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【事件名】弁護士の“懲戒請求”呼びかけ事件
【年月日】平成20年10月2日
 広島地裁 平成19年(ワ)第1417号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告は、原告ら各自に対し、200万円及びこれらに対する平成19年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
 被告は、原告ら各自に対し、300万円及びこれらに対する平成19年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 特定の刑事事件における原告らの弁護活動について、被告がテレビ放送において公衆に対し原告らに対する懲戒請求をするように求めたことにより、原告らが経済的損害及び精神的損害を被ったとして、原告らから被告に対し不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する事案である。
1 関連法令
 弁護士法のうち、本件と関連する条項は次のとおりである。
(1) 56条
ア 1項
 弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったときは、懲戒を受ける。
イ 2項
 懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。
(2) 58条1項
 何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。
2 前提事実(被告において明らかに争わない、当裁判所に顕著である又は証拠により容易に認定できる)
(1) 原告らは、いずれも広島弁護士会に所属する弁護士であり、広島高等裁判所平成18年(う)第161号殺人、強姦致死、窃盗被告事件(以下「本件刑事事件」という)の弁護人であった。なお同事件の弁護人らについて以下併せて「本件弁護団」という。
ア 本件刑事事件の後記第1審判決において認定された事実の概要は次のとおりである(甲3)。
 犯行当時18歳の被告人(以下「本件被告人」という)が、白昼配水管の検査を装って上がり込んだアパートの一室において、当時23歳の主婦(以下「被害者」という)を姦淫しようとして激しく抵抗されたため、被害者を殺害した上で姦淫し、その後同所において、激しく泣き続ける当時生後11か月の被害者の長女(以下「被害児」という)をも殺害し、さらに、その後同所において、被害者管理の現金等在中の財布1個を窃取した。
イ 本件被告人は、本件刑事事件について第1審及び第2審とも無期懲役刑に処せられた後、最高裁判所第三小法廷平成18年6月20日判決により第2審判決が破棄され、広島高等裁判所に差し戻された。原告Aは、本件刑事事件が最高裁判所に係属している間に私選弁護人として選任され、その他の原告らは本件刑事事件が広島高等裁判所に差し戻された後に同じく私選弁護人として選任された。
ウ 本件被告人は、本件刑事事件について第1審及び第2審では公訴事実をいずれも認めていた。しかし、原告Aが選任された後、被害者に係る強姦致死の公訴事実について被害者を生き返らせるために姦淫したなどとして殺意及び強姦の故意を否認し、被害児に係る殺人の公訴事実についても殺意を否認し、本件弁護団もこれに沿った主張をした。
(2) 被告は大阪弁護士会に所属する弁護士であり、いわゆるテレビタレントをも業とする者であるところ、平成19年5月27日Bテレビ放送株式会社制作の「J」と題する番組(以下「本件番組」という)に出演し、共演者らが本件弁護団の活動を批判する中で次のとおり発言した(以下順次「本件発言ア」ないし「本件発言オ」といい、併せて「本件各発言」という)(甲1の@及びA、弁論の全趣旨)。
ア 「死体をよみがえらすためにその姦淫したとかね、それから赤ちゃん、子どもに対しては、あやすために首にちょうちょ結びをやったということを、堂々と21人のその資格を持った大人が主張すること、これはねぇ、弁護士として許していいのか」(本件刑事事件において本件弁護団がしたという主張の内容を摘示するもの)
イ 「明らかに今回は、あの21人というか、あのCっていう弁護士が中心になって、そういう主張を組み立てたとしか考えられない」(上記主張を本件弁護団が創作したという事実を摘示するもの)
ウ 「ぜひね、全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてもらいたいんですよ」
エ 「懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで、何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」
オ 「懲戒請求を1万2万とか10万人とか、この番組見てる人が、一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね、弁護士会のほうとしても処分出さないわけにはいかないですよ」
(3) 本件番組は、Bテレビのほか全国18の地方テレビ局により放送された(甲6、以下「本件放送」という)。
(4) 平成19年5月26日以前に原告ら4名に対してされた懲戒請求の件数は0件であった(調査嘱託の結果)。
 本件番組以降、原告らに対し、本件刑事事件における本件弁護団の主張が弁護士の品位を失うべき非行に当たるなどとする懲戒請求がされた。その後平成19年8月30日までに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに対するものが318件、原告Dに対するものが301件、原告Eに対するものが302件、原告Fに対するものが301件であった(甲2の@ないしP、弁論の全趣旨)。また、平成20年1月21日ころまでに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに関するもの639件、原告Dに関するもの615件、原告Eに関するもの632件、原告Fに関するもの615件であった(調査嘱託の結果)。
 なお、平成18年中における懲戒請求の件数は、広島弁護士会所属弁護士に対するものは延べ20件、全国の弁護士に対するものを合計しても1367件であった。
(5) 広島弁護士会は平成20年3月18日付けで本件刑事事件における本件弁護団の主張が弁護士の品位を失うべき非行に当たるなどとする懲戒請求について、原告らに対し、いずれも懲戒しないと決定した(甲20の@ないしL)。
3 争点
(1) 本件各発言が原告らに対する名誉毀損に当たるか
(2) 本件発言アないしオが原告らに対する(1)以外の不法行為に当たるか
(3) 本件各発言と原告らの損害との間に因果関係があるか
(4) 原告らが本件各発言により被った損害の有無及び程度
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)に関する当事者の主張
(被告の主張)
 本件各発言は、原告らの名誉を毀損したり、プライバシーを侵害したりしたものではない。
 被告は本件番組の共演者の発言から一般市民は弁護士の活動に対して何の不服を申し立てることもできないと考えていると知り、弁護士法上の懲戒制度の存在を広く告知する目的で本件各発言をした。
ア 本件各発言の対象は本件刑事事件の弁護活動であり、本件刑事事件は被害者が惨殺され、被害者遺族の悲痛な悲しみとともに死刑適用基準に係る問題点を含み、社会の重大な関心事であった。
 また、被告が本件各発言をした当時、本件刑事事件及び本件弁護団の活動が多くのマスメディアで報じられ、論評・批判の対象となっていたことは公知の事実であり、本件各発言には公共性がある。
イ 上記のとおり、本件各発言は弁護士懲戒制度の存在を告知することにあったから、専ら公益を図る目的を有する。
ウ 原告らは本件番組に出演したり、本件各発言に抗議をしたりするなどして反論する機会があったのに、これを放棄した。
