判例全文 | ||
【事件名】法律実務書題号の著作物性事件(2) 【年月日】平成20年10月8日 大阪高裁 平成20年(ネ)第1700号 著作権侵害差止等請求控訴事件 (原審・大阪地裁平成19年(ワ)第14155号) (当審口頭弁論終結日 平成20年8月27日) 判決 控訴人(1審原告) B 被控訴人(1審被告) 社団法人金融財政事情研究会 (以下「被控訴人研究会」という。) 代表者 理事 C 被控訴人(1審被告) 株式会社きんざい (以下「被控訴人きんざい」といい、上記被控訴人と総称して「被控訴人研究会ら」という。) 代表者 代表取締役 D 上記両名訴訟代理人弁護士 関沢正彦 被控訴人(1審被告) E 被控訴人(1審被告) F 被控訴人(1審被告) G (以下、上記被控訴人3名を「被控訴人編著作者ら」という。) 上記3名訴訟代理人弁護士 辰巳和男 同 西島佳男 同 駒井慶太 主文 1 本件控訴及び当審新請求をいずれも棄却する。 2 当審訴訟費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2(主位的請求) (1) 被控訴人研究会は、原判決別紙目録記載の書籍を複製し、頒布してはならない。 (2) 被控訴人きんざいは、原判決別紙目録記載の書籍を複製し、頒布してはならない。 (3) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金800万円及びこれに対する訴状送達日の翌日(被控訴人研究会ら及び被控訴人Eについては平成19年11月20日、被控訴人F及び被控訴人Gについては同月18日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3(予備的請求) (1) 被控訴人研究会は、原判決別紙目録記載の書籍を製造及び販売してはならない。 (2) 被控訴人きんざいは、原判決別紙目録記載の書籍を販売してはならない。 (3) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金800万円及びこれに対する訴状送達日の翌日(被控訴人研究会ら及び被控訴人Eについては平成19年11月20日、被控訴人F及び被控訴人Gについては同月18日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。 第2 事案の概要 1 本件は、控訴人は、時効に関する法律実務書として、昭和63年から平成19年までの間に「時効の管理」との題号を含む書籍を出版しているところ、被控訴人らが平成19年以降、「時効管理の実務」との題名の書籍を出版したため(被控訴人研究会が発行、被控訴人きんざいが販売、被控訴人編著作者らが編著作)、主位的に著作権・著作者人格権侵害を主張してその複製・頒布の差止と損害賠償を、予備的に不正競争行為該当性を主張してその製造・販売の差止と損害賠償を求めた事案である。 原審が控訴人の請求をいずれも棄却したため、これを不服とする控訴人が控訴を提起し、当審新請求として不法行為(人格的利益の侵害)に基づく損害賠償請求を追加した(なお、控訴人は、同請求を原審来主張していたとするが、原審において人格的利益の侵害に基づく不法行為の請求原因は主張されていないものと解され、当審での新請求として扱う。)。 2 基礎となる事実、争点及び当事者の主張は、以下の当審での補充主張を付加する他は、原判決「事実及び理由」第2の1、2のとおりであるからこれを引用する(略語は、原告書籍を「控訴人書籍」、被告書籍を「被控訴人書籍」と呼び変える他は、原判決の用法による。)。 〔控訴人〕 (1) 著作権・著作者人格権侵害行為該当性 知的活動が行われたと言えないような淡々と事実を述べた記述のみがありふれた表現として創作性を否定され、表現に表現者の個性が何らかの形で表れていれば創作性が認められ、新規性や独創性までは要しないと解すべきところ、「時効の管理」という題号は、時効による権利義務の消滅が時間という時の経過により必然的に生じるところの人間が左右し得ない権利義務の消滅という旧来のイメージを断ち切って、消滅時効のみならず取得時効についても、権利義務の一方当事者が主体的にこれを管理しコントロールすべきであるとの視点から再認識した思想を創作的に表現したものである。表現者の個性・思想を表現する文章を細分化すると表現者が表そうとした個性・思想が失われるから、表現者がまとまった物として表現したものをそのままの形で取り上げて創作性を判断すべきであって、「時効」と「の管理」の2つに分断して創作性を判断すべきでない。 