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【事件名】復刻版歴史資料の“海賊版”流布事件
【年月日】平成20年8月29日
 東京地裁 平成19年(ワ)第4777号 損害賠償等請求事件
 (平成20年6月11日 口頭弁論終結)

判決
大韓民国京畿道<以下略>
原告 韓国学術情報株式会社
同訴訟代理人弁護士 江森史麻子
東京都千代田区<以下略>
被告 A
同訴訟代理人弁護士 天野博之


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する平成19年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、被告の管理するホームページ(URL省略)のトップページの記事欄最上部に、別紙記載の謝罪文を1年間掲載せよ。
第2 事案の概要
1 訴訟の概要
 本件は、原告が、被告に対し、原告の発行する書籍が他の出版社の発行する書籍の「海賊版」である旨を指摘する被告作成の電子メールの内容及びホームページの記事内容が原告の名誉及び信用を毀損するとして、不法行為に基づき、損害金300万円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに名誉を回復するために適当な処分として上記ホームページに謝罪文を掲載することを求めた事案である。
2 前提事実
(1) 当事者
ア 原告
 原告は、大韓民国(以下「韓国」という。)に本店を置き、韓国法によって設立された出版等を業とする会社である。
(争いのない事実)
イ 被告
(ア) 被告は、朝鮮民主主義人民共和国の図書等を専門的に扱う小売商人である。
(イ) 被告は、URLを「(省略)」とするホームページ(以下「被告ホームページ」という。)を管理している。
(以上、争いのない事実)
(2) 関係書籍
ア 大野緑一郎関係文書
 大野緑一郎は、内務省に入省し、徳島県知事、警視総監等を経て、昭和11年から昭和17年までの間、朝鮮総督府政務総監を務めた。同人所有の書簡、書類5233点は、同人の死亡後の昭和62年、国立国会図書館に寄贈された。これらの文書は「大野緑一郎関係文書」と呼ばれ、国立国会図書館憲政資料室で閲覧、複写が可能となっている。
 この大野緑一郎関係文書の中に、「帝国議会説明資料」が存する。同資料は、政務総監及び財務局長が旧帝国議会で行う説明と答弁のための資料として、朝鮮総督府が作成したものであるが、極秘扱いの文書として少数部数のみ作成され、特定の関係者にのみ配布された希少な資料である。
 (甲11、12、乙6、弁論の全趣旨)
イ 友邦文庫文書
 学習院大学東洋文化研究所には、朝鮮総督府官僚が持ち寄った政策立案段階のメモ、手書きの報告書等を含む資料が保管されている。これらは、主に財団法人友邦協会及び社団法人中央日韓協会によって収集され、昭和58年に同研究所に寄託され、平成12年に所有権も譲渡された。これらの資料は、友邦文庫(旧称友邦協会・中央日韓協会文庫)と呼ばれ、内外の研究者に利用されている。
 (甲30)
ウ 不二出版書籍
(ア) 不二出版株式会社(以下「不二出版」という。)は、平成6年5月及び同年9月、昭和8年から昭和20年にかけての「帝国議会説明資料」を復刻した1万4000頁に及ぶ「朝鮮総督府帝国議会説明資料」全10巻(以下「不二出版書籍」という。)を発行し、国内外で販売している。
(イ) 不二出版書籍は、A4判上製で4面付け方式(1頁に原資料の4頁分を掲載)となっており、全10巻での本体価格は36万円である。
(ウ) なお、平成6年9月の第2回配本後に新たに発見された大正6年から大正14年の帝国議会説明資料は、平成10年に、11巻から17巻までとして追加配本されている。
 (以上、甲13、乙6、12)
エ 龍溪書籍
 株式会社龍溪書舎は、Bらの編集に係る「編集復刻日本植民地教育政策史料集成(朝鮮編)」全69巻(定価159万6500円)を発行した。
 その15巻(乙8)は、「朝鮮總督府文書課編纂諭告訓示演述總攬第二輯朝鮮行政學會発行」(以下「龍溪書籍」という。)であり、昭和62年9月に発行され、価格は2万円である。
 (争いのない事実、乙7)
オ 原告書籍
(ア) 原告は、平成12年ころ以降、「日帝下戦時體制期政策史料叢書」全98巻(以下「原告書籍」という。)を発行し、韓国内で販売するとともに、日本へも輸出している。
(イ) 原告書籍は、B5判1面付け方式となっており、1巻当たり8万ウォン(約8400円)である。
(ウ) 原告書籍1巻〜24巻は、「帝国議会説明資料」である。
(エ) 原告書籍27巻のうち1頁ないし374頁は、「朝鮮總督府文書課編纂諭告訓示演述總攬第二輯朝鮮行政學會発行」(乙9)である。
 (以上、争いのない事実、甲4の1・2、13、乙6、弁論の全趣旨)
(3) 名誉毀損行為
ア 表現行為
(ア) 本件表現1
a 行為
 被告は、平成17年10月13日、次のbの内容を含む「添付の訂正&お詫び Fw:未承諾広告※ 添付あり。2005.9.25 学校に残す資産。復刻版『京城新報』『京城日報』の話し」との件名の電子メール(甲1)を作成し、不特定多数人に送信した。
b 内容
 「○無断複製販売をこの20年前くらいから続けている業者の名前を確実に知る=C
 最近、この無断複製販売を続けている業者から無断複製の本を買った学校を訪問し図書館で選書担当者と初めてお会いしました。
 学校で学んでいる学生、先生方、学校を代表して図書選書購入をされているんだと思いました。
 当方では復刻版『京城新報』『京城日報』を通じ、しつこく言っているつもりでしたが、ときどき『このならずもの業者はどこ』と聞かれるので、はっきりさせておいた方がいい、実名を出さずに、それとなく言っても韓国朝鮮研究者以外の一般の図書館員にはよくわからないのでは、はっきり言ってあげないとお客様に迷惑がかかる、時間のムダ、これ以上日本の図書館に海賊版を入れさせてはいけない、との思いで今回実名を出しました。ご了承いただければと思います。
 復刻版『京城日報』第3次版でもお間違いのないようにと。
 ○『在日朝鮮人史研究』発行/在日朝鮮人運動史研究会(朴慶植、水野直樹他編)は緑蔭書房・代表D氏によると緑蔭書房販売の分(第20号以降〜)は無断複製販売されていないとのこと。E氏が無断複製販売のCに人1人を連れて怒鳴り込んで以降は無断複製販売されていないとのことです。訂正し、お詫び申し上げます。
