判例全文 line
line
【事件名】商標“オレンジチェリー”審決取消事件(2)
【年月日】平成20年7月30日
 知財高裁 平成19年(行ケ)第10387号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成20年7月16日)

判決
原告 農事組合法人日本植物
原告 X
被告 特許庁長官鈴木隆史
指定代理人 堀内仁子
同 井岡賢一
同 内山進


主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が不服2006−24419号事件について平成19年9月26日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は、原告らが下記商標(以下「本願商標」という。)を共同出願したところ、特許庁から拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、同庁から請求不成立の審決を受けたことから、その取消しを求めた事案である。

(商標) オレンジチェリー
(指定商品) 第31類 果実
2 争点は、本願商標が商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標であるか(商標法4条1項16号)、である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
 原告らは、平成17年8月19日、「オレンジチェリー」の文字を表して成る商標(本願商標)について、第31類「果実」を指定商品として商標登録出願(商願2005−81644号)をしたが、平成18年8月30日付けで拒絶査定を受けたので、平成18年9月29日これに対する不服の審判請求をした。
 特許庁は同請求を不服2006−24419号事件として審理した上、平成19年9月26日、「本件審判請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成19年10月23日原告らに送達された。
(2) 審決の内容
 審決の内容は、別添審決写しのとおりである。その理由の要点は、本願商標はこれに接する取引者・需要者をして、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるから商標法(以下「法」という。)4条1項16号に該当する、というものである。
(3) 審決の取消事由
 しかしながら、審決には、以下に述べるとおり誤りがあるから、違法として取り消されるべきである。
ア 審決は、「さくらんぼ」を直接的に表す「チェリー」の文字を含む本願商標をその指定商品中「さくらんぼ」以外の商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者をして、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるとする。
イ しかし、「チェリー」の語源を調べると、必ずしも日本国内でいわれる「さくらんぼ」のみを意味するものではなく、「さくらんぼ」が今日の日本でいうところの「チェリー」と解釈されているのは大きな誤りである。そもそも「さくらんぼ」が「チェリー」と限定的に使われたのは、明治初年に日本に輸入されてからのことであり、その後、日本人の意識の中に「チェリー」は単に「さくらんぼ」として植え付けられたものにすぎない。現に、食用ホオズキの英語の呼称は、「ground cherry」「winter cherry」とされており、もともとはアンデス原産で世界に広まったものである。「チェリー」が単に日本でいわれる「さくらんぼ」を意味するものでないことは、このことからも明らかである。
ウ 外国では古くから「チェリートマト」と称される食材があり、現に外来語として国内でも使用されている。そのほかにも、「チェリーローレル」(セイヨウバチノキ)、「チェリーブランデー」(ガーベラ)、「チェリープラム」(ミロバランスモモ)、「チェリートウガラシ」(ハンガリアンチェリートウガラシ)、「チェリーバーチ」(ベツラレンタ)などがある。
 また、学術的には食物の分類上、「チェリー類」という分類があり、これは、カリウムに富み、他の赤い果実と同様にビタミンA、ビタミンB、更にはビタミンCを多く含む果実の総称である。「チェリー類」の食物としては、「カプリン」、「サワーチェリー」、「サンドチェリー」、「チェリーローレル」、「チマジャ」、「チョークチェリー」などがある。
 これらによれば、審決がいう「チェリー」が「さくらんぼ」のみを意味するものでないことは明らかである。