(原告らの主張)
 被告は本件各発言により本件番組の視聴者らに対して原告らの弁護活動には懲戒事由に当たる行為があるという事実を摘示し、原告らの名誉及び信用を毀損した。
ア 本件発言ア及びイにおいて摘示された中には真実でない部分がある。
 原告らは本件刑事事件において本件被告人が被害者を殺害した後に強姦したことを「死者を復活させる儀式」であったと主張した。しかし、本件被告人が被害児を床にたたきつけたことを「ままごと遊び」であるとか、被害児の首をひもで締め上げたことについて謝罪するためにちょうちょ結びをしたなどと主張したことはない。
イ 本件各発言が公共の利害に関わることは認める。
ウ 本件各発言の目的は正当な理由を示さないまま市民に向けて原告らに懲戒を扇動することにあったから「専ら」公益を図るものであるとはいえない。
エ 本件各発言の内容は原告らに弁護士の品位を失うべき非行という懲戒事由があったとして人身攻撃に及んでおり、明らかに意見や論評としての域を逸脱している。
オ 原告らに反論の機会があったことは名誉毀損の成否と関連性がない。
(2) 争点(2)に関する当事者の主張
 以下では便宜上、原告らの総論的主張、被告の総論的主張、被告の各論的主張及び原告らの各論的主張の順に整理する。
(原告らの総論的主張)
ア 本件各発言は広範な影響力を有するテレビというメディアを通じて不特定多数の視聴者に対してなされ、弁護士である被告の刑事手続及び懲戒手続についての発言は専門家による正しい知見であると視聴者に認識されやすいものであり、被告はこのような発言の影響力の大きさを認識していた。
 そうであるにもかかわらず、被告は多数の懲戒請求がされれば弁護士会が懲戒処分をせざるを得なくなると誤解させる発言をし、多数の懲戒請求を促した。
 被告が真に特定の弁護士に懲戒事由があると考えたのであれば、自分で一通の懲戒請求をすれば足りたのであり、大量の懲戒請求を扇動することについては正当化されないし、公益性もない。
 懲戒請求がされたことによる損害、すなわち名誉・信用の毀損、対象弁護士が負う手続的負担やそのおそれ、それに伴う精神的苦痛は懲戒請求の数に相応して拡大する。
 したがって、テレビ番組を通して不特定多数の視聴者に対し特定の弁護士に対する懲戒を扇動する行為は原則として違法となり、真に懲戒事由がある場合でも、せいぜい損害額の算定に影響するにすぎない。そうすると本件各発言についても不法行為が成立する。
イ 被告は原告らに懲戒事由があることについて事実上及び法律上これを裏付ける相当な根拠がないことを知りながら、本件各発言により原告らに対する懲戒請求を促した。
(ア) 本件各発言当時、被告の認識は@本件弁護団が本件被告人の主張をねつ造して創作しており、A本件刑事事件と本件被告人を死刑廃止運動に政治利用している上、Bその主張内容が荒唐無稽なものであり許されないことが懲戒事由に当たるというものであった。
 したがって、原告が主張するその他の事情はいわば後付けの理由であって、本件各発言を正当化する根拠となり得ない。
(イ) 上記のとおり、本件弁護団が本件刑事事件において本件被告人が被害児を床にたたきつけたことについて「ままごと遊び」であったとか、その首をひもで締め上げたことについて謝罪するためのちょうちょ結びをしただけであるなどと主張したことはない。
(ウ) 本件弁護団が本件被告人の主張をねつ造し創作したとか本件刑事事件と本件被告人を死刑廃止運動に政治利用したというのは何の根拠もない事実無根の臆測である。
(エ) 被告人には資格を有する弁護人を依頼する権利があり、いかに多くの国民から、あるいは社会全体から指弾されている被告人であっても、その主張を十分に聞き入れた上で弁護活動を行う弁護人が必要であり、弁護人には被告人の基本的人権を擁護する責務がある。被告人の主張や弁解が仮に一見不可解なものであったとしても、被告人がその主張を維持する限り、それを無視したり、あるいは奇怪であるなどと非難したりすることは許されないし、被告人が殺意を争っている場合においては弁護人が被告人の意見に反する弁論を行うことは、弁護士の職責・倫理に反するものであり、厳に慎まなければならない。
 被告人の弁明を誠実に受け止めて、これを法的主張として行うことは弁護人の正当な弁護活動であり、仮にこれによって関係者の感情が傷つけられ、精神的苦痛を及ぼしたとしても、ことさらその結果を企図したのでない限り、その正当性が否定されることはない。以上のことは憲法と刑事訴訟法に基づく刑事裁判制度から必然的に導かれるものである。
 本件弁護団は鑑定意見及び本件被告人の供述に基づき主張をしたのであり、科学的に理解できない主張であるとか意図的に裁判を遅延させたのではないし、刑事事件における弁護士の職責を果たすために行った。
 仮に本件弁護団の主張を理解することに嫌悪感を覚えたとしてもそれは好悪の感情にすぎないし、被害者らを侮辱し死者の尊厳を傷つけるものと受け止められたとしても、懲戒事由に該当するとはいえない。
(オ) 被告は原告らと関連しない事実を挙げて、原告らに対する懲戒請求には事実上及び法律上の根拠があるとも主張する。しかしながら、ある弁護団に属する弁護士に対する懲戒事由が当該弁護団に属する弁護士に連帯的に波及することはありえない。
ウ 自ら懲戒請求をする者であれ、他人に懲戒請求をさせる者であれ、懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠があることについて調査検討をする義務があり、それを怠った場合に懲戒請求等が弁護士懲戒制度の目的に照らし、相当性を欠くときには不法行為が成立する。
 被告は本件各発言当時において可能な調査をしていれば、上記@ないしBの主張が事実誤認であり、懲戒事由となり得ないことを容易に知り得たのに、本件弁護団が本件刑事事件において広島高等裁判所に提出した更新意見書及び最高裁判所における弁論要旨を読まず、本件弁護団に接触を図り弁護方針を確認しようと試みたこともないなど、必要な調査・検討をしなかった。このように、被告は自らの誤解に気づかず又は到底懲戒事由となり得ないことを知りながら、これを怠り、あえて多数の懲戒請求をあおっており、この行為は弁護士懲戒制度の目的に照らし相当性を欠いているから不法行為が成立する。
(被告の総論的主張)
ア 被告としては、本件弁護団に対して懲戒を申し立てるかどうかについては視聴者の自由意思に委ねており、原告らに対する懲戒請求は本件番組の視聴者らが懲戒制度を知ったことによる結果であって本件各発言により扇動されたものではない。
イ 弁護士会の信用を害し、品位を失うべき非行に当たるかどうかは評価に関わる事柄であるから、世間一般の常識的な感覚で判断するものであり、多数の懲戒請求がされたという事実は、実際上原告らに対する処分に影響を及ぼす。
ウ 一般市民が本件弁護団の本件刑事事件における活動は弁護士会の信用を害し、品位を失うべき非行に当たると考えることには事実上及び法律上の根拠があり、したがって、原告らに対してされた懲戒請求には違法性がないから、それを勧奨した被告の行為にも全く違法性はない。なお、上記事実上及び法律上の根拠があるかどうかについては原則として懲戒請求をした一般市民について検討すべきである。
エ 本件弁護団の本件刑事事件における非行は、報道等により公知の事実となっている。また、被告は原告らに対して懲戒請求をした者と同様の調査及び検討をする義務を負わないし、仮に負ったとしてもこれらの義務を尽くした。
(被告の各論的主張)
ア 以下の事情から、一般市民の原告らに対する懲戒請求には事実上及び法律上の根拠があった。
(ア) 本件弁護団は原則として本件刑事事件について動機、犯意を生じた時期及び犯行態様等について争ってはならないのに争った。
a 上記最判平成18年6月20日は本件刑事事件について次のとおり判示した。