創作性の有無は、著作物としての保護範囲の問題であるから侵害時点での評価であるべきであり、控訴人書籍A発行の昭和63年12月1日時点ではなく、発行前後の状況を考慮して決すべきであるところ、同書籍発行前後の時効関係の実務書の題号(甲7〜11)と比べても、「時効の管理」は際だった特徴を有していた。 時効関係の実務書の題号の候補(選択の幅)は無限に存在したところ、時効関係の実務書として控訴人書籍がイメージされていた状況下でこれを利用するためにあえて被控訴人書籍に「時効管理の実務」との著しく類似する題号が付されたものであり、選択の幅という観点からしても、「時効の管理」は創作性を有する。 (2) 不正競争行為該当性 書籍の内容を示すありふれた題号であっても、発行部数、当該分野での取り上げられ方、影響度、文献としての引用度により題号と著作者が重なり合い、出所表示機能を発生させる事例もあるところ、控訴人書籍は文献類において多数引用されており(甲17、18、36〜47)、「時効の管理」との題号をもってその書籍が控訴人書籍であり、その出所が控訴人であることが著名又は周知となっていた。被控訴人らは、不正競争の意図をもって「時効管理の実務」との題号を選択して、控訴人書籍の出所と混同させようとしたもので、題号を商品等表示として機能させようとした。 (3) 人格的利益の侵害による不法行為の成立(当審新請求) 「時効の管理」の題号の著作物性が否定されるとしても、被控訴人書籍題号の使用により控訴人は法的保護に値する人格的利益を侵害されたから、不法行為に基づく損害賠償請求権を有し、その精神的損害は300万円を下らない。文芸家協会ニュース392号2頁の社団法人日本文芸家協会「文芸作品の題名について」等も、同一題号の使用が人格的利益を侵害して不法行為を構成する場合があるとする。 〔被控訴人研究会ら〕 (1) 著作権・著作者人格権侵害行為該当性 「時効の管理」はありふれた表現であり、創作性を欠き著作物でない。時効という法律用語は、単に自然の時間経過だけを示すものではなく、中断・援用の有無等の人間の営為を元々内包する概念であり、管理という用語が結び付いて初めて自然を乗り越える個人の主体的活動として捉えられるというものでもない。 「時効の管理」という表現は、「時効」と「管理」を「の」で結びつけたごく短い表現であり、分断的に分析した上で表現全体の創作性を判断するのは当然である。 (2) 不正競争行為該当性 控訴人書籍・被控訴人書籍の題号は、いずれも書籍の内容を直ちに表示するものであり、かかる題号については商標法3条1項3号の品質表示に該当して商標登録できないとされていることは、題号が商品の出所識別機能を有しないことを示すから、不競法上の商品等表示にあたらない。 控訴人書籍の題号は著名又は周知でなく、両書籍の題号は同一ないし類似でもない。書籍は題号だけでなく著者・出版社の記載が相まって特定されるから、需要者が両書籍を混同することも出所を混同することもない。 被控訴人研究会が被控訴人書籍を発行するにあたって類書の存在や出版状況を確認したのは出版社として当然のことであって、不正競争を意図して被控訴人書籍の題号を付したものではなく、同書籍が時効管理を実務的観点から考察した書籍であるからその旨の題号を付したにすぎない。 (3) 人格的利益の侵害による不法行為の成立 「時効の管理」という題号の書籍の著作者であることから、著作者人格権を超えた著作者個人と切り離せない題号についての保護すべき人格的利益を観念できるとは言えない。被控訴人書籍の制作・出版は、金融実務及び学術に資することを目的とする正当な行為であって、上記人格的利益を違法に侵害するものにはなり得ない。 〔被控訴人編著作者らの主張〕 (1) 著作権・著作者人格権侵害行為該当性 「時効の管理」はごく短い文章で表現もありふれており、創作性を欠き著作物性がない。同題号の背景とする思想についての控訴人主張は思想と表現を混同したものであり、表現自体の創作性を裏付けるものではない。 控訴人書籍Aの出版前後の状況を考慮すべきとの控訴人主張は、同書籍の思想ないし内容に対する評価に関するものであって、「時効の管理」という表現の創作性に関連するものではない。 あらゆる言語を如何様にも組み合わすことができる書籍題号について一般的に選択の幅が広いのは当然であり、表現イコール機能となるプログラム著作権の場合と異なり、選択の幅が広いことをもって言語著作物の創作性を認めるべきことにならない。