エ さらに、「さくらんぼ」は「セイヨウミザクラ」の実の総称で、その原産地はアジア西部からヨーロッパ南西部更には北アメリカと広く分布しており、日本の「さくらの花」に似た花を咲かせる植物である。したがって、「さくらんぼ」そのものも日本古来の「桜」の木から採取されたものではなく、外来の植物といえる。日本では「さくらんぼ」のことを「桜桃」と称しており、日本の「桜の実」と「チェリー」とは全く異種の木からなるものである。
オ 原告らは、平成13年に原告らが外来種の食用ホオズキを交配して、新商品である食用ホオズキ「オレンジチェリー」を開発した。この「オレンジチェリー」は、日本古来のほおずきとは明らかに区別できるものであり、既にインターネット市場又は一般商取引でその名が広く認知されており、独自の識別商標としての機能を十分に有している。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)、(2)の各事実は認めるが、(3)は争う。
3 被告の反論
 審決の認定判断は、以下に述べるとおり正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。
(1) 本願商標は、「オレンジチェリー」の片仮名文字を横書きして成るものであり、その構成中、「オレンジ」の文字部分は「@ミカン科の果樹およびその果実の総称。…Aオレンジ色。」(新村出編「広辞苑第5版」415頁、平成10年11月11日第1刷発行・株式会社岩波書店、乙1)の意味を有する語であり、また、「チェリー」の文字部分は、「桜。桜の実。さくらんぼう。」(前掲広辞苑1702頁、乙2)の意味を有する語であり、いずれも広く一般に親しまれている語であって、「オレンジチェリー」の語が、全体として特定の意味合いを有するものではないから、本願商標は、「オレンジ」の語と「チェリー」の語とを組み合わせたものと理解される。
(2)ア 「チェリー」の文字は、上述のとおり、「桜。桜の実。さくらんぼう。」の意味を有する語であり、本願商標の指定商品「果実」との関係において、「さくらんぼ」を表す語として一般に理解されていることは、以下の辞典類や新聞記事情報等から明らかである。
(ア) 「カタカナ語・略語辞典〔改訂新版〕」(平成8年1月10日発行・株式会社旺文社)の「チェリー」の項には、「〔cherry〕@サクランボ。桜桃。サクラの木。サクラ材。」との記載がある(乙3)。
(イ) 「コンサイスカタカナ語辞典第2版」(平成14年11月1日第6刷発行・株式会社三省堂)の「チェリー」の項には、「〔cherry <…〕@バラ科の果樹.またはその実、さくらんぼ.桜桃(おうとう).」との記載がある(乙4)。
(ウ) 「新明解国語辞典第6版」(平成18年2月10日第5刷発行・株式会社三省堂)の「チェリー」の項には、「〔cherry〕@さくらんぼ。A桜の木。」との記載がある(乙5)。
(エ) 「朝日現代用語知恵蔵2004」(平成16年1月1日発行・朝日新聞社)の「チェリー」の項には、「〔cherry〕@さくらんぼ、桜.」との記載がある(乙6)。
(オ) 「現代用語の基礎知識2006」(平成18年1月1日発行・自由国民社)の「チェリー」の項には、「(cherry)@さくらんぼ。(和製用法で)桜の木。」との記載がある(乙7)。
(カ) 「リーダーズ英和辞典」(昭和59年年5月初版第1刷発行・株式会社研究社)の「cherry」の項には、名詞として「a サクランボ…b 《植》サクラ…;さくら材.c サクランボ色…」、形容詞として「サクランボ色の:さくら材製の;…」などの記載がある(乙8)。
(キ) 「ケンブリッジ世界の食物史大百科事典5」(平成17年6月10日初版第1刷発行・株式会社朝倉書店)の「チェリー[オウトウ]」の項には、「チェリーには…野生のチェリー…今でも、世界のチェリー…」との記載がある(甲5)。
(ク) 平成14年6月24日付け毎日新聞(東京朝刊)には、「[日本一のワケ]サクランボ収穫量 味抜群「佐藤錦」誕生の地−−山形県東根市」の見出しの下に、「…92年の輸入完全自由化で外国産“チェリー”との競争にさらされたものの、日本人の味覚に合うのか『国産の方が断然人気が高い』(東京都内の中卸業者)。」との記載がある(乙9)。
(ケ) 平成18年6月2日付け朝日新聞(大阪地方版/大阪)には、「初夏の深紅・アメリカンチェリー、輸入ピーク 関空/大阪府」の見出しの下に、「…日本は世界有数のチェリーの消費大国で、関空では昨年、3163トンが輸入された。」との記載がある(乙10)。