「弁護人C(以下「C」という)、同Aは、当審弁論及びこれを補充する書面において、原判決が維持した第1審判決が認定する各殺人、強姦致死の事実について、重大な事実誤認がある旨を指摘する。しかし、その指摘は、他の動かし難い証拠との整合性を無視したもので失当であり、本件記録によれば、弁護人らが言及する資料等を踏まえて検討しても、上記各犯罪事実は、各犯行の動機、犯意の生じた時期、態様も含め、第1、2審判決の認定、説示するとおり揺るぎなく認めることができ、弁護団の指摘する事実誤認等の違法は認められない。被告人の罪責は誠に重大であって、特に酌量すべき事情がない限り、死刑の選択をするほかないものといわざるを得ない。」
 その上で、最高裁判所は、第1審及び第2審判決が死刑を回避する事情として挙げた点については本件被告人が犯行当時18歳になって間もない少年であり、その可塑性から改善更生の可能性が否定されていないということ以外は、斟酌(しんしゃく)するに値しない事情として一蹴し、本件刑事事件について死刑の選択を回避するに特に酌量すべき事情があるかどうかにつきさらに慎重な審理を尽くさせるために本件刑事事件を破棄差戻した。
 この判決を常識的な感覚で読めば、最高裁判所は、本件刑事事件について差戻し審では事実関係が確定したものとした上で情状について再度審理すべきであり、犯行当時や原審の弁論終結時までの事由ではなく、原審の弁論終結時以後の事情を徹底して審理し、本件被告人が18歳になって間もない年齢であるという事情を総合して死刑を回避すべきであるかどうかについて判断すべきであるとしていると解釈する。
b 裁判所法4条は上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束すると規定している。
 また、刑事訴訟法382条の2は、やむを得ない事由によって第1審の弁論終結前に取り調べを請求することができなかった場合を除いて、新証拠を用いて新たな事実を主張することは許されないとしていると解釈されるから、被告人の主張の変更は原則として許されない。
c 本件弁護団は本件刑事事件について本件被告人の更生可能性を徹底的に主張立証することなく、それまで認めていた強姦目的及び殺意を否認し、犯行に至った経緯についての主張も著しく変更させ、被害者を復活させるために姦淫行為をしたという新たな主張をしており、これらは最高裁裁判所で一蹴された主張の蒸し返しである。本件弁護団は判決に影響を及ぼすことがなく、死刑を選択すべき事情として考慮するまでもない細かな事実に固執し、犯罪事実をあらゆる角度から否定しようとした。
d 本件弁護団が本件刑事事件について、動機、犯意を生じた時期、犯行態様等について差戻審で争うことは何ら違法でないとはいえ、上記のような事情から、一般市民が、本件弁護団の弁護活動について、最高裁判所の判決を無視し、裁判所法4条にも違反する弁護活動であり、弁護士全体ひいては弁護士会に対する信用を失い、弁護士の品位を失うべき非行に当たると評価したとしても事実上及び法律上の相当な根拠があるといえる。
(イ) 最高裁判所は、本件刑事事件について平成18年3月7日弁護人らからされた弁論期日の延長申請を翌8日に却下したのに、C及び原告Aは単なる一職業団体にすぎない日本弁護士連合会における全員ではなく一部の弁護士のみが参加する裁判員裁判の模擬裁判のリハーサルに出席することを理由として欠席した。これは全く正当な理由のない不出頭である。
 本件弁護団の一員であるGは、上記欠席の非を認めず、最終的には司法関係者全体の問題であると開き直った上、裁判所や検察庁が被害者に弁護人が欠席するという連絡をすればよかったなどと身勝手な主張をした。
 本件弁護団も上記C及び原告Aらの非常識な行動について、被害者遺族又は社会に対して正式に謝罪をした形跡は全くなく、本件弁護団はこのような社会において全く是認できないマナー違反を容認しており、このことについて一般市民が弁護士の品位を失い、ひいては弁護士全体に対する信用を失わせたと判断することには事実上及び法律上の根拠がある。
(ウ) 地下鉄サリン事件を含むいわゆるオウム事件の控訴審において弁護団は控訴趣意書の不提出というおよそ弁護士としては認められない法律違反の弁護戦術を断行し、その結果、刑事訴訟法386条1項1号により裁判を打ち切られるという前代未聞の大失態を犯し、それにより一審の裁判のみで被告人の死刑が確定した。これは弁護人としてあるまじき行為であり、被告人の人権を弁護人が踏みにじる行為である。
 本件弁護団の主任弁護人であるCは、当初オウム事件の弁護団の主任弁護人を務めており、本件弁護団の一員であるH弁護士もオウム事件の弁護団に加わっていた。また、本件弁護団の一員であるIは、オウム事件で控訴提出書を提出せず、裁判所から弁護士会に対し処置請求及び懲戒請求をされた。そうであるにもかかわらず、オウム事件の弁護団は裁判所を批判する抗議声明を出しており、自らが法律に違反し、法律にのっとって裁判が打ち切られたにもかかわらず全く反省していない。
 弁護団は有機的一体の人的組織であり、意思連絡も密で同じ価値観を共有する組織体であるところ、本件弁護団にも上記C及びIが加わっていることからすると、本件弁護団もオウム事件弁護団と同じ価値観を有しており、被告人の利益のためなら裁判のルール上定められた期日を無視してもかまわないという価値観を有する集団であると一般的には判断される。
(エ) 本件各発言当時、本件被告人は本件弁護団に誘導されて虚偽の供述をしたと考えられていた。このような場合、法律上は本件弁護団が社会に対し説明をする責任はないとはいえ、社会が合理的な理由に基づいて弁護士に対する信用を失い弁護士の品位を欠いていると評価している状況では、信用や品位を回復し懲戒請求を避けるために、社会に対して説明する必要があった。
 そうであるのに、本件弁護団はこの疑念を払拭(ふっしょく)するような説明をしなかった。
イ さらに、被告は、以下の事情から原告らには品位を失うべき非行があると判断した。したがって、本件各発言により原告らに対する懲戒請求を勧奨したことには事実上及び法律上の根拠がある。
(ア) 原告Aは自らスピード違反をした事件において反則金を納付せず無罪を主張して裁判で争ったことがあり、その主張内容は「規制速度は実勢速度とかけ離れており、速度超過に違法性がない」「ねずみ取りは速度違反をし向けて摘発する一種のおとり捜査であり違法である」「測定機器、測定方法の信頼性、正確性に疑いがある」などという世間の常識とかけ離れた法律論を述べるものであって、広島高等裁判所で全面的に排斥された。
(イ) 原告Aは、テレビ番組に出演した際、最高裁判所が本件刑事事件について一蹴した事実関係を主張し続け、最高裁判所における本件刑事事件の弁論を欠席したことに対する謝罪を一切しなかった。
(ウ) C及び原告Aは、平成18年2月に行われた「死刑執行停止に関する全国公聴会」における「被害者支援と死刑問題」と題するパネルディスカッションに関与し、すでに本件刑事事件の弁護を担当することを決めていたのに、そのことを秘して本件刑事事件の被害者の夫を参加させた。
(原告らの各論的主張)
 被告は原告らに対する懲戒請求に事実上又は法律上の根拠がないことを知りながらあえて本件各発言をした。
ア(ア)a 破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由すなわち原判決に対する消極的、否定的判断についてのみ生ずるものであり、刑事訴訟法上、被告人が主張の変更をしてはならないという規定は存在せず、本件弁護団が本件刑事事件の事実関係を争うことは何ら違法ではない。
 弁護士である被告はこのことを当然知っていた。
b 現に広島高等裁判所は本件放送に先立つ平成19年5月24日の公判において本件弁護団がした証拠調べ請求を採用した。
(イ) 最高裁判所における本件刑事事件の公判期日を欠席したのは原告Aのみであり、その他の原告は当時本件刑事事件の弁護人ではなく、全く関与していない。
a 原告Aに対しても平成19年3月30日に広島弁護士会綱紀委員会において懲戒不相当の決定がされたから、もはや懲戒事由とはなり得なかったのであり、被告も本件各発言当時このことを認識していた。
b 原告Aは、上記公判期日の2週間前に本件刑事事件を受任し、前任の弁護人から引き継ぎを受けた訴訟記録のみでは不十分であり、さらに訴訟記録を閲覧謄写しなければならない状態であり、本件刑事事件の重大性からすると、上記公判期日までに十分な準備を行うことは困難で、さらに準備期間が必要であった。