 E氏、交通事故で亡くなられたと思いますが、この無断複製販売のことで気持ちがむしゃくしゃしていて道路で集中力がなかったのかも。
 ○ついでに、韓国・民族問題研究所出版『日帝下戦時体制期政策史料叢書』も海賊版。
 以下、北米のKorean関係では有名な図書館の中から教えていただいたメールです。
 『アメリカでの対応は(無断複製販売に対しては)厳罰に処せられることになることは間違いないと思います。こうした剽窃に対する意識は非常に高く学生のペーパーの指導などでも徹底されています。
 ちなみに最近こちらの図書館で話題となったのは、韓国の民族問題研究所出版の『日帝下戦時体制期政策史料叢書』という100巻近いシリーズの史料集です。この書は、日本の国会図書館やその他日韓の主たる大学図書館で原資料を集めたとありますが、どの文書がどこから取られたのかをまったく明らかにしていません。間違いなく無許可でコピー販売しているものと思われます。こうした出典が不明な資料集は引用する際にも困るので今後はこちらの図書館でも購入しないようにする方向で話します。Cの方も気をつけるよう図書館の司書に注意を促しておきます。』」
 以上のうち、「ついでに、韓国・民族問題研究所出版『日帝下戦時体制期政策史料叢書』も海賊版。」「間違いなく無許可でコピー販売しているものと思われます。」との部分を、以下「本件表現1」という。
 (以上、争いのない事実)
(イ) 本件表現2
a 行為
 被告は、平成18年10月14日、次のbの内容を含む「未承諾広告※ 論文引用時のご参考までに書誌情報『日帝下戦時体制期史料叢書』、『朝鮮語学全書』、『京城日報』Web版&号外について」との件名の電子メール(甲2の1・2)を作成し、不特定多数人に送信した。
b 内容
 「1) 『日帝下戦時体制期史料叢書』民族問題研究所編・韓国学術情報発行は海賊版ということについて。
 不二出版発行『朝鮮総督府帝国議会説明資料』全17巻を不二出版の承諾なしに引用している。(不二出版が『喉』左右の行の複製時、字が読めない部分を活字組みしているがその部分が同じ。)
 他の構成部分は現在調査中です。
 今回この件でメールを流す経緯/当方が昨年10月13日流したメール『日帝下戦時体制期史料叢書』民族問題研究所は海賊版−このような場合のアメリカでの対応は、私はまだそうした事態に直面したことがないので詳細はわかりかねますが、厳罰に処せられることになることは間違いないと思います。こうした剽窃に対する意識は非常に高く学生のペーパーの指導などでも徹底されています。ちなみに最近こちらの図書館で話題となったのは、韓国の民族問題研究所出版の『日帝下戦時体制期政策史料叢書』という100巻近いシリーズの史料集です。前書きでは、日本の国会図書館やその他日韓の主たる大学図書館で原資料を集めたとありますが、どの文書がどこから取られたのかをまったく明らかにしていません。間違いなく無許可でコピー販売しているものと思われます。こうした出典が不明な資料集は引用する際にも困るので今後はこちらの図書館でも購入しないようにする方向で話しています。Cの方も気をつけるよう図書館の司書に注意を促しておきます。』とメールしたことについて、韓国学術情報・民族問題研究所の名前で、不二出版が海賊版取扱いで刑事告訴しているC側の弁護士を通じ、当方に『虚偽であったことの説明と謝罪メールを流せ』との要求が本日ありましたので。」
 以上のうち、「1) 『日帝下戦時体制期史料叢書』民族問題研究所編・韓国学術情報発行は海賊版ということについて。」との部分を、以下「本件表現2」という。
 なお、上記掲載文の中にある「喉(のど)」とは、書籍の頁の綴じ目に近い余白部分のことである。
 (以上、争いのない事実)
(ウ) 本件表現3
a 行為
 被告は、平成18年11月ころから平成19年3月ころまでの間、被告ホームページの「(URL 省略)」に、次の内容の記事(甲3)を掲載した。
b 内容
 「2006年11月9日『日帝下戦時体制期政策史料叢書』(民族問題研究所編・韓国学術情報発行)は海賊版、復刻許可申請の記録なしとの、2005年9月ハーバード大学図書館、2006年9月28日不二出版、日本・国会図書館らからの指摘に対し、韓国学術情報(坡州出版団地)代表理事・F氏は『日本と韓国の出版界は同じフィールド。1ページでも無断複製があれば『日帝下戦時体制期政策史料叢書』は海賊版』と語る。」
 以上のうち、「韓国学術情報(坡州出版団地)代表理事・F氏は『日本と韓国の出版界は同じフィールド。1ページでも無断複製があれば『日帝下戦時体制期政策史料叢書』は海賊版』と語る。」との部分を、以下「本件表現3」という。
 (以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)
イ 「海賊版」の名誉毀損性
(ア) 上記ア(ア)及び(イ)によれば、本件表現1及び2は、原告が他の出版社の許可を得ないで他の出版社の書籍を複写し、それを原告の書籍として出版、販売していることを表現しているものであるから、後記4(1)のとおり、「海賊版」の意味が著作権を侵害するものである場合はもちろん、いわゆる版面権を侵害するにとどまる場合であっても、本件表現1及び2が出版業を営む原告の社会的評価を低下させることは、明らかである。
 この点は、本件表現3のうち「海賊版」の部分についても同様である。
(イ) ただし、本件表現2及び3は、複写された被害書籍の一部を「不二出版発行『朝鮮総督府帝国議会説明資料』全17巻」(上記ア(イ)b)、「不二出版・・・からの指摘に対し」(上記ア(ウ)b)と特定しているから、真実性の証明は、不二出版書籍を複製した部分についてもされることを要し、龍溪書籍を複製した部分についてされただけでは足りない。
(4) 書籍の対比
ア 所収資料に対応する原資料
(ア) 不二出版書籍
a 不二出版書籍1巻及び2巻(第65回、第67回、第69回、第73回、第74回、第76回、第77回帝国議会説明資料)に対応する原資料は、ソウル国立中央図書館、同記録保存所にて保管のマイクロフィルム又はその複写物である。
b 不二出版書籍3巻〜7巻(第79回帝国議会説明資料)に対応する原資料は、大野緑一郎関係文書である。
c 不二出版書籍8巻〜10巻(第81回、第84回、第85回、第86回帝国議会説明資料等)に対応する原資料は、友邦文庫文書である。
 (以上、甲13、乙6、10、弁論の全趣旨)
(イ) 原告書籍
 原告は、原告書籍を編集した民族問題研究所の協力が得られないと主張して、原告書籍1巻〜24巻の所収資料に対応する原資料を主張していない。