(コ) 平成19年5月26日付け朝日新聞(大阪地方版/大阪)には、「甘いチェリー、米西海岸の香り関空で通関ピーク/大阪府」の見出しの下に、「米国西海岸の日差しをさんさんと浴び、深紅に色づいたアメリカンチェリーの輸入が、関西空港でピークを迎えた。…」との記載がある(乙11)。
(サ) 「【楽天市場】レイニエチェリー(アメリカ):食卓の花」の見出しのウェブサイトに、「チェリーの貴婦人レイニエ」、「…このレイニエチェリー♪写真でお判りのように、通常のアメリカンチェリーのように深紅のチェリーではありません。…」との記載がある(乙12)。
(シ) 「タルトチェリージュース 販売 通販の【ダイエットコム】」の見出しのウェブサイトに、「…タルトチェリージュースは、タルトチェリー100%の濃縮果汁飲料です。使用されているチェリー(さくらんぼ)は米国ミシガン州産のタルトチェリーを使用しております。…」との記載がある(乙13)。
(ス) 「チェリー100 %ジュース山形産/鈴木食品/ウイスキー販売」の見出しのウェブサイトに、「チェリー100 %ジュース山形産/鈴木食品」、「高級果実『さくらんぼ』100パーセントのジュースです」との記載がある(乙14)。
(セ) 「コンフィチュール 販売 マンゴージャム、さくらんぼジャム、オレンジジャム」の見出しのウェブサイトに、「■レッドグローリー(チェリー)」、「レッドグローリーは、さくらんぼの中でも最も早く実を結ぶ品種。…」との記載がある(乙15)。
イ 原告らは、「チェリー」の語源を調べると、必ずしも日本国内にいわれる「さくらんぼ」のみを意味していないとか、「チェリー」が単に日本国内でいわれる「さくらんぼ」を意味するものでない旨主張する。
 しかし、「チェリー」の語について、食用ホオズキが英語で「ground cherry」とも呼称されたりするほか、「チェリートマト」(ミニトマト)、「チェリーブランデー」(ガーベラ)などの語があるとしても、「チェリー」の語は、前掲リーダーズ英和辞典(乙8)の記載にあるように、第一義的には、「サクランボサクラ」を意味しており、さくらんぼ、あるいは桜にあやかったものと思われる場合に使用されるといえるから、原告らが挙げる上記使用例があることを理由に、「チェリー」が単に日本国内でいわれる「さくらんぼ」を意味するものではないということはできないし、本願商標の指定商品である「果実」との関係においては、「チェリー」の語は、上記のとおり、「さくらんぼ」を意味するものとして認識されるというべきである。
(3)ア あるものを特定していう場合に、そのものを表す名詞の前に形容詞等を付して「△△×××」(「×××」は当該名詞。)のように表現するのが一般的であり、「さくらんぼ」(チェリー)についても、特定の種類又はその加工品であることを表す場合には、以下のように「○○チェリー」と表示される。
(ア) 「総合食品事典ハンディ版」(平成10年4月5日第6版新訂版第5刷発行・株式会社同文書院)の「さくらんぼ桜ん坊、桜桃」の項には、「[Cherry]〈おうとう〉ともいう.…多肉多漿質で、あまずっぱい、独特の外観と風味は他の果実には得がたいものである.…〔品種〕甘果桜桃(スイートチェリー)と酸果桜桃(サワーチェリー)がある.…マラスキノチェリーとは本来は欧米でマラスキノというさくらんぼ(品種)の果汁をしぼり、…その中にマラスキノ種の生果実を浸漬して得た製品のことをいう.…糖度70%以上になるまでにして、糖液から取り出したものを〈ドレンチェリー〉、糖液浸透後表面に糖類の結晶を析出させたものを〈クリスタルチェリー〉という.」との記載がある(乙16)。
(イ) 「改訂 調理用語辞典」(平成10年12月25日改訂版第1刷発行・社団法人全国調理師養成施設協会)の「さくらんぼ【桜坊、桜桃】」の項には、「…スイートチェリー(甘果オウトウ)、デュークチェリー(甘果、酸果の雑種)、サワーチェリー(酸果オウトウ)の三つに大別される。」との記載がある(乙17)。
(ウ) 前掲「改訂調理用語辞典」の「アメリカンチェリー」の項には、「アメリカから輸入されるサクランボの総称。」との記載がある(乙18)。
(エ) 平成12年7月6日付け朝日新聞(大阪地方版/高知)には、「お買い物/高知」の見出しの下に、「《サニーマート》◆アメリカ産レーニアチェリー 8日まで。果肉が柔らかくて、甘みの強いサクランボ。」との記載がある(乙19)。
(オ) 平成14年7月26日付け日本食糧新聞には、「ヒーロ社のジャム類『Le Fruit』発売(鈴商)」の見出しの下に、「…『ブラックチェリージャム』(黒サクランボ)、…『レッドチェリージャム』(サクランボ)…」との記載がある(乙20)。
