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【事件名】商標“キューピー”侵害事件(2) 【年月日】平成20年12月17日 知財高裁 平成20年(行ケ)第10139号 審決取消請求事件 (平成20年10月27日 口頭弁論終結) 判決 原告 キューピー株式会社 訴訟代理人弁護士 吉武賢次 同 高田泰彦 同 渡辺志穂 訴訟代理人弁理士 矢崎和彦 同 小泉勝義 同 宇梶暁貴 被告 X 訴訟代理人弁護士 山本隆司 同 井奈波朋子 同 永田玲子 主文 特許庁が無効2007−890047号事件について平成20年3月7日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の求めた裁判 主文同旨 第2 事案の概要 本件は、原告が、下記1(1)の被告の商標(以下「本件商標」という。)は、商標法4条1項11号又は同項15号に該当するからその商標登録は商標法46条1項により無効とされるべきであるとして、下記1(2)のとおり無効審判(以下「本件審判」という。)を請求したところ、特許庁が同無効審判請求は成り立たないとの審決をしたため、原告がその取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件商標 商標権者:被告 本件商標の構成:「(商標イメージ略)」 指定商品:第32類「清涼飲料、果実飲料、乳清飲料、飲料用野菜ジュース」 出願日:平成16年11月22日 登録日:平成18年4月28日 登録番号:商標登録第4948210号 (2) 本件手続の経緯 審判請求日:平成19年4月16日(無効2007−890047号) 審決日:平成20年3月7日 審決の結論:「本件審判の請求は、成り立たない。」 審決謄本送達日:平成20年3月19日 2 審決の理由の要旨 無効審判請求人(原告)が、本件商標は、下記(1)〜(8)の商標(以下、(1)〜(8)の番号に従って「引用商標1」などという。)のうち引用商標1〜6と同一の称呼及び観念を生ずる類似の商標であって、同一又は類似の商品について使用をするものであるから、本件商標は商標法4条1項11号に違反して登録されたものであると主張するとともに、本件商標は、著名な引用商標7及び8と同一の称呼及び観念を生ずる類似の商標であって、他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるから、本件商標は同項15号に違反して登録されたものであると主張したのに対し、審決は、本件商標と各引用商標はいずれも非類似の商標であるから、本件商標の登録が同項11号及び15号に違反するものではないと判断した。審決の理由中、「当審の判断」の部分は下記(9)に示すとおりであるが、略称等について、本判決で指定するものに改めた部分がある(なお、審決中の証拠番号のうち甲号証に係るものは、本訴におけるものと共通である。)。 (1) 引用商標1 登録出願日:昭和31年4月6日 設定登録日:昭和32年1月29日 登録番号:第495186号 商標の構成:「(商標イメージ略)」 指定商品:第45類「他類に属しない食料品及び加味品」 (2) 引用商標2 登録出願日:平成11年8月20日 設定登録日:平成12年8月11日 登録番号:第4408075号 商標の構成:「商標イメージ略)」 指定商品:第30類「コーヒー及びココア、コーヒー豆、茶、調味料、香辛料、米、脱穀済みのえん麦、脱穀済みの大麦、食用粉類、食用グルテン、穀物の加工品、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、茶わん蒸し、オムレツ、スコッチエッグ、粥、ぞうすい、菓子及びパン、即席菓子のもと、アイスクリームのもと、シャーベットのもと、アーモンドペースト、イーストパウダー、こうじ、酵母、ベーキングパウダー、氷、酒かす」 (3) 引用商標3 登録出願日:平成13年6月1日 設定登録日:平成14年4月5日 登録番号:第4557051号 商標の構成:「KEWPIE」(標準文字) 指定商品:第32類「ビール、清涼飲料、果実飲料、飲料用野菜ジュース、乳清飲料、ビール製造用ホップエキス」 (4) 引用商標4 登録出願日:平成13年7月18日 設定登録日:平成14年4月26日 登録番号:第4564585号 商標の構成:「(商標イメージ略)」 指定商品:第5類「歯科用材料、医療用腕環、失禁用おしめ、人工受精用精液、乳児用粉乳、乳糖、防虫紙、乳児の離乳育児用菓子、乳児の離乳育児用清涼飲料、乳児の離乳育児用果実飲料、乳児の離乳育児用飲料用野菜ジュース、乳児の離乳育児用乳清飲料、その他の乳児の離乳育児用加工食品、食餌療法用飲料、食餌療法用食品、調味付けしたゾル又はゲル中に食肉を主材とする小片具材を含んでなる咀嚼嚥下障害者用食品、調味付けしたゾル又はゲル中に食用水産物を主材とする小片具材を含んでなる咀嚼嚥下障害者用食品、調味付けしたゾル又はゲル中に野菜を主材とする小片具材を含んでなる咀嚼嚥下障害者用食品、その他の咀嚼嚥下障害者用食品」、第29類「食肉、食用魚介類(生きているものを除く。)、肉製品、加工水産物、豆、ハムサラダ、ポテトサラダ、マカロニサラダ、その他のサラダ、その他の加工野菜及び加工果実、冷凍果実、冷凍野菜、卵、乾燥卵、液卵、冷凍卵、茹で卵、卵焼き、スクランブルエッグ、その他の加工卵、乳製品、食用油脂、カレー・シチュー又はスープのもと、ミートソース、その他のパスタソース、なめ物、お茶漬けのり、ふりかけ、油揚げ、凍り豆腐、こんにゃく、豆乳、豆腐、納豆、卵どうふ、食用たんぱく、食用卵殻粉を主材とする粉状・液状又はタブレット状の加工食品」、第30類「コーヒー及びココア、コーヒー豆、茶、米、脱穀済みのえん麦、脱穀済みの大麦、食用粉類、食用グルテン、穀物の加工品、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、茶わん蒸し、オムレツ、スコッチエッグ、粥、ぞうすい、菓子及びパン、即席菓子のもと、アイスクリームのもと、シャーベットのもと、アーモンドペースト、イーストパウダー、こうじ、酵母、ベーキングパウダー、氷、酒かす」、第31類「あわ、きび、ごま、そば、とうもろこし、ひえ、麦、籾米、もろこし、うるしの実、コプラ、麦芽、ホップ、未加工のコルク、やしの葉、食用魚介類(生きているものに限る。)、海藻類、獣類・魚類(食用のものを除く。)・鳥類及び昆虫類(生きているものに限る。)、蚕種、種繭、種卵、飼料、釣り用餌、果実、野菜、糖料作物、種子類、木、草、芝、ドライフラワー、苗、苗木、花、牧草、盆栽、生花の花輪、飼料用たんぱく」、第32類「ビール、清涼飲料、果実飲料、飲料用野菜ジュース、乳清飲料、ビール製造用ホップエキス」及び第33類「日本酒、洋酒、果実酒、中国酒、薬味酒」 (5) 引用商標5 登録出願日:平成13年7月18日 設定登録日:平成14年4月26日 登録番号:第4564586号 商標の構成:引用商標2と同じ 指定商品:第29類「食肉、食用魚介類(生きているものを除く。)、肉製品、加工水産物、豆、ハムサラダ、ポテトサラダ、マカロニサラダ、その他のサラダ、その他の加工野菜及び加工果実、冷凍果実、冷凍野菜、卵、乾燥卵、液卵、冷凍卵、茹で卵、卵焼き、スクランブルエッグ、その他の加工卵、乳製品、食用油脂、カレー・シチュー又はスープのもと、ミートソース、その他のパスタソース、なめ物、お茶漬けのり、ふりかけ、油揚げ、凍り豆腐、こんにゃく、豆乳、豆腐、納豆、卵どうふ、食用たんぱく、食用卵殻粉を主材とする粉状・液状又はタブレット状の加工食品」 (6) 引用商標6 登録出願日:平成14年1月7日 設定登録日:平成14年8月30日 登録番号:第4600642号 商標の構成:「(商標イメージ略)」 指定商品:第5類「歯科用材料、医療用腕環、失禁用おしめ、人工受精用精液、乳児用粉乳、乳糖、防虫紙、乳児の離乳育児用菓子、乳児の離乳育児用清涼飲料、乳児の離乳育児用果実飲料、乳児の離乳育児用飲料用野菜ジュース、乳児の離乳育児用乳清飲料、その他の乳児の離乳育児用加工食品、食餌療法用飲料、食餌療法用食品、調味付けしたゾル又はゲル中に食肉を主材とする小片具材を含んでなる咀嚼嚥下障害者用食品、調味付けしたゾル又はゲル中に食用水産物を主材とする小片具材を含んでなる咀嚼嚥下障害者用食品、調味付けしたゾル又はゲル中に野菜を主材とする小片具材を含んでなる咀嚼嚥下障害者用食品、その他の咀嚼嚥下障害者用食品」、第29類「食肉、食用魚介類(生きているものを除く。)