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【事件名】商標“モズライト”侵害事件(2) 【年月日】平成20年8月28日 知財高裁 平成19年(ネ)第10094号 商標権侵害差止等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成19年(ワ)第5022号) (口頭弁論終結日 平成20年7月10日) 判決 控訴人 株式会社フィルモア 同訴訟代理人弁護士 三山裕三 同 大内倫彦 同 小山哲 同 千葉紘子 同補佐人弁理士 牛木理一 被控訴人 株式会社黒雲製作所 被控訴人 日本電通工業株式会社 上記両名訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫 同 牧野知彦 上記両名訴訟代理人弁理士 岡崎信太郎 同 新井全 上記両名補佐人弁理士 近藤実 同 野口和孝 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人らは、別紙被控訴人標章目録記載の各標章を、エレキギター及びエレキベース等の楽器、トレモロスプリング、弦及びカールコード等の楽器部品、ハードケース、ソフトケース、ストラップ、ピック等の楽器附属品並びにこれらの包装に付してはならない。 3 被控訴人らは、前項記載の各標章を付した前項記載の楽器、楽器部品及び楽器附属品並びにこれらの包装を譲渡し、引き渡し、又は譲渡若しくは引渡しのために展示してはならない。 4 被控訴人らは、2項記載の楽器、楽器部品及び楽器附属品に関する商品広告、価格表、又は取引書類に同項記載の各標章を付して展示し、又は頒布してはならない。 5 被控訴人らは、2項記載の各標章を付した楽器、楽器部品及び楽器附属品並びにこれらに関する包装、商品広告、価格表及び取引書類を廃棄せよ。 第2 事案の概要 1 本件訴訟は、エレキギター等の輸入、製造、販売、修理等を行う1審原告である控訴人が、@1審被告である被控訴人株式会社黒雲製作所(以下「被控訴人黒雲製作所」という。)は、別紙控訴人商標目録記載の控訴人の登録商標(以下、同目録記載の商標を、その番号に従い「控訴人商標1」などといい、併せて「控訴人商標」という。)と同一又は類似の別紙被控訴人標章目録記載の各標章(以下、同目録記載の標章を、その番号に従い「被控訴人標章1」などといい、併せて「被控訴人標章」という。)を付したエレキギター等を製造販売し、かつ、被控訴人標章を付した商品カタログ等を卸業者及び小売店を通じて配布し、同商品を宣伝広告しており、また、A1審被告である被控訴人日本電通工業株式会社(以下「被控訴人日本電通工業」という。)は、被控訴人標章を付したエレキギター等を被控訴人黒雲製作所から仕入れて各小売店に販売し、かつ、その商品カタログ等に製造元は被控訴人黒雲製作所、販売元は被控訴人日本電通工業である旨の記載をした上で宣伝広告しており、これらの被控訴人らの行為は、商標法37条1号(2条3項1号、2号、8号)に該当し、また、被控訴人黒雲製作所が長野県大町市に所在する自社工場で製作したエレキギター等に、米国カリフォルニア州で製作されたことを示す「外周上にギザギザのある黒い丸の中に、白抜きでMの欧文字を表示した図形(以下「マルMマーク」という。)」の右に「mosrite」、その下に「of California」との構成の被控訴人標章3(マルMマークmosrite of California)を付したエレキギター等を譲渡等することは、不正競争防止法2条1項13号(原産地誤認表示)に該当すると主張して、被控訴人らに対し、被控訴人標章をエレキギター等に付すことの差止め、被控訴人標章を付したエレキギター等の譲渡等の差止め、被控訴人標章を付した広告等の展示頒布の差止め、被控訴人標章を付したエレキギター等の廃棄を求めた事案である。 2 原審は、@控訴人商標1ないし3の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効とされるべきものであるから、同法39条、特許法104条の3第1項に基づき、控訴人商標1ないし3に基づく控訴人の権利行使は許されない、A被控訴人標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当するということはできないなどとし、控訴人の請求をすべて棄却した。そこで、控訴人が、本件控訴を提起した。 3 前提事実(当事者間に争いのない事実又は証拠により容易に認められる事実) (1) 当事者 控訴人は、控訴人代表者であるAが個人で営業していた楽器店を引き継ぐ形で、平成12年4月5日に設立された楽器の輸入、製造、販売、修理等を業とする株式会社である(甲1、17)。 被控訴人黒雲製作所は、木工製品の製造販売等を業とする株式会社である(甲3)。 被控訴人黒雲製作所は、同肩書地において、昭和39年10月16日に設立された有限会社を前身とし、平成18年9月15日に有限会社から株式会社に組織変更したものであり、その代表者は、当時から、被控訴人黒雲製作所代表者であった(甲3、4)。 被控訴人日本電通工業は、電気通信機械器具の製造及び販売等を業とする株式会社である(甲5)。 (2) 控訴人商標 控訴人は、控訴人商標に係る各商標権を有している(甲6〜8の各1、2)。 (3) 被控訴人標章及びその使用 ア 被控訴人標章1は、控訴人商標3の要部である「mosrite」と同一であり、被控訴人標章3と実質的に同一である。 被控訴人標章2は、控訴人商標2の要部である「マルMマークmosrite」と同一であり、同商標と実質的に同一である。 被控訴人標章3は控訴人商標2と、被控訴人標章4は控訴人商標1と、それぞれ同一である。 イ 被控訴人黒雲製作所は、被控訴人標章2ないし4を、次のものに付した上、これらを製造販売している。 (ア) エレキギター、エレキベース等の楽器 (イ) ハードケース (ウ) 上記(ア)及び(イ)の包装等及び保証書 ウ 被控訴人日本電通工業は、楽器等の卸問屋として、主にエレキギター等の楽器を被控訴人黒雲製作所から仕入れた後、小売店に販売していた。 4 争点 (1) 被控訴人らによる被控訴人標章の使用態様(被控訴人らは、上記3(3)イ記載のもののほかに、被控訴人標章を使用しているか。) (2) 控訴人商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効にすべきものか。 (3) 控訴人商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項7号に該当し、無効にすべきものか。 (4) 控訴人商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項19号に該当し、無効にすべきものか。 (5) 控訴人商標1の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効にすべきものか。 (6) 控訴人商標1の商標登録は、商標法4条1項7号に該当し、無効にすべきものか。 (7) 控訴人の商標権行使は、権利濫用に該当するか。 (8) 被控訴人標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為(原産地誤認表示)に該当するか。 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)(被控訴人らによる被控訴人標章の使用態様)について (控訴人の主張) (1) 被控訴人黒雲製作所は、第2の3(3)イ記載のものを含む以下のアないしエのもの(以下「被控訴人商品」という。)に、被控訴人標章を付した上、これらを製造販売し、かつ、被控訴人標章を付した商品カタログ等を卸業者及び小売店を通じて広く配布して、被控訴人商品を宣伝広告している(甲9〜13)。 ア エレキギター、エレキベース等の楽器 イ トレモロスプリング、弦、カールコード等の楽器部品 ウ ハードケース、ソフトケース、ストラップ、ピック等の楽器附属品 エ 上記アないしウの包装等及び保証書 (2) 被控訴人日本電通工業は、楽器等の卸問屋として、被控訴人黒雲製作所から被控訴人商品を仕入れた後、株式会社谷口楽器(以下「谷口楽器」という。)、新星堂チェーン店(以下「新星堂」という。)、有限会社ウェイブブワンの各小売店に販売し、これら各小売店は、一般需要者に対し、被控訴人標章を付した被控訴人商品を販売している。 また、被控訴人日本電通工業は、被控訴人カタログ及び保証書に、被控訴人商品の製造元は被控訴人黒雲製作所、販売元は被控訴人日本電通工業である旨記載した上、被控訴人標章を付した被控訴人商品を宣伝広告している。 (被控訴人らの主張) (1) 被控訴人黒雲製作所は、被控訴人標章1を一切使用しておらず、被控訴人標章2ないし4を使用しているのは、前記第2の3(3)イ記載のもののみであり、その余の被控訴人商品に使用していない。 また、被控訴人黒雲製作所は、被控訴人標章を付した商品カタログ等を現在配布していない。 (2) 被控訴人日本電通工業は、被控訴人黒雲製作所から、主にエレキギター等の楽器を仕入れ、被控訴人標章1を除く被控訴人標章2及び3を付して販売していたが、その余の被控訴人商品(ストラップ等の楽器附属品)は、仕入れも販売もしていなかった。 また、被控訴人日本電通工業は、被控訴人カタログ等を使用したことはなく、現在、被控訴人商品を小売店に販売していない。被控訴人日本電通工業が被控訴人商品を販売したのは、平成14年7月ころ(有限会社多田屋に対する販売)が最後であり、甲9の被控訴人商品のカタログは、被控訴人日本電通工業のものでなくシェクターコーポレーション作成のものと思われる。被控訴人日本電通工業は、谷口楽器とは平成17年以降取引しておらず(甲10の被控訴人商品のカタログは、平成8年のものである。)、新星堂とは過去3年間取引していない(被控訴人商品の保証書である甲12は平成10年10月18日のもので、同保証書である甲13は平成6年6月作成のものである。)。 2 争点(2)(控訴人商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効にすべきものか。)について (被控訴人らの主張) (1) 控訴人商標2及び3は、セミー・モズレー及び同人が1952年(昭和27年)に設立したMOSRITE INC.(以下「モズライト社」という。)の商標で、同人らが製造していたエレキギター等に付されていた商標(@「マルMマーク mosrite of California」、A「mosrite」及びB「VIBRAMUTE」〔以下、これらの商標を、その番号に従い「モズライト商標@」などといい、併せて「モズライト商標」という。〕)のうち、モズライト商標@及びAと同一又は類似するものである(以下、限定なしに「モズライト・ギター」というときは、セミー・モズレー又はモズライト社等のセミー・モズレーが設立した会社が製造したエレキギターをいうものとする。)。 モズライト商標@及びAは、控訴人商標2及び3の出願時及び登録時において、セミー・モズレー及びモズライト社の周知著名な商標であり、その業務上の信用に基づく顧客吸引力であるグッドウィルは、中古市場に流通しているモズライト・ギターに付された商標にも化体して存在していた。