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【事件名】映画のDVD化契約事件
【年月日】平成20年12月4日
 東京地裁 平成20年(ワ)第2106号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年10月10日)

判決
原告 株式会社GRAND CAFE PICTURES Corporation
同訴訟代理人弁護士 河内謙策
被告 株式会社イーエス・エンターテインメント
同訴訟代理人弁護士 佐々木茂
同 大山圭介
同 友成珠希
同 菅谷浩
被告 株式会社イーネット・フロンティア
同訴訟代理人弁護士 舘孫蔵
同 新谷謙一


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告株式会社イーエス・エンターテインメント(以下「被告イーエス」という。)は、原告に対し、2650万円及びこれに対する平成20年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告に対し、連帯して、1000万円及びこれに対する平成20年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
 本件は、原告が、@原告と被告イーエスとの間で、原告の代表者が監督をした映画作品について、原告が被告イーエスに対してビデオグラム化権を譲渡する旨の売買契約を締結したにもかかわらず、被告イーエスが売買代金を支払わなかったなどと主張して、被告イーエスに対し、債務不履行に基づく損害賠償を求め、A被告らにおいて、原告が著作権を有する映画作品について、DVDの発売及び予約受付の広告を掲載したことが、原告の著作権(複製権・頒布権)を侵害する共同不法行為に当たるなどと主張して、被告らに対し、不法行為に基づき損害賠償を求める事案である。
 なお、附帯請求は、訴状送達の日の翌日である平成20年2月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払請求である。
1 前提事実(認定事実については末尾に証拠を掲記する。)
(1)当事者
ア 原告は、映画の製作・配給及び販売等を業とする株式会社である。
 原告は、平成19年2月26日、有限会社グランカフェ・ピクチャーズを商号変更し、株式会社に移行したことにより設立された(以下、商号変更、株式会社への移行の前後を問わず、原告という。)。
 原告の代表者であるZは、映画監督であり、映画「嵩山少林寺」、映画「トリック・ワーク」、映画「乱暴者の世界」、映画「心臓抜き」、映画「殺し屋茶村」、映画「CHARON(カロン)」、映画「ポチの告白」、の監督をした(以下、各映画作品については、題名のみで表示する。)。
(甲38、弁論の全趣旨)
イ 被告イーエスは、映像に関する、@映画・ビデオの製作、配給業及びビデオソフトの販売、A興行権、ビデオ化権の取得及び販売等を業とする株式会社である。
 被告イーエスの代表者は、Yである。
(弁論の全趣旨)
ウ 被告イーネット・フロンティア(以下「被告イーネット」という。)は、レコード、音楽テープ、コンパクトディスク、コンピューターソフト、ビデオソフト、デジタルビデオディスクソフトの販売及びレンタル等を業とする株式会社である。
 被告イーネットの代表者は、Xである。
(弁論の全趣旨)
(2)平成18年3月1日に発売された、「月刊DVDナビゲーター」平成18年4月号に、発売元を被告イーエス、販売元を被告イーネットとする、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」のDVDの発売及び予約受付の広告が掲載された(以下「本件雑誌広告」という。)。
(甲22、弁論の全趣旨)
2 争点
(1)被告イーエスに対する債務不履行による損害賠償請求権の有無
ア 原告と被告イーエスとの間の売買契約締結の有無
イ 被告イーエスの上記売買契約上の債務の不履行の有無
ウ 損害の有無及びその額
(2)被告らに対する著作権(複製権・頒布権)侵害による損害賠償請求権の有無
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)(被告イーエスに対する債務不履行による損害賠償請求権の有無)について
