慰謝料請求権が発生するだけの原告の精神的打撃は認められない。
 また、原告は、他社との契約機会を奪われたことによる精神的苦痛も主張するが、他社との契約機会を奪われたという事実は認められない。
第3 争点に対する判断
1 財産的損害について
 ・ 本件は、被告が、芸能人である原告の氏名、顔写真等を、本件契約の契約期間が終了したにもかかわらず、コムロのホームページに掲載したことに基づく損害賠償請求であるところ、原告は、女優、タレントとして、広告に出演すること(自己の氏名、写真等を広告に利用すること)を許諾していた場合には、出演料として相当の対価を受けることができた(甲2の1及び2、甲3)のであるから、自己の氏名、顔写真等を本件広告に無断使用されたことによって原告が受けた財産的損害は、原告が、本件広告に出演することを許諾するとすれば受けることができる対価相当額であると認められる。
 そして、本件における被告の不法行為は、前記のとおり、本件契約の契約期間が終了したにもかかわらず、コムロのホームページに本件広告の掲載を継続したというものであることからすれば、前記の対価相当額は、本件契約によって定められた広告出演等の対価及び本件契約終了後における本件広告の掲載期間を基準として認定することが相当である。もっとも、契約によって定められた広告出演等の対価は、通常は、当該契約において許諾された広告の内容、広告媒体及び広告を行う地域、原告と被告との関係その他の事情等を考慮して決定されるものであることからすれば、本件契約によって定められた対価が直ちに対価相当額として原告の損害となるものではなく、当該対価を基準としつつも、本件契約が許諾の対象とする広告の内容、広告媒体及び広告地域と本件広告の広告内容、広告媒体及び広告地域の異同、当該対価を定めるに当たって考慮された事情の有無等を考慮して、原告の財産的損害である対価相当額を認定するのが相当である。
 なお、原告は、本件契約料は、コムロ等が実施する広告活動の媒体の数や回数の多寡によって左右されるものではないから、損害賠償の額の算定に当たっても同様に考えるべきである旨主張するが、本件は、本件契約に基づく広告出演料を請求するものではなく、不法行為に基づく損害賠償を求めるものであって、当該不法行為によって生じた原告の損害、すなわち、本件広告の掲載を許諾した場合に原告が実際に受けることができる対価相当額(逸失利益)の範囲を超えて、損害賠償を請求することができるものではないことは当然であるから、原告の主張は採用することができない。
(2) そこで、まず、基準とすべき本件契約によって定められた対価の額について検討する。
ア 原告は、コムロにおいて随時無料でコラーゲン、ヒアルロン酸注入等の治療を受けることができ、その治療費相当額も本件契約によって定められた対価の額に含まれると主張する。
 確かに、証拠(甲1、6、乙2ないし7)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件契約の契約期間中、コムロにおいて、コラーゲン注入等の治療を無償で受けていたが、本件契約の契約期間終了後は、コムロにおいては治療を受けていないこと、本件契約料は、原告がコムロにおいて無償で治療を受けることができることも考慮して126万円と定められたことが認められる。
 しかしながら、本件契約の契約書には、原告がコムロにおいて無償で治療を受けることができることに関して、それが本件契約によって定められた対価としてのものであるということのみならず、当該治療を受けられること自体も何ら記載されていないこと(甲2の1及び2)、本件各証拠に照らしても、治療回数、実際に受けることができる治療の内容、治療に要する費用の上限等について定められた形跡はなく、したがって、原告がコムロにおいて治療を受けるかどうか、受けるとしてその回数、内容等は、原告の任意によるものであって(甲6参照)、それ自体が不確定なものであったことからすれば、コムロにおける無償での治療の提供は、本件契約を締結したことに伴う原告に対する付随的なサービスにとどまるものというべきであって、当該治療費相当額も本件契約によって定められた対価の一部であると認めることはできない。