、肉製品、加工水産物、豆、ハムサラダ、ポテトサラダ、マカロニサラダ、その他のサラダ、その他の加工野菜及び加工果実、冷凍果実、冷凍野菜、卵、乾燥卵、液卵、冷凍卵、茹で卵、卵焼き、スクランブルエッグ、その他の加工卵、乳製品、食用油脂、カレー・シチュー又はスープのもと、ミートソース、その他のパスタソース、なめ物、お茶漬けのり、ふりかけ、油揚げ、凍り豆腐、こんにゃく、豆乳、豆腐、納豆、卵どうふ、食用たんぱく、食用卵殻粉を主材とする粉状・液状又はタブレット状の加工食品」、第30類「コーヒー及びココア、コーヒー豆、茶、米、脱穀済みのえん麦、脱穀済みの大麦、食用粉類、食用グルテン、穀物の加工品、ぎょうざ、サンドイッチ、しゅうまい、すし、たこ焼き、肉まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、べんとう、ホットドッグ、ミートパイ、ラビオリ、茶わん蒸し、オムレツ、スコッチエッグ、粥、ぞうすい、菓子及びパン、即席菓子のもと、アイスクリームのもと、シャーベットのもと、アーモンドペースト、イーストパウダー、こうじ、酵母、ベーキングパウダー、氷、酒かす」、第31類「あわ、きび、ごま、そば、とうもろこし、ひえ、麦、籾米、もろこし、うるしの実、コプラ、麦芽、ホップ、未加工のコルク、やしの葉、食用魚介類(生きているものに限る。)、海藻類、獣類・魚類(食用のものを除く。)・鳥類及び昆虫類(生きているものに限る。)、蚕種、種繭、種卵、飼料、釣り用餌、果実、野菜、糖料作物、種子類、木、草、芝、ドライフラワー、苗、苗木、花、牧草、盆栽、生花の花輪、飼料用たんぱく」、第32類「ビール、清涼飲料、果実飲料、飲料用野菜ジュース、乳清飲料、ビール製造用ホップエキス」及び第33類「日本酒、洋酒、果実酒、中国酒、薬味酒」 (7) 引用商標7 登録出願日:昭和35年5月31日 設定登録日:昭和37年8月24日 登録番号:第595694号 商標の構成:引用商標6と同じ 書換登録日:平成15年7月23日(指定商品について下記のとおり書換) 指定商品:第30類「調味料、香辛料」 (8) 引用商標8 登録出願日:昭和41年8月11日 設定登録日:昭和44年9月24日 登録番号:第832283号 商標の構成:引用商標4と同じ 指定商品:第31類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」 (9) 審決の「当審の判断」の部分 ア 本件商標と引用各商標との類否について (ア) 本件商標について 本件商標は、・・・向かってやゝ斜め左向きのふくよかな幼児の顔を漫画風のタッチで描いたかの如くに表されているものであるところ、髪については、頭頂部の髪を尖らせ、両側の裾部分の髪を軽く跳ねるように描き、前頭部あたりに一本の短い曲線を配することにより、髪の毛全体を表現したものとみることができる。そして、顔については、耳は髪に隠れているためか明示されてはいないが、それ以外は、眉毛は短めに表され、目はやゝ横長の半円形にして白抜きにした瞳孔を有する瞳は向かって右方向を向いており、鼻は小さな黒丸で表され、口は唇を表す線とその両脇にも線を配することによって、やゝ左右に引いているかの如くに表されているものであって、全体として微笑んでいるように描出されているものである。 上記の如き構成からみれば、本件商標は、被請求人が本件商標の採択の経緯について述べているように、被請求人の提出に係る乙第3号証((判決注:本訴における甲第68号証)米国雑誌「Ladies’Home Journal 1909年12月号」所収のイラスト)に掲載されているキューピーのうちの一人の顔のようでもあるが、その表紙に描かれている幼児の顔のようでもあり、いずれにしても、このような比較的写実性の強い幼児の顔部分のみからなる商標から「キューピー」(キューピー人形)の称呼・観念が生ずるものとはいい難く、直ちに特定の確定的な称呼及び観念を生ずることはないものとみるのが相当である。 (イ) 引用商標1〜6について 引用商標1、2及び5は、・・・顔の特徴をみれば、顔全体はやや縦長の楕円形状に描かれており、頭頂部のみに尖った髪の毛状のものがあり、顎は膨らんでいるが、頬の膨らみはほとんどなく、耳は大きく丸みを帯びて表現されており、眉は描かれておらず、目は丸く大きく、瞳は下方を向いており、鼻は浅いV字型の線として描かれており、口は短めの唇が線で表現されている。そして、両耳の下あたりから着衣を付けた短い腕が出ており、下向きに拡げた掌が描かれているものである(なお、引用商標2及び5は、掌の部分にかけて床面の線とも理解される横線が引かれている。)。 上記の如き構成からみれば、引用商標1、2及び5は、その顔部分が後述する引用商標6のいわゆるキューピー人形の顔部分の特徴と符合していることから、全体として、「ハイハイしているキューピー人形」の如き観念を把握し得るということができるものである。しかし、その称呼については、「ハイハイしているキューピー人形」という観念に相当する的確な称呼があるものとはいえないから、引用商標1、2及び5からは特定の称呼を生ずることはないものというべきである。 引用商標3は、前記したとおり、「KEWPIE」の欧文字からなるものであり、また、引用商標4は、「キューピー」の片仮名文字からなるものであるから、該各文字に相応して、いずれも「キューピー」の称呼及び「キューピー(人形)」の観念を生ずるものということができる。 引用商標6は、・・・全体的な特徴としては、立った姿勢の中性的なふっくらとした乳幼児にして約三頭身位に描かれており、肩越しに丸みを帯びた双翼状のものがあり、腕は、ほぼ水平方向に伸ばして掌を広げている。そして、顔の特徴をみれば、顔全体はやや縦長の楕円形状に描かれており、頭頂部のみに尖った髪の毛状のものがあり、顎は膨らんでいるが、頬の膨らみはほとんどなく、耳は大きく丸みを帯びて表現されており、眉は描かれておらず、目は丸く大きく、瞳は向かって右下方を向いているように描かれており、鼻は浅いV字型の線として描かれており、口は短めの唇が線で表現されている。 上記の如き構成からみれば、引用商標6は、いわゆるキューピー人形として知られている形状を表したものということができるから、「キューピー」の称呼及び「キューピー人形」の観念を生ずるものということができる。 (ウ) 本件商標と引用商標1〜6との類否について 前記したとおり、本件商標からは特定の称呼及び観念は生じないものであるから、引用商標1、2及び5から「ハイハイしているキューピー人形」の観念が生じ、引用商標3、4から「キューピー」の称呼及び「キューピー(人形)」の観念を生じ、また、引用商標6から「キューピー」の称呼及び「キューピー人形」の観念を生ずるとしても、本件商標と引用各商標とは称呼及び観念においては比較できないものであって、互いに紛れるおそれはないものといわなければならない。 また、本件商標と引用商標1、2、5及び6・・・とは、・・・その全体の構成において判然と区別し得る差異があるばかりでなく、・・・顔部分のみを抽出して比較してみても、その構成における特徴の差異、印象の差異により、外観上明らかに区別し得るものであるから、これらを時と処を異にして離隔的に観察するも、外観において相紛れるおそれはないものといわなければならない。 (エ) 請求人の主張について この点について、請求人は、本件商標からも「キューピー」の称呼及び「キューピー人形」の観念を生ずる旨主張しているが、上記したとおり、本件商標は、キューピー人形の顔というよりは、むしろ、幼児の顔を比較的写実的な描写方法をもって表現したものというべきであるから、このような図形商標から「キューピー」の称呼及び「キューピー人形」の観念を生ずる旨の請求人の主張は採用できない。 また、請求人は、請求人の主張を根拠付ける理由の一つとして、引用商標1や6の図形商標が過去において、「キューピー」の片仮名文字からなる商標と連合商標として登録されていた事実及び甲第8号証ないし甲第18号証の審決例をあげている。 しかしながら、引用商標1や6の図形商標が過去において、「キューピー」の片仮名文字からなる商標と連合商標として登録されていた事実があるとしても、それは、請求人の所有する上記商標間の関係を示しているにすぎないものであって、本件商標と引用各商標とが類似の関係にあることを示すものではない。また、請求人の挙げている審判事件で争われている商標は、各種の動物についての事例であり、いわゆるキューピーについての類否を争った事例でもなく、本件商標とは全くその構成態様を異にするものであって、事案を異にするものというべきであるから、上記認定に影響を及ぼすものとは認められない。 (オ) 被請求人の主張について 被請求人は、本件商標からは「ローズオニールキューピー」の称呼を生じ、「ローズ・オニールが創作したオリジナルのキューピー」の観念を生ずる旨主張している。 