(カ) 平成17年7月2日付け日本経済新聞(夕刊)には、「最盛期のサクランボ――春先の低温で1割高(菜時季)」の見出しの下に、「四月下旬から出回り始める米国産のアメリカンチェリーが終盤を迎える五月下旬ころ、山梨、長野、新潟、福島といった産地で国産サクランボの出荷が始まる。…」との記載がある(乙21)。
(キ) 平成18年1月19日付け日本経済新聞(地方経済面(静岡))には、「マックスバリュ東海、甘みの強い豪産サクランボ販売。」の見出しの下に、「…豪州産のサクランボ『タスマニアチェリー』の販売を直営全五十一店舗で始めた。タスマニアチェリーは見た目がアメリカンチェリーに似ており、甘みが強いのが特徴。この時期はチリ産のダークチェリーの販売もほぼ終了しているため、『二月上旬まで販売できる貴重な品種』という。…」との記載がある(乙22)。
(ク) 「【楽天市場】カナディアンチェリー:日光種苗」の見出しのウェブサイトに、「カナディアンチェリー 黒い実に旨味が詰まった北米産サクランボ」との記載がある(乙23)。
(ケ) 「サンヨーの果実缶詰;サンヨーの缶詰」の見出しのウェブサイトに、「果実缶詰 さくらんぼ」の商品名として、「レッドチェリー」、「マラスキノチェリー」、「ゴールデンチェリー」との記載がある(乙24)。
(コ) 「ブラックチェリー・ブルーベリージャム」の見出しのウェブサイトに、「[商品名]ブラックチェリー・ブルーベリージャム[商品説明]デンマークで作られたブルーベリー・さくらんぼを惜しみなく、ふんだんに使ったジャムです。」との記載がある(乙25)。
(サ) 「さくらんぼ風味のスカイブリッジ」の見出しのウェブサイトに、「[商品名]さくらんぼ風味のスカイブリッジ [商品説明]グリオットチェリーのさわやかな風味とフレッシュバターの香り豊かな焼き菓子です。中のグリオットチェリーが素敵です。」との記載がある(乙26)。
(シ) 「こんなところで産まれましたロイヤルチェリー チェリーナチュロ」の見出しのウェブサイトに、「チェリーナチュロで使用しているチェリーは、米国ミシガン州の大自然の中で太陽の光をいっぱい受けて育てられたタルトチェリー そんなチェリーについてご紹介致します。」との記載がある(乙27)。
イ 同様に「さくらんぼ」以外の「果実」についても、その種類を限定し、特定したものについて、「○○×××」(「×××」は、果実名)と表示することが以下のように行われている。
(ア) 前掲「改訂調理用語辞典」の「オレンジ」の項には、「…スイートオレンジ(アマダイダイ)とサワーオレンジ(ダイダイ)の総称…ネーブルオレンジ、ブラッドオレンジ、…」との記載がある(乙28)。
(イ) 「東京ガス:食の生活110番Q&A:マンゴー」の見出しのウェブサイトに、「●マンゴーの種類と特徴」として、「ペリカンマンゴー フィリピンマンゴー イエローマンゴー ゴールデンマンゴー アップルマンゴー」との記載がある(乙29)。
(ウ) 「食と健康−バナナ」の見出しのウェブサイトに、「バナナの種類」として、「フィリピンバナナ モラードバナナ モンキーバナナ」との記載がある(乙30)。
(エ) 「パイナップルの種類 スナックパイン 完熟パイン ピーチパイン」の見出しのウェブサイトに、「石垣島で栽培されている主なパイナップル」として、「スナックパイン(ボゴール) ピーチパイン(ミルクパイン) 香水パイン ゴールデンパイン」との記載がある(乙31)。
ウ 以上のとおり、「さくらんぼ」を含む果実を取り扱う分野において、その果実を種類や加工方法等から更に類別する場合に、前半に形容詞等の特定・限定するための語を配し、後半の果実名と結合して表すことが広く一般的に行われているところである。
 そうすると、「○○チェリー」と表示された場合には、その後半に位置する「チェリー」の文字から、ある種のチェリーとして、当該商品が「さくらんぼ」であることを認識するものというべきである。
(4) 原告らは、「オレンジチェリー」の名称がインターネット市場や一般市場で広く認知されており、独自の識別商標としての機能を有している旨主張する。
 しかし、仮に食用ホオズキ「オレンジチェリー」が日本古来のほおずきと区別できるとしても、本願商標の指定商品「果実」に「オレンジチェリー」の文字が使用されたときには、その商品が「さくらんぼ」であるとする商品の品質の誤認を生ずることは否定できない。
 加えて、原告らは、本願商標を食用ホオズキに使用している証拠として、品種名称を「おれちぇ/オレチェ/ORECHE」とする食用ホオズキについての品種登録願を提出するものの、「オレンジチェリー」の語が食用ホオズキの分野を含めて広く認知されているということについては何ら立証していないし、しかも、食用ホオズキは野菜の一種というべきである。