モズライト・ギターは、1963年(昭和38年)から1965年(昭和40年)ころ、日本ではビートルズをしのぐ勢いであった米国のロックバンド「ベンチャーズ」が使用していたため、その人気に伴って名声が上がり、今もなお、「ベンチャーズ」やセミー・モズレーの名とともに紹介されており、さらに、モズライト・ギターでは、1963年(昭和38年)から1965年(昭和40年)の間に製造されたベンチャーズモデル(以下「モズライト・ギターのビンテージ品」という。)が最も人気がある。そして、近年の「ベンチャーズ」は、モズライト・ギターを使用していないものの、上記のように爆発的な人気であったことから、現在も「ベンチャーズ」イコール「モズライト・ギター」という印象を需要者に与えている。「ベンチャーズ」は、現在に至るまで毎年のように来日してコンサートを開いており、これがモズライト商標@及びAのグッドウィルを継続させた要因となっている。 セミー・モズレーの死後(1992年〔平成4年〕8月死亡)、同人が有していた米国登録商標「MOSRITE」(米国1155520号)を承継し、また、同人によって1992年(平成4年)に設立されていたUNIFIED SOUND ASSOCIATION,INC.(以下「ユニファイド社」という。)の事業も承継した同人の妻であったBは、その後のユニファイド社倒産後も、少なくとも2002年(平成14年)まで、米国及び日本国内において、モズライト商標@及びAを使用してモズライト・ギターを販売しており、今後も日本国内にモズライト・ギターを販売する意思を有している。このように、モズライト商標@及びAに化体されたグッドウィルは、日本市場において維持されている。 モズライト・ギターのビンテージ品のみならず、そのリイシュー(復刻)品並びにモズライト社及びその関係者によるその他のモデルは、現在においても多数中古市場に流通しており、これら中古市場におけるすべての真正なモズライト・ギターに関するグッドウィルを保護し、中古市場における社会的混乱を防止する必要がある。モズライト・ギターのビンテージ品は、その一例として強力なグッドウィルを有するものである。したがって、控訴人が控訴人商標を付して販売するエレキギター等(以下「控訴人商品」という。)も、中古品になったならば、同じ中古市場に流通することになり、中古市場において控訴人商品と真正なモズライト・ギターとが出所の混同を起こすことは目に見えている。 なお、控訴人は、控訴人商品を「ニューモズライト」又はモズライト・ギターの「リイシュー(復刻)品」と呼ぶ。しかし、復刻品であれば、モズライト・ギターのビンテージ品を製作していた者及びその正当な承継者あるいは使用許諾を受けた者のみが製作できるもので、権原なき第三者が製作できるものではなく、また、リイシュー品との位置付けによる販売こそ、まさに依然としてモズライト商標@及びAのグッドウィルが存続しており、控訴人がそれにただ乗りしようとしていることを示すものである。 (2) 控訴人は、グッドウィルの主体の変更を主張する。しかし、モズライト関連商標を付したモズライト・ギターは、控訴人が販売し始める前から我が国に流通していた。我が国に流通していたモズライト・ギターは大別して2タイプであり、1つは米国のモズライト社及びその関連会社から輸入されるビンテージ品やそのリイシュー品(復刻品)等のモズライト・ギターであり、2つ目はこの米国製モズライト・ギターと区別するようにされ、モズライト・ギターの創始者であるセミー・モズレーからモズライト関連商標を付すことを許諾されたファーストマン楽器製造株式会社(以下「ファーストマン社」という。)のモズライト・ギター(ジャパンタイプ)であった。被控訴人黒雲製作所は、このジャパンタイプの下請に従事していたが、ファーストマン社の倒産後、モズライト関連商標を出願したCから、黒沢商事株式会社(以下「黒沢商事」という。)を経て、商標登録を受ける権利を購入して商標権者となり、商標権者となった後は、ジャパンタイプのみならず、控訴人のいう意味でのリイシュー品の製造販売を始めた。 そして、米国製のモズライト・ギターに関する輸入業者は複数あり、セミー・モズレーが最後に創設したユニファイド社が製造したモズライト・ギターについては、控訴人以外にもロッコーマン社や高谷企画が輸入し、これを各小売店に卸していた。 このように、米国製モズライト・ギターと、控訴人の主張に係る「ニュー・モズライト」であるリイシュー品等を扱う業者は日本国内に複数おり、さらに、ジャパンタイプのモズライト・ギターやリイシュー品を被控訴人黒雲製作所自身も製造販売していたことからすれば、控訴人主張のようなAの供給に係る「ニュー・モズライト(リイシュー品)」が新たなグッドウィルを創出したということはできない。 そもそもAだけが優れたギター製造技術を持っていたわけではなく、米国製モズライト・ギターと、控訴人が主張する「ニュー・モズライト」であるリイシュー品等を扱う業者は日本国内に複数おり、Aだけが特に優れたリイシュー品を扱い、グッドウィルの蓄積をしたとの主張は全く説得力に欠けるものであるが、仮に、控訴人主張のように、市場において、セミー・モズレーのモズライト商標@によるグッドウィルと、Aによるリイシュー品のグッドウィルが併存することになれば、両商品は紛らわしく、混同を生じることは明らかであり、同併存の主張は、商標法4条1項10号の適否については全く無意味といえる。 (3) 控訴人は、@ある時期以降、セミー・モズレーが経済的困窮のために、品質劣悪なギター(オールド・モズライト)しか生産できなくなった、A他方、Aは、ギター製作に優れた技術を有していたので、セミー・モズレーを助けるとともに、その過程で同人と特別に親密な関係となった、Bオールド・モズライトの生産終了後に、品質の優れたリイシュー品をAが供給し、そのため、モズライト商標@とは別の、新たなグッドウィルを創出することになったとも主張する。 しかしながら、昭和58年ころ以降、Aがセミー・モズレーからギター製造の技術協力の要請を受けたこと、Aの高い技術力にセミー・モズレーが敬意を表して協力を仰いだこと、その結果、同人とAが深い盟友関係を構築したことなどという点については、全く立証されておらず、控訴人の勝手な言い分である。昔も今も、A及び控訴人は、ギターの製造設備工場を持っておらず、優れた製造技術を持つはずがない。そして、当時のAは、米国製モズライト・ギターの日本における販売業者であり、セミー・モズレーに対しては、その商品を買い付けるバイヤーの立場にあり、このことから、Aがセミー・モズレーのもとを訪れた際に、経済的にも困窮していた同人から、ビジネスチャンスと見て最大限の歓迎を受けたものにすぎなかった。 そもそも、過去に著名商標権者が存在していたころ、当該商標権について譲渡や事業の承継がされたわけでもないのに、当該商標権者と多少面識があった、あるいは親しかったという他人が現れて、当該商標を無断で使用し始め、やがて当該商標権の登録が消滅した場合に、当該商標の無断使用者である他人がその商標権者となることができるものではない。本件においても、Aとセミー・モズレーとが、ギター製作の事業に関して、何らかの取決めをしたり、事業の承継があったなどということはなく、控訴人の主張は、控訴人がモズライト商標を自己のものとすることができるか否かという法律問題の観点からすれば、意味がないものである。 控訴人は、モズライト社の後継であるユニファイド社が倒産したことをよいことに剽窃的に商標を取得したものにすぎない。 (4) したがって、控訴人商標2及び3は、他人の周知著名な商標であるモズライト商標@及びAと同一又は類似の商標であり、これを同一の商品又は類似する商品について使用するものであるから、商標法4条1項10号に該当する。 (5) 控訴人は、被控訴人黒雲製作所には商標法4条1項10号を主張する資格がないと主張する。 しかし、同号に違反する登録商標の使用が需要者に与える影響を考慮すると、無効主張の主体を限定解釈すべき根拠はなく、同号に無効主張の主体を制限する趣旨の文言がないことからも、被控訴人黒雲製作所の無効の抗弁の主張が許されるのは当然である。 (控訴人の主張) (1) 控訴人商標2及び3は、控訴人商標1の出願時(平成8年12月3日)より前に、控訴人の商標として周知であったもので、仮にそうでないとしても、控訴人商標2の出願時(平成10年4月28日)又は控訴人商標3の出願時(平成11年11月30日)より前に、控訴人の商標として周知であったものであるから、商標法4条1項10号の「他人の」の要件を充足しない。 確かに、セミー・モズレーは、「モズライト・ギター」の生みの親といえ、特に「ベンチャーズ・モデル」と呼ばれる、モズライト・ギターのビンテージ品(1963年〜'65年モデル)は、我が国のエレキギターファンには人気の高い製品であったものであり、モズライト商標@及びAは、当初はセミー・モズレーの商標として周知であった。しかし、その後、ベンチャーズはモズライト・ギターを使用しなくなり、セミー・モズレーは1992年(平成4年)8月7日に死亡し、その最後の関係会社であるユニファイド社も1994年(平成6年)4月に倒産しており、控訴人商標2及び3の出願及び登録当時、これらの各商標は、セミー・モズレー及びその関連会社によって使用されておらず、モズライト商標@及びAが有していた過去のグッドウィル(商標の出所表示機能にいう出所としての商品主体、営業主体の信用)は消滅していた。 また、1966年(昭和41年)からユニファイド社が倒産した1994年(平成6年)までに製作されたモズライト・ギター(オールド・モズライト)は、@既に生産が終了しており、今日の中古市場においてほとんど流通しておらず、Aセミー・モズレーの経済的困窮、モズライト社の2回に及ぶ倒産整理等の理由から、リイシュー品と比べて品質が劣悪なことに加え、BAは、リイシュー品と明示(打ち消し表示)して販売していたから、オールド・モズライトとAによるリイシュー品とで混同が生ずることはない。 被控訴人らは、モズライト・ギターのビンテージ品に付された商標に化体するセミー・モズレーらが使用していたモズライト商標@及びAのグッドウィルが存続していると主張する。しかし、モズライト・ギターのビンテージ品として人気があるのは、上記「ベンチャーズ・モデル」であるものの、それは、我が国の中古市場においてほとんど流通しておらず、まれに我が国の中古市場で取引される場合があるとしても、高価格で、一般需要者が入手することができる商品ではないし、演奏のためというよりはコレクターの骨とう品として取り扱われている。控訴人商品は、セミー・モズレーが創作した独特の品質を有するモズライト・ギターのビンテージ品の製作技術を維持したリイシュー品(復刻品)であり、今日流通している「モズライト・ギターの新製品」が控訴人商品であることは、我が国の需要者も承知しており、ビンテージ品と新製品(控訴人商品)との間で混同が起きることはない。モズライト・ギターのビンテージ品とリイシュー品とでは、商品自体の誕生経緯、我が国における販売市場、商品価格、所有目的(骨とう品的な所有目的と演奏目的)も異なり、それに伴いグッドウィルの主体も明らかに異なるのに、このような区別を看過している点で、原判決は事実を誤認している。 (2) 仮にセミー・モズレーのグッドウィルがモズライト・ギターのリイシュー品につき及ぶとしても、控訴人のグッドウィルもリイシュー品に並存している。 すなわち、セミー・モズレーは1992年(平成4年)8月7日に死亡し、同人の最後の関係会社であったユニファイド社も1994年(平成6年)4月に倒産した。Aは、セミー・モズレーとはギターの製作に関して極めて親密な関係にあり、モズライトの名を冠したギターを長年我が国に輸入して販売していたところ、同人が死亡した以降、モズライト商標のグッドウィルを形成、維持及び深化させるために、モズライト・ギターのビンテージモデルの品質を超える「モズライト・ギター」の名に恥じない品質を備えた真正のモズライト・ギターを相当数製作販売し、故障対応を含めた的確なアフターケアを行い、また、様々なモズライトユーザーとのイベントを企画して、モズライト商標のグッドウィルの維持に腐心してきた。セミー・モズレーが開発し命名した「モズライト・ギター」の正当な承継人は、世界でもAだけであり、このようなAの貢献により、モズライト商標のグッドウィルの主体は、セミー・モズレーからAへと自然に変更されてきたものであって、遅くとも、Aが控訴人商標1を出願した平成8年12月3日以前には、既に、セミー・モズレー及び同人の関係会社からAへ、事実上、モズライト商標のグッドウィルの主体の変更があったといえる。 そして、控訴人(控訴人設立前のA経営による「フィルモア楽器店」を含む。以下同じ。)の宣伝広告やフィルモア商品の雑誌などへの紹介には、常に必ず「フィルモア」の名が明記されるとともに、「リイシュー・モデル」又は「オリジナルの年代のスペックに準じて忠実に作られ」、「ヴィンテージ・モズライトが現代に甦った」、「オリジナルのイメージに忠実な仕上がり」、「モズライト伝説の新たなるスタート」といった表現が明確に記載されているところ、これらの事実は、文脈上、控訴人商品がリイシュー品であることを明示しているから、かえって控訴人によるモズライト商標@のグッドウィルへのただ乗りでないこと、むしろ、控訴人商標のグッドウィルであることを明示しているといえる。 原判決は、「原告(判決注:控訴人)は、原告商品(判決注:控訴人商品)をモズライト・ギターの復刻品ないしリイシューと位置づけ、それを宣伝文句として販売しており、原告や原告商品については、セミー・モズレーが製作・販売していたモズライト・ギター(特にビンテージ品)やベンチャーズの名とともに紹介ないし広告している」(29頁20〜24行)と正しく事実を認定しながら、その評価に際し、正反対の誤った認定をし、控訴人によるモズライト商標@のグッドウィルへのただ乗りと誤って判断している。また、原判決が、「モズライト商標@に化体された顧客吸引力は今なお存続しており、原告もそれを利用して原告商品を宣伝・販売しているものと認められる」(30頁2〜4行)と認定していることも、誤った評価といわざるを得ない。 (3) 被控訴人らは、セミー・モズレーの死後、Bがモズライト商標の商標権を有し、同人がモズライト・ギターを製造、販売していたと主張する。しかし、セミー・モズレーの相続人はBのほかにもいたのであって、同人が商標権を承継したかは不明であるし、同人は、セミー・モズレーの生前何らモズライト・ギターの製造には携わっておらず、同人の死後はユニファイド社の代表者になったものの自己破産して所在不明となったもので、その製造によるというギターも粗悪品であり、しかも、日本に輸出されたのは平成8年(1996年)12月から平成14(2002)年5月までの間で15本とわずかであって、果たして今後モズライト・ギターの製造販売をする意思を有しているか疑わしく、Bは、グッドウィルの形成に何ら寄与していないし、モズライト商標@及びAのグッドウィルが同人の製造販売に係るギターに化体しているということもない。 (4) 仮に上記(1)ないし(3)の主張が認められないとしても、商標法4条1項10号の趣旨によれば、被控訴人黒雲製作所は、同号を主張することができない。すなわち、同号は、登録主義の弊害の是正、つまり「信用を獲得した現実の使用者が先願に基づき登録した者の権利行使により使用の廃止を余儀なくされるなどの事態」を防止することにあるところ、本件において保護されるべき者は、モズライト・ギターの品質維持と信用獲得に多大の貢献をし、信用を獲得した現実の使用者である控訴人ないし控訴人代表者であるAにほかならないから、信用を獲得した現実の使用者とはいえず、むしろ品質粗悪なモズライト・ギターを製造販売している被控訴人黒雲製作所は、モズライト商標の顧客吸引力を毀損しているのであって、同号を主張することができない。 (5) 仮に上記(1)ないし(4)の主張が認められないとしても、被控訴人黒雲製作所には同号を援用主張するべき法律上の正当な利益はなく、その主張は、権利濫用に該当し、信義則に反するので許されない。すなわち、被控訴人黒雲製作所は、過去に剽窃的な商標出願をし、登録制度の弊害を悪用したものであり、また、もともとセミー・モズレーと関係もなく、むしろセミー・モズレーに忌み嫌われ、今日に至るまで粗悪な製品を製造し続け、控訴人商標2及び3のグッドウィルの形成に何ら寄与しないどころか、逆に毀損している者である。 3 争点(3)(控訴人商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項7号に該当し、無効にすべきものか。)について (被控訴人らの主張) 控訴人は、セミー・モズレー及びモズライト社の周知著名な商標であるモズライト商標@及びAと同一又は類似の商標である控訴人商標2及び3を、セミー・モズレーやモズライト社ないしユニファイド社の承諾を得ることなく取得した。そもそも、セミー・モズレーは1992年(平成4年)に死亡し、ユニファイド社も1994年(平成6年)に倒産しており、いずれも控訴人商標2及び3の出願日よりかなり前であるから、控訴人がセミー・モズレーらからその出願について承諾を得ることは不可能であった。当時、被控訴人黒雲製作所が後記のとおりモズライト関連の登録商標(被控訴人標章2と同一のもの)を有しており、控訴人は、この被控訴人黒雲製作所が有していた登録商標について、モズライト商標@及びAに類似するとして商標法4条1項10号違反を主張していたのであるから、控訴人がモズライト商標@及びAがセミー・モズレーの出所を示すことを認識していたことは明らかである。そして、控訴人自身、セミー・モズレー等の正当な権利者から商標登録について正式な承諾を得ているとは主張していないのみならず、セミー・モズレーの前では被控訴人黒雲製作所も控訴人も同じ立場である旨主張していた。控訴人又はAは、セミー・モズレーの前では被控訴人黒雲製作所と同じ立場と認識しながら、その一方で控訴人商標2及び3を出願して独占を図っているのであるから、控訴人の出願が極めて不当な動機でされたことは明らかである。加えて、控訴人は、他にも、ギターに関する有名人や有名商標の名声に便乗して不正な利益を得るために多数の商標出願をしており、控訴人商標2及び3もその例外ではない。 したがって、控訴人が控訴人商標2及び3を取得した行為は、周知著名なモズライト商標@及びAを所有する者に無断で、その著名な名声に便乗して不正な利益を得るために出願をした極めて剽窃的で悪質な行為であり、商標法4条1項7号に該当する。 (控訴人の主張) 前記2の「控訴人の主張」のとおり、控訴人商標2及び3は、自己の周知商標であり、Aは、セミー・モズレーの正当な承継者であるから、A及び控訴人が控訴人商標2及び3の商標権を取得したことは商標法4条1項7号に該当しない。 また、被控訴人らが指摘する他の出願は、本件とは直接の関係がなく、しかも、それぞれにつき、控訴人は、各ミュージシャンとの間で契約や良好な関係を有しているから、同号には該当しない。 さらに、過去に同号に該当する商標を登録していた被控訴人黒雲製作所は、同号を主張することはできず、被控訴人黒雲製作所が同号を主張することは、権利の濫用ないし信義則違反として許されない。 4 争点(4)(控訴人商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項19号に該当し、無効にすべきものか。)について (被控訴人らの主張) 前記3の「被控訴人らの主張」のとおり、控訴人商標2及び3の出願時及び登録時においてモズライト商標@及びAが周知著名であったにもかかわらず、A及び控訴人は、モズライト商標@及びAの正当権原者であったセミー・モズレー及びモズライト社ないしユニファイド社の承諾を得ることなく、モズライト商標@及びAと酷似した控訴人商標2及び3を出願しており、このような出願は他人の名声に便乗して不正な利益を得るためにした出願である。 したがって、控訴人商標2及び3は、商標法4条1項19号に違反して登録されたものである。 (控訴人の主張) 前記3の「控訴人の主張」と同様である。 5 争点(5)(控訴人商標1の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効にすべきものか。)について (被控訴人らの主張) 控訴人商標1は、セミー・モズレー及びモズライト社の商標で、モズライト・ギターに付されていた商標(「VIBRAMUTE」〔モズライト商標B〕)と同一又は類似のものである。モズライト商標Bは、控訴人商標1の出願時及び登録時において、セミー・モズレー及びモズライト社の周知著名な商標であり、その業務上の信用に基づく顧客吸引力であるグッドウィルは、中古市場に流通しているモズライト・ギターのビンテージ品に付された商標にも化体して現に存在している。 そして、たとえモズライト商標Bを含むモズライト・ギターの紹介記事(甲94、乙19、34等)が控訴人商標1の出願後に発行された資料であっても、同資料に記載のような商標の使われ方、モズライト商標@の周知性獲得過程と併せて考えれば、モズライト商標Bも、モズライト商標@とともに、A及び控訴人ではなく、セミー・モズレーのものとして、控訴人商標1の出願前に周知性を獲得しており、現在に至るも周知性を維持していると考えるのが自然である。 したがって、控訴人商標1は、他人の周知著名な商標であるモズライト商標Bと同一又は類似の商標であり、その商品又は類似する商品について使用するものであるから、商標法4条1項10号に該当する。 (控訴人の主張) 控訴人商標1が、セミー・モズレー又はその会社の商標として周知著名であるとの被控訴人らの主張を否認する。 控訴人商標1は、その出願時、いまだ周知ではなかったものである(「VIBRAMUTE」について掲載された雑誌である甲94、乙19、34等は、いずれも控訴人商標1の出願後に出版されたもので、控訴人商標1が、その出願時においてセミー・モズレーの商標として周知著名であったことの裏付けにはならない。)。また、セミー・モズレーの死亡と同人の最後の関連会社であるユニファイド社の倒産以降、セミー・モズレー及びその関連会社は、エレキギターもトレモロアームユニット(控訴人商標1が主に使用される商品はエレキギターにおいて震動のために使う「トレモロアームユニット」という部品である。)