時効という法律分野に関する実務書の題号は、「時効」という表現を不可欠に用いる以上その選択の幅は極めて狭いものでもある。 (2) 不正競争行為該当性 「時効の管理」は一般的な法律用語の組み合わせにすぎず、自他商品識別力はなく、同題号は単に当該書籍の内容が時効に関する法律書である旨を表示したにすぎず、その出所を識別する機能までは有さず、不競法上の商品等表示に該当しない。 控訴人提出の文献類は、控訴人書籍を引用するにあたって著者である控訴人氏名と書籍題号(文献によっては出版社名と発行年)を併記してこれを特定しているから、「時効の管理」という表示自体が控訴人の商品を表示するものとして著名又は周知であったと言えるものではないし、控訴人書籍が多数引用されているとしても、その内容の一部が他の研究者にとって有用であったことを意味するにすぎない。 書籍の需要者は、書籍を題号だけでなく著者・出版社と併せて識別するものであり、題号の類似によって需要者に混同が生じることはない。 (3) 人格的利益の侵害による不法行為の成立 著作権法は、著作者の人格的利益を法的に保護する手段として著作者人格権(同法18〜20条)を認めているところ、法が明確に定めるかかる人格権が認められない場合に、更に人格的利益を対象とした保護が認められるためには、表現の自由の尊重という配慮からも、特段の事情が必要と解すべきであるが、かかる事情の主張立証はない。 控訴人引用の日本文芸家協会の見解は同一題号の使用を無制限に否定するものではなく、同見解によっても「時効の管理」という題号と同一の題号すら使用すべきでない場合にはあたらない。とりわけ法律関係の学術書においては、題号が限定された学術分野に関する用語の組み合わせとなるのが通例であるため、先行書籍と同一又は類似の題号を用いることが不法行為を構成するとすると、後行の著作者の創作活動、表現の自由が極めて制限され、学術の発展が著しく阻害されることとなり妥当でない。本件の「時効の管理」という表現は、わずか5文字のありふれた表現であって、控訴人書籍の発行前においても「消滅時効の管理」、「時効管理」という表現が一般的に使用されていたことからしても不法行為法による保護に値する人格的利益はない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(著作権・著作者人格権侵害行為該当性)について 原判決「事実及び理由」第3の1のとおりであるからこれを引用する。 控訴人は、知的活動が行われたと言えないような事実を述べた記述のみがありふれた表現として創作性を否定され、表現に表現者の個性が何らかの形で表れていれば創作性が認められ、新規性や独創性までは要しないと解すべきところ、「時効の管理」という表現は、時効について権利義務の一方当事者が主体的にこれを管理しコントロールすべきであるとの視点から再認識した思想を創作的に表現したものであり、文章を細分化すると表現者の個性・思想が失われるから、表現者がまとまった物として表現したものをそのままの形で取り上げて創作性を判断すべきであって、「時効」と「の管理」に分断して創作性を判断すべきでないと主張する。しかし、上記引用に係る原判決認定・説示のとおり、「時効」は時効に関する法律問題を論じる際に不可避の法令用語であり、「管理」は日常よく使用されて民法上も用いられている用語であり、「時効の管理」という表現はこの2語の間に助詞である「の」を挟んで組み合わせた僅か5文字の表現であり、控訴人書籍Aの発刊以前から時効に関する法律問題を論じる際に「消滅時効の管理」・「時効管理」といった表現が用いられていたものであるから、「時効の管理」はこれを全体として見てもありふれた表現であるというべきである上、「時効の管理」という表現が「時効について権利義務の一方当事者が主体的にこれを管理しコントロールすべきであるとの視点から再認識した思想」を表現したとまでは理解できず、単に「時効を管理する」という事物ないし事実状態を表現しているとしか理解できないのであって、「時効の管理」という表現は思想又は感情を創作的に表現したものと認められない。 控訴人は、創作性の有無は、控訴人書籍A発行の昭和63年12月1日時点ではなく、発行前後の状況を考慮して決すべきであるところ、同書籍発行前後の時効関係の実務書の題号と比べても、「時効の管理」は際だった特徴を有していたと主張するが、上記認定・説示に照らせば、控訴人書籍A発行前後の類書の題号(甲7〜11)との比較においても同認定・説示が左右されるわけではない。 