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【事件名】判決文記載事実の営業秘密事件(2)
【年月日】平成20年12月16日
 知財高裁 平成20年(行タ)第10008号 訴訟記録閲覧等制限申立事件
 (基本事件・東京地裁平成20年(行ケ)第10314号 審決取消請求事件)

決定
申立人 萬有製薬株式会社


主文
 本件申立てを却下する。

理由
第1 申立の趣旨
 平成20年(行ケ)第10314号事件の訴訟記録中、別紙記録目録記載の部分について、閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製の請求をすることができる者を同事件の当事者に限る。
第2 申立の理由等
1 申立人(基本事件被告)の主張に係る本件申立ての理由は、基本事件の訴訟記録中、別紙記録目録記載の各部分には、基本事件原告の親会社であるE.Merck(現在の名称:Merck KGaA、以下「独メルク」という。)と申立人の親会社であるMerck & Co., Inc.(以下「米メルク」という。)との合意(以下「本件合意」という。)の内容が記載されているところ、本件合意は、申立人において秘密として管理されている営業上の情報であり、申立人の保有する営業秘密に該当する、というものである。
 なお、申立人は、疎明資料として、申立人の特許・商標担当者作成に係る平成20年10月17日付け陳述書(以下「本件陳述書」という。)を提出した。
2 これに対する基本事件原告の意見は、別紙「上申書」写しに記載のとおりであり、要するに、本件合意は、@秘密管理性、A有用性及びB非公知性がいずれも存在せず、不正競争防止法2条6項に規定する営業秘密に該当しないから、本件申立ては、民事訴訟法92条1項2号に規定する要件を充足しない、というものである。
 なお、基本事件原告は、疎明資料として、下記(1)ないし(5)を提出した。
(1) 基本事件原告の日本子会社であるメルク株式会社のウェブサイト(www.merck.co.jp/japan/about/content_history.html)をプリントアウトした書面(疎乙1)
(2) インターネット上の百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」(ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%AF)をプリントアウトした書面(疎乙2)
(3) 米メルクのオーストラリア子会社のウェブサイト(www.msd-australia.com.au/page.asp?e_page=376739&3570=376571&section=376565&subsection=377267&article=376571)をプリントアウトした書面(疎乙3)
(4) WIPOのウェブサイト(www.wipo.int/amc/en/domains/decisions/html/2003/d2003-0203.html)に公開されたWIPO仲裁調停センターの2003年5月27日付け裁定をプリントアウトした書面(疎乙4)
(5) 基本事件原告の商標統括担当者作成に係る平成20年11月10日付け陳述書(疎乙5)
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、基本事件の訴訟記録中、別紙記録目録記載の各部分(以下、同目録に記載された番号に対応して「本件記録部分1」などといい、これらを総称して「本件記録部分」という。)について、申立人の保有する営業秘密(不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」をいう。以下、同じ。)が記載又は記録されていることの疎明があったとは認められず、本件申立ては却下すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 本件合意について
 申立人は、本件合意が申立人の保有に係る営業秘密であると主張する。
 しかし、以下のとおり、本件合意が申立人の保有に係る営業秘密であることについて、疎明があったとはいえない。
(1) 本件合意の内容のうち、公然と知られている部分について
ア 疎乙1によれば、メルク株式会社は、そのウェブサイトにおいて、独メルクと米メルクが独立した医薬品企業となった経緯について、「メルクは化学品、医薬品を取り扱う会社としては、最古の企業の一つです。創業は1668年、ドイツのダルムシュタットにFが天使薬局を開局したところまで遡ります。1827年、Hはアルカロイド類の大量生産を開始、続いて植物抽出物やその他の様々な化学品についても高品質な製品の生産を進めて行きます。1900年には既に10000余りの製品を有し、製品輸出や子会社の設立など世界的な規模での企業活動を行っています。1889年、Hの孫にあたるJはニューヨークにMerck & Co. を設立、10年後、彼は米国における化成品製造の拠点として活動を開始します。しかし第一次世界大戦が発生し、結果としてメルクは米国Merck & Co. を含めた多くの海外拠点を失うことになります。」と説明し、独メルクと米メルクの合意に関し、「両者は米国及びカナダではMerck & Co. が、日本、ヨ−ロッパ及びその他の地域ではMerck KGaAがメルクという名称を使うことで合意しています。このような経緯があり、日本では我々がメルク株式会社の呼称を使うことになったのです。」と説明していること、また、上記ウェブサイトは誰でもアクセス可能であることが、一応認められ、これに反する疎明はない。