 そうすると、「オレンジチェリー」の文字が「果実」に使用された場合に、常に特定の意味等を有する一体の語として認識されるとする事情は何ら存在しない。
(5) 以上のとおり、本願商標は、「オレンジチェリー」の文字から成るところ、その指定商品「果実」との関係において、構成中の「チェリー」の文字は、「さくらんぼ」を意味する語として広く使用されている語であって、構成末尾に位置するものであるから、本願商標をその指定商品「果実」に使用した場合、これに接する取引者、需要者は、構成後半部分の「チェリー」の文字から、その商品が「さくらんぼ」であると認識、理解するものである。
 そうすると、本願商標は、その指定商品中、「さくらんぼ」以外の商品に使用するときは、商品の品質について誤認を生ずるおそれがある商標というべきである。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)、(2)(審決の内容)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 別添審決写し及び弁論の全趣旨によれば、本願に対する平成18年8月30日付け拒絶査定の前提として被告が原告らに対して発した拒絶理由通知には、@本願「オレンジチェリー」は「オレンジ色のさくらんぼ」程の意味合いを有するにすぎないから、本願商標は法3条1項3号に該当するとともに、法4条1項16号に該当する、A本願「オレンジチェリー」は、指定商品を取り扱う業界において「オレンジチェリー」なる食用ほおずきの一種が取引されている実情からすると、これをその指定商品中の「食用ほおずき」に使用した場合、単に商品の品質等を表示するにすぎないから、本願商標は法3条1項3号に該当する、旨の記載がなされている。
 これに対し、原告らからの不服審判請求に基づき平成19年9月26日になされた本件審決においては、上記@及びAの理由のうち本願商標が法3条1項3号に該当するとした部分を採用せず、「さくらんぼ」を直接的に表す「チェリー」の文字を含む本願商標を、その指定商品中「さくらんぼ」以外の商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者をして、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるから法4条1項16号に該当する、とされたものである。
 ところで、商標法63条2項の準用する特許法178条6項によれば「審判を請求することができる事項に関する訴えは、審決に対するものでなければ、提起することができない」とされ、原告らも本件訴訟においては平成19年9月26日付けでなされた本件審決の取消しを求めているのであるから、本件訴訟においては、本願が法4条1項16号に該当するとした部分のみが争点となるものである。
 したがって、原告らが平成20年1月30日及び2月5日付けの各準備書面において述べる法3条1項3号に関する部分は、理由がないことになる。
 そこで、本願が法4条1項16号(「商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標」)に該当するかどうかにつき、以下検討する。
3 本願商標の意味
(1) 証拠(乙1〜31)によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 新村出編「広辞苑第5版」(平成10年11月11日第1刷発行・株式会社岩波書店)の「オレンジ」及び「チェリー」の項には、それぞれ次のような記載がある。
(ア) 「オレンジ@ミカン科の果樹およびその果実の総称。…Aオレンジ色。」(乙1)
(イ) 「チェリー桜。桜の実。さくらんぼう。」(乙2)
イ 辞典等において、「チェリー」の文字が「さくらんぼ」を表す語として使用されている例として、次のものが認められる。
(ア) 「カタカナ語・略語辞典〔改訂新版〕」(平成8年1月10日発行・株式会社旺文社)の「チェリー」の項には、「〔cherry〕@サクランボ。桜桃。サクラの木。サクラ材。」との記載がある(乙3)。
(イ) 「コンサイスカタカナ語辞典第2版」(平成14年11月1日第6刷発行・株式会社三省堂)の「チェリー」の項には、「〔cherry <…〕@バラ科の果樹.またはその実、さくらんぼ.桜桃(おうとう).」との記載がある(乙4)。
(ウ) 「新明解国語辞典 第6版」(平成18年2月10日第5刷発行・株式会社三省堂)の「チェリー」の項には、「〔cherry〕@さくらんぼ。A桜の木。」との記載がある(乙5)。
(エ) 「朝日現代用語 知恵蔵2004」(平成16年1月1日発行・朝日新聞社)の「チェリー」の項には、「〔cherry〕@さくらんぼ、桜.」との記載がある(乙6)。