また、控訴人は、時効関係の実務書の題号の候補(選択の幅)は無限に存在したところ、時効関係の実務書として控訴人書籍がイメージされていた状況下でこれを利用するためにあえて被控訴人書籍に「時効管理の実務」との著しく類似する題号が付されたものであり、選択の幅という観点からしても、「時効の管理」は創作性を有すると主張するが、上記認定・説示に照らせば、同主張によっても同認定・説示が左右されるわけではない。 したがって、「時効の管理」という表現を著作物と認めることはできないから、著作権及び著作者人格権に基づく控訴人の請求はいずれも理由がない。 2 争点(2)(不正競争行為該当性)について (1) 書籍の題号について 原判決「事実及び理由」第3の2(1)のとおりであるからこれを引用する。 (2) 控訴人書籍の「時効の管理」について 控訴人は、書籍内容を示すありふれた題号であっても、発行部数、当該分野での取り上げられ方、影響度、文献としての引用度により題号と著作者が重なり合い、出所表示機能を発生させる事例もあるところ、控訴人書籍は文献類において多数引用されており、「時効の管理」との題号をもってその書籍が控訴人書籍であり、その出所が控訴人であることが著名又は周知となっていたなどと主張する。 証拠(甲1〜5)によれば、控訴人書籍は時効に関する法律実務書であり、「時効」という用語も「管理」という用語もそれ自体は法律問題を論じる際のありふれた用語であり、それを組み合わせた「時効の管理」という表現も、書籍の内容を表示したものということができるから、その意味で題名自体が特異とまで認めることはできず、実際にも、控訴人が挙げた文献類のほとんどが控訴人書籍を「時効の管理」との題号によってのみではなく、題名の全部及び書籍の出所を示す著者名(控訴人名)、ないし出版社名・発行年をもってこれを特定している(甲17、18、36〜47)。もっとも、そのような場合でも、控訴人主張のような事情のいかんによっては周知商品等表示性を獲得するようなこともあり得るところ、上記証拠によれば、控訴人書籍の存在が一定範囲で知られるようになったことが窺われるが、控訴人の商品等表示として周知となったとまでは認められず、本件において、その点の立証は十分ではなく、したがって、「時効の管理」を控訴人の周知商品等表示と認めることはできない。 (3) 混同について 証拠(甲1〜6、乙1の1〜3)によれば、控訴人書籍は本判決別紙1の1〜5、被控訴人書籍は本判決別紙2のとおりであって、書籍に表記された編著者の数・氏名、出版社名、外装のデザイン、色が全く異なるものであることが認められるところ、両書籍のような法律書は、事柄の性質上、特定の著者、出版社の如何に比重を置いた選択、識別がされると考えられるから、上記のような相違点がある以上、混同のおそれがあると認められない。 (4) まとめ したがって、不正競争行為に該当しないから、同請求は理由がない。 3 人格的利益の侵害による不法行為の成否(当審新請求) 控訴人は、「時効の管理」という題号の著作物性が否定されるとしても、被控訴人書籍題号の使用により控訴人は法的保護に値する人格的利益を侵害されたから、不法行為に基づく損害賠償請求権を有するものであり、社団法人日本文芸家協会の見解もこれを裏付ける旨主張する。 しかし、両書籍の題号は同一ではないし、仮に類似するものとしても本件全証拠をもっても被控訴人らが控訴人書籍の題号を殊更に模倣するなどの不正な目的をもって被控訴人書籍の題号を付したと認められないし、控訴人引用の日本文芸家協会の見解も同一でない題号の使用につき不法行為が成立しうるとの見解を示したものとも解されず(弁論の全趣旨)、控訴人主張を裏付けるものとは言えず、前記1、2の認定・説示に照らしても、被控訴人書籍の出版等が不法行為を構成するものとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、同主張は採用できない。 4 結論 その他、当事者提出の各準備書面記載の主張に照らして全証拠を改めて精査しても、以上の認定、判断を覆すほどのものはない。 よって、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第8民事部 裁判長裁判官 若林諒 裁判官 小野洋一 裁判官 菊地浩明 |
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