判例全文 line
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【事件名】“土地宝典”の違法コピー事件(2)
【年月日】平成20年9月30日
 知財高裁 平成20年(ネ)第10031号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地裁平成17年(ワ)第16218号)
 (口頭弁論終結日 平成20年5月29日)

判決
控訴人 国
代表者 法務大臣森英介
指定代理人 青木優子
同 鳥澤充
同 鈴木朗
同 西岡信之
同 早川治
同 大滝和成
同 坂牧春男
同 北田聖一
同 鈴木英嗣
同 大場哲也
被控訴人 株式会社富士不動産鑑定事務所
被控訴人 Y1
被控訴人 Y2
上記3名訴訟代理人弁護士 荒井俊行


主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人は、被控訴人株式会社富士不動産鑑定事務所に対し106万1500円、被控訴人Y1に対し19万8000円及び被控訴人Y2に対し6万500円並びに上記各金員に対する平成17年8月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は第1審、第2審を通じ、これを20分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、原判決別紙著作権一覧表(以下「別紙一覧表」という。)1ないし120記載の各土地宝典(以下、まとめて「本件土地宝典」という。)に係る各著作権を譲り受けた被控訴人ら(1審原告ら。以下「原告ら」という。また、被控訴人株式会社富士不動産鑑定事務所、被控訴人Y1、被控訴人Y2を、 以下、「原告株式会社富士不動産鑑定事務所」、「原告Y1」、「原告Y2」とそれぞれいう。)が、控訴人(1審被告。以下「被告」という。)に対し、遅くとも昭和55年から、不動産関係業者等をはじめとする不特定多数の第三者が、業務上の利用目的をもって、同一覧表記載の各法務局(支局、出張所を含む。以下同じ。)に備え置かれた本件土地宝典の貸出しを受けて、各法務局内に設置されたコインコピー機により無断複製行為を繰り返していたことは、被告において本件土地宝典を各法務局に備え置いて利用者に貸し出すとともに、各法務局内にコインコピー機を設置し、当該コインコピー機を用いた利用者による無断複製行為を放置していたことによるものであり、この被告の行為は、被告自身による複製権侵害行為であるか、少なくとも不特定多数の第三者による本件土地宝典の複製権侵害行為を教唆ないし幇助する行為であり、また、本件土地宝典の著作権の使用料相当額の支払を免れた不当利得にも当たると主張して、損害賠償及び不当利得の一部として、合計1億4599万9646円(原告株式会社富士不動産鑑定事務所に対し1億1740万8049円、原告Y1に対し2189万9947円、原告Y2に対し669万1650円)及び遅延損害金(これらに対する訴状送達の日の翌日である平成17年8月24日から支払済みまで年5分の割合による)の支払を求めた事案である。
 原判決は、@本件土地宝典は著作物性がある、A本件土地宝典の著作権は原告らに移転した、B被告は、各法務局内にコインコピー機を設置している訴外財団法人A協会(以下「A協会」という。)とともに、本件土地宝典の不特定多数の一般人による上記複製行為について、共同侵害主体であるなどと認定判断した上、C平成14年8月8日から平成17年2月8日(本訴請求に係る侵害行為の末日)までの間については、不法行為による使用料相当額の損害を認め、Dそれ以前(本訴提起日の3年前である平成14年8月7日まで)の期間については、不法行為につき消滅時効が成立しているとしたものの、不当利得による使用料相当額の損失を認め、結局、本件土地宝典の使用料相当額合計480万円及び弁護士費用96万円(原告株式会社富士不動産鑑定事務所につき合計463万2000円、原告Y1につき合計86万4000円、原告Y2につき合計26万4000円)並びに遅延損害金の限度で、原告らの請求を認容した。
 被告は、原判決中、被告敗訴部分を不服として、本件控訴を提起した。
2 前提となる事実及び争点
 原判決の「事実及び理由」欄の第2の1及び2(別紙一覧表を含む。以上、原判決3頁8行目ないし7頁19行目、54頁及び55頁)に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、原判決の略語表示(前記1で用いたものを含む。)は、当審においてもそのまま用いる。
3 争点に関する当事者の主張