(オ) 「現代用語の基礎知識2006」(平成18年1月1日発行・自由国民社)の「チェリー」の項には、「(cherry)@さくらんぼ。(和製用法で)桜の木。」との記載がある(乙7)。
(カ) 「リーダーズ英和辞典」(昭和59年年5月初版第1刷発行・株式会社研究社)の「cherry」の項には、名詞として「a サクランボ…b 《植》サクラ…;さくら材.c サクランボ色…」、形容詞として「サクランボ色の:さくら材製の;…」などの記載がある(乙8)。
(キ) 「ケンブリッジ世界の食物史大百科事典5−食物用語辞典−」(平成17年6月10日初版第1刷発行・株式会社朝倉書店)の「チェリー[オウトウ]」の項には、「チェリーには…野生のチェリー…今でも、世界のチェリー…」との記載がある(甲5)。
(ク) 平成14年6月24日付け毎日新聞(東京朝刊)には、「[日本一のワケ]サクランボ収穫量 味抜群「佐藤錦」誕生の地−−山形県東根市」の見出しの下に、「…92年の輸入完全自由化で外国産“チェリー”との競争にさらされたものの、日本人の味覚に合うのか『国産の方が断然人気が高い』(東京都内の中卸業者)。」との記載がある(乙9)。
(ケ) 平成18年6月2日付け朝日新聞(大阪地方版/大阪)には、「初夏の深紅・アメリカンチェリー、輸入ピーク 関空/大阪府」の見出しの下に、「…日本は世界有数のチェリーの消費大国で、関空では昨年、3163トンが輸入された。」との記載がある(乙10)。
(コ) 平成19年5月26日付け朝日新聞(大阪地方版/大阪)には、「甘いチェリー、米西海岸の香り 関空で通関ピーク/大阪府」の見出しの下に、「米国西海岸の日差しをさんさんと浴び、深紅に色づいたアメリカンチェリーの輸入が、関西空港でピークを迎えた。…」との記載がある(乙11)。
(サ) 「【楽天市場】レイニエチェリー(アメリカ):食卓の花」の見出しのウェブサイトに、「チェリーの貴婦人レイニエ」、「…このレイニエチェリー♪写真でお判りのように、通常のアメリカンチェリーのように深紅のチェリーではありません。…」との記載がある(乙12)。
(シ) 「タルトチェリージュース 販売 通販の【ダイエットコム】」の見出しのウェブサイトに、「…タルトチェリージュースは、タルトチェリー100%の濃縮果汁飲料です。使用されているチェリー(さくらんぼ)は米国ミシガン州産のタルトチェリーを使用しております。…」との記載がある(乙13)。
(ス) 「チェリー100 %ジュース山形産/鈴木食品/ウイスキー販売」の見出しのウェブサイトに、「チェリー100 %ジュース山形産/鈴木食品」、「高級果実『さくらんぼ』100パーセントのジュースです」との記載がある(乙14)。
(セ) 「コンフィチュール 販売 マンゴージャム、さくらんぼジャム、オレンジジャム」の見出しのウェブサイトに、「■レッドグローリー(チェリー)」、「レッドグローリーは、さくらんぼの中でも最も早く実を結ぶ品種。…」との記載がある(乙15)。
ウ 辞典等において、チェリーの語の前に別の語を付加して使用されている例として、次のものが認められる。
(ア) 「総合食品事典ハンディ版」(平成10年4月5日第6版新訂版第5刷発行・株式会社同文書院)の「さくらんぼ 桜ん坊、桜桃」の項には、「[Cherry]〈おうとう〉ともいう.…多肉多漿質で、あまずっぱい、独特の外観と風味は他の果実には得がたいものである.…〔品種〕甘果桜桃(スイートチェリー)と酸果桜桃(サワーチェリー)がある.…マラスキノチェリーとは本来は欧米でマラスキノというさくらんぼ(品種)の果汁をしぼり、…その中にマラスキノ種の生果実を浸漬して得た製品のことをいう.…糖度70%以上になるまでにして、糖液から取り出したものを〈ドレンチェリー〉、糖液浸透後表面に糖類の結晶を析出させたものを〈クリスタルチェリー〉という.」との記載がある(乙16)。
(イ) 「改訂 調理用語辞典」(平成10年12月25日改訂版第1刷発行・社団法人全国調理師養成施設協会)の「さくらんぼ【桜坊、桜桃】」の項には、「…スイートチェリー(甘果オウトウ)、デュークチェリー(甘果、酸果の雑種)、サワーチェリー(酸果オウトウ)の三つに大別される。」との記載がある(乙17)。
(ウ) 前掲「改訂 調理用語辞典」の「アメリカンチェリー」の項には、「アメリカから輸入されるサクランボの総称。」との記載がある(乙18)。
(エ) 平成12年7月6日付け朝日新聞(大阪地方版/高知)には、「お買い物/高知」の見出しの下に、「《サニーマート》◆アメリカ産レーニアチェリー 8日まで。果肉が柔らかくて、甘みの強いサクランボ。」との記載がある(乙19)。