イ 疎乙2によれば、インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」において、独メルクと米メルクが独立した医薬品企業となった経緯について、「1827年創業のMerck KGaA の創始者Eの孫Jが1891年に、アメリカの拠点としてニューヨークにMerck & Coを設立し事業を始めた。しかし、第一次世界大戦によってドイツ国外の財産などを喪失し、アメリカのメルクとドイツ本家のメルクはそれぞれ独立した医薬品企業として今日まで発展している。」と説明され、また、独メルクと米メルクの合意に関し、「両社のこの様な経緯のため、米国メルクの北米以外の地域では「Merck Sharp & Dohme(略称:MSD)」の名称を利用する。逆に独国メルクの北米以外の地域では「MERCK」の名称を利用し、北米では「EMD」などの社名を利用する。」と説明されていること、上記「ウィキペディア(Wikipedia)」には誰でもアクセス可能であることが、一応認められ、これに反する疎明はない。
ウ 疎乙3によれば、米メルクのオーストラリア子会社が、そのウェブサイトにおいて、「Merck & Co., Inc. (米国ニュージャージー在)及びMerck KGaA(旧E. Merck、本店所在地ドイツ、ダルムシュタット)はいずれも現在営業中の会社であり、依然として「メルク」という名称をめぐる若干の混乱が生じています。両者は、Merck & Co., Inc. が米国とカナダにおいてメルクの名称を用いその余の地域では同社の製品はMerck Sharp & Dohme の名称で販売され、又メルクKGaA は米国ではEMD の名称を用い、その余の地域ではメルクの名称を用いるという合意をしております。」と説明していること、上記ウェブサイトは誰でもアクセス可能であることが、一応認められ、これに反する疎明はない。
エ 疎乙4(及びその抄訳)によれば、WIPOは、そのウェブサイトにおいて、同仲裁調停センターのD2003−0203号事件に係る2003年5月27日付け裁定を公開していること、同裁定には、事実背景として、「一時期、ドイツの会社であるE. Merck社(現在のメルクKGaA)はMerck & Co., Inc. の親会社の地位にあった。しかし、両者の関係は第一次世界大戦中、米国政府により切り離された。それでもなお、E. Merckは「メルク」の商標権を米国以外の多くの国において維持している。その後、両者は、「メルク」という名称に関し、米国とカナダではMerck & Co., Inc. がこれを使用し、その余の地域ではE. Merck がこれを使用するということで同意した。Merck & Co., Inc. は米国とカナダ以外の地域において「メルク」を使う場合は「Sharp & Dohme」を結合して用いるものとし、ドイツにおいては「メルク」の名称はまったく用いることができず、「MSD Sharp & Dohme」という名称が使われることとされた。」と記載されていること、上記ウェブサイトは誰でもアクセス可能であることが、一応認められ、これに反する疎明はない。
オ そうすると、本件合意の具体的内容のうち、少なくとも疎乙1ないし4に記載された事項は、既に公然と知られているものというべきであり、申立人の保有に係る営業秘密であると認める余地はない。
(2) 守秘義務の有無について
ア 本件記録部分7は、その記載(甲13)及び本件記録部分1の記載に照らし、本件合意に係る契約書(以下「本件契約書」という。)であることが、一応認められるが、本件契約書の存在や内容を契約当事者が秘密として保持すべき旨の規定は見当たらない。
 また、疎乙5には、本件契約書に守秘義務条項が存在しないことに加え、@本件合意の当事者間のその余の契約にも、本件契約書の存在や内容につき守秘義務を課したものはないこと、A基本事件原告の日本子会社であるメルク株式会社は、そのウェブサイトに、遅くとも平成14年8月15日から、疎乙1のとおり、本件合意の内容を掲示しているが、米メルクからも、申立人からも、何ら異議を申し立てられたことがないこと、B特許庁に係属中の無効2007−890132号事件(以下「別件審判」という。なお、同事件は基本事件と当事者を共通にする。)において、基本事件原告は、本件契約書を書証として提出したが、申立人は、本件契約書について、申立人の営業秘密が記載された旨の申立てをしておらず、既に1年近く誰でも閲覧謄写できる状態にあることが、それぞれ記載されており、これによれば、上記@ないしBの各事実が、一応認められ、これに反する疎明はない。