 次のとおり訂正付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第2の3(原判決7頁20行目ないし35頁6行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決の訂正
 原判決18頁17行目から18行目の「各譲渡契約書(甲7の1ないし甲7の10の各第2条)」を「各譲渡契約書(甲7の1ないし甲7の10)の各第2条」と、同7頁5行目、同19頁4行目の各「本件土地法典」を各「本件土地宝典」と、同18頁15行目、同26頁10行目の各「原告」を各「原告ら」と、同25頁3行目の「調停申立日」を「調停申立日(平成17年2月16日ころ)の前」と、それぞれ改める。
(2) 当審における被告の補足的主張
ア 争点2(本件土地宝典の著作権の原告らへの帰属の有無)について 本件土地宝典の著作権の各譲渡契約書及び各譲渡証書には、本件著作権の移転時期を明示した条項はなく、「契約締結時に本件土地宝典の著作権が譲渡されることが明記されている」とはいえない。そして、双務契約においては、当事者双方の債務は同時履行とされていること(民法533条)、物権の移転時期については、意思主義が採用されている(民法176条)とはいえ、契約を締結しさえすれば物権が移転するというのは一般の法感情に合致しないところであることからすれば、本件著作権は、代金の支払と同時に原告らに移転するとの合意が成立していると解するのが、契約当事者の合理的意思に合致し、公平の観点からも妥当である。しかるに、本件においては、@代金の支払がされたことは何ら立証されていないこと、A上記各譲渡契約において原告らに無償で移転するとされた損害賠償請求権等の求償権に基づく請求について、原告らが原審においてこれを減縮したことからすれば、代金の支払はされていないことが推認される(なお、原告らとIとの間で代金の支払をめぐる紛争は生じていないが、この点は、Iが代金を受け取っていないから本件著作権等の権利は移転していない(あるいは、本件土地宝典には著作物性はない)と考えていたとすれば、何ら不思議ではない。)。
イ 争点5(Iが法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が謄写することを包括的に許諾していたといえるか)について
 本件土地宝典の価格(1冊3万円)は安価ではなく、これを購入した者が各法務局に寄贈するとは考えられないこと、本訴の対象とされた本件土地宝典は120冊もあることからすれば、本件土地宝典はIが各法務局に寄贈したと考えるのが合理的である(各地に散在する本件土地宝典の購入者がこれを各法務局に寄贈したと考えることは経験則に反する。)。そして、法務局にコインコピー機が設置されたのは昭和57年以降である(乙21)から、Iは、本件土地宝典の複製行為がされていることを知った後も(甲22)、あえて寄贈を続けていたものであるから、上記複製行為について黙示の包括許諾をしていたというべきである(なお、本件土地宝典は「非売品」とされ、特定の者に対してのみ販売されていたことがうかがわれるから、Iが、「法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が無制限に謄写することを包括的に許諾すれば、本件土地宝典を購入しなくても法務局において謄写すれば足りることになり、本件土地宝典の購入者が減少するであろう」などという心配をする必要はなかったはずであるし、仮に同人が不特定の者に対する販売を予定していたのであれば、法務局への寄贈により本件土地宝典の購入者が減少するであろうことを容易に想像し得るにもかかわらず、あえて寄贈を続けたことになるから、むしろ上記黙示の包括的許諾があったことを裏付けるものである。また、本件土地宝典の奥付の「不許複製」の表示は、当初から印刷されているもので、特に寄贈に際して記載されたものではないこと、同表示は、許諾のない複製を禁じるにすぎず、誰に対しても常に複製を許諾しないことを示すものではないことからすれば、上記黙示の包括的許諾があったことを否定するものとはいえない。)。
ウ 争点10(不当利得の成否)について
 以下のとおり、@被告は本件土地宝典の著作権の侵害主体とはいえないこと、A被告には利得がないことから、被告が、原告らに対し、不当利得返還義務を負うことはない。
(ア) 被告は本件土地宝典の著作権の侵害主体とはいえないこと
 本件土地宝典の著作権の侵害行為とは、本件土地宝典の複製行為であるから、本来、使用料を支払うべき立場にあるのは、実際に当該複製行為を行った者である。