も製造販売していない。今日では、控訴人商標1は、ギターの商標「mosrite」「マルMマーク mosrite of California」とともに、控訴人の販売するエレキギターに使用するトレモロアームユニットの商標として、周知著名となっている。 6 争点(6)(控訴人商標1の商標登録は、商標法4条1項7号に該当し、無効にすべきものか。)について (被控訴人らの主張) 控訴人は、セミー・モズレー及び同人の設立したモズライト社の周知著名な商標であるモズライト商標Bを知らないはずはないのに、これと酷似した控訴人商標1の商標権を、セミー・モズレーやモズライト社の承諾を得ることなく取得したものである。また、そもそも、控訴人がセミー・モズレーらから承諾を得ることは不可能であったこと、控訴人は、他にも、ギターに関する有名人や有名商標の名声に便乗して不正な利益を得るために多数の出願をしており、控訴人商標1もその例外ではないことは、前記3の「被控訴人らの主張」から明らかである。控訴人の出願は、極めて不当な動機でされたものである。 したがって、控訴人が控訴人商標1を取得した行為は、周知著名なモズライト商標Bを所有する者に無断で、その著名な名声に便乗して不正な利益を得るために出願をした極めて剽窃的で悪質な行為であって、商標法4条1項7号に該当する。 (控訴人の主張) 前記3の「控訴人の主張」において述べたところと同様である。 控訴人による控訴人商標1の登録は剽窃などではない。 被控訴人黒雲製作所は、過去、セミー・モズレーやその関連会社からモズライト商標の使用許諾を受けず、無権原でモズライト・ギターを製造していた者であり、そのような被控訴人黒雲製作所が、商標法4条1項7号を主張することは許されない。 7 争点(7)(控訴人の商標権行使は、権利濫用に該当するか。)について (被控訴人らの主張) 控訴人商標と実質的に同一であるモズライト商標は、少なくとも音楽業界及びエレキギターに興味を持つ需要者の間で、セミー・モズレー及びモズライト社が製造販売したギターに付される標章として広く認識されるに至っていたものである。また、モズライト商標は、モズライト社からモズライト商標を付した日本製(ジャパンタイプ)ギターを製造販売する許諾を受けていたファーストマン社の努力により、我が国の需要者に広く認識されるに至っていたものでもある。 したがって、モズライト商標が表示する出所は、アメリカ製(本国タイプ)としての「セミー・モズレー」、「モズライト社」である。そして、被控訴人黒雲製作所は、ファーストマン社の下請として、日本製ギターの製造に従事していた者であり、昭和44年にファーストマン社が倒産した後、現在に至るまで、モズライト商標を付したギターを製造販売してきた。しかも、被控訴人商品の需要者は、ビンテージ品と被控訴人黒雲製作所製のギターとを区別して認識している。 これに対し、控訴人は、「マルMマーク mosrite of California」の下に「made in USA」と表示した商品カタログを配布し、あたかもモズライト社の真正品のギターであると需要者に誤認されるような態様でギターを販売している。しかも、前記のとおり、控訴人の商標登録は極めて剽窃的である。 とりわけ、控訴人が控訴人商標を出願した時期は、被控訴人黒雲製作所がモズライト関連の商標を有していた時期であって、控訴人は、当時、被控訴人黒雲製作所が有していた商標に対し、セミー・モズレー及びその設立会社の商標と類似するとして商標法4条1項10号違反を主張していたばかりか、控訴人商標出願後の時点である、被控訴人黒雲製作所がAに対して提起した商標権侵害差止等請求事件における平成12年12月26日付けのAの準備書面において、セミー・モズレーの前では「MOSRITE」の標章や「マルM マークmosrite」の標章の使用については、被控訴人黒雲製作所も控訴人も全く同じ立場であるとか、被控訴人黒雲製作所は、その有するモズライト商標に基づき他人に対して権利行使をするという禁を犯すべきではなかったなどと主張していたのである(乙40の27頁)。 控訴人は、剽窃的行為により取得した商標権を被控訴人らに行使しただけでなく、さらに、被控訴人らの顧客である谷口楽器及びバスウッドの各社に対しても権利行使し、その使用の差止めを要求するだけでなく、それぞれ巨額の金銭の支払を要求している(乙38の1、2)。 以上の点を考慮すれば、その販売するギターについてモズライト社の真正品であるかのように出所の誤認を招く販売方法を展開している控訴人が、被控訴人らに対し、極めて剽窃的な行為により取得した控訴人商標に基づき、被控訴人標章の使用を禁止することは権利の濫用に当たり許されない。 (控訴人の主張) 前記2ないし6の各「控訴人の主張」のとおり、控訴人の商標権取得は何ら剽窃的でなく、その権利行使は権利濫用に該当しない。 8 争点(8)(被控訴人標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為〔原産地誤認表示〕に該当するか。)について (控訴人の主張) (1) 被控訴人標章3は、被控訴人商品が米国カリフォルニア州で製作されたことを表すものである。しかし、被控訴人商品は、長野県大町市所在の被控訴人黒雲製作所の自社工場で製作されたものであるから、被控訴人標章3は、原産地を偽り、需要者に原産地を誤認させる表示である。 モズライト・ギターは、ベンチャーズ等の演奏活動によって人気を博し、高い周知・著名性を有していたが、日本におけるモズライト・ギターの周知性は、飽くまで楽器そのものとしての質の高さによるものであり、カリフォルニア州以外でも製作していたことまでもが周知となっていたものではない。よほどの専門家は別として、一般需要者は、仮に上級者だとしても、セミー・モズレー及びその関連会社が工場を転々としていたことはもちろんのこと、モズライト・ギターがカリフォルニア州以外でも製作されていたことまでを知るはずがなかった。 むしろ、日本における取引者や需要者にとっては、全世界にモズライト・ギターの名を有名にした1963年ないし'65年モデル(ビンテージ)の印象が鮮烈であり、これらのビンテージモデルが元々カリフォルニア州で製作されていたこと及びモズライト・ギターに一貫して製作場所を表示する「of」が付されていることから、モズライト・ギターは、カリフォルニア州で製作されているというイメージを当時は有していた。 このように、日本の需要者にとっては、セミー・モズレーがモズライト・ギターを製作した場所は、飽くまでカリフォルニア州であり、「of California」も「カリフォルニア製」という意味で受容されていた。 (2) また、セミー・モズレーは、同人がカリフォルニア州ベーカーズフィールドで独自に製作したエレキギターに命名した商標「Mマーク mosrite」に、記念すべき発信基地としての「of California」の表示を付したものであり、同人にとって特別な意味のある表示であるからこそ、同人は、米国のどこで製作しても、モズライト・ギターには一貫して「of California」の表示を付したものであった。 したがって、この「of California」との表示は、単に商品イメージを表すための表示ではなく、モズライト・ギター自体の発祥地を需要者に強くアピールする重要な意味を有していた。だからこそ、我が国の需要者は、その付記表示のあるモズライト・ギターを見て、これは本物のカリフォルニア製であることを認識したのであり、被控訴人黒雲製作所は、その事実を利用して需要者に商品出所の誤認を与える「of California」の表示を故意に付してきたものであって、多くの無知な需要者は、それにだまされて被控訴人商品を購入しているのが現状である。 セミー・モズレーとは無関係どころか、同人から「ブラック・スパイダー(黒蜘蛛)」と呼ばれて忌み嫌われていた被控訴人黒雲製作所が、長野県大町市で製作しているギターの標章に「Mマーク mosrite」とともに、「of California」の表示を使用していることに対して、セミー・モズレーが採ったのと同一の論法が通用するものではない。 (3) したがって、被控訴人らがそれぞれ被控訴人標章3を付した被控訴人商品を譲渡等することは、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に当たる。 (被控訴人らの主張) (1) 不正競争防止法2条1項13号非該当であること ア 控訴人商標も被控訴人標章も、セミー・モズレー又はモズライト社に由来するものである。そして、セミー・モズレー又はモズライト社自身、長年カリフォルニア州以外の場所でモズライト・ギターを製造していたものの、それに【of California】を付した被控訴人標章3と同一の標章を付していた。セミー・モズレーは、上記標章を、製作地を表すために使用しておらず、ウエストコーストの風のような音色を出すモズライト・ギターの商品イメージを表すものとして使用していたものである。したがって、被控訴人標章3をカリフォルニア州で製作されたものを意味するとみるのは取引の実情に合わない。 イ 不正競争防止法2条1項13号にいう原産地を誤認させるような表示に当たるかどうかを判断するに当たっては、「of California」のみに着目するのではなく、当該表示が付された商標、商品全体を観察し、当該商品の需要者が、当該表示を商品の原産地表示と認識し、真の原産地と異なる地域を原産地と認識するおそれがあるかどうかを検討する必要があるところ、次の(アないし(ウ)の事情によれば、需要者が被控訴人標章3のうちの「of California」につき、被控訴人標章3を付した被控訴人商品の原産地表示と認識することはない。 (ア) 被控訴人標章3は「マルMマーク mosrite」と「of California」が必ず一体として使用されるものである。そもそもカリフォルニアがギターの有名な産地であるということはない。むしろ、被控訴人標章3はモズライト・ギターを忠実に再現したものであり、「カリフォルニア製」であることを受け取られるように意図して当該標識を用いたわけではない。しかも、被控訴人らは、被控訴人商品がセミー・モズレーらの製造に係るビンテージ品でないことを需要者に理解してもらえるよう努力していた。 むしろ、控訴人は、控訴人商標2の下に「made in USA」と表示したエレキギターを販売するなどしており、控訴人こそ不正競争行為を行っている。 (イ) 被控訴人商品の需要者はエレキギターの上級者又はモズライトファンに限られるので、被控訴人標章3を見て、カリフォルニア州で製作されたギターと判断することはない。 (ウ) 被控訴人標章3は、被控訴人商品につき、リイシュー品という昔の商品を完全にコピーして復刻させた品として、「mosrite of California」という商標をそのまま付する必要性があって表示されたものにすぎない。 ウ よって、被控訴人標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号に該当しない。 (2) 控訴人の利益侵害の不存在 仮に被控訴人標章3の使用によって原産地に誤認が生じるとしても、そのことで控訴人の営業上の利益が害されるという関係にはない。