 したがって、原告Aが受任後に最高裁判所に対し期日変更申請をしたのは無理からぬことであり、この点において訴訟遅延を図る不当な目的はなかった。
c また、原告Aは、上記公判期日まで2週間しかなく準備期間が不足していたこと、当日はすでに日弁連の会務が予定されていたことを承知していた。しかし、本件刑事事件は死刑か無期懲役かが問題となる重大な刑事事件であって、公判期日直前に弁護人が交替した場合には、公判期日変更請求が認められることもまれなことではないから、期日変更請求が認められると考えて弁護人に就任したことは非難されるべきことではない。
d 原告Aらは、最高裁判所により期日変更請求が直ちに却下されたため、訴訟記録も十分にそろっておらず、記録の精査も十分ではなかったことから、たとえ準備不足のままで公判期日に出席して準備期間の不足を理由に公判期日の続行を求めても、最高裁判所の本件刑事事件に対するそれまでの対応からすると、続行の主張は認められず、弁論が終結される可能性が極めて高く、その場合には最高裁判所における被告人のための弁護活動の機会が失われると判断した。そこで、批判されることを覚悟の上で、被告人のために最善の弁護活動をする努力義務を優先させ、公判期日の延期を見込んであえて公判期日に欠席した。その動機は、まさに死刑か無期懲役かという究極の局面に遭遇している被告人の防御権のために、言い換えれば、弁護士の使命である基本的人権の擁護と社会正義の実現を目的として、被告人のために最善の弁護活動努力義務を尽くすことにあった。
 この行為は本件刑事事件の真相を追及して被告人の防御権を保障しようとするものであって、被害者及びその遺族の基本的人権を無視するものではない。
 現に、原告Aらは、受任後直ちに弁護活動に着手し、上記公判期日までの2週間の間に広島拘置所に勾留されている被告人と7回ほど接見し、訴訟記録の欠落部分を取り寄せるべく、裁判所に訴訟記録の閲覧及び謄写申請を行うなど精力的に弁論準備活動を行い、最善の弁護活動努力義務を尽くした。
 また、上記公判期日後は、被告人と14回接見し、欠落した訴訟記録の閲覧謄写を行い、次の公判期日には弁論要旨22頁、その資料として1ないし32を提出して弁論を行った。
 以上のとおり、原告Aらは、本件刑事事件について受任した後、本件被告人のために真摯に弁護活動を行っており、これら一連の弁護活動を総合的に考慮すると、弁護士の欠席行為を取り上げて懲戒処分を課さねばならないほどの非行ということはできない。
e 弁護士倫理規程76条に定める怠慢又は不当な目的による裁判遅延行為とは、単に正当な理由のない欠席というだけでは足りず、最善の弁護活動義務とは無関係な目的が付加されている場合、例えば、私的利益を図るとか、関係者を困窮させるだけとかいうような実質的にみて弁護活動目的からはみ出た目的をもった行為を想定している。
 原告Aは、上記のとおり、専ら最善の弁護活動努力義務を尽くす目的で本件刑事事件の公判期日を欠席したものであり、他に怠慢又は不当な目的を持っていなかった。また、同条にいう「訴訟の遅延」とは、通常の審理期間を超えた場合をいうのであり、その後の訴訟手続からすると、上記期間を超えるほどに審理が長引いてはいない。
 したがって、原告Aは専ら訴訟を遅延させる目的で虚偽の事実を申し立てて本件公判期日に欠席したのでもない。
(ウ) いわゆるオウム事件の弁護団が控訴趣意書を提出しなかったことについては原告ら全員が関与していない。
(エ) 弁護人は、被告人の単なる代理人ではなく、その保護者であって、弁護人の訴訟上の権利ないし権限を被告人のために誠実に行使することを義務とする者をいう。したがって、弁護人は国家権力やマスメディア、世論等に屈することなく、被告人のために誠実に権利・権限を行使しなければならない。
 被告の主張は弁護人の誠実義務を無視した被告独自の解釈であり、全く根拠がない。弁護人が社会からの批判に対して誠実義務を放棄して説明することは、そのこと自体が弁護士の信用を損ない、かつ、その品位を害することとなる。
 本件被告人が主張を変遷させたからといって、本件弁護団が虚偽の主張をさせたというのは経験則を逸脱した推論であり、前提となる事実を誤認するものである。
イ(ア) 原告Aのスピード違反被告事件について他の原告は全く無関係である。
 原告Aはスピード違反の取り締まり、いわゆるねずみ取りに対して世間からの批判も強かったことから、一石を投じる意図から争った。
 そもそも、この事件は本件各発言の10年以上も前の出来事であり、弁護士法63条は懲戒請求について3年の除斥期間を定めているから、懲戒事由となりようがない。
(イ) 原告Aが平成18年4月18日の翌日とその週の土曜日にテレビ番組に出演して最高裁判所における本件刑事事件に対する主張を説明したことは認める。これも他の原告とは無関係である。
 C及び原告Aは、同月17日に東京地裁の司法記者クラブで記者会見を行った際に、被害者の遺族らに対し謝罪の意思を表明した。
(ウ) 平成18年2月4日に行われた「死刑執行停止に関する全国公聴会」は日本弁護士連合会が主催した行事であり、その内容をもって原告らの懲戒事由とすることは失当であり、少なくとも原告A以外の原告は無関係である。
(3) 争点(3)に関する当事者の主張
(原告らの主張)
 原告らに対する懲戒請求は、その大半が本件各発言により扇動されたものである。
ア 本件放送がされた地域は全国30道府県であり、17都県では放送されなかった。
 原告らに対してされた懲戒請求書に記載された請求者の住所は、人口100万人当たりでは本件放送がされた地域で約13.5人であるのに対し、本件放送がされなかった地域では約5.18人と明らかな差違がある。
 本件放送がされなかった神奈川県では署名活動の形式により23通分の懲戒請求が集められ、92人が懲戒請求をしており、これを除くと人口当たりの請求件数上位14都道府県は本件放送がされた地域であり、これらの地域からの懲戒請求の合計は825件に及んでおり、本件訴え提起前のの原告らに対する懲戒請求合計1222件のおよそ3分の2である。
 原告Aに対する懲戒請求は本件放送がされた後平成18年6月までの約1か月間にされたものが238件あり、同年8月までにされた合計318件の約3分の2を占めている。
イ 本件放送直後からインターネット上で、本件各発言が紹介されたり、原告らの氏名や懲戒請求の方法について教示するように求める書き込みがされたりした。また、本件各発言に前後して、インターネット上には数件の懲戒請求書の書式が掲載され、実際に原告らに対してされた懲戒請求の多くはこれらの書式を利用していた。
 これらの書式を掲載したホームページには本件各発言を引用したり、本件番組の動画を閲覧することができるウェブサイトへのリンクを付して本件各発言を紹介しつつ、懲戒請求を勧奨するものがあった。
 このように本件各発言は弁護士としての専門的知見であると認識されやすく副次的に利用されたことにより、繰り返し多数人に周知され、懲戒請求を決意させる大きな要因となった。
ウ 上記懲戒請求の多くは前もって懲戒事由が記載され、日付、住所、氏名及び連絡先を記入して弁護士会に送付すればすむ書式を利用したものであり、調査、検討、熟考及び躊躇(ちゅうちょ)等を欠いたままされたことが窺える。
 また、同一住所同一姓の複数人からそれぞれされた請求や、署名活動の形式でされた請求もあり、数が多ければ懲戒処分がされるであるとか、署名活動のようなものであるという誤解が広まっていたことが窺える。
 本件放送当時、被告以外に原告らに対する多数の懲戒請求を広く促した者はいないから、これらの誤解が生じた要因は本件各発言以外にはない。
エ 被告は、平成19年8月6日に大阪弁護士会館で開催された「光市母子殺害事件弁護団緊急報告集会」に参加し、本件弁護団に対する懲戒請求のきっかけは被告が作ったと述べており、本件各発言と原告らに対する懲戒請求との因果関係を自認した。