〔原告の主張〕
(1)原告への著作権の帰属
ア 有限会社日本嵩山少林寺武術は、映画製作者として、「嵩山少林寺」(2003年製作、Z監督作品/カラー、53分)の著作権を取得した。
 原告は、平成15年10月、有限会社日本嵩山少林寺武術から、「嵩山少林寺」について、著作権の一部であるDVDやビデオとして出版する権利(ビデオグラム化権)を譲り受けた(以下、上記作品を「本件映画A」ということがある。また、そのビデオグラム化権を「本件ビデオグラム化権A」という。)。
イ Zは、映画製作者として、昭和62年に、「トリック・ワーク」(1987年製作、Z監督作品/カラー、45分)の著作権を、平成2年に、「乱暴者の世界」(1990年製作、Z監督作品/カラー、65分)の著作権を、平成4年に、「心臓抜き」(1992年製作、Z監督作品/カラー、92分)の著作権を、平成5年に、「殺し屋茶村」(1993年製作、Z監督作品/カラー、22分)の著作権を、ぞれぞれ取得した。Zは、平成15年、原告に対し、上記各作品の著作権を譲渡した。
 原告は、映画製作者として、平成16年に、「CHARON(カロン)」(2004年製作、Z監督作品/カラー、89分)の著作権を、平成17年に、「ポチの告白」(2005年製作、Z監督作品/カラー、195分)の著作権を、それぞれ取得した。
 以上により、原告は、平成17年当時、「トリック・ワーク」、「乱暴者の世界」、「心臓抜き」、「殺し屋茶村」、「CHARON(カロン)」、「ポチの告白」の著作権を有していた(以下、上記各作品を併せて「本件映画B」といい、そのビデオグラム化権を併せて「本件ビデオグラム化権B」という。)。
ウ Zは、平成17年当時、「妻と拳銃」と題する映画作品を製作中であり、原告は、上記作品が著作物となった折には、その著作権を取得する予定であった(以下、上記作品の著作権が発生した場合のビデオグラム化権を「本件ビデオグラム化権C」という。)。
(2)被告イーエスとの間における売買契約の締結
ア 原告は、平成17年12月ころ、株式会社アジアシネマギルド(以下「アジアシネマギルド」という。)に対し、原告が本件ビデオグラム化権AないしCを第三者に販売、譲渡するについて、原告を代理して第三者と交渉する権限を授与した。
イ アジアシネマギルドは、原告の代理人として、平成17年12月下旬ころ、被告イーエスとの間で、本件ビデオグラム化権A及びBを、代金2800万円で売り渡す旨の売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。
 本件売買契約において、売買代金の支払時期は、次のとおり定められた。
@ 平成18年1月11日 350万円
A 同年1月末日 450万円
B 同年2月末日 1000万円
C 同年3月末日 1000万円
ウ 本件売買契約締結の経緯について
 アジアシネマギルドのWは、被告イーエスと交渉し、平成17年12月下旬ころには、本件ビデオグラム化権A及びBを総額2800万円で被告イーエスに譲渡することを合意した(アジアシネマギルドは、契約締結の前に、原告の同意を得ることになっていた。原告は、上記契約の締結について、アジアシネマギルドに対して同意をした。)。
 なお、上記代金は、いわゆる最低保証金額であり、販売状況によって、利益が最低保証金額を超える場合には、別途金額の上乗せを協議することとされた。
 また、本件ビデオグラム化権Cは、本件売買契約の対象には含まず、これについては別途協議するものとされた。
 ところが、被告イーエスは、上記合意を書面化することに強く反対したため、本件売買契約は口頭により締結されることになった。
(3)被告イーエスによる債務不履行等
ア 原告は、平成17年12月下旬ころ、被告イーエスに対し、本件映画A及びBの原盤を引き渡した。
イ ところが、被告イーエスは、原告に対し、平成18年1月11日に300万円、同年2月10日に50万円を支払ったのみで、同年1月末日に支払うべき450万円、同年2月末日に支払うべき1000万円を支払わなかった。
ウ 原告は、平成18年2月28日、アジアシネマギルドを通じて、被告イーエスに対し、上記債務不履行を理由に、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(4)損害の発生及びその額