イ 所収資料の対応関係
 被告が海賊版であると主張する部分は、原告書籍のうち次の部分である。その所収資料と不二出版書籍3巻〜5巻及び7巻〜10巻の所収資料との対応関係は、次のとおりであり、両者の所収資料は同一である。
(ア) 原告書籍6巻1頁〜470頁(第79回帝国議会説明資料「審議室」「官房人事」「官房文書」「官房會計」「國税調査」)と不二出版書籍7巻3頁〜123頁(第79回帝国議会説明資料「審議室・人事課他」)、
(イ) 原告書籍7巻(第79回帝国議会説明資料「司政」)と不二出版書籍3巻3頁〜213頁(第79回帝国議会説明資料「朝鮮総督府司政局」)、
(ウ) 原告書籍8巻(第79回帝国議会説明資料「財務A」)及び原告書籍9巻1頁〜380頁(第79回帝国議会説明資料「財務A」)と不二出版書籍3巻217頁〜441頁(第79回帝国議会説明資料「朝鮮総督府財務局」)、
(エ) 原告書籍10巻及び原告書籍11巻(第79回帝国議会説明資料「殖産」)と不二出版書籍4巻(第79回帝国議会説明資料「朝鮮総督府殖産局」)、
(オ) 原告書籍12巻(第79回帝国議会説明資料「農林」)と不二出版書籍7巻127頁〜270頁(第79回帝国議会説明資料「朝鮮総督府農林局」)、
(カ) 原告書籍13巻1頁〜295頁(第79回帝国議会説明資料「法務」)と不二出版書籍5巻3頁〜77頁(第79回帝国議会説明資料「朝鮮総督府法務局」)、
(キ) 原告書籍13巻297頁〜末尾(第79回帝国議会説明資料「學務」)と不二出版書籍5巻81頁〜189頁(第79回帝国議会説明資料「朝鮮総督府学務局」)、
(ク) 原告書籍14巻1頁〜207頁(第79回帝国議会説明資料「警務」)と不二出版書籍5巻193頁〜245頁(第79回帝国議会説明資料「朝鮮総督府警務局」)、
(ケ) 原告書籍15巻1頁〜590頁(第79回帝国議会説明資料「厚生」)と不二出版書籍5巻249頁〜398頁(第79回帝国議会説明資料「朝鮮総督府厚生局」)、
(コ) 原告書籍16巻302頁〜末尾(第79回帝国議会説明資料「朝鮮銀行」「朝鮮殖産銀行」)及び原告書籍17巻1頁〜165頁(第79回帝国議会説明資料「東洋拓殖株式會社」)と不二出版書籍7巻273頁〜356頁(第79回帝国議会説明資料「鮮銀・殖銀・東拓」)、
(サ) 原告書籍18巻41頁〜359頁(第84回帝国議会説明資料「農商」)と不二出版書籍8巻15頁〜94頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府農商局」)、
(シ) 原告書籍18巻360頁〜473頁(第84回帝国議会説明資料「法務」)と不二出版書籍8巻97頁〜126頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府法務局所管」)、
(ス) 原告書籍18巻474頁〜末尾(第84回帝国議会説明資料「學務」)と不二出版書籍8巻129頁〜144頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府学務局」)、
(セ) 原告書籍19巻1頁〜105頁(第84回帝国議会説明資料「警務」)と不二出版書籍8巻147頁〜172頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府警務局」)、
(ソ) 原告書籍19巻107頁〜196頁(第84回帝国議会説明資料「遞信」)と不二出版書籍8巻175頁〜196頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府逓信局」)、
(タ) 原告書籍19巻197頁〜261頁(第84回帝国議会説明資料「交通」)と不二出版書籍8巻199頁〜216頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府交通局」)、
(チ) 原告書籍19巻263頁〜末尾(第84回帝国議会説明資料「警務、遞信、企劃外」)と不二出版書籍8巻219頁〜319頁(第84回問答式議会説明資料)、
(ツ) 原告書籍20巻1頁〜126頁(第84回帝国議会説明資料「官房人事」)と不二出版書籍9巻3頁〜33頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府官房人事課」)、
(テ) 原告書籍20巻127頁〜末尾(第84回帝国議会説明資料「財務」)と不二出版書籍9巻37頁〜164頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府財務局」)、
(ト) 原告書籍21巻1頁〜303頁(第84回帝国議会説明資料「鑛工」)と不二出版書籍9巻167頁〜242頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府鉱工局」)、
(ナ) 原告書籍21巻305頁〜540頁(第84回帝国議会説明資料「司計」)と不二出版書籍9巻245頁〜305頁(第84回帝国議会説明資料「朝鮮総督府司計課」)、
(ニ) 原告書籍22巻(第86回帝国議会説明資料「問答式官房、學務、法務、警務」)と不二出版書籍10巻3頁〜145頁(第86回帝国議会説明資料「朝鮮総督府」)、
(ヌ) 原告書籍23巻(第86回帝国議会説明資料「問答式鑛工、遞信、交通」)と不二出版書籍10巻149頁〜254頁(第86回帝国議会説明資料「朝鮮総督府」)、
(ネ) 原告書籍24巻1頁〜499頁(第86回帝国議会説明資料「問答式財務、農商」)と不二出版書籍10巻257頁〜380頁(帝国議会説明資料「朝鮮総督府財務局」)、
(ノ) 原告書籍24巻503頁〜517頁(帝国議会関係資料附録1)と不二出版書籍10巻附録(議会説明資料関係往復文書)
 (以上、甲13、乙10)
ウ 内容
 原告書籍6巻〜16巻中には、不二出版書籍からの複写をうかがわせる箇所として、次のとおりの一致又は類似箇所がある(文字又は数字についてはその外観も含む。)。
(ア) 原告書籍6巻
a 原告書籍6巻159頁左端2行(乙12添付D2−1右)と不二出版書籍7巻43頁右上欄左端2行(乙12添付D2−1左)での、新たに補われた目次及び頁数の一致並びに目次項目と頁数をつなぐ直線の長さの類似(線の長さは任意にとることができる。)、
b 原告書籍6巻179頁左端1行(乙12添付D2−3右)と不二出版書籍7巻48頁右上欄左端1行(乙12添付D2−3左)での、新たに補われた文字の一致及びその付近の罫線のかすれ具合いの類似。