 そして、@本件土地宝典の利用者が法務局の窓口で申し込むのは貸出しのみであり、複写の許可ではないこと、A本件土地宝典の法務局外への持出しが許されていないのは紛失防止のためであり、改ざん防止のためではないこと、B法務局内に設置されているコインコピー機は、公文書である公図の改ざん防止のため、これを貸し出した法務局の職員が監督できる場所に設置されているにすぎず、同職員は、貸し出した公図の複写状況を監督することはあっても、本件土地宝典を含むその余の書類等を利用者が複写する行為まで、逐一監視しているものではないこと、C被告は、A協会からコインコピー機の設置場所の使用料を徴収しているものの、その額はコインコピー機の売上げにかかわらず定額であって(乙20)、コピー代金の増減とは無関係であること、D法務局の職員は、公文書である公図については、改ざんを防ぐため、その複写行為を管理する立場にあるものの、本件土地宝典を含むその余の書類等を複写するためのコインコピー機利用については、何ら干渉すべき立場にはなく、実際にも干渉していないこと(なお、法務局に設置されたコインコピー機の料金が市中のそれより若干高く設定されている関係で、結果として、法務局から持ち出せない図面の複写にその利用が限定されている可能性はあるとしても、少なくとも、被告が、コインコピー機の利用をそれらの図面の複写に限定している事実はない。)からすれば、被告は、本件土地宝典の複製行為には、何ら積極的に関与していないというべきである。
 すなわち、直接の侵害行為(上記複製行為)を行っていない者が侵害主体とされるのは、管理性(著作物の利用についての管理・支配の帰属)及び図利性(著作物の利用による利益の帰属)があり、実質的な著作物利用行為を行ったと評価できる場合に限られるというべきであるところ(最高裁判所昭和63年3月15日第三小法廷判決・民集42巻3号199頁参照)、被告は、上記のとおり、本件土地宝典を貸し出し、コインコピー機の設置場所を提供したにとどまり、上記複製行為には何ら積極的に関与していないのであるから、被告の行為は、上記複製行為の幇助には該当するとしても、実質的な著作物利用行為には該当しないから、被告は本件土地宝典の著作権の侵害主体とはいえない。
 また、被告は、A協会の業務執行を具体的に指揮する権限を有しておらず、両者が人的物的設備を共通にするものでもないから、同協会は、法律上も、事実上も、被告とは別個独立の主体であって、意思を共同にするものではないのであって、被告を同協会と一体のものとして、本件土地宝典の複製行為に関する共同侵害主体とすることもできない。
(イ) 被告には利得がないこと
 不法行為は被害者の受けた損害の填補を目的とするのに対し、不当利得は衡平の観点から利得者の取得した不当な利益の剥奪を目的とするものであるから、不当利得返還義務の前提となる利得(受益)の有無は、個別に判断すべきものであり、共同侵害主体のいずれかの当事者に利得(受益)があっても、直ちに他の共同侵害主体にも利得(受益)があるとすることはできない。そして、被告は、@本件土地宝典の貸出しに当たり対価を徴収していないこと、AA協会からコインコピー機の設置場所の使用料を徴収しているものの、その額はコインコピー機の売上げにかかわらず定額であって(乙20)、コピー代金の増減とは無関係であることからすれば、被告には、本件土地宝典の複製行為による利得(受益)は存在しないというべきである。
エ 争点4(損害額及び損失額)について
(ア) 使用料相当額の損害を本件土地宝典各1冊につき1年当たり平均1万円とすることが過大であること
 本件土地宝典の複製行為による原告らの使用料相当額の損害が、本件土地宝典各1冊につき1年当たり平均1万円(1か月当たり約833円)であるとする具体的な根拠は明らかにされていないが、上記金額は、株式会社ゼンリンが住宅地図1枚当たりの複製許諾料を200円としていること(乙34)からすれば、本件土地宝典1冊につき1か月当たり4回ないし5回以上の複製が行われたことを意味するものということができる。
 しかし、本件土地宝典は、@地図情報として陳腐化していること(最新のものでも発行は平成4年である。)、A不動産取引が活発に行われているとは考え難い地方の小都市ないしその周辺部についてのものであるから、平成14年以降に1か月平均4回ないし5回もの複写行為が行われた蓋然性は極めて低いと考えられる。
 したがって、使用料相当額の損害を本件土地宝典各1冊につき1年当たり平均1万円とすることは、著しく過大というべきである。
(イ) 著作権法114条の5に基づいて不当利得の額を算定することは許されないこと
 著作権法114条の5は、不法行為としての著作権侵害に基づく損害額の算定にのみ適用されるべきものであって、これを不当利得の算定に適用することは許されない(名古屋高等裁判所平成16年3月4日判決・判時1870号123頁、名古屋地方裁判所平成15年2月7日判決・判時1840号126頁参照)。したがって、原告らは、少なくとも不当利得の額について立証すべきところ、当該立証はされていない。