(オ) 平成14年7月26日付け日本食糧新聞には、「ヒーロ社のジャム類『Le Fruit』発売(鈴商)」の見出しの下に、「…『ブラックチェリージャム』(黒サクランボ)、…『レッドチェリージャム』(サクランボ)…」との記載がある(乙20)。
(カ) 平成17年7月2日付け日本経済新聞(夕刊)には、「最盛期のサクランボ――春先の低温で1割高(菜時季)」の見出しの下に、「四月下旬から出回り始める米国産のアメリカンチェリーが終盤を迎える五月下旬ころ、山梨、長野、新潟、福島といった産地で国産サクランボの出荷が始まる。…」との記載がある(乙21)。
(キ) 平成18年1月19日付け日本経済新聞(地方経済面(静岡))には、「マックスバリュ東海、甘みの強い豪産サクランボ販売。」の見出しの下に、「…豪州産のサクランボ『タスマニアチェリー』の販売を直営全五十一店舗で始めた。タスマニアチェリーは見た目がアメリカンチェリーに似ており、甘みが強いのが特徴。この時期はチリ産のダークチェリーの販売もほぼ終了しているため、『二月上旬まで販売できる貴重な品種』という。…」との記載がある(乙22)。
(ク) 「【楽天市場】カナディアンチェリー:日光種苗」の見出しのウェブサイトに、「カナディアンチェリー 黒い実に旨味が詰まった北米産サクランボ」との記載がある(乙23)。
(ケ) 「サンヨーの果実缶詰;サンヨーの缶詰」の見出しのウェブサイトに、「果実缶詰 さくらんぼ」の商品名として、「レッドチェリー」、「マラスキノチェリー」、「ゴールデンチェリー」との記載がある(乙24)。
(コ) 「ブラックチェリー・ブルーベリージャム」の見出しのウェブサイトに、「[商品名]ブラックチェリー・ブルーベリージャム[商品説明]デンマークで作られたブルーベリー・さくらんぼを惜しみなく、ふんだんに使ったジャムです。」との記載がある(乙25)。
(サ) 「さくらんぼ風味のスカイブリッジ」の見出しのウェブサイトに、「[商品名]さくらんぼ風味のスカイブリッジ [商品説明]グリオットチェリーのさわやかな風味とフレッシュバターの香り豊かな焼き菓子です。中のグリオットチェリーが素敵です。」との記載がある(乙26)。
(シ) 「こんなところで産まれましたロイヤルチェリー チェリーナチュロ」の見出しのウェブサイトに、「チェリーナチュロで使用しているチェリーは、米国ミシガン州の大自然の中で太陽の光をいっぱい受けて育てられたタルトチェリー そんなチェリーについてご紹介致します。」との記載がある(乙27)。
エ 辞典等において、「さくらんぼ」以外の「果実」について、その語の前に別の語を付加して使用されている例として、次のものが認められる。
(ア) 前掲「改訂 調理用語辞典」の「オレンジ」の項には、「…スイートオレンジ(アマダイダイ)とサワーオレンジ(ダイダイ)の総称…ネーブルオレンジ、ブラッドオレンジ、…」との記載がある(乙28)。
(イ) 「東京ガス:食の生活110番Q&A:マンゴー」の見出しのウェブサイトに、「●マンゴーの種類と特徴」として、「ペリカンマンゴー フィリピンマンゴー イエローマンゴー ゴールデンマンゴー アップルマンゴー」との記載がある(乙29)。
(ウ) 「食と健康−バナナ」の見出しのウェブサイトに、「バナナの種類」として、「フィリピンバナナ モラードバナナ モンキーバナナ」との記載がある(乙30)。
(エ) 「パイナップルの種類 スナックパイン 完熟パイン ピーチパイン」の見出しのウェブサイトに、「石垣島で栽培されている主なパイナップル」として、「スナックパイン(ボゴール) ピーチパイン(ミルクパイン) 香水パイン ゴールデンパイン」との記載がある(乙31)。
(2) 上記(1)ア及びイによれば、「オレンジ」はみかん科の果実の名称又はオレンジ色を指すものとして、「チェリー」もまた果実であるさくらんぼを指すものとして、それぞれ一般に認識されるものであると認められる。そして、上記ウ及びエのとおり、「チェリー」その他の果実を指す語の前に「スイート」、「サワー」、「アメリカン」等、別の語が付加されて使用される例が少なからず見受けられるところ、これら付加される語はいずれも「チェリー」その他の果実を修飾するいわば形容詞として使用されていること、殊に、「ブラック」、「レッド」、「ゴールデン」等、色に関する語が付加された場合には、果実の色自体を指すものとして用いられていることが認められる。
 そうすると、「オレンジチェリー」とする本願商標に接した場合、取引者及び需要者は果実としての共通性からミカン科の果実であるオレンジとさくらんぼのミックスしたものないしそれに関連した新種の果実を想起したり、また、「オレンジ」がオレンジ色をも意味する語であることからして、上記のような形容詞的な用法として「オレンジ色のチェリー(さくらんぼ)」を想起することがあり得るものと認められる。