確かに、被請求人の提出に係る乙第33号証ないし乙第40号証(判決注:本訴における甲第98〜甲105号証)によれば、商品カタログ等に、本件商標とともに「ROSE O’NEILL KEWPIE(ローズオニールキューピー)」の文字からなる商標も表示されている事実を認めることができるが、そうであるからといって、該証拠をもって、本件商標の称呼・観念が「ローズオニールキューピー」であると取引者・需要者に理解・認識され、本件商標が該称呼・観念をもって取引に供されていたものとまでは認められない。 なお、被請求人は、引用商標1ないし8はローズ・オニールの創作したキューピーの図柄やキューピーの名称を剽窃して出願されたものであって、商標法第4条1項第7号に違反して登録された商標である旨の主張をしているが、請求人の提出に係る著作権侵害差止等請求事件の判決(平成10年(ワ)第13236号、平成11年(ネ)第6345号、平成15年(ワ)第6255号、平成16年(ネ)第1797号)や審決取消訴訟事件の判決(平成12年(行ケ)第386号、平成12年(行ケ)第387号)に照らしてみても、被請求人の主張は採用できない。 (カ) まとめ 以上のとおり、本件商標と引用商標1ないし6とは、外観において顕著な差異を有するものであり、称呼及び観念においては比較すべくもないものであるから、互いに紛れるおそれのない非類似の商標といわなければならない。 したがって、本件商標の登録は、商標法4条1項11号に違反してされたものということはできない。 イ 商標法4条1項15号について 請求人は、引用商標7及び8を引用して、本件商標が商標法4条1項15号に該当する旨主張している。 (ア) 本件商標と引用商標7及び8との類否について そこでまず、本件商標と引用商標7及び8との類否についてみるに、引用商標7は、・・・引用商標6と同一の構成からなるものであり、また、引用商標8は、「キューピー」の片仮名文字からなるものであって、引用商標4と同一の構成からなるものであるから、上記において述べたところと同様の理由により、本件商標と引用商標7及び8とは、外観において顕著な差異を有するものであり、称呼及び観念においては比較すべくもないものであるから、互いに紛れるおそれのない非類似の商標といわなければならない。 (イ) 引用商標7及び8の周知・著名性について 次に、引用商標7及び8の周知・著名性についてみるに、請求人の提出に係る甲第21号証(キューピー株式会社2005年3月発行の「マヨネーズ物語」)、甲第22号証の1ないし4(商品パンフレット)、甲第23号証(日刊経済通信社平成17年11月15日発行の「酒類食品産業の生産・販売シェア平成17年度版」)、甲第24号証(総合企画センター大阪平成18年6月8日発行の「健康/安心・安全食品市場分析調査」)、甲第25号証(AIPPI・JAPAN 2004年発行の「FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN THIRD EDITION」)、甲第51号証(日経BP社「食のブランド調査」)、甲第52号証(アイエックス・ナレッジ社「子供を持つ主婦を対象とした食品会社のイメージ調査」)及び甲第53号証ないし甲第57号証(日経リサーチ社「企業ブランド調査」)を総合すれば、請求人は、引用商標7及び8と同一の構成よりなる商標をマヨネーズ、各種ドレッシング、タルタルソース、マスタード等の調味料をはじめ、パスタソース、ベビーフード、卵加工品等の加工食品や黒酢飲料、梅酢飲料、ゼリー飲料等の飲料類についても使用し、マヨネーズ類、液状ドレッシング、ソース類缶詰、ダイエツト食品等の生産・販売シェアについては、近年、第1位のシェアを誇っており、レトルトパスタソース類、ベビーフードやその他の商品についても、高いシェアと順位を獲得している事実を認めることができる。そして、引用商標7及び8については、多くの類について防護標章の登録が認められており(甲第19号証及び甲第20号証)、また、請求人は、外観が異なる多種多様なキューピー人形からなる商標を有し、使用していたことを認めることができる(甲第26号証ないし甲第40号証)。 そうとすれば、引用商標7及び8は、請求人の取扱いに係るマヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野あるいはこれと密接に関連する分野の商品を表示するためのものとして、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、この種商品分野の取引者・需要者の間において広く認識されていたものと認めることができる。 (ウ) 出所の混同について しかしながら、上記アで認定したとおり、本件商標と引用商標7及び8とは、互いに紛れるおそれのない非類似の商標であり、別異の商標として印象づけられるものであるから、本件商標の指定商品である「清涼飲料、果実飲料」等の商品が請求人の使用に係る「マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品」と密接に関連する分野の商品であるとしても、本件商標に接する取引者・需要者は、これより引用商標7及び8を想起又は連想することはないものというべきである。 (エ) 請求人の主張について この点について、請求人は、本件商標からも「キューピー」の称呼及び「キューピー人形」の観念を生ずる旨主張している。 しかしながら、前記したとおり、幼児の顔を比較的写実的な描写方法をもって表現したものといえる本件商標から、「キューピー(キューピー人形)」なる確定的な称呼・観念を生ずることはないものというべきであるが、本件商標をキューピー人形の顔からなる商標として捉えたとしても、「キューピー人形」に関しては、平成15年(行ケ)第192号審決取消請求事件判決(乙第1号証(判決注:本訴における甲第66号証))において、「・・・『キューピー人形』及び『キューピー』の愛称が、古くから日本人に親しまれてきたものであって、被告A(キューピー株式会社)のみならず、いくつかの有力企業により『キューピー人形』を模した商標が商標登録され、使用されてきているところ、・・・引用商標が『キューピー人形』をモチーフとした商標であることから、その独創性が必ずしも高くはないこともあって、・・・」旨判示されている。 そうとすれば、本件商標をキューピー人形の顔からなる商標として捉えたとしても、「キューピー人形」は、日本人に広く親しまれているものであり、ひとり請求人のみが採択・使用している独創的な商標とはいえないものである。そして、本件商標と引用商標7をはじめとする請求人の使用に係る商標とは、取引者・需要者にとって容易に識別し得る程度の差異を有しており、しかも、甲各号証に徴するも、請求人自身、キューピーの顔のみからなる態様の商標を使用している事実も見当たらない。 加えて、被請求人の主張によれば、被請求人は、自社の商品と他社の商品とを厳然と区別するため、商品のタグや商品カタログ等に、本件商標とともに「ROSE O’NEILL KEWPIE(ローズオニールキューピー)」の文字を表示して商品を販売している旨述べている。そして、被請求人の提出に係る乙第33号証ないし乙第40号証((判決注:本訴における甲第98〜第105号証)商品カタログ等)によれば、本件商標の指定商品である「清涼飲料、果実飲料」等の商品についての例は認められないものの、被請求人会社は、その取り扱いに係る人形やティーカップセット、Tシャツ、ハンカチ、ポーチ、ストラップ等々の商品に本件商標とともに「ROSE O’NEILL KEWPIE(ローズオニールキューピー)」の文字からなる商標をも併せ表示して商品の販売をしている事実を認めることができる。 そうとすれば、本件商標と引用商標7をはじめとする請求人の使用に係る商標との差異に、これらの実情をも併せみれば、本件商標をキューピー人形の顔からなる商標として捉えたとしても、本件商標を使用した商品と請求人の使用に係る商標を使用した商品との間に商品の出所の混同を生じさせるおそれはないものというべきである。 ウ まとめ 以上のとおり、被請求人が本件商標をその指定商品に使用しても、これに接する取引者・需要者をして、引用商標7及び8をはじめとする請求人の使用に係る商標を連想又は想起させるものとは認められず、その商品が請求人若しくはこれと何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように、商品の出所について混同を生じさせるおそれはないものというべきであるから、本件商標の登録は、商標法4条1項15号に違反してされたものとはいえない。 