(3) 当審における原告らの反論
ア 争点2(本件土地宝典の著作権の原告らへの帰属の有無)について
 本件土地宝典の著作権の譲渡契約と同時に代金が支払われ、本件著作権が原告らに移転したことは、真正に成立した本件土地宝典の著作権の各譲渡契約書及び各譲渡証書から明らかであり、被告の主張は、憶測に基づく独自の見解にすぎない。
イ 争点5(Iが法務局窓口で本件土地宝典を借り受けた者が謄写することを包括的に許諾していたといえるか)について
 被告の主張は、証拠に基づかず、経験則にも反する独自の見解にすぎない。なお、仮にIが本件土地宝典を被告(各法務局)に寄贈したものであるとしても、当該行為をもって、本件土地宝典の複製行為に関する黙示の包括的許諾とすることはできない。
ウ 争点10(不当利得の成否)について
(ア) 被告は本件土地宝典の著作権の侵害主体とはいえないとの主張に対し
 以下のとおり、被告は本件土地宝典の著作権の侵害主体であるというべきである。
a 被告の行為が、本件土地宝典の著作権侵害行為に該当するか否かは、当該行為の内容・性質、直接的な侵害行為に対する被告の管理・支配の程度、被告の利益などの諸要素を総合考慮して、規範的な観点から判断すべきである(被告の指摘する最高裁判所昭和63年3月15日第三小法廷判決も、著作権侵害の主体性は、管理・支配性及び図利性の観点から、規範的に判断されるべきであるとされている。)。そして、侵害状態に対する管理・支配が強い場合には、直接的な利益がなくても、侵害主体と評価することができる(例えば、東京高等裁判所平成17年3月31日判決では、何らかの経済的利益を得る余地があるとみられる事実があるといった程度でも、他の諸要素と併せた総合判断において規範的に侵害主体性を肯定し得るとされている。)。本件において、被告は、本件土地宝典の著作権の侵害の発生等に対する強い管理・支配性が認められるから、コインコピー機の設置使用料を取得しているという程度の利益であっても、規範的判断において考慮すべき経済的利益の要素としては不足するところはない。
b この点に関し、被告は、@本件土地宝典の利用者が法務局の窓口で複写の許可まで求めていた事実はない、A被告が、コインコピー機の利用を法務局が貸し出す図面の複写に限定している事実はないなどと主張する。
 しかし、本件土地宝典の利用者の一人であるKが「必要に応じて法務局職員に当該個所の土地宝典の閲覧コピーを申し込む。」(甲30)などと説明しているように、現に窓口で複写の許可まで求めた利用者が存在すること、また、本件土地宝典が各法務局で複写されていることは公知の事実であることからすれば、被告(各法務局)の職員が本件土地宝典を貸与するに当たり、これが複写されるとは知らなかったなどとは到底いえない。また、各法務局の閲覧所には筆記用具のみ携行することができ、カバン等の持ち込みは禁止されているのであるから(甲30)、そこに備え付けられたコインコピー機で複写することができるのは、各法務局が貸し出した図面等か、各法務局が特に持ち込みを許可した図面等に限定されることは明らかであり、コインコピー機の利用が被告(各法務局)の直接管理監督下にあることに変わりはない。少なくとも、本件土地宝典を含めて各法務局が貸し出した図面等については、コインコピー機でしか複写できないことは、被告も認めているところであり、本件土地宝典の複写行為が各法務局の直接管理下にあるコインコピー機で行われていた事実が否定されるものではない。
 被告はその他縷々主張するが、いずれも結論を左右するものではない。
(イ) 被告には利得がないとの主張に対し
 以下のとおり、被告が本件土地宝典の複製行為により実際にどれだけの利益を得ていたかによらず、使用料相当額が不当利得とされるべきである。
 まず、被告が、その行為を合法化するために必要な支出をしなかった分の消極的利得があるという考え方によれば、本来支払われるべき使用料の免脱分として、使用料相当額を不当利得と把握することができる。
 また、法の定める財貨の帰属秩序に反して、権利者から侵害者に移転したものを返還すべき不当利得として把握する考え方によっても、著作権法が著作権者に割り当てた著作物の利用に対する排他的な決定権(著作権法に基づく割当秩序)を侵した者(以下「侵害者」という。)は、著作権者から著作物の利用に関する決定権を収奪したものであり、当該著作権の価値が著作権法の割当秩序に反して、侵害者に移転したものと解される。すなわち、本件において、法律上の原因なく移転した利得は、本件土地宝典の著作権の客観的価値であって、被告が実際に徴収した対価や取得した利益に左右されるものではない。
エ 争点4(損害額及び損失額)について
(ア) 使用料相当額の損害を本件土地宝典各1冊につき1年当たり平均1万円とすることが過大であるとの主張に対し