オ @テレビ番組の性質・内容、さらには発言の前後の状況等から、明らかに冗談であることが分かる特段の事情等があり、相手方がそれによって懲戒請求をするおそれがない場合や、A懲戒請求は犯罪となり得ること、不法行為として損害賠償請求の対象となり得ること、発言者が代わりに責任をとることはできないこと、したがって、懲戒請求をする以上は、あくまで自己責任で行うことなどについて注意喚起をしている場合には、懲戒請求の扇動と懲戒請求との間に因果関係が存在しないとして免責されることもありえる。
 しかしながら、被告は、弁護士であり、テレビという極めて影響力の強い媒体を用いて、視聴者からその専門領域であると思われている刑事弁護活動及び弁護士懲戒制度について、被告が識者と呼ぶコメンテーターらの支持の下に、繰り返し執拗(しつよう)に懲戒請求を扇動したから、免責される余地はない。
(被告の主張)
 原告らを対象としてされた懲戒請求は、請求権者である一般市民の自発的意思に基づくものであり、一般市民は自ら得た情報に基づき、真摯に対象者の懲戒事由を検討、思料して懲戒請求をしたから、本件各発言と原告らに対する懲戒請求との間に因果関係はない。
 懲戒請求がされた場合に対象者の業務が妨害されるような形で懲戒手続が運用されているのであれば、それは制度の欠陥である。綱紀委員会制度は、濫用的な懲戒請求を取り除くためのものであり、濫用的請求により被懲戒請求者である原告らに過度の負担が生じたのであれば、それは綱紀委員会制度の欠陥に起因する。
 弁護士会の呼出しに全て応じ、全力で弁明書を作るというのは、弁護士会内での評判を気にする個人的な趣味にすぎないから、懲戒請求との因果関係がない。
(4) 争点(4)に関する当事者の主張
(原告らの主張)
 原告らは本件各発言によって精神的損害を被り、慰謝料としては原告1人当たり少なくとも1000万円が相当である。
ア 原告らは、本件各発言により本件番組の視聴者らから原告らが懲戒相当の行為を行っており、懲戒請求をされるに値するような弁護士であると認識されたことにより、名誉及び信用毀損、名誉感情の侵害を受け、精神的苦痛を被った。
 本件各発言により、原告らは同じ弁護士の職にある被告から、主張を捏造(ねつぞう)したと決めつけられ、また、そのような主張は弁護士として許せないとまで非難された。これは、刑事事件を数多く手がけ、その中で弁護士法や弁護士倫理を遵守しながら被告人のために最善の弁護を行うべく努力を積み重ねてきた弁護士に対する許し難い根拠のない中傷である。
イ 原告らは、本件各発言により前例のない1人当たり600通を超す多数の懲戒請求をされたことにより、社会的名誉、信用及び名誉感情等を毀損され、甚大な精神的苦痛を被った。
ウ 原告らは、本件刑事事件における弁護活動その他の弁護士業務の傍ら多数の懲戒請求に対する弁明及び反論等の対応をすることを余儀なくされ、以下のような手続負担を生じ、業務に多大な支障を生じた。以下は、原告Eの例であり、他の原告らも答弁書を提出するなど概ね同様の負担をした。
(ア) 各懲戒請求の検討に10時間以上を要した。
 綱紀委員会から通知された懲戒請求の内容を確認し整理するなどの負担を負った。一見して同じ様式の懲戒請求が多数あったとしても、内容が同様であるかどうかは逐一懲戒請求書を精読しなければ判断できず、懲戒請求書の内容に類似したものが多いからといって負担が軽くなるわけではない。
(イ) 綱紀委員会の委員からの電話連絡に対する応答、問い合わせのあった事情についての報告、提出を求められた資料の収集と提出、綱紀委員会に対する答弁書や意見書の検討、作成と提出に65時間以上を要した。 綱紀委員会から平成19年7月18日数十件の懲戒請求についてまとめて答弁書の提出を催告され、それによって定められた提出期限までに、対象となる懲戒請求書記載の懲戒事由について、答弁書を作成して提出した。テンプレートを使用した全く同一内容のものについては、答弁書も共通した内容で足りるものの、一定の割合で懲戒事由を自作する懲戒請求者がいたため、主張されている懲戒事由を網羅した答弁をするために多大な労力を必要とした。
 また、多くの懲戒請求書にいかなる点が懲戒事由に当たるのか不明確な点があり、答弁すべき事項に迷うことがあり、平成19年9月25日付けで求釈明書を作成して綱紀委員会に提出した。
 さらに、原告Eは、平成19年10月17日付けで、綱紀委員会からそれまでに調査開始通知がされている事件について、答弁書提出の催告を受けたため、同年12月10日付けで催告書に対する答弁を兼ねて、五月雨式に続く懲戒請求に対し、綱紀委員会がとるべき態度に関する意見を付して、答弁書兼意見書を作成し、提出した。
 以上のほか、綱紀委員会から資料の提出を求められ、本件弁護団作成の報告書や本件刑事事件の尋問調書の写しなどを提出した。
(ウ) 懲戒請求に関連する問い合わせ等に対する対応に約5時間を要した。
(エ) 懲戒請求に関するマスコミ対応に約15時間を要した。
(オ) 本件訴え提起の準備等に約20時間を要した。
エ 原告らは本件刑事事件において弁護活動をするに当たり、本件各発言及びこれによる大量の懲戒請求によって弁護活動に支障を来すおそれを生じ、又は実際に支障を来したことにより精神的苦痛を受けた。
 原告らは本件被告人の弁護に休日を返上するほど多忙であったにもかかわらず、それに加えて広島弁護士会に提出すべき懲戒請求に対する答弁書や弁護活動の証拠資料を準備することを余儀なくされ、本件弁護団の会議でも原告らに対する懲戒請求への対応についての議論に多くの時間を費やさざるを得ず、多大な精神的苦痛を被った。
(被告の主張)
 原告らに対する懲戒請求は、インターネットに掲示された書式を用いたものが多く、ほとんどは請求内容が全く同じか類似しており、このような懲戒請求の場合、手続が個別に進められるわけがなく、一括して手続が進められるから、原告らの業務には何の支障も来さない。
 原告Eの負担も大したものではないし、原告E以外には実際的な負担や業務の支障は全く生じていない。
 依頼者との信頼関係を築き、弁護士法1条及び2条の使命を実践していれば、不当な懲戒請求をされたことぐらいで何ら弁護士の信用は害されない。
 原告らに対する懲戒請求がされる前から、原告らの社会的評価は十分に下がっており社会的評価など全くない状態にあったから、懲戒請求によりそれらが低下することはない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)に対する判断
(1) 本件における名誉毀損の成立要件について
 テレビ番組の出演者による当該番組における発言による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性・徳行・名声・信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず成立し得る。
 そして、事実を摘示することによる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、この行為には違法性がなく、仮にこの事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において真実であると信じたことについて相当の理由があれば、故意又は過失は否定される。
 また、ある事実を基礎として意見ないし論評を摘示することによる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、違法性を欠くというべきである。そして、仮に上記意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される。
(2) 本件各発言の内容について
 被告の主張するところは、本件各発言の内容が弁護士懲戒制度の存在を明らかにすることにあったとするものである。