(イ) 原告書籍7巻
c 原告書籍7巻39頁及び40頁(甲13添付3−1原告書籍、乙12添付A2−2右)と不二出版書籍3巻12頁(甲13添付3−1不二出版書籍、乙12添付A2−2左)での、新たに補われた表の数字及び「△」印(判読不能の数字の意)の一致、
d 原告書籍7巻250頁及び251頁(甲13添付3−2原告書籍、乙12添付A3右)と不二出版書籍3巻70頁(甲13添付3−2、乙12添付A3左)の左上欄、左下欄及び右下欄での、新たに補われた表の数字及び「○」の中に「?」印(判読不能の数字の意)の一致並びにその付近の喉部分に当たる表の罫線の傾き方の類似、
e 原告書籍7巻643頁右端1行、同644頁左端2行、同645頁右端1行(甲13添付3−3原告書籍)と不二出版書籍3巻170頁左上欄右端1行、右下欄左端2行、左下欄右端1行(甲13添付3−3不二出版書籍)での、新たに補われた文字及び「○」の中に「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方、文字の欠け具合い、及び複写の際に生じた影の位置・形の類似、
f 原告書籍7巻674頁左端1行、同675頁右端1行、同676頁左端1行、同677頁右端1行(甲13添付3−4原告書籍)と不二出版書籍3巻178頁右上欄左端1行、左上欄右端1行、右下欄左端1行、左下欄右端1行(甲13添付3−4不二出版書籍)での、新たに補われた数字及び「○」の中に「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる罫線の傾き方、文字の欠け具合い及びつぶれ具合いの類似、
g 原告書籍7巻712頁右端2行、同714頁右端1行(甲13添付3−5原告書籍)と不二出版書籍3巻188頁左上欄右端2行、同左下欄右端1行(甲13添付3−5不二出版書籍)での、新たに補われた文字及び「○」の中に「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる罫線の傾き方、罫線のかすれ具合い、及び文字の傾き方の類似、
h 原告書籍7巻727頁右端1行、同730頁右端2行(甲13添付3−6原告書籍)と不二出版書籍3巻192頁右上欄右端1行、左下欄右端2行(甲13添付3−6不二出版書籍)での、新たに補われた文字及び「○」の中に「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる罫線及び文字の傾き方、罫線のかすれ具合い、及び文字の欠け具合いの類似、
i 原告書籍7巻735頁右端1行、同736頁左端1行、同737頁右端1行、738頁右端1行(甲13添付3−7原告書籍)と不二出版書籍3巻194頁右上欄右端1行、左上欄左端1行、右下欄右端1行、左下欄右端1行(甲13添付3−7不二出版書籍)での、新たに補われた文字・数字及び「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方及び欠け方の類似、
j 原告書籍7巻796頁左端2行、同797頁右端1行(乙4の1)と不二出版書籍3巻209頁右下欄左端2行、同左下欄右端1行(乙3の2)での、新たに補われた文字の一致並びにその付近の喉部分に当たる罫線・文字の傾き方及び欠け方の類似、
k 原告書籍7巻803頁右端2行(乙4の1)と不二出版書籍3巻211頁左上欄右端2行(乙3の2)での、新たに補われた文字の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方及び欠け方の類似、
l 原告書籍7巻806頁右端2行、同807頁左端1行(乙4の1)と不二出版書籍3巻212頁右上欄右端2行、同左上欄左端1行(乙3の2)での、新たに補われた文字の一致及びその付近の喉部分に当たる文字の傾き方の類似、
m 原告書籍7巻810頁右端2行、同811頁左端1行、同812頁右端1行(甲13添付3−8原告書籍)と不二出版書籍3巻213頁の右上欄右端2行、左上欄左端1行、右下欄右端1行(甲13添付3−8不二出版書籍)での、新たに補われた文字の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方及び欠け方の類似。
(ウ) 原告書籍8巻
n 原告書籍8巻44頁左端2行(乙12添付A4右)と不二出版書籍3巻228頁右下欄左端2行(乙12添付A4左)での、新たに補われた文字及び数字の一致並びにその付近の喉部分に当たる原資料の文字の傾き方及び欠け方の類似、
o 原告書籍8巻98頁左端2行、同99頁右端1行、同100頁左端2行、同101頁右端2行(甲13添付3−9原告書籍)と不二出版書籍3巻242頁右上欄左端2行、同左上欄右端1行、同右下欄左端2行、同左下欄右端2行(甲13添付3−9不二出版書籍)での、新たに補われた文字の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方及び欠け方の類似、
p 原告書籍8巻253頁左端2行(乙12添付A5右)と不二出版書籍3巻282頁右下欄左端2行(乙12添付A5左)での、新たに補われた文字及び「○」の中に「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方及び欠け方の類似。
(エ) 原告書籍9巻
q 原告書籍9巻198頁左端1行、同199頁右端2行、同200頁左端1行(甲13添付3−10原告書籍、乙12添付A6右)と不二出版書籍3巻395頁右上欄左端1行、左上欄右端2行、右下欄左端1行(甲13添付3−10不二出版書籍、乙12添付A6左)での、新たに補われた文字及び「○」の中に「?」印の一致並びにその付近の原資料の喉部分に当たる文字の欠け方の類似、
r 原告書籍9巻285頁右端1行(乙12添付A7右)と不二出版書籍3巻417頁左上欄右端1行(乙12添付A7左)での、新たに補われた文字の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字・罫線の傾き方及び文字の欠け方の類似。
(オ) 原告書籍10巻
s 原告書籍10巻398頁左端3行(乙12添付B2−1右)と不二出版書籍4巻104頁右下欄左端3行(乙12添付B2−1左)での、新たに補われた文字又は数字、及び「○」に「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字・罫線の傾き方及び文字の欠け方の類似、