イ 本件記録部分8は、その記載(甲15)及び本件記録部分1の記載に照らし、本件合意に係る書簡(以下「本件書簡」という。)であることが、一応認められるが、本件書簡の存在や内容をその差出人又は受取人が秘密として保持すべき旨の記載は見当たらない。
ウ ところで、前記(1)によれば、本件合意の具体的内容のうち、米メルクと独メルクが、@米国及びカナダでは、米メルクが「メルク(Merck)」という名称を使用することができ、独メルクは「EMD」などの名称を使用するものとすること、A米国及びカナダ以外の地域では、独メルクが「メルク(Merck)」という名称を使用することができ、米メルクは「Merck Sharp & Dohme」などの名称を使用するものとすることについて、合意しているという骨格部分において、既に公然と知られたものであるといえる。そして、本件合意の上記骨格部分は、要するに、第一次世界大戦以降、独メルクと米メルクとが互いに独立した企業となったことから、「メルク(Merck)」という名称等の使用について、地域ごとに異なるルールを定めたことを意味するから、需要者、取引者が両者を混同することを防ぐには、本件合意は、その性質上、これを秘密にすることが契約当事者の利益になるものではなく、むしろこれを公にする必要があると考えるのが合理的である。
エ この点、本件陳述書には、@本件合意が公になれば、米メルク及びその関連会社(以下「米メルクグループ」という。)のグローバルな営業戦略に支障をきたしかねない旨の記載(以下「本件陳述事項@」という。)、A申立人を含む米メルクグループは、本件合意を「機密情報」として取り扱っている旨の記載(以下「本件陳述事項A」という。)、B「機密情報」は、社内のごく限られた特定の役員及び従業員しかアクセスできないように、アクセス制限がかかったファイルサーバーやフォルダー、施錠された保管庫に保管されており、また、「機密情報」に係る書類、特定の者しかアクセスできない書類としてわかるようになっている旨の記載(以下「本件陳述事項B」という。)、C本件合意は、同合意に係る契約当事者である米メルクにおいて、「機密情報」として厳重に管理されており、本件合意にアクセスできる者は、経営陣並びに法務部門の弁護士に限られている旨の記載(以下「本件陳述事項C」という。)、D本件合意の具体的内容は一般に知られていない旨の記載(以下「本件陳述事項D」という。)がある。
 しかし、本件陳述事項Dは、少なくとも前記(1)において検討した本件合意の骨格部分に関する限り、事実に反するものといわざるを得ない。
 また、本件陳述事項@は、前記ウで検討したところに照らし不合理というべきであるし、申立人が、前記アのとおり、別件審判において、本件契約書に申立人の営業秘密が記載された旨の申立てをしておらず、既に1年近く誰でも閲覧謄写できる状態に放置してきたこととも、矛盾するといわざるを得ない。
 このように、本件合意に関する本件陳述事項@及びDは、事実に反し、又は、不合理というべきであること、本件陳述事項AないしCは、一般的ないし抽象的であって、これを裏付ける具体的資料も添付されていないことからすれば、「機密情報」一般に関する本件陳述事項Bはさておき、少なくとも本件合意に関する本件陳述事項A及びCは、措信できない。
 また、仮に本件陳述事項A及びCのとおりの事実があったとしても、前記アないしウで検討したところによれば、@本件合意に係る契約当事者である独メルクは、本件合意について守秘義務を負っているとはいえないこと、A前記のとおり、別件審判の記録中の本件契約書の写しは、既に1年近く誰でも閲覧謄写できる状態にあること、B本件合意内容には、その性質上、これを秘密にする有用性があると解せられないこと等の事情を考慮すれば、本件陳述事項A及びCのみから、本件合意の内容(本件契約書や本件書簡の存在及びその内容を含む。)について、申立人の保有する営業秘密であると認めることは、困難といわざるを得ない。
2 結論
 以上検討したところによれば、本件合意が申立人の保有に係る営業秘密であることについて、疎明があったとはいえない。
 したがって、本件記録部分に、申立人の保有する営業秘密である本件合意の内容が記載されていることを理由とする本件申立ては、理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 齊木教朗
 裁判官 嶋末和秀


(別紙)記録目録
1 平成20年10月2日付け原告第1準備書面(以下「第1準備書面」という。)のうち、7頁1行目から8頁7行目まで
2 第1準備書面のうち、9頁9行目から10頁最終行まで
3 第1準備書面のうち、17頁2行目
4 第1準備書面のうち、17頁4行目から5行目まで
5 平成20年9月29日付け証拠説明書(甲13−18)(以下「証拠説明書( 甲1 3 − 1 8) 」という。) のうち、 「甲1 3 」についての「標目」、「作成年月日」、「作成者」及び「立証趣旨」の欄
6 証拠説明書(甲13−18)のうち、「甲15」についての「標目」、「作成年月日」、「作成者」及び「立証趣旨」の欄
7 甲第13号証
8 甲第15号証
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