判例全文 line
line
【事件名】商標“つつみのおひなっこや”侵害事件(3)
【年月日】平成20年9月8日
 最高裁(二小) 平成19年(行ヒ)第223号 審決取消請求事件
 (原審・知財高裁平成18年(行ケ)第10532号)

判決


主文
 原判決を破棄する。
 本件を知的財産高等裁判所に差し戻す。

理由
 上告代理人須田篤の上告受理申立て理由について
1 本件は、被上告人が、上告人を商標権者とする後記商標登録を無効とすることについての審判請求を不成立とした特許庁の審決の取消しを求める訴訟である。
2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 上告人は、「つつみのおひなっこや」の文字を標準文字で横書きして成り、指定商品を商標法施行令(平成15年政令第398号による改正前のもの)別表第1の第28類の区分に属する「土人形および陶器製の人形」(以下「本件指定商品」という。)とする登録第4798358号の登録商標(平成16年2月18日商標登録出願、同年8月27日商標権の設定の登録。以下、この商標を「本件商標」といい、その商標登録を「本件商標登録」という。)の商標権者である。
(2) 仙台市堤町(現仙台市青葉区堤町)で製造される土人形は、江戸時代の堤焼に始まり、「おひなっこ」、「つつみのおひなっこ」とも呼ばれていたが、昭和初期に入ってからは「堤人形」と呼ばれるようになった。上記土人形(以下、仙台市堤町で製造される堤焼の人形を「堤人形」という。)を製造する人形屋は、かつては13軒を数えるほどの全盛期を迎えて明治に至ったが、次第に廃業が目立つようになり、大正期にはA家及びB家の2軒だけとなった。そして、昭和期には被上告人の父Cだけが堤人形を製造するようになり、その技術は被上告人に承継された。
 上告人の祖父Dは、遅くとも昭和56年には堤人形を製造するようになり、その技術は、上告人の父Eを経て上告人に承継された。
(3) 被上告人は、いずれも指定商品を上記別表第28類の区分に属する「土人形」として、「つゝみ」の太文字を横書きして成る商標(登録第2354191号。以下「引用商標1」という。)及び「堤」の太文字1字から成る商標(登録第2365147号。以下「引用商標2」といい、引用商標1と併せて「引用各商標」という。)の商標権者である。なお、引用各商標に係る商標登録出願については、当初、ありふれた氏である「堤」あるいはこれを認識させる「つゝみ」の文字を普通に用いられる方法で表して成るものにすぎず、商標法(以下「法」という。)3条1項4号に該当するなどとして拒絶査定がされたが、平成3年4月4日、これに対する不服審判において、明治以来継続して商品「土人形」に使用された結果、需要者が被上告人の業務に係る商品であることを認識することができるに至ったから同条2項に該当するとして、引用各商標のそれぞれにつき商標登録を認めるべきものであるとの審決がされ、引用各商標は同年12月までに商標登録をされるに至ったものである。
(4) 被上告人は、平成18年3月8日、本件商標登録が法4条1項8号、10号、11号、15号、16号、19号及び8条の規定に違反してされたものであるとして、法46条1項に基づき、本件商標登録を無効とすることについて審判を請求した。
 上記審判請求につき、特許庁において無効2006−89030号事件として審理された結果、同年10月31日、本件商標は引用各商標のいずれにも類似しないから法4条1項11号に該当せず、被上告人の主張するその余の無効理由も認められないとして、審判請求を不成立とする審決がされた(以下、この審決を「本件審決」という。)。
3 原審は、次のとおり判断して、本件商標について法4条1項11号該当性を否定した本件審決の判断部分は誤りであるとして、本件審決の取消しを求める被上告人の請求を認容した。
 本件審決の当時、堤人形は、仙台市堤町で製造される堤焼の人形として、本件指定商品である「土人形および陶器製の人形」の販売業者等の取引者にはよく知られていた。そして、本件商標の構成中の「おひなっこや」の文字部分は、これに接する者に「ひな人形」である「おひな」、東北地方の方言などにみられる接尾語である「こ」及び特定の職業やそれを営む者を表す語である「や」から成る語であると認識されるものと認められる。そうすると、本件商標の構成中、「つつみ」の文字部分からは、地名、人名としての「堤」ないし堤人形の「堤」の観念が、「おひなっこや」の文字部分からは、「ひな人形屋」の観念が、それぞれ生じ、全体としては、「堤」という土地、人物の「ひな人形屋」あるいは堤人形の「ひな人形屋」との観念が生じるものと認められる。したがって、本件商標は、「つつみ」と「おひなっこや」とが組み合わされた結合商標として認識されるものであるが、その構成において「つつみ」の文字部分を分離することができないほど一体性があるものと認めることはできないから、冒頭の「つつみ」の文字部分のみが分離して認識され、そこから、地名、人名としての「堤」ないし堤人形の「堤」の観念を生じるとともに、「ツツミ」のみの称呼をも生じるものと認められる。