t 原告書籍10巻513頁右端2行(乙12添付B2−2右)と不二出版書籍4巻133頁左下欄右端2行(乙12添付B2−2左)での、新たに補われた文字又は数字、及び「○」に「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方の類似。
(カ) 原告書籍11巻
u 原告書籍11巻60頁左端1行(乙12添付B2−3右)と不二出版書籍4巻206頁右上欄左端1行(乙12添付B2−3左)での、新たに補われた文字及び「?」印の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方の類似。
(キ) 原告書籍12巻
v 原告書籍12巻527頁右端本文1行及び括弧内2行(乙12添付D2−4右)と不二出版書籍7巻258頁右下欄右端本文1行及び括弧内2行(乙12添付D2−4左)での、新たに補われた文字の一致及びその付近の喉部分に当たる文字の欠け方の類似。
(ク) 原告書籍13巻
w 原告書籍13巻84頁右端2行(乙12添付C2の1右)と不二出版書籍5巻@24頁左上欄右端2行(乙12添付C2の1左)での新たに補われた文字の一致及び同文字の配置箇所の類似、
x 原告書籍13巻269頁右端1行、同271頁右端1行(甲13添付3−11原告書籍)と不二出版書籍5巻71頁左上欄右端1行、左下欄右端1行(甲13添付3−11不二出版書籍)での、新たに補われた文字の一致及びその付近の喉部分に当たる文字の傾き方の類似。
y 原告書籍13巻309頁右端2行(甲13添付3−12原告書籍)と不二出版書籍5巻83頁左下欄右端2行(甲13添付3−12不二出版書籍)での、新たに補われた文字の一致及び同文字の配置箇所の類似、
z 原告書籍13巻627頁左端3行(乙12添付C2−2右)と不二出版書籍5巻166頁左下欄左端3行(乙12添付C2−2左)での、新たに補われた文字の一致及びその付近の喉部分に当たる文字の傾き方の類似。
(ケ) 原告書籍14巻
aa 原告書籍14巻36頁右端1行(乙12添付C2−3右)と不二出版書籍5巻201頁左下欄右端1行(乙12添付C2−3左)での、新たに補われた文字の一致並びにその付近の喉部分に当たる文字の傾き方及び消し残りの罫線の傾き方の類似、
ab 原告書籍14巻68頁左端1行、同69頁右端1行、同71頁右端1行(甲13添付3−13原告書籍)と不二出版書籍5巻210頁右上欄左端1行、左上欄右端1行、左下欄右端1行(甲13添付3−13不二出版書籍)での、新たに補われた文字の一致及びその付近の喉部分に当たる原資料の文字の傾き方の類似、
ac 原告書籍14巻194頁左端1行(乙12添付C2−4右)と不二出版書籍5巻242頁右下欄左端1行(乙12添付C2−4左)での、新たに補われた文字の一致及びその付近の喉部分に当たる文字の傾き方の類似。
(コ) 原告書籍15巻
ad 原告書籍15巻52頁右端1行(乙12添付C2−5右)と不二出版書籍5巻261頁左下欄右端1行(乙12添付C2−5左)での、新たに補われた文字の一致及び同文字の配置箇所の類似、
ae 原告書籍15巻72頁右端1行(乙12添付C2−6右)と不二出版書籍5巻267頁上欄右端1行(乙12添付C2−6左)での、新たに補われた文字の一致及びその付近の喉部分に当たる文字及び罫線の傾き方の類似。
(サ) 原告書籍16巻
af 原告書籍16巻349頁右端2行にある点状の汚損2箇所、同頁右下にある文字の消し残り(乙12添付D2−5右)と不二出版書籍7巻284頁左下欄右端2行にある点状の汚損2箇所、同頁中央下にある頁数(乙12添付D2−5左)の位置の一致。
 (以上、争いのない事実、甲13、乙3の1・2、4の1・2、10、12、弁論の全趣旨)
 なお、被告が複写をうかがわせる箇所である旨を主張しているそのほかの箇所は、原資料にあるはずの部分が原告書籍で削除され存在しないというものであるが、そのようなことは、原告書籍が、原資料を直接複写した上で削除に及んだ場合、あるいは不二出版書籍を複写した上で削除に及んだ場合のいずれの場合にも生じることであるから、原告書籍が不二出版書籍から複写したものであることをうかがわせるものではない。
エ 龍溪書籍
 原告書籍27巻1頁ないし375頁(乙9)は、奥書も含めて龍溪書籍の版面を複写したものである。
 (争いのない事実)
(5) 表現行為の公共性・公益目的
ア 本件表現1ないし3は、その表現内容及びその前後を含めた表現全体からして、公共の利害に関する事実に係るものである。
イ 被告が本件表現1ないし3をした目的は、原告書籍が「海賊版」であることを広く世間に訴え、歴史研究の基礎資料として貴重な不二出版書籍を含む史料集の出版が違法に阻害されることを防ぐことにあった。
 (以上、甲1ないし3、6の1・2、弁論の全趣旨)
(6) 許諾の有無
 不二出版が原告に対し、不二出版書籍の複製を許諾したことはない。
 (争いのない事実)
(7) 原告書簡
ア 行為
 不二出版が原告ほか1名に対し、平成19年3月8日、原告書籍1巻〜24巻が不二出版書籍の編集著作権を侵害する「海賊版」であることなどを内容とする抗議書(乙6資料G)を送付したところ、原告代表者Fは、同月27日付けで、不二出版に対し、次のイの内容の書簡(乙1。以下「原告書簡」という。)を送付して回答した。
イ 内容
 「・・・
1.貴社が主張する複製に関しては、貴社の出版社名が入ったページは複製されたことをいくらの前知ってされました。
 出版していたとき、これを認知しなくて、貴社の指摘によって知ったことです。弊社はその様な点を確認しなくて出版したことについて道徳的の責任感を持っていて恐縮にでございます。
2.原本の文書について団体名の著作物に解析していて、日本の著作権53条の団体名の著作物としたらもう著作権の効力が失ったと言われています。
3.貴社の主張している複製の根拠が
@ ‘不二出版(株)’という貴社の出版社名が入ったページを複製したこと、
A 原本の文書から文字を識別できないので貴社で新に入力したページを複製したところ
4.@に該当するページの複製すなわち本文の内容ではなくて‘不二出版(株)’という会社名が複製したことは著作権法で保護受ける著作物がではないそうです。
 Aに該当する文字を識別できなくて新に入力したことは創意的な著作物ではなく、ただ識別できない内容を新に入力したことでこれと又編集著作物と考えられません。