 被告は、住宅地図1枚当たりの複製許諾料が200円とされている例を参照し、使用料相当額を本件土地宝典各1冊につき1年当たり平均1万円とすることは、過大であると主張する。
 しかし、本件土地宝典には、公図に掲載されている土地の位置や筆界等の情報を一覧できるという特徴があり、利用しにくい公図を代替し、補完する目的で利用されていることにかんがみると、住宅地図の例を参照することは不適当であり、公図の閲覧申請手数料(1通当たり500円)を参酌すべきであること、本件土地宝典の利用者が、業務上日常的に法務局でコピーしていた旨陳述していること(甲30)などの事情に照らし、使用料相当額を本件土地宝典各1冊につき1年当たり平均1万円とすることは相当である。
(イ) 著作権法114条の5に基づいて不当利得の額を算定することは許されないとの主張に対し
 著作権法114条の5は、同法114条のように故意・過失を要件としておらず、その効果も「裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる」というものにとどまるのであって、不当利得の額の算定に類推適用することが許されないとする根拠はない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、@被告は、不特定多数の第三者(各法務局内に設置されたコインコピー機を用いて、本件土地宝典を無断複製した者)による本件土地宝典の複製権侵害行為を幇助したものであって、共同不法行為者とみなされる(民法719条2項)から、原告らに対し、不法行為による使用料相当額の損害及び弁護士費用(合計132万円(原告株式会社富士不動産鑑定事務所に対し106万1500円、原告Y1に対し19万8000円、原告Y2に対し6万500円))を賠償すべき責任を負うが、A被告は、本件土地宝典の複製権侵害行為を幇助したことにより、民法703条所定の利益を受けたとは認められないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第2の1ないし10(原判決35頁8行目ないし53頁8行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の訂正(当審における補足的主張に対する判断を含む。)
(1) 原判決42頁10行目から22行目の「そして、・・・推認されるところである。」を次のとおり改める。
 「そして、@各譲渡契約書(甲7の1ないし甲7の10)には、Iが本件土地宝典の著作権を原告らに「売り渡し」、原告らがこれを「買い受ける」こと(第1条)、Iの「権利として認められる違法コピー等に対する損害賠償請求権等の求償権は本日以降」(すなわち、別紙一覧表「譲渡日」欄記載の日以降)原告らに「無償にて移転すること」(第5条)が明記されている一方、本件土地宝典の著作権が代金支払と引換えに移転するとの条項は存在しないこと、A各譲渡証書(甲47の1ないし甲47の10)には、同証書に記載された日(すなわち、別紙一覧表「譲渡日」欄記載の日)において、Iが原告らに対し本件土地宝典の著作権を「有償にて譲渡し」、原告らは「これを買い受けた」こと(第1条)が明記されていることからすると、本件土地宝典の著作権は譲渡契約と同時に移転したと解すべきである。
 なお、上記各譲渡契約書には、本件土地宝典の著作権の譲渡代金は、各契約締結時に一括して支払われること(第2条)が明記されている。したがって、原告らが譲渡代金を支払わなかった場合には、債務不履行により契約を解除することができるが、本件においては、被告において、Iから原告らに対し譲渡代金の不払を理由とする解除の意思表示がされたとの事実主張もなく、また、本件全証拠によっても、その事実を認めることもできない。」
(2) 原判決42頁24行目の「本件土地法典」を「本件土地宝典」と改める。
(3) 原判決42頁26行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
 「民法719条1項は、数人が共同の不法行為によって他人に損害を与えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う旨を、同2項は、行為者を教唆又は幇助した者を、共同不法行為者とみなして、共同不法行為者と同様の責任を負う旨を定めている。
 そうすると、被告が、不法行為に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、被告自らが不法行為者であるか否かを判断することは必要でなく、不法行為者を教唆又は幇助した者であるか否かを判断することをもって足りる。そこで、以下では、被告が、不法行為者を幇助した者であるかの観点から、被告の不法行為責任の有無について検討することとする。」