ア 原告は、本件売買契約に基づく売買代金を、Zが監督する「妻と拳銃」の製作費として使用する予定であった。このことは、被告イーエスも認識していた。
 しかしながら、被告イーエスが、本件売買契約に基づく売買代金を支払期日に支払わなかったことにより、原告の資金調達の予定は破綻し、「妻と拳銃」は製作中止に追い込まれることになった。
イ 「妻と拳銃」の主演女優がVであったことを考慮すれば、原告は、「妻と拳銃」の製作により、3000万円を下らない利益を得ることができた。原告は、被告イーエスの債務不履行により、3000万円の得べかりし利益を失ったといえる。
(5)原告は、被告イーエスに対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、上記3000万円から被告イーエスから受領した350万円を控除した残額である2650万円を請求する。
〔被告イーエスの主張〕
(1)原告の主張に対する認否
ア(1)アのうち、有限会社日本嵩山少林寺武術が、映画製作者として、「嵩山少林寺」の著作権を取得したこと、同イのうち、Zが、映画製作者として、「トリック・ワーク」、「乱暴者の世界」、「心臓抜き」及び「殺し屋茶村」の著作権を取得したこと、原告は、映画製作者として、「CHARON(カロン)」及び「ポチの告白」の著作権を取得したことは認め、その余は知らない。
イ(2)アのうち、原告がアジアシネマギルドに対して、本件ビデオグラム化権AないしC等に関する営業代行権限(映画の複製・頒布等に関する許諾権等の代理権を含む)を授与したことは認め、同イ及びウは否認する。
ウ(3)アのうち、被告イーエスが、アジアシネマギルドのWを通じて、本件映画A及びBの原盤を譲り受けたことは認め、同イ及びウは否認する。
エ(4)ア及びイは否認ないし争う。
(2)被告イーエスの主張
 被告イーエスの代表者であるYは、平成17年12月ころ、アジアシネマギルドのWから、原告が2800万円を必要としている旨を告げられ、原告に対する2800万円の貸付けを打診されたものの、上記申入れを拒否した。
 被告イーエスと原告、あるいは、原告の代理人であるアジアシネマギルドとの間で、本件売買契約が締結された事実はない。
2 争点(2)(被告らに対する著作権侵害による損害賠償請求権の有無)について
〔原告の主張〕
(1)原告は、平成18年3月当時、「嵩山少林寺」について、著作権の一部であるDVDやビデオとして出版する権利(ビデオグラム化権)及び「CHARON(カロン)」の著作権を有していた。
(2)被告らは、共謀の上、本件雑誌広告を掲載した。
(3)被告らは、共謀の上、平成18年3月ころ、総合通販ショップ・PC サクセス、JBOOK、DMM.com、ゲオEショップ、オンラインでレンタルしよう!、CDvds.info、YAHOO!Japan、amazon.co.jp、の各WEBサイトにおいて、「嵩山少林寺」や「CHARON(カロン)」のDVDの発売キャンペーンを行った(甲23ないし31。以下、併せて「本件WEB掲載」という。)。
(4)被告らの上記各行為は、原告に無断で行われたものであり、かつ、本件売買契約の解除後に行われたものであるから、原告の上記各作品に対する著作権(複製権・頒布権)を侵害する行為である。
 すなわち、複製権・頒布権は、著作権者において、複製・頒布することを妨げることになる一切の行為を排除することを要求する権利を内包する。本件の場合、「嵩山少林寺」、あるいは「CHARON(カロン)」についての情報が、著作権者である原告の意思に反して流布されたのであるから、被告らの行為(無断の販売広告)は、複製権・頒布権の侵害行為であるといえる。
 また、被告らの行為により、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」は「傷物」になり、商取引から排除されるに至った。この意味においても、被告らの行為(無断の販売広告)は、複製権・頒布権の侵害行為であるといえる。
(5)原告は、被告らの上記著作権侵害行為(共同不法行為)により、甚大な精神的損害を被った。
 上記損害を金銭に評価すれば、1000万円を下らない。
(6)よって、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、1000万円の連帯支払を請求する。
〔被告イーエスの主張〕
(1)原告の主張に対する認否
