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【事件名】商標“SUNKID”侵害事件(2)
【年月日】平成20年9月29日
 知財高裁 平成20年(行ケ)第10167号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年9月3日)

判決
原告 サンキスト グロワーズ インコーポレーテッド
訴訟代理人弁理士 小沢慶之輔
被告 片岡物産株式会社
訴訟代理人弁護士 佐藤治隆
訴訟代理人弁理士 中山伸治


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が取消2006−31457号事件について平成19年12月25日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は、被告が有する後記商標登録について、原告が全指定商品につき商標法50条1項に基づき不使用を理由とする商標登録取消審判を請求したところ、特許庁が同請求は成り立たない旨の審決をしたことから、原告がその取消しを求めた事案である。
2 争点は、被告が取消審判予告登録日(平成18年12月12日)より3年前以内に上記商標を使用したか、である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア 被告は、昭和43年10月4日、下記商標について商標登録出願をし、昭和58年11月25日に特許庁から商標登録第1631182号として設定登録を受けた(以下「本件商標」という。甲1)。
 記
(商標) 「SUN KID」【商標イメージ略】
(指定商品)
 〔平成16年11月24日指定商品の書換登録前〕 第29類「果実飲料、その他本類に属する商品」
 〔上記書換登録後〕 第30類「茶、コーヒー、ココア、氷」 第32類「清涼飲料、果実飲料」
イ ところで原告は、平成18年11月22日、本件商標の全指定商品(書換登録後のもの)につき商標法(以下「法」という。)50条1項に基づき不使用による商標登録取消審判を請求し、平成18年12月12日その旨の予告登録がなされた(甲1)。
 特許庁は、同請求を取消2006−31457号事件として審理した上、平成19年12月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は平成20年1月8日原告に送達された。
(2) 審決の内容
 審決の内容は、別添審決写しのとおりである。その理由の要点は、本件商標は審判請求の登録前3年以内に日本国内において請求に係る指定商品について使用していたものと認められる、というものである。
(3) 審決の取消事由
 しかしながら、被告は本件商標を予告登録前3年以内に使用していないから、審決は違法として取り消されるべきである。
ア 審決は、被告が、平成12年9月から平成17年10月にわたり、大阪市内にある「サリダ」という喫茶店に対し、紙パック製の容器に本件商標を付したグレープフルーツジュース(以下「本件商品」という。)を販売していたことが、「証明願」と題する書面(甲5〔審判乙3〕、以下「甲5証明書」という。)により証明されているとして、本件商標が予告登録前3年以内に指定商品について使用されていた旨認定した。
 しかし、甲5証明書は、被告の子会社であり「サリダ」を運営していた株式会社片岡フードサービス(以下「片岡フードサービス」という。)の(元)営業部長が、被告からの証明願に応じて作成したものであるところ、その内容は、「添付(1)の写真に表示されている商標『SUNKID』が付されている商品『果実飲料』を平成12年9月より平成17年10月までの間、貴社が運営する『サリダ』(住所・大阪府大阪市(以下略) 堂島アバンザ1階)にて販売されたことに相違ないこと」を証明するというものであり、被告により製造され、本件商標が付された本件商品が、一定時期に喫茶店「サリダ」で販売されたことを証明するものであっても、本件商品が被告から片岡フードサービスに販売された事実を直接証明するものとはいえない。
 また、被告は、審判事件において、甲3〔審判乙1〕、甲4〔同乙2〕を提出したが、甲3は片岡フードサービスの閉鎖事項全部証明書、甲4は片岡フードサービス宛ての「サリダ」の食品衛生法による営業許可書であり、いずれも被告の本件商標の使用を直接立証するものではない。
 さらに、被告が審判事件において提出した甲6〜8〔順次、審判乙4〜6〕は本件商品の包装に本件商標が付されている状況や喫茶店「サリダ」のメニューを撮影した写真にすぎない。「サリダ」において本件商標を付した本件商品の販売があったとしても、同商品の販売は被告によってなされたものではない。