 他方、引用各商標からは、いずれも地名、人名としての「堤」ないし堤人形の「堤」の観念を生じるとともに、「ツツミ」の称呼を生じる。
 そうすると、本件商標と引用商標1がその外観の一部において類似するにすぎないこと、本件商標と引用商標2がその外観において類似するものとはいえないことを考慮しても、本件商標と引用各商標は全体として類似する商標であると認められるから、本件商標は引用各商標との間で法4条1項11号に該当するものというべきである。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 法4条1項11号に係る商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁参照)。
(2) これを本件についてみるに、本件商標の構成中には、称呼については引用各商標と同じである「つつみ」という文字部分が含まれているが、本件商標は、「つつみのおひなっこや」の文字を標準文字で横書きして成るものであり、各文字の大きさ及び書体は同一であって、その全体が等間隔に1行でまとまりよく表されているものであるから、「つつみ」の文字部分だけが独立して見る者の注意をひくように構成されているということはできない。また、前記事実関係によれば、引用各商標は平成3年に商標登録されたものであるが、上告人の祖父は遅くとも昭和56年には堤人形を製造するようになったというのであるから、本件指定商品の販売業者等の取引者には本件審決当時、堤人形は仙台市堤町で製造される堤焼の人形としてよく知られており、本件商標の構成中の「つつみ」の文字部分から地名、人名としての「堤」ないし堤人形の「堤」の観念が生じるとしても、本件審決当時、それを超えて、上記「つつみ」の文字部分が、本件指定商品の取引者や需要者に対し引用各商標の商標権者である被上告人が本件指定商品の出所である旨を示す識別標識として強く支配的な印象を与えるものであったということはできず、他にこのようにいえるだけの原審認定事実は存しない。さらに、本件商標の構成中の「おひなっこや」の文字部分については、これに接した全国の本件指定商品の取引者、需要者は、ひな人形ないしそれに関係する物品の製造、販売等を営む者を表す言葉と受け取るとしても、「ひな人形屋」を表すものとして一般に用いられている言葉ではないから、新たに造られた言葉として理解するのが通常であると考えられる。そうすると、上記部分は、土人形等に密接に関連する一般的、普遍的な文字であるとはいえず、自他商品を識別する機能がないということはできない。
 このほか、本件商標について、その構成中の「つつみ」の文字部分を取り出して観察することを正当化するような事情を見いだすことはできないから、本件商標と引用各商標の類否を判断するに当たっては、その構成部分全体を対比するのが相当であり、本件商標の構成中の「つつみ」の文字部分だけを引用各商標と比較して本件商標と引用各商標の類否を判断することは許されないというべきである。
(3) そして、前記事実関係によれば、本件商標と引用各商標は、本件商標を構成する10文字中3文字において共通性を見いだし得るにすぎず、その外観、称呼において異なるものであることは明らかであるから、いずれの商標からも堤人形に関係するものという観念が生じ得るとしても、全体として類似する商標であるということはできない。
5 以上によれば、本件商標と引用各商標が類似するとした原審の判断には、商標の類否に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、被上告人が主張するその余の本件商標登録の無効理由につき更に審理を尽くさせるため、本件を知的財産高等裁判所に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第二小法廷
 裁判長裁判官 古田佑紀
 裁判官 津野修
 裁判官 今井功
 裁判官 中川了滋
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/