仮に控訴人の売上げが減少したとしても、その利益は、控訴人自身の正当な権原に基づいた利益ではなく、不正な行為により得ていた利益であるからである。 第4 当裁判所の判断 1 争点(2)(控訴人商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効にすべきものか。)について 争点(1)(被控訴人らの被控訴人標章の使用態様)について検討する前に、争点(2)等について検討する。 (1) 証拠(以下に掲げるもののほか、甲17)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ア モズライト・ギターについて(甲19、101、乙39、47) (ア) セミー・モズレーは、1952年(昭和27年)、米国カリフォルニア州ベーカーズフィールドにおいて、エレキギター(モズライト・ギター)を製造販売するために、モズライト社を設立した。 モズライト社は、1954年ころ以降、その製造したエレキギターに、「マルMマーク mosrite of California」の商標(モズライト商標@)を使用した。 モズライト社において1963年(昭和38年)から1965年(昭和40年)までの間製造し、米国の人気ロックバンド「ベンチャーズ」が使用したエレキギターが、「ベンチャーズ・モデル」と呼ばれるものであり、モズライト・ギターのビンテージ品として人気を博しているものである(甲84)。 (イ) モズライト社は、1969年(昭和44年)2月に倒産し、1971年(昭和46年)にカリフォルニア州において再建されたものの、1973年(昭和48年)に再度倒産した(甲67)。 その後、セミー・モズレーは、オクラホマ州、カリフォルニア州、ノースカロライナ州等において、会社を設立し、モズライト・ギターを製造するなどしていたが(その旨を記載した雑誌記事として甲67、68等がある。)、1992年(平成4年)4月ころ、米国アーカンソー州ブーンビルにおいて、ユニファイド社を設立し、モズライト・ギターの製造販売を開始した。 セミー・モズレーは、1992年(平成4年)8月7日に死亡し、同人の妻であるBが、ユニファイド社の代表者に就任した。しかし、ユニファイド社は、その後経営不振に陥り、平成6年(1994年)4月に倒産した。 Bは、ユニファイド社の倒産後、自己破産した(甲162)。 イ セミー・モズレーらが有していたモズライト関連商標 (ア) ベンチャーズの関連会社であるベンチャーズ・モズライト社が、昭和40年、日本において、「MOSRITE」及び「VENTURE-MOSRITE」の各商標(以下、併せて「ベンチャーズ・モズライト商標」という。)の登録を出願し、昭和42年3月20日、その登録を得た。 このベンチャーズ・モズライト社の設立及びベンチャーズ・モズライト商標の出願登録は、セミー・モズレー及びモズライト社とは無関係にされたものであった。ベンチャーズ・モズライト商標は、昭和52年3月20日に存続期間満了により消滅し、昭和54年9月10日、その登録が抹消された(甲19、乙43)。 (イ) セミー・モズレーは、日本において、昭和63年2月22日、モズライト商標B(「VIBRAMUTE」)について、商標登録を得たが、同商標は、平成10年2月22日、存続期間が満了し、消滅した(甲19)。 (ウ) セミー・モズレーは、米国において、1979年(昭和54年)10月9日、「MOSRITE」商標について商標登録を出願し、1981年(昭和56年)5月26日、その登録を得た(米国商標登録1155520号)。この商標権は、同人の死後、Bが有していた(乙45の2、乙80の1)。 Bは、米国において、1995年(平成7年)2月1日、「マルMマーク」(ただし、「M」の周りがギザギザのついた白抜きの丸で囲まれ、その周囲をさらに黒塗りの丸が囲んでいるもの)の商標登録を出願し、1996年(平成8年)1月9日、その登録を得た(米国商標登録1946821号)(乙45の2)。 (エ) 米国カリフォルニア州所在のSugai Musical Instrument,Inc.(以下「スガイ社」という。)は、米国カリフォルニア州において、@カリフォルニア州及び他所における最初の使用日を1983年(昭和58年)11月1日、登録日を同月16日とする「マルMマーク mosrite」とその下側に「of California」を付した商標(指定商品:ギター、音楽器具及び音響装置)、Aカリフォルニア州及び他所における最初の使用日を1978年(昭和53年)、登録日を1998年(平成10年)5月22日とする「mosrite」との商標(指定商品:エレキ及びアコースティックギター)を登録している(甲76、77)。 スガイ社は、セミー・モズレーや同人に関係するモズライト社、ユニファイド社等とは全く関係がない会社である。 ウ 日本におけるA及び控訴人以外の者によるモズライト・ギターの販売等(ア) 日本においては、ベンチャーズが、昭和40年(1965年)の来日公演の際に使用していたモズライト・ギターのビンテージ品の音(ベンチャーズ・サウンド)が、日本のファンに衝撃を与え、ベンチャーズの人気に伴い、ベンチャーズ・サウンドを作ったモズライト社のモズライト・ギターへのあこがれも高まった(甲65、97、乙1、9、10、20、23)。そのため、いまだに雑誌においてモズライト・ギターが紹介される場合、ベンチャーズの名が引き合いに出されることが多い(乙1、9、14、23、34、65、66)。 Aも、控訴人が関与して発行されているモズライトファンクラブの会報(平成13年5月20日号)において、「今日まで続くザ・ベンチャーズの人気の一因はモズライトですし、エレキブームをリアルタイムで経験したファンにとってはザ・ベンチャーズ=モズライト、モズライト=ザ・ベンチャーズなのです。1960年代のセミー・モズレー時代から、ザ・ベンチャーズとモズライトの間には色々な問題があるかとは思いますが、長い間に渡りモズライトを夢見て、そしてモズライト・ザ・ベンチャーズサウンドを愛し続けてきた、日本全国の多くのファンの気持ちを是非理解して頂きたいと思います。」と記載している(甲99)。 そして、日本の人気ミュージシャンである加山雄三、寺内タケシ、ブルーコメッツらも、昭和40年ころから、セミー・モズレーの製造に係るモズライト・ギターを演奏に使用するようになった。 (イ) 日本においては、昭和40年ころから、モズライト・ギターが輸入販売されるようになった。 ファーストマン社は、昭和43年5月、モズライト社から製造許諾を受けて、日本国内でのモズライト・ギター(アベンジャーモデル)の製造販売を開始した。ファーストマン社製のモズライト・ギターには、「マルMマーク mosrite」商標が付されていた(甲64、100、乙15、28、37の1、乙72)。 (ウ) 被控訴人黒雲製作所は,ファーストマン社の下請として、ファーストマン社が製造販売していたモズライト・ギターの木部の製造を担当していたが、昭和44年7月、ファーストマン社が倒産した(甲64、乙93)。 被控訴人黒雲製作所は、在庫の販売を続け、その後独自に、モズライト・ギターの製造販売を開始し、その製造に係るエレキギターに被控訴人標章2を付し、また、その後、その製造に係るエレキギターに被控訴人標章3を付すようになった(甲9〜11、乙93)。 (エ) Dが経営する高谷企画(現在の株式会社高谷プランニング)は、平成元年ころからセミー・モズレーが経営する会社からモズライト・ギターを輸入販売するようになった(乙49)。 平成3年5月には、高谷企画の製作企画によって、1960年(昭和35年)から1968年(昭和43年)3月までベンチャーズのメンバーとしてベンチャーズの大ヒットにかかわったEとセミー・モズレーのジョイントライブが東京で開催され、往年のベンチャーズファン、モズライト・ギターファンに歓迎された(乙33、49)。来日に当たって、セミー・モズレーは、「Dが毎日TELとFAXでうるさく指示するので、ニューレプリカも何か所か改良し、完全な復刻版を出すので、ノーキーモデルをはじめベンチャーズモデル63、65年もよろしく!」と述べ、この当時、セミー・モズレーは、Dから助言を受けながら、高谷企画を通しての日本向けのモズライト・ギターの復刻版の輸出販売を計画していた(乙33、49)。 高谷企画は、セミー・モズレーの死後も、ユニファイド社に対して加山雄三モデルのモズライト・ギター製造の企画を持ち込み、ユニファイド社で製作された同モデルを輸入販売するなどし、また、平成6年のユニファイド社倒産後も平成14年まで、Bが関係する製造元からモズライト・ギターを輸入販売した(乙49、50、77の1〜4)。 (オ) 阪神地方において店舗展開する楽器販売店ワルツ堂は、セミー・モズレーの死後、ユニファイド社製のモズライト・ギターを、日本における販売代理店であるロッコーマン社を通じて輸入販売しており、ユニファイド社の倒産後、平成10年ころまで、Bが製造していたモズライト・ギターも輸入販売していた(乙76)。 エ 被控訴人黒雲製作所が被控訴人標章2について商標登録を有していたこと 被控訴人標章2は、Cが昭和47年6月22日に商標登録を出願していたもので、被控訴人黒雲製作所は、Cからその出願に係る権利を譲り受けた黒沢商事から同権利の買取りを請求され、これを買い取った。上記商標に類似する先登録の商標として、ベンチャーズ・モズライト商標があったものの、これらが前記のとおり、期間満了により消滅したことから、被控訴人標章2については、昭和55年5月30日、商標登録がされた(甲20、21)。しかし、被控訴人標章2の商標登録については、控訴人から登録無効審判請求がされ、審決取消訴訟を経て、平成15年5月30日、その指定商品中「楽器、演奏補助品、蓄音機、レコード」についての登録を無効とする審決が確定した(甲23〜25)。 同訴訟における東京高裁平成14年(行ケ)第283号事件の同年11月28日言渡しの確定判決(甲24)は、被控訴人標章2がモズライト商標@に類似していることを前提に、(ア)セミー・モズレーは、1953年(昭和28年)ころから、米国において、エレキギターの製造を始め、その後、モズライト社を成立して、モズライト商標@が付されたエレキギターの製造販売をするようになったこと、(イ)我が国において、モズライト商標@が付されたモズライト・ギターは、昭和40年ころから、輸入販売されるようになったこと、(ウ)人気ロックグループであるザ・ベンチャーズが昭和40年に来日してモズライト・ギターを使用したこと、(エ)そのころ、寺内タケシ、加山雄三といった、我が国の人気ミュージシャンも、モズライト・ギターを演奏に使用したことなどから、遅くとも、被控訴人標章2の出願時には、モズライト商標@は、モズライト・ギターの標章として、我が国の取引者需要者の間でよく知られるようになっていたこと、(オ)その後、モズライト・ギターは、モズライト社が倒産するなどしたため、製造が一時中断されることはあったものの、セミー・モズレーによって、同人が死亡する1992年(平成4年)ころまで、継続的に製造され、我が国にも輸出販売されていたこと、(カ)その後も、最近(平成14年10月17日の口頭弁論終結日の時点からみての最近)に至るまで、加山雄三や寺内タケシは、モズライト・ギターを使用して演奏活動を続けていること、(キ)我が国には、平成14年10月17日の口頭弁論終結時においても、モズライト・ギターの愛好者が多数存在し、モズライト・ギターの中古品は、市場において高い価格で取引されていることを認定し、被控訴人標章2の出願時、モズライト商標@は、セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター(モズライト・ギター)を表示するものとして、需要者の間に広く認識されており、そのことは被控訴人標章2の登録査定時においても変わらなかったものということができる、と認定判断し、被控訴人標章2は、上記指定商品につき商標法4条1項10号に該当するなどとして同旨の審決を是認している。 