 本件各発言ア及び同イはともかく、本件各発言ウないしオの内容をみると「一斉に・・・懲戒請求かけてもらいたいんですよ」「誰でも彼でも簡単に・・・立てれますんで、何万何十万という形で・・・懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」「懲戒請求を1万とか2万とか十万人とか、この番組見てる人が、一斉に・・・懲戒請求かけてくださったら・・・弁護士会の方としても処分出さないわけにはいかないですよ」とするものであって、被告がいうような単なる懲戒制度の紹介にとどまらず、原告らを含む本件弁護団に属する弁護士に対する懲戒を大規模に行うようマスメディアを通じて呼びかけるものであることは否定する余地がない。
(3) 本件発言アについて
ア 名誉毀損に該当するかどうかについて
 本件発言アは、本件刑事事件において、本件被告人は@被害者を生き返らせるために姦淫した、A被害児をあやすために首にちょうちょ結びをしたところ死亡させたという事実を原告らが主張しているという事実を基礎として、原告らを含む本件弁護団が弁護士として許されない主張をしているという意見を表明するものであり、意見の表明により原告らが弁護士として社会から受ける客観的評価を低下させるものである。
イ 違法性阻却事由について−その1
 本件刑事事件は死刑の適用が争点となっていて、死刑制度の是非と関連して広く報道されていたことは当裁判所に顕著であり、本件発言アはテレビ番組においてそのような本件刑事事件における弁護活動の是非について論じられている中でされたものであるから、公共の利害に係ると認められ、かつ、本件発言アの内容自体からするとその目的が専ら公益を図ることにあったと判断される。
ウ 違法性阻却事由について−その2
(ア) 原告らが本件刑事事件において上記@の事実を主張したことは当事者間に争いがない。
(イ) 甲3によると、本件弁護団が平成19年5月24日付けで広島高等裁判所に提出した更新意見書と題する書面には、本件刑事事件の事案の真相として次の主張がある。本件被告人は被害者を母であり、被害児を弟であると思いこんでおり、被害者を殺害した後、被害児をあやしたが、泣きやまなかったため、「被告人は、紐を被害児の頸部に巻き、ちょうちょ結びで止めた。それは、母親を亡くして泣き叫ぶ弟に対し、兄ができるせめてもの償いの印(しるし)であった。それは、首に巻かれ首の右端で結ばれた償いのリボンであった」。
 これらの記載からすると、本件弁護団は本件被告人が被害児をあやした後、母を亡くした弟に対する償いとして頸部にちょうちょ結びをしたと主張していたことが認められ、本件発言アはその限度で正確性を欠いてはいるものの本件弁護団の主張と著しく乖離するものとまではいえないから、その論評の前提としている事実のうち重要な部分について真実であることの証明があるというべきである。
(ウ) そして、本件発言アは上記@Aの事実を基礎として、このような主張を本件弁護団がすることは許されないとして批判する被告の意見を表明したにすぎず、人身攻撃に及ぶなど意見論評の域を逸脱していると評価することができないからそれ自体としては違法性を欠くと判断される。
(3) 本件発言イについて
ア 名誉毀損に該当するかどうかについて
 本件発言イは、原告らが本件刑事事件において真実は本件被告人がそのような主張をしていなかったのに、本件弁護団が上記@及びAの主張を創作したという事実を摘示し、ひいては虚偽の事実を主張しているという事実を想起させるものである。
 原告らを含む本件弁護団が本件被告人の弁解として虚偽の事実を創作して主張したという事実は、原告らがその人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであると判断される。
イ 違法性阻却事由について
 本件全証拠を検討しても、原告らが本件刑事事件において本件被告人の主張として上記@及びAの主張を創作したことを認めるに足りない。
 被告は、本件被告人が本件刑事事件について最高裁判所により破棄差戻しの判決がされる前の第1審及び第2審においては事実関係について争っていなかったから、一般市民にあっては、原告らを含む本件弁護団が本件被告人の主張を創作したと考えたなどと主張する(ちなみに、この主張は懲戒請求をするにあたって一般市民がどのような認識を有していたかに関するものであって、被告自身の行為の際の被告の認識をいうものではない。刑事事件において被告) 人が主張を変更することはしばしばみかけられることであるし、本件でも原告らが選任される前の従前の弁護人の方針により上記主張をしなかったことも十分に考えられるから、原告らが創作したものであるかどうかについては弁護士であれば少なくとも速断を避けるべきことである。
 したがって、摘示された事実の重要部分について真実であることの証明があったとはいえないし、弁護士である被告において真実であると信じたことについて相当な理由があるとも認めることができない。
ウ 以上によれば、本件発言イは原告らの名誉を毀損し、不法行為に当たるというべきである。
(4) 本件発言ウないしオについて
ア 名誉毀損に該当するかどうかについて
 前述のとおり、本件発言ウないしオは原告らを含む本件弁護団に属する弁護士について懲戒請求をすべきことを呼びかけるものであり、原告らが懲戒に相当する弁護活動を行っていることをその前提とするものである。
 懲戒に相当する弁護活動を行っていることは原告らが弁護士として社会から受ける客観的評価を低下させるものであることはいうまでもない。
イ 違法性阻却事由について
 原告らの弁護活動が懲戒に相当するものでなく、摘示された事実の重要部分について真実であることの証明があったとはいえないし、被告においてそのように信じたことについて相当な理由があることを認めることができないことは後述のとおりである。
2 争点(2)に対する判断
(1) 弁護士懲戒制度の趣旨について
ア 懲戒請求する場合の調査・検討義務の存否について
 そもそも弁護士に対する所属弁護士会等による懲戒の制度は、弁護士会の自主性や自律性を重んじ、弁護士会の弁護士に対する指導監督作用の一環として設けられたものである。
 また、弁護士法58条1項は、広く一般の人々に対し懲戒請求権を認めることにより、自治的団体である弁護士会に与えられた自律的懲戒権限が適正に行使され、その制度が公正に運用されることを期するものと解される。しかしながら他方、懲戒請求を受けた弁護士は、根拠のない請求により名誉・信用等を不当に侵害されるおそれがあり、その弁明を余儀なくされる負担をも負うこととなる。同項が請求者に対し恣意的な請求を許容したり、広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかである。このことは、虚偽の事由に基づいて懲戒請求をした場合には虚偽告訴罪(刑法172条)に該当すると解されていることからも裏付けられる。
 そうすると、弁護士に対する懲戒請求をする者は、懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査・検討をすべき義務を負うというべきである。また、懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者がそのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのにあえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解される。
イ 懲戒請求を呼びかける行為の相当性について
 弁護士について懲戒の事由があると思料する者は、当該弁護士の所属弁護士会に対し、自ら懲戒請求を申し立てれば十分であって、公衆に対し特定の弁護士に対する懲戒請求をするように呼びかけ、当該弁護士に対し多数の懲戒請求をさせる必要があると解すべき場合は一般に想定できない。