ア (1)のうち、原告が「CHARON(カロン)」の著作権を有していたことは認め、その余は知らない。
イ (2)は、被告イーネットが被告イーエスからの販売委託を受けて、本件雑誌広告を出稿したことは認め、被告イーネットと被告イーエスとが共謀して行ったとの点は否認ないし争う。
ウ (3)は否認する。
エ (4)及び(5)は否認ないし争う。
(2)被告イーエスの主張
ア 本件の経緯について
(ア)平成18年1月11日、Wが、再び被告イーエスに来社し、原告がどうしても350万円を必要としている旨述べた。
 Yが、Wに対して、350万円を貸し付けた場合の担保の有無を尋ねたところ、Wは、本件映画A及びBについて、営業代行権を有している旨述べた。
 そこで、被告イーエスは、Wとの間で、アジアシネマギルドを介して、原告に対し、350万円を貸し付けること、本件映画A及びBの複製・頒布の許諾を受けた上で、ビデオグラム化して販売し、原告又はZに対して支払うべきロイヤリティを上記貸付金の返済に充てることを合意した。
 被告イーエスの代表者であるYは、上記合意に基づき、Wに対し、350万円を交付するとともに、Wから、本件映画A及びBの原盤を譲り受けた。
 これにより、被告イーエスは、原告から、本件映画A及びBについて、複製・頒布の許諾を受けたものである。
(イ)被告イーエスは、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」のDVDの発売を準備していたものの、「嵩山少林寺」のDVDが平成16年ころ、既に他社から発売されていたことが判明した。
 さらに、DVDを発売する1か月前である平成18年3月になっても、原告から、被告イーエスに対して、上記各映画のスペック(映画の時間、録音方法、サイズなど)が提供されなかったことなどから、平成18年3月末ころ、上記各映画のDVDの発売を中止した。
 なお、被告イーエスは、原告の代理人弁護士からの要求に応じて、本件映画A及びBの原盤を返還した。
イ 被告イーエスは、平成18年1月ころ、原告又はZから、本件映画A及びBについて、複製・頒布の許諾を受け、そのころ、被告イーネットに対し、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」のDVDについて、販売を委託した。
 本件雑誌広告は、販売元である被告イーネットが、発売元である被告イーエスの許諾に基づいて出稿し、掲載されたものである。
 したがって、被告イーエスは何ら違法な行為を行っておらず、原告に対する侵害行為は存在しない。
ウ 被告イーネットが出稿したのは、平成18年1月中旬ころである。出稿当時、被告イーネットは、本件映画A及びBについて、複製・頒布の許諾を受けていた。
 したがって、いずれにせよ、被告イーエスには、著作権侵害の故意又は過失がない。
エ 被告イーエスは、「嵩山少林寺」又は「CHARON(カロン)」について、DVDはおろかジャケットすら作成しておらず、何ら複製行為を行っていない。
 また、被告らは、上記各作品についてDVDを発売していないし、原告による頒布をいかなる意味でも妨げていない。
 被告イーエスは、原告に対し、何ら著作権(複製権・頒布権)侵害行為を行っておらず、原告には経済的損害は発生していない。
 そもそも、精神的損害も生じる余地がない。
〔被告イーネットの主張〕
(1)原告の主張に対する認否
ア (1)は認める。
イ (2)は、被告イーネットが被告イーエスからの販売委託を受けて、本件雑誌広告を出稿したことは認め、被告イーネットと被告イーエスとが共謀して行ったとの点は否認ないし争う。
ウ (3)は否認する。
 本件WEB掲載を行ったサイト運営会社は、自らの判断で掲載を行ったものであり、被告イーネットが上記掲載を依頼したことはない。
エ (4)及び(5)は否認ないし争う。
(2)被告イーネットの主張
ア 被告イーネットは、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」の著作権者である原告から上記各映画の複製・頒布の許諾を受けた被告イーエスの依頼に基づき、「月刊DVDナビゲーター」の発行元に対して、本件雑誌広告の掲載を依頼したものである。
 したがって、被告イーネットは何ら違法な行為を行っておらず、原告に対する侵害行為は存在しない。