なお、同訴訟において、控訴人は、(ア)モズライト商標@は、被控訴人標章2の出願時及び登録時には、セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター(モズライト・ギター)を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていた、(イ)控訴人が、モズライト商標@と同一態様の控訴人商標2を出願したのは、被控訴人標章2との対抗を考え、被控訴人黒雲製作所に圧力をかけるとともに、被控訴人標章2との類似性を確認しておきたかったからであり、控訴人は、同訴訟に係る審決が確定すれば、直ちに控訴人商標2の出願を取り下げる手続を執る用意をしていると主張していた(甲24)。 オ Aによるモズライト・ギターの販売開始等 (ア) Aは、高校生のころからエレキギターに興味を抱くようになり、その演奏を行っていたが、昭和40年のベンチャーズの来日公演の際、ベンチャーズが使用していたモズライト・ギターの音に衝撃を受け、モズライト・ギターへのあこがれを抱くようになった(甲45)。 Aは、昭和51年5月、東京都三鷹市内に控訴人の前身である個人商店の「フィルモア楽器店」を開店し、楽器のレンタルから始めて、中古楽器の販売を経るなどした上、米国から輸入されたモズライト・ギターを国内の他の店舗から購入するなどした上での販売を行うようになった(甲45)。 Aは、楽器店経営の傍ら、愛好家としてモズライト・ギターの収集も行い、他のモズライト・ギターの愛好家とモズライト・ギターを持ち寄って演奏を楽しみ、昭和55年には店舗移転を期に、店舗内に、それまでに収集したモズライト・ギターのコレクションを展示するスペースを設け、次第に、全国のモズライト・ギターの愛好家から、モズライト・ギターの収集家として知られるようになった。 (イ) Aは、昭和56年ころから、モズライト・ギターを買い付けるために渡米するようになり、テキサス州で開催されたビンテージギターショーで、セミー・モズレーと初めて会った。 セミー・モズレーは、昭和58年に来日したが、既に、愛好者の中ではモズライト・ギターの収集家として有名であったAが経営するフィルモア楽器店に来店した。また、セミー・モズレーは、昭和60年4月にも、妻のBとともにフィルモア楽器店を再訪した。 (ウ) Aは、1992年(平成4年)5月,渡米してアーカンソー州のセミー・モズレーの経営するユニファイド社を訪ね、ユニファイド社との間で、Aの希望する仕様を取り入れたモズライト・ギター40周年記念モデルの製造を依頼する契約を締結し、同ギターが約40本製作されることになった。これに基づき、ユニファイド社において同40周年記念モデルが製造され、同モデルには「マルMマーク mosrite of California」との標章が付された。Aは、この40周年記念モデルのほかにも、ユニファイド社が製造したモズライト・ギターを日本に輸入し、販売した(甲69、80、81、131、155〜157)。 セミー・モズレーが同年8月7日に死亡した後も、ユニファイド社によってモズライト・ギター40周年記念モデル等のモズライト・ギターの製造が続けられたが、ユニファイド社は1994年(平成6年)に倒産し、ユニファイド社からAへのモズライト・ギター40周年記念モデルの製造引渡しも中断したままで終了した。 (エ) Aは、セミー・モズレーやその設立した会社からモズライト商標についてその譲渡や使用許諾を受けたことはなかったが、モズライト・ギターのビンテージ品を再現したエレキギターの製造販売を続けたいと考えるとともに、モズライト・ギターについて深い知識を有すると自負するA自身でその製造販売を続けるのが最も適任であると考えたことから、平成8年(1996年)、上記のとおりセミー・モズレーやその設立した会社とは全く関係なく当時米国カリフォルニア州において「mosrite of California」商標を登録していたスガイ社に依頼し、エレキギターを製造させることとした。Aは同年11月以降、その後にAの営業を引き継いだ控訴人は平成12年の控訴人設立時以降、スガイ社の製造に係るエレキギターを日本に輸入して販売している。スガイ社製のエレキギター(控訴人商品)には、控訴人商標2(「マルMマーク mosrite of California」)が付されている(甲2、76〜78)。 また、控訴人は、平成12年ころ以降、静岡県浜松市所在の東海楽器製造株式会社に、セミー・モズレーやその関係会社製造のモズライト・ギター類似のギターを製造させ、これに「Mマーク mosrite of Classics」の標章を付して販売するようになった(甲2、97)。 カ 控訴人による商標登録出願等 (ア) Aは、平成8年12月3日、日本において、控訴人商標1(「VIBRAMUTE」)を出願し、平成11年2月25日の査定を経て、同年5月14日、その商標登録を受けた(甲6の1、2)。 (イ) Aは、1998年(平成10年)2月23日、米国において、「マルMマーク mosrite」商標の登録出願をした(乙45の1)。 この出願については、いったん、Bが有していた前記イ(ウの2件の商標(米国商標登録第1155520号及び第1946821号)と非常に似ており、混同等の可能性があるという理由で、登録が拒絶された(乙45の2)。 これに対し、Aは、Bは、上記各商標を放棄しており、信頼すべき情報によれば同人はこれらの商標権者ではないため何の防御も行ってこなかったものと考えられると主張して取消申立てをしたところ、同人にその通知が送達できなかったため、公示送達の手続が執られ、その後、Bの上記各商標登録は取り消された(乙45の3、4、乙80の1〜3)。 Aの出願に係る上記商標は、2003年(平成15年)12月9日、米国において商標登録されたが、その登録において、使用開始日は1996年(平成8年)10月31日とされている(甲75)。 (ウ) Aは、平成10年4月28日、日本において、控訴人商標2(「マルMマーク mosrite of California」)の商標登録を出願し、平成15年6月13日の査定を経て、控訴人が同年10月10日にその登録を得た(甲7の1、2)。 (エ) Aは、平成11年11月30日、日本において、控訴人商標3(「mosrite」)の商標登録を出願し、平成18年2月3日の査定を経て、控訴人が同年3月3日にその登録を得た(甲8の1、2)。 キ フィルモア楽器店や控訴人商品の日本における取引状況等 (ア) フィルモア楽器店や控訴人商品の雑誌への紹介 a 「モズライト・ファンが集まるモズライト専門のギター・ショップ」(平成10年5月10日発行の雑誌〔甲27〕、平成11年5月10日発行の雑誌〔甲28〕)、「モズライトUSA ヴェンチャーズ・モデルがお薦め!」(甲27)、「モズライトU.S.Aベンチャーズ63年リイシュー・モデル(サンバースト)がお奨め!」(甲28)、「“モズライト”はエレキ・ファンにとって特別の存在である。・・・ベンチャーズが愛用し、・・・加山雄三や・・・寺内タケシも愛用してきた“ギターのロールスロイス”なのである。・・・ここではヴィンテージ・モズライトのリイシュー・モデルを紹介しよう。現在、モズライトでは、“モズライト・オブ・カリフォルニア”として、USA モズライト・リイシューを発売しており、・・・それぞれのモデルは、オリジナルの年代のスペックに準じて忠実に作られており、まさにヴィンテージ・モズライトが現代に甦ったといえる趣きである。・・・オリジナルのイメージに忠実な仕上がりとなっていて、多くのファンを喜ばせている。」、「モズライト誕生55周年、フィルモア、モズライト伝説の新たなるスタート・・・」(平成17年3月14日発行の雑誌〔甲43〕)などと紹介されている。 b 平成14年10月9日発行の雑誌「エレキ・ギター・ブック」には、控訴人のカスタムショップで製作された控訴人商品が紹介されるとともに、モズライト・ギターのビンテージ品(1964年タイプ)の紹介記事も掲載されている(甲35)。 c 「モズライトのあの伝説の“ファズライト”が限定生産される!」、「モズライトの“ファズライト”がモズライト創立50周年を記念して限定生産された。」(平成15年2月9日発行の雑誌〔甲36〕)。 d 「ブルー・コメッツ スペシャルモデル ギター&ベース」「36年の深い眠りから覚めて再びファンのもとへ・・・」(平成15年6月9日発行の雑誌〔甲37〕)。 なお、この控訴人商品「ブルー・コメッツ スペシャルモデル」については、平成15年11月9日発行の雑誌にも、「・・・“ファーストマン”より・・・甦った」などと記載した記事が掲載されている(甲38)。 e 「1965年1月、モズライト・ギターはベンチャーズによって日本に初お目見えし、それが伝説の始まりとなった。モズライトでは“モズライト日本初上陸40周年”を記念して、2005年に向けて記念モデルを続々と発売する。」(平成16年12月15日発行の雑誌〔甲42〕)。 f 「時は1965年1月、モズライトが日本上陸今まさにあの時の衝撃が甦る!!」(平成18年発行の書籍〔乙64〕)。 (イ) 雑誌等におけるフィルモア楽器店や控訴人の広告には次のような記載がされている。 a 「USA モズライト専門ギターショップ フィルモア楽器」(平成11年5月10日発行の雑誌〔甲29〕、同年10月10日発行の雑誌〔甲29〕) b 「お知らせ VIVRAMUTE (R)、MOSELEY (R)は、フィルモア楽器代表『A』の専有する登録商標(トレードマーク)であり、許可なく使用することは出来ません。無断で使用している小売店、業者には厳重に警告致します」(平成11年10月10日発行の雑誌〔甲29〕)。 c 「FILLMORE CO.LTD USA モズライト総輸入元/国産モズライト総発売元」(平成12年6月5日発行の雑誌〔甲89〕、同月9日発行の雑誌〔甲30〕、同年12月11日発行の雑誌〔甲31〕、平成14年10月9日発行の雑誌〔甲35〕、平成15年2月9日発行の雑誌〔甲36〕、同年6月9日発行の雑誌〔甲37〕、同年11月9日発行の雑誌〔甲38〕、平成16年3月10日発行の雑誌〔甲39〕) d 「真のモズライトは唯一フィルモアから本物のモズライトをお求めの皆様へ フィルモアからの大切なお知らせです モズライトギターは1960年代栄光の時を駆け抜け、その後様々な事情により紆余曲折、混乱の時代を経て現在に至りました。