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【事件名】商標“おおたかの森”侵害事件(2)
【年月日】平成20年9月29日
 知財高裁 平成20年(行ケ)第10160号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年9月1日)

判決
原告 X
被告 Y


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が取消2007−301260号事件について平成20年3月14日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が有する後記商標登録について、被告が商標法50条1項に基づき指定商品中「第30類和菓子、洋菓子、飴菓子」につき不使用を理由とする取消審判請求をしたところ、特許庁が上記商標登録部分を取り消したので、原告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は、@原告が上記審判請求の予告登録日たる平成19年10月16日の前3年以内(平成16年10月16日から平成19年10月15日までの間)に日本国内において上記登録商標を使用したか(商標法50条2項本文)、A使用していなかったとしても「登録商標の使用をしていないことについて正当な理由」(商標法50条2項ただし書)があるか、である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 原告は、平成15年11月6日、下記商標登録出願をし、平成16年7月16日、登録第4786694号として設定登録を受けた(以下「本件商標登録」といい、その商標を「本件商標」という。)。
 記
・商標 「OOTAKANOMORI おおたかの森」【商標イメージ略】
・指定商品
 第29類 ロースハム、チーズ
 第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子
 第32類 ミネラルウォーター、茶を原材料とする清涼飲料、炭酸飲料、果実飲料、飲料野菜ジュース、ビール
 第33類 日本酒、洋酒、果実酒
イ 被告は、平成19年10月1日、本件商標登録の指定商品中「第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子」(全指定商品)について商標法50条1項に基づき不使用を理由とする取消審判請求(以下「本件審判請求」という。)をし、平成19年10月16日本件審判請求の予告登録がなされた。
 特許庁は、本件審判請求を取消2007−301260号事件として審理した上、平成20年3月14日、「登録第4786694号商標の指定商品中『第30類全指定商品』については、その登録を取り消す。」旨の審決(以下「本件審決」ということがある。)をし、その謄本は平成20年3月31日原告に送達された。
(2) 審決の内容
 審決の内容は、別添審決写しのとおりである。その理由の要点は、原告は本件商標を審判請求の予告登録前3年以内に日本国内において指定商品について使用したことを証明しないし、使用をしないことについて正当な理由があることも明らかにしない、というものである。
(3) 審決の取消事由
 原告が主張する審決の取消事由は、別紙1の原告準備書面記載のとおりであるが、その要旨は、次のとおりである。
ア 原告による本件商標の使用
 原告は、平成19年5月にハワイ大学から博士号を授与された後、学位論文の学会誌投稿に向けた編集作業等をしていたところ、同年8月15日に本件商標登録の件が、読売新聞と産経新聞に報道された(甲9の1、2)。
 原告は、これを受けて、被告を含めた関係者と話合いを持ち、本件商標の使用へ向けた準備を始めた。流山市役所を通して、平成19年8月21日付け「商標の登録・出願状況について」と題する書面(甲7)、平成19年8月22日付け「流山市ふるさと産品協会・流山市商工会の皆様へ」と題する書面(甲6)を配布した。また、原告は、被告へも平成19年8月21日付けで書状を送って、同年9月17日には話合いを持った。さらに原告は、環境保護団体代表者らとも話合いを持ち、本件商標の認知向上及び企画に賛同するメーカー業者への説明資料として、平成19年9月27日、同年10月31日及び同年11月27日に、埼玉新聞にそれぞれ新聞広告をした(甲11の1〜3)。
 原告は、平成19年秋よりイリノイ大学において、食料・飼料・バイオ燃料の国際需要に関する研究プロジェクトに携わっているが、平行して、原告の企画に沿った正規商品を日本市場に投入すべく、関係者と連絡を取っている。
 したがって、原告は、本件審判請求の予告登録前3年以内である平成16年10月16日から同19年10月15日までの間に日本国内において本件商標を使用している。
イ 不使用についての正当理由の存在
 仮に、上記アが商標法50条2項にいう「使用」に当たらないとしても、以下に述べるとおり、原告には同項にいう「正当な理由」がある。
(ア) 首都圏には、「おおたかの森」又は「オオタカの森」にちなむ自然保護団体が、千葉県北西部、埼玉県南西部、栃木県北部にある。原告は、これらの地域の特産物や特色を生かした商品の製造販売と環境保護団体等の環境保全事業への支援を本件商標を介して組み合わせることを意図して、本件商標登録を出願した。