イ 仮に、本件売買契約が締結され、これが原告によって解除されたとしても、被告イーネットが、本件雑誌広告の掲載を依頼した時期は平成18年1月であり、原告の主張する本件売買契約の解除前の時期であるから、いずれにせよ、被告イーネットには、著作権侵害の故意又は過失がない。
ウ 被告らは、「嵩山少林寺」のDVDが株式会社GPミュージアムソフトから既に販売されていたことを平成18年3月末ころに知り、原告から被告イーエスに対するビデオグラム化権の付与に疑念が生じたことから、同年3月31日付けをもって、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」に係るDVDの発売の中止を共同発表した。
 上記のとおり、被告らは、上記各映画に係るDVDを販売していないから、原告には何ら損害が発生していない。
 そもそも、著作権侵害を理由とする慰謝料の請求は、原則として認められない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(被告イーエスに対する債務不履行による損害賠償請求権の有無)について
(1)原告は、原告の代理人であるアジアシネマギルドと被告イーエスとの間で、本件売買契約が締結されたことを前提として、被告イーエスには、本件売買契約上の売買代金支払債務の不履行がある旨主張する。
 しかしながら、アジアシネマギルドと被告イーエスとの間で本件売買契約が締結されたとの事実を認めるに足りる証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく、この点に関する原告の主張は理由がない。
(2)判断についての補足説明
ア 原告は、原告の代理人であるアジアシネマギルドと被告イーエスとの間で本件売買契約が締結された旨主張し、これに沿う証拠として、原告の代表者であるZの陳述書(甲39)を挙げる。そして、同陳述書中には、「被告イーエスは、アジアシネマギルドのエージェントであるWを通じて、2005年の10月ころには、「妻と拳銃」の内容(特に主演女優がV氏であった点)、また、実際に製作が開始されていることを知り興味を示し、交渉の結果、形式的には「嵩山少林寺」等のビデオグラム化権の売買、実質的には「妻と拳銃」に対する2800万円の製作出資に合意しました。」との記述がある。
 しかしながら、被告イーエスの代表者であるYが上記事実を否認していること(乙2)、Zの上記陳述内容を裏付ける客観的証拠が存しないこと、Zの上記陳述は、アジアシネマギルドのWと被告イーエスとの間で行われたという交渉の内容や経緯に関する具体的記述を欠き、また、被告イーエスとの間で締結されたという契約内容についても明確な記述を欠き、その内容自体曖昧かつ不明確なものであると言わざるを得ないこと(そもそも、Zは、被告イーエスと直接に交渉をしたことはないにもかかわらず、現在、原告は、Wと連絡を取ることができないというのであり、原告(Z)が、被告イーエスと直接に交渉をしたWから、これらの点について充分な事情を聴取し得たのかも疑わしい。)などに照らし、容易に信用することができない。
イ 原告の主張によれば、Zは、平成17年12月に、Wから、被告イーエスに提示する予定の合意書面の案であるとして、甲第7号証を示されたものの、Zは、Wに対し、上記書面において、@「妻と拳銃」のビデオグラム化権の独占的使用が、確定的に被告イーエスに対して許諾されることになっていること、A本件映画A及びBのビデオグラム化権の独占的使用許諾の対価が350万円となっていること、B「妻と拳銃」プロジェクトに対する出資とビデオグラム化権の独占的使用許諾とが切り離されていること、について意見を述べ、これに同意しなかったということであり、これによれば、平成17年12月の段階において、Wは、甲第7号証に記載された内容で被告イーエスと交渉を進めていたということになる。
 原告の上記主張を前提とすれば、平成17年12月の段階で上記のような交渉段階であったにもかかわらず、同月末ころには、アジアシネマギルド(W)と被告イーエスとの間で、本件ビデオグラム化権A及びB(本件映画A及びBのビデオグラム化権)についての独占的使用許諾が2800万円の対価で合意されたということになる。しかしながら、このようなことは通常考え難い。
ウ 原告は、本件売買契約が締結されたものの、被告イーエスが上記契約内容の書面化(すなわち、合意書面の作成)に同意しなかったため、本件売買契約に関する契約書(合意書面)が作成されなかった旨主張する。