株式会社フィルモアは、当時多くのエレキ少年たちが憧れたモズライトギターを最高の品質と共に継承し、皆様にご提供していきたいという一途な思いから、これまで最大の努力をし続けてまいりました。そしてこの度、モズライトギターに関してアメリカ合衆国および日本において正式に商標権の登録を完了し、長らく続いた市場の混乱に終止符を打つことができました(米国登録第2791555、日本国登録第4715753)。すなわち、モズライトギターの製造・発売に関して唯一正当な商標権者となったのです。当社が正しくご提供するモズライトギターは極上の品質を備えています。確かなチューニング、安定したアーミング、艶のあるパワフルなダイナミック・サウンドといった魅力ある性能を保証致します。USA リイシューを筆頭に、国産クラシックスシリーズのVMマークT・・・etc.・・・どれも手にとって納得し、安心してお求めになれる製品ばかりです。モズライトギターをお求めの際は、必ずフィルモア製であることをお確かめ下さい。類似品には十分ご注意下さい。・・・USA モズライト総輸入元・国産モズライト総発売元FILLMORE CO.LTD」(平成16年6月9日発行の雑誌〔甲40〕) e 「USA モズライト総輸入元・国産モズライト総発売元 FILLMORE CO.LTD」(平成18年3月5日発行の雑誌〔甲45〕、平成18年10月発行の書籍〔乙64〕) f 「時は1965年1月、モズライトが日本上陸今まさにあの時の衝撃が甦る!! “超”レアな男たちのための...THE MOSRITE SUPER REAL GRADE」(平成18年10月発行の書籍〔乙64〕、平成19年4月発行の控訴人カタログ〔甲168〕) g 「来る2007年、モズライトは誕生55周年を迎えます(1952年創立)。これを記念して、今秋よりフィルモア・モズライトは、これまでリクエストの多かったモデルを始め、ニュー・モデルを続々とリリースしていきます。・・・」(平成19年4月発行の控訴人カタログ〔甲168〕) (ウ) 控訴人のホームページには、次の記載がされている。 a 「来る2007年、モズライトは創立55周年を迎えます(1952年創立)。この記念すべき年を迎えるにあたり、フィルモア・モズライトはこれまでリクエストの多かったモデルを始めとして、魅力的なニューモデル・限定モデルを続々と発表します。“こだわりオヤジの大好きモズライトシリーズ”記念すべき第1弾は・・・」(平成18年10月13日掲載の控訴人ホームページ〔乙71〕) b 「USA モズライト製品総輸入・発売元国産モズライト製品総発売元株式会社フィルモアFILLMORE」(平成20年6月12日掲載の控訴人ホームページ〔乙94〕) (エ) ベンチャーズは、近年も毎年のように来日公演をしており、控訴人商品の紹介記事や広告が掲載されている雑誌の中には、ベンチャーズの特集記事やベンチャーズの日本ツアーレポート、寺内タケシのインタビュー記事などが掲載されているものがある(甲37、39、40、42、45、46)。 また、控訴人商品を購入した者にも、ベンチャーズのファンとなったことからエレキギターに夢中になり、「ベンチャーズの音」を求めて控訴人商品を購入しているものが多い(甲28、29、36、43、140、141、145、147、152)。中には、モズライト・ギターのビンテージ品を所有するとともに、控訴人商品をも購入している者もおり(甲36)、さらに、ファーストマン社のアベンジャーモデルに始まり、モズライト・ギターのビンテージ品を収集している者もいる(甲41)。 ク モズライト・ギターのビンテージ品の日本における取引状況等 (ア) セミー・モズレーないしその関連会社の製造に係るモズライト・ギター(ビンテージ品を含む。)については、近年でも特集雑誌が発行されたり、エレキギター関係の雑誌で特集記事の連載がされたりしており、その直近のものは、平成18年10月16日発行のものであった(乙13〜21、23、34、66)。 (イ) また、モズライト・ギターのビンテージ品は、日本において、現在においても高額で取引されている(甲167、乙3、4、82の1〜5、乙83の1〜5)。 (2) 以上に認定した事実によれば、以下の事実が認められる。 ア 控訴人商標2は、セミー・モズレー及びその関連会社(モズライト社等)が製造販売していたモズライト・ギターに付されていたモズライト商標@と同一である。 また、控訴人商標3は、その要部と認められる「mosrite」が、モズライト商標@の要部と認められる「mosrite」と同一である。したがって、控訴人商標3は、モズライト商標@と類似する商標であると認められる。 イ モズライト社がその製造するエレキギター等の楽器に使用していたモズライト商標@は、控訴人商標2及び3の出願前である昭和40年ころには、来日公演を行った人気ロックバンド「ベンチャーズ」が使用していたことを契機として、我が国においてエレキギターを取り扱う取引者、需要者である音楽愛好家、殊にエレキギター愛好家の間において周知著名なものとなっていた。そして、その後も、日本において、人気ミュージシャンである加山雄三や寺内タケシらが、最近に至るまで、度々モズライト・ギターを使用して演奏していた。 また、エレキギター関係の雑誌等において、セミー・モズレー及びその関連会社の製造に係るモズライト・ギターやベンチャーズが使用していたモズライト・ギターのビンテージ品が紹介されている。 ベンチャーズが現在も毎年のように来日公演を行っており、その関連記事にモズライト・ギターも紹介されている。 モズライト・ギターのビンテージ品等が現在も日本における中古市場で流通している。 ウ Aないし控訴人は、セミー・モズレーないしその設立した会社から、モズライト商標@について、その譲渡や使用許諾を受けたものではない。 Aは、モズライト・ギターの愛好家であるとともに、その輸入販売をしており、そのような縁でセミー・モズレーとも交流があり、さらに、平成4年5月には、Aとユニファイド社との間で、Aの依頼によってユニファイド社がAの希望する仕様のモズライト・ギター40周年記念モデルを製造する旨の契約が締結され、その取引関係は、セミー・モズレーの死後も、ユニファイド社が倒産する平成6年まで続いたが、他方、高谷企画やロッコーマン社も、セミー・モズレーが経営する会社(ユニファイド社等)やユニファイド社倒産後のBが関係する製造元からモズライト・ギターを輸入販売していたものであって、Aのみがセミー・モズレーや同人が経営する会社(ユニファイド社等)と特別な関係にあったものではないこと、また、高谷企画のDも、セミー・モズレー等に対し、製造を依頼したギターのモデルにつき、その希望する仕様を指示して改良を依頼するなどしていたものであって、Aのみが、セミー・モズレー等に技術的な助言をしていたものではなく、まして、Aが、他の関係者と比べ、セミー・モズレーとの間で格別に親交が深かったと認めるに足りる客観的な証拠はなく、法的にはもちろん、実質的にも、Aがセミー・モズレーやその設立した会社からモズライト商標@を承継する関係にあったものではない。 (3) そうであれば、モズライト商標@は、控訴人商標2及び3の登録出願時、登録査定時及び現在に至るまでも、なお、「他人」であるセミー・モズレー及びその関連会社が製造販売したモズライト・ギターに関する商標として、その取引者及び需要者間において、周知著名であるということができ、控訴人商標2及び3は、その登録出願時及び登録査定時において、セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギターを表示するものとして周知であったモズライト商標@と同一又は類似するものであり、商標法4条1項10号に該当するということができる。 (4) 控訴人は、セミー・モズレーやその関連会社が有していたモズライト商標@のグッドウィルは既に消滅し、控訴人商標2及び3について、控訴人の販売する控訴人商品に係る商標としてグッドウィルを取得しており、これらは「他人の」商標ではない旨主張する。 しかし、上記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、A及び控訴人は、控訴人商品をモズライト・ギターの復刻品ないしリイシュー品と位置付け、「真のモズライト」、「本物のモズライト」などと呼び、「来る2007年、モズライトは創立55周年を迎えます(1952年創立)。この記念すべき年を迎えるにあたり、フィルモア・モズライトはこれまでリクエストの多かったモデルを始めとして、魅力的なニューモデル・限定モデルを続々と発表します。」と宣伝するなどして販売してきたもので、このように、控訴人商品については、セミー・モズレーが製造販売していたモズライト・ギター(特にビンテージ品)やベンチャーズの名とともに紹介ないし広告していること、控訴人商品の購入者らは、ベンチャーズの来日公演時に衝撃を受け、あこがれていた「ベンチャーズの音」を求めて、控訴人商品を購入する者が多く、中には、モズライト・ギターのビンテージ品そのものやファーストマン社がセミー・モズレーらから許諾を受けて製造販売したアベンジャーモデルを所有している者もいることなどに照らしてみれば、上記のとおり、モズライト商標@に化体された顧客吸引力は今なお存続しており、控訴人もそれを利用して控訴人商品を宣伝販売しているものと認められる。したがって、セミー・モズレーやその関連会社が有していたモズライト商標@のグッドウィルが既に消滅しているとの控訴人の上記主張を採用することはできない。 (5) また、控訴人は、Aは、セミー・モズレーとはギターの製作に関して極めて親密な関係にあり、モズライトの名を冠したギターを長年我が国に輸入して販売していたところ、同人が死亡した以降、モズライト商標のグッドウィルを形成、維持及び深化させるために、モズライト・ギターのビンテージモデルの品質を超える「モズライト・ギター」の名に恥じない品質を備えた真正のモズライト・ギターを相当数製作販売し、故障対応を含めた的確なアフターケアを行い、また、様々なモズライトユーザーとのイベントを企画して、モズライト商標のグッドウィルの維持に腐心してきたもので、このようなAの貢献により、モズライト商標のグッドウィルの主体は、セミー・モズレーからAへと自然に変更されてきたと主張する。 しかし、上記(4)のとおり、A及び控訴人は、控訴人商品をモズライト・ギター の復刻品ないしリイシュー品と位置付け、「真のモズライト」、「本物のモズライト」などと呼んで販売してきたもので、控訴人商品につき、セミー・モズレーが製造販売していたモズライト・ギター(特にビンテージ品)やベンチャーズの名とともに紹介ないし広告していることなどにも照らすと、まさに、控訴人商品につき、セミー・モズレー及びその設立した会社が有する顧客吸引力を利用して販売しているものといえるものであって、控訴人の上記主張は採用することができない。 (6) 控訴人は、被控訴人らは信義則上若しくはその他の理由により商標法4条1項10号を主張することができない旨主張する。 確かに、被控訴人黒雲製作所は、前記認定のとおり、過去においてモズライト商標@と類似する登録商標を有していたもので、同商標の指定商品中「楽器、演奏補助品、蓄音機、レコード」については商標法4条1項10号に該当するとして、同指定商品部分の商標登録を無効とする審決が、審決取消訴訟を経て既に確定している(甲23〜25)。