 この点につき、被告は、「サリダ」に本件商品を販売した旨主張するが、かかる販売行為については何ら具体的に立証されていない。通常、一般市場での商品の取引があったときには、売主による買主宛ての品目、数量、単価、請求金額、出荷日時等が記載された出荷伝票、請求書等が発行され、買主による同様の内容が記載された売主宛受領書等が買主に対し発行されるから、商品の販売の事実はこれらの書面によって容易に立証し得るが、本件における甲5証明書はこれらの書類に代わるものとは思われない。もとより、被告の本件商品が、被告の子会社である片岡フードサービスが運営する喫茶店「サリダ」で提供されたことは事実と思われるが、後述するように、被告から「サリダ」への本件商品の流れは、一般流通市場を介してする取引によるものとは到底理解し得ないものである。
イ 仮に、本件商品が被告から喫茶店「サリダ」に販売され、引き渡されたとしても、以下に述べるとおり、当該行為は一般取引市場での取引行為とは到底考えられないものであり、そのような本件商標を付した本件商品の販売は、法の規定する商標の使用には当たらない。
 すなわち、被告の審判段階における主張によれば、本件商標を付した本件商品の販売は「サリダ」でのみなされたもので、しかも、その販売は消費者の嗜好やその変化の市場性調査を目的とするいわば実験的なものであり、喫茶店「サリダ」の閉店によって本件商標使用の実績は終了したというものである。これを換言すれば、本件商標の使用は極めて閉鎖的な環境において実験的に行われたものと解さざるを得ない。
 そうすると、本件商品は、本件商標が付されていても一般取引市場における流通に置かれたことはないし、商標としての自他商品識別機能を発揮することもなく、その必要性も存在しなかったことになる。
 以上を総合して判断するならば、本件商標を付した本件商品が仮に被告から片岡フードサービスへ販売されたとしても、本件商品は法の規定する商品とはいえず、したがって、本件商標は商標としての出所表示機能を果たし得なかったのであるから、商標の使用はなかったといわざるを得ない。
 これに対し被告は、「サリダ」は被告商品のいわゆるアンテナショップの役割を有しており、そこで取り扱われる加工商品の販売者として被告が責任主体であることが公示されていると主張するが、アンテナショップの役割とは消費者の嗜好や変化を直接的に調査することを目的とするものであるから、本件商品はいわば試作品として提供されたにすぎないことが明らかである。このような目的のために販売される商品は市場流通性がなく、法の定める商品には当たらないから、これに基づいて本件商標の使用があったということはできない。
 また被告は、甲5証明書等には本件商標が付された本件商品の存在が明らかにされており、製造日、品名・原材料名、販売者として被告商号、住所が記載されていることから、これは販売を前提に指定商品に商標を付する行為であり、法2条3項1号にいう商標の使用であるなどと主張する。
 しかし、被告の上記主張は、法2条3項1号の規定する商標の使用との文言を形式的に解釈したにすぎない。商標の使用というためには、その前提として商標としての機能を無視して論ずることはできないところ、商標の本質は、商品の製造・販売や、役務の提供を業とする者が扱う商品又は役務の出所を表示し、自他商品・役務の識別機能を有することにある。商標を付した商品は、流通過程におかれたときにこの機能が働き、取引秩序が維持されるが、上記のとおり、甲5証明書等は、本件商品が流通過程を通じて片岡フードサービスに引き渡されたことを証明するものではなく、本件では法の趣旨に基づく商標の使用はない。
ウ 以上のように、審決が「サリダ」における本件商標を付した本件商品の販売という限られた事実を示すにすぎない上記各証拠のみに基づき本件商品につき本件商標の使用があったと認定したことは、審理を尽くさない違法があったといわざるを得ない。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)、(2)の各事実は認めるが、(3)は争う。
3 被告の反論
 審決の認定判断は、以下に述べるとおり正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 原告は、甲5証明書は、本件商品が被告により製造され、本件商標が付された本件商品が一定時期に喫茶店「サリダ」で販売されていたことを証明するものであっても、本件商品が被告から片岡フードサービスに販売された事実を証明するものとはいえない旨主張する。