 しかしながら、アジアシネマギルドと被告イーエスとの間で、実際に本件売買契約が締結されていたとすれば、被告イーエスが、その契約書(合意書面)の作成に同意しない合理的理由を見出し難い。
 仮に、原告が主張するように、本件売買契約は、形式上は本件ビデオグラム化権A及びBの売買であるものの、実質的には、「妻と拳銃」の製作に対する出資であり、売買代金は、「妻と拳銃」のビデオグラム化権の手付けに近い性格を有していたというのであるならば、なおさら、被告イーエスは、「妻と拳銃」に関する権利関係を明確にするため、本件売買契約に関する合意書面の作成を要求するのが通常であると考えられる。本件ビデオグラム化権A及びBの対価として2800万円は高額に過ぎるという点については、被告イーエスのみならず、原告も認めるところであり、そうであれば、原告の債権債務や被告イーエスの債権債務に関する合意内容を明確化することなく(原告の主張によっても、本件売買契約の具体的内容は判然としない。)、被告イーエスが2800万円を拠出することに合意したとは考え難い。
エ 原告は、Zは、平成18年1月6日に「イレブン」という飲食店を訪れたところ、被告イーエスのY、被告イーネットのX及びWが飲食しており、この際、Zは、Xから「私は売る自信がありますから」と言われた旨主張する。
 しかしながら、Y及びXは、それぞれの陳述書(乙2、丙4)において、同日、「イレブン」という飲食店でZとたまたま会ったことがあるとの事実は認めるものの、本件売買契約や「妻と拳銃」の製作への出資の話などをしたことはない旨陳述しており、これらの証拠が存するにもかかわらず、原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
 そもそも、仮に、Xが上記発言をしたとしても、当該発言の前後のやりとりは不明であって、上記発言をもって、本件売買契約が締結されたとの事実を認めるには足りない。
オ 原告は、アジアシネマギルドの代表者であったUが、被告イーエスを訪問して、Yに甲第8号証を交付したものの、Yはこれについて特に異議を述べなかった旨主張し、これに沿う証拠として、Uの陳述書(甲49)を挙げる。そして、同陳述書中には、「甲第8号証は、私がY社長のところに持参したことに間違いありません。平成18年1月の中旬ころだったと思いますが、はっきりした日時の記憶はありません。」との記述がある。
 しかしながら、被告イーエス(Y)はこれを否定していること(弁論の全趣旨)、上記記述は、平成18年1月11日に350万円を受領した後、同月中旬になぜこのような書面を被告イーエスに交付することになったのか、あるいは、YとUとの甲第8号証を交付した前後のやりとりなどについて具体的記述を欠くものであること、甲第8号証の体裁(作成日の記載もなく(「2006年月日」と月日の記載が空欄であり)、アジアシネマギルドの社印やその代表者であるUの印鑑の押印もないこと)などに照らし、容易に信用することができない。
2 争点2(被告らに対する著作権(複製権・頒布権)侵害による損害賠償請求権の有無)について
(1)原告は、被告らが共謀の上、本件雑誌広告を掲載し、本件WEB掲載を行った旨主張し、これらの行為が、原告の映画(「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」)の著作権(複製権・頒布権)を侵害するものである旨主張する。
(2)証拠(甲22、39、乙2、丙1、4、5)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア Zは、平成17年夏ころから、「妻と拳銃」と題する映画の製作に取り掛かっていたものの、同映画の製作を続行するために、製作資金を調達する必要に迫られていた。
イ そこで、Zは、かねてから知り合いであった、アジアシネマギルドのWに対し、出資者の開拓などを依頼することにし、原告は、Wの所属するアジアシネマギルドに対し、本件ビデオグラム化権A及びB等を販売、譲渡すること(本件映画A及びBの複製・頒布の許諾)について代理権を授与した。
 原告とアジアシネマギルドとは、平成17年12月8日ころ、「営業代行業務委託に関する覚書」と題する書面(丙1)を作成した。