しかし、商標法4条1項10号に基づく無効を主張することができる者として、被控訴人黒雲製作所のような立場の者を除く趣旨が商標法上規定されているわけではない上、たとえ被控訴人黒雲製作所が過去においてモズライト商標@と類似する登録商標を有していたとしても、前記認定のとおり、モズライト商標@と同一又は類似する控訴人商標2及び3を無権原で使用し、モズライト商標@に化体された顧客吸引力を利用している控訴人が、被控訴人らの主張を論難し、その非を免れることもまた許されるものではないといえる。さらに、かえって、前記のとおり、同審決取消訴訟においては、被控訴人標章2の出願時、モズライト商標@は、セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター(モズライト・ギター)を表示するものとして需要者の間に広く認識されており、そのことは被控訴人標章2の登録査定時においても変わらなかったものということができるとされ、被控訴人標章2は上記指定商品につき商標法4条1項10号に該当するなどと判断されて同旨の審決が維持されたものであり、その出願及び登録査定の基準時こそ違うが、同訴訟の一方当事者であった被控訴人黒雲製作所において、同訴訟の相手方当事者であった控訴人に対し、同訴訟における判決理由と同じく、モズライト商標@がセミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギターを表示するものとして需要者の間に広く認識されていることを理由とし、控訴人商標2及び3が同号に該当するものとしてその登録の無効を主張することが許されないものとはいえない。したがって、控訴人の上記主張も採用することはできない。 (7) さらに、控訴人は、被控訴人黒雲製作所は、過去に剽窃的な商標出願をし、登録制度の弊害を悪用したものであり、また、もともとセミー・モズレーと関係もなく、今日に至るまで粗悪な製品を製造し続けるなどし、控訴人商標2及び3のグッドウィルの形成に何ら寄与しないどころか、逆に毀損している者であるから、商標法4条1項10号を援用主張するべき法律上の正当な利益はなく、その主張は、権利濫用に該当し、信義則に反するので許されないと主張する。 しかしながら、本訴は、控訴人が、被控訴人らに対し、控訴人商標の侵害を理由に差止等請求をしているものであるところ、上記のとおり、控訴人商標2及び3は商標法4条1項10号に違反して登録された無効事由のあるものであるところ、このような登録に無効事由がある商標権の侵害を理由に差止等請求を行使することが許されるものではなく、被控訴人らが、差止等請求を免れるために防御的に同号の主張をすることが許されないとはいい難い。さらに、同号に違反する商標登録が無効とされることによる同商標に基づく権利行使の許否と、その付された商品の品質の優劣は直接の関係がないものである上に、控訴人商品の品質を評価する需要者及びミュージシャン、被控訴人商品の品質を評価しない需要者等がいるが(甲29〜31、35〜37、39、41、43、47〜63、105、106、110、128、129、137〜154、174、179〜189)、他方、被控訴人商品を含む被控訴人製造のギターの品質を認める取引者、需要者、ミュージシャン等、控訴人商品の品質よりも被控訴人商品の品質を評価する需要者等もいるのであって(乙57の1〜6、乙61の1〜6、乙62、63の1〜5、乙87の1〜3、乙90、92の1〜9、乙97、98)、これについては、そもそもエレキギター等の楽器が趣向品であり、その優劣の評価においても評者の主観が影響していることもあると思われるが、いずれにしても、被控訴人商品が控訴人商品に比べて劣悪であると認められるものでもなく、控訴人の主張は採用することができない。 (8) 以上によれば、控訴人商標2及び3の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効とすべきものであるから、殊にAないし控訴人と同じように長年にわたってモズライト・ギターに類似するギター等を製造販売等してきた被控訴人らに対し、商標法39条、特許法104条の3第1項に基づき、控訴人の控訴人商標2及び3に基づく権利行使は許されない。 2 争点(5)(控訴人商標1の商標登録は、商標法4条1項10号に該当し、無効にすべきものか。)について (1) 以下に掲げる証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 セミー・モズレーは、1960年代、新たなトレモロアームシステムユニットの開発を始め、1962年(昭和37年)にビブラミュートトレモロユニットを考案し、以後、1964年(昭和39年)まで、同ユニットを使用し、その台座にモズライト商標B(「VIBRAMUTE」)を付した。このトレモロユニットは、ベンチャーズのメンバーが用いたモズライト・ギターのビンテージ品にも用いられていた(甲94、98、乙1、9、10、19、34)。 上記の事実は、日本においても、モズライト・ギターに関する紹介記事等に幾度も記載されている(甲94、乙19、34)。 (2) 控訴人商標1は、モズライト商標Bと同一である。 (3) そして、上記(1)の事実に前記1(1)に認定の事実を併せ考えれば、モズライト商標Bは、昭和40年ころには、モズライト商標@に伴って使用され、我が国のエレキギターを取り扱う取引者及び需要者である音楽愛好家(特に「ベンチャーズ」のファン)やエレキギター愛好家の間において周知著名なものとなっており、その周知・著名性は、モズライト商標@と同様に現在もなお存続しているというべきである。 また、モズライト商標Bの周知・著名性は消滅しているとか、被控訴人らが商標法4条1項10号を主張することが許されないという控訴人の主張を採用することができないことは、前記1(2)ないし(7)に述べたところと同様である。 なお、控訴人商標1については、その設定の登録の日から既に5年を経過しているものの、前記認定のとおり、控訴人は、モズライト商標Bの周知・著名性を十分に知り得る立場にありながら、平成8年12月3日にモズライト商標Bと同一の控訴人商標3を出願し、平成11年2月25日の登録査定を経て、同年5月14日にその商標登録を得たのであるから、控訴人については、商標法47条1項括弧書きの「不正競争の目的で商標登録を受けた場合」に当たるものと認められる。 (4) 控訴人は、「VIBRAMUTE」について掲載された雑誌である甲94、乙19、34等は、いずれも控訴人商標1の出願後に出版されたもので、控訴人商標1が、その出願時においてセミー・モズレーの商標として周知著名であったことの裏付けにはならないとし、控訴人商標1は、その出願時、いまだ周知ではなかったと主張する。しかし、これらの雑誌の記事中の事実によれば、控訴人商標1の出願時において、モズライト商標Bは周知著名であったと認めることができ、控訴人の主張は採用することができない。 (5) 以上によれば、控訴人商標1は、商標法4条1項10号に該当し、無効とされるべきものであるから、被控訴人らに対し、商標法39条、特許法104条の3第1項に基づき、控訴人の控訴人商標1に基づく権利行使は許されない。 3 争点(8)(被控訴人標章3の使用は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為〔原産地誤認表示〕に該当するか。)について (1) 被控訴人標章3は、「マルMマーク mosrite」の下に筆記体で【of California】と記載されたものである。セミー・モズレーらがモズライト商標@を使用し始めたのは、同人が米国カリフォルニア州でモズライト社を設立し、同州でモズライト・ギターを製造し始めたことによるものである。そして、前置詞の「of」は、所属や分離を表す場合のほか、ものの根源や出所を表すものとして用いられる場合もある。 (2) 前記1(1)に認定のとおり、(ア)日本においてモズライト・ギター及びそれに係るモズライト商標@等が周知となったのは、ベンチャーズが昭和40年以降に日本公演をし、その際に、モズライト・ギターを使用したことによるものであること、(イ)モズライト社は、その後倒産して、セミー・モズレーは、カリフォルニア州以外の数か所の州を転々とし、その際にカリフォルニア州以外の州で製造したギターにも「of California」と記載されたモズライト商標@をモズライト・ギターに用いていたこと、(ウ)セミー・モズレー及びその関連会社がカリフォルニア州以外でもモズライト・ギターを製造していたことは、日本においても、既にモズライト・ギターが周知著名であったため、モズライト・ギターないしセミー・モズレーに関する雑誌等の記事において度々記載されており、エレキギター等の楽器の取引者及び需要者には知られていたと認められることからすれば、モズライト商標@の「of California」は、日本においては、「カリフォルニア州製の」という意味というよりは、当初のモズライト・ギター誕生の地を示し、商品のイメージを表す付加的表示として、その上の「マルMマーク mosrite」と一体となって、セミー・モズレー又はその関連会社が製造販売したモズライト・ギターであることを示す周知著名な商標となっていたものであり、日本における取引者及び需要者もそのような商標として理解しているものと認めるのが相当である。 (3) したがって、被控訴人らがモズライト商標@と同一の被控訴人標章3を使用する行為は、商品表示の上記のような意味での周知・著名性からして、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当するということはできない。 第5 結論 以上のとおりであるから、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人商標に基づく差止等の請求は認めることができず、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものとした原判決は正当であって、本件控訴は理由がないので棄却を免れない。 知的財産高等裁判所第1部 裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一 (別紙)被控訴人標章目録 (商標イメージ略) (別紙)控訴人商標目録 1 登録商標 「VIBRAMUTE」 商標登録番号 第4271277号 出願日 平成8年12月3日 登録日 平成11年5月14日 商品の区分 第15類 指定商品 楽器、演奏補助品、音さ、調律機 2 登録商標 (商標イメージ略) 商標登録番号 第4715753号 出願日 平成10年4月28日 登録日 平成15年10月10日 商品の区分 第15類 指定商品 米国製カリフォルニア州製のギター 3 登録商標 「mosrite モズライト」 商標登録番号 第4933461号 出願日 平成11年11月30日 登録日 平成18年3月3日 商品の区分 第15類 指定商品 楽器、演奏補助品、音さ |
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