 そうすると、「オレンジチェリー」との本願商標を、その指定商品である「果実」に用いた場合には、取引者及び需要者において当該商品が「さくらんぼ」の一種(例えば、オレンジ色がかったさくらんぼ等)を指すものとして認識されることがあり得るというべきであるから、これを「さくらんぼ」以外の果実に用いた場合には、商品の品質の誤認を生ずるおそれがあるというべきである。
4 原告らの取消事由の主張に対する判断
(1)ア まず原告らは、「チェリー」は単に日本でいわれる「さくらんぼ」のみを意味するものでないと主張する。
イ 確かに、原告らの挙げる文献等(甲3、5、11〜18)には、次のとおり、さくらんぼとは異なる果実等の名称に「チェリー」との語が付加された例が挙げられている。
・「サラダ用トマトのもうひとつの主流は、ミニトマト(プチトマト)とも呼ばれるチェリートマトである。」(大場秀章著「サラダ野菜の植物史」平成16年5月15日発行・株式会社新潮社〔甲3〕)
・「チェリープラム…はミロバランプラムの名でも知られる.西アジア原産で、今日ヨーロッパでは栽培品種の台木用によく利用されている.…チェリープラムの果実は黄色、赤ないし紫色で果汁に富むが特別においしいとはいえない.」(前掲「ケンブリッジ世界の食物史大百科事典5−食物用語辞典−」〔甲5〕)
・「チェリーローレル…はヨーロッパ原産の常緑樹だが、現在では北米にも帰化している.果実は黒色で小さくわずかに味がするだけである.一方、その大きくて光沢のある葉にはビターアーモンドのような香りがあり、料理用、とくにデザートのプディングの香りづけに用いる.」(前掲「ケンブリッジ世界の食物史大百科事典5−食物用語辞典−」〔甲5〕)
・「コーヒーチェリー[coffee cherry]コーヒーの樹の果実。」(五十嵐脩ほか編「丸善食品総合辞典〈普及版〉」平成17年3月31日発行・丸善株式会社〔甲12〕)、「果実が赤く熟したころがコーヒー豆の収穫期である。収穫した果実は、サクランボに似ているところからコーヒーチェリーと呼ばれている。」(河野友美編「新・食品事典11 水・飲料」平成4年10月20日発行・株式会社真珠書院〔甲14〕)
・「Ground Cherry ショクヨウホウズキ …用途は一般的なトマト、または、果物と同様です。ショクヨウホウズキは、生で、サラダやデザートに、香味料として、ジャムやゼリーとして食べることができます。果実は、チョコレートにちょっと浸すと素晴らしく、また乾燥させたものを食べることができます。」(「英語で覚える植物名−植物の英語名を知るブログ 樹木・草花・ハーブ・野菜・果物・ガーデニング」の見出しのウェブサイト〔甲17〕)
・「winter cherry ほおずき 鬼灯…よく栽培されるユーラシア大陸産の植物。赤橙色をした紙のように薄くて膨らんだ外皮に包まれた小さい赤い実がなります。」(同上〔甲18〕)
ウ しかし、チェリーという語が、さくらんぼという特定の果実を指称するものとして認識される場合が多い以上、前記3のように「さくらんぼ」との誤認を生じるおそれがあることは否定し得ないのであって、このことは、さくらんぼとは異なる果実等の名称に「チェリー」との語が付加される例が存在することによって左右されるものではない。したがって、その他原告らが挙げる種々の言葉に関するものを含め、原告らの主張は採用することができない。
(2) さらに原告らは、平成13年に外来種の食用ホオズキを交配して、新商品である食用ホオズキ「オレンジチェリー」を開発したものであり、この「オレンジチェリー」は、既にインターネット市場又は一般商取引でその名が広く認知され、独自の識別商標としての機能を有していると主張する。
 しかし、本件における全証拠をもってしても、「オレンジチェリー」の名称が「さくらんぼ」との誤認を生じるおそれがないほどに一般商取引で広く認知されているとまでは認めることはできないし、また、原告らの上記主張を前提としても、指定商品である「果実」全般のうち、食用ホオズキ以外の果実との関係ではなお誤認を生じるおそれがあることを否定できないから、原告らの上記主張は採用することができない。
5 結論
 以上によれば、原告ら主張に係る取消事由はいずれも理由がない。
 よって、原告らの請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 澁谷勝海
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/