 しかし、甲5証明書(甲6、7も同じ)には本件商標が付された本件商品の存在が明らかにされており、これにはその製造日が「03.5.28」と記載され、さらにJAS法の定める加工食品の表示として品名、原材料名等の他に「販売者」として被告商号、住所が記載されている。これらは、客観的に本件商品が販売されることを予定していることを示している。販売することを前提に指定商品に商標を付すること自体、商標の使用であることは明らかである(法2条3項1号)。そして、本件商品は直接的には片岡フードサービス(被告の子会社ではあるが別法人である)が運営する「サリダ」において客に提供するとともに、求めに応じて販売することを前提としていたが、「サリダ」は紅茶その他の被告商品のいわゆるアンテナショップの役割を有しており、そこで取り扱われる加工食品の販売者として被告が責任主体であることを公示するものであり、それとともに表示されている本件商標が、商品「グレープフルーツジュース」について使用されていることは明らかである。
 また、「サリダ」における本件商品の利用が役務の提供を目的とするものであったとしても、甲5証明書等の記載から明らかなとおり、本件商品の表示自体から、被告が販売者となっている商品が同店に供給されたことは明らかである。
(2) 原告は、「サリダ」を通じた本件商品の販売は「サリダ」に限定され、市場調査を目的とする閉鎖的な環境において実験的に行われたとか、一般取引市場での取引行為があったとは考えられないから商標使用に当たらないと主張するが、独自の見解であって失当である。
 商標使用に係る法の定義において使用の規模についての制限はないし、本件においては、流通業者である被告が営業として取り扱う本件商品にその品質を保証する法定表示としての自己の商号とともに本件商標を付しているのであるから、たとえ少量であっても法2条3項の「使用」に当たることは明らかである。
 また、原告の主張する「一般流通市場」(一般取引市場における流通)というのは法的概念ではなく、意味が定かでない。これが、業者間での取引は商標的使用に当たらないという趣旨であれば、誤りである。この場合であっても、その商品の出所や信用の所在が当該商標により明確にされており、商標本来の機能を果たしているから、商標の使用は、商品が「一般流通市場を介してする取引によるもの」に限られるものではなく、業者間で取引される商品に用いられる場合を含むことは明らかである。原告の主張は「流通過程」、それも特定業者間の取引でない「一般流通市場を介してする取引」に置かれたときに初めて商標使用となるとする点で、根拠なく法条を限定解釈するものであり、誤りである。
 なお、原告はアンテナショップの趣旨を誤解するものである。商品の大規模販売の前や商品開発の際に消費者の嗜好や売れ行き評判を知るために特定の店舗において商標の付された商品を先行又は限定販売したり、客に提供したりすることはよく行われることである。しかし、販売されるのは有償で譲渡される商品であって、試作品とは異なり、それが法2条3項1号にいう商品についての商標の使用であることは明らかである。これが商標の使用でないとすれば、アンテナショップでは他人の登録商標を付して販売してもよいことになる。原告の主張は明らかな誤りである。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)、(2)(審決の内容)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 本件における事実関係
(1) 証拠(甲3〜8)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告の子会社である片岡フードサービス(平成12年8月10日設立、平成17年11月30日解散)は、平成12年9月28日、大阪市長から大阪市(以下略)所在の堂島アバンザにおける飲食店(ロビー喫茶)「サリダ」の営業許可(食品衛生法による)を受けた。なお、「サリダ」は平成17年9月30日に廃業し、同年10月3日に大阪市北区保健福祉センターを通じてその旨の届出をした。(甲3、4)
イ 「サリダ」は、コーヒー、紅茶、ジュース類といった飲料と、ワッフル、サンドイッチ、ケーキといった軽食を提供する喫茶店であり、紅茶等を輸入販売する被告にとって、商品の大規模販売の前や商品開発の際に消費者の嗜好や売れ行き・評判を知るために、商品を先行又は限定販売したり客に提供する、いわゆるアンテナショップとしての役割を有していた。(甲7、8、弁論の全趣旨)
ウ 被告は、平成12年9月から平成17年9月末までの間、片岡フードサービスに対し、容器(紙パック)に「SUN KID〈GRAPEFRUIT JUICE〉」との標章を付し、「品名:グレープフルーツジュース〈濃縮果汁還元〉」、「原材料名:グレープフルーツ、香料」、「賞味期限:裏面下部記載」、「保存方法:高温、直射日光を避けて保存してください。」、「販売者:片岡物産株式会社LT 東京都(以下略)」との表示をしてグレープフルーツジュース(本件商品)を販売し、片岡フードサービスはこれを「サリダ」において客に提供して販売した。(甲5、弁論の全趣旨)