 日本の著作権法で、版面権を認定する規定が無いことに分かっていてたとえそれが認定すると文字が見られなくて新に入力したことを新たな編集著作物と認定するかは論難があると考えます。
 “日本の著作権法12;編集著作物は編集物としてその素材の選択又は並びによって創作性を持っていることを著作物で保護受ける”で明示しているところ、貴社の図書が著作権が消滅した文書を複製して出版したことで貴社の主張のように編集著作物としてのその創作性を立証していただくとありがとうございます。
 貴社の図書が編集著作物に該当してもし弊社がこれを複製したら貴社から要求されるところのように著作料を支払うことは当たり前だと思っております。
 ・・・」
 (以上、争いのない事実)
(8) 準拠法
 仮に、本件に適用される法が韓国法であるとしても(法の適用に関する通則法19条の施行前においては、争いがあり得る。)、日本法が累積適用されるから(法の適用に関する通則法22条1項)、日本法の不法行為の要件を満たさなければ、原告の請求は棄却されることになる。以下では、当事者が攻防を尽くした日本法の不法行為の要件の充足を検討する。
3 争点
(1) 「海賊版」の意味
(2) 本件表現3の名誉毀損性及び「自認」の真実性
(3) 「海賊版」の真実性
(4) 損害
(5) 謝罪広告の必要性
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(「海賊版」の意味)
ア 原告
(ア) 海賊版とは、一般に、著作権法に基づき差止めの対象となり得る侵害物件をいう。
(イ) 版面権なるものは、著作権法に規定されていない。
(ウ) 本件表現1ないし3における「海賊版」も、海賊版という単語が通常有する意味と同様に、著作物を無断で複製したものを意味し、版面権や商道徳に反するにすぎないものを含むものではない。
イ 被告
(ア) 原告の主張のうち、(イ)(版面権)は認め、その余は否認する。
(イ) 前提事実(3)から明らかなように、本件表現1ないし3における「海賊版」は、不二出版の許可を得ることなく、不二出版書籍を複写して作成された出版物を意味している。これを法的に整理すれば、本件表現1ないし3における「海賊版」は、著作権を侵害する出版物だけでなく、版面権を侵害して不法行為が成立するか、商道徳に違反するだけの出版物も含んでいる。
(2) 争点(2)(本件表現3の名誉毀損性及び「自認」の真実性)
ア 原告
(ア) 名誉毀損性
 本件表現3は、原告自ら「海賊版」を出版していることを認めた事実があるかのような印象を被告ホームページの閲覧者に与え、原告の社会的評価を低下させるものである。
(イ) 「自認」の真実性
 後記被告の主張(イ)は否認する。
 原告代表者Fが被告主張の内容の発言をしたことはない。
イ 被告
(ア) 名誉毀損性
 原告の主張(ア)は否認する。
(イ) 「自認」の真実性
 原告代表者Fは、平成18年11月9日に被告が原告会社を訪問した際、本件表現3に係る発言をした。
(3) 争点(3)(「海賊版」の真実性)
ア 被告
(ア) 原告の版面権侵害行為
a まとめ
(a) 次のb以下のとおり、原告書籍6巻〜24巻は、不二出版書籍3巻〜5巻及び7巻〜10巻中の対応する版面を複写して作成されたものである。
(b) したがって、原告書籍は、不二出版の版面権を侵害し、不法行為が成立するか、少なくとも商道徳に違反する出版物であるから、本件表現1ないし3における「海賊版」に当たる。
(c) 後記原告の主張(ア)a(b)は争う。
b 原告書簡
 前提事実(7)によれば、原告代表者Fは、原告書簡で、原告書籍が不二出版書籍の複写物であることを認めている。
c 対比
(a) 前提事実(4)イのとおり、原告書籍6巻〜24巻と不二出版書籍3巻〜5巻及び7巻〜10巻とは、その所収資料が同一である。
(b)i 前提事実(4)ウのとおり、原告書籍6巻〜16巻と不二出版書籍3巻〜5巻及び7巻とは、復刻に当たって補われた文字や複写による罫線の傾き方などが同一である。
A これら文字の補充等は、国会図書館憲政資料室にある原資料の喉の部分がつぶれて複写されていたり、撮影できなかったりしたことから、不二出版の社員が再度憲政資料室に赴いて筆記で書き取ったものを、活字を組むなどし、その後これを版下にのり付けするなどして約1年間をかけて行ったものである。
(c)@ 後記原告の主張(ア)c(c)@(@)は認め、(A)は否認する。
A 同A(@)及び(B)は認め、(A)は不知、(C)は否認する。
B 同Bは不知。
C 同Cは不知。
D 同Dは不知。
(イ) 原告の編集著作権侵害行為
a まとめ
 仮に本件表現1ないし3における「海賊版」が著作権を侵害する出版物を意味するとしても、不二出版書籍は、素材の選択について創作性を有するから編集著作物である。
b 素材の選択の創作性
(a) 不二出版書籍は、原資料の所在保管場所と資料の選択基準についてG(明治大学教授)、H(成均館大学教授)及びI(京都大学教授)らから教示を受けた上で、原資料の調査、選択及び収集をJ及び不二出版の社員らが行って作成したものである。
(b) これら資料の調査、選択及び収集には、資料の学術的価値の判断など、高度の学問的知識能力を必要とするものである。
イ 原告
(ア) 原告の版面権侵害行為
a まとめ
(a) 被告の主張(ア)a(a)及び(b)は否認する。
 原告書籍は、公になっている資料を独自に入手して復刻し、そのまま議会の開催順序に沿って並べたものであり、不二出版書籍の版面を複写して作成したものではない。
(b) 仮に原告書籍6巻〜24巻の中に不二出版書籍の版面を複写した部分があったとしても、被告が立証し得たのは、原告書籍中のごく一部にすぎず、原告書籍98巻全体を「海賊版」と名指しすることを正当化するに足りる真実性の証明はない。
b 原告書簡
 同(ア)bは否認する。
c 対比
(a) 同(ア)c(a)は否認する。
 原告書籍の冒頭には韓国語の解説がある。さらに、原告書籍は不二出版書籍に収録されていない資料群を収録している。
(b) 同(ア)c(b)Aは否認する。
 次の(c)のとおり、喉の部分の文字組みは、不二出版の手によるものでなく、韓国内で活字組みされた可能性が高い。
(c) 原告の主張
@(@) 不二出版書籍の冒頭文面(甲14)には、「判読不能の文字については、□とした。」との文章がある。しかし、不二出版書籍には、判読不能箇所にこのような「□」を入れたものはなく、実際には、@活字の「○」の中に手書きで「?」を入れたもの、A手書きで「○」の中に「?」を入れたもの、B手書きの「?」のみのもの、C縦長の「△」の4通りで表現されている。