 殊に、マスメディアを通じて公衆に対して特定の弁護士に対する懲戒請求をするように呼びかけ、弁護士に極めて多数の懲戒請求に対応せざるを得なくするなどして不必要な負担を負わせることは、弁護士会による懲戒制度を通じた指導監督に内在する負担を超え、当該弁護士に不必要な心理的物理的負担を負わせて損害を与えるものとして、上記弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くものと判断され、不法行為に該当すると判断される。なお、ここで問題とすべきは懲戒請求を呼びかける行為自体の違法性であって、個々の懲戒請求が不法行為としての違法性を具備していないとしてもそのことからそのような呼びかけをすることが違法性を具備しないということにはならない。すなわち、その性質上は適法行為であっても、たとえばその回数や規模によっては一定の損害を与えることは可能であって、そのことを予見すべき場合には適法行為を使嗾(しそう)することをもって不法行為であると評価すべき場合があることを否定することはできない。
 被告は本件発言ウないしオにより懲戒請求の数が多ければ多いほど懲戒請求がされやすくなるという説明をして、本件放送の視聴者らに対し原告らに対する懲戒請求をすることを呼びかけた。そして、このような方法によって公衆に対して懲戒請求を呼びかける必要性があったことに係る被告の主張については後述のとおりその合理性を認めることができないし、原告らに懲戒事由があることにつき事実上又は法律上の根拠を欠く場合であり、被告がそのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たと評価すべきことも後述するとおりである。その結果、後述のとおり、原告らは1人当たり600件を超える極めて多数の懲戒請求を申し立てられ、それに対応するため不必要な心理的物理的負担を負わされて精神的及び経済的な損害を被ったと認められるから、本件発言ウないしオは総合して名誉毀損とは別個の不法行為に当たると判断される。
 被告は弁護士の品位を失うべき非行に当たるかどうかは世間の評価に従うべきであり、多数の懲戒請求がされたという事実によって原告らの行為が品位を失うべき非行に当たると世間が考えていることを証明することとなるから違法性はないなどと主張する。
 弁護士法1条1項に、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とすると規定されていることから明らかなように、弁護士は議会制民主主義の下において、そこに反映されない少数派の基本的人権を保護すべき使命をも有しているのであって、そのような職責を全うすべき弁護士の活動が多数派に属する民衆の意向に沿わない場合がありうる。多数の者が懲戒請求をしたことをもって懲戒相当性を認めるということは、弁護士が上記のような使命・職責を果たすべきこととは相容れない。また、本件が本件刑事事件における原告らの弁護活動に対する批判をめぐる事件であることに鑑み、これを刑事手続における弁護人の役割についてみても、憲法及び刑事訴訟法等の諸規定に照らせば、被告人は有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受け、弁護人はそのような被告人の保護者としてその基本的人権の擁護に努めなければならないのであって、その活動が違法なものではない限り、多数の者から批判されたことのみをもって当該刑事事件における弁護人の活動が制限されたり、あるいは弁護人が懲戒されることなどあってはならないことであるし、ありえないことである。したがって、弁護士に対する懲戒事由の存否について多数決で決することは本来許されるべきことでなく、懲戒請求の多寡が弁護士に対する懲戒の可否を判断するに当たり影響することはない。被告の主張は上記のような弁護士の使命・職責を正解しない失当なものである。
(2) 違法性の程度について
 テレビ番組等において特定の弁護士に対し懲戒請求を呼びかけることによって不必要な負担を負わせる行為が不法行為に当たるのは前述のとおりである。
 そして、当該懲戒事由が事実上又は法律上の根拠を欠いている場合で、懲戒請求を呼びかけた者がそのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのにあえて懲戒請求を呼びかけたときは、その行為は弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠く程度が一層大きく、違法性の程度が大きいと解される。
 本件各発言についてみると、以下のとおり、そこで摘示された懲戒事由はいずれも事実上及び法律上の根拠を欠いておりかつ被告はこのことを知っていたと判断される。
ア 本件各発言によって摘示された懲戒事由について
 特定の弁護士に対して特定の懲戒事由があると摘示して懲戒請求を呼びかける行為について、上記事実上及び法律上の根拠があるかどうかは当該懲戒事由について判断されるべきであり、当該弁護士に他に懲戒事由があるかどうかは無関係である。
 本件各発言において摘示された懲戒事由は@本件弁護団が本件被告人の主張として虚偽の内容を創作しており、Aその主張内容が荒唐無稽であり、刑事訴訟制度上弁護人において主張することが許されないということである。
 そして、上記呼びかけた行為自体が不法行為となる以上、事実上及び法律上の根拠があったかどうかは呼びかけた者について判断すべきである。
イ 懲戒事由@について
 上記1のとおり、本件弁護団が本件被告人の主張を創作したことを認めるに足りる証拠はないから、この点が懲戒事由に当たるとする点は前提となる事実を欠いており、被告の臆測にすぎず、したがって、被告はこのことを認識していたはずであり、違法性が軽減されることはない。
ウ 懲戒事由Aについて
 争点(2)に関する被告の各論的主張アにおいて被告の主張するところはいずれも法的根拠がないことはいうまでもない。
 上記のとおり、憲法及び刑事訴訟法等の諸規定に照らせば、被告人は有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受け、弁護人はそのような被告人の保護者としてその基本的人権の擁護に努めなければならない。また、弁護士法1条は、1項において、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とすると規定し、2項において、弁護士は、前項の使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならないと規定する。さらに、弁護士職務基本規程1条は、弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に努めると規定し、46条は、弁護士は、被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努めると規定する。
 以上に照らせば、弁護士は依頼者に対するいわゆる誠実義務を負い、弁護人としては被疑者・被告人のため最善の弁護活動をする使命・職責があり、被告人の主張内容が不合理で荒唐無稽なものであったとしても、被告人がその主張を維持する限り、上記使命・職責を果たすには少なくとも被告人の主張を無視したり、これに反する主張をすることはできないと判断される。もとより、個々の事案における弁護活動の当否については弁護士倫理に関わる事柄であり正解はなく、様々な意見がありうる。しかしながら、少なくとも弁護人が被告人の意向に沿った主張をする以上、それは弁護人としての使命・職責を果たしたと評価することが可能であり、それ自体が独立した違法行為を構成するような場合は格別、その主張内容が荒唐無稽であるなどということが弁護士としての品位を損なう非行に当たるなどとはとうていいうことができない。
 甲3及び13のBによれば、原告らを含む本件弁護団がした上記@に係る主張も被告人の意向に沿ったものであったと認めることができるから、これをもって弁護士としての品位を失うべき非行であるとはいえないし、弁護士法56条1項所定のその他の懲戒事由にも当たらない。また、上記のとおり刑事訴訟制度上被告人がその主張を変更することが許されないと解する余地はないから、この点においても弁護人において被告人の意思に沿った弁護活動をすることは非難を受ける筋合ではない。
 したがって、これが懲戒事由に当たると主張することは事実上及び法律上の根拠を欠くというほかなく、弁護士である被告は、上記のような弁護人の使命・職責について当然知るべきであるから、上記根拠を欠くことについても知らなかったとはいえない。