(4) 原判決43頁6行目から7行目、同頁14行目の各「改ざん防止」を各「紛失又は改ざん防止」と改める。
(5) 原判決44頁6行目末尾に「被告のA協会からのコインコピー機の設置使用料の額は、コピー代金の増減にかかわらず定額である(乙20)。」を加える。
(6) 原判決44頁16行目から45頁4行目を次のとおり改める。
 「一方、このような公的申請の添付資料や物件調査資料としても使われるという本件土地宝典の性質上、貸出しを受けた第三者がこれを謄写することは十分想定されるのみならず、閲覧複写書類の紛失又は改ざん防止の見地から、コインコピー機は法務局が直接管理監督している場所に設置されているものであるから、各法務局は、本件土地宝典が貸し出された後に複写されているという事情については、十分に把握していたはずである。また、A協会がコインコピー機を設置しているとはいえ、同協会は法務省所管の財団法人であって、被告が同協会に対し法務局内のコインコピー機設置場所の使用許可を与えており、かつ、実際にコインコピー機設置場所の管理監督をしているのは、上記のとおり、各法務局である。
 そうすると、前記認定したとおり、本件土地宝典が作成された動機、本件土地宝典が公図等を原図として作成された経緯、法務局に備え置かれるに至った経緯、公的申請に当たって本件土地宝典の写しの添付が義務づけられることがあるという実情、第三者が法務局から本件土地宝典の貸出しを受ける目的が本件土地宝典の一部を複写することにある等の諸般の事情を総合すると、被告(法務局)において、第三者による違法複製がされないよう、あらかじめ、著作権者から包括的な許諾を受ける等の措置を講じるとか、第三者において著作権者からの許諾を得るための簡易かつ便宜な方法を構築するなどの相応の対応を図るべきであったといえる。また、被告がそのような包括的な許諾や簡便な方法を構築しなかった場合においても、少なくとも、本件土地宝典を第三者に貸し出すに先立ち、第三者が複製をする意図があるか否かの意思確認をし、複製をする意思があるときには、複製しようとする部分が、著作権の効力の及ぶ部分であるか否かを確かめ、著作権の効力の及ぶ部分である場合には、複製がされないよう注意を喚起するなど、違法複製を抑止する何らかの対応を図る作為義務があったといえる。そして、そのような何らかの具体的な措置を講じた場合には、注意義務に違反せず、過失はないものと解される。
 そこで、上記の観点から、注意義務違反の有無を検討する。
 本件全証拠によれば、被告において、著作権者に対して、包括的な許諾を得たり、本件土地宝典を利用するための簡便な方法を構築するための努力をした形跡はないのみならず、各法務局において、本件土地宝典を第三者に貸し出すに当たって、貸出しを受けた第三者が、違法な複製行為をしないよう注意を喚起するなどの適宜の措置を講じたと評価できるような具体的な事実もなく、漫然と本件土地宝典を貸し出し、不特定多数の者の複製行為を継続させていたといえる。そうすると、適宜の措置を講じたと評価できるような事情が認められない本件においては、被告は、貸出しを受けた第三者のした本件土地宝典の無断複製行為を幇助した点について、少なくとも過失があるといえるから、民法719条2項所定の共同不法行為責任を免れない。」
(7) 原判決45頁5行目から25行目を削る。
(8) 原判決46頁1行目から3行目の「被告には結果発生の予見可能性すらない上、現実に権利侵害が発生している立証すらない場合については、被告の行為を著作権侵害行為と評価できない、と主張する。」を「被告には結果発生の予見可能性がないから、故意・過失がなく、被告が損害賠償の責を負うものではない、と主張する。」と改める。
(9) 原判決46頁8行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
 「以上のとおり、被告は、本件土地宝典を自ら複製したわけではないが、@自己の管理監督する建物内の場所に、A協会に対してコインコピー機を設置使用する許可を与え、また、AA協会が不特定多数の第三者に本件土地宝典を貸し出し、本件土地宝典の貸出しを受けた者が違法な複製行為をすることを禁止するための適切な措置を執らなかったのであり、上記の各作為、不作為に過失があると評価されるべきであることは前記のとおりであるから、被告は、土地宝典の貸出しを受けて複製をした者及びA協会と共に、民法719条2項所定の共同不法行為者として、原告らに生じた損害を賠償する義務を負う。
 この点について、原告らは、被告が、著作権の侵害主体と評価されるべきである旨主張するが、被告に複製権侵害に関して民法719条の規定により損害賠償責任が認められる以上、この点についての判断を要するものではない。」