第3 審決取消事由の要点 1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性) (1) 審決は、本件商標の称呼及び観念について、「被請求人の提出に係る乙第3号証((判決注:本訴における甲第68号証)米国雑誌『Ladies’Home Journal』1909年12月号所収のイラスト)に掲載されているキューピーのうちの一人の顔のようでもあるが、その表紙に描かれている幼児の顔のようでもあり、いずれにしても、このような比較的写実性の強い幼児の顔部分のみからなる商標から『キューピー』(キューピー人形)の称呼・観念が生ずるものとはいい難く、直ちに特定の確定的な称呼及び観念を生ずることはないものとみるのが相当である。」と認定する一方、引用商標1、2及び5の称呼及び観念について、「引用商標1、2及び5は、その顔部分が後述する引用商標6のいわゆるキューピー人形の顔部分の特徴と符合していることから、全体として、『ハイハイしているキューピー人形』の如き観念を把握し得るということができるものである。しかし、その称呼については、『ハイハイしているキューピー人形』という観念に相当する的確な称呼があるものとはいえないから、引用商標1、2及び5からは特定の称呼を生ずることはないものというべきである。」と認定した上、本件商標と引用商標1〜6は称呼及び観念において比較できないものであって、互いに紛れるおそれはないから、本件商標の登録は商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないと判断した。 しかしながら、審決のこの判断は、以下に述べるとおり誤りである。 (2) 本件商標は、@頭頂部に尖ったような突起があり、全体的に髪の毛が生えていない、A口はやや下向きの円弧状に描かれ、微笑んでいる等のいわゆるキューピー人形の顔(頭部)の特徴を有するものであるため、本件商標に接する取引者又は需要者は、本件商標から「キューピー」(キューピー人形)の称呼及び観念を認識するのが自然である。 そもそも、被告が本件審判手続において提出した答弁書においても、「被控訴人は、ローズ・オニールの描いたキューピーに対する著作権を譲り受けたので、これを利用して、原画(甲第68号証)の中のキューピーのうち、1人のキューピーの顔部分を取り出し、図形商標として商標登録した。したがって、本件商標は、ローズ・オニールの創作したオリジナルのキューピーの顔(頭部)の特徴を有する。」と認めていることからも、本件商標がキューピーの顔(頭部)を表していることは明らかであり、この点に関しては、当事者間において争いがないところである。 さらに、被告が会長を務める日本キューピークラブ発行に係る印刷物では、被告自ら、本件商標と外観上非常に近い幼児の顔図形を「キューピー」と称している。以上によると、本件商標からは「キューピー」の称呼及び観念が生ずるというべきである。 (3) 引用商標1、2及び5の顔部分は、引用商標6の「キューピー人形」の顔部分の特徴と符合しているものであるところ、引用商標1及び引用商標6と同一の構成である引用商標7は、いずれも「キューピー」の片仮名を書してなる登録第832283号商標(引用商標8)と相互に連合商標として登録されていたものであり、引用商標1及び6からは「キューピー」の称呼及び観念が生ずるものである。 引用商標2及び5は、キューピーの掌の部分にかけて床面の線とも理解される横線が存在すること以外は引用商標1と同一態様であるため、これらの商標からも「キューピー」の称呼及び「キューピー」(キューピー人形)の観念が生ずるものであることは明らかである。 引用商標3及び4の欧文字と片仮名を書してなる商標から、「キューピー」の称呼及び観念が生ずることは明らかである。 したがって、引用商標1〜6からは「キューピー」の称呼及び観念が生ずるというべきである。 なお、原告(請求人)は、審判段階において、引用商標1及び6が「キューピー」の片仮名文字からなる商標と連合商標として登録されていた等の理由から、引用商標1、2、5及び6から「キューピー」(キューピー人形)の称呼及び観念が生ずると主張したが、審決は、上記のような連合商標の関係は、本件商標と引用商標1〜6とが類似の関係にあることを示すものではないとした。 しかしながら、平成8年6月12日法律第68号による改正前の商標法7条1項は、「商標権者は、自己の登録商標に類似する商標であつてその登録商標に係る指定商品若しくは指定役務について使用をするもの又は自己の登録商標若しくはこれに類似する商標であつてその登録商標に係る指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務について使用をするものについては、連合商標の商標登録出願をした場合を除き、商標登録を受けることができない。」と規定し、同条3項は「商標権者は、自己の登録商標に類似する商標であつてその登録商標に係る指定商品又は指定役務について使用をするもの及び自己の登録商標又はこれに類似する商標であつてその登録商標に係る指定商品又は指定役務に類似する商品又は役務について使用をするもの以外の商標については、連合商標の商標登録を受けることができない。」と規定しているところ、引用商標1及び6が、その外観において、「キューピー」の片仮名文字からなる商標と異なることは明らかであり、引用商標1及び6が、それぞれ引用商標8と連合商標として登録されていたということは、引用商標1及び6から「キューピー」の称呼及び観念が生ずると考えられていたことにほかならないというべきである。 したがって、少なくとも、引用商標1及び6から「キューピー」の称呼及び観念が生ずることについては、特許庁の商標の審査において認められていたというべきである。 (4) 上記(2)、(3)によると、本件商標からは「キューピー」の称呼及び観念が生じ、引用商標1〜6からは「キューピー」の称呼及び「キューピー(人形)」の観念が生ずるから、本件商標と引用商標1〜6は類似するというべきであり、本件商標の登録が商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は誤りである。 (5) 被告は、商標法4条1項11号該当性について、後記第4の1のとおり、取引の実情を考慮すれば、本件商標と引用商標1〜6との間に誤認混同をきたすおそれはない旨主張するほか、引用商標1〜6のうち、「キューピー」の称呼及び観念に出所識別力はないから、これらは引用商標1〜6の要部とはいえず、外観のみが要部となると考えるべきところ、本件商標と引用商標1〜6の間に外観の類似性はないから、本件商標は引用商標1〜6と類似するということはできない旨主張する。 しかしながら、被告が指摘する被告以外の多数の「キューピー」に関連する商標登録例や使用例の大部分は、原告の取扱商品とは無関係の商品や役務についてのものであり、むしろ、原告の主たる業務分野である飲食料品の分野において使用されている「キューピー」関連商標のほとんどは原告の使用に係るものであるというのが取引の実情である。したがって、本件商標がその指定商品である「清涼飲料、果実飲料、乳清飲料、飲料用野菜ジュース」について使用されれば、引用商標1〜6が使用された商品と出所の混同が生ずることは明らかである。 また、いまや「キューピー」の称呼及び観念は、ローズ・オニールの創作したキャラクターや人形だけでなく、これに類似するキャラクターや人形一般を示す称呼及び観念となっていることについては、原告も異論がないが、商標の識別力については、具体的な指定商品との関係において論ずるべきものであり、指定商品と離れた一般的な言葉としての「キューピー」の識別力を論じても無意味であり、本件商標の指定商品である飲料の分野において「キューピー」や「KEWPIE」の語が多くの者によって一般的な用語として使用されているという事実もない。そして、本件商標の指定商品の分野において「キューピー」の語に識別力が認められることは明らかである。 以上によると、被告の主張はいずれも前提を誤った失当なものである。 2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性) (1) 審決は、「引用商標7は、・・・引用商標6と同一の構成からなるものであり、また、引用商標8は、『キューピー』の片仮名文字からなるものであって、引用商標4と同一の構成からなるものであるから、上記において述べたところと同様の理由により、本件商標と引用商標7及び8とは、外観において顕著な差異を有するものであり、称呼及び観念においては比較すべくもないものであるから、互いに紛れるおそれのない非類似の商標といわなければならない。」とし、「引用商標7及び8は、請求人の取扱いに係るマヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野あるいはこれと密接に関連する分野の商品を表示するためのものとして、本件商標の登録出願時及び登録査定時において、この種商品分野の取引者・需要者の間において広く認識されていたものと認めることができる。」