(2) 原告は、上記ウの事実関係につき、商品の販売事実は、通常、売主による買主宛ての品目、数量、単価、請求金額、出荷日時等が記載された出荷伝票、請求書又は買主による同様の内容が記載された売主宛受領書等により立証すべきであり、甲5証明書によっては被告が「サリダ」に本件商品を販売したことは何ら具体的に立証されていない旨主張する。
 しかし、上記販売事実の立証方法が原告主張の書類に限定されるものではなく、要は証拠の信用性に関する問題である。
 そして、甲5証明書は、被告の子会社であり「サリダ」を運営していた片岡フードサービスの営業部長(当時)が被告からの証明願に応じて作成した、「添付(1)の写真に表示されている商標『SUNKID』が付されている商品『果実飲料』を平成12年9月より平成17年10月までの間、貴社が運営する『サリダ』(住所・大阪府大阪市(以下略) 堂島アバンザ1階)にて販売されたことに相違ないこと」を証明する旨記載された証明書であるが、甲5証明書添付(1)の写真によれば、本件商品の容器である紙パックに前記のとおり「販売者」として被告の名称が表示され、かつ、同商品が「サリダ」が営業していた期間中である平成15年5月28日(「03.5.28」)に製造されたことが認められ、これは上記証明内容と何ら矛盾するものではない。また、「サリダ」で使用されていたメニュー(甲7、8)によれば、「サリダ」においてグレープフルーツジュースが提供されていたことが認められるから、これも上記証明内容と矛盾するものではない。加えて、上記(1)アのとおり、被告と片岡フードサービスとが親会社と子会社の関係にあり(当事者間に争いがない)、しかも、上記(1)イのとおり、「サリダ」は被告のいわゆるアンテナショップであったことからすれば、被告が「サリダ」に本件商品を販売していたことは優に推認することができ、これと同旨の甲5証明書の信用性は高いというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
3 被告による本件商標使用の有無について
(1) 前記認定事実によれば、被告は、平成12年9月から平成17年9月末までの間、片岡フードサービスに対し、容器(包装)に本件商標である「SUN KID」との標章を付して、取消請求に係る指定商品の一つであるグレープフルーツジュース(果実飲料又は清涼飲料)を販売したことが認められ、これは法2条3項1号の定める「商品の包装に標章を付する行為」及び同2号「商品の包装に標章を付したものを譲渡…する行為」に該当するから、被告は、取消審判予告登録日である平成18年12月12日より3年前以内に本件商標を使用したと認められる。
(2) これに対し原告は、本件商標の使用は親子会社間で、しかもアンテナショップという極めて閉鎖的な環境において実験的に行われたものであって、一般取引市場における流通に置かれたことはないから、商標としての使用には当たらない等と主張する。
 しかし、上記2に認定した事実関係に照らせば、被告と片岡フードサービス間における本件商品の取引を一般の商取引と別異に解すべき事情は見当たらない。もとより、商標としての使用は、取引主体が親子会社の関係にあるということで当然失われるものではないし、また、いわゆるアンテナショップという形態を採ったことで商品の供給者と受給者が特定の業者に固定されることがあっても、そのような事情は一般の業者間取引においてもあり得るものであって、これにより当該アンテナショップに提供される商品に市場流通性がないということはできない。その他、被告と片岡フードサービス間における取引が一般の商取引とは著しく異なる特殊なものであるなど、それにより商標としての使用を否定すべき事情は見当たらない。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3) なお、原告は審決に審理不尽の違法があるとも主張するが、審決の判断に誤りがないことは上記に照らして明らかであり、審理不尽の違法は認められない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
4 結論
 以上によれば、原告主張に係る取消事由は理由がない。
 よって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 澁谷勝海
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