ウ Wは、平成17年12月ころ、被告イーエスのYや被告イーネットのXの下を訪れ、同人らに対し、Zが現在「妻と拳銃」と題する映画を撮影中であり、製作資金を調達する必要があること、アジアシネマギルドが原告から依頼を受けて、出資者を探していることなどを話し、出資を依頼したことがあった。
エ Wは、平成18年1月11日、被告イーエスのYを訪ね、同人に対し、原告が「妻と拳銃」の製作のために資金を調達する必要があることを話した。
 Yは、Wから、本件ビデオグラム化権A及びBの販売、譲渡(本件映画A及びBの複製・頒布の許諾)について、アジアシネマギルドが代理権を有していることを聞き、本件映画A及びBの複製・頒布の許諾を受けて、これらを複製・頒布することにより、資金の回収を図ることにして、Wに対し、350万円を交付した。
オ Zは、Wから上記350万円を受領し、本件映画A及びBの原盤をWを通じて、被告イーエスに交付した。
カ 被告イーエスは、本件映画A及びBの原盤を確認し、検討の結果、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」を商品化することにし、被告イーネットに対し、上記各映画のDVDの販売を委託した。
 なお、被告イーネットのXは、被告イーエスによる金銭の交付及び原盤の受領の経緯を、Yから聞くなどして知っていた。
キ 被告らは、上記各映画のDVDの発売日を平成18年4月21日にすることに決定し、被告イーネットは、「DVDナビゲーター」4月号に広告を掲載することにし、同年1月下旬ころか同年2月上旬ころには、上記雑誌に広告の掲載を手配した。
 その結果、「DVDナビゲーター」4月号に、本件雑誌広告が掲載され(甲22)、同雑誌は、同年3月上旬ころには店頭に並べられた。
ク ところが、平成18年3月下旬ころには、「嵩山少林寺」のDVDが既に他社から発売されたことがあったことが判明し(乙1、丙2、3)、また、Zが被告らの行為について弁護士に相談をしているとの噂を伝え聞いたことなどから、被告イーエスは、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」のDVDの発売を中止することにし、被告らは、同月31日、販売店等取引先に対し、上記各映画のDVDの発売中止を告知した。
(3)上記認定事実に照らせば、被告らは、本件雑誌広告の出稿当時、被告イーエスにおいて、原告から、「嵩山少林寺」及び「CHARON(カロン)」を複製・頒布することについて許諾を受けていた可能性が高く、被告らにおいても、許諾を受けたと考えていたことが認められる。実際にも、被告イーエスは350万円を原告に交付し、原告から上記各映画の原盤の交付を受けたのであるから、仮に、上記許諾について明確な合意があったと認められないとしても、被告イーエス及び同被告から販売委託を受けた被告イーネットにおいて、原告から上記各映画の複製・頒布について許諾を受けたものと考えたことについて、少なくとも過失はないというべきである。
 したがって、被告らが、本件雑誌広告の掲載について、不法行為責任(著作権侵害の責任)を負うことはない。
 また、本件WEB掲載(甲23ないし31)については、これが被告らによる行為、あるいは、被告らの委託による行為であることを認めるに足りる証拠は存しない。
 なお、被告イーエスが、上記各映画のDVD等を作製し、あるいは、被告らが、上記各映画のDVD等を頒布したことを認めるに足りる証拠はないから、上記の点においても、複製権や頒布権の侵害はない。
 原告は、複製権・頒布権は、著作権者において、複製・頒布することを妨げることになる一切の行為を排除することを要求する権利を内包するなどと主張する。しかしながら、原告の上記主張は、著作権法が「複製」や「頒布」について、それぞれ定義規定を置いていること(著作権法2条1項15号、19号)を顧慮しない、独自の見解であって、採用の限りではない。
 その他、本件において、被告らによる本件雑誌広告の掲載が、原告に対する不法行為に該当するものと認めるべき事情については、具体的な主張立証がない。
(4)以上によれば、この点に関する原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 阿部正幸
 裁判官 平田直人
 裁判官 柵木澄子
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