としながらも、「甲各号証に徴するも、請求人自身、キューピーの顔のみからなる態様の商標を使用している事実も見当たらない。」との認定及び「被請求人会社は、その取り扱いに係る人形やティーカップセット、Tシャツ、ハンカチ、ポーチ、ストラップ等々の商品に本件商標とともに『ROSE O’NEILL KEWPIE(ローズオニールキューピー)』の文字からなる商標をも併せ表示して商品の販売をしている」との認定を前提として、「本件商標と引用商標7をはじめとする請求人の使用に係る商標との差異に、これらの実情をも併せみれば、本件商標をキューピー人形の顔からなる商標として捉えたとしても、本件商標を使用した商品と請求人の使用に係る商標を使用した商品との間に商品の出所の混同を生じさせるおそれはないものというべきである。」と判断したものである。 しかしながら、審決のこの判断は、以下に述べるとおり誤りである。 (2) 本件商標から「キューピー」の称呼及び観念が生ずることは上記1(2)のとおりであるところ、引用商標7の構成は同6と同様であり、引用商標8は「キューピー」の片仮名文字からなる商標であるから、これらの商標から「キューピー」(キューピー人形)の称呼及び観念が生ずることは、上記1(3)で主張したところから明らかであり、本件商標と引用商標7及び8は称呼及び観念を共通にする類似の商標であるというべきである。 (3) 甲第32〜第35号証にあるように、「マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品」について、キューピーの顔のみの態様の商標の使用ともいい得る原告の使用例が複数存在するから、審決の認定は誤りである。なお、上記のほかにも、同様の使用例は数多く存在する(甲第114〜第148号証)。 また、審決が認定した本件商標の表示の態様についても、甲第98〜105号証における「ROSE O’NEILL KEWPIE(ローズオニールキューピー)」の記載の多くは、「ROSE O’NEILL」に比べて「KEWPIE」の文字が大きく表示され、ロゴとして使用されているものでは、「ROSE O’NEILL」の部分が極めて読みづらい特殊態様の文字で小さく表示されていることからすると、このような表示態様の商標に接する取引者・需要者が、大きく表示され、読みやすい「KEWPIE」の部分に注目して取引を行うことは明白である。そして、そもそも、将来いくらでも変更可能である本件商標の市場における使用状況に基づいて、本件商標の使用による出所の混同のおそれを判断すべきものではないというべきである。 したがって、出所混同のおそれの有無を判断する前提となる審決の認定には誤りがあり、原告の「マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品」について、キューピーの顔のみの態様の商標の使用ともいい得る使用例が数多く存在することを前提とし、同じくキューピー(キューピー人形)の顔のみの部分によって構成される本件商標が、上記の「マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品」と密接に関連する「清涼飲料、果実飲料」等の指定商品に使用された場合を想定すると、そのような本件商標を付した商品が、原告の商品と混同されるおそれがあるというべきである。 (4) 上記(2)、(3)によると、本件商標は原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標であるというべきであり、本件商標の登録が商標法4条1項15号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は誤りである。 3 被告の主張に対する反論 被告は、後記第4の3のとおり、原告による無効審判請求や審決取消請求訴訟の提起は、商標法29条に違反する旨主張するほか、ローズ・オニールの著作物である「キューピー」の著名性を引用商標1〜8において無償で利用している原告が、「キューピー」の著作権の譲渡を受けて本件商標登録を得た被告に対して、その無効を主張することは、権利の濫用である旨主張する。 しかしながら、商標法29条は、登録商標の使用を制限する規定であり、ここでいう「使用」については同法2条3項が定義するところであって、無効審判の請求や審決取消訴訟の提起が含まれないことは明らかであるから、同法29条に基づく被告の主張は失当である。 また、引用商標1〜8を登録した原告の行為が、著作権侵害に該当しないことは、甲第58〜第65号証の判決により既に判断が示されている事項であり、これらの判決における説示にかんがみれば、原告の行為が権利濫用に該当しないことは明らかである。 したがって、被告の上記主張はいずれも失当である。 第4 被告の主張の要点 1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性)に対して (1) 原告は、本件商標からは「キューピー」の称呼及び観念が生じ、引用商標1〜6からは「キューピー」の称呼及び「キューピー(人形)」の観念が生ずるから、本件商標と引用商標1〜6は類似するというべきであり、本件商標の登録が商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は誤りであると主張する。 しかしながら、以下のとおり、本件商標と引用商標1〜6は類似するものではなく、審決の結論は正当である。 (2) 「キューピー」は、米国の女流画家であるローズ・オニールが創作したキューピー人形をはじめとするキャラクターを示すものである。ローズ・オニールは、1909年、「レディース・ホーム・ジャーナル」誌クリスマス特集号に初めて「クリスマスでのキューピーたちの戯れ」でキューピーのイラストを発表し、その後、同誌や「ウーマンズ・ホーム・コンパニオン」誌などにキューピーシリーズを連載した。そして、1913年にイラストを立体化して創作したキューピー人形を発売した。 ローズ・オニールの死後、同人の創作したキューピーの著作権は、ローズ・オニール遺産財団に承継されていたが、被告は、同財団から、平成10年5月1日、ローズ・オニールが創作した全てのキューピー作品の日本における著作権を譲り受けた。 本件商標は、「The Kewpies and the Goblin」と題するローズ・オニールが描いた原画の中のキューピーのうち、1人のキューピーの顔部分をモチーフとして図案化し、図形商標として商標登録出願し、登録されたものである。 他方、引用商標1〜6は、原告が、ローズ・オニールの創作したキューピーの人気にただ乗りして、著作者であるローズ・オニールに無断でその創作に係るキャラクターや名称を剽窃したものである。 以上の経緯からすると、本件商標と引用商標1〜6からは、いずれも「キューピー」の称呼が生ずるということができるが、本件商標からは「ローズ・オニールの創作したオリジナルのキューピー」の観念が生ずるのに対し、引用商標1〜6からは「キューピーマヨネーズのキューピー」という観念が生ずるにすぎない。 そして、取引の実情等によって、出所の誤認混同をきたすおそれが認めがたいものは類似商標とは解されないところ、上記のとおり、本件商標と引用商標1〜6は称呼を共通にするものの、観念において異なるものであるほか、外観においては著しく異なっており、現在では、原被告以外にも多数の者が「キューピー」に関連する商標登録を得て、商品化するなどして使用していることも考慮すると、本件商標を指定商品に使用したとしても、引用商標1〜6を付した商品と出所の誤認混同を生ずるおそれはないから、本件商標と引用商標1〜6が類似するということはできない。 (3) 仮に、上記(2)の主張が認められなかったとしても、以下のとおり、本件商標と引用商標1〜6は類似するということはできない。 すなわち、商標の類否を判断するに当たっては、全体を観察するのが原則であるが、商標において識別力を有しない部分がある場合、当該部分を除外し、識別力のある部分のみを比較して、類否を決すべきことになる。 上記(2)のとおり、「キューピー」の称呼及び観念は、元はといえば、ローズ・オニールの創作したキューピー人形をはじめとするキャラクターを識別する称呼及び観念であり、日本におけるキューピーのブームは大正時代にまで遡る。 しかしながら、その後、キューピーがローズ・オニールの著作物であることを知らない多数の者が、模倣の「キューピー」キャラクターや「キューピー」の名称を商標として登録し、あるいは、商品として販売してきたため、今や「キューピー」の称呼及び観念は、ローズ・オニールの創作したキャラクターや人形だけでなく、これに類するキャラクターや人形一般を示す称呼及び観念となっている。 