エ 一般市民等に対する説明の要否について
 被告は、原告らが一般市民や本件刑事事件の被害者遺族に対して差戻し前に主張しなかったことを主張するに至った経緯や理由について説明すべきであったとして非難する。
 しかしながら、被告も認めるとおり、そもそも弁護人が上記のような説明をしなければならないとする実定法上の根拠は全くない。
 弁護人が担当する刑事事件の訴訟手続以外の場において被害者又はその遺族に対し当該刑事事件に関する発言をした場合、どのような結果が生じるかは予測することが困難であり、被害感情を和らげるなど被告人の利益となることもあるが、逆に処罰感情を増幅するなど被告人に不利益をもたらすこともある。また、弁護人が訴訟手続以外の場において報道機関ひいては公衆に対し上記の点について説明をした場合についても、弁護活動ひいては被告人に対し何らかの具体的な利益をもたらすことは容易に想定しがたいばかりか、その説明内容が正確に報道される保証すら全くなく、報道機関による編集等の結果として弁護人の全く意図しない報道がされることもありうる。現に本件弁護団は記者会見等で本件刑事事件における主張内容等について説明していたが、本件弁護団の主張はほぼすべての報道機関により一方的な誹謗・中傷の的とされたことは当裁判所に顕著であり、このような結果は本件弁護団の意図したところではなかったはずである。以上のことは、放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会が本件刑事事件に関する33のテレビ番組(本件番組を含む)について調査・作成した意見書(甲23)によっても明らかである。同意見書は、本件刑事事件に関する上記各番組がすべて@「被告・弁護団」対「被害者遺族」という対立構図を描き、感情的に前者の荒唐無稽さと異様さに反発し、後者に共感するという単純な対比的手法を用い、事件それ自体の理解にも犯罪防止にも明らかに役立たない内容であったこと、A当事者主義や弁護士の役割など刑事裁判に関する前提的知識を欠いていたこと、B事件・犯罪・裁判報道の基本的役割、少年事件における量刑基準のあり方についての議論、被告の内面や人間像を洞察することの重要性など全体的な視野を志向する意識が希薄又は欠落し、いびつで偏った内容であり、公正性・正確性・公平性の原則をいずれも満たしていなかったことなどを指摘している。
 このように弁護人が訴訟手続以外の場において当該刑事事件について発言した結果を予測することは困難であり、被告人に不利益を及ぼすこともありうるから、弁護人が被告人のために最善の弁護活動に努めるべき使命・職責を負っているという観点からは、弁護人が訴訟手続以外の場において発言すること自体の当否を含めて様々な意見がありうるところであり、一概に正解を決することはできないというべきである。
 そうすると、本件弁護団が被告の主張する説明をしなかったことも上記のような弁護人の使命・職責を果たすために必要であったと評価することもできるのであり、これをもって弁護士としての品位を失うべき非行であるとはいえないし、弁護士法56条1項所定のその他の懲戒事由にも当たるとはいえない。
3 争点(3)に対する判断
 先に認定したとおり、被告の本件各発言は総合してみて原告らに係る多数の懲戒請求を呼びかけるものであったし、前提事実のとおり、本件番組は全国19のテレビ局において放送されたこと、本件放送前日の平成19年5月26日以前に原告ら4名に対してされた懲戒請求の件数が0件であること、本件放送後平成19年8月30日までに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに対するものが318件、原告Dに対するものが301件、原告Eに対するものが302件、原告Fに対するものが301件であったこと、平成20年1月21日ころまでに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに関するもの639件、原告Dに関するもの615件、原告Eに関するもの632件、原告Fに関するもの615件であったこと、平成18年中における懲戒請求の件数は広島弁護士会所属弁護士に対するものは延べ20件、全国の弁護士に対するものを合計しても1367件であったことが認められる。
 また、甲2の@ないしP、7、8の@及びA、9、12の@ないしB及び弁論の全趣旨によると、本件各発言後に、インターネット上で、本件各発言が紹介されたり、原告らの氏名や懲戒請求の方法について教示するように求める書き込みがされたこと、インターネット上には数件の懲戒請求書の書式が掲載され、実際に原告らに対してされた懲戒請求の多くは、これらの書式を利用していたこと、これらの書式を掲載したホームページには、本件各発言を引用したり、本件番組の動画を閲覧することができるウェブサイトへのリンクを付して本件各発言を紹介しつつ、懲戒請求を勧奨するものがあったことが認められる。これらのことからすると、原告らに対し本件刑事事件について上記のような多数の懲戒請求がされたのは、本件各発言により被告が本件放送の視聴者らに対し原告らに対する懲戒請求を勧めたことによると優に認定することができる。なお、被告は原告らを対象者としてなされた懲戒請求は請求権者である一般市民の自発的意思に基づくものであり、被告の本件各発言と一般市民による懲戒請求との間に因果関係はないなどと主張するところ、本件各発言が視聴者らに対して懲戒請求を呼びかけるものであること、本件各発言が契機となってこれらの懲戒請求がされたことは前述のとおりであり、そうである以上本件各発言と原告らに対する懲戒請求との間には因果関係があることは明らかである。
4 争点(4)に対する判断
 上記のとおり、本件番組は、全国19のテレビ局において放送され、本件放送後平成20年1月21日ころまでに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに関するもの639件、原告Dに関するもの615件、原告Eに関するもの632件、原告Fに関するもの615件であったことがそれぞれ認められる。
 また、原告らが本件発言ア及びウないしオにより名誉を毀損されたことは上記1で認定したとおりであり、さらに、甲13の@ないしB及び15の@AD並びに弁論の全趣旨によれば、原告らは上記懲戒請求に対応するために答弁書を作成しなければならないなど相応の事務負担を必要とし、かつ、それ以上に相当な精神的損害を被ったことが認められる(もっとも、被告の呼びかけに応じてされたとみられる懲戒請求の多くが一定の書式を用いたものであり、その内容も同一であるか少なくとも大同小異であったことは甲2の@ないしPによって認められ、また、多数の懲戒請求が行われたとはいえ、広島弁護士会綱紀委員会においてはある程度併合して処理されたことは甲20の@ないしLによって認められるところであり、広島弁護士会がいずれの懲戒請求についても原告らを懲戒しないと決定したことも前認定のとおりであって、懲戒請求を受けたことによって原告らが被った経済的負担について甲13のA(陳述書)において原告Eが陳述するところはそのままでは採用しがたい)。
 さらに、いずれも弁護士として相応の知識・経験を有すべき被告の行為によってもたらされたものであることにも照らすと、これらの原告らの精神的ないし経済的損害を慰藉するには被告から原告ら各自に対し200万円の支払をもってするのが相当である。
 被告はほかにもるる主張するが、いずれも全く失当であり理由がない。
5 結論
 以上によれば、原告らの本件各請求は主文の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の請求には理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決をする。

広島地方裁判所民事第2部
 裁判長裁判官 橋本良成
 裁判官 佐々木亘
 裁判官 西田昌吾
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