 なお、原告は、原告のような著名なタレントであれば、広告出演契約の契約料がコマーシャルムービー契約で年間500万円、コマーシャルフォト契約で年間300万円を下回ることはなく、現に、別件広告契約における契約料が3か月で100万円であったことを根拠に、コムロにおける無償での治療の提供が本件契約によって定められる対価に含まれると主張する。
 しかしながら、原告が締結するコマーシャルムービー契約の契約料が年間500万円、コマーシャルフォト契約の契約料が年間300万円を下回ることはない旨を認めるに足りる客観的証拠はない。また、別件広告契約は、平成10年2月に、当時原告が所属した事務所が当事者として締結したものであり(甲3)、時期及び当事者を異にする本件契約に関する前記の認定事実を左右するに足りるものではない。したがって、原告の前記主張を採用する余地はない。
イ したがって、本件契約によって定められた対価の額は、本件契約料である126万円(前記争いのない事実等(2)ア参照)であると認められる。
(3) 次に、原告の財産的損害を認定するに当たって考慮すべきその他の事情について、検討する。
ア 本件契約が許諾の対象とする広告内容、広告媒体及び広告地域と、本件広告の広告内容、広告媒体及び広告地域とを比較すれば、@本件契約は、広告の範囲を「TVCM、ラジオ、雑誌・ポスター、チラシなどの印刷媒体やインターネットでの広告を含めた全ての広告物」とするものである(前記争いのない事実等(2)ア参照)のに対し、被告が行った行為は、コムロのホームページに本件広告の掲載を継続したことのみであって、広告媒体が本件契約で許諾の対象とされた媒体のうちの「インターネット」に限定されていること、Aインターネット上のホームページへの掲載は、その性質上、いったん掲載されれば、削除されない限り、掲載が継続され、掲載されている期間は、いつでも、どこからでも、誰からでもアクセスすることが可能であり、かつ、アクセスも容易な媒体であること(公知の事実)、B本件契約においては、広告の大きさ、内容等についての規定は設けられていない(甲2の1及び2)のに対し、本件広告は、コムロのホームページのトップページではなく、「BUST」、「BODY」等の9種類の治療内容のうちの「FACE」における多数の美顔施術の中の「シワ取り」の治療内容を紹介するページの末尾近くに掲載されたものであって、また、本件広告に掲載された原告の顔写真は、他のモデルの施術前施術後を比較する写真等と比べて相対的に小さく、さらに、本件広告の画面全体において占める割合も、それほど大きなものではないこと(甲1)が認められる。
イ なお、前記(2)アのとおり、コムロによる無償での治療行為の提供は、本件契約によって定められた対価としては認められないものの、それが本件契約料を定めるに当たっての考慮要素となっていたと認められる。
(4)ア そこで、本件契約料である126万円を基準に、(3)の事情を考慮すれば、原告の財産的損害は、本件契約によって定められた対価の額の2分の1である1年当たり63万円を基本として、本件広告の掲載期間である670日間に相当する額である115万6438円とするのが相当である。
 (計算式)63万円÷365日×670日=115万6438円
イ なお、被告は、@本件広告は、オルモックが作成し、掲載した広告を削除しなかったという不作為によるものであること、A当該不作為は、被告の故意によるものではなく、過失も軽微であること、B被告は、原告から指摘を受けた当日に本件広告を削除し、100万円を支払っての解決を提案して誠実に対応してきたことも考慮すれば、被告の財産的損害は、本件契約料の5分の1の25万2000円を本件広告の掲載期間で日割り計算した約46万円程度が適当である旨主張する。
 しかしながら、被告が主張する前記の諸事情は、いずれもそれが存在したからといって、原告が受けた財産的損害が減少するというものではないから、慰謝料を算定するに当たっての考慮要素となるかどうかはともかく(後記2参照)、財産的損害の算定に当たって考慮すべき事情となるとは認められない。また、本件契約料の2分の1を基本として計算するのが相当であることは、前記のとおりである。
2 精神的損害について
(1) 慰謝料請求の可否
ア 被告は、芸能人の氏名・肖像は、広く一般大衆に公開されることが前提とされ、かつ、希望されていることから、その使用方法、態様等に照らして、当該芸能人の社会的評価を低下させるような場合でなければ、人格的利益を毀損するものではないと主張することから、まず、この点について検討する。