したがって、本件商標と引用商標1〜6から、ともに「キューピー」の称呼及び観念が生ずるとしても、引用商標1〜6から生ずる「キューピー」の称呼及び観念は、原告の指定商品に係る商品のみを示すものではなく、上記のような「ローズ・オニールの創作したキャラクターや人形だけでなく、これに類するキャラクターや人形一般」を示すものであるから、このような称呼及び観念に原告の商品を示すものとしての識別力がないことは明らかである。 そうすると、本件商標と引用商標1〜6の類否を検討するに当たっては、識別力を有する外観を要部として対比すべきことになる。 本件商標は、上記(2)のとおり、ローズ・オニールの物語付きイラスト作品である「The Kewpies and the Goblin」に登場するキューピーの顔をモチーフにした図形商標である。 引用商標1、2及び5は、原告が独自に図案化したキューピー人形の顔部分のみをさらに独自に図案化を施して図形商標としたものであり、引用商標6は、人の全身をモチーフにした図形商標であるから、これらの商標の要部は外観である。引用商標4は、「キューピー」の文字をロゴとして登録した文字商標であるから、その要部は外観としての書体のみである。そして、引用商標3は「KEWPIE」の標準文字からなる商標であり、原告の指定商品を識別するための要部となり得る部分は存在しない。 以上によると、本件商標と識別力を有する要部が存在しない引用商標3が類似となる余地はなく、本件商標と引用商標4は明らかに外観が異なるものであり非類似である。 本件商標と引用商標6は、図形商標の対象において、顔部分のみと全身という違いがあり、外観において明らかに異なるものであって、両者は非類似である。本件商標と引用商標1、2及び5は、ともに幼児の顔部分をモチーフにしているという点において共通しているが、個別の要素については、顔の輪郭線、頭部・目・鼻・口の形状、眉・耳・両手の有無、顔の向きにおいて異なっているため、全く異なった印象を与えるものであり、本件商標と引用商標1、2及び5は非類似である。 (4) 以上によると、いずれにしても、本件商標と引用商標1〜6が類似するということはできず、本件商標の登録が商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は結論において正当であり、取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性)に対して (1) 原告は、本件商標は原告の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標であるというべきであり、本件商標の登録が商標法4条1項15号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は誤りであると主張するが、以下のとおり、審決の結論は正当である。 (2) 引用商標7及び8は、原告がキューピー人形を独自に図案化した標章を「マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品」に使用したため、当該標章の図案の範囲においてマヨネーズ等の出所を示す「キューピー・マヨネーズ」の商標として著名性が認められるにすぎない。 そうすると、原告が、ローズ・オニールが創作したキューピーを起源とする「キューピー」の称呼・外観及び観念全体を独占しているわけではなく、マヨネーズ等以外の商品と結びついて著名となっている事実もないというべきである。 また、上記1(3)と同様の理由によって、引用商標7、8において識別力が認められるのは外観に限られるから、その要部も外観であるが、仮に引用商標7、8の外観に周知性が認められるとしても、本件商標と引用商標7、8は外観において明らかに異なっているものである。 したがって、本件商標の使用によって、出所の混同を生ずるおそれはない。 (3) 以上によると、本件商標が商標法4条1項15号に違反して登録されたものということはできないから、審決の結論は正当であり、取消事由2は理由がない。 3 商標法29条に基づく主張及び権利濫用の主張 商標法29条は、「商標権者・・・は、指定商品・・・についての登録商標の使用がその使用の態様により・・・その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、指定商品・・・のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。」と規定する。 引用商標1、2、5、6及び8は、ローズ・オニールが創作したキューピー人形を原告が独自に図案化して商標登録出願をしたものであり、同出願の日前に生じていたローズ・オニールの著作権と抵触するから、原告は、これらの引用商標を使用して無効審判請求及び審決取消訴訟の提起をすることができないというべきである。 また、原告は、ローズ・オニールの著作物である「キューピー」の著名性を引用商標1〜8において無償で利用しているのであって、そのような原告が、上記1(2)のとおり「キューピー」の著作権を譲り受けた上、本件商標の登録を得た被告に対してその無効を主張することは、公正な競争秩序に反するものであり、権利濫用であるというべきである。 したがって、本件審判の請求を成り立たないとした審決は、結論において相当である。 第5 当裁判所の判断 1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性)について 原告は、審決が、本件商標からは「キューピー」の称呼・観念は生じないから、「キューピー」の称呼・観念を生ずる引用商標1〜6と称呼及び観念において比較することはできないものであり、互いに紛れるおそれはないなどとして、本件商標の登録は商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないと判断したのは誤りであると主張するので、以下において検討する。 (1) 「キューピー」の由来と我が国における認知の状況 甲第68〜第71、第74及び第75号証、第80〜第88号証の各1並びに弁論の全趣旨によると、以下の各事実が認められる。 米国人ローズ・オニールは、1909年、「レディース・ホーム・ジャーナル」誌のクリスマス特集号に「クリスマスでのキューピーたちの戯れ」と題した詩及びキューピッドをモチーフにした裸体の幼児のイラストを発表した。 このイラストに描かれたキャラクターは、「キューピー」と名付けられ、その際立った特徴としては、頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり、しかもその部分が尖っており、目がパッチリと大きく、背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽が生えたふくよかな裸体の姿をしたものであった。 その後、ローズ・オニールは、雑誌において「キューピーシリーズ」の連載を始め、1913年には、「キューピー」のイラストを立体化した人形がドイツで製作され、アメリカにおいて発売され大人気を博した。 「キューピー人形」の人気は世界的に波及し、我が国においても、昭和年代に入ってから、セルロイド製の「キューピー人形」が製造され広く流布するなどした。 その後、上記の人気を受け、「キューピー」又は「キューピー人形」は、原告をはじめとする多くの企業が、企業自体やその商品のイメージキャラクターとして宣伝広告に使用したことにより、我が国における「キューピー」又は「キューピー人形」の認知度は更に高まった。 (2) 本件商標登録出願時における「キューピー」の認知について 上記(1)のとおり、「キューピー」のキャラクターは、我が国において、「キューピー人形」に人気があったことや商品等の宣伝広告に利用されたことなどから、頭頂部が尖った目のパッチリと大きい裸体の幼児のキャラクターとして広く認知されていたものであり、平成10年11月11日株式会社岩波書店発行の「広辞苑第5版」には「キューピー【Kewpie】オニール(Rose O'Neill 1874-1944)のキューピッドの絵を模したセルロイド製のおもちゃ。頭の先がとがり、目の大きい裸体の人形。1910年代にアメリカで発売。商標名。」(683頁)と記載されていた。 以上によると、上記のような「キューピー」のキャラクターは、本件商標登録出願時(平成16年11月22日)において、我が国で周知のものとなっていたというべきである。 (3) 本件商標の称呼及び観念について ア 本件商標の構成は、前記第2の1(1)のとおり、頭頂部の髪と思しき部分が尖り、パッチリとした大きな目をした幼児の頭部を描いた図形であるところ、これらの特徴的容姿は上記(2)のとおり我が国においても周知となっていた「キューピー」のキャラクターの特徴と符合するものであるから、本件商標に接した取引者・需要者が、本件商標に係る図形を「キューピー」と認識するであろうことは疑いのないところというべきである。したがって、本件商標からは「キューピー」の称呼を生ずるとともに、頭の先の髪と思しき部分が尖り、目がパッチリと大きい裸体の幼児又はその人形である「キューピー」の観念を生ずるものというべきである。 イ 被告は、本件商標から「キューピー」の称呼が生ずるということができるが、本件商標から生ずる観念は「ローズ・オニールの創作したオリジナルのキューピー」である旨主張するので検討するに、我が国において「キューピー」のキャラクターが周知となった経緯が上記(1)、(2)のとおりであることに加え、平成4年3月1日株式会社出版芸術社発行の大澤秀行著「キューピー讃歌」(甲第74号証)68頁に「・・・キューピーが初めて日本にお目見得し、あっというまに国民的に普及してからでも原作者ローズ・オニールの存在はもとより、名前すら全くといってよいほど伝えられなかった。”はじめにキューピーありき”とでもいうか、かなりのキューピー愛好家でさえローズ・オニールに関しては無知にひとしかったといえるだろう。かくいう私にしても、子どもの頃は当然として、大人になり相当数のキューピーが集まるようになってからも暫くは、ご同様であった。私がローズ・オニール女史の名前を知り、さらに意識しはじめたのは十数年前で、海外からキューピー関係の資料などとともに彼女の文献類が手に入り、知れば知るほど興味が高まってきてからのことである。・・・」とあることも考慮すると、乙第57〜第61号証により認められる被告によるローズ・オニールの顕彰的活動ないしは事業の存在を考慮したとしても、我が国において、本件商標の出願登録時はもとよりその査定時においても、「キューピー」について、「ローズ・オニールが創作したオリジナルのキューピー」とそれ以外の「キューピー」とが截然と区別して認知されていたとまでは到底認めることができないし、本件全証拠によってもかかる事実を認めることはできないから、被告の上記主張を採用することはできない。 (4) 引用商標1〜6の称呼及び観念について ア 引用商標1〜6の構成は、ぞれぞれ前記第2の2(1)〜(6)のとおりである。 上記引用商標のうち、「KEWPIE」の欧文標準文字を書してなる引用商標3及び「キューピー」の片仮名文字を書してなる引用商標4から「キューピー」の称呼が生ずることは明らかであり、上記(2)のとおりの「キューピー」のキャラクターが周知となっていたことに照らすと、これらの商標からは、頭の先の髪と思しき部分が尖り、目がパッチリと大きい裸体の幼児又はその人形である「キューピー」の観念を生ずることも明らかである。 また、引用商標6の構成は、頭頂部の髪と思しき部分が尖り、目がパッチリと大きい裸体の幼児の人形を模してなるものであるところ、上記(2)のとおりの「キューピー」のキャラクターが周知となっていたことに照らすと、引用商標6からは「キューピー」の称呼及び観念を生ずるというべきである。 さらに、引用商標1、2及び5の構成は、前記第2の2(1)、(2)にあるとおり、引用商標6の構成となっている人形の顔の両頬付近から突き出した短い腕の先に5本指を開いた両手が前方に差し出され、腕に衣服と思しきものを着けているものである(なお、引用商標2及び5については上記の両手位置に左右に伸びる床面と思しき線が描かれている。)ところ、「キューピー」の際立った特徴が「頭頂部の髪と思しき部分が尖り、目がパッチリと大きい」という容姿にあることからすると、これと符合する構成を有する引用商標1、2及び5からも「キューピー」の称呼及び観念が生ずると認められる。 イ 被告は、引用商標1〜6から「キューピー」の称呼が生ずるということができるが、引用商標1〜6から生ずる観念は「キューピーマヨネーズのキューピー」である旨主張するので、この点について検討する。 確かに、昭和59年3月5日株式会社講談社発行の大澤秀行著「キューピー物語」(甲第75号証)45頁には「日本的な、日本でデザインされ生産されたキューピーはセルロイドその他のお人形だけでなく、何かの商品のブランド名や、広告類のイラストとして、それに容器やケースとしても広く使われた。アメリカと同様である。私の記憶にハッキリあるものでは、紙で、QP印があった。石けんも、キューピーの形のものから、今も現役のベビー石けんの箱にまでデザインされている。鍋やフライパン等、金物でQP印があり、背丈1メートルもありそうな大きなキューピーが、フライパンを掲げて町の金物屋の店頭に立っていたのを思い出す。」との記載に続けて「現在も、日本でキューピーといえば、誰でもご存じなのが、マヨネーズだろう。この会社は、実に社名まで『キューピー株式会社』として25年以上になる。我が国のマヨネーズメーカーの最大手で、缶詰にも定評がある。日本人の食生活の多様化に合わせ、マヨネーズやドレッシングの他、各種ベビーフードなど、数多くを市場に送り出している。過去に、何回か景品として新しくデザインしたキューピー人形も、大小出しており、その中の特に大型のものは、今も時々お店で見かける。また、以前に20センチ程のキューピーにマヨネーズを詰め、そのままチューブ入りみたいに使える商品が売り出されたこともあった。この会社とキューピーとの出会いは古く、会社の歴史とともに伝えられている。」との記載があるように、キューピーを商品等の宣伝広告に使用した例が様々ある中で、「キューピーマヨネーズ」は極めて著名であるということができる。 しかしながら、上記(3)と同様の理由に加え、上記(1)、(2)並びに甲第75号証から引用した上記記載のうち前段の部分にもあるとおり、我が国においては、多数の企業が「キューピー」のキャラクターを宣伝広告に使用してきた事実に照らすと、我が国において、「キューピー」が相当程度普遍的ないしは一般的なキャラクターとして認知されていた事実を否定することは困難であるから、特定の企業と結びつかない「キューピー」の観念が引用商標1〜6から生ずることを一概に否定することはできない。 したがって、被告の主張を採用することはできない。 ウ また、被告は、仮に、引用商標1〜6から「キューピー」の称呼及び観念が生ずるとしても、引用商標1〜6から生ずる「キューピー」の称呼及び観念は、原告の指定商品に係る商品のみを示すものではなく、「ローズ・オニールの創作したキャラクターや人形だけでなく、これに類するキャラクターや人形一般」を示すものであるから、このような称呼及び観念に原告の商品を示すものとしての識別力はないのであり、本件商標と引用商標1〜6の類否を検討するに当たっては、識別力を有する外観のみを要部として対比すべきである旨主張する。 しかしながら、上記イのとおり、原告が「キューピー」のキャラクターをマヨネーズの宣伝広告に使用することによって、「キューピーマヨネーズ」として著名となり、「キューピー」の付されたマヨネーズを他から識別することを可能としている事実からも明らかなように、「キューピー」の称呼及び観念に何ら識別力がないということができないことは明らかであり、被告の主張を採用することはできない。 (5) 本件商標と引用商標1〜6の類否について 上記(3)、(4)によると、本件商標と引用商標1〜6からは、共に「キューピー」の称呼及び観念を生ずるものであり、かつ、次項に説示するとおりそれぞれの指定商品は同一又は類似の関係にあるから、本件商標と引用商標1〜6は、互いに相紛れるおそれのある類似の商標というべきである。 この点について、被告は、現在では、原被告以外にも多数の者が「キューピー」に関連する商標登録を得て、商品化するなどして使用しているという取引の実情も考慮すると、本件商標を指定商品に使用したとしても、引用商標1〜6を付した商品と出所の誤認混同を生ずるおそれはない旨主張するので、検討する。 取引の実情を考慮することにより、類似する商標を付した商品について出所の誤認混同を生ずるおそれがないということができるためには、当該指定商品に係る取引の実情を前提として、誤認混同のおそれがないものと認められることが必要である。 本件においては、確かに、上記(1)、(2)や(4)イのとおり、多くの企業が「キューピー」のキャラクターを商品等の宣伝広告に使用しているものと認められるが、本件商標に係る指定商品である「清涼飲料、果実飲料、乳清飲料、飲料用野菜ジュース」の取引分野についてみると、本件全証拠を検討しても、例えば、商標以外の目印によって出所を識別して取引が行われているとか、あるいは逆に、多くの者が「キューピー」又はこれに類する標章を付した商品を販売しており、「キューピー」の外観の微妙な相違により出所を識別して取引が行われているなどの取引の実情が認められることにより、同一の称呼及び観念を生ずる商標を付した商品について出所の誤認混同を生ずるおそれがないと認めるに足りない。 