(A) そして、このような表現方法は、日本国内の印刷業界で一般に用いられるものではない。
A(@) 不二出版書籍に新たに補われた文字中には、「國」「關」「會」「變」「學」「經」「發」「對」「囘」「賣」「屬」「價」「應」「實」「從」「聯」「體」「聰」「擧」「數」「つくりが『靜』のへんと同じになっている『情』」「へんが『爿』となっている『状』」など旧字体、異字体が使用されている。
(A) 不二出版書籍が発行された平成6年ころの国内では、写植及びDTP(デスクトップパブリッシング)にはこのような字体はそろっていなかったが、活版であれば多くの字体がそろっていた。
(B) また、新たに補われた文字の行の終点の位置は、他の行と大きくずれている。
(C) このことは、字間の調整が非常に容易な写植やDTPではあり得ないことであり、これら新たに補われた文字は、活版によりされたとみられる。
B(@) 不二出版書籍の発行当時の韓国では、いまだに活版による文字組みがなされていた可能性がある。
(A) また、上記A(@)の字体も、韓国においては今でも人名に用いられるなど普通に通用する漢字である。
C(i) 不二出版代表者であるK(以下「K」という。)は、喉部分の判読不能文字をワ「ープロ」で打った旨陳述するが(乙6)、新たに補われた文字のうち、「へんが『爿』となっている『状』」(甲13添付3−12)は、JIS第3水準の漢字である。
(A) 平成6年当時に日本で用いられたワープロは、せいぜいJIS第2水準までの漢字が装備されているにすぎなかった。上記文字がコンピュータに搭載されるようになったのは、平成12年のJIS第3水準設定後又は平成7年のUnicode採択後である。また、人名漢字であればJIS規格の制定にかかわらず人名漢字として別途搭載されていた可能性があるものの、上記文字が人名漢字として使用できるようになったのは、平成16年9月27日である(甲28)。
D 「つくりが『靜』のへんと同じになっている『情』」については、いまだJIS規格に取り込まれていない漢字であり、人名用漢字でもない。
(イ) 原告の編集著作権侵害行為
a まとめ
 被告の主張(イ)aは否認する。
b 素材の選択の創作性
 (a) 同(イ)b(a)は不知。
 (b) 同(イ)b(b)は否認する。
 著作権法は、創作性ある表現を保護するものであって、「アイディア」や「額の汗」を保護するものではない。したがって、ある書籍を発行しようと発案する「アイディア」や、それに費やされた時間や費用などの「額の汗」は、それがどれほど高い評価に値するものであったとしても、著作権による保護の対象とはならない。
(4) 争点(4)(損害)
ア 原告
 被告の名誉毀損行為により、原告は、金銭に換算して300万円を下らない名誉及び信用の毀損を受けた。
イ 被告
 原告の主張は否認する。
(5) 争点(5)(謝罪広告の必要性)
ア 原告
 原告の名誉及び信用を回復するために適当な処分として、別紙記載の謝罪文を、被告ホームページのトップページの記事欄最上部に1年間継続して掲載させる必要がある。
イ 被告
 原告の主張は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 「海賊版」の意味
(1) 「海賊版」とは、一般的には、「著作物を著作権者に無断で複製販売したもの」(新村出編「広辞苑第6版」〔岩波書店〕参照)、「著作権者の許可を受けないで作成・複製・頒布される書籍、音楽・映像ソフトウェアやコンピューターのソフトウェアなど」(松村明編「大辞林第3版」〔三省堂〕参照)をいうものである。
(2)ア ところで、前提事実(3)ア(ア)によれば、本件表現1は、歴史資料の復刻版である「京城日報」等が無断複製販売されているとの記事に続けて、「(原告書籍)も海賊版。」とした上で、「(歴史文書などを復刻した史料集である原告書籍)は、日本の国会図書館やその他日韓の主たる大学図書館で原資料を集めたとありますが、どの文書がどこから取られたのかをまったく明らかにしていません。」「間違いなく無許可で(他の資料集である書籍を)コピー販売しているものと思われます。」と「海賊版」を構成する具体的内容を指摘しているものである。
イ また、前提事実(3)ア(イ)によれば、本件表現2も、「(原告書籍)は海賊版ということについて。」に続けて、「(原告書籍は歴史文書の復刻版である不二出版書籍を)不二出版の承諾なしに引用している。」「(歴史文書などを復刻した史料集である原告書籍)は、日本の国会図書館やその他日韓の主たる大学図書館で原資料を集めたとありますが、どの文書がどこから取られたのかをまったく明らかにしていません。」「間違いなく無許可で(他の資料集である書籍を)コピー販売しているものと思われます。」と「海賊版」を構成する具体的内容を指摘しているものである。
ウ さらに、前提事実(3)ア(ウ)によれば、本件表現3は、歴史史料集である原告書籍につき、「1ページでも無断複製があれば(原告書籍)は海賊版』と語る。」としているものである。
エ 以上のとおり、本件表現1ないし3における「海賊版」は、単に海賊版と述べるだけでなく、その直後に、原告書籍及び不二出版書籍がいずれも歴史史料を復刻する書籍であることを踏まえた上で、「海賊版」を構成する具体的内容を指摘しているものであるから、一般読者の普通の注意と読み方とを基準とすれば、歴史史料を復刻する他社の書籍を無断で複写して作成された書籍を指し示すものとして使用されていると理解されるものと認められる。
(3) 原告は、本件表現1ないし3における「海賊版」は著作物を無断で複製したものを意味する旨主張する。
 確かに、本件表現1に係る電子メールには、ここでいう「海賊版」の発行により「厳罰に処せられることになる」(前提事実(3)ア(ア))との表現や、「海賊版を買わない、持たない、許さない、のポスター差し上げます。・・・不正商品対策協議会と警察庁の・・・ポスター、警察庁から提供していただきました。」(甲1の2枚目)との「海賊版」の用語使用があり、本件表現2に係る電子メールにも、ここでいう「海賊版」の発行により「厳罰に処せられる」可能性があるとの表現(前提事実(3)ア(イ))や、「不二出版が海賊版取扱いで刑事告訴しているC側の弁護士を通じ」(甲2の1・2)との「海賊版」の用語使用がみられる。これらの記載によれば、本件表現1ないし3における「海賊版」との用語が著作権法違反(同法119条参照)となる著作物の無断複製物の意味であることを前提としているかのように読めないではない。