イ 確かに、芸能人の氏名・肖像は、通常、広く一般大衆に公開されることが前提とされており、当該芸能人自身も、そのことを希望している場合が多いものと推認される。
 しかしながら、芸能人が、どのような企業のどのような商品・サービス等の広告に出演するかや、いったん広告に出演することを許諾したとしても、当該広告に出演することを継続するかどうかは、自己の芸能人としてのイメージや、広告の主体である企業や広告の対象である商品・サービス等に対する社会的評価等の諸般の事情を考慮し、当該芸能人において、自己の意思に基づいて判断・決定をすることができるものである。そして、無断でその氏名、肖像等を広告に使用された場合には、自らの自由な意思に基づいてこのような判断・決定をすることができるという主観的利益が侵害されたものであり、これによる精神的な苦痛は、財産的損害が賠償されたからといって回復されるものではなく、慰謝料によって慰謝されるべきものと認められる。
 したがって、無断でその氏名、肖像等を広告に使用された者が芸能人である場合であっても、当該広告にその氏名、肖像等が使用されたことにより当該芸能人の社会的評価が下がったか否かにかかわらず、当該芸能人は、慰謝料を請求することができると解すべきである。
ウ 本件においては、本件契約の契約期間終了後の本件広告の掲載が原告の許諾に基づくものではないことに加えて、本件契約の契約期間終了後は、コムロを運営する医師も替わり(前記争いのない事実等(3)参照)、原告は、運営主体が変更された後のコムロにおいては治療を受けていないにもかかわらず(前記1 ア参照)、本件広告の内容は、いまだに原告がコムロにおいて治療を受けているかのような誤解を与えるものとなっていること(甲1)からすれば、本件契約終了後に本件広告を掲載したことにより、原告には、慰謝料によって慰謝すべき精神的損害が生じていると認められ、原告の慰謝料請求を認めるのが相当である。
(2) 慰謝料の額
 ・ ウに記載した事情に加えて、@原告は、本件契約の締結前及び締結中、自らコムロにおいて美容整形に関する治療を受けていることを広告上も明らかにして、コムロの広告に出演しており(甲1、乙2ないし7)、本件広告も、本件契約の契約期間中に掲載されていた広告が継続して掲載されていたものであること、本件広告は、経営主体が変更されたとしても、同じコムロの名称を継続して使用している美容整形医院のホームページに掲載されていたものであることからすれば、本件契約の終了後に本件広告が掲載されていたことによって、原告の芸能人としてのイメージが大きく損なわれたとは認められないこと、A被告は、オルモックからホームページの運営を承継したものであって、被告自らが本件広告を作成して掲載したものとは認められず(前記争いのない事実等(4)参照)、また、本件各証拠に照らしても、被告が本件契約の終了を知りながら本件広告の掲載を継続したとは認められないこと、B被告は、原告から本件広告の掲載中止要求を受けた当日に、コムロのホームページから本件広告の記載を削除していること(前記争いのない事実等(4)参照)も考慮すれば、本件における原告の精神的損害を慰謝する慰謝料としては、30万円が相当である。
 なお、原告は、他社と広告出演契約を締結する機会を奪われたことにより精神的損害を受けたと主張するが、このような機会が奪われたことを認めるに足りる客観的証拠はなく、原告の主張は、採用することができない。
3 遅延損害金について
 原告は、遅延損害金として商事法定利率年6分の割合による金員の支払を請求するが、本件は、原告の氏名・肖像を無断で使用されたことによる不法行為に基づく損害賠償を求めるものであり、商行為によって生じた債務(商法514条参照)についての請求ではないから、遅延損害金の割合は民法所定の年5分であると認められる。
4 よって、原告の請求は、145万6438円(財産的損害についての損害賠償115万6438円と慰謝料30万円との合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年4月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 坂本三郎
 裁判官 國分隆文
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