むしろ、上記指定商品に係る商品は、多くの場合、仕入れの段階において、銘柄と数量を指定して、口頭又は文書により取引されるほか、小売店等において、商品名の簡略な表記を付して陳列され、一般消費者によって購入されることが通常の取引態様であることは経験則上明らかであるから、取引過程のあらゆる段階において、上記の取引分野においては、称呼とこれに基づく表記が商品の出所を判断する上での重要な要素となるものであることは明らかである。 そうすると、上記のとおり同一の称呼及び観念(「キューピー」)を生ずる本件商標と引用商標1〜6の類似性について、本件商標の指定商品に係る取引の実情を考慮することにより、これを否定することはできないというべきであるから、被告の主張を採用することはできない。 (6) 本件商標と引用商標1〜6の指定商品は、前記第2の1(1)及び2(1)〜(6)のとおりであり、本件商標の指定商品である「清涼飲料、果実飲料、乳清飲料、飲料用野菜ジュース」については、そのすべてが、引用商標3、4及び6の指定商品に含まれており、引用商標1、2及び5の指定商品にはいずれも食料品が含まれていることから、本件商標と引用商標1〜6の指定商品は同一又は類似するというべきである。 そうすると、本件商標は、その登録出願の日前の登録出願に係る他人の登録商標である引用商標1〜6と類似する商標であって、その商標登録に係る指定商品又はこれに類似する商品について使用するものとして出願された商標であるから、商標法4条1項11号に基づいて商標登録を受けることができないものであり、その登録は同号に違反してされたものといわざるを得ない。 したがって、本件商標の登録が商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は誤りである。 2 被告の主張について (1) 商標法29条に基づく主張 被告は、引用商標1、2、5及び6は、ローズ・オニールが創作したキューピー人形を原告が独自に図案化して商標登録出願をしたものであり、同出願の日前に生じていたローズ・オニールの著作権と抵触するものであるから、原告がこれらの引用商標を使用して無効審判請求及び審決取消訴訟の提起をすることは商標法29条に違反する旨主張する。 商標法29条は、「商標権者・・・は、指定商品・・・についての登録商標の使用がその使用の態様により・・・その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、指定商品・・・のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。」と規定し、商標法における(商標を含む)標章の「使用」態様については、同法2条3項1〜8号に限定的に列挙されているところ、無効審判請求及び審決取消訴訟の提起は、上記各号所定の行為のいずれにも該当しないから、著作権との抵触の有無を論ずるまでもなく、商標法29条に基づく被告の主張は失当である。 なお、商標法29条は、商標権者の商標の使用を商標登録出願前の出願や発生に係る他人の権利と抵触しない範囲に限定することにより、商標権と他の権利との調整を図る規定であり、商標権者が類似する他人の商標登録の無効を請求する場合である本件に類推すべき基礎となる事情も認められない。 (2) 権利濫用の主張 被告は、ローズ・オニールの著作物である「キューピー」の著名性を引用商標1〜6において無償で利用している原告が、「キューピー」の著作権を譲り受けた上、本件商標の登録を受けた被告に対してその無効を主張することは、公正な競争秩序に反するものであり、権利の濫用である旨主張するので、以下において検討する。 ア 商標法は、上記(1)のとおり、著作権等との抵触を調整する規定を置いた上、同法46条において、商標登録を無効とすることについて審判を請求することができる旨定め、そのための要件として無効理由を規定しているところ、無効審判請求の主体について商標法上の明示の制限はない。そして、商標法は商標登録について先願主義を採用しているから、ある登録商標の商標権者が、当該登録商標は引用商標と類似の商標であるとの無効理由(商標法4条1項11号所定の無効理由)を回避するためには、先願の地位を有する引用商標の商標登録について無効審判請求をし、これを無効としなければならないことになるが、他人の著作権と抵触することは商標登録の無効理由とはされていない。 そうすると、商標法上、他人の著作権に抵触する商標であっても、これが一旦登録されれば、抵触の一事をもって無効とされることはないのであり、このような商標も、当該商標登録出願の日より後の出願に係る商標との関係では、引用商標となり得るのであり、引用商標の商標権者が、商標法4条1項11号違反を無効理由として、これと類似の商標に係る商標登録の無効審判請求をすることに商標法上の問題はない。 ところで、商標法4条1項11号は、同一又は類似の商標が複数登録されてしまった場合において、これらが同一又は類似の商品等に使用されれば、取引者・需要者において商品等の出所について誤認混同が生じ、商標使用者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発展に寄与し、あわせて需要者の利益を保護するという商標法の目的が達せられなくなることから、これを登録障害事由として規定し、同様の趣旨で同法46条1項1号において無効理由とされているものと考えられる。そして、このような場合において、商品等の出所について誤認混同が生じないようにするためには、無効審判請求に係る商標登録か引用商標に係る商標登録のいずれか一方を無効とする必要があるところ、商標法においては、上記のとおり、後願に係る商標登録についての無効審判請求を待って無効理由の有無を審査し、無効とする制度を採用しているものである。 イ 以上を前提として本件についてみると、本件商標が引用商標1〜6と類似の商標であることは上記1のとおりであるから、原告が被告に対して本件商標登録が無効であるとの主張をすることが許されないとすれば、原告は本件商標登録の無効審判請求をすることができないこととなり、引用商標1〜6とこれらと類似する本件商標が併存することとなるところ、本件商標と引用商標が共に使用されると、商品の出所について取引者や需要者の間で誤認混同が生じ、商標法の上記目的に反する事態を招く可能性を否定することはできない。 また、弁論の全趣旨によると、原告は、ローズ・オニール又はその遺産財団よりキューピーの著作権の譲渡を受けた被告から、キューピーのキャラクターの使用について許諾を受けていないと認められるものの、ローズ・オニールのキューピーについての著作権は既にその保護期間を経過していると認められる。 さらに、弁論の全趣旨並びに上記1(4)イで認定したところによると、原告がキューピーのキャラクターをマヨネーズの宣伝広告に数十年の長期にわたり継続的に使用してきたことにより、我が国において「キューピーマヨネーズ」が極めて著名となったことから、「キューピー」の称呼及び観念を生じる引用商標1〜6は、本件商標の指定商品について格別の自他識別力を獲得するに至っていると認められる。 ウ 上記アのとおりの商標法が採用する制度を前提として、上記イの各事情を考慮すると、本件において、被告がローズ・オニールに由来する著作権に基づいて引用商標1〜6に係る商標登録を無効とすることが困難であることを考慮しても、商標法に適合する原告の無効審判請求及びその審決に対する本件取消訴訟の提起が権利の濫用であって許されないとした上、取引者や需要者の間で誤認混同を生じるおそれを発生させることとなってもやむを得ないとすることはできないというべきである。 そして、他に原告の権利の濫用を根拠付ける具体的な事実の主張立証はないから、被告の主張を採用することはできない。 3 上記1のとおり、本件商標の登録は商標法4条1項11号に違反してされたものとはいえないとした審決の判断は誤りであるから、取消事由1は理由があり、上記2のとおり、被告の主張はいずれも採用することができないから、審決には結論に影響を及ぼす違法があるといわざるを得ない。 第6 結論 以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、審決は取り消しを免れない。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 田中信義 裁判官 石原直樹 裁判官 杜下弘記 |
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