 しかしながら、被告による表現の全体を一般読者の普通の注意と読み方とを基準として読めば、史料集の復刻版の無断複写物も海賊版の一種であると考えている被告が史料集の復刻版の無断複写を海賊版になぞらえて非難していることを読み取るにすぎないと認めるのが相当であり、原告の上記主張は、採用することができない。
2 争点(2)(本件表現3の名誉毀損性)について
(1) 本件表現3は、これを一般読者の普通の注意と読み方とを基準として読めば、原告代表者Fが「仮に一部でも無断複製があったとすれば、原告書籍は海賊版となる」ことを述べたものと理解され、「原告書籍は無断複製されたものである」と述べたものと理解されるものではないと認められる。
(2) そして、原告代表者Fが「仮に一部でも無断複製があったとすれば、原告書籍は海賊版となる」との発言をしたこと自体は、何ら原告の名誉や信用を毀損するものではないと認められる。
(3) したがって、原告の本件表現3に基づく名誉毀損の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
3 争点(3)(「海賊版」の真実性−原告の版面権侵害行為)について
(1) 龍溪書籍
 原告書籍27巻1頁ないし375頁(乙9)は、奥書も含めて龍溪書籍の版面を複写したものである(前提事実(4)エ)。
(2) 原告書籍6巻〜16巻の一部
ア 前提事実(4)ウによれば、原告書籍6巻〜16巻の一部のうち前提事実(4)ウで指摘した頁については、補われた文字等が一致していることが認められるから、原告が不二出版書籍中の対応する頁を複写して原告書籍を作成したことが認められる。
イ(ア) 原告は、補われた文字等が不二出版によりされたものではない可能性があり、したがって、原告書籍は不二出版書籍を複写して作成されたものではない旨主張する。
(イ) しかしながら、以下の事実を指摘することができる。
a Kは、不二出版書籍の発行に当たって、国会図書館憲政資料室等の原資料に当たって複写等をしたこと、喉の部分にあってつぶれたり撮影できなかった文字は同社社員が原資料に当たって手書きで筆写したこと、これを活字組して版下に貼り付けたなど製作の過程を具体的かつ明確に述べている(乙6、10)。
b 原告書籍の解説には、「今度の資料集発刊は、大野緑一郎文書が公開されたことで可能となった。・・・その資料等が彼の死後遺族に渡って保管されてきたのが、去る1980年代末、日本国会図書館憲政資料室に寄贈されそこに保存されている。
 ・・・
 本資料集では、第79回(1941年)帝国議会説明資料がおよそ半分を占めている。それに他の会期の資料は体系的に整理されていないのみならず、一部部署のみ収録されている場合が多い。・・・これは特別な意図や事情からではなく大野文書に第79回の資料は殆ど完璧に所蔵されているが、他の会期のものは一部資料のみだからである。」(甲8の2の4頁、5頁)と記載されている。この記載によれば、原告書籍6巻〜16巻は、大野緑一郎関係文書を原資料としていることが認められる。
 しかしながら、原告は、原告書籍を編集した民族問題研究所の協力が得られないと主張して、原告書籍1巻〜24巻の所収資料に対応する原資料が何であるか、及びそれは文字等が補われたものであったかについて、具体的に主張していない(前提事実(4)ア(イ))。
c 前提事実(7)によれば、原告書簡の内容は、原告代表者Fが原告書籍は不二出版書籍の版面を複写して作成した事実を認め、その複写行為が編集著作権を含む著作権の侵害には当たらないことを主張するものであることが認められる。
d 原告は、旧字体やJIS第3水準などに基づく主張をするが、Kは、当初、判読不能文字を補った部分を「ワープロ」で打った旨陳述したが(乙6)、その後、「タイプ印刷」で補ったと訂正しているし(乙10)、原告の上記主張は、印刷やJIS水準などの一般的な動向に基づき、極めて抽象的な可能性をいうにすぎないものである。
(ウ) 上記(イ)の事実によれば、Kの陳述(乙6、10)は信用できるものというべきであり、上記原告の主張は理由がない。
(3) 原告書籍6巻〜16巻のその余の部分
 原告書籍6巻〜16巻のうち前提事実(4)ウにおいて指摘した頁以外の部分については、不二出版書籍の対応する頁を複写して原告書籍を作成した可能性がないではないが、そのことを認めるに足りる証拠(例えば、1、2行の文字等が補われていない頁についても、原資料を綴じたままの複写であることに起因する罫線の曲がり方が同一であり、かつ、いまだ原本がマイクロフィルム化されていなかったことを示す証拠)がないから、不二出版書籍中の対応する頁を複写して原告書籍を作成したとまで認定することはできない。
(4) 原告書籍17巻〜24巻
 原告書籍17巻〜24巻については、補われた文字等が一致しているなど、不二出版書籍を複写して作成したことを認めるに足りる証拠はないから、不二出版書籍中の対応する頁を複写して原告書籍17巻〜24巻を作成したと認定することはできない。
(5) まとめ
ア 以上から、本件表現1及び2で摘示された事実の重要部分につき真実であるとの証明があったから、被告の真実性の抗弁は、理由がある。
イ 原告は、被告が立証し得たのは原告書籍中のごく一部にすぎず、原告書籍98巻全体を「海賊版」と名指しすることを正当化するに足りる真実性の証明はない旨主張する。
 しかしながら、上記(1)に説示した龍溪書籍の無断複写は、量からして、それを正当化し得る理由は何らないといわざるを得ないし、上記(2)に説示した原告書籍6巻〜16巻中の一部の無断複写も、全体から見れば量が少ないとはいえ、民族問題研究所が自分で取得した原資料のコピーに書き込むなどの作業を行わずに、不二出版書籍中の対応する頁をデッドコピーしたものである。
 したがって、上記立証された複写の量及び態様は、本件表現1及び2の真実性を認めるに足りるものと認めるべきであり、原告の上記主張は、採用することができない。
ウ したがって、本件表現1及び2に基づく原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
4 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 中村恭
 裁判官 宮崎雅子
line
 
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