(イ) ところが、原告は、本件商標登録後国外に在住している。原告は、ハワイ大学農業資源経済学の博士号プログラムで学位論文に向けた研究に従事していた。原告は、年末年始、春季及び夏季の休業の間などに数日間一時帰国することはあっても、それ以外はハワイ大学で研究に従事し、平成19年5月にハワイ大学から博士号を授与された。ハワイ島コナ地域における有機栽培コーヒー農業の経済分析が研究テーマであり、原告は、半年にわたるフィールドワーク・農家調査とデータの収集整理・理論考察・データ解析等を経て、学位論文を執筆した。この論文は、ハワイ大学及びハワイ州の図書館に所蔵されて公になると共に、世界中から大学図書館ネットワークを通じて閲覧が可能である。また、民間のデータベースに登録され、注文に応じて頒布される。この論文は人類共有の知的財産であり、学問、社会へ貢献するものである。
 以上のような事情で、原告は、本件商標を使用するに至らなかった。これらの事情は、商標法50条2項ただし書が規定する「登録商標の使用をしていないことについての正当な理由」に該当する。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)(2)の各事実は認めるが、(3)は争う。
3 被告の反論
 被告の反論は、別紙2の「『おおたかの森』商標登録に係る経緯」と題する書面記載のとおりであるが、その要旨は、次のとおりである。
(1) 被告は、千葉県流山市内において、菓匠「美しまや」の名称で和菓子の製造販売を行っている。
(2) 平成17年8月のつくばエクスプレス開業時に、流山市から、開業にちなんだ和菓子を作ってはどうかとの話があったので、被告は、つくばエクスプレスに確認した上、「おおたかの森」という名称の和菓子の製造販売を始めた(乙8の1・2)。この和菓子は、平成18年8月に「流山市ふるさと産品」として認定された(乙3)。
(3) 被告は、本件商標登録がされていることを知らなかったが、平成19年8月15日に本件商標登録の件が読売新聞と産経新聞で報道されて初めて本件商標登録がされていることを知った。そして、平成19年8月24日流山市から要請を受けたため、「おおたかの森」という名称でする和菓子の製造販売は自粛している。
(4) しかし、被告は、この和菓子の製造販売を止めるわけにはいかないので、平成19年10月1日、本件審判請求をし、本件審決を受けた。
 なお、被告は、平成20年3月10日、指定商品を「第30類和菓子、洋菓子、飴菓子、煎餅」として、下記商標登録の出願をしている(乙1、2)。
 記 「おおたかの森」【商標イメージ略】
(5) 原告が主張する忙しいというようなことは、商標法50条2項ただし書にいう「正当な理由」にはならない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)、(2)(審決の内容)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 取消事由について
(1) 原告による本件商標の使用の有無について
ア 証拠(甲4、6、7、9の1・2、11の1〜3)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告は、平成16年7月16日に本件商標が登録された後、平成17年8月に「OOTAKANOMORI おおたかの森(R)」(商標イメージ略)「『』ブランドを活用した食と環境の融合ビジネス展開 企画概要」と題する冊子を作成し、平成19年8月に改訂した(甲4)。上記冊子には、原告の提案する商品として、「銘菓」というものが記載されている。
(イ) 平成19年「OOTAKANOMORI おおたかの森(R)」(商標イメージ略)8月15日に本件商標登録の件が、読売新聞(東葛版)と産経新聞(千葉版)で報道された(甲9の1、2)。
 上記新聞報道の後、原告は、平成19年8月21日付け「商標の登録・出願状況について」と題する書面(甲7)及び平成19年8月22日付け「流山市ふるさと産品協会・流山市商工会の皆様へ」と題する書面(甲6)を作成、配布した。
 上記の「商標の登録・出願状況について」と題する書面には、「おおたか」の称呼を含む商標は本件商標登録のほか2件登録されていること等が記載されている。
 また、上記の「流山市ふるさと産品協会・流山市商工会の皆様へ」と題する書面には、原告の経歴等と共に、本件商標登録を活用した商品を原告と共同開発して販売することにより、産業振興が図られ、併せて環境保全・緑化推進につながることなどが記載されている。
(ウ) 原告は、被告へ平成19年8月21日付けで書状(甲8)を送った。その書状には、上記の「流山市ふるさと産品協会・流山市商工会の皆様へ」と題する書面と同旨の内容のほか、「既に流山市外の第三者が出願をしている以上、現在の登録が取り消されるような事態となれば、今後本件商標のブランドを流山で内外にアピールしようという戦略は頓挫する」旨が記載されている。
(エ) 原告は、平成19年9月27日、同年10月31日及び同年11月27日の埼玉新聞に、いずれも縦3.1p、横1.9pの大きさで、下記新聞広告(甲11の1〜3)を掲載した。