(10) 原判決46頁17行目から26行目を次のとおり改める。
 「なお、この点に関し、被告は、Iは、本件土地宝典の複製行為がされていることを知った後もあえて寄贈を続けていたものであるから、本件土地宝典の複製行為について黙示に許諾していたと主張する。
 しかし、仮に被告が主張するように、Iが寄贈を継続したとの事実があったとしても、本件土地宝典の奥付の「不許複製」の表示は、正に許諾のない複製を禁じるものにほかならず、このことは同表示が当初から印刷された不動文字であったとしても、何ら変わるものではないから、かかる明示的な意思表示に反して、Iが包括的な許諾をしたと認めることはできない。」
(11) 原判決49頁21行目から22行目の「本訴提起前に消滅時効が完成したものと認められる」の後に「(なお、本訴提起のほかには時効中断事由の主張はない。)」を加える。
(12) 原判決50頁14行目から25行目を次のとおり改める。
 「9 争点10(不当利得の成否)について
 原告らは、@A協会に対する法務局内におけるコピー機設置場所の提供行為、及びA本件土地宝典の貸出行為により、被告が不当な利益を得ていると主張する。
 しかし、原告らの主張は、以下のとおり理由がない。
 すなわち、民法703条は、法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う旨を規定する。
 ところで、コインコピー機を設置したのは、A協会であり、本件土地宝典を複製したのは、不特定多数の第三者であり、そのいずれの行為についても、被告自らが行ったものではない。被告は、A協会からコインコピー機の設置使用料を得ているが、当該使用料は、国有財産(建物の一部)を占有させたことによる対価の性質を有するものであって、使用許可を受けたA協会が、コインコピー機を設置し、不特定多数の第三者に本件土地宝典の複製をさせることによって受けるコピー代金に関連して得たものではない(乙20)。
 また、A協会が不特定多数の第三者に本件土地宝典の複製をさせることによって受けるコピー代金は、当該第三者によるコピー機の使用の対価であり、その金額は複写に要したコピー用紙の数量により定まるものであって、当該第三者が本件著作権の使用料を支払ったか否か、あるいは、そもそも複写の対象が本件土地宝典であったか否かによって、左右されるものではないから、そもそもA協会についても、本件土地宝典の複製行為によって、民法703条所定の「利益」を得たということはできない。
 そうすると、被告が本件土地宝典の複製行為によって、民法703条所定の「利益」を得たと解する余地はない。
 この点について、原告らは、被告には、その行為を合法化するために必要な支出を免れた利得があるなどと主張するが、失当である。
 不法行為の制度は、加害者が被害者に対して、被害者の受けた被害を金銭賠償によって回復させる制度であるのに対して、不当利得の制度は、法律上の原因がないにもかかわらず、一方が損失を受け、他方がその損失と因果関係を有する利益を有する場合に、衡平の観点から、その点の調整を図る制度であって、それぞれの制度の趣旨は異なる。不当利得が成立するか否かは、あくまでも、損失と因果関係を有する利益を得ているか否かという、不法行為とは別個の観点から吟味すべきであることはいうまでもない。原告らの主張によれば、不法行為が成立する場合は、常に、加害者が利益を得ている結果となり不合理である。
 以上のとおり、不特定多数の第三者のする本件土地宝典を複製した行為が、不法な行為であり、かつその行為により利益を得ていると評価される場合に、当該行為が、不法行為のみならず不当利得をも構成することがあり、また、コピー機の設置場所を提供し、本件土地宝典を貸与する被告の行為が、幇助態様による民法719条2項所定の不法行為を構成すると評価されることがあったとしても、被告が原告らの損失と因果関係を有する利益を得ていない以上、不当利得は成立しない。原告らの主張は、採用することができない。」
(13) 原判決50頁26行目の「争点4(損害額)及び損失額について」を「争点4(損害額)」と改める。
(14) 原判決51頁14行目から15行目の「民事法務協会と共にその共同侵害主体である被告」を「共同不法行為者とみなされる被告」と改める。
(15) 原判決51頁21行目から52頁14行目を次のとおり改める。
 「そして、著作権侵害の対象である本件土地宝典が各法務局に合計120冊備え付けられていること、本件土地宝典の売価が3万円であること(甲16)、本件土地宝典は、前記認定のとおり、複数の公図を選択して接合して一葉に表示したため、一覧性にすぐれた広範囲の情報を提供し得ること、その際に公図の誤情報を補正していること、公図情報に加え、道路、水路、鉄道などの現況情報、公共施設の所在情報、地積、地目表示などの不動産登記簿情報を付加して作成されたものであり、各種申請行為の添付資料として選択し得る資料の一つともされていたこと、特に郊外地や山林原野などの現地調査の際に便利であったことなどから、その貸出しのみならずこれを複写する需要も相当程度存在したこと、本件土地宝典は従前は10年ごとに改訂されていた(甲22)ものの、著作権侵害の期間(消滅時効の完成が認められる期間を除く。)が平成14年8月8日から平成17年2月8日までの期間であるのに対し、本件土地宝典120冊のうち最も古いものは昭和47年3月28日に発行されたものであり、最も新しいものでさえ平成4年6月24日に発行されたものであり、平成元年以降に発行されたものは120冊中17冊にすぎないこと、そもそも不特定多数の者による本件土地宝典の違法複製行為が各法務局においてどの程度の頻度でどの程度なされたかが不明であって、本件土地宝典において情報の取捨選択や表現上の工夫がされた部分がどの程度複製されたかも不明であること、原告らは本件土地宝典の著作権を、過去の損害賠償請求権も含め、合計730万円で譲り受けていることなどの事情を考慮すると、上記期間内(平成14年8月8日から平成17年2月8日まで)における本件土地宝典の違法複製行為による原告らの使用料相当額の損害は、本件土地宝典各1冊につき1万円と認めるのが相当である。
 なお、原告らは、公図の閲覧申請手数料(1通当たり500円)を参酌すべきであると主張するが、行政サービスの対価として定められた上記手数料と本件土地宝典の著作権の使用料とは性質を異にするものであるから、原告らの主張は、上記判断を左右するものとはいえない。」
(16) 原判決52頁15行目から23行目を削る。
(17) 原判決52頁24行目から53頁4行目を次のとおり改める。
 「なお、本件土地宝典の著作権は、別紙一覧表1ないし68及び同98ないし102記載の各土地宝典については原告株式会社富士不動産鑑定事務所が単独で有し、同69ないし97及び同114ないし120の各土地宝典については原告株式会社富士不動産鑑定事務所及び原告Y1が共有(持分は各2分の1)し、同103ないし113の各土地宝典については原告株式会社富士不動産鑑定事務所及び原告Y2が共有(持分は各2分の1)していることが認められる。
 そうすると、原告らの請求は、弁護士費用を除き、平成14年8月8日から平成17年2月8日までの間の本件土地宝典の使用料相当額(原告株式会社富士不動産鑑定事務所に対し96万5000円(1万円×73冊+1万円×47冊×0.5)、原告Y1に対し18万円(1万円×36冊×0.5)、原告Y2に対し5万5000円(1万円×11冊×0.5))、合計で120万円)及びその遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 なお、上記期間のうち、平成14年8月8日は、原告らが消滅時効の中断として主張する本件訴訟の提起日(平成17年8月8日)から満3年を遡った日であり、平成17年2月8日は、本訴請求に係る侵害行為の末日である。
 また、弁護士費用については、本件訴訟追行の困難さなど、本件訴訟に顕れたすべての事情を考慮し、12万円(原告株式会社富士不動産鑑定事務所につき9万6500円、原告Y1につき1万8000円、原告Y2につき5500円)を相当因果関係にある損害と認める。」
(18) 原判決53頁5行目から8行目を次のとおり改める。
 「(3) 以上検討したところによれば、原告らの損害は、合計で132万円であり、これを原告らの著作権又はその共有持分に応じて計算又は按分すると、原告株式会社富士不動産鑑定事務所につき106万1500円、原告Y1につき19万8000円、原告Y2につき6万500円となる。」
2 結論
 以上によれば、原告らの本訴請求は、不法行為による損害120万円(平成14年8月8日から平成17年2月8日までの間の本件土地宝典の使用料相当額)及び弁護士費用12万円(原告株式会社富士不動産鑑定事務所につき合計106万1500円、原告Y1につき合計19万8000円、原告Y2につき合計6万500円)並びに遅延損害金(これらに対する訴状送達の日の翌日である平成17年8月24日から支払済みまで年5分の割合による)の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない(仮執行の宣言については必要がない。)。よって、これと異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 齊木教朗
 裁判官 嶋末和秀
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