 記 「おおたかの森(R) ootakanomori@gmail.com」【商標イメージ略】
イ 前記第3、1(1)イのとおり本件審判請求の予告登録がなされたのは平成19年10月16日であるから、原告は、その前3年以内(すなわち平成16年10月16日から平成19年10月15日までの間)に、商標権者たる原告、その専用使用権者又は通常使用権者が本件審判請求に係る「第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子」につき本件商標を使用した事実を証明しなければならない(商標法50条2項)。
 ところで、商標法にいう「使用」とは同法2条3項1号ないし8号、4項に記載されているとおりのものであるところ、原告は、上記ア(ア)のとおり、平成17年8月に、「OOTAKANOMORI おおたかの森(R)」(商標イメージ略)「『』ブランドを活用した食と環境の融合ビジネス展開 企画概要」と題する冊子を作成し、平成19年8月に改訂したものの、この事実をもってしては、本件商標を「第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子」に使用したということはできない。
 また、原告は、上記ア(イ)(ウ)のとおり、平成19年8月21日付け「商標の登録・出願状況について」と題する書面及び平成19年8月22日付け「流山市ふるさと産品協会・流山市商工会の皆様へ」と題する書面を作成、配布したり、被告に対して書状を送ったりしたが、それらの事実をもってしても、本件商標を「第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子」に使用したということはできない。
 さらに、上記ア(エ)のとおり、原告が平成19年9月27日に隣県である埼玉県を主たる販売地域とする埼玉新聞に、前記のとおり、「おおたかの森(R)」と「ootakanomori@gmail.com」を縦に2行に記載した新聞広告を掲載した行為は、その表示が単に「おおたかの森」「ootakanomori」とするのみで、商品広告を意図するものか不明であるのみならず、具体的な商品との結びつきが明らかでなく、「第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子」の広告と認めることはできない。
その他、原告、専用使用権者又は通常使用権者が、本件審判請求の予告登録(平成19年10月16日)前3年以内に、本件商標を「第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子」について使用したことを認めるに足りる証拠はない。
ウ したがって、本件審判請求の予告登録(平成19年10月16日)前3年以内に、商標権者たる原告、その専用使用権者又は通常使用権者が「第30類 和菓子、洋菓子、飴菓子」に本件商標を使用したことを被請求人たる原告が証明したことにはならないというべきである。
(2) 正当理由の有無について
ア 商標法50条2項ただし書は、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者が指定商品に登録商標を使用していないとしても、「登録商標の使用をしていないことについて正当な理由」があることを商標権者たる被請求人が明らかにしたときには、登録商標は取り消されない旨を規定する。
 ここでいう「正当な理由」とは、法的な規制によって商品を製造販売することができなかったとか、天災によって商品を製造販売することができなかったなど、商標権者等の責めに帰することができない事情によって審判請求の予告登録前3年以内に登録商標を使用することができなかった場合をいうものと解される。
イ しかるに、本件における原告の主張は、本件商標登録後原告は国外であるアメリカ合衆国(ハワイ等)に居住し、ハワイ大学における農業資源経済学の研究が多忙であったから、本件商標を使用することができなかったことにつき正当な理由があったというものであるが、原告の主張によっても、毎年、年末年始、春季及び夏季の休業の間は帰国して登録原簿上の住所等に数日間は一時帰国しているのであって、これらを含めた上記事情は、ここでいう「正当な理由」に当たるものではない。原告は、原告の研究が優れたものであって、学問、社会へ貢献するものであることも主張するが、そのような事情は、これを肯認する余地があるとしても、上記「正当な理由」の存在を認める根拠となるものではない。
ウ したがって、本件について「登録商標の使用をしていないことについての正当な理由」は、これを認めることができない。
3 結論
 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由の主張はすべて理由がない。
 よって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